アイドル、島村卯月。
三月半ば。
都内のある会議室は、いつもよりたくさんの人で埋まっていた。
「本日はお集まりいただきありがとうございます」
私が話し始めると、一斉にフラッシュが焚かれた。
今まで経験したことがないくらいの量で、かなり眩しい。
隣にいるプロデューサーさんと社長は目を開けているのも少し辛いようだ。
「重要な発表があるとお話していましたが……」
知っているのは、プロダクションの上層部と、凛ちゃんと未央ちゃんくらい。
たぶん、すっごく驚かれるんじゃないかな。
だってその内容は――
「私、島村卯月は半年後に行われるドームライブで、結婚を期に引退します」
『アイドル、島村卯月。』
「もう十年の付き合いになるか……」
並べられた料理を前に、黒井社長が呟く。
ここにいるのはCGプロから俺と社長と部長、そして黒井社長。
プロジェクトの全プロダクションが参加した会議が終わった後、CGプロの三人だけは黒井社長に呼ばれて料亭に来ていた。
「おいおい、私はかれこれ三十年以上顔を合わせているだろう?」
「貴様には言っていない」
「冷たいねぇ」
ウチの社長を軽くあしらって、酒を飲み干す。
黒井社長は最初からかなりのペースで飲んでいた。
「この席も渋谷凛の、ニュージェネレーションのプロデューサーと島村卯月のプロデューサーを労うために設けただけだ。勝手についてきただけだろう」
「それはなんというか、まぁ……」
勝手についてきた手前、社長も苦笑しかできない。
大人しく引き下がって静かにしていることにしたようだ。
「アイドルになって、トップになって、幸せを掴んで引退か……女の子の夢そのものだな。島村卯月はトップアイドルで、私のプロジェクトの顔だった。よくここまでのアイドルにしてくれた」
「卯月のおかげですよ。十分な素質はありました」
「島村のプロデューサーは俺じゃなくてこいつです。礼ならこいつに言ってやってください」
部長が珍しく俺を褒めた。
この人もずいぶんペースが速い。
あまり強いほうではないのだが。
「渋谷凛のプロデューサーは島村卯月が苦手か。私と少し似ているな」
黒井社長が心底おかしそうに笑った。
「アイドルは孤高であっても孤独であってはならない。最強であっても無敵であってはならない」
お猪口を眺めながら、黒井社長がポツリと呟いた。
「あれは、まだ私が若かった頃だ……」
「あの時のことかい?」
「ああ、そうだ。私達は同じ会社で競い合っていてね。高木の奴はあるアイドルのプロデューサーをしていた」
大きく息を吐いて、続ける。
「才能はあった。だからこそ、だろうな……」
何かを思い出すように細められた目は少し優しい。
「当時は日高舞の天下だ。どれだけ才能があろうと、どれだけ努力しようと、天の時を得ることはできなかった。運が悪かったとしか言いようがない」
あの時代のことはよく知っている。
今の形のアイドルが一般になった切欠がそこにある。
日高舞の圧倒的な力が世間を動かしたからこそ。
「結局は成功と言えるが十分とは言えない。そこで燻っていた彼女は高木の前から姿を消したよ。夢の先が見つからないと書き残してね」
華やかな時代だった。
それだけに、その影でひっそりと夢破れた者は多かったのだろう。
「最後に彼女が遺した物がある。タイトル無し、名義不明で出されたミニアルバムだ。通称『四部作』と呼ばれている」
「まさか……」
「ウィ。『空』、『花』、『光』、『幸』……アイドルに関わる者にとっては伝説だろう。彼女の残したメモに従ってあの形での発売となった」
「二人しかいないソロSランク。しかもたったひとつのアルバムの売り上げのみで達成した……」
「皮肉なものだろう?」
一度だけ、歌声だけは生で聴いたことがある。
あれほどの実力を持ちながら全てが謎のままとなっていたが……
「それと同時に日高舞も引退した。アイドルがつまらなくなったと言って。そこで私も会社を辞めた」
声には自嘲の響きがある。
「二人の才あるアイドルを失ったのだ。片方は同調を求めた結果、片方は孤独に陥った結果、な。他人の失敗だが、私も反省したよ」
また一杯、酒を飲み干す。
「それ以来、高木は団結を、私は孤高を目指すようになった。だからと言って、仲の悪さは変わらなかったがな」
黒井社長が次を注ごうとしたが、もう残っていなかったようだ。
「おい、そっちのを寄越せ」
「それくらいにしておいたらどうだ?」
「ここは私の奢りだ」
「やれやれ、わかったよ」
社長が抱えていた瓶を差し出した。
「『PROJECT CINDERELLA GIRLS』は、私の夢だ。夢と叶える力があれば誰でもシンデレラになれるステージ。全員が真にライバルとして競い合う……その中で、私のアイドルを王者にすることが」
一人話す声に熱がこもる。
