春香「プロデューサーさんっ! お昼ですよ、お昼!!」
不意に声をかけれ、私は事務作業の手を休めると壁にかけられた時計へと目を向けた。
時計の針が、既に一般的な昼休みの時間が半分近く過ぎていることを指していることを確認する。
周りをみると、目の前の少女以外、事務所には誰もいないようだった。
「なんと、もう昼であったか」
私のつぶやきに、目の前に立つ少女――天海春香が心配そうに答える。
「私達のためにお仕事を頑張ってくださるのは嬉しいですけど……休憩はきちんととってくださいね?」
「すまない。集中すると、どうも周りが見えなくなっていけない」
「それだけ私達のプロデュースを、真剣に考えてくれてるって事だと思いますから」
ばつが悪そうに笑いながら、彼女が続ける。
「嬉しいなって思うんですけど、その分、プロデューサーさんも無理してるんじゃないかって心配になっちゃって」
私がそう返すと、しぶしぶといった様子で納得する春香。だが、すぐに何かを思い出したような表情になり。
「えっと、心配もそうなんですけど。お昼ご飯、まだですよね?」
春香の質問に、久しく忘れていた空腹感が突如として私を襲った。そういえば、今日は朝から何も食べていない。
私が頷くと、彼女は待ってました! といわんばかりの笑顔になる。
「ですよね! それで――「そうだ! 今日はラーメンでも食べることにしよう」
「この前、四条君から旨いと評判のらぁめん屋の割引券を貰ったのだ。忙しさにかまけて今まで忘れていたが……」
「あ……あー、ラーメン……ですか」
私が取り出した割引券を、恨めしそうな顔で春香が見つめる。何だ? 彼女もラーメンに興味があるのだろうか?
「うむ。このままでは忙しくて使い忘れてしまうかも知れない、今日使うことにしよう」
「で、でも! あんまり脂っこい物をお昼に食べるのは、プロデューサーさんの体に悪いかなぁー、って思うんですけど」
「心配ないよ天海くん! 私とて阿呆ではない、しっかりさっぱり、食べるのは塩ラーメンだ」
「えっと、それじゃあ……って! そういうことじゃなくて……」
その様子を見る私の脳裏に、突如として一つの仮説が浮かび上がる。そうか……そういうことか!
「――もしや、春香も昼食がまだなのかな?」
「うぇっ!? え、えっと……はい!」
どうやら、私の読みは合っていたようだ。伊達に彼女達のプロデュースをしているわけではない。些細な表情の変化
からも、彼女達の考えを察する事ができなくて、なにがプロデューサーか!
「なら、一緒に食べにいくかな? ちょうど割引券も二枚ある。ご馳走してあげよう」
「い、いいんですか!」
私の言葉に、打って変わって笑顔になった春香だったが、何かを思い出したのか、また元の困り顔に戻ってしまった。
「うぅ……今思い出したんですけど、私、午後からお仕事なんです。多分、ついていったら間に合わなくなっちゃいます……」
「そうか……ならば、今日は四条君を誘うことにしよう。春香とは、また今度だな」
「はいぃ。今日は、我慢しますぅ……」
ラーメンが食べられないことがよほど残念なのか、萩原君のような口調になってしまった春香を置いて、私は事務所を後にした。
なぜだか、罪悪感を感じる。帰りに何か、甘いものでも買って帰ってあげよう。
その後、私の誘いでやって来た四条君がラーメン屋で前代未聞の大食い記録を打ちたて、その支払いのために学生時代から
貯めていた私の豚の貯金箱が音を立てて崩れ去ったのは、今回の話とは、また別の話である。
「プロデューサーさんっ! お昼ですよ、お昼!!」
「たしかに、もう昼であったな」
私は頷くと、壁掛けの時計へやっていた視線を、目の前に立つリボンの似合う少女のほうへと移す。
「それで、お昼ご飯なんですけど、もしよかったら私の「よし。今日はおにぎりを食べに行く事にしよう」
私の言葉に、リボンの似合う少女――春香が、きょとんとした顔になる。
「おにぎり……ですか?……コンビニの?」
怪訝そうに呟いてから、はっとした表情で春香が続ける。
「だ、ダメですよ! 忙しくて面倒だからって、コンビニのおにぎりや栄養食品なんかで食事を済ましちゃ!」
「午後からのお仕事のためにも、ちゃんとした物を食べて元気つけて下さい!」
「例えば、手作りのお弁当とか「ちょ、ちょっと落ち着きたまえ春香くん!」
わたわたと、身振り手振りでまくし立てる彼女の言葉を私は遮った。
「私は『食べに行く』と言っただろう? ……これを見たまえ」
そうして私は机の上、メモ用紙に挟んでいたチケットを取り出すと、まだ何か言いたそう彼女の目の前にそれを差し出して見せた。
「おにぎり……専門店?」
私の説明に、しぶしぶといった様子で納得する春香。だが、突然何かを思いついたような表情になり。
「あの! 私もおにぎりの専門店に興味があるので、一緒に行っていいですか!?」
「私はかまわないよ。丁度、割引券も二枚ある。この前のらぁめんの件もあるからね、今度こそご馳走しようじゃないか」
「ほんとですか!?やったぁ!!」
嬉しそうに飛び跳ねる春香。こういうところは女の子というか、年相応というか。アイドルといえ、普通の少女と変わりない。
だがしかし、現実は非情である。
喜ぶ春香であったが、午後からの収録が前倒しされた事を告げる電話が秋月女史から掛かった為、彼女が迎えに来るまで
一人事務所に残る事になってしまった。
「それではすまないが、留守番を頼むよ」
「はふぅぅ……これはきっと、おにぎりの神様が邪魔をしてるんだって思うな……」
よほどおにぎり専門店に興味があったのだろう。半ば放心状態となった春香を残し、私は事務所を後にした。
私も後ろ髪を引かれる思いだったが、昼休みは待ってはくれない。代わりと言ってはなんだが、お持ち帰りできるならおにぎりを
お土産に持って帰ってあげることにしよう。
その後私は「なんとなく、良いことがありそうな予感がしたの!」と何処からとも無く現れた美希を連れ、件のおにぎり専門店
へ向かうことになる。だがしかし、あろうことか現実は私にも非情であり、幼少より蓄えていたお年玉貯金の実に半分近くを彼女の食したおにぎりの支払いへと当てなければならなかったという後日談があるが……今回の話とは、また別の話である。
