【艦これ】Z3「壁の上でダンスを」
1990年の熱い夏。
深夜、私は鎮守府の執務室にてワープロの電源をいれた。
ワープロは最新式である。景気が無駄にいいせいで現場にも金が降り、めでたく新調することができた。
立ち上がったのを確認すると、フロッピーディスクを挿入する。
「さて、今夜中に仕上げないと…… 終わるかな?」
立ち上がった画面に映る文章は上層部に提出する書類であり、去年一年間の海外滞在について報告するものだ。
今週中に出さなければいけないのだが、まだ初めの一行すら書いていない。
私は書き出しについてすこし考えた後、吸いさしの煙草を灰皿におしつけ、キーボードをたたき始めた。
『1989年 9月28日。私は一人の少女を探して東ドイツにやってきた』
これは、あるひとりの少女とひとつの国の物語である
慣れないドイツ語に戸惑いながらもバスに乗り込み、指定された広場まで行く。
「だれなんだ…… 栗色の髪の小柄な女の子、だよなあ」
私はそこで一枚のカラー写真を頼りにある人物を探していた。
カラー写真といっても、それは記念写真のようなきちんとしたものではない。
写っているのは街を歩く少女の後ろ姿だ。ベルリンならではの美麗な街並みも相まって、
一見今どきの雑誌のスナップ写真のようにも見えるが、これが盗撮写真だというのだから穏やかではない。
東洋人が珍しいのだろう。広場の中央付近できょろきょろとしていると、遠巻きに人々がこちらを見てくるのがわかる。
「ねえ、あなた。もしかして私を探していたの?」
目的の人物は向こうから話しかけてきてくれた。
「そうよ」彼女は目深にかぶった帽子を手で持ち上げ、私の顔をじっと見つめた。「あなたが日本の提督さん?」
提督「そうだよ。君が今回手紙をくれた……アンナさん、でいいのかな」
「そうよ。それは偽名だけど……」
提督「わかってるよ」
彼女は確かに写真と同じ髪の色をしていた。しかし服装は写真と全く違い、大きめのコートを着込みこれまた大きめの帽子をかぶっている。
まるで誰かからの追跡を逃れようとしているようだった。そじて、実際彼女は追跡されているといっていい状況にあった。
彼女の正体は「Z3(マックス・シュルツ)」。第二次大戦で活躍した駆逐艦の名前を持つ彼女は、つまるとこ艦娘だった。
Z3「手紙は読んでくれたかしら?」
提督「もちろん。私のみならず、大本営のお偉いさんたちはみんな読んださ」
事の発端は去年の10月にさかのぼる。
大本営あてにある一通の交際郵便が届いた。その内容は「東ドイツから日本へ亡命したい」というものだった。
当時ドイツは東西に分裂しており、そのうちの東ドイツは共産主義陣営。そして、知っての通り日本は資本主義陣営だった。
深海棲艦によって海が侵されようが、相も変わらず東西はいがみ合っていたわけである。
話が脱線した。ともかく、彼女は日本への亡命を申し出て、戦力がのどから手が出るほどほしい日本、特に大本営が亡命作戦のために私を派遣したのだった。
提督「それで、シュタージに狙われているっていうのは……」
Z3「シッ、声が大きい」
提督「あ、ごめん…… 本当なのかい?」
Z3「そうよ。私は国家にとっては機密であり戦力。条件付きで日常生活をおくれていたからといって監視がないわけがないわ」
提督「……その通りだね」
1986年の時点で5000人ほどのエージェントと国民の一割に及ぶ密告者を持っていた、ナチスのゲシュタポ、ソ連のKGBをもしのぐ規模の組織だった。
その勢いは近年、東ドイツの衰退とともに衰えているといわれるが、それでも恐ろしい組織だということには間違いないだろう。
Z3「ええ。……気づいたかしら。私の背後に居る茶色の背広の男……」
提督「ああ、あの煙草をふかしている?」
Z3「シュタージよ」
提督「 ! 」
私は反射的に懐に手を突っ込んだ。そして拳銃の一艇も持ってない事に気付く。海外にいるのだから当たり前だった。
マックスはその様子を見て小声で私に話しかける。
Z3「心配しないで。彼は手出しをしてこないわ。ただ見張るだけ」
提督「そうなのか……」
Z3「ただ、やっかいね。これからの行動についてこられたら……」
提督「亡命計画が筒抜けというわけだね」
Z3「そうね。どうにかしないと」
私は今浮かんだ考えを頭の中で整理しながら、コーヒーを飲みほした。
男はシュタージのエージェントだった。それも政府要職などの重要人物を監視するための。妻子はいない。
しかし男は不満だった。なぜ自分のような人間が亡命を企てるいち小娘を監視せねばならないのか。
だから男は油断していた。
男は喫茶店から出ていく二人組のあとをドイツ人的慎重さを持って尾行していた。少女のほうはまだしも、東洋人は隙だらけに見える。
今回小娘が接触したあの東洋人が亡命を手引きするという話だったが、それすらも怪しいレベルだ。
観光客同然である。
(ああ、路地なんて入っちゃって。これじゃあ暴漢に襲われても文句の一つも言えないぞ。なにせ隠れるところが多いんだから……)
