トイレの中から失礼します。ライターの根岸と申します。
突然ですが、皆さんは普段どんなトイレで用を足していますか?
最近のトイレってすごいみたいですね。おしり洗いはもちろんのこと、近付いただけで便器のフタが自動で持ち上がったり、冬の寒い日でも便座がいつもポカポカだったり、立ち上がっただけで勝手に水が流れてくれたりとか。
快適なんでしょうね、きっと。
あ、別にうらやましいわけじゃないです。
我が家にはちゃんと立派なトイレがありますから。
はい、こちらが我が家のトイレです。
現代の洋式水洗トイレとして必要十分の機能を備えています。ただ、築50年の団地のトイレなので、室内を縦に貫く排水管など、昭和の団地ならではの構造的な古さはあるかもしれません。
空間的にも自分の体格だとちょっと狭さを感じることもあります。
まず、入るときに頭をぶつけてしまいます。
自分でもどうして頻繁にぶつけてしまうのか分かりません。
トイレで用を足す以前の問題かもしれないのですが。
それに、膝が壁にくっつきそうになります。
これもまあ、慣れれば問題ないし、僕の体が大きいのがいけないんです。
世の中、自分サイズにできてるわけないんです。
ただ、用を足すときに前かがみになると、至近距離に次のような光景しか入ってこなくなるのは、慣れる慣れないの問題じゃないのかなって。
近いんです、壁が。
ときどき、「あ、このままゆっくり死んでいくのかな」って思ったりするんですが、これも多分僕が根暗だからいけないんですよね。そうに決まっています。
ちなみに窓は付いていますが、換気扇は付いていません。便座にはフタがありません。
用を足すだけならこれ以上ないほど、シンプルなつくりです。
ただ、おしり洗いがないので、痔の自分にはつらいときもあるのですが、工夫次第では何とかいけるし、生きるうえでは「足るを知る」ことが大切だって、最近何だかよく聞くような気もしませんか?
だから、僕はこれで十分だって思うようにしているんです。
今あるものを大切に生かそう。そして、必要以上に求めるのはやめようと。
でも僕、本当は……
ずっと前から……
快適なトイレに憧れてるんですよね。
トイレは今、どこまで進化しているのか
というわけで僕は今、柿次郎編集長と一緒に東京・新宿にある水まわり機器メーカーTOTOのショールームに来ています。
先ほどはお見苦しいところをさらけだして申し訳ありませんでした。
快適なトイレがあるということを知りながら、自分に嘘を付くことができなくなってしまいました。
トイレのことをもっと知りたい。
今日はそのための第一歩にしたいんです。
そんな、いちライターの好奇心に快く応えてくれたのが、TOTO広報の桑原由典さん。
本日はよろしくお願いします!
「それにしても明るくてきれいなショールームですね」
「ここは水まわり機器メーカーの弊社と、フローリングや内装ドアのDAIKENさん、窓や玄関ドアのYKK APさんがコラボしたショールームになっています。TOTOは、便器や温水洗浄便座『ウォシュレット』をはじめとする水回り製品全般をご案内しています」
「最新のトイレもあるんですよね?」
「はい、現在販売している最新のラインナップがございます。まずはこちらに」
「あそこに見えるのは、今年2月に発売されたばかりのネオレストという商品です。ちょっと、近付いてみてもらえますか?」
「お、フタが開いた。これが噂の……」
「人感センサーが付いているので、ある程度の距離まで近づくと便器のフタが自動で開くようになっています。そのまま座ってみてください」
「おお、あたたかい……」
「服の上からでもわかる?」
「うん、太ももに幸せが訪れている〜」
「……(うれしそうだな)」
「これは瞬間暖房便座というものです。センサーで人が近付いて来たと分かった瞬間から6秒間で便座をひやっとしない温度まで上げてくれます。待機中は温度を低めに抑えてあるので、従来のモデルより省エネルギーなのが特徴です」
「我が家のトイレの便座は、今日も『何かの罰ゲームなんじゃないか』というくらい凍てついていたので、これは賢すぎて違う意味で震えます」
「ただ、瞬間的に温度を上げるためには、便座の素材を薄くする必要がありまして、強度を保ちながら、暖房機能を持たせるという点で、開発者もかなり試行錯誤したようですね」
「そうか、こういうのを常に研究している人がいるんだよな。すごいな……ってこれは?」
「独立している! ウォシュレットの操作パネルが。しかも、すごいスタイリッシュだ」
「はい、従来のリモコンは壁に取り付けられていたり、操作ボタンが便座の横に付属していましたが、最近はこのようにデザイン性を高めたスティックリモコンタイプの商品もバリエーションとして展開していますね」
「いやーデザインも昔のトイレと違ってスッキリしてますね。うちの団地のトイレもシンプルといえばシンプルですが、タンクはあるし、ぶっとい排水管が空間を貫いているし」
「排水管が露出しているのは、建物の構造的な問題でしょうね。ただ、公団住宅は、まだ一般住宅が和式便器中心だった1960年代から洋式便器を先駆けて標準仕様にしていたんですよ」
「え〜そうだったんだ!」