「プロデューサーさんっ! お昼ですよ、お昼!!」
「だから、こうして食べているではないか」
「食べてるって……それ、ただの栄養食品じゃないですか!」
壁掛けの時計の指す時刻は正午。事務机ではなく、事務所のテレビ前に設置されたテーブルで
昼食をとっていた私を見下ろすようにして立つ少女の口から、機関銃のようにお小言が飛ぶ。
「大体、前にも言いましたけどプロデューサーさんも体が資本なんですから! コンビニ弁当や栄養食品じゃなくって
もっとちゃんとした食事らしい食事をして下さい!!」
「それでなくても最近らぁめんだ、おにぎりだって外食が多いんですし……知ってます? 外食も結構栄養が偏るんですよ!」
「いや、しかし……」
バンッ!! と音を立てて、テーブルが鳴る。少女――春香が右手をテーブルに叩きつけたからだ。
衝撃により、私の前に積まれた栄養食品の山が僅かに崩れたが、彼女は意に介さずといった調子で続ける。
「しかしも案山子もありませんっ! 私達には口酸っぱく注意するのに、自分の食事には無頓着だなんて……」
「とにかく、私達の見本になるように、プロデューサーも正しい食生活を送ってください!!」
ここで春香は言葉を切ると、私の対面に座るもう一人の少女――如月千早に目を向けた。
「見てくださいプロデューサーさん。千早ちゃんだって、こうしてきちんとお弁当を作ってきて食べてるんです」
「それなのにプロデューサーさんったら、そんなジャンクフード一歩手前みたいな物をガツガツ食べて――」
「ほんとに、仕方がないんですから!」
春香の言葉に、私は困惑した表情を返した。向かいに座る千早も、申し訳なさそうな顔をして、持っていた弁当箱を
テーブルの上に置く。
そんな私達を見て、春香はやれやれと言った表情で腕に下げていた鞄に手を入れた。
「だから、今日こそ私が作ったこの――「春香っ!!ごめんなさいっ!!」
春香の言葉は、千早の声に遮られた。普段ならば賑やかな事務所も、昼時の今は私を含め三人だけ。押し殺したような
けれども物言えぬ迫力のある千早の声が、事務所の中で重く響く。
突然の出来事に、固まる春香。今にも泣き出しそうな千早を、動揺を隠せない表情で見つめる。
「えっ……ど、どうしたの、千早ちゃん? いきなりそんな声だして……」
「私がっ……私が悪いの……!!」
「私がっ!! ろくに料理もできないから……プロデューサーが気を使って……!!」
そのまま、泣き出す千早。余りに突然の出来事に、狼狽する春香が、私を見る。
「その、なんだ……たまたま昼食を一緒に食べることになったのだが」
「バランスは取れているからと、千早がコレで食事を済まそうとするものだから――」
そういって私はコレ――目の前に積まれた栄養食品の山を指差す。
「さすがに成長期の少女がそれでは良くないと思い、無理やりだが、お昼を交換したのだ」
「私も、最近は春香から食事について指摘されていたからな。」
「午後からも仕事できるよう、元気を補給するためにも美味しい食事をしっかりと摂る! う
コメント一覧
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- 2016年01月25日 21:21
- なんかプロデューサーの言い回しが独特だな…!
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- 2016年01月25日 21:39
- このプロデューサーの風貌が気になる
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- 2016年01月25日 21:44
- このPの愛読書は夏目漱石かな?
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- 2016年01月25日 22:07
- 地の文は苦手だな…
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- 2016年01月25日 22:22
- 我輩はPである。名前はまだない
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- 2016年01月25日 22:23
- 文豪P
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- 2016年01月25日 22:23
- なるほどK(uroi)を死に追いやるのだな…
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- 2016年01月25日 22:35
- 何か白地に赤い隈取り塗った顔してしそうなPだな
カイガンゴエモン!カブキウキウキミダレザキィ!
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- 2016年01月25日 22:41
- 古風な女性プルデューサーを想像したからキマシエンドがくるかと思ってたのに
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- 2016年01月25日 23:19
- ※9
引っ張り専門のプロデューサーかな
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- 2016年01月25日 23:40
- 独特の口調のPだからそれが何かオチに繋がるのかと思いきやオチてすらいないとは
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- 2016年01月25日 23:52
- あいや、またれい!!
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- 2016年01月25日 23:57
- 文体でそれっぽく見せてるけど中身無いな、食玩のオマケとった後のラムネみたいなSSやな
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