総括という名のリンチによって殺害された12人
http://ww5.tiki.ne.jp/~qyoshida/jikenbo/036sekigun02.htm
http://ww5.tiki.ne.jp/~qyoshida/jikenbo/036sekigun02.htm
1 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:31:25 ID:mkc
1中 青砥幹雄
2二 加藤倫教
3遊 坂東國男
4投 森恒夫
5捕 永田洋子
6一 植垣康博
7三 坂口弘
8左 吉野雅邦
9右 加藤元久
あさま山荘事件の日やし、連合赤軍メンバーで打線組んだやで
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1455892285/
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1455892285/
8 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:37:07 ID:mkc
解説入れていくで
1中 青砥幹雄
赤軍出身
赤軍時代は森の秘書役?だった
森から度々注意を受けていたが暴力の対象にはならなかった
医学部出身
植垣康博と同じ大学出身
実は赤軍時代に喧嘩してナイフと爆弾を持ち出してまさに
一触即発の事態になったことがある
9 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:41:27 ID:mkc
2二 加藤倫教
坂口弘たちと同じ革命出身
この人の兄が山岳ベース事件で最初に殴られた
その時は永田洋子に殴るよう命じられて泣く泣く殴った
兄の死後脱走を考えたが永田洋子になだめられて逃げられなかった
存命人物で当時のことを綴った書籍「連合赤軍少年A」を出版した
10 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:52:47 ID:mkc
3遊 坂東國男
赤軍出身
森の腹心で、一番信頼していた人物
赤軍時代は森たち幹部の命令と
それに対する植垣康博たちの不満の板挟みになっていたらしい
その頃の彼について植垣は「面白い関西芸人みたいな人」とか思っていたとのこと
けど連合赤軍結成後は、自ら「冷酷な殺○マシン」と称するほど
森の暴力的な命令に服従していた
森がいないところでは代わりとなって連合赤軍メンバーに命令を出していた
射撃の名手で、あさま山荘事件では100メートル以上離れた場所にいる
機動隊員を狙撃して負傷させた
逮捕されるが、クアラルンプール事件で日本赤軍から
「坂東國男や坂口弘ら過激派左翼メンバーを釈放させろ」という要求があったため
釈放される。
その後、アラブで取材を受けた際の話が「永田洋子さんへの手紙」として出版された
20 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:04:20 ID:rfk
4投 森恒夫
赤軍最高幹部
革命左派メンバーが交番を襲撃して死傷者が出た際は、
「死をも恐れない勇敢な行動に感動した」として
革命左派に興味をもつ
1971年3月ごろから頻繁に坂口弘、永田洋子たちと面会するようになり、
その年の12月、革命左派との共同軍事訓練後に「連合赤軍」結成を宣言する
総括=暴力の理論を打ち出したが、その根拠が
「学生時代に剣道で頭を叩かれ気絶したが、目が覚めた時は別人のような
晴れやかな気持ちになった。革命や共産主義への意識が薄い人物を
自分と同じように殴って気絶させれば、共産主義化を受け入れられる」
という何とも馬鹿げたものだったが
これについて誰も疑問を持たず、「革命を実現するためには仕方がない」と
賛成した(というか、反対したメンバーは総括にかけられて死に至った)
あさま山荘事件前後には坂口弘らとは別行動をとっていたため
事件発生時にはすでに逮捕されていた
逮捕される時警官と戦ったが、その時一緒にいた永田洋子は
「今までとは別人のような弱気な態度だった」とのこと
1973年1月1日、初公判の日の朝に首吊り自殺
逮捕後、「自己批判書」という山岳ベース事件についての経緯を記した本を書いている
5 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:33:36 ID:cfA
重信房子とかいう美人
6 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:34:21 ID:5m5
何かで逮捕されたときにカメラに向かってダブルピースやってた女って誰やったっけ?
7 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:34:55 ID:Mw6
>>6
それ重房
12 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:55:31 ID:GwC
重信房子が潜んでたホテルも潰れちゃったなあ
11 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:54:24 ID:wVD
こいつらがイスラムに自爆テロを教えたんだよなあ
13 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:56:07 ID:O6o
革命とかくっさ
36 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:27:30 ID:8Rf
彡(゚)(゚)「ファッ!?機動隊の奴らがなんか食っとる!うまそうやんけ!」
38 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:29:28 ID:QPg
>>36
おは日清
14 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:56:33 ID:yr1
カップヌードル食べたいンゴ
15 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:59:21 ID:2LM
こいつらって要するに中学生の体育会系部活的なクッソアホらしいカースト制をええ年こいてずっとやってたんやろ?
16 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:59:48 ID:Evd
連合赤軍ってなんや?今でいうISみたいなもんか?