「これからの時代は洋式トイレだということで、TOTOの諸先輩方が積極的に働きかけたんですよね。和式どころか、汲み取り式もまだ多かった時代に、洋式で水洗は時代の先端を走っていたと思います」
「当時の団地はキラキラしていたんだなぁ」
「TOTOの出荷ベースで洋式トイレの数が和式トイレを上回ったのが1977年。その後、1980年にウォシュレットが登場して世間の注目を集めるなかで、一般家庭の洋式化はどんどん進んでいき、それにともなって、ウォシュレットの普及もじわじわと進んでいきました。ただ、昔の団地のトイレは独自の規格なので、ウォシュレットが取り付けにくく、その点で取り残されていったとは言えるでしょうね」
「洋式化の波のなかで登場したウォシュレットって、革命的な存在だったんだろうな。それにしても、トイレの洋式化は団地がひとつの起点になっていたとは」
「いやーおもしろい。でも、うちはまだ和式なんですよ。洋式便器を乗せて使ってますけど」
「あ、確かに今も和式でそういう使い方をされている方はいらっしゃいますね」
「しかも、元ゲイバーだった物件で、なぜか室内がガラス張りなんです」
「常に見られている感じだ」
「もう慣れたけどね」
「ところで、桑原さん、タンクはいつからなくなったんですか?」
「住宅向けでタンクレスが登場したのは1993年発売の「ネオレストEX」という商品からですね。かれこれ20年以上前になります」
「20年! もうそんなに前の話なんですか」
「タンクのあるモデルもまだ販売していますよ。タンクレスタイプ、タンク式ともに進化しているのは、トイレの節水技術です。この技術は実際に見てもらった方がいいので、次のコーナーで説明します。どうぞこちらへ」
節水という名のイノベーション
「まず、こちらのピュアレストというタンク式トイレをご覧ください。これはタンクに水を溜めておいて、ぐいっとレバーをひねることで水が出る一般的なものですが、その水の出方に注目です。では、流しますよ」
「ぐるぐるしている!」
「はい、これが2002年に発売されたネオレストから実装されたトルネード洗浄です。ひとつの水の塊がうずを巻きながら便器をなめるように流れるのがお分かりいただけるかと思います。これによって、かなり節水が進みました」
「うちのトイレはこんなになめらかな流れじゃなくて、レバーを引くと、便器のフチから水がすごい勢いでドバッと出てくるんです」
「フチに小さい穴がいくつも空いていて、そこから白糸の滝のように水が出るタイプですね。今でもそういうタイプの便器をお使いの方は多いです。フチ穴の部分は汚れがたまりやすいので、そうした穴を無くすことができたのも、このトルネード洗浄ができたからなんです」
「なるほど。これは1回でどのくらいの水を使うんですか?」
「このタイプでは4.8リットルですね」
「4.8リットルですか。多いのかな、少ないのかな」
「20年くらい前までは13リットル使っていました」
「え? 13リットル? 1回で?」
「はい、それでも13リットルタイプが出た当時は節水タイプと誇らしげに言っていたんです。20リットル使っていた時代もあるんですよ」
「そう考えると、4.8ってかなりすごい数字じゃないですか。それにしてもそんなに水を使っていたとは……」
「ちょっとこちらを見てもらってもいいですか」
「青く光っている!」
「そこじゃないです。これは、現在のラインナップのなかでもっとも水の使用量が少ない床排水タイプ『ネオレスト』の洗浄の様子を見ていただくものです。水を流すと、排水管の下にある水槽に水が溜まりますので、よく見ていてください。いきますよ」
(ざざざざ〜〜〜)
「おお、3.8リットル」
「これは便器内を洗うトルネード洗浄に、汚物を勢いよく流すゼット洗浄を組み合わせることで実現した、現時点でもっとも水の消費量が少ない流し方になります」
「洗浄の最高峰出た」
「こちらにも見ていただきたい節水技術があります」
「あ、ねぎぴょん、憧れのウォシュレットですね」
「正直、気になる」
「プラスチックのカバーに水が当たっているところを触ってみてください」
「プルプルしていませんか?」
「プルプルしています!」
「これはワンダーウェーブ洗浄と言います。1秒間に100発の水玉をマシンガンのように連射することで、水量を抑えています」
「え、1秒間に100発!? ウォシュレットって、基本的に一本の水の線が出てるものだと思ってました」
「かつてのウォシュレットはそうですね。ただ、それだと水をたくさん使いますし、温水にするためにもエネルギーが必要になる。古いウォシュレットだとタンクに溜めた温水をたっぷりと使っておしりを洗っていましたが、常時温水を溜めておくのはエネルギーの無駄なので、使うときだけ瞬間湯沸かし的にお湯にする技術もここには入っています」
「なるほど、節水と省エネがつながっているわけですね」
「初代が出来たのは1999年で、現在は水玉に大小をつけることで、さらにしっかりとした洗い心地が得られるよう進化しています。これは新ワンダーウェーブ洗浄と呼んでいます」
「TOTOではこうした技術を、専門の研究者が日々研究しているんですよ」
「僕らは水さえ当ててくれればOKみたいに思ってましたよね」
「それはあったよね、雑に考えてた」
TOTOってどんな会社?