男は油断していた。目の前の二人組がいつのまにか少女一人になっていることに気付かないほどに。
男は気を失った。背後から蹴りを受け、石壁に頭を打ったからだった。
提督「ふう、ふう…… なんとかうまくいったね」
Z3「まさか本当にやるとはね…… よくやったわね」
提督「ははは、海軍軍人を舐めないでほしいね…… 死んでないかな?」
Z3「たぶん大丈夫ね。気を失っているだけ」
提督「じゃあ……このシュタージの手帳と、拳銃と……その他もろもろ拝借しましょうか」
ふたりは隠れることができる角が多い路地を利用して、背後からエージェントの男を襲ったのだった。
はたせるかな、その試みはうまくいったのだった。
Z3「この人、どうしようかしら」
提督「あ、丁度あそこに貨物列車が通ってる踏切があるよ」
二人は艦娘ならではの馬力と海軍軍人の鍛えられた(?)体をもってして人気のない踏切までエージェントの男を運ぶと、
低速で通過する貨物列車の扉を開いて外からカギをかけてしまった。
提督「さようなら~っと。 あの列車どこまでいくのかな?」
Z3「さあ。ドレスデンあたりじゃないかしら」
Z3「いいえ、まだやり残したことがあるわ。まだその時ではない……」
結局亡命日は引き伸ばされることになり、宿を確保する必要が出てきた。
そこで、ふたりがその晩向かったのはとある売春宿だった。
なぜ売春宿なのか。それは、売春宿のおかみや住民は、金さえ握らせれば口が堅くなる人々だったからだ。
要件を伝えると売春婦は嫌な顔をしたが、10マルクで静かになった。
そして、きつく安い香水のにおいに包まれて眠りについたのだった。
私は黙ってそれの従うこととした。
彼女のやり残したこととはなにか。それは彼女の口から語られることとなった。
滞在2日目の夜、二人で近くの安い食堂で遅めの夕食をとっていると、彼女はザワークラフトからふと顔をあげて外の景色を見つめた。
提督「…… どうしたんだい?」
Z3「いえ、昔のことを思い出していたの」
提督「昔のこと?」
Z3「……お母さんの作るザワークラフトは、おいしかったな、と」
マックスはそういうとしばらく黙って、外を眺めていた。
私はその様子を食事の手を止めて見いった。
彼女の横顔は美しかった。
Z3「……私を含む艦娘にも、両親はいるわ」
提督「そうだね。艦の記憶を受け継ぐとはいえ、それ以外は普通の女の子なんだから」
Z3は外に向けていた顔をこちらに戻し、告げた。
Z3「私の両親は、シュタージに殺された」
私は思わず聞き返した。
二人以外誰もいない閑散とした食堂を沈黙がつつむ。
Z3「そう。 10年前、私が7歳のころ、私の両親はシュタージに殺された」
提督「そりゃまたなんで……」
Z3「私の両親は内務省の職員で、なにか重大な機密を西ドイツに持ち出そうとしていたみたい…… そして、殺された」
提督「……」
彼女は鞄から一枚の紙切れを取り出した。それは地図だった。
マックスはある一か所を指でさした。
Z3「東ベルリンのノルマネン通り。ここにシュタージの本部があるわ」
提督「それで?」
Z3「襲撃する。襲撃して、その機密とはなんだったのか、
どうしてお父さんとお母さんはそこまでして殺されなければならなかったのか、突き止める」
わたしは彼女の瞳の奥に強い意志を感じた。
そして、腹をくくることにしたのだった。
1989年10月。
このひとつきのうちに情勢はめまぐるしく変って行っていたが、
そのどれもが東ドイツという国の存続を脅かしていた。
私はこの国はもう数年も持たないな、と思ったし、その意見にマックスも同意していた。
国が亡びる時がシュタージが亡びる時である。
そうなったら目当ての資料たちはアメリカに持ち去られるか、はたまた焼却されてしまうだろう。
時間はいくらも残っていなかった。
10月7日。東ドイツ40周年の華やかな行事が行われ、街はお祭りの雰囲気に包まれている。
しかし、通りをいくらか進むと、政権に反対するデモの人波が広がっていた。
提督「おうおう、すごい人だ。マックス、ここに参加してみるかい?」
Z3「遠慮しておくわ。それより情報を聞き出せた?」
私とマックスは喧噪のなか、町の公衆電話の前に、マックス一家のものだったトラバント(東ドイツの乗用車)で乗り付けて、電話をかけていた。
あのエージェントの男からもらったシュタージの手帳にあった、シュタージ資料部への番号にかけて、資料がどこにあるのか探ろうとしていたのだ。
提督「いいや、だめだ。艦娘に関する書類は最重要機密だとさ。下っ端がおいそれと見れるようなもんじゃないらしい」
Z3「聞き出しせたことはそれだけ?」
コメント一覧
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- 2016年03月30日 22:22
- 冷戦末期とは渋いね。
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- 2016年03月30日 22:39
- オスタルギストではないけれども、なんとも惹かれる良い雰囲気だった。