転載元:勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」
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【Episode06】
――――白の国・路地裏の酒場
勇者「…………」
大勇者「…………」
大勇者行きつけの質素な酒場は大勇者と勇者――――一組の父と子の貸し切りとなっていた。
どうせ今日はもう客は来そうにないから、と店主は本来の店じまいには二時間以上も早いのに酒場を閉め、店を親子のためだけの空間にした。
「親子で積もる話もあるじゃろう」
そう言って店主は気を利かせて奥の部屋へと入っていった。
だから今この酒場は本当に99代目勇者と100代目勇者二人だけの空間なのである。
勇者は店に入ると大勇者の隣の席へと静かに腰掛けた。
勇者は酒が飲めないので水の入ったグラスを手にしている。
しかしグラスにはまだ口をつけていない。
入店してからというものずっと思い詰めたように押し黙ったままだ。
そんな勇者を横目に見ながら大勇者は息子が口を開くのを待っていた。
喧嘩別れ同然に家を飛び出した息子がこうして自分の前にいる。
それだけで息子に何か重大な事件が起こり、自分に助けを求めているのだと察することはできた。
だが何が起こったのか、どんな形で自分の手を借りようと思っているかなど皆目検討がつかない。
だからただ酒を飲んでその時を待っていた。
勇者「…………」
大勇者「…………」
二人だけになってから一分が経った。
勇者「………………」
大勇者「………………」
三分経っても沈黙は破られない。
勇者「……………………」
大勇者「……………………」
五分が経過しても勇者は話を切り出せずにいた。
大勇者「はぁ…………」
しびれを切らした大勇者は長く深いため息をつくと勇者に話しかけた。
大勇者「よくもまぁのこのこと帰ってこれたものだな。人間と魔族が共存できる世界を作るまで帰ってこないんじゃなかったのか?」
勇者「……うるさい。家に帰らないって言っただけで白の国に帰らないなんて一言も言ってねぇよ」
大勇者「たいした屁理屈だ」フンッ
勇者「十分な理屈だ」ムスッ
大勇者「それにしてもよく私がここに居ると分かったな」
勇者「家の灯りがついてなかったからな。家にいなきゃここしかないだろうと思って」
大勇者「なんだ、やっぱり家に帰ったんじゃないか」
勇者「玄関開けて家の中に入ってないから帰ったことにはならない」
大勇者「……たいした"理屈"だな」フンッ
勇者「……うるさい」ムスッ
ぶっきらぼうにそう答えると勇者はまた黙り込んだ。
このままでは気まずい沈黙の中で夜明けを迎えてしまいそうだったので仕方なく大勇者が話を振った。
大勇者「……で、一体私に何の用なんだ?」
勇者「…………」
大勇者「わざわざ100代目勇者としての旅を中断してまで"この私に"会いに来たんだ。何か理由があるのだろう?」
大勇者「泣いてだだこねてろくに喋りもせずに親にあれこれしてもらえるのは赤ん坊だけだ」
大勇者「子供じゃあるまいし用件があるのなら自分の口で言え」
勇者「………………」
勇者は大勇者に対して複雑な想いを抱いていた。
勇者の任に就きおよそ20年もの間、前線で魔族達と戦い人々の希望となってきた99代目勇者。
勇者はそんな偉大な父を誇らしく思うのと同じくらい嫌っていた。
『魔族は絶対の敵』
そう言って自分の考えを息子に押し付け、勇者自身の夢である人と魔族の共存を絵空事と鼻で笑う。
魔族という異なる種族に、いや、勇者に対して理解を示そうとせず自分の考えが正しいのだと正義を振りかざす父が嫌いでたまらなかった。
憧憬と嫌悪。
相反する二つの想いが勇者の中には長い間共存していたのである。
だからいざ父に何かを頼まなければならないとなった時、その嫌悪の念が大きな障害となった。
勇者(……親父に頭を下げたくない……)
そんな風に思ってしまう。
勇者(でも…………)
戦争の裏に隠されたという真実を知るためにはそうするしかないことは分かっていた。
自分の知らないその真実によって魔王は望まぬ戦いを強いられ、仲間達は傷つき涙を流したのだ。
そう思うと勇者は全てを知りたいと、知らなければならないと思った。
そのためなら自分の些細な逡巡など如何に下らないことだろうか。
勇者(…………よし)
勇者は決意すると手にしていたグラスの水を半分ほど飲み渇ききった口内を潤した。
グラスを勢い良くテーブルに奥と漸く話を切り出した。
勇者「親父……俺、親父に聞きたいことがあって白の国に戻ってきたんだ」
大勇者「ほぅ……?」
勇者が改まって話を始めたので大勇者は静かに心の中で身構えた。
勇者「率直に聞く……」
勇者「…………人間と魔族の戦争の裏にあるものってなんだ?」
大勇者「…………」ピクッ
勇者の問いを受けても大勇者は動揺し顔色を変えたりはしなかった。
だが彼の眉が一瞬動いたことが勇者には十分すぎる答えとなっていた。
勇者(やっぱりそうだ……親父は俺達の知らない何かを知っている!!)
そう確信した勇者は大勇者へと続けざまに質問を浴びせた。
勇者「魔族には人間と闘わなくちゃならないような理由があるんだろ?」
勇者「その理由がなんなのか知らねぇけど……極一部の人間はその理由を知ってて……でもそれを隠してる!!」
勇者「俺王様達に会ったけどみんな和平には消極的だった」
勇者「それはその隠された闇が理由なんだろ!?」
勇者「親父ならホントのこと知ってるだろ!?なぁ、教えてくれよ!!」
大勇者「………………」
大勇者は勇者の詰問を黙って聞いていた。
大勇者(……なるほど、そういう訳か)
息子がどうして自分の元を訪れたのか納得がいった。
そういう理由なら毛嫌いしている筈の父を勇者が頼ってきたのにも合点がいく。
グラスに向けていた視線を勇者の方へと向けた。
横目に見えた勇者は真剣な眼差しで大勇者のことをじっと見つめている。
大勇者「…………どうしてそう思った?」
二呼吸ほど間を置いて大勇者が訪ねた。
勇者「そ、それは…………」
正直に魔王が宣戦布告してきたことを話すわけにはいかなかった。
そのことを話せば自ずと魔王との関係も話さなければならなくなる。
魔族のことを憎悪している父に自分が魔王と友人だと知られれば憤慨した父は自分に戦争の真実を語ってなどくれないだろう。
勇者「…………武闘家だよ」
勇者「アイツが『理論的に考えてこの戦争はおかしい。何か裏があるはずだ』って」
大勇者「……そうか。聡明な彼のことだ、そのことに気付いてもなんらおかしくはあるまい……」
どうやら上手く誤魔化せたようだ。
勇者はホッと胸を撫で下ろした。
大勇者「……たしかに武闘家君の言う通りこの戦争には知られざる闇が存在する」
大勇者「その闇の部分こそが人間と魔族の戦争の真実だと言っていい」
勇者「…………」ゴクッ
大勇者「だが……お前はまだ知る必要がない」
勇者「なっ!?」
大勇者「私が語らずともお前が100代目勇者である以上、いずれ必ず全てを知ることになる」
大勇者「だから私からはお前に何も言うことはない」
大勇者はそれだけ言うと再び口を閉じた。
話を打ち切られ勇者はしばし言葉もなく俯いていたがやがて微かな声が口から盛れた。
勇者「…………今じゃなきゃ」
大勇者「?」
勇者「今じゃなきゃダメなんだよ!!今すぐに知りたいんだ!!」
大勇者「なぜ今でなければならない?」
勇者「それは!!……その…………」
大勇者「…………お前、私に隠していることがあるだろう」
勇者「…………ッ」
鋭い眼光を勇者に向け大勇者が言う。
大勇者「バレていないとでも思ったのか?」
大勇者「お前はずっと昔から私になにか隠し事をしている節があった」
大勇者「その隠し事が何なのか知らんがこうして戦争の真実を知りたがるのもそのことに関係しているんじゃないか?」
勇者「…………」
大勇者「沈黙は肯定、だな」
大勇者「私に話を聞こうというならまずはお前が私に全てを話すんだな」
勇者「………………」
勇者は悩んだ。
自分と魔王の関係を本当に父に話しても良いのだろうか?
父のことだ、息子が魔族と、しかも魔王と友人なのだと知れば下手をすれば親子の縁を切りかねないほど怒り狂うかもしれない。
そうなっては戦争の真実を知ることは到底不可能になる。
それだけではない。
魔王が緑の国への大規模侵攻を考えていることを知れば父は躊躇うことなく魔王を殺そうとするだろう。
これまでのことを話すということは魔王の身を危険に晒すことにもなる。
だが……全てを知るためには全てを話し父が真実を語ってくれるという僅かな可能性に賭けなければならないことはどうしようもない事実だった。
勇者は意を決した。
勇者「…………わかった。今まで隠してたこと……今日あったこと……全部話すよ」
大勇者「…………」
勇者「下手したら親子の縁切られちまうかもしれないけど……最後まで聞いて欲しい」
大勇者「……話せ」
勇者「うん……実は俺…………」
唾を飲み込むと勇者は重い言葉を吐き出した。
勇者「…………ずっと前から100代目魔王と友達なんだ」
勇者の口から発せられた言葉を聞いた途端大勇者は驚愕し眼を見開いた。
大勇者「…………今……何と言った……?」
勇者「だから俺と100代目の魔王はずっと前から友達で……」
大勇者は最初その言葉の意味をすぐには理解できずにしばし硬直していたが、やがてわなわなと震えると勇者の勢いよく立ち上がって胸ぐらを掴み叫んだ。
大勇者「どういう……どういうことだ!?」ガタッ
大勇者「お前と100代目魔王が知り合いだっただと!?」ググッ
勇者「ぐっ……」
大勇者「全て話せ!!何一つ包み隠さずに全部だ!!!!」ドンッ
大勇者は勇者をなかば突き飛ばす形で解放した。
力無く椅子に腰を降ろすとそのまま頭を抱えてうなだれた。
勇者「ケホケホッ…………言われなくても全部話すさ」
呼吸を整えつつグラスの水を勇者は飲んで喉を潤した。
父の反応は予想通りだったがもう後には引き下がれない。
一度深呼吸して話し始めた。
勇者「あれは10年前、親父に連れられて……」
大勇者「…………」
勇者は父に全てを話した、
幼き日に父に連れられて緑の国を訪れた時に勇者は魔王の出会い、彼女と友人となったこと。
そこで彼女と人間と魔族の和平を互いに夢としたこと。
この10年周囲には内緒で二人で会っていたこと。
武闘家達に彼女を紹介したこと。
そして……今日魔王に襲われて宣戦布告を受けたこと……。
ありのまま全てを話した。
大勇者は勇者の話を終始黙って聞いていた。
眼を閉じ眉間に深い皺を寄せる様は怒りを抑えている様にも見えたし何かを思い悩んでいる様にも見えた。
勇者「…………それで……親父に戦争の真実ってやつを聞きに来たんだ」
大勇者「…………」
勇者「なぁ、魔王は一体何を知ったっていうんだよ?」
大勇者「…………」
勇者「頼む、親父!!俺にも戦争の裏ってやつを教えてくれよ!!」
大勇者「…………」
話を聞き終えた大勇者は静かにため息を吐くと忌々しそうに呟いた。
大勇者「……あの時お前を緑の国になど連れて行かなければ良かった……そうすればこんな……こんなことになどならなかったのに…………」
勇者「…………」
大勇者「…………悲劇は……繰り返すと言うのか…………」
勇者(…………?)
勇者は大勇者の言葉に違和感を感じた。
『悲劇は繰り返す……?』
どういう意味だろうか?
悲劇というのが自分と魔王のことを指すのは恐らく間違いないだろう。
では『繰り返す』ということは過去にも自分達のように戦争の真実とやらのせいで運命を狂わされた人間がいるということなのだろうか?
だとしたら一体誰がどんな風に…………。
勇者「親父、一体……」
大勇者「……案ずるな、これからお前には全てを話そう」
勇者「……!!」
それは勇者が待ちわびた一言であった。
しかし勇者は遂に知りたかったことを知ることができるという期待や興奮など蚊ほども感じてはいなかった。
話の内容が重いものになると分かっていたからというのもあるが、何より父の顔が今までに見たこともないほど暗かったからだ。
大勇者「お前には全てを知る権利が……いや、全てを知る義務がある」
大勇者「本当は私の口から真実を話すつもりなどなかったが……お前の話を聞いてはそうも言っていられんからな」
大勇者「だがその前に言っておこう。お前の知らない戦争の闇……真実は遥かに残酷なものだ。おそらくお前は『こんな真実なら知らない方が良かった』と思うだろう」
大勇者「それでもお前は全てを知りたいか?全てを知る覚悟があるか?」
勇者「…………」
大勇者に鋭く睨まれ念を押された勇者は一瞬たじろいだ。
勇者(親父がこうまで言んだ、よっぽど重大な秘密が隠されてるみたいだな……)
勇者(だけどアイツもそれを知って苦しでるんなら……俺も同じように苦悩を分かち合いたい)
勇者(1人じゃ立ち向かえない困難だって2人ならきっと……!!)
勇者は決意を固め父の瞳を真っ直ぐ見返して言った。
勇者「あぁ、頼む親父。聞かせてくれ」
大勇者「そうか……まぁそう言うだろうとは思っていたがな」
大勇者「では全てを知って100代目勇者として、自分の意思で、進むべき道を決めるがいい」
勇者「…………」
大勇者「さて、何から話せばいいか…………順を追って私のつまらない昔話から話すのが妥当だろうな……」
大勇者はグラスの酒を一口飲んでからどこか遠くを眺めた。
その瞳は昔を懐かしんでいる様だった。
大勇者「もう随分昔のことだがな……私と99代目魔王は親友だった」
勇者「………………」
勇者(そうか……親父と99代目魔王……つまり魔王の父さんも俺達みたいに友達同士だったのか)
勇者「………………」
勇者「…………な!!はぁ!?」
大勇者「言っておくが紛れもない事実だぞ」
勇者「な……親父が先代の魔王と…………」
今度は勇者が驚かされる番だった。
歴代最強と言われる99代目勇者と99代目魔王が友人だった。
そんなこと今まで微塵も考えもしなかった。
魔族を憎むべき敵だと断言する父が魔族の友人を持っており、しかもその相手が魔族を束ねる存在の魔王となればなおのこと驚きは大きい。
勇者はしばらくの間、混乱のあまり金魚のように口をパクパクと開いたり閉じたりしていた。
大勇者「意外だったろ?」
大勇者は驚愕する息子に微かな笑みを含んだ声で言った。
勇者「あ、当たり前だろ!?勇者と魔王が友達だったなんてそんな……」
大勇者「お前と100代目の魔王も友人同士ではないか」
勇者「そりゃ、そうだけど……」
大勇者「若かったころの私もまさか魔王と友人になることになるとは夢にも思わなかったさ」
大勇者「しかし何が起こるか分からないのが人生というものだ」フッ
勇者「…………」
大勇者「……奴と初めて会ったのは20年以上前の風鳴の大河の戦場だ」
大勇者「当時私は勇者候補だったが、99代目勇者になるのは私だと自分も周りも思っていた」
大勇者「それくらい私は強かった。圧倒的に」
大勇者「聖剣と契約する前であっても人間にも魔族にも一度たりとも負けたことなどなかったし、どんな戦いも全力を出す必要すらなく勝利を手にすることができた」
大勇者「だが……それ故どんな戦いにもどんな勝利にも達成感も満足感もなかった」
大勇者「当時の私は『ぬるま湯に浸からされていう感覚』に似ていると思っていたが……なるほど、言い得て妙だな」
大勇者「戦いも勝利も私にとってはぬるま湯そのものだったワケだ」
大勇者「私の息子であるお前ならその気持ちも少しは分かるんじゃないか?」
勇者「…………」
勇者はかつての大勇者の悩みを絶対の強者だけが持つことを許された贅沢な悩みだと思いつつ、その気持ちを分かる気がした。
歴代最強の勇者と呼ばれる偉大な父の存在があったため勇者は自分の力に自惚れることなどなかったが、それでも勇者もまた、勝利は容易く手に入れることができるものであると感じていたことは否めない。
大勇者「私がアイツに……先代の魔王に出会ったのはそんな頃だった」
大勇者「当時魔将軍だったアイツと私は風鳴の大河で剣を交えた…………アイツは私が初めて勝てなかった相手だったよ」
そう言って大勇者は少し何かを考えて付け加えた。
大勇者「……言っておくが"勝てなかった"というのは負けたという意味じゃないぞ、あの時は引き分けてドローだったのだからな」
勇者(……負けず嫌いなんだな……)
大勇者「だが私にとってはそれが嬉しくてたまらなかった」
大勇者「自分が全力を出せる相手がいることが、自分が全力を出しても勝てない相手がいることが、嬉しくて嬉しくて仕方なかった」
大勇者「アイツと戦っていた時に感じた高揚感、緊張感、充実感、疲労感……どれもが新鮮でどれもが心地よかった」
大勇者「そして最強の魔族として生きてきたアイツもまた同じことを感じていたようだ」
大勇者「立場も境遇も私達はよく似ていたのだ」
勇者「…………」
大勇者「そうして何度も剣を交えていくうちに互いが互いを認め、尊敬すらするようになり……私達の間には奇妙な友情が芽生えていった」
大勇者「きっかけは……覚えていない。案外友達というものはいつどうやって友達になったかなど覚えていないものなのかも知れんな」フッ
大勇者「いつの間にか一緒に飯を食べる仲になっていたよ」
大勇者「奇妙な……実に奇妙な友情だったな」
大勇者「敵同士でありながら一緒に飯を食べ、食後に『今日こそは勝たせてもらう』と言って殺し合っていたのだから」
大勇者「今思い出してもなんとも可笑しな関係だ」フフッ
大勇者「まぁ出会って1年もする頃には相手を殺してやろうなんて気持ちはお互い欠片も持ってはいなかったがな」
大勇者「私にとって奴は、奴にとって私は、唯一無二の友となっていたのだよ」
勇者「…………」
勇者は何もかもが意外だった。
過去を話したがらなかった父が自身の過去をこうも饒舌に、懐かしそうに話す姿も意外だったし、何より魔族を嫌悪し憎んでいるのだとばかり思っていた父が先代魔王とそんなにも親しい仲であったとは。
自分と魔王とは形は違うが父と先代魔王の間には男同士の友情が確かに存在していたのだろう。
だがそれなら何故父は魔族を目の敵のように言うのだろうか?
それに魔族とも分かり合えるのだと分かっていたのなら何故父は魔族との和解の道を目指さず……。
勇者(ん?魔族との和解を目指さなかった…………!?)
勇者「ちょ、ちょっと待った!!親父にとって先代の魔王がそんなに大事な友達だったんならなんで殺したりなんかしたんだよ!?」
勇者「もしかして本当は親父が99代目の魔王を倒したってのは嘘なのか!?」
大勇者「……やれやれ、せっかちな奴だ。そういうところは残念ながら私に似てしまったのかな」フム
大勇者「ちゃんと全て話す、黙って聞いてろ」
勇者「う……」
大勇者「……お前の言う通り、私達は次第にこんな馬鹿げた戦争を終わらせようと考えるようになった」
大勇者「99代目勇者候補と99代目魔王候補がこうして分かり合えたのだ、必ず人間と魔族は分かり合える筈だ…………とな」
勇者「俺達とおんなじだ……」
大勇者「あぁ、そうだな」
大勇者「そして……私達が出会って1年余りが経ったある日の事だ」
大勇者「私は聖剣と契約を交わし正式に99代目の勇者となった。奇しくも奴も同じ日に魔剣と契約を交わし99代目の魔王へと即位した」
大勇者「そうして……私達は同じ日に全てを知ったよ。この戦争の……いや、この世界の全てをな……」
勇者「この世界の全て……?」
懐かしそうに昔語りをしていた先程までとは異なり、大勇者の顔色は暗く重く切ないものへと変わっていった。
そして不意に勇者に質問を投げ掛けた。
大勇者「さて、勇者。ここで問題だ」
勇者「え?」
大勇者「世界に10本存在する『神樹』。この存在が我々人間にどの様な関わりを持っているか答えよ」
勇者「な、なんだよいきなり……」
大勇者「いいから答えろ」
突然問題を出され狼狽えた勇者だったが記憶の片隅にあった旅立ちの日に武闘家が僧侶の弟に語り聞かせた神樹の説明を思い出しながら答えた。
勇者「え〜っと…………神樹から溢れる生命力が周囲にある種の結界を張ることで……土壌や水質、大気とかをよりよい状態に保つ環境改善の役割を果たしてる……だっけ?」
大勇者「ほぉ……私の息子だから勉強はからっきしだと思っていたがこの程度の問題には答えられるのか、正直驚いたぞ」
勇者「あのなぁ、こんな質問に一体何の意味が……」
大勇者「合格点だ。……世間一般では、な」
勇者「?……どういう……」
大勇者「それを今から話そう」
大勇者はゆっくりと瞳を閉じると世界史について生徒に話す学校の講師の様に淡々と話を始めた。
大勇者「今から遥か昔の話だ……人間と魔族の戦争が始まるさらに数百年も前のこと」
大勇者「当時の人々は争うことなどなく何不自由無い生活をしていた。だが人々はその生活に満足はしていなかった」
大勇者「自分達の住む世界をよりよいものにできないかと考え始めたのだ」
大勇者「高位の魔法使いや魔法研究者達が日夜研究を重ねた結果、ある人工魔法植物を作り出すことに成功した」
大勇者「その魔法植物は成長するにつれて並々ならぬ生命力で周囲の環境を植物自身にとって適した環境へと変化させようとする性質を持っていた」
勇者「じゃあそれが……」
大勇者「そう、私達が今日『神樹』と呼ぶ存在だ」
勇者「知らなかった……神樹が人間の手で作られたものだったなんて……」
大勇者「人々の研究は大成功したと言える。人々は喜んで完成した幾つかの魔法植物の苗木を世界各地へと植え、その場所を中心に都市を造った。現在存在する国々の原型だな」
大勇者「長い時が流れ巨大に成長した魔法植物はいつしか人々に『神樹』と呼ばれるようになり信仰の対象にもなった」
大勇者「そうして人々は恵まれた環境でいつまでも幸せに暮らしました、めでたしめでたし」
大勇者は皮肉めいた笑みを浮かべて酒を飲んだ。
そして目の前の何もない空間を睨むと忌々そうに息を吐いた。
大勇者「…………とはいかないのが現実というものだ」フゥ
勇者「…………」ゴクッ
大勇者「神樹が十分に成長したある時から世界中で災害が多発するようになった。集中豪雨に大雪、干ばつといった気候変動や地震に火山噴火……自然的な災害だ」
大勇者「自然災害が発生するのは当たり前のことだがその当時、災害は異常なまでに頻繁に発生した。神樹の加護に守られているから、と気にしていなかった人々も次第に不安がるようになっていった」
大勇者「その頃の魔法学者達が原因を調査したところ驚くべき事実が判明した」
大勇者「災害の原因は神樹にあったのだ」
勇者「……神樹に?だって神樹は環境を良くするもんだろ!?」
大勇者「……育ちきった神樹は寿命を迎えていたのだ」
勇者「寿命……!?」
大勇者「あぁ……どんな生き物にも寿命はある……考えてみれば当たり前のことだ」
大勇者「寿命が近づいた神樹は生命力が失われており、もはや環境改善装置としての役割を果たすことができなくなっていた」
大勇者「世界中の神樹はいつしか寿命で枯れ果てる……だが話はそんなに単純ではなかった」
大勇者「生命力の弱まった神樹は自身の生命力を維持しようと周囲の環境から膨大な魔力を吸収していたのだ」
勇者「な……」
大勇者「お前も知っているだろう?この世界には生きとし生けるもの、果てや大気や大地にまで魔力が宿っていることを」
大勇者「神樹はそれらの魔力を吸収し己の生命力に変えることで寿命を延ばそうとしていたのだ」
大勇者「世界中に満ちる魔力がバランスを崩せば天変地異が起きるのも当然だ」
大勇者「当時の魔法研究者達はどうにか神樹の延命をはかる方法がないかと探した……そして辿り着いた答え、それが……」
大勇者「…………人間の命だ」
勇者「え…………?」
大勇者「『魔獣堕ち』というものがあるな。強い怨念を持つ動物が死んだ時に世界に満ちる魔力が負の力を動物に与え魔物としてしまう現象だ」
大勇者「原理はそれを応用したものだった。高等生命体である人間は死ぬ時に極めて大きな魔力を発する。その魔力を大量に、継続して神樹に吸収させれば神樹の寿命を延ばすことが可能になるというものだ」
バンッ!!
勇者は突如カウンターを力任せに殴った。
話の内容に堪えられなくなり青筋を立たせて父に吠える。
勇者「そんな……そんな非人道的な方法が許されるわけないだろうが!!」ギリッ
勇者「そんな方法を実行したっていうのかよ!?」
大勇者「いや……魔法研究者達の話を聞いた各国の王達もそんな方法は認められない、他の方法を探せと意見を突っぱねたそうだ」
大勇者「そんな中、金の国の王が立ち上がった」
勇者「金の国……?」
大勇者「あぁ、今は無き11番目の国だ。銀の国があるのだ、金の国があっても不思議ではあるまい?」
大勇者「『神樹に世界を滅ぼされるくらいなら神樹を滅ぼしてしまおう』。金の王はそう言った」
大勇者「他国の王達の反対を押し切り金の王は金の神樹への攻撃を決行した」
勇者「け、結果は…………?」
大勇者「……今の地図に金の国は存在するか?」
勇者「…………!!」
大勇者「……失敗だったよ」
大勇者「金の国の軍は金の神樹を消滅させるべく大規模な攻撃を仕掛けた。それによって生命の危機を感じた神樹は……爆発的に周囲のあらゆる魔力を吸収しようとした」
大勇者「その結果、金の神樹はたしかに消滅したが……金の国は王都を中心に国土の殆どが不毛の砂漠へと豹変した……国民も全滅したそうだ」
大勇者「黄の国東の大砂漠は金の国の成れの果てだ」
勇者「……そんな……」
大勇者「しかも金の神樹の消滅が世界の魔力バランスをさらに崩すという最悪のオマケが付いてきた」
大勇者「頻度と規模を増す天災……もはや一刻の猶予すら許されていなかった」
勇者「………………」
大勇者「もう分かっただろ?各国の王達は人間の命を神樹への供物に捧げ世界を守ることを決断したんだ」
大勇者「一部の天才魔法研究者達の手によって死んだ人間の魔力を神樹に取り込む術式と裏魔法が完成した」
大勇者「各国の城の地下深くには神樹の根に直結する小部屋があってな、そこには壁、床、天井一面に術式が刻まれている」
大勇者「死した人間の魔力を各神樹にバランス良く供給する役割があるそうだ」
勇者「…………」
大勇者「だが通常の人間達の命の犠牲は低下していく神樹の生命力を抑制する程度にしかならない」
言って大勇者は指でカウンターに見えない図を書き始めた。
大勇者「グラフで説明するなら縦軸が神樹の生命力、横軸が時間……神樹の生命力は時が経つにつれ低下していき0になるとゲームオーバー、神樹の寿命が尽き世界が崩壊する」
人差し指を始点から右下の方へと動かしながら言う。
大勇者「人間の命により発生した魔力を供給することで神樹の延命をはかることは可能だが……それでもいつかは生命力が0になることに変わりはない。グラフの傾きが緩やかになるだけだ」
今度は同じ始点から先程よりやや右へ向けて指を動かす。
勇者は父の指の動きを見てなんとなくグラフを思い浮かべた。
大勇者「グラフのY座標を……神樹の生命力を健康体まで回復させるのには瞬間的に爆発な魔力を注ぎ込む必要がある」
大勇者の指先のグラフは急上昇をし始点と同じ高さになった。
大勇者「これを可能にするには何千万という人間をほぼ同時に殺さなければならない……だがそんなことをすれば100年足らずで人類は絶滅することになる」
大勇者「そこで考え出されたのが魔力増幅装置だ」
大勇者「生命力を代償にその使用者の魔力を限界以上に、通常の何千何万倍にも高める装置」
大勇者「しかしその装置は誰でも使える代物ではなかった。適応できない人間が扱っては魔力の増幅に耐えきれず十分に魔力を増幅させる前に肉体が朽ちてしまうからだ」
大勇者「そして魔力増幅装置の適応者として選ばれた者が2人いた」
大勇者「1人は白の国で国最強の騎士団長を務めていた男。もう1人は黒の国でもその実力に並ぶものがいないと言われる黒の王だった」
勇者「……白の国と黒の国の2人……?」
瞬間勇者の脳内で歯車が音を立てて噛み合わさった。
続いてにび色の電流が駆け巡る。
切れ者の武闘家ならば話の冒頭で勘づいていたかも知れない。
いや、勇者も本来ならばもっと早い段階で気付いていたに違いない。
薄々答えに勘づいていたからこそ無意識の内にそれを知ることを拒んでいたのだろう。
じっとりとした汗を額に浮かべて震える声で言う。
勇者「まさか……!?」
大勇者「お前の考えている通りだ、彼らが初代勇者と初代魔王、そして魔力増幅装置というのが……聖剣と魔剣だ」
勇者「な……そんな……そんなの……」
大勇者「そしてここからは狂言戦争の始まりだ」
大勇者「まず金の国の消滅は黒の国が金の国に攻撃を仕掛けたからだと各国は国民に伝えた」
大勇者「当然黒の国の国民達はそんなのは出鱈目だと抗議した。しかし他の9ヵ国の国民達はその訴えを信じようとはしなかった」
大勇者「黒の国は当時から一国で他の9ヵ国全て合わせたくらいの軍事力を持つ国だったからな、黒の国は他の国々から恐れられていたのだ」
大勇者「王達はそこを利用して黒の国が金の国を攻め入ったと報じたのだ。勿論黒の国の王も同意の上だ」
大勇者「王達の思惑通り国民達は黒の国の脅威に怯え始めた……そこで白の国の王を中心に赤の国、青の国、黄の国の4国で黒の国を討つべく同盟が為された。これが今の聖十字連合の母体となる軍事同盟だ」
大勇者「そして黒の国と白の国を中心とした4ヵ国の戦争が始まった……全てが当時の王達のシナリオ通りだった」
大勇者「白の国側は魔力増幅装置の使い手を勇者として人々の希望の象徴とした、黒の国側は王自ら魔王と名乗り国民の象徴となり戦った」
大勇者「勇者か魔王、どちらかの命が失われた時に発生する魔力は魔力増幅装置の力により極限を超えて高められ神樹達の生命力を著しく回復させる」
大勇者「その他大勢の人間達の命はその時までに神樹が生命力を失ってしまわないための繋ぎにすぎんというワケだ」
勇者「…………」
大勇者「しかし勇者と魔王が死んだらまた次の勇者と魔王が必要になる……そのための人材を探す手段として普及したのが……これだ」スッ
大勇者はそう言って右腕の袖を捲った。
勇者に勝るとも劣らぬ暁の空よりも赤い朱の刻印が露になる。
大勇者「刻印によって勇者の適性が検査される。勇者の適性があると分かったら人々の希望の象徴たる存在たるべく教育がなされる……そして見事勇者になったなら聖剣と契約を交わす」
大勇者「聖剣には契約を交わすことで戦争の真実を知ることができるように術式が組まれている。めでたく聖剣の加護を受けた勇者は世界のために魔王と闘う……魔王も同じシステムだな」
勇者「…………」
大勇者「……まったく、憎らしいほどによくできたシステムだよ」
大勇者「人々のため戦おうと育ってきた勇者と魔王は責任感の塊だ。そんな人間に『世界のためにお前の命が必要なんだ』と言って断るワケないからな」
大勇者「自らの命が世界の崩壊を止めるために必要だと知った勇者と魔王は殺し合う……お互いに恨みも憎しみもなく、ただ虚しい義務によって相手を殺さなければならない」
大勇者「必要なのはお互いの命なのだと知り、殺し合うことに意味がないと分かって自ら命を絶とうとした者もいたそうだ」
大勇者「だが人々の希望の象徴である立場の者が自殺など出来るハズもない。…………いや、しようと思えば出来ないことはないかもしれん。しかしそんな脆弱な精神の持ち主は最初から勇者になど選ばれたりはしない」
大勇者「そして勇者と魔王は闘うのだ。世界が終わってしまわぬように、死の宿命を背負った者同士な……」
勇者「…………んな……」
大勇者「…………」
勇者「ふっざけんな!!!!!!」
バァンッ!!!!
