P「ロス:タイム:ライフ」
You'll never walk alone
――名もなきサポーター
「みんな、調子はどうだ」
そんな俺の言葉に、みんなの笑顔が返ってくる。
聞くまでもなく絶好調、ということだろう。
「よしっ、じゃあ楽しんで来い!」
ようやく迎えたニューイヤーライブ。
今までよりも規模の大きなライブにもかかわらず、緊張している様子もない。
本当に、みんな頼もしくなった。
「それじゃみんな、いくよー」
春香の声を合図にいつもの儀式が始まる。
手を突き出し、円陣を組むアイドルたち。
「765プロ、ファイトー」
「おーっ!!」
円陣が解かれ、舞台へと駆け出していく。
それを見送るのは、俺ともう一人。
「頼もしくなったな」
「ええ、本当に」
それがこの上なく嬉しい。
隣に立つ律子もまた、同じ気持ちなのだろう。
ただし、今日の律子はプロデューサーに徹してもらっては困るのだ。
サプライズの企画も根回しはバッチリ。
律子の性格上、ここまで周りを固めれば否やは言えないはず。
……その分、あとで俺が絞られるんだろうけどな
人生の無駄を精算する、生涯最後の一時
――それが、ロス:タイム:ライフ
「どうもありがとうございました、失礼します」
ニューイヤーライブの成功以来、765プロはますます波に乗っている。
足を棒にして営業に回り、大半が空振りに終わっていたあの頃とは大違いだ。
「……もうこんな時間か」
テレビ局で打ち合わせを終えると、赤く染まった空に迎えられた。
打ち合わせにスケジュール調整、現場指揮……
もちろん今まで通りの営業もかけなくてはならない。
言葉通りの、息つく暇もない忙しさ。
けれど、充実感が上回っているのは彼女たちのお陰だろう。
やっと芽をだし、枝葉を伸ばし始めた彼女たち。
すぐに枯れるのか、大樹となるのか、今が大事な時だ。
「おっと」
考え事をしながら歩いていて、赤信号を見落とすところだった。
踏み出しかけた足を戻し、圧倒的な大きさで迫る夕日に目を向ける。
こんな時でも頭をよぎるのは、みんなとの思い出。
「合同レッスンの帰りに見た夕日はもっと輝いて見えたなぁ」
未だ見ぬ明日を夕日に託していたからか。
ただ、みんなと一緒だったからか。
多分両方なんだろう。
そんな風に物思いにふけっていたから、気付くのが遅れてしまった。
車が猛スピードでこちらに突っ込んできている。
ああ、もう、間に合わない。
みんな、ゴメンな。
そんな言葉が浮かんで消えた。
ピーーーーッ!!
甲高い笛の音が聞こえた。
そうできることを不思議に思いつつ、目を開ける。
俺の周りに、四人の男が立っている。
黄色い服の男が三人、黒い服の男が一人。
黒い服の男は、数字が表示された電光掲示板を持っている。
【13:42】
『さあ、試合開始のホイッスルが鳴り響きました。今回ロスタイムに挑むのはなんと765プロのプロデューサー』
『最近、躍進を遂げる同事務所の、陰の功労者と目される人物ですね』
『噂によると、竜宮小町を除くすべてのアイドルを担当しているそうですよ』
『無名の新人ならまだしも、今話題のアイドルを9人ですか……鉄人ですね』
『そんな鉄人に残された時間は13時間42分です』
『長いですね。プロデューサーになってからはほとんど時間を無駄にしていないようなんですが』
『つまり、このロスタイムは若いころ無駄にした時間ということです』
『それが吉と出るか凶と出るか。注目しましょう』
何が何だかわからない。
車に轢かれたと思ったら、謎の男たちに囲まれていた。
一体なんの冗談だ、そう思って視線を横にやると。
「…………車……止まって、る?」
よく見ると、車だけでなく周りの全てが止まっていた。
動いているのは俺と、謎の男たちだけ。
ピッ!!
その笛の音に我に返った。
分からないなら、とりあえず聞いてみよう。
「俺、助かったの?」
こうして生きているのだから、そう考えるのが妥当だろう。
だが、黄色い服を着た男の一人が首を横に振る。
合掌し、空を指さす。
「…………助かってない?」
今度は頷かれた。
「でも、俺生きてるし……」
訳が分からず問い返そうとする。
すると、黒服の男が電光掲示板を指さす。
【13:38】
数字が減っていた。
とりあえず頭の中を整理しよう。
この人たちを信じるなら、俺はやっぱり死ぬらしい。
周りの時間は止まっているが、電光掲示板の数字は減っている。
この数字は……時間?
そこまで考えて、男たちの姿に見覚えがあることに気付いた。
まるでサッカーか何かの審判じゃないか。
……サッカー……電光掲示板…………止まる時間と、減る時間……
「………………ロス、タイム?」
四人が一斉に頷いた。
つまり、この時間がなくなったときに死ぬってこと?
