転載元:勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」
【Prologue】
黒の国、魔王の城の大広間で勇者と魔王は対峙していた。
今しがた勇者が開けた扉から流れ込んだ冷たい風が二人の間を無神経に通り過ぎる。
勇者「よっ」
できるだけ明るく垢抜けた声を出すよう意識して勇者はそう声をかけた。
魔王「遅い、遅刻だ!!」
できるだけ重々しく威厳のある声を出すよう意識して魔王はそう答えた。
しかし二人の声は震えており、顔は今にも泣き出しそうに歪んでいる。
涙を流すまいと必死に堪える二人の眼は既に赤く色づいていた。
・彡(°)(°)「お!近所のJCやんけ声かけたろ!」
・男の娘「残念実はおと――」男「嘘だ!」
・子供「らんら〜ん♪」熊「あっ」子供「あっ」熊「あっ」もぐもぐ
・シンジ「毛虫なんてどうかな?」 ゲンドウ「・・・・・・」
・悟空「ブルマ先っちょだけ挿れさせてくんねぇか」 ブルマ「はぁ!?」
・【閲覧注意】セクシーなお姉さん、犯罪に手を染めた結果、お●ぱいを丸出しにされ…(画像)
・姉ちゃんの下着でオ〇ニーしてたらばれた。
・【エ□GIF】制服着たままで覚えたてのセッ●スに夢中になるJKエ□すぎwwww
・【※驚愕※】 完全に具が見えてしまっている着エ□をgif画像でご覧くださいwwwwwwwwww...
・【画像】ビリギャルのお●ぱい、ガチでヤバい・・・(※GIFあり)
魔王「貴様という奴はいつもいつも待ち合わせには遅れてくるのだな」
この小言は魔王が勇者にかけた言葉の中で『遅刻だ』の次に多いだろう。
いつものように勇者にそう言うことで魔王は少しだけ平静を取り戻した。
勇者「悪ぃ悪ぃ、今日は時間に余裕持って出てきたつもりだったんだけど……どうにも足が思うように動いてくれなくてな」
ハハッ、と笑いながら言った勇者であったがその笑顔が無理に作ったものにすぎないことは勇者自身実感していた。
勇者「………………」
魔王「………………」
お互いかける言葉を探しているがこの世界のどこにもそんな言葉は見つからないだろう。
二人でいる時は沈黙こそ心地よかったものだが今はその沈黙に押し潰されそうになっている。
魔王「まぁ…………なんだ」
スラァ……チャキ
魔王は口を開くと腰に差していた魔剣を抜き、構えた。
魔王「こうしていても仕方ない……始めよう」
勇者「…………本当に……本当に俺達は闘うしかないのか……?」
魔王「……そうだ、それが私達の宿命であり……使命だろ?」
勇者「…………そうか、そうだな…………」
勇者は力無く答えると背負っていた聖剣を抜いた。
魔王「言っておくが手加減などするなよ?」
勇者「当たり前だ、お前こそ手加減なんかしたら承知しねぇからな」
魔王「フッ、それでこそお前だよ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!
解放された両者の魔力が大気を震わせ地鳴りを起こす。
魔王「なぁ……勇者?」
勇者「なんだよ」
消え入りそうな声で魔王が言う。
魔王「…………今まで、ありがとう」ツー
魔王の真紅の瞳から大粒の涙が一粒こぼれ落ちた。
勇者「……馬鹿、何泣いてんだよ」ポロッ
流れ出た魔王の涙を目にし、勇者もまた涙を堪えることができずに泣いた。
魔王「ハハッ……最後にこうして……勇者の泣き顔を見ることができるとはな」ポロポロ
勇者「うるせーよ……さっさと始めようぜ」ポロポロ
もはや溢れ出す涙を止めることなどできはしなかった。
流れる涙を振り払うように二人は叫んだ。
魔王「…………ならばいくぞ、勇者よ!!」ドンッ!!
勇者「あぁ!!魔王!!」ドンッ!!
勇者と魔王、古より闘うことを宿命づけらし二人の死闘が幕を開けた。
――――それはとある月の無い夜の物語。
【Episode01】
――――白の国・王都・王宮
どの国でも王の間というものは豪華な装飾の施された広々とした空間に王と大臣、少数の護衛がいるのみである。
金と空間の無駄遣いとも言えるその場所だが今日の白の国は違った。
仔猫一匹通ることができないほど大勢の人々がひしめき合っている。
上流貴族から街の商人、はてや旅芸人まで身分は様々だ。
王の間に入り切らない人々はこの日のために王の間の吹き抜けを利用して作られた特設観覧席へ、そこにも入れない人は危険を冒して城の外壁にしがみつき窓から王の間を見ている。
それほどの数の人々がいるというのに王の間は物音一つせずに静まりかえっている。
群集は皆、王の間の中央――――王とその前に跪く少年をただじっと見つめている。
やがておもむろに白の王が口を開く。
白の王「大魔導師」
大魔導師「はい、彼の魔力、魔法のセンスはこのわしすら遥かに凌ぐほど。なんら異論はありませんな」
白の王「騎士団長」
騎士団長「ハッ、大勇者様に勝るとも劣らぬ剣の腕、反対するいわれなどありはしません」
白の王「ふむ……では最後に大勇者の意見は?」
大勇者「そうですね……」
大勇者と呼ばれた中年の男は目を閉じ、口髭を撫なでて何かを思案しているようだったが静かに目を開けると言った。
大勇者「親の贔屓目無しにしても彼の勇者としての資質は他の勇者候補達の中でも飛び抜けています」
大勇者「真の継承はまだ先となるでしょうが次なる勇者は彼をおいて他にいないかと」
白の王「そうか……では」
白の王はゆっくりと立ち上がり低い声を広間に響かせた。
白の王「白の王の名において命ずる、今この時よりお主を第100代目勇者とする!!」
白の王「悪しき魔族と災厄の化身、魔王を倒すためにその力、その魂を世界の全ての人間に捧げることを誓え!!」
勇者「ハッ!!この力、この魂は生きとし生ける全ての人々のために!!!!」
おーーーー!!
わーー!!わーー!!
パチパチパチパチ!!!!
新たに勇者へと任命された少年が凛々しく誓いの言葉を述べると同時に王の間はギャラリー達の割れんばかりの歓喜の声と盛大な拍手に包まれた。
――――王宮・中庭
わいわいがやがや!!
勇者任命の儀とそれを祝う宴は白の国……いや、この世界最大の宴と言っても過言ではない。
新たな勇者を一目見ようと各国から何千何万という人々が白の国へと訪れ、宴は十日余り続く。
王宮前の大通りは屋台が立ち並び、夜には舞踏会が行われ、花火が上げられる。
この宴の規模の大きさこそが勇者という存在が人々にとっていかに大きな存在なのかを暗に示していると言えよう。
わいわいがやがや!!
祭りを行きかう人々の話題はもっぱら新勇者のことでもちきりだ。
「やはり100代目の勇者様は大勇者様のご子息であったか」
「どうせコネだろ、コネ。親の七光りってやつだよ」
「しかし剣も魔法も超一流の腕と聞く、勇者の名を冠するということは伊達ではないさ」
「歴代最強と言われる99代目勇者の父上の名が重荷にならなければ良いですけど……」
わいわいがやがや!!
勇者「あ、そこのお姉さん!!」
メイド「はい、いかがなさいましたか?」
勇者「俺にも1杯ドリンクくれないかな?え〜っと……そのオレンジのやつ」
メイド「かしこまりました、どうぞ」スッ
勇者「どうも♪」
勇者「……よし、変装は完璧みたいだな♪」ボソッ
帽子を目深に被り、黒縁の伊達眼鏡をかけ、地味な茶色の服に身を包んだこの少年が先ほど任命の儀を済ませた勇者だとは誰も思わないだろう。
王宮の窓硝子に写った自分の姿をじっくりと見てから満足気にうんうん、と二度頷くと勇者は手にしていたドリンクを一口飲んだ。
頼んだドリンクはどうやらアルコールだったらしい。
酒の飲めない勇者は顔をしかめた。
魔法使い「よぅ、勇者ぁ!!飲んでるー!?」ダキッ
勇者「おわっ!!ま、魔法使い!?」
突然背後から抱きつかれて勇者は持っていたドリンクを溢しそうになる。
魔法使い「何さ、お祝いに来てくれた仲間に向かってその態度は〜」
勇者「あのなぁ、誰だっていきなり後ろから抱きつかれたらビックリするに決まってるだろ?」
勇者「それに俺がなんのために変装してると思ってるんだよ、周りに聞こえるような大声出すな、少しは気を遣え」ヒソヒソ
魔法使い「にゃはは、ごめんごめん☆」
特に悪びれた様子もなく魔法使いは両手のグラスを交互にあおった。
勇者「そんなにグビグビ飲むなよ……任命早々新聞に『勇者一行魔法使い、飲酒で粗相!!』とか載るのヤだからな」
魔法使い「だいじょーぶぃ♪」
勇者(もう相当できあがってやがる……)
魔法使いの言葉に些かの安堵も得られぬ勇者に声をかける者がいた。
武闘家「いや〜、魔法使いさんはもう酔ってますねぇ」クスクス
笑顔で武闘家が言った。
僧侶「ホント、お酒はほどほどにしてねってあれほど言ったのに……」ハァ
ため息をつき僧侶が言う。
勇者「お前らも来てたのか」
僧侶「勇者君の晴れ舞台なんだし当たり前だよ」ニコッ
勇者「……つーか俺ってやっぱ勇者だってわかる?これでも上手く変装したつもりだったんだけど……」
武闘家「いえ、傍目には地味な学生ぐらいにしか見えないんじゃないですか?」
勇者「じゃあなんでお前らはわかるんだよ」
武闘家「僕達何年の付き合いだと思ってるんですか、変化魔法で別人に変身していたってわかりますよ」フフッ
勇者「それはそれで怖いな」ハハッ
武闘家「とりあえず、勇者の任命おめでとうございます」スッ
僧侶「おめでとう、勇者君♪」スッ
二人は各々のグラスを勇者へと差し出す。
勇者「あぁ、ありがとう。これからもよろしくな」スッ
勇者はそれに答え自らのグラスと二人のグラスを軽くぶつける。
キン、という軽い音が二つ生まれ、宴の賑わいの中に消えた。
武闘家「……あれ?勇者お酒飲めるようになったんですか?」
勇者「飲めないよ、間違えて貰ってきちゃっただけだ」
魔法使い「ん、じゃああたしがもーらう♪」ヒョイ
勇者「あ、コラ!!……まぁいいか、どうせ飲めないんだし」
僧侶「ねぇ、勇者君?」
勇者「ん?何?」
僧侶「任命の儀の時に大勇者様が『真の継承はまだ先』って言ってたけど……あれってどういうこと?」
僧侶「任命の儀を済ませたんだから勇者君はもう正式に100代目の勇者じゃないの?」
僧侶は不思議そうに小首を傾げた。
勇者「あ〜……あれな。僧侶は勇者になるための条件ってわかるか?」
僧侶「うん。勇者の刻印を持ってる勇者候補の中から特に勇者の素質に優れた人が次の勇者になるんでしょ?」
勇者「そ、僧侶も子供の頃に教会で洗礼受けただろ?あれで勇者としての適性……つまり魔王と闘えるだけの潜在的な力を持ってる奴にはこうして腕に刻印が現れる。その素質が高ければ高い程ハッキリと鮮やかにな」
言って勇者は周りからは見えないように自らの右手の袖を捲った。
彼の腕には燃える様な朱の紋様が浮かび上がっている。
この色が勇者の素質を持つということの証である。
幼子の頃に教会で洗礼を受けるとほとんどの子は腕に刻印を宿す。
その刻印によって潜在的な魔翌力や肉体的な強さなどが判明するのだ。
攻撃魔法の適性があるなら蒼の刻印、
回復・補助魔法の適性があるなら翠の刻印、
肉体的な強さに適性があるなら黄色の刻印、
といったように刻印の色によってその子供の才能が分かるのである。
僧侶「何度見ても綺麗な赤だね」
勇者「そうか?なんか見慣れちまったからな」ハハッ
勇者「……んで朱の刻印を持つ勇者候補が修行して力をつけていって一番勇者に相応しい奴が次の勇者になるんだけど……今回はちょっと特殊なケースなんだ」
武闘家が引き継ぐ。
武闘家「勇者のお父さん……大勇者様がまだご健在ですからね」
僧侶「?」
武闘家「大勇者様はその歴代最強とも謳われる実力で長年に亘って魔族と闘い、数々の戦果を上げて来ました」
武闘家「その活躍ぶりは僧侶さんもご存知ですよね?」
僧侶「当たり前だよ、すっごく強かったって言われてる先代の魔王を倒してからもずっと前線で闘ってる白の国の英雄だもん、白の国の人達だけじゃなくて世界中の人が知ってるよ」
武闘家「そうですね、そしてそれが勇者がまだ真の勇者たりえない理由なんです」
僧侶「どういうこと?」
武闘家「勇者の継承にはその勇者候補の出身国の王の任命の他にもう1つ、条件があるんです。それが……」
勇者「聖剣の加護、だ」
僧侶「聖剣の加護?」
武闘家「そう、勇者にのみ扱うことを許された世界に一振りの剣、それが聖剣です」
武闘家「勇者は聖剣の所有者となる時に聖剣と契約を交わします。契約が果たされることで聖剣はその秘めたる力を主である勇者に解放し、勇者は人外の力を手に入れるのです」
武闘家「それが聖剣の加護」
武闘家「聖剣の加護を受けられるのは世界に勇者ただ1人だけ」
僧侶「あ、じゃあ……」
武闘家「そうです。今聖剣と契約しているのは大勇者様ですから勇者は聖剣と契約することはできない」
武闘家「『真の継承はまだ先になる』と大勇者様が仰っていたのはそういう理由ですよ」
武闘家「本来なら勇者の任命はその代の勇者が魔王に倒されるか引退するかして、新しい勇者が必要になってから行われるものですからね、現役の勇者がいるにも関わらず次の勇者の任命を行うことは異例なんです」
武闘家「先代の魔王を倒して十数年もの間、勇者として前線で活躍なさっている大勇者様と、現時点でその後を継ぐに相応しい実力を持つと認められた勇者がそれだけ凄いってことですよ」
勇者「誉めても何も出ねぇぞ」
僧侶「へぇ〜〜……武闘家君ってホントに物知りだよね〜」
武闘家「ふふ、そんなことありませんよ」ニコッ
魔法使い「魔王だかなんだか知らないけどあたし達にかかれば赤子の首を捻るようなもんだー!!」
勇者「首捻ってどーすんだよ、怖ぇよ。手だよ手」
魔法使い「そーそーそれそれ♪」
魔法使い「あたし達が魔王を倒して黒の国を落として世界に平和を取り戻すんだぁー♪」
誰がどう見てもただの酔っぱらいにしか見えない少女に勇者と僧侶がうんざりため息をつく。
武闘家はいつもの様ににこにこ笑ってる。
僧侶「でも……魔法使いちゃんの言う通りだね」
僧侶「私達の代で世界に平和を取り戻せるといいね……そのためにも勇者君、絶対魔王を倒そうね!!」
勇者「…………あぁ、そうだな」
勇者は少しだけ、本当に少しだけ悲しげにそう答えた。
瞳には微かに困惑の色が浮かんでいた。
武闘家(…………?)
僧侶「そ、それはそうと勇者君?」モジモジ
勇者「ん?」
僧侶「あのね、そろそろ舞踏会が始まるけど……これから予定あるかな?やっぱりこのパーティーの主役だし忙しい?」
頬を赤らめながら僧侶が尋ねる。
勇者「いや、確か今日は特に予定もなかったハズだけど………………」
僧侶「じゃ、じゃあさ、わ、わた、私と一緒に舞踏会に出てくれたらな〜、なんて思うんだけ……」
勇者「あーーーー!!!!!!」
突如上げられた大声に中庭の誰もが勇者の方を向いた。
武闘家「どうかしたんですか?」
勇者「あ、あぁ、それが待ち合わせがあるのをすっかり忘れてたんだ……!!」オロオロ
魔法使い「ほほーう、彼女かにゃ?」ムフフ
僧侶(!!)ピクッ
勇者「馬鹿、違ぇよ、ただの幼馴染みだよ、お さ な な じ み!!」
魔法使い「なーんだ、つまんないの〜」
僧侶(……)ホッ
勇者「えーっと、なんだっけ僧侶?舞踏会の時に……」
僧侶「あ!!うぅん、なんでもないの!!なんでも!!」アハハ〜
僧侶「先約がいたんじゃ仕方ないよね、勇者君は急いでそっちに行ってあげて」
勇者「そっか、悪いな!!ホントごめん!!じゃあ俺行ってくるわ!!」タタタッ
慌てふためきながら勇者はその場を後にした。
武闘家「行っちゃいましたね〜」
魔法使い「残念だったね、僧侶〜、せっかく勇者との距離を縮めるチャンスだったのに〜」ニヒヒ
僧侶「からわかないでよ、もぅ!!」カァ
武闘家「それにしても……勇者に幼馴染みがいるなんて聞いたことありましたか?」
魔法使い「んにゃ?」
僧侶「そういえば私も聞いたことないや」
武闘家「僕も初耳なんですが……」
「…………???」
――――緑の国・名も無きの湖のほとり
この世界に十ある国々の中で緑の国は黒の国に次いで二番目に大きな国である。
しかし『大きい』と言うのは国土の話であり軍事力はほぼ皆無、自衛のために形だけの国王軍があるのみだ。
その広大な領土の約八割が森林と草原という緑豊かなこの国は争いを嫌い、黒の国――――つまり魔族の軍勢――――に対抗するため白の国が中心となって作った『聖十字連合』には非加盟であり、黒の国とも戦争をしていない。
それ故に聖十字連合、黒の国は緑の国での戦義協定により禁止している。
この世界で最も美しい自然を有するこの国は最も平和に近い国であり……見方によっては最も平和から遠い国であると言えよう。
シュンッ!!
勇者「……っと」スタッ
勇者は転移魔法でこの地へと降り立った。
空間転移にかかる時間は距離と使用者の力量に左右される。
白の国の中央に位置する王都から緑の国の外れのこの場所へと長距離の転移をするとなると、並みの魔法使いでも十数分はかかるが、転移魔法を得意とする勇者は数秒程度で転移に成功した。
もっとも、勇者は今日までこの地に何百回と訪れているためここへの空間転移にすっかり慣れているのだが。
勇者「ぅわ〜〜……すっかり遅くなっちゃったからな〜、まだいるかな……」キョロキョロ
勇者「……お、いたいた♪」タッタッタ
湖のほとりに設けられた質素な休憩所。
そのベンチに待ち合わせの相手が腰かけているのを見つけると勇者は休憩所へと駆けていった。
勇者「よっ」
「遅い、遅刻だ!!」ギロッ
勇者が声をかけるとベンチに座っていた女性――――魔王はパタンと読んでいた本を閉じ、鋭くと勇者をにらみつけた。
魔王「まったく貴様という奴は待ち合わせに毎度遅れて来おって……!!」
勇者「そう言うなって、こっちも忙しくてさ、なんとか時間作って来たんだぜ?」
魔王「ふん、貴様のことだ、大方すっかり忘れていたのだろう?」
勇者「うぐ……」グサッ
魔王の辛辣な言葉が勇者の心に痛恨の一撃を放つ。
勇者「ま、まぁいいじゃねぇかよ、遅れてでもちゃんと来たんだしさ、来ないよりもよっぽどマシだよ、うんうん」
自分に言い聞かせるように頷きながら勇者は言って魔王の左へと腰を下ろす。
魔王「ハァ……デートに遅れて来るような男はいずれ愛想を尽かされるぞ?」
勇者「生憎デートするような娘なんて俺にはいないんでね」
魔王「相変わらずの唐変木め……」
勇者「ん?なんか言った?」
魔王「なんでもない」フイッ
勇者「……って言うかお前……口調」
魔王「む?」
勇者「だから口調だって、俺と2人の時はその堅ッ苦しい口調じゃなくていいって言っただろ?」
魔王「そうであったな……どうもこちらの口調でいる時間の方が長いものですっかり慣れてしまった……」
魔王「ゥオッホン!!」
魔王は盛大に咳払いすると声の調子を確かめた。
魔王「あーあ〜…………うん、これでいいかな?」
勇者「うん、よし」
先程までの厳かで重厚な声とはうって変わって、どこにでもいる普通の女の子の声で魔王は話し始めた。
魔王「わたしもあーいう低い声で重々しく話すのなんてホントは嫌なんだけどさ、どうにも魔王って立場上そういうわけにもいかなくって……」ハァ
勇者「まぁなー、100代目魔王様がこんな風に女の子の高い声で話してたら威厳も何もあったもんじゃないからな〜」
魔王「そういうことっ」
魔王「あ、そう言えば勇者の任命の儀って今日だったんでしょ?」
勇者「あ、あぁ」
魔王「えへへ、これで勇者もやっと正式に勇者に認められたわけだ、お姉ちゃんは嬉しいぞ♪」ナデナデ
勇者「だぁ!!頭を撫でるな!!それに二つしか歳変わらねぇクセに姉貴面もするな!!」カァッ
耳まで赤くして勇者が抗議する。
魔王「ふふ、ごめんごめん」
勇者「……ったく、お前って奴は……」
勇者(元の口調に戻ると性格もガラッと変わるからな…………ま、こっちの魔王が素の魔王なんだけど……)
魔王「どうかした?」
勇者「どうにもしねーよ」
勇者「……それよか……」
勇者は魔王の長く伸びた黒く艶のある黒髪を見て言った。
勇者「髪、伸ばしてんだな」
魔王「ぇえ!?今さら!?」
勇者「え?」
魔王「髪伸ばし始めてもう2ヶ月だよ!?遅いよ!!」
勇者「いや、だって前から大分長かったじゃん!!そこからさらにちょこっと伸びたって気づくわけな……」
魔王「シャラ〜〜〜ップ!!」
勇者「」ビクッ
魔王の剣幕に押される勇者。
魔王「女の子の変化には敏感に反応してあげないとダメなんだよ?」
魔王「そんなんじゃ勇者のこと好きになってくれた娘がいてもすぐ心変わりされちゃうよ!!」
勇者「へーへー、どうせ俺は乙女心がわかりませんよ〜、そんな俺に恋する女の子なんかいるワケないだろっての」ケッ
魔王「…………」
プニ
勇者「?」
魔王は左手の人差し指をピンと伸ばすと勇者の右の頬をつついた。
魔王「そーゆーところが鈍チンだって言ってるの〜」グリグリ
勇者「な、なんだよ」
魔王「はぁー……なんだかなー……疲れちゃうよ」
ガクリと頭と肩を落として魔王が言った。
勇者「そりゃこっちの台詞だ」
わけがわからない、と勇者もため息をつく。
しばらく魔王は目の前の湖、その水面を物思いに眺めていた。
魔王「……ねぇ勇者?わたし達がここでこうして会うようになってどれくらい経つかな?」
勇者「え?えーっと……あれだよな、初めて会ったのが俺が7歳の頃だから……10年ぐらいじゃないか?」
魔王「そっか……もうそんなになるんだね……」
勇者「10年、か……」
魔王「なんだかあっという間だったね」
勇者「ハハ、たしかにな」
勇者「……て言うかなんだよ、急にそんな話して」
魔王「うん…………勇者とこうしてここで一緒に過ごせる時間もこれからはあんまりとれないのかな、って思ってさ」
勇者「別にそんなこと………………いや、たしかにそうかもな」
勇者「正式に勇者に任命されたんだ、これからは色んな国を巡ったり色んな戦場に行ったりしなきゃならなくなるかもな……」
勇者「ここでこうしてお前と会うことも少なくなっちゃうかも知れないな……」
魔王「うん……」
勇者「……でもさ、俺が勇者に任命されたってことは俺達の夢にまた一歩近づいたってことだろ?」
勇者「そう悲しむことじゃないさ、むしろ喜ばなきゃ」
魔王「そっか……そうだね」
勇者「俺達の夢が現実になったらきっと毎日だって会えるさ、だからそれまではちょっと会える機会が減ったって我慢しようぜ」ニッ
魔王「うんっ」ニコッ
勇者「ところでさっき何の本読んでたんだ?」
勇者は魔王が右手に持っている本を見て尋ねた。
本にはブックカバーがかけられており勇者には題名がわからなかった。
魔王「勇者には全然わかんないようなムズカシー本だよ」フフッ
腰まで伸びる髪を人差し指にクルクルと巻きつけて魔王は笑って答えた。
勇者「あ、お前馬鹿にしてんな!?」
魔王「だって勇者漫画とエッチな本しか読まないでしょ?」
勇者「そんなことねぇよ!!つーかエロ本は余計だ!!」
白の国の王都では舞踏会が始まり王宮の大広間はきらびやかな衣装に身を包んだ人々が吹奏楽団の奏でる曲に合わせてパートナーと手を取り合って踊ってる。
「でな、その後に武闘家がさ……」
「でもそれって勇者が……」
「あ、てめぇこの……」
「ふふっ……」
緑の国の静かな湖畔では勇者と魔王、二人の話声だけが風に乗って流れていた。
【Memories01】
――――10年前・緑の国
その日俺は親父に連れられて緑の国に来ていた。
なんでも古くからの友人に会うんだとか。
親父「よし、もう少しで着くぞ」
親父は脇を歩いている俺の方を向いて言った。
ずっと山道を歩いてきて俺は酷く疲れてたんだけど親父が何度「おぶってやろうか?」と言ってもそれを断った。
男がおぶってもらうなんてかっこ悪いと思ったからやせ我慢してたんだ。
親父「綺麗なところだろう?この国は中立国だから戦争もなくてな、こうして雄大な自然が広がっているんだ」
俺「チューリツコクって?」
親父「勇者も人間と魔族が長い間戦争をしているのは知っているだろう?」
親父「白の国、赤の国、橙の国、黄の国、青の国、藍の国、紫の国、銀の国……この8つの国が結んだ軍事同盟が『聖十字連合』」
親父「その聖十字連合と黒の国が戦争をしているんだが緑の国はどちらの軍勢の味方もしていないんだ」
親父「そういう風に周りで戦争が起こった時にどこかの国に協力したりしない国を中立国って言うんだ」
俺「へぇ〜〜……」
親父「本当に分かったのか?」
俺「むずしい話されてもおれよくわかんねーや」
親父「だろうな」ハハッ
話しているうちに目的地に着いた。
一軒のログハウスが森の中にひっそりと建っていた。
その小屋は小さくてもしっかりとした造りで、森の中の木々達と調和しているように感じた。
親父がドアをノックすると、ドアがギィと不快な音を立てて開き、中から大男が出てきた。
親父より頭一つ大きいその男は筋骨隆々を絵に描いたようなたくましい男だった。
大男「よぅ、大勇者。久しぶりじゃねぇか」
親父「剣士こそ、久しぶりだな」
俺は「なるほど、この人が剣士なのか」と思った。
親父と一緒に数々の戦場を駆け抜けた相棒。
魔王とも剣を交えたことがあったという凄腕の剣の使い手らしい。
よく親父から剣士のオッチャンの話を聞かされていたからどんな人なのかと思っていたけど……親父が『素手で倒した熊を生で食べて腹を壊すような豪快な奴だ』と笑いながら話していた通りの人だった。
剣士のオッチャン「お前が時間通りに来るなんてな、こりゃ明日は雨だな」ガハハ
親父「茶化すなよ」
剣士のオッチャン「……ん?おーー!!大勇者の子供か!!」
剣士のオッチャン「俺がお前に会ったのは随分と昔のことだからな〜、あの頃は豆みたいに小さかったのに随分と大きくなったもんだ」ガハハ
言ってオッチャンは俺の頭をわしわしと撫でてきた。
すごい力で頭を左右に揺らされてクラクラしてしまった。
親父「まったく、こんな山奥に家を建てて……城の魔法使いに近くまで転移魔法で飛ばしてもらったんだがそれでも相当歩かされたぞ」
剣士のオッチャン「そいつは悪かった。ただ……できるだけ静かに暮らしたいと思ってな」
剣士のオッチャン「……お前はまだ現役なんだろ?……すまねぇな、俺は……」
親父「いや、いいんだ。お前の選択は間違いではないし誰もお前を責めたりしないよ」
剣士のオッチャン「…………本当にすまない」
親父「だから謝るなって」
さっきまであんなに豪胆に見えたオッチャンが急に二回りは小さくなって見えた。
顔に差した影はそれぐらい暗く重いものだった。
親父「まだ……来てはいないようだな」
親父は小屋の中を覗くと言った。
剣士のオッチャン「あぁ、きっと来てくれるとは思うが……」
親父「私はこれから剣士と昔の友人に会わなければならないのだが……勇者も会うか?」
てっきり親父は剣士のオッチャンに会いに来たのだとばかり思っていて、もう一人会う友達がいたとは思わなかった。
でも俺はその友人が誰なのかすぐにピンと来た。
先代の魔王と戦っていた時、親父は三人でパーティを組んでいたらしい。
親父と剣士と最後の一人が大賢者。
攻撃魔法も回復魔法も使いこなすすげー爺さんだったんだとか。
大賢者さんも剣士のオッチャンと同じ様に前線を退いたと聞いていたから今日は昔の仲間と集まる日だったということだろう。
正直どんなすごい爺さんなのか会ってみたい気もしたけどオッサン二人と爺さんの話を聞いても面白くなさそうだったから俺は辺りをブラブラしてこようと思った。
俺「う〜ん……いいや、おれこの辺を探検してくるよ」
親父「そうか、まぁ2時間程で済むだろうしそれでもいいかもしれないな」
剣士のオッチャン「ガハハ、親父さん似なだけあって好奇心旺盛なところまでそっくりだな」
親父「くれぐれもあまり遠くに行きすぎるなよ」
俺「分かってるよ、じゃあ行ってくる!!」
そう言って俺は小屋を後にした。
森の中に入る時に後ろからまた木と木の擦れる不快な音とバタンというドアの閉まる音が聞こえた。
緑の国の大自然は俺にとっては新鮮そのものだった。
白の国の王都にある自然公園にはよく行っていたけれど、ここの自然は全くと言っていいほど違っていた。
綺麗に剪定された木々、森の間を通る道……自然公園が『造られた自然』だったのに比べてここの自然は人の手が一切加えられていない、大自然が生んだ緑だった。
俺は木々の間を抜けて道無き道を進んだ。
見たこともない色の蝶を追いかけてみたり、鹿の親子を眺めてみたり、登れそうな木に登ってみたり……さっきまでの疲れなんて吹っ飛んでこの大自然を楽しんでいた。
そうしているうちに開けた場所に出た。
そこは小高い丘で一面に白い小さな花が咲いていた。
一瞬その光景に見とれていた俺だが花々の真ん中に女の子が一人座っているのを見て驚いた。
こんな森の中に人が、しかも俺とたいして歳も変わらないような女の子がいるなんて……。
俺はその娘に興味が沸いて近づいていった。
俺「こんにちは」
女の子「だ、だれ!?」バッ
女の子はいきなり声をかけられてびっくりしたみたいだ。
でも相手がただの子供だとわかると少し安心したらしい。
女の子「おどろいた……だれもいないと思ってたのに急に声をかけるんだもん……どうしてこんなところにいるの?迷子?」
俺「ちがうよ!!探険だよ、探険!!」
女の子「ふふっ、そっか、じゃあわたしと一緒だね」ニコッ
その娘の笑顔に俺はドキッとした。
正直結構可愛かった。
肩まである綺麗な黒髪に綺麗で大きな瞳に綺麗な唇と綺麗な肌……ってさっきから綺麗しか言ってないな……我ながら語彙力ってもんがない……と、とにかく可愛かった。
俺「君……名前は?」
女の子「わたし?わたしは魔王よ」
俺は状況を理解するのに数秒かかった。
魔王……?
魔王って魔族の王様だろ?
どうしてこんなところに……って言うかホントにこの娘が魔王なのか?
魔王って魔族の王様で……この娘が魔王?
父さんの敵?
魔王が目の前にいる?
俺の目の前に?
俺「…………ホントに?ホントに君が魔王なの……?」
女の子「えぇ、そうよ。れっきとした黒の国の王様なんだから……ホラ」
その娘は着ていた漆黒のローブを捲って左腕を俺に見せた。
そこには魔王の証である黒の刻印がハッキリと浮かんでいた。
それを見て俺の中で熱く黒い何かが弾けた。
次の瞬間俺は魔王へと駆け出し彼女の胸ぐらを掴んで地面に押し倒すと馬乗りになった。
魔王「きゃっ、ちょっと!!いきなり何するの!?」
俺「だまれ魔王!!母さんの仇め!!」
魔王「な、何言ってるの!?わたしはあなたのお母さんのことなんて知らな……」
俺「うるさい!!おれの母さんはな、魔族に殺されたんだ!!」
魔王「!!」
俺「だから魔族の王様のお前は母さんの仇だ!!」
俺「それに……」グイッ
俺は右手の裾を捲るって魔王に勇者の朱の刻印を見せつけた。
俺「おれは勇者、99代目勇者のこどもなんだ!!勇者のコクインだってある!!」
魔王「!!」
俺「まだ王様から勇者に認められてないけどな、いつか必ず父さんみたいなすごい勇者になるんだ!!」
俺「だからお前なんかこのおれが倒してやる!!」
俺は右拳を強く握りしめて魔王の顔を殴ろうとした。
…………でも、殴れなかった。
恐怖の色を宿した瞳を微かに潤ませ、やがて来るであろう痛みに耐えようと口を一文字に結んで俺を見つめる少女を、俺は殴ることができなかった。
俺「……なんで抵抗しないんだよ……?」
振り上げた拳をわなわなと振るわせて俺は魔王に言った。
俺「子供でもお前は魔王なんだろ!?」
俺「おれなんかよりずっとずっと強いんじゃないのか!?」
俺「なのに……なんでそんな泣きそうな目でおれを見るだけなんだよ!!」ポロポロ
怒りの矛先をどこに向けたらいいのかわからなくなったからか、
自分の行動が酷く惨めに思えたからか、
わけがわからなくなってしまったからか、
…………俺はいつの間にか泣き出していた。
魔王「……私の……」
俺「……?」グスッ
魔王「わたしのお父さんは……わたしの前の魔王だったの……」
俺「……!!」
『前の魔王』ってことは99代目の……親父が倒した魔王だってことだ。
つまり魔王にとって俺は親の仇の息子にあたるわけだ。
俺「だったら……だったら俺が憎いんじゃないのか!?殺してやりたいくらいに!!」
魔王「うぅん、だからわたし……あなたの気持ちがわかるの」
魔王「あなたもわたしと同じ気持ちなのかな、って思ったら……わたし…………」グスッ
堪えきれなくなったのか、魔王も泣き出した。
泣いてる女の子の上にいつまでも乗っているワケにはいかないし俺は魔王から降りて…………やっぱり泣いた。
俺は目の前に魔族の王がいるってだけで殴りかかりそうになったのに、魔王は仇の息子を前にしても相手を想う優しい心を持っていた。
それに比べて俺はなんてちっぽけで貧相な人間なんだろう?
悲しみと怒りと不甲斐なさと惨めさがさらに俺の涙腺を刺激した。
そのまま二人はしばらくわんわん泣いていた。
落ち着いたころに俺は魔王に聞いてみた。
俺「……お前はおれたちのこと……人間のこと憎んでるのか?」
魔王「……わたしのお父さんはね、わたしが小さい頃に死んじゃって……わたしお父さんのことあんまり覚えてないの」
魔王「だからお父さんがいないことも悲しいってあんまり思わないし……それにお母さんが言ってたの」
魔王「『人間と魔族は長い間戦争をしてるけど人間は悪い人ばかりじゃないわ』って」
魔王「だから人間みんなのことを憎んでなんかいないよ、もちろんあなたのことも」
魔王「だってこうしてわたしと一緒に泣いてくれる人が悪い人なわけないでしょ?」ニコッ
赤く腫れた眼で俺に微笑む魔王を見て俺は自分が情けなくて仕方がなかった。
俺「……さっきはひどいことしてホントにごめん……」
魔王「…………ううん、いいの」
俺「………………」スッ
俺は黙って魔王に右手を差し出した。
魔王「?」
俺「……仲直りの握手だよ」
俺「もし……もしよかったらさ、その…………これからおれと友達になってくれないかな?」
魔王「友達……」
俺「やっぱりいやかな……?」
魔王「…………うぅん、そんなことないよ。よろしくね、勇者」ニコッ
魔王は優しく俺の手を握り返してくれた。
あの優しく柔らかな、少しだけ冷たい手の感触はきっと一生忘れない。
魔王「えへへ……『友達』か……」
俺「なんだよ、なんかおかしいのか?」
魔王「ちがうの、わたし今まで友達っていなかったから……初めて友達ができてうれしいの」
俺「え?」
魔王「小さい頃から部屋で魔法とか政治の勉強ばっかりだし、お城にはわたしみたいな子供なんていないし……だからあなたが初めての友達なの」
俺「そうなんだ……」
魔王「そうだ!!あなたをわたしのとっておきの場所に連れていってあげる」
勇者「とっておき?」
魔王「うん♪行くよ〜」
パァッ
勇者「!?」
カァッ!!