17 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:00:52 ID:jDO
>>16
極左暴力集団
19 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:03:12 ID:7Qv
>>16
だいたい合ってる
30 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:22:01 ID:rfk
5捕 永田洋子
革命左派最高指導者で坂口弘の妻
とにかく我が強く、革命左派の最高指導者となってからは
自分の我儘を無理矢理通すことがよくあった
赤軍の最高指導者である森とのコンビはまさに(悪い意味で)噛み合いまくり、
森に追従する形で暴力を容認し、森が批判する相手を同じように批判していった
特に美人女性に対しての摘発は(本人こそ否定しているが)彼女が主導した
自分と似たような存在と考えた遠山(赤軍出身女性)、
美人だった革命左派の女性メンバー2人(植垣康博の恋人と、吉野雅邦の妻)を
死に追いやった
時に遠山に対しての追求は尋常じゃないほど非道いもので、
森に命じられて自分の顔を自分で殴ってボロボロになった遠山に
「あなたの綺麗な顔がこんなになった」
などと言って鏡で顔を見るよう命令したり、
「あんたは偉い奴とばっかり交際してたのね」と貶したりとまさに畜生だった
逮捕されてからは「自分たちの共産主義への理論構築が不十分でこうなった」と供述してたが、
が、他の連合赤軍メンバーは「明らかに永田洋子の異様な嫉妬心も要因の一つ」と
彼女を非難した
2011年2月に病死
著書に「16の墓標上・下・続」がある
ちなみにこれ読んだけど自分も被害者みたいな書き方がしてあって二度と読みたくない
37 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:28:33 ID:g6T
>>30
コレがま~ん(笑)か
34 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:25:20 ID:70C
永田洋子は典型的な糞女
41 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:41:24 ID:rfk
6一 植垣康博
赤軍出身
1971年に起きた、赤軍メンバーの銀行強盗「M作戦」の実行役
高校時代に陸上やったり山登りしたり、物理学が得意で大工仕事もできる、
料理もうまい、イケメンというハイスペック
連合赤軍になってからは革命左派のO・Sという女性と恋仲になるが、
そのきっかけが「隣り合って寝ていたO・Sにキスしたりおっぱい揉もうとした」と
いうスケベなものだった
このへんは山本直樹作の「レッド(連合赤軍メンバーの行動・事件をモデルにした漫画)」で
かなりエロティックに描かれている
O・Sが総括にかけられて「植垣も総括しろ!」と追求されたが、
植垣がいないと大工仕事が捗らないからあまり無理な追求をかけられず、
そうこうしている間にO・Sが凍死したりで結局殴られたり縛られたりはなかった
90年代に出所してからは喫茶店「バロン」を営む傍ら、
山岳ベース事件など連合赤軍に関わる事件を伝えていく役目を担っている
ちなみにバロンとは植垣の赤軍時代のあだ名
著書に「兵士たちの連合赤軍」などがあり、メディアにも度々登場する
この人の本は客観的に書かれていて結構読みやすいから、当時の一連の出来事を知るにはオススメ
NHKドキュメンタリーでの「死ぬことよりも、卑怯な奴と思わるのが嫌だった」
「O・Sさんを助らけるだけの理論が当時の私には無かった」という言葉が印象的
47 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:00:26 ID:rfk
7三 坂口弘
革命左派幹部で永田洋子の夫
革命左派の指導者だった川島豪の教えを強く引き継いでいたが
永田洋子がそれをあまり好かず、森も川島豪は駄目だという考えだったため、
連合赤軍結成時には川島豪との決別を無理矢理宣言させられた
暴力第一の森と森こそが絶対という永田とは違い
暴力で総括を援助するという考えに疑問を持っており、
永田に打ち明けて暴力をやめさせようとしたが否定された
森と永田が上京した時は坂東國男と共にメンバーを指揮し、
さつき山荘に立てこもった後、警官の包囲網を突破してたどり着いたのがあさま山荘だった
「13名もの死者を出した総括も、その原因だった森と永田がいなくなって終わった。
これからは徹底的に警察と戦うぞ」と機動隊と必死の攻防を繰り広げたが2月28日に逮捕される
クアラルンプール事件で坂東國男と共に釈放要求されたが、
「もはや武力闘争を志す時代ではない」と拒否した
裁判では死刑が確定している
著書に「あさま山荘1972上・下・続」と、
死刑確定後に短歌を詠むようになりそれをまとめた「常しへの道」がある
39 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:31:05 ID:Bkw
山本直樹の「レッド」読んだけどほんま胸糞な事件やな
53 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:03:49 ID:RQb
レッド見つけた時は共産主義の本かな?って笑ってたら連合赤軍の本だったからたまげたわ
こいつらは東大で何を学んだんですかね.....
40 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:33:27 ID:QPg
あんな学生崩れの集団が赤軍()とか
ソ連の赤軍兵士が聞いたらどう思いますかね
45 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:56:40 ID:QPg
東大出とか秀才が揃ってる割には
軍事的な戦略が一つもないもよう
仮にも軍なのに
48 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:02:20 ID:Bso
日本赤軍とかインテリの皮被った基地外やろ
51 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:03:28 ID:CWw
日本共産党松「こいつらは共産主義とは無縁の暴力集団だぞ」
44 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:55:14 ID:5KM
こいつら本気で革命出来るなんて思ってたんか?
