格差社会の復讐者たち_top

鈴木氏は顔出しNGだった

特殊詐欺の被害総額は、警察が把握しているだけで559億円(2014年)。そして今日も、持てる者たちから持たざる者たちが奪い取っていく。加害者への取材を通してこの重犯罪の実態に迫ったルポ『老人喰い ─高齢者を狙う詐欺の正体』を上梓した鈴木大介にインタビュー。振り込め詐欺をシノギとする若者たちの生態や心情から、アウトローを取材する記者稼業の本音にまで話が及んだ。

鈴木さんが裏稼業の子たちを取材しつづけるのはどうしてですか?

取材を始めたキッカケは、純粋に需要があったからです。いまに始まったことではなく、さまざまな社会の裏側の仕事というものは、生活に不安を感じている人々にとって「どうにもならなくなっても、こうすれば生きていけるんだ」といったガイドラインのような需要がありますから。 ところが、実際に取材をして、裏稼業の現場の子たちの話を聞いていくうちに、大きな違和感を感じたんですね。彼らは見た目こそ近寄りがたい存在なワケですが、実はその多くが社会的弱者で、子供のころに貧困や虐待といった被害者としての経験があった子があまりにも多かった。かつては被害児童、転じていまは加害者というケースを多く知るにつけ、これを単に犯罪者として扱うのではなく、彼らの生き様そのものをちゃんと聞いて伝えなきゃいけないと思うようになりました。その思いが原点としてあります。

振り込め詐欺をやっている子は、他の裏稼業の子とタイプが異なると本に書かれていましたが。

確かに、詐欺、とくに詐欺の店舗プレイヤー以上の階層は、他の裏稼業人とは明らかに毛色が違いますね。例えば、常習的に強盗や窃盗をやってるような本当にヤバいヤカラ(たちの悪い)の子たちって、やることが無茶苦茶なんです。すぐに捕まっちゃうし、カネ貸してくれって言うし。

それは鈴木さんに対して?

はい。貸したら飛ん(失踪)じゃったり。しばらく連絡とれなかった子に「捕まってるかと思った」って言えば、案の定「あぁ、食らいました」とか。そういうのが当たり前というつき合いですね。彼らの犯罪は、どちらかと言うと、手元のお金がなくなったときにサヴァイヴ的にされることが多いんです。その稼業ばかりを続けて、それ単体をシノギ(生活の糧)にしている子は、実は少ない。一方で、詐欺の子たちは、その稼業が本業。生い立ちは酷い子もそうじゃない子もいますが、共通するのは明確な目的意識です。一生食っていくためのカネを稼ぐとか、独立起業するために稼ぐとか。単なる生活費の先を見ている。目的意識があると、やっぱりビシッとしてきます。例えば、取材の約束の時間に遅れないとか、遅れるなら連絡するとか、本当に小さいところからも差が感じられます。

詐欺以外の子にはだいぶ待たされることがありますか?

裏稼業人への取材は待つのも仕事です。最近、記録が更新されまして、約束の11時間後に現れた子がいました。ナイトワーカーの女性です。それは極端なケースですが、詐欺の子たちは生き物として他とは違う感じですね。語る言葉を聞いても、自分がやっていることの背景が整理できている子が多いです。これは、罪悪感を払拭するための正当化の理論を詐欺組織側が植えつけていることもあるんですが、あくまで彼らはビジネスとしてやっている。

振り込め詐欺のプレイヤーの研修の様子が本のなかで再現されていますが、面白いですね。講師が正当化の理論で洗脳していくところが凄い。

これはアメリカから輸入した自己啓発の劣化版というか、日本ローカライズでしょうか。もともと悪徳商法やマルチ、ネットワークビジネスなんかは、それこそ昭和の時代から連綿と続いているものなんですが、その歴史のなかで若者を奮起させてブラックな環境でバリバリ働かせる自己啓発的な教育システムはあった。これが詐欺のプレイヤー研修では一層洗練されていて、思えばいま現役の詐欺プレイヤーの研修に当たっている世代の裏稼業人っていうのは、その悪徳商法の時代にプレイヤーだった人たちなんです。それにしても、彼らの研修には舌をまきます。例えば、これは本に書きましたが、研修でプレイヤー候補生たちを工場地帯のコンビニに連れていって、近くのバス停から降りてくる人たちを観察させるというのがある。疲れ果てた労働者を見せつけたうえで、「短期工として働いて10年食っていくことはできるだろうけど、その結果があの姿だ」とか言われると、いまの社会に閉塞感を感じたり未来を見いだせないと感じている若い層にとっては、露骨に行きたくない方向の未来を見せられた感じがしますよね。実際に工場で働く方々には失礼極まりないことではあるんですが、研修で使われたコンビニに自分も実際に行って、よくぞこのシーンを選んだ、と驚きました。ここで、根底にある差別感情を惹起させるわけです。「あんな人間になりたいの?」みたいな。でも、それが工場労働者じゃなくて、ホームレスの人たちだったら、ここまで効果はないなと。候補生たちも「ここまでは落ちねえだろ」って思うので。

