輿水幸子「ぶちんっ」
異様な物音で、ボクは意識を取り戻しました。
背中に当たる冷たい感触が、もやのかかった視界を徐々にはっきりとさせていきます。
狭くて、真っ暗で、ちょっと鉄臭いロッカーの中。
換気のために空けられているのか、小さな隙間はボクの頭よりも高い位置にあって、中から外をうかがう事はできません。
ボクはまだ少し混乱している頭で、今までに起きた出来事を思い出そうとしていました。
ボクの名前、輿水幸子。歳は14歳。職業はアイドルをやっていて。
そうです、カワイイボクは、その魅力を世間の人たちに教えてあげるために、アイドルになったんです。
それで、そんなボクは今、息を殺してこのロッカーに隠れて……
あれ? どうしてボクは、ここに隠れていたんでしたっけ?
※ オリジナル設定 キャラ崩壊を含みます
※ ホラーっぽい描写がありますので、苦手な方はご注意を
「幸子……どこにいるんだー?」
ボクを探す、彼女の声を聞いて、ようやく思い出しました。ボクは、美玲さん……同じアイドル仲間の、
早坂美玲さんに見つからないよう、この更衣室にある、使われていないロッカーの中に逃げ込んだのです。
「隠れたってムダだぞー。だって、ウチには幸子の……」
あぁ、また、美玲さんがボクを探す声が聞こえてきます。
それと同時に、忘れていた左腕の痛み……半そでのシャツから出ている、
むき出しの可愛い柔肌につけられた、三本の痛々しい大きな切り傷。
それはまるで、何かの動物に引っかかれたかのようで。
押さえている右手に、流れ出る血液がその温かさと、凝固しはじめて生まれる、
ねちゃねちゃとしたなんともいえず気味の悪い感触を伝えてきます。
ガチャリと更衣室の扉が開く音がして、ゆっくりと、小さな足音がボクの隠れているロッカーに近づいてきました。
「匂いが、わかるんだからな」
その足音が、迷うことなくボクの隠れたロッカーの前へとやって来て止まると、
今度はその扉が軋むような音をたてて開かれます。
そうして、ボクの目の前に現れる、動物を模したピンク色のフードをかぶった、眼帯を付けた少女。
いつもと変わらぬ可愛らしい笑顔の隣、ロッカーの縁に置かれた左手。
そこには、まるで肉食動物を思わせるような鋭いカギ爪が付けられていて。
ボクはまるで、誰かに弾かれたかのように彼女に体をぶつけると、勢いよくロッカーから飛び出しました。
でも、その瞬間に背中に走る鋭い痛みと、広がる熱。
そのまま押し倒されるように、床へとうつぶせに倒れこむボク。
その上に、ボクを逃がさないよう、素早く美鈴さんが伸し掛かります。
柔らかな彼女の重みと、傷口を圧迫される事で、より一層大きくなる背中の痛み。
「ふふっ……みぃつけた~」
首筋に突きつけられたカギ爪の、ヒヤリとした感触に、ボクの体がまるで金縛りにあったかのように強張りました。
その切っ先が、ゆっくり、じわじわと、その肌の弾力、そして感触を確かめるように、上から下へと移動していきます。
やがて、切っ先が倒れたボクの喉元まで降りてきたとき……
ボクの耳、頭、そしてうなじの辺りにかけられる、美玲さんの熱っぽい吐息。
顔を見る事はできませんが、きっと恍惚とした表情をしているのではないでしょうか。
ボクはもう、彼女のされるがまま……
どうあがいても逃げ切れない、草食動物のように震えながら、今か今かとその時を待つばかりでした。
「――じゃあ、引っかくぞ?」
艶のある、優しい彼女の囁きと共に、首筋に走る激痛と、全身を駆け巡る寒気。
目の前の床が真っ赤に染まっていき、指の先がどんどんと痺れていって……再び、ボクの意識が朦朧としていきます。
――そもそも、事の発端が何だったのか。
今となってはハッキリと思い出す事もできませんが、ボクの覚えている限り、
きっかけはあの休憩室での出来事だったのかもしれません。
その日のボクは、事務所にある休憩室のテーブルにノートを並べ、学校で出された宿題と睨めっこをしていました。
アイドルとして活動している以上、普段の生活において、自由に使える時間というのは限られたもの。
なので、仕事とレッスン。その間に生まれる僅かな空き時間を使って、
ボクのような学生組は、勉強や宿題をちまちまと進めるのが日課になっていたのです。
そんなボクの隣、同じくソファーに座って熱心に図鑑を覗き込んでいるのは、
お魚大好きアイドルとして活動中の、浅利七海さん。
よほど集中しているのか、いつも肌身離さず持ち歩いている魚のぬいぐるみも、今は彼女の隣に置かれています。
「随分と熱心に読んでますけど……その図鑑、そんなに面白いんですか?」
食い入るようにして図鑑を見ている七海さんが気になって、ボクはなんとなく、そう彼女に聞いてみたのです。
すると彼女は、「おもしろいれすよ」と答えると、ちょうど読んでいたのであろうページを、ボクに向かって開いてくれました。
そこには、船よりも大きな魚や、半漁人に人魚、さらには得体の知れない生き物達の、妙にリアルなイラストが並べられていて。
不思議に思ったボクが、そのページに書かれた見出しを確認すると「空想上の海の生き物」の文字が。
「この図鑑には七海も知らない、見たことのないお魚さんが沢山載ってて……見てるだけでとっても楽しいんれす~」
なるほど。どうやら七海さんは、架空の海の生き物を見て、それが実際にいるとしたら……
そんな想像をして、楽しんでいたといったところでしょうか。
「確かに興味深い内容です。もしかしたら、その図鑑に載っている生き物のいくつかは、本当にいるのかもしれませんね」
「幸子さんも、そう思いますか? 海は、広いれすからね~」
その時、Pさんが――Pとは、ボク達のプロデューサーさんの名前です――七海さんを呼びに、休憩室へとやって来て。
二人が出て行ってしまうと、部屋には宿題をするボク一人。
