ソーニャ「ロシアの殺し屋」やすな「おそろしあ」
折部やすな、そいつの名前である。
いつも私に近づいてきてはちょっかいを出してきて、そのたびに私に返り討ちに合う。
それでも、あいつは私にかまってきた。
彼女と過ごしているうちに、私の中には特別な感情が芽生え始めていた。
うざったいのに、めんどくさいのに、どうしても無視できない。こんなことは初めてだ。
それが「好き」だという感情だということに気づいたのは、彼女がいなくなってからの事だった。
「……今日は、休みか」
誰も座っていない席を見て、私は一人呟いた。
どうせ、またバカな事をして体調を崩したのだろう、明日にはまたケ口リとした顔で登校してくるさ。
そう思って、私は最初の授業の準備に取り掛かった。
だが、ホームルームが始まってそれが間違いだということがわかった。
「えー、折部さんですが・・・残念なことに、ご両親が突然亡くなられたということで暫くお休みです」
「え……?」
一瞬、思考が停止した。
やすなの両親が、死んだ。それを聞いたクラスメイトたちが小さくざわつく。
担任はその後さっさと教室から出て行ってしまい、代わりに授業担当の先生が入ってきてすぐに授業が始まった。
授業の中身は、さっぱり頭に入らなかった。ただ隣の不自然な空席だけが、私の最大の関心事だった。
「あぎり!」
「はい~」
「やすなのこと……知ってるか」
「知ってますよ~、ご両親が亡くなられたとかで、暫くお休みだそうで~」
いつもどおり、あの妙にのんびりした口調でそんなことを言うあぎり。
「……なんでお前はそんなに冷静なんだ」
「これでも、動揺してるんですよ~?」
「とりあえず、帰りにあいつの家に行くこうと思うが」
「……やめたほうが、良いと思いますよ?」
「どういうことだ?」
「まぁ、どうしてもと言うなら止めませんけど~、では私はこれで~」
放課後。
あぎりの言葉が気になったが、やはりやすながどうしているかが一番気になる。私はやすなの家に急いだ。
家の前には、喪服を来た人たちが居て、白黒の幕と「折部家」と文字の入った提灯が置いてあった。
どうやら、両親が死んだというのは本当らしい。
私は人の間をを縫うように進み、玄関へとたどり着いた。インターホンを押して見たが、なかなか返事がない。
もう一度押そうとしたその時、スピーカーの向こう側から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「…はい、折部です」
「やすなか?」
そう言うとスピーカーは何も返さず、代わりに玄関のドアが開いた。
「ソーニャ、ちゃん?」
泣き腫らしたような赤い目元をこすりながら、彼女は姿を表した。
「……あぁ」
「えへへ、来てくれたんだ。とりあえず上がって」
親戚の人たちに軽く挨拶をして、私は彼女の部屋に上がり込んだ。
ベッドはぐちゃぐちゃで、部屋は散らかっている。
「……お父さんとお母さんがね、死んじゃったんだ」
「それは、聞いた」
「そっか」
言葉が出てこない。なんて言えば良いのか。
ここまでしおらしいやすなを見るのは初めてのことで、何を言っても傷つけてしまいそうで。
だが、彼女はあくまでも明るく振る舞おうとする。
「いま、何か用意するね! お茶でいい?」
「お、おい。お前……」
「それともジュースのほうがいいかな?」
「そうじゃなくて」
「もう、何がいいの?はっきりしてくれないと?」
「やすな!」
もう見ていられなくなって、私はたまらず声をあげた。やすなの肩がびくっと跳ねる。
「う…」
「ほら」
私はやすなを抱きしめた。彼女は私の胸に顔を埋め、その表情はわからない。だが体は小刻みに震え、
熱を持っていた。
「…私の前でくらい、自然でいろ」
「う…うぅ……っ…!ソーニャちゃんっ…!」
「全部、ぶつけていいから」
「お母さんっ……!お父さんっ……!うわああ、あああ……っ!」
彼女のくぐもった嗚咽が、私の体に伝わってくる。そうだ、それでいいんだ。
そのまま、彼女は泣き続けた。
「ありが、とう。ソーニャちゃん」
「別に、しおらしいお前が見たくないだけだ」
「えへへ」
「……それで、ご両親はどうして」
「あ、うん……」
彼女の表情が、再び曇る。
「言いたくなければ言わなくても」
「……殺されたの」
「え」
「……二人で買い物してたら、誰かに撃たれたんだって」
「……」
殺、された?しかも、撃たれたって言ったか?