「せっかくなので、いろいろ見ながらお話聞かせてもらってもいいですか?」
「もちろんです。どうぞどうぞ」
「話の流れでウォシュレットのことで頭が一杯になっていたのですが、ショールームを見渡すとそれ以外の製品もいろいろとありますよね?」
「はい、TOTOは水回り機器全般を作る会社なので、洗面台や浴槽、シャワーなど、便器やウォシュレット以外の製品もたくさんありますよ。そもそもTOTOは、陶器製の便器・洗面器を大量生産するためにできた会社なんですよ。本社は北九州市の小倉にあり、創立は1917年です」
「大量生産? ということは、ルーツ的に前の会社があったってことですか?」
「急に質問してきた」
「よくお気づきで。実は大もとに日本陶器という会社があって、そこから分家して、TOTOの前身である東洋陶器になったんです。日本陶器は輸出向けの洋食器をつくる会社で、それを今直系で継いでるのが、高級洋食器メーカーのノリタケカンパニーリミテドさんですね。絶縁器具のがいしを製造している日本ガイシさんや、クルマのスパークプラグに使われているセラミックなどを作っている日本特殊陶業さんも、ルーツは日本陶器なんですよ」
「そうだったんだ。トイレに関して言えば、これからは洋式の時代が来るって、確信していたわけですか?」
「創業者の大倉和親さんは、洋食器を作るためにヨーロッパを視察してたんです。水洗トイレの文化を見て、これは日本でも必要だと考えたようですね。だから、お父さんと一緒にポケットマネーで日本陶器のなかに研究所を建てて。金額は当時のお金で10万円くらいと言われていますね」
「100年前というと大正時代ですよね。当時の10万円を今の価値に換算すると?」
「10億円くらいですね」
「本気だ」
「大倉さんが熱意を持ってやってなかったら、日本のトイレ事情は今よりももっと遅れてたかもしれないですね」
「輸入製品に頼っていたかもしれません。ただ、ウォシュレットは今も海外ではまったく普及していませんし、ここまでのハイテク機能を追求したものにはならなかったんじゃないかなと」
「あー普及してないんだ。確かに外国の人が日本にやってくるとまずウォシュレットに感動するって聞きますし、それだけ普段使う機会もないんでしょうね」
「トイレ習慣というのは染み付いているもので、普通のトイレのスタイルで満足されている方がほとんどなのです。でもウォシュレットは使って実感してもらわないとその良さが分からないんですよ。日本に来たときにはぜひ体験してもらって、それを持ち帰って広めてもらえたらいいなと思いますね。TOTOとしてはその前に、節水便器を広めるというミッションもあります」
「確かにトルネード洗浄とかもっと世界に広まっていいですね。それに伴って、ウォシュレットもどんどん進化していくというのが理想なのかなぁ。たとえば、便の量とか臭いを検知して、スマホにデータが蓄積されたりとか。人類の健康、医療問題にも貢献できたら最高ですよね」
「次のステップとしてはありえる話です」
「ありえるんだ!」
「半世紀以上の年月をかけて日本中に洋式便器を普及させたように、TOTOには思い描いた夢を地道な努力で実現する力があるんですよ。創業者の熱いスピリットをこれからも受け継いでいきたいですね」
「いや〜今日は貴重なお話ありがとうございました。勉強になりました」
「いえいえ、こちらこそ」
「ところで、桑原さん。団地のトイレに取り付けられるかは分からないですが、はじめに紹介してもらったこのネオレストが個人的には一番気になりました。これ、おいくらなんですか?」
「これはですね、先ほどご紹介した機能に加えて、便器やノズルを除菌水で洗浄する機能や、オートパワー脱臭機能など、最新の装備が全部乗せになっているモデルになりますので税込みで40万円以上ですね。ほかにもいろんなグレードのウォシュレットを展開しているので、ぜひご検討ください」
「あと何本原稿書いたらいいの?」
今日もがんばるぞ。
ライター:根岸達朗
1981年生まれのフリーライター。1児の父。お仕事がんばります。
Mail:negishi.tatsuro@gmail.com/Twitter ID:@onceagain74/Facebook:根岸達朗