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元提督「ホームレスになったった」|エレファント速報:SSまとめブログ

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元提督「ホームレスになったった」

2: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/19(火) 19:23:24.12 ID:avm6wR/tO

「あちい……」

九月なのだから当然だが、口に出さずにはいられなかった。

高架橋の下だから大丈夫だと思っていたがそんなことは全然ない。アスファルトの地面は冷たいが出入り口に陣取ってるせいで陽射しは容赦なく挿す。数少ない財産の一つのベンチコートを羽織ったままにしているせいで余計に暑い。

もっと中へ行けばいいだけのことだが、動く気力もない。



3: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/19(火) 19:26:13.66 ID:avm6wR/tO

ポケットに手を入れると五、六枚の小銭が指先にぶつかった。きっと千円くらいはある。あと二晩はもつか。

夜になるとようやく立ち上がりコンビニに行ってウォッカを一瓶買う。明け方くらいまでダラダラと時間をかけて瓶を空け、そこから先は悪夢を見ているのか、起きてるのかよくわからない地獄みたいな時間を過ごし、たぶん夕方頃にようやく意識がはっきりする。

悪夢を見ないように酒を入れるのに全く逆効果だ。でも飲まずにはいられない。

一体いつまでこんなことをしてる? 一週間後には餓死できるか? 馬鹿らしい見立てだ。



4: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/19(火) 19:28:07.53 ID:avm6wR/tO

また意識が朦朧としてきた。視界がぼやけてきたところで、誰かが俺の前に立った。ほっそりした脚にジーンズ。

女だ。警官じゃなくてよかった。
顔をあげるとこちらを見下ろしていた目つきのきつい女と目があった。頭の左側で結った髪がなんとなく印象的だ。

「見たことあるな」

「私もあなたを何度も見たことがあります。写真でだけど」



5: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/19(火) 19:29:43.75 ID:avm6wR/tO

平坦で高圧的な話し方が腹立たしい。一体何なんだ。
しばらく朧げな記憶を手繰っていくと、彼女の顔は見つかった。確か着任式のとき……

「思い出した。確か正規空母の……」

女の目がより攻撃的になったので、思わず口を閉じる。

「街中でそんなことを言うのは控えてもらいたいです」

女はしゃがんで俺と目線を合わせた。何日も風呂に入っていないし酒ばかり飲んでいたせいでひどい臭いを放っているはずだが、眉も動かさない。



6: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/19(火) 19:31:41.37 ID:avm6wR/tO

「何の用だよ。見ての通り俺はもう軍人じゃない」

「だから話に来たの。海軍の事情でなくて私の事情で海に出てほしいの」

腹立たしさははっきりした怒りに変わっていた。いきなりやってきて自分の事情に巻き込もうとするなんてどうかしている。

「帰ってくれ。そんな話信じられない。早く。警察に泣きつくぞ」

「赤城さんに関係がある」



7: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/19(火) 19:33:07.48 ID:avm6wR/tO

女が耳元で囁く。途端に俺は言葉を失った。ますます聞きたくない。

「今さら何だ。もう終わったことを……」

「赤城さんはまだ生きている」

胸の中で何かが弾けた気がした。女の襟を掴み、引き寄せる。

「その話を俺の前でするな。彼女は沈んだ。はっきり見た。もう終わったことなんだよ」



8: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/19(火) 19:35:22.16 ID:avm6wR/tO

「終わってない。私は赤城さんを助けたいの」

「勝手にやればいいだろ。俺は二度と海には出たくない」

「赤城さんに対して少しでも責任を感じてるなら来て損はないわ」

驚いた事に俺は揺れている。彼女にもう一度会えるかもしれない? そんな馬鹿な。しかし彼女は海軍の艦娘だ。こんなところまで来て退役した俺をからかいに来たとは思えない。

もっと考えるより前に言葉が出た。



9: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/19(火) 19:36:32.01 ID:avm6wR/tO

「名前を教えてくれ。どうしても出てこない」

女はやはり表情を変えない。

「加賀です」

「加賀、だな。話を聞くだけだ。それでいいだろう」

「やっぱりその気になると思いました、提督」

昔の肩書きで呼ばれると胸の奥がちくりとする。嫌味なやつだ。



26: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/20(水) 19:38:46.25 ID:uKGhPqCGO