アメリカじゃあるまいし、この国で銃で殺されるなんてことが。
「……どうして、かなぁ」
あぎりの忠告の意味を理解した。
まさか、他殺だなんて。やすなはそれ以上何も語らなかった。
私は自分の言葉を後悔した。
私はそろそろ帰るとやすなに伝えると、彼女は少し残念そうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。
「今日は、来てくれてありがとうねソーニャちゃん」
「やすな…」
「私、嬉しかったよ。ソーニャちゃんが抱きしめてくれた時すっごく嬉しかった」
「…それは」
「じゃあ、また明日ね」
「あぁ…。なぁ、やすな」
「なに?」
「辛かったら、いつでも私のところに来ていいぞ」
「……あはは!その台詞キザっぽい!あははは!」
「なっ、お前なぁ……!」
「あはは…、今それはずるいよソーニャちゃん…」
「あ、おい……」
彼女は顔を伏せたかと思うと、袖でぐしぐしと乱暴に目元を拭った。
また、無理してる。
やすなは、やっぱりバカだ。こんな時なのに、あんな精一杯笑顔を作っている。
だから、たまには私も仕返しだ。
「あぁ、そうだな!」
笑顔になっているのかわからないが、私も笑顔で返してやった。やすなは少し呆気にとられたようだが。
「……うん!」
そう返した彼女の笑顔は、いつもの純粋な笑顔だった。
やっぱり、こいつは笑っていたほうがいい。
歩いていると、後ろに気配を感じた。この気配は……。
「…こそこそしてないで、出てきたらどうだ」
「あら~?バレちゃった~?」
「わざとらしいぞ、一体なんの用だ」
「やすなさんはどうでした~?」
「一応、それなりにしてた」
「……ご両親のことも聞いたでしょ?」
「……他殺だと聞いた」
「そうでしたか~」
この期に及んでヘラヘラとしたいつもの口調を崩さないあぎりに、私は多少苛ついていた。そしてこう
いう時の彼女は、確実になにか知っているということもわかっている。
「別に~?何のこと~?」
「ふざけるな!あいつの両親に関して、何を知っている!答えろ!」
「じゃあ、ヒントくらいはあげましょう~」
「ヒント、だと?」
「やすなさんのご両親が殺された現場には、証拠らしい証拠はほとんど消されていたみたいですね~」
「なに?」
「それに、警察は今週中には捜査を打ち切る予定らしいですよ~?」
「それって、まさか」
「後はご想像にお任せします~では~」
「ま、まて!どういうことだ!おい!」
彼女の話が本当なら・・・何らかの力が働いているということだ。しかもかなり大きな。
私のいる組織が何かした、という可能性も・・・。
嫌な可能性ばかりが、頭のなかをぐるぐると渦巻いている。
その日は結局一睡も出来ずに朝を迎えた。
学校へ行くと、相変わらずやすなの席は空いていた。
やはり、昨日の今日ですぐ学校に来るのは無理があったのだろうか。その日の授業も頭になんか入ってこない。
呆けながら授業を受けていると、いつの間にか放課後になっていた。
とりあえず、私はやすなの家に向かった。やっぱり白黒の幕が垂れ下がっているが、人の気配はない。
私はインターホンを押してやすなの返事を待ったが、どういうわけかスピーカーからは何に音も聞こえてこない。
奇妙に思ってドアノブに手をかけると、ドアがそのまま開いた。
「……おーい?やすなー?」
呼んでも、なにも返事がない。鍵もかけずに出掛けたのだろうか?
いや、玄関にはやすなの靴が残ってる。
まさか!
「おいっ!やすな!返事しろ!やすなぁっ!」
昨日のあぎりの話、もしあれが事実だとしたらやすなの身に何かが起きる可能性がある。
私は玄関から勝手に家に上がり込んで、やすなの部屋に向かった。
ドアを開けると、びっくりした顔をしたやすながいた。
「そ、ソーニャちゃん?どうしたの?」
「あっ、あぁ……いくら呼んでも返事がないから……ごめん、勝手に上がり込んで」
まず、やすなの無事を確認出来た。私はほっと胸をなでおろす。
やすなは慌てた私を見て、おかしそうに笑った。
「ソーニャちゃん、そんなに私の事心配だったのー?」
「ニヤニヤすんな。……昨日の今日だからな、万が一ってこともあるだろうし」
「大丈夫だよ、ありがとね」
「あ、あぁ。あと玄関の鍵、ちゃんとかけとけ。不用心だぞ」
「あ、忘れてた……」
会話をしていると、だんだんとやすなの調子が安定してきているような気がした。
「今叔父さん達は市役所と行ってるんだ、いろいろ手続きがあるみたいで」
「……お前は行かなくて大丈夫なのか?」
「なんだか、よくわからないし。それに家にいればソーニャちゃんが来てくれるかなーって」
「望み通り来たぞ」
「さっすがソーニャちゃんだね!」
なんだかんだで、そのまましばらく話し込んでしまった。
やすなといると、どうしても時間の感覚が鈍ってしまう。
今日は仕事が入ってたんだった……。時計を見ると、時間が迫ってきている。そろそろ行かなくては。
コメント一覧
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- 2015年12月14日 23:58
- 一気に読み終えた。
キルミー見てないけど楽しめた。
別にほぼオリキャラとしてもツチノコがメアリーには見えないし
ただオリキャラ警報はあったほうがよかったかも