俺と魔王を中心に地面に魔法陣が浮かび上がったかと思うと俺達は青白い光に包まれた。
それは魔王が放った転移魔法だった。
気がつくと俺達は別の場所へと飛ばされていた。
俺「な……今のって転移魔法だろ!?すげー!!」
魔王「そう?……それより見て、綺麗なところでしょ?」
その場所は森の中にある静かな湖だった。
木々の緑の中にある小さな湖はその水面にすみわたる青空を映し出していた。
森の鳥達のさえずりと虫の音以外は何も聞こえない、静かな静かな湖のほとり。
俺「…………うん、とっても綺麗なところだ」
魔王「わたしに友達ができたらここに連れてくることが夢だったんだ」
俺「そっか……連れてきてくれてありがとな」ニッ
魔王「わたしの方こそ、友達になってくれてありがと」ニコッ
俺「……そういや魔王って何さいなの?見た感じおれとあんまり変わらないように見えるけど……」
魔王「わたし?わたしは9歳だよ?勇者は?」
俺「おれは7さい」
魔王「じゃあわたしの方がお姉さんだね」エヘヘ
俺「そっか2つしか変わらないのか……それなのにあんな転移魔法なんて使えるんだな」
魔王「まぁこれでも魔王だからね、とりあえず一通りの魔法は使えるよ」
勇者「でもすごいよ、転移魔法ってむずかしいんだろ?おれの父さんも苦手で上手くできないんだ」
魔王「たしかに上級魔法だけど練習すれば勇者もできるようになるよ。ちょっとコツがいるだけ……なんならわたしが教えてあげようか?」
勇者「ホント!?教えて教えて!!」
魔王「そうだね、勇者が転移魔法を使えるようになったらここで待ち合わせして会えるもんねっ」
それから俺は魔王に転移魔法の基礎を教えてもらった。
けどすぐにはできるようになるもんじゃないし、とりあえずその日は基本の軽いレクチャーが終わったら雑談を始めた。
俺「魔王はよくここに来るの?」
魔王「うん、お気に入りの場所だから」
魔王「お母さんがお仕事してたりお出かけしてる時はこっそりお城を抜け出して緑の国に来るの」
魔王「黒の国にも山や森はあるけど緑の国の自然が一番綺麗だし空気も美味しいから」
魔王「それでお散歩してた時にこの場所を見つけたんだ」
勇者「へぇ〜」
魔王「今日もお母さんがお出かけだから抜け出してきたの」フフッ
ここでふとした疑問が俺に生まれた。
俺「……お母さんっていくつ?」
魔王「へ?なんで?」
俺「だって魔族って人間よりずっと長生きなんだろ?何百さいなのかなーって思って」
魔王「ふふっ、お母さんは今年で30歳だよ、それに魔族はそんなに長生きしないよ」
魔王「長生きする人で100歳ぐらい、普通の人で80歳ぐらいじゃないかな?」
俺「じゃあ人間と変わらないじゃん!!」
魔王「そうなの?」
俺「うん」
俺「じゃあその……魔王は人間、た、食べたことあるのか?」
魔王「アハハ、なにそれ〜そんなことするワケないじゃない。勇者は面白いね」クスクス
俺「近所のおじいさんが言ってたんだ、魔族は何百年も生きていられて人間を食べてツノが生えてて……」
魔王「嘘嘘。そんなのでたらめだよ。そのおじいさんボケちゃってるんじゃないの?」フフフ
俺「なんだそっか……でも……」
俺は魔王の言葉を聞き考えた。
俺「そしたら人間と魔族って何がちがうんだろうな……」
俺「外見だって同じだし、ジュミョーも同じなんだろ?」
俺「何にもちがわないのに……それなのに人間と魔族はお互いを認め合えずにずーっと戦争してる……」
魔王「…………」
魔王も俺の問いに答えることはできずただ黙っていた。
俺達には想像もつかない大きな禍根が二つの種族の間にある。
そのことを子供ながらに俺と魔王は理解していた。
そして俺は……目の前にいる魔王を……いや、一人の友達を見てある考えが浮かんだ。
俺「なぁ、魔王?」
魔王「なに?」
俺「おれは勇者のコクインを持ってる……王様もきっと次の勇者になれるって言ってくれてる」
俺「いつか立派な勇者になるつもりだ」
魔王「そっか…………そしたら……わたし達は闘わなくちゃならないね…………せっかく友達になれたのに……」ウル
俺「ちがう」
魔王「……?」
俺「おれとお前で人間と魔族を仲直りさせようぜ」
魔王「なかなおり……?」
俺の突拍子のない一言に魔王は戸惑ったみたいだ。
俺「そうさ、人間代表の勇者と魔族代表の魔王が力を合わせるんだ!!」
俺「おれたちで戦争を止めようぜ!!」
魔王「え……そうなったらすごいけど…………でも、できるかな……?」
魔王「人間と魔族は何百年も戦争してきたんだよ?それをわたし達が止めるなんて……」
俺「おれたちだからだよ」
魔王「……?」
俺「だってこうして友達になれたじゃん!!おれたちならきっとできるよ!!」ニッ
曇っていた魔王の顔がみるみる晴れやかになっていった。
魔王「……うん、そうだね!!わたしたちだからきっとできるんだよね!!」
俺「あぁ!!」
魔王「魔族と人間が仲良くできる世界か……そんなの考えたこともなかったよ」
俺「そんな世界を作るのがおれたちの夢だ」
スッ……
魔王は右手を小指だけ伸ばして俺に向けてきた。
俺「?」
魔王「指切りしよ、勇者」
魔王「2人で平和な世界を作ろうって約束するの」
俺「へへっ、わかった」
キュッ
俺は魔王の小指に自分の小指を絡ませた。
俺「うん……よし」ニッ
魔王「えへへ……」ニコリ
魔王「そういえば勇者はどうしてあんな山奥に来ていたの?」
俺「それは父さんに連れられて…………って、あ!!そろそろ戻らないと……!!」
魔王「そっか、わたしもそろそろお城に戻るね、きっとお母さんももうすぐ帰ってくるだろうし」
魔王「さっきの花畑のところまで転移魔法で送ってあげるね」
俺「うん、ありがとう」
魔王「また……会えるよね?」
俺「うん、当たり前だろ?」ニカッ
魔王「そうだね♪ちゃんと転移魔法練習してね」
俺「任せとけって」
パァッ!!
地面に魔法陣が現れる。
魔王「……あ、わたしと勇者が友達なことは誰にも言っちゃダメだよ?もちろんこの場所のことも」
俺「なんで?」
魔王「だって魔王が勇者と友達だったら他の魔族達が不信感を抱いちゃうでしょ」
魔王「勇者も魔王と友達だって他の人たちに知られたら勇者に任命してもらえないかもしれないし……」
俺「わかった、じゃあ2人だけのヒミツだな」
魔王「そういうことっ」
魔王「……それじゃ勇者、またね」ニコッ
俺「うん、またな」ニッ
カァッ!!
魔王の笑顔を見たと思ったら元いたところ――――小高い丘の花畑に立っていた。
「おーーい、勇者ーー!!どこだーー!?」
少しすると聞き覚えのある声が森の中から聞こえた。
親父の声だった。
俺「父さーん!!こっちだよー!!」タタッ
俺は声のする方へ駆けながら言った。
親父もこっちの声に気づいたみたいですぐ見つけてくれた。
親父「まったく、遠くに行きすぎるなと言ったのに……」ハァ
俺「へへっ、ごめんごめん」
俺「もう1人の友達は来てくれたの?」
親父「ん?あぁ、まぁな、久しぶりに会ったが元気そうで良かったよ」
親父「……さて、近くの街まで帰って緑の国の魔法使いに白の国まで飛ばしてもらわないとな」
俺「え〜……?また歩くの?父さんが転移魔法使えればすぐ帰れるのに……」ブツブツ
親父「仕方ないだろう、私は転移魔法が苦手なんだ。どこに飛ぶかわからんのはお前も知っているだろ?」
親父「試しに使ってみてこの前みたいに無人島にでも飛ばされてみるか?」
親父「それはそれで面白そうだが……」フム
俺「そっちの方がヤだよ……いいよ、さっさと行こうぜ」
親父「なんならおぶってやろうか?」
俺「いい!!自分で歩く!!」
白の国に帰ってから俺はその日魔王に教えてもらった転移魔法の基礎を毎日練習して、二ヵ月後やっと転移魔法が使えるようになった。
七歳の子供が上級魔法を使えるようになったから周りは「やっぱり大勇者様の子供だ」って騒いでたけど実際は魔王のおかげだった。
喜び勇んで魔王との秘密の湖に飛んでみると缶が置いてあって中には魔王から手紙が入っていた。
お互い湖に来たときは返事を書いて缶に入れて連絡を取り合おうというものだった。
何回か手紙のやりとりをしてお互い都合の合う日を探して、初めて魔王に会ってから半月後、やっと魔王と再会を果たした。
魔王が俺に
『遅刻だ!!』
と言ったのはその時が最初だった。
【Episode02】
――――白の国・王都・勇者の家
勇者は自分の部屋でベッドに腰かけ物思いにふけっていた。
今日は旅立ちの日。
正式に勇者に任命された者が仲間達と共に各国を巡る旅に出るのである。
儀礼的な旅ではあるが勇者が世界を自身の目で見て回り、必要があらばその地での魔族との闘いに戦力として加わると共に、全ての国の王に謁見することで黒の黒の王都へと攻め入る許可が得られるのだ。
旅の最中に故郷、実家に戻ることを禁止されてなどいないが勇者はこの旅が終わるまでは家に帰らないと決めていた。
この旅が終わる時……勇者にとってそれは人間と魔族が争うことを止める時。
だから世界が平和になったら、またこのベッドで寝転がりながら漫画でも読もう、その時までこの部屋とはお別れだ。
と自分に言い聞かせた。
飾り気のない部屋だが勇者にとっては幼い頃から過ごしてきた"自分の空間"である。
名残惜しくないと言えば嘘になる。
勇者「よし……行くか!」
やがて勇者はそう言って腰を上げると装備の最終確認をした。
忘れ物がないかチェックし終えると最後に壁に立て掛けてあった愛剣を腰に差した。
戸口の前に立って部屋を見渡すと、ふと机の上に目が留まった。
勇者の机の上には『新説魔法学〜魔力痕研究学〜 著:魔法研究局局長』なる分厚い本が無造作に置いてある。
先日魔王に「勇者は漫画とエッチな本しか読まない」と言われたから難しい本を読んで魔王に自慢してやろうと思って買ってきたのだが……見事に目次で挫折した本だ。
勇者は二度と開かないであろうその本を見て苦笑するとゆっくりと戸を閉め、部屋を後にした。
階段を降り一階へ行くと父親がテーブルで新聞を広げていた。
父の淹れたコーヒーの香りがほのかに部屋を包んでいる。
大勇者「……行くのか」
勇者に気づいた大勇者が新聞をたたんで言った。
勇者「あぁ、白の神樹の前で武闘家達と待ち合わせしてる」
大勇者「そうか」
勇者「…………世界を平和に……人間と魔族が共存できるようになるまで、俺この家には帰らねぇからな」
大勇者「『人間と魔族の共存』…………か」フンッ
大勇者は勇者の言葉を鼻で笑った。
大勇者「お前はまだそんなことを言っているのか」
大勇者「勇者と魔王……いや、人間と魔族は争う運命にあるのだ、お前の言う『平和な世界』など子供の絵空事にすぎん」
勇者「…………」ビキッ
父の一言に勇者はこめかみに青筋を浮かべた。
勇者「親父は……親父はいつもそうだ!!」
勇者「なんで否定することしかしないんだよ!!」
勇者「人と魔族と何が違うって言うんだよ!!何も変わらないだろうが!!」
勇者「心を開いて話し合えば分かり合えるハズだろ!?」
勇者の言葉に大勇者も語気を強める。
大勇者「それが甘い理想にすぎないと言っているんだ!!」
大勇者「人と魔族の戦争が始まって数百年……お前のように魔族と和解しようとした人間が1人もいなかったとでも思うか!?」
大勇者「だが今もこうして争いが続いている!!和解など不可能という何よりの証拠ではないか!!」
勇者「昔のことなんか知ったこっちゃねぇよ!!」
勇者「できないと思ってやらなかったら絶対できるワケないだろうが!!」
大勇者「馬鹿げたことに時間と労力を費やすことが無意味以外のなんだと言うのだ!!」
大勇者「魔族は母さんの仇なのだぞ!?憎むべき人間の敵だ!!」
勇者「憎しみだのなんだの過去のこといつまでも引きずってるからお互い歩み寄れないんだろ!?」
勇者「大切なのは過去じゃねぇだろ、これからやってくる未来だろ!?」
二人の言い争いは徐々に熱を帯びていき、いつしか怒鳴り合う形になっていた。
……と、そこで二人のものではない別の声が間に割って入った。
「……これこれ、喧嘩はよさぬか」
勇者・大勇者「……ッ!?」バッ
二人がドアの方へ目をやるとそこには高貴な衣装に身を包み白く長い髭をたくわえた老人が立っていた。
勇者「お、王様……!?」
白の王「一応ノックはしたんじゃがな、返事がなかったから勝手に入らせてもらったよ、すまなかったな」
大勇者「こ……これはお見苦しいところを!!」
椅子から立ち上がり大勇者が頭を下げる。
白の王「よいよい……だが旅立ちの日だと言うのに親子が喧嘩別れなどするものではないぞ」
大勇者「ハッ」
勇者「…………」ムスッ
白の王「そうそう、わしは旅立つ勇者に一言はなむけの言葉を送りに来たんじゃった」
白の王「勇者よ、わしはお主が大勇者にも負けないような素晴らしい勇者になれると思っておる」
白の王「100代目勇者としてのお主のこれからの活躍に期待しておるよ」フフ
勇者「……はい、ありがとうございます」ペコッ
勇者「……じゃあ俺はもう行きますね」
白の王「うむ」
勇者がドアノブに手をかけたところで大勇者が言った。
大勇者「これだけは覚えておくんだな…………お前が本気で魔王と……魔族と闘う気になるまで私は聖剣をお前に託すつもりはない」
勇者はその言葉を聞くと大勇者の方へと向き直り思いきり舌を出して言った。
勇者「んなナマクラ俺には必要ないね!!勝手にしやがれ!!」
大勇者「なっ……!!」
ガチャ!!バタンッ!!
大勇者が二の句を継げずにいるうちに勢いよくドアを閉めて勇者は実家を後にした。
大勇者「ハァ…………申し訳ありません、王の前であの様な……」
白の王「なに、元気があって良いことではないか」
白の王「何よりお主の若い頃にそっくりじゃ」ホッホッホ
大勇者「まったく…………王は今日はお1人で?」
白の王「久しぶりにお主と話がしたくてな、一応護衛はつけておるが家の前で待機させておるよ」
大勇者「そうですか」
白の王「……座っても良いかの?」
チラとテーブルと椅子に目を遣り白の王が言った。
白の王「最近歳でずっと立っておると疲れてしまってのぅ……」ハハッ
大勇者「これはとんだご無礼を、どうぞお掛けになって下さい」
白の王「うむ、失礼するぞ」
よっこいせ、と言って白の王は質素な木の椅子に腰を下ろした。
大勇者「たいした物はお出しできませんが……お飲み物は紅茶とコーヒーどちらが良いでしょうか?」
白の王「すまんな、気を遣わせて……じゃあ砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを頂こうか」
大勇者「ハッ、少々お待ちを……」
大勇者は少し離れた流しへ行くとコーヒー豆を挽き始めた。
豆の砕けるガリガリと言う音を聞きながら白の王はぼんやりと大勇者の背を眺めていた。
白の王「……どうじゃ?身体の方は?」
白の王は心配そうに尋ねる。
大勇者は右手を開いて閉じてを何回か繰り返すとやや影のある声で言った。
大勇者「……正直そろそろ限界でしょうね……」
白の王「そうか……」
大勇者「我ながらよくもったと思いますよ、先代魔王と闘ってからほぼ20年になるのですから」
大勇者「私は戦場を駆ける身、いつ死んでも良いように心構えはしているつもりです」
大勇者「心残りがあるとすれば…………息子のことでしょうか」
普段の凛々しさとは似つかない小さな声で大勇者が言った。
白の王「…………まさかとは思っておったがお主の子もまた勇者の刻印を持つことになるとは…………」
白の王「真っ直ぐで優しいあの子もやがて魔族と……魔王と命懸けで闘うことになるのかのう?」
大勇者「えぇ……人々のために魔王と闘うのが勇者の務めなのですから」
白の王「わしが100代目の勇者に任命しておいてなんじゃが…………勇者という重責を背負わせてしまって本当にすまない……」
大勇者「いえ、王が気に病むことではありませんよ。息子が私と同じように勇者になったのは…………やはり運命なのでしょう」
大勇者「それに我が子だからこそ……勇者という存在の使命と宿命を背負い切ることができる、と信じられるのです」
大勇者のその言葉を聞き白の王は軽く笑った。
白の王「ホッホ、いつも喧嘩ばかりじゃがやはり親は親、じゃな」ニコリ
大勇者「フフッ、そうですな」
挽き終えたコーヒー豆をフィルターへと移しながら大勇者は苦笑した。
白の王「ときに大勇者よ、お主には大変申し訳ないのじゃが……」
大勇者「はい、なんでしょうか?」
白の王「やっぱり紅茶をもらえるかのう?」
――――白の国・王都・白の神樹前広場
白の国の王都、その中心を通る大通り。
北側は王宮へ、南側は白の神樹へと真っ直ぐに伸びている。
人と魔族が争い合う遥か昔からこの地に根を下ろすその大木は樹齢千年とも言われ、人々から深く愛され、信仰の対象になっている。
神樹の前には大きな広場があり憩いの場として連日多くの人々で賑わっている。
僧侶「あ、勇者君、こっちこっち!!」
雑踏の中から勇者を見つけた僧侶は手を振って自身の存在をアピールした。
勇者「お待たせ」
武闘家「2分13秒の遅刻……勇者にしては来るのがやけに早いですね……本物の勇者ですか?」
勇者「お前なぁ……」
武闘家「冗談ですよ、冗談☆」ニコッ
勇者「まったく……あれ?魔法使いは?」
僧侶「なんか美味しそうな匂いがするってさっきフラッとどこかに行っちゃったの」
勇者「しょーがない奴だなぁ」ハァ
勇者「俺達はこれからピクニックに行くんじゃないんだぞ?ちゃんと責任感を持ってだな……」
武闘家「あれ?誰か遅刻してきた人がいませんでしたか?責任感が足りないですよね〜」フフッ
勇者「…………まぁ肩肘張りすぎるのも良くないよな、少しの間ここで待っててやるとするか、うん」
武闘家「そうですね」クスクス
「良かった、間に合った!!」
幼い声に三人が振り返るとそこには一人の少年が立っていた。
僧侶「弟君!?」
僧侶は三人姉弟の一番上である。
彼女のすぐ下の弟がこの場に現れたのだ。
勇者「よう、弟どうしたんだ?」
僧侶弟「こんにちは、勇者様。今日姉ちゃん達が旅立っちゃうっていうからお見送りに来たんです」
僧侶「もぅ、お別れなら家を出る時にしたでしょ?それに妹ちゃんの面倒見ててって……」
僧侶弟「でも妹は今昼寝してるし……」
僧侶「一人にしたら危ないでしょ!!私が旅に出てる間妹ちゃんをよろしくって言ったのに……」
僧侶弟「…………」シュン…
武闘家「まぁまぁ、僧侶さんもそれくらいにしてあげて下さい。弟君も大好きなお姉さんとしばらくお別れしなければならずに寂しいんですよ」
僧侶「それは分かってるけど…………」
勇者「ま、たまには家に帰ってやれよ。なんなら俺が送ってやるからさ」
僧侶「うん、ありがとう勇者君」
僧侶弟「勇者様、武闘家さん、姉ちゃんのことよろしくお願いしますね」
勇者「おぅ、任せろ!!」ニッ
武闘家「僕達の方が僧侶さんにお世話になりっぱなしですけどね」フフッ
僧侶はその場に膝立ちになると弟と目線を合わせた。
優しく弟の両の頬に触れ、真っ直ぐに瞳を見つめた。
僧侶「私がいない間、お父さんとお母さんに迷惑かけちゃダメよ?」
僧侶弟「わかってるって」
僧侶「妹ちゃんのこともよろしくね、弟君はお兄さんなんだからね」
僧侶弟「うん」
二人は静かに目を閉じた。
僧侶「弟君に神樹の御加護がありますように……」
僧侶弟「姉ちゃんと勇者様達にも神樹の加護がありますように」
僧侶弟は祈り終えると目を開け目の前に悠然とそびえる大樹を見上げた。
僧侶弟「やっぱり大きいなぁ……それにここにいると安心するし」
僧侶弟「ねぇ姉ちゃん、他の国にも白の国みたいに神樹があるってホント?」
僧侶「えぇ、本当よ」
僧侶はゆっくりと立ち上がりながら答えた。
僧侶「どの国にも王都には白の国と同じように神樹があるの、勿論黒の国にもね」
僧侶「……と言うよりも神樹のある場所がそれぞれの国の王都になったのかな」
僧侶「私達がこうして暮らしていられるのも神樹のおかげなのよ?」
僧侶弟「え?そうなの?」
僧侶弟は姉を見て目を丸くした。
勇者「なんだ、学校で習ってないのか?」
僧侶弟「はい」コクン
僧侶「この神樹はね、ある種の結界を張っているの。あ、でも結界と行っても邪を退けるバリアみたいなものじゃないよ」
僧侶弟「??」
僧侶「えーっと……」
武闘家「『環境改善装置』、みたいなものでしょうか?」
僧侶がどう説明したら良いか困っていたので武闘家がフォローを入れる。
武闘家「神樹はその溢れる生命力を周囲の環境にも分け与えているんです」
そのまま武闘家が説明を代わってくれたので僧侶は内心ホッとした。
武闘家「神樹の力によって空気は洗浄され、土壌は肥え、嵐や地震の様な自然災害すら抑制されているのですよ」
僧侶「ずっと……ずっと前から神樹達は私達人間を……この世界を守り続けてきてくれたのよ」
僧侶弟「そうだったんだ……全然知らなかった」
僧侶弟はもう一度白の大樹を見上げた。
地中深くに広がる根、
何より太く力強い幹、
天へと自由に伸びる枝葉、
生命の神秘というものを目で、肌で、感じる。
勇者「この木からしてみれば……きっと人間と魔族の争いなんて子供の喧嘩みたいなもんなんだろうな……」
木漏れ日を眩しそうに見つめながら小さくそう呟いた勇者を少年は不思議そうに眺めていた。
魔法使い「あー、勇者じゃん!やっと来たの〜?」
両腕で大きな紙袋を抱きかかえた魔法使いが勇者に声をかけた。
右手に持っていたホットドッグを旨そうに頬張る。
魔法使い「ほーひふほひふほひほふひへひへは〜」モグモグ
勇者「魔法使い……ってか食いながらしゃべるなよ、何言ってるかサッパリわかんねぇよ」ハァ
魔法使い「ん……んぐっ」ゴクンッ
魔法使い「来るの遅いよー、この遅刻ジョーシューハンめ」
勇者「お前に言われたくねぇよ!!」
魔法使い「え〜?あたしより勇者の方がずーっと遅刻の回数多いよ〜」ペロッ
口の周りについたケチャップを器用に舌で舐めとり魔法使いが言った。
武闘家「うーん、正直どっちも似たようなものなんですけどね」フフ
魔法使い「……にゃ?この子は?」
魔法使いが僧侶の隣の少年に気付いた。
僧侶「私の弟だよ」
勇者「あれ?魔法使いは会うの初めてなのか?」
魔法使い「あー!君が僧侶の弟君か!あたしは魔法使いだよ、はじめまして♪」
僧侶弟「は、はい、はじめまして…………」
僧侶弟は魔法使いを見てなにやら戸惑っている。
僧侶弟「あ、あの魔法使いさん?」
魔法使い「なぁに?」
僧侶弟「魔法使いさんは……その…………猫なんですか?」ジー
僧侶弟は魔法使いの頭、栗色の髪の中から生える二つの猫の耳を凝視して尋ねた。
さっきから通行人がこちらを見てくるのは勇者に気づいてだと思ったがどうやらそうではなかった様だ。
魔法使い「残念ながらあたしは猫じゃないよ〜」アハハ
僧侶弟「そ、そうですよね……えっと、変わったコスプレですね」
魔法使い「コスプレなんかしてないよ?ちゃんとあたしの耳だよ?」ピコピコ
僧侶弟「!?」
小刻みに耳を動く魔法使いの猫耳に僧侶弟は驚きを隠せなかった。
勇者「俺達はもう慣れちゃったから気にもしてなかったけど……普通の奴からしてみりゃそりゃ驚きだよな」
魔法使い「昔魔法に失敗しちゃってね、その時にこうなっちゃったんだー」
僧侶弟「へぇ……」
僧侶「本当は魔法で治せるんだけど魔法使いちゃんが気に入っちゃって……ずっとそのままなの」
魔法使い「だって可愛いじゃん!!」ピコピコピコピコ
勇者「分かった分かった、てか帽子はどうしたんだよ?」
本来なら帽子で耳が隠れるのであまり人々からジロジロと見られることもないのだが、魔法使いがいつも被っている黒の帽子が今日は頭に乗っていない。
魔法使い「たまにはなくてもいいかなーって」
勇者「ダメだ、被れ。あんまり騒がれたくないから『100代目勇者旅立ちの式』ってのを断ってきたのに……王都の城門を出るまでは我慢して被ってろよ」
魔法使い「わかったよ〜〜」プクッ
頬を膨らませた魔法使いがパチンと指を鳴らすと頭上に小さな魔法陣が現れた。
魔法陣が光ったかと思うと既に彼女の頭の上には愛用の帽子がふわりと乗っていた。
勇者「とりあえずよし。……そしてその紙袋はなんなんだ?」
魔法使い「これ?これはねぇ〜、ポップコーンと焼き鳥とホットドッグとチョコバナナとそれから〜」
勇者「あのなぁ、それ抱えながら旅に出るわけにもいかないだろ……食料ならこっちの袋の中に入ってるし」
魔法使い「えー、だったらわざわざ旅なんかしなくても転移魔法で他の国の王都に跳んでっちゃえばいいじゃん、だいたいの国は行ったことあるんだしさー」
勇者「それじゃ世界中の色んな場所、色んな人達を見て回れないだろうが」
勇者「とは言え捨てるのも勿体無いし……そうだな、買ったもんは全部僧侶の弟にやれ」
僧侶弟「え?」
僧侶「なんか悪いよ、勇者君」
勇者「いいんだよ、ホラ魔法使い」
魔法使い「う〜ん……わかった、じゃあお近づきの印ってことで弟君にあげるよ♪妹ちゃんと仲良く分けっこしてね」ニコッ
僧侶弟「はぁ……あ、ありがとうございます」
魔法使い「いいのいいの♪……でも〜」ガサゴソ
魔法使いは僧侶の弟に渡した紙袋を漁ると、小さな袋を取り出した。
魔法使い「あった☆この焼き鳥はあたしが貰ってくね♪」
勇者「……まぁそれぐらいなら持って行ってもいいか」
武闘家「さて……全員揃ったことですしそろそろ行きましょうか」
僧侶「そうだね、随分遅くなっちゃったもんね」
僧侶「……そうだ、弟君。お姉ちゃんとの約束ちゃんと覚えてる?」
僧侶弟「妹の面倒をちゃんとみること。姉ちゃんの育ててるサボテンの世話を忘れないこと。それと勉強も頑張ること!」
僧侶「あとお父さんとお母さんに迷惑をかけないこと、ね?」
僧侶弟「うん!任せといてよ!」
僧侶「ふふ、わかった。頑張ってね」ニコ
勇者「僧侶、いいか?」ニッ
僧侶「うん、時間とらせてごめんね」
魔法使い「ん〜、最初はどこに行くんだっけ?」
勇者「赤の国、だな」
武闘家「その次は大砂漠を迂回するようにして黄の国へ、そしたら……いえ、まずは赤の国へ行くこと。そこからですね」
勇者「そういうことだな」
勇者は目を閉じ深く息を吸い込んだ。
勇者「……よし!!じゃあ100代目勇者様一行の旅立ちだ!!行くぞぉ!!」
魔法使い・僧侶「おー!!」
武闘家「ふふっ、いつも元気があっていいですね」ニコニコ
僧侶弟「行ってらっしゃい、姉ちゃん!!勇者様達!!」
一行は旅は幕を開けた。
僧侶弟は四人の背中が見えなくなるまで、白の神樹の前で手を振り続けていた。
――――黒の国・魔王の城・王の間
魔王は王座に座り書類に目を通しながら黒騎士の言葉に耳を傾けていた。
黒騎士「……以上が先の赤の国との戦になります」
全身を黒の甲冑に身を包んだ男は魔王の前に跪き重々しい声で闘いの結果を報告した。
魔王「やはり赤の国は白の国に次ぐ戦力の国……一筋縄ではいかんな」
魔王「先日の黄の国での戦はどうであった?」
黒騎士「ハッ、こちらの勝利まであと一歩というところでしたが大勇者が現れ戦況が一転、撤退を余儀無くされました」
側近「……いかがいたしましょうか?」
魔王「そうだな…………」
長い沈黙の後に魔王が答える。
魔王「赤の国、黄の国との前線へ兵の補給をし、そのまま現状待機だ」
黒騎士「待機……ですか?」
黒騎士は怪訝そうに尋ねる。
黒騎士「お言葉ですがどちらの国も先の戦で戦力が消耗していると思われます。ここで総攻撃をかければ重要拠点を落とし、赤の国、黄の国との闘いを有利に運ぶことができるかと……」
魔王「そうであろうな……今までだったらな」
黒騎士「新たな勇者……ですか」
魔王「うむ、100代目勇者という新たな戦力を得た人間側の力を侮ってはならん」
魔王「戦力を補給しにらみ合いに持って行くだけでも十分に相手への牽制になろう、『急いては事を仕損じる』と言うであろう?」
黒騎士「…………ハッ、心得ました。では御意に」
一礼すると黒騎士はきびきびと歩き王の間を後にした。
魔王「…………ふぅー〜…………」
側近と二人きりになると魔王は長く息を吐いた。
魔王「どうにか誤魔化せただろうか?」
側近「どうでしょうか?黒騎士殿はご命令に納得がいかなかったようでしたが……」
魔王「そうだろうな……黄の国への侵攻はともかく赤の国は今が攻め入る好機だと誰もが考えるであろう」フゥ
側近「そろそろ限界でしょうか?」
魔王「……だとしてもまだ時間を稼がねばなるまい、勇者は先日旅に出たばかりだと聞くしな」
側近「うふふ、魔王様と勇者さんの計画が早く実現すると良いですね」
魔王「そうだな」
側近は勇者と魔王の仲を知る唯一の人物である。
勇者と魔王の夢を現実のものとするにはどうしても第三者の協力が必要だと二人は考えるようになった。
勇者はまだしも魔王は魔族の頂点に立つ身として一人で黒の国全体を和平へと向かわせるのは到底不可能である。
そこで白羽の矢が立ったのが魔王の幼少期は世話係を務め、現在は側近を任されている彼女であった。
五年前、魔王が十三の時に魔王は当時既に側近であった彼女に全てを打ち明けた。
大勇者の息子、100代目勇者候補と交遊があること。
彼と共に魔族と人間の戦争のない平和な世界を目指していること。
話を聞いた時は多少のことには動じない側近も流石に面食らったようだったが、魔王の良き理解者である彼女は『魔王様に付き従うのが私の役目ですから』と二人の後押しをすることを快諾したのだった。
自国の消耗を抑えつつ他国へ甚大な被害を出さない侵略をするという難しい采配は魔王の知識だけではこう長く続けてこれなかっただろう。
だがそうした采配にも限界がきているのは否めなかった。
側近「……黒騎士殿だけでなく他の将軍達も遅々として進まぬ侵攻、ひいては魔王様の指揮に不満を抱えているようです」
魔王「…………こればかりは仕方ないな」
魔王は眉間に皺を寄せ次の書類に目を通しながら答えた。
側近「えぇ……でも魔王様の支持率はお父上に次いで2番目に高いのですよ?」フフッ
魔王「そうなのか?」
側近「税金を減らし地方の開発発展に意欲的に取り組み、可能な限り国民の声に耳を傾けていらっしゃいますからね」
側近「平和な世界であったならば間違いなく名君と呼ばれるのでしょうね」
魔王「そうか…………」
魔王は手に持つ書類の最後のページをめくった。
最後の紙には子供の幼い字で『まおうさま このまえむらにいどをつくってくれてありがとう』と書かれて可愛らしい絵が描かれていた。
魔王「ふふっ、私には戦に強い国を作るよりも国民のための平和な国を作る方が合っているのかもしれんな」
「魔族の王たる魔王がかような考えでどうするのだ!!」
男の低い声が王の間に響き亘る。
コツコツと足音を立て玉座の前へ漆黒の鎧の男が現れた。
側近「魔将軍殿……!!」
魔将軍「黒騎士から聞いたぞ、赤の国、黄の国の侵略を中止させたと!!」
魔将軍は軍事において魔王に次ぐ権力を持つと共に過激な反人間派の中心人物である。
先程の魔王の決定に異論を唱えるのも無理はない。
魔王「黒騎士にも申したが新たな勇者という存在がある故迂闊な進軍は我が軍の被害をいたずらに増やすだ……」
魔将軍「それはただの逃げ腰にすぎん!!」
魔王の言葉を遮り魔将軍が叫んだ。
魔将軍「我が軍の兵達は戦で命を落とすことなど常から覚悟していおる!!」
魔将軍「敵の重要拠点を落とせるとなれば多少の犠牲はつきものだと分からぬのか!!」
魔将軍「人間は貴女の父上を殺した憎むべき仇なのだぞ!?それを毎度腑抜けた指揮で……!!」
側近「魔将軍殿!!先程から魔王様に対してなんたる無礼な……!!」
魔王「よいのだ、側近」
魔王「……ともかく、私は決定を覆すつもりはない」
魔王はそう重々しく言うと真っ直ぐに魔将軍を睨んだ。
魔将軍「…………チッ、頑固なところばかり兄上に似おって……」
身を翻すと魔将軍は来た時と同じように足音を立てて王の間を去った。
側近「…………」
魔王「叔父上……」
軍内部で魔王に対する不満を持つ者が増えつつあるのは確かである。
もしかしたらもうあまり時間はないのではないか?
魔王はそう考えていた。
【Memories02】
――――5年前・白の国・王都・白薔薇学園
学年主任の先生「じゃあしばらくは今発表した班編成でパーティを組んでもらうぞ、模擬戦や任務にもそのパーティで取り組んでもらうことになる」
学年主任の先生「勿論明日からの銀の国での演習にもこのパーティで参加してもらうからな、わかったかー?」
学生達「はーい!!」
学生課の先生が最後の確認をとるとみんなが大講堂に響き亘る声で返事をした。
一方私は今聞いたパーティが信じられずに茫然としていた。
……まさかこんなことになるだなんて思いもしなかった……。
たしかに私は授業を欠席したことは勿論、遅刻したこともないし、魔法の実習もテスト勉強も一生懸命やってきたと自分でも思う。
この前のテストでは学年で四位だったし、『回復魔法の腕前は既に一人前だよ』と魔法課の先生も誉めてくれた。
だけど良い成績をとろうと頑張っていたのは優越感に浸りたいからとかみんなに誉めてもらいたいからとかじゃなくて特待生として奨学金が欲しかったからだった。
決して稼ぎは多くないのにこうして由緒ある白薔薇学園に通わせてくれたお父さんとお母さんの負担を少しでも減らそうと特待生枠を狙っていた。
だから…………。
…………まさかこんなことになるなんて思いもしなかった…………。
武闘家君「君が僧侶さんですか?初めまして、僕は武闘家」
サラサラの金髪を後ろで結った少年が私に声をかけてきた。
武闘家君「いつまでこのパーティで一緒になるかわからないけどよろしくお願いしますね」ニコッ
そう言って武闘家君は屈託のない笑顔で挨拶した。
私「よ、よろしくね、武闘家君」
私は以前から武闘家君を知っていた……と言うのもこの学年で二番目の有名人だから。
何を隠そうその成績は学年トップ。
毎回テストではほとんどの科目で満点を叩き出す秀才だ。
魔法使いちゃん「僧侶みっけ!!えへへ、同じパーティだったね、よろしく♪」ニパッ
私「うん、よろしく」
魔法使いちゃん「……と、こっちが武闘家君かな?」
武闘家君「はい、魔法使いさん……ですね?お噂はかねがね」フフッ
魔法使いちゃん「そう?やっぱりあたしって有名人なのかな〜?♪」
私「……うーん……ある意味、ね」アハハ…
魔法使いちゃんは同じクラスの娘で前から交流もあったし仲が良かった。
彼女はこの学年で"ある意味"一番の有名人だ。
初級炎撃魔法陣を展開する最初の魔法実習の授業で、実習室を三つ半壊させたんだからそれは有名にもなる。
以来魔法使いちゃんは先生達から要チェック人物として扱われているんだけれど本人はそんなこと少しも気にしてないみたいだった。
「なんだよ、武闘家。同じ班だったんだから一緒に行ってくれりゃ良かったじゃねぇかよ」
背後からまだ少しだけあどけなさの残る少年の声がした。
武闘家君「フフッ、ごめんなさい」
少年「まぁいいけどさ……えっと……こっちが僧侶でこっちが魔法使いか?」
魔法使いちゃん「そうだよ〜、そう言う君は勇者?」
少年「おぅ、俺が勇者だ!!……っつってもまだ勇者"候補"だけどな」ハハッ
勇者君「よろしくな、2人とも」
武闘家君「あれ?僕は?」
勇者君「お前は前から俺とつるんでたじゃねぇか」
私「え、えっと……よろしくね、勇者君」
勇者君「あぁ、よろしくな♪」ニッ
私達のパーティ最後の一人は学年一の……いや、この学園一の有名人、勇者君だった。
99代目勇者の大勇者様の息子で七歳で転移魔法を使えるようになったという天才。
剣の腕もピカ一でこの前は一年生にもかかわらず剣術の先生に勝ったんだとか。
次の勇者最有力候補との呼び声も高かった。
学年一の秀才と学年一の問題児、時期勇者候補。
そんなすごいパーティの中に凡人の私が選ばれるだなんて全くもって思いもしなかった。
私「……すごいメンバーばっかりだね……」
魔法使いちゃん「そうかな〜?」
私「うん……なんだか私場違いだよ……」ウゥ
武闘家君「そんなことありませんよ、僧侶さんはとっても優秀じゃないですか」
勇者君「なに!?」
武闘家君「えぇ、回復魔法は学年でも3本の指に入ると聞きますしこの間のテストはたしか学年4位でしたよ」
勇者君「げ……1位と4位がいんのかよ……」
武闘家君「どうかしましたか?赤点ギリギリだった勇者君?」クスクス
勇者君「馬鹿にしやがって!!」コノコノ!!