54 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:03:54 ID:QPg
>>44
226事件の兵隊ですら1500人ぐらいでクーデター起こしたのに
たかが十数人で革命なんかムリムリムリのカタツムリ
57 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:06:19 ID:5KM
>>54
持ってた火器も貧弱やったしなぁ、そりゃ無理やろな
49 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:02:29 ID:rfk
遅筆で申し訳ない
主要メンバーともなればしっかり書いておく必要があると思って
坂口弘が書いた本は植垣とは正反対で、ありったけ感情が込められているような印象
当時どういう気持ちでどんなことをしたかがかなり緻密に書いてある
50 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:03:18 ID:5KM
サンキューイッチ、勉強になるで
52 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:03:47 ID:djE
なんかどうしても「共産主義ってなんだかカッコイイし、俺達が国を変える=革命や!→じゃあソ連に倣って赤軍と名乗ろう」って軽いノリで暴力を正当化した勘違い集団のイメージが拭えない
当人達がどの程度共産主義を理解していたかはわからんけども
59 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:09:06 ID:RQb
連合赤軍は俺たちインテリが行動を起こせば他の奴らも革命に賛同してくれるとでも思ってたんやろか
62 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:14:04 ID:CWw
>>59
少数革命主義者やからな
61 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:13:27 ID:QPg
やっぱり左翼がのし上がるには大きな戦争が終わったあたりが良いんかね
ロシア革命も第一次世界大戦が終わった頃やし
中国も第二次世界大戦のドヤドヤしてる頃にのし上がったし
64 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:14:51 ID:XxH
ちなみに日本に次いで赤軍が過激だったのがドイツ
平たく言えば戦争にまけた鬱屈が暴力革命を生んだんや
65 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:17:15 ID:QPg
日本も一歩間違えたらドイツみたいに東西で別れてたかも知れんね
67 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:21:21 ID:RQb
>>65
ルーズベルトは分割させようとしてたで
北海道と東北をソ連。関東をアメリカ
四国は中国で九州はイギリスって感じで
そしたら朝鮮戦争ならぬ日本戦争起きてたかもしれんね
75 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:29:21 ID:RQb
当時の日本で革命を起こすなんて無理ゲーやろ
今よりは可能性あるかも知れんけど
63 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:14:04 ID:rfk
8左 吉野雅邦
革命左派幹部
銃砲店から銃を盗んだり逃げ出した革命左派メンバーを処刑したりと
永田と坂口の命令を忠実に実行しており、その功績から指導部に任命された
ただし、連合赤軍結成後は幹部といいながら席次は末席で
言いたいことも言えない実質的には非指導部メンバーだった
妻にK・Mという同じく革命左派の女性がいたが、彼女が吉野の子を妊娠した状態で
山岳ベースに来てしまったのが悲劇の始まり
「私は吉野君に付き添って今まで行動してきました。これから一人でも行動できるよう
吉野君と離婚します。」と宣言したのを、「離婚すればいいということではない!」と
永田に問題視される。
身重だったため小屋の中で過ごすことが多いのは当たり前だったが、これを
森と永田は「主婦気取りだ!」などと言いがかりをつけるようになり、
1月下旬にK・Mは総括のためとして縛られてしまう。
この頃吉野は新しいベース造りで別の場所にいたため彼女を擁護できなかった
本人曰く、この頃になると「もうK・Mに足を引っ張られたくない。離婚します。」と
宣言するなど、彼女に対しての愛情がなくなっていた。
K・Mが死ぬ前夜にミルクを与えるように森に指示されたが、「自分は総括できていることを示すため」
としてミルクを与えなかった。
翌日K・Mは死んでしまい「生涯の悔いとして残った」と悔やんでいる。
71 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:24:26 ID:rfk
吉野雅邦の自著はないが、彼の親友であり、K・Mの親友でもあった出版社勤めの大泉康雄が
彼らとの交流の日々から裁判での供述、事件後の親族とのやり取りをまとめた
「氷の城」と「あさま山荘銃撃戦の深層」がある
この2つの本で印象的なところは、
K・Mは山岳ベース入り直前に大泉に会っていたこと。
その際、K・Mは「ヤスくん(大泉のアダ名)、私達のやってることどう思う?馬鹿げてるのかな?」と問いかけたが
大泉はなんと答えたか憶えていないという。
この事実を知った吉野は後年大泉に対して、「その時K・Mを大泉が抱いていれば、彼女は助かったかもしれない」
と語った。(←これはレッドの巻末コラムに記載あり)
吉野は坂口と同様(森や永田と比べれば)そこまで危険な人物ではなく、あさま山荘に籠城した際
母親が「お母さんが撃てますか!?」と呼びかけるのを見ておれず、母親の乗る装甲車に向けて発砲した。
これは無論「撃てる」という意思表示ではなく「危ないから下がっててくれ」という意味合いのものであり、
その時の彼は涙ぐんでいたと坂口が自著に記している。
吉野は現在、無期懲役で服役中
80 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:36:16 ID:rfk
9右 加藤元久
革命左派出身
事件当時16歳
山岳ベースで長兄が殴られた際、元久も泣きながら殴った。
長兄が力尽きた際は「こんなことやったって、今まで誰も助からなかったじゃないか!」
と叫んで山岳ベースを飛び出すが、結局戻ってきて永田になだめられた。
この発言は総括にかけられるような危険なものだったが、森や永田は彼を咎めることはなかった。
その後は問題視されるような行動はなく、むしろ坂口や永田に保護されるような立場にあった。
あさま山荘事件では見張り役をしていたが、これは未成年者である元久に銃撃させてはいけない
という坂口の配慮があった。
しかし山岳ベースでの生活による疲れからか見張り役も十分にできなかったらしく、
彼がいる部屋に機動隊が催涙弾を投げ込んだことに気付かず眠り続け、
様子を見に来た坂口がビックリして「お前なにやってんだ!」と催涙弾に水をかけて消火した。
82 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:41:07 ID:rfk
以上やで
参考文献は
あさま山荘1972上下続(坂口)
16の墓標上下(永田)
兵士たちの連合赤軍(植垣)
連合赤軍27年目の証言(植垣)
永田洋子さんへの手紙(坂東)
氷の城(大泉)
あさま山荘銃撃戦の深層(大泉)
レッド(山本直樹・イブニング連載)
レッド最後の60日 そしてあさま山荘へ(上記レッドの続刊 イブニング連載中)
最後まで見てくれてありがとナス!
