《ロールシャッハ・カウント》
彼は『友人』という安っぽい言葉を嫌っていたけど、他の言葉を探していては話が進まない。
今の僕にそんな時間はない。
彼には悪いが、ここでは『友人』として扱わせてもらう。
彼は、めちゃくちゃな持論をいくつも持っていた。
例えば、『疑わしきは罰するべきだ』とか『人類全員、犯罪予備軍だ』とか『スカートの無用性』とか。
それらは、大体詭弁だったり、冗談混じりだったりしたが、ほとんど、本気で喋っていた。
先程言った通り、今の僕には時間がない。ので、その勇ましい詭弁たちの、一つだけ。読者の皆様にお伝えしよう。
※完全オリジナルです。
彼のその話を聞いたのはいつだったか、何月何日かは忘れたけれど、それが昼休みのことだったということは覚えている。
昼ご飯を前に、食欲が著しく失われたことを覚えている。
「………それで?」
僕はトマトを、弁当箱の隅に追いやりながら彼に続きを促した。
「いやぁ、馬鹿だよなぁって」
「………それだけ?」
彼は思ったことをすぐ口に出す。
何かまた変な持論を持ち出すのかと思いきや、二言三言で話が終わることがままあった。
だが、今回は違ったようだ。
「俺はさ、電車に弾かれて死ぬっていうのは、自殺手段として一番最悪だと思うんだよ」
彼は饒舌に自殺の話を続けた。僕は卵焼きにもためらい始めた。
僕はいよいよ箸を置いた。
「……自殺なんかする奴は誰の幸せも考えないだろう。もちろん、自分の幸せも」
「そうだよな。そこだよ。俺が言いたいのはそこだ。幸せを考えない。もしくは、考えられない。そういう奴はもう生きてないんだ。死んでるんだ。『人間は考える葦』とはよく言ったぜ。考えない奴はもう人間じゃない」
正直彼の話に、僕が同意することは少ない。大体間違っているからだ。
しかし、今回は珍しく反論する気にはならなかった。
「つまりだ。いついかなるどんな時も幸せを考えられる奴ってのは、不死身だ。最強だ」
「はぁ……はてさて、いるかな?そんな絶望的に能天気な奴」
とは言ってみた物の、それはまさしく彼のことだった。
「俺だよ」
本人も自覚していた。
彼の持論は大抵、自己肯定で終わる。
彼はそんな自分のことをまわりくどいナルシストと呼んだ。
自覚のあるナルシスト。
それは矛盾しているようでもあるが、そもそも、彼の持論は、持論同士で矛盾していることが多い。
常に矛盾しているのが彼だった。
僕は駅のホームで電車を待っていた。
電光掲示板には、僕の待つ電車があと十九分かかると書いてあった。
することもないので、駅の柱に飾られた珍妙な絵画を眺めていた。
その絵画は白と黒だけで出来ていて、まるで子供が遊んだあとみたいに、二色の絵の具が珍妙に偏り混ざっていた。
確か、この絵画についても、彼と話した記憶がある。
今日、課題の期限がどうたらということで彼は学校に居残っているが、いつもは一緒に帰る仲良しなのだ。
毎日この絵画が飾られたホームで詭弁を聞いたりしている。
彼はこの絵画を気に入っていた。
彼は、僕にこう訊ねた。
「この絵、何に見える?」
先程言った通り、この絵画はシンプルでぐちゃぐちゃで、何かを描いたようには見えない。
ここに飾られている理由も、どこかの金持ちが、絵の模様を曲解して深読みして勘違いした結果の、過大評価による物だと考えている。
僕は素直に答えた。
そのあと、彼はなにやら語り始めていたが、僕はそれを聞き流してしまった。
確か、ロールなんとかがどうこう言っていたはずだ。
あれは一体なんだったのだろう。と、今更気になっている僕だった。
「…………ん」
この絵が何に見えるか。
あの日は本当に何も何にも見えなかったけれど、今見てみると、あの日とは別の物が見えてきた。
『66』
僕にはそう見えた。
あの日と全く同じ絵のはずだが、何故か、今日の僕には不格好で曖昧ながらも、数字に見えた。
一度そう見えたら、もうそうとしか見えない。『66』。『66』だ。
もしや、彼の言っていた『ロール』は、6が渦巻きに見えたということだろうか。
一度話を始めると、やれ人類だのやれ精神だのと、大袈裟に話のスケールを広げる彼だが、こういうくだらないことも、彼はよく話していた。
聞き流しておいて良かった。
そこで、電車の向かって来る音が聞こえた。
もう十九分経ったようだ。ドアが開いたらすぐに電車に乗れるようにと、僕が黄色い線に近づこうと二、三歩歩いた時だ。
僕は元の場所で電光掲示板を見ていた。
電光掲示板には、僕の待つ電車があと十九分かかると書いてあった。
その電車は、ついさっきホームに姿を現したはずだ。
それに、僕のいる位置も変わっていた。いや、戻っていた。僕が二、三歩歩く前の位置に、僕は立っていた。
なんてわざとらしいことは言わない。
僕も彼も、そういう、起きた異常を認めようとしない、わざとらしい展開が嫌いだった。
確かに、ありえない。信じがたい。けど。
だって明らかに、
『巻き戻っている』
周りを見渡す。
時計も、人の動きも、何もかもデジャビュ。見覚えがある。
原理も理由も何にも解らないけど、どうやら巻き戻っているのはやっぱり事実らしい。
そして周りを見る限り、それを知っているのは、僕だけらしい。
僕の時間を巻き戻す何かがあったはずだ。
それを探さなければ。
漫画や、小説じゃ、それがお決まりだ。
我ながら、楽観的というか。それこそ能天気な考え方だったけれど、とりあえず動かないよりはマシなはずだ。
そしてもう一度周りを見渡すと、さっきと違う物があった。
いや、違わない。それはさっきと姿も形も変わらない。
けど、僕には全く違う物に見えた。
『65』
さっきの珍妙の絵画が、僕にはまた違う物が見えた。
この数字が何を意味するか。
解らないふりをする僕じゃなかった。
彼と僕には、いくつかの共通点がある。
その一つが、『6が嫌い』という物だ。
『6』。
悪魔の数字。ラッキー7の一つ下。
彼が6を嫌っている理由は、6が完全数だから。と言っていた。