先程より力を込めて勇者はカウンターを殴りつけた。
衝撃で彼のグラスは倒れ溢れた水が床へと滴る。
勇者「じゃあ……じゃあ俺達はいつか殺し合うしかないってのに友達になったって言うのかよ!?」
大勇者「……そうだ」
勇者「できもしない人間と魔族の和平を夢見てこの10年ただ妄想にふけってきたってのか!?」
大勇者「……そうだ」
勇者「そんで……俺達は……世界の崩壊を阻止するためにこれから殺し合わなきゃならないってのかよ……!!!!」
大勇者「……そうだ」
激昂する勇者に大勇者はあくまで淡々と答えた。
父の対応がどうしようもない現実の刃を勇者へと突きつけた。
勇者「そんな……そんなの…………あんまりじゃないかよ…………俺達は……どうして……なんのために……」
虚ろな瞳でうなだれる勇者の姿はついさっきまでの大勇者の姿と重なって見えた。
大勇者「……続けるぞ」
絶望にうちひしがれる息子を横目に大勇者は話を続ける。
勇者「……まだ……なんかあんのかよ……?」
大勇者「薄々気づいているかもしれんが……この世界にはな、『魔族』なんて種族は存在しないんだ」
勇者「…………は?」
父の口から飛び出したあまりに突拍子もない一言に勇者はまたも驚愕する。
しかしその突拍子もない一言を何故かすんなりと受け入れてしまっていた。
それほどまでに勇者の中で"常識"というものが無惨に崩れ去り形を成していなかったからだ。
大勇者「黒の国とその他の国が戦争を始めてから黒の国内では他国への苛立ちが爆発していた」
大勇者「そこで魔王は国民に言ったのだ、『我々と他の国の人間はそもそも別の種族だ。我々は人間などという下等な種族ではなく魔族という崇高な別の種族なのだ』とな」
勇者「…………」
大勇者「黒の国の民はその言葉を容易く信じ込んだ。種族が違うとした方が憎み、殺し易く都合が良いと判断した他の国の王達もまた『黒の国に住むのは魔族だ』と言い魔族に対する誤った知識を教育に取り入れた」
大勇者「各国の情報操作の甲斐もあって世代が2つ変わる頃には世界中のほぼ全ての人々が『黒の国に住むのは魔族だ』と思うようになったという」
勇者「じゃあ……」
大勇者「あぁ、私達は何百年もの間、人間同士でバカげた殺し合いをしてきたのだ」
大勇者「私達は98人の勇者と99人の魔王、そして数えきれない何千万という人間達の犠牲の上に今日を生きているんだ」
勇者「………………」
もはや勇者は大勇者の語る真実に反応する言葉すら持ち合わせていなかった。
そして勇者の心情を大勇者は痛いほど分かっていた。
およそ20年前、自分が味わった衝撃と苦悩と絶望……それと同じものを息子もまた味わっているのだ。
かける言葉など見つかるはずもなかった。
他人のどんな言葉も意味を為さないと誰よりも分かっているからだ。
そしてまた父は子に静かに語り始めた。
大勇者「真実を知った時……お前と同じ様に私も愕然としたよ」
大勇者「人々のためにと魔族と戦ってきた私はただの大量殺人者で、親友を殺すか自分が死ぬかしなければ世界が滅んでしまうという笑えない冗談を聞かされたのだからな」
大勇者「白の国の王様には随分と謝られた……勇者に任命してしまい本当にすまないと何度も何度も頭を下げられたよ」
大勇者「全てを知る王達とその側近達を憎みもしたがすぐにそんな気持ちも失せたさ」
大勇者「全てを知ったからこそ分かった。王達もまた悩み苦しみながら王の座に就いているのだと。だから……お前も王様達を責めないでやってくれ」
勇者「…………」
大勇者「私達が世界の真実を知った時、まだお前は母さんのお腹の中にいてな。アイツが『最後の闘いはお前の子供が生まれてからにしよう』と言ってくれたから私達は正式に勇者と魔王になってから大体1年、最終決戦を先延ばしにした」
大勇者「アイツにも娘がいたから家族で過ごせる時間ができて丁度良かっただろう」
大勇者「そしてお前が生まれて少しして…………私達は最後の闘いを始めた……」
大勇者「……酷い闘いだった……流した汗より、流した血より、流した涙の方が多い……そんな闘いだった。今でもたまにその時のことを夢に見る」
大勇者「一晩中闘い続け私は宿命の闘いに勝利した。……全身全霊を懸けて手にした勝利が人生で最も虚無感に溢れた勝利だったのはなんとも皮肉だったよ」フッ
大勇者は皮肉っぽく笑ってみせた。
勇者には父の顔が今まで見たことがないほど悲しみに溢れて見えた。
作り笑いでもしなければ涙を流してしまいそうで無理に笑ってみせたのかもしれない。
そんな笑みだった。
大勇者「アイツの命をこの手で奪ってから……私は勇者として前線に立ち数えきれない魔族達を殺してきた」
大勇者「友の命を奪った贖罪のために更に罪を重ねたのだ……矛盾しているように思うかもしれないが残された私にできることは血塗られたこの手でさらに業を重ねることぐらいしかなかった……」
大勇者「お前が5歳の時だったか、お前が勇者の刻印を持っていると分かりお前もまた勇者となるだろうとなんとなくだが分かった」
大勇者「お前が勇者となればいつしか真実を知ることになる。そうなれば魔族が同じ人間であり魔王が決して憎むべき敵などではないと分かってしまう」
大勇者「だが……私はどうすればいいのか分からなかった。世界の真実を勇者を軽々しく話すワケにはいかんからな。だからせめてお前が全てを知るまでは何も苦しまなくても良いように魔族を絶対の敵として教えてきた」
大勇者「そんなある日だ、お前が『人間と魔族を仲直りさせたい』などと言い始めたのは」
大勇者「私は自分と同じ絶望と悲劇のドン底にお前が落ちるのだけはどうしても阻止したかった……そのつらさは誰よりも分かっているからな……」
大勇者「だからお前の考えを徹底的に否定し、人間と魔族の和平を目指すお前が勇者になることも頑なに認めなかった」
大勇者「だが……何の因果かやはりお前は勇者となった……そして私と同じ悲劇をまたも繰り返そうとしている」
大勇者「…………夢と希望がそのまま悪夢と絶望になるとはな……まったく、親子そろって大馬鹿だよ、私達は」
勇者「…………」
大勇者はグラスをあおると空になったグラスに酒を注いだ。
褐色透明の液体に満たされていくグラスを見ながら勇者は頭の中を必死に整理しようとする。
人柱としての勇者と魔王。
世界のために犠牲となった数え切れない人間達。
真実を知らずに殺し合う人間。
悲劇としか言いようのない父の過去。
偉大な大勇者の知られざる葛藤の日々。
そして自分と魔王の先の無い未来……。
そのどれもについて考え、絶望し、考えるのをやめ、また考えをひたすら繰り返した。
しかし答えは出ずに考えもまとまらない。
次第に勇者の脳は考えることを止めた。
鉛色の沈黙が酒場を包んでいく。
古びた置時計の針が生真面目に時を刻む音だけが聞こえる。
一体どれほどの時間が経ったのだろうか。
実際には数分にも満たない時間であったのだろうが勇者にとってその沈黙は数時間も続いた様にさえ感じられた。
生気のない声でやがて勇者が言った。
勇者「…………親父……俺……どうしたらいいんだ……?」
余命幾日と告げられた患者の様な魂の抜けた勇者を叱咤するでも慰めるでもなく、大勇者はただ質問にだけ答えた。
大勇者「……お前の選択肢は2つだな」
大勇者「一つは勇者として荊の道を歩むことを決め聖剣を手に100代目魔王と闘う」
大勇者「もう一つは100代目勇者の座を降り、次の勇者に世界の人柱としての責任を託し自分は全ての現実から逃避する。その場合100代目魔王とは私が闘うことになるな」
勇者「な、そんなの……!!」
大勇者「ならばお前が魔王と闘うか?その手で彼女の命を奪う覚悟はあるのか?」
勇者「……くっ!!」ギリッ
勇者は何も言い返せなかった。
父の今言った二つの選択肢はどちらも正しくそのどちらかを選ぶしかない。
だがどちらの選択肢も選びたくなどなかった。
現実は少年が想像していたよりも遥かに残酷だった。
勇者「…………親父」
大勇者「なんだ」
勇者「…………親父の言った通りだったよ」
勇者「こんな真実なら……知らない方が良かった……」
大勇者「…………」
それきり二人は何も話さなかった。
勇者は俯き頭を抱えてぴくりとも動かない。
大勇者はその隣で何も言わずに酒を飲むだけだった。
酒場に存在する音は時計の秒針の奏でる規則的な音と、時折聞こえる大勇者のグラスの氷がガラスを打つ音だけだ。
――カカラァン……
――――黒の国・魔王の城・王の間
側近「魔王様……正気なのですか?」
魔王「当たり前だ」
側近「ですが……いかに魔王様のご命令と言えどこれは……」
側近は今しがた魔王より手渡された令書に目を通すと険しい顔で魔王に意見した。
内容があまりにも異常なものだったからだ。
側近「『以下に名を記す者達に3日以内に城内から完全退去することを言い渡す。また退去の後1週間、城への立ち入りを禁ず』」
側近「ここに名前を記された者は部下が192名と兵士が943名……城の者の大半が退城を命ぜられたことになります。城に残るのは魔将軍殿直属の一部の部下のみになってしまいます」
魔王「だろうな」
側近「……魔王様、一体何をなさるおつもりなのですか?」
側近「昨日王妃様とお会いになられてから人間側との和平に向けた国内会議を白紙に戻しただけでなくこの様な人払いとしか思えないご命令まで…………」
側近「何かあったのならば私に仰って下さい。私では魔王様のお力になれないかもしれませんが、それでも……」
魔王「お前は何も知らなくていい。ただ黙って私の命令に従っていればいいのだ」
側近「……!!」
側近(これは私が知る魔王様ではない……)
冷たい目でそう言い放った魔王を見て側近は思った。
王として毅然とした態度である時も優しさと温かさを宿していた魔王の瞳はまるで別人の様に凍りついている。
そして何か重いものを背負い、その宿命を受け入れ覚悟している……そんな風に彼女には見えた。
魔王「分かったら直ちにその命を城内の者に伝えろ」
側近「…………できません」
魔王「……何?」
側近「できません、と申し上げたのです」
側近「私は魔王様の側近。場合によっては魔王様に意見することを許されています」
側近「今回のご命令は不可解な点があまりに多くきちんとしたご説明をいただけるまで私はこの件に関して異議を申し立てる所存です」
魔王「…………」
魔王「…………ならばその権利を奪うまでだ」
側近「な……」
魔王「100代目魔王の権限においてただ今をもってお前を軍事・国政における全ての任から解く。長い間ご苦労であったな」
側近「そ……そんな!!こんなの勝手すぎます!!あまりにも一方的な……!!」
魔王「…………」パチィン
魔王が指を鳴らすと王の間の扉が重々しい音をたてて開き幾つものきびきびとした足音が流れ込んできた。
黒騎士「お呼びでしょうか、魔王様」
整然と並ぶ何人かの兵士達の前に一歩進み出た黒騎士が言う。
魔王「うむ。たった今この者を軍事と国政の任から解いたところだ。引いては部外者故にこの場から速やかに連れ出せ」
黒騎士「ハッ……」
側近「魔王様……!!」
魔王にとって側近が姉の様な存在であることは城内の誰もが知るところである。
たった今下された命令に疑問を持ちながらも黒騎士は側近を取り囲むよう指示を出し部下達はそれに従う。
黒騎士「……側近殿。女性に手をあげるような真似を私はしたくありません。何があったのかは知りませぬが魔王様のご命令に従いこの場を速やかに去って下さるようお願い致します」
側近に歩み寄ると黒騎士は言う。
側近「…………」
魔王「…………」
王座に腰かける魔王を見つめる側近。
魔王の瞳はやはり彼女の知るそれとは異なり氷の様に凍てついていた。
側近「…………分かりました」
側近「今まで……お世話になりました。魔王様の下で働かせて頂いたこの数年……身に余る光栄でございました」
奥歯を強く噛み感情を押し殺して側近はいつもの様に淀み無い口調で魔王に別れの挨拶を述べた。
魔王「……うむ。では達者でな」
側近「……ハッ、魔王様もどうかお身体にはお気をつけて」ペコリ
深く頭を下げ黒騎士達に促される様に側近は王の間を後にした。
彼女達と入れ替わる様に魔将軍が王の間へと入ってくる。
魔将軍「何やら騒ぎがあった様だが……」
魔王「なに、何百といる部下の1人をクビにしただけのこと。たいしたことではない」
魔将軍「……実の姉同然の側近との別れが『たいしたことではない』……か」フンッ
魔王「……これからの戦いは今までのように生ぬるいものではないからな。同族の血が今までの比ではなく流れることは彼女には耐えられまい」
魔将軍「では姫君はそれに耐えられると?」
魔王「当たり前だ。この世界を守るためならば私は鬼にも修羅にもなろう」
魔将軍「頼もしい限りだな」フッ
魔王「それと私は今や正真正銘の100代目魔王だ。『姫君』はやめろ。言葉遣いも改めるのだな」
皮肉っぽく笑う魔将軍を鋭く魔王は睨みつけた。
魔将軍「これは失礼しました、魔王様」ペコリ
魔将軍は心にもない謝罪の意を述べると恭しく頭を下げた。
魔将軍「……して、今後側近の抜けた穴はいかがなさるおつもりで?」
魔王「国政に関しては別の部下を起用するとして軍事方面の指揮は魔将軍、貴様に一任する」
魔将軍「ハッ。御意のままに」
魔将軍「しかし魔王様直々に宣戦布告をしてきたとは言え本当に勇者は来るのですかな?」
魔王「……あぁ、来るさ。絶対に」
魔王が勇者に宣戦布告をしてきたことを魔将軍は知っている。
とは言え勇者との関係について魔王は話してはいない。
あくまで100代目魔王が100代目勇者に闘いの意思を伝えてきたことだけを話していた。
魔王「さすればこの城は私と勇者の決戦の場になろう。その場合勇者以外の邪魔者は貴様と貴様の部下達に任せる」
魔将軍「お任せを。如何に人間達の中で指折りの強者と言えど我が私兵団には敵いますまい」
魔王「…………そうか。ならば良い」
魔王はゆっくりと瞳を閉じやがて来る決戦の時を思い浮かべた。
だが闘いの場を想像しようとしても瞳の裏に映し出されるのは勇者達と過ごしたなんてことのない平凡な思い出だけだった。
魔王(………………)
脳裏をよぎる勇者の、僧侶の、魔法使いの、武闘家の笑顔を魔王はその手で粉々に叩き割った。
【Memoris06】
――――白の国・王都・路地裏の酒場
私「…………」
トクトク……
私はグラスに新しいボトルの酒を注いだ。
そしてそれを一口飲むと顔をしかめた。
私「……お前これはなんだ?」オエッ
店主「ワシ特製の薬膳酒じゃよ。アルコールの分解を助け肝臓の負担を和らげる……」
私「そんなことを聞いたんじゃない。私が頼んだのはいつもの酒だぞ?なんでこんな苦い薬膳酒なんかが出てくるんだと聞いたんだ」
店主「自分で分かっておるじゃろ?今日開けたばかりのボトルをもう空けてしまうなんていくらなんでも飲みすぎじゃろう」
私「…………」チッ
店主「お前さんがそんな風にやけ酒するなんて……奥さんを亡くして以来かのぅ」
私「…………」
私「……そう、だな……」
息子に真実を告げてからおよそ一時間後、息子は何も喋らずに酒場を去っていった。
家の鍵の場所は知っているハズだし家に入れないということはないだろうが……まぁ意地張りな奴のことだ、どうせ家には帰らずどこぞの安宿にでも泊まっているのだろう。
喧嘩して家出した時はよく私の昔なじみの経営する宿屋に行っていたので今日もそうかもしれない。
その後奥の部屋の店主にもう店に戻っていいと伝えると店主は何も言わず何も聞かず、息子が割ったグラスを片付け床の掃除をしていた。
店主「ふぅ……よっこいせ」
片付けが終わると店主はカウンター奥のいつもの椅子へと腰を降ろした。
私「……まさか息子も私と同じ悲劇に見舞われるとは……何故こうも世界は残酷なのか……」
この老いぼれ店主は私の生まれる前から全ての事情を知っている。
それ故こうして他人にはとても言えないことを話すことができた。
私「私達が一体何をしたというのだろうな?この世に神がいるのなら……きっとひどく性格が悪いに違いない」
私「雲の上で私達のことを見て『人間は滑稽だ』と馬鹿にして笑っているのさ。神などではなく悪魔だな」フンッ
店主「…………その台詞、前にも聞いたのぅ」
私「…………」
店主にそう言われてぼんやりと思い出した。
かつて私が全てを知った時もここで似たような台詞を吐いたような気がする。
店主「…………その日はお前さんと彼が最後にここで飲んだ日じゃったな」
店主「ペースも考えずに夜通し飲んだもんじゃから明け方にはお前さんはぐでんぐでんになっておったわ」フォッフォッ
私「……あぁ、あの日か」
言われてどの日のことかすぐにピンときた。
私「……後にも先にもあの日だけだな。何も考えずに馬鹿みたいに飲んだのは……」
――――17年前・緑の国
その日、私は待ち合わせ場所の緑の国の小高い山の上に来ていた。
そこは私たちが好んで密会に使っていた場所だ。
天気は良く空気は澄んでいたので山頂からは美しい緑の生い茂る緑の国の大自然が一望できた。
私「よっ」
アイツが既に来ていたのでいつものように声をかけた。
アイツ「遅い、遅刻だ!!」
するといつもの返事が返ってきた。
もはや私達にとってこのやりとりは恒例行事だった。
アイツ「まったく、お前という奴は毎度待ち合わせには遅れてきおって……」
私「まぁまぁ、待ち合わせに来ないより遅れてでもちゃんと来る方がよっぽどいい、ってね」ナハハ
アイツ「いい加減まともに転移魔法を使えるようになればいいものを」ハァ
私「あぁ無理無理、あーいう小難しい魔法は覚えたくねーもん。魔法剣で俺の頭の容量はいっぱいいっぱいだ」
とそこでアイツの影に隠れ私を見る小さな女の子に目がいった。
私「お!大きくなったな〜!!」
アイツの娘「…………」ギュッ
幼き日の100代目魔王はアイツのズボンの裾を掴みその大きな瞳で私をじっと見つめ返していた。
アイツ「そうだろ?もうじき2歳になるがやんちゃが過ぎて困っているよ。今日はお前の前だから大人しいみたいだな」フッ
私「そっかそっか」
少し怯えている彼女の顔をアイツと見比べて私は言った。
私「しっかし……見れば見るほどお前に似てねぇなぁ」
アイツ「う……」グサッ
私「髪だってお前と違って綺麗な黒髪だし眼だってお前みたいに鋭くなくて大きくて綺麗だし……ホントにお前の子なのか?」ハハッ
アイツ「この子は妻に似たのだ!!正真正銘私の子だぞ!!」
私「あぁ、はいはい、わかってるって。まぁでもあれだな、鼻筋とか口元はお前に似てるかもな〜」
アイツ「そうか!?そう思うか!?」
私「や、やけに嬉しそうだな」
アイツ「そう言ってくれたのはお前と弟だけでな……皆この子は私に似てないと……」ウゥ
私「そりゃ誰がどう見ても奥さん似だもんな」アハハ
アイツ「それに比べて……お前の息子は本当にお前そっくりだな」
アイツは私が抱き抱えている息子を見て言った。
私「俺の赤ん坊のころ見たこともないクセにそっくりとか言うなよ」
アイツ「いや、きっとこんな赤子だったのだろうと誰もが想像つく。それぐらいよく似た子だよ」
私「そっかぁ?」
息子「ダー?」
私は息子を抱き上げて顔をまじまじと見た。
間抜け顔の息子の二つの黒い瞳にはそれ以上に間抜けな私の顔が映っていた。
アイツ「…………」
アイツは私と息子を見て少し悲しそうな眼をすると口を開いた。
アイツ「なぁ……勇者」
さっきまでのくだけ気味の声色ではなく真面目なトーンでアイツが話しかけてきたから私もアイツが何を言いたいのか分かった。
私「…………いよいよ、か」
アイツ「うむ……黒の国の学者達の調査によるともう神樹の生命力はレッドゾーン間近だそうだ」
アイツ「これからは徐々に各地で災害が発生していくことになるだろう、と」
私「…………」
アイツ「息子が生まれたばかりのお前には言いにくいが……」
私「……分かってる。てかそれを言うなら娘がいるお前も同じだろ?」
私「泣いても笑っても、生き残れるのは俺達のどっちかだけってな……」
アイツ「…………」
家族を持つようになり、私は自身の命で家族の住む世界を守れるのならそれでもいいと考えるようになっていた。
だが決して死を望んでいたワケではなかった。
妻を持ち、子を授かったからこそ前より一層生きたいと思うようになった。
息子が健やかに育っていく様子を妻と温かく見守り続けたい……親にとってのごく平凡な幸せ、それを何よりも望んでいたのだ。
そしてそれはアイツにとっても同じことだった。
妻と娘を持つようになり以前と比べてアイツは随分と丸くなった。
まだ幼い頃に両親を亡くしたアイツは家族の温かみを知らずに育ってきたという。
アイツにとって家族と過ごせた二年余りの日々は人生で最も幸福な日々だったろう。
もはや私達は明日この命が尽きても惜しくはないと考え……。
…………いや、真逆か。
もっと幸せな日々を噛みしめていたかったからこそ私達は最後の決戦を始めることを決意したのだ。
闘いに生き残り家族とのなんてことない日々を少しでも長く過ごすために。
アイツ「10日後、赤月の荒野と薄雲の岩山で戦があるのは知っているな?」
私「あぁ」
アイツ「さらにもう1ヵ所……つまり3ヶ所で戦をするとなれば黒の国側は大規模な戦力を割くことになろう。そうなれば城の守りは必然的に薄くなる」
アイツ「そこでお前は剣士達と共に城に攻め入ってくれ、その際は……」
私「分かってる、なるべく殺さないようにうまくやるさ」
アイツ「……すまない」
私「気にすんな、どうせ俺かお前が死ねば神樹の生命力は十分すぎるくらい回復するだろ」
アイツ「…………」
私「ところで赤月と薄雲と……もう1ヵ所ってのはどこにするつもりなんだ?」
アイツ「うむ。青の国とはここ数ヵ月戦をしていなかったからな、風鳴の大河への侵攻戦を行うつもりだ」
私「風鳴の大河……か」
アイツ「どうかしたか?」
私「……いや、俺とお前が初めて会ったのってあそこだよな〜って思ってさ」
アイツ「…………そうだな」
私達は出会ってからのことを思い出しながらしばらく景色を眺めていた。
アイツの娘はずっとアイツのズボンにしがみついたままじっと私を見ていた。
息子は退屈だったのかすっかり寝入ってしまっていた。
寝かしつけようとしてもなかなか寝ないクセにこういう時にはすぐに寝るなんて赤ん坊は気まぐれな生き物だな、などと考えたものだ。
アイツ「……お前と出会ってもう4年になるのか。……早いものだな」
私「ホントだよな〜……4年なんてあっという間だ」
アイツ「まったくだ。……覚えているか?たしか私とお前が3度目に食事をした時……」
私「ストップッ!!!!」バッ
私はアイツの顔の前に手をかざして話を遮った。
アイツ「?」
私「そういう積もる話は酒でも飲みながら話そうぜ。最後の飲み会には最高の酒の肴になるだろ」ニッ
アイツ「おいおい、勘弁してくれ。私はこのあと仕事があるのだぞ?」
私「んなもん知るか!次に会うのはどうせ10日後なんだろ?今日飲まなくていつ飲むんだよ!!仕事なんか適当に部下に押し付けりゃいいじゃねぇか」
アイツ「そういう訳にもいくまい……」ハァ
ため息をつきそう言いながらもアイツは私が何か言い始めたら聞きはしないと諦めている様だった。
事実その通り、私は何を言われてもその日の飲み会を中止する気など毛頭無かった。
私「とにかく今日飲むのは決定だからな。いつもの酒場で待ってるから!」
私「あ、そうだ、剣士も呼ばなきゃな〜。まぁ俺が伝えとくから任せとけ!!」
私「んじゃな〜」タンッ
アイツ「あ、おい!!」
アイツの声を背に聞きながら私は山頂の断崖から飛び降りた。
風に吹かれて目を覚ました息子は泣きもせず、澄んだ緑の国の空気を肌に感じて笑って楽しんでいるようだった。
そして夜。
私は一人で先に酒を飲んでアイツが来るのを待っていた。
剣士も誘ったのだが「お前と魔王が二人で酒を飲める最後の時間なんだ。俺はいいから二人で楽しんでこいよ」と言って遠慮して来なかった。
日が沈んで随分経ってからアイツがやってきたので
「遅い、遅刻だ!!」
と私が言ってやると
「待ち合わせの時間も決めていないのに遅刻とは随分な言い草だな」
と苦笑まじりに返された。
真面目なアイツはその日の仕事を全力で片付けてからこちらに来たらしい。
律儀な男なのだ。
それからは私達は昔語りをしながら店主の料理をつまみに酒を浴びるほど飲んだ……と思う。
と言うのもさっきも言ったが記憶が飛ぶほど飲んだのでその時のことをほとんど覚えていないのだ。
そうは言っても空気というか雰囲気というか……そういう曖昧な記憶は残っている。
私は何も考えずに馬鹿話をしながら酒を飲み、アイツはその隣で迷惑そうに、しかしまんざらでもない顔で杯をあおいでいた気がする。
私の人生でも指折りの楽しい時間だった。
惜しむらくはその時の記憶がこうして曖昧なことだが……最後にアイツと飲んだ酒の味だけは忘れることはないだろう。
最後の飲み会の後半の記憶は皆無に近く、私の記憶は一端途切れて店主のしわがれた声からまた始まる。
店主「……い、おい」
店主「おい、いい加減起きんか」
私「んぁ……?朝か……」
店主「何が朝か、じゃ。もう昼前じゃよ」
私「昼前は俺にとっては朝なの」フワァ〜
二日酔いの痛みを頭に感じつつ寝ぼけ眼を擦った。
酒場を見回すと食い散らかした皿と飲み散らかしたボトルだけが目に入った。
朝日……とはもう呼べない窓から射し込む日の光は薄暗い店内と相まって寝起きの私にはひどく眩しく感じられた。
私「アイツは……?」
店主「明け方近くに帰って行ったわぃ。酔い潰れとるお前さんを見て笑っておったのぅ」
私「チッ、あの野郎最後に一声かけてから行けよ……」
店主「そんなこと言ってもお前さん爆睡しとったじゃろう。ワシもずいぶん前から起こしとったんじゃが起きたのは今の今じゃ」
私「でもさぁ……。伝言とか書き置きとかないのか?」
店主「いんや、何も」
私「ったく、つくづくつれねぇ奴だ」
私が不満を露にしつつ頬杖をつくと店主はアイツが昨日座っていた席を切なげに見ながら言った。
店主「…………のぅ、勇者よ」
私「あん?」
店主「たしかにお前さんの言う通り書き置きなり伝言なりすれば彼はお前さんに別れの挨拶をできたじゃろう」
店主「じゃが……彼はそうしなかった。しようと思えば出来たのに、じゃ」
店主「この意味がお前さんには分かるじゃろ……?」
店主に言われて分かった。
アイツにとってその日の飲み会は私とアイツが友人でいられる最後の一時だったのだ。
だから私に何も言わずに去ったのはアイツの覚悟の表れ――――勇者と魔王の決別の表れだった。
私「…………」
そう感じて私はひどく寂しい気持ちになった。
……大切な友人を一人失ってしまった……。
私の胸にぽっかりと穴が空いた様だった。
そしてその穴はあまりに大きかった。
アイツと過ごした日々が自分にとってどれだけ大きなものであったか知るとともに、アイツと闘わなければならないという残酷な現実をようやく実感し始めていた。
私「…………そっか、とうとう決戦ってワケか」
店主「…………」
私「もう1年も前に分かってはいたつもりだったけど……なんつーか、やっぱ本当の意味で俺は分かってなかったのかもな……」
店主「何十回と繰り返されてきた勇者と魔王の闘いがまた始るんじゃな……宿命の闘い、じゃのぅ」
私「宿命の闘い……ねぇ」
店主「…………」
私「…………」
私「…………酒」
店主「ほれ」スッ
私「ん」
店主から差し出されたグラスの酒を一口飲んだ。
私「ッ!?」ゴホッ
二日酔いが一気に醒めるほど苦かった。
……そうか、今思い出した。
今日飲んだ店主特製の薬膳酒、どこかで飲んだことがあると思っていたがこの時酒だと騙されて飲んだあれがそうだったのか。
正直もう二度と飲みたくはないものだ。
それから十日間の日々を私はよく覚えていない。
アイツとの闘いで命を落とすことになるかもしれないと思っていたので知り合いの顔を見て回ったり思い出の場所を巡ったりしていたのだが、誰と会ってもどこへ行ってもふとしたことで私はアイツとの日々を思い出していた。
一日の大半をぼーっとして過ごし、気がつけば次の日だった。
さすがにこれではマズいと思って軽く鍛練したりもした気がする。
そんなこんなで私には案外早く決戦の日がやって来たように感じられた。
そして……私にとって忘れられないあの日、その夜更け。
私は念入りに装備の確認をしてから部屋を出た。
まぁ装備と言っても鎧と一振りの聖剣のみなのでチェックすることもなかった。
私はガサツなので装備のチェックなど普段はしない。
まるで時間稼ぎのように私は装備の確認をしたのだ。
部屋を出てから無駄としか言い様のない自身の愚かしい行動に気付き、一人失笑した。
家を出る前、今生の別れになるかもしれぬと息子の顔を見に寝室へ戻った。
ベビーベッドで眠る息子はなんとも安らかな寝顔をしていた。
妻「勇者?」
声に振り向くと寝間着の妻がベッドから身を起こしていた。
妻には私と魔王の関係を話していたがその日が最後の闘いになることは話していなかった。
私「あ……悪いな、起こしちゃったかな?」
妻「ぅうん、気にしないで。」
私「そっか」
妻「……行くのね?」
その「行くのね?」は全てを悟った言葉に思われた。
私「……あぁ」
私は短くそう返した。
妻もそれで全てを察した様だった。
私「……というか何で分かったんだよ?」
妻「さぁ?」
私「女の勘、ってやつか?」ハハッ
妻「女の勘、ってやつかな」フフッ
妻「まぁ妻に内緒で夫が夜中に闘いの準備をしてたら誰でもわかるよ」
私「それもそうだな」ナハハ
妻「……勇者、わたしには何も言わずに出ていくつもりだったんでしょ?」
私「う……それは……」
妻「いいの、勇者不器用だからどんな顔してなんて言ったらいいか分からなかったんでしょ」
私「…………なんでもお見通しってワケだ」
妻「そうだよ、わたしはあなたの奥さんなんだから」フフッ
妻は起き上がると私へと歩み寄り優しく私を抱きしめた。
私「お前……」
妻「最後かもしれないでしょ?だから少しだけ……ね?」
私「…………」
妻「……つらいね」
妻「魔王さんすごく良い人だもんね……不器用だけど優しくて信念があって……何から何まで勇者そっくり。……勇者と魔王さんが友達になったのは運命だったんじゃないかな、ってわたしは思うな」
私「……だとしたら運命なんてクソくらえだ」
妻「あら?じゃあこうしてわたしに出会えたこともクソくらえ?」
私「いや、それは…………ったく、からかうなよな」フッ
妻「えへへ」
顔は見えなかったが声が震えていたので妻は泣いているのだと分かった。
妻「勇者、今日の闘いはきっとあなたにとって人生で一番つらい闘いになるよね」
私「……そうだな」
妻「魔王さんがすっごく強くて、それでいてあなたにとって魔王さんがとっても大事な友達だってわたしは知ってる」
妻「でも……負けないで」
私「…………」
妻「あなたの奥さんのわたしに言えることはそれだけです」ギュッ
私「…………ありがとう」ギュッ
少しの間私達は何も言わず抱き合っていた。
それだけでお互いの心が通じ合っている様な気がした。
願わくはずっとこうしていたいと思った。
だがそうも言っていられない。
私は妻を抱きしめる手をそっと放した。
私「……そろそろ、行くな」
妻「……うん」
妻も私に応えてそっと離れた。
私「なぁ、最後に1つ聞いてもいいか?」
妻「なに?」
私「……明日の朝飯はなんだ?」
妻「ん〜、卵が悪くなっちゃいそうだからベーコンエッグにしようかな。あとは一晩寝かせた今日のクリームシチュー」
私「お、いいな。やっぱシチューは一晩寝かせてからが本番だよな」
私「よしよし、こりゃ朝飯が楽しみだ」
妻「勇者シチュー大好きだもんね」フフッ
私「じゃあ……行ってくるな」
妻「うん、いってらっしゃい」ニコッ
涙を流しながら微笑む妻に見送られ私は我が家を後にした。
家の前で剣士達と合流したが軽く挨拶を交わしただけで剣士も爺さんも何も話さなかった。
そして爺さんの転移魔法で黒の国の魔王の城へと跳んだ。
魔王が言っていた通り、城の守りはかなり手薄になっていた。
私と剣士が城の人間達を気絶させて回り、意識を失った者には爺さんが強力な睡眠魔法をかけた。
途中で逃げ出した者もいたが私と魔王の闘いに他の者を巻き込まないことが目的だったので放っておいた。
最後に眠らせた城の人間達をまとめて爺さんが遠くに転移魔法で飛ばした。
時計の長針が半周もする頃には全ての舞台が整った。
私「さて……面倒なこと手伝わせちまって悪かったな」
大広間の扉の前で私は剣士に言った。
剣士「いや、気にすんな。俺も殺しはしたくなかったからな」
剣士は世界の真実を知ってからと言うもの黒の国の兵を殺すことに抵抗を感じていたようだ。
それもそうだろう。
同じ人間をその手で殺すのだ、根の優しい剣士にはとても堪えられることではなかったと思う。
事実私とアイツの決着が着いた後に彼は前線を退いている。
それは爺さんも同じことだった。
95代目勇者とパーティを組んだ時に全てを知った爺さんはそれ以降の勇者とパーティを組むことを拒否し続けてきた。
どうしてもと王達に頼み込まれて渋々私のパーティに加わったのだ。
戦争を休みがちだったのは彼もまた同じ人間を殺したくなどなかったからだった。
私「ここからは俺とアイツの闘いだ。お前は早く爺さんとアイツの嫁さんと向こうの山に行ってろ、城の入り口で待ってんだろ?」
剣士「あぁ、そうだな……」
私「…………」
剣士「…………」
私「……なんだよ、早く行けって」
剣士「でもよ……お前はすげーつらいってのに俺はお前に何もしてやれなくて……待ってることしかできなくて……ずっとお前とつるんできたのに……」
私「…………」
私「……ぶっ!」
剣士「?」
私「ぶはははは!なんでお前が泣きそうな顔してんだよ!!」
普段豪快な剣士が弱々しく今にも涙を流しそうな顔をしていたのでなんだか可笑しくなって私は笑ってしまった。
剣士「な……笑うことねぇだろ!?俺はだなぁ!!」
私「はいはい、気持ちだけ受け取っとくよ」クスクス
私「お前は99代目勇者の仲間として、俺が帰ってくるのを信じてただ待っててくれりゃいいんだよ」
私「帰りを待っててくれる奴がいる。それだけで十分なんだよ」
剣士「勇者……」
私「ほら、分かったらさっさと行けよ。巻き添え食らっても知らねぇぞ?」
剣士「………………わかった」
剣士「勇者」
私「?」
剣士「またな」
私「あぁ、またなっ」
それだけ言うと剣士は去っていった。
扉の前で私は一人になると精神統一を始めた。
この扉の向こうにアイツがいる。
この扉を開いた時から最後の闘いが始まる。
おそらく自分の持つ全てを賭けなければアイツには勝てないだろう。
勇者候補として、勇者として、培ってきた全てを出し切るのが今なのだ。
……そう自分に言い聞かせた。
そして大広間の扉に手をかけた時だ。
一瞬脳裏をアイツの笑った顔がよぎった。
私の右の頬を温かい何かが伝った。
その何かが自分の眼から溢れ出た涙なのだと気付くのには数秒かかった。
私「…………ハハッ、格好悪ぃ。剣士じゃあるまいし何泣いてんだ俺は」
苦笑しながら涙を拭った。
だがまたすぐに次の一滴が頬を流れた。
私「……くっそ、最後の最後にきてこれかよ……ホント格好悪いな……ったく」ハハッ
それから何度も涙を拭った。
何度も。
何度も。
涙が止まるようになるまで私は扉の前にずっと突っ立っていた。
しばらくしてようやく流れ出る涙が止まった。
決戦開始と決めていた時間からはもう随分経っていた。
私(やれやれ……こりゃ最後の最後もアイツにどやされることになりそうだな)ハァ
私「よし、行くか!!」
バァンッ!!
両の扉を勢いよく開けると大広間の奥にはアイツが居た。
悪びれた様子もなく、努めて明るく、いつもの様に私はアイツに声をかけた。
案の定、アイツはいつもの台詞を私に返してきた。
斯くして99代目勇者と99代目魔王の最後の決戦が幕を開けた。
お互い顔を会わせてすぐに感情を抑え切れなくなり、私達は涙を流しながら剣を振るうこととなった。
私の剣がアイツの剣とぶつかる度に、アイツの身を傷つける度に、私はアイツとの思い出を一つ、また一つと鮮明に思い出した。
最初につばぜり合いになった時は薄雲の岩山での闘いを思い出した。
一瞬の隙を突かれて足場を崩された私は崖へと真っ逆さまに落ちていった。
落ちる直前に放った雷撃魔法でアイツの足場も崩してやったのでアイツも崖へと落ちた。
崖下をさ迷い歩いていてアイツと出くわしたので第二ラウンドを始めたのだが私達の闘いの影響で崩れてきた岩に二人とも生き埋めになってその日の勝負はドローという形になった。
連撃雷撃魔法の一つがアイツの右腕をかすった時は白雪の丘で飯を食べた時のことを思い出した。
弁当を忘れた剣士が食料探しをしてくると雪山に入って冬眠中の熊を怒らせて襲いかかられた。
見事に素手で撃退したまでは良かったのだが、その熊の肉を昼飯にするなどと言い始め、火が中まで通る前に食べてしまったものだから腹痛で悶え苦しみだした。
自分の弁当を食べながら私とアイツはそんな剣士を見て馬鹿笑いした。
白雷の魔法剣がアイツの左腕の籠手を破壊した時にはアイツに王妃様を紹介された時のことを思い出した。
普段冷静にスカしているアイツが顔を赤くしながら「私の許嫁だ」と彼女を紹介してきた。
アイツのらしくない顔と態度がおかしくて腹を抱えて笑ってやった。
後日私が結婚前の妻を紹介した時は仕返しと言わんばかりにからかわれたものだ。
アイツの多重炎撃魔法陣と私の多重雷撃魔法陣がぶつかり合った時にはアイツの結婚式のことを思い出した。
国を上げた盛大な結婚式は言うまでもなく私が経験した結婚式の中で最大のものだった。
変装して剣士と爺さんと結婚式に参加した私達は国民に祝福されるアイツと王妃様を式場の隅で温かく見守っていた。
王妃様の投げたブーケは大変な争奪戦を起こし、最終的に何故か私のところに飛んできた。
その2ヶ月後に開かれた私の結婚式には勿論アイツも呼んでやった。
アイツの魔法剣を紙一重でかわし肩の肉を鎧ごと斬った時はアイツが生まれたばかりの娘を私に見せに来た時のことを思い出した。
珠のように可愛らしいその娘を見て世界で一番幸せそうな顔をするアイツを親バカと馬鹿にしたが幸せ絶頂のアイツはてんで気にしなかった。
アイツとその娘を見ながら自分もいつか親になるのだろうなと考えたりもした。
王妃様によく似たその娘の寝顔を見ながらアイツと「俺達の子供達が戦争で争い合うことのない平和な世界を作りたいな」と話したりした。
そうしてアイツとの日々を思い出しながら私は闘った。
確信はないがきっとアイツもそうだったんじゃないかと思っている。
私にとってその闘いは生涯で最も密度の濃い時間だろう。
そして…………決着の時はやってきた。
私達は体中切り傷と打撲だらけで鎧はボロボロ、呼吸は乱れ肩を大きく上下させて肺に空気を取り込んでいた。
もはや魔力もそこを尽き魔法剣はおろか下級魔法陣すら発動させることはできないほどだった。
私達は残された僅かな体力を振り絞り、限界を超えて剣を振っていたのだ。
激しい闘いの影響で城は半壊していたため大広間の屋根は吹き飛び空が見えていた。
夜中に闘い始めた時は星しか見えなかった空は東の方が白み始めていた。
私「うおおぉおぉおおお!!」ゼェゼェ
アイツ「せやぁぁああぁぁああ!!」ハァハァ
キィン!!
ガギィン!!
キキン!!
キーン!!
聖剣と魔剣とがぶつかり合う衝撃に手が耐えきれず剣を落としてしまいそうになった。
完全に気力のみで剣を振っている状態だった。
私は残された全身全霊を込めた最後の一撃を決めにかかった。
私(これで……勝負を決める……!!!!)
私「でりゃぁぁぁあああああ!!!!」ドンッ!!
私は持てる力の全てを使い地を蹴った。
脚の筋肉が悲鳴を上げた。
全身の骨が軋む音がした。
アイツ「もらった!!!!」ビュッ!!