武闘家君「あはは、冗談ですってば、もう」クスクス
私「……ふふっ」
じゃれ合う二人を見て私は笑ってしまった。
そうだ、学年一位の秀才も勇者候補も私と同じ十二歳の子供なのだ。
決して雲の上の人なんかじゃない。
魔法使いちゃん「なんだ、勇者って言ってもあたしと大して変わらないじゃん」アハハ
勇者君「う、うるさいなぁ、実技が出来ればいいんだよ、実技が出来れば!!」
武闘家君「魔法使いさんには失礼かもしれませんが、勇者と魔法使いさんは実技A学力C、僕は実技B学力A、僧侶さんは実技A学力Aと言ったところでしょうか」
武闘家君「ね?このパーティの中で一番バランスがとれてるのが僧侶さんなんですよ、何も場違いなことなんてありません」フフッ
私「そ、そうかな……?」
勇者君「俺達同い歳のただのガキなんだからさ、気楽に行こうぜ」
魔法使いちゃん「そーそー!!気楽にお気楽リラックス♪」
私「ふふ、ありがとう、みんな」
そこで剣術の先生が声をかけてきた。
剣術の先生「随分と楽しそうだな、勇者」
勇者君「あ、ども」
剣術の先生「初めてパーティを組んで浮かれるのも分かるが、そんな浮いた気持ちでは明日からの演習で遭難することになるかも知れんぞ」フンッ
勇者君「大丈夫ですよ、もし危なくなったら転移魔法使って山小屋まで跳びますから」ニコッ
剣術の先生「流石、天才は違うというわけか。……まぁいい、くれぐれもはしゃぎすぎないようにな」
そう言って剣術の先生は職員室へ向かっていった。
魔法使いちゃん「なに〜、あの先生感じ悪ーい」ブー
勇者君「この前俺に負けたの根に持ってんだろ、ったく剣士の風上にも置けねぇ奴だよ」ケッ
武闘家君「勇者があんなにこっぴどく負かさなければ良かったんですよ」ハァ
私「勇者君何したの?」
武闘家君「先生の太刀を5分間ひたすら避け続けて、その後に先生の竹刀を弾き飛ばして喉元に竹刀を突きつけて『まだやりますか?』なんて…………僕だったら恨みを買わないようにもう少し上手くやりますけどね」
勇者君「だって頭きたんだもんよ、仕方ねぇだろ?」
勇者君「剣の腕なんて剣士のオッチャンの足元にも及ばないクセしてさ、偉そうに『剣の道とはなんたるものか』なんてご高説垂れてよ」
勇者君「挙げ句実技授業は生徒いびりしかしねぇんだ」
魔法使いちゃん「それはあたしも頭にきちゃうなー」
勇者君「だろ?あの野郎負かした時の他の生徒達からの歓声と言ったらなかったぜ」ウンウン
勇者君「……ま、とりあえずみんなしばらくよろしくな!!明日からの演習も頑張ろうぜ!!」
――――翌日・銀の国・白銀の山
白薔薇学園の一年生が初めてパーティを組まされて最初に挑む実習は雪山サバイバル。
魔法課の先生が雪山に生徒達を転移魔法で運び、そこから各パーティが協力して目的地の山小屋を目指す、というものだった。
『過酷な自然の中でパーティの絆を深めるのだ!!』と熱血漢の先生が雪も溶けてしまうような暑苦しさで語っていた。
大陸の北方に位置する銀の国はいわゆる雪国で、一年中雪が積もっているらしい。
演習が始まり雪山の中腹に跳ばされた時、私達は辺り一面の銀世界に胸を踊らせた。
白の国にも雪は降るけれど年に一、二回程度だし積もってもせいぜい靴が埋まる程度。
私達はあんなに沢山の雪を目の当たりにしたのは初めてだったから演習が開始されてしばらくの間は折角の雪景色を堪能した。
勇者君と魔法使いちゃんは雪合戦をして大いにはしゃいでいた。
武闘家君が二人に何も言わなかったのはきっと武闘家君も少しこの白い世界を楽しんでいたかったのかもしれない。
私も小さな雪ダルマを作っては太陽の光に銀色に輝く景色を眺めていた。
しかし、雪山を舐めてはいけない。
白銀の山は比較的なだらかな山だけど森が多いから見通しも良くはないし、何より山の天気は変わり易い。
さっきまでお日様が見えていたと思ったらみるみる雲が空を覆って気が付けば吹雪が…………なんてことも珍しくない。
そんなわけで私達パーティは
見事に遭難した。
魔法使いちゃん「勇者ぁー、今どこなの〜!?」
魔法使いちゃんがうんざりと勇者君に尋ねる。
勇者君「だーかーらー、今ここらへんだよ、ここらへん!!」
勇者君がうんざりと地図を指差す。
武闘家君「違いますよ、もうその地図には載ってない場所です」ハァ
武闘家君がうんざりため息をつく。
私「とりあえずそろそろ休まない……?」
私はうんざりと近くの切り株に腰を下ろした。
勇者君「なんだ僧侶、もうへばったのかよ、だらしないぞ!!」
勇者君は『まだまだ元気だ』と言わんばかりに両手に持っていた荷物を何度も上げ下げした。
武闘家君「いえ、僧侶さんの言う通りです。体力を蓄えるためにも今は休むのが得策でしょうね」
武闘家君は空を見上げると山の頂へと視線を移しながら言った。
武闘家君「曇っていてわかりにくいでしょうがそろそろ日も暮れる頃ですよ」
武闘家君「それに山の頂上付近の天気の荒れ様を見る限りじきにここも吹雪にみまわれるでしょう」
武闘家君「今からビバークの準備をしておかないと取り返しのつかないことになりますよ」
勇者君「う……わかったよ」
武闘家君の説得に勇者君もここでのビバークに賛成をしてくれた。
魔法使いちゃん「"びばーく"って?」
私「簡単に言うとテントで野宿しようってことだよ……」
勇者君「へぇ〜……」
武闘家君「演習開始前に先生が説明してくれたじゃないですか……2人とも一体何を聞いてたんですか?」
勇者君・魔法使いちゃん「寝てた!!」
二人は声を揃えて何故か自慢気に言った。
勇者君「なんだ、魔法使いもか!?」
魔法使いちゃん「そう言う勇者も!?」
勇者君「あの先生の話は催眠魔法よりタチ悪いよな〜」ククッ
魔法使いちゃん「わかるわかるー☆」ケタケタ
武闘家君「二人とも……笑い事じゃないですよ?」ニコッ
武闘家君は確かに笑っていたけどその威圧的な笑みに勇者君と魔法使いちゃんは一瞬で真顔に戻った。
勇者君・魔法使いちゃん「すみませんでした」シュン
武闘家君・私「…………」ハァ
私達は同時にため息をついた。
武闘家君がテントを建てるのに良さそうな場所を見つけてくれたので私達はそこで吹雪をやり過ごすことにした。
勇者君と魔法使いちゃんもテントの建て方は知っていたみたいで、四人で協力してすぐに組み立てが終わった。
最後に吹雪を和らげるために、私が耐氷撃魔法陣と耐風撃魔法陣をテントの周りに張ってビバークの準備は完了。
素早く準備を済ませたつもりだったけど吹雪が来るのは予想より早く、私達がテントに入るとすぐに強風が吹き荒れた。
四人が入ったテントはぎゅうぎゅう詰めだった。
私達は、出入口から時計周りに勇者君、魔法使いちゃん、私、武闘家君の順に円を描いてみんな毛布にくるまっていた。
でもそうして四人で寄り添っていたから少しだけ暖かかった。
勇者君「いや〜しかし吹雪ってのはすごいもんだな……テントが吹き飛ばされちまいそうだ」
テントの中心に置かれたランプをぼんやりと眺めながら呟いた。
風が吹く度にテントの金具が軋んでギシギシと音を立てていたのだから無理もない。
武闘家君「それでも僧侶さんの補助魔法のお陰で随分マシになってるんですよ?」
私「でも私補助魔法は覚え立てだし初級魔法しか使えないからあんまり役に立ててないかも……」
武闘家君「雪玉と一緒にコンパスを投げたり滑って崖から落ちて迷子になった人に比べたら大活躍です」
魔法使いちゃん「あんなこと言われてますよ、雪玉と一緒にコンパスを投げた勇者君」ヤレヤレ
勇者君「そうですね、滑って崖から落ちて迷子になった魔法使いさん」ヤレヤレ
武闘家君「とにかく、遭難の原因はあなた方二人にあるんですからね?」
勇者君「わ、わかってるよ」
魔法使いちゃん「そう言えば勇者の転移魔法は?」
魔法使いちゃんが思い出したように言った。
魔法使いちゃん「ホラ、昨日学校で『遭難したら山小屋まで跳ぶ』って言ってたじゃん」
勇者君「あ、あぁ、あれな、うん……」
勇者君が表情を曇らせた。
武闘家君「転移魔法は原則自分の行ったことのある場所にしか跳べないんですよ、だから勇者は山小屋には跳べないワケです」
勇者「……はい、その通りです」シュン
勇者君が一回り小さくなった。
武闘家君「てっきり僕は事前に山小屋に行ったことがあるからあんな大口叩いたんだと思っていたんですが……甘かったですね」ハァ
勇者君「……面目ない」シュン
勇者君がさらに一回り小さくなった。
私「……この魔法具……使おうか?」
そこで私は手にしていた小さな円盤型の魔法具をランプの光にかざした。
演習中に遭難してしまったり事故にあったりしてしまった時、どうしても生徒達の手では解決できないような問題に直面した時には、この魔法具に魔力を込めれば山小屋で待機している先生達に連絡が入り助けに来てくれる、というものだった。
遭難したとその状況は魔法具を使うのに相応しい状況……と言うかそのための魔法具だったんだけどね。
勇者君「いーや、それはダメだ」
でも勇者君はキッパリと言った。
勇者君「それ使ったらリタイアってことだろ?それだけはヤだ」ムスッ
武闘家君「勇者は変なところで負けず嫌いですからね」
魔法使いちゃん「あたしもリタイアは嫌だな〜」
私「でも……」
武闘家君「……まぁ大丈夫ですよ、日が上ればある程度の方位はわかりますから地図と周囲の地形を照らし合わせてなんとかしてみせます」
武闘家君「まだ食料は多目に5日分はありますからね『まだあわてるような時間じゃない』……ってやつですね」ニコッ
私「何それ?」
勇者君「流石武闘家!!頼りにしてるぜ!!」
魔法使いちゃん「かっこいー!!」
武闘家君「はいはい……それよりそろそろご飯にしませんか?お腹空いたでしょ?」フフッ
勇者君・魔法使いちゃん「賛成ー!!」
私達は乾パンと干し肉、簡易スープの質素な晩餐をとった。
どうせなら勇者君の転移魔法で街に言ってレストランでご飯を食べてホテルに泊まって明日の朝このテントに戻れば良いんじゃないか、という悪魔の提案を魔法使いちゃんがしたけど勇者君がズルはしたくないと言って却下した。
私にはそんなお金もなかったし正直助かった。
それから私達はお互いのことを話し合って打ち解けていった。
勇者君はお父さんに負けないような100代目の勇者を目指して毎日修行していることを話してくれた。
剣術は大勇者様のパーティだった剣士様に習ってるんだって。
私が「じゃあ魔法は大賢者様に習ってるの?それとも大魔導師様?大勇者様?」って聞いたら「魔法は特別コーチがいる」って笑って言った。
勇者君が見せてくれた勇者の刻印は今まで見たどんな赤よりも赤く、夕焼けの空のような朱色だった。
私が弟君と妹ちゃんと一緒に一面綿飴だらけの真っ白な平原で遊んでいる夢を見ていると不意聞こえたに武闘家君の声で目が覚めた。
武闘家君「駄目です!!危険すぎます!!」
勇者君「でも行かないわけにはいかねぇだろ!!」
私「どうしたの……?」
私はまだ重たい瞼を擦りながら尋ねた。
武闘家君「あ、僧侶さん、起こしてしまいましたか……」
魔法使いちゃん「どうしたもこうしたもないよ、勇者が外に出るって言うんだよ」
私「え?な、なんで!?」
勇者君「悲鳴が聞こえたんだよ!!多分俺達みたいに遭難した奴らが助けを求めてるんだ!!」
勇者君が声を荒らげて言った。
武闘家君「だとしてもこの吹雪の中外に出るだなんて自殺行為です!!」
武闘家君「先生に救難信号を送る魔法具だってあります、仮に遭難した人達がいても大丈夫なハズです!!」
武闘家君は必死に勇者君に訴えた。
勇者君「んなもん知るか!!」
だけど勇者君は武闘家君よりも必死な顔で叫んだ。
勇者君「すぐ近くに助けを求めてる人がいるかもしれないのに放っておけねぇだろ!!」
「きゃーー!!だ、誰かーー!!」
私達「!!!!」
風の唸る音がビュウビュウと聞こえる中、女の子の叫び声がたしかに私達に届いた。
勇者君「……やっぱり!!」
勇者君「おい、危ないからお前らはここにいろよ!!ちょっと行ってくる!!」ダッ
私「ちょ、勇者君!?」
勇者君は私達の制止を振り切りテントから飛び出していった。
魔法使いちゃん「行っちゃった……」
私「どうしよう、武闘家君……」
武闘家君「………………」
武闘家君は目を固く閉じ沈黙していた。
やがて大きなため息をつくと言った。
武闘家君「吹雪でただでさえ視界も悪いのにランプも持たずに飛び出して行きますかね」ハァ…
武闘家君「……勇者1人じゃ不安ですし僕も勇者の後を追います。必ず連れて帰ってきますから2人ここで待っていて下さいね」
武闘家君がランプに手を伸ばしたところで、魔法使いちゃんが武闘家君より先にランプを手にとった。
魔法使いちゃん「あたしも行くよ、こんなところでじっとしてるなんて性に合わないし♪」ヒョイッ
武闘家君「…………魔法使いさん」
魔法使いちゃん「僧侶はどうする……?」
私「私は…………」
もしここで外に出たら吹雪の中で息絶えてしまうかもしれない
。
真っ暗な夜の闇の中で何も見えず何も感じられず、ただただ冷たい雪が残酷に私の体温と五感を奪っていくのだろうか?
そう考えたら私は怖くて怖くて仕方がなかった。
だけど私は……何よりも温かなものが"そこ"にある様な気がした。
私「行くよ、私も行く。……だって私達4人で1つのパーティでしょ」ニコッ
不安を吹き飛ばす様に私は精一杯に笑ってみせた。
テントの外は暗闇が銀世界を包み込んでいた。
しかもそれだけじゃなく荒れ狂う吹雪のせいで、ランプの灯りがあってもほんの少し先までしか見えない。
防寒着越しにも伝わる刺すような冷気が私達の体力を奪っていくのがわかった。
武闘家君の指示で少し進む度に魔法使いちゃんは小規模な炎撃魔法で前方に道を作った。
私達も同じように少し歩いては周囲に耐雪撃魔法と耐風撃魔法を放って吹雪を和らげた(と言っても焼け石に水だったけど)。
そうして勇者君の足跡を追いかけて数分もしない内にどうにか私達は勇者君に追いついた。
そこには思いもよらない光景が広がっていた。
血まみれで倒れる二人の男の子と一人の女の子。
さらにもう一人女の子が近くの木に寄りかかり泣きながら震えていた。
そして四人の前には巨大な獣に少年が立ち向かっているところだった。
その少年が勇者君だっていうのは分かったけど……あの獣は一体……?
武闘家君「な……魔獣堕ちした大熊山猫!?」
武闘家君が驚きを隠せない様子で言った。
魔法使いちゃん「オオクマヤマネコ?熊なの?猫なの?」
武闘家君「一応猫……ですよ、分類上は。でもその凶暴さと怪力は熊に匹敵します」
武闘家君「それに……魔獣堕ちしてるだなんて……」
授業で習っていたから魔獣堕ちというのは私も知っていた。
強い憎しみや恐怖を抱いたまま殺された動物に世界に満ちている魔力が悪い方へ作用してしまう現象のことだ。
魔獣堕ちした動物はその強い憎悪の念によって血と破壊を求める獣になってしまう。
負の魔力の力を得て生前の何倍も強力な力を持つようになった動物達は『魔物』や『モンスター』と呼ばれ、人々から恐れられている。
その魔物が今、目の前にいる。
私は混乱しながらも状況をどうにか把握した。
あの子達のパーティが遭難したところで魔物に襲われ、勇者君が現れた、というところかな、と思った。
私より数秒早く状況を理解していた武闘家君が私達に指示を出す。
武闘家君「僕は魔法使いさんで勇者の助けに入ります!!僧侶さんは怪我人の手当てを!!」
私「は、はいっ!!」
魔法使いちゃん「わかった!!」
私は一番近くに怪我して倒れていた男の子へと駆けて行った。
私「大丈夫!?」
男の子「う……」
意識はある様だった。
私は回復魔法の魔法陣を組んだ。
いつもならそんなに時間もかからずに展開できるのに焦りから少し時間がかかってしまった。
やっとのことで術式を組み終え魔法陣が発動した。
男の子を中心に回復魔法の緑色の温かな光り生まれ彼の傷を癒す。
上級回復魔法なら一度に沢山の人達の手当てをしてあげられるけどあの時の私が使えたのは下級回復魔法だけだった。
私は彼の傷が治るのをもどかしく感じながら勇者君達の方を見た。
丁度武闘家君と魔法使いちゃんが勇者君達の加勢に入ったところだった。
武闘家君「勇者!!」
魔法使いちゃん「助けに来たよっ!!」
勇者君「な……武闘家に魔法使い!?」
武闘家君「勝手に飛び出して行ったかと思えば魔物と闘っているとは……本当に世話が焼けますね、っと!!」
武闘家君は飛び上がり魔物の頭に回し蹴りを叩き込んだ。
魔物「グガァ!?」
しかし魔物はピンピンしていて、鋭い爪で武闘家君を襲った。
ビュッ!!!!
武闘家君「おっと……!!」
スカッ
体を捻って紙一重で攻撃を避けて着地。
即座に次の攻撃へ備えた。
武闘家君「やっぱりたいして効いてませんか……」フム
勇者君「馬鹿野郎、テントで待ってろって言ったのに!!」
勇者君が武闘家君達に怒鳴った。
武闘家君「人に説教できる立場ですか?ランプも持たずに飛び出してどうやって帰ってくるつもりだったんです?」
武闘家君「テントに転移魔法で跳ぶにしても曖昧な座標認識では成功しないでしょ?」
勇者君「うっ……」
魔法使いちゃん「それに……助けに来たのはあたし達だけじゃないよ」チラッ
勇者君「!?」バッ
魔法使いちゃんの言葉に勇者君は振り返った。
私は一人目の回復を終えもう一人の男の子を治療しながら勇者君達を見守っているところだった。
勇者君「僧侶もか……」
魔法使いちゃん「僧侶が『私達4人で1つのパーティでしょ』って」
魔法使いちゃん「やっぱり困った時は助け合わないとね」ニコッ
勇者君「…………」
勇者君「……ったく、バカは俺1人で十分だってのに」チッ
武闘家君「とか言って、内心嬉しいんでしょ」フフッ
勇者君「うっさい、ほっとけ!!」カァッ
魔法使いちゃん「否定はしないんだね」クスクス
魔物「グルルル……」ユラッ
武闘家君「さて……と」
武闘家君「魔獣堕ちした大熊山猫の討伐任務……難易度はAってところでしょうか」スッ
武闘家君が半身で構えた。
勇者君「初任務にとって不足無し、ってな」チャキッ
勇者君も続いた。
魔法使いちゃん「あたしも全力でやっちゃうよー☆」サッ
魔法使いちゃんも身構えた。
私「こっちが終わったら私もすぐ加勢するから!!」
回復しながらでは応援するぐらいしかできなかったけど、私は精一杯叫んだ。
魔物「ガアアァ……!!」グルルル
魔物は立ち上がり赤く光る眼で私達を睨みつけ、不気味に喉を鳴らしていた。
勇者君「よっしゃ、勇者一行の初陣だ!!行くぞ!!!!」ダッ
武闘家君「はいっ!!」ダッ
魔法使いちゃん「うんっ!!」ダッ
――――――――
剣術の先生「……まったく、無茶したものだな」
勇者君「ナハハ……」ボロッ
武闘家君「ハハッ、返す言葉もないですね」ボロ〜
魔法使いちゃん「アハハ」ボロボロ
どうにか魔獣を倒した私達は魔物に襲われていた班の魔法具を使って先生達に連絡をとった。
魔物に襲われた時に魔法具を持っていた男子が助けを呼ぶ間もなく気絶してしまったから緊急事態なのに先生達の助けが来なかったみたい。
魔法課の先生が一人と剣術の先生が魔法具の魔力座標を目印に転移魔法で救援に来てくれた。
魔法課の先生は「君達が彼らを助けに来てくれなかったら下手すれば死人が出ていたかもしれない、本当に勇敢な行動だった」と誉めてくれたけど、剣術の先生は例の如く嫌味を言うだけだった。
私「ちょっと、3人とも動かないで、回復しづらいよ」パアァ
勇者君「あ、悪ぃ……っつつ……」
剣術の先生「魔獣堕ちした大熊山猫を相手にそれだけの怪我で済んだんだ、ありがたいと思え」
武闘家君「ハハッ、ホントですね」
魔法課の先生「魔物の浄化はしたのかい?」
私「そう言えばまだ……ですね」
魔獣堕ちした動物は一度倒してもまた魔獣堕ちしてしまう可能性が高い。
それを防ぐために封印魔法で魔物の魂を浄化してあげるのだ。
魔法課の先生「じゃあ僕が……」
魔法使いちゃん「あたしがやるー!!」
私「魔法使いちゃんが?大丈夫?」
魔法使いちゃん「うん、先週授業でやったやつでしょ?」
私「先々週、だけどね……」アハハ…
魔法使いちゃん「『細けぇこたぁいいんだよ』ってやつだよ♪」
私「何それ?」
魔法使いちゃん「それじゃ、行くよー☆」タタタッ
カァッ!!
虫の息で倒れていた魔物へと駆けて行き、魔法使いちゃんは封印魔法陣の術式を組んだ。
パアアァァ……!!
魔物使いちゃんと魔物の下に白く光る魔法陣が形成され、一人と一匹が光りに包まれた。
そして……
ボフンッ!!
私達「……爆……発……?」ハ?
魔法使いちゃん「ケホケホ!!もぅ、なんで爆発したのー?」ピコピコ
煙の中から魔法使いちゃんが頭から生えた猫耳を動かしながら出てきた。
私達は状況が理解できずにしばらくの間、ただ呆然と魔法使いちゃんの頭に生える"それ"を眺めていた。
魔法使いちゃん「どうしたのみんな?あたしの頭になんかついてる?」ピコピコ
私「み、耳だよ!!魔法使いちゃん!!ね、ねねね猫耳がぁ!!」
魔法使いちゃん「猫耳?」
私「か、鏡!!ホラ!!」サッ
魔法使いちゃん「?…………!!」
魔法使いちゃん「わっ!!ホントだ!!すごーい!!」ピコピコピコピコ!!
私「いや、『すごーい』じゃなくて!!」
勇者君「…………ぷっ」
武闘家君「…………くっ」
勇者君「ハハハハ!!なんだその頭!!封印魔法に失敗して猫耳とか……ぶっ!!くくくくく!!」ゲラゲラ
武闘家君「フフフッ……なんとも魔法使いさんらしいと言えば魔法使いさんらしいですが……流石学年一の問題児ですね、くくくっ」クスクス
勇者君と武闘家君は堪え切れずに笑いだした。
魔法課の先生は苦笑し、剣術の先生は呆れて言葉も出ないようだった。
魔法課の先生「やれやれ、君にはいつも驚かされるよ。ホラ、僕が治してあげるから」スッ
魔法使いちゃん「えー!!このままでいい!!」
魔法課の先生が片手を魔法使いちゃんにかざしたところで魔法使いちゃんはその申し出を断った。
魔法課の先生「このままでいいって……すぐに済むし痛くもないよ?」
私「そうだよ魔法使いちゃん、先生に治してもらお、ね?」
魔法使いちゃん「でもこの方が可愛いじゃん!!」ピコピコ
私「そ、そうかなぁ……?」
魔法課の先生「ふむ……じゃ気が変わったらいつでも治してあげるよ、特に害は無いだろうしね」ククッ
魔法使いちゃん「ありがとうございます♪」ピコピコ
剣術の先生「非常識な……」チッ
魔法課の先生「……さて、そろそろ帰ろうか。怪我した生徒達も早いところベッドでぐっすり寝たいだろうしね」
勇者君「あ〜い、それじゃ」ヒラヒラ
魔法課の先生「なんだ君達は一緒に帰らないつもりなのかい?」
勇者君「だってまだ雪山演習の途中じゃないッスか」
魔法課の先生「魔物と闘って生徒達を救ったんだ、ここで帰っても誰も責めやしないさ」
剣術の先生「格好つけおって、お前達も遭難していたんだろ?」フンッ
勇者君「そ、そうですけど……ちゃんと自分達の力で演習達成したいんで」
剣術の先生「……勝手にするんだな、ただし雪山演習は通常通りの採点をさせてもらうからな」
勇者君「うぐっ…………魔法使い、僧侶いいか?」
武闘家君「僕には聞かないんですね」
勇者君「お前に拒否権はない」ニヤッ
武闘家君「あ、酷いな〜……ま、このパーティは大変なことも多いけど楽しいことの方がもっと多いですからね、ご一緒しますよ」ニコッ
魔法使いちゃん「あたしも、勇者達といるの楽しいから行くよ♪」ニパッ
勇者君「そっか……僧侶は?」
勇者君はじっと私を見つめてきた。
剣術の先生「お前は特待生を狙っているんだろう?当然悪い点はとりたくないよな?」フッ
剣術の先生「魔物に襲われた生徒達の迅速な手当てを評価して、ここで帰還すればお前だけでも雪山演習の評価はA+にしてやろう。どうする、うん?」ポン
剣術の先生はそう言うと私の肩に手を置いてきた。
武闘家君「僧侶さん……」
魔法使いちゃん「僧侶……」
二人が心配そうに私を見ていた。
でも……私の心は既に決まっていた。
ギュッ!!
剣術の先生「いだっ!!」
私は先生の手の甲を思い切りつねって言った。
私「私もみんなと残りますよ、初めてできた大切な仲間ですもん♪」
私「あ、さっきのセクハラまがいの行動は誰にも言いませんからお気になさらず」ニコッ
剣術の先生「クッ……折角目をかけてやったと言うのにリーダーが馬鹿だとパーティも馬鹿になる、と言うことか」フンッ
勇者君「んだと!?」
武闘家君「勇者、落ち着いて、リーダーが馬鹿なのは否定できません」
勇者君「お前はどっちの味方なんだ!?」クワッ
魔法使いちゃん「あはは」ケタケタ
私「ふふっ」クスクス
自然と私達は笑い出していた。
勇者君には不思議な力があるな、と私はその時思った。
勇者君の側にいると優しい気持ちになれる。
世界を平和にする勇者に必要なのは剣術の腕や魔法の才能ではなく、周りの人々を笑顔にする力なんじゃないかな?
その日から私はそんな風に考えるようになった。
翌日の夕方。
私達はなんとか目的地の山小屋へとたどり着いた。
勿論順位は最下位。
当然評価は最低点のD。
私の成績表に『D』がついたのは在学中の四年間で後にも先にもその時だけだった。
だから学生時代の成績表を見るとそのDを見てクスリと笑い、あの時のことを鮮明に思い出す。
私が大切な仲間と出会った、あの時のことを……。
【Episode03】
――――黒の国・魔王の城・王の間
側近(どうしたのでしょうか……?)ムゥ…
王座に腰かける魔王を見て側近は疑問を抱いていた。
先程から政策の進行具合を部下が報告しているというのに魔王は心ここに在らず、という様子だ。
ぼんやりと何かを考えているようで目の焦点が合っていない。
側近(いつもなら王として威厳のある態度で凛としていらっしゃるのに……)
部下との謁見前、勇者と会ってきてから魔王はこんな調子であった。
側近(……勇者さんと何かあったのでしょうか……?)
部下「今期の予算の振り分けについては以上になります。黒鉄の街と漆黒の街から予算増加の要望がありますがいかがなさいますか?」
魔王は書類の文字を指でなぞると、視線を上方に移して部下の問いに答えた。
魔王「……う〜〜ん……どっちの街も最近人口増えてるもんね、交易も盛んな都市だし……どうしようかな〜……」
側近・部下「!?!?!?」
側近が慌てて魔王に耳打ちする。
側近「ま、魔王様!!口調が!!」ヒソヒソ
魔王「!!!!」ハッ
部下「…………」
唖然とする部下。
側近「…………」
固まる側近。
魔王「…………」
焦る魔王。
……王の間が沈黙で満たされる……。
魔王「……ゴ、ゴホン」
魔王「フ、フハハッ、同年代のおなごの様に話してみたがどうであった、側近よ?」アセアセ
側近「魔王様、今は部下の前なのですよ?お戯れになるのもほどほどにしていただかないと」アセアセ
魔王「すまんな、たまにはくだけた言葉遣いをしてみるのも良いかと思ってなぁ」アセアセ
部下「……さ、左様でしたか、いやはや面くらってしまいましたよ」ハハッ
魔王「うむ……で、黒鉄の街と漆黒の街の予算についての話であるが他を削ってなんとかしてみよう。双方の統治者には前向きに検討する、と伝えてくれ」
部下「ハッ。で、では私はこれで失礼致します」ペコッ
部下はそそくさとその場を去っていった。
扉の閉まる音を聞いてから魔王はうなだれて言葉を吐いた。
魔王「ぐ……部下の前であの様な態度をとってしまうとは……不覚だ」ウゥ…
側近「言葉遣いの注意は幼い頃から散々してきましたでしょう? 今さらこんなミスをするだなんて……」
魔王「わかっている……」ズーン
側近「まぁ……彼は真面目な人ですから誰かに言いふらしたりはしないと思いますけれど……」
側近「……それにしても今日の魔王様は変です」
魔王「……やっぱりか?」
側近「はい、すごく」キッパリ
側近「ずっと魔王様にお付きして参りましたがこんなに呆けた魔王様を見たことはありません」
側近「勇者さんと会った時に何かあったのですか?」
魔王「す、鋭いな」ギクッ
側近「魔王様のことなら身体中のホクロの数だってわかりますから」
魔王「それは正直引くぞ……?」
側近「そんなことより、何があったのですか?」ジトー
魔王「う、うむ…………それがな?」
魔王は両の人指し指を胸の前でツンツンとつけたり離したりを繰り返しながら、小声で言った。
魔王「ゆ、勇者が……」モジモジ
側近「勇者さんが?」
魔王「勇者が……仲間達に会って欲しいと申すのだ」モジモジ
側近(……!!)
側近は魔王の口から発せられた言葉に驚いたものの、ややあってから笑顔で魔王へ言った。
側近「……よかったではありませんか、魔王様が勇者さん以外の人間とお会いなさるというのはお2人の夢が叶う日が近いという証拠でしょう?」ニコリ
魔王「それは……そうなのだが……」
勇者と魔王が人間と魔族の和平を目指していることを知る者は少ない。
魔族ならば側近、人間ならば大勇者と白の王のみである。
さらに二人の仲を知る者は側近のみだ。
これには勿論理由がある。
勇者と魔王に交流があるということを周囲の人間が知れば、お互いの立場に悪影響を及ぼし兼ねないからである。
魔王の君主としての国民の支持に揺らぎが生まれるかもしれないし、勇者は勇者で『魔族のスパイ』の濡れ衣で100代目勇者の選定に影響が出ていたかもしれない。
そういう訳で二人の関係を公にするのは来たるべき時が来てから、と二人は決めていた。
和平の計画も然りである。
勇者は正式に100代目の勇者に任命され、諸国の王との謁見が許されてから各国の王に和平への道を進言するつもりであったし、
魔王は魔族の王としての地位を磐石なものとしてから和平へと黒の国全体の舵を切るつもりであった。
魔王が軍事関連の政策よりも国民のための政策に力を入れているのはそのためであり、魔王が政治に携わるようになってからは若干ではあるが軍備は縮小の傾向にあった。
斯くして勇者と魔王、二人の関係を第三者に知らせるということは、言うなれば計画が最終段階へ移行しつつあるということなのだ。
側近「……で、何がご心配なのですか?」
魔王「その……勇者以外の人間に会うなど初めてのことだからな、どうしたらいいかと……」
魔王「勇者は『俺の仲間はみんな良い奴らばっかだから心配すんな!』と言っておったのだが……」
側近「……魔王様ともあろう御方が情けない……」
魔王「だってだって!!勇者とは小さい頃からずっと会ってたからいいけどさ、他の子とどう接したらいいかなんてわかんないよー!!」バタバタ
魔王はどこからか取り出した大きな熊のぬいぐるみを抱き締めながら足をバタつかせた。
側近「魔王様、口調。それと精神不安定な時に熊のぬいぐるみを出すのもやめて下さい、威厳の欠片もありません」
魔王「う、うむ……でもどうしたらいいかわからぬのが事実なのだ……」シュン…
魔王「あぁ……国政や財政を考えるほうがよほどマシだ……側近も手伝ってくれるし……」
魔王「……!!」ハッ
魔王は何かを閃いた様ようで、勢い良く顔を上げると側近を見た。
側近「な、なんでしょうか?」
魔王「そうだ!!側近も一緒に来てはくれぬか!?」
側近「私がですか?」
魔王「側近が共に来てくれるならば多少は私も安心できる!!」
側近「勇者さんがいるではありませんか」
魔王「勇者は人間でしょ!!魔族は私1人なんですのよ!?心細いでござろう!!」
側近「必死になるあまり言葉遣いが大変なことになっております」
魔王「……それに側近も勇者に会ったことはないではないか、これを機に……な?」
側近「ハァ…………わかりました、私もお供致します。このままでは今後の執務に支障をきたしますからね」
今にも泣き出しそうな魔王の懇願を受けてしぶしぶと承諾した。
魔王「側近〜〜〜!!」ギュッ
満面の笑顔で側近の胸に飛び込んだ魔王を側近は優しく撫でた。
側近「はいはい。……たしかに私もそろそろ勇者さんに会うべきだろうと思っていましたし」ヨシヨシ
魔王「……そう言えばどうして側近は今まで勇者と会おうとしなかったのだ?」
魔王「何度も誘ったのに『魔王様だけで』と言って一度も来なかったではないか」
側近「あら、簡単な理由ですよ」
魔王「?」
側近は口に手をあて、静かに微笑みながら言った。
側近「男女が2人きりで会うというのに野暮なことはしたくありませんでしたので」ウフフッ
魔王「………………」
魔王「………………なっ!///」カァッ
ややあって魔王の顔は赤く染まった。
魔王「よ、余計な真似を!!」
側近「そうでしたの?」フフッ
魔王「そうだ!!それに……」
側近「それに……?」
魔王「……あの鈍感勇者には無駄な気遣いだよ〜、だ」ブスー
両の頬を林檎の様に膨らませると魔王は不満たっぷりに独りごちた。
――――赤の国・街道沿いのとある宿屋
魔法使い「それにしても勇者の幼馴染みかー、楽しみだな〜♪」ルンルン
宿屋の一室、四人部屋のベッドに寝転がり魔法使いは楽しそうに言った。
機嫌が良いので彼女の猫耳も小刻みに動いている。
勇者「そうか、きっと仲良くなれると思うぜ」
勇者は椅子に腰掛け剣の手入れをしていた。
勇者に任命されてからはまだ戦場に駆り出されたことはないが武器の手入れを怠るわけにはいかない。
僧侶「どんな人なの、勇者君?」
魔法使いの隣のベッドに座って本を読んでいた僧侶が尋ねた。
『いつか神樹の下で』という名のその本は巷で流行りの恋愛小説だ。
武闘家「僕も気になりますね」
勇者の向かいの席に座り、新聞を読んでいた武闘家が言った。
軽い遠視の彼は掛けていた眼鏡の位置を片手で整えた。
勇者「俺より2つ歳上でさ、しょっちゅう俺のことからかったり馬鹿にしてくるんだよな〜」ムス
魔法使い「じゃあ武闘家みたいな人なんだ!」
勇者「いや、見た目も性格も全然違うな」
僧侶「そう言えば武闘家君も知らないんだよね?」
魔法使い「そーそー、勇者との付き合いは武闘家の方があたし達より長いのにさ、一度も会ったことないんでしょ?」
武闘家「はい。……と言うか存在を知ったのもついこの前ですよ」
魔法使い「勇者〜、その人ホントに幼馴染みなのー?」ジトー
魔法使いが疑いの眼差しを向ける。
実際三人は勇者に本当に幼馴染みなどというものがいるのか半信半疑なのだ。
勇者「ホントだって!!7歳の頃からの付き合いだよ!!」
勇者「ただなんつーか家庭の事情?、が複雑でな、みんなに紹介できなかったんだよ」
勇者「だけど……そろそろ紹介できるかな、って」
僧侶「"家庭の事情"?」ウーン…
魔法使い「貴族なの?それとも〜王族とかっ!?」
勇者「んー、まぁ似たようなもんだ」
魔法使い「ふ〜ん……じゃあさ、お堅かったりしない? あたし真面目すぎる人はちょっと苦手なんだけど」
勇者「それは大丈夫だと思うけど……堅苦しいかったりくだけてたりするからなぁ……」
僧侶「……???」
勇者「ま、会えばわかるさ」
武闘家「…………そうですね、『百聞は一見に如かず』と言いますしね」
勇者「……ただ……」
僧侶「ただ?」
勇者は目を伏せて影のある声を漏らした。
勇者「……そいつに会ったらお前らきっとすごく驚くと思うんだ、お互いの立場とかそいつの背負ってるもんとか……そういうものにさ」
勇者「だけど……そんなの気にしないでそいつ自身のことを、ただ見てやってくれないか?」
勇者「お前らなら大丈夫だと思うけど……きっとそいつもお前らに嫌われたりしないか気にしてると思うんだ」
その"幼馴染み"が勇者にとって大切な存在であること、"幼馴染み"が自分達に受け入れられるかを勇者が不安に思っていることを三人は勇者の声色、眼差し、顔つきから感じ取った。
長い付き合いの彼らにとって仲間の心の内を読むことなど難しいことではない。
魔法使い「なーんだ、そんなこと? あたし達が差別とか偏見とかするわけないじゃん☆」ニャハハ
僧侶「うん、それに勇者君の友達なら私達の友達だよ」ニコッ
武闘家「そういうことですね」フフッ
三人は勇者を安心させようと普段より少し明るく言った。
勇者「そっか…………ありがとう」
魔法使い「さ、て、と♪ そろそろ時間なんじゃない?」ウズウズ
勇者「あぁ、そうだな、じゃあ行くぞ!!」
僧侶・武闘家「はい!」
勇者が指を軽く鳴らすと軽快な音と共に部屋全体に青の魔法陣が広がった。
四人は青白い光りに包まれ転移空間の中へといざなわれる。
『転移空間』とは転移魔法によって別の場所へと移動する際に、場所と場所とを繋ぐ魔法次元である。
平たく言えばワームホールのようなものだ。
転移魔法によって長距離を移動する際には転移空間を経由して目的地へと向かうのだ。
上下前後左右が無限に広がる青い光に満たされた空間に浮かんだ四人は凄まじい速さでその空間を進んでいく。
そして転移空間内に無数に散らばる小さな光、夜空の星々のようなそれら光のうちの一つへと吸い込まれた。
再び青白い光に包まれたかと思うと勇者達は静かな森の中へ立っていた。
武闘家「ここは……?」キョロキョロ
勇者「待ち合わせ場所だよ、緑の国の外れだな」
僧侶「緑の国!?そんな遠くに数秒で……やっぱり勇者君はすごいね!」
魔法使い「赤の国から緑の国まで跳ぶとなったらあたしでも2、3分かかっちゃうもんな〜」
勇者「ここには百回以上来てるからな、慣れちゃってるんだ」ハハッ
勇者「さ、行こうぜ」
そう言って勇者は歩き出した。
他の三名もそれに続く。
ほんの十数秒で森の中の開けた場所に出た。
そこは静かな湖の畔。
勇者と魔王、二人だけの秘密の湖畔だ。
今そこに初めて二人以外の人間が訪れた。
僧侶「わぁ……綺麗なところだね」
武闘家「えぇ、とても静かな……素敵な所ですね」
魔法使い「ここが待ち合わせ場所?」
勇者「あぁ、そいつとはいつもここで会ってる。俺達だけの秘密の場所だ」
勇者「ん〜……まだ来てないか……僧侶と魔法使いはベンチで座って待ってろよ」
武闘家「こんな山奥に休憩所ですか……他にも誰か来るということですか?」
勇者「いや、ベンチもテーブルも俺達が置いたんだよ」
武闘家「なるほど」
僧侶「じゃあお言葉に甘えて……」
パァ……!!
