曙「アンタと過ごしたい訳じゃないけれど」
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「せっかく片付けたんだからまたすぐに散らかしたりしないでよ?」
「それは私じゃなくて漣に言うことね……あー寒」
潮と朧、司令部を出て行く2人を見送るために玄関まで付き添ったのはいいのだが、広過ぎて寒い。 玄関と名を打っていてもその広さは一般の玄関の数倍はあるからだろうか。
寒がる私とは違い、出掛けるべく着込んでいる2人は吐く息こそ白けれど寒がる様子はない。 潮のマフラーが少し羨ましい。 その持ってる大荷物の中にカイロとか入ってたりしないかな。
そんな私の思いを気取ったのか、潮が心配そうに首を傾げる。
「曙ちゃん、部屋に戻ったら? 寒いでしょ? 無理して見送りしてくれなくても良かったのに」
期待外れ。
「寒いけど、一応年内最後の顔合わせだからさ」
「最後も最後、大晦日だけどね」
続ける朧は素っ気なく。 と言っても心配する程でもない、という感じなのは朧らしくも思う。
大晦日。 1年の締めを飾る365日(或いは366日)で何番目かには大きなイベント感を感じる日だ。 人によってはバレンタインとかクリスマスとかの方が大きいだろうけど。 私の今年のクリスマスは散々だったな、クリスマスじゃなくてクリスマスイブだけど。
さて、その大晦日に潮と朧の両名は荷物をまとめて何処に行くのかというと??
「まあ、実家に帰ると言っても顔見せする程度みたいなものだし、2日には帰ってくるから、年内最後だなんてかしこまらなくてもいいよ」
「あ、でも漣ちゃんのこと、よろしくね」
実家への帰省。 艦娘にだって肉親はいる奴にはいるし、事実この2人以外の艦娘も帰省している。
というか、今年はほぼ全員帰省組だ。 この2人が多分最後。
ほぼ、と言うのも艦娘になってからの私は年末年始を毎年ここで過ごしているから、今年も例年通り。
それが私の大晦日。
人気のない廊下はただそれだけで普段以上に寒く感じる。 いつもは一般の人間もいる事務室でさえ無人である。 年末はいつもこうだ。
足音と無音の音が廊下に響く。 なんとなしに振り返ったりしても気配などなく、誰もいなく。 そしてまた歩き出す。
「いいわよねぇ、帰るトコがある奴はさ」
何の気なしにそんなことを呟いてみる。 別に羨ましくも恨めしくもない。 事実、私にも帰るトコはあるのだから。
ただ、面倒臭い。 そういう感情がつい出てしまうくらいには物理的に距離が離れてしまっているので、年末年始をここで過ごす羽目になっている。
今年に限っては、戦える艦娘が1人もいないのでは不味いからという言い訳も出来ようか。
人類を脅かす海の脅威、冥海の悪魔、深海棲艦。 私達艦娘はそれと戦うための存在で、誰が言ったか海上の戦乙女≪ヴァルキュリア≫――なんて小っ恥ずかしい――。
奴らに年末休みなどあるものか、いつ大挙して襲ってきてもおかしくはない連中だ。 年末年始は休みたいから襲ってこないでねーとでも言ってみる? 話し合いのテーブルごと海の藻屑にされそう。
そんな中私達が一丁前に休んだり、帰省したりするのは職務放棄だなどと言われそうだが、そんなことを言う連中がいれば正義の欠片もない鉛玉をぶち込んでやろうかと思う。
私達の言う"艦娘"なんてのは職業だ。 兵器そのものじゃないし、戦うための戦闘マシーンでもない。 兵器を扱ってはいるが、扱っているのは生身の人間だ、年中無休で働き続けられる訳がない。
無論、生前の軍艦としての記憶を持った人間にしか就けない職ではあるし、なろうと思ってなったわけだが。 それでも行き過ぎた労働を求められるのはお断りだ。
しかしながら、今年の年末大帰省において人っ子1人残らないのは不味いのでは、と言う声もあったがクソ提督曰く、他所の司令部は艦娘が結構残るらしいから年末年始の仕事はそっちに押し付ける、とのことだ。
それはそれで酷いのではとの声も挙がったが、やりたくて残るらしいし向こうの司令官とも話はつけてある、と。 よくもまあ引き受けてくれたものだ。
そんな訳で全員が納得した訳ではないけど、年末年始を気兼ねなく謳歌しようということになった。 司令部残留組は意図しようがしまいが、謳歌しようとしていない少数派なのだろう。
そんな少数派達の大晦日。
「おかえりぼのやん」
部屋に戻った私を迎えたのは、こたつ布団とくたびれた半纏に包まれ、熱されたチーズの様に溶け切った漣だった。 こたつの魔力に負けていたら私もこうなっていたかもしれない。
そんなifの自分をかき消す様にため息をつく。
「ったく、だらしない。 見送りくらいしてやりなさいよ」
「別にいいよって言ってたじゃん? おこたあったかいじゃん? アゼルバイジャン? ジャンヌダルクじゃん? だとしたら導き出される答えは一つしかないじゃん?」
「こたつから出る」
「寧ろこたつが動け」
「怠惰の極みね」
「自分を曲げないって大事だぜ」
「ただでさえ曲がってるくせに」
「漣ちゃんの長座前屈の記録、教えてやろうか」
「いい」
「5ミリ」
「嘘でしょ」
「うん、ホンマは13キロや」
「もういいわよ、どうでも」
不毛なやりとりを切り上げ、さっきまで収まっていたこたつに入り込む。 数分振りとは言え、冷えた身体にはこの上なく嬉しい再会だ。 思わず顔がほころんでしまう。