83 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:41:54 ID:5KM
サンキューイッチ
85 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:46:27 ID:Kaq
サンキューイッチ
永田洋子酷杉内
2二 加藤倫教
坂口弘たちと同じ革命出身
この人の兄が山岳ベース事件で最初に殴られた
その時は永田洋子に殴るよう命じられて泣く泣く殴った
兄の死後脱走を考えたが永田洋子になだめられて逃げられなかった
存命人物で当時のことを綴った書籍「連合赤軍少年A」を出版した
10 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:52:47 ID:mkc
3遊 坂東國男
赤軍出身
森の腹心で、一番信頼していた人物
赤軍時代は森たち幹部の命令と
それに対する植垣康博たちの不満の板挟みになっていたらしい
その頃の彼について植垣は「面白い関西芸人みたいな人」とか思っていたとのこと
けど連合赤軍結成後は、自ら「冷酷な殺○マシン」と称するほど
森の暴力的な命令に服従していた
森がいないところでは代わりとなって連合赤軍メンバーに命令を出していた
射撃の名手で、あさま山荘事件では100メートル以上離れた場所にいる
機動隊員を狙撃して負傷させた
逮捕されるが、クアラルンプール事件で日本赤軍から
「坂東國男や坂口弘ら過激派左翼メンバーを釈放させろ」という要求があったため
釈放される。
その後、アラブで取材を受けた際の話が「永田洋子さんへの手紙」として出版された
20 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:04:20 ID:rfk
4投 森恒夫
赤軍最高幹部
革命左派メンバーが交番を襲撃して死傷者が出た際は、
「死をも恐れない勇敢な行動に感動した」として
革命左派に興味をもつ
1971年3月ごろから頻繁に坂口弘、永田洋子たちと面会するようになり、
その年の12月、革命左派との共同軍事訓練後に「連合赤軍」結成を宣言する
総括=暴力の理論を打ち出したが、その根拠が
「学生時代に剣道で頭を叩かれ気絶したが、目が覚めた時は別人のような
晴れやかな気持ちになった。革命や共産主義への意識が薄い人物を
自分と同じように殴って気絶させれば、共産主義化を受け入れられる」
という何とも馬鹿げたものだったが
これについて誰も疑問を持たず、「革命を実現するためには仕方がない」と
賛成した(というか、反対したメンバーは総括にかけられて死に至った)
あさま山荘事件前後には坂口弘らとは別行動をとっていたため
事件発生時にはすでに逮捕されていた
逮捕される時警官と戦ったが、その時一緒にいた永田洋子は
「今までとは別人のような弱気な態度だった」とのこと
1973年1月1日、初公判の日の朝に首吊り自殺
逮捕後、「自己批判書」という山岳ベース事件についての経緯を記した本を書いている
5 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:33:36 ID:cfA
重信房子とかいう美人
※日本赤軍の人
関係あるようで関係ない
6 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:34:21 ID:5m5
何かで逮捕されたときにカメラに向かってダブルピースやってた女って誰やったっけ?
7 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:34:55 ID:Mw6
>>6
それ重房
12 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:55:31 ID:GwC
重信房子が潜んでたホテルも潰れちゃったなあ
11 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:54:24 ID:wVD
こいつらがイスラムに自爆テロを教えたんだよなあ
13 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:56:07 ID:O6o
革命とかくっさ
36 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:27:30 ID:8Rf
彡(゚)(゚)「ファッ!?機動隊の奴らがなんか食っとる!うまそうやんけ!」
38 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:29:28 ID:QPg
>>36
おは日清
14 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:56:33 ID:yr1
カップヌードル食べたいンゴ
※あさま山荘事件で機動隊員に差し入れられた
おにぎりなどは凍ってしまったため重宝したという
15 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:59:21 ID:2LM
こいつらって要するに中学生の体育会系部活的なクッソアホらしいカースト制をええ年こいてずっとやってたんやろ?
