塩見周子は速水奏とデートがしたい
「奏。帰りにデートしよ」
「良いわね」
私が誘うと、奏はいつだって二つ返事で乗ってくれる。
あんまり乗ってくれるもんだから、あたしもちょっとは心配した事があった。
「他の予定とか大丈夫なん?」
「他でもない周子との予定だもの。どうしても優先しちゃ、いけない?」
そうするとこんな調子だ。
あたしとしては首を横に振る他に無い。
「奏」
「なに?」
「好き」
「あら、ありがとう。実は私もなのよ、周子」
こーゆーのって何て言うんだっけ?
すげなく? 甲斐なく? 袖なく?
「奏。帰りにデートしよ」
「良いわね」
いつものように誘えば、奏はいつものように二つ返事。
「おっ、いいなぁ。オレも混ぜてくんない?」
「御免なさい、これ以上は振る袖が無くなっちゃうから」
「袖にされちまったよ、参ったねどうも」
いつものように奏にフられるPさん。
その表情はいつものような三枚目。
「今日はドコ行く?」
「駅前にドーナッツ屋さんが出来たらしいの。どう?」
「いいねー。最近甘いのに飢えてたトコだし」
「八ツ橋じゃ足りない?」
「もっともーっと甘いのが欲しくてさ」
そしてあたしはいつものように、両手を上着のポッケに突っ込んだ。
"塩見周子は速水奏とデートがしたい"
「――あ、あのっ、周子さんに奏さんですよねっ!?」
「ええ」
「ほ、本物ですか!」
「本物。顔、引っ張ってみる? 周子の」
「ちょいと」
「わっ! ちょっとみんなやっぱ二人ともマジで――」
シンデレラガールになったからといって、毎日ががらりと模様を変える訳ではなかった。
お仕事が忙しくなって、街中で向けられる視線が増えたくらい。
空を飛べるようになったのでもなければ、ましてや魔法を唱えられるようになったのでもない。
いや、二つともまだ本気で試しちゃいないけれども、それでもだ。
「握手してくれませんかっ」
「ほい」
「! す、凄い。ホントに周子ちゃんだ……! 生きてる……!」
「生きてるよ」
奏もいつぞやのライブ以来ぐっと注目を浴びるようになった。
奏が有名になるのは嬉しい。
奏が有名になるのは面白くない。
そんな、口に出したら絶交モノだろう感情をあたしは抱えてしまっていた。
嬉しいのも確か。でも、何だか少しだけ面白くないのも確かだった。
あたしはこの感情の正体を知っている。
けどそれを名付ける資格なんて、私は持っていない。
「あ、あのですねっ!? お、願いがあるんですけ、ど!」
「はいはい、何かしら?」
「きっ……わた、しにっ、キスしてください!」
奏はモテる。……そりゃもうモテる。
女の子はキャアキャア。男の子はデレデレ。
それが奏を前にした反応。
ファンからのこういうお願いもしょっちゅうだ。
しょっちゅうだから、別に面白くなくなくなくなく……。
自分がどんな表情をしているのか一瞬把握出来なくなって、あたしは慌てて頭を振った。
シンデレラガールがこんな体たらくでは、いけない。
「目」
「へっ」
「閉じて」
「…………は、はいっ!」
目を痛めそうな位に固く閉じた金髪の娘に、奏が柔らかく微笑んだ。
あ。あの娘今のは見れなかったのか、勿体ない。
お友達がキャアキャア肩を叩き合う中、奏は――おでこにそっとキスをした。
「……っ!」
「はい。キス、したわよ」
「…………あ、ありがとうごひゃっ……ざいました」
顔を真っ赤にして、金髪の娘がお友達の輪の中へ飛び込んでいく。
それを見て奏はまた笑顔を浮かべた。
「キャラメルクリーム」
「……へっ?」
「新発売だって。私はこれとポンデリングにするけど、周子は?」
「……ああ、ドーナツの話ね」
「それ以外何があるのよ」
「別に」
首を傾げてあたしの顔を覗き込もうとする奏から目を逸らす。
メニューに並んだ美味しそうなドーナツ。
何故だか今は、そのどれも甘さが足りないような気がして。
「キャラメルクリームとホットコーヒーで」
コーヒーなんてどれくらいぶりに飲むだろう。
レジ脇のスティックシュガーを取ろうかどうか一瞬だけ迷って、結局手はポケットに突っ込んだままだった。
「周子。ひょっとして怒ってる?」
ドーナツ屋を出ると、奏が眉根を寄せて問い掛けてきた。
あたしは何て答えたらいいのか分からなくて、つい否定の言葉を並べてしまう。
「怒ってないよ」
「さっきのキス?」
きっと奏にとって、あたしの心なんてのは手頃な獲物みたいなものなんだろう。
「……」
「ただのファンサービスよ」
「知ってる」
「……ごめんね?」
頬に柔らかい感触。
一口大の熱さは瞬きの間に消えてしまった。
「……あたしも、ごめん」
「じゃあ、仲直りね」
「うん」
「周子」
「ん」
「あなた現金ね」
「うっさい」
デートの最後は、いつも通りのキス。
消えた感触を追い掛けるように、奏の後ろでそっと頬を撫でた。
いつも通りが、いつもより嬉しくなかった。
「仕事は完璧」