私「ッ!!!!」
アイツの正確無比な突きが私の顔面目掛けて繰り出された。
避けようのない一撃だった。
私(あぁ……こりゃ終わったな)
魔剣が私の眉間から頭の貫き頭蓋を砕き脳と血をを飛散させる光景が見える気がした。
そう思うと走馬灯が頭の中を駆け巡った。
私(おぉ、これが走馬灯ってやつか。ホントに死ぬ間際に見えるもんなんだな)
生まれてから今までに体験した色々なことが一度に幾つも浮かんではすぐに消えていった。
私(色んなことあったなぁ……勇者なんかやったせいで酷い目にあったけどこれはこれでいい人生だったのかもな)
最後に頭の中に浮かんだのは……妻と息子の顔だった。
そして二人の顔が浮かぶと思った。
私(…………生きてぇなぁ)
私(…………まだ死にたくねぇな)
私(まだ……死ぬわけにはいかねぇ……!!!!)ギンッ
私「ぅあああああぁぁぁああぁぁあああ!!!!!!」ミシミシッ
私は無我夢中で無理矢理体の軸をずらした。
アイツ「ッ!?」
私「くっ!!」スパッ
眉間に突き刺さる筈だったアイツの魔剣は、私が身体を捻ったことで私の右の頬からを耳までを切り裂くかたちとなった。
頬と耳に痛みを感じつつ、私も突進の勢いをそのままにアイツの左胸目がけて突きを放った。
カッ
聖剣がアイツの鎧に触れた。
剣を通して手にその固さが伝わった。
ピシッ
鎧が砕け剣がアイツの胸へと触れる。
ドズッ
アイツの胸の筋肉を切っ先が切り裂いた。
ベキン
バキン
アバラ骨を剣が断つ音が聞こえる気がした。
ズプッ
柔らかい何かを聖剣が貫いた。
おそらく心臓だったのだろう。
溢れる血の奔流を剣伝いに感じた。
ボキン
バキン
アバラ骨を断つ音が再び聞こえた。
背中側のアバラ骨だったのだろう。
ピシッ
再び鎧を砕く感覚を味わった。
ズズズズ……!!
勢いは止まることなく聖剣は刃の半ばまで奴の胸を貫いた。
ブファッ!!
胸の傷から鮮血が勢い良く吹き出した。
剣を伝ってきた血が私の両手を真赤に染めた。
その生温かさが例えようもないほどに気持ち悪かった。
アイツ「……ガフッ」ゴポッ
カシャァン……
アイツは血を吐き出すと両手をだらしなく垂らし魔剣を落とした。
私に寄りかかるように倒れこんだ。
私は自分の足で立ちつつなんとか聖剣に突き刺さるアイツの身体を支えた。
アイツ「…………」ボソッ
その時アイツは何か言ったようだったがあまりに小さい声だったので私にはなんと言ったかは聞き取れなかった。
アイツの最後の言葉を知ることは未来永劫ないだろう。
私「くっ……がはっ……はぁ……!!はぁ……!!」ヒュゥ…ヒュゥ…
アイツ「」
私「ぜぇ……!!はぁ……!!」ハァハァ
アイツ「」
私「はぁ……はぁ……」
アイツ「」
私「…………」
アイツ「」
私「…………へ、へへっ、どうした、もう終わりかよ」
アイツ「」
私「最強の、魔王ともあろうもんが、情けねぇな」
アイツ「」
私「どうした?反撃して、こないなら、俺の勝ちって、ことになるぜ?」
アイツ「」
私「…………」
アイツ「」
私「…………なんとか……なんとか言えよ」ポロッ
アイツ「」
私「なんとか言えよバカ野郎!!!!」ポロポロ
アイツ「」
私「ぅ……ぅぁぁぁぁああああ!!」ポロポロ
私「チクショウ……ちくしょうチクショウ!!なんだよこれ!!こんなの……こんなの……!!」ボロボロ
私「くっそぉぉぉおおおぉおぉおおおお!!!!!!」ボロボロ
その時だ。
カアアアァァァァッ!!!!
私「!?」
地面に無惨に転がる魔剣が目映く輝き出した。
神々しいその白い光は次第に強さを増していき、やがて辺り一面を光の海が包み込んだ。
真っ白な光は何故か少し温かく感じられた。
その光は元はアイツの魔力だったのだと思えばその温かさも当たり前だったのかもしれない。
カアアァァァ……
シィン……
ものの数分で魔剣の輝きは収まり、その場はさっきまでの殺伐とした城跡へと戻った。
ドサッ
私は立っていることすら出来ずその場に膝をついた。
人形の様になったアイツは胸に聖剣を刺したまま地面へと倒れた。
アイツの胸から溢れる血が大きな血だまりを作っていった。
私はその血だまりの中で泣き、わめき、叫んだ。
声が渇れ喉が潰れても嗚咽し続けた。
……その後のことはよく覚えていない。
気づいた時には私は城の国で一番大きい病院の病室にいたからだ。
後で知ったことだが魔剣の光に闘いの終焉を知った爺さんが私を迎えに来てくれたのだそうだ。
ベッドの隣では妻が椅子に座って私のベッドに突っ伏して静かに寝息を立てていた。
必死に私の看病をしてくれていたのだろう、そのまま疲れて眠っていたのだった。
ふと気付くと窓の外からは喧しいほどの騒ぎ声が聞こえた。
何事かと思って外を見ると城の前の大通りで祭りか何かをやっているようだった。
妻「ん……」
こんな時期に祭りなどあっただろうかと考えていると妻が目を覚ました。
私「よ、おはよう」
妻「ゆ、勇者!!良かった目が覚めたんだ!!このまま起きなかったらどうしようかと……」ウルッ
私「大袈裟だな……」
妻「だって3日もずっと寝てたんだよ!?それは心配もするよ!!」
私「3日もか……心配かけたな」
妻「うぅん、平気だよ……」グスッ
私「……なぁ、あの祭りって何の祭りだ?」
妻「あぁ、あれはね、勇者が帰ってきたお祝いのお祭りだよ。『99代目勇者、魔王討伐凱旋祭』だって」
私「…………」
妻「……勇者?」
私「……魔王討伐凱旋祭か…………魔王を殺してもこの戦争は終わりはしないってのに……」
妻「…………」
その時の私にはその祭りがひどく下らないもので、魔王討伐に騒ぐ国民達がどうしようもなく滑稽に思われた。
未来には破滅しかないこの世界の絶望の渦の中で、錯覚にすぎない幸せに心踊らせることのなんと虚しいことだろう。
そう考えると私が魔王をこの手にかけたことすらも意味のないことの様にすら思えてきた。
私「何が勇者だ……俺は親友をこの手で殺したただの殺人者だ……」ワナワナ
妻「……それは違うよ、勇者」ギュッ
自責の念にかられ震えていると妻が優しく私の手を握って言った。
妻「世界のことはどうあれ、あなたはこうして今を生きる人達に希望を与えたんだよ」
妻「魔王さんは魔王さんで文字通り命を懸けてこの世界に生きる人達を救ったんだよ」
勇者「でも……俺は魔王を殺したんだ。アイツにだって家族がいたのに……」
妻「じゃああの魔王さんが勇者のこと恨んだりすると思う?」
私「…………」
妻「しないよ、絶対。……って勇者の方がわたしより魔王さんのこと分かってるよね」フフ
妻「胸を張って。……あなたは立派な勇者なんだよ」
私「…………ありがとう」
この人が私の妻で本当に良かったとその時心から思った。
彼女がそう言ってくれなかったら今の私はなかっただろう。
妻「……そうだ、まだ言ってなかったね」
私「?」
妻「おかえりなさい、勇者」ニコ
私「……あぁ、ただいま」
それから私は史上最強の魔王である99代目魔王を討伐した英雄として人々から讃えられることになった。
魔王討伐の後、99代目勇者パーティはと言うと解散という体になった。
戦うべき魔族が同じ人間だと知った時から剣士は戦いに抵抗を感じていたので、アイツとの最後の戦いが終わったらパーティを解散することは以前から私が決めていたことだった。
「すまない」と謝りながら剣士は戦線を退き中立国である緑の国で一人ひっそりと暮らし始めた。
爺さんも同様に戦線復帰以前の隠居生活へと戻った。
私はというと……その後も第一線での戦いに身を投じ続けた。
親友の命を奪った罪を、さらに罪を重ねることであがなおうとした。
私が魔族を殺すことで他の勇者や人間達が魔族を殺す数を少しでも減らそうとしたのだ。
もっともそんなのただの自己満足に過ぎないと自分でも分かってる。
だが残された私に他に何ができようか?
魔王討伐後十年が過ぎた頃からだろうか、長年に亘り前線で戦う私をいつしか人々は『大勇者』と呼ぶようになった。
一人の勇者が勇者でいられる期間は聖剣による肉体的負荷の問題から平均で五年程度なので十年は長い方である。
今日まで十八年余り私が勇者を続けてこれたのは、歴代の勇者の中でも聖剣の加護に長期間耐えうる肉体を私が持っていたこととアイツが神樹へと供給した魔力が並外れて大きかったことだというのは言うまでもないだろう。
そして私は今日まで戦場を駆け続けてきた。
亡き友への贖罪と亡き妻の言葉を胸に……。
――――――――
店主「……また昔のことを思い出しておったようじゃな」
店主に声をかけられ私は現実の世界へと意識を戻された。
私「…………あぁ」
店主「昔を思い出して懐かしむのは歳をとった証拠じゃな」
私「ほっておけ」フンッ
私「……私とお前が初めて会ったのは20年以上も前だぞ?それは歳もとるさ」
私「おかしいのはお前だ。昔と容姿が何一つ変わっていないのはどういうことだ?」
店主「ホッホ、じじいは無駄に長生きなもんじゃからな、秘密の1つや2つあるもんなんじゃよ」ニヤッ
私「そういうものか」フッ
店主「そういうもんじゃ」フォッフォッ
店主は先程片付けた息子が割ったグラスをぼーっと眺めながら呟いた。
店主「息子さんは……どうするつもりかのぅ?」
私「…………」
店主「友と血で血を争う決闘をするのか、勇者としての役目を全て放棄するのか……」
私「…………実際には二択ではないんだよ」
私「全てから逃げてしまうという選択肢は本当のところ虚像にすぎない……勇者に選ばれた者はいくら悩んでも最終的には魔王と闘う決断をすることになるのさ」
私「…………私がそうであったようにな」
店主「…………」
これから待ち受ける悲劇は息子にとって間違いなく人生最大の悲劇となるだろう。
だが……その悲劇を乗り越えさらに強く生きて欲しいと思ってしまうのはやはり私が親だからだろうか?
そんなことを考えながらグラスの酒を一口飲んだ。
若き日のあの日の出来事の様に苦々しさが口の中いっぱいに広がり私はまたも顔をしかめるのだった。
【Episode07】
鼻につく血の匂い。
眼前に広がるのは暗闇。
しかしその暗闇は完全な闇ではなく自分の周囲だけ薄明かりに照らされぼんやりと目の前の光景を視認できた。
血の海だ。
そこに倒れる三人の男女はぴくりとも動かない。
死んでいるのだろうか?
一番近くに倒れているどこかで見たことのある大きな黒帽子の少女に声をかけようとした時、背後から声がした。
「さぁ、始めよう」
振り向くと長い黒髪の美しい少女が無機質な瞳でこちらを見ていた。
その手に構えた血の滴る剣の切っ先は真っ直ぐにこちらの心臓に向かっている。
『やめろ』
黒髪の少女「何を今さら」
『俺はお前と闘いたくなんてない』
黒髪の少女「そうも言っていられないのだ……本当はお前も分かっているのだろう?」
『嫌だ』
黒髪の少女「駄々をこねるな。世界の命運が私達にかかっているのだぞ?」
『こんなの絶対おかしい』
黒髪の少女「あぁ、おかしい、狂っている。だが私達は運命に対しあまりに無力だ」
『…………』
何も言えない。
それは彼女の言うように本当は自分自身頭では分かっているからだ。
黒髪の少女「私もお前と闘いたくなどはないさ……だがこれが運命ならば受け入れるしかあるまい」
『でも……それでも俺は……』
黒髪の少女「やれやれ……まるで話しにならない」チャキッ
そう言って彼女は構え直した。
『ま、待て』
黒髪の少女「来ないのならこちらから行くぞ」ドンッ!!
少女は剣を振りかぶり襲いかかって来る。
『来るな!!』ブンッ
わめき声を上げ腕を振った。
何故か自分の手には剣が握られていた。
ドッ……
肉を断つ不気味な感触の後に少女の首が宙を舞った。
彼女の首からとめどなく噴き出す鮮血が身体中を濡らした。
頬を伝う生暖かい返り血を撫でる。
地に転がる彼女の顔は瞳を潤ませてこちらを見て呟く。
黒髪の少女「勇者…………」
夢だ。
ありえない。
こんなの夢だ。
俺がアイツを?
夢だ。
夢だ。
夢だ夢だ夢だ。
夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ。
夢だ夢だゆゆだ夢だ夢夢ゆだだゆめめユメユメ夢夢だだだだユゆメユだダ夢ユメゆめだ夢だメダめダユ夢。
『うああああああぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁああぁあ!!!!!!』
――――白の国・王都・とある宿屋
勇者「かはっ!!」ガバッ
勇者はベッドから跳ね起きると溺れかけた人間の様に思いきり空気を吸った。
乱れる呼吸を落ち着かせながら辺りを見回し現状を理解する。
勇者「……なんだよ夢オチか……」ハァハァ
質素なベッドから起き上がると勇者は部屋に備え付けられた小さな洗面台で顔を洗った。
パシャッ……
勇者「…………」
鏡に映る自分の顔はひどくやつれていた。
勇者(……最近まともに寝れてないし当たり前と言えば当たり前、か……)
父に世界の真実を聞いてから勇者は下町の安宿に滞在していた。
あの後、勇者は父から聞いた話を包み隠すことなく仲間達に話した。
仲間達の反応は概ね勇者の予想通りであった。
武闘家は何も言わず、
魔法使いは唇を噛み、
僧侶は涙を瞳に浮かべていた。
その日は勇者も仲間達も何も話し合うことなどできそうになく、解散というかたちになった。
それから三日。
各々一人になって考える時間が必要だろうと合うことはおろか連絡すらとっていない。
勇者(……みんなどうしてるかな……)
カーテンを開け朝日に目を細めながらそう考えているとドアをノックする音が聞こえてきた。
コンコンッ
勇者「はい」
宿屋の妻「おはよう。……大丈夫かい?なんだかうなされてたみたいだけ……」
勇者「あぁ、大丈夫だよ。ちょっと悪い夢を見てさ」
宿屋の妻「そう……朝ごはん、ここに置いとくからね?」コトッ
勇者「はいはーい」
ドア越しの彼女の足音が聞こえなくなってから勇者はドアをそっと開いた。
ドア横の小さな棚には盆に乗った朝食が置かれている。
メニューは焼きたてのパンとマーガリン、サラダにスープだ。
盆を部屋のテーブルに移すと椅子にもたれかかりながらパンを一口かじった。
近所のパン屋が朝一で焼いたそのパンは芳ばしくも柔らかく地元では人気のパンだ。
しかし今の勇者には何の味も感じられないただの小麦粉の固まりにしか感じられなかった。
一口かじっただけのパンを盆に戻すと今度はスープをすすった。
こちらも味がしない。
三日前から何を食べても美味いと感じることはできなかった。
食欲もてんで沸かない。
部屋で魔王との闘いについて考えてはいつの間にか日が沈んでいて夜になり寝て悪夢にうなされ次の日の朝になる。
三日間ただそれだけを繰り返していた。
しかし魔王の言っていた緑の国への侵攻作戦までもう日がない。
勇者「…………もう決断しなきゃな」
ポケットの中にある魔王の城へと跳べる魔法具を握ると勇者は一人つぶやいた。
そして仲間達のことを考えた。
今皆は何を考え、何をして過ごしているのだろうか?
急に会いたくて仕方がなくなった。
魔法使いに会えば自然に笑える気がした。
武闘家に会えば折れかけた心を支えてもらえる気がした。
僧侶に会えば荒みきった心が励まされる気がした。
勇者「…………よし、みんなに会ってくるかな」
決意すると部屋を出て階段を降りる。
宿のカウンターでは亭主がパイプ片手に新聞を広げていた。
宿屋の亭主「おぅ、おはよう」
勇者「おはよう」
宿屋の亭主「朝っぱらからお出掛けかい?」
勇者「うん」
宿屋の亭主「ははーん、さては女だな?」ニヤニヤ
勇者「馬鹿、違うよ。武闘家達に会ってくるだけ」ハァ
宿屋の亭主「なんでぇつまんねぇなぁ。昼飯はどうする?」
勇者「んー、どっかで食ってくるよ」
宿屋の亭主「あいよ、じゃあ晩飯は作って待ってるぜ。気をつけて行ってきな」
勇者「あーい」ヒラヒラ
後ろ手に手を振りながら勇者は宿屋を後にした。
宿屋の亭主「ふぅむ……どうしたもんかね」
新聞を畳んで心配そうな顔で亭主は勇者の背中を見ている。
そこに勇者の朝食を片付ける妻がやってきた。
宿屋の妻「勇者、元気ないわね」
宿屋の亭主「まったくだ。旅立つ前とはまるで別人だな、ありゃ」
宿屋の亭主「飯は?」
宿屋の妻「うぅん。ちょっと口をつけた程度だよ。勇者の好きな卵スープにしたんだけどねぇ」
宿屋の亭主「……今のアイツを見てるとアイツの親父のことを思い出すね」
宿屋の妻「大勇者さんのことかい?」
宿屋の亭主「あぁ。アイツとは昔のダチなんだがアイツも一時期あんな風にまるで生気のねぇ顔してたっけなぁ」
宿屋の妻「へぇ、あの大勇者さんがね」
宿屋の亭主「……たしか先代の魔王との決戦の少し前だったかな……」
宿屋の妻「!!…………じゃあ……」
宿屋の亭主「さぁね、単なる偶然かもしれねぇ。好きな女にフラれたとかよ」ハハッ
宿屋の妻「…………」
宿屋の亭主「ま、俺達がアイツにしてやれることはいつもと変わらずもてなしてやることぐらいだ。晩飯はまたアイツの好きなもん作って待っててやろうぜ」
宿屋の妻「……えぇ、そうだね」
――――王都・東の住宅街
住宅街にある比較的大きな家の前に勇者はいた。
その大きさであっても家賃が安いのは家が建つ前は墓場だったからだとか前の家主が自殺したからだとか魔法使いに聞いたことがある。
一般人なら願い下げのその物件に住めるのは変わり者くらいだろう。
勇者「さて……」スッ
ドアのベルに手を掛けると勇者はベルを叩き鳴らした。
リンリン!!リリリリリン!!
普通一、二回鳴らせば事は済むところを七回も鳴らしたのには勿論理由がある。
五回以上鳴らさないと返事が来ないからだ。
やがて面倒臭そうな女性の声が聞こえてきた。
「は〜い、鍵開いてるから勝手に入って〜」
勇者「お邪魔します」
ガチャッ
勇者「う……相変わらず散らかってるな……」
ゴミの散乱する廊下を足の踏み場を見つけながら奥へと進む。
リビングへ入ると女性がテーブルで何やら原稿用紙を広げて悩んでいるところだった。
勇者「ども」
魔法使いの母「お!勇者君じゃん!久しぶり〜」
勇者「相変わらず元気そうっすね」
魔法使いの母「まーね〜、元気すぎて困ることはないからね」アッハッハ
煙草をくわえながら朗らかに笑うこの女性こそ魔法使いの母親である。
『自由奔放』『明朗快活』『破天荒』……魔法使いを表す言葉は大抵母親にも当てはまる。
勇者はよく父親に似ていると言われるが、魔法使いとその母ほど似ている親子は見たことがなかった。
魔法使いの母「悪いね〜、散らかってて、まぁ適当に座ってよ」
ゴミの散乱するソファーをタバコで指すと彼女は再び原稿用紙へと眼を移した。
ボサボサの栗色の髪に赤縁眼鏡、ラフな格好で物の散らかった部屋に座るこの人が良家の出身だとは勇者は未だに信じられない。
勇者「今は何の仕事してるんすか?」
魔法使いの母「さて、なんだと思う?」フフッ
勇者「画家の仕事を続けてるワケじゃないのは分かりますがね」
魔法使いの母「あー、画家はやめたよ。なんかご大層な賞とってからどんな適当な絵描いてもベタ褒めされるようになってさー」
魔法使いの母「真っ白いキャンパスに赤と黄色の点と青い線があるだけの絵が『前衛的だ!!』だってさ、笑っちゃうよねぇ〜」ヤレヤレ
勇者「はぁ……」
魔法使いの母「今はね、小説家やってんの」
魔法使いの母「『いつか神樹の下で』って言う恋愛小説、知ってる?」
勇者「いや、俺小説とか全然読まないんで」
魔法使いの母「あれ?そっかー、白の国じゃ結構売れてるんだけどな〜」
勇者「へぇ〜……」
魔法使いの母「『戦争によって引き裂かれた2人の愛し合う男女、運命に翻弄され離ればなれになった2人は果たしてまた会うことはできるのか……!?』って言う触れ込みでね、思いがけず大ヒットさ」
魔法使いの母「今はその下巻を執筆中でね、3ヶ月後に発行予定なもんだから原稿の進み具合考えると今から結構ヤバいんだよね〜」
魔法使いの母「……おっと」
タバコが根元近くまで燃え尽きていたので彼女は慌ててタバコの亡骸達が山をつくる灰皿へとくわえいたタバコを投げ捨てた。
テーブルの上に置いてあった箱から新しいタバコを取り出してくわえると人差し指の先に極小の炎撃魔法陣を展開して火をつけた。
魔法使いの母「さて……」フゥ〜…
魔法使いの母「用があるのに話に付き合ってもらっちゃって悪かったね」
勇者「いや……っつーか俺はただ話聞いてただけですし」
魔法使いの母「それもそっか」アハハ
勇者「その……魔法使いは元気ですか?」
魔法使いの母「……いや、それがサッパリさ」
魔法使いの母「ちょっと前に帰ってきてからってものあの子てんで元気がなくってさ、一日中部屋にこもりっぱなし」
勇者「…………」
魔法使いの母「食欲も全然ないのよねぇ」
勇者(……魔法使いもか……)
魔法使いの母「いつもならおかわり5回はするのに3回しかしないんだもん」ハァ
勇者(…………とりあえず飯は食えてるみたいだな、うん)
魔法使いの母「『何かあったの?』って聞いても教えてくれなくってね……勇者君何か知ってる?」
勇者「………………」
魔法使いの母「……フフッ」
勇者が魔法使いの母の質問に答えられずに黙っていると彼女は静かに笑った。
勇者「?」
魔法使いの母「あの子とおんなじ顔してる、何か知ってるんだね」
勇者「……はい」
魔法使いの母「やっばり勇者君も言えない?」
勇者「…………」
魔法使いの母「言えないようなことなら私は無理には聞かない……でもこれだけは聞かせてくれない?」
魔法使いの母「あの子が塞ぎ込んでる理由はあの子が誰かに酷いことされたりしたからなの?」
魔法使いの母「もしそうだとしたら……私はそいつを許さないよ。あの子を悲しませる奴は貴族だろうが魔族だろうが魔王だろうが泣くまでひっぱたいて土下座させてやる」
普段のふざけた雰囲気からは想像もつかない真面目な顔で彼女は勇者を見つめてきた。
射る様なその眼差しは彼女が娘のことを心から愛していることの表れなのだろう。
勇者は何故か魔法使いのことを少しだけ羨ましく思った。
勇者「おっかないなぁ、そういうんじゃないから安心していいですよ」
魔法使いの母「……そっか、ならこれ以上詮索するのは止めとくよ」
勇者の言葉を聞くと彼女はまたいつものおちゃらけた感じに戻ってタバコをふかした。
魔法使いの母「きっとあの子が自分で乗り越えなきゃならない問題なんだね」フゥ〜…
勇者「そう……っすね、俺も武闘家も僧侶も……みんなが乗り越えなきゃならない問題ですね……」
魔法使いの母「あの子に会いに来てくれたんだろ?部屋にいるから顔見せてやってよ」
勇者はリビングを後にし魔法使いの部屋へと向かった。
魔法使いの家は仲間達でよく集まっていたので構造を熟知している。
綺麗好きの僧侶に手伝わされて部屋の片付けもしたのでどの棚にどの食器が入っているかも覚えているほどだ。
コンコンッ
魔法使い「開いてるよ」
ドアをノックすると魔法使いの声が聞こえてきた。
たかだか三日ぶりの筈なのにすごく懐かしい気がした。
勇者「俺だ、入るぞ」ガチャッ
久しぶりに入った魔法使いの部屋は旅立つ前に掃除した時と何一つ変わっていなかった。
ピンクのカーテンやテーブルクロスなどいかにも女の子らしい部屋だ。
ベッドにパジャマ姿でブタのぬいぐるみを抱き抱えて腰かける少女の猫の耳はペタンと垂れていた。
ここまで元気のない魔法使いは勇者も見たことがない。
魔法使い「あれ?勇者?……そっか、さっきのお客さん勇者だったんだ」
勇者「あぁ」
勇者「その……どうだ?元気か?」
魔法使い「まぁまぁ。勇者よりは元気かな」
勇者「今の俺より元気がないのは死人ぐらいだよ」
魔法使い「……そうだね」
勇者「ここは笑うとこだぞ?」
魔法使い「笑わせたいならそれなりに面白いこと言いなよ」
勇者「チッ、俺の冗談は笑えないってか?」
魔法使い「そう聞こえなかったんなら耳鼻科に行った方がいいかな」
勇者「ハハハ、面白れー」
魔法使い「でしょ?冗談ってのはこう言うんだよ」
勇者「今の笑い声が本気で笑ってるように聞こえたならお前も耳鼻科に行くべきだな」
魔法使い「今の冗談で本気で笑えないなら勇者は精神科に行くべきかな」
勇者「……ったく、そんだけ軽口叩けるなら大丈夫そうだな」ハハッ
魔法使い「うん、まぁね」エヘヘ
勇者はそっとベッドの端に腰を降ろした。
勇者(…………やっぱり仲間っていいもんだな)
ふとそんなことを考えた。
魔法使いとこうして下らない会話をしただけなのに随分と気持ちが楽になった。
てっきり会話に困ってギクシャクしてしまうと思って会わずにいたがこんなことならもっと早く会っておけば良かった。
魔法使いも同じようなことを考えていたようで猫耳が少しだけ起き上がっていた。
魔法使い「ねぇ、勇者?」
勇者「ん?」
魔法使い「勇者はやっぱり魔王と闘うんだよね?」
勇者「…………いきなり核心突いた質問してくるな」
魔法使い「まどろっこしいのは好きじゃないからね」ニャハ
魔法使い「まぁ……あたしが質問しといてなんだけど言わなくても分かるよ。魔王と闘いたくなんてないよね……」
勇者「…………」
勇者「…………そうだな、闘いたくなんてないよ。でも考えれば考えるほど『闘うしかない』って答えしか見つからないんだ……」
魔法使い「…………」
勇者「……なぁ、お前ならどうする?」
魔法使い「ん?」
勇者「お前がもし俺の立場で魔王と闘わなくちゃならないってなったら……魔法使いならどうする?」
自分で考えても同じ結論しか出ないのなら別の誰かの考えも聞いてみようと思ってそう質問した。
もしかしたら他の選択肢が見つかるかもしれない。
砂粒のような期待を込めて魔法使いの考えを聞いてみた。
魔法使い「あたし?あたしは…………」
魔法使い「ん〜〜…………」
いきなりそんなことを聞かれてウンウン唸りながら答えを考えていた魔法使いだが、しばらくしてようやく質問に答えた。
魔法使い「あたしはね、やっぱり魔王と闘うのは嫌」
魔法使い「だから……」
勇者「だから?」
魔法使い「いっそ神樹を壊しちゃおうかな」
勇者「…………はぁ?」
あまりに突拍子もない答えが返ってきたので勇者は唖然としてしまった。
あまりに間抜けな声が出て自分でも驚いたほどだ。
魔法使い「神樹に世界が壊されちゃうならいっそ神樹をドカーンと……」
勇者「お前この前の俺の話聞いてた? それやったら俺らがドカーンといっちまうの」
魔法使い「そうだけどさー、たかが植物にあたし達の世界が支配されてるってのもなんか嫌じゃん?」
魔法使い「だったら神樹をドカーンとやっちゃってあたし達もドカーンと潔く散るってゆーのもアリだと思わない?」
勇者「……ったく、相変わらずお前は無茶苦茶なことしか考えないのな。お前に助言を求めた俺がバカだったよ」ハァ…
魔法使い「えー、絶対その方がすっきりするよ」ブー
勇者「はいはい」
まるで相手にならないと膨れる魔法使いを勇者は軽くあしらった。
勇者「…………ま、でも」
魔法使い「?」
勇者「お前とこうして下らない話ができて良かったよ、なんか久しぶりに笑った気がする」ハハッ
魔法使い「……うん、あたしも」ニャハ
勇者「さてと……じゃあ俺はそろそろ行くな」
魔法使い「わかった。…………あ、勇者」
立ち上がり部屋を出ようとする勇者を魔法使いが引き止める。
勇者「あん?」
魔法使い「これだけは覚えておいてね」
魔法使い「勇者がどんな選択をして何をするにしても、いつだってあたしは勇者の味方だから」
魔法使い「勇者は一人じゃないってこと、忘れないでね」
勇者「…………あぁ、ありがとう。魔法使い」
勇者「それじゃ、また」
魔法使い「うん」ニコ
――――王都・中心街・魔法研究局
局長「いやー、散らかっていてすまないね。来るなら来るって前もって言ってくれれば良かったのに」
勇者「いえ、お構い無く。どっかの誰かの家と比べたら百倍綺麗ですから」
王都の中心街にある魔法研究局。
幾つもの施設が建つ無駄に広いその敷地内は研究局の局長とその家族のみが住むことを許された局長館という豪華な屋敷がある。
勇者が今居る屋敷がそれだ。
勇者は魔法研究局の現局長と以前から知り合いである。
その理由は二つ。
一つは局長が大勇者の学生時代の友人であり予てから交流があったこと。
もう一つは彼が武闘家の父親だからだ。
身なりの整った眼鏡のよく似合う長身の彼は大勇者と同い歳だというのに随分若く見える。
局長「はい、お待たせ。紅茶は嫌いじゃないよね?」
勇者「あ、ども。いただきます」
局長「なんだか勇者君が家に来るのが久しぶりにな気がするよ」
勇者「実際3ヶ月ぶりですから……」
局長「確かにそうだけど昔は大勇者に連れられてよく遊びに来ていたじゃないか」
局長「大きくなってからはあんまり来なくなったからそんな風に感じてしまうんだよ」
勇者「そう言われるとそうかもしれないなぁ……」
差し出された紅茶を飲まないのも悪いと思い、一応一口だけ飲んだ。
勇者(…………あれ?)
温かさと共にほのかな甘みが口の中に広がった。
自分でも不思議だった。
今朝の今朝まで何を食べても何を飲んでも味がさっぱりしなかったのにこの紅茶は素直に美味しいと思えた。
勇者(…………きっとさっき魔法使いに会ったからだな…………)
そう思いながら紅茶の味を確かめるように二口目を飲んだ。
局長「さて……武闘家君から話は聞いたよ、君達も世界の真実を知ったそうだね」
勇者「……はい」
勇者「あの……やっぱり局長さんは知ってたんですね」
局長「あぁ、僕ら魔法研究局の研究・調査の対象には神樹も含まれているからね」
局長「もっとも戦争と神樹の真実について知っているのは代々の局長だけで他の局員はデータの採取ぐらいしかしてないけれどね」
勇者「もしかして親父がよくここに来てたのって……」
局長「君の考えている通りだよ。彼は僕に神樹をどうにか改善する術はないものか、って相談に来ていたんだ」
局長「だけど僕の知識じゃどうにもできなかった。人間と魔族の戦争が始まってから何百年もの間、その答えは見つからないままなのさ」
勇者「…………」
局長「結局君と100代目魔王にこの世界を託すしかない……情けない話だよ」
勇者「いや、そんな、謝らないで下さい」
勇者「きっと俺が勇者になったのも今の魔王が100代目魔王になったのも……運命だったんですよ」
局長「…………」
勇者はゆっくりとカップの紅茶を飲み干した。
口の中に広がる独特の甘さが心地好い。
局長「……あ、そうだ」
勇者「?」
局長「武闘家君に会いに来たんだろ?これ、軽い食事とコーヒー。ついでに持って行ってあげてくれないかな」
局長が勇者に渡した盆には薫り立つコーヒーと瑞々しい野菜の挟まったサンドウィッチが乗っている。
勇者「……やっぱり武闘家も食欲ないんですか?」
心配してそう尋ねたが局長は微笑んで答えた。
局長「いや、食欲は多分いつもと同じくらいあると思うよ。ただ食事をとるのを忘れているだけさ」フフッ
武闘家は自室ではなく第八書庫にいると聞き勇者は客間を出たがすぐに屋敷の中で迷子になった。
武闘家の家へは何度も来ているがよく考えたら書庫へなど行ったことはないし、書庫が最低でも八部屋あるということすら今の今まで知らなかった。
迷いながらもどうにか目当ての書庫へたどり着くと扉を開けた。
勇者「武とう…………」
武闘家の名を呼ぼうとしたが視界に彼を捉えると口をつぐんだ。
勇者「……なるほどな」
書庫に入ると局長が『食事をとるのを忘れている』と言った理由がすぐにわかった。
無造作に積み上げられた本の山に囲まれ武闘家は椅子の背もたれに体を預けて静かに寝息を立てていた。
開いた本を顔の上に乗せアイマスクの代わりにしている。
勇者(……起こしちゃ悪いな、とりあえず飯だけ置いとくとするか)
ガッ
勇者「あ……」
バサバサドサドサッ
物音を立てないように武闘家の机に近づいていった勇者だったが床に積んである本に足がぶつかり倒してしまった。
武闘家「ん…………ふぁ〜〜」
本の崩れた音に気づいて武闘家が目を覚ました。
武闘家「……おや?勇者じゃないですか」
勇者「おう、お邪魔してるぜ。起こしちゃって悪かったな」
武闘家「いえ、構いませんよ。どうせ仮眠のつもりでしたから」
勇者「これ、局長さんから」コトッ
武闘家「あぁ、わざわざありがとうございます。そう言えば昨日の昼から何も食べてませんでした」
サンドウィッチを頬張りながら武闘家はさっきまで顔に乗せていた本を読み始めた。
ページの古めかしく黄ばんでいる様が本に刻まれた歴史を物語っている。
勇者「……お前すごいクマだぞ? 寝てないんじゃないか?」
武闘家「勇者も人のこと言えませんけどね」
勇者「う、そりゃそうだけど……」
武闘家「大丈夫ですよ、適度に仮眠をとってますから」
勇者「そんなに一生懸命一体何を調べてんだよ」
武闘家「……やれやれ、せっかく人が寝る間も惜しんで古書とにらめっこしてるというのにそれはないでしょう」
勇者「む……なんだよ」
武闘家「神樹について、ですよ」
勇者「……神樹について……?」
武闘家「えぇ……どうにか勇者と魔王さんが闘わなくて済む方法はないかと思いましてね」
武闘家「何百年も前から魔法学者達が探していた打開策をほんの数日で見つけられるとは到底思えませんが……それでも僕が勇者のためにできることなんてこれくらいですから」
勇者「武闘家……」
武闘家「事情を話したら父が魔法研究局局長だけが閲覧できる神樹関係の極秘資料の閲覧を許してくれましてね、今それに目を通している最中です」
武闘家「とりあえず神樹の魔法学的特徴と魔力供給のための魔法方程式の基礎理論は一日で叩き込みました。……話だけでも聞きますか?」
勇者「……いや、いいや。気持ちは嬉しいけど難しい話はよくわかんねぇし」
武闘家「まぁまぁ、そう言わずに。現状のおさらいだけで難しい話はしませんし、僕の頭の中の整理にもなりますし」
勇者はまだ何か言おうとしていたが武闘家はそれを無視するように話始めた。
勇者も観念して話を聞くことにした。
武闘家「えーっとですね。まず神樹を消滅させるか延命させるかという問題が最初の二択なんですがこれは実質延命の一択です」
勇者「神樹に攻撃加えると生命の危険を感じて周りの環境から魔力を吸収しちまうからだろ?」
武闘家「はい、もしそうなったら大地と大気、そして周囲の動植物は魔力を強制的に吸収され神樹を中心に死の大地が形成されることになります」
勇者「ちょっと思ったんだけどさ、神樹を一本ずつ破壊して回るってのはどうだ?」
勇者「例えば白の神樹を破壊する時は白の国の人達をみんな避難させてさ、白の神樹の破壊が終わったらそこに戻って……おんなじことを全部の国でやれば神樹は全部消滅させられるだろ」
武闘家「ん〜……それができない理由は2つですかね」
武闘家は手にしていたコーヒーカップを置き二本の指を立てる。
武闘家「1つ目は神樹消滅後の世界のことです。あらゆる魔力を失った環境は不毛の地へと変わり果てます」
武闘家「人間と魔族の戦いが始まってから何百年も経っているというのに金の国跡の大砂漠は草木の生えることのない熱砂地獄のままです」
武闘家「1本の神樹の消滅に伴う環境の変化範囲を考えると現存する10本の神樹を全て消滅させた場合、最低でもこの大陸の97%が緑のない荒廃した土地に成り果てることになりますね」
勇者「そうなったら世界崩壊と同じってか」
武闘家「えぇ」
武闘家「そしてもう1つの理由ですが……こっちが本命の理由ですね」
武闘家「実は神樹は1本でも生命力が尽きた時点で世界崩壊がおきるんです」
勇者「……どういうことだ?」
世界の真実を全て知ったとばかり思っていた勇者はここにきて新事実を告げられ動揺した。
ここでさらに悪い知らせがあると言うのだろうか?
