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晩年、統合失調症を患いながらも、それでも猫を描き続けたイギリスの画家、ルイス・ウェイン( 1860年 - 1939年、享年78歳)はインターネットを介して広く知られるようになった。
かつて海外では、猫好きたちは少々変わり者であると思われていたが、それを象徴するのがルイス・ウェインなのだろう。生前のウェインは穏やかとは言えない人生を送った。晩年は精神病棟施設の中で暮らしながらも、猫を描き続けたのだ。
彼の作品は、”フェイマス・シリーズ”と呼ばれ、悪化する症状の各段階を図示したものとして紹介されたが、真実はもう少し込み入っている。
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初期のルイス・ウェイン
1860年、ロンドンで生まれたウェインは、ウェスト・ロンドン美術学校を卒業し、短期間教師として働いた後、フリーのイラストレーターとなった。1884年、エミリー・リチャードソンと結婚するが、彼女は3年後ガンで亡くなっている。夫妻は白黒の毛並みをしたピーターという猫を飼っており、しばしば絵のモデルとなった。
やがて猫は彼のキャリアを形成する。よく引用されるウェインの写真には、よく目立つ鼻と整った立派なヒゲを生やしたウェインの姿と、机の上の猫が写っている。
写真の彼は片方の手を真っ白な紙の上に置き、もう片方はそばにいる柔らかそうな猫へ伸ばしている。その背後の壁の模様は、後年彼の作品に登場するパターンと似ていなくもない。
当初ウェインが描く猫は、地味で写実的なものだったが、やがて後ろ足で立ちながら笑顔を浮かべ、洋服を着こなし、クリスマスを祝ったり、ゴルフに興じたりする生き物へと変貌する。
それらは可愛らしいが、どことなく不吉さも感じられる。睨みつけるもの、ウィンクをするもの、舌をだらしなく垂らすもの、あるいはいたずらをするものなど様々だ。
ウェインの作品は高い人気を博し、何冊もの子供向けの本を手がけたり、ニューヨークに住んでいた時期には新聞の漫画を描いたりもした。SF作家として有名なH. G. ウェルズも彼のファンであった。
ウェインの猫への関心は純粋に芸術の対象としてのみ抱いたものではなかった。彼はロンドンのナショナル・キャットクラブの長となり、同クラブの猫ショーも監修していた。
精神の病が悪化してから晩年
しかし1900年代になると、ウェインの精神の病が悪化し始める。奇行が目立ち、ときおり暴力を振るうこともあった。1924年、精神病と診断され、ロンドン市内のスプリングフィールド精神病院に入院する。以降、1939年に亡くなるまで、3つの施設を転々とした。
ウェインは死ぬまで創作を続けており、その作品は死後に公開された。とはいえ、一世を風靡した猫のアーティストは表舞台から姿を消し、彼が死んだ年、第二次世界大戦が始まる。だが彼のストーリーはこれで終わりではない。寓話の中の猫のように、わずかな作品が意外にもその後も生き残った。
ウェインの死後、精神科医による仮説が定説に
ウェインの死後、作品が再び陽の目を浴びたのは、それから直ぐの1939年のことだ。ウォルター・マックレイがガラクタ店でウェインの作品8点を発見する。後に”フェイマス・シリーズ”として知られるようになるものだ。
最初の2点はかなり写実的で、大きな目と、毛並みが柔らかそうな顔をしたディズニー風の猫が描かれる。3点目の猫も猫と分かるが、周囲に放たれる虹のような輪が描かれる。だが、それ以降の5点は、鮮やかな色彩で彩られた形状とフラクタル図形で構成されたカオスへと変貌している。まるで万華鏡を覗き込んだかのようだ。
マックレイはロンドン在住の精神科医で、患者が作った作品を愛好していた(シュルレアリストから募ったボランティアを対象に幻覚剤による実験も行った)。同僚のエリック・グットマンと共同で、サイケデリックアートでなるグットマン=マックレイ・コレクション(現在は王立ベスレム病院の博物館が収蔵)を蒐集した。