加賀は近くにビジネスホテルの一室を取っていたらしく、そこに俺を連れてきた。ロビーでは俺はひどく浮いていたし奇異の目を他の客から向けられていたが加賀はあまり気にしていないようだった。

部屋に着くなり俺はベッドに腰掛けようとしたが加賀は首を横に振って椅子を指した。
オリーブドラブのボストンバッグと長い弓袋が壁に立てかけてある。

「艤装を持ち出したのか!?」



27: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/20(水) 19:40:42.70 ID:uKGhPqCGO

加賀はその質問は無視して俺の向かいの椅子に座り地図を広げた。

「三ヶ月前、哨戒に出た水雷戦隊が房総半島沖で空母棲鬼に遭遇しました。水雷戦隊と、要請を受けて出撃した横須賀鎮守府第二艦隊と交戦した後にこれを退けて姿を消した」

「連合艦隊と同等の戦力と戦って勝ったのか? 空母棲鬼が?」

「艦載機搭載数、火力、制空能力。どれをとっても既存の艦娘の性能をはるかに上回ってるように私には見えました。まぁそんなことは些細なことです。それより大事なのはあれが赤城さんだったということ」

「加賀は件の深海棲艦と実際に交戦したんだな? なんで……その……彼女だと判断した?」



28: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/20(水) 19:41:37.95 ID:uKGhPqCGO

「容姿が酷似していたので実際に見ればわかります。その場にいた誰もが赤城さんだったと報告しています。海軍は公式に決定していませんが、鎮守府でも多くの人がそう考えてる」

加賀は小さくため息を吐いて続けた。

「私は赤城さんを沈めてあげたいけど、海軍は今の所は捕獲したがってる。艦娘の深海棲艦化の研究に最近お熱みたいだから……あの人が手術台の上でバラバラにされるのは耐えられない……」



29: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/20(水) 19:43:29.50 ID:uKGhPqCGO

ーー艦娘の深海棲艦化。
俺が海軍にいたころは極秘中の極秘だったというのに。時は移ろう。

ーー赤城。
彼女は俺のせいで沈んだ。彼女は最後まで俺のために行動してくれたのに俺は全部無駄にした。

きっと捕まればろくでもない扱いを受ける。だったらもう一度海の底に帰してやる方がいいのかもしれない。
だけど……



30: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/20(水) 19:46:47.20 ID:uKGhPqCGO

「加賀一人で勝てるのか?」

「勝とうなんて思っていません。刺し違えればそれでよし。装備も揃えています」

「できるなら今すぐ原隊に戻るべきだ。彼女を沈めてやりたいなら一人で立ち向かうのではなくて、鎮守府に戻って連合艦隊の編成を提督に進言しろ」

「ここは譲れません。海軍は一度決めればどんな犠牲を払っても絶対に捕獲しようとする」

「ダメだ。無謀すぎる。強行しようというなら警察を呼んでくる」

「別に構いませんけど、今頃私は艤装を無許可で持ち出した脱走兵扱いよ」



31: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/20(水) 19:48:22.84 ID:uKGhPqCGO

おれはようやく気付いた。ここまで着いてきた時点で俺はもう加賀の計画に巻き込まれていた。警察とーー間違いなく来るだろうーー憲兵隊にあいつは逮捕されるが、証言次第で俺も逃走を幇助した罪に問われる。死刑にしてくれるのも永遠に刑務所にぶち込まれるのも構わないが、せいぜい二年で外に放り出されるのはいやだ。出てきたところで今みたいな暮らしに戻るだけだ。

文字通り、乗りかかった船だ。

「どんな風に彼女を倒すんだ? 話せよ」

「その前に、身なりを整えて頂きたいです。見るに堪えない」



36: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/23(土) 16:13:46.13 ID:Xt+z0oE0O

風呂に入って新しい服を着るのはもう何ヶ月ぶりかもわからない。そんなことは問題にならない仕事で糊口を凌いでいた。

加賀から渡された金で銭湯へ行き、服を新調したのはなんとなくみっともないような気がしたが他にはどうしようもないからと考えないようにした。

今年の頭から親密に付き合ってきたベンチコートとも公園のゴミ箱で涙のお別れをして、ホテルに戻ったときには外はすっかり暗くなっていた。

「別人ね」



37: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/23(土) 16:14:49.10 ID:Xt+z0oE0O