16 :名無しさん@おーぷん:2016/02/19(金)23:59:48 ID:Evd
連合赤軍ってなんや?今でいうISみたいなもんか?
17 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:00:52 ID:jDO
>>16
極左暴力集団
19 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:03:12 ID:7Qv
>>16
だいたい合ってる
30 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:22:01 ID:rfk
5捕 永田洋子
革命左派最高指導者で坂口弘の妻
とにかく我が強く、革命左派の最高指導者となってからは
自分の我儘を無理矢理通すことがよくあった
赤軍の最高指導者である森とのコンビはまさに(悪い意味で)噛み合いまくり、
森に追従する形で暴力を容認し、森が批判する相手を同じように批判していった
特に美人女性に対しての摘発は(本人こそ否定しているが)彼女が主導した
自分と似たような存在と考えた遠山(赤軍出身女性)、
美人だった革命左派の女性メンバー2人(植垣康博の恋人と、吉野雅邦の妻)を
死に追いやった
時に遠山に対しての追求は尋常じゃないほど非道いもので、
森に命じられて自分の顔を自分で殴ってボロボロになった遠山に
「あなたの綺麗な顔がこんなになった」
などと言って鏡で顔を見るよう命令したり、
「あんたは偉い奴とばっかり交際してたのね」と貶したりとまさに畜生だった
逮捕されてからは「自分たちの共産主義への理論構築が不十分でこうなった」と供述してたが、
が、他の連合赤軍メンバーは「明らかに永田洋子の異様な嫉妬心も要因の一つ」と
彼女を非難した
2011年2月に病死
著書に「16の墓標上・下・続」がある
ちなみにこれ読んだけど自分も被害者みたいな書き方がしてあって二度と読みたくない
37 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:28:33 ID:g6T
>>30
コレがま~ん(笑)か
34 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:25:20 ID:70C
永田洋子は典型的な糞女
41 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:41:24 ID:rfk
6一 植垣康博
赤軍出身
1971年に起きた、赤軍メンバーの銀行強盗「M作戦」の実行役
高校時代に陸上やったり山登りしたり、物理学が得意で大工仕事もできる、
料理もうまい、イケメンというハイスペック
連合赤軍になってからは革命左派のO・Sという女性と恋仲になるが、
そのきっかけが「隣り合って寝ていたO・Sにキスしたりおっぱい揉もうとした」と
いうスケベなものだった
このへんは山本直樹作の「レッド(連合赤軍メンバーの行動・事件をモデルにした漫画)」で
かなりエロティックに描かれている
O・Sが総括にかけられて「植垣も総括しろ!」と追求されたが、
植垣がいないと大工仕事が捗らないからあまり無理な追求をかけられず、
そうこうしている間にO・Sが凍死したりで結局殴られたり縛られたりはなかった
90年代に出所してからは喫茶店「バロン」を営む傍ら、
山岳ベース事件など連合赤軍に関わる事件を伝えていく役目を担っている
ちなみにバロンとは植垣の赤軍時代のあだ名
著書に「兵士たちの連合赤軍」などがあり、メディアにも度々登場する
この人の本は客観的に書かれていて結構読みやすいから、当時の一連の出来事を知るにはオススメ
NHKドキュメンタリーでの「死ぬことよりも、卑怯な奴と思わるのが嫌だった」
「O・Sさんを助らけるだけの理論が当時の私には無かった」という言葉が印象的
47 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:00:26 ID:rfk
7三 坂口弘
革命左派幹部で永田洋子の夫
革命左派の指導者だった川島豪の教えを強く引き継いでいたが
永田洋子がそれをあまり好かず、森も川島豪は駄目だという考えだったため、
連合赤軍結成時には川島豪との決別を無理矢理宣言させられた
暴力第一の森と森こそが絶対という永田とは違い
暴力で総括を援助するという考えに疑問を持っており、
永田に打ち明けて暴力をやめさせようとしたが否定された
森と永田が上京した時は坂東國男と共にメンバーを指揮し、
さつき山荘に立てこもった後、警官の包囲網を突破してたどり着いたのがあさま山荘だった
「13名もの死者を出した総括も、その原因だった森と永田がいなくなって終わった。
これからは徹底的に警察と戦うぞ」と機動隊と必死の攻防を繰り広げたが2月28日に逮捕される
クアラルンプール事件で坂東國男と共に釈放要求されたが、
「もはや武力闘争を志す時代ではない」と拒否した
裁判では死刑が確定している
著書に「あさま山荘1972上・下・続」と、
死刑確定後に短歌を詠むようになりそれをまとめた「常しへの道」がある
39 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:31:05 ID:Bkw
山本直樹の「レッド」読んだけどほんま胸糞な事件やな
53 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:03:49 ID:RQb
レッド見つけた時は共産主義の本かな?って笑ってたら連合赤軍の本だったからたまげたわ
こいつらは東大で何を学んだんですかね.....
※東大安田講堂事件で逮捕された633人のうち東大生は38人だけ
40 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:33:27 ID:QPg
あんな学生崩れの集団が赤軍()とか
ソ連の赤軍兵士が聞いたらどう思いますかね
45 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:56:40 ID:QPg
東大出とか秀才が揃ってる割には
軍事的な戦略が一つもないもよう
仮にも軍なのに
48 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:02:20 ID:Bso
日本赤軍とかインテリの皮被った基地外やろ
51 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:03:28 ID:CWw
日本共産党松「こいつらは共産主義とは無縁の暴力集団だぞ」
44 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)00:55:14 ID:5KM
こいつら本気で革命出来るなんて思ってたんか?
54 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:03:54 ID:QPg
>>44
226事件の兵隊ですら1500人ぐらいでクーデター起こしたのに
たかが十数人で革命なんかムリムリムリのカタツムリ
57 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:06:19 ID:5KM
>>54
持ってた火器も貧弱やったしなぁ、そりゃ無理やろな
49 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:02:29 ID:rfk
遅筆で申し訳ない
主要メンバーともなればしっかり書いておく必要があると思って
坂口弘が書いた本は植垣とは正反対で、ありったけ感情が込められているような印象
当時どういう気持ちでどんなことをしたかがかなり緻密に書いてある
50 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:03:18 ID:5KM
サンキューイッチ、勉強になるで
52 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:03:47 ID:djE
なんかどうしても「共産主義ってなんだかカッコイイし、俺達が国を変える=革命や!→じゃあソ連に倣って赤軍と名乗ろう」って軽いノリで暴力を正当化した勘違い集団のイメージが拭えない
当人達がどの程度共産主義を理解していたかはわからんけども
59 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:09:06 ID:RQb
連合赤軍は俺たちインテリが行動を起こせば他の奴らも革命に賛同してくれるとでも思ってたんやろか
62 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:14:04 ID:CWw
>>59
少数革命主義者やからな
61 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:13:27 ID:QPg
やっぱり左翼がのし上がるには大きな戦争が終わったあたりが良いんかね
ロシア革命も第一次世界大戦が終わった頃やし
中国も第二次世界大戦のドヤドヤしてる頃にのし上がったし
64 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:14:51 ID:XxH
ちなみに日本に次いで赤軍が過激だったのがドイツ
平たく言えば戦争にまけた鬱屈が暴力革命を生んだんや
65 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:17:15 ID:QPg
日本も一歩間違えたらドイツみたいに東西で別れてたかも知れんね
67 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:21:21 ID:RQb
>>65
ルーズベルトは分割させようとしてたで
北海道と東北をソ連。関東をアメリカ
四国は中国で九州はイギリスって感じで
そしたら朝鮮戦争ならぬ日本戦争起きてたかもしれんね
75 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:29:21 ID:RQb
当時の日本で革命を起こすなんて無理ゲーやろ
今よりは可能性あるかも知れんけど
63 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:14:04 ID:rfk
8左 吉野雅邦
革命左派幹部
銃砲店から銃を盗んだり逃げ出した革命左派メンバーを処刑したりと
永田と坂口の命令を忠実に実行しており、その功績から指導部に任命された
ただし、連合赤軍結成後は幹部といいながら席次は末席で
言いたいことも言えない実質的には非指導部メンバーだった
妻にK・Mという同じく革命左派の女性がいたが、彼女が吉野の子を妊娠した状態で
山岳ベースに来てしまったのが悲劇の始まり
「私は吉野君に付き添って今まで行動してきました。これから一人でも行動できるよう
吉野君と離婚します。」と宣言したのを、「離婚すればいいということではない!」と
永田に問題視される。
身重だったため小屋の中で過ごすことが多いのは当たり前だったが、これを
森と永田は「主婦気取りだ!」などと言いがかりをつけるようになり、
1月下旬にK・Mは総括のためとして縛られてしまう。
この頃吉野は新しいベース造りで別の場所にいたため彼女を擁護できなかった
本人曰く、この頃になると「もうK・Mに足を引っ張られたくない。離婚します。」と
宣言するなど、彼女に対しての愛情がなくなっていた。
K・Mが死ぬ前夜にミルクを与えるように森に指示されたが、「自分は総括できていることを示すため」
としてミルクを与えなかった。
翌日K・Mは死んでしまい「生涯の悔いとして残った」と悔やんでいる。