マックレイは患者の作品はその心を覗き込める窓だと考えており、ウェインの作品も額に収められ、「1人の芸術家の病の進行が絵に現れたもの」として展示された。
数十年もの間、マックレイ説は定説となり、1950年には『サイケデリックアート』という著名な書籍にも掲載されている。
1966年のニューヨーク・タイムズ紙では、「病気の進行 ー 中年期に統合失調症を患ったロンドンのイラストレーター、ルイス・ウェイン作絵画のフェイマス・シリーズが芸術家の知的衰退を映し出す」という見出しの特集が組まれた。また学校の授業でも精神疾患による心の変化を示す例としてよく使用された。
定説に疑問を持つ人物の調査が始まる
そんな中、イングランドのとある店でウェインの物語に新たな展開が訪れる。
家族とともにケンブリッジに住んでいた作家のロドニー・デールが、地元のギャラリーでウェインのイラストを購入したのだ。作品に魅了されたデールは、画家について情報を求めるも、そこではほとんど得ることができなかった。
「強い印象を受けたそもそもは、彼が多くの素晴らしい作品を残しているのに、彼の存在自体は完全に忘れ去られていたからでした。精神病であるということ以外すべて」とデール。
彼は調査を始め、新聞にウェインの情報を求める広告を出した。数百通もの手紙を読み、これはと思った場所を訪ね、隠された作品を調べた。その成果は、1968年に出版された『ルイス・ウェイン:猫を描いた男(Louis Wain: The Man Who Drewn Cats)』の中にまとめられた。
ウェインの8枚の絵が時系列で描かれた証拠はなし
この本はウェイン作品への関心を高めたとともに、それまでの通説に対しても疑問を投げかけることになった。デールによれば、8点の作品の画風と画材は様々で、マックレイが想定した時系列を示す証拠は一切ない。
「事実、”フェイマス・シリーズ”の8点の絵、それぞれの唯一のつながりは、それがルイス・ウェイン作であること、どれも同じサイズであるということ、そして1つの額に収められているということだけです」
作風が変化した真の理由は?
では、心の病以外に作風の変化を説明できるのだろうか? デールは、具象的な絵画から抽象的な猫の変化は、家業であった織物作りからインスピレーションを受けたのではないかと推論している。
つい最近では、定説とは違った見解がますます支持されるようになっている。2012年、精神科医のデビッド・オフリンはウェイン展開催にあたって、「作品は2人によるもの」とコメントを寄せた。すなわち絵画を描いた画家と、それを集め、新しい意味を与えた医師との合作だというのだ。
これらの作品は、絵を描き、創作能力を失いつつある人物によるものとは到底思えない、とオフリンは指摘している。
人気の高まりとともに、ウェインに下された統合失調症という診断でさえ再調査されるようになった。ウェイン自身は、自分が認知症であると信じ込んでいた。
2002年の研究では、ウェインはアスペルガー症候群であるとしている。
もちろん本当に統合失調症であったかもしれない。飼っていた猫の寄生虫の影響や、(猫の糞の中に潜むトキソプラズマと統合失調症に関連性があるとする論文が発表されているが、因果関係はまだ認められておらず、可能性の段階である)や、家族に精神の病を持つものがいたとされていることから、感染や遺伝の可能性があるからだ。
最近では、ウェインの作品はコレクターズアイテムにまでなった。オークションのアンティークス・ロードショーでは”ウェイナリー”が設立され、有名なウェインのディーラーであるロンドンのクリス・ビートルズ・ギャラリーでは毎年、彼の作品を扱ったサマー・キャット・ショー展が開催される。
だが、その人気振りを最もよく示すものは、マーケットに溢れる大量の贋作だろう。今では数千の贋作が存在するとされ、2008年には贋作の疑いが浮上したことからボナムズが『未来派猫(Futurist Cats)』から手を引いた。
