渋谷凛はデートがしたい
「流石は凛だな」
「うん」
頭を撫でてもらえるようになった。
「……」
「……どうした、凛」
「……ダメ?」
「……はぁ。ダメなのは俺の方だな」
「ふふっ」
手を繋いでくれるようになった。
「……」
これはそろそろいけるんじゃないだろうか。
私がそう考えるのも無理は無いと思う。
「――すまない。それには応えられない」
なけなしの勇気を振り絞った私の告白は、文字通りに当たって砕けてしまった。
"渋谷凛はデートがしたい"
*
ちょっと焦り過ぎてしまったな、と私も思う。
でも、その。何と言うか、私も舞い上がってしまっていたし。
シンデレラガールに選ばれて、もう今しかないと思っちゃったし。
「……」
何をするでもなくベッドの上を転がった。
といっても二回転三回転出来るほど広くはないので中途半端な体勢になる。
ハナコはお気に入りのクッションの上で眠っている。
いっそ私も犬だったら素直に甘えられたのかもしれない。
でも、私は残念ながら犬じゃない。
何故か奈緒と加蓮の顔が浮かんだ。
いや、私は犬じゃない。決して。
クリアクール部門。
それが私の所属している部署の名前。
文字通りのクールな人たちが集まっている。
楓さん、奏、雪美、奈緒……奈緒? 奈緒は……うん。
ともかくそんなアイドル達が集まっている訳で。
当然ながら私にもそういったイメージが求められているんだと思う。
もちろん、プロデューサーにも。
想像してみる。
クールさをどこかへ放り捨てて全力でアピールする私。
「……」
いや、これは無い。無い。
流石にプロデューサーも引く。
「……はぁ」
プロデューサーは私の事をどう思っているんだろう。
告白を断られたのは、まぁ、仕方無いと思う。
私、まがりなりにもアイドルだし。
アイドルとかプロデューサーだとか、そんな部分を取っ払ったらどうかな。
プロデューサーはどんな恋愛をしてきたんだろう。
何せアイドルプロダクションなんて職場だもん。
可愛い娘や綺麗な人は山ほど居るし。
ちょっと可愛いくらいじゃあ、あの人も別にどうとも思わないのかも。
「……」
何時間かぶりに起き上がって、姿見の前に立つ。
……悪くはない、と思う。
私、まがりなりにもアイドルだし。
スタイルは……もうちょっと欲しかったな。
何も雫ぐらいとは言わないから。
せめて加蓮ぐらいは……いや加蓮よりちょっと上ぐらいは欲しかった。
鏡に顔を近付ける。
これじゃシンデレラじゃなくて白雪姫だけど、まぁこの際それは置いておく。
ぐにぐにと頬を引っ張ってみる。
いつも通りの仏頂面。それぐらいは私も自覚している。
皆からはよく笑うようになったと言われたけど……私はそうでもないと思う。
身嗜みに気を遣うようになった。主に加蓮の影響で。
最近はたまに薄くメイクだって試している。プロデューサーからの反応はまだ無い。
着られればいいやと思って、お母さんの勧めるままに服を着ていた。
最近は自分でも選ぶようになった。プロデューサーからの反応はまだ無い。
「……」
シンデレラガールの撮影の時。
綺麗になったな、とプロデューサーは言ってくれた。
だから、その。悪くはないんだと思う。
あのプロデューサーが綺麗と言ってくれたんだから、もっと自信を持って……
「……」
ふと気付いて正面の鏡に意識を向けると、鏡の向こうの私はニヤついていた。
この顔は、とてもじゃないけど絶対に見せちゃいけないやつだと思った。
*
「――すまない。それは出来ない」
正直びっくりした。
いや、告白を断られるのは私にも分かる。
でも、その、デートのお誘いくらいはご褒美に受けてくれるかな、と思ってたから。
びっくりした。
「……」
いや、びっくりするところではないのかもしれない。
冷静になってよく考えてみれば、アイドルとのデートもダメじゃないかと思う。
うん、というか普通に考えてダメだ。
私はまだまだ舞い上がっていたらしい。
「……」
「……凛」
「散歩」
「え?」
「散歩。ハ……ハナコの散歩さ、また付き合ってくれない?」
「……」
「その、プロデューサーが。プロデューサーと一緒だと、凄く喜ぶから、さ」
頭の中の私は上手く喋れるのに。
プロデューサーの前の私は、どうしてこんなにしどろもどろになってしまうんだろう。
「それも、出来ない」
「……」
「その前の凛の言葉が無ければ、俺も承諾出来たかもしれない」
「……そっか」
「すまない」
「ううん。ごめんね、プロデューサー」
「……」
プロデューサーが困ったように笑う。
私のせいでこんな顔をさせてしまったんだと思うと、胸の奥の所が痛くなった。
本当に、ごめんなさい。
「プロデューサー」
「……ああ」
「……」
「……」
「……ううん。何でもないよ」
「……そうか」
これからは私も、もう少しクールになろうと思う。
*
「ん……」
大きく伸びをする。
休日の午後はぽかぽかのお日様が気持ち良くて。
店番をしているというのに、つい船を漕ぎそうになってしまう。
「後で散歩しよっか、ハナコ」
「わんっ」
ハナコを腕に抱きながら、萎れている花が無いかチェックする。
うん。みんな元気でよろしい。
「ごめんください」
「いらっしゃいませ」
「あ、凛。お母様は今いらっしゃるか?」
「うん。今は奥にプロっ、プロデューサー」
「おう。元気そうだな、凛」
振り向いて、何の気無しに返事をして。
顔を見てみればそのお客さんはプロデューサーで。
え、何。なに?