僧侶がベンチに腰を降ろそうとした時、勇者達の目の前の地面に青の魔法陣が形成された。
魔法使い「転移魔法陣……ってことは!!」
勇者「……だな」
魔法陣から発せられた青白い光の中から二人の女性が現れた。
一人は艶のある漆黒の髪を腰まで伸ばした美しい少女。
魔王「む……勇者達の方が先に来ていたか」
もう一人は赤の髪を二つに結った真面目そうな長身の女性であった。
側近「仕方ありませんよ、会議が思ったより長引きましたので……」
武闘家「この方々が勇者の幼馴染み……ですか?」
魔法使い「2人も!?」
僧侶「しかも女の人!?」
驚く魔法使いと僧侶であったが、勇者もまた驚いていた。
勇者「……2人も居るとは……俺もちょっと驚き……だな」
しかし魔王がこの場に連れてくる女性は一人しかいないということを勇者はすぐに理解した。
勇者「……そっか、アンタが側近さんだな?」
眼鏡を掛けた女性に向かって勇者が言った。
側近「えぇ、初めまして、勇者さん」ペコリ
勇者へと深々と丁寧なお辞儀を返す側近。
魔法使い「え?こっちの人は初めて会うの?幼馴染みじゃないの……?」
勇者「えっと……そうだな、先にコイツを紹介しちゃった方が良さそうだな」
魔王の一瞥する勇者。
魔王が緊張しているのは勇者には一目瞭然だった。
無論勇者も緊張している。
本当に仲間達に魔王という存在を受け入れ貰えるのかどうか……。
勇者「…………ふぅ〜…………」
大きく息を吐くと勇者は言った。
勇者「紹介するよ、俺の幼馴染みの……魔王だ」
魔王「は、はじめまして」ニコッ
……。
…………。
………………。
武闘家「ま…………?」
魔法使い「お…………?」
僧侶「う…………?」
事態を飲み込めない三人。
魔法使いと僧侶は思考が追いつかずに固まっているし、少しのことには動じない武闘家でさえ唖然としている。
魔王と言えば黒の国の王。
魔族の王にして聖十字連合の――――人間の最大の敵。
勇者一行の旅の終着点。
それが…………こんな少女?
自分達と大して歳も変わらないこの女性が諸悪の根源である魔王…………?
三人は同じことを同じ様に考え同じ様に混乱していた。
僧侶「ゆ、勇者君、いくらなんでも無理のある冗談かな〜って」
魔法使い「そうだよ〜、こんな可愛い娘が魔王なワケないじゃん」
武闘家「魔王だなどと言っては彼女に失礼ですよ?」
三人はどうにか状況を整理し終えた。
そうだ、これは勇者の笑えないジョークだ。
前々からギャグのセンスがないとは思っていたがまさかこんなしょうもない冗談を言うとは驚かされる。
かえってこちらが気を遣ってしまうではないか。
魔王「うむ……まぁそうなるな」フム
勇者「俺も初めて会った時は信じられなかったしなぁ」ハハッ
苦笑する勇者と魔王。
勇者「魔王」
魔王「わかっている……私は本物の魔王だよ、武闘家、魔法使い、僧侶」スルッ
武闘家・魔法使い・僧侶「!!」
魔王はローブを捲って自らの左腕を彼らに見せた。
新月の暗闇よりも暗く黒い、魔王の刻印を。
魔法使い「あれって魔王の刻印だよね?」ゴクッ
僧侶「嘘……じゃあ本当に、ま、魔王なの?」
武闘家「……一体どういうことなんですか、勇者?」
武闘家「何故魔王が……」
勇者「大丈夫、全部話すよ。そのためにお前達を今日こうしてここに連れてきたんだからな」
――――――――
――――
――
―
武闘家「まさか100代目勇者と100代目魔王が知己の仲にあったとは……流石に驚きを禁じ得ませんよ」
勇者と魔王の関係、二人の計画を聞き暫く唖然としていた武闘家達だったが、やっと状況を飲み込み始めた。
武闘家「理解はできてもまだ納得はできないですね」
勇者「今まで黙っててごめんな?」
武闘家「いえ、2人の事情からすれば仕方ないですよ」
武闘家「それにやっと謎も解けました」
勇者「謎?」
武闘家「『魔王を倒そう』って言うといつも少し戸惑っていたじゃ、ないですか。戦場でも『できるだけ殺すな』って言いますし……少し気になってたんですよ」
勇者「顔には出さないようにしてたつもりなんだが……お前は相変わらず鋭い奴だな」ハハッ
武闘家「二人の関係を他に知っている人間は?」
勇者「お前達だけだけど……」
武闘家「そうですか……ありがとうございます」ニコッ
武闘家はいつものように微笑んだ。
勇者「?」
武闘家「魔王さんを僕達に最初に紹介してくれたこと、勇者の僕達に対する信頼の表れだと思いますから」フフッ
勇者「武闘家……」
魔法使い「そんなことよりも勇者!!」
魔法使いが二人の会話に口を挟んむ。
勇者「な、なんだよ」
魔法使い「幼馴染みがこんな美人な女の子だなんて知らなかったよ!!」
勇者「いや、男だなんて一言も言ってないだろ!?」
魔法使い「しかも静かな湖畔で2人っきりって……ロマンチックすぎだよ!!」
僧侶「やっぱり2人はそういう関係なの……?」ウゥ
勇者「そういうってどういう関係だよ!?」
武闘家「やれやれですね」フフッ
騒ぐ魔法使い、泣きそうな僧侶、焦る勇者とそれを見て笑う武闘家。
いつもの100代目勇者とその仲間達の姿がそこにはあった。
武闘家「さて……」
武闘家は魔王へと向き直った。
武闘家「魔王さん……いえ、魔王"様"と呼んだ方がよろしいでしょうか?」
魔王「様づけでなくて良いし変に畏まることもない」
武闘家「そうですか。挨拶が遅れましたがはじめまして、武闘家と言います」ペコリ
魔王「うむ、勇者からいつも話は聞いておる。いつも勇者が迷惑をかけてすまない……さぞ苦労していることだろう」
武闘家「いやはや、ホントにその通りですね」アハハ
勇者「おい!!」
武闘家「勇者の話はおいておくとして……魔王さん、貴女が僕達人間に仇なす存在でないこと、勇者と共に世界を平和へ導こうとしていることは分かりました」
武闘家「ですが正直な話、僕達人間にとって魔族は憎むべき敵なんです」
武闘家「魔族との戦争で親が殺された子供達も沢山います、家や故郷を焼かれた人もいます」
武闘家「幸い僕達の中にはそういう人はいませんが……『魔族』という種をすんなり受け入れることはできません」
魔王「………………」
側近「………………」
勇者「武闘家……」
武闘家「ですからそのことを踏まえて言います」
武闘家「これからよろしくお願いしますね」ニコリ
魔王「な…………」
武闘家「僕達も勇者と同じ様に貴女と友人になりたい」
武闘家「ゆっくり時間をかけて魔族のことを知り、人間のことを分かってもらいたい」
武闘家「勇者と魔王……2人が平和への架け橋となれるように、僕達も2人に協力したいのです」
武闘家「僧侶さんも魔法使いさんもそうですよね?」
僧侶「う、うん……いきなりでびっくりしちゃったけど……私も魔王さんと友達になりたいかな、って」
僧侶「武闘家君も言ってたけど魔王さんが魔族だってことに私は……少し抵抗があります」
僧侶「でも勇者君の友達は私達の友達です。だからきっと仲良くなれると思います」
僧侶「魔王さんにとっての初めての人間の女友達になれたら嬉しいです」ニコ
魔法使い「あー、僧侶ずるいよ〜、あたしが魔王の初めての女友達になるんだからぁ!!」プンプン
僧侶「ふふっそうだったの?ごめんね魔法使いちゃん」クスッ
魔法使い「そうなのー!」
魔法使い「あたしは人間とか魔族とかあんまし気にしないし仲良くしようね、魔王♪」ニパッ
魔王「………………」
魔王は胸中に沸き上がる感情をどう言葉にして良いのかわからなかった。
春の陽射しの様に温かで優しい安堵感。
勇者の他にも私を受け入れてくれる人間がいる。
魔族であるこの私を。
何百万人といる人間の中のたかだか三人。
しかし紛れもなくこの一歩は人と魔族が歩み寄っていくための大きな一歩なのだ。
側近「良かったですね、魔王様」フフッ
魔王「うむ…………ありがとう、3人とも…………」
勇者「な、だから言ったろ、俺の仲間達はみんな良い奴らだってさ♪」
魔王「そうだな、本当に素晴らしい仲間達だな」フフッ
勇者「さてと、じゃあ……」
魔王「……なんだ?」
勇者「俺"達"の前じゃその魔王様口調は禁止だ」ニッ
魔王「え……」
僧侶「魔王様口調……?」
勇者「あぁ、こいつ人前じゃ偉そうな口調だけどホントはくだけた感じで話すんだぜ」
魔法使い「そうなの?だったらあたし堅苦しいの嫌いだしそっちの方がいい!!♪」
魔王「だ、だが……」チラッ
魔王は困惑しつつ側近の方を見た。
魔王に人前では"魔王様口調"を話すよう指導してきたのは側近なのだ。
普通の女の子の様に話すことなど果たして彼女が許すだろうか?
しかし魔王の心配は杞憂に終わった。
側近は『仕方ありませんね』と言わんばかりに微笑んで言った。
側近「ご友人の前だけ、ですよ?」フフッ
魔王「!!…………ありがとう、側近!!」
魔王はこれ以上ないくらい嬉しそうな声で側近に礼を言うと四人の人間達の方を向く。
微かに瞳を潤ませ目一杯の笑顔でその少女は言った。
魔王「改めまして、わたしは魔王です!よろしくね、みんなっ!!」ニコッ
――――黒の国・魔王の城・地下研究室
魔将軍「首尾はどうだ?」
薄暗い地下室で魔将軍は白衣を着た眼鏡の男に声をかけた。
白衣の魔族「どちらも順調ですよ……ご覧になりますか?」
何日も洗っていない頭を掻きながら白衣の魔族は答えた。
パラパラとフケの落ちるその頭髪はおよそ清潔とは無縁である。
魔将軍「うむ」
白衣の魔族「じゃ、サンプル体の方からいきますか」ポチッ
ガコッ!
白衣の魔族が細い指で壁のボタンを押した。
金属の擦れる音と歯車の回る音と共に石壁が開いていく。
開いた地下研究室の壁の奥にはさらに薄暗い小部屋があった。
小部屋へと足を踏み入れた魔将軍は立ち込める悪臭に僅かに顔をしかめた。
白衣の魔族はと言うと、この異臭にはなれているようで顔色一つ変えない。
白衣の魔族「これがサンプルナンバー205と207です」
そう言って彼は部屋の半分を占める鋼鉄の檻へ仰々しく腕を広げた。
サンプル205「ギャアアァァァーー!!!!」ガシッ!!
サンプル207「ゴアアァァァァーー!!!!」ガシッ!!
ガシャン!!ガシャーン!!
誰もが一目見て異常だと分かる二人の魔族が鎖に繋がれた手で檻を揺らした。
サンプル205「アガァ!!ウグゥ……ガアァ!!」ボタボタ
サンプルナンバー205と呼ばれた魔族は焦点の定まらぬ充血した眼をし、口からは涎を垂らしている。
サンプル207「グルルル……ギョアァ!!グウゥ……!!」ガリガリガリガリ
サンプルナンバー207は身体中に血管を浮き出たせ、一心不乱に石畳の床を掻き始めた。
爪が剥げて指先から血が流れ出てもやめようとしない。
白衣の魔族「どっちもこの状態になってから1週間が経ってます。ま、ここまで異常は出てないから大丈夫でしょ」
魔将軍「異常は出てない……か」
白衣の魔族「クククッ、この状態が既に異常ですがね、クク、ククククッ」
白衣の魔族は肩を揺らして笑った。
魔将軍は付き合い切れない、とばかりに重いため息をつくと話を戻した。
魔将軍「調整の方は大丈夫なのか?」
白衣の魔族「ククッ、クククッ……え?あぁ、調整ですか?」
白衣の魔族「この1週間で十分なデータが取れましたからね、あと2、3週間もあれば完璧なものにしてみせます」
魔将軍「そうか……もう一方はどうだ?」
白衣の魔族「そっちはあと2、3ヶ月……ってところですかね、っと」グイッ
ガコン!
ジャラジャラジャラジャラ……
白衣の魔族がレバーを引くと部屋の隅にあった巨大な水槽から幾本もの鎖が巻き上げられていく。
白衣の魔族「いかがでしょう?数少ない文献の記述を元に最新鋭の魔法科学を注ぎ込んで注文に応えられる品を作ったんですけど」
白衣の魔族は緑色の液体の滴る"それ"を指差し言った。
魔将軍「素晴らしい……いや、期待以上の出来だ!!」
魔将軍は拳を握り締め嬉々と叫んだ。
白衣の魔族「そうですか、そりゃ何よりです」
白衣の魔族「言っときますけど同じものをいくつも作れ、なんて言われても無理ですよ?」
白衣の魔族「魔将軍様に頼んで調達してもらった材料はどれも超がつくほどの貴重品。国宝の類いの魔法具も何個か使いましたからね」
魔将軍「構わん、これさえあればそれで十分だ」
白衣の魔族「そうですか……あー、魔将軍様?一つお聞きしてもいいですか?」
白衣の裾で眼鏡のレンズを拭きながら白衣の魔族が魔将軍に問うた。
魔将軍「なんだ?」
白衣の魔族「僕としては研究ができればそれでいいんですけどね、なんだってこんな指示を?」
白衣の魔族「黒い噂の絶えないあなたのことだ、魔王様にもこの研究って内緒なんでしょ?」
白衣の魔族「下手すりゃ世界がひっくり返るような……いや、世界が壊れるかもしれない研究、なんでまた極秘裏に?」
魔将軍「お前は何も分かっていないな、そんな研究だから極秘裏なんだろう?」フッ
白衣の魔族「ま、そりゃそうでしょうがね」
魔将軍「お前はただこの研究を完成させれば良いのだ」
無愛想にそう言うと魔将軍は小部屋の出口へと歩いて行った。
ふと足を止めた彼は白衣の魔族の方を振り向くと狂気を妊んだ黒い笑みを浮かべて言った。
魔将軍「そうだな、これだけは言っておこう……」
魔将軍「私のすることは全てこの世界のためだ、とな」ニッ
未だ水槽の前に立つ白衣の魔族はその鬼気迫る笑みに背筋を凍らせた。
薄暗い空間の中には肉体を弄ばれた憐れな魔族が石畳を引っ掻く音だけが、絶え間なく聞こえていた。
【Memories03】
――――緑の国・名も無き湖のほとり
わたし「温泉?」
わたしはその時聞いた言葉をそのまま聞き返した。
勇者「温泉」
勇者は頷きながら先程の言葉を繰り返した。
わたし「温泉回とはこれまたなんともベタな展開だねー」
勇者「なんの話だよ」
その日もわたしと勇者達はいつもの湖で密会をしていた。
勇者「この前橙の国に行った時に女王様が一番豪華な温泉宿を一つ貸し切りで使わせてくれるって言ってくれたんだよ」
橙の国と言えば人間側の国で一番大きな火山を有する国だ。
そのため多くの温泉があり温泉施設も充実している。
観光地や慰安地としては定番の国だ。
人間の国になんて緑の国以外行ったことはなかったけど魔王たるものそれくらいの知識はあって当然だ。
武闘家「それで交流を深めるために魔王さんもいかがかな、と思いまして」ニコッ
武闘家がにこやかにそう言った。
彼は学生時代も今も女性から人気があると勇者から聞いていたけど、この爽やかさならそれも頷ける。
魔法使い「毎日お仕事で疲れ溜まってるんでしょ?魔王も一緒に行こーよ、ね?♪」ピコピコ
魔法使いが猫の形の耳を動かしながら意気揚々と言った。
この目で見るまでは猫耳の少女なんて半信半疑だったし、初めて見たときは驚いた彼女のその耳にもすっかり慣れてしまった。
僧侶「どうかな?やっぱり忙しい……?」
僧侶が優しい声で尋ねてきた。
出会った当初は敬語でどこかよそよそしかった彼女も、今ではわたしのことを『魔王ちゃん』と呼んでくれている。
わたし「う〜ん……忙しいには忙しいけど仕事詰めればなんとかなるかなぁ……」
わたしはスケジュールを確認しながら答えた。
わたし「ある程度の仕事なら側近に任せられるし……」
ごめん、側近。
あの日仕事を任せたのはみんなで温泉に行きたかったからなの。
頭痛と腹痛がするって言って部屋で寝込んでたのは嘘だったんだ。
ホントにごめん。
勇者「よし、じゃあ決まりだな」ニッ
僧侶「良かった、魔王ちゃんも一緒に来れて」ホッ
武闘家「本当は橙の女王様に謁見した日に泊まって行くように言われたんですが、勇者がどうせなら魔王さんも、って無理言って貸し切りの日の変更をお願いしたんですよ」フフッ
勇者「おま、言わなくてもいいことを……」
わたし「そうなの?勇者にも可愛いとこあるんだね」フフッ
そう言ってわたしは勇者の頭を撫でた。
少しクセのある髪の感触が手のひらに伝わった。
勇者「だぁ!!頭撫でんなっての!!」ビシッ
わたし「いーじゃん、わたしと勇者の仲でしょ?」
勇者「別に仲良くなくはねぇけど仲良くねぇよ!!」
わたし「それは一体どっちなの?」クスクス
勇者「あー、もー、知らん!!」プイッ
武闘家「何度見ても勇者と魔王さんのやりとりは面白いですね」フフッ
魔法使い「ねー、息のあった漫才って感じだよね」ケタケタ
わたし「漫才してるつもりはないんだけどな〜」ウフフ
勇者「まったくだ」ケッ
僧侶「…………」
ふと気づくと僧侶が何やらうらめしい面持ちでわたし達を見ていた。
わたしは勇者みたいに鈍感じゃないからそこで勇者をからかうのはおしまいにした。
魔法使い「でも温泉か〜、楽しみだな〜♪あたしは修学旅行以来かな?」
僧侶「ん〜、私もそうかも」
わたし「修学旅行か……わたしはそんなの行ったことないからな〜……やっぱり楽しいんでしょ?」
魔法使い「そりゃあもう!昼間はみんなでわいわい遊んで夜になったら枕投げ、あとは遅くまでガールズトークに華を咲かせるんだよ!!♪」
わたし「ガ、ガールズトーク……!!」
『ガールズトーク』
なんて素晴らしい響きだろう。
年頃の女の子達が夜更けにとりとめもない話で盛り上がるという、甘酸っぱい時間。
夢にまで見たその一時をわたしも過ごすことができるだなんて……!!
僧侶や魔法使いと出会うまでわたしには同年代の女友達というものがいなかった。
側近はお付きの人達の仲では比較的歳が近いけれど、それでも『少し歳の離れたお姉さん』といった感じだ。
そもそもわたしには友達と呼べる存在は勇者ぐらいしかいなかったんだし、そんな話をする機会すらなかった。
わたし「わたしも今から楽しみになってきたよっ!!」メラメラ
僧侶「ま、魔王ちゃん?なんで燃えてるの?」
わたし「何言ってるの僧侶!!ここで気合入れなくていつ気合入れるの!?」ゴオォ
僧侶「肩の力抜くのが温泉だと思うんだけどな〜」アハハ…
わたし「よーし、じゃあ溜まってる仕事さっさと終わらせるよ!!」
魔法使い「うんうん、頑張ってねー♪」
武闘家「2日後の5時にここに集合、ということで」ニコッ
わたし「任せて!勇者じゃないから遅刻なんてしないよっ!!」
勇者「一言多いっつーの!!」
――――――――
で、2日後。
きっかり5時にわたしは緑の国の湖に到着した。
勇者達は一足先に来ていたから、勇者に『遅い、遅刻だ!!』って言われたけどわたしは懐中時計を取り出して一秒たりとも遅刻していないことを主張した。
ちなみに温泉行きが決まってから通常の三倍のスピードで仕事をしたものだから側近がひどく狼狽えていた。
その日の午後に体調不良を訴えると『無理をなさるからですよ』と残りの仕事を引き受けてわたしに早く寝るように奨めてくれた。
重ね重ねホントにごめん、側近。
それからわたし達は勇者の転移魔法で橙の国の温泉宿へと跳んだ。
勇者の転移魔法で移動するのはこの時が初めてだったんだけれど長距離の転移を一瞬で済ませるなんて正直驚いた。
転移魔法を教えたわたしとしても嬉しかった。
魔法使い「わ〜〜!!おっき〜〜〜い!!」キラキラ
宿の正面玄関に着くなり魔法使いが目を輝かせて言った。
いつもの黒帽子を被っていたから見えなかったけれど、帽子の中ではきっと耳が小刻みに動いていたに違いない。
僧侶「魔法使いちゃんはしゃぎすぎ!!……って言いたいところだけど……ホントに立派な建物だね〜……」ポカーン
その温泉宿は変わった造りの巨大な木造建築だった。
屋根には瓦が敷き詰められていて、建物は壁ではなく柱と梁による軸組構造をしていた。
そして宿とは思えないその大きさは小さな城と言っても過言ではなかった。
勇者「"一番豪華な温泉宿"……か、こりゃすげぇな」ハハッ
武闘家「こういう時だけは勇者の名前に感謝しないといけませんね」
勇者「"だけ"ってなんだ、"だけ"って」オイ
綺麗な女の人「いらっしゃいませ」ペコ
着物を着た綺麗な女の人が丁寧なお辞儀で出迎えてくれた。
綺麗な女の人「私この旅館の女将を務めさせていただいております」
女将「100代目勇者様御一行でございますね?」
魔法使い「そうだよー」
女将「女王様からお話は伺っております。今日は休め存分に寛いでいって下さいませ」
武闘家「ありがとうございます」
女将「……あら?そちらの方は……?」
女将はわたしを見て言った。
女将「勇者様御一行は勇者様を含め4人とお聞きしておりましたが……」
わたし「え?え〜と、わたしは……」
勇者「コイツは俺達の大事な友達なんだ」
僧侶「今日はどうしてもみんなで一緒にここに来たくて……駄目でしたか?」
女将「いえいえ、勇者様のご友人とあらば私達にとっては大事なお客様です。精一杯おもてなしさせていただきます」ニコリ
わたし「あ、ありがとうございますっ!!」
魔族だとバレないか内心不安だったけど女将は快くわたしを受け入れてくれた。
女将「お風呂とお食事はどちらを先になさいますか?」
勇者「飯!!」
魔法使い「ご飯!!」
武闘家「そうくると思ってましたよ」ハハッ
僧侶「温泉は晩ご飯の後でゆっくり入ろっか」フフッ
女将「かしこまりました、人数がお1人増えましたのでお料理の準備に少々お時間をいただきますが先に大座敷でお待ち下さいませ」
仲居の案内で大座敷へと通された。
畳が敷かれたその広々とした座敷は五人で使うには余りにも広すぎた。
藺草の香りが独特の空間だった。
少し待つと沢山の料理が運ばれてきた。
いつもわたしがお城で食事する時に出されるのとたいして変わらない量だったけど、勇者や魔法使いが興奮して涎を垂らしていたからきっとすごい量だったんだろう。
勇者・魔法使い「ウマーーーい!!」ガツガツ
武闘家「2人とも……こういう料理はがっつくものじゃありませんよ?」
勇者「何を言うか!!美味いもんは自分が一番美味いと思う食べ方をするのが一番だ!!」モゴモゴ
魔法使い「ほーだほーだ〜!!」モキュモキュ
わたし「たしかにそうだけどさ〜」
僧侶「でもホントに美味しいね、活け作りなんて私初めて食べたよ」パクッ
武闘家「そうですね、僕もお刺身は久しぶりに食べましたね」
武闘家「魔王さんは普段どんなものを食べるんですか?」
わたし「お城のお抱えのコックが毎日腕を奮って料理を作ってくれるんだけどね…………こういう料理は初めて食べたよ」モグモグ
わたし「とっても美味しい♪」ニコッ
僧侶「それは良かった」フフッ
魔法使い「この料理も美味しいけど僧侶の料理もとっても美味しいんだよ☆」
わたし「そうなの?」
武闘家「えぇ、お店が出せる腕ですよ」
僧侶「そ、そんな、私なんてたいしたことないよ」
僧侶「お父さんとお母さんが仕事であんまり家に居ないから弟君達にご飯作ってあげてただけだし、レパートリーだって少ないし……」
勇者「いや、お前の料理の腕は間違いなく一流だ、俺が保証するよ」ニカッ
僧侶「そ、そう……かな?////」カァ
勇者に誉められて僧侶は頬を赤らめた。
なんとも分かりやすい。
勇者「それに比べてお前ときたら……」ハァ
やっぱりそうきたか。
わたしは絶対にその話になると思っていた。
わたし「わたしだってサンドウィッチ作れるもん!!」
勇者「サンドウィッチ"だけ"だろ」
わたし「う……」グサッ
勇者「しかもまともなサンドイッチ作れるようになるまで5、6回失敗作食わされたぞ?」
勇者「パンに肉と野菜を挟むだけの料理をどうやったら失敗するかね〜」ヤレヤレ
わたし「う〜〜…………」
言い訳だけどご飯はお城のコック達が作ってくれていたからわたしは料理なんてサッパリしたことがなかったし仕方ない。
僧侶「…………じゃあ2人であの湖で魔王ちゃん手作りのお弁当食べたりしてたの……?」
勇者「まぁちょくちょくな」
魔法使い「ほぅほぅ」ニタニタ
武闘家「これはこれは」フフッ
勇者「なんだよお前ら、気色悪いな」
魔法使い「別に〜、なんでもないんじゃない?ねぇ、武闘家?」ニタニタ
武闘家「フフッ、そうですね」クスクス
僧侶「うぅ……2人でピクニックだなんて……」ショボーン
いたずらな笑みを浮かべる魔法使いの隣で僧侶がしょげていた。
なんとも分かりやすい。
そんなこんなで晩ご飯を食べ終えたわたし達は一番の目的である(わたしにとっては二番目の目的だったけど)温泉に入ることにした。
僧侶「『大浴場』と『砂風呂』と『サウナ風呂』とそれから……」
僧侶が壁に掛けられた大きな温泉の案内板を見上げながら言った。
勇者「流石橙の国一の温泉だな〜、色んな種類の風呂があるな〜」
わたし「どれに入ろっか?」
魔法使い「そりゃーもー決まってるでしょ、豪華な温泉宿と言ったら露天風呂で決まりだよ!!」
僧侶「露天風呂か〜、いいね♪」
勇者「俺達も露天風呂にするか」
武闘家「そうですね」
わたし「…………」ジー
勇者「ん?なんだよ?」
わたし「武闘家はともかく……勇者、覗いたりしないでよね〜」
勇者「覗かねぇよ!!馬鹿かお前は!!」
わたし「え〜、ホントに〜?」ジトー
勇者「あぁ、絶対だ」フンッ
わたし「でも信用できないな〜」ジトー
勇者「お前なぁ…………」イラッ
魔法使い「まぁまぁ、魔王。そのへんにしといてあげなよ」
勇者「魔法使い……」
魔法使い「勇者だって年頃の男の子だもん見たいもんは見たいんだよ」ヤレヤレ
勇者「こらぁ!!フォローになってねぇよ!!一瞬でもお前をいい奴だと思った俺が馬鹿だったよ!!」
僧侶「ゆ、勇者君もしかして見たいの……?もし勇者君がどうしても見たいって言うなら私……その……////」モジモジ
勇者「いやいやいや、僧侶は一体何を言ってんだよ!?」
魔法使い「そうだよ僧侶、勇者は"見たい"んじゃなくて"覗きたい"んだよ」ハァ
わたし「あー、背徳感とスリルを味わいたいわけか」フムフム
魔法使い「変わってるよね〜」ウンウン
勇者「お前らは俺をなんだと思ってるんだ!?」
武闘家「フフフッ、楽しそうで羨ましいですよ」
勇者「誰も楽しんでねぇって!!」クワッ
勇者をからかい終えたわたし達はその宿自慢の露天風呂へと向かった。
混浴ではなく男湯と女湯は分かれていたので勇者と武闘家とは浴場の入り口で別れた。
露天風呂は思っていたよりずっと広くて綺麗な造りをしていた。
大小様々な石で作られたいくつもの温泉。
竹垣で囲まれた開放的な造りの大浴場。
宿は高台に位置していたので浴場からは橙の国の王都を一望できた。
温泉はそれぞれ効能が違うみたいだったので、わたし達はその中で一番大きな、美肌効果のあるらしい温泉に浸かることにした。
わたしは熱いお風呂が好きだから丁度良い湯加減だったけど僧侶には少し熱すぎたみたい。
魔法使い「はぁ〜……極楽極楽……」ブクブク
わたし「湯加減も良いしね」チャプ
僧侶「そう……かな?少し熱くない?」ボー
魔法使い「…………」ジー
わたし「どうしたの?魔法使い?」
魔法使い「んにゃ、魔王のおっぱいって大きいな〜って思って」ニャハ
わたし「そうかな?」ボイン
僧侶「たしかに……大きい」プルン
魔法使い「おっきいよ〜、あたしなんて全然ないもん」ペターン
わたし「そう言われてみると僧侶と魔法使いよりは大きいかも」マジマジ
わたし「でも側近の方が大きいし……」
魔法使い「そりゃ側近さんは大きいけどさ、魔王だって上の下ぐらいあるよ〜」
魔法使い「ちなみに僧侶は中の中であたしは下の中だよ」ビッ
僧侶「誰に解説してるの?」
わたし「ふ〜ん……胸の大きさなんてあんまり気にしたことなかったな〜」
僧侶「女の子は結構気にするもんなんだよ?」
僧侶「私もどうやったら大きくなるかな〜、なんて悩んで毎日牛乳飲んだりしてたし……」ブクブク…
わたし「へぇ〜……」
魔法使い「そんなけしからん魔王は……こうだー!」バシャッ!!
言うなり魔法使いはわたしに飛びかかり胸を鷲掴みにしてきた。
わたし「ちょっ、魔法使い!?////」
魔法使い「けしからん、実にけしからんですなぁ」モミモミ
魔法使いの細い指がわたしの胸を揉みしだいた。
わたし「あっ……ちょ……やめ……んんっ////」ハァハァ
僧侶「ま、魔法使いちゃん……////」
魔法使い「今までこのたわわな乳房で勇者を散々誘惑してきたのかにゃ〜?」モミュモミュ
わたし「んぁっ……そ、そんなことしてな……ひぅっ////」ハァハァ
たくし上げては小刻みに揺らすように揉む魔法使いのテクニックはわたしの理性を飛ばすには十分な腕前だった。
魔法使い「どうやったらこんないけないおっぱいになるの〜?」モニュモニュ
わたし「わかんないよ……くぁっ……はぁはぁ…………ひゃぅんっ////」ハァハァ
体の奥がジンジンと熱くなり頭がボーっとしてきた。
魔法使い「ほらほら、さっさと吐くのだ〜〜!!」モミモミモミモミモミモミモミモミ
わたし「んぁっ…………ぅうん…………ッ…………あんっ!!////」ハァハァ
わたしは無我夢中で魔法使いのセクハラを振りほどいた。
わたし「こ、この……」バッ
魔法使いに向けて左手をかざした。
わたし『爆撃魔法陣・烈』!!
カアァ!!
魔法使い「へ?」
ドガアァーン!!
赤の魔方陣から爆撃が放たれた。
魔法使い「にゃーーーー!!」プスプス
バシャァン!!
魔法使い「…………」プカァ
その時わたしが使ったのは中級爆撃魔法だ。
威力を抑えたとは言え轟音とともに露天風呂全体が揺れた。
魔法使いは爆撃魔法を受けて温泉に浮かんでいた。
わたし「ハァハァ……」
僧侶「ま、魔王ちゃん、いくらなんでもやり過ぎじゃ……」
わたし「ハッ、しまった、つい……」
ドタドタドタ!!
突然屋内からけたたましい足音が聞こえてきた。
わたし・僧侶「?」
ガラガラガラ!!
勇者「どうした!?爆発音と悲鳴が聞こえたけど何があった!?」
勢いよく開いた浴場の扉からタオルを腰に巻いた裸の勇者が飛び出してきた。
わたし「な…………////」カァッ
僧侶「え…………////」カァッ
勇者「あ…………////」カァッ
わたしも僧侶も立ち上がっていて、湯船から太ももから上が出ている状態だった。
つまり……ノーガード……。
勇者「あ……!!ち、違うんだ!!俺はただお前らが心配で様子を見に来ただけで!!これは、その……!!」アタフタ
わたしは近くにあった風呂桶を掴むと思い切り振りかぶってあわてふためく勇者の顔面目がけて全力で投げた。
わたし「フンッ!!」ブンッ
カッコーーン!!
勇者「ごふっ!!」ガハッ
勇者「」ピクピク
その場に仰向けに倒れる勇者。
武闘家「だからむやみに女湯に飛び込んじゃいけないって言ったじゃないですか……」ハァ
脱衣場から武闘家の声だけが聞こえた。
武闘家「何もなかったんですよね?お騒がせしました〜」グイッ
勇者「」ズルズル
扉の影から武闘家の腕だけが現れ勇者を引きずっていった。
わたしも僧侶もただ茫然とするしかなかった。
魔法使い「」プカァ
1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 00:46:18.93 ID:jo+olBoY0
【Prologue】
黒の国、魔王の城の大広間で勇者と魔王は対峙していた。
今しがた勇者が開けた扉から流れ込んだ冷たい風が二人の間を無神経に通り過ぎる。
勇者「よっ」
できるだけ明るく垢抜けた声を出すよう意識して勇者はそう声をかけた。
魔王「遅い、遅刻だ!!」
できるだけ重々しく威厳のある声を出すよう意識して魔王はそう答えた。
しかし二人の声は震えており、顔は今にも泣き出しそうに歪んでいる。
涙を流すまいと必死に堪える二人の眼は既に赤く色づいていた。
・彡(°)(°)「お!近所のJCやんけ声かけたろ!」
・男の娘「残念実はおと――」男「嘘だ!」
・子供「らんら〜ん♪」熊「あっ」子供「あっ」熊「あっ」もぐもぐ
・シンジ「毛虫なんてどうかな?」 ゲンドウ「・・・・・・」
・悟空「ブルマ先っちょだけ挿れさせてくんねぇか」 ブルマ「はぁ!?」
・【閲覧注意】セクシーなお姉さん、犯罪に手を染めた結果、お●ぱいを丸出しにされ…(画像)
・姉ちゃんの下着でオ〇ニーしてたらばれた。
・【エ□GIF】制服着たままで覚えたてのセッ●スに夢中になるJKエ□すぎwwww
・【※驚愕※】 完全に具が見えてしまっている着エ□をgif画像でご覧くださいwwwwwwwwww...
・【画像】ビリギャルのお●ぱい、ガチでヤバい・・・(※GIFあり)
2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 00:47:19.73 ID:jo+olBoY0
魔王「貴様という奴はいつもいつも待ち合わせには遅れてくるのだな」
この小言は魔王が勇者にかけた言葉の中で『遅刻だ』の次に多いだろう。
いつものように勇者にそう言うことで魔王は少しだけ平静を取り戻した。
勇者「悪ぃ悪ぃ、今日は時間に余裕持って出てきたつもりだったんだけど……どうにも足が思うように動いてくれなくてな」
ハハッ、と笑いながら言った勇者であったがその笑顔が無理に作ったものにすぎないことは勇者自身実感していた。
勇者「………………」
魔王「………………」
お互いかける言葉を探しているがこの世界のどこにもそんな言葉は見つからないだろう。
二人でいる時は沈黙こそ心地よかったものだが今はその沈黙に押し潰されそうになっている。
3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 00:48:26.20 ID:jo+olBoY0
魔王「まぁ…………なんだ」
スラァ……チャキ
魔王は口を開くと腰に差していた魔剣を抜き、構えた。
魔王「こうしていても仕方ない……始めよう」
勇者「…………本当に……本当に俺達は闘うしかないのか……?」
魔王「……そうだ、それが私達の宿命であり……使命だろ?」
勇者「…………そうか、そうだな…………」
勇者は力無く答えると背負っていた聖剣を抜いた。
魔王「言っておくが手加減などするなよ?」
勇者「当たり前だ、お前こそ手加減なんかしたら承知しねぇからな」
魔王「フッ、それでこそお前だよ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!
解放された両者の魔力が大気を震わせ地鳴りを起こす。
4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 00:49:20.60 ID:jo+olBoY0
魔王「なぁ……勇者?」
勇者「なんだよ」
消え入りそうな声で魔王が言う。
魔王「…………今まで、ありがとう」ツー
魔王の真紅の瞳から大粒の涙が一粒こぼれ落ちた。
勇者「……馬鹿、何泣いてんだよ」ポロッ
流れ出た魔王の涙を目にし、勇者もまた涙を堪えることができずに泣いた。
魔王「ハハッ……最後にこうして……勇者の泣き顔を見ることができるとはな」ポロポロ
勇者「うるせーよ……さっさと始めようぜ」ポロポロ
もはや溢れ出す涙を止めることなどできはしなかった。
流れる涙を振り払うように二人は叫んだ。
魔王「…………ならばいくぞ、勇者よ!!」ドンッ!!
