わたし「チョコレート……ですか?」
妖精さん「おかしはべつばらですので」
わたし「主に食べるものが別腹というのはどうなんでしょう……」
わたし(本当、その小さな身体のどこに入っているのやら)
わたし「それにしても珍しいですね、あなた達の方からお菓子の種類をご指名だなんて……いつもならそんなことは言わないでしょうに」
妖精さん「それはふかーいじじょうですゆえ」
妖精さん「なんとちかふかくから、このようなものをはっくつ」
妖精さん「にんげんさんに、おさしあげー」
わたし「何ですこれ?随分と古い書物みたいですけど……」パサ
わたし「えーっと、『2月14日は世界各地で男女の愛の誓いの日とされ、バレンタインデーと呼ばれていた』……」
わたし「『男女が互いに贈り物をする日でもあり、極東にあったとある国では、女性が男性に親愛の情を込めたチョコレートを送る風習があったという』……」
わたし(なるほど、昔の人々はなんとも面倒な風習をつくったものです)
わたし「つまりあなた達は、わたしの親愛の情が込められたチョコレートが欲しい……」
わたし「……ということで合ってます?」
妖精さん「しんあいのじょう?」
妖精さん「しんあいのじょうってなんです?」
妖精さん「わからん」
妖精さん「てんかぶつは、のーせんきゅーです」
妖精さん「いぶつこんにゅうだいもんだい」
わたし(……チョコレートが食べたい。ただその理由付けのためだけに使われたってことですね)
わたし(なんて可哀想、バレンタインデー。なんて可哀想、わたしの親愛の情)
わたし「……分かりました。作りますよ、チョコレート」
妖精さん『わーい』
わたし「あ、でも材料が
手に入ったらですよ?」
妖精さん「ざいりょう?」
妖精さん「ざいりょうとは?」
妖精さん「つみに、かりょうのりょうとかいて、ざいりょうかと」
わたし「物騒な単語ですね、それ」
わたし(罪料……なんともポリスメンと関係してそうな字面です)
わたし「ええと、チョコレートを作るにはカカオが必要なんです。けれども今、手元にはありませんし……最近ではクスノキの里にもめっきり流通しなくなってしまいましたしね」
妖精さん「かかおないと、どうなるです?」
わたし「残念ですけど、尽力してもチョコレートは作れませんね」
妖精さん「まじで」
妖精さん「あまいごほうびないですか?」
妖精さん「それはこまるー」
妖精さん「かつりょくかいむに」
妖精さん「はたらいたらまけですな」
妖精さん「かかおあればつくれるです?」
わたし「まぁ、そういうことです」
わたし(わたしはこのとき気づくべきでした……妖精さんは楽しさとお菓子のためなら力を惜しまないということを)
わたし(そしてそれは、わたしたち旧人類の想像を遥かに越えるものだということを)
わたし(清々しい朝。今日もいつもと変わらぬ平和な一日が始まります)
わたし(わたしはいつものようにベッドから起きると、いつものように服を着替え、いつものように髪を整え、いつものように朝御飯を食べ、いつものように家を出ました)
わたし(そしていつものように国連調停官事務所へと向かいます。が。)
わたし「あれ……?」
わたし(事務所へ向かう道の途中で、何やら違和感を感じたのです。この風景はいつもとは違うような……?)
わたし「……まぁ、気のせいでしょう」
わたし「イタズラ……?」
祖父「ああ。農作業を営む人々から不可解なイタズラをされたと連絡がきてな」
祖父「木に成っている果物を収穫しようとしたら、いつの間にかこれにすり変えられていたそうだ」
わたし(そう言って祖父がわたしに見せたものは……)
わたし「カカオの実、ですか」
わたし(……嫌な感じがするのは何故でしょう。ああ、言わないでください。わたしにも若干覚えがありますから)
祖父「そこでだ……お前にはその付近の聞き込みと調査をやってもらおうかと思ってな」
わたし「げ」
祖父「げ、とはなんだ。これも立派な仕事だろう」
わたし「流石に犯人探しなんて管轄外だと思うんですけど」
祖父「他のところも近頃人手不足らしくてな……それでここまでこの仕事が回ってきたというわけだ。それに、もしかしたら……」
わたし「……もしかしたら?」
祖父「……いや、流石に思い過ごしかもしれん。だが念のためにお前も見てきた方がいいと思ってな」
わたし(たぶん思い過ごしじゃないですよ、それ)
祖父「私は他にやるべき事があって手が離せん……助手君と二人で行ってきなさい」
わたし(そして断るタイミングを逃しました。どうせ即却下でしょうけど)
わたし「……はぁ、分かりました。それじゃあ行きましょうか、助手さん」
助手さん「」コクン
わたし(しかし現場で事情聴取するも、結果は空振り。誰も怪しい人物は見ていないとのことでした)
わたし(結局、この日一日はフィールドワークを堪能させられただけで特に進展はありませんでした)
わたし「というわけで、このカカオすり替え事件について何か覚えはありません?」
わたし(夜。いつものように餌付けしている最中に、わたしは妖精さんたちに思いきって今日の出来事を聞いてみました。みたのですが……)