「私の望み通り、ありすちゃん、アーニャちゃん、楓ちゃんの、『プロジェクトフェアリー』の頃から常に強敵として在り続けた。そのことに、礼を言おう」
黒井社長が頭を下げた。
「だからこそだ。この十周年は、ドームライブはこれまでの総決算とする。プロジェクトに関った全アイドルを出演させ……ここで、伝説を創り上げる!」
掴んでいたお猪口を机に叩きつけ、続ける。
「我々も、アイドルも、ファンも、この十年でなにを成し遂げてきたのかはっきりとわかるだろう。この先も誇りを抱いて進むために、丁度いい機会だ」
「……さっきの会議ではそんなこと言わなかったじゃないか」
「……言えるか、こんなこと。ああ、費用に関しては問題ない。いざとなればセレブな私がポケットマネーで出してやろうではないか」
「長い付き合いだ。だいたい考えていることはわかっていたが……いやはや……」
社長は呆れたように首を振るが、その顔には笑みが浮かんでいた。
しばらくの間、無言で料理をつつく時間が続いた。
視線すら合わせなかったが、不思議と居心地は悪くなかった。
「成功は約束されている。あとは、どこまで成果を上げられるかだ」
黒井社長が噛み締めるように呟いた。
「貴様等にも、馬車馬の如く働いてもらうぞ?」
……………
………
…
右手人差し指を立てて上に。
間奏分ステップを踏んだ後、左手を腰に、右手人差し指を頬に。
「ふぅ……」
これで今日の自主レッスン分、一通りの振り返りはできた。
ベンチに座ってタオルとペットボトルを手に取る。
午後の遅い時間から始めたせいか、公園は夕焼けで赤く染まっている。
八月ともなれば、日没は遅い。
どうやら、少し夢中になりすぎたようだ。
「それでも、最後に悔いのないように頑張らないと」
私自身の引退ライブといえるものは先月に終わっている。
私のソロ曲と、凛ちゃん、未央ちゃんと一緒にニュージェネレーションの曲を歌ったアリーナライブ。
二日間かけて主要な曲はすべてやりきった。
来月のドームライブは合同だから私の歌う曲数は少ないし、みんなとの合同レッスンは楽しいから積極的に参加している。
特に今回は懐かしい人ともたくさん会えるし。
だから、仕上がりに不安はないのだけれど。
こうして自主レッスンをするのは昔からの癖みたいなものだ。
「やっぱりここだったか、島村」
「部長さん?」
顔を上げると、部長さんの姿が見えた。
ニュージェネレーションの、そして凛ちゃんのプロデューサーさん。
私がニュージェネレーションでデビューしたときは、この人に見てもらっていた。
その後、ソロで活動するようになって私と未央ちゃんはそれぞれ別のプロデューサーに付くようになった。
「どうだ? Sランクというものは」
部長さんが隣のベンチに座って訊いてくる。
ベストアルバムの売り上げとライブの実績で、私は三人目となるソロSランクとなっていた。
「特に、変わったことはありませんよ」
Sランクになるには人気があった上で、もう一押しなにかが必要になる。
きっと、昔の伝説のアイドルを基準にしたせいだ。
ユニットならば今まで何組か到達しているが、ソロは引退を懸けてやっと届くくらい、その壁は高い。
あの春香ちゃんですらソロでは獲得したことがないほどに。
単純に、名より実を取る春香ちゃんの方針のせいなのかもしれないけど。
大きい仕事を断って、『突撃!隣の養成所』とかしてたっけ……
「そうだろうな。今更なにが変わるということもないか」
部長さんの声に変化はない。
相性はあまりよくないけれど、十年間一緒に仕事をしてきた。
なんとなくわかるくらいにはお互いのことは知っている。
「それでも、Sランクはひとつのゴールです。私の夢、トップアイドルになる夢を叶えてくれてありがとうございました!」
立ち上がって、部長さんに頭を下げる。
「俺が島村の面倒を見ていたのは最初だけだ。礼なら自分のプロデューサーに言ってやれ」
「それでも、私がデビューできたのも部長さんのおかげですから」
「まったく……」
部長さんは忌々しそうに吐き捨てると、天を仰いだ。
「十年と二ヶ月前だ。あるクソガキの入社試験をした」
「どうしたんですか? いきなり……」
「社長曰くピンと来たそうだ。当時は黒井社長のプロジェクト立ち上げに合わせて会社をつくったばかりで人手不足だった。そこに社長が話を持ってくるなら、少なくとも普通に使える奴だろう。社長の批評眼は信頼できる」
部長さんは私の言葉を無視して続けた。
「実際に面接をしてみてもそうだった。試験はそれだけだが、最後に気紛れで何枚かの写真を見せて選ばせた」
「それって……」
「最もアイドルに相応しい者を選べ……養成所に通っている新ユニットのメンバー候補だ。あの野郎、迷わず一枚の写真を手に取りやがった」
たぶん、プロデューサーさんのことだ。
部長さんは、プロデューサーさんのことになると言葉使いが悪くなる。