武闘家「神樹の根はこの大陸全土、その隅々まで広がっています。今から200年ほど前の調査で分かったことなんですが各々の神樹の根が絡み合い、結びついて巨大な1つの植物へと変貌しているみたいなんです」
勇者「……元は10本のバラバラだった神樹が今は1つに合体したってことか?」
武闘家「大分ざっくり言うとそういうことですね」
武闘家「ですから1本の神樹が破壊されただけで神樹全体にその影響が広がり連鎖的に魔力吸収が起こり……」
勇者「世界は終わる……か」
武闘家「……はい。まぁ神樹が結び付いて1つになったことでプラスになった面もありますよ、神樹の生命力が共有されるようになったことで供給しなければならない魔力量がかなり減ったりとか……」
勇者「どのみち神樹延命のための新しい方法を探すしかないってことか」
事態をこれ以上悪化させる内容ではなかった、それだけで勇者は少し安堵した。
もっとも絶望的な現状になんら変わりはないのだが。
勇者「……んで、なんかいい考えはあんのか?」
武闘家「それが見つからないから困ってるところじゃないですか」
武闘家「悔しいですけど……今のシステムは最低限の犠牲で最も効率良く神樹に魔力を供給できる理想的なシステムですね」
武闘家「これ以外の方法を何パターンか考えてみましたけど……効率の悪さや犠牲の多さがどうしても問題になってしまいますから」
勇者「局長さんも言ってたけど何百年と見つかってない答えだもんな……」
武闘家「…………」
勇者「……俺より遥かに頭いいお前が考えてもわからないんだ、俺にはお手上げだよ」
勇者は肩をすくめてため息をついた。
そんな勇者を見て武闘家は言う。
武闘家「……いえ、そうでもないですよ」
勇者「?」
武闘家「難解な問題と言うものは、たった1つの閃きで簡単に解けてしまうものなんです」
武闘家「勇者はたしかに勉強はまるでできませんがそういう閃きができる柔軟な発想を持っている人ですからね」
武闘家「だからもしかしたら勇者ならこの世界の因果を断ち切る答えを閃いてくれるかもしれない……そう思って話をしてみたんですよ」
勇者「買いかぶりすぎじゃね?」ハハッ
武闘家「そうかもしれませんね」フフッ
武闘家「さて……僕は引き続き神樹への新しい魔力供給法を考えてみるとしますよ」
そう言って武闘家は机に積まれた新しい本に手を伸ばした。
勇者が来たときに読むのを再開した本は未読のページが半分近く残っていたのにどうやらこの短時間で読み終えてしまったらしい。
武闘家「次は魔法使いさんか僧侶さんに会いに行くんですか?」
勇者「うん、魔法使いにはさっき会ってきたから最後に僧侶だな」
武闘家「…………僧侶さんかなり精神的に参っているでしょうから心配ですね……」
勇者「…………あぁ」
勇者「……ま、行ってみるよ。邪魔して悪かったな」
武闘家「いえいえ、お気になさらず」
勇者「じゃ」
書庫を立ち去ろうとする勇者に武闘家が声をかける。
武闘家「……勇者、分かってると思いますが魔王さんの言っていた緑の国への侵攻の日までもう日がありません」
勇者「…………」
武闘家「こうして2人が闘わずに済む道を探してはいますがあと2、3日でその答えが見つかるのは神様がこっそり答えを教えてくれでもしない限り無理でしょう」
武闘家「ですから……」
勇者「……わかってる、覚悟はしてるつもりだ」
武闘家「なら……いいです。引き止めてすみませんでした」
武闘家「……でも勇者」
勇者「ん?なんだ?」
武闘家「あなたがどんな選択をして何をするにしても、僕は常に勇者の味方です」
武闘家「あなたは一人じゃないってこと、決して忘れないで下さいね」
勇者「………………」
武闘家にそう言われてきょとんとしていた勇者だが少しして笑いだした。
武闘家「? どうかしましたか?」
勇者「…………いや、なんでもない」ククッ
武闘家「気になるじゃないですか」
勇者「なんでもないったらなんでもないのさ」
勇者「ただ……俺は良い仲間に恵まれたって話さ」ニッ
――――王都・西の住宅街
王都の大通りの西側にある住宅街の外れに位置する庭付きの小さな一戸建ての家。
その家は決して豪華とも立派とも言えないながらも一つの家族の幸せが詰まった、平凡な、それでいて理想的な家だ。
リビングの椅子に座る勇者はエプロンを巻いてキッチンに立つ僧侶の後ろ姿を見つめていた。
その姿がどうにもよく似合っている。
きっと将来は良いお嫁さんになるだろう、なんて考えていた。
勇者「ごめんな、急に来ちゃって」
僧侶「うぅん、気にしないで。ただたいしたおもてなしできないけど……」
勇者「別にいいってそんなの」
僧侶「良くないよ、せっかくのお客様なんだし。…………はい、お待たせしました」コトッ
勇者「ん、ありがとう」
テーブルの勇者に前に菓子と淹れたてのお茶とを差し出すと、僧侶は自分の席にもお茶のカップを置いてエプロンを脱ぎ椅子に腰を降ろした。
勇者「今日は一人なのか?」
家の中を見渡しながら勇者が訊ねた。
何度か来たことのある僧侶の家は他に誰かがいるにしては静かすぎた。
僧侶「私と妹ちゃんがいるだけだよ。妹ちゃんは今寝ててお父さんとお母さんは仕事で夜まで帰ってこないし弟君はまだ学校」
勇者「そっか学校があるよな。弟元気か?」
僧侶「うん。あ、でもちょっと落ち込んでるかも」
勇者「なんで?」
僧侶「ほら、旅立ちの前に私が弟君にサボテンの世話を頼んでたでしょ? そのサボテンを枯らしちゃって」
勇者「へぇ〜、なんか意外だな、真面目に世話してそうなイメージだったのに」
僧侶「うん、ちゃんと世話してくれてたみたいなんだけどはりきって毎日たくさん水をあげてくれたから根腐れしちゃったみたいなの」
勇者「なるほど」
僧侶「水をあげないと枯れちゃうけど水のあげすぎでも枯れちゃうから難しいね」フフッ
僧侶は小さく笑うと先ほど自分で淹れたお茶を一口飲んで喉を潤す。
笑顔を見せた僧侶を見て勇者は少しだけ安心した。
勇者「……思ったより元気そうで良かったよ」
僧侶「私のこと心配で来てくれたんだ、ありがとう」
勇者「俺に他人の心配する余裕なんかあるのか、って話だけどな」
僧侶「でもこうして来てくれたんだもん、勇者君はやっぱり優しいね」ニコッ
カップを戻すと僧侶は窓の外へと視線を移した。
庭の緑を見ながら話始める。
僧侶「私ね……勇者君から世界の真実って言うのを聞かされた時、悲しくて哀しくてしかたなかった」
僧侶「私達と魔王ちゃんのこと……人間と魔族のこと……今までの犠牲になった勇者と魔王と数えきれないたくさんの人達のこと……考えると悲しくてすぐに涙が出てきちゃったの」
僧侶「何も知らずに憎しみあって、生きるために殺しあう人達……真実を知りつつも苦悩しながら戦争を続ける人達……そして自分の命を世界のために捧げる人達……」
僧侶「この世界はなんてたくさんの悲劇で満ち溢れているんだろう、って。そう思って何回も何回も泣いた」
勇者「…………」
僧侶「そんなある時ね、魔王ちゃんのこと考えたの」
僧侶「残酷な自分の運命を知っても私みたいに泣きじゃくるんじゃなくて、世界中の人達のために自分の成すべきことのために毅然として運命に向かい合っている……魔王ちゃんはなんて強くて、なんて優しいんだろうな、って」
勇者「…………そうだな」
僧侶「だから私もいつまでも泣いていられないなって、本当につらくて一番悲しいのは勇者君と魔王ちゃんだもん。2人のために笑えるようにならなきゃなって思ったの」
そう言ってぎこちなく笑う僧侶の瞳は潤んでいる。
僧侶「……って言っても私は泣き虫だからホントは今にも泣いちゃいそうなんだけどね」エヘヘ
勇者「…………ありがとう、僧侶。俺なんかよりお前の方がずっと優しいよ」
僧侶「そんなことないよ。それにこの前魔王ちゃんにも言われたけど優しいだけじゃ何もできないもの」
勇者「たしかにそうかもしれない…………そうかもしれないけど、少なくともお前の優しさで俺は随分と励まされてるよ」
勇者「もし僧侶が塞ぎ込んでたら俺が励ましてやろうって思ってたのに俺が僧侶に励まされちゃったか」ハハッ
僧侶「勇者君……」
そう言って笑ってみせる勇者と魔王の笑顔が僧侶の中で重なって見えた。
救いのない現実を、悲劇の運命を、変えることができるのなら……。
僧侶「……ねぇ、やっぱり2人が闘わずに済むならそれが……」
勇者「…………」
僧侶「……ごめん、そうだよね。そんなこと分かりきってるしそれができるならそうしてるよね……」
勇者「……まぁな」
気まずい沈黙が二人を包む。
いつまで続くのかと思われたその沈黙だったがそう長く続くこともなく不意に破られた。
「びえぇぇぇぇん!!うわあぁぁぁぁぁん!!」
勇者「お?」
僧侶「あ……」
天井から聞こえてくる泣き声は二階にいる僧侶の妹のものだった。
まだ言葉を話せないほど幼い彼女は起きた時に周りに誰もいなくて怖くなって泣き出したのだろう。
勇者「妹、起きちゃったみたいだな」
僧侶「えっと……ごめん、勇者君。私妹ちゃんあやしてこないと……」
勇者「あぁ、そうしてやれよ。俺もそろそろ帰ろうと思ってたしさ」
勇者「今日はなんかありがとな、僧侶」
僧侶「お礼を言われるようなことは私はなんにもしてないけどね」
勇者「それでもありがとう」
勇者「時間はあんまりないけど、またちょっと1人で色々考えてみるよ」
僧侶「……うん」
勇者「それじゃ、また」
僧侶「あ、あのね、勇者君」
椅子から立ち上がった勇者を僧侶は引き止める。
僧侶「その……」
勇者「待った」
僧侶「?」
勇者「『勇者君がどんな選択をしても私は勇者君の味方だから。勇者君は1人じゃないってこと忘れないでね』だろ?」
僧侶「へ?……な、なんで私が言おうとしたこと分かったの?」キョトン
勇者「やっぱりそっか」
心底驚いた顔で不思議そうにこちらを見ている僧侶に勇者は笑って答える。
勇者「やっぱお前らが仲間で良かったわ」ヘヘッ
――――緑の国・名も無き湖のほとり
カアアァァ!!
勇者「よっと」
スタッ
僧侶の家を後にした勇者は白の国をブラブラとあるいてみたりして、最後に緑の国の例の湖畔を訪れていた。
特に何かの理由があってここに来たわけではない。
ただなんとなく、ここに来れば何かがつかめるような、何かに気付けるような、何か忘れていた大切なことを思い出せるような……そんな気がしたのだ。
勇者「……ひっでぇな、こりゃ」
すっかり夜の闇に包まれた周囲をぐるりと見渡して勇者は呟いた。
たしかにその場所は少し前まで勇者と魔王が穏やかな時間を過ごしていた静かな美しい湖畔とはまるでかけ離れた景色となっていた。
先日の戦闘で地面は何ヵ所も吹き飛び、崩れ、森の一部は焼けて黒々とした炭と化した木々が立ち並んでいる。
いつだったか勇者と魔王が苦労して置いたベンチとテーブルは無惨に壊れて休憩所としての体を成してはいなかった。
勇者「…………」
悲惨な風景を見て先日の闘いを思い出す。
血を流し倒れる仲間の姿が、魔剣を手に襲い来る魔王の姿が、鮮明に脳裏に焼きついている。
勇者「……おいしょ、っと」
転がっていたベンチの残骸を適当に拾ってきて椅子にした。
椅子といっても地面に直接座らないために置いただけなので腰かけと背もたれがあるのみの座椅子に近い状態のものだ。
あぐらをかいて腕を組み背もたれに体を預けると空を見上げた。
湖の静かな波の音を聞きつつ満天の星空を眺める。
こうして一人でいる今も、仲間達と笑っていた一週間前も、魔王と初めて会った十年間前も、もしかしたら戦争が始まる何百年も前から、瞬く星達は何一つとして変わっていないのかもしれない。
勇者「……そういやアイツとこうして星を見たこともあったな……」
勇者「流星群が見られるとかなんとかで冬の寒い日に2人で毛布にくるまって夜通し空見てたっけ……」
忘れていた遠い昔の記憶がよみがえってきた。
冬の寒空の下、ココアを飲みながら流れ星を待ったあの夜のことを。
勇者「…………」
ふと隣に魔王がいないことが寂しくなった。
ここで隣に座って、自分をからかい、とりとめもない話をして笑ってくれて、輝く未来を夢見て語り合った大切な人が、今ここにはいない。
そして数日前、氷の様な瞳でこちらを無表情に見つめていた彼女の姿が思い浮かんできた。
勇者(……そういやアイツのあんな冷たい眼……初めて見たな……)
勇者(……いや、違うな。俺は前にもアイツのあんな眼見たことがあるな……)
勇者(いつだったかなぁ……あれはたしか…………)
【Memories07】
いつだったかなぁ……。
あれはたしか…………。
そうそう、アイツの十四歳の誕生日の頃だからだいたい五年前くらい前か。
小遣いはたいてでっかい熊のぬいぐるみをアイツの誕生日プレゼントに買ったんだった。
ホントは小遣いほとんど使うような高いプレゼントを用意するつもりなんて全然なかった。
けど魔王の喜ぶ顔が見たくて泣く泣く貯金箱を叩き割った。
と言うのもその頃魔王はてんで笑わなくなってたからだ。
何を話しても何を見せても淡白なリアクションが返ってくるだけ。
そういや"魔王様口調"で話すようになったのもあの頃だったかな。
会う度にアイツは無表情になっていって、瞳の輝きは失せていった。
だからそんな魔王を喜ばせてやりたくてガキながらに無理してプレゼントを用意したんだ。
――――5年前・緑の国・名も無き湖のほとり
カアアァァ!!
ドサッ!!
俺「いててて……」
いつもは一人でたいした荷物も持たずに転移しているけどその日は例の熊のぬいぐるみを抱えての転移だったから着地でバランスを崩して地面に尻餅をついた。
俺「あ、やべ、プレゼントは!?」ガバッ
着地のミスで地面に転がっているプレゼントの包みに慌てて駆け寄った。
俺「せ、セーフかな」
包装が少し汚れていたくらいだったからあんまり気にならないだろうと勝手に思った。
プレゼントを抱えると前がよく見えなかったからフラつきながらいつもの待ち合わせ場所に向かった。
俺「んしょんしょ…………お、やっぱり来てた」
ベンチに腰かけるアイツに声をかけた。
俺「よっ」
魔王「遅い、遅刻だ」ギロッ
刺す様な鋭い視線で睨まれた。
そういやこの頃は遅刻に対してメチャクチャ厳しかった。
俺「悪い悪い、これ運びながらだったから遅くなっちゃってさ。転移魔法も上手くできなくて時間かかっちゃったよ」
魔王「……なんだそれは?」
俺「なんだって……お前の誕生日プレゼントだよ!ホラ、この前14歳になったんだろ?」
俺「当日は会えなかったから今になっちゃったけどさ」
魔王「あぁ、そういえばそうだったな」
まるで昨日の夕食のメニューを思い出したみたいに魔王が言った。
「わぁ!!覚えててくれたんだね!?ありがとうっ♪」
なんてリアクションを求めていたワケじゃないけど(まぁそんなリアクションを全く期待していなかったと言えば嘘になるけど)あんまり素っ気ない反応だったから俺はガッカリした。
俺「そういえばそうってお前な……自分の誕生日くらい覚えてんだろ?」
魔王「一応はな。城の皆が祝ってくれたので当日は思い出した」
魔王「だが今お前に言われるまで1つ歳をとったことなどすっかり忘れていたよ」
俺「おいおい……」
魔王「そんな下らないことを覚えるのに遊ばせておけるほど私の脳は暇ではないのだ」
魔王「まぁお前の気持ちとプレゼントは受け取っておこう。感謝する」
俺「…………」
抑揚の無い声でそう言ってアイツは手にしていた紙の束をめくった。
よくわからなかったがきっと仕事に必要な資料だったのだろう。
この頃の魔王は俺と会っても仕事片手の会話がほとんどだった。
資料に眼を通しながら「ほぅ」「うむ」とか相槌を打つだけ。
つまらないから魔王に話題を求めると仕事の話しかしないから結局は俺が話す羽目になった。
俺「……でな、剣士のオッチャンはやっぱり強くってさー」
魔王「うむ」ペラッ
俺「でもこの前戦闘中に転移魔法使ってみたら偶然成功してさ、一本取れたんだよ」
魔王「ほぅ」ペラッ
俺「でも魔法なんか使わずに勝てるようになりたいなぁ」
魔王「そうだな」ペラッ
俺「…………」
魔王「…………」ペラッ
俺「……ちゃんと聞いてるか?」
魔王「あぁ聞いているとも」ペラッ
俺「お前さ、仕事しながら話聞くのやめろよな。なんか俺ばっか1人で話してるみたいでつまんねぇんだよ」
魔王「そうもいくまい。私には魔王としてやらねばならない仕事が山ほどあるのだ」
魔王「こうして会いに来ているだけでも我ながら随分律儀だと思うがな」ペラッ
俺が抗議してもアイツは書類をめくる手を止めなかった。
俺の言葉なんてどこ吹く風という感じでムッとした。
勇者「……あと前から思ってたんだけどその話し方も嫌だ」
魔王「嫌だと言うと?」
勇者「なんか堅っ苦しくてお前と話してる気がしないんだよ」
魔王「ふむ。だが民衆を導く立場である私はそれなりに威厳のある話し方をしなければならないのでな、側近に指導されてこうして魔王らしい口調へと矯正していると言ったであろう?」
俺「聞いたけどさ……」
魔王「分かっているならそういうものだと諦めてくれ」ペラッ
俺「…………」
アイツは冷たい眼をしていた。
何も感じていない、心の温度を下げきった眼。
ちょうどこの前見たのと同じような眼だった。
俺は折角用意してきたプレゼントが喜んで貰えなかったこととアイツが俺に全然構ってくれないことで完全にふて腐れていた。
俺「……チッ、魔王サマは忙しい身の上で俺なんかに構ってる時間も余裕もないってことか」
吐き捨てるように悪態をついた。
何の気なしに言った俺のその言葉は思いがけずアイツの逆鱗に触れることになった。
魔王「…………」ピクッ
書類をめくる手を止め魔王は俺を睨んできた。
その眼はさっきまでの冷たい眼じゃなくて怒りとかつらさとか、俺が今まで見たことないようなアイツの感情が込められた眼だった。
魔王「……お前に何がわかる?」
俺「な、なんだよ」
魔王「お前に私の背負わされているものが……魔王というものの重さが分かるか!?」
魔王「私には個人の自由なんてものは存在ないのだぞ!?私の全ては国民のためにあるのだ、分かっているのか!?」バサッ!!
俺「お、おい」
魔王は立ち上がると手にしていた書類を地面に叩きつけて俺に向かって怒鳴りちらした。
留め具の外れた書類が風に吹かれて飛んでいってしまってもお構い無しだった。
魔王「勇者"候補"のお前には分かるまい……いや、正式に勇者になったとて私の気持ちなど分かり得る筈もない」
魔王「物心ついた頃から王となるために軍事、経済、政治、帝王学……ありとあらゆる学問を否応なしに叩き込まれ年頃の女の子らしいことなんて何一つすることを許されない」
魔王「地方の視察に赴いた時に街中で友達と談笑しながら歩く少女達の姿を見て何度羨ましいと思ったことか、何度私もこうだったら良かったのにと思ったことか!!」
魔王「だがそんなことはできない……何故なら私は魔王だからな」
魔王「同年代の子供が友人と笑って過ごす時間を私はただ山のような書類を見て、判を押し、サインを書いて過ごすのだ。『今日はどこで何人死んだ』『どこの拠点が突破された』などという血生臭い報告を部下から聞いては将軍達と会議をして過ごすのだ」
俺「…………」
魔王「誕生日を友人と祝うこともできない……いや、友人なんてものがそもそも存在しない。私には"部下"しかいないのだからな」
魔王「挙げ句の果てには普通の女の子らしい言葉遣いすら許されない。……わかるか? 私は"魔王"という存在、その役割を演じることを強いられているのだ」
魔王「……それだけならまだ耐えられる。本当に耐えがたいのは魔王という立場の重さだ……」
魔王「勇者、先日赤の国と黒の国が赤土の丘陵で戦をしたのは知っているか?」
俺「…………いや」
魔王「そうだろうな。魔族と人間が戦争をしているとは言え自分の国以外の戦となれば実感も関心も薄れるだろう」
俺「…………」
魔王「2207人……その戦で死んだ黒の国の兵士達の数だ」
魔王「赤土の丘陵への侵攻作戦に対し私が『YES』と答えた結果がその数字だ」
魔王「2000人余り……数字で言われてもピンと来ないか? 私の命令で小さな街が丸々1つ全滅したと思えば分かりやすいだろう」
魔王「その2207人には皆家族がいただろうな、両親、妻、子供それに友人……それら全部合わせたら1万人以上の魔族達を私の判断で悲しませたことになる」
魔王「そう、たかだか14歳の小娘が、だ」
俺「…………」
魔王「臣下の中には私が魔王であることを快く思わない者もいる。そういう者は『やはりあの方に魔王の務めは重すぎる』『魔王としたのは間違いだったか』など陰口を叩く……親切に私に聞こえるようにな」
魔王「私だって……わたしだって好きで魔王になったワケじゃないのに……!!」ギリッ
歯をくいしばって涙を堪えていた魔王だったけどとうとう泣き出した。
言葉遣いも"魔王様口調"ではなくなっていた。
魔王「……自由を奪われて!!重すぎる責任だけ背負わされて!!出来て当たり前って誰にも誉めてすら貰えない!!」ポロッ
魔王「なんでわたしは魔王なの!?なんでわたしは魔王に生まれてきたの!?」ポロポロ
魔王「こんなに……こんなにつらい生活もう嫌だよ……わたしはお父さんみたいになんでもできるすごい魔王になんてなれっこないよ……」グスッ
魔王「もぅ……やだよ……」ヒッグエッグ
その場に座り込むと魔王は膝を抱えてうずくまりわんわん泣き始めた。
俺はそんな魔王をただ見ていることしかできなかった。
情けないことに俺はその時まで魔王が魔族の王としてどんな大変な生活をしていてどれだけつらい思いをしているのか考えたこともなかった。
考えてみればいくらしっかりしてるとは言え魔王は俺と二つしか歳の違わない子供だ。
いっぱい友達が欲しいだろうしいっぱいオシャレがしたいだろうしいっぱい遊びたいだろう。
でも魔王はそんな自分の想いを全部圧し殺して魔王としての自分の務めを果たしている。
俺も勇者になるために努力したり色々と大変な思いをしてきた。
でもこうして今勇者になって思うのは、勇者って言っても一般市民にすぎないってことだ。
人の上に立ち、大勢の人を導いていかなければならない魔王が背負う重圧は、正直俺には検討もつかない。
当時本格的に魔王としての仕事に関わるようになった魔王はそれまで以上にストレスが溜まるようになって限界寸前だったんだろう。
俺の一言ではりつめていた糸がとうとう切れてしまって、抑えていた感情が一気に溢れ出した結果がその叫びと涙だった。
泣いている魔王をただ見ていることしかできない時間が続いた。
初めは堰を切ったように泣いていたアイツも時間が経つにつれて段々と落ち着いていった。
しばらく経ってようやく泣き止んだのか魔王は動かなくなった。
俺にはどうしたらアイツの気持ちを楽にしてやれるかなんてわからなかったけどとにかく謝ろうと思った。
俺「魔王……その…………ごめんな、俺お前のこと何にも分かってなかったみたいだ」
魔王「…………」
俺「お前がそんなにつらい思いをしてるってのに何も考えずに傷つけるようなこと言って悪かった。本当にごめん」
顔を伏せている魔王には見えないと分かっていても頭を下げずにはいられなかった。
魔王「…………私こそすまなかった。感情に押し流されて喚き散らすなど一国の王にあるまじき行為だ」
魔王「できれば今日のことは忘れてもらえると助かる……」
顔を伏せたまま魔王が言った。
多分我に返って「合わせる顔がない」とか考えていたんだろう。
魔王「今日は見苦しいところを見せてすまなかったな……私はもう戻るとするよ」
そう言って魔王はゆっくりと立ち上がった。
前髪が垂れて顔はよく見えなかったけど頬が涙で濡れているのは分かった。
そんなアイツを見て俺は思った。
魔王のために俺にできることは何かないのか?
魔王って立場に悩んで苦しんでいる目の前の女の子に、ほんの少しでもいい、何かしてあげられることはないのか?
魔王「…………では」
何を言ったらいいのか全然まとまってなかったけど、俺は叫んだ。
俺「魔王!!」
魔王「……?」
俺「その……前に父さんが言ってたんだ、『自分が自分であることには必ず意味がある』ってさ」
俺「魔王が魔王なのもきっと意味があることなんだ。魔王って立場がつらくて苦しいかもしれないけど……お前にしかできない何かがあるから、だから、お前が魔王なんだと俺は思う」
俺「周りの奴らの言うことなんか気にすることないし、お前の父さんのことも気にすることない」
俺「100代目魔王は誰がなんと言おうとお前なんだ、もっと自信持て!!」
魔王「…………」
俺「それと……」
俺「世界中の誰もがお前を魔族の王様として見ても、俺だけはお前のこと1人の女の子として見てやる。だからそんな顔すんな」ニッ
……今思い出してもグダグダでなんにも言いたいことがまとまってないな……。
とにかくあの時の俺は泣いてるアイツを励ましてやりたくて必死だった。
だから言いたいこと、伝えたいことをあれこれ考えるよりも思い浮かんだことを口に出したって感じだった。
魔王「勇者…………」
俺「あぅ……なんか悪いな、全然かっこいいこと言えなくて、その……」
魔王「……うぅん。そんなことない……そんなことないよ……」グスッ
俺「えぇ!? な、なんでまた泣くんだよ!?」アセアセ
魔王「バカ勇者、嬉しくて泣いてるんだよ」フフッ
久しぶりに見たアイツの笑顔は瞳に涙がいっぱいに浮かんでいて、頬を伝う雫が輝いて見えた。
魔王「勇者……ありがとうね、勇者のおかげでわたしまた頑張れそうだよ」
俺「そ、そうか? なんかお前を泣かせただけの気がしないでもないけど……」
魔王「ふふっ、そうかもね。女の子を泣かせるなんてサイテーだね」
俺「うぅ……だから悪かったって、勘弁してくれよ……」
魔王「なんてね、わたしはなんにも気にしてないよ」クスクス
俺「お前なぁ……俺は結構気にし…………」
魔王「……? どうかした?」
俺「……口調、元に戻ってるな」
魔王「あ…………」
俺「やっぱこっちの方がお前と話してるって感じがするよ」
俺「……よし、俺と2人でいる時は堅苦しい"魔王様口調"は禁止な!」
魔王「え、でも……」
俺「俺達だけの秘密なんだ、誰に気がねすることがあるんだよ?」
魔王「……そうだね。うん、わかった!」
なんだか久しぶりに魔王と会話をした気がした。
そんで「やっぱコイツと一緒にいると楽しいな」とか思ったりした。
魔王「じゃあ……わたしそろそろ行くね」
俺「泣いて赤くなった目がちゃんと戻ってから人前に出ろよな」
魔王「わかってるよ、もう」ムスッ
俺「あぁ、そうだ」
魔王「ん?」
俺「まだちゃんと言ってなかったな」
俺はアイツへの誕生日プレゼントを差し出して言った。
俺「少し遅れちゃったけど……誕生日おめでとう、魔王」
魔王「…………」
魔王「ありがとう、勇者♪」ニコッ
その時、アイツの笑顔を見て胸の中がやたらとあったかくなった。
ドキッとしたと言うか心臓がギュッとしたと言うかなんとも言えない感じだ。
身体中熱くなって鼓動がやけに早くなったような気がして、そんでもってそれが何故だか心地良くて…………。
…………あぁ、そっか。
なんで今まで気づかなかったんだろ。
人間と魔族の和平とか、世界の平和とか、そんなことホントは俺にとってどうでもいいことだったのかも知れない。
俺は…………。
俺はずっと…………。
【Episode07.5】
――――緑の国・名も無き湖のほとり
勇者(そっか…………)
星空を眺めながら勇者は思う。
勇者(俺にとって一番大切なこと……俺がしたいこと……)
勇者(俺は…………)
カアアァァッ!!
勇者「!?」
突如背後の暗闇に青白い魔法陣が浮かび上がる。
紛れもない転移魔法陣だ。
勇者「な……一体誰だ!?」
勇者の脳内に真っ先に浮かんだ人物は魔王であった。
だが勇者達に宣戦布告した彼女が今更この場所に何をしに訪れるというのだろうか?
魔王も勇者同様気持ちの整理をつけるためにここへ?
……いや、それはなさそうだ。
魔王もう既に勇者との闘いを覚悟している。
ならば魔法使いだろうか?
もし彼女だとして一体どうして……。
パッ
ドサッ……
「う……く……」
勇者「…………!?」
勇者の目の前に横たわる人物は魔王でも魔法使いでもなかった。
暗くてよく見えないものの赤毛の髪を二つに結ったその女性が誰だかはすぐに分かった。
勇者「側近さん!?」
側近「ゆ……勇者さん……? まさか転移してすぐに貴方に会えるとは幸運でした…………ぐ……」ヨロ
勇者「なんでまたこんなところに……って酷い怪我じゃないか!!」
衣服は乱れ身体中の無数の裂傷から血を流し、荒々しく呼吸をする彼女は一目見て重傷だと分かった。
手当てをしなければこのままでは失血により命に関わりかねない。
側近「私のことはどうでもいいのです……それより…………」フラッ
ガシッ
勇者「いいから喋るな!!自力で立ってすらいられないじゃないかよ!!」
側近「う…………」ハァハァ
勇者「どうするかな……俺も回復魔法は使えるけどそこまで得意じゃないから応急処置ぐらいしかできないし……」
側近「…………」グッタリ
勇者「…………えぇい!!すまん、僧侶!!」
謝りながら転移魔法陣を展開すると勇者は側近を抱きかかえて白の国へと跳んだ。
――――白の国・王都・僧侶の家
キィ……
僧侶「勇者君、もう治療終わったよ」
自室のドアの隙間から顔を覗かせた僧侶は廊下で待つ勇者を小声で呼んだ。
勇者も僧侶に合わせて小声で返事をする。
勇者「そうか。大丈夫そうか?」
僧侶「うん。身体中怪我してるけど骨も臓器も傷ついてないしすぐに良くなるよ」
勇者「悪かったな、いきなり押しかけちゃって」
僧侶「ホントだよ、晩御飯の支度してたらいきなり血まみれの側近さんをかかえて来るんだもんビックリしちゃったよ」
両親の帰りが遅くなると聞いていたので僧侶が弟達のために夕飯を作っていると玄関の呼び鈴が鳴った。
隣のおばさんが夕飯のおすそわけにでも来たのかと思ってドアを開けると血まみれの勇者と側近がいたものだから状況が全く理解できずしばし呆気にとられていた。
勇者から事情を聞くと、側近を自室に運び今まで看病をしてくれていたのだった。
僧侶「落ち着いたし様子見ていく……?」
勇者「そうだな、じゃあ……」
勇者は物音を立てないように気を付けて僧侶の部屋へと入っていった。
思えば僧侶の部屋には今まで入ったことがない。
魔法使いの様にいかにも女の子らしい部屋を想像していたが僧侶の部屋は至ってシンプルだった。
あるべき家具がきちんと並べられている綺麗な部屋は、そうであるが故に彼女の部屋らしく感じられた。
シンプルな部屋だとは言っても飾り気が全くない訳ではない。
戸棚の上には小物が置いてあったり、壁には絵が飾られていたりする。
魔法使いの部屋が『女の子らしい部屋』だとするなら僧侶の部屋は『女性らしい部屋』だな、と勇者は思った。
勇者「へぇ……綺麗な部屋だな。俺の部屋とは大違いだ」
僧侶「…………あれ?勇者君もしかして私の部屋入ったのって初めて……?」ハッツ
勇者「もしかしてって言うかそうだけど」
僧侶「…………」
勇者「何度か遊びに行こうとしたけどなんでか毎回断ってじゃん。だから今日が初めてで……」
僧侶「…………」
勇者「僧侶?」
僧侶「………………」
勇者「おーい、僧侶さーん」
僧侶「……ハッ、ご、ごめん。初めて勇者君を呼ぶ時はもってこうロマンチックな展開になることを期待してたから自分のあまりの迂闊さに……」
勇者「……? なんでロマンチック?」
僧侶「え!?あ、う、えっと、なな、なんでもないよ!?///」カァ
勇者「??」
僧侶「そ、それより側近さんでしょ!?」アセアセ
赤面する僧侶に言われてベッドを見た。
側近は静かに寝息を立てている。
血で汚れていた顔はすっかり綺麗になり色白の肌には傷一つない。
僧侶の治療あってのことだろう。
僧侶「……側近さんどうしてこんな怪我してたんだろうね」
勇者「俺もそこが気になってる……転移魔法で緑の国に来たのもよくわかんないし……」
僧侶「う〜ん、緑の国に来たのは私達に会いたかったからじゃないかな」
僧侶「怪我の治療もせずに来たのはよっぽど急いで伝えなくちゃならないことがあったからとか……」
勇者「……まぁ側近さんが目を覚ましたら聞いてみるとするか」
僧侶「……うん、そう-
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・男の娘「残念実はおと――」男「嘘だ!」
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410: ◆tV89AItQQM 2012/12/30(日) 06:58:29.06 ID:OZHJJ8vm0
【Episode06】
――――白の国・路地裏の酒場
勇者「…………」
大勇者「…………」
大勇者行きつけの質素な酒場は大勇者と勇者――――一組の父と子の貸し切りとなっていた。
どうせ今日はもう客は来そうにないから、と店主は本来の店じまいには二時間以上も早いのに酒場を閉め、店を親子のためだけの空間にした。
「親子で積もる話もあるじゃろう」
そう言って店主は気を利かせて奥の部屋へと入っていった。
だから今この酒場は本当に99代目勇者と100代目勇者二人だけの空間なのである。
勇者は店に入ると大勇者の隣の席へと静かに腰掛けた。
勇者は酒が飲めないので水の入ったグラスを手にしている。
しかしグラスにはまだ口をつけていない。
入店してからというものずっと思い詰めたように押し黙ったままだ。
そんな勇者を横目に見ながら大勇者は息子が口を開くのを待っていた。
喧嘩別れ同然に家を飛び出した息子がこうして自分の前にいる。
それだけで息子に何か重大な事件が起こり、自分に助けを求めているのだと察することはできた。
だが何が起こったのか、どんな形で自分の手を借りようと思っているかなど皆目検討がつかない。
だからただ酒を飲んでその時を待っていた。
411: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 06:59:04.01 ID:OZHJJ8vm0
勇者「…………」
大勇者「…………」
二人だけになってから一分が経った。
勇者「………………」
大勇者「………………」
三分経っても沈黙は破られない。
勇者「……………………」
大勇者「……………………」
五分が経過しても勇者は話を切り出せずにいた。
大勇者「はぁ…………」
しびれを切らした大勇者は長く深いため息をつくと勇者に話しかけた。
412: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 06:59:56.49 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「よくもまぁのこのこと帰ってこれたものだな。人間と魔族が共存できる世界を作るまで帰ってこないんじゃなかったのか?」
勇者「……うるさい。家に帰らないって言っただけで白の国に帰らないなんて一言も言ってねぇよ」
大勇者「たいした屁理屈だ」フンッ
勇者「十分な理屈だ」ムスッ
大勇者「それにしてもよく私がここに居ると分かったな」
勇者「家の灯りがついてなかったからな。家にいなきゃここしかないだろうと思って」
大勇者「なんだ、やっぱり家に帰ったんじゃないか」
勇者「玄関開けて家の中に入ってないから帰ったことにはならない」
大勇者「……たいした"理屈"だな」フンッ
勇者「……うるさい」ムスッ
ぶっきらぼうにそう答えると勇者はまた黙り込んだ。
413: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:00:34.20 ID:OZHJJ8vm0
このままでは気まずい沈黙の中で夜明けを迎えてしまいそうだったので仕方なく大勇者が話を振った。
大勇者「……で、一体私に何の用なんだ?」
勇者「…………」
大勇者「わざわざ100代目勇者としての旅を中断してまで"この私に"会いに来たんだ。何か理由があるのだろう?」
大勇者「泣いてだだこねてろくに喋りもせずに親にあれこれしてもらえるのは赤ん坊だけだ」
大勇者「子供じゃあるまいし用件があるのなら自分の口で言え」
勇者「………………」
414: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:01:55.11 ID:OZHJJ8vm0
勇者は大勇者に対して複雑な想いを抱いていた。
勇者の任に就きおよそ20年もの間、前線で魔族達と戦い人々の希望となってきた99代目勇者。
勇者はそんな偉大な父を誇らしく思うのと同じくらい嫌っていた。
『魔族は絶対の敵』
そう言って自分の考えを息子に押し付け、勇者自身の夢である人と魔族の共存を絵空事と鼻で笑う。
魔族という異なる種族に、いや、勇者に対して理解を示そうとせず自分の考えが正しいのだと正義を振りかざす父が嫌いでたまらなかった。
憧憬と嫌悪。
相反する二つの想いが勇者の中には長い間共存していたのである。
だからいざ父に何かを頼まなければならないとなった時、その嫌悪の念が大きな障害となった。
勇者(……親父に頭を下げたくない……)
そんな風に思ってしまう。
415: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:02:50.10 ID:OZHJJ8vm0
勇者(でも…………)
戦争の裏に隠されたという真実を知るためにはそうするしかないことは分かっていた。
自分の知らないその真実によって魔王は望まぬ戦いを強いられ、仲間達は傷つき涙を流したのだ。
そう思うと勇者は全てを知りたいと、知らなければならないと思った。
そのためなら自分の些細な逡巡など如何に下らないことだろうか。
勇者(…………よし)
勇者は決意すると手にしていたグラスの水を半分ほど飲み渇ききった口内を潤した。
グラスを勢い良くテーブルに奥と漸く話を切り出した。
勇者「親父……俺、親父に聞きたいことがあって白の国に戻ってきたんだ」
大勇者「ほぅ……?」
勇者が改まって話を始めたので大勇者は静かに心の中で身構えた。
勇者「率直に聞く……」
勇者「…………人間と魔族の戦争の裏にあるものってなんだ?」
416: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:03:24.51 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「…………」ピクッ
勇者の問いを受けても大勇者は動揺し顔色を変えたりはしなかった。
だが彼の眉が一瞬動いたことが勇者には十分すぎる答えとなっていた。
勇者(やっぱりそうだ……親父は俺達の知らない何かを知っている!!)