「さてと。ボクも、ささっと宿題を終わらせませんとね」
気持ちを入れ替えるために、ボクは一人そう呟いて、机の上のノートへと向き直りました。
しばらくの間、静かな室内には、ボクがノートに文字を刻む、カリカリといった音だけが響きます。
「――なんでしょう?」
やがてボクは、奇妙な感覚に襲われました。なんだか、誰かに見つめられているような……そんな気がしてきたのです。
けれど、顔を上げて辺りを見回してみても、休憩室には、ボク以外誰もいません。
部屋の扉はきっちりと閉まっていますし、机の近くに置いてあるテレビだって消えています。
誰かが隠れるにしても、人の入れそうなロッカーや箱なんて、そんな物はこの部屋の、どこにも置かれてはいませんでした。
「気のせい……かな」
しかし、その奇妙な感覚は薄まる事なく、むしろ、先ほどよりもよりハッキリと感じられるようになった気がして。
その頃にはもう、ボクの頭はちょっとしたパニック状態です。誰も居ない部屋、なぜだか重たく感じる周りの空気。
いつの間にか、額にはじんわりと汗が浮かび……それでもボクは、怖くってノートから顔を上げる事が出来ません。
一心不乱に手に持ったシャープペンシルを動かしながら、
早く誰かがやって来てくれないか――そんな事ばかりを考えていました。
「あっ」
緊張の余り、つい、力が入りすぎたのでしょう。ぽきりと音を立てて、あっけなく折れるシャープペンシルの芯。
途端に辺りを覆いつくす静寂。
その静けさに耐え切れなくなったボクは、慌てて新しく芯を出そうとして――ソレに気が付いたのです。
ボクの座る隣、視界の隅に映った、大きめの魚のぬいぐるみ。
その感情の無い目が、確かにボクのほうを向いていて……でも、まさか。
きっと、静かな部屋に一人きりだったので、このぬいぐるみに見られているような……
そんな勘違いを、知らず知らずのうちにしてしまったのでしょう。
けれど、いくら作り物だと分かっていても、何も言わずじっとこちらを向いていられるのは、
あまり気持ちの良い物ではありません。
ボクがぬいぐるみの視線をずらそうと、そっと手を伸ばした時でした。
「あ~、やっぱり忘れてました~」
いつの間に戻ってきたのか、七海さんがボクの目の前で、ぬいぐるみをひょいと抱きかかえます。
「あ、あぁ。七海さん……Pさんとのお話は、終わったんですか?」
「えへへ。まだれすけど、サバオリくんを忘れてたのに気が付いて~」
そう言って、彼女がぬいぐるみを強く抱きしめました。
くたっと、その体をゆがめる、サバオリくんと呼ばれたぬいぐるみ。
その目が、何かを訴えかけるように、ボクを見つめます。
――助けてくれ。
「えっ?」
突然、どこからか聞こえてきた助けを求める声。
七海さんがくるりと体を翻すと、彼女の体に隠れて、ぬいぐるみが見えなくなります。
それと同時に、鼻をつく、独特の臭い。
ソファーの上、先ほどまでぬいぐるみの置いてあった場所に出来ている、何かが染みたような跡と、
その上できらきらと光を反射する、あれは一体――。
「海は、ひろいれすから」
顔を見せずに、そう言う七海さんの服が、ぐっしょりと濡れています。
スカートの裾から、ぽたりぽたりと雫が零れ落ちて……。
――あぁ! どうしてボクは気が付かなかったのでしょうか? 彼女のスカート、その下から見えているそれは、まるで、まるで!
「色んな生き物が、いるんれすよ?」
振り返った彼女
コメント一覧
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- 2016年02月29日 22:47
- 走力と敏捷が下がりましたね
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- 2016年02月29日 22:55
- 良かったぁ……
犬橇のロープが切れて、極寒の大地に取り残される幸子はいなかった…………!
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- 2016年02月29日 22:58
- 怖いというより気持ち悪いって感じかな 夢か現かの区別がなくなって平衡感覚を失って気持ち悪いって感じ ドグラマグラを読んだときにこんな感じの気分になったわ
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- 2016年02月29日 23:06
- ぶちこまれて膜が破れた音かと思った
何の膜かは秘密
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- 2016年02月29日 23:07
- フリーーーー座ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!❗😈😈😈😈😈😈😣😣😣😣😣😡😡😡😡😡😡😡おめえだけはぜってに許せねえ!
どぉぉぉりゃああぁぁぁ!❗ あんたばかぁ?
極みを越えし我が力、世界に轟け!❗
吹き荒れろ、エターナル、ブリザァァァァァド!❗
僕の小さな このステップは~♪
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- 2016年02月29日 23:18
- こわいと思うためには幸子目線に立つ必要があるけど、幸子自身の状態と周りの不可解さで奇妙な感覚しか感じなかったね。今敏さんの作品さ知らないけどそれは怖いのかね
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- 2016年02月29日 23:45
- むしろジェイコブズラダーに似てるかな
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