「ところでぼのやんよ、コートくらい脱いだらどうさ」
頬を天板につけたままの漣が溶け切った目線をこちらに向ける。
「この下まだパジャマだし。 アンタだってそのくたびれた半纏どうにかしなさいよ」
「このくたびれ具合は何にも代え難いのだよ、ぼのえもん」
「髪すら纏めてないだらけ具合も相まって、見事なダメ人間の見た目よね」
「カッコだけならぼのやんも負けちゃないと思うよ」
まあ確かに、コイツや潮達ならまだしも人には見せられない格好ではある。 そう思ったら口が続かなかった。
漣も特にグイグイ来ることもなく、目を閉じてこたつとの一体化を強めつつあった。 貴方と合体したいとか言ってるし。 もうしてるじゃない。
漣は基本騒がしいけど、一緒にいるのは嫌いじゃない。 振り回したり振り回されたりだけど、漣の空気にはどう足掻いても巻き込まれてしまう。 ここに来てから1番付き合いの長い奴の1人だからか。
そんなコイツがダラダラしているとつい釣られてしまう。 こたつとの相乗効果も抜群だ。 こういう大晦日も悪くないかなと思ってしまうくらい。
だが、部屋の外から聞こえる走ってくるような足音でふと気付く。 アイツがそれを許すはずがない。 漣も気付いた様に半目で顔を上げる。
アイツなら多分――
「大晦日にまでグータラしてんじゃねえぜおめーら! 派手に年越ししようじゃねーの!」
――なんてことを言うんだろう。 てか言った。
デリカシーの欠片もなく開かれる扉を漣は露骨に嫌そうな顔をして見つめ、私も同じ顔をしていると思う。
二足歩行で走り続けるマグロの様な奴。 1番付き合いが長い奴のもう1人。
クソ提督。 ソイツが1人けたたましさと共にやって来た。
「うるさい、鼓膜がダンレボする」
そう言って漣は再びこたつと一体化の姿勢に戻る。 けどもその程度の抵抗でクソ提督が止まる訳もなく。
「大晦日だぞ大晦日! 1年の最後! Last day! このまま寝て過ごすだけではMOTTAINAI!!」
「そういうのもアリじゃないのー? それにまだお日様は登りちうだしー」
「何言ってんだナミ公、今何時だと思ってんだ」
そう言われた漣が動く素振りを見せないので仕方なく私が壁にかかった時計へと向き直る。
「……2時半ね」
「なんだ、下山ちうか。 気を付けてねお日様ー」
「気を付けるよーじゃなくてな? もう新年まで10時間切ってるっつーの、こたつで迎える新年なんてそれでいいのかお前」
「後70回以上は迎える機会あるんだし、別にー」
どうやら戦死する気はないらしい。 それにしても、いつも以上の・みどころのなさにクソ提督も攻めあぐねている。
まあ私も、こたつで過ごしていたらいつの間にか新年でしたーなんていうのは御免だし、支援砲撃くらいはしてやろうかな。
「珍しいじゃない、年中お祭り騒ぎを求めて三千里みたいなアンタが今日に限って消極的なんてさ」
「だぁーってさーあ? おこただよ? あったかいよ? あったかいから大丈夫だよ?」
何が。
「わざわざこんなぬくぬく天国から抜け出す理由はないよねー……ご主人様もおこた入ってダメ人間になろうぜ?」
駄目だコイツ、こたつの悪魔の取引を交わして全ての人間をぬくもりと怠惰に引きずり込むこたつの化身と化してる。 そしてその歯牙をクソ提督に向けようとしてる。
ちなみに私はあったかいから入ってるだけ。
「いや、俺はこたつは、いい」
意外にも歯牙を物ともしない様子。 なんかしどろもどろだけど。
「えー? どーしてさーおこたはいいぞ」
「記憶がリフレインするから……ちょっとな」
「あー? どゆこっちゃよ」
漣に視線を振られるが、私にも分からない、と肩をすくめる。
本当は分かってるんだけど。 このクソスケベ提督、イブの事なんか思い出すなっつーの。
「こたつ云々はどうだっていいけど、私らに何をご所望な訳?」
「派手な年越し、レッツパーリナィ」
「そうじゃなくて」
ものを言うついでに余計なこと思い出すな、と侮蔑の意を込めて睨みつける。 こたつでぬくもってる奴が睨んでも効果はないかも知れないけど。。
クソ提督も反応は示したけど、反応したのは言葉の方だろう。
って言うかそもそも派手な年越しって何。
「所望って言う程の事はないけどな……そうだ、君ら昼飯食べてないんじゃないか? 年越し準備の買い出しついでに何か食いにでも」
「カップ麺でいい」
秒速で返すは漣。 確かに部屋にポットもカップ麺もあるけれど、そこまで動きたくないか。
「年頃の女子がそんなもんで一食を済ますなっつーの……」
「JKはジャンクフード大好きなんですぅー、クレープ、ポテチ、ハンバーガー、最高じゃん」
「世の中の女子高生に謝れよな」
「私もそんな食生活は勘弁願いたいわ」
「今日の漣はそれでいいんですぅー」
滅多打ちにされようとも怯みもせずこたつと合体したままだ。 変なところで頑固と言うか。
流石のクソ提督も助け舟を求めるような視線を向けてくる。 どうするも何も、
「ま、いつまでもこんな格好するのもなんだし丁度いいかもね」
こたつの電源を切ればそれで済む。
「にゃー!! 何をするにゃー!!」
「ほっといたらアンタこたつかじり虫になりそうだし。 奢ってくれるってんだから乗っといた方がいいでしょ」
「かじり虫じゃないもん! 超温合体コタツェリオンだもん!」