頭の上に何かが載せられる。
前髪を滑り落ちてあたしの手に収まったのは、あっつあつの缶ココアだった。
プルタブを開けようとして、あまりの熱さに思わず手を引っ込める。
「ココアはやっぱり明治、ってな」
「それには同感かな」
「ピンナップ、よく撮れてるぞ。後で見てみ」
「そりゃどーも」
「どうしたシューコ。スチール缶みてぇなツラしやがって」
「いいね、ヘコみにくそうで」
「周子」
ようやく開いた缶へ口を付ける。
ココアの熱さで唇がやけどしてしまいそうだった。
「オレぁ普段はこんなんだけどよ」
「こんなんだねぇ」
「お前らには人生楽しんでほしいって願ってんだ。シューコだけじゃなくな」
「そりゃどーも」
「周子。アイドルってのは仕事だけを指してる訳じゃねぇんだ」
缶をヘコませようとしてから、そういえばスチール缶だったと気付いた。
「やりたい事やってアイドルを、人生を楽しめよ、シューコ。オレみてぇにな」
「確かにPさんくらい楽しそうな奴は中々いないね」
「だろ?」
Pさんもプルタブを開けてココアに口を付けた。
腰に手を当てて、350mlのホットココアを一息に飲み干す。
「あー、今日も元気だココアが旨い」
「それじゃーあたしも元気だね」
「ああ、だいぶマシな表情になったぞ。アルミ缶みてぇだ」
「Pさん」
「おう」
「叙々苑ってトコ、行ってみたいな」
「……」
「楽しみたいなー、人生」
「……そうだな…………楽しむか」
Pさんはヘコんだスチール缶みたいな顔をしていた。
「……」
「……」
休日。
二人とも昨日までのお仕事で疲れ切っていて出掛ける元気が無かった。
気持ちの良い快晴だけど、こんな日に部屋に引き籠もるのもある意味贅沢かも。
手元の雑誌はもう開いているだけ。
あたしの目は加蓮から借りたマニキュアを試す奏の指に吸い込まれていた。
「……出来た。どう?」
「あんまし奏っぽくないね」
「そう?」
「似合ってない訳じゃないよ。ただ、新しい一面って言うか」
こうして会話している間も、あたしはタイミングを伺っていた。
時たま思い出したように話し掛けては、切り出すきっかけを掴もうともがいている。
今回もまた、会話は途切れてしまった。
「……」
「……」
「ねぇ、周子」
マニキュアの蓋を閉めて、奏が再び話を振ってきた。
「唇は、何の為?」
閉じる為にある訳じゃないのは、あたしだって分かってる。
後は、咲かせる為の勇気があたしにあるかどうか、それだけ。
「……奏」
「うん」
「……」
「……」
名前を呼んで、ただそれだけで息が詰まりそうだった。
頭からお腹から、どこもかしこもおかしくなったみたいに身体が熱くなる。
熱に任せて喋れたら、どれだけ楽だったろう。
「あ、のね」
「ええ」
「その、いつもデート……してるじゃん」
「そうね。とっても楽しいわ」
「だけど、あの、あたしはさ」
「うん」
唇は。
「あたしは、奏と――デートがしたい」
散々頭を悩ませて絞り出した言葉は、よほど頭を疑われそうなアレだった。
なに、デートがしたいって。まんまやんか。
けれどすぐに言い繕うだけの気力が残っていなくて、あたしの唇はパクパクともがくだけ。
「……周子」
「あその、いや、今のは間違いで、いや間違いじゃないんやけど」
大急ぎで用意した笑顔を填め込んで、ずっと俯いたままだった視線を上げる。
さて奏はどんな呆れた表情を浮か
「…………ありがとう」
今まで見たどんな奏よりも、ずっとずっと綺麗だった。
頬をほんの少しだけ染めて、真っ直ぐにあたしへ微笑み掛けてくれて。
詰まり掛けていた息が、完全に止まってしまった。
「私も周子と、デートがしたいわ」
おかしい。
一週間ってのは、あたしの計算によると168時間もある筈なのだ。
――次の週末に、駅前で。
奏のそ
コメント一覧
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- 2016年03月20日 22:49
- ...こういうのを尊いと言うのだろうか?
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- 2016年03月20日 22:54
- しゅーかな尊い…
こういう百合薄い本増えろ(真顔)
-
- 2016年03月20日 23:01
- ああああああ(脱糞
まじ神
-
- 2016年03月20日 23:33
- 素晴らしい・・・
なんていうか・・・こう・・・素晴らしい(語彙不足
-
- 2016年03月20日 23:35
- 一方そのころ他のLiPPSメンバーは
-
- 2016年03月20日 23:35
- 奏…奏のこと好き…!!
を思い出す
-
- 2016年03月20日 23:42
- 次は奈緒加蓮でよろしく
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