妖精さん『さー?』
わたし「え?」
わたし(うーん、意外や意外。身に覚えがないとの反応)
わたし「わたしが昨日、この里にはカカオが不足していると言ったから、あなた達が気を利かせてくれたんじゃ……?」
妖精さん「かかおっておかかのいっしゅです?」
妖精さん「かかおはくだものにはいりますか?」
わたし「ちょっ、ちょっとちょっと、昨日のバレンタインデーの話は!?」
妖精さん『さー?』
わたし(あららー、記憶がすっぽりと抜けてらっしゃる)
わたし「……あれ」ゴシゴシ
わたし「――ええっ!?」
わたし(清々しい朝。目の覚めたわたしが窓を開けるとそこには……)
わたし(クスノキの里の木という木が、すべてカカオの木にすり変わっている光景がありました)
わたし(……ええ、疑いましたとも。自身の目を。耳を。鼻。)
わたし(ですがいくら疑ったところで、わたしの瞳はこの情景を写すことをやめませんでした)
わたし「……とりあえず……」
わたし「もう一度寝ることとしましょうか」
国連調停官事務所
祖父「これはまた随分と面白いことになったな」
わたし「面白がっている場合ではないですけどね。農家の方は酷く打撃と衝撃を受けているそうですよ?」
祖父「ふむ。ただでさえ不足している食料を、これ以上カカオに変えられては困るのも確かだ」
助手さん「……」
わたし「助手さんの言う通り、何か手を打たなければ、食卓にカカオの盛り合わせが出てくるのも時間の問題でしょうねー」
祖父「原因が分かれば対処のしようがあるんだがな」
わたし「原因ですか……」
祖父「まぁ今回の事件は人間に出来る仕業でない以上、妖精さんの仕業、もとい彼らなりの思いやりと捉えるべきだろう」
わたし(ですよねー、そう考えますよね)
祖父「……が、調査してみないことには結論は出せんか。おい、」
わたし「はい?」
祖父「早速だがお前には、クスノキの里中のカカオを調べてもらう。サンプルとしてカカオの実も木一本につき一つ持ち帰ってこい」
わたし「ええっ!?」
わたし(うわ。黒い企業もビックリの作業量)
わたし「あの、お断り――」
祖父「却下だ。助手君もコイツの手伝いを頼む」
助手さん「……」コクン
わたし(そしてこの絶対的権力)
祖父「一つ疑問なのは何故彼らがこのような行動を起こしたか、だ。何らかの要因が必ずある筈だが……お前、覚えはないか?」
わたし「ないです」
祖父「即答か……怪しいな」
わたし「怪しまれてもないものはないです」
祖父「主張が強いのも怪しいな」
わたし(どんな行動を取っても怪しまれるようです、わたし)
わたし「……わたしも妖精さん達が関わっているのかと思って直接聞いてみました。けれどもそんな覚えはないみたいでしたよ?」
祖父「ふむ、そうか……。だが彼らのことだ、うっかり忘れていることもあるだろう」
わたし(ああ、否定できない)
祖父「それに原因が妖精さんでないならばますます問題だ。すぐにでも調査の必要があるとは思わんか?」
わたし「わ、分かりましたよ!行きましょう助手さん!」
助手さん「……」コクン
ガチャ バタン
祖父「ああそれから……っと、もう居ないか」
わたし「クスノキの里を回るだけでも一苦労だというのに、更にカカオの実を集めないといけないだなんて……」
わたし(圧倒的作業量。気が遠くなりそうです)
助手さん「……」チョンチョン
わたし「はい?どうしました助手さん?」
助手さん「……」ズビシ
わたし「え、あれを見て欲しい?えーっと……」
わたし「……あらー」
わたし(クスノキの里のシンボルである、里の入り口にあるクスノキの巨木)
わたし(なんということでしょう。その巨木が、大きさそのままにカカオの木となっているではありませんか)
わたし(いつの間にかここはクスノキの里ではなく、カカオの里へと変わり果ててしまっていたのです。まるでお菓子にありそうな名前です。驚きです)
わたし「樹木は例外なく、すっかりカカオに侵略されちゃってますね」
助手さん「……」
わたし「ええ、早いところ解決してしまわないと。ますます旧人類が衰退の一途を辿ってしまいますよ、これでは」
わたし(いつの間にか旧人類の存亡が、わたしの肩にのしかかった瞬間でした)
わたし(……一つ不可解なのは、妖精さんの仕業ではないように思えるところです。まぁそれについてはこれらのカカオを調べてみればわかることですね)
自宅
わたし「あの老人め」
わたし(わたしは今、怒っています。それはもうカンカンに)
わたし(日没まで休みなく重労働させられ、ヘロヘロになって事務所へと帰ったわたし達を待ち受けていたのは、伝言が書かれた一枚の用紙でした)
『一週間里を離れることになった。私が居ない間のことは頼む。・・ 祖父』
わたし「今回の事件、全部わたしに丸投げじゃないですか!!」
妖精さん「ぴいっ!?」
わたし「あ。ああ、ごめんなさい!脅かせちゃいました
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