勇者「あぁ!!魔王!!」ドンッ!!
勇者と魔王、古より闘うことを宿命づけらし二人の死闘が幕を開けた。
――――それはとある月の無い夜の物語。
5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 00:50:29.04 ID:jo+olBoY0
【Episode01】
――――白の国・王都・王宮
どの国でも王の間というものは豪華な装飾の施された広々とした空間に王と大臣、少数の護衛がいるのみである。
金と空間の無駄遣いとも言えるその場所だが今日の白の国は違った。
仔猫一匹通ることができないほど大勢の人々がひしめき合っている。
上流貴族から街の商人、はてや旅芸人まで身分は様々だ。
王の間に入り切らない人々はこの日のために王の間の吹き抜けを利用して作られた特設観覧席へ、そこにも入れない人は危険を冒して城の外壁にしがみつき窓から王の間を見ている。
それほどの数の人々がいるというのに王の間は物音一つせずに静まりかえっている。
群集は皆、王の間の中央――――王とその前に跪く少年をただじっと見つめている。
やがておもむろに白の王が口を開く。
白の王「大魔導師」
大魔導師「はい、彼の魔力、魔法のセンスはこのわしすら遥かに凌ぐほど。なんら異論はありませんな」
白の王「騎士団長」
騎士団長「ハッ、大勇者様に勝るとも劣らぬ剣の腕、反対するいわれなどありはしません」
白の王「ふむ……では最後に大勇者の意見は?」
6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 00:51:47.90 ID:jo+olBoY0
大勇者「そうですね……」
大勇者と呼ばれた中年の男は目を閉じ、口髭を撫なでて何かを思案しているようだったが静かに目を開けると言った。
大勇者「親の贔屓目無しにしても彼の勇者としての資質は他の勇者候補達の中でも飛び抜けています」
大勇者「真の継承はまだ先となるでしょうが次なる勇者は彼をおいて他にいないかと」
白の王「そうか……では」
白の王はゆっくりと立ち上がり低い声を広間に響かせた。
白の王「白の王の名において命ずる、今この時よりお主を第100代目勇者とする!!」
白の王「悪しき魔族と災厄の化身、魔王を倒すためにその力、その魂を世界の全ての人間に捧げることを誓え!!」
勇者「ハッ!!この力、この魂は生きとし生ける全ての人々のために!!!!」
おーーーー!!
わーー!!わーー!!
パチパチパチパチ!!!!
新たに勇者へと任命された少年が凛々しく誓いの言葉を述べると同時に王の間はギャラリー達の割れんばかりの歓喜の声と盛大な拍手に包まれた。
7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 00:52:55.79 ID:jo+olBoY0
――――王宮・中庭
わいわいがやがや!!
勇者任命の儀とそれを祝う宴は白の国……いや、この世界最大の宴と言っても過言ではない。
新たな勇者を一目見ようと各国から何千何万という人々が白の国へと訪れ、宴は十日余り続く。
王宮前の大通りは屋台が立ち並び、夜には舞踏会が行われ、花火が上げられる。
この宴の規模の大きさこそが勇者という存在が人々にとっていかに大きな存在なのかを暗に示していると言えよう。
わいわいがやがや!!
祭りを行きかう人々の話題はもっぱら新勇者のことでもちきりだ。
「やはり100代目の勇者様は大勇者様のご子息であったか」
「どうせコネだろ、コネ。親の七光りってやつだよ」
「しかし剣も魔法も超一流の腕と聞く、勇者の名を冠するということは伊達ではないさ」
「歴代最強と言われる99代目勇者の父上の名が重荷にならなければ良いですけど……」
わいわいがやがや!!
8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 00:53:41.88 ID:jo+olBoY0
勇者「あ、そこのお姉さん!!」
メイド「はい、いかがなさいましたか?」
勇者「俺にも1杯ドリンクくれないかな?え〜っと……そのオレンジのやつ」
メイド「かしこまりました、どうぞ」スッ
勇者「どうも♪」
勇者「……よし、変装は完璧みたいだな♪」ボソッ
帽子を目深に被り、黒縁の伊達眼鏡をかけ、地味な茶色の服に身を包んだこの少年が先ほど任命の儀を済ませた勇者だとは誰も思わないだろう。
王宮の窓硝子に写った自分の姿をじっくりと見てから満足気にうんうん、と二度頷くと勇者は手にしていたドリンクを一口飲んだ。
頼んだドリンクはどうやらアルコールだったらしい。
酒の飲めない勇者は顔をしかめた。
9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 00:54:29.44 ID:jo+olBoY0
魔法使い「よぅ、勇者ぁ!!飲んでるー!?」ダキッ
勇者「おわっ!!ま、魔法使い!?」
突然背後から抱きつかれて勇者は持っていたドリンクを溢しそうになる。
魔法使い「何さ、お祝いに来てくれた仲間に向かってその態度は〜」
勇者「あのなぁ、誰だっていきなり後ろから抱きつかれたらビックリするに決まってるだろ?」
勇者「それに俺がなんのために変装してると思ってるんだよ、周りに聞こえるような大声出すな、少しは気を遣え」ヒソヒソ
魔法使い「にゃはは、ごめんごめん☆」
特に悪びれた様子もなく魔法使いは両手のグラスを交互にあおった。
勇者「そんなにグビグビ飲むなよ……任命早々新聞に『勇者一行魔法使い、飲酒で粗相!!』とか載るのヤだからな」
魔法使い「だいじょーぶぃ♪」
勇者(もう相当できあがってやがる……)
魔法使いの言葉に些かの安堵も得られぬ勇者に声をかける者がいた。
10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 00:55:19.42 ID:jo+olBoY0
武闘家「いや〜、魔法使いさんはもう酔ってますねぇ」クスクス
笑顔で武闘家が言った。
僧侶「ホント、お酒はほどほどにしてねってあれほど言ったのに……」ハァ
ため息をつき僧侶が言う。
勇者「お前らも来てたのか」
僧侶「勇者君の晴れ舞台なんだし当たり前だよ」ニコッ
勇者「……つーか俺ってやっぱ勇者だってわかる?これでも上手く変装したつもりだったんだけど……」
武闘家「いえ、傍目には地味な学生ぐらいにしか見えないんじゃないですか?」
勇者「じゃあなんでお前らはわかるんだよ」
武闘家「僕達何年の付き合いだと思ってるんですか、変化魔法で別人に変身していたってわかりますよ」フフッ
勇者「それはそれで怖いな」ハハッ
11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 00:56:26.38 ID:jo+olBoY0
武闘家「とりあえず、勇者の任命おめでとうございます」スッ
僧侶「おめでとう、勇者君♪」スッ
二人は各々のグラスを勇者へと差し出す。
勇者「あぁ、ありがとう。これからもよろしくな」スッ
勇者はそれに答え自らのグラスと二人のグラスを軽くぶつける。
キン、という軽い音が二つ生まれ、宴の賑わいの中に消えた。
武闘家「……あれ?勇者お酒飲めるようになったんですか?」
勇者「飲めないよ、間違えて貰ってきちゃっただけだ」
魔法使い「ん、じゃああたしがもーらう♪」ヒョイ
勇者「あ、コラ!!……まぁいいか、どうせ飲めないんだし」
僧侶「ねぇ、勇者君?」
勇者「ん?何?」
僧侶「任命の儀の時に大勇者様が『真の継承はまだ先』って言ってたけど……あれってどういうこと?」
僧侶「任命の儀を済ませたんだから勇者君はもう正式に100代目の勇者じゃないの?」
僧侶は不思議そうに小首を傾げた。
12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 00:58:00.34 ID:jo+olBoY0
勇者「あ〜……あれな。僧侶は勇者になるための条件ってわかるか?」
僧侶「うん。勇者の刻印を持ってる勇者候補の中から特に勇者の素質に優れた人が次の勇者になるんでしょ?」
勇者「そ、僧侶も子供の頃に教会で洗礼受けただろ?あれで勇者としての適性……つまり魔王と闘えるだけの潜在的な力を持ってる奴にはこうして腕に刻印が現れる。その素質が高ければ高い程ハッキリと鮮やかにな」
言って勇者は周りからは見えないように自らの右手の袖を捲った。
彼の腕には燃える様な朱の紋様が浮かび上がっている。
この色が勇者の素質を持つということの証である。
幼子の頃に教会で洗礼を受けるとほとんどの子は腕に刻印を宿す。
その刻印によって潜在的な魔翌力や肉体的な強さなどが判明するのだ。
攻撃魔法の適性があるなら蒼の刻印、
回復・補助魔法の適性があるなら翠の刻印、
肉体的な強さに適性があるなら黄色の刻印、
といったように刻印の色によってその子供の才能が分かるのである。
僧侶「何度見ても綺麗な赤だね」
勇者「そうか?なんか見慣れちまったからな」ハハッ
勇者「……んで朱の刻印を持つ勇者候補が修行して力をつけていって一番勇者に相応しい奴が次の勇者になるんだけど……今回はちょっと特殊なケースなんだ」
13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 00:59:20.02 ID:jo+olBoY0
武闘家が引き継ぐ。
武闘家「勇者のお父さん……大勇者様がまだご健在ですからね」
僧侶「?」
武闘家「大勇者様はその歴代最強とも謳われる実力で長年に亘って魔族と闘い、数々の戦果を上げて来ました」
武闘家「その活躍ぶりは僧侶さんもご存知ですよね?」
僧侶「当たり前だよ、すっごく強かったって言われてる先代の魔王を倒してからもずっと前線で闘ってる白の国の英雄だもん、白の国の人達だけじゃなくて世界中の人が知ってるよ」
武闘家「そうですね、そしてそれが勇者がまだ真の勇者たりえない理由なんです」
僧侶「どういうこと?」
武闘家「勇者の継承にはその勇者候補の出身国の王の任命の他にもう1つ、条件があるんです。それが……」
勇者「聖剣の加護、だ」
僧侶「聖剣の加護?」
武闘家「そう、勇者にのみ扱うことを許された世界に一振りの剣、それが聖剣です」
武闘家「勇者は聖剣の所有者となる時に聖剣と契約を交わします。契約が果たされることで聖剣はその秘めたる力を主である勇者に解放し、勇者は人外の力を手に入れるのです」
武闘家「それが聖剣の加護」
武闘家「聖剣の加護を受けられるのは世界に勇者ただ1人だけ」
14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:00:48.30 ID:jo+olBoY0
僧侶「あ、じゃあ……」
武闘家「そうです。今聖剣と契約しているのは大勇者様ですから勇者は聖剣と契約することはできない」
武闘家「『真の継承はまだ先になる』と大勇者様が仰っていたのはそういう理由ですよ」
武闘家「本来なら勇者の任命はその代の勇者が魔王に倒されるか引退するかして、新しい勇者が必要になってから行われるものですからね、現役の勇者がいるにも関わらず次の勇者の任命を行うことは異例なんです」
武闘家「先代の魔王を倒して十数年もの間、勇者として前線で活躍なさっている大勇者様と、現時点でその後を継ぐに相応しい実力を持つと認められた勇者がそれだけ凄いってことですよ」
勇者「誉めても何も出ねぇぞ」
僧侶「へぇ〜〜……武闘家君ってホントに物知りだよね〜」
武闘家「ふふ、そんなことありませんよ」ニコッ
魔法使い「魔王だかなんだか知らないけどあたし達にかかれば赤子の首を捻るようなもんだー!!」
勇者「首捻ってどーすんだよ、怖ぇよ。手だよ手」
魔法使い「そーそーそれそれ♪」
魔法使い「あたし達が魔王を倒して黒の国を落として世界に平和を取り戻すんだぁー♪」
誰がどう見てもただの酔っぱらいにしか見えない少女に勇者と僧侶がうんざりため息をつく。
武闘家はいつもの様ににこにこ笑ってる。
15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:02:03.69 ID:jo+olBoY0
僧侶「でも……魔法使いちゃんの言う通りだね」
僧侶「私達の代で世界に平和を取り戻せるといいね……そのためにも勇者君、絶対魔王を倒そうね!!」
勇者「…………あぁ、そうだな」
勇者は少しだけ、本当に少しだけ悲しげにそう答えた。
瞳には微かに困惑の色が浮かんでいた。
武闘家(…………?)
僧侶「そ、それはそうと勇者君?」モジモジ
勇者「ん?」
僧侶「あのね、そろそろ舞踏会が始まるけど……これから予定あるかな?やっぱりこのパーティーの主役だし忙しい?」
頬を赤らめながら僧侶が尋ねる。
勇者「いや、確か今日は特に予定もなかったハズだけど………………」
僧侶「じゃ、じゃあさ、わ、わた、私と一緒に舞踏会に出てくれたらな〜、なんて思うんだけ……」
勇者「あーーーー!!!!!!」
突如上げられた大声に中庭の誰もが勇者の方を向いた。
16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:03:23.22 ID:jo+olBoY0
武闘家「どうかしたんですか?」
勇者「あ、あぁ、それが待ち合わせがあるのをすっかり忘れてたんだ……!!」オロオロ
魔法使い「ほほーう、彼女かにゃ?」ムフフ
僧侶(!!)ピクッ
勇者「馬鹿、違ぇよ、ただの幼馴染みだよ、お さ な な じ み!!」
魔法使い「なーんだ、つまんないの〜」
僧侶(……)ホッ
勇者「えーっと、なんだっけ僧侶?舞踏会の時に……」
僧侶「あ!!うぅん、なんでもないの!!なんでも!!」アハハ〜
僧侶「先約がいたんじゃ仕方ないよね、勇者君は急いでそっちに行ってあげて」
勇者「そっか、悪いな!!ホントごめん!!じゃあ俺行ってくるわ!!」タタタッ
慌てふためきながら勇者はその場を後にした。
武闘家「行っちゃいましたね〜」
魔法使い「残念だったね、僧侶〜、せっかく勇者との距離を縮めるチャンスだったのに〜」ニヒヒ
僧侶「からわかないでよ、もぅ!!」カァ
武闘家「それにしても……勇者に幼馴染みがいるなんて聞いたことありましたか?」
魔法使い「んにゃ?」
僧侶「そういえば私も聞いたことないや」
武闘家「僕も初耳なんですが……」
「…………???」
17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:04:50.76 ID:jo+olBoY0
――――緑の国・名も無きの湖のほとり
この世界に十ある国々の中で緑の国は黒の国に次いで二番目に大きな国である。
しかし『大きい』と言うのは国土の話であり軍事力はほぼ皆無、自衛のために形だけの国王軍があるのみだ。
その広大な領土の約八割が森林と草原という緑豊かなこの国は争いを嫌い、黒の国――――つまり魔族の軍勢――――に対抗するため白の国が中心となって作った『聖十字連合』には非加盟であり、黒の国とも戦争をしていない。
それ故に聖十字連合、黒の国は緑の国での戦義協定により禁止している。
この世界で最も美しい自然を有するこの国は最も平和に近い国であり……見方によっては最も平和から遠い国であると言えよう。
シュンッ!!
勇者「……っと」スタッ
勇者は転移魔法でこの地へと降り立った。
空間転移にかかる時間は距離と使用者の力量に左右される。
白の国の中央に位置する王都から緑の国の外れのこの場所へと長距離の転移をするとなると、並みの魔法使いでも十数分はかかるが、転移魔法を得意とする勇者は数秒程度で転移に成功した。
もっとも、勇者は今日までこの地に何百回と訪れているためここへの空間転移にすっかり慣れているのだが。
勇者「ぅわ〜〜……すっかり遅くなっちゃったからな〜、まだいるかな……」キョロキョロ
勇者「……お、いたいた♪」タッタッタ
湖のほとりに設けられた質素な休憩所。
そのベンチに待ち合わせの相手が腰かけているのを見つけると勇者は休憩所へと駆けていった。
19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:06:25.09 ID:jo+olBoY0
勇者「よっ」
「遅い、遅刻だ!!」ギロッ
勇者が声をかけるとベンチに座っていた女性――――魔王はパタンと読んでいた本を閉じ、鋭くと勇者をにらみつけた。
魔王「まったく貴様という奴は待ち合わせに毎度遅れて来おって……!!」
勇者「そう言うなって、こっちも忙しくてさ、なんとか時間作って来たんだぜ?」
魔王「ふん、貴様のことだ、大方すっかり忘れていたのだろう?」
勇者「うぐ……」グサッ
魔王の辛辣な言葉が勇者の心に痛恨の一撃を放つ。
勇者「ま、まぁいいじゃねぇかよ、遅れてでもちゃんと来たんだしさ、来ないよりもよっぽどマシだよ、うんうん」
自分に言い聞かせるように頷きながら勇者は言って魔王の左へと腰を下ろす。
魔王「ハァ……デートに遅れて来るような男はいずれ愛想を尽かされるぞ?」
勇者「生憎デートするような娘なんて俺にはいないんでね」
魔王「相変わらずの唐変木め……」
勇者「ん?なんか言った?」
魔王「なんでもない」フイッ
21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:36:52.57 ID:jo+olBoY0
勇者「……って言うかお前……口調」
魔王「む?」
勇者「だから口調だって、俺と2人の時はその堅ッ苦しい口調じゃなくていいって言っただろ?」
魔王「そうであったな……どうもこちらの口調でいる時間の方が長いものですっかり慣れてしまった……」
魔王「ゥオッホン!!」
魔王は盛大に咳払いすると声の調子を確かめた。
魔王「あーあ〜…………うん、これでいいかな?」
勇者「うん、よし」
先程までの厳かで重厚な声とはうって変わって、どこにでもいる普通の女の子の声で魔王は話し始めた。
魔王「わたしもあーいう低い声で重々しく話すのなんてホントは嫌なんだけどさ、どうにも魔王って立場上そういうわけにもいかなくって……」ハァ
勇者「まぁなー、100代目魔王様がこんな風に女の子の高い声で話してたら威厳も何もあったもんじゃないからな〜」
魔王「そういうことっ」
魔王「あ、そう言えば勇者の任命の儀って今日だったんでしょ?」
勇者「あ、あぁ」
魔王「えへへ、これで勇者もやっと正式に勇者に認められたわけだ、お姉ちゃんは嬉しいぞ♪」ナデナデ
勇者「だぁ!!頭を撫でるな!!それに二つしか歳変わらねぇクセに姉貴面もするな!!」カァッ
耳まで赤くして勇者が抗議する。
魔王「ふふ、ごめんごめん」
勇者「……ったく、お前って奴は……」
勇者(元の口調に戻ると性格もガラッと変わるからな…………ま、こっちの魔王が素の魔王なんだけど……)
22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:37:52.04 ID:jo+olBoY0
魔王「どうかした?」
勇者「どうにもしねーよ」
勇者「……それよか……」
勇者は魔王の長く伸びた黒く艶のある黒髪を見て言った。
勇者「髪、伸ばしてんだな」
魔王「ぇえ!?今さら!?」
勇者「え?」
魔王「髪伸ばし始めてもう2ヶ月だよ!?遅いよ!!」
勇者「いや、だって前から大分長かったじゃん!!そこからさらにちょこっと伸びたって気づくわけな……」
魔王「シャラ〜〜〜ップ!!」
勇者「」ビクッ
魔王の剣幕に押される勇者。
魔王「女の子の変化には敏感に反応してあげないとダメなんだよ?」
魔王「そんなんじゃ勇者のこと好きになってくれた娘がいてもすぐ心変わりされちゃうよ!!」
勇者「へーへー、どうせ俺は乙女心がわかりませんよ〜、そんな俺に恋する女の子なんかいるワケないだろっての」ケッ
23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:38:44.06 ID:jo+olBoY0
魔王「…………」
プニ
勇者「?」
魔王は左手の人差し指をピンと伸ばすと勇者の右の頬をつついた。
魔王「そーゆーところが鈍チンだって言ってるの〜」グリグリ
勇者「な、なんだよ」
魔王「はぁー……なんだかなー……疲れちゃうよ」
ガクリと頭と肩を落として魔王が言った。
勇者「そりゃこっちの台詞だ」
わけがわからない、と勇者もため息をつく。
しばらく魔王は目の前の湖、その水面を物思いに眺めていた。
24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:39:53.27 ID:jo+olBoY0
魔王「……ねぇ勇者?わたし達がここでこうして会うようになってどれくらい経つかな?」
勇者「え?えーっと……あれだよな、初めて会ったのが俺が7歳の頃だから……10年ぐらいじゃないか?」
魔王「そっか……もうそんなになるんだね……」
勇者「10年、か……」
魔王「なんだかあっという間だったね」
勇者「ハハ、たしかにな」
勇者「……て言うかなんだよ、急にそんな話して」
魔王「うん…………勇者とこうしてここで一緒に過ごせる時間もこれからはあんまりとれないのかな、って思ってさ」
勇者「別にそんなこと………………いや、たしかにそうかもな」
勇者「正式に勇者に任命されたんだ、これからは色んな国を巡ったり色んな戦場に行ったりしなきゃならなくなるかもな……」
勇者「ここでこうしてお前と会うことも少なくなっちゃうかも知れないな……」
魔王「うん……」
25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:40:43.82 ID:jo+olBoY0
勇者「……でもさ、俺が勇者に任命されたってことは俺達の夢にまた一歩近づいたってことだろ?」
勇者「そう悲しむことじゃないさ、むしろ喜ばなきゃ」
魔王「そっか……そうだね」
勇者「俺達の夢が現実になったらきっと毎日だって会えるさ、だからそれまではちょっと会える機会が減ったって我慢しようぜ」ニッ
魔王「うんっ」ニコッ
勇者「ところでさっき何の本読んでたんだ?」
勇者は魔王が右手に持っている本を見て尋ねた。
本にはブックカバーがかけられており勇者には題名がわからなかった。
魔王「勇者には全然わかんないようなムズカシー本だよ」フフッ
腰まで伸びる髪を人差し指にクルクルと巻きつけて魔王は笑って答えた。
勇者「あ、お前馬鹿にしてんな!?」
魔王「だって勇者漫画とエッチな本しか読まないでしょ?」
勇者「そんなことねぇよ!!つーかエロ本は余計だ!!」
26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:42:04.75 ID:jo+olBoY0
白の国の王都では舞踏会が始まり王宮の大広間はきらびやかな衣装に身を包んだ人々が吹奏楽団の奏でる曲に合わせてパートナーと手を取り合って踊ってる。
「でな、その後に武闘家がさ……」
「でもそれって勇者が……」
「あ、てめぇこの……」
「ふふっ……」
緑の国の静かな湖畔では勇者と魔王、二人の話声だけが風に乗って流れていた。
27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:43:46.62 ID:jo+olBoY0
【Memories01】
――――10年前・緑の国
その日俺は親父に連れられて緑の国に来ていた。
なんでも古くからの友人に会うんだとか。
親父「よし、もう少しで着くぞ」
親父は脇を歩いている俺の方を向いて言った。
ずっと山道を歩いてきて俺は酷く疲れてたんだけど親父が何度「おぶってやろうか?」と言ってもそれを断った。
男がおぶってもらうなんてかっこ悪いと思ったからやせ我慢してたんだ。
親父「綺麗なところだろう?この国は中立国だから戦争もなくてな、こうして雄大な自然が広がっているんだ」
俺「チューリツコクって?」
親父「勇者も人間と魔族が長い間戦争をしているのは知っているだろう?」
親父「白の国、赤の国、橙の国、黄の国、青の国、藍の国、紫の国、銀の国……この8つの国が結んだ軍事同盟が『聖十字連合』」
親父「その聖十字連合と黒の国が戦争をしているんだが緑の国はどちらの軍勢の味方もしていないんだ」
親父「そういう風に周りで戦争が起こった時にどこかの国に協力したりしない国を中立国って言うんだ」
俺「へぇ〜〜……」
親父「本当に分かったのか?」
俺「むずしい話されてもおれよくわかんねーや」
親父「だろうな」ハハッ
28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:45:00.44 ID:jo+olBoY0
話しているうちに目的地に着いた。
一軒のログハウスが森の中にひっそりと建っていた。
その小屋は小さくてもしっかりとした造りで、森の中の木々達と調和しているように感じた。
親父がドアをノックすると、ドアがギィと不快な音を立てて開き、中から大男が出てきた。
親父より頭一つ大きいその男は筋骨隆々を絵に描いたようなたくましい男だった。
大男「よぅ、大勇者。久しぶりじゃねぇか」
親父「剣士こそ、久しぶりだな」
俺は「なるほど、この人が剣士なのか」と思った。
親父と一緒に数々の戦場を駆け抜けた相棒。
魔王とも剣を交えたことがあったという凄腕の剣の使い手らしい。
よく親父から剣士のオッチャンの話を聞かされていたからどんな人なのかと思っていたけど……親父が『素手で倒した熊を生で食べて腹を壊すような豪快な奴だ』と笑いながら話していた通りの人だった。
29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:46:09.42 ID:jo+olBoY0
剣士のオッチャン「お前が時間通りに来るなんてな、こりゃ明日は雨だな」ガハハ
親父「茶化すなよ」
剣士のオッチャン「……ん?おーー!!大勇者の子供か!!」
剣士のオッチャン「俺がお前に会ったのは随分と昔のことだからな〜、あの頃は豆みたいに小さかったのに随分と大きくなったもんだ」ガハハ
言ってオッチャンは俺の頭をわしわしと撫でてきた。
すごい力で頭を左右に揺らされてクラクラしてしまった。
親父「まったく、こんな山奥に家を建てて……城の魔法使いに近くまで転移魔法で飛ばしてもらったんだがそれでも相当歩かされたぞ」
剣士のオッチャン「そいつは悪かった。ただ……できるだけ静かに暮らしたいと思ってな」
剣士のオッチャン「……お前はまだ現役なんだろ?……すまねぇな、俺は……」
親父「いや、いいんだ。お前の選択は間違いではないし誰もお前を責めたりしないよ」
剣士のオッチャン「…………本当にすまない」
親父「だから謝るなって」
さっきまであんなに豪胆に見えたオッチャンが急に二回りは小さくなって見えた。
顔に差した影はそれぐらい暗く重いものだった。
30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:49:00.79 ID:jo+olBoY0
親父「まだ……来てはいないようだな」
親父は小屋の中を覗くと言った。
剣士のオッチャン「あぁ、きっと来てくれるとは思うが……」
親父「私はこれから剣士と昔の友人に会わなければならないのだが……勇者も会うか?」
てっきり親父は剣士のオッチャンに会いに来たのだとばかり思っていて、もう一人会う友達がいたとは思わなかった。
でも俺はその友人が誰なのかすぐにピンと来た。
先代の魔王と戦っていた時、親父は三人でパーティを組んでいたらしい。
親父と剣士と最後の一人が大賢者。
攻撃魔法も回復魔法も使いこなすすげー爺さんだったんだとか。
大賢者さんも剣士のオッチャンと同じ様に前線を退いたと聞いていたから今日は昔の仲間と集まる日だったということだろう。
正直どんなすごい爺さんなのか会ってみたい気もしたけどオッサン二人と爺さんの話を聞いても面白くなさそうだったから俺は辺りをブラブラしてこようと思った。
31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:50:36.55 ID:jo+olBoY0
俺「う〜ん……いいや、おれこの辺を探検してくるよ」
親父「そうか、まぁ2時間程で済むだろうしそれでもいいかもしれないな」
剣士のオッチャン「ガハハ、親父さん似なだけあって好奇心旺盛なところまでそっくりだな」
親父「くれぐれもあまり遠くに行きすぎるなよ」
俺「分かってるよ、じゃあ行ってくる!!」
そう言って俺は小屋を後にした。
森の中に入る時に後ろからまた木と木の擦れる不快な音とバタンというドアの閉まる音が聞こえた。
緑の国の大自然は俺にとっては新鮮そのものだった。
白の国の王都にある自然公園にはよく行っていたけれど、ここの自然は全くと言っていいほど違っていた。
綺麗に剪定された木々、森の間を通る道……自然公園が『造られた自然』だったのに比べてここの自然は人の手が一切加えられていない、大自然が生んだ緑だった。
俺は木々の間を抜けて道無き道を進んだ。
見たこともない色の蝶を追いかけてみたり、鹿の親子を眺めてみたり、登れそうな木に登ってみたり……さっきまでの疲れなんて吹っ飛んでこの大自然を楽しんでいた。
32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:52:38.46 ID:jo+olBoY0
そうしているうちに開けた場所に出た。
そこは小高い丘で一面に白い小さな花が咲いていた。
一瞬その光景に見とれていた俺だが花々の真ん中に女の子が一人座っているのを見て驚いた。
こんな森の中に人が、しかも俺とたいして歳も変わらないような女の子がいるなんて……。
俺はその娘に興味が沸いて近づいていった。
俺「こんにちは」
女の子「だ、だれ!?」バッ
女の子はいきなり声をかけられてびっくりしたみたいだ。
でも相手がただの子供だとわかると少し安心したらしい。
女の子「おどろいた……だれもいないと思ってたのに急に声をかけるんだもん……どうしてこんなところにいるの?迷子?」
俺「ちがうよ!!探険だよ、探険!!」
女の子「ふふっ、そっか、じゃあわたしと一緒だね」ニコッ
その娘の笑顔に俺はドキッとした。
正直結構可愛かった。
肩まである綺麗な黒髪に綺麗で大きな瞳に綺麗な唇と綺麗な肌……ってさっきから綺麗しか言ってないな……我ながら語彙力ってもんがない……と、とにかく可愛かった。
33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:53:36.92 ID:jo+olBoY0
俺「君……名前は?」
女の子「わたし?わたしは魔王よ」
俺は状況を理解するのに数秒かかった。
魔王……?
魔王って魔族の王様だろ?
どうしてこんなところに……って言うかホントにこの娘が魔王なのか?
魔王って魔族の王様で……この娘が魔王?
父さんの敵?
魔王が目の前にいる?
俺の目の前に?
俺「…………ホントに?ホントに君が魔王なの……?」
女の子「えぇ、そうよ。れっきとした黒の国の王様なんだから……ホラ」
その娘は着ていた漆黒のローブを捲って左腕を俺に見せた。
そこには魔王の証である黒の刻印がハッキリと浮かんでいた。
それを見て俺の中で熱く黒い何かが弾けた。
34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:55:19.72 ID:jo+olBoY0
次の瞬間俺は魔王へと駆け出し彼女の胸ぐらを掴んで地面に押し倒すと馬乗りになった。
魔王「きゃっ、ちょっと!!いきなり何するの!?」
俺「だまれ魔王!!母さんの仇め!!」
魔王「な、何言ってるの!?わたしはあなたのお母さんのことなんて知らな……」
俺「うるさい!!おれの母さんはな、魔族に殺されたんだ!!」
魔王「!!」
俺「だから魔族の王様のお前は母さんの仇だ!!」
俺「それに……」グイッ
俺は右手の裾を捲るって魔王に勇者の朱の刻印を見せつけた。
俺「おれは勇者、99代目勇者のこどもなんだ!!勇者のコクインだってある!!」
魔王「!!」
俺「まだ王様から勇者に認められてないけどな、いつか必ず父さんみたいなすごい勇者になるんだ!!」
俺「だからお前なんかこのおれが倒してやる!!」
俺は右拳を強く握りしめて魔王の顔を殴ろうとした。
35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:56:25.49 ID:jo+olBoY0
…………でも、殴れなかった。
恐怖の色を宿した瞳を微かに潤ませ、やがて来るであろう痛みに耐えようと口を一文字に結んで俺を見つめる少女を、俺は殴ることができなかった。
俺「……なんで抵抗しないんだよ……?」
振り上げた拳をわなわなと振るわせて俺は魔王に言った。
俺「子供でもお前は魔王なんだろ!?」
俺「おれなんかよりずっとずっと強いんじゃないのか!?」
俺「なのに……なんでそんな泣きそうな目でおれを見るだけなんだよ!!」ポロポロ
怒りの矛先をどこに向けたらいいのかわからなくなったからか、
自分の行動が酷く惨めに思えたからか、
わけがわからなくなってしまったからか、
…………俺はいつの間にか泣き出していた。
魔王「……私の……」
俺「……?」グスッ
魔王「わたしのお父さんは……わたしの前の魔王だったの……」
俺「……!!」
36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 01:57:49.97 ID:jo+olBoY0
『前の魔王』ってことは99代目の……親父が倒した魔王だってことだ。
つまり魔王にとって俺は親の仇の息子にあたるわけだ。
俺「だったら……だったら俺が憎いんじゃないのか!?殺してやりたいくらいに!!」
魔王「うぅん、だからわたし……あなたの気持ちがわかるの」
魔王「あなたもわたしと同じ気持ちなのかな、って思ったら……わたし…………」グスッ
堪えきれなくなったのか、魔王も泣き出した。
泣いてる女の子の上にいつまでも乗っているワケにはいかないし俺は魔王から降りて…………やっぱり泣いた。
俺は目の前に魔族の王がいるってだけで殴りかかりそうになったのに、魔王は仇の息子を前にしても相手を想う優しい心を持っていた。
それに比べて俺はなんてちっぽけで貧相な人間なんだろう?
悲しみと怒りと不甲斐なさと惨めさがさらに俺の涙腺を刺激した。
そのまま二人はしばらくわんわん泣いていた。
37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:02:16.76 ID:jo+olBoY0
落ち着いたころに俺は魔王に聞いてみた。
俺「……お前はおれたちのこと……人間のこと憎んでるのか?」
魔王「……わたしのお父さんはね、わたしが小さい頃に死んじゃって……わたしお父さんのことあんまり覚えてないの」
魔王「だからお父さんがいないことも悲しいってあんまり思わないし……それにお母さんが言ってたの」
魔王「『人間と魔族は長い間戦争をしてるけど人間は悪い人ばかりじゃないわ』って」
魔王「だから人間みんなのことを憎んでなんかいないよ、もちろんあなたのことも」
魔王「だってこうしてわたしと一緒に泣いてくれる人が悪い人なわけないでしょ?」ニコッ
赤く腫れた眼で俺に微笑む魔王を見て俺は自分が情けなくて仕方がなかった。
俺「……さっきはひどいことしてホントにごめん……」
魔王「…………ううん、いいの」
俺「………………」スッ
俺は黙って魔王に右手を差し出した。
魔王「?」
俺「……仲直りの握手だよ」
俺「もし……もしよかったらさ、その…………これからおれと友達になってくれないかな?」
魔王「友達……」
俺「やっぱりいやかな……?」
魔王「…………うぅん、そんなことないよ。よろしくね、勇者」ニコッ
魔王は優しく俺の手を握り返してくれた。
あの優しく柔らかな、少しだけ冷たい手の感触はきっと一生忘れない。
38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:03:37.63 ID:jo+olBoY0
魔王「えへへ……『友達』か……」
俺「なんだよ、なんかおかしいのか?」
魔王「ちがうの、わたし今まで友達っていなかったから……初めて友達ができてうれしいの」
俺「え?」
魔王「小さい頃から部屋で魔法とか政治の勉強ばっかりだし、お城にはわたしみたいな子供なんていないし……だからあなたが初めての友達なの」
俺「そうなんだ……」
魔王「そうだ!!あなたをわたしのとっておきの場所に連れていってあげる」
勇者「とっておき?」
魔王「うん♪行くよ〜」
パァッ
勇者「!?」
カァッ!!
俺と魔王を中心に地面に魔法陣が浮かび上がったかと思うと俺達は青白い光に包まれた。
それは魔王が放った転移魔法だった。
気がつくと俺達は別の場所へと飛ばされていた。
俺「な……今のって転移魔法だろ!?すげー!!」
魔王「そう?……それより見て、綺麗なところでしょ?」
その場所は森の中にある静かな湖だった。
木々の緑の中にある小さな湖はその水面にすみわたる青空を映し出していた。
森の鳥達のさえずりと虫の音以外は何も聞こえない、静かな静かな湖のほとり。
俺「…………うん、とっても綺麗なところだ」
魔王「わたしに友達ができたらここに連れてくることが夢だったんだ」
俺「そっか……連れてきてくれてありがとな」ニッ
魔王「わたしの方こそ、友達になってくれてありがと」ニコッ
39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:05:00.34 ID:jo+olBoY0
俺「……そういや魔王って何さいなの?見た感じおれとあんまり変わらないように見えるけど……」
魔王「わたし?わたしは9歳だよ?勇者は?」
俺「おれは7さい」
魔王「じゃあわたしの方がお姉さんだね」エヘヘ
俺「そっか2つしか変わらないのか……それなのにあんな転移魔法なんて使えるんだな」
魔王「まぁこれでも魔王だからね、とりあえず一通りの魔法は使えるよ」
勇者「でもすごいよ、転移魔法ってむずかしいんだろ?おれの父さんも苦手で上手くできないんだ」
魔王「たしかに上級魔法だけど練習すれば勇者もできるようになるよ。ちょっとコツがいるだけ……なんならわたしが教えてあげようか?」
勇者「ホント!?教えて教えて!!」
魔王「そうだね、勇者が転移魔法を使えるようになったらここで待ち合わせして会えるもんねっ」
それから俺は魔王に転移魔法の基礎を教えてもらった。
けどすぐにはできるようになるもんじゃないし、とりあえずその日は基本の軽いレクチャーが終わったら雑談を始めた。
俺「魔王はよくここに来るの?」
魔王「うん、お気に入りの場所だから」
魔王「お母さんがお仕事してたりお出かけしてる時はこっそりお城を抜け出して緑の国に来るの」
魔王「黒の国にも山や森はあるけど緑の国の自然が一番綺麗だし空気も美味しいから」
魔王「それでお散歩してた時にこの場所を見つけたんだ」
勇者「へぇ〜」
魔王「今日もお母さんがお出かけだから抜け出してきたの」フフッ
40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:06:24.83 ID:jo+olBoY0
ここでふとした疑問が俺に生まれた。
俺「……お母さんっていくつ?」
魔王「へ?なんで?」
俺「だって魔族って人間よりずっと長生きなんだろ?何百さいなのかなーって思って」
魔王「ふふっ、お母さんは今年で30歳だよ、それに魔族はそんなに長生きしないよ」
魔王「長生きする人で100歳ぐらい、普通の人で80歳ぐらいじゃないかな?」
俺「じゃあ人間と変わらないじゃん!!」
魔王「そうなの?」
俺「うん」
俺「じゃあその……魔王は人間、た、食べたことあるのか?」
魔王「アハハ、なにそれ〜そんなことするワケないじゃない。勇者は面白いね」クスクス
俺「近所のおじいさんが言ってたんだ、魔族は何百年も生きていられて人間を食べてツノが生えてて……」
魔王「嘘嘘。そんなのでたらめだよ。そのおじいさんボケちゃってるんじゃないの?」フフフ
俺「なんだそっか……でも……」
俺は魔王の言葉を聞き考えた。
41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:07:46.35 ID:jo+olBoY0
俺「そしたら人間と魔族って何がちがうんだろうな……」
俺「外見だって同じだし、ジュミョーも同じなんだろ?」
俺「何にもちがわないのに……それなのに人間と魔族はお互いを認め合えずにずーっと戦争してる……」
魔王「…………」
魔王も俺の問いに答えることはできずただ黙っていた。
俺達には想像もつかない大きな禍根が二つの種族の間にある。
そのことを子供ながらに俺と魔王は理解していた。
そして俺は……目の前にいる魔王を……いや、一人の友達を見てある考えが浮かんだ。
42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:09:17.95 ID:jo+olBoY0
俺「なぁ、魔王?」
魔王「なに?」
俺「おれは勇者のコクインを持ってる……王様もきっと次の勇者になれるって言ってくれてる」
俺「いつか立派な勇者になるつもりだ」
魔王「そっか…………そしたら……わたし達は闘わなくちゃならないね…………せっかく友達になれたのに……」ウル
俺「ちがう」
魔王「……?」
俺「おれとお前で人間と魔族を仲直りさせようぜ」
魔王「なかなおり……?」
俺の突拍子のない一言に魔王は戸惑ったみたいだ。
俺「そうさ、人間代表の勇者と魔族代表の魔王が力を合わせるんだ!!」
俺「おれたちで戦争を止めようぜ!!」
43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:10:37.27 ID:jo+olBoY0
魔王「え……そうなったらすごいけど…………でも、できるかな……?」
魔王「人間と魔族は何百年も戦争してきたんだよ?それをわたし達が止めるなんて……」
俺「おれたちだからだよ」
魔王「……?」
俺「だってこうして友達になれたじゃん!!おれたちならきっとできるよ!!」ニッ
曇っていた魔王の顔がみるみる晴れやかになっていった。
魔王「……うん、そうだね!!わたしたちだからきっとできるんだよね!!」
俺「あぁ!!」
魔王「魔族と人間が仲良くできる世界か……そんなの考えたこともなかったよ」
俺「そんな世界を作るのがおれたちの夢だ」
スッ……
魔王は右手を小指だけ伸ばして俺に向けてきた。
44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:11:53.23 ID:jo+olBoY0
俺「?」
魔王「指切りしよ、勇者」
魔王「2人で平和な世界を作ろうって約束するの」
俺「へへっ、わかった」
キュッ
俺は魔王の小指に自分の小指を絡ませた。
俺「うん……よし」ニッ
魔王「えへへ……」ニコリ
魔王「そういえば勇者はどうしてあんな山奥に来ていたの?」
俺「それは父さんに連れられて…………って、あ!!そろそろ戻らないと……!!」
魔王「そっか、わたしもそろそろお城に戻るね、きっとお母さんももうすぐ帰ってくるだろうし」
魔王「さっきの花畑のところまで転移魔法で送ってあげるね」
俺「うん、ありがとう」
魔王「また……会えるよね?」
俺「うん、当たり前だろ?」ニカッ
魔王「そうだね♪ちゃんと転移魔法練習してね」
俺「任せとけって」
45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:13:35.85 ID:jo+olBoY0
パァッ!!