ホームレスはサンプルとしてやりすぎ。

はい。それが工場の人たちぐらいだと、その疲弊感がリアルに感じる。巧みな洗脳だなと思いますね。

振り込め詐欺で、とくに印象に残っている子のことを聞かせてください。

闇金から詐欺に移ったある子について言うと、彼は東京のかなり低所得層が集まるエリアの出身で、関東連合の子たちなんかに対して物凄い劣等感を抱いていました。同世代のヤンチャだった子たちが16歳ぐらいで仕事を持つ組とそうじゃない組に分かれていくなか、一番ヤンチャで弾けちゃったような子。叩き屋(強盗)とかに近い肌感覚で、実は振り込め詐欺が激増した2000年代前半には、彼のようなタイプも多かった。ところがそんな彼がプレイヤーから番頭金主まで上り詰めて……そのあと物凄く太ったんです。振り込め詐欺の現場での人の働かせ方は、短期間で人を燃焼させることに長けています。だから現役で働いている子を見ていると、それこそビジネスマンの成りあがり小説を読んでいるような、猛烈な物語性がある。けれど彼の場合は、あまりに燃焼させすぎて、消耗して真っ白になったんですね。バリバリだった子が「鈴木さん、キス釣りに行きませんか」なんて呑気なこと言いだしたから大丈夫かなと思いましたよ。彼の取材を契機に僕自身気づいていったんですが、振り込め詐欺で稼いだ人間は滅多なことでは他の稼業や表のビジネスに転じることができないんです。組織のなかで優秀なら優秀なほど、組織の外の一般社会がヌルく感じて、何もする気がなくなって落ちていく。結局、その子は知り合いのヤクザに言われて、汗水垂らして小銭を稼ぐような労働をやって、それがカンフル剤になって元の稼業に戻っていきました。

そういう取材対象の子たちとはどうやって知り合いますか?

取材のやり方としては紹介から紹介で繋いでいくしかないんです。あとは向こうからダイレクトに「ネタ(情報)売りますよ」と言ってくる子もいます。でも「ネタ売りますよ」の子よりも、その子に紹介してもらった別の子の取材のほうがオイシイということもあります。「ネタ売りますよ」の子は物語を用意してきているわけですから、どうしてもその枠のなかでしか取材できないですよね。「謝礼はずむから」とその子に言って、まわりの人間を紹介してもらったりしていくなかで、ようやく糸口が見えてくる。そんな感じです。

ギラギラした若者たちの群像劇のように読みました。

詐欺の子たちはみんなカラフルですね。例えば、窃盗やってる人間には窃盗やってる人間のカラーがあります。一般社会にはないカラーで、それはそれで取材対象の彩りとしては魅力的なんですが、詐欺をやってる人間は「こいつ詐欺やってんな」というひとつの色ではなく、カラフルなんです。

そんな多彩さのなかにも共通点はありますか?

詐欺の子の共通点は、たぶんこの子は地元とか同世代の仲間からは「痛い」って思われてるんじゃないかなって子が多いことです。モチベーションが他人より高すぎると、集団のなかから確実に弾かれますよね。地方から出てきて、こっちで詐欺やってる子と話していると「この子、友達少ないだろうなぁ」って思うこともあって。そんな意識高すぎる系の子を集めて徹底的に教育するわけで、プレイヤーの根底には「他の奴らとは違う」という選民意識が育っています。もちろんある程度の知能指数がないとできない犯罪なんで、勉強ができるできないとはまったく関係なく、頭のいい子たちが多い。Fランの大学生の取材などをすると、本当にこれが詐欺の子たちと同世代なんだろうかと思うほど、子供っぽく感じたりもします。詐欺の子は教育の機会がなくて中卒とかの子もいるわけですが、ベースのポテンシャルは高いうえに、組織や社会を学んでいることで、圧倒的に大人なんです。

どういうときにそれを感じましたか?

例えば、しょーもない例で言えば、取材で会ってソファに座るときに、ドスンと座る、そっと座る、座る位置を相手との関係で決める……とか、そんなところでも社会性って見えるじゃないですか。詐欺の子は、いきなりドスンと座って、ヨイショってなる子はまずいない。話し言葉も、他人の話を聞くときの態度も、集団のなかで社会向けに調教されて鍛えられている感じが猛烈に透けて見えます。

頭がいいということに関しては?