そう確信した勇者は大勇者へと続けざまに質問を浴びせた。
勇者「魔族には人間と闘わなくちゃならないような理由があるんだろ?」
勇者「その理由がなんなのか知らねぇけど……極一部の人間はその理由を知ってて……でもそれを隠してる!!」
勇者「俺王様達に会ったけどみんな和平には消極的だった」
勇者「それはその隠された闇が理由なんだろ!?」
勇者「親父ならホントのこと知ってるだろ!?なぁ、教えてくれよ!!」
大勇者「………………」
大勇者は勇者の詰問を黙って聞いていた。
417: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:04:28.01 ID:OZHJJ8vm0
大勇者(……なるほど、そういう訳か)
息子がどうして自分の元を訪れたのか納得がいった。
そういう理由なら毛嫌いしている筈の父を勇者が頼ってきたのにも合点がいく。
グラスに向けていた視線を勇者の方へと向けた。
横目に見えた勇者は真剣な眼差しで大勇者のことをじっと見つめている。
大勇者「…………どうしてそう思った?」
二呼吸ほど間を置いて大勇者が訪ねた。
勇者「そ、それは…………」
正直に魔王が宣戦布告してきたことを話すわけにはいかなかった。
そのことを話せば自ずと魔王との関係も話さなければならなくなる。
魔族のことを憎悪している父に自分が魔王と友人だと知られれば憤慨した父は自分に戦争の真実を語ってなどくれないだろう。
勇者「…………武闘家だよ」
勇者「アイツが『理論的に考えてこの戦争はおかしい。何か裏があるはずだ』って」
大勇者「……そうか。聡明な彼のことだ、そのことに気付いてもなんらおかしくはあるまい……」
どうやら上手く誤魔化せたようだ。
勇者はホッと胸を撫で下ろした。
418: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:05:05.06 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「……たしかに武闘家君の言う通りこの戦争には知られざる闇が存在する」
大勇者「その闇の部分こそが人間と魔族の戦争の真実だと言っていい」
勇者「…………」ゴクッ
大勇者「だが……お前はまだ知る必要がない」
勇者「なっ!?」
大勇者「私が語らずともお前が100代目勇者である以上、いずれ必ず全てを知ることになる」
大勇者「だから私からはお前に何も言うことはない」
大勇者はそれだけ言うと再び口を閉じた。
話を打ち切られ勇者はしばし言葉もなく俯いていたがやがて微かな声が口から盛れた。
勇者「…………今じゃなきゃ」
大勇者「?」
勇者「今じゃなきゃダメなんだよ!!今すぐに知りたいんだ!!」
大勇者「なぜ今でなければならない?」
勇者「それは!!……その…………」
419: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:05:59.44 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「…………お前、私に隠していることがあるだろう」
勇者「…………ッ」
鋭い眼光を勇者に向け大勇者が言う。
大勇者「バレていないとでも思ったのか?」
大勇者「お前はずっと昔から私になにか隠し事をしている節があった」
大勇者「その隠し事が何なのか知らんがこうして戦争の真実を知りたがるのもそのことに関係しているんじゃないか?」
勇者「…………」
大勇者「沈黙は肯定、だな」
大勇者「私に話を聞こうというならまずはお前が私に全てを話すんだな」
勇者「………………」
420: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:06:39.47 ID:OZHJJ8vm0
勇者は悩んだ。
自分と魔王の関係を本当に父に話しても良いのだろうか?
父のことだ、息子が魔族と、しかも魔王と友人なのだと知れば下手をすれば親子の縁を切りかねないほど怒り狂うかもしれない。
そうなっては戦争の真実を知ることは到底不可能になる。
それだけではない。
魔王が緑の国への大規模侵攻を考えていることを知れば父は躊躇うことなく魔王を殺そうとするだろう。
これまでのことを話すということは魔王の身を危険に晒すことにもなる。
だが……全てを知るためには全てを話し父が真実を語ってくれるという僅かな可能性に賭けなければならないことはどうしようもない事実だった。
勇者は意を決した。
勇者「…………わかった。今まで隠してたこと……今日あったこと……全部話すよ」
大勇者「…………」
勇者「下手したら親子の縁切られちまうかもしれないけど……最後まで聞いて欲しい」
大勇者「……話せ」
勇者「うん……実は俺…………」
唾を飲み込むと勇者は重い言葉を吐き出した。
421: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:07:42.47 ID:OZHJJ8vm0
勇者「…………ずっと前から100代目魔王と友達なんだ」
勇者の口から発せられた言葉を聞いた途端大勇者は驚愕し眼を見開いた。
大勇者「…………今……何と言った……?」
勇者「だから俺と100代目の魔王はずっと前から友達で……」
大勇者は最初その言葉の意味をすぐには理解できずにしばし硬直していたが、やがてわなわなと震えると勇者の勢いよく立ち上がって胸ぐらを掴み叫んだ。
大勇者「どういう……どういうことだ!?」ガタッ
大勇者「お前と100代目魔王が知り合いだっただと!?」ググッ
勇者「ぐっ……」
大勇者「全て話せ!!何一つ包み隠さずに全部だ!!!!」ドンッ
大勇者は勇者をなかば突き飛ばす形で解放した。
力無く椅子に腰を降ろすとそのまま頭を抱えてうなだれた。
勇者「ケホケホッ…………言われなくても全部話すさ」
呼吸を整えつつグラスの水を勇者は飲んで喉を潤した。
父の反応は予想通りだったがもう後には引き下がれない。
一度深呼吸して話し始めた。
勇者「あれは10年前、親父に連れられて……」
大勇者「…………」
422: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:08:40.82 ID:OZHJJ8vm0
勇者は父に全てを話した、
幼き日に父に連れられて緑の国を訪れた時に勇者は魔王の出会い、彼女と友人となったこと。
そこで彼女と人間と魔族の和平を互いに夢としたこと。
この10年周囲には内緒で二人で会っていたこと。
武闘家達に彼女を紹介したこと。
そして……今日魔王に襲われて宣戦布告を受けたこと……。
ありのまま全てを話した。
大勇者は勇者の話を終始黙って聞いていた。
眼を閉じ眉間に深い皺を寄せる様は怒りを抑えている様にも見えたし何かを思い悩んでいる様にも見えた。
勇者「…………それで……親父に戦争の真実ってやつを聞きに来たんだ」
大勇者「…………」
勇者「なぁ、魔王は一体何を知ったっていうんだよ?」
大勇者「…………」
勇者「頼む、親父!!俺にも戦争の裏ってやつを教えてくれよ!!」
大勇者「…………」
話を聞き終えた大勇者は静かにため息を吐くと忌々しそうに呟いた。
大勇者「……あの時お前を緑の国になど連れて行かなければ良かった……そうすればこんな……こんなことになどならなかったのに…………」
勇者「…………」
大勇者「…………悲劇は……繰り返すと言うのか…………」
423: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:09:50.03 ID:OZHJJ8vm0
勇者(…………?)
勇者は大勇者の言葉に違和感を感じた。
『悲劇は繰り返す……?』
どういう意味だろうか?
悲劇というのが自分と魔王のことを指すのは恐らく間違いないだろう。
では『繰り返す』ということは過去にも自分達のように戦争の真実とやらのせいで運命を狂わされた人間がいるということなのだろうか?
だとしたら一体誰がどんな風に…………。
勇者「親父、一体……」
大勇者「……案ずるな、これからお前には全てを話そう」
勇者「……!!」
それは勇者が待ちわびた一言であった。
しかし勇者は遂に知りたかったことを知ることができるという期待や興奮など蚊ほども感じてはいなかった。
話の内容が重いものになると分かっていたからというのもあるが、何より父の顔が今までに見たこともないほど暗かったからだ。
大勇者「お前には全てを知る権利が……いや、全てを知る義務がある」
大勇者「本当は私の口から真実を話すつもりなどなかったが……お前の話を聞いてはそうも言っていられんからな」
大勇者「だがその前に言っておこう。お前の知らない戦争の闇……真実は遥かに残酷なものだ。おそらくお前は『こんな真実なら知らない方が良かった』と思うだろう」
大勇者「それでもお前は全てを知りたいか?全てを知る覚悟があるか?」
424: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:10:33.01 ID:OZHJJ8vm0
勇者「…………」
大勇者に鋭く睨まれ念を押された勇者は一瞬たじろいだ。
勇者(親父がこうまで言んだ、よっぽど重大な秘密が隠されてるみたいだな……)
勇者(だけどアイツもそれを知って苦しでるんなら……俺も同じように苦悩を分かち合いたい)
勇者(1人じゃ立ち向かえない困難だって2人ならきっと……!!)
勇者は決意を固め父の瞳を真っ直ぐ見返して言った。
勇者「あぁ、頼む親父。聞かせてくれ」
大勇者「そうか……まぁそう言うだろうとは思っていたがな」
大勇者「では全てを知って100代目勇者として、自分の意思で、進むべき道を決めるがいい」
勇者「…………」
大勇者「さて、何から話せばいいか…………順を追って私のつまらない昔話から話すのが妥当だろうな……」
大勇者はグラスの酒を一口飲んでからどこか遠くを眺めた。
その瞳は昔を懐かしんでいる様だった。
大勇者「もう随分昔のことだがな……私と99代目魔王は親友だった」
425: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:11:18.06 ID:OZHJJ8vm0
勇者「………………」
勇者(そうか……親父と99代目魔王……つまり魔王の父さんも俺達みたいに友達同士だったのか)
勇者「………………」
勇者「…………な!!はぁ!?」
大勇者「言っておくが紛れもない事実だぞ」
勇者「な……親父が先代の魔王と…………」
今度は勇者が驚かされる番だった。
歴代最強と言われる99代目勇者と99代目魔王が友人だった。
そんなこと今まで微塵も考えもしなかった。
魔族を憎むべき敵だと断言する父が魔族の友人を持っており、しかもその相手が魔族を束ねる存在の魔王となればなおのこと驚きは大きい。
勇者はしばらくの間、混乱のあまり金魚のように口をパクパクと開いたり閉じたりしていた。
426: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:12:51.41 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「意外だったろ?」
大勇者は驚愕する息子に微かな笑みを含んだ声で言った。
勇者「あ、当たり前だろ!?勇者と魔王が友達だったなんてそんな……」
大勇者「お前と100代目の魔王も友人同士ではないか」
勇者「そりゃ、そうだけど……」
大勇者「若かったころの私もまさか魔王と友人になることになるとは夢にも思わなかったさ」
大勇者「しかし何が起こるか分からないのが人生というものだ」フッ
勇者「…………」
大勇者「……奴と初めて会ったのは20年以上前の風鳴の大河の戦場だ」
大勇者「当時私は勇者候補だったが、99代目勇者になるのは私だと自分も周りも思っていた」
大勇者「それくらい私は強かった。圧倒的に」
大勇者「聖剣と契約する前であっても人間にも魔族にも一度たりとも負けたことなどなかったし、どんな戦いも全力を出す必要すらなく勝利を手にすることができた」
大勇者「だが……それ故どんな戦いにもどんな勝利にも達成感も満足感もなかった」
大勇者「当時の私は『ぬるま湯に浸からされていう感覚』に似ていると思っていたが……なるほど、言い得て妙だな」
大勇者「戦いも勝利も私にとってはぬるま湯そのものだったワケだ」
大勇者「私の息子であるお前ならその気持ちも少しは分かるんじゃないか?」
勇者「…………」
427: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:14:00.75 ID:OZHJJ8vm0
勇者はかつての大勇者の悩みを絶対の強者だけが持つことを許された贅沢な悩みだと思いつつ、その気持ちを分かる気がした。
歴代最強の勇者と呼ばれる偉大な父の存在があったため勇者は自分の力に自惚れることなどなかったが、それでも勇者もまた、勝利は容易く手に入れることができるものであると感じていたことは否めない。
大勇者「私がアイツに……先代の魔王に出会ったのはそんな頃だった」
大勇者「当時魔将軍だったアイツと私は風鳴の大河で剣を交えた…………アイツは私が初めて勝てなかった相手だったよ」
そう言って大勇者は少し何かを考えて付け加えた。
大勇者「……言っておくが"勝てなかった"というのは負けたという意味じゃないぞ、あの時は引き分けてドローだったのだからな」
勇者(……負けず嫌いなんだな……)
大勇者「だが私にとってはそれが嬉しくてたまらなかった」
大勇者「自分が全力を出せる相手がいることが、自分が全力を出しても勝てない相手がいることが、嬉しくて嬉しくて仕方なかった」
大勇者「アイツと戦っていた時に感じた高揚感、緊張感、充実感、疲労感……どれもが新鮮でどれもが心地よかった」
大勇者「そして最強の魔族として生きてきたアイツもまた同じことを感じていたようだ」
大勇者「立場も境遇も私達はよく似ていたのだ」
勇者「…………」
428: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:15:17.05 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「そうして何度も剣を交えていくうちに互いが互いを認め、尊敬すらするようになり……私達の間には奇妙な友情が芽生えていった」
大勇者「きっかけは……覚えていない。案外友達というものはいつどうやって友達になったかなど覚えていないものなのかも知れんな」フッ
大勇者「いつの間にか一緒に飯を食べる仲になっていたよ」
大勇者「奇妙な……実に奇妙な友情だったな」
大勇者「敵同士でありながら一緒に飯を食べ、食後に『今日こそは勝たせてもらう』と言って殺し合っていたのだから」
大勇者「今思い出してもなんとも可笑しな関係だ」フフッ
大勇者「まぁ出会って1年もする頃には相手を殺してやろうなんて気持ちはお互い欠片も持ってはいなかったがな」
大勇者「私にとって奴は、奴にとって私は、唯一無二の友となっていたのだよ」
勇者「…………」
勇者は何もかもが意外だった。
過去を話したがらなかった父が自身の過去をこうも饒舌に、懐かしそうに話す姿も意外だったし、何より魔族を嫌悪し憎んでいるのだとばかり思っていた父が先代魔王とそんなにも親しい仲であったとは。
自分と魔王とは形は違うが父と先代魔王の間には男同士の友情が確かに存在していたのだろう。
だがそれなら何故父は魔族を目の敵のように言うのだろうか?
それに魔族とも分かり合えるのだと分かっていたのなら何故父は魔族との和解の道を目指さず……。
勇者(ん?魔族との和解を目指さなかった…………!?)
429: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:16:29.35 ID:OZHJJ8vm0
勇者「ちょ、ちょっと待った!!親父にとって先代の魔王がそんなに大事な友達だったんならなんで殺したりなんかしたんだよ!?」
勇者「もしかして本当は親父が99代目の魔王を倒したってのは嘘なのか!?」
大勇者「……やれやれ、せっかちな奴だ。そういうところは残念ながら私に似てしまったのかな」フム
大勇者「ちゃんと全て話す、黙って聞いてろ」
勇者「う……」
大勇者「……お前の言う通り、私達は次第にこんな馬鹿げた戦争を終わらせようと考えるようになった」
大勇者「99代目勇者候補と99代目魔王候補がこうして分かり合えたのだ、必ず人間と魔族は分かり合える筈だ…………とな」
勇者「俺達とおんなじだ……」
大勇者「あぁ、そうだな」
大勇者「そして……私達が出会って1年余りが経ったある日の事だ」
大勇者「私は聖剣と契約を交わし正式に99代目の勇者となった。奇しくも奴も同じ日に魔剣と契約を交わし99代目の魔王へと即位した」
大勇者「そうして……私達は同じ日に全てを知ったよ。この戦争の……いや、この世界の全てをな……」
勇者「この世界の全て……?」
430: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:17:37.78 ID:OZHJJ8vm0
懐かしそうに昔語りをしていた先程までとは異なり、大勇者の顔色は暗く重く切ないものへと変わっていった。
そして不意に勇者に質問を投げ掛けた。
大勇者「さて、勇者。ここで問題だ」
勇者「え?」
大勇者「世界に10本存在する『神樹』。この存在が我々人間にどの様な関わりを持っているか答えよ」
勇者「な、なんだよいきなり……」
大勇者「いいから答えろ」
突然問題を出され狼狽えた勇者だったが記憶の片隅にあった旅立ちの日に武闘家が僧侶の弟に語り聞かせた神樹の説明を思い出しながら答えた。
勇者「え〜っと…………神樹から溢れる生命力が周囲にある種の結界を張ることで……土壌や水質、大気とかをよりよい状態に保つ環境改善の役割を果たしてる……だっけ?」
大勇者「ほぉ……私の息子だから勉強はからっきしだと思っていたがこの程度の問題には答えられるのか、正直驚いたぞ」
勇者「あのなぁ、こんな質問に一体何の意味が……」
大勇者「合格点だ。……世間一般では、な」
勇者「?……どういう……」
大勇者「それを今から話そう」
431: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:19:12.02 ID:OZHJJ8vm0
大勇者はゆっくりと瞳を閉じると世界史について生徒に話す学校の講師の様に淡々と話を始めた。
大勇者「今から遥か昔の話だ……人間と魔族の戦争が始まるさらに数百年も前のこと」
大勇者「当時の人々は争うことなどなく何不自由無い生活をしていた。だが人々はその生活に満足はしていなかった」
大勇者「自分達の住む世界をよりよいものにできないかと考え始めたのだ」
大勇者「高位の魔法使いや魔法研究者達が日夜研究を重ねた結果、ある人工魔法植物を作り出すことに成功した」
大勇者「その魔法植物は成長するにつれて並々ならぬ生命力で周囲の環境を植物自身にとって適した環境へと変化させようとする性質を持っていた」
勇者「じゃあそれが……」
大勇者「そう、私達が今日『神樹』と呼ぶ存在だ」
勇者「知らなかった……神樹が人間の手で作られたものだったなんて……」
大勇者「人々の研究は大成功したと言える。人々は喜んで完成した幾つかの魔法植物の苗木を世界各地へと植え、その場所を中心に都市を造った。現在存在する国々の原型だな」
大勇者「長い時が流れ巨大に成長した魔法植物はいつしか人々に『神樹』と呼ばれるようになり信仰の対象にもなった」
大勇者「そうして人々は恵まれた環境でいつまでも幸せに暮らしました、めでたしめでたし」
432: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:20:19.35 ID:OZHJJ8vm0
大勇者は皮肉めいた笑みを浮かべて酒を飲んだ。
そして目の前の何もない空間を睨むと忌々そうに息を吐いた。
大勇者「…………とはいかないのが現実というものだ」フゥ
勇者「…………」ゴクッ
大勇者「神樹が十分に成長したある時から世界中で災害が多発するようになった。集中豪雨に大雪、干ばつといった気候変動や地震に火山噴火……自然的な災害だ」
大勇者「自然災害が発生するのは当たり前のことだがその当時、災害は異常なまでに頻繁に発生した。神樹の加護に守られているから、と気にしていなかった人々も次第に不安がるようになっていった」
大勇者「その頃の魔法学者達が原因を調査したところ驚くべき事実が判明した」
大勇者「災害の原因は神樹にあったのだ」
勇者「……神樹に?だって神樹は環境を良くするもんだろ!?」
大勇者「……育ちきった神樹は寿命を迎えていたのだ」
勇者「寿命……!?」
大勇者「あぁ……どんな生き物にも寿命はある……考えてみれば当たり前のことだ」
大勇者「寿命が近づいた神樹は生命力が失われており、もはや環境改善装置としての役割を果たすことができなくなっていた」
433: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:21:01.39 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「世界中の神樹はいつしか寿命で枯れ果てる……だが話はそんなに単純ではなかった」
大勇者「生命力の弱まった神樹は自身の生命力を維持しようと周囲の環境から膨大な魔力を吸収していたのだ」
勇者「な……」
大勇者「お前も知っているだろう?この世界には生きとし生けるもの、果てや大気や大地にまで魔力が宿っていることを」
大勇者「神樹はそれらの魔力を吸収し己の生命力に変えることで寿命を延ばそうとしていたのだ」
大勇者「世界中に満ちる魔力がバランスを崩せば天変地異が起きるのも当然だ」
大勇者「当時の魔法研究者達はどうにか神樹の延命をはかる方法がないかと探した……そして辿り着いた答え、それが……」
434: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:22:39.83 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「…………人間の命だ」
勇者「え…………?」
大勇者「『魔獣堕ち』というものがあるな。強い怨念を持つ動物が死んだ時に世界に満ちる魔力が負の力を動物に与え魔物としてしまう現象だ」
大勇者「原理はそれを応用したものだった。高等生命体である人間は死ぬ時に極めて大きな魔力を発する。その魔力を大量に、継続して神樹に吸収させれば神樹の寿命を延ばすことが可能になるというものだ」
バンッ!!
勇者は突如カウンターを力任せに殴った。
話の内容に堪えられなくなり青筋を立たせて父に吠える。
勇者「そんな……そんな非人道的な方法が許されるわけないだろうが!!」ギリッ
勇者「そんな方法を実行したっていうのかよ!?」
大勇者「いや……魔法研究者達の話を聞いた各国の王達もそんな方法は認められない、他の方法を探せと意見を突っぱねたそうだ」
大勇者「そんな中、金の国の王が立ち上がった」
勇者「金の国……?」
大勇者「あぁ、今は無き11番目の国だ。銀の国があるのだ、金の国があっても不思議ではあるまい?」
大勇者「『神樹に世界を滅ぼされるくらいなら神樹を滅ぼしてしまおう』。金の王はそう言った」
435: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:23:43.16 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「他国の王達の反対を押し切り金の王は金の神樹への攻撃を決行した」
勇者「け、結果は…………?」
大勇者「……今の地図に金の国は存在するか?」
勇者「…………!!」
大勇者「……失敗だったよ」
大勇者「金の国の軍は金の神樹を消滅させるべく大規模な攻撃を仕掛けた。それによって生命の危機を感じた神樹は……爆発的に周囲のあらゆる魔力を吸収しようとした」
大勇者「その結果、金の神樹はたしかに消滅したが……金の国は王都を中心に国土の殆どが不毛の砂漠へと豹変した……国民も全滅したそうだ」
大勇者「黄の国東の大砂漠は金の国の成れの果てだ」
勇者「……そんな……」
大勇者「しかも金の神樹の消滅が世界の魔力バランスをさらに崩すという最悪のオマケが付いてきた」
大勇者「頻度と規模を増す天災……もはや一刻の猶予すら許されていなかった」
勇者「………………」
436: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:24:59.52 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「もう分かっただろ?各国の王達は人間の命を神樹への供物に捧げ世界を守ることを決断したんだ」
大勇者「一部の天才魔法研究者達の手によって死んだ人間の魔力を神樹に取り込む術式と裏魔法が完成した」
大勇者「各国の城の地下深くには神樹の根に直結する小部屋があってな、そこには壁、床、天井一面に術式が刻まれている」
大勇者「死した人間の魔力を各神樹にバランス良く供給する役割があるそうだ」
勇者「…………」
大勇者「だが通常の人間達の命の犠牲は低下していく神樹の生命力を抑制する程度にしかならない」
言って大勇者は指でカウンターに見えない図を書き始めた。
大勇者「グラフで説明するなら縦軸が神樹の生命力、横軸が時間……神樹の生命力は時が経つにつれ低下していき0になるとゲームオーバー、神樹の寿命が尽き世界が崩壊する」
人差し指を始点から右下の方へと動かしながら言う。
大勇者「人間の命により発生した魔力を供給することで神樹の延命をはかることは可能だが……それでもいつかは生命力が0になることに変わりはない。グラフの傾きが緩やかになるだけだ」
今度は同じ始点から先程よりやや右へ向けて指を動かす。
勇者は父の指の動きを見てなんとなくグラフを思い浮かべた。
437: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:26:18.99 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「グラフのY座標を……神樹の生命力を健康体まで回復させるのには瞬間的に爆発な魔力を注ぎ込む必要がある」
大勇者の指先のグラフは急上昇をし始点と同じ高さになった。
大勇者「これを可能にするには何千万という人間をほぼ同時に殺さなければならない……だがそんなことをすれば100年足らずで人類は絶滅することになる」
大勇者「そこで考え出されたのが魔力増幅装置だ」
大勇者「生命力を代償にその使用者の魔力を限界以上に、通常の何千何万倍にも高める装置」
大勇者「しかしその装置は誰でも使える代物ではなかった。適応できない人間が扱っては魔力の増幅に耐えきれず十分に魔力を増幅させる前に肉体が朽ちてしまうからだ」
大勇者「そして魔力増幅装置の適応者として選ばれた者が2人いた」
大勇者「1人は白の国で国最強の騎士団長を務めていた男。もう1人は黒の国でもその実力に並ぶものがいないと言われる黒の王だった」
勇者「……白の国と黒の国の2人……?」
瞬間勇者の脳内で歯車が音を立てて噛み合わさった。
続いてにび色の電流が駆け巡る。
切れ者の武闘家ならば話の冒頭で勘づいていたかも知れない。
いや、勇者も本来ならばもっと早い段階で気付いていたに違いない。
薄々答えに勘づいていたからこそ無意識の内にそれを知ることを拒んでいたのだろう。
じっとりとした汗を額に浮かべて震える声で言う。
438: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:28:03.88 ID:OZHJJ8vm0
勇者「まさか……!?」
大勇者「お前の考えている通りだ、彼らが初代勇者と初代魔王、そして魔力増幅装置というのが……聖剣と魔剣だ」
勇者「な……そんな……そんなの……」
大勇者「そしてここからは狂言戦争の始まりだ」
大勇者「まず金の国の消滅は黒の国が金の国に攻撃を仕掛けたからだと各国は国民に伝えた」
大勇者「当然黒の国の国民達はそんなのは出鱈目だと抗議した。しかし他の9ヵ国の国民達はその訴えを信じようとはしなかった」
大勇者「黒の国は当時から一国で他の9ヵ国全て合わせたくらいの軍事力を持つ国だったからな、黒の国は他の国々から恐れられていたのだ」
大勇者「王達はそこを利用して黒の国が金の国を攻め入ったと報じたのだ。勿論黒の国の王も同意の上だ」
大勇者「王達の思惑通り国民達は黒の国の脅威に怯え始めた……そこで白の国の王を中心に赤の国、青の国、黄の国の4国で黒の国を討つべく同盟が為された。これが今の聖十字連合の母体となる軍事同盟だ」
大勇者「そして黒の国と白の国を中心とした4ヵ国の戦争が始まった……全てが当時の王達のシナリオ通りだった」
大勇者「白の国側は魔力増幅装置の使い手を勇者として人々の希望の象徴とした、黒の国側は王自ら魔王と名乗り国民の象徴となり戦った」
大勇者「勇者か魔王、どちらかの命が失われた時に発生する魔力は魔力増幅装置の力により極限を超えて高められ神樹達の生命力を著しく回復させる」
大勇者「その他大勢の人間達の命はその時までに神樹が生命力を失ってしまわないための繋ぎにすぎんというワケだ」
勇者「…………」
439: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:29:24.52 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「しかし勇者と魔王が死んだらまた次の勇者と魔王が必要になる……そのための人材を探す手段として普及したのが……これだ」スッ
大勇者はそう言って右腕の袖を捲った。
勇者に勝るとも劣らぬ暁の空よりも赤い朱の刻印が露になる。
大勇者「刻印によって勇者の適性が検査される。勇者の適性があると分かったら人々の希望の象徴たる存在たるべく教育がなされる……そして見事勇者になったなら聖剣と契約を交わす」
大勇者「聖剣には契約を交わすことで戦争の真実を知ることができるように術式が組まれている。めでたく聖剣の加護を受けた勇者は世界のために魔王と闘う……魔王も同じシステムだな」
勇者「…………」
440: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:30:24.14 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「……まったく、憎らしいほどによくできたシステムだよ」
大勇者「人々のため戦おうと育ってきた勇者と魔王は責任感の塊だ。そんな人間に『世界のためにお前の命が必要なんだ』と言って断るワケないからな」
大勇者「自らの命が世界の崩壊を止めるために必要だと知った勇者と魔王は殺し合う……お互いに恨みも憎しみもなく、ただ虚しい義務によって相手を殺さなければならない」
大勇者「必要なのはお互いの命なのだと知り、殺し合うことに意味がないと分かって自ら命を絶とうとした者もいたそうだ」
大勇者「だが人々の希望の象徴である立場の者が自殺など出来るハズもない。…………いや、しようと思えば出来ないことはないかもしれん。しかしそんな脆弱な精神の持ち主は最初から勇者になど選ばれたりはしない」
大勇者「そして勇者と魔王は闘うのだ。世界が終わってしまわぬように、死の宿命を背負った者同士な……」
441: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:31:18.92 ID:OZHJJ8vm0
勇者「…………んな……」
大勇者「…………」
勇者「ふっざけんな!!!!!!」
バァンッ!!!!