「俺はそもそも、『完全』って言葉が嫌いなんだ。いいか?あらゆる出来事物事っていうのは、『不完全』だからいいんだ。何か欠けているからこそ、不確定だからこそ、この世界に存在できるんだ。完璧な人間なんて、愚かじゃない人間なんて考えただけで恐ろしい」
確か彼は別の日に、人間は完全を目指すべきだとか言っていたはずだが、そんなことを気にしていては、彼との会話は成立しない。
「つまりだ。一番不完全な俺こそが、一番人間なんだ。真の人間なんだよ」
まわりくどいナルシストは、そんな風にこの話を終わらせた。
いや、というか、逆だ。
『6』が、僕を嫌っているのだ。
テストの六問目は大体不正解。
6つの中から選んだケーキは、僕のだけ腐っていた。
六歳の頃はいい思い出がない。
その嫌われっぷりは『4』が嫌いなスタンド使いを彷彿とさせる。
そのことを思えば、あの絵画のカウントダウンが『66』から始まったのは、そういうことなのかもしれない。
ならばどうだろう。
『66』を越え、更にカウントダウンが六十台を越えたならば。
『59』
今の僕には、絵画がそう見えた。
いまだこの異常事態の手がかりは一切掴めていない。
何かないかキョロキョロする。
十九分後に電車が見える。
最初に戻る。
何かないかキョロキョロする。
十九分後に電車が見える。
最初に戻る。
それをただただ繰り返した。
六回。無駄にしている。
この絵画が僕に、『0』に見えるようになった時。一体何が起こるのかは解らないけれど。
僕にだけ見えるカウントダウンは、姿を変えないまま、着々と意味を変えていた。
確かループ一回目に、漫画や小説なら。とか言ったけれど、僕はループ物の作品は一つ(素敵な選TAXI)しか知らない。
こんなことになるならもっと色々読み漁れば良かった。
少し早いが、ギブアップだ。諦めよう。
そもそも、こんな役は僕には向いていない。
じゃあ、誰ならこんな役に向いているのか。思い当たるのは一人しかいない。
ライフラインを使います。
「はーい、もしもしー?」
「僕が今、世界をループしているっていったら信じる?」
「信じた。俺は何をすればいい?」
彼は、決して流した訳ではない。
こんな馬鹿げたことを、たった一言で、本気で、信じている。
そして、冗談だよ嘘だよと言っても。
『そうか』
の一言で終わらせてしまう。
彼は、そういう人間だ。
コメント一覧
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- 2016年02月08日 20:06
- 何だ、紛らわしい名前つけて……
無駄に期待してしまったではないか……
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- 2016年02月08日 20:22
- ちくしょうウォッチメンじゃなかった!
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- 2016年02月08日 20:24
- ウォッチメンssキタコレ(*´∀`*)ノ
↓
え、オリジナル?読まなくてもいいか(´・ω・`)
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- 2016年02月08日 20:28
- てっきりハンター×ハンターコラボの人の新作かと期待したのに…
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- 2016年02月08日 20:28
- 面白かったよ
-
- 2016年02月08日 20:36
- こういうの大好き
でもウォッチメンじゃないんだね
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- 2016年02月08日 20:44
- ええやん
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- 2016年02月08日 20:54
- ※1~5
気持ちはよーくわかる
久々にスレタイでわくわくしちゃったもんな
でもオリジナルにしては普通に面白かったよ
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- 2016年02月08日 20:59
- ウォッチメンかと
BeHinD yOU.┓┏.
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- 2016年02月08日 21:47
- オリジナルにしてはタイトルがオサレ()すぎて読んでない
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- 2016年02月08日 22:03
- ウォッチメンの方じゃないのかと思って読んだらすごい面白かった
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- 2016年02月08日 22:53
- のめり込んで電車乗り過ごしちゃったよヤバいヤバい
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- 2016年02月08日 23:02
- ウォッチメンかと思ったらウォッチメンじゃなかったけど面白かった
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- 2016年02月08日 23:14
- 割と面白い
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- 2016年02月08日 23:42
- オリジナルなのにすごい(冒頭並感)
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- 2016年02月08日 23:56
- 11番目のロールシャッハテスト、力s(ry)
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