地面に魔法陣が現れる。
魔王「……あ、わたしと勇者が友達なことは誰にも言っちゃダメだよ?もちろんこの場所のことも」
俺「なんで?」
魔王「だって魔王が勇者と友達だったら他の魔族達が不信感を抱いちゃうでしょ」
魔王「勇者も魔王と友達だって他の人たちに知られたら勇者に任命してもらえないかもしれないし……」
俺「わかった、じゃあ2人だけのヒミツだな」
魔王「そういうことっ」
魔王「……それじゃ勇者、またね」ニコッ
俺「うん、またな」ニッ
カァッ!!
魔王の笑顔を見たと思ったら元いたところ――――小高い丘の花畑に立っていた。
46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:15:20.87 ID:jo+olBoY0
「おーーい、勇者ーー!!どこだーー!?」
少しすると聞き覚えのある声が森の中から聞こえた。
親父の声だった。
俺「父さーん!!こっちだよー!!」タタッ
俺は声のする方へ駆けながら言った。
親父もこっちの声に気づいたみたいですぐ見つけてくれた。
親父「まったく、遠くに行きすぎるなと言ったのに……」ハァ
俺「へへっ、ごめんごめん」
俺「もう1人の友達は来てくれたの?」
親父「ん?あぁ、まぁな、久しぶりに会ったが元気そうで良かったよ」
親父「……さて、近くの街まで帰って緑の国の魔法使いに白の国まで飛ばしてもらわないとな」
俺「え〜……?また歩くの?父さんが転移魔法使えればすぐ帰れるのに……」ブツブツ
親父「仕方ないだろう、私は転移魔法が苦手なんだ。どこに飛ぶかわからんのはお前も知っているだろ?」
親父「試しに使ってみてこの前みたいに無人島にでも飛ばされてみるか?」
親父「それはそれで面白そうだが……」フム
俺「そっちの方がヤだよ……いいよ、さっさと行こうぜ」
親父「なんならおぶってやろうか?」
俺「いい!!自分で歩く!!」
47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:17:38.68 ID:jo+olBoY0
白の国に帰ってから俺はその日魔王に教えてもらった転移魔法の基礎を毎日練習して、二ヵ月後やっと転移魔法が使えるようになった。
七歳の子供が上級魔法を使えるようになったから周りは「やっぱり大勇者様の子供だ」って騒いでたけど実際は魔王のおかげだった。
喜び勇んで魔王との秘密の湖に飛んでみると缶が置いてあって中には魔王から手紙が入っていた。
お互い湖に来たときは返事を書いて缶に入れて連絡を取り合おうというものだった。
何回か手紙のやりとりをしてお互い都合の合う日を探して、初めて魔王に会ってから半月後、やっと魔王と再会を果たした。
魔王が俺に
『遅刻だ!!』
と言ったのはその時が最初だった。
48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:20:25.26 ID:jo+olBoY0
【Episode02】
――――白の国・王都・勇者の家
勇者は自分の部屋でベッドに腰かけ物思いにふけっていた。
今日は旅立ちの日。
正式に勇者に任命された者が仲間達と共に各国を巡る旅に出るのである。
儀礼的な旅ではあるが勇者が世界を自身の目で見て回り、必要があらばその地での魔族との闘いに戦力として加わると共に、全ての国の王に謁見することで黒の黒の王都へと攻め入る許可が得られるのだ。
旅の最中に故郷、実家に戻ることを禁止されてなどいないが勇者はこの旅が終わるまでは家に帰らないと決めていた。
この旅が終わる時……勇者にとってそれは人間と魔族が争うことを止める時。
だから世界が平和になったら、またこのベッドで寝転がりながら漫画でも読もう、その時までこの部屋とはお別れだ。
と自分に言い聞かせた。
飾り気のない部屋だが勇者にとっては幼い頃から過ごしてきた"自分の空間"である。
名残惜しくないと言えば嘘になる。
49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:22:50.21 ID:jo+olBoY0
勇者「よし……行くか!」
やがて勇者はそう言って腰を上げると装備の最終確認をした。
忘れ物がないかチェックし終えると最後に壁に立て掛けてあった愛剣を腰に差した。
戸口の前に立って部屋を見渡すと、ふと机の上に目が留まった。
勇者の机の上には『新説魔法学〜魔力痕研究学〜 著:魔法研究局局長』なる分厚い本が無造作に置いてある。
先日魔王に「勇者は漫画とエッチな本しか読まない」と言われたから難しい本を読んで魔王に自慢してやろうと思って買ってきたのだが……見事に目次で挫折した本だ。
勇者は二度と開かないであろうその本を見て苦笑するとゆっくりと戸を閉め、部屋を後にした。
階段を降り一階へ行くと父親がテーブルで新聞を広げていた。
父の淹れたコーヒーの香りがほのかに部屋を包んでいる。
大勇者「……行くのか」
勇者に気づいた大勇者が新聞をたたんで言った。
勇者「あぁ、白の神樹の前で武闘家達と待ち合わせしてる」
大勇者「そうか」
勇者「…………世界を平和に……人間と魔族が共存できるようになるまで、俺この家には帰らねぇからな」
大勇者「『人間と魔族の共存』…………か」フンッ
大勇者は勇者の言葉を鼻で笑った。
50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:24:42.24 ID:jo+olBoY0
大勇者「お前はまだそんなことを言っているのか」
大勇者「勇者と魔王……いや、人間と魔族は争う運命にあるのだ、お前の言う『平和な世界』など子供の絵空事にすぎん」
勇者「…………」ビキッ
父の一言に勇者はこめかみに青筋を浮かべた。
勇者「親父は……親父はいつもそうだ!!」
勇者「なんで否定することしかしないんだよ!!」
勇者「人と魔族と何が違うって言うんだよ!!何も変わらないだろうが!!」
勇者「心を開いて話し合えば分かり合えるハズだろ!?」
勇者の言葉に大勇者も語気を強める。
大勇者「それが甘い理想にすぎないと言っているんだ!!」
大勇者「人と魔族の戦争が始まって数百年……お前のように魔族と和解しようとした人間が1人もいなかったとでも思うか!?」
大勇者「だが今もこうして争いが続いている!!和解など不可能という何よりの証拠ではないか!!」
51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:26:37.78 ID:jo+olBoY0
勇者「昔のことなんか知ったこっちゃねぇよ!!」
勇者「できないと思ってやらなかったら絶対できるワケないだろうが!!」
大勇者「馬鹿げたことに時間と労力を費やすことが無意味以外のなんだと言うのだ!!」
大勇者「魔族は母さんの仇なのだぞ!?憎むべき人間の敵だ!!」
勇者「憎しみだのなんだの過去のこといつまでも引きずってるからお互い歩み寄れないんだろ!?」
勇者「大切なのは過去じゃねぇだろ、これからやってくる未来だろ!?」
二人の言い争いは徐々に熱を帯びていき、いつしか怒鳴り合う形になっていた。
……と、そこで二人のものではない別の声が間に割って入った。
「……これこれ、喧嘩はよさぬか」
勇者・大勇者「……ッ!?」バッ
二人がドアの方へ目をやるとそこには高貴な衣装に身を包み白く長い髭をたくわえた老人が立っていた。
勇者「お、王様……!?」
白の王「一応ノックはしたんじゃがな、返事がなかったから勝手に入らせてもらったよ、すまなかったな」
大勇者「こ……これはお見苦しいところを!!」
椅子から立ち上がり大勇者が頭を下げる。
52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:28:47.06 ID:jo+olBoY0
白の王「よいよい……だが旅立ちの日だと言うのに親子が喧嘩別れなどするものではないぞ」
大勇者「ハッ」
勇者「…………」ムスッ
白の王「そうそう、わしは旅立つ勇者に一言はなむけの言葉を送りに来たんじゃった」
白の王「勇者よ、わしはお主が大勇者にも負けないような素晴らしい勇者になれると思っておる」
白の王「100代目勇者としてのお主のこれからの活躍に期待しておるよ」フフ
勇者「……はい、ありがとうございます」ペコッ
勇者「……じゃあ俺はもう行きますね」
白の王「うむ」
勇者がドアノブに手をかけたところで大勇者が言った。
大勇者「これだけは覚えておくんだな…………お前が本気で魔王と……魔族と闘う気になるまで私は聖剣をお前に託すつもりはない」
勇者はその言葉を聞くと大勇者の方へと向き直り思いきり舌を出して言った。
勇者「んなナマクラ俺には必要ないね!!勝手にしやがれ!!」
大勇者「なっ……!!」
ガチャ!!バタンッ!!
大勇者が二の句を継げずにいるうちに勢いよくドアを閉めて勇者は実家を後にした。
53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:30:33.77 ID:jo+olBoY0
大勇者「ハァ…………申し訳ありません、王の前であの様な……」
白の王「なに、元気があって良いことではないか」
白の王「何よりお主の若い頃にそっくりじゃ」ホッホッホ
大勇者「まったく…………王は今日はお1人で?」
白の王「久しぶりにお主と話がしたくてな、一応護衛はつけておるが家の前で待機させておるよ」
大勇者「そうですか」
白の王「……座っても良いかの?」
チラとテーブルと椅子に目を遣り白の王が言った。
白の王「最近歳でずっと立っておると疲れてしまってのぅ……」ハハッ
大勇者「これはとんだご無礼を、どうぞお掛けになって下さい」
白の王「うむ、失礼するぞ」
よっこいせ、と言って白の王は質素な木の椅子に腰を下ろした。
大勇者「たいした物はお出しできませんが……お飲み物は紅茶とコーヒーどちらが良いでしょうか?」
白の王「すまんな、気を遣わせて……じゃあ砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを頂こうか」
大勇者「ハッ、少々お待ちを……」
大勇者は少し離れた流しへ行くとコーヒー豆を挽き始めた。
豆の砕けるガリガリと言う音を聞きながら白の王はぼんやりと大勇者の背を眺めていた。
白の王「……どうじゃ?身体の方は?」
白の王は心配そうに尋ねる。
54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:32:30.71 ID:jo+olBoY0
大勇者は右手を開いて閉じてを何回か繰り返すとやや影のある声で言った。
大勇者「……正直そろそろ限界でしょうね……」
白の王「そうか……」
大勇者「我ながらよくもったと思いますよ、先代魔王と闘ってからほぼ20年になるのですから」
大勇者「私は戦場を駆ける身、いつ死んでも良いように心構えはしているつもりです」
大勇者「心残りがあるとすれば…………息子のことでしょうか」
普段の凛々しさとは似つかない小さな声で大勇者が言った。
白の王「…………まさかとは思っておったがお主の子もまた勇者の刻印を持つことになるとは…………」
白の王「真っ直ぐで優しいあの子もやがて魔族と……魔王と命懸けで闘うことになるのかのう?」
大勇者「えぇ……人々のために魔王と闘うのが勇者の務めなのですから」
白の王「わしが100代目の勇者に任命しておいてなんじゃが…………勇者という重責を背負わせてしまって本当にすまない……」
大勇者「いえ、王が気に病むことではありませんよ。息子が私と同じように勇者になったのは…………やはり運命なのでしょう」
55: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:34:23.62 ID:jo+olBoY0
大勇者「それに我が子だからこそ……勇者という存在の使命と宿命を背負い切ることができる、と信じられるのです」
大勇者のその言葉を聞き白の王は軽く笑った。
白の王「ホッホ、いつも喧嘩ばかりじゃがやはり親は親、じゃな」ニコリ
大勇者「フフッ、そうですな」
挽き終えたコーヒー豆をフィルターへと移しながら大勇者は苦笑した。
白の王「ときに大勇者よ、お主には大変申し訳ないのじゃが……」
大勇者「はい、なんでしょうか?」
白の王「やっぱり紅茶をもらえるかのう?」
56: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:36:36.59 ID:jo+olBoY0
――――白の国・王都・白の神樹前広場
白の国の王都、その中心を通る大通り。
北側は王宮へ、南側は白の神樹へと真っ直ぐに伸びている。
人と魔族が争い合う遥か昔からこの地に根を下ろすその大木は樹齢千年とも言われ、人々から深く愛され、信仰の対象になっている。
神樹の前には大きな広場があり憩いの場として連日多くの人々で賑わっている。
僧侶「あ、勇者君、こっちこっち!!」
雑踏の中から勇者を見つけた僧侶は手を振って自身の存在をアピールした。
勇者「お待たせ」
武闘家「2分13秒の遅刻……勇者にしては来るのがやけに早いですね……本物の勇者ですか?」
勇者「お前なぁ……」
武闘家「冗談ですよ、冗談☆」ニコッ
57: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:38:35.70 ID:jo+olBoY0
勇者「まったく……あれ?魔法使いは?」
僧侶「なんか美味しそうな匂いがするってさっきフラッとどこかに行っちゃったの」
勇者「しょーがない奴だなぁ」ハァ
勇者「俺達はこれからピクニックに行くんじゃないんだぞ?ちゃんと責任感を持ってだな……」
武闘家「あれ?誰か遅刻してきた人がいませんでしたか?責任感が足りないですよね〜」フフッ
勇者「…………まぁ肩肘張りすぎるのも良くないよな、少しの間ここで待っててやるとするか、うん」
武闘家「そうですね」クスクス
「良かった、間に合った!!」
幼い声に三人が振り返るとそこには一人の少年が立っていた。
僧侶「弟君!?」
58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:40:45.77 ID:jo+olBoY0
僧侶は三人姉弟の一番上である。
彼女のすぐ下の弟がこの場に現れたのだ。
勇者「よう、弟どうしたんだ?」
僧侶弟「こんにちは、勇者様。今日姉ちゃん達が旅立っちゃうっていうからお見送りに来たんです」
僧侶「もぅ、お別れなら家を出る時にしたでしょ?それに妹ちゃんの面倒見ててって……」
僧侶弟「でも妹は今昼寝してるし……」
僧侶「一人にしたら危ないでしょ!!私が旅に出てる間妹ちゃんをよろしくって言ったのに……」
僧侶弟「…………」シュン…
武闘家「まぁまぁ、僧侶さんもそれくらいにしてあげて下さい。弟君も大好きなお姉さんとしばらくお別れしなければならずに寂しいんですよ」
僧侶「それは分かってるけど…………」
勇者「ま、たまには家に帰ってやれよ。なんなら俺が送ってやるからさ」
僧侶「うん、ありがとう勇者君」
僧侶弟「勇者様、武闘家さん、姉ちゃんのことよろしくお願いしますね」
勇者「おぅ、任せろ!!」ニッ
武闘家「僕達の方が僧侶さんにお世話になりっぱなしですけどね」フフッ
59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:43:08.78 ID:jo+olBoY0
僧侶はその場に膝立ちになると弟と目線を合わせた。
優しく弟の両の頬に触れ、真っ直ぐに瞳を見つめた。
僧侶「私がいない間、お父さんとお母さんに迷惑かけちゃダメよ?」
僧侶弟「わかってるって」
僧侶「妹ちゃんのこともよろしくね、弟君はお兄さんなんだからね」
僧侶弟「うん」
二人は静かに目を閉じた。
僧侶「弟君に神樹の御加護がありますように……」
僧侶弟「姉ちゃんと勇者様達にも神樹の加護がありますように」
僧侶弟は祈り終えると目を開け目の前に悠然とそびえる大樹を見上げた。
僧侶弟「やっぱり大きいなぁ……それにここにいると安心するし」
僧侶弟「ねぇ姉ちゃん、他の国にも白の国みたいに神樹があるってホント?」
僧侶「えぇ、本当よ」
僧侶はゆっくりと立ち上がりながら答えた。
60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:47:10.53 ID:jo+olBoY0
僧侶「どの国にも王都には白の国と同じように神樹があるの、勿論黒の国にもね」
僧侶「……と言うよりも神樹のある場所がそれぞれの国の王都になったのかな」
僧侶「私達がこうして暮らしていられるのも神樹のおかげなのよ?」
僧侶弟「え?そうなの?」
僧侶弟は姉を見て目を丸くした。
勇者「なんだ、学校で習ってないのか?」
僧侶弟「はい」コクン
僧侶「この神樹はね、ある種の結界を張っているの。あ、でも結界と行っても邪を退けるバリアみたいなものじゃないよ」
僧侶弟「??」
僧侶「えーっと……」
武闘家「『環境改善装置』、みたいなものでしょうか?」
僧侶がどう説明したら良いか困っていたので武闘家がフォローを入れる。
武闘家「神樹はその溢れる生命力を周囲の環境にも分け与えているんです」
そのまま武闘家が説明を代わってくれたので僧侶は内心ホッとした。
武闘家「神樹の力によって空気は洗浄され、土壌は肥え、嵐や地震の様な自然災害すら抑制されているのですよ」
僧侶「ずっと……ずっと前から神樹達は私達人間を……この世界を守り続けてきてくれたのよ」
僧侶弟「そうだったんだ……全然知らなかった」
61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:50:03.19 ID:jo+olBoY0
僧侶弟はもう一度白の大樹を見上げた。
地中深くに広がる根、
何より太く力強い幹、
天へと自由に伸びる枝葉、
生命の神秘というものを目で、肌で、感じる。
勇者「この木からしてみれば……きっと人間と魔族の争いなんて子供の喧嘩みたいなもんなんだろうな……」
木漏れ日を眩しそうに見つめながら小さくそう呟いた勇者を少年は不思議そうに眺めていた。
魔法使い「あー、勇者じゃん!やっと来たの〜?」
両腕で大きな紙袋を抱きかかえた魔法使いが勇者に声をかけた。
右手に持っていたホットドッグを旨そうに頬張る。
魔法使い「ほーひふほひふほひほふひへひへは〜」モグモグ
勇者「魔法使い……ってか食いながらしゃべるなよ、何言ってるかサッパリわかんねぇよ」ハァ
魔法使い「ん……んぐっ」ゴクンッ
魔法使い「来るの遅いよー、この遅刻ジョーシューハンめ」
勇者「お前に言われたくねぇよ!!」
魔法使い「え〜?あたしより勇者の方がずーっと遅刻の回数多いよ〜」ペロッ
口の周りについたケチャップを器用に舌で舐めとり魔法使いが言った。
武闘家「うーん、正直どっちも似たようなものなんですけどね」フフ
62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:51:41.13 ID:jo+olBoY0
魔法使い「……にゃ?この子は?」
魔法使いが僧侶の隣の少年に気付いた。
僧侶「私の弟だよ」
勇者「あれ?魔法使いは会うの初めてなのか?」
魔法使い「あー!君が僧侶の弟君か!あたしは魔法使いだよ、はじめまして♪」
僧侶弟「は、はい、はじめまして…………」
僧侶弟は魔法使いを見てなにやら戸惑っている。
僧侶弟「あ、あの魔法使いさん?」
魔法使い「なぁに?」
僧侶弟「魔法使いさんは……その…………猫なんですか?」ジー
僧侶弟は魔法使いの頭、栗色の髪の中から生える二つの猫の耳を凝視して尋ねた。
63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:54:11.03 ID:jo+olBoY0
さっきから通行人がこちらを見てくるのは勇者に気づいてだと思ったがどうやらそうではなかった様だ。
魔法使い「残念ながらあたしは猫じゃないよ〜」アハハ
僧侶弟「そ、そうですよね……えっと、変わったコスプレですね」
魔法使い「コスプレなんかしてないよ?ちゃんとあたしの耳だよ?」ピコピコ
僧侶弟「!?」
小刻みに耳を動く魔法使いの猫耳に僧侶弟は驚きを隠せなかった。
勇者「俺達はもう慣れちゃったから気にもしてなかったけど……普通の奴からしてみりゃそりゃ驚きだよな」
魔法使い「昔魔法に失敗しちゃってね、その時にこうなっちゃったんだー」
僧侶弟「へぇ……」
僧侶「本当は魔法で治せるんだけど魔法使いちゃんが気に入っちゃって……ずっとそのままなの」
魔法使い「だって可愛いじゃん!!」ピコピコピコピコ
勇者「分かった分かった、てか帽子はどうしたんだよ?」
本来なら帽子で耳が隠れるのであまり人々からジロジロと見られることもないのだが、魔法使いがいつも被っている黒の帽子が今日は頭に乗っていない。
魔法使い「たまにはなくてもいいかなーって」
勇者「ダメだ、被れ。あんまり騒がれたくないから『100代目勇者旅立ちの式』ってのを断ってきたのに……王都の城門を出るまでは我慢して被ってろよ」
魔法使い「わかったよ〜〜」プクッ
頬を膨らませた魔法使いがパチンと指を鳴らすと頭上に小さな魔法陣が現れた。
64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 02:57:38.14 ID:jo+olBoY0
魔法陣が光ったかと思うと既に彼女の頭の上には愛用の帽子がふわりと乗っていた。
勇者「とりあえずよし。……そしてその紙袋はなんなんだ?」
魔法使い「これ?これはねぇ〜、ポップコーンと焼き鳥とホットドッグとチョコバナナとそれから〜」
勇者「あのなぁ、それ抱えながら旅に出るわけにもいかないだろ……食料ならこっちの袋の中に入ってるし」
魔法使い「えー、だったらわざわざ旅なんかしなくても転移魔法で他の国の王都に跳んでっちゃえばいいじゃん、だいたいの国は行ったことあるんだしさー」
勇者「それじゃ世界中の色んな場所、色んな人達を見て回れないだろうが」
勇者「とは言え捨てるのも勿体無いし……そうだな、買ったもんは全部僧侶の弟にやれ」
僧侶弟「え?」
僧侶「なんか悪いよ、勇者君」
勇者「いいんだよ、ホラ魔法使い」
魔法使い「う〜ん……わかった、じゃあお近づきの印ってことで弟君にあげるよ♪妹ちゃんと仲良く分けっこしてね」ニコッ
僧侶弟「はぁ……あ、ありがとうございます」
魔法使い「いいのいいの♪……でも〜」ガサゴソ
魔法使いは僧侶の弟に渡した紙袋を漁ると、小さな袋を取り出した。
魔法使い「あった☆この焼き鳥はあたしが貰ってくね♪」
勇者「……まぁそれぐらいなら持って行ってもいいか」
65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:00:28.23 ID:jo+olBoY0
武闘家「さて……全員揃ったことですしそろそろ行きましょうか」
僧侶「そうだね、随分遅くなっちゃったもんね」
僧侶「……そうだ、弟君。お姉ちゃんとの約束ちゃんと覚えてる?」
僧侶弟「妹の面倒をちゃんとみること。姉ちゃんの育ててるサボテンの世話を忘れないこと。それと勉強も頑張ること!」
僧侶「あとお父さんとお母さんに迷惑をかけないこと、ね?」
僧侶弟「うん!任せといてよ!」
僧侶「ふふ、わかった。頑張ってね」ニコ
勇者「僧侶、いいか?」ニッ
僧侶「うん、時間とらせてごめんね」
魔法使い「ん〜、最初はどこに行くんだっけ?」
勇者「赤の国、だな」
66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:01:56.87 ID:jo+olBoY0
武闘家「その次は大砂漠を迂回するようにして黄の国へ、そしたら……いえ、まずは赤の国へ行くこと。そこからですね」
勇者「そういうことだな」
勇者は目を閉じ深く息を吸い込んだ。
勇者「……よし!!じゃあ100代目勇者様一行の旅立ちだ!!行くぞぉ!!」
魔法使い・僧侶「おー!!」
武闘家「ふふっ、いつも元気があっていいですね」ニコニコ
僧侶弟「行ってらっしゃい、姉ちゃん!!勇者様達!!」
一行は旅は幕を開けた。
僧侶弟は四人の背中が見えなくなるまで、白の神樹の前で手を振り続けていた。
67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:03:49.83 ID:jo+olBoY0
――――黒の国・魔王の城・王の間
魔王は王座に座り書類に目を通しながら黒騎士の言葉に耳を傾けていた。
黒騎士「……以上が先の赤の国との戦になります」
全身を黒の甲冑に身を包んだ男は魔王の前に跪き重々しい声で闘いの結果を報告した。
魔王「やはり赤の国は白の国に次ぐ戦力の国……一筋縄ではいかんな」
魔王「先日の黄の国での戦はどうであった?」
黒騎士「ハッ、こちらの勝利まであと一歩というところでしたが大勇者が現れ戦況が一転、撤退を余儀無くされました」
側近「……いかがいたしましょうか?」
魔王「そうだな…………」
長い沈黙の後に魔王が答える。
68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:05:15.60 ID:jo+olBoY0
魔王「赤の国、黄の国との前線へ兵の補給をし、そのまま現状待機だ」
黒騎士「待機……ですか?」
黒騎士は怪訝そうに尋ねる。
黒騎士「お言葉ですがどちらの国も先の戦で戦力が消耗していると思われます。ここで総攻撃をかければ重要拠点を落とし、赤の国、黄の国との闘いを有利に運ぶことができるかと……」
魔王「そうであろうな……今までだったらな」
黒騎士「新たな勇者……ですか」
魔王「うむ、100代目勇者という新たな戦力を得た人間側の力を侮ってはならん」
魔王「戦力を補給しにらみ合いに持って行くだけでも十分に相手への牽制になろう、『急いては事を仕損じる』と言うであろう?」
黒騎士「…………ハッ、心得ました。では御意に」
一礼すると黒騎士はきびきびと歩き王の間を後にした。
69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:07:28.92 ID:jo+olBoY0
魔王「…………ふぅー〜…………」
側近と二人きりになると魔王は長く息を吐いた。
魔王「どうにか誤魔化せただろうか?」
側近「どうでしょうか?黒騎士殿はご命令に納得がいかなかったようでしたが……」
魔王「そうだろうな……黄の国への侵攻はともかく赤の国は今が攻め入る好機だと誰もが考えるであろう」フゥ
側近「そろそろ限界でしょうか?」
魔王「……だとしてもまだ時間を稼がねばなるまい、勇者は先日旅に出たばかりだと聞くしな」
側近「うふふ、魔王様と勇者さんの計画が早く実現すると良いですね」
魔王「そうだな」
70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:10:24.80 ID:jo+olBoY0
側近は勇者と魔王の仲を知る唯一の人物である。
勇者と魔王の夢を現実のものとするにはどうしても第三者の協力が必要だと二人は考えるようになった。
勇者はまだしも魔王は魔族の頂点に立つ身として一人で黒の国全体を和平へと向かわせるのは到底不可能である。
そこで白羽の矢が立ったのが魔王の幼少期は世話係を務め、現在は側近を任されている彼女であった。
五年前、魔王が十三の時に魔王は当時既に側近であった彼女に全てを打ち明けた。
大勇者の息子、100代目勇者候補と交遊があること。
彼と共に魔族と人間の戦争のない平和な世界を目指していること。
話を聞いた時は多少のことには動じない側近も流石に面食らったようだったが、魔王の良き理解者である彼女は『魔王様に付き従うのが私の役目ですから』と二人の後押しをすることを快諾したのだった。
自国の消耗を抑えつつ他国へ甚大な被害を出さない侵略をするという難しい采配は魔王の知識だけではこう長く続けてこれなかっただろう。
だがそうした采配にも限界がきているのは否めなかった。
71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:12:57.98 ID:jo+olBoY0
側近「……黒騎士殿だけでなく他の将軍達も遅々として進まぬ侵攻、ひいては魔王様の指揮に不満を抱えているようです」
魔王「…………こればかりは仕方ないな」
魔王は眉間に皺を寄せ次の書類に目を通しながら答えた。
側近「えぇ……でも魔王様の支持率はお父上に次いで2番目に高いのですよ?」フフッ
魔王「そうなのか?」
側近「税金を減らし地方の開発発展に意欲的に取り組み、可能な限り国民の声に耳を傾けていらっしゃいますからね」
側近「平和な世界であったならば間違いなく名君と呼ばれるのでしょうね」
魔王「そうか…………」
72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:15:59.60 ID:jo+olBoY0
魔王は手に持つ書類の最後のページをめくった。
最後の紙には子供の幼い字で『まおうさま このまえむらにいどをつくってくれてありがとう』と書かれて可愛らしい絵が描かれていた。
魔王「ふふっ、私には戦に強い国を作るよりも国民のための平和な国を作る方が合っているのかもしれんな」
「魔族の王たる魔王がかような考えでどうするのだ!!」
男の低い声が王の間に響き亘る。
コツコツと足音を立て玉座の前へ漆黒の鎧の男が現れた。
側近「魔将軍殿……!!」
魔将軍「黒騎士から聞いたぞ、赤の国、黄の国の侵略を中止させたと!!」
魔将軍は軍事において魔王に次ぐ権力を持つと共に過激な反人間派の中心人物である。
先程の魔王の決定に異論を唱えるのも無理はない。
魔王「黒騎士にも申したが新たな勇者という存在がある故迂闊な進軍は我が軍の被害をいたずらに増やすだ……」
魔将軍「それはただの逃げ腰にすぎん!!」
魔王の言葉を遮り魔将軍が叫んだ。
魔将軍「我が軍の兵達は戦で命を落とすことなど常から覚悟していおる!!」
魔将軍「敵の重要拠点を落とせるとなれば多少の犠牲はつきものだと分からぬのか!!」
魔将軍「人間は貴女の父上を殺した憎むべき仇なのだぞ!?それを毎度腑抜けた指揮で……!!」
73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:17:35.85 ID:jo+olBoY0
側近「魔将軍殿!!先程から魔王様に対してなんたる無礼な……!!」
魔王「よいのだ、側近」
魔王「……ともかく、私は決定を覆すつもりはない」
魔王はそう重々しく言うと真っ直ぐに魔将軍を睨んだ。
魔将軍「…………チッ、頑固なところばかり兄上に似おって……」
身を翻すと魔将軍は来た時と同じように足音を立てて王の間を去った。
側近「…………」
魔王「叔父上……」
軍内部で魔王に対する不満を持つ者が増えつつあるのは確かである。
もしかしたらもうあまり時間はないのではないか?
魔王はそう考えていた。
74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:20:50.60 ID:jo+olBoY0
【Memories02】
――――5年前・白の国・王都・白薔薇学園
学年主任の先生「じゃあしばらくは今発表した班編成でパーティを組んでもらうぞ、模擬戦や任務にもそのパーティで取り組んでもらうことになる」
学年主任の先生「勿論明日からの銀の国での演習にもこのパーティで参加してもらうからな、わかったかー?」
学生達「はーい!!」
学生課の先生が最後の確認をとるとみんなが大講堂に響き亘る声で返事をした。
一方私は今聞いたパーティが信じられずに茫然としていた。
……まさかこんなことになるだなんて思いもしなかった……。
たしかに私は授業を欠席したことは勿論、遅刻したこともないし、魔法の実習もテスト勉強も一生懸命やってきたと自分でも思う。
この前のテストでは学年で四位だったし、『回復魔法の腕前は既に一人前だよ』と魔法課の先生も誉めてくれた。
だけど良い成績をとろうと頑張っていたのは優越感に浸りたいからとかみんなに誉めてもらいたいからとかじゃなくて特待生として奨学金が欲しかったからだった。
決して稼ぎは多くないのにこうして由緒ある白薔薇学園に通わせてくれたお父さんとお母さんの負担を少しでも減らそうと特待生枠を狙っていた。
だから…………。
…………まさかこんなことになるなんて思いもしなかった…………。
75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:24:24.43 ID:jo+olBoY0
武闘家君「君が僧侶さんですか?初めまして、僕は武闘家」
サラサラの金髪を後ろで結った少年が私に声をかけてきた。
武闘家君「いつまでこのパーティで一緒になるかわからないけどよろしくお願いしますね」ニコッ
そう言って武闘家君は屈託のない笑顔で挨拶した。
私「よ、よろしくね、武闘家君」
私は以前から武闘家君を知っていた……と言うのもこの学年で二番目の有名人だから。
何を隠そうその成績は学年トップ。
毎回テストではほとんどの科目で満点を叩き出す秀才だ。
魔法使いちゃん「僧侶みっけ!!えへへ、同じパーティだったね、よろしく♪」ニパッ
私「うん、よろしく」
魔法使いちゃん「……と、こっちが武闘家君かな?」
武闘家君「はい、魔法使いさん……ですね?お噂はかねがね」フフッ
魔法使いちゃん「そう?やっぱりあたしって有名人なのかな〜?♪」
私「……うーん……ある意味、ね」アハハ…
魔法使いちゃんは同じクラスの娘で前から交流もあったし仲が良かった。
彼女はこの学年で"ある意味"一番の有名人だ。
初級炎撃魔法陣を展開する最初の魔法実習の授業で、実習室を三つ半壊させたんだからそれは有名にもなる。
以来魔法使いちゃんは先生達から要チェック人物として扱われているんだけれど本人はそんなこと少しも気にしてないみたいだった。
76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:26:55.09 ID:jo+olBoY0
「なんだよ、武闘家。同じ班だったんだから一緒に行ってくれりゃ良かったじゃねぇかよ」
背後からまだ少しだけあどけなさの残る少年の声がした。
武闘家君「フフッ、ごめんなさい」
少年「まぁいいけどさ……えっと……こっちが僧侶でこっちが魔法使いか?」
魔法使いちゃん「そうだよ〜、そう言う君は勇者?」
少年「おぅ、俺が勇者だ!!……っつってもまだ勇者"候補"だけどな」ハハッ
勇者君「よろしくな、2人とも」
武闘家君「あれ?僕は?」
勇者君「お前は前から俺とつるんでたじゃねぇか」
私「え、えっと……よろしくね、勇者君」
勇者君「あぁ、よろしくな♪」ニッ
私達のパーティ最後の一人は学年一の……いや、この学園一の有名人、勇者君だった。
99代目勇者の大勇者様の息子で七歳で転移魔法を使えるようになったという天才。
剣の腕もピカ一でこの前は一年生にもかかわらず剣術の先生に勝ったんだとか。
次の勇者最有力候補との呼び声も高かった。
77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:29:03.62 ID:jo+olBoY0
学年一の秀才と学年一の問題児、時期勇者候補。
そんなすごいパーティの中に凡人の私が選ばれるだなんて全くもって思いもしなかった。
私「……すごいメンバーばっかりだね……」
魔法使いちゃん「そうかな〜?」
私「うん……なんだか私場違いだよ……」ウゥ
武闘家君「そんなことありませんよ、僧侶さんはとっても優秀じゃないですか」
勇者君「なに!?」
武闘家君「えぇ、回復魔法は学年でも3本の指に入ると聞きますしこの間のテストはたしか学年4位でしたよ」
勇者君「げ……1位と4位がいんのかよ……」
武闘家君「どうかしましたか?赤点ギリギリだった勇者君?」クスクス
勇者君「馬鹿にしやがって!!」コノコノ!!