「『本当に楽しそうに、幸せそうに笑う子だ』……そう言っていたよ。それで決めた」
この話を聞くのは初めてだ。
部長さんもプロデューサーさんも、一言も言わなかった。
「俺には苦手なタイプのアイドルの選考だ。ならばあいつを、連れてきた社長を信じてみようと思った。だから、感謝するならあいつにしておけ」
「はい! 私を選んでくれて、デビューさせてくれてありがとうございました!」
「……は?」
理解できないものを見たように、部
コメント一覧
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- 2016年04月05日 21:52
- 面白かったとは思うけどちょっと舞台設定が分かりにくかったかな
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- 2016年04月05日 21:54
- デレマスの総選挙って、課金してガチャ回して投票するんだっけ?
それで一位とって嬉しいもんなのか? 普通の人気投票とは違うと思うんだが
まあ喜んでる奴らがいるのならそれでいいんだろうけど
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- 2016年04月05日 21:57
- 1位とることより上位に入ることのが意味がある選挙やぞ
だから声付きになると次回で順位落ちたりする
SSは悪くなかったけど、も少し設定作り込んで長くしても良かった気がする
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- 2016年04月05日 22:19
- 183人がぞろぞろ並んで歌い出すってどういう光景なんだ
全くイメージ出来ないが
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- 2016年04月05日 22:30
- モバマスは人数増やしすぎちゃったからね、100人ぐらいに絞れば全員に声もつけれたかもだけど
その辺りはミリオンはうまくやってるね
SSの方はもう少し舞台設定分かりやすくすべきかなって、勿体無かった
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- 2016年04月05日 22:54
- ※5
というよりもモバマスで試してミリオン本命で展開していく予定だったんだよ、だけどモバマスの方が人気出ちゃったってだけ
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- 2016年04月05日 22:55
- ステージの耐久性がヤヴァイ
イナバ物置協力不可避
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- 2016年04月05日 23:21
- ※2
そこいらへんはAKB商法を採用した運営によってPたちが踊らされているだけ
そして運営自体はCoのごり押しがしたいからガチャブーストだって遠慮なくやるし、だいたいのPもそれに流されてガチャSRになったアイドルに入れまくる。本命が別にいたとしても
ただし、ずっとベスト5に入っている楓さんがいつまでも一位をとれないのは運営にとって都合が悪いので票の数が操作されているとしか思えない
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- 2016年04月05日 23:33
- ちゃんとやってりゃアニメ効果で前回取れてたと思うけどね
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- 2016年04月05日 23:38
- 今回で卯月はシンデレラガールになれるのか否か。頂点でもどんな順位でも卯月が笑顔になれるならなんだってしてやりたいなぁ
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- 2016年04月05日 23:51
- 一度頂点をとらせたいって言っときながらSSでのしまむーは引退するっていうね
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- 2016年04月06日 00:02
- ※10
前回は四代目で卯月(四月)だからテッペンを島村さんに取らせてあげたいと思いそれなりにつぎ込んだが、周子Pがボイス争奪戦でのリベンジを果たすべく努力しとったしな
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