先程より力を込めて勇者はカウンターを殴りつけた。
衝撃で彼のグラスは倒れ溢れた水が床へと滴る。
勇者「じゃあ……じゃあ俺達はいつか殺し合うしかないってのに友達になったって言うのかよ!?」
大勇者「……そうだ」
勇者「できもしない人間と魔族の和平を夢見てこの10年ただ妄想にふけってきたってのか!?」
大勇者「……そうだ」
勇者「そんで……俺達は……世界の崩壊を阻止するためにこれから殺し合わなきゃならないってのかよ……!!!!」
大勇者「……そうだ」
激昂する勇者に大勇者はあくまで淡々と答えた。
父の対応がどうしようもない現実の刃を勇者へと突きつけた。
勇者「そんな……そんなの…………あんまりじゃないかよ…………俺達は……どうして……なんのために……」
虚ろな瞳でうなだれる勇者の姿はついさっきまでの大勇者の姿と重なって見えた。
442: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:33:38.31 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「……続けるぞ」
絶望にうちひしがれる息子を横目に大勇者は話を続ける。
勇者「……まだ……なんかあんのかよ……?」
大勇者「薄々気づいているかもしれんが……この世界にはな、『魔族』なんて種族は存在しないんだ」
勇者「…………は?」
父の口から飛び出したあまりに突拍子もない一言に勇者はまたも驚愕する。
しかしその突拍子もない一言を何故かすんなりと受け入れてしまっていた。
それほどまでに勇者の中で"常識"というものが無惨に崩れ去り形を成していなかったからだ。
大勇者「黒の国とその他の国が戦争を始めてから黒の国内では他国への苛立ちが爆発していた」
大勇者「そこで魔王は国民に言ったのだ、『我々と他の国の人間はそもそも別の種族だ。我々は人間などという下等な種族ではなく魔族という崇高な別の種族なのだ』とな」
勇者「…………」
大勇者「黒の国の民はその言葉を容易く信じ込んだ。種族が違うとした方が憎み、殺し易く都合が良いと判断した他の国の王達もまた『黒の国に住むのは魔族だ』と言い魔族に対する誤った知識を教育に取り入れた」
大勇者「各国の情報操作の甲斐もあって世代が2つ変わる頃には世界中のほぼ全ての人々が『黒の国に住むのは魔族だ』と思うようになったという」
勇者「じゃあ……」
大勇者「あぁ、私達は何百年もの間、人間同士でバカげた殺し合いをしてきたのだ」
443: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:34:21.05 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「私達は98人の勇者と99人の魔王、そして数えきれない何千万という人間達の犠牲の上に今日を生きているんだ」
勇者「………………」
もはや勇者は大勇者の語る真実に反応する言葉すら持ち合わせていなかった。
そして勇者の心情を大勇者は痛いほど分かっていた。
およそ20年前、自分が味わった衝撃と苦悩と絶望……それと同じものを息子もまた味わっているのだ。
かける言葉など見つかるはずもなかった。
他人のどんな言葉も意味を為さないと誰よりも分かっているからだ。
444: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:35:50.69 ID:OZHJJ8vm0
そしてまた父は子に静かに語り始めた。
大勇者「真実を知った時……お前と同じ様に私も愕然としたよ」
大勇者「人々のためにと魔族と戦ってきた私はただの大量殺人者で、親友を殺すか自分が死ぬかしなければ世界が滅んでしまうという笑えない冗談を聞かされたのだからな」
大勇者「白の国の王様には随分と謝られた……勇者に任命してしまい本当にすまないと何度も何度も頭を下げられたよ」
大勇者「全てを知る王達とその側近達を憎みもしたがすぐにそんな気持ちも失せたさ」
大勇者「全てを知ったからこそ分かった。王達もまた悩み苦しみながら王の座に就いているのだと。だから……お前も王様達を責めないでやってくれ」
勇者「…………」
大勇者「私達が世界の真実を知った時、まだお前は母さんのお腹の中にいてな。アイツが『最後の闘いはお前の子供が生まれてからにしよう』と言ってくれたから私達は正式に勇者と魔王になってから大体1年、最終決戦を先延ばしにした」
大勇者「アイツにも娘がいたから家族で過ごせる時間ができて丁度良かっただろう」
大勇者「そしてお前が生まれて少しして…………私達は最後の闘いを始めた……」
445: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:37:35.17 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「……酷い闘いだった……流した汗より、流した血より、流した涙の方が多い……そんな闘いだった。今でもたまにその時のことを夢に見る」
大勇者「一晩中闘い続け私は宿命の闘いに勝利した。……全身全霊を懸けて手にした勝利が人生で最も虚無感に溢れた勝利だったのはなんとも皮肉だったよ」フッ
大勇者は皮肉っぽく笑ってみせた。
勇者には父の顔が今まで見たことがないほど悲しみに溢れて見えた。
作り笑いでもしなければ涙を流してしまいそうで無理に笑ってみせたのかもしれない。
そんな笑みだった。
大勇者「アイツの命をこの手で奪ってから……私は勇者として前線に立ち数えきれない魔族達を殺してきた」
大勇者「友の命を奪った贖罪のために更に罪を重ねたのだ……矛盾しているように思うかもしれないが残された私にできることは血塗られたこの手でさらに業を重ねることぐらいしかなかった……」
大勇者「お前が5歳の時だったか、お前が勇者の刻印を持っていると分かりお前もまた勇者となるだろうとなんとなくだが分かった」
大勇者「お前が勇者となればいつしか真実を知ることになる。そうなれば魔族が同じ人間であり魔王が決して憎むべき敵などではないと分かってしまう」
大勇者「だが……私はどうすればいいのか分からなかった。世界の真実を勇者を軽々しく話すワケにはいかんからな。だからせめてお前が全てを知るまでは何も苦しまなくても良いように魔族を絶対の敵として教えてきた」
446: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:38:24.96 ID:OZHJJ8vm0
大勇者「そんなある日だ、お前が『人間と魔族を仲直りさせたい』などと言い始めたのは」
大勇者「私は自分と同じ絶望と悲劇のドン底にお前が落ちるのだけはどうしても阻止したかった……そのつらさは誰よりも分かっているからな……」
大勇者「だからお前の考えを徹底的に否定し、人間と魔族の和平を目指すお前が勇者になることも頑なに認めなかった」
大勇者「だが……何の因果かやはりお前は勇者となった……そして私と同じ悲劇をまたも繰り返そうとしている」
大勇者「…………夢と希望がそのまま悪夢と絶望になるとはな……まったく、親子そろって大馬鹿だよ、私達は」
勇者「…………」
大勇者はグラスをあおると空になったグラスに酒を注いだ。
447: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:39:22.51 ID:OZHJJ8vm0
褐色透明の液体に満たされていくグラスを見ながら勇者は頭の中を必死に整理しようとする。
人柱としての勇者と魔王。
世界のために犠牲となった数え切れない人間達。
真実を知らずに殺し合う人間。
悲劇としか言いようのない父の過去。
偉大な大勇者の知られざる葛藤の日々。
そして自分と魔王の先の無い未来……。
そのどれもについて考え、絶望し、考えるのをやめ、また考えをひたすら繰り返した。
しかし答えは出ずに考えもまとまらない。
次第に勇者の脳は考えることを止めた。
鉛色の沈黙が酒場を包んでいく。
古びた置時計の針が生真面目に時を刻む音だけが聞こえる。
一体どれほどの時間が経ったのだろうか。
実際には数分にも満たない時間であったのだろうが勇者にとってその沈黙は数時間も続いた様にさえ感じられた。
448: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:40:29.51 ID:OZHJJ8vm0
生気のない声でやがて勇者が言った。
勇者「…………親父……俺……どうしたらいいんだ……?」
余命幾日と告げられた患者の様な魂の抜けた勇者を叱咤するでも慰めるでもなく、大勇者はただ質問にだけ答えた。
大勇者「……お前の選択肢は2つだな」
大勇者「一つは勇者として荊の道を歩むことを決め聖剣を手に100代目魔王と闘う」
大勇者「もう一つは100代目勇者の座を降り、次の勇者に世界の人柱としての責任を託し自分は全ての現実から逃避する。その場合100代目魔王とは私が闘うことになるな」
勇者「な、そんなの……!!」
大勇者「ならばお前が魔王と闘うか?その手で彼女の命を奪う覚悟はあるのか?」
勇者「……くっ!!」ギリッ
勇者は何も言い返せなかった。
父の今言った二つの選択肢はどちらも正しくそのどちらかを選ぶしかない。
だがどちらの選択肢も選びたくなどなかった。
現実は少年が想像していたよりも遥かに残酷だった。
449: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:41:18.95 ID:OZHJJ8vm0
勇者「…………親父」
大勇者「なんだ」
勇者「…………親父の言った通りだったよ」
勇者「こんな真実なら……知らない方が良かった……」
大勇者「…………」
それきり二人は何も話さなかった。
勇者は俯き頭を抱えてぴくりとも動かない。
大勇者はその隣で何も言わずに酒を飲むだけだった。
酒場に存在する音は時計の秒針の奏でる規則的な音と、時折聞こえる大勇者のグラスの氷がガラスを打つ音だけだ。
――カカラァン……
450: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:42:27.98 ID:OZHJJ8vm0
――――黒の国・魔王の城・王の間
側近「魔王様……正気なのですか?」
魔王「当たり前だ」
側近「ですが……いかに魔王様のご命令と言えどこれは……」
側近は今しがた魔王より手渡された令書に目を通すと険しい顔で魔王に意見した。
内容があまりにも異常なものだったからだ。
側近「『以下に名を記す者達に3日以内に城内から完全退去することを言い渡す。また退去の後1週間、城への立ち入りを禁ず』」
側近「ここに名前を記された者は部下が192名と兵士が943名……城の者の大半が退城を命ぜられたことになります。城に残るのは魔将軍殿直属の一部の部下のみになってしまいます」
魔王「だろうな」
側近「……魔王様、一体何をなさるおつもりなのですか?」
側近「昨日王妃様とお会いになられてから人間側との和平に向けた国内会議を白紙に戻しただけでなくこの様な人払いとしか思えないご命令まで…………」
側近「何かあったのならば私に仰って下さい。私では魔王様のお力になれないかもしれませんが、それでも……」
魔王「お前は何も知らなくていい。ただ黙って私の命令に従っていればいいのだ」
側近「……!!」
451: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:43:28.86 ID:OZHJJ8vm0
側近(これは私が知る魔王様ではない……)
冷たい目でそう言い放った魔王を見て側近は思った。
王として毅然とした態度である時も優しさと温かさを宿していた魔王の瞳はまるで別人の様に凍りついている。
そして何か重いものを背負い、その宿命を受け入れ覚悟している……そんな風に彼女には見えた。
魔王「分かったら直ちにその命を城内の者に伝えろ」
側近「…………できません」
魔王「……何?」
側近「できません、と申し上げたのです」
側近「私は魔王様の側近。場合によっては魔王様に意見することを許されています」
側近「今回のご命令は不可解な点があまりに多くきちんとしたご説明をいただけるまで私はこの件に関して異議を申し立てる所存です」
魔王「…………」
魔王「…………ならばその権利を奪うまでだ」
側近「な……」
452: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:44:39.08 ID:OZHJJ8vm0
魔王「100代目魔王の権限においてただ今をもってお前を軍事・国政における全ての任から解く。長い間ご苦労であったな」
側近「そ……そんな!!こんなの勝手すぎます!!あまりにも一方的な……!!」
魔王「…………」パチィン
魔王が指を鳴らすと王の間の扉が重々しい音をたてて開き幾つものきびきびとした足音が流れ込んできた。
黒騎士「お呼びでしょうか、魔王様」
整然と並ぶ何人かの兵士達の前に一歩進み出た黒騎士が言う。
魔王「うむ。たった今この者を軍事と国政の任から解いたところだ。引いては部外者故にこの場から速やかに連れ出せ」
黒騎士「ハッ……」
側近「魔王様……!!」
魔王にとって側近が姉の様な存在であることは城内の誰もが知るところである。
たった今下された命令に疑問を持ちながらも黒騎士は側近を取り囲むよう指示を出し部下達はそれに従う。
453: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:45:29.28 ID:OZHJJ8vm0
黒騎士「……側近殿。女性に手をあげるような真似を私はしたくありません。何があったのかは知りませぬが魔王様のご命令に従いこの場を速やかに去って下さるようお願い致します」
側近に歩み寄ると黒騎士は言う。
側近「…………」
魔王「…………」
王座に腰かける魔王を見つめる側近。
魔王の瞳はやはり彼女の知るそれとは異なり氷の様に凍てついていた。
側近「…………分かりました」
側近「今まで……お世話になりました。魔王様の下で働かせて頂いたこの数年……身に余る光栄でございました」
奥歯を強く噛み感情を押し殺して側近はいつもの様に淀み無い口調で魔王に別れの挨拶を述べた。
魔王「……うむ。では達者でな」
側近「……ハッ、魔王様もどうかお身体にはお気をつけて」ペコリ
深く頭を下げ黒騎士達に促される様に側近は王の間を後にした。
454: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:47:00.00 ID:OZHJJ8vm0
彼女達と入れ替わる様に魔将軍が王の間へと入ってくる。
魔将軍「何やら騒ぎがあった様だが……」
魔王「なに、何百といる部下の1人をクビにしただけのこと。たいしたことではない」
魔将軍「……実の姉同然の側近との別れが『たいしたことではない』……か」フンッ
魔王「……これからの戦いは今までのように生ぬるいものではないからな。同族の血が今までの比ではなく流れることは彼女には耐えられまい」
魔将軍「では姫君はそれに耐えられると?」
魔王「当たり前だ。この世界を守るためならば私は鬼にも修羅にもなろう」
魔将軍「頼もしい限りだな」フッ
魔王「それと私は今や正真正銘の100代目魔王だ。『姫君』はやめろ。言葉遣いも改めるのだな」
皮肉っぽく笑う魔将軍を鋭く魔王は睨みつけた。
魔将軍「これは失礼しました、魔王様」ペコリ
魔将軍は心にもない謝罪の意を述べると恭しく頭を下げた。
魔将軍「……して、今後側近の抜けた穴はいかがなさるおつもりで?」
魔王「国政に関しては別の部下を起用するとして軍事方面の指揮は魔将軍、貴様に一任する」
魔将軍「ハッ。御意のままに」
455: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:47:56.06 ID:OZHJJ8vm0
魔将軍「しかし魔王様直々に宣戦布告をしてきたとは言え本当に勇者は来るのですかな?」
魔王「……あぁ、来るさ。絶対に」
魔王が勇者に宣戦布告をしてきたことを魔将軍は知っている。
とは言え勇者との関係について魔王は話してはいない。
あくまで100代目魔王が100代目勇者に闘いの意思を伝えてきたことだけを話していた。
魔王「さすればこの城は私と勇者の決戦の場になろう。その場合勇者以外の邪魔者は貴様と貴様の部下達に任せる」
魔将軍「お任せを。如何に人間達の中で指折りの強者と言えど我が私兵団には敵いますまい」
魔王「…………そうか。ならば良い」
魔王はゆっくりと瞳を閉じやがて来る決戦の時を思い浮かべた。
だが闘いの場を想像しようとしても瞳の裏に映し出されるのは勇者達と過ごしたなんてことのない平凡な思い出だけだった。
魔王(………………)
脳裏をよぎる勇者の、僧侶の、魔法使いの、武闘家の笑顔を魔王はその手で粉々に叩き割った。
456: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:49:10.54 ID:OZHJJ8vm0
【Memoris06】
――――白の国・王都・路地裏の酒場
私「…………」
トクトク……
私はグラスに新しいボトルの酒を注いだ。
そしてそれを一口飲むと顔をしかめた。
私「……お前これはなんだ?」オエッ
店主「ワシ特製の薬膳酒じゃよ。アルコールの分解を助け肝臓の負担を和らげる……」
私「そんなことを聞いたんじゃない。私が頼んだのはいつもの酒だぞ?なんでこんな苦い薬膳酒なんかが出てくるんだと聞いたんだ」
店主「自分で分かっておるじゃろ?今日開けたばかりのボトルをもう空けてしまうなんていくらなんでも飲みすぎじゃろう」
私「…………」チッ
店主「お前さんがそんな風にやけ酒するなんて……奥さんを亡くして以来かのぅ」
私「…………」
私「……そう、だな……」
457: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:51:07.89 ID:OZHJJ8vm0
息子に真実を告げてからおよそ一時間後、息子は何も喋らずに酒場を去っていった。
家の鍵の場所は知っているハズだし家に入れないということはないだろうが……まぁ意地張りな奴のことだ、どうせ家には帰らずどこぞの安宿にでも泊まっているのだろう。
喧嘩して家出した時はよく私の昔なじみの経営する宿屋に行っていたので今日もそうかもしれない。
その後奥の部屋の店主にもう店に戻っていいと伝えると店主は何も言わず何も聞かず、息子が割ったグラスを片付け床の掃除をしていた。
店主「ふぅ……よっこいせ」
片付けが終わると店主はカウンター奥のいつもの椅子へと腰を降ろした。
私「……まさか息子も私と同じ悲劇に見舞われるとは……何故こうも世界は残酷なのか……」
この老いぼれ店主は私の生まれる前から全ての事情を知っている。
それ故こうして他人にはとても言えないことを話すことができた。
私「私達が一体何をしたというのだろうな?この世に神がいるのなら……きっとひどく性格が悪いに違いない」
私「雲の上で私達のことを見て『人間は滑稽だ』と馬鹿にして笑っているのさ。神などではなく悪魔だな」フンッ
458: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:51:53.66 ID:OZHJJ8vm0
店主「…………その台詞、前にも聞いたのぅ」
私「…………」
店主にそう言われてぼんやりと思い出した。
かつて私が全てを知った時もここで似たような台詞を吐いたような気がする。
店主「…………その日はお前さんと彼が最後にここで飲んだ日じゃったな」
店主「ペースも考えずに夜通し飲んだもんじゃから明け方にはお前さんはぐでんぐでんになっておったわ」フォッフォッ
私「……あぁ、あの日か」
言われてどの日のことかすぐにピンときた。
私「……後にも先にもあの日だけだな。何も考えずに馬鹿みたいに飲んだのは……」
459: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:54:13.75 ID:OZHJJ8vm0
――――17年前・緑の国
その日、私は待ち合わせ場所の緑の国の小高い山の上に来ていた。
そこは私たちが好んで密会に使っていた場所だ。
天気は良く空気は澄んでいたので山頂からは美しい緑の生い茂る緑の国の大自然が一望できた。
私「よっ」
アイツが既に来ていたのでいつものように声をかけた。
アイツ「遅い、遅刻だ!!」
するといつもの返事が返ってきた。
もはや私達にとってこのやりとりは恒例行事だった。
アイツ「まったく、お前という奴は毎度待ち合わせには遅れてきおって……」
私「まぁまぁ、待ち合わせに来ないより遅れてでもちゃんと来る方がよっぽどいい、ってね」ナハハ
アイツ「いい加減まともに転移魔法を使えるようになればいいものを」ハァ
私「あぁ無理無理、あーいう小難しい魔法は覚えたくねーもん。魔法剣で俺の頭の容量はいっぱいいっぱいだ」
とそこでアイツの影に隠れ私を見る小さな女の子に目がいった。
460: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:56:17.58 ID:OZHJJ8vm0
私「お!大きくなったな〜!!」
アイツの娘「…………」ギュッ
幼き日の100代目魔王はアイツのズボンの裾を掴みその大きな瞳で私をじっと見つめ返していた。
アイツ「そうだろ?もうじき2歳になるがやんちゃが過ぎて困っているよ。今日はお前の前だから大人しいみたいだな」フッ
私「そっかそっか」
少し怯えている彼女の顔をアイツと見比べて私は言った。
私「しっかし……見れば見るほどお前に似てねぇなぁ」
アイツ「う……」グサッ
私「髪だってお前と違って綺麗な黒髪だし眼だってお前みたいに鋭くなくて大きくて綺麗だし……ホントにお前の子なのか?」ハハッ
アイツ「この子は妻に似たのだ!!正真正銘私の子だぞ!!」
私「あぁ、はいはい、わかってるって。まぁでもあれだな、鼻筋とか口元はお前に似てるかもな〜」
アイツ「そうか!?そう思うか!?」
私「や、やけに嬉しそうだな」
アイツ「そう言ってくれたのはお前と弟だけでな……皆この子は私に似てないと……」ウゥ
私「そりゃ誰がどう見ても奥さん似だもんな」アハハ
461: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:58:10.50 ID:OZHJJ8vm0
アイツ「それに比べて……お前の息子は本当にお前そっくりだな」
アイツは私が抱き抱えている息子を見て言った。
私「俺の赤ん坊のころ見たこともないクセにそっくりとか言うなよ」
アイツ「いや、きっとこんな赤子だったのだろうと誰もが想像つく。それぐらいよく似た子だよ」
私「そっかぁ?」
息子「ダー?」
私は息子を抱き上げて顔をまじまじと見た。
間抜け顔の息子の二つの黒い瞳にはそれ以上に間抜けな私の顔が映っていた。
462: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:58:53.56 ID:OZHJJ8vm0
アイツ「…………」
アイツは私と息子を見て少し悲しそうな眼をすると口を開いた。
アイツ「なぁ……勇者」
さっきまでのくだけ気味の声色ではなく真面目なトーンでアイツが話しかけてきたから私もアイツが何を言いたいのか分かった。
私「…………いよいよ、か」
アイツ「うむ……黒の国の学者達の調査によるともう神樹の生命力はレッドゾーン間近だそうだ」
アイツ「これからは徐々に各地で災害が発生していくことになるだろう、と」
私「…………」
アイツ「息子が生まれたばかりのお前には言いにくいが……」
私「……分かってる。てかそれを言うなら娘がいるお前も同じだろ?」
私「泣いても笑っても、生き残れるのは俺達のどっちかだけってな……」
アイツ「…………」
463: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 07:59:42.87 ID:OZHJJ8vm0
家族を持つようになり、私は自身の命で家族の住む世界を守れるのならそれでもいいと考えるようになっていた。
だが決して死を望んでいたワケではなかった。
妻を持ち、子を授かったからこそ前より一層生きたいと思うようになった。
息子が健やかに育っていく様子を妻と温かく見守り続けたい……親にとってのごく平凡な幸せ、それを何よりも望んでいたのだ。
そしてそれはアイツにとっても同じことだった。
妻と娘を持つようになり以前と比べてアイツは随分と丸くなった。
まだ幼い頃に両親を亡くしたアイツは家族の温かみを知らずに育ってきたという。
アイツにとって家族と過ごせた二年余りの日々は人生で最も幸福な日々だったろう。
もはや私達は明日この命が尽きても惜しくはないと考え……。
…………いや、真逆か。
もっと幸せな日々を噛みしめていたかったからこそ私達は最後の決戦を始めることを決意したのだ。
闘いに生き残り家族とのなんてことない日々を少しでも長く過ごすために。
464: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:00:30.91 ID:OZHJJ8vm0
アイツ「10日後、赤月の荒野と薄雲の岩山で戦があるのは知っているな?」
私「あぁ」
アイツ「さらにもう1ヵ所……つまり3ヶ所で戦をするとなれば黒の国側は大規模な戦力を割くことになろう。そうなれば城の守りは必然的に薄くなる」
アイツ「そこでお前は剣士達と共に城に攻め入ってくれ、その際は……」
私「分かってる、なるべく殺さないようにうまくやるさ」
アイツ「……すまない」
私「気にすんな、どうせ俺かお前が死ねば神樹の生命力は十分すぎるくらい回復するだろ」
アイツ「…………」
私「ところで赤月と薄雲と……もう1ヵ所ってのはどこにするつもりなんだ?」
アイツ「うむ。青の国とはここ数ヵ月戦をしていなかったからな、風鳴の大河への侵攻戦を行うつもりだ」
私「風鳴の大河……か」
アイツ「どうかしたか?」
私「……いや、俺とお前が初めて会ったのってあそこだよな〜って思ってさ」
アイツ「…………そうだな」
465: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:01:13.46 ID:OZHJJ8vm0
私達は出会ってからのことを思い出しながらしばらく景色を眺めていた。
アイツの娘はずっとアイツのズボンにしがみついたままじっと私を見ていた。
息子は退屈だったのかすっかり寝入ってしまっていた。
寝かしつけようとしてもなかなか寝ないクセにこういう時にはすぐに寝るなんて赤ん坊は気まぐれな生き物だな、などと考えたものだ。
アイツ「……お前と出会ってもう4年になるのか。……早いものだな」
私「ホントだよな〜……4年なんてあっという間だ」
アイツ「まったくだ。……覚えているか?たしか私とお前が3度目に食事をした時……」
私「ストップッ!!!!」バッ
私はアイツの顔の前に手をかざして話を遮った。
アイツ「?」
466: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:02:38.34 ID:OZHJJ8vm0
私「そういう積もる話は酒でも飲みながら話そうぜ。最後の飲み会には最高の酒の肴になるだろ」ニッ
アイツ「おいおい、勘弁してくれ。私はこのあと仕事があるのだぞ?」
私「んなもん知るか!次に会うのはどうせ10日後なんだろ?今日飲まなくていつ飲むんだよ!!仕事なんか適当に部下に押し付けりゃいいじゃねぇか」
アイツ「そういう訳にもいくまい……」ハァ
ため息をつきそう言いながらもアイツは私が何か言い始めたら聞きはしないと諦めている様だった。
事実その通り、私は何を言われてもその日の飲み会を中止する気など毛頭無かった。
私「とにかく今日飲むのは決定だからな。いつもの酒場で待ってるから!」
私「あ、そうだ、剣士も呼ばなきゃな〜。まぁ俺が伝えとくから任せとけ!!」
私「んじゃな〜」タンッ
アイツ「あ、おい!!」
アイツの声を背に聞きながら私は山頂の断崖から飛び降りた。
風に吹かれて目を覚ました息子は泣きもせず、澄んだ緑の国の空気を肌に感じて笑って楽しんでいるようだった。
467: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:03:42.72 ID:OZHJJ8vm0
そして夜。
私は一人で先に酒を飲んでアイツが来るのを待っていた。
剣士も誘ったのだが「お前と魔王が二人で酒を飲める最後の時間なんだ。俺はいいから二人で楽しんでこいよ」と言って遠慮して来なかった。
日が沈んで随分経ってからアイツがやってきたので
「遅い、遅刻だ!!」
と私が言ってやると
「待ち合わせの時間も決めていないのに遅刻とは随分な言い草だな」
と苦笑まじりに返された。
真面目なアイツはその日の仕事を全力で片付けてからこちらに来たらしい。
律儀な男なのだ。
468: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:04:24.19 ID:OZHJJ8vm0
それからは私達は昔語りをしながら店主の料理をつまみに酒を浴びるほど飲んだ……と思う。
と言うのもさっきも言ったが記憶が飛ぶほど飲んだのでその時のことをほとんど覚えていないのだ。
そうは言っても空気というか雰囲気というか……そういう曖昧な記憶は残っている。
私は何も考えずに馬鹿話をしながら酒を飲み、アイツはその隣で迷惑そうに、しかしまんざらでもない顔で杯をあおいでいた気がする。
私の人生でも指折りの楽しい時間だった。
惜しむらくはその時の記憶がこうして曖昧なことだが……最後にアイツと飲んだ酒の味だけは忘れることはないだろう。
最後の飲み会の後半の記憶は皆無に近く、私の記憶は一端途切れて店主のしわがれた声からまた始まる。
469: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:05:14.34 ID:OZHJJ8vm0
店主「……い、おい」
店主「おい、いい加減起きんか」
私「んぁ……?朝か……」
店主「何が朝か、じゃ。もう昼前じゃよ」
私「昼前は俺にとっては朝なの」フワァ〜
二日酔いの痛みを頭に感じつつ寝ぼけ眼を擦った。
酒場を見回すと食い散らかした皿と飲み散らかしたボトルだけが目に入った。
朝日……とはもう呼べない窓から射し込む日の光は薄暗い店内と相まって寝起きの私にはひどく眩しく感じられた。
私「アイツは……?」
店主「明け方近くに帰って行ったわぃ。酔い潰れとるお前さんを見て笑っておったのぅ」
私「チッ、あの野郎最後に一声かけてから行けよ……」
店主「そんなこと言ってもお前さん爆睡しとったじゃろう。ワシもずいぶん前から起こしとったんじゃが起きたのは今の今じゃ」
私「でもさぁ……。伝言とか書き置きとかないのか?」
店主「いんや、何も」
私「ったく、つくづくつれねぇ奴だ」
私が不満を露にしつつ頬杖をつくと店主はアイツが昨日座っていた席を切なげに見ながら言った。
470: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:06:38.71 ID:OZHJJ8vm0
店主「…………のぅ、勇者よ」
私「あん?」
店主「たしかにお前さんの言う通り書き置きなり伝言なりすれば彼はお前さんに別れの挨拶をできたじゃろう」
店主「じゃが……彼はそうしなかった。しようと思えば出来たのに、じゃ」
店主「この意味がお前さんには分かるじゃろ……?」
店主に言われて分かった。
アイツにとってその日の飲み会は私とアイツが友人でいられる最後の一時だったのだ。
だから私に何も言わずに去ったのはアイツの覚悟の表れ――――勇者と魔王の決別の表れだった。
私「…………」
そう感じて私はひどく寂しい気持ちになった。
……大切な友人を一人失ってしまった……。
私の胸にぽっかりと穴が空いた様だった。
そしてその穴はあまりに大きかった。
アイツと過ごした日々が自分にとってどれだけ大きなものであったか知るとともに、アイツと闘わなければならないという残酷な現実をようやく実感し始めていた。
私「…………そっか、とうとう決戦ってワケか」
店主「…………」
私「もう1年も前に分かってはいたつもりだったけど……なんつーか、やっぱ本当の意味で俺は分かってなかったのかもな……」
471: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:07:37.10 ID:OZHJJ8vm0
店主「何十回と繰り返されてきた勇者と魔王の闘いがまた始るんじゃな……宿命の闘い、じゃのぅ」
私「宿命の闘い……ねぇ」
店主「…………」
私「…………」
私「…………酒」
店主「ほれ」スッ
私「ん」
店主から差し出されたグラスの酒を一口飲んだ。
私「ッ!?」ゴホッ
二日酔いが一気に醒めるほど苦かった。
……そうか、今思い出した。
今日飲んだ店主特製の薬膳酒、どこかで飲んだことがあると思っていたがこの時酒だと騙されて飲んだあれがそうだったのか。
正直もう二度と飲みたくはないものだ。
472: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:08:13.45 ID:OZHJJ8vm0
それから十日間の日々を私はよく覚えていない。
アイツとの闘いで命を落とすことになるかもしれないと思っていたので知り合いの顔を見て回ったり思い出の場所を巡ったりしていたのだが、誰と会ってもどこへ行ってもふとしたことで私はアイツとの日々を思い出していた。
一日の大半をぼーっとして過ごし、気がつけば次の日だった。
さすがにこれではマズいと思って軽く鍛練したりもした気がする。
そんなこんなで私には案外早く決戦の日がやって来たように感じられた。
473: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:09:36.09 ID:OZHJJ8vm0
そして……私にとって忘れられないあの日、その夜更け。
私は念入りに装備の確認をしてから部屋を出た。
まぁ装備と言っても鎧と一振りの聖剣のみなのでチェックすることもなかった。
私はガサツなので装備のチェックなど普段はしない。
まるで時間稼ぎのように私は装備の確認をしたのだ。
部屋を出てから無駄としか言い様のない自身の愚かしい行動に気付き、一人失笑した。
家を出る前、今生の別れになるかもしれぬと息子の顔を見に寝室へ戻った。
ベビーベッドで眠る息子はなんとも安らかな寝顔をしていた。
妻「勇者?」
声に振り向くと寝間着の妻がベッドから身を起こしていた。
妻には私と魔王の関係を話していたがその日が最後の闘いになることは話していなかった。
私「あ……悪いな、起こしちゃったかな?」
妻「ぅうん、気にしないで。」
私「そっか」
妻「……行くのね?」
その「行くのね?」は全てを悟った言葉に思われた。
私「……あぁ」
私は短くそう返した。
妻もそれで全てを察した様だった。
474: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:10:31.16 ID:OZHJJ8vm0
私「……というか何で分かったんだよ?」
妻「さぁ?」
私「女の勘、ってやつか?」ハハッ
妻「女の勘、ってやつかな」フフッ
妻「まぁ妻に内緒で夫が夜中に闘いの準備をしてたら誰でもわかるよ」
私「それもそうだな」ナハハ
妻「……勇者、わたしには何も言わずに出ていくつもりだったんでしょ?」
私「う……それは……」
妻「いいの、勇者不器用だからどんな顔してなんて言ったらいいか分からなかったんでしょ」
私「…………なんでもお見通しってワケだ」
妻「そうだよ、わたしはあなたの奥さんなんだから」フフッ
475: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:11:46.84 ID:OZHJJ8vm0
妻は起き上がると私へと歩み寄り優しく私を抱きしめた。
私「お前……」
妻「最後かもしれないでしょ?だから少しだけ……ね?」
私「…………」
妻「……つらいね」
妻「魔王さんすごく良い人だもんね……不器用だけど優しくて信念があって……何から何まで勇者そっくり。……勇者と魔王さんが友達になったのは運命だったんじゃないかな、ってわたしは思うな」
私「……だとしたら運命なんてクソくらえだ」
妻「あら?じゃあこうしてわたしに出会えたこともクソくらえ?」
私「いや、それは…………ったく、からかうなよな」フッ
妻「えへへ」
顔は見えなかったが声が震えていたので妻は泣いているのだと分かった。
476: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:12:40.41 ID:OZHJJ8vm0
妻「勇者、今日の闘いはきっとあなたにとって人生で一番つらい闘いになるよね」
私「……そうだな」
妻「魔王さんがすっごく強くて、それでいてあなたにとって魔王さんがとっても大事な友達だってわたしは知ってる」
妻「でも……負けないで」
私「…………」
妻「あなたの奥さんのわたしに言えることはそれだけです」ギュッ
私「…………ありがとう」ギュッ
少しの間私達は何も言わず抱き合っていた。
それだけでお互いの心が通じ合っている様な気がした。
願わくはずっとこうしていたいと思った。
だがそうも言っていられない。
私は妻を抱きしめる手をそっと放した。
477: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:13:46.03 ID:OZHJJ8vm0
私「……そろそろ、行くな」
妻「……うん」
妻も私に応えてそっと離れた。
私「なぁ、最後に1つ聞いてもいいか?」
妻「なに?」
私「……明日の朝飯はなんだ?」
妻「ん〜、卵が悪くなっちゃいそうだからベーコンエッグにしようかな。あとは一晩寝かせた今日のクリームシチュー」
私「お、いいな。やっぱシチューは一晩寝かせてからが本番だよな」
私「よしよし、こりゃ朝飯が楽しみだ」
妻「勇者シチュー大好きだもんね」フフッ
私「じゃあ……行ってくるな」
妻「うん、いってらっしゃい」ニコッ
涙を流しながら微笑む妻に見送られ私は我が家を後にした。
478: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:15:53.49 ID:OZHJJ8vm0
家の前で剣士達と合流したが軽く挨拶を交わしただけで剣士も爺さんも何も話さなかった。
そして爺さんの転移魔法で黒の国の魔王の城へと跳んだ。
魔王が言っていた通り、城の守りはかなり手薄になっていた。
私と剣士が城の人間達を気絶させて回り、意識を失った者には爺さんが強力な睡眠魔法をかけた。
途中で逃げ出した者もいたが私と魔王の闘いに他の者を巻き込まないことが目的だったので放っておいた。
最後に眠らせた城の人間達をまとめて爺さんが遠くに転移魔法で飛ばした。
時計の長針が半周もする頃には全ての舞台が整った。
私「さて……面倒なこと手伝わせちまって悪かったな」
大広間の扉の前で私は剣士に言った。
剣士「いや、気にすんな。俺も殺しはしたくなかったからな」
剣士は世界の真実を知ってからと言うもの黒の国の兵を殺すことに抵抗を感じていたようだ。
それもそうだろう。
同じ人間をその手で殺すのだ、根の優しい剣士にはとても堪えられることではなかったと思う。
事実私とアイツの決着が着いた後に彼は前線を退いている。
それは爺さんも同じことだった。
95代目勇者とパーティを組んだ時に全てを知った爺さんはそれ以降の勇者とパーティを組むことを拒否し続けてきた。
どうしてもと王達に頼み込まれて渋々私のパーティに加わったのだ。
戦争を休みがちだったのは彼もまた同じ人間を殺したくなどなかったからだった。
479: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:16:28.49 ID:OZHJJ8vm0
私「ここからは俺とアイツの闘いだ。お前は早く爺さんとアイツの嫁さんと向こうの山に行ってろ、城の入り口で待ってんだろ?」
剣士「あぁ、そうだな……」
私「…………」
剣士「…………」
私「……なんだよ、早く行けって」
剣士「でもよ……お前はすげーつらいってのに俺はお前に何もしてやれなくて……待ってることしかできなくて……ずっとお前とつるんできたのに……」
私「…………」
480: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:17:16.16 ID:OZHJJ8vm0
私「……ぶっ!」
剣士「?」
私「ぶはははは!なんでお前が泣きそうな顔してんだよ!!」
普段豪快な剣士が弱々しく今にも涙を流しそうな顔をしていたのでなんだか可笑しくなって私は笑ってしまった。
剣士「な……笑うことねぇだろ!?俺はだなぁ!!」
私「はいはい、気持ちだけ受け取っとくよ」クスクス
私「お前は99代目勇者の仲間として、俺が帰ってくるのを信じてただ待っててくれりゃいいんだよ」
481: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:17:50.12 ID:OZHJJ8vm0
私「帰りを待っててくれる奴がいる。それだけで十分なんだよ」
剣士「勇者……」
私「ほら、分かったらさっさと行けよ。巻き添え食らっても知らねぇぞ?」
剣士「………………わかった」
剣士「勇者」
私「?」
剣士「またな」
私「あぁ、またなっ」
それだけ言うと剣士は去っていった。
482: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:18:36.88 ID:OZHJJ8vm0
扉の前で私は一人になると精神統一を始めた。
この扉の向こうにアイツがいる。
この扉を開いた時から最後の闘いが始まる。
おそらく自分の持つ全てを賭けなければアイツには勝てないだろう。
勇者候補として、勇者として、培ってきた全てを出し切るのが今なのだ。
……そう自分に言い聞かせた。
そして大広間の扉に手をかけた時だ。
一瞬脳裏をアイツの笑った顔がよぎった。
私の右の頬を温かい何かが伝った。
その何かが自分の眼から溢れ出た涙なのだと気付くのには数秒かかった。
483: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:20:15.86 ID:OZHJJ8vm0
私「…………ハハッ、格好悪ぃ。剣士じゃあるまいし何泣いてんだ俺は」
苦笑しながら涙を拭った。
だがまたすぐに次の一滴が頬を流れた。
私「……くっそ、最後の最後にきてこれかよ……ホント格好悪いな……ったく」ハハッ
それから何度も涙を拭った。
何度も。
何度も。
涙が止まるようになるまで私は扉の前にずっと突っ立っていた。
しばらくしてようやく流れ出る涙が止まった。
決戦開始と決めていた時間からはもう随分経っていた。
私(やれやれ……こりゃ最後の最後もアイツにどやされることになりそうだな)ハァ
私「よし、行くか!!」
バァンッ!!
両の扉を勢いよく開けると大広間の奥にはアイツが居た。
悪びれた様子もなく、努めて明るく、いつもの様に私はアイツに声をかけた。
案の定、アイツはいつもの台詞を私に返してきた。
484: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:21:01.10 ID:OZHJJ8vm0
斯くして99代目勇者と99代目魔王の最後の決戦が幕を開けた。
お互い顔を会わせてすぐに感情を抑え切れなくなり、私達は涙を流しながら剣を振るうこととなった。
私の剣がアイツの剣とぶつかる度に、アイツの身を傷つける度に、私はアイツとの思い出を一つ、また一つと鮮明に思い出した。
最初につばぜり合いになった時は薄雲の岩山での闘いを思い出した。
一瞬の隙を突かれて足場を崩された私は崖へと真っ逆さまに落ちていった。
落ちる直前に放った雷撃魔法でアイツの足場も崩してやったのでアイツも崖へと落ちた。
崖下をさ迷い歩いていてアイツと出くわしたので第二ラウンドを始めたのだが私達の闘いの影響で崩れてきた岩に二人とも生き埋めになってその日の勝負はドローという形になった。
連撃雷撃魔法の一つがアイツの右腕をかすった時は白雪の丘で飯を食べた時のことを思い出した。
弁当を忘れた剣士が食料探しをしてくると雪山に入って冬眠中の熊を怒らせて襲いかかられた。
見事に素手で撃退したまでは良かったのだが、その熊の肉を昼飯にするなどと言い始め、火が中まで通る前に食べてしまったものだから腹痛で悶え苦しみだした。
自分の弁当を食べながら私とアイツはそんな剣士を見て馬鹿笑いした。
485: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:21:56.42 ID:OZHJJ8vm0
白雷の魔法剣がアイツの左腕の籠手を破壊した時にはアイツに王妃様を紹介された時のことを思い出した。
普段冷静にスカしているアイツが顔を赤くしながら「私の許嫁だ」と彼女を紹介してきた。
アイツのらしくない顔と態度がおかしくて腹を抱えて笑ってやった。
後日私が結婚前の妻を紹介した時は仕返しと言わんばかりにからかわれたものだ。
アイツの多重炎撃魔法陣と私の多重雷撃魔法陣がぶつかり合った時にはアイツの結婚式のことを思い出した。
国を上げた盛大な結婚式は言うまでもなく私が経験した結婚式の中で最大のものだった。
変装して剣士と爺さんと結婚式に参加した私達は国民に祝福されるアイツと王妃様を式場の隅で温かく見守っていた。
王妃様の投げたブーケは大変な争奪戦を起こし、最終的に何故か私のところに飛んできた。
その2ヶ月後に開かれた私の結婚式には勿論アイツも呼んでやった。
486: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:22:55.73 ID:OZHJJ8vm0
アイツの魔法剣を紙一重でかわし肩の肉を鎧ごと斬った時はアイツが生まれたばかりの娘を私に見せに来た時のことを思い出した。
珠のように可愛らしいその娘を見て世界で一番幸せそうな顔をするアイツを親バカと馬鹿にしたが幸せ絶頂のアイツはてんで気にしなかった。
アイツとその娘を見ながら自分もいつか親になるのだろうなと考えたりもした。
王妃様によく似たその娘の寝顔を見ながらアイツと「俺達の子供達が戦争で争い合うことのない平和な世界を作りたいな」と話したりした。
そうしてアイツとの日々を思い出しながら私は闘った。
確信はないがきっとアイツもそうだったんじゃないかと思っている。
私にとってその闘いは生涯で最も密度の濃い時間だろう。
487: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:24:16.36 ID:OZHJJ8vm0
そして…………決着の時はやってきた。
私達は体中切り傷と打撲だらけで鎧はボロボロ、呼吸は乱れ肩を大きく上下させて肺に空気を取り込んでいた。
もはや魔力もそこを尽き魔法剣はおろか下級魔法陣すら発動させることはできないほどだった。
私達は残された僅かな体力を振り絞り、限界を超えて剣を振っていたのだ。
激しい闘いの影響で城は半壊していたため大広間の屋根は吹き飛び空が見えていた。
夜中に闘い始めた時は星しか見えなかった空は東の方が白み始めていた。
私「うおおぉおぉおおお!!」ゼェゼェ
アイツ「せやぁぁああぁぁああ!!」ハァハァ
キィン!!
ガギィン!!
キキン!!
キーン!!
聖剣と魔剣とがぶつかり合う衝撃に手が耐えきれず剣を落としてしまいそうになった。
完全に気力のみで剣を振っている状態だった。
488: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:25:25.67 ID:OZHJJ8vm0
私は残された全身全霊を込めた最後の一撃を決めにかかった。
私(これで……勝負を決める……!!!!)
私「でりゃぁぁぁあああああ!!!!」ドンッ!!
私は持てる力の全てを使い地を蹴った。
脚の筋肉が悲鳴を上げた。
全身の骨が軋む音がした。
アイツ「もらった!!!!」ビュッ!!
