勇者「俺はヒーローになれなかった」
木々の葉が枯れ落ち、森は景色すらも寒々しい。
勇者「……」
その森に1人の男が行き倒れていた。
彼は勇者。つい先日まで英雄として人間たちの希望を背負っていた男だが――
勇者(もう、いいや…)
今やその表情は希望を失い、まるで亡者のようだった。
勇者(このまま、死んでしまおう……)
勇者がこうなった原因は、つい先日の出来事にある…――
・
・
踊り子「勇者♪」チュッ
勇者「あぁ…踊り子か」
旅の途中の休憩中、勇者はイタズラで昼寝から目を覚ました。
勇者と知り合った当初からアピールしてきた踊り子だが、ここ最近は特にそのアピールに大胆さが増していた。
勇者「そう簡単に、男のほっぺにキスするもんじゃないぞ」
硬派を気取ってたしなめてみるが、
踊り子「勇者にだけだも~ん♪」
甘えるように反抗されてしまうだけだ。
勇者(全く、困ったもんだ)
心の中で呟いてみるも、勇者の心臓は高鳴っていた。
それもそうだ。両親と早い内に死に別れた勇者は、娯楽の少ない田舎に住む祖父に引き取られ、剣一筋で生きてきた。
そんな勇者だから、田舎娘にはない派手さを持った美女にちょっかいを出されては、ほだされるのも仕方なかった。
騎士「ケッ、見せつけやがってよ~。いいないいな~」
僧侶「それくらいの娯楽は大目に見ましょう。娯楽の少ない旅ですから」
勇者「はは…」
剣の腕を見初められ、魔王討伐の旅を命じられたのがつい3ヶ月前。
騎士団より騎士が旅の供として同行し、各地で名をあげていた僧侶を仲間にし、そして最後に仲間にしたのが…
踊り子「勇者、飲み物ちょっと貰うわね~♪」
自ら志願してパーティーに入ってきた、踊り子だった。
男所帯に女1人というのも申し訳なくて断ったのだが、それでも強引に押し切られて今に至る。
勇者「それ、俺の飲みかけ…」
踊り子「知ってるぅ♪」ペロ
勇者「うぐ」ドキドキ
そして勇者は、その踊り子を意識するようになってきた。
勇者「あれが…――」
旅は終盤を迎えていた。
今まで制圧されてきた街を解放し、刺客として来た幹部達を倒し、旅は順調だった。
それだけに、最後の最後で何かあるんじゃないかと不安に思っていたが…。
僧侶「恐れていても仕方ありません。行きましょう」
勇者「そうだな」
意を決して、城に乗り込んだ。
しかし予想に反して、城内に魔物の気配はなかった。
騎士「どうなってやがる…?」
僧侶「魔王の周囲を固めているのでしょうかねぇ…?」
それでも緊張感は抜けず、慎重に足を進めていると…
踊り子「あ、あれは!」
勇者「ん? 何のことだ?」
踊り子「あれよあれ! ほら…」タタッ
踊り子がある方向に向けて走り出した。
追いかけようとした、その時…――
バッ
踊り子「きゃあっ!?」
勇者「!!」
黒い影が踊り子に襲いかかった。
そして…――
「よくぞ来たな勇者よ…クク、待ちわびたぞ」
勇者「何者だ!!」
魔王「我は魔王…――探していたのだろう、我を」
勇者「魔王…!! 踊り子を放せ!!」
踊り子は魔王の腕に抱かれ、恐怖の為か身動きが取れなくなっている。
勇者は怒気を含んで魔王に言い放った。
魔王「覇気は一人前だな、勇者よ。だが、このままお前を殺すのもつまらん」
勇者「何だと…!」
魔王「遊戯といこうか」
そう言って魔王は、踊り子を捕まえたまま宙に浮かんだ。
魔王「追ってくるがいい、勇者よ!」
勇者「待て…――っ!!」
即座に魔王の後を追う。
しかし、この判断の早さは直後、仇となった。
勇者「…――っ」
――落ちている?
騎士「勇者!!」
僧侶「勇者さん!」
唐突に床に穴が開き、勇者はそこから急降下した。
勇者「ぶっ…!」
落ちた先は水場。濁った汚い水だが、床に叩きつけられるよりは大分マシか。
その汚い水場から出る――と同時、勇者は舌打ちした。
勇者「そういう罠か…」
周囲には魔物の気配。どいつもこいつも、殺気を隠そうともしていない。
これだけの数の魔物を、1人で相手しろということか。
勇者(脱いでいる時間は、くれそうにないな)
水を吸収した装備で戦うのは体が重いが、そう弱音も吐いていられない。
このまま戦うしかないなら、そうするだけだ。
勇者「さぁ来い!! 魔王の手先ども!!」
勇者が叫ぶと同時、魔物達は一斉に襲いかかってきた…――
戦闘開始から約30分後、全ての魔物を倒した勇者は急いでその場を後にした。
とにかく今は行動しないと、また何があるかわからない――
そう思った直後だった。
ゴゴゴ…
勇者「…っ!?」
突然、トゲの壁が迫ってきた。しかも結構なスピードで。
勇者(くそ、全力疾走でスタミナ節約もさせないってことか!!)