71 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:24:26 ID:rfk
吉野雅邦の自著はないが、彼の親友であり、K・Mの親友でもあった出版社勤めの大泉康雄が
彼らとの交流の日々から裁判での供述、事件後の親族とのやり取りをまとめた
「氷の城」と「あさま山荘銃撃戦の深層」がある
この2つの本で印象的なところは、
K・Mは山岳ベース入り直前に大泉に会っていたこと。
その際、K・Mは「ヤスくん(大泉のアダ名)、私達のやってることどう思う?馬鹿げてるのかな?」と問いかけたが
大泉はなんと答えたか憶えていないという。
この事実を知った吉野は後年大泉に対して、「その時K・Mを大泉が抱いていれば、彼女は助かったかもしれない」
と語った。(←これはレッドの巻末コラムに記載あり)
吉野は坂口と同様(森や永田と比べれば)そこまで危険な人物ではなく、あさま山荘に籠城した際
母親が「お母さんが撃てますか!?」と呼びかけるのを見ておれず、母親の乗る装甲車に向けて発砲した。
これは無論「撃てる」という意思表示ではなく「危ないから下がっててくれ」という意味合いのものであり、
その時の彼は涙ぐんでいたと坂口が自著に記している。
吉野は現在、無期懲役で服役中
80 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:36:16 ID:rfk
9右 加藤元久
革命左派出身
事件当時16歳
山岳ベースで長兄が殴られた際、元久も泣きながら殴った。
長兄が力尽きた際は「こんなことやったって、今まで誰も助からなかったじゃないか!」
と叫んで山岳ベースを飛び出すが、結局戻ってきて永田になだめられた。
この発言は総括にかけられるような危険なものだったが、森や永田は彼を咎めることはなかった。
その後は問題視されるような行動はなく、むしろ坂口や永田に保護されるような立場にあった。
あさま山荘事件では見張り役をしていたが、これは未成年者である元久に銃撃させてはいけない
という坂口の配慮があった。
しかし山岳ベースでの生活による疲れからか見張り役も十分にできなかったらしく、
彼がいる部屋に機動隊が催涙弾を投げ込んだことに気付かず眠り続け、
様子を見に来た坂口がビックリして「お前なにやってんだ!」と催涙弾に水をかけて消火した。
82 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:41:07 ID:rfk
以上やで
参考文献は
あさま山荘1972上下続(坂口)
16の墓標上下(永田)
兵士たちの連合赤軍(植垣)
連合赤軍27年目の証言(植垣)
永田洋子さんへの手紙(坂東)
氷の城(大泉)
あさま山荘銃撃戦の深層(大泉)
レッド(山本直樹・イブニング連載)
レッド最後の60日 そしてあさま山荘へ(上記レッドの続刊 イブニング連載中)
最後まで見てくれてありがとナス!
83 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:41:54 ID:5KM
サンキューイッチ
85 :名無しさん@おーぷん:2016/02/20(土)01:46:27 ID:Kaq
サンキューイッチ
永田洋子酷杉内
コメント随時追加していきます。
試行錯誤の段階でいろいろとやっていこうと思っています!
コメントしてくれると嬉しいです( ´∀`)
あと、現在記事とは関係ないコメントも大量にある為、一時承認中にしています。
少し時間経てば掲載されます。管理人とかハム速にご意見ある方はメールフォームでお願いします。
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コメント一覧
サークル活動ののりだったのがだんだん変わってくのが良い
しいるずもこのくらい切磋琢磨(笑)しよう
サカキバラと変わらんと思うな。
シールズもこうなりそうでコワ。
山岳ベース事件しかりポル・ポトしかり。
そしてその劣化コピーが現在日本にはいまだ幅を利かせている。
キチガイの集まりだから理解できんのも仕方ないが。
今でも十分反吐が出るような犯罪があるのに昔はどんだけ酷かったんだよ
あとシールズwちゃん達らは一度マジでこいつら調べた方がいいんだよね。
同じ道辿ってるようなもんだし。
なんというか自慢話みたい
日本に巣食う害虫そのもの (´・ω・`)
実名でやってほしいわ。
いつも、実名への変換が面倒。
その主犯も逮捕されたけど、アメリカ軍の政治犯解放のどさくさで出てきて
共産党の党首になってるからね。
ハマコーが殺人者呼ばわりして、国会紛糾した。
共産党は殺人はなくて、病死だか主張してるけど、リンチ殺人やがな
世界最強の日本パスポートが寧ろ否定的な先進国を作ったよ、つう意味でw
こいつらの思想を徹頭徹尾、完全否定して
『こいつらは全員、ドブの底のゴミカスをより集めて固めたような、
全く救いようのない人でなしの究極のドクズ』
として紹介してほしい。
こういう本で「彼らの行動に一定の見解もある」とか書いてあるのみて
「こういうのも正当化されるんだ」と勘違いした連中が、今のサヨクだろ?
場所わかってるなら、催涙弾と手りゅう弾ほおりこんで壊滅させりゃいいのに。
それまではインテリは左派だったし。
ないよ
京大にあるのは中核派
今度続きも読もう
段々カルト地味た狂気に変わってて恐ろしい
なんというか北九州事件を思い出す
どこまで事実かは解らんけど
被害者と加害者が本当に渾然一体に描かれてるんだわ
遠山役を攻めるのは永田役だけじゃないし
逃亡者を「やるべきです」とすすめるのは永田役ではない女だし
ttp://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11466074201.html
報道されないTPPの21分野まとめ 医療・労働関係他
参加国総貧困化・労働環境悪化・支出増加・ビザ大幅緩和等全分野に影響多数
ttp://www.logsoku.com/r/2ch.sc/male/1451199596/
人間じゃねえよ、こいつら
シールズとかもそのうちこんな事件起こすんじゃねーのかな。
プロキシでしか書き込めなくなったし名前欄とか改悪してるのも意図的だろ 書き込みまで消すようになったしな
わかりやすいのでオススメです。
宗教的で自分らで殺しあってた奴ら?