店に顔を出すなんて所属契約の時以来無かったよね?
何? 何なの。
「奥か、ありがとう。ちょっとお邪魔するな」
「あ……あのさ」
「おう」
「どうしたの、こんな所に」
「こんな所って……ご報告だよ。半年に一回くらいはこうしてな」
「初耳、なんだけど」
「ん、言ってなかったか? まぁ普段は平日に寄る事が多いしな」
会話の途中ではっと気付く。
私、だいぶだらしない格好しちゃってる。
テキトーなパンツにテキトーなシャツ。
これは、その、いや仕方無いんだけど、良くない。良くない。
「じゃあ、少しお邪魔するな。ごめんくださーい――」
顔を出したお母さんも慣れたようににこやかな笑顔を浮かべる。
ふと気付いたようにプロデューサーの顔と私の顔を見比べると、ニヤリと笑ってプロデューサーを奥へ招いた。
「……」
何故だろう。とても嫌な予感がする。
いや、それよりもまずは服だ。どうしようこれ。
もちろん着替えてくる事も出来るけど、出て来ていきなり私の服装が変わってたら変じゃないだろうか。
少なくともお母さんは絶対に何か言ってくると思う。よりにもよってあの人の目の前で。
「……よし」
似たような、でもちょっと良い服に着替えよう。
どうせあの人の事だ。細かい服装は覚えてないだろうし。
「ちょっと店番お願いね、ハナコ」
「……あんっ」
着替えるついでに少しだけ。
少しだけ、メイクもしてみよう。
別に、他意は無いけど。
全然無いけど、普段からの身嗜みは大事だと思う。
*
「――ありがとうございました。では失礼致します」
プロデューサーがお母さんに頭を下げた。
そして振り向く。
「あれ、凛。着替えたのか」
跳び上がらなかった自分を褒めてやりたいと思う。
今はそんな余裕なんて無いけど。
「う、うん。まぁね。汗かいちゃったからね」
「そうよねぇ。ぽかぽかでちょうど良いお天気だもんねぇ、凛ちゃん♪」
お母さん。お願いだから今だけ黙っていてほしい。
良い子にするから。店番ももっと手伝うから。
お願い、お母さん!
「凛」
「な、なに」
「……」
プロデューサーがお母さんの方を振り返る。
お母さんは実に良い笑顔で何度も何度も頷いた。
「ハナコの散歩、行くのか?」
「え? うん……良い天気、だし」
「俺もついて行ってもいいか」
――何言ったの。ねぇ。
――別にー? 何も言ってないないわよー?
渋谷家の間でのみ通じるアイサインを交わす。
お母さんの表情はどこ吹く風だ。
「……あー、お邪魔だったら別に」
「邪魔じゃないほら行こ」
「お、おい。ちょっと待てって凛。凛」
「凛ー? リード忘れてるわよー?」
お母さんの手からリードを引ったくる。
両手にハナコとプロデューサーを抱えて、私は快晴の街に駆け出した。
*
「……」
「……」
未だ私達の間に会話は無い。
お互い何か言い出そうとして、相手の顔を見ては口を閉ざす。
その繰り
コメント一覧
-
- 2016年02月05日 22:33
- ※1
えぇ・・・?
-
- 2016年02月05日 22:36
- ※1をそろそろどーにかしろよ管理人
-
- 2016年02月05日 22:38
- 1コメからコピペして荒らすなよ・・・
SSがよかった分残念
ここのコメ欄伸ばしたって管理人しか喜ばんだろうに
-
- 2016年02月05日 22:40
- かわいいその一言に尽きる
-
- 2016年02月05日 22:42
- 久しぶりに正統派な凛を見た
-
- 2016年02月05日 22:55
- 年相応な凛も素敵だよ
-
- 2016年02月05日 22:57
- ※0が自演してる可能性w
-
- 2016年02月05日 22:58
- あー、※1はいろんなとこにコピペしてんのかよ
SSは良かったよ、雰囲気が好きです
-
- 2016年02月05日 22:58
- >「ちょっと店番お願いね、ハナコ」
「……あんっ」
ハナコかわいい
pと凜ママは何を話したんだ
-
- 2016年02月05日 22:59
- キュートだ。これは間違いなくキュートだ。
-
- 2016年02月05日 23:03
- ※11 むしろクールが居ない気がしてきた。
※2/4から涌いてるな。季節の変わり目だからか…
-
- 2016年02月05日 23:04
- さすがはモバマスのメインヒロインにしてPの正妻ポジであるだけあるね。こんな芸当が出来るのはわた渋谷凛ちゃん以外いないね。
-
- 2016年02月05日 23:07
- かわいい
か わ い い
-
- 2016年02月05日 23:13
- ときどき文中に出てくる「*」が……その、なんだ……。
ハナコの……ハナコの……ね?ほら、わかるしょ?
せっかく素敵なSSなのにハナコで台無し!ハナコ悪くないけどね!
-
- 2016年02月05日 23:26
- ※15
わかる。わかるぞ。小型犬のアスタリスクって何故だか指を突っ込みたくなるって事だよね
-
- 2016年02月05日 23:35
- こんな正統派の凛ちゃんは、久しぶりん
-
- 2016年02月05日 23:41
- いいね。こういう正統派な感じのしぶりん割と好きだ。
-
- 2016年02月05日 23:55
- なんか最近しぶりんの普通=思い込みのハゲしい変態ってイメージだからいつ本性を出さないか警戒しながらしぶりんSS見てしまう
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文体変えても直後に擁護してたらバーレバレ
普通の人は他人の喩え方なんていちいち気にしねーよw