戻ってきた俺を見るなり加賀は詰まらなそうに言った。

「久しぶりに人間に戻った気がするよ」

最初に座った椅子に座る。地図は広げたままだった。房総半島から三浦半島の鼻先にかけて大きな楕円が書き足され、円の中や線上に黒い点が13個記されている。

「三ヶ月前から今週の頭まで、赤城さんの姿はそこで確認されています。横須賀鎮守府と館山の哨戒基地が標的になっているのね。鎮守府はわかるけど館山は……なにか思い当たる?」

「彼女の最後の配属先」

それと俺の、と加える気にはならなかった。それ以上追求せずに向かいに座ったのを見るに、知ってて訊いたのだろうか。どこまでも嫌味なやつだ。



38: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/23(土) 16:15:41.20 ID:Xt+z0oE0O

「幸いなことに、この二つの施設への直接的な攻撃は全て防ぐことができました。でも次は防ぎきれないかもしれない、というのが現状です。海軍は深海棲艦に占領されている海域の解放に注力しているので今さら近海に戦力は割けない。低練度の軽巡と駆逐から成る水雷戦隊を臨時に編成して警戒を強化していますけど、こんなんじゃどうにもならない」

加賀は地図を俺の方に寄せて背もたれに寄りかかった。地図はくれるらしい。

「私は補給も受けられないからあの範囲を闇雲に探し回るようなことはできない。だからあなたに羅針盤を回してほしいの」

俺はようやくこの脱走兵がわざわざ落ちに落ちた俺を探し出したのかやっと理解した。



39: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/23(土) 16:16:58.33 ID:Xt+z0oE0O

羅針盤。出撃した艦隊の針路は例外なくこれによって決められる。

深海棲艦の持つ技術を利用したと言われているあの装置の中身はブラックボックスで、わかっているのは必ず艦隊を敵の潜む場所に導くということと、羅針盤を起動し操作できるのは適性のある人間だけだということだ。

今日の日本海軍において提督とは羅針盤を回すことのできる人間と言ってもいい。
俺も回せるから海軍に行かされた。それまでは海軍となんて何の縁もなかったのに。

「彼女はこの海域に確実にいるのか?」

「今は何とも。明日一度海へ出て回してみる必要があるわ」

「そうだな。ボートは?」

「お膳立てはとっくにしてあるから。あなたは羅針盤を回せばいいの」



40: ◆uLYDn.hAKU 2016/01/23(土) 16:18:19.14 ID:Xt+z0oE0O

まるで俺はそれしか能のないやつだと言われたような気がしたが、現状その通りだろう。俺がどんな失敗をしたかを知っていればそれは正しい認識だ。

「私はもう寝ます。電気消しといて」

そういうと加賀は座ったままパチリと目を閉じた。一つしかないベッドは譲ってくれるらしい。
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    コメント一覧

      • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2016年02月13日 22:51
      • 3行で
      • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2016年02月13日 23:00
      • ホームレスに
        なった
        った
      • 3. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2016年02月13日 23:00
      • いまいち
      • 4. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2016年02月13日 23:01


      • 5. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2016年02月13日 23:03
      • 神作すぎるな
        もっとこんな感じの増えて欲しい
        改めて轟沈はいけないと理解した
        優しいおまいら、これからも轟沈無しで頼むぜ
      • 6. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2016年02月13日 23:11
      • ホームレス
        から
        職場復帰
      • 7. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2016年02月13日 23:13
      • 5 面白かった。次作に繋げれる終わり方だし、続いて欲しいな
      • 8. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2016年02月13日 23:15
      • 赤城さんSSだとよく沈むな…
      • 9. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2016年02月13日 23:40
      • 1番最初に手に入れる可能性が高いから運用間違えて沈める印象があるのかな?
      • 10. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2016年02月13日 23:43
      • 4
        個人的に羅針盤の設定が好きやわぁ。
      • 11. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2016年02月13日 23:45
      • だめだ、赤城ネタの作品は何回も読んでるのにまた泣いてしまった。
      • 12. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2016年02月13日 23:52
      • 半年くらい鎮守府行ってない俺もニートなんだろうな…

    はじめに

    コメント、はてブなどなど
    ありがとうございます(`・ω・´)

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