私「ッ!!!!」
アイツの正確無比な突きが私の顔面目掛けて繰り出された。
避けようのない一撃だった。
489: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:26:33.64 ID:OZHJJ8vm0
私(あぁ……こりゃ終わったな)
魔剣が私の眉間から頭の貫き頭蓋を砕き脳と血をを飛散させる光景が見える気がした。
そう思うと走馬灯が頭の中を駆け巡った。
私(おぉ、これが走馬灯ってやつか。ホントに死ぬ間際に見えるもんなんだな)
生まれてから今までに体験した色々なことが一度に幾つも浮かんではすぐに消えていった。
私(色んなことあったなぁ……勇者なんかやったせいで酷い目にあったけどこれはこれでいい人生だったのかもな)
最後に頭の中に浮かんだのは……妻と息子の顔だった。
そして二人の顔が浮かぶと思った。
私(…………生きてぇなぁ)
私(…………まだ死にたくねぇな)
私(まだ……死ぬわけにはいかねぇ……!!!!)ギンッ
490: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:27:37.34 ID:OZHJJ8vm0
私「ぅあああああぁぁぁああぁぁあああ!!!!!!」ミシミシッ
私は無我夢中で無理矢理体の軸をずらした。
アイツ「ッ!?」
私「くっ!!」スパッ
眉間に突き刺さる筈だったアイツの魔剣は、私が身体を捻ったことで私の右の頬からを耳までを切り裂くかたちとなった。
頬と耳に痛みを感じつつ、私も突進の勢いをそのままにアイツの左胸目がけて突きを放った。
491: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:28:44.42 ID:OZHJJ8vm0
カッ
聖剣がアイツの鎧に触れた。
剣を通して手にその固さが伝わった。
ピシッ
鎧が砕け剣がアイツの胸へと触れる。
ドズッ
アイツの胸の筋肉を切っ先が切り裂いた。
ベキン
バキン
アバラ骨を剣が断つ音が聞こえる気がした。
ズプッ
柔らかい何かを聖剣が貫いた。
おそらく心臓だったのだろう。
溢れる血の奔流を剣伝いに感じた。
ボキン
バキン
アバラ骨を断つ音が再び聞こえた。
背中側のアバラ骨だったのだろう。
ピシッ
再び鎧を砕く感覚を味わった。
ズズズズ……!!
勢いは止まることなく聖剣は刃の半ばまで奴の胸を貫いた。
492: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:29:41.38 ID:OZHJJ8vm0
ブファッ!!
胸の傷から鮮血が勢い良く吹き出した。
剣を伝ってきた血が私の両手を真赤に染めた。
その生温かさが例えようもないほどに気持ち悪かった。
アイツ「……ガフッ」ゴポッ
カシャァン……
アイツは血を吐き出すと両手をだらしなく垂らし魔剣を落とした。
私に寄りかかるように倒れこんだ。
私は自分の足で立ちつつなんとか聖剣に突き刺さるアイツの身体を支えた。
アイツ「…………」ボソッ
その時アイツは何か言ったようだったがあまりに小さい声だったので私にはなんと言ったかは聞き取れなかった。
アイツの最後の言葉を知ることは未来永劫ないだろう。
493: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:30:37.17 ID:OZHJJ8vm0
私「くっ……がはっ……はぁ……!!はぁ……!!」ヒュゥ…ヒュゥ…
アイツ「」
私「ぜぇ……!!はぁ……!!」ハァハァ
アイツ「」
私「はぁ……はぁ……」
アイツ「」
私「…………」
アイツ「」
私「…………へ、へへっ、どうした、もう終わりかよ」
アイツ「」
私「最強の、魔王ともあろうもんが、情けねぇな」
アイツ「」
私「どうした?反撃して、こないなら、俺の勝ちって、ことになるぜ?」
アイツ「」
私「…………」
アイツ「」
494: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:31:33.01 ID:OZHJJ8vm0
私「…………なんとか……なんとか言えよ」ポロッ
アイツ「」
私「なんとか言えよバカ野郎!!!!」ポロポロ
アイツ「」
私「ぅ……ぅぁぁぁぁああああ!!」ポロポロ
私「チクショウ……ちくしょうチクショウ!!なんだよこれ!!こんなの……こんなの……!!」ボロボロ
私「くっそぉぉぉおおおぉおぉおおおお!!!!!!」ボロボロ
495: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:32:18.94 ID:OZHJJ8vm0
その時だ。
カアアアァァァァッ!!!!
私「!?」
地面に無惨に転がる魔剣が目映く輝き出した。
神々しいその白い光は次第に強さを増していき、やがて辺り一面を光の海が包み込んだ。
真っ白な光は何故か少し温かく感じられた。
その光は元はアイツの魔力だったのだと思えばその温かさも当たり前だったのかもしれない。
カアアァァァ……
シィン……
ものの数分で魔剣の輝きは収まり、その場はさっきまでの殺伐とした城跡へと戻った。
ドサッ
私は立っていることすら出来ずその場に膝をついた。
人形の様になったアイツは胸に聖剣を刺したまま地面へと倒れた。
アイツの胸から溢れる血が大きな血だまりを作っていった。
私はその血だまりの中で泣き、わめき、叫んだ。
声が渇れ喉が潰れても嗚咽し続けた。
496: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:33:16.27 ID:OZHJJ8vm0
……その後のことはよく覚えていない。
気づいた時には私は城の国で一番大きい病院の病室にいたからだ。
後で知ったことだが魔剣の光に闘いの終焉を知った爺さんが私を迎えに来てくれたのだそうだ。
ベッドの隣では妻が椅子に座って私のベッドに突っ伏して静かに寝息を立てていた。
必死に私の看病をしてくれていたのだろう、そのまま疲れて眠っていたのだった。
ふと気付くと窓の外からは喧しいほどの騒ぎ声が聞こえた。
何事かと思って外を見ると城の前の大通りで祭りか何かをやっているようだった。
妻「ん……」
こんな時期に祭りなどあっただろうかと考えていると妻が目を覚ました。
私「よ、おはよう」
妻「ゆ、勇者!!良かった目が覚めたんだ!!このまま起きなかったらどうしようかと……」ウルッ
私「大袈裟だな……」
妻「だって3日もずっと寝てたんだよ!?それは心配もするよ!!」
私「3日もか……心配かけたな」
妻「うぅん、平気だよ……」グスッ
497: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:34:04.59 ID:OZHJJ8vm0
私「……なぁ、あの祭りって何の祭りだ?」
妻「あぁ、あれはね、勇者が帰ってきたお祝いのお祭りだよ。『99代目勇者、魔王討伐凱旋祭』だって」
私「…………」
妻「……勇者?」
私「……魔王討伐凱旋祭か…………魔王を殺してもこの戦争は終わりはしないってのに……」
妻「…………」
その時の私にはその祭りがひどく下らないもので、魔王討伐に騒ぐ国民達がどうしようもなく滑稽に思われた。
未来には破滅しかないこの世界の絶望の渦の中で、錯覚にすぎない幸せに心踊らせることのなんと虚しいことだろう。
そう考えると私が魔王をこの手にかけたことすらも意味のないことの様にすら思えてきた。
私「何が勇者だ……俺は親友をこの手で殺したただの殺人者だ……」ワナワナ
498: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:35:12.79 ID:OZHJJ8vm0
妻「……それは違うよ、勇者」ギュッ
自責の念にかられ震えていると妻が優しく私の手を握って言った。
妻「世界のことはどうあれ、あなたはこうして今を生きる人達に希望を与えたんだよ」
妻「魔王さんは魔王さんで文字通り命を懸けてこの世界に生きる人達を救ったんだよ」
勇者「でも……俺は魔王を殺したんだ。アイツにだって家族がいたのに……」
妻「じゃああの魔王さんが勇者のこと恨んだりすると思う?」
私「…………」
妻「しないよ、絶対。……って勇者の方がわたしより魔王さんのこと分かってるよね」フフ
妻「胸を張って。……あなたは立派な勇者なんだよ」
私「…………ありがとう」
この人が私の妻で本当に良かったとその時心から思った。
彼女がそう言ってくれなかったら今の私はなかっただろう。
妻「……そうだ、まだ言ってなかったね」
私「?」
妻「おかえりなさい、勇者」ニコ
私「……あぁ、ただいま」
499: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:36:54.35 ID:OZHJJ8vm0
それから私は史上最強の魔王である99代目魔王を討伐した英雄として人々から讃えられることになった。
魔王討伐の後、99代目勇者パーティはと言うと解散という体になった。
戦うべき魔族が同じ人間だと知った時から剣士は戦いに抵抗を感じていたので、アイツとの最後の戦いが終わったらパーティを解散することは以前から私が決めていたことだった。
「すまない」と謝りながら剣士は戦線を退き中立国である緑の国で一人ひっそりと暮らし始めた。
爺さんも同様に戦線復帰以前の隠居生活へと戻った。
私はというと……その後も第一線での戦いに身を投じ続けた。
親友の命を奪った罪を、さらに罪を重ねることであがなおうとした。
私が魔族を殺すことで他の勇者や人間達が魔族を殺す数を少しでも減らそうとしたのだ。
もっともそんなのただの自己満足に過ぎないと自分でも分かってる。
だが残された私に他に何ができようか?
魔王討伐後十年が過ぎた頃からだろうか、長年に亘り前線で戦う私をいつしか人々は『大勇者』と呼ぶようになった。
一人の勇者が勇者でいられる期間は聖剣による肉体的負荷の問題から平均で五年程度なので十年は長い方である。
今日まで十八年余り私が勇者を続けてこれたのは、歴代の勇者の中でも聖剣の加護に長期間耐えうる肉体を私が持っていたこととアイツが神樹へと供給した魔力が並外れて大きかったことだというのは言うまでもないだろう。
そして私は今日まで戦場を駆け続けてきた。
亡き友への贖罪と亡き妻の言葉を胸に……。
500: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:38:25.36 ID:OZHJJ8vm0
――――――――
店主「……また昔のことを思い出しておったようじゃな」
店主に声をかけられ私は現実の世界へと意識を戻された。
私「…………あぁ」
店主「昔を思い出して懐かしむのは歳をとった証拠じゃな」
私「ほっておけ」フンッ
私「……私とお前が初めて会ったのは20年以上も前だぞ?それは歳もとるさ」
私「おかしいのはお前だ。昔と容姿が何一つ変わっていないのはどういうことだ?」
店主「ホッホ、じじいは無駄に長生きなもんじゃからな、秘密の1つや2つあるもんなんじゃよ」ニヤッ
私「そういうものか」フッ
店主「そういうもんじゃ」フォッフォッ
501: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/30(日) 08:39:12.78 ID:OZHJJ8vm0
店主は先程片付けた息子が割ったグラスをぼーっと眺めながら呟いた。
店主「息子さんは……どうするつもりかのぅ?」
私「…………」
店主「友と血で血を争う決闘をするのか、勇者としての役目を全て放棄するのか……」
私「…………実際には二択ではないんだよ」
私「全てから逃げてしまうという選択肢は本当のところ虚像にすぎない……勇者に選ばれた者はいくら悩んでも最終的には魔王と闘う決断をすることになるのさ」
私「…………私がそうであったようにな」
店主「…………」
これから待ち受ける悲劇は息子にとって間違いなく人生最大の悲劇となるだろう。
だが……その悲劇を乗り越えさらに強く生きて欲しいと思ってしまうのはやはり私が親だからだろうか?
そんなことを考えながらグラスの酒を一口飲んだ。
若き日のあの日の出来事の様に苦々しさが口の中いっぱいに広がり私はまたも顔をしかめるのだった。
507: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 01:52:55.48 ID:KhP6hFHj0
【Episode07】
鼻につく血の匂い。
眼前に広がるのは暗闇。
しかしその暗闇は完全な闇ではなく自分の周囲だけ薄明かりに照らされぼんやりと目の前の光景を視認できた。
血の海だ。
そこに倒れる三人の男女はぴくりとも動かない。
死んでいるのだろうか?
一番近くに倒れているどこかで見たことのある大きな黒帽子の少女に声をかけようとした時、背後から声がした。
「さぁ、始めよう」
振り向くと長い黒髪の美しい少女が無機質な瞳でこちらを見ていた。
その手に構えた血の滴る剣の切っ先は真っ直ぐにこちらの心臓に向かっている。
508: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 01:54:00.50 ID:KhP6hFHj0
『やめろ』
黒髪の少女「何を今さら」
『俺はお前と闘いたくなんてない』
黒髪の少女「そうも言っていられないのだ……本当はお前も分かっているのだろう?」
『嫌だ』
黒髪の少女「駄々をこねるな。世界の命運が私達にかかっているのだぞ?」
『こんなの絶対おかしい』
黒髪の少女「あぁ、おかしい、狂っている。だが私達は運命に対しあまりに無力だ」
『…………』
何も言えない。
それは彼女の言うように本当は自分自身頭では分かっているからだ。
黒髪の少女「私もお前と闘いたくなどはないさ……だがこれが運命ならば受け入れるしかあるまい」
『でも……それでも俺は……』
黒髪の少女「やれやれ……まるで話しにならない」チャキッ
そう言って彼女は構え直した。
『ま、待て』
黒髪の少女「来ないのならこちらから行くぞ」ドンッ!!
少女は剣を振りかぶり襲いかかって来る。
509: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 01:54:52.24 ID:KhP6hFHj0
『来るな!!』ブンッ
わめき声を上げ腕を振った。
何故か自分の手には剣が握られていた。
ドッ……
肉を断つ不気味な感触の後に少女の首が宙を舞った。
彼女の首からとめどなく噴き出す鮮血が身体中を濡らした。
頬を伝う生暖かい返り血を撫でる。
地に転がる彼女の顔は瞳を潤ませてこちらを見て呟く。
黒髪の少女「勇者…………」
夢だ。
ありえない。
こんなの夢だ。
俺がアイツを?
夢だ。
夢だ。
夢だ夢だ夢だ。
夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ。
夢だ夢だゆゆだ夢だ夢夢ゆだだゆめめユメユメ夢夢だだだだユゆメユだダ夢ユメゆめだ夢だメダめダユ夢。
『うああああああぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁああぁあ!!!!!!』
510: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 01:56:04.85 ID:KhP6hFHj0
――――白の国・王都・とある宿屋
勇者「かはっ!!」ガバッ
勇者はベッドから跳ね起きると溺れかけた人間の様に思いきり空気を吸った。
乱れる呼吸を落ち着かせながら辺りを見回し現状を理解する。
勇者「……なんだよ夢オチか……」ハァハァ
質素なベッドから起き上がると勇者は部屋に備え付けられた小さな洗面台で顔を洗った。
パシャッ……
勇者「…………」
鏡に映る自分の顔はひどくやつれていた。
勇者(……最近まともに寝れてないし当たり前と言えば当たり前、か……)
父に世界の真実を聞いてから勇者は下町の安宿に滞在していた。
あの後、勇者は父から聞いた話を包み隠すことなく仲間達に話した。
仲間達の反応は概ね勇者の予想通りであった。
武闘家は何も言わず、
魔法使いは唇を噛み、
僧侶は涙を瞳に浮かべていた。
その日は勇者も仲間達も何も話し合うことなどできそうになく、解散というかたちになった。
それから三日。
各々一人になって考える時間が必要だろうと合うことはおろか連絡すらとっていない。
511: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 01:56:53.92 ID:KhP6hFHj0
勇者(……みんなどうしてるかな……)
カーテンを開け朝日に目を細めながらそう考えているとドアをノックする音が聞こえてきた。
コンコンッ
勇者「はい」
宿屋の妻「おはよう。……大丈夫かい?なんだかうなされてたみたいだけ……」
勇者「あぁ、大丈夫だよ。ちょっと悪い夢を見てさ」
宿屋の妻「そう……朝ごはん、ここに置いとくからね?」コトッ
勇者「はいはーい」
ドア越しの彼女の足音が聞こえなくなってから勇者はドアをそっと開いた。
ドア横の小さな棚には盆に乗った朝食が置かれている。
メニューは焼きたてのパンとマーガリン、サラダにスープだ。
盆を部屋のテーブルに移すと椅子にもたれかかりながらパンを一口かじった。
近所のパン屋が朝一で焼いたそのパンは芳ばしくも柔らかく地元では人気のパンだ。
しかし今の勇者には何の味も感じられないただの小麦粉の固まりにしか感じられなかった。
一口かじっただけのパンを盆に戻すと今度はスープをすすった。
こちらも味がしない。
三日前から何を食べても美味いと感じることはできなかった。
食欲もてんで沸かない。
512: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 01:57:35.93 ID:KhP6hFHj0
部屋で魔王との闘いについて考えてはいつの間にか日が沈んでいて夜になり寝て悪夢にうなされ次の日の朝になる。
三日間ただそれだけを繰り返していた。
しかし魔王の言っていた緑の国への侵攻作戦までもう日がない。
勇者「…………もう決断しなきゃな」
ポケットの中にある魔王の城へと跳べる魔法具を握ると勇者は一人つぶやいた。
そして仲間達のことを考えた。
今皆は何を考え、何をして過ごしているのだろうか?
急に会いたくて仕方がなくなった。
魔法使いに会えば自然に笑える気がした。
武闘家に会えば折れかけた心を支えてもらえる気がした。
僧侶に会えば荒みきった心が励まされる気がした。
勇者「…………よし、みんなに会ってくるかな」
決意すると部屋を出て階段を降りる。
513: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 01:58:39.91 ID:KhP6hFHj0
宿のカウンターでは亭主がパイプ片手に新聞を広げていた。
宿屋の亭主「おぅ、おはよう」
勇者「おはよう」
宿屋の亭主「朝っぱらからお出掛けかい?」
勇者「うん」
宿屋の亭主「ははーん、さては女だな?」ニヤニヤ
勇者「馬鹿、違うよ。武闘家達に会ってくるだけ」ハァ
宿屋の亭主「なんでぇつまんねぇなぁ。昼飯はどうする?」
勇者「んー、どっかで食ってくるよ」
宿屋の亭主「あいよ、じゃあ晩飯は作って待ってるぜ。気をつけて行ってきな」
勇者「あーい」ヒラヒラ
後ろ手に手を振りながら勇者は宿屋を後にした。
514: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 01:59:35.77 ID:KhP6hFHj0
宿屋の亭主「ふぅむ……どうしたもんかね」
新聞を畳んで心配そうな顔で亭主は勇者の背中を見ている。
そこに勇者の朝食を片付ける妻がやってきた。
宿屋の妻「勇者、元気ないわね」
宿屋の亭主「まったくだ。旅立つ前とはまるで別人だな、ありゃ」
宿屋の亭主「飯は?」
宿屋の妻「うぅん。ちょっと口をつけた程度だよ。勇者の好きな卵スープにしたんだけどねぇ」
宿屋の亭主「……今のアイツを見てるとアイツの親父のことを思い出すね」
宿屋の妻「大勇者さんのことかい?」
宿屋の亭主「あぁ。アイツとは昔のダチなんだがアイツも一時期あんな風にまるで生気のねぇ顔してたっけなぁ」
宿屋の妻「へぇ、あの大勇者さんがね」
宿屋の亭主「……たしか先代の魔王との決戦の少し前だったかな……」
宿屋の妻「!!…………じゃあ……」
宿屋の亭主「さぁね、単なる偶然かもしれねぇ。好きな女にフラれたとかよ」ハハッ
宿屋の妻「…………」
宿屋の亭主「ま、俺達がアイツにしてやれることはいつもと変わらずもてなしてやることぐらいだ。晩飯はまたアイツの好きなもん作って待っててやろうぜ」
宿屋の妻「……えぇ、そうだね」
515: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:01:37.92 ID:KhP6hFHj0
――――王都・東の住宅街
住宅街にある比較的大きな家の前に勇者はいた。
その大きさであっても家賃が安いのは家が建つ前は墓場だったからだとか前の家主が自殺したからだとか魔法使いに聞いたことがある。
一般人なら願い下げのその物件に住めるのは変わり者くらいだろう。
勇者「さて……」スッ
ドアのベルに手を掛けると勇者はベルを叩き鳴らした。
リンリン!!リリリリリン!!
普通一、二回鳴らせば事は済むところを七回も鳴らしたのには勿論理由がある。
五回以上鳴らさないと返事が来ないからだ。
やがて面倒臭そうな女性の声が聞こえてきた。
「は〜い、鍵開いてるから勝手に入って〜」
勇者「お邪魔します」
ガチャッ
勇者「う……相変わらず散らかってるな……」
ゴミの散乱する廊下を足の踏み場を見つけながら奥へと進む。
リビングへ入ると女性がテーブルで何やら原稿用紙を広げて悩んでいるところだった。
516: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:02:34.93 ID:KhP6hFHj0
勇者「ども」
魔法使いの母「お!勇者君じゃん!久しぶり〜」
勇者「相変わらず元気そうっすね」
魔法使いの母「まーね〜、元気すぎて困ることはないからね」アッハッハ
煙草をくわえながら朗らかに笑うこの女性こそ魔法使いの母親である。
『自由奔放』『明朗快活』『破天荒』……魔法使いを表す言葉は大抵母親にも当てはまる。
勇者はよく父親に似ていると言われるが、魔法使いとその母ほど似ている親子は見たことがなかった。
魔法使いの母「悪いね〜、散らかってて、まぁ適当に座ってよ」
ゴミの散乱するソファーをタバコで指すと彼女は再び原稿用紙へと眼を移した。
ボサボサの栗色の髪に赤縁眼鏡、ラフな格好で物の散らかった部屋に座るこの人が良家の出身だとは勇者は未だに信じられない。
勇者「今は何の仕事してるんすか?」
魔法使いの母「さて、なんだと思う?」フフッ
517: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:03:42.11 ID:KhP6hFHj0
勇者「画家の仕事を続けてるワケじゃないのは分かりますがね」
魔法使いの母「あー、画家はやめたよ。なんかご大層な賞とってからどんな適当な絵描いてもベタ褒めされるようになってさー」
魔法使いの母「真っ白いキャンパスに赤と黄色の点と青い線があるだけの絵が『前衛的だ!!』だってさ、笑っちゃうよねぇ〜」ヤレヤレ
勇者「はぁ……」
魔法使いの母「今はね、小説家やってんの」
魔法使いの母「『いつか神樹の下で』って言う恋愛小説、知ってる?」
勇者「いや、俺小説とか全然読まないんで」
魔法使いの母「あれ?そっかー、白の国じゃ結構売れてるんだけどな〜」
勇者「へぇ〜……」
魔法使いの母「『戦争によって引き裂かれた2人の愛し合う男女、運命に翻弄され離ればなれになった2人は果たしてまた会うことはできるのか……!?』って言う触れ込みでね、思いがけず大ヒットさ」
魔法使いの母「今はその下巻を執筆中でね、3ヶ月後に発行予定なもんだから原稿の進み具合考えると今から結構ヤバいんだよね〜」
518: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:05:19.80 ID:KhP6hFHj0
魔法使いの母「……おっと」
タバコが根元近くまで燃え尽きていたので彼女は慌ててタバコの亡骸達が山をつくる灰皿へとくわえいたタバコを投げ捨てた。
テーブルの上に置いてあった箱から新しいタバコを取り出してくわえると人差し指の先に極小の炎撃魔法陣を展開して火をつけた。
魔法使いの母「さて……」フゥ〜…
魔法使いの母「用があるのに話に付き合ってもらっちゃって悪かったね」
勇者「いや……っつーか俺はただ話聞いてただけですし」
魔法使いの母「それもそっか」アハハ
勇者「その……魔法使いは元気ですか?」
魔法使いの母「……いや、それがサッパリさ」
魔法使いの母「ちょっと前に帰ってきてからってものあの子てんで元気がなくってさ、一日中部屋にこもりっぱなし」
勇者「…………」
魔法使いの母「食欲も全然ないのよねぇ」
勇者(……魔法使いもか……)
魔法使いの母「いつもならおかわり5回はするのに3回しかしないんだもん」ハァ
勇者(…………とりあえず飯は食えてるみたいだな、うん)
519: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:06:17.87 ID:KhP6hFHj0
魔法使いの母「『何かあったの?』って聞いても教えてくれなくってね……勇者君何か知ってる?」
勇者「………………」
魔法使いの母「……フフッ」
勇者が魔法使いの母の質問に答えられずに黙っていると彼女は静かに笑った。
勇者「?」
魔法使いの母「あの子とおんなじ顔してる、何か知ってるんだね」
勇者「……はい」
魔法使いの母「やっばり勇者君も言えない?」
勇者「…………」
魔法使いの母「言えないようなことなら私は無理には聞かない……でもこれだけは聞かせてくれない?」
魔法使いの母「あの子が塞ぎ込んでる理由はあの子が誰かに酷いことされたりしたからなの?」
魔法使いの母「もしそうだとしたら……私はそいつを許さないよ。あの子を悲しませる奴は貴族だろうが魔族だろうが魔王だろうが泣くまでひっぱたいて土下座させてやる」
普段のふざけた雰囲気からは想像もつかない真面目な顔で彼女は勇者を見つめてきた。
射る様なその眼差しは彼女が娘のことを心から愛していることの表れなのだろう。
勇者は何故か魔法使いのことを少しだけ羨ましく思った。
520: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:07:33.27 ID:KhP6hFHj0
勇者「おっかないなぁ、そういうんじゃないから安心していいですよ」
魔法使いの母「……そっか、ならこれ以上詮索するのは止めとくよ」
勇者の言葉を聞くと彼女はまたいつものおちゃらけた感じに戻ってタバコをふかした。
魔法使いの母「きっとあの子が自分で乗り越えなきゃならない問題なんだね」フゥ〜…
勇者「そう……っすね、俺も武闘家も僧侶も……みんなが乗り越えなきゃならない問題ですね……」
魔法使いの母「あの子に会いに来てくれたんだろ?部屋にいるから顔見せてやってよ」
勇者はリビングを後にし魔法使いの部屋へと向かった。
魔法使いの家は仲間達でよく集まっていたので構造を熟知している。
綺麗好きの僧侶に手伝わされて部屋の片付けもしたのでどの棚にどの食器が入っているかも覚えているほどだ。
コンコンッ
魔法使い「開いてるよ」
ドアをノックすると魔法使いの声が聞こえてきた。
たかだか三日ぶりの筈なのにすごく懐かしい気がした。
521: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:09:01.67 ID:KhP6hFHj0
勇者「俺だ、入るぞ」ガチャッ
久しぶりに入った魔法使いの部屋は旅立つ前に掃除した時と何一つ変わっていなかった。
ピンクのカーテンやテーブルクロスなどいかにも女の子らしい部屋だ。
ベッドにパジャマ姿でブタのぬいぐるみを抱き抱えて腰かける少女の猫の耳はペタンと垂れていた。
ここまで元気のない魔法使いは勇者も見たことがない。
魔法使い「あれ?勇者?……そっか、さっきのお客さん勇者だったんだ」
勇者「あぁ」
勇者「その……どうだ?元気か?」
魔法使い「まぁまぁ。勇者よりは元気かな」
勇者「今の俺より元気がないのは死人ぐらいだよ」
魔法使い「……そうだね」
勇者「ここは笑うとこだぞ?」
魔法使い「笑わせたいならそれなりに面白いこと言いなよ」
勇者「チッ、俺の冗談は笑えないってか?」
魔法使い「そう聞こえなかったんなら耳鼻科に行った方がいいかな」
勇者「ハハハ、面白れー」
魔法使い「でしょ?冗談ってのはこう言うんだよ」
勇者「今の笑い声が本気で笑ってるように聞こえたならお前も耳鼻科に行くべきだな」
魔法使い「今の冗談で本気で笑えないなら勇者は精神科に行くべきかな」
522: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:10:02.56 ID:KhP6hFHj0
勇者「……ったく、そんだけ軽口叩けるなら大丈夫そうだな」ハハッ
魔法使い「うん、まぁね」エヘヘ
勇者はそっとベッドの端に腰を降ろした。
勇者(…………やっぱり仲間っていいもんだな)
ふとそんなことを考えた。
魔法使いとこうして下らない会話をしただけなのに随分と気持ちが楽になった。
てっきり会話に困ってギクシャクしてしまうと思って会わずにいたがこんなことならもっと早く会っておけば良かった。
魔法使いも同じようなことを考えていたようで猫耳が少しだけ起き上がっていた。
魔法使い「ねぇ、勇者?」
勇者「ん?」
魔法使い「勇者はやっぱり魔王と闘うんだよね?」
勇者「…………いきなり核心突いた質問してくるな」
魔法使い「まどろっこしいのは好きじゃないからね」ニャハ
魔法使い「まぁ……あたしが質問しといてなんだけど言わなくても分かるよ。魔王と闘いたくなんてないよね……」
勇者「…………」
勇者「…………そうだな、闘いたくなんてないよ。でも考えれば考えるほど『闘うしかない』って答えしか見つからないんだ……」
魔法使い「…………」
523: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:10:55.28 ID:KhP6hFHj0
勇者「……なぁ、お前ならどうする?」
魔法使い「ん?」
勇者「お前がもし俺の立場で魔王と闘わなくちゃならないってなったら……魔法使いならどうする?」
自分で考えても同じ結論しか出ないのなら別の誰かの考えも聞いてみようと思ってそう質問した。
もしかしたら他の選択肢が見つかるかもしれない。
砂粒のような期待を込めて魔法使いの考えを聞いてみた。
魔法使い「あたし?あたしは…………」
魔法使い「ん〜〜…………」
いきなりそんなことを聞かれてウンウン唸りながら答えを考えていた魔法使いだが、しばらくしてようやく質問に答えた。
魔法使い「あたしはね、やっぱり魔王と闘うのは嫌」
魔法使い「だから……」
勇者「だから?」
524: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:12:06.38 ID:KhP6hFHj0
魔法使い「いっそ神樹を壊しちゃおうかな」
勇者「…………はぁ?」
あまりに突拍子もない答えが返ってきたので勇者は唖然としてしまった。
あまりに間抜けな声が出て自分でも驚いたほどだ。
魔法使い「神樹に世界が壊されちゃうならいっそ神樹をドカーンと……」
勇者「お前この前の俺の話聞いてた? それやったら俺らがドカーンといっちまうの」
魔法使い「そうだけどさー、たかが植物にあたし達の世界が支配されてるってのもなんか嫌じゃん?」
魔法使い「だったら神樹をドカーンとやっちゃってあたし達もドカーンと潔く散るってゆーのもアリだと思わない?」
勇者「……ったく、相変わらずお前は無茶苦茶なことしか考えないのな。お前に助言を求めた俺がバカだったよ」ハァ…
魔法使い「えー、絶対その方がすっきりするよ」ブー
勇者「はいはい」
まるで相手にならないと膨れる魔法使いを勇者は軽くあしらった。
525: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:12:59.24 ID:KhP6hFHj0
勇者「…………ま、でも」
魔法使い「?」
勇者「お前とこうして下らない話ができて良かったよ、なんか久しぶりに笑った気がする」ハハッ
魔法使い「……うん、あたしも」ニャハ
勇者「さてと……じゃあ俺はそろそろ行くな」
魔法使い「わかった。…………あ、勇者」
立ち上がり部屋を出ようとする勇者を魔法使いが引き止める。
勇者「あん?」
魔法使い「これだけは覚えておいてね」
魔法使い「勇者がどんな選択をして何をするにしても、いつだってあたしは勇者の味方だから」
魔法使い「勇者は一人じゃないってこと、忘れないでね」
勇者「…………あぁ、ありがとう。魔法使い」
勇者「それじゃ、また」
魔法使い「うん」ニコ
526: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:14:10.36 ID:KhP6hFHj0
――――王都・中心街・魔法研究局
局長「いやー、散らかっていてすまないね。来るなら来るって前もって言ってくれれば良かったのに」
勇者「いえ、お構い無く。どっかの誰かの家と比べたら百倍綺麗ですから」
王都の中心街にある魔法研究局。
幾つもの施設が建つ無駄に広いその敷地内は研究局の局長とその家族のみが住むことを許された局長館という豪華な屋敷がある。
勇者が今居る屋敷がそれだ。
勇者は魔法研究局の現局長と以前から知り合いである。
その理由は二つ。
一つは局長が大勇者の学生時代の友人であり予てから交流があったこと。
もう一つは彼が武闘家の父親だからだ。
身なりの整った眼鏡のよく似合う長身の彼は大勇者と同い歳だというのに随分若く見える。
局長「はい、お待たせ。紅茶は嫌いじゃないよね?」
勇者「あ、ども。いただきます」
527: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:14:58.07 ID:KhP6hFHj0
局長「なんだか勇者君が家に来るのが久しぶりにな気がするよ」
勇者「実際3ヶ月ぶりですから……」
局長「確かにそうだけど昔は大勇者に連れられてよく遊びに来ていたじゃないか」
局長「大きくなってからはあんまり来なくなったからそんな風に感じてしまうんだよ」
勇者「そう言われるとそうかもしれないなぁ……」
差し出された紅茶を飲まないのも悪いと思い、一応一口だけ飲んだ。
勇者(…………あれ?)
温かさと共にほのかな甘みが口の中に広がった。
自分でも不思議だった。
今朝の今朝まで何を食べても何を飲んでも味がさっぱりしなかったのにこの紅茶は素直に美味しいと思えた。
勇者(…………きっとさっき魔法使いに会ったからだな…………)
そう思いながら紅茶の味を確かめるように二口目を飲んだ。
528: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:16:19.15 ID:KhP6hFHj0
局長「さて……武闘家君から話は聞いたよ、君達も世界の真実を知ったそうだね」
勇者「……はい」
勇者「あの……やっぱり局長さんは知ってたんですね」
局長「あぁ、僕ら魔法研究局の研究・調査の対象には神樹も含まれているからね」
局長「もっとも戦争と神樹の真実について知っているのは代々の局長だけで他の局員はデータの採取ぐらいしかしてないけれどね」
勇者「もしかして親父がよくここに来てたのって……」
局長「君の考えている通りだよ。彼は僕に神樹をどうにか改善する術はないものか、って相談に来ていたんだ」
局長「だけど僕の知識じゃどうにもできなかった。人間と魔族の戦争が始まってから何百年もの間、その答えは見つからないままなのさ」
勇者「…………」
局長「結局君と100代目魔王にこの世界を託すしかない……情けない話だよ」
勇者「いや、そんな、謝らないで下さい」
勇者「きっと俺が勇者になったのも今の魔王が100代目魔王になったのも……運命だったんですよ」
局長「…………」
529: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:17:23.83 ID:KhP6hFHj0
勇者はゆっくりとカップの紅茶を飲み干した。
口の中に広がる独特の甘さが心地好い。
局長「……あ、そうだ」
勇者「?」
局長「武闘家君に会いに来たんだろ?これ、軽い食事とコーヒー。ついでに持って行ってあげてくれないかな」
局長が勇者に渡した盆には薫り立つコーヒーと瑞々しい野菜の挟まったサンドウィッチが乗っている。
勇者「……やっぱり武闘家も食欲ないんですか?」
心配してそう尋ねたが局長は微笑んで答えた。
局長「いや、食欲は多分いつもと同じくらいあると思うよ。ただ食事をとるのを忘れているだけさ」フフッ
武闘家は自室ではなく第八書庫にいると聞き勇者は客間を出たがすぐに屋敷の中で迷子になった。
武闘家の家へは何度も来ているがよく考えたら書庫へなど行ったことはないし、書庫が最低でも八部屋あるということすら今の今まで知らなかった。
迷いながらもどうにか目当ての書庫へたどり着くと扉を開けた。
勇者「武とう…………」
武闘家の名を呼ぼうとしたが視界に彼を捉えると口をつぐんだ。
勇者「……なるほどな」
530: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:18:27.32 ID:KhP6hFHj0
書庫に入ると局長が『食事をとるのを忘れている』と言った理由がすぐにわかった。
無造作に積み上げられた本の山に囲まれ武闘家は椅子の背もたれに体を預けて静かに寝息を立てていた。
開いた本を顔の上に乗せアイマスクの代わりにしている。
勇者(……起こしちゃ悪いな、とりあえず飯だけ置いとくとするか)
ガッ
勇者「あ……」
バサバサドサドサッ
物音を立てないように武闘家の机に近づいていった勇者だったが床に積んである本に足がぶつかり倒してしまった。
武闘家「ん…………ふぁ〜〜」
本の崩れた音に気づいて武闘家が目を覚ました。
武闘家「……おや?勇者じゃないですか」
勇者「おう、お邪魔してるぜ。起こしちゃって悪かったな」
武闘家「いえ、構いませんよ。どうせ仮眠のつもりでしたから」
勇者「これ、局長さんから」コトッ
武闘家「あぁ、わざわざありがとうございます。そう言えば昨日の昼から何も食べてませんでした」
サンドウィッチを頬張りながら武闘家はさっきまで顔に乗せていた本を読み始めた。
ページの古めかしく黄ばんでいる様が本に刻まれた歴史を物語っている。
531: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:19:28.29 ID:KhP6hFHj0
勇者「……お前すごいクマだぞ? 寝てないんじゃないか?」
武闘家「勇者も人のこと言えませんけどね」
勇者「う、そりゃそうだけど……」
武闘家「大丈夫ですよ、適度に仮眠をとってますから」
勇者「そんなに一生懸命一体何を調べてんだよ」
武闘家「……やれやれ、せっかく人が寝る間も惜しんで古書とにらめっこしてるというのにそれはないでしょう」
勇者「む……なんだよ」
武闘家「神樹について、ですよ」
勇者「……神樹について……?」
武闘家「えぇ……どうにか勇者と魔王さんが闘わなくて済む方法はないかと思いましてね」
武闘家「何百年も前から魔法学者達が探していた打開策をほんの数日で見つけられるとは到底思えませんが……それでも僕が勇者のためにできることなんてこれくらいですから」
勇者「武闘家……」
武闘家「事情を話したら父が魔法研究局局長だけが閲覧できる神樹関係の極秘資料の閲覧を許してくれましてね、今それに目を通している最中です」
532: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:21:29.85 ID:KhP6hFHj0
武闘家「とりあえず神樹の魔法学的特徴と魔力供給のための魔法方程式の基礎理論は一日で叩き込みました。……話だけでも聞きますか?」
勇者「……いや、いいや。気持ちは嬉しいけど難しい話はよくわかんねぇし」
武闘家「まぁまぁ、そう言わずに。現状のおさらいだけで難しい話はしませんし、僕の頭の中の整理にもなりますし」
勇者はまだ何か言おうとしていたが武闘家はそれを無視するように話始めた。
勇者も観念して話を聞くことにした。
武闘家「えーっとですね。まず神樹を消滅させるか延命させるかという問題が最初の二択なんですがこれは実質延命の一択です」
勇者「神樹に攻撃加えると生命の危険を感じて周りの環境から魔力を吸収しちまうからだろ?」
武闘家「はい、もしそうなったら大地と大気、そして周囲の動植物は魔力を強制的に吸収され神樹を中心に死の大地が形成されることになります」
勇者「ちょっと思ったんだけどさ、神樹を一本ずつ破壊して回るってのはどうだ?」
勇者「例えば白の神樹を破壊する時は白の国の人達をみんな避難させてさ、白の神樹の破壊が終わったらそこに戻って……おんなじことを全部の国でやれば神樹は全部消滅させられるだろ」
武闘家「ん〜……それができない理由は2つですかね」
武闘家は手にしていたコーヒーカップを置き二本の指を立てる。
533: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:22:26.15 ID:KhP6hFHj0
武闘家「1つ目は神樹消滅後の世界のことです。あらゆる魔力を失った環境は不毛の地へと変わり果てます」
武闘家「人間と魔族の戦いが始まってから何百年も経っているというのに金の国跡の大砂漠は草木の生えることのない熱砂地獄のままです」
武闘家「1本の神樹の消滅に伴う環境の変化範囲を考えると現存する10本の神樹を全て消滅させた場合、最低でもこの大陸の97%が緑のない荒廃した土地に成り果てることになりますね」
勇者「そうなったら世界崩壊と同じってか」
武闘家「えぇ」
武闘家「そしてもう1つの理由ですが……こっちが本命の理由ですね」
武闘家「実は神樹は1本でも生命力が尽きた時点で世界崩壊がおきるんです」
勇者「……どういうことだ?」
世界の真実を全て知ったとばかり思っていた勇者はここにきて新事実を告げられ動揺した。
ここでさらに悪い知らせがあると言うのだろうか?