この贋作は、新作がオークションでおよそ100万円で落札されてから広まった。今、ファンたちは8点の絵画の奇妙なエピソードではなく、風変わりな画風に注目している。
なお、画家の内面について知ることができるのは、死後に世に出た作品だけではない。
「ある猫が飼い主以外の誰にも会わず、穏やかな人生を送ると、飼い主の最も印象的な特徴を見せる」と、ウェインは猫ショーの監修で学んだことに触れてキャッセルズ・マガジンの1889年11月号で答えている。
「また別の猫は、やはり飼い主に似て、強い警戒心を持つようになるかもしれないが、4匹目の戦わざるをえなかった猫は、何に対しても喧嘩を仕掛け、5匹目の国内をうろつくことを許された猫は、淡い黄色を逆立て、人目を避けてベッドの下に隠れ、何人たりとも動かすことができない」
ウェインの猫たちに、彼が何を考えていたのか聞くことができればいいのだがそれも叶わない。多くの謎と都市伝説をまき散らしながら、ネット上では今日もどこかで、「精神病の病状と共に作風が変化した絵」としてウェインの猫の絵が閲覧されていることだろう。
via:atlasobscura・translated hiroching / edited by parumo
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コメント
1. 匿名処理班
後期の作品も素晴らしいセンスで好きです
2. 匿名処理班
自分も何も考えず鵜呑みにしてたので恥ずかしい
「ショッキングなバックストーリーほどそうであったほうが面白い」
と人は受け入れてしまうんだろうね
精神病への理解もなかなか進まないよなあ
3. 匿名処理班
病んだから作風が変わったのとは違うと思うけどな。
それで言うならピカソの作風だってキュビズム以降は頭の病気が疑われてしまう。
4. 匿名処理班
猫を愛でるとき猫もまたこちらを覗いていないのだ
5. 匿名処理班
何の動物? たぬき え? の画像思い出した
6. 匿名処理班
いやーネットって恐ろしいですね
今まで何度もこの絵見てきたけど、正しい解説は一度も見なかったし、自分で疑問に思うことすら無かったよ
7.
8. 匿名処理班
何の絵かいわれないで最後の絵だけを見ると、シーサーかと思ってしまう
自分が沖縄生まれだからかな
9. 匿名処理班
初めて作品拝見したが、初期?の擬人化してる猫の表情生々しくていいね。
10. 匿名処理班
病気云々の話と一緒に見てたからゾッとする絵だとか思ってたけど、
何も知らずに見てたら「色んな作風に挑戦したんだなあ」くらいの認識だったんかな
11. 匿名処理班
幾何学の集合の絵はヴォイニッチ手稿に通ずる世界があって惹かれる
12. 匿名処理班
※3
キュビズムはちゃんとした表現法だが、しかも発案者はブラックと言う画家
ピカソは天才すぎて通常の表現法に飽きて色々試していただけ
最終的には絵の本質の古典主義から子供の落書きに原点回帰していくだけ
あれをこれと比べたらダメだろ
13. 匿名処理班
精神疾患が原因じゃないとしても
時代感覚があってない気がする。
戦前に死去してる人なんですよね…
サイケに慣れてる現代の人の目から見ればそこまで奇異ではないですが、当時の人からしたら頭が狂ってると思われてもおかしくない。
今の人の常識と昔の人の常識は違いますからね。
14. 匿名処理班
ネコからミミズクになってる感じだけど、初期も後期も緻密で
凄く丁寧な作品には変わりないな
15. 匿名処理班
この一連の作品群はネット等で良く紹介されているけど、私は…
「もし作者にとってネコがこの様に見えるなら、自分の描いた作品も歪んで見えるだろうから、結局に作者は自分の見た世界を正確に表現する事は不可能なのではないか?」
…という疑問は常々持っていた。
そりゃ、そうだろうと思う。
「立体物は歪んで見えるけど、平面物はきちんと見える」
なんて状況でもないと、そうはならないだろうから、前提が何か変だとは思っていた。
(もしかすると、↑ の状況も有るのかも知れないけど)
16. 匿名処理班
猫のトキソプラズマって…
三人いるうちの一人の妹が早くから同じ精神疾患だったそうだし猫よりストレスと遺伝だろうね
最初に入った一般階級の病院は酷いところで知人が尽力していい精神病院に入れてくれ、そこで穏やかな余生を送れたそうだよ
精神病んだ芸術家が作品描けるまで回復するのは実は少ないからね
17. 匿名処理班
>これらの作品は、絵を描き、創作能力を失いつつある人物によるものとは到底思えない、とオフリンは指摘している。
これは見た当初から思ったよ、アルツハイマー病のケースで紹介されるような崩れた絵とかとは明らかに違って
かなりの精度で整ってるし描画表現がどれも安定してるからね。
むしろこれは筆休めで、猫の容姿を装飾柄に変化させる描画実験でもしてたんじゃないか・・・とか思った
(紹介されている最初の2点のうち右側の背景は既に柄になってるから余計に)
18. 匿名処理班
恥ずかしい、情報を鵜呑みにして、ひとりの画家のすべてをわかったような気になっていた。
もちろん、この情報もまた誤りかもしれない。
しかし、いかにも真偽不明な姿をしたような情報に比べ、意図もわからず、「ネットによって良心的な人がシェアするかもしれない」ような顔をした情報の真贋を見極めるのは、何と難しいことか。
昔も今も、実地の勉強に勝るものはないんだな。
19. 匿名処理班
猫の糞の中に潜む寄生虫と統合失調症の関連の指摘って
そっちが気になるんだけど。
20. 匿名処理班
精神を病むと、美意識自体が変わっていくんだよ。
だから病気のせいで、サイケデリックな絵しかかけなくなったんじゃなくて、
死に際のウェインさんにはあれが一番美しく感じただけなんだと思う。
精神を病んだ人はもう人間じゃない、みたいな見方は嫌いだ。
多くの精神疾患保持者は、人間以上に、人間らしい葛藤に苦しむ。
21. 匿名処理班
この作品からは底なしの魅力を感じる
22. 匿名処理班
鑑賞する側の問題として、抽象的になった後の作品を「彼には猫がこう見えていて、彼にとっては写実である。」という思い込みがある。誰だって疲れた時は破壊的な気持ちになるのだから、彼なりに描き分けていたと考えるのが自然だ。
23. 匿名処理班
60年代、有名ミュージシャン達のプレイをサイケデリックと呼び、
それの画像そのものだなw
因みに彼らはアレにどっぷりはまってた時代
24. 匿名処理班
ロールシャッハ にゃんご
25. 匿名処理班
死ぬ、その時までずっと絵を描き続けたって凄い。病気になっても描き続ける、なんだろ、うまく言えないんだけど、画家って素晴らしい
26. 匿名処理班
先入観のせいか、どの絵も正直気味悪さを感じる。
作者に関する予備知識無しでこの絵を見るとどういう印象を受けるんだろうか。
27. 匿名処理班
ああ、やっぱり。
どうしてこの絵が描かれた時系列が分かるんだろうってずっと思ってた。
今でも「TVでやってること」「権威のある人が言ったこと」「みんが事実だと言ってること」等を信じて疑わない人というのが常に一定数いるし、人間は何も変わっていないんだろうね。
28. 匿名処理班
米3も言ってるけどピカソみたく写実の果てなのかもね。後期はバリ島のランダだかバロンだかみたい
作家はどのみち同じものを描きつづけても引き出し不足の謗りを受けるから変化していくしかないよね
29. 匿名処理班
後期の絵になるとどうも不安感というか恐怖感が感じるなあ
30. 匿名処理班
一度だけ見たけれどあまりに吸い込まれそうで怖い絵だった。
他の人にはどう見えるのか気になって記事飛ばして※欄まで飛んできた。
緻密、綺麗か…
もう一度見たい。でも勇気が出ない。
31. 匿名処理班
なるほどだけどさ
中立な言い方をすれば、精神病はアウトプットから判断するもので、ウェインの作品は紛れもなくアウトプットなわけよ
彼が異常だったかどうかはアウトプットが異常かどうかという問題でしかない
そんな話を想起させるな
32. 匿名処理班
最後の絵はウェインさんの感じた猫の生命の波動というか本質というかそういった深い意味づけを考えたくなりますよね