多摩もどきの言い訳になど耳を貸さず、こたつから出てこたつの電源ケーブルをぐるぐる巻いてクローゼットの中へ適当に放り投げる。 恨めしそうに睨まれているけど気にしない。
「奢るなんて言ってないんだが……まあいいや、先に外出て待ってるからな」
その様子を見届けたクソ提督は足早に去って行く、おそらく着替えに戻るのだろう。 流石に軍服で外を出回る真似はしないだろうし。
ん? 着替えに戻る……着替え?
「あ」
「あ? どしたのぼのやん」
「見られた……」
「いや、分かんねーよ」
……いや、コートの下のパジャマは見えてないはず。 だったら多分気付かれは……あー、下のズボンは普通に見えるしなあ……
何度殴ったら人の記憶は無くなるのか、なんて実験を誰かがしてくれないだろうか。
「青ーい空白い雲ー、カイロ持って踏ーみー出そーう」
「思ーい出すと帰ーりたーい、こたつーの思いー出ー」
「大好きーなこたつーのぬくもりが宝物ー」
「ぬーくーいーきずーなーを、ぼーくはー忘れないーよー」
「うるさい」
寒空の下、大合唱を始めた2人を諌める。 鎮守府近辺に民家はないので近所迷惑という常套文句は使えないし通用しないけど、とりあえず黙らせる。
水を差された漣は不満そうに口を尖らせる。
「もー、なんで邪魔すんのさぼのやーん」
「アンタらが歌ってると私まで同類みたいじゃない」
「せっかくノリ始めたトコだったのに」
「俺はカイロ言いたかっただけであれ以上出てきそうになかったから丁度よかったよ」
「それなら歌うのは頭ん中だ
コメント一覧
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- 2016年01月04日 17:26
- 大晦日……曙……
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- 2016年01月04日 17:28
- 横綱
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- 2016年01月04日 17:30
- 曙=暁=東雲
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- 2016年01月04日 17:36
- 良かったな
※欄やめろ、笑うだろ
次も期待してるよ
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- 2016年01月04日 17:37
- これはまとめるのか…(困惑)
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- 2016年01月04日 18:06
- ※5
俺もそう思った
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- 2016年01月04日 18:52
- 単純に艦これSSが少ないんじゃねって思った
HTML化スレもアイマス系で染まってるし
数少なくなってきた艦これSSも、まとめにくいっつか面白くなさそうだし
過度な性的描写があるのはまとめないし
そのうちまた溢れるんじゃね?
適当だけど
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- 2016年01月04日 18:55
- なるほど
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- 2016年01月04日 19:14
- ファミレスにいたと思ったらスーパーだった
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- 2016年01月04日 19:59
- ほんとマケボノの方が強くてね
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- 2016年01月04日 20:43
- ボブサップ「ワタシハアナタトスゴシタイデス」
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- 2016年01月04日 21:51
- 本編がまだ終わってないんだよな
年末とクリスマスネタに乗っかりたかったらしいからしゃあないけど
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- 2016年01月04日 22:44
- タローアキボノじゃない……のか。
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- 2016年01月04日 23:29
- ※3
東雲も有明もまだ実装されてないな
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- 2016年01月04日 23:58
- 光の速さで飯を済ませたのかと思ったらスーパーに居た・・・(何を言っているのか以下略w
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