534: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:23:31.35 ID:KhP6hFHj0
武闘家「神樹の根はこの大陸全土、その隅々まで広がっています。今から200年ほど前の調査で分かったことなんですが各々の神樹の根が絡み合い、結びついて巨大な1つの植物へと変貌しているみたいなんです」
勇者「……元は10本のバラバラだった神樹が今は1つに合体したってことか?」
武闘家「大分ざっくり言うとそういうことですね」
武闘家「ですから1本の神樹が破壊されただけで神樹全体にその影響が広がり連鎖的に魔力吸収が起こり……」
勇者「世界は終わる……か」
武闘家「……はい。まぁ神樹が結び付いて1つになったことでプラスになった面もありますよ、神樹の生命力が共有されるようになったことで供給しなければならない魔力量がかなり減ったりとか……」
勇者「どのみち神樹延命のための新しい方法を探すしかないってことか」
事態をこれ以上悪化させる内容ではなかった、それだけで勇者は少し安堵した。
もっとも絶望的な現状になんら変わりはないのだが。
535: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:24:58.19 ID:KhP6hFHj0
勇者「……んで、なんかいい考えはあんのか?」
武闘家「それが見つからないから困ってるところじゃないですか」
武闘家「悔しいですけど……今のシステムは最低限の犠牲で最も効率良く神樹に魔力を供給できる理想的なシステムですね」
武闘家「これ以外の方法を何パターンか考えてみましたけど……効率の悪さや犠牲の多さがどうしても問題になってしまいますから」
勇者「局長さんも言ってたけど何百年と見つかってない答えだもんな……」
武闘家「…………」
勇者「……俺より遥かに頭いいお前が考えてもわからないんだ、俺にはお手上げだよ」
勇者は肩をすくめてため息をついた。
そんな勇者を見て武闘家は言う。
武闘家「……いえ、そうでもないですよ」
勇者「?」
武闘家「難解な問題と言うものは、たった1つの閃きで簡単に解けてしまうものなんです」
武闘家「勇者はたしかに勉強はまるでできませんがそういう閃きができる柔軟な発想を持っている人ですからね」
武闘家「だからもしかしたら勇者ならこの世界の因果を断ち切る答えを閃いてくれるかもしれない……そう思って話をしてみたんですよ」
勇者「買いかぶりすぎじゃね?」ハハッ
武闘家「そうかもしれませんね」フフッ
536: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:25:45.29 ID:KhP6hFHj0
武闘家「さて……僕は引き続き神樹への新しい魔力供給法を考えてみるとしますよ」
そう言って武闘家は机に積まれた新しい本に手を伸ばした。
勇者が来たときに読むのを再開した本は未読のページが半分近く残っていたのにどうやらこの短時間で読み終えてしまったらしい。
武闘家「次は魔法使いさんか僧侶さんに会いに行くんですか?」
勇者「うん、魔法使いにはさっき会ってきたから最後に僧侶だな」
武闘家「…………僧侶さんかなり精神的に参っているでしょうから心配ですね……」
勇者「…………あぁ」
勇者「……ま、行ってみるよ。邪魔して悪かったな」
武闘家「いえいえ、お気になさらず」
勇者「じゃ」
537: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:26:42.40 ID:KhP6hFHj0
書庫を立ち去ろうとする勇者に武闘家が声をかける。
武闘家「……勇者、分かってると思いますが魔王さんの言っていた緑の国への侵攻の日までもう日がありません」
勇者「…………」
武闘家「こうして2人が闘わずに済む道を探してはいますがあと2、3日でその答えが見つかるのは神様がこっそり答えを教えてくれでもしない限り無理でしょう」
武闘家「ですから……」
勇者「……わかってる、覚悟はしてるつもりだ」
武闘家「なら……いいです。引き止めてすみませんでした」
武闘家「……でも勇者」
勇者「ん?なんだ?」
武闘家「あなたがどんな選択をして何をするにしても、僕は常に勇者の味方です」
武闘家「あなたは一人じゃないってこと、決して忘れないで下さいね」
勇者「………………」
武闘家にそう言われてきょとんとしていた勇者だが少しして笑いだした。
武闘家「? どうかしましたか?」
勇者「…………いや、なんでもない」ククッ
武闘家「気になるじゃないですか」
勇者「なんでもないったらなんでもないのさ」
勇者「ただ……俺は良い仲間に恵まれたって話さ」ニッ
538: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:27:43.53 ID:KhP6hFHj0
――――王都・西の住宅街
王都の大通りの西側にある住宅街の外れに位置する庭付きの小さな一戸建ての家。
その家は決して豪華とも立派とも言えないながらも一つの家族の幸せが詰まった、平凡な、それでいて理想的な家だ。
リビングの椅子に座る勇者はエプロンを巻いてキッチンに立つ僧侶の後ろ姿を見つめていた。
その姿がどうにもよく似合っている。
きっと将来は良いお嫁さんになるだろう、なんて考えていた。
勇者「ごめんな、急に来ちゃって」
僧侶「うぅん、気にしないで。ただたいしたおもてなしできないけど……」
勇者「別にいいってそんなの」
僧侶「良くないよ、せっかくのお客様なんだし。…………はい、お待たせしました」コトッ
勇者「ん、ありがとう」
テーブルの勇者に前に菓子と淹れたてのお茶とを差し出すと、僧侶は自分の席にもお茶のカップを置いてエプロンを脱ぎ椅子に腰を降ろした。
539: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:28:40.70 ID:KhP6hFHj0
勇者「今日は一人なのか?」
家の中を見渡しながら勇者が訊ねた。
何度か来たことのある僧侶の家は他に誰かがいるにしては静かすぎた。
僧侶「私と妹ちゃんがいるだけだよ。妹ちゃんは今寝ててお父さんとお母さんは仕事で夜まで帰ってこないし弟君はまだ学校」
勇者「そっか学校があるよな。弟元気か?」
僧侶「うん。あ、でもちょっと落ち込んでるかも」
勇者「なんで?」
僧侶「ほら、旅立ちの前に私が弟君にサボテンの世話を頼んでたでしょ? そのサボテンを枯らしちゃって」
勇者「へぇ〜、なんか意外だな、真面目に世話してそうなイメージだったのに」
僧侶「うん、ちゃんと世話してくれてたみたいなんだけどはりきって毎日たくさん水をあげてくれたから根腐れしちゃったみたいなの」
勇者「なるほど」
僧侶「水をあげないと枯れちゃうけど水のあげすぎでも枯れちゃうから難しいね」フフッ
僧侶は小さく笑うと先ほど自分で淹れたお茶を一口飲んで喉を潤す。
笑顔を見せた僧侶を見て勇者は少しだけ安心した。
540: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:29:29.17 ID:KhP6hFHj0
勇者「……思ったより元気そうで良かったよ」
僧侶「私のこと心配で来てくれたんだ、ありがとう」
勇者「俺に他人の心配する余裕なんかあるのか、って話だけどな」
僧侶「でもこうして来てくれたんだもん、勇者君はやっぱり優しいね」ニコッ
カップを戻すと僧侶は窓の外へと視線を移した。
庭の緑を見ながら話始める。
僧侶「私ね……勇者君から世界の真実って言うのを聞かされた時、悲しくて哀しくてしかたなかった」
僧侶「私達と魔王ちゃんのこと……人間と魔族のこと……今までの犠牲になった勇者と魔王と数えきれないたくさんの人達のこと……考えると悲しくてすぐに涙が出てきちゃったの」
僧侶「何も知らずに憎しみあって、生きるために殺しあう人達……真実を知りつつも苦悩しながら戦争を続ける人達……そして自分の命を世界のために捧げる人達……」
僧侶「この世界はなんてたくさんの悲劇で満ち溢れているんだろう、って。そう思って何回も何回も泣いた」
勇者「…………」
541: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:31:13.68 ID:KhP6hFHj0
僧侶「そんなある時ね、魔王ちゃんのこと考えたの」
僧侶「残酷な自分の運命を知っても私みたいに泣きじゃくるんじゃなくて、世界中の人達のために自分の成すべきことのために毅然として運命に向かい合っている……魔王ちゃんはなんて強くて、なんて優しいんだろうな、って」
勇者「…………そうだな」
僧侶「だから私もいつまでも泣いていられないなって、本当につらくて一番悲しいのは勇者君と魔王ちゃんだもん。2人のために笑えるようにならなきゃなって思ったの」
そう言ってぎこちなく笑う僧侶の瞳は潤んでいる。
僧侶「……って言っても私は泣き虫だからホントは今にも泣いちゃいそうなんだけどね」エヘヘ
勇者「…………ありがとう、僧侶。俺なんかよりお前の方がずっと優しいよ」
僧侶「そんなことないよ。それにこの前魔王ちゃんにも言われたけど優しいだけじゃ何もできないもの」
勇者「たしかにそうかもしれない…………そうかもしれないけど、少なくともお前の優しさで俺は随分と励まされてるよ」
勇者「もし僧侶が塞ぎ込んでたら俺が励ましてやろうって思ってたのに俺が僧侶に励まされちゃったか」ハハッ
僧侶「勇者君……」
そう言って笑ってみせる勇者と魔王の笑顔が僧侶の中で重なって見えた。
救いのない現実を、悲劇の運命を、変えることができるのなら……。
542: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:32:08.80 ID:KhP6hFHj0
僧侶「……ねぇ、やっぱり2人が闘わずに済むならそれが……」
勇者「…………」
僧侶「……ごめん、そうだよね。そんなこと分かりきってるしそれができるならそうしてるよね……」
勇者「……まぁな」
気まずい沈黙が二人を包む。
いつまで続くのかと思われたその沈黙だったがそう長く続くこともなく不意に破られた。
「びえぇぇぇぇん!!うわあぁぁぁぁぁん!!」
勇者「お?」
僧侶「あ……」
天井から聞こえてくる泣き声は二階にいる僧侶の妹のものだった。
まだ言葉を話せないほど幼い彼女は起きた時に周りに誰もいなくて怖くなって泣き出したのだろう。
勇者「妹、起きちゃったみたいだな」
僧侶「えっと……ごめん、勇者君。私妹ちゃんあやしてこないと……」
勇者「あぁ、そうしてやれよ。俺もそろそろ帰ろうと思ってたしさ」
543: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:33:03.96 ID:KhP6hFHj0
勇者「今日はなんかありがとな、僧侶」
僧侶「お礼を言われるようなことは私はなんにもしてないけどね」
勇者「それでもありがとう」
勇者「時間はあんまりないけど、またちょっと1人で色々考えてみるよ」
僧侶「……うん」
勇者「それじゃ、また」
僧侶「あ、あのね、勇者君」
椅子から立ち上がった勇者を僧侶は引き止める。
僧侶「その……」
勇者「待った」
僧侶「?」
勇者「『勇者君がどんな選択をしても私は勇者君の味方だから。勇者君は1人じゃないってこと忘れないでね』だろ?」
僧侶「へ?……な、なんで私が言おうとしたこと分かったの?」キョトン
勇者「やっぱりそっか」
心底驚いた顔で不思議そうにこちらを見ている僧侶に勇者は笑って答える。
勇者「やっぱお前らが仲間で良かったわ」ヘヘッ
544: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:35:18.25 ID:KhP6hFHj0
――――緑の国・名も無き湖のほとり
カアアァァ!!
勇者「よっと」
スタッ
僧侶の家を後にした勇者は白の国をブラブラとあるいてみたりして、最後に緑の国の例の湖畔を訪れていた。
特に何かの理由があってここに来たわけではない。
ただなんとなく、ここに来れば何かがつかめるような、何かに気付けるような、何か忘れていた大切なことを思い出せるような……そんな気がしたのだ。
勇者「……ひっでぇな、こりゃ」
すっかり夜の闇に包まれた周囲をぐるりと見渡して勇者は呟いた。
たしかにその場所は少し前まで勇者と魔王が穏やかな時間を過ごしていた静かな美しい湖畔とはまるでかけ離れた景色となっていた。
先日の戦闘で地面は何ヵ所も吹き飛び、崩れ、森の一部は焼けて黒々とした炭と化した木々が立ち並んでいる。
いつだったか勇者と魔王が苦労して置いたベンチとテーブルは無惨に壊れて休憩所としての体を成してはいなかった。
545: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:36:35.13 ID:KhP6hFHj0
勇者「…………」
悲惨な風景を見て先日の闘いを思い出す。
血を流し倒れる仲間の姿が、魔剣を手に襲い来る魔王の姿が、鮮明に脳裏に焼きついている。
勇者「……おいしょ、っと」
転がっていたベンチの残骸を適当に拾ってきて椅子にした。
椅子といっても地面に直接座らないために置いただけなので腰かけと背もたれがあるのみの座椅子に近い状態のものだ。
あぐらをかいて腕を組み背もたれに体を預けると空を見上げた。
湖の静かな波の音を聞きつつ満天の星空を眺める。
こうして一人でいる今も、仲間達と笑っていた一週間前も、魔王と初めて会った十年間前も、もしかしたら戦争が始まる何百年も前から、瞬く星達は何一つとして変わっていないのかもしれない。
勇者「……そういやアイツとこうして星を見たこともあったな……」
勇者「流星群が見られるとかなんとかで冬の寒い日に2人で毛布にくるまって夜通し空見てたっけ……」
忘れていた遠い昔の記憶がよみがえってきた。
冬の寒空の下、ココアを飲みながら流れ星を待ったあの夜のことを。
546: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:37:19.92 ID:KhP6hFHj0
勇者「…………」
ふと隣に魔王がいないことが寂しくなった。
ここで隣に座って、自分をからかい、とりとめもない話をして笑ってくれて、輝く未来を夢見て語り合った大切な人が、今ここにはいない。
そして数日前、氷の様な瞳でこちらを無表情に見つめていた彼女の姿が思い浮かんできた。
勇者(……そういやアイツのあんな冷たい眼……初めて見たな……)
勇者(……いや、違うな。俺は前にもアイツのあんな眼見たことがあるな……)
勇者(いつだったかなぁ……あれはたしか…………)
547: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:38:19.86 ID:KhP6hFHj0
【Memories07】
いつだったかなぁ……。
あれはたしか…………。
そうそう、アイツの十四歳の誕生日の頃だからだいたい五年前くらい前か。
小遣いはたいてでっかい熊のぬいぐるみをアイツの誕生日プレゼントに買ったんだった。
ホントは小遣いほとんど使うような高いプレゼントを用意するつもりなんて全然なかった。
けど魔王の喜ぶ顔が見たくて泣く泣く貯金箱を叩き割った。
と言うのもその頃魔王はてんで笑わなくなってたからだ。
何を話しても何を見せても淡白なリアクションが返ってくるだけ。
そういや"魔王様口調"で話すようになったのもあの頃だったかな。
会う度にアイツは無表情になっていって、瞳の輝きは失せていった。
だからそんな魔王を喜ばせてやりたくてガキながらに無理してプレゼントを用意したんだ。
548: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:39:03.40 ID:KhP6hFHj0
――――5年前・緑の国・名も無き湖のほとり
カアアァァ!!
ドサッ!!
俺「いててて……」
いつもは一人でたいした荷物も持たずに転移しているけどその日は例の熊のぬいぐるみを抱えての転移だったから着地でバランスを崩して地面に尻餅をついた。
俺「あ、やべ、プレゼントは!?」ガバッ
着地のミスで地面に転がっているプレゼントの包みに慌てて駆け寄った。
俺「せ、セーフかな」
包装が少し汚れていたくらいだったからあんまり気にならないだろうと勝手に思った。
プレゼントを抱えると前がよく見えなかったからフラつきながらいつもの待ち合わせ場所に向かった。
俺「んしょんしょ…………お、やっぱり来てた」
ベンチに腰かけるアイツに声をかけた。
549: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:40:24.90 ID:KhP6hFHj0
俺「よっ」
魔王「遅い、遅刻だ」ギロッ
刺す様な鋭い視線で睨まれた。
そういやこの頃は遅刻に対してメチャクチャ厳しかった。
俺「悪い悪い、これ運びながらだったから遅くなっちゃってさ。転移魔法も上手くできなくて時間かかっちゃったよ」
魔王「……なんだそれは?」
俺「なんだって……お前の誕生日プレゼントだよ!ホラ、この前14歳になったんだろ?」
俺「当日は会えなかったから今になっちゃったけどさ」
魔王「あぁ、そういえばそうだったな」
まるで昨日の夕食のメニューを思い出したみたいに魔王が言った。
「わぁ!!覚えててくれたんだね!?ありがとうっ♪」
なんてリアクションを求めていたワケじゃないけど(まぁそんなリアクションを全く期待していなかったと言えば嘘になるけど)あんまり素っ気ない反応だったから俺はガッカリした。
550: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:41:02.78 ID:KhP6hFHj0
俺「そういえばそうってお前な……自分の誕生日くらい覚えてんだろ?」
魔王「一応はな。城の皆が祝ってくれたので当日は思い出した」
魔王「だが今お前に言われるまで1つ歳をとったことなどすっかり忘れていたよ」
俺「おいおい……」
魔王「そんな下らないことを覚えるのに遊ばせておけるほど私の脳は暇ではないのだ」
魔王「まぁお前の気持ちとプレゼントは受け取っておこう。感謝する」
俺「…………」
抑揚の無い声でそう言ってアイツは手にしていた紙の束をめくった。
よくわからなかったがきっと仕事に必要な資料だったのだろう。
この頃の魔王は俺と会っても仕事片手の会話がほとんどだった。
資料に眼を通しながら「ほぅ」「うむ」とか相槌を打つだけ。
つまらないから魔王に話題を求めると仕事の話しかしないから結局は俺が話す羽目になった。
551: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:42:11.49 ID:KhP6hFHj0
俺「……でな、剣士のオッチャンはやっぱり強くってさー」
魔王「うむ」ペラッ
俺「でもこの前戦闘中に転移魔法使ってみたら偶然成功してさ、一本取れたんだよ」
魔王「ほぅ」ペラッ
俺「でも魔法なんか使わずに勝てるようになりたいなぁ」
魔王「そうだな」ペラッ
俺「…………」
魔王「…………」ペラッ
俺「……ちゃんと聞いてるか?」
魔王「あぁ聞いているとも」ペラッ
552: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:43:08.88 ID:KhP6hFHj0
俺「お前さ、仕事しながら話聞くのやめろよな。なんか俺ばっか1人で話してるみたいでつまんねぇんだよ」
魔王「そうもいくまい。私には魔王としてやらねばならない仕事が山ほどあるのだ」
魔王「こうして会いに来ているだけでも我ながら随分律儀だと思うがな」ペラッ
俺が抗議してもアイツは書類をめくる手を止めなかった。
俺の言葉なんてどこ吹く風という感じでムッとした。
勇者「……あと前から思ってたんだけどその話し方も嫌だ」
魔王「嫌だと言うと?」
勇者「なんか堅っ苦しくてお前と話してる気がしないんだよ」
魔王「ふむ。だが民衆を導く立場である私はそれなりに威厳のある話し方をしなければならないのでな、側近に指導されてこうして魔王らしい口調へと矯正していると言ったであろう?」
俺「聞いたけどさ……」
魔王「分かっているならそういうものだと諦めてくれ」ペラッ
俺「…………」
アイツは冷たい眼をしていた。
何も感じていない、心の温度を下げきった眼。
ちょうどこの前見たのと同じような眼だった。
俺は折角用意してきたプレゼントが喜んで貰えなかったこととアイツが俺に全然構ってくれないことで完全にふて腐れていた。
俺「……チッ、魔王サマは忙しい身の上で俺なんかに構ってる時間も余裕もないってことか」
553: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:44:09.16 ID:KhP6hFHj0
吐き捨てるように悪態をついた。
何の気なしに言った俺のその言葉は思いがけずアイツの逆鱗に触れることになった。
魔王「…………」ピクッ
書類をめくる手を止め魔王は俺を睨んできた。
その眼はさっきまでの冷たい眼じゃなくて怒りとかつらさとか、俺が今まで見たことないようなアイツの感情が込められた眼だった。
魔王「……お前に何がわかる?」
俺「な、なんだよ」
魔王「お前に私の背負わされているものが……魔王というものの重さが分かるか!?」
魔王「私には個人の自由なんてものは存在ないのだぞ!?私の全ては国民のためにあるのだ、分かっているのか!?」バサッ!!
俺「お、おい」
魔王は立ち上がると手にしていた書類を地面に叩きつけて俺に向かって怒鳴りちらした。
留め具の外れた書類が風に吹かれて飛んでいってしまってもお構い無しだった。
554: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:45:19.09 ID:KhP6hFHj0
魔王「勇者"候補"のお前には分かるまい……いや、正式に勇者になったとて私の気持ちなど分かり得る筈もない」
魔王「物心ついた頃から王となるために軍事、経済、政治、帝王学……ありとあらゆる学問を否応なしに叩き込まれ年頃の女の子らしいことなんて何一つすることを許されない」
魔王「地方の視察に赴いた時に街中で友達と談笑しながら歩く少女達の姿を見て何度羨ましいと思ったことか、何度私もこうだったら良かったのにと思ったことか!!」
魔王「だがそんなことはできない……何故なら私は魔王だからな」
魔王「同年代の子供が友人と笑って過ごす時間を私はただ山のような書類を見て、判を押し、サインを書いて過ごすのだ。『今日はどこで何人死んだ』『どこの拠点が突破された』などという血生臭い報告を部下から聞いては将軍達と会議をして過ごすのだ」
俺「…………」
魔王「誕生日を友人と祝うこともできない……いや、友人なんてものがそもそも存在しない。私には"部下"しかいないのだからな」
魔王「挙げ句の果てには普通の女の子らしい言葉遣いすら許されない。……わかるか? 私は"魔王"という存在、その役割を演じることを強いられているのだ」
魔王「……それだけならまだ耐えられる。本当に耐えがたいのは魔王という立場の重さだ……」
555: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:46:49.20 ID:KhP6hFHj0
魔王「勇者、先日赤の国と黒の国が赤土の丘陵で戦をしたのは知っているか?」
俺「…………いや」
魔王「そうだろうな。魔族と人間が戦争をしているとは言え自分の国以外の戦となれば実感も関心も薄れるだろう」
俺「…………」
魔王「2207人……その戦で死んだ黒の国の兵士達の数だ」
魔王「赤土の丘陵への侵攻作戦に対し私が『YES』と答えた結果がその数字だ」
魔王「2000人余り……数字で言われてもピンと来ないか? 私の命令で小さな街が丸々1つ全滅したと思えば分かりやすいだろう」
魔王「その2207人には皆家族がいただろうな、両親、妻、子供それに友人……それら全部合わせたら1万人以上の魔族達を私の判断で悲しませたことになる」
魔王「そう、たかだか14歳の小娘が、だ」
俺「…………」
魔王「臣下の中には私が魔王であることを快く思わない者もいる。そういう者は『やはりあの方に魔王の務めは重すぎる』『魔王としたのは間違いだったか』など陰口を叩く……親切に私に聞こえるようにな」
魔王「私だって……わたしだって好きで魔王になったワケじゃないのに……!!」ギリッ
556: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:48:43.14 ID:KhP6hFHj0
歯をくいしばって涙を堪えていた魔王だったけどとうとう泣き出した。
言葉遣いも"魔王様口調"ではなくなっていた。
魔王「……自由を奪われて!!重すぎる責任だけ背負わされて!!出来て当たり前って誰にも誉めてすら貰えない!!」ポロッ
魔王「なんでわたしは魔王なの!?なんでわたしは魔王に生まれてきたの!?」ポロポロ
魔王「こんなに……こんなにつらい生活もう嫌だよ……わたしはお父さんみたいになんでもできるすごい魔王になんてなれっこないよ……」グスッ
魔王「もぅ……やだよ……」ヒッグエッグ
その場に座り込むと魔王は膝を抱えてうずくまりわんわん泣き始めた。
俺はそんな魔王をただ見ていることしかできなかった。
情けないことに俺はその時まで魔王が魔族の王としてどんな大変な生活をしていてどれだけつらい思いをしているのか考えたこともなかった。
考えてみればいくらしっかりしてるとは言え魔王は俺と二つしか歳の違わない子供だ。
いっぱい友達が欲しいだろうしいっぱいオシャレがしたいだろうしいっぱい遊びたいだろう。
でも魔王はそんな自分の想いを全部圧し殺して魔王としての自分の務めを果たしている。
557: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:50:06.57 ID:KhP6hFHj0
俺も勇者になるために努力したり色々と大変な思いをしてきた。
でもこうして今勇者になって思うのは、勇者って言っても一般市民にすぎないってことだ。
人の上に立ち、大勢の人を導いていかなければならない魔王が背負う重圧は、正直俺には検討もつかない。
当時本格的に魔王としての仕事に関わるようになった魔王はそれまで以上にストレスが溜まるようになって限界寸前だったんだろう。
俺の一言ではりつめていた糸がとうとう切れてしまって、抑えていた感情が一気に溢れ出した結果がその叫びと涙だった。
泣いている魔王をただ見ていることしかできない時間が続いた。
初めは堰を切ったように泣いていたアイツも時間が経つにつれて段々と落ち着いていった。
しばらく経ってようやく泣き止んだのか魔王は動かなくなった。
俺にはどうしたらアイツの気持ちを楽にしてやれるかなんてわからなかったけどとにかく謝ろうと思った。
俺「魔王……その…………ごめんな、俺お前のこと何にも分かってなかったみたいだ」
魔王「…………」
俺「お前がそんなにつらい思いをしてるってのに何も考えずに傷つけるようなこと言って悪かった。本当にごめん」
顔を伏せている魔王には見えないと分かっていても頭を下げずにはいられなかった。
558: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:50:56.10 ID:KhP6hFHj0
魔王「…………私こそすまなかった。感情に押し流されて喚き散らすなど一国の王にあるまじき行為だ」
魔王「できれば今日のことは忘れてもらえると助かる……」
顔を伏せたまま魔王が言った。
多分我に返って「合わせる顔がない」とか考えていたんだろう。
魔王「今日は見苦しいところを見せてすまなかったな……私はもう戻るとするよ」
そう言って魔王はゆっくりと立ち上がった。
前髪が垂れて顔はよく見えなかったけど頬が涙で濡れているのは分かった。
そんなアイツを見て俺は思った。
魔王のために俺にできることは何かないのか?
魔王って立場に悩んで苦しんでいる目の前の女の子に、ほんの少しでもいい、何かしてあげられることはないのか?
魔王「…………では」
何を言ったらいいのか全然まとまってなかったけど、俺は叫んだ。
俺「魔王!!」
魔王「……?」
559: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:52:06.80 ID:KhP6hFHj0
俺「その……前に父さんが言ってたんだ、『自分が自分であることには必ず意味がある』ってさ」
俺「魔王が魔王なのもきっと意味があることなんだ。魔王って立場がつらくて苦しいかもしれないけど……お前にしかできない何かがあるから、だから、お前が魔王なんだと俺は思う」
俺「周りの奴らの言うことなんか気にすることないし、お前の父さんのことも気にすることない」
俺「100代目魔王は誰がなんと言おうとお前なんだ、もっと自信持て!!」
魔王「…………」
俺「それと……」
俺「世界中の誰もがお前を魔族の王様として見ても、俺だけはお前のこと1人の女の子として見てやる。だからそんな顔すんな」ニッ
……今思い出してもグダグダでなんにも言いたいことがまとまってないな……。
とにかくあの時の俺は泣いてるアイツを励ましてやりたくて必死だった。
だから言いたいこと、伝えたいことをあれこれ考えるよりも思い浮かんだことを口に出したって感じだった。
560: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:53:52.23 ID:KhP6hFHj0
魔王「勇者…………」
俺「あぅ……なんか悪いな、全然かっこいいこと言えなくて、その……」
魔王「……うぅん。そんなことない……そんなことないよ……」グスッ
俺「えぇ!? な、なんでまた泣くんだよ!?」アセアセ
魔王「バカ勇者、嬉しくて泣いてるんだよ」フフッ
久しぶりに見たアイツの笑顔は瞳に涙がいっぱいに浮かんでいて、頬を伝う雫が輝いて見えた。
魔王「勇者……ありがとうね、勇者のおかげでわたしまた頑張れそうだよ」
俺「そ、そうか? なんかお前を泣かせただけの気がしないでもないけど……」
魔王「ふふっ、そうかもね。女の子を泣かせるなんてサイテーだね」
俺「うぅ……だから悪かったって、勘弁してくれよ……」
魔王「なんてね、わたしはなんにも気にしてないよ」クスクス
561: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:54:52.15 ID:KhP6hFHj0
俺「お前なぁ……俺は結構気にし…………」
魔王「……? どうかした?」
俺「……口調、元に戻ってるな」
魔王「あ…………」
俺「やっぱこっちの方がお前と話してるって感じがするよ」
俺「……よし、俺と2人でいる時は堅苦しい"魔王様口調"は禁止な!」
魔王「え、でも……」
俺「俺達だけの秘密なんだ、誰に気がねすることがあるんだよ?」
魔王「……そうだね。うん、わかった!」
なんだか久しぶりに魔王と会話をした気がした。
そんで「やっぱコイツと一緒にいると楽しいな」とか思ったりした。
魔王「じゃあ……わたしそろそろ行くね」
俺「泣いて赤くなった目がちゃんと戻ってから人前に出ろよな」
魔王「わかってるよ、もう」ムスッ
562: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:56:07.01 ID:KhP6hFHj0
俺「あぁ、そうだ」
魔王「ん?」
俺「まだちゃんと言ってなかったな」
俺はアイツへの誕生日プレゼントを差し出して言った。
俺「少し遅れちゃったけど……誕生日おめでとう、魔王」
魔王「…………」
魔王「ありがとう、勇者♪」ニコッ
その時、アイツの笑顔を見て胸の中がやたらとあったかくなった。
ドキッとしたと言うか心臓がギュッとしたと言うかなんとも言えない感じだ。
身体中熱くなって鼓動がやけに早くなったような気がして、そんでもってそれが何故だか心地良くて…………。
…………あぁ、そっか。
なんで今まで気づかなかったんだろ。
人間と魔族の和平とか、世界の平和とか、そんなことホントは俺にとってどうでもいいことだったのかも知れない。
俺は…………。
俺はずっと…………。
563: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:57:02.46 ID:KhP6hFHj0
【Episode07.5】
――――緑の国・名も無き湖のほとり
勇者(そっか…………)
星空を眺めながら勇者は思う。
勇者(俺にとって一番大切なこと……俺がしたいこと……)
勇者(俺は…………)
カアアァァッ!!
勇者「!?」
突如背後の暗闇に青白い魔法陣が浮かび上がる。
紛れもない転移魔法陣だ。
勇者「な……一体誰だ!?」
勇者の脳内に真っ先に浮かんだ人物は魔王であった。
だが勇者達に宣戦布告した彼女が今更この場所に何をしに訪れるというのだろうか?
魔王も勇者同様気持ちの整理をつけるためにここへ?
……いや、それはなさそうだ。
魔王もう既に勇者との闘いを覚悟している。
ならば魔法使いだろうか?
もし彼女だとして一体どうして……。
564: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:58:32.04 ID:KhP6hFHj0
パッ
ドサッ……
「う……く……」
勇者「…………!?」
勇者の目の前に横たわる人物は魔王でも魔法使いでもなかった。
暗くてよく見えないものの赤毛の髪を二つに結ったその女性が誰だかはすぐに分かった。
勇者「側近さん!?」
側近「ゆ……勇者さん……? まさか転移してすぐに貴方に会えるとは幸運でした…………ぐ……」ヨロ
勇者「なんでまたこんなところに……って酷い怪我じゃないか!!」
衣服は乱れ身体中の無数の裂傷から血を流し、荒々しく呼吸をする彼女は一目見て重傷だと分かった。
手当てをしなければこのままでは失血により命に関わりかねない。
側近「私のことはどうでもいいのです……それより…………」フラッ
ガシッ
勇者「いいから喋るな!!自力で立ってすらいられないじゃないかよ!!」
側近「う…………」ハァハァ
勇者「どうするかな……俺も回復魔法は使えるけどそこまで得意じゃないから応急処置ぐらいしかできないし……」
側近「…………」グッタリ
勇者「…………えぇい!!すまん、僧侶!!」
謝りながら転移魔法陣を展開すると勇者は側近を抱きかかえて白の国へと跳んだ。
565: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 02:59:38.47 ID:KhP6hFHj0
――――白の国・王都・僧侶の家
キィ……
僧侶「勇者君、もう治療終わったよ」
自室のドアの隙間から顔を覗かせた僧侶は廊下で待つ勇者を小声で呼んだ。
勇者も僧侶に合わせて小声で返事をする。
勇者「そうか。大丈夫そうか?」
僧侶「うん。身体中怪我してるけど骨も臓器も傷ついてないしすぐに良くなるよ」
勇者「悪かったな、いきなり押しかけちゃって」
僧侶「ホントだよ、晩御飯の支度してたらいきなり血まみれの側近さんをかかえて来るんだもんビックリしちゃったよ」
両親の帰りが遅くなると聞いていたので僧侶が弟達のために夕飯を作っていると玄関の呼び鈴が鳴った。
隣のおばさんが夕飯のおすそわけにでも来たのかと思ってドアを開けると血まみれの勇者と側近がいたものだから状況が全く理解できずしばし呆気にとられていた。
勇者から事情を聞くと、側近を自室に運び今まで看病をしてくれていたのだった。
566: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 03:00:58.12 ID:KhP6hFHj0
僧侶「落ち着いたし様子見ていく……?」
勇者「そうだな、じゃあ……」
勇者は物音を立てないように気を付けて僧侶の部屋へと入っていった。
思えば僧侶の部屋には今まで入ったことがない。
魔法使いの様にいかにも女の子らしい部屋を想像していたが僧侶の部屋は至ってシンプルだった。
あるべき家具がきちんと並べられている綺麗な部屋は、そうであるが故に彼女の部屋らしく感じられた。
シンプルな部屋だとは言っても飾り気が全くない訳ではない。
戸棚の上には小物が置いてあったり、壁には絵が飾られていたりする。
魔法使いの部屋が『女の子らしい部屋』だとするなら僧侶の部屋は『女性らしい部屋』だな、と勇者は思った。
勇者「へぇ……綺麗な部屋だな。俺の部屋とは大違いだ」
僧侶「…………あれ?勇者君もしかして私の部屋入ったのって初めて……?」ハッツ
勇者「もしかしてって言うかそうだけど」
僧侶「…………」
勇者「何度か遊びに行こうとしたけどなんでか毎回断ってじゃん。だから今日が初めてで……」
僧侶「…………」
勇者「僧侶?」
僧侶「………………」
勇者「おーい、僧侶さーん」
僧侶「……ハッ、ご、ごめん。初めて勇者君を呼ぶ時はもってこうロマンチックな展開になることを期待してたから自分のあまりの迂闊さに……」
勇者「……? なんでロマンチック?」
僧侶「え!?あ、う、えっと、なな、なんでもないよ!?///」カァ
勇者「??」
567: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/31(月) 03:01:47.89 ID:KhP6hFHj0
僧侶「そ、それより側近さんでしょ!?」アセアセ
赤面する僧侶に言われてベッドを見た。
側近は静かに寝息を立てている。
血で汚れていた顔はすっかり綺麗になり色白の肌には傷一つない。
僧侶の治療あってのことだろう。
僧侶「……側近さんどうしてこんな怪我してたんだろうね」
勇者「俺もそこが気になってる……転移魔法で緑の国に来たのもよくわかんないし……」
僧侶「う〜ん、緑の国に来たのは私達に会いたかったからじゃないかな」
僧侶「怪我の治療もせずに来たのはよっぽど急いで伝えなくちゃならないことがあったからとか……」
勇者「……まぁ側近さんが目を覚ましたら聞いてみるとするか」
僧侶「……うん、そう