どんどんおかしくなっていく過程が良く描かれてる
崇高なことを掲げて結局ただの犯罪者
今思えば妄想としか思えない物がムードとして有ったんだよ。
実際当時は文化大革命や、クメールルージュですら民衆革命として肯定的に捉えられていたし。
そう言う中で全学連等左派へのシンパシーは相次ぐセクト間の内ゲバ、決定的にはこの総括、浅間山荘、よど号、ダッカテロなどによって失われていった訳。
今、何も知らずに自民党へのカウンターみたいな感覚で共産党とかへ票を投じる人は、
左翼が一定の支持を得て先鋭化するとどうなるか、歴史を少し知った方が良いと思うよ
悪魔も裸足で逃げ出す大戦犯なんやで
学生時代リア充になれず底辺でこじらせてそうなやつに見える
理想社会では人々が幸福に暮らすものだと思うんだが、それに至る革命の間は死屍累々で全く犠牲に興味ないというのが異常すぎる。
理想社会が想像だけのもので、実在しないものと思えば、永久の革命の中で人々が地獄に落ちるのが左翼思想なのだと思う。まさしく、北朝鮮が体現しているね。
森共々総括でもすればよかったのに
リアルに着地する以前の子供脳がユートピア作ろうとしたら、むちゃくちゃな悲惨な作品になっちまったっていう
オウムと重なるんだよなあ
だから連合赤軍→北朝鮮→isisに韓国人が多い理由になるんだとか。
デリヘル後藤の時になんでこんなisisに韓国人多いんだ?って話題になったから覚えてる。
バックは共産党だからこいつらほぼ韓国人だよ。
騙された日本人は途中でころされたりしてた。
自分は正しいのだから相手が悪いってなる
んで正しい事をしてるのだから相手が理解しないなら暴力もやむを得ないってね
建物の作りからして異様だし近くには住みたくない
まあ、アイツらは数も数えられないくらい頭が弱いけど(笑)
ワイもその映画観て震えたわ
井浦新が坂口役やってたっけ
右左関係なく人の意見に耳貸さない連中は駄目だよ
真木よう子、生野陽子「」
ISISにも韓国系が多いのはあれなんでなん?
イケメンで女子に人気があり、
たくみに懐柔と威圧を使い分けるカリスマ的な委員長が、
敵対セクトに捕まって、「殴らないでくれ! 僕は田舎に帰って
百姓をする!」と懇願するシーンがあったんだけど、あのモデルって、
実は小心だったと言われる森恒夫だったのかな、と思った。
忘れられた頃に似たような集団が生まれるから、日本赤軍とオウムについての話は、定期的に蒸し返したほうがいいと思う。
一連のわけのわからなさを一番リアルに想像させてくれたのが、やる夫で浅間山荘だったりする
「自分の思い通りにならない人生・思い通りにならない世の中に対する恨み辛み」だからではないか。
『自分はこんなに貧しいのに、資本家や貴族はあんなに贅沢に暮らしている』
『自分はこんなに不自由なのに、あいつらはあんなに好き勝手に生きている』
「自分の思い通りにならないこんな世界が続くくらいなら、滅茶苦茶にしてしまった方がマシ」
「自分だけ不幸な状況が続くくらいなら、みんな不幸にしてしまった方がマシ」という怨念。
その本当の動機を世間に、あるいは自分自身にさえ気付かせずにいる為に、達成不可能なくらい非現実的な理想を目標にする。
ずっと「理想を追っている」状態でいれば、その理想が実際に有意義なのか、皆の救うのかを考えることも問われることもなくて済む。
元々の出発点が負の感情であるから、現実的な提案も議論もロクに出来ないし、理想を実行に移す際のリスクも副作用も考えていない。
「自分のせいじゃない、自分が失敗したわけじゃない、誰かが邪魔したからだ、そいつが悪いのだ」と決まって結論付ける。
その結果が弾圧・粛清・
"総括"であろう。
他者への異常な攻撃性、非寛容、秩序・伝統への"合理性という観点"の範囲を超えるレベルの憎悪とその憎悪による国家・共同体の解体・破壊願望、現実の人間の心理・感覚への無知・鈍感さetc.の理由はこれで説明が付くのではないか。
「彼ら"左翼"系の人って、どうしてああなの?」という疑問に関して、自分はこのように考察して結論付けた。
そういう革命をするなら、最低でも休養や訓練を安全に行える聖域と、武器弾薬を供給してくれる支援先
の両方が必須。
後は単なる街頭デモ専の組織が内ゲバもどきを始めるなんてのは飛躍もいいとこw
日本で一番危険で多くの事件を起してきた思想集団であるのに
銃弾が盾を貫通するから即席で二重にしたりどこまでも本当お粗末
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