『ようやく事態を飲み込めたようですね』
『ここまで約10分、なかなかのタイムではないでしょうか』
『おっと、プロデューサー走り出した!』
『どうやらタクシーを捕まえるようですね。冷静なプレイが光ります』
『さすが、やり手と噂されるだけはありますね』
『さて、どこに向かうのでしょうか?』
「ここまでお願いします。できるだけ急ぎで」
もう時間がないのなら、やるべきことは一つしかない。
そう思ってタクシーを捕まえ、事務所の住所を告げる。
もう共に歩めないのなら。
せめて道を示しておきたかった。
『どうやら、765プロの事務所に向かっているようですね』
『成程。清々しいまでに仕事人間ですね』
『と、言うと?』
『落ち着いた中にも闘志を秘めた顔つき。まさに戦場に向かう男の顔ですよ』
『彼にとっての戦場。つまり、あくまでプロデューサーとしての務めを果たそうとしていると』
『そう思います』
『それにしても、目的地が比較的近くてよかったですね』
『そうですね。これなら時間のロスは最小限で済みそうです』
『ええ。それとは別に、走って追いかける審判団のスタミナも何とかなりそうです』
『そちらも是非頑張って欲しいですね』
【13:13】
慣れ親しんだビルを見上げる。
もうここに来ることもないのかと思うと、体中の力が抜けそうになる。
「……嘆くのは後だ」
意を決して階段を上がり、扉に手をかける。
弱気を振り払うように声を出した。
「ただ今戻りました」
「あら? プロデューサーさん今日は直帰のはずじゃ……」
事務所には音無さんしかいなかった。
「ちょっと今日中に片付けないといけないことが出来まして」
「もう。仕事熱心なのはいいですけど、体を壊したら元も子もないんですよ?」
ちょっと口を尖らせながら、音無さんは俺の心配をしてくれた。
……体を壊す、か。
もう俺には関係ないんだよな。
「はは、気を付けます」
何とか笑ってごまかす。
……いつも通り笑えているだろうか?
『思ったよりも落ち着いていますね』
『確かに、外からはそう見えます』
『……内面はそうではない、と?』
『何となくですが、私には仕事に逃げているように見えますね』
『逃げている……ですか』
『目の前のことに没頭して、現実から目を逸らしているというか』
『その通りだとしたら、彼は、周りから言われているほど強くはないのかもしれませんね』
『人は誰しも、そういうものではないでしょうか』
『……仰る通りです』
これまでの活動の資料をかき集める。
それぞれの課題、成長、可能性……
俺がいなくなっても、すぐに困るようなことが無いように。
……俺が…………いなく、なっても。
「お、音無さん!」
耐え切れなくなって声を上げる。
「はい?」
「実は俺――」
ピーーーッ!!
続く言葉は笛に遮られた。
笛の音とともに扉から入ってくる審判たち。
その内の一人が胸ポケットに手をやり、黄色いカードをちらりと見せる。
ただ、見せただけ。
それはつまり、これ以上続けるならカードが出されるということで。
……自分の死を伝えてはいけない、ということなのだろう。
『おっと、これは主審のファインプレイ!』
『ようやく事務所に辿り着いた審判団、早々にいい仕事をしましたね』
『彼らが間に合ってくれなければ危うくイエ口ーが提示されるところでした』
『冷静に見えて、やはり内心穏やかではいられないようです』
『どこまで彼の思うところを貫けるか、しっかり見ていきましょう』
「どうかしましたか?」
急に押し黙った俺を、音無さんが心配そうな目で見る。
……どうやら審判のことは見えていないようだ。
「い、いえ。ちょっと時間がかかりそうなので、先に帰ってもらっていいですよ」
何とか取り繕ってはみても、彼女の不信感は拭えなかったようだ。
「本当に大丈夫ですか? なんだか今日はちょっと変ですけど……」
音無さんは、いつもの音無さんだった。
その優しい気遣いが、今の俺には痛い。
「大丈夫ですよ、ちょっと疲れてるだけで」
おどけたように返す。
「プロデューサーさんが倒れでもしたら、みんな悲しむんですからね?」
その言葉の一つひとつが突き刺さる。
「わかってます。適当に休みながらやりますから」
「……それじ
コメント一覧
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- 2016年02月17日 21:53
- 元ネタのドラマ好きだったわ
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- 2016年02月17日 22:08
- ロスタイムライフSSにはずれなしだなあ…。
本当にいいドラマだった。
最近ドラマのヒット減ってるよなー
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- 2016年02月17日 22:25
- 765のLTLもあと見てないのは社長くらいかな
765が終わったら961や876も見たいなぁ
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- 2016年02月17日 22:30
- 他のロスタイムライフは劇中劇と思って読んでいたけど、これは泣いてしまった
特別この話だけ素晴らしいとかじゃないと思うから話との相性なんだろうか
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- 2016年02月17日 22:42
- 手紙のシーンまでは耐えたけど、千早の『次は私の番ですね』で涙腺が耐えられなかった
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- 2016年02月17日 23:12
- ロスタイムライフって、死亡時刻は変動しなかったような…
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- 2016年02月17日 23:23
- ドラマの方は殆ど覚えてないけど遺書(めいた文章)書くのは別にいいんだっけ?
そうじゃなくても一見事故なのに遺書出てきたら周囲も警察も混乱しそうだけど
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- 2016年02月17日 23:56
- ※7
友近が鏡に口紅でメッセージ遺してたからセーフなんじゃないかな
うろ覚えだけど
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