武闘家君「あはは、冗談ですってば、もう」クスクス
私「……ふふっ」
じゃれ合う二人を見て私は笑ってしまった。
そうだ、学年一位の秀才も勇者候補も私と同じ十二歳の子供なのだ。
決して雲の上の人なんかじゃない。
78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:30:40.20 ID:jo+olBoY0
魔法使いちゃん「なんだ、勇者って言ってもあたしと大して変わらないじゃん」アハハ
勇者君「う、うるさいなぁ、実技が出来ればいいんだよ、実技が出来れば!!」
武闘家君「魔法使いさんには失礼かもしれませんが、勇者と魔法使いさんは実技A学力C、僕は実技B学力A、僧侶さんは実技A学力Aと言ったところでしょうか」
武闘家君「ね?このパーティの中で一番バランスがとれてるのが僧侶さんなんですよ、何も場違いなことなんてありません」フフッ
私「そ、そうかな……?」
勇者君「俺達同い歳のただのガキなんだからさ、気楽に行こうぜ」
魔法使いちゃん「そーそー!!気楽にお気楽リラックス♪」
私「ふふ、ありがとう、みんな」
79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:33:57.07 ID:jo+olBoY0
そこで剣術の先生が声をかけてきた。
剣術の先生「随分と楽しそうだな、勇者」
勇者君「あ、ども」
剣術の先生「初めてパーティを組んで浮かれるのも分かるが、そんな浮いた気持ちでは明日からの演習で遭難することになるかも知れんぞ」フンッ
勇者君「大丈夫ですよ、もし危なくなったら転移魔法使って山小屋まで跳びますから」ニコッ
剣術の先生「流石、天才は違うというわけか。……まぁいい、くれぐれもはしゃぎすぎないようにな」
そう言って剣術の先生は職員室へ向かっていった。
魔法使いちゃん「なに〜、あの先生感じ悪ーい」ブー
勇者君「この前俺に負けたの根に持ってんだろ、ったく剣士の風上にも置けねぇ奴だよ」ケッ
武闘家君「勇者があんなにこっぴどく負かさなければ良かったんですよ」ハァ
80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:36:14.37 ID:jo+olBoY0
私「勇者君何したの?」
武闘家君「先生の太刀を5分間ひたすら避け続けて、その後に先生の竹刀を弾き飛ばして喉元に竹刀を突きつけて『まだやりますか?』なんて…………僕だったら恨みを買わないようにもう少し上手くやりますけどね」
勇者君「だって頭きたんだもんよ、仕方ねぇだろ?」
勇者君「剣の腕なんて剣士のオッチャンの足元にも及ばないクセしてさ、偉そうに『剣の道とはなんたるものか』なんてご高説垂れてよ」
勇者君「挙げ句実技授業は生徒いびりしかしねぇんだ」
魔法使いちゃん「それはあたしも頭にきちゃうなー」
勇者君「だろ?あの野郎負かした時の他の生徒達からの歓声と言ったらなかったぜ」ウンウン
勇者君「……ま、とりあえずみんなしばらくよろしくな!!明日からの演習も頑張ろうぜ!!」
81: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:40:20.13 ID:jo+olBoY0
――――翌日・銀の国・白銀の山
白薔薇学園の一年生が初めてパーティを組まされて最初に挑む実習は雪山サバイバル。
魔法課の先生が雪山に生徒達を転移魔法で運び、そこから各パーティが協力して目的地の山小屋を目指す、というものだった。
『過酷な自然の中でパーティの絆を深めるのだ!!』と熱血漢の先生が雪も溶けてしまうような暑苦しさで語っていた。
大陸の北方に位置する銀の国はいわゆる雪国で、一年中雪が積もっているらしい。
演習が始まり雪山の中腹に跳ばされた時、私達は辺り一面の銀世界に胸を踊らせた。
白の国にも雪は降るけれど年に一、二回程度だし積もってもせいぜい靴が埋まる程度。
私達はあんなに沢山の雪を目の当たりにしたのは初めてだったから演習が開始されてしばらくの間は折角の雪景色を堪能した。
勇者君と魔法使いちゃんは雪合戦をして大いにはしゃいでいた。
武闘家君が二人に何も言わなかったのはきっと武闘家君も少しこの白い世界を楽しんでいたかったのかもしれない。
私も小さな雪ダルマを作っては太陽の光に銀色に輝く景色を眺めていた。
しかし、雪山を舐めてはいけない。
白銀の山は比較的なだらかな山だけど森が多いから見通しも良くはないし、何より山の天気は変わり易い。
さっきまでお日様が見えていたと思ったらみるみる雲が空を覆って気が付けば吹雪が…………なんてことも珍しくない。
82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:42:02.96 ID:jo+olBoY0
そんなわけで私達パーティは
見事に遭難した。
83: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:43:36.62 ID:jo+olBoY0
魔法使いちゃん「勇者ぁー、今どこなの〜!?」
魔法使いちゃんがうんざりと勇者君に尋ねる。
勇者君「だーかーらー、今ここらへんだよ、ここらへん!!」
勇者君がうんざりと地図を指差す。
武闘家君「違いますよ、もうその地図には載ってない場所です」ハァ
武闘家君がうんざりため息をつく。
私「とりあえずそろそろ休まない……?」
私はうんざりと近くの切り株に腰を下ろした。
勇者君「なんだ僧侶、もうへばったのかよ、だらしないぞ!!」
勇者君は『まだまだ元気だ』と言わんばかりに両手に持っていた荷物を何度も上げ下げした。
武闘家君「いえ、僧侶さんの言う通りです。体力を蓄えるためにも今は休むのが得策でしょうね」
武闘家君は空を見上げると山の頂へと視線を移しながら言った。
武闘家君「曇っていてわかりにくいでしょうがそろそろ日も暮れる頃ですよ」
武闘家君「それに山の頂上付近の天気の荒れ様を見る限りじきにここも吹雪にみまわれるでしょう」
武闘家君「今からビバークの準備をしておかないと取り返しのつかないことになりますよ」
勇者君「う……わかったよ」
武闘家君の説得に勇者君もここでのビバークに賛成をしてくれた。
84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:46:47.04 ID:jo+olBoY0
魔法使いちゃん「"びばーく"って?」
私「簡単に言うとテントで野宿しようってことだよ……」
勇者君「へぇ〜……」
武闘家君「演習開始前に先生が説明してくれたじゃないですか……2人とも一体何を聞いてたんですか?」
勇者君・魔法使いちゃん「寝てた!!」
二人は声を揃えて何故か自慢気に言った。
勇者君「なんだ、魔法使いもか!?」
魔法使いちゃん「そう言う勇者も!?」
勇者君「あの先生の話は催眠魔法よりタチ悪いよな〜」ククッ
魔法使いちゃん「わかるわかるー☆」ケタケタ
武闘家君「二人とも……笑い事じゃないですよ?」ニコッ
武闘家君は確かに笑っていたけどその威圧的な笑みに勇者君と魔法使いちゃんは一瞬で真顔に戻った。
勇者君・魔法使いちゃん「すみませんでした」シュン
武闘家君・私「…………」ハァ
私達は同時にため息をついた。
85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:48:47.16 ID:jo+olBoY0
武闘家君がテントを建てるのに良さそうな場所を見つけてくれたので私達はそこで吹雪をやり過ごすことにした。
勇者君と魔法使いちゃんもテントの建て方は知っていたみたいで、四人で協力してすぐに組み立てが終わった。
最後に吹雪を和らげるために、私が耐氷撃魔法陣と耐風撃魔法陣をテントの周りに張ってビバークの準備は完了。
素早く準備を済ませたつもりだったけど吹雪が来るのは予想より早く、私達がテントに入るとすぐに強風が吹き荒れた。
四人が入ったテントはぎゅうぎゅう詰めだった。
私達は、出入口から時計周りに勇者君、魔法使いちゃん、私、武闘家君の順に円を描いてみんな毛布にくるまっていた。
でもそうして四人で寄り添っていたから少しだけ暖かかった。
勇者君「いや〜しかし吹雪ってのはすごいもんだな……テントが吹き飛ばされちまいそうだ」
テントの中心に置かれたランプをぼんやりと眺めながら呟いた。
風が吹く度にテントの金具が軋んでギシギシと音を立てていたのだから無理もない。
武闘家君「それでも僧侶さんの補助魔法のお陰で随分マシになってるんですよ?」
私「でも私補助魔法は覚え立てだし初級魔法しか使えないからあんまり役に立ててないかも……」
86: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:51:14.09 ID:jo+olBoY0
武闘家君「雪玉と一緒にコンパスを投げたり滑って崖から落ちて迷子になった人に比べたら大活躍です」
魔法使いちゃん「あんなこと言われてますよ、雪玉と一緒にコンパスを投げた勇者君」ヤレヤレ
勇者君「そうですね、滑って崖から落ちて迷子になった魔法使いさん」ヤレヤレ
武闘家君「とにかく、遭難の原因はあなた方二人にあるんですからね?」
勇者君「わ、わかってるよ」
魔法使いちゃん「そう言えば勇者の転移魔法は?」
魔法使いちゃんが思い出したように言った。
魔法使いちゃん「ホラ、昨日学校で『遭難したら山小屋まで跳ぶ』って言ってたじゃん」
勇者君「あ、あぁ、あれな、うん……」
勇者君が表情を曇らせた。
武闘家君「転移魔法は原則自分の行ったことのある場所にしか跳べないんですよ、だから勇者は山小屋には跳べないワケです」
勇者「……はい、その通りです」シュン
勇者君が一回り小さくなった。
武闘家君「てっきり僕は事前に山小屋に行ったことがあるからあんな大口叩いたんだと思っていたんですが……甘かったですね」ハァ
勇者君「……面目ない」シュン
勇者君がさらに一回り小さくなった。
87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:56:38.89 ID:jo+olBoY0
私「……この魔法具……使おうか?」
そこで私は手にしていた小さな円盤型の魔法具をランプの光にかざした。
演習中に遭難してしまったり事故にあったりしてしまった時、どうしても生徒達の手では解決できないような問題に直面した時には、この魔法具に魔力を込めれば山小屋で待機している先生達に連絡が入り助けに来てくれる、というものだった。
遭難したとその状況は魔法具を使うのに相応しい状況……と言うかそのための魔法具だったんだけどね。
勇者君「いーや、それはダメだ」
でも勇者君はキッパリと言った。
勇者君「それ使ったらリタイアってことだろ?それだけはヤだ」ムスッ
武闘家君「勇者は変なところで負けず嫌いですからね」
魔法使いちゃん「あたしもリタイアは嫌だな〜」
私「でも……」
武闘家君「……まぁ大丈夫ですよ、日が上ればある程度の方位はわかりますから地図と周囲の地形を照らし合わせてなんとかしてみせます」
武闘家君「まだ食料は多目に5日分はありますからね『まだあわてるような時間じゃない』……ってやつですね」ニコッ
私「何それ?」
勇者君「流石武闘家!!頼りにしてるぜ!!」
魔法使いちゃん「かっこいー!!」
武闘家君「はいはい……それよりそろそろご飯にしませんか?お腹空いたでしょ?」フフッ
勇者君・魔法使いちゃん「賛成ー!!」
88: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 03:58:25.16 ID:jo+olBoY0
私達は乾パンと干し肉、簡易スープの質素な晩餐をとった。
どうせなら勇者君の転移魔法で街に言ってレストランでご飯を食べてホテルに泊まって明日の朝このテントに戻れば良いんじゃないか、という悪魔の提案を魔法使いちゃんがしたけど勇者君がズルはしたくないと言って却下した。
私にはそんなお金もなかったし正直助かった。
それから私達はお互いのことを話し合って打ち解けていった。
勇者君はお父さんに負けないような100代目の勇者を目指して毎日修行していることを話してくれた。
剣術は大勇者様のパーティだった剣士様に習ってるんだって。
私が「じゃあ魔法は大賢者様に習ってるの?それとも大魔導師様?大勇者様?」って聞いたら「魔法は特別コーチがいる」って笑って言った。
勇者君が見せてくれた勇者の刻印は今まで見たどんな赤よりも赤く、夕焼けの空のような朱色だった。
89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:04:58.02 ID:jo+olBoY0
私が弟君と妹ちゃんと一緒に一面綿飴だらけの真っ白な平原で遊んでいる夢を見ていると不意聞こえたに武闘家君の声で目が覚めた。
武闘家君「駄目です!!危険すぎます!!」
勇者君「でも行かないわけにはいかねぇだろ!!」
私「どうしたの……?」
私はまだ重たい瞼を擦りながら尋ねた。
武闘家君「あ、僧侶さん、起こしてしまいましたか……」
魔法使いちゃん「どうしたもこうしたもないよ、勇者が外に出るって言うんだよ」
私「え?な、なんで!?」
勇者君「悲鳴が聞こえたんだよ!!多分俺達みたいに遭難した奴らが助けを求めてるんだ!!」
勇者君が声を荒らげて言った。
武闘家君「だとしてもこの吹雪の中外に出るだなんて自殺行為です!!」
武闘家君「先生に救難信号を送る魔法具だってあります、仮に遭難した人達がいても大丈夫なハズです!!」
武闘家君は必死に勇者君に訴えた。
勇者君「んなもん知るか!!」
だけど勇者君は武闘家君よりも必死な顔で叫んだ。
勇者君「すぐ近くに助けを求めてる人がいるかもしれないのに放っておけねぇだろ!!」
90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:06:46.74 ID:jo+olBoY0
「きゃーー!!だ、誰かーー!!」
私達「!!!!」
風の唸る音がビュウビュウと聞こえる中、女の子の叫び声がたしかに私達に届いた。
勇者君「……やっぱり!!」
勇者君「おい、危ないからお前らはここにいろよ!!ちょっと行ってくる!!」ダッ
私「ちょ、勇者君!?」
勇者君は私達の制止を振り切りテントから飛び出していった。
魔法使いちゃん「行っちゃった……」
私「どうしよう、武闘家君……」
武闘家君「………………」
武闘家君は目を固く閉じ沈黙していた。
やがて大きなため息をつくと言った。
91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:08:38.29 ID:jo+olBoY0
武闘家君「吹雪でただでさえ視界も悪いのにランプも持たずに飛び出して行きますかね」ハァ…
武闘家君「……勇者1人じゃ不安ですし僕も勇者の後を追います。必ず連れて帰ってきますから2人ここで待っていて下さいね」
武闘家君がランプに手を伸ばしたところで、魔法使いちゃんが武闘家君より先にランプを手にとった。
魔法使いちゃん「あたしも行くよ、こんなところでじっとしてるなんて性に合わないし♪」ヒョイッ
武闘家君「…………魔法使いさん」
魔法使いちゃん「僧侶はどうする……?」
私「私は…………」
もしここで外に出たら吹雪の中で息絶えてしまうかもしれない
。
真っ暗な夜の闇の中で何も見えず何も感じられず、ただただ冷たい雪が残酷に私の体温と五感を奪っていくのだろうか?
そう考えたら私は怖くて怖くて仕方がなかった。
だけど私は……何よりも温かなものが"そこ"にある様な気がした。
私「行くよ、私も行く。……だって私達4人で1つのパーティでしょ」ニコッ
92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:11:22.48 ID:jo+olBoY0
不安を吹き飛ばす様に私は精一杯に笑ってみせた。
テントの外は暗闇が銀世界を包み込んでいた。
しかもそれだけじゃなく荒れ狂う吹雪のせいで、ランプの灯りがあってもほんの少し先までしか見えない。
防寒着越しにも伝わる刺すような冷気が私達の体力を奪っていくのがわかった。
武闘家君の指示で少し進む度に魔法使いちゃんは小規模な炎撃魔法で前方に道を作った。
私達も同じように少し歩いては周囲に耐雪撃魔法と耐風撃魔法を放って吹雪を和らげた(と言っても焼け石に水だったけど)。
そうして勇者君の足跡を追いかけて数分もしない内にどうにか私達は勇者君に追いついた。
そこには思いもよらない光景が広がっていた。
93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:13:51.21 ID:jo+olBoY0
血まみれで倒れる二人の男の子と一人の女の子。
さらにもう一人女の子が近くの木に寄りかかり泣きながら震えていた。
そして四人の前には巨大な獣に少年が立ち向かっているところだった。
その少年が勇者君だっていうのは分かったけど……あの獣は一体……?
武闘家君「な……魔獣堕ちした大熊山猫!?」
武闘家君が驚きを隠せない様子で言った。
魔法使いちゃん「オオクマヤマネコ?熊なの?猫なの?」
武闘家君「一応猫……ですよ、分類上は。でもその凶暴さと怪力は熊に匹敵します」
武闘家君「それに……魔獣堕ちしてるだなんて……」
授業で習っていたから魔獣堕ちというのは私も知っていた。
強い憎しみや恐怖を抱いたまま殺された動物に世界に満ちている魔力が悪い方へ作用してしまう現象のことだ。
魔獣堕ちした動物はその強い憎悪の念によって血と破壊を求める獣になってしまう。
負の魔力の力を得て生前の何倍も強力な力を持つようになった動物達は『魔物』や『モンスター』と呼ばれ、人々から恐れられている。
94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:16:36.55 ID:jo+olBoY0
その魔物が今、目の前にいる。
私は混乱しながらも状況をどうにか把握した。
あの子達のパーティが遭難したところで魔物に襲われ、勇者君が現れた、というところかな、と思った。
私より数秒早く状況を理解していた武闘家君が私達に指示を出す。
武闘家君「僕は魔法使いさんで勇者の助けに入ります!!僧侶さんは怪我人の手当てを!!」
私「は、はいっ!!」
魔法使いちゃん「わかった!!」
私は一番近くに怪我して倒れていた男の子へと駆けて行った。
私「大丈夫!?」
男の子「う……」
意識はある様だった。
私は回復魔法の魔法陣を組んだ。
いつもならそんなに時間もかからずに展開できるのに焦りから少し時間がかかってしまった。
やっとのことで術式を組み終え魔法陣が発動した。
男の子を中心に回復魔法の緑色の温かな光り生まれ彼の傷を癒す。
上級回復魔法なら一度に沢山の人達の手当てをしてあげられるけどあの時の私が使えたのは下級回復魔法だけだった。
私は彼の傷が治るのをもどかしく感じながら勇者君達の方を見た。
丁度武闘家君と魔法使いちゃんが勇者君達の加勢に入ったところだった。
95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:18:51.24 ID:jo+olBoY0
武闘家君「勇者!!」
魔法使いちゃん「助けに来たよっ!!」
勇者君「な……武闘家に魔法使い!?」
武闘家君「勝手に飛び出して行ったかと思えば魔物と闘っているとは……本当に世話が焼けますね、っと!!」
武闘家君は飛び上がり魔物の頭に回し蹴りを叩き込んだ。
魔物「グガァ!?」
しかし魔物はピンピンしていて、鋭い爪で武闘家君を襲った。
ビュッ!!!!
武闘家君「おっと……!!」
スカッ
体を捻って紙一重で攻撃を避けて着地。
即座に次の攻撃へ備えた。
武闘家君「やっぱりたいして効いてませんか……」フム
勇者君「馬鹿野郎、テントで待ってろって言ったのに!!」
勇者君が武闘家君達に怒鳴った。
武闘家君「人に説教できる立場ですか?ランプも持たずに飛び出してどうやって帰ってくるつもりだったんです?」
武闘家君「テントに転移魔法で跳ぶにしても曖昧な座標認識では成功しないでしょ?」
勇者君「うっ……」
96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:22:17.17 ID:jo+olBoY0
魔法使いちゃん「それに……助けに来たのはあたし達だけじゃないよ」チラッ
勇者君「!?」バッ
魔法使いちゃんの言葉に勇者君は振り返った。
私は一人目の回復を終えもう一人の男の子を治療しながら勇者君達を見守っているところだった。
勇者君「僧侶もか……」
魔法使いちゃん「僧侶が『私達4人で1つのパーティでしょ』って」
魔法使いちゃん「やっぱり困った時は助け合わないとね」ニコッ
勇者君「…………」
勇者君「……ったく、バカは俺1人で十分だってのに」チッ
武闘家君「とか言って、内心嬉しいんでしょ」フフッ
勇者君「うっさい、ほっとけ!!」カァッ
魔法使いちゃん「否定はしないんだね」クスクス
魔物「グルルル……」ユラッ
武闘家君「さて……と」
97: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:25:32.13 ID:jo+olBoY0
武闘家君「魔獣堕ちした大熊山猫の討伐任務……難易度はAってところでしょうか」スッ
武闘家君が半身で構えた。
勇者君「初任務にとって不足無し、ってな」チャキッ
勇者君も続いた。
魔法使いちゃん「あたしも全力でやっちゃうよー☆」サッ
魔法使いちゃんも身構えた。
私「こっちが終わったら私もすぐ加勢するから!!」
回復しながらでは応援するぐらいしかできなかったけど、私は精一杯叫んだ。
魔物「ガアアァ……!!」グルルル
魔物は立ち上がり赤く光る眼で私達を睨みつけ、不気味に喉を鳴らしていた。
勇者君「よっしゃ、勇者一行の初陣だ!!行くぞ!!!!」ダッ
武闘家君「はいっ!!」ダッ
魔法使いちゃん「うんっ!!」ダッ
98: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:28:00.33 ID:jo+olBoY0
――――――――
剣術の先生「……まったく、無茶したものだな」
勇者君「ナハハ……」ボロッ
武闘家君「ハハッ、返す言葉もないですね」ボロ〜
魔法使いちゃん「アハハ」ボロボロ
どうにか魔獣を倒した私達は魔物に襲われていた班の魔法具を使って先生達に連絡をとった。
魔物に襲われた時に魔法具を持っていた男子が助けを呼ぶ間もなく気絶してしまったから緊急事態なのに先生達の助けが来なかったみたい。
魔法課の先生が一人と剣術の先生が魔法具の魔力座標を目印に転移魔法で救援に来てくれた。
魔法課の先生は「君達が彼らを助けに来てくれなかったら下手すれば死人が出ていたかもしれない、本当に勇敢な行動だった」と誉めてくれたけど、剣術の先生は例の如く嫌味を言うだけだった。
私「ちょっと、3人とも動かないで、回復しづらいよ」パアァ
勇者君「あ、悪ぃ……っつつ……」
剣術の先生「魔獣堕ちした大熊山猫を相手にそれだけの怪我で済んだんだ、ありがたいと思え」
武闘家君「ハハッ、ホントですね」
99: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:29:41.53 ID:jo+olBoY0
魔法課の先生「魔物の浄化はしたのかい?」
私「そう言えばまだ……ですね」
魔獣堕ちした動物は一度倒してもまた魔獣堕ちしてしまう可能性が高い。
それを防ぐために封印魔法で魔物の魂を浄化してあげるのだ。
魔法課の先生「じゃあ僕が……」
魔法使いちゃん「あたしがやるー!!」
私「魔法使いちゃんが?大丈夫?」
魔法使いちゃん「うん、先週授業でやったやつでしょ?」
私「先々週、だけどね……」アハハ…
魔法使いちゃん「『細けぇこたぁいいんだよ』ってやつだよ♪」
私「何それ?」
魔法使いちゃん「それじゃ、行くよー☆」タタタッ
カァッ!!
虫の息で倒れていた魔物へと駆けて行き、魔法使いちゃんは封印魔法陣の術式を組んだ。
パアアァァ……!!
魔物使いちゃんと魔物の下に白く光る魔法陣が形成され、一人と一匹が光りに包まれた。
そして……
100: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:32:29.48 ID:jo+olBoY0
ボフンッ!!
私達「……爆……発……?」ハ?
魔法使いちゃん「ケホケホ!!もぅ、なんで爆発したのー?」ピコピコ
煙の中から魔法使いちゃんが頭から生えた猫耳を動かしながら出てきた。
私達は状況が理解できずにしばらくの間、ただ呆然と魔法使いちゃんの頭に生える"それ"を眺めていた。
魔法使いちゃん「どうしたのみんな?あたしの頭になんかついてる?」ピコピコ
私「み、耳だよ!!魔法使いちゃん!!ね、ねねね猫耳がぁ!!」
魔法使いちゃん「猫耳?」
私「か、鏡!!ホラ!!」サッ
魔法使いちゃん「?…………!!」
魔法使いちゃん「わっ!!ホントだ!!すごーい!!」ピコピコピコピコ!!
私「いや、『すごーい』じゃなくて!!」
101: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:35:31.69 ID:jo+olBoY0
勇者君「…………ぷっ」
武闘家君「…………くっ」
勇者君「ハハハハ!!なんだその頭!!封印魔法に失敗して猫耳とか……ぶっ!!くくくくく!!」ゲラゲラ
武闘家君「フフフッ……なんとも魔法使いさんらしいと言えば魔法使いさんらしいですが……流石学年一の問題児ですね、くくくっ」クスクス
勇者君と武闘家君は堪え切れずに笑いだした。
魔法課の先生は苦笑し、剣術の先生は呆れて言葉も出ないようだった。
魔法課の先生「やれやれ、君にはいつも驚かされるよ。ホラ、僕が治してあげるから」スッ
魔法使いちゃん「えー!!このままでいい!!」
魔法課の先生が片手を魔法使いちゃんにかざしたところで魔法使いちゃんはその申し出を断った。
魔法課の先生「このままでいいって……すぐに済むし痛くもないよ?」
私「そうだよ魔法使いちゃん、先生に治してもらお、ね?」
魔法使いちゃん「でもこの方が可愛いじゃん!!」ピコピコ
私「そ、そうかなぁ……?」
魔法課の先生「ふむ……じゃ気が変わったらいつでも治してあげるよ、特に害は無いだろうしね」ククッ
魔法使いちゃん「ありがとうございます♪」ピコピコ
剣術の先生「非常識な……」チッ
102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:37:37.64 ID:jo+olBoY0
魔法課の先生「……さて、そろそろ帰ろうか。怪我した生徒達も早いところベッドでぐっすり寝たいだろうしね」
勇者君「あ〜い、それじゃ」ヒラヒラ
魔法課の先生「なんだ君達は一緒に帰らないつもりなのかい?」
勇者君「だってまだ雪山演習の途中じゃないッスか」
魔法課の先生「魔物と闘って生徒達を救ったんだ、ここで帰っても誰も責めやしないさ」
剣術の先生「格好つけおって、お前達も遭難していたんだろ?」フンッ
勇者君「そ、そうですけど……ちゃんと自分達の力で演習達成したいんで」
剣術の先生「……勝手にするんだな、ただし雪山演習は通常通りの採点をさせてもらうからな」
勇者君「うぐっ…………魔法使い、僧侶いいか?」
武闘家君「僕には聞かないんですね」
勇者君「お前に拒否権はない」ニヤッ
武闘家君「あ、酷いな〜……ま、このパーティは大変なことも多いけど楽しいことの方がもっと多いですからね、ご一緒しますよ」ニコッ
魔法使いちゃん「あたしも、勇者達といるの楽しいから行くよ♪」ニパッ
勇者君「そっか……僧侶は?」
勇者君はじっと私を見つめてきた。
103: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:38:54.99 ID:jo+olBoY0
剣術の先生「お前は特待生を狙っているんだろう?当然悪い点はとりたくないよな?」フッ
剣術の先生「魔物に襲われた生徒達の迅速な手当てを評価して、ここで帰還すればお前だけでも雪山演習の評価はA+にしてやろう。どうする、うん?」ポン
剣術の先生はそう言うと私の肩に手を置いてきた。
武闘家君「僧侶さん……」
魔法使いちゃん「僧侶……」
二人が心配そうに私を見ていた。
でも……私の心は既に決まっていた。
104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:40:45.13 ID:jo+olBoY0
ギュッ!!
剣術の先生「いだっ!!」
私は先生の手の甲を思い切りつねって言った。
私「私もみんなと残りますよ、初めてできた大切な仲間ですもん♪」
私「あ、さっきのセクハラまがいの行動は誰にも言いませんからお気になさらず」ニコッ
剣術の先生「クッ……折角目をかけてやったと言うのにリーダーが馬鹿だとパーティも馬鹿になる、と言うことか」フンッ
勇者君「んだと!?」
武闘家君「勇者、落ち着いて、リーダーが馬鹿なのは否定できません」
勇者君「お前はどっちの味方なんだ!?」クワッ
魔法使いちゃん「あはは」ケタケタ
私「ふふっ」クスクス
自然と私達は笑い出していた。
勇者君には不思議な力があるな、と私はその時思った。
勇者君の側にいると優しい気持ちになれる。
世界を平和にする勇者に必要なのは剣術の腕や魔法の才能ではなく、周りの人々を笑顔にする力なんじゃないかな?
その日から私はそんな風に考えるようになった。
105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 04:42:58.31 ID:jo+olBoY0
翌日の夕方。
私達はなんとか目的地の山小屋へとたどり着いた。
勿論順位は最下位。
当然評価は最低点のD。
私の成績表に『D』がついたのは在学中の四年間で後にも先にもその時だけだった。
だから学生時代の成績表を見るとそのDを見てクスリと笑い、あの時のことを鮮明に思い出す。
私が大切な仲間と出会った、あの時のことを……。
106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 06:54:34.62 ID:jo+olBoY0
【Episode03】
――――黒の国・魔王の城・王の間
側近(どうしたのでしょうか……?)ムゥ…
王座に腰かける魔王を見て側近は疑問を抱いていた。
先程から政策の進行具合を部下が報告しているというのに魔王は心ここに在らず、という様子だ。
ぼんやりと何かを考えているようで目の焦点が合っていない。
側近(いつもなら王として威厳のある態度で凛としていらっしゃるのに……)
部下との謁見前、勇者と会ってきてから魔王はこんな調子であった。
側近(……勇者さんと何かあったのでしょうか……?)
部下「今期の予算の振り分けについては以上になります。黒鉄の街と漆黒の街から予算増加の要望がありますがいかがなさいますか?」
魔王は書類の文字を指でなぞると、視線を上方に移して部下の問いに答えた。
魔王「……う〜〜ん……どっちの街も最近人口増えてるもんね、交易も盛んな都市だし……どうしようかな〜……」
側近・部下「!?!?!?」
107: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 06:57:27.29 ID:jo+olBoY0
側近が慌てて魔王に耳打ちする。
側近「ま、魔王様!!口調が!!」ヒソヒソ
魔王「!!!!」ハッ
部下「…………」
唖然とする部下。
側近「…………」
固まる側近。
魔王「…………」
焦る魔王。
……王の間が沈黙で満たされる……。
魔王「……ゴ、ゴホン」
魔王「フ、フハハッ、同年代のおなごの様に話してみたがどうであった、側近よ?」アセアセ
側近「魔王様、今は部下の前なのですよ?お戯れになるのもほどほどにしていただかないと」アセアセ
魔王「すまんな、たまにはくだけた言葉遣いをしてみるのも良いかと思ってなぁ」アセアセ
部下「……さ、左様でしたか、いやはや面くらってしまいましたよ」ハハッ
魔王「うむ……で、黒鉄の街と漆黒の街の予算についての話であるが他を削ってなんとかしてみよう。双方の統治者には前向きに検討する、と伝えてくれ」
部下「ハッ。で、では私はこれで失礼致します」ペコッ
部下はそそくさとその場を去っていった。
108: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:00:17.74 ID:jo+olBoY0
扉の閉まる音を聞いてから魔王はうなだれて言葉を吐いた。
魔王「ぐ……部下の前であの様な態度をとってしまうとは……不覚だ」ウゥ…
側近「言葉遣いの注意は幼い頃から散々してきましたでしょう? 今さらこんなミスをするだなんて……」
魔王「わかっている……」ズーン
側近「まぁ……彼は真面目な人ですから誰かに言いふらしたりはしないと思いますけれど……」
側近「……それにしても今日の魔王様は変です」
魔王「……やっぱりか?」
側近「はい、すごく」キッパリ
側近「ずっと魔王様にお付きして参りましたがこんなに呆けた魔王様を見たことはありません」
側近「勇者さんと会った時に何かあったのですか?」
魔王「す、鋭いな」ギクッ
側近「魔王様のことなら身体中のホクロの数だってわかりますから」
魔王「それは正直引くぞ……?」
側近「そんなことより、何があったのですか?」ジトー
109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:02:41.85 ID:jo+olBoY0
魔王「う、うむ…………それがな?」
魔王は両の人指し指を胸の前でツンツンとつけたり離したりを繰り返しながら、小声で言った。
魔王「ゆ、勇者が……」モジモジ
側近「勇者さんが?」
魔王「勇者が……仲間達に会って欲しいと申すのだ」モジモジ
側近(……!!)
側近は魔王の口から発せられた言葉に驚いたものの、ややあってから笑顔で魔王へ言った。
側近「……よかったではありませんか、魔王様が勇者さん以外の人間とお会いなさるというのはお2人の夢が叶う日が近いという証拠でしょう?」ニコリ
魔王「それは……そうなのだが……」
110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:04:31.10 ID:jo+olBoY0
勇者と魔王が人間と魔族の和平を目指していることを知る者は少ない。
魔族ならば側近、人間ならば大勇者と白の王のみである。
さらに二人の仲を知る者は側近のみだ。
これには勿論理由がある。
勇者と魔王に交流があるということを周囲の人間が知れば、お互いの立場に悪影響を及ぼし兼ねないからである。
魔王の君主としての国民の支持に揺らぎが生まれるかもしれないし、勇者は勇者で『魔族のスパイ』の濡れ衣で100代目勇者の選定に影響が出ていたかもしれない。
そういう訳で二人の関係を公にするのは来たるべき時が来てから、と二人は決めていた。
和平の計画も然りである。
勇者は正式に100代目の勇者に任命され、諸国の王との謁見が許されてから各国の王に和平への道を進言するつもりであったし、
魔王は魔族の王としての地位を磐石なものとしてから和平へと黒の国全体の舵を切るつもりであった。
魔王が軍事関連の政策よりも国民のための政策に力を入れているのはそのためであり、魔王が政治に携わるようになってからは若干ではあるが軍備は縮小の傾向にあった。
斯くして勇者と魔王、二人の関係を第三者に知らせるということは、言うなれば計画が最終段階へ移行しつつあるということなのだ。
111: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:07:06.68 ID:jo+olBoY0
側近「……で、何がご心配なのですか?」
魔王「その……勇者以外の人間に会うなど初めてのことだからな、どうしたらいいかと……」
魔王「勇者は『俺の仲間はみんな良い奴らばっかだから心配すんな!』と言っておったのだが……」
側近「……魔王様ともあろう御方が情けない……」
魔王「だってだって!!勇者とは小さい頃からずっと会ってたからいいけどさ、他の子とどう接したらいいかなんてわかんないよー!!」バタバタ
魔王はどこからか取り出した大きな熊のぬいぐるみを抱き締めながら足をバタつかせた。
側近「魔王様、口調。それと精神不安定な時に熊のぬいぐるみを出すのもやめて下さい、威厳の欠片もありません」
魔王「う、うむ……でもどうしたらいいかわからぬのが事実なのだ……」シュン…
魔王「あぁ……国政や財政を考えるほうがよほどマシだ……側近も手伝ってくれるし……」
魔王「……!!」ハッ
魔王は何かを閃いた様ようで、勢い良く顔を上げると側近を見た。
112: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:11:21.39 ID:jo+olBoY0
側近「な、なんでしょうか?」
魔王「そうだ!!側近も一緒に来てはくれぬか!?」
側近「私がですか?」
魔王「側近が共に来てくれるならば多少は私も安心できる!!」
側近「勇者さんがいるではありませんか」
魔王「勇者は人間でしょ!!魔族は私1人なんですのよ!?心細いでござろう!!」
側近「必死になるあまり言葉遣いが大変なことになっております」
魔王「……それに側近も勇者に会ったことはないではないか、これを機に……な?」
側近「ハァ…………わかりました、私もお供致します。このままでは今後の執務に支障をきたしますからね」
今にも泣き出しそうな魔王の懇願を受けてしぶしぶと承諾した。
魔王「側近〜〜〜!!」ギュッ
満面の笑顔で側近の胸に飛び込んだ魔王を側近は優しく撫でた。
側近「はいはい。……たしかに私もそろそろ勇者さんに会うべきだろうと思っていましたし」ヨシヨシ
113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:13:36.48 ID:jo+olBoY0
魔王「……そう言えばどうして側近は今まで勇者と会おうとしなかったのだ?」
魔王「何度も誘ったのに『魔王様だけで』と言って一度も来なかったではないか」
側近「あら、簡単な理由ですよ」
魔王「?」
側近は口に手をあて、静かに微笑みながら言った。
側近「男女が2人きりで会うというのに野暮なことはしたくありませんでしたので」ウフフッ
魔王「………………」
魔王「………………なっ!///」カァッ
ややあって魔王の顔は赤く染まった。
魔王「よ、余計な真似を!!」
側近「そうでしたの?」フフッ
魔王「そうだ!!それに……」
側近「それに……?」
魔王「……あの鈍感勇者には無駄な気遣いだよ〜、だ」ブスー
両の頬を林檎の様に膨らませると魔王は不満たっぷりに独りごちた。
114: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:15:20.87 ID:jo+olBoY0
――――赤の国・街道沿いのとある宿屋
魔法使い「それにしても勇者の幼馴染みかー、楽しみだな〜♪」ルンルン
宿屋の一室、四人部屋のベッドに寝転がり魔法使いは楽しそうに言った。
機嫌が良いので彼女の猫耳も小刻みに動いている。
勇者「そうか、きっと仲良くなれると思うぜ」
勇者は椅子に腰掛け剣の手入れをしていた。
勇者に任命されてからはまだ戦場に駆り出されたことはないが武器の手入れを怠るわけにはいかない。
僧侶「どんな人なの、勇者君?」
魔法使いの隣のベッドに座って本を読んでいた僧侶が尋ねた。
『いつか神樹の下で』という名のその本は巷で流行りの恋愛小説だ。
武闘家「僕も気になりますね」
勇者の向かいの席に座り、新聞を読んでいた武闘家が言った。
軽い遠視の彼は掛けていた眼鏡の位置を片手で整えた。
115: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:17:28.84 ID:jo+olBoY0
勇者「俺より2つ歳上でさ、しょっちゅう俺のことからかったり馬鹿にしてくるんだよな〜」ムス
魔法使い「じゃあ武闘家みたいな人なんだ!」
勇者「いや、見た目も性格も全然違うな」
僧侶「そう言えば武闘家君も知らないんだよね?」
魔法使い「そーそー、勇者との付き合いは武闘家の方があたし達より長いのにさ、一度も会ったことないんでしょ?」
武闘家「はい。……と言うか存在を知ったのもついこの前ですよ」
魔法使い「勇者〜、その人ホントに幼馴染みなのー?」ジトー
魔法使いが疑いの眼差しを向ける。
実際三人は勇者に本当に幼馴染みなどというものがいるのか半信半疑なのだ。
勇者「ホントだって!!7歳の頃からの付き合いだよ!!」
勇者「ただなんつーか家庭の事情?、が複雑でな、みんなに紹介できなかったんだよ」
勇者「だけど……そろそろ紹介できるかな、って」
僧侶「"家庭の事情"?」ウーン…
魔法使い「貴族なの?それとも〜王族とかっ!?」
勇者「んー、まぁ似たようなもんだ」
116: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:18:50.84 ID:jo+olBoY0
魔法使い「ふ〜ん……じゃあさ、お堅かったりしない? あたし真面目すぎる人はちょっと苦手なんだけど」
勇者「それは大丈夫だと思うけど……堅苦しいかったりくだけてたりするからなぁ……」
僧侶「……???」
勇者「ま、会えばわかるさ」
武闘家「…………そうですね、『百聞は一見に如かず』と言いますしね」
勇者「……ただ……」
僧侶「ただ?」
勇者は目を伏せて影のある声を漏らした。
勇者「……そいつに会ったらお前らきっとすごく驚くと思うんだ、お互いの立場とかそいつの背負ってるもんとか……そういうものにさ」
勇者「だけど……そんなの気にしないでそいつ自身のことを、ただ見てやってくれないか?」
勇者「お前らなら大丈夫だと思うけど……きっとそいつもお前らに嫌われたりしないか気にしてると思うんだ」
117: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:20:52.88 ID:jo+olBoY0
その"幼馴染み"が勇者にとって大切な存在であること、"幼馴染み"が自分達に受け入れられるかを勇者が不安に思っていることを三人は勇者の声色、眼差し、顔つきから感じ取った。
長い付き合いの彼らにとって仲間の心の内を読むことなど難しいことではない。
魔法使い「なーんだ、そんなこと? あたし達が差別とか偏見とかするわけないじゃん☆」ニャハハ
僧侶「うん、それに勇者君の友達なら私達の友達だよ」ニコッ
武闘家「そういうことですね」フフッ
三人は勇者を安心させようと普段より少し明るく言った。
勇者「そっか…………ありがとう」
魔法使い「さ、て、と♪ そろそろ時間なんじゃない?」ウズウズ
勇者「あぁ、そうだな、じゃあ行くぞ!!」
僧侶・武闘家「はい!」
勇者が指を軽く鳴らすと軽快な音と共に部屋全体に青の魔法陣が広がった。
四人は青白い光りに包まれ転移空間の中へといざなわれる。
118: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:22:35.50 ID:jo+olBoY0
『転移空間』とは転移魔法によって別の場所へと移動する際に、場所と場所とを繋ぐ魔法次元である。
平たく言えばワームホールのようなものだ。
転移魔法によって長距離を移動する際には転移空間を経由して目的地へと向かうのだ。
上下前後左右が無限に広がる青い光に満たされた空間に浮かんだ四人は凄まじい速さでその空間を進んでいく。
そして転移空間内に無数に散らばる小さな光、夜空の星々のようなそれら光のうちの一つへと吸い込まれた。
再び青白い光に包まれたかと思うと勇者達は静かな森の中へ立っていた。
武闘家「ここは……?」キョロキョロ
勇者「待ち合わせ場所だよ、緑の国の外れだな」
僧侶「緑の国!?そんな遠くに数秒で……やっぱり勇者君はすごいね!」
魔法使い「赤の国から緑の国まで跳ぶとなったらあたしでも2、3分かかっちゃうもんな〜」
勇者「ここには百回以上来てるからな、慣れちゃってるんだ」ハハッ
勇者「さ、行こうぜ」
そう言って勇者は歩き出した。
他の三名もそれに続く。
ほんの十数秒で森の中の開けた場所に出た。
120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:25:45.38 ID:jo+olBoY0
そこは静かな湖の畔。
勇者と魔王、二人だけの秘密の湖畔だ。
今そこに初めて二人以外の人間が訪れた。
僧侶「わぁ……綺麗なところだね」
武闘家「えぇ、とても静かな……素敵な所ですね」
魔法使い「ここが待ち合わせ場所?」
勇者「あぁ、そいつとはいつもここで会ってる。俺達だけの秘密の場所だ」
勇者「ん〜……まだ来てないか……僧侶と魔法使いはベンチで座って待ってろよ」
武闘家「こんな山奥に休憩所ですか……他にも誰か来るということですか?」
勇者「いや、ベンチもテーブルも俺達が置いたんだよ」
武闘家「なるほど」
僧侶「じゃあお言葉に甘えて……」
パァ……!!