知的好奇心が非常に高いですね。詐欺の子って詐欺以外の世界のことはあまり知らないんです。僕は、いろんな裏稼業の子たちを取材しているじゃないですか。それで詐欺の子と会っているときに他の稼業の子たちがやっていることの話をちょっと出すと、凄く食いついてくる。手口のことや刑法のことなんかでも、いろいろ聞いてくる。そういう知的好奇心って頭の良さの表れでもありますよね。

他の裏稼業の話にはどんなものがありますか?

窃盗稼業の人間は簡単に捕まるんで、刑務所のなかで聞いた知識で代々伝わっているものがいっぱいあるんです。例えば、昨日も今日も風が吹いてないのに洗濯物が物干竿の片方に寄ってる家があるじゃないですか。干しっぱなしの家。そういう家は留守にしてることが多いし無施錠の確率も高いとか。そんな細かい「窃盗あるある」を詐欺の子に話すと好奇心丸出しで聞いてきます。ずいぶん過激な話ですけど、詐欺の現場の末端の店舗で、あちこちで使いまくったあとの名簿を使っている詐欺屋の子たちが凄い売り上げをあげたときのことを本に書きましたが、詐欺ではなく自宅に窃盗に入ってしまった子たちの話がありましたよね。

独居老人の名簿にタンス預金の額まで書いてあって、その家に盗みに入る。

その話を詐欺の子にしたときに、「お金持ちが集まって住んでいる町があったら、そこの奴ら全員外出させて、そいつらの家に入れませんかね」って言いだして……「えっ、どういうこと?」って聞いたら「例えば、抽選に当たりましたから何処どこに来れば、こんな景品がもらえますみたいなビラを撒くとか。いや、他に全員を旅行に行かせちゃうようなプランないですかね。そのあいだに家に入ったらいいんじゃないですか」って考え込みだして。お金持ちが住んでいるエリア全体を叩くプランなわけですが、よくもまあこの場でこんなに頭がまわるなと感心しますよね。この子もまた、家庭にめちゃめちゃ問題があってほとんど小学校にも通えていなかったような子なんですが、ベースの頭がいいうえに、奪った成功体験の「ドラッグ」で知的好奇心が異様に亢進しているような感じ。

ハイになるんでしょうね。

そうですね。彼らにとって詐欺という仕事は、高額の報酬が出る学びの現場という感じで、モチベーションもいよいよ高くなる。もちろん最初は誰しも戸惑いがあるみたいです。ただ、詐欺屋には共通して、騙したターゲットの高齢者に対して「なんでコイツ、こんなにカネ持ってんだろう」って思いがありますね。「世の中にこんなに裕福な奴がゴロゴロいるなんて、まるで知らなかった」と。世代間の格差を直視するわけです。そんな声を聞き続けていると、「貧困や格差、不平等なんかを放置しておくと、この先、日本は治安が悪化しますよ」とか予言的に語っている識者がいますよね。あれなんかがもう、プゲラ(ちゃんちゃらおかしい)だなって思えてしまう。子供の貧困も格差もずっと昔から日本に存在したもので、それを放置した結果が、もう目の前に出てるじゃないかと。それが詐欺なわけで、あるところからない人間たちが奪うという意味では、治安はとっくに悪化しきっています。去年は559億円の被害が出ているわけですから。それでも日本は平和ですよ。海外だったら銃を使って命ごと奪っちゃうところを、見えないところからお金だけ奪うっていう「スマート」なやり方でビジネスとしてやっている。本当に不思議な国だなって思います。格差社会の結果、こんなにスマートな詐欺が流行るっていうことが驚きです。

詐欺の子たち自身は未来をどう見ているんでしょうか。

やりきるところまでやって、どうやって抜けるかっていうことで悩んでます。プレイヤーでも番頭でも、優秀なら優秀なほど、なかなか抜けさせてもらえなくて、だいたい飛びますよね。「寒くなってくると飛ぶ」ってよく言います。

「寒くなる」って、ヤバそうな雰囲気になるってことですか?

それもあるし、アガリ(稼ぎ)的にも寒くなってくるとか、内偵がついているとか、系列店で逮捕者が出るとか。そういうのが続くと飛んじゃうことがあります。ただ、飛ぶと詐欺の界隈では生きていけなくなる。で、その種銭を使って人を動かして、そのアガリで食べていく方法を考えるわけです。典型的なのが夜の飲食の経営ですが、他にも例えば、飲食でもコンビニでも、フランチャイズってあるじゃないですか。地元の後輩を呼んで出資してあげて、研修に行かせて開業させて、そのアガリで食っていくとか。500万で参入できるフランチャイズがあるとしたら、5人呼んで、計2500万をその子らに投げ(投資)て、その子らに仕事をさせて回収していく。結果として彼らは「再分配」を目指していることになるわけです。