勇者は急いで壁から逃げる。
逃げる先に、曲がり角があった。
あそこまで行けばとりあえず大丈夫だろう…と思ったが。
ボフッ
勇者「うわっ!?」
疾走に全力を注いでいた勇者はトラップに気付かず、霧をもろに浴びた。
霧には毒性が含まれているのか、目と鼻に刺激を感じる。
勇者「くそ…!!」
涙と鼻水を袖で拭いながらも、勇者は走るスピードを緩めずに曲がり角を曲がった。
迫りくる壁は正面の壁にぶつかると、そのまま動きを止めた。
勇者「ハァハァ……ん?」
ほっとしたのも束の間、今度は向こうから気配がした。
「ンオオォォ…」
勇者「げ…」
わらわらとやってきたのは、アンテッドの群れだった。
狭い通路でアンテッドを切ったせいで腐った返り血をモロに浴び、心地が悪い。
しかも罠はそれで終わらなかった、
勇者「うわああぁぁ!?」
時には石像が吹く炎をギリギリでかわし、
勇者「ん…? ここ、さっきも……」
時には無限ループの道を歩かされ、
キイイィィン
勇者「うおおぉぉ……」
時には超音波の中を進まされた。
・
・
勇者「ハァ、ハァ……」
もう既に勇者はボロボロだった。
それでも諦めない…――全ては、魔王を倒す為。
勇者(踊り子…無事でいてくれ)
踊り子『私、踊り子って言います! 勇者様のパーティーで戦わせて下さい、お願いします!!』
踊り子『勇者、って呼んでもいいかしら? いいの!? やったぁ~!』
踊り子『凄い、凄ぉい! 幹部を倒しちゃうなんて、勇者かっこいいー!』
踊り子『グスッ…私なんて、勇者の足を引っ張っちゃってるわよね…』
勇者(踊り子…君は既に、俺の大事な仲間…いや、)
踊り子『ねぇ勇者』
勇者(俺は、君が…――)
踊り子『…――守って、くれる……?』
勇者(君が、好きなんだ…!!)
無意識に大きな扉を開けていた。
そしてそこにいたのは…――
魔王「よくぞここまでたどり着いたな…勇者よ」
勇者「魔王…!!」
魔王は尊大な態度で、玉座に座っていた。
そして、その側では…
踊り子「勇者ぁ!」
騎士「勇者…すまねぇ!」
僧侶「勇者さん!」
勇者「皆!」
仲間たちが囚われていた。
その姿を見て、勇者は憤怒する。
勇者「魔王、貴様!! 1対1の勝負なら受けてやる、正々堂々と戦え!!」
魔王「いいだろう…。かかってこい、勇者よ」
勇者「はあぁ――っ!!」
勇者は迷わずに駆けた。
まずは魔王を玉座から立たせる…――その勢いで斬りかかった。が…
魔王「喰らえ、暗黒魔法…――」
勇者「――っ!!」
回避できず、勇者は魔王の魔法をもろに喰らった。
魔王「おやおや勇者よ、簡単に吹っ飛ばされたものだな」
勇者「俺はまだ、やられていない…!!」ヨロ…
魔王「なら、これはどうだ?」ドォン
勇者「うわああぁ――っ!!」
今度はかなりのダメージを喰らい、勇者は地面に伏した。
起き上がらなければ…だが、体が言うことを聞かない。
魔王「たった2発で終わりか。何ともつまらない戦いだった」
そう言って魔王はようやく立ち上がった。そして仲間たちに近づいていき…――
魔王「お前」クイッ
踊り子「――っ!!」
勇者「!!!」
魔王が踊り子の顎を引いた。
踊り子は怯え切った顔で硬直している。
魔王「我に逆らった者がどうなるか…――身をもって知らせてやるのもいいな」
踊り子「ひ……っ」
勇者「やめろ……!!」
体中が痛む。それでも立ち上がる。
そんなこと、絶対にさせやしない…!
勇者「やめろ、魔王おぉ――っ!!」
踊り子「勇者ぁ――っ!!」
踊り子の体を拘束していた鎖が弾け飛んだ。
踊り子はすぐさま勇者に駆け寄る。
勇者(踊り子…っ!!)
今の勇者を動かしているのは、踊り子への気持ちだった。
その踊り子が両手を広げ、こちらへ駆け寄ってくる。
勇者(踊り子、俺は…――っ)
踊り子「勇者ぁ…っ!!」
そして、2人の距離が数センチという所にまで来た時…
バキィ
勇者「――っ」
勇者の顔面を衝撃が襲った。
その衝撃で、勇者はその場に大の字に倒れた。
だが、勇者を襲った衝撃は物理的なものよりもむしろ――…
勇者「なん……で……」
踊り子「フ、フフ……」
勇者を見下ろして、見たことないような笑いを浮かべる踊り子に対しての方が大きかった。
踊り子「フフ…あはは、あははははははっ!!」
勇者(…――?)
罠だ。これは罠だ。
踊り子に扮した魔物が、俺を騙し討ちしたに違いない――
そうだよな、踊り子…――?
魔王「ハハハ…面白いものを見せてもらったぞ!! なぁ、踊り子?」
踊り子「はい
コメント一覧
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- 2016年03月08日 20:57
- 上げて落とすの連続じゃなくて良かった
-
- 2016年03月08日 21:48
- 面白かった。ピアスの描写のお陰で心変わりが自然で良かった
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- 2016年03月08日 22:22
- これは良いクオリティ
邪神のキャラも良かったぞ それを裏切る勇者がちゃんと自覚してるのも良い
-
- 2016年03月08日 22:31
- これはいいね
読みごたえもあって読みやすいし
-
- 2016年03月08日 23:29
- いいなあこれ。勇者が勇者でなくてどこまでも人間くさいところが本当によかった。
いいssを読ませていただきました
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