僧侶がベンチに腰を降ろそうとした時、勇者達の目の前の地面に青の魔法陣が形成された。
魔法使い「転移魔法陣……ってことは!!」
勇者「……だな」
121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:29:36.84 ID:jo+olBoY0
魔法陣から発せられた青白い光の中から二人の女性が現れた。
一人は艶のある漆黒の髪を腰まで伸ばした美しい少女。
魔王「む……勇者達の方が先に来ていたか」
もう一人は赤の髪を二つに結った真面目そうな長身の女性であった。
側近「仕方ありませんよ、会議が思ったより長引きましたので……」
武闘家「この方々が勇者の幼馴染み……ですか?」
魔法使い「2人も!?」
僧侶「しかも女の人!?」
驚く魔法使いと僧侶であったが、勇者もまた驚いていた。
勇者「……2人も居るとは……俺もちょっと驚き……だな」
122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:30:59.08 ID:jo+olBoY0
しかし魔王がこの場に連れてくる女性は一人しかいないということを勇者はすぐに理解した。
勇者「……そっか、アンタが側近さんだな?」
眼鏡を掛けた女性に向かって勇者が言った。
側近「えぇ、初めまして、勇者さん」ペコリ
勇者へと深々と丁寧なお辞儀を返す側近。
魔法使い「え?こっちの人は初めて会うの?幼馴染みじゃないの……?」
勇者「えっと……そうだな、先にコイツを紹介しちゃった方が良さそうだな」
魔王の一瞥する勇者。
魔王が緊張しているのは勇者には一目瞭然だった。
無論勇者も緊張している。
本当に仲間達に魔王という存在を受け入れ貰えるのかどうか……。
勇者「…………ふぅ〜…………」
大きく息を吐くと勇者は言った。
123: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:32:23.59 ID:jo+olBoY0
勇者「紹介するよ、俺の幼馴染みの……魔王だ」
魔王「は、はじめまして」ニコッ
……。
…………。
………………。
武闘家「ま…………?」
魔法使い「お…………?」
僧侶「う…………?」
事態を飲み込めない三人。
魔法使いと僧侶は思考が追いつかずに固まっているし、少しのことには動じない武闘家でさえ唖然としている。
魔王と言えば黒の国の王。
魔族の王にして聖十字連合の――――人間の最大の敵。
勇者一行の旅の終着点。
それが…………こんな少女?
自分達と大して歳も変わらないこの女性が諸悪の根源である魔王…………?
三人は同じことを同じ様に考え同じ様に混乱していた。
124: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:34:34.16 ID:jo+olBoY0
僧侶「ゆ、勇者君、いくらなんでも無理のある冗談かな〜って」
魔法使い「そうだよ〜、こんな可愛い娘が魔王なワケないじゃん」
武闘家「魔王だなどと言っては彼女に失礼ですよ?」
三人はどうにか状況を整理し終えた。
そうだ、これは勇者の笑えないジョークだ。
前々からギャグのセンスがないとは思っていたがまさかこんなしょうもない冗談を言うとは驚かされる。
かえってこちらが気を遣ってしまうではないか。
魔王「うむ……まぁそうなるな」フム
勇者「俺も初めて会った時は信じられなかったしなぁ」ハハッ
苦笑する勇者と魔王。
勇者「魔王」
魔王「わかっている……私は本物の魔王だよ、武闘家、魔法使い、僧侶」スルッ
武闘家・魔法使い・僧侶「!!」
魔王はローブを捲って自らの左腕を彼らに見せた。
新月の暗闇よりも暗く黒い、魔王の刻印を。
魔法使い「あれって魔王の刻印だよね?」ゴクッ
僧侶「嘘……じゃあ本当に、ま、魔王なの?」
武闘家「……一体どういうことなんですか、勇者?」
武闘家「何故魔王が……」
勇者「大丈夫、全部話すよ。そのためにお前達を今日こうしてここに連れてきたんだからな」
125: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:36:41.45 ID:jo+olBoY0
――――――――
――――
――
―
武闘家「まさか100代目勇者と100代目魔王が知己の仲にあったとは……流石に驚きを禁じ得ませんよ」
勇者と魔王の関係、二人の計画を聞き暫く唖然としていた武闘家達だったが、やっと状況を飲み込み始めた。
武闘家「理解はできてもまだ納得はできないですね」
勇者「今まで黙っててごめんな?」
武闘家「いえ、2人の事情からすれば仕方ないですよ」
武闘家「それにやっと謎も解けました」
勇者「謎?」
武闘家「『魔王を倒そう』って言うといつも少し戸惑っていたじゃ、ないですか。戦場でも『できるだけ殺すな』って言いますし……少し気になってたんですよ」
勇者「顔には出さないようにしてたつもりなんだが……お前は相変わらず鋭い奴だな」ハハッ
126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:38:44.29 ID:jo+olBoY0
武闘家「二人の関係を他に知っている人間は?」
勇者「お前達だけだけど……」
武闘家「そうですか……ありがとうございます」ニコッ
武闘家はいつものように微笑んだ。
勇者「?」
武闘家「魔王さんを僕達に最初に紹介してくれたこと、勇者の僕達に対する信頼の表れだと思いますから」フフッ
勇者「武闘家……」
魔法使い「そんなことよりも勇者!!」
魔法使いが二人の会話に口を挟んむ。
勇者「な、なんだよ」
魔法使い「幼馴染みがこんな美人な女の子だなんて知らなかったよ!!」
勇者「いや、男だなんて一言も言ってないだろ!?」
魔法使い「しかも静かな湖畔で2人っきりって……ロマンチックすぎだよ!!」
僧侶「やっぱり2人はそういう関係なの……?」ウゥ
勇者「そういうってどういう関係だよ!?」
武闘家「やれやれですね」フフッ
騒ぐ魔法使い、泣きそうな僧侶、焦る勇者とそれを見て笑う武闘家。
いつもの100代目勇者とその仲間達の姿がそこにはあった。
127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:40:56.03 ID:jo+olBoY0
武闘家「さて……」
武闘家は魔王へと向き直った。
武闘家「魔王さん……いえ、魔王"様"と呼んだ方がよろしいでしょうか?」
魔王「様づけでなくて良いし変に畏まることもない」
武闘家「そうですか。挨拶が遅れましたがはじめまして、武闘家と言います」ペコリ
魔王「うむ、勇者からいつも話は聞いておる。いつも勇者が迷惑をかけてすまない……さぞ苦労していることだろう」
武闘家「いやはや、ホントにその通りですね」アハハ
勇者「おい!!」
武闘家「勇者の話はおいておくとして……魔王さん、貴女が僕達人間に仇なす存在でないこと、勇者と共に世界を平和へ導こうとしていることは分かりました」
武闘家「ですが正直な話、僕達人間にとって魔族は憎むべき敵なんです」
武闘家「魔族との戦争で親が殺された子供達も沢山います、家や故郷を焼かれた人もいます」
武闘家「幸い僕達の中にはそういう人はいませんが……『魔族』という種をすんなり受け入れることはできません」
魔王「………………」
側近「………………」
128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:45:49.21 ID:jo+olBoY0
勇者「武闘家……」
武闘家「ですからそのことを踏まえて言います」
武闘家「これからよろしくお願いしますね」ニコリ
魔王「な…………」
武闘家「僕達も勇者と同じ様に貴女と友人になりたい」
武闘家「ゆっくり時間をかけて魔族のことを知り、人間のことを分かってもらいたい」
武闘家「勇者と魔王……2人が平和への架け橋となれるように、僕達も2人に協力したいのです」
武闘家「僧侶さんも魔法使いさんもそうですよね?」
僧侶「う、うん……いきなりでびっくりしちゃったけど……私も魔王さんと友達になりたいかな、って」
僧侶「武闘家君も言ってたけど魔王さんが魔族だってことに私は……少し抵抗があります」
僧侶「でも勇者君の友達は私達の友達です。だからきっと仲良くなれると思います」
僧侶「魔王さんにとっての初めての人間の女友達になれたら嬉しいです」ニコ
129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:48:16.91 ID:jo+olBoY0
魔法使い「あー、僧侶ずるいよ〜、あたしが魔王の初めての女友達になるんだからぁ!!」プンプン
僧侶「ふふっそうだったの?ごめんね魔法使いちゃん」クスッ
魔法使い「そうなのー!」
魔法使い「あたしは人間とか魔族とかあんまし気にしないし仲良くしようね、魔王♪」ニパッ
魔王「………………」
魔王は胸中に沸き上がる感情をどう言葉にして良いのかわからなかった。
春の陽射しの様に温かで優しい安堵感。
勇者の他にも私を受け入れてくれる人間がいる。
魔族であるこの私を。
何百万人といる人間の中のたかだか三人。
しかし紛れもなくこの一歩は人と魔族が歩み寄っていくための大きな一歩なのだ。
側近「良かったですね、魔王様」フフッ
魔王「うむ…………ありがとう、3人とも…………」
勇者「な、だから言ったろ、俺の仲間達はみんな良い奴らだってさ♪」
魔王「そうだな、本当に素晴らしい仲間達だな」フフッ
130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:49:48.31 ID:jo+olBoY0
勇者「さてと、じゃあ……」
魔王「……なんだ?」
勇者「俺"達"の前じゃその魔王様口調は禁止だ」ニッ
魔王「え……」
僧侶「魔王様口調……?」
勇者「あぁ、こいつ人前じゃ偉そうな口調だけどホントはくだけた感じで話すんだぜ」
魔法使い「そうなの?だったらあたし堅苦しいの嫌いだしそっちの方がいい!!♪」
魔王「だ、だが……」チラッ
魔王は困惑しつつ側近の方を見た。
魔王に人前では"魔王様口調"を話すよう指導してきたのは側近なのだ。
普通の女の子の様に話すことなど果たして彼女が許すだろうか?
131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:51:13.89 ID:jo+olBoY0
しかし魔王の心配は杞憂に終わった。
側近は『仕方ありませんね』と言わんばかりに微笑んで言った。
側近「ご友人の前だけ、ですよ?」フフッ
魔王「!!…………ありがとう、側近!!」
魔王はこれ以上ないくらい嬉しそうな声で側近に礼を言うと四人の人間達の方を向く。
微かに瞳を潤ませ目一杯の笑顔でその少女は言った。
魔王「改めまして、わたしは魔王です!よろしくね、みんなっ!!」ニコッ
132: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:53:15.00 ID:jo+olBoY0
――――黒の国・魔王の城・地下研究室
魔将軍「首尾はどうだ?」
薄暗い地下室で魔将軍は白衣を着た眼鏡の男に声をかけた。
白衣の魔族「どちらも順調ですよ……ご覧になりますか?」
何日も洗っていない頭を掻きながら白衣の魔族は答えた。
パラパラとフケの落ちるその頭髪はおよそ清潔とは無縁である。
魔将軍「うむ」
白衣の魔族「じゃ、サンプル体の方からいきますか」ポチッ
ガコッ!
白衣の魔族が細い指で壁のボタンを押した。
金属の擦れる音と歯車の回る音と共に石壁が開いていく。
開いた地下研究室の壁の奥にはさらに薄暗い小部屋があった。
小部屋へと足を踏み入れた魔将軍は立ち込める悪臭に僅かに顔をしかめた。
白衣の魔族はと言うと、この異臭にはなれているようで顔色一つ変えない。
白衣の魔族「これがサンプルナンバー205と207です」
そう言って彼は部屋の半分を占める鋼鉄の檻へ仰々しく腕を広げた。
サンプル205「ギャアアァァァーー!!!!」ガシッ!!
サンプル207「ゴアアァァァァーー!!!!」ガシッ!!
ガシャン!!ガシャーン!!
誰もが一目見て異常だと分かる二人の魔族が鎖に繋がれた手で檻を揺らした。
133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:55:01.15 ID:jo+olBoY0
サンプル205「アガァ!!ウグゥ……ガアァ!!」ボタボタ
サンプルナンバー205と呼ばれた魔族は焦点の定まらぬ充血した眼をし、口からは涎を垂らしている。
サンプル207「グルルル……ギョアァ!!グウゥ……!!」ガリガリガリガリ
サンプルナンバー207は身体中に血管を浮き出たせ、一心不乱に石畳の床を掻き始めた。
爪が剥げて指先から血が流れ出てもやめようとしない。
白衣の魔族「どっちもこの状態になってから1週間が経ってます。ま、ここまで異常は出てないから大丈夫でしょ」
魔将軍「異常は出てない……か」
白衣の魔族「クククッ、この状態が既に異常ですがね、クク、ククククッ」
白衣の魔族は肩を揺らして笑った。
魔将軍は付き合い切れない、とばかりに重いため息をつくと話を戻した。
魔将軍「調整の方は大丈夫なのか?」
白衣の魔族「ククッ、クククッ……え?あぁ、調整ですか?」
白衣の魔族「この1週間で十分なデータが取れましたからね、あと2、3週間もあれば完璧なものにしてみせます」
134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:56:54.58 ID:jo+olBoY0
魔将軍「そうか……もう一方はどうだ?」
白衣の魔族「そっちはあと2、3ヶ月……ってところですかね、っと」グイッ
ガコン!
ジャラジャラジャラジャラ……
白衣の魔族がレバーを引くと部屋の隅にあった巨大な水槽から幾本もの鎖が巻き上げられていく。
白衣の魔族「いかがでしょう?数少ない文献の記述を元に最新鋭の魔法科学を注ぎ込んで注文に応えられる品を作ったんですけど」
白衣の魔族は緑色の液体の滴る"それ"を指差し言った。
魔将軍「素晴らしい……いや、期待以上の出来だ!!」
魔将軍は拳を握り締め嬉々と叫んだ。
白衣の魔族「そうですか、そりゃ何よりです」
白衣の魔族「言っときますけど同じものをいくつも作れ、なんて言われても無理ですよ?」
白衣の魔族「魔将軍様に頼んで調達してもらった材料はどれも超がつくほどの貴重品。国宝の類いの魔法具も何個か使いましたからね」
魔将軍「構わん、これさえあればそれで十分だ」
135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 07:59:49.94 ID:jo+olBoY0
白衣の魔族「そうですか……あー、魔将軍様?一つお聞きしてもいいですか?」
白衣の裾で眼鏡のレンズを拭きながら白衣の魔族が魔将軍に問うた。
魔将軍「なんだ?」
白衣の魔族「僕としては研究ができればそれでいいんですけどね、なんだってこんな指示を?」
白衣の魔族「黒い噂の絶えないあなたのことだ、魔王様にもこの研究って内緒なんでしょ?」
白衣の魔族「下手すりゃ世界がひっくり返るような……いや、世界が壊れるかもしれない研究、なんでまた極秘裏に?」
魔将軍「お前は何も分かっていないな、そんな研究だから極秘裏なんだろう?」フッ
白衣の魔族「ま、そりゃそうでしょうがね」
魔将軍「お前はただこの研究を完成させれば良いのだ」
無愛想にそう言うと魔将軍は小部屋の出口へと歩いて行った。
ふと足を止めた彼は白衣の魔族の方を振り向くと狂気を妊んだ黒い笑みを浮かべて言った。
魔将軍「そうだな、これだけは言っておこう……」
魔将軍「私のすることは全てこの世界のためだ、とな」ニッ
未だ水槽の前に立つ白衣の魔族はその鬼気迫る笑みに背筋を凍らせた。
薄暗い空間の中には肉体を弄ばれた憐れな魔族が石畳を引っ掻く音だけが、絶え間なく聞こえていた。
136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:02:33.73 ID:jo+olBoY0
【Memories03】
――――緑の国・名も無き湖のほとり
わたし「温泉?」
わたしはその時聞いた言葉をそのまま聞き返した。
勇者「温泉」
勇者は頷きながら先程の言葉を繰り返した。
わたし「温泉回とはこれまたなんともベタな展開だねー」
勇者「なんの話だよ」
その日もわたしと勇者達はいつもの湖で密会をしていた。
勇者「この前橙の国に行った時に女王様が一番豪華な温泉宿を一つ貸し切りで使わせてくれるって言ってくれたんだよ」
橙の国と言えば人間側の国で一番大きな火山を有する国だ。
そのため多くの温泉があり温泉施設も充実している。
観光地や慰安地としては定番の国だ。
人間の国になんて緑の国以外行ったことはなかったけど魔王たるものそれくらいの知識はあって当然だ。
武闘家「それで交流を深めるために魔王さんもいかがかな、と思いまして」ニコッ
武闘家がにこやかにそう言った。
彼は学生時代も今も女性から人気があると勇者から聞いていたけど、この爽やかさならそれも頷ける。
魔法使い「毎日お仕事で疲れ溜まってるんでしょ?魔王も一緒に行こーよ、ね?♪」ピコピコ
魔法使いが猫の形の耳を動かしながら意気揚々と言った。
この目で見るまでは猫耳の少女なんて半信半疑だったし、初めて見たときは驚いた彼女のその耳にもすっかり慣れてしまった。
僧侶「どうかな?やっぱり忙しい……?」
僧侶が優しい声で尋ねてきた。
出会った当初は敬語でどこかよそよそしかった彼女も、今ではわたしのことを『魔王ちゃん』と呼んでくれている。
137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:05:05.79 ID:jo+olBoY0
わたし「う〜ん……忙しいには忙しいけど仕事詰めればなんとかなるかなぁ……」
わたしはスケジュールを確認しながら答えた。
わたし「ある程度の仕事なら側近に任せられるし……」
ごめん、側近。
あの日仕事を任せたのはみんなで温泉に行きたかったからなの。
頭痛と腹痛がするって言って部屋で寝込んでたのは嘘だったんだ。
ホントにごめん。
勇者「よし、じゃあ決まりだな」ニッ
僧侶「良かった、魔王ちゃんも一緒に来れて」ホッ
武闘家「本当は橙の女王様に謁見した日に泊まって行くように言われたんですが、勇者がどうせなら魔王さんも、って無理言って貸し切りの日の変更をお願いしたんですよ」フフッ
勇者「おま、言わなくてもいいことを……」
わたし「そうなの?勇者にも可愛いとこあるんだね」フフッ
そう言ってわたしは勇者の頭を撫でた。
少しクセのある髪の感触が手のひらに伝わった。
勇者「だぁ!!頭撫でんなっての!!」ビシッ
わたし「いーじゃん、わたしと勇者の仲でしょ?」
勇者「別に仲良くなくはねぇけど仲良くねぇよ!!」
わたし「それは一体どっちなの?」クスクス
勇者「あー、もー、知らん!!」プイッ
138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:06:48.61 ID:jo+olBoY0
武闘家「何度見ても勇者と魔王さんのやりとりは面白いですね」フフッ
魔法使い「ねー、息のあった漫才って感じだよね」ケタケタ
わたし「漫才してるつもりはないんだけどな〜」ウフフ
勇者「まったくだ」ケッ
僧侶「…………」
ふと気づくと僧侶が何やらうらめしい面持ちでわたし達を見ていた。
わたしは勇者みたいに鈍感じゃないからそこで勇者をからかうのはおしまいにした。
魔法使い「でも温泉か〜、楽しみだな〜♪あたしは修学旅行以来かな?」
僧侶「ん〜、私もそうかも」
わたし「修学旅行か……わたしはそんなの行ったことないからな〜……やっぱり楽しいんでしょ?」
魔法使い「そりゃあもう!昼間はみんなでわいわい遊んで夜になったら枕投げ、あとは遅くまでガールズトークに華を咲かせるんだよ!!♪」
わたし「ガ、ガールズトーク……!!」
139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:08:01.59 ID:jo+olBoY0
『ガールズトーク』
なんて素晴らしい響きだろう。
年頃の女の子達が夜更けにとりとめもない話で盛り上がるという、甘酸っぱい時間。
夢にまで見たその一時をわたしも過ごすことができるだなんて……!!
僧侶や魔法使いと出会うまでわたしには同年代の女友達というものがいなかった。
側近はお付きの人達の仲では比較的歳が近いけれど、それでも『少し歳の離れたお姉さん』といった感じだ。
そもそもわたしには友達と呼べる存在は勇者ぐらいしかいなかったんだし、そんな話をする機会すらなかった。
140: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:09:58.71 ID:jo+olBoY0
わたし「わたしも今から楽しみになってきたよっ!!」メラメラ
僧侶「ま、魔王ちゃん?なんで燃えてるの?」
わたし「何言ってるの僧侶!!ここで気合入れなくていつ気合入れるの!?」ゴオォ
僧侶「肩の力抜くのが温泉だと思うんだけどな〜」アハハ…
わたし「よーし、じゃあ溜まってる仕事さっさと終わらせるよ!!」
魔法使い「うんうん、頑張ってねー♪」
武闘家「2日後の5時にここに集合、ということで」ニコッ
わたし「任せて!勇者じゃないから遅刻なんてしないよっ!!」
勇者「一言多いっつーの!!」
141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:11:08.10 ID:jo+olBoY0
――――――――
で、2日後。
きっかり5時にわたしは緑の国の湖に到着した。
勇者達は一足先に来ていたから、勇者に『遅い、遅刻だ!!』って言われたけどわたしは懐中時計を取り出して一秒たりとも遅刻していないことを主張した。
ちなみに温泉行きが決まってから通常の三倍のスピードで仕事をしたものだから側近がひどく狼狽えていた。
その日の午後に体調不良を訴えると『無理をなさるからですよ』と残りの仕事を引き受けてわたしに早く寝るように奨めてくれた。
重ね重ねホントにごめん、側近。
それからわたし達は勇者の転移魔法で橙の国の温泉宿へと跳んだ。
勇者の転移魔法で移動するのはこの時が初めてだったんだけれど長距離の転移を一瞬で済ませるなんて正直驚いた。
転移魔法を教えたわたしとしても嬉しかった。
142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:12:56.63 ID:jo+olBoY0
魔法使い「わ〜〜!!おっき〜〜〜い!!」キラキラ
宿の正面玄関に着くなり魔法使いが目を輝かせて言った。
いつもの黒帽子を被っていたから見えなかったけれど、帽子の中ではきっと耳が小刻みに動いていたに違いない。
僧侶「魔法使いちゃんはしゃぎすぎ!!……って言いたいところだけど……ホントに立派な建物だね〜……」ポカーン
その温泉宿は変わった造りの巨大な木造建築だった。
屋根には瓦が敷き詰められていて、建物は壁ではなく柱と梁による軸組構造をしていた。
そして宿とは思えないその大きさは小さな城と言っても過言ではなかった。
勇者「"一番豪華な温泉宿"……か、こりゃすげぇな」ハハッ
武闘家「こういう時だけは勇者の名前に感謝しないといけませんね」
勇者「"だけ"ってなんだ、"だけ"って」オイ
143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:14:31.38 ID:jo+olBoY0
綺麗な女の人「いらっしゃいませ」ペコ
着物を着た綺麗な女の人が丁寧なお辞儀で出迎えてくれた。
綺麗な女の人「私この旅館の女将を務めさせていただいております」
女将「100代目勇者様御一行でございますね?」
魔法使い「そうだよー」
女将「女王様からお話は伺っております。今日は休め存分に寛いでいって下さいませ」
武闘家「ありがとうございます」
女将「……あら?そちらの方は……?」
女将はわたしを見て言った。
女将「勇者様御一行は勇者様を含め4人とお聞きしておりましたが……」
わたし「え?え〜と、わたしは……」
勇者「コイツは俺達の大事な友達なんだ」
僧侶「今日はどうしてもみんなで一緒にここに来たくて……駄目でしたか?」
女将「いえいえ、勇者様のご友人とあらば私達にとっては大事なお客様です。精一杯おもてなしさせていただきます」ニコリ
わたし「あ、ありがとうございますっ!!」
魔族だとバレないか内心不安だったけど女将は快くわたしを受け入れてくれた。
144: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:16:36.20 ID:jo+olBoY0
女将「お風呂とお食事はどちらを先になさいますか?」
勇者「飯!!」
魔法使い「ご飯!!」
武闘家「そうくると思ってましたよ」ハハッ
僧侶「温泉は晩ご飯の後でゆっくり入ろっか」フフッ
女将「かしこまりました、人数がお1人増えましたのでお料理の準備に少々お時間をいただきますが先に大座敷でお待ち下さいませ」
仲居の案内で大座敷へと通された。
畳が敷かれたその広々とした座敷は五人で使うには余りにも広すぎた。
藺草の香りが独特の空間だった。
少し待つと沢山の料理が運ばれてきた。
いつもわたしがお城で食事する時に出されるのとたいして変わらない量だったけど、勇者や魔法使いが興奮して涎を垂らしていたからきっとすごい量だったんだろう。
勇者・魔法使い「ウマーーーい!!」ガツガツ
武闘家「2人とも……こういう料理はがっつくものじゃありませんよ?」
勇者「何を言うか!!美味いもんは自分が一番美味いと思う食べ方をするのが一番だ!!」モゴモゴ
魔法使い「ほーだほーだ〜!!」モキュモキュ
わたし「たしかにそうだけどさ〜」
僧侶「でもホントに美味しいね、活け作りなんて私初めて食べたよ」パクッ
武闘家「そうですね、僕もお刺身は久しぶりに食べましたね」
145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:18:18.70 ID:jo+olBoY0
武闘家「魔王さんは普段どんなものを食べるんですか?」
わたし「お城のお抱えのコックが毎日腕を奮って料理を作ってくれるんだけどね…………こういう料理は初めて食べたよ」モグモグ
わたし「とっても美味しい♪」ニコッ
僧侶「それは良かった」フフッ
魔法使い「この料理も美味しいけど僧侶の料理もとっても美味しいんだよ☆」
わたし「そうなの?」
武闘家「えぇ、お店が出せる腕ですよ」
僧侶「そ、そんな、私なんてたいしたことないよ」
僧侶「お父さんとお母さんが仕事であんまり家に居ないから弟君達にご飯作ってあげてただけだし、レパートリーだって少ないし……」
勇者「いや、お前の料理の腕は間違いなく一流だ、俺が保証するよ」ニカッ
僧侶「そ、そう……かな?////」カァ
勇者に誉められて僧侶は頬を赤らめた。
なんとも分かりやすい。
146: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:21:06.54 ID:jo+olBoY0
勇者「それに比べてお前ときたら……」ハァ
やっぱりそうきたか。
わたしは絶対にその話になると思っていた。
わたし「わたしだってサンドウィッチ作れるもん!!」
勇者「サンドウィッチ"だけ"だろ」
わたし「う……」グサッ
勇者「しかもまともなサンドイッチ作れるようになるまで5、6回失敗作食わされたぞ?」
勇者「パンに肉と野菜を挟むだけの料理をどうやったら失敗するかね〜」ヤレヤレ
わたし「う〜〜…………」
言い訳だけどご飯はお城のコック達が作ってくれていたからわたしは料理なんてサッパリしたことがなかったし仕方ない。
147: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:23:04.36 ID:jo+olBoY0
僧侶「…………じゃあ2人であの湖で魔王ちゃん手作りのお弁当食べたりしてたの……?」
勇者「まぁちょくちょくな」
魔法使い「ほぅほぅ」ニタニタ
武闘家「これはこれは」フフッ
勇者「なんだよお前ら、気色悪いな」
魔法使い「別に〜、なんでもないんじゃない?ねぇ、武闘家?」ニタニタ
武闘家「フフッ、そうですね」クスクス
僧侶「うぅ……2人でピクニックだなんて……」ショボーン
いたずらな笑みを浮かべる魔法使いの隣で僧侶がしょげていた。
なんとも分かりやすい。
148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:25:13.30 ID:jo+olBoY0
そんなこんなで晩ご飯を食べ終えたわたし達は一番の目的である(わたしにとっては二番目の目的だったけど)温泉に入ることにした。
僧侶「『大浴場』と『砂風呂』と『サウナ風呂』とそれから……」
僧侶が壁に掛けられた大きな温泉の案内板を見上げながら言った。
勇者「流石橙の国一の温泉だな〜、色んな種類の風呂があるな〜」
わたし「どれに入ろっか?」
魔法使い「そりゃーもー決まってるでしょ、豪華な温泉宿と言ったら露天風呂で決まりだよ!!」
僧侶「露天風呂か〜、いいね♪」
勇者「俺達も露天風呂にするか」
武闘家「そうですね」
わたし「…………」ジー
勇者「ん?なんだよ?」
わたし「武闘家はともかく……勇者、覗いたりしないでよね〜」
勇者「覗かねぇよ!!馬鹿かお前は!!」
わたし「え〜、ホントに〜?」ジトー
勇者「あぁ、絶対だ」フンッ
わたし「でも信用できないな〜」ジトー
勇者「お前なぁ…………」イラッ
149: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:27:38.64 ID:jo+olBoY0
魔法使い「まぁまぁ、魔王。そのへんにしといてあげなよ」
勇者「魔法使い……」
魔法使い「勇者だって年頃の男の子だもん見たいもんは見たいんだよ」ヤレヤレ
勇者「こらぁ!!フォローになってねぇよ!!一瞬でもお前をいい奴だと思った俺が馬鹿だったよ!!」
僧侶「ゆ、勇者君もしかして見たいの……?もし勇者君がどうしても見たいって言うなら私……その……////」モジモジ
勇者「いやいやいや、僧侶は一体何を言ってんだよ!?」
魔法使い「そうだよ僧侶、勇者は"見たい"んじゃなくて"覗きたい"んだよ」ハァ
わたし「あー、背徳感とスリルを味わいたいわけか」フムフム
魔法使い「変わってるよね〜」ウンウン
勇者「お前らは俺をなんだと思ってるんだ!?」
武闘家「フフフッ、楽しそうで羨ましいですよ」
勇者「誰も楽しんでねぇって!!」クワッ
150: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:29:11.21 ID:jo+olBoY0
勇者をからかい終えたわたし達はその宿自慢の露天風呂へと向かった。
混浴ではなく男湯と女湯は分かれていたので勇者と武闘家とは浴場の入り口で別れた。
露天風呂は思っていたよりずっと広くて綺麗な造りをしていた。
大小様々な石で作られたいくつもの温泉。
竹垣で囲まれた開放的な造りの大浴場。
宿は高台に位置していたので浴場からは橙の国の王都を一望できた。
温泉はそれぞれ効能が違うみたいだったので、わたし達はその中で一番大きな、美肌効果のあるらしい温泉に浸かることにした。
わたしは熱いお風呂が好きだから丁度良い湯加減だったけど僧侶には少し熱すぎたみたい。
魔法使い「はぁ〜……極楽極楽……」ブクブク
わたし「湯加減も良いしね」チャプ
僧侶「そう……かな?少し熱くない?」ボー
魔法使い「…………」ジー
151: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:31:51.70 ID:jo+olBoY0
わたし「どうしたの?魔法使い?」
魔法使い「んにゃ、魔王のおっぱいって大きいな〜って思って」ニャハ
わたし「そうかな?」ボイン
僧侶「たしかに……大きい」プルン
魔法使い「おっきいよ〜、あたしなんて全然ないもん」ペターン
わたし「そう言われてみると僧侶と魔法使いよりは大きいかも」マジマジ
わたし「でも側近の方が大きいし……」
魔法使い「そりゃ側近さんは大きいけどさ、魔王だって上の下ぐらいあるよ〜」
魔法使い「ちなみに僧侶は中の中であたしは下の中だよ」ビッ
僧侶「誰に解説してるの?」
わたし「ふ〜ん……胸の大きさなんてあんまり気にしたことなかったな〜」
僧侶「女の子は結構気にするもんなんだよ?」
僧侶「私もどうやったら大きくなるかな〜、なんて悩んで毎日牛乳飲んだりしてたし……」ブクブク…
わたし「へぇ〜……」
152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:35:43.71 ID:jo+olBoY0
魔法使い「そんなけしからん魔王は……こうだー!」バシャッ!!
言うなり魔法使いはわたしに飛びかかり胸を鷲掴みにしてきた。
わたし「ちょっ、魔法使い!?////」
魔法使い「けしからん、実にけしからんですなぁ」モミモミ
魔法使いの細い指がわたしの胸を揉みしだいた。
わたし「あっ……ちょ……やめ……んんっ////」ハァハァ
僧侶「ま、魔法使いちゃん……////」
魔法使い「今までこのたわわな乳房で勇者を散々誘惑してきたのかにゃ〜?」モミュモミュ
わたし「んぁっ……そ、そんなことしてな……ひぅっ////」ハァハァ
たくし上げては小刻みに揺らすように揉む魔法使いのテクニックはわたしの理性を飛ばすには十分な腕前だった。
魔法使い「どうやったらこんないけないおっぱいになるの〜?」モニュモニュ
わたし「わかんないよ……くぁっ……はぁはぁ…………ひゃぅんっ////」ハァハァ
体の奥がジンジンと熱くなり頭がボーっとしてきた。
魔法使い「ほらほら、さっさと吐くのだ〜〜!!」モミモミモミモミモミモミモミモミ
わたし「んぁっ…………ぅうん…………ッ…………あんっ!!////」ハァハァ
153: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:37:21.73 ID:jo+olBoY0
わたしは無我夢中で魔法使いのセクハラを振りほどいた。
わたし「こ、この……」バッ
魔法使いに向けて左手をかざした。
わたし『爆撃魔法陣・烈』!!
カアァ!!
魔法使い「へ?」
ドガアァーン!!
赤の魔方陣から爆撃が放たれた。
魔法使い「にゃーーーー!!」プスプス
バシャァン!!
魔法使い「…………」プカァ
その時わたしが使ったのは中級爆撃魔法だ。
威力を抑えたとは言え轟音とともに露天風呂全体が揺れた。
魔法使いは爆撃魔法を受けて温泉に浮かんでいた。
わたし「ハァハァ……」
僧侶「ま、魔王ちゃん、いくらなんでもやり過ぎじゃ……」
わたし「ハッ、しまった、つい……」
154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:38:47.77 ID:jo+olBoY0
ドタドタドタ!!
突然屋内からけたたましい足音が聞こえてきた。
わたし・僧侶「?」
ガラガラガラ!!
勇者「どうした!?爆発音と悲鳴が聞こえたけど何があった!?」
勢いよく開いた浴場の扉からタオルを腰に巻いた裸の勇者が飛び出してきた。
わたし「な…………////」カァッ
僧侶「え…………////」カァッ
勇者「あ…………////」カァッ
わたしも僧侶も立ち上がっていて、湯船から太ももから上が出ている状態だった。
つまり……ノーガード……。
155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/28(金) 08:41:44.53 ID:jo+olBoY0
勇者「あ……!!ち、違うんだ!!俺はただお前らが心配で様子を見に来ただけで!!これは、その……!!」アタフタ
わたしは近くにあった風呂桶を掴むと思い切り振りかぶってあわてふためく勇者の顔面目がけて全力で投げた。
わたし「フンッ!!」ブンッ
カッコーーン!!
勇者「ごふっ!!」ガハッ
勇者「」ピクピク
その場に仰向けに倒れる勇者。
武闘家「だからむやみに女湯に飛び込んじゃいけないって言ったじゃないですか……」ハァ
脱衣場から武闘家の声だけが聞こえた。
武闘家「何もなかったんですよね?お騒がせしました〜」グイッ
勇者「」ズルズル
扉の影から武闘家の腕だけが現れ勇者を引きずっていった。
わたしも僧侶もただ茫然とするしかなかった。
魔法使い「」プカァ
156: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします