転載元:勇者「やっぱり処女は最高だね」戦士「え?」
関連記事
勇者「やっぱり処女は最高だね」戦士「え?」【前編】【中編】【後編】
・【流出画像】奥菜恵(34)フルヌード&フ●ラ画像の高画質で公開!⇒これが押尾学のリベンジポルノ…
・【gif】突然スカートめくりされたJCの反応wwwwwwwww(※画像あり)
・【※GIFあり※】 地上波でJKが生ケツを披露してしまうという放送事故wwwwwwwwwwww...
・【エ□GIF】騎乗位を連想させる、もの凄い腰振りダンスの動くエ□画像
・【エ□GIF】挿入部分がよく見える騎乗位GIFがエ□抜ける15枚
・【GIF画像】身内のセッ●スに感化されてオナ●ーしちゃう女たちwwwwwwwwww(19枚)
・マ●コもア●ルも同時責め!?GIF画像にしたら想像以上のエ□さだったwww
・男が悶絶するほどの腰使いでいかせてくる騎乗位GIF
・ドジな女の子たちの「痛い」GIFが笑える(25枚)
・彼女にいろんな場所でフ●ラさせた時の話
・【画像あり】加護亜依(28)「こんなオバサンでいいの…?」
・確信犯!?桐谷美玲のポロリ癖に撮影現場の男性スタッフはキツリツもの!?
・【悲報】なーにゃ 逆ライザップ 披露・・・・・・・・・・
・女性器見えそう…。ビーチに「とんでもない水着」を着てる女性がいると話題に
・【画像】 マ ジ か よ ……っ て な る 画 像 gif く だ さ い【65枚】他
第八話 日長石
至る所で悲鳴と笑い声が上がっている。
少女「お父さあああああん!!」
火魔物「あーひゃひゃひゃ!」
女性「助けてぇええええ!!」
火魔物「逃げろ逃げろー!」
魔族は人間を恐怖に陥れ、蹂躙することを何よりの喜びとする。
こいつらは殺戮を楽しんでいやがるんだ。
俺は迷わず剣を抜いた。
魔物の群れのほとんどは雑魚だったが、数体だけ上級魔族がいた。
炎魔族「ほう、私に歯向かうか?」
俺はトパーズに意識を集中し、剣に魔力をまとわせた。
ナハトさんは魔物の相手をしつつ他の上級魔族の相手をしている。
炎魔族「ふははは! ガキが私に敵うわけがない!」
何発か剣戟を繰り出したが、あっさりと戦斧の柄で弾かれてしまった。
戦士「くそっ……こんなことをして何が楽しいんだ!」
炎魔族「何が楽しいか? 愚問だな」
炎魔族「人間の悲鳴。絶望に満ちた瞳。助かるはずもないのに逃げ惑い命乞いをする姿」
炎魔族「それらは我等魔族に最も喜びをもたらすのだ!」
炎魔族「小僧、貴様もたっぷり可愛がってから殺してやろう!」
戦士「こんなところで死んでたまるか!」
体中が燃え滾っているかのように熱い。
戦士「ぅぉおおおおおおお!!」
俺は全力で奴に剣を振り下ろした。
炎魔族「なっ……!」
戦士「ぉぉぁあああああ!!!!」
炎魔族「なんという力だ……!」
魔族の槍の柄にひびが入ったが、もう少しのところで押し退けられてしまった。
戦士「ぐはっ!」
炎魔族「部下達よ…………これは何事だ! 私の部下達が殲滅されている!!」
炎魔族「気が変わった。すぐにでも殺してくれる!!」
魔族は戦斧を振り上げた。
こちらは防御の体勢をとることができない。
死を覚悟した瞬間、誰かに突き飛ばされた。
戦士「――――ナハトさん!?」
勇者「この子は、殺させない」
ナハトさんは俺を庇い、魔族に向かって氷魔術を発動した。
炎魔族「なっ、なんだこの威力は――――」
魔族は氷を覆われ、砕け散った。
勇者「う、くっ……」
戦士「ナハトさん……ナハトさん!」
勇者「…………」
ナハトさんの背中から血が溢れている。
戦士「俺のせいで……ちくしょう!」
彼の上着を脱がし、シャツをたくし上げて傷の状態を見る。
周囲の建物が炎を上げているおかげで明るい。
胸にはサラシが巻かれており、血で染まっている。
右肩から左の脇腹にかけて大きく切れている。出血が酷い。
俺は彼の背に両手をかざし、傷の回復をイメージした。
小さな切り傷くらいなら治せるくらい、俺は魔力を操ることができるようになっていた。
戦士「……」
だがあまりにも傷が大きすぎる。
出血を少し押さえることしかできなかった。
すぐ傍にナハトさんの剣が落ちていた。
彼の剣に括り付けられているアイオライトにはヘマタイトが含まれている。
確か、ヘマタイトは止血効果と血に力を与える力があったはずだ。
戦士「どうか助けてくれ……!」
剣から台座ごと石を取り外し、傷口へ向けた。
傷を塞ぎきることはできなかったが、出血を止めることに成功した。
だがまだ安心はできない。既にかなりの量の血が流れ出てしまった。意識も無い。
継続してヘマタイト経由で魔法を使い続ける。
ナハトさんがものすごい勢いで魔物を殲滅したため、被害者は少なかった。
村の人が部屋を貸してくれ、更に治療を手伝ってくれた。
戦士「……ふう」
どうにか一命を取り留めたようだ。
安堵の息をつき、うつ伏せで寝ているナハトさんに目をやった。
戦士「…………あれ?」
この人、こんなに肩幅狭かったっけ?
どうやら軍服のような服を着ていたから肩幅が広く見えていただけだったらしい。
あの種の服は肩がしっかりしている。
そういえば、俺はこの人が上着を脱いだ姿をほとんど見たことがない。
流石にベッドの中では脱いでいただろうが……。
見れば見るほど女性的な体付きだ。
うっすらとだが柔らかそうな肉がついているし、腰はキュッと締まっている。
そういえば、どうしてこの人サラシなんて巻いていたんだ?
戦士「い、いや、まさかな……」
包帯は村の女の人が巻いてくれたから、俺はこの人の胸を見ていない。
……徹夜による疲れの所為でどうかしているんだ。寝よう。
これはきっと俺の気のせいだ。
勇者「う……」
そう思いたかった。
勇者「ヘリオス君……?」
戦士「ま、まだ動いちゃだめですよ」
ナハトさんは体を起こした。
勇者「……大丈夫だったかい? 怪我はしなかったかい?」
戦士「あ、あの、俺はかすり傷と軽い打撲しかしなかったんで、その、平気です」
ああ。
包帯越しにだが、確かに柔らかそうな膨らみの存在を確認できた。
目のやり場に困る。
戦士「おおお俺の心配なんてせずにまずはご自分の怪我をですね」
勇者「……?」
俺の視線を不審に思ったのか、彼……じゃない、彼女は自分の体を見た。
勇者「あ…………」
ナハトさんは恥ずかしそうに腕で胸を覆った。俺も恥ずかしい。
勇者「………………」
戦士「………………」
俺はナハトさんに背を向けた。
戦士「包帯巻いたのはここの女の人ですから! 俺は見てませんから!」
勇者「……君も、その……僕の怪我を治療してくれていたのだろう」
勇者「ほとんど意識は無かったが、君の暖かい魔力に包まれていたのを憶えている」
勇者「……ありがとう」
戦士「そもそも俺があの魔族に負けそうになったせいですし、その、」
戦士「お礼を言わなきゃいけないのはこっちです!」
戦士「俺、庇ってもらえなかったら確実に殺されてましたし、」
戦士「そのせいであなたが死にかけるしで! ほんと申し訳ないです!」
戦士「いつもいつも助けてもらってばっかりで俺マジで足手まといっすよね!!」
戦士「寝ます! おやすみなさい!!」
俺は逃げるように布団に潜り込んだ。
疲れていたおかげでよく眠れた。
だが布団から出る気は起きない。
……ナハトさんは女性だったんだ。
俺は時々あの人に母性を感じていたが、まあ、ナハトさんは年上の女性だったんだ。
何もおかしいことではなかったんだ。
あの人の声は、よく聞けば女性のかなり低めのハスキーボイスに聞こえなくもない。
男の急所に容赦なく攻撃できていたのも、その痛みを知らないからだろう。
布団から顔を出して窓を見た。日は真上に昇っている。
腹が減った。気は重いが部屋から出よう。
外は復興作業と浄化作業で忙しそうだった。
勇者「やあ、おはよう」
戦士「っ……はよっす」
ナハトさんはいつも通り微笑んでいる。
傷と服は既に修復済みなのだろう。元気そうだ。
勇者「怪我をしたところを見せてくれるかい」
戦士「ひぁっはい」
女性が、それもすごい美人がすぐ傍にいる。肌を見られている。
そう思うと緊張してしまった。顔が熱い。
死亡者は少なかったものの、怪我人はたくさんいるし、建物の損壊も酷い。
畑もだいぶ荒らされてしまったため、首都への救援要請が必要だった。
村長「勇者様が一緒に来て下さるなら心強いです」
俺もついていくことになった。馬車に乗るなんて久々だ。
俺のような足手まといはもうついていかない方がいいのだろうとは思ったが、
ナハトさんがいつも通り接してくれるので言い出せなかった。
俺のすぐ隣にナハトさんが座っている。
……俺は女の人とずっと寝食を共にしていたのか。なんてこった。
男物の服の中には女体が隠されている。
だめだ。気がつくと包帯に包まれたおっぱいを思い出している。
そう大きいというわけでもなかったが決して小さくはなく、谷間がもう、もう……。
女性と縁のない性欲旺盛な十五歳男子にあのおっぱいは刺激が強すぎる。
ナハトさんの方を見られない。窓から外を見ていよう。
村長「お二人はおいくつですかな」
勇者「十八です」
戦士「……十五です」
なんだ。三つしか違わなかったのか。もう少し上かと思っていた。
村長「お若いですなあ……」
村長「ああ、この国では飲酒なさらないようにしてください」
村長「大抵の国で飲酒が許されるのは十八歳ですが、」
村長「この国は法律が厳しく、二十一歳からなのです」
村長「外国から来た若者がこのことを知らずに飲酒をして捕まることが多いのですよ」
酔い潰れたナハトさんを背負った時のことを思い出した。
……駄目だ。故郷のことでも考えよう。
ジョナスは元気だろうか。奴はクラスに二、三人いる悪ガキの内の一人だった。
ある時あいつは女子のスカートをめくろうとして返り討ちに遭った。
股間を思いっきり蹴られたのだ。
その結果あいつは片玉を失った。
その事件以来男子と女子の溝は深まり、俺は益々女子と関わる機会を失ったのである。
……どうして玉が切なくなる記憶を思い出してしまったんだ。
村長「なんでも、勇者様はさくらんぼ狩りの異名があるとか」
勇者「……はは」
よりにもよって数多の息子を狩り取ってきた人の横で。
――城下町
国に救援を申請した。
村長さんの帰りは国の兵士達が付き添うそうだから、
俺達はこのまま北へ向かうことになった。
勇者「この町は性犯罪率が……」
勇者「っ……何でもない」
ナハトさんは基本的に普通に話そうとしてくれるのだが、
性に関する話題だけはしないようになった。
言いかけたのならいっそ最後まで言い切ってくれ。
残念なことに、俺はこんな時気の利いた話題を出すことができない。
ナハトさんと緊張せずに会話していた頃が早くも懐かしくなった。
勇者「…………」
戦士「…………」
き、気まずい。
勇者「なあ、ヘリオス君」
戦士「おおお俺本屋寄ってきます!」
俺は緊張してしまってナハトさんを避けがちになっている。
気晴らしに本屋に行ったが、在庫整理の最中だったらしく、
表の方に堂々と春画が置かれていた。
正直読みたかったが町中でエレクションするわけにはいかない。
なんだかとても悩ましい。
何処か他に気分転換できる場所でもなかろうか。
闘技場の方が騒がしい。そういえば武闘大会をやっているんだっけか。
予選が終わった直後で、まだ本選は始まっていないらしい。
受付「まだまだ飛び入り参加募集してるよー! 武器の使用オーケー!」
体を動かすのに丁度よさそうだ。そう大きい大会ではないが、腕試しにもなるだろう。
飛び入り選手が本選に進む条件は、敗者復活戦に混ざって勝ち残ることだった。
敗者1「なんだこの小僧……!」
敗者2「なんてすばしっこいんだ!」
あっさり勝ち残ることができた。
選手のほとんどは屈強そうな大男だったから、
比較的小柄な体格を活かして相手の懐に潜り込めばこっちのものだった。
でも身長は伸びてほしい。せめてあと五センチは欲しい。
英雄「こんなところで君と再会するとは」
戦士「あ、どうも。アキレスだっけか」
英雄「憶えていてくれて光栄だよ、ヘリオス」
英雄「あれから随分腕を上げたようだね」
かつて船の上で剣を交えた、どっかの国の英雄と再会した。
英雄「各地の問題を解決して回っていたものでね」
英雄「私達もこの国に来るまで随分時間がかかってしまった」
俺は、彼に対してナハトさんに感じているのと同じような違和感を覚えた。
全然親しいわけではないのに、「こいつらしくない」と感じたのだ。
戦士「……無理矢理大人らしく振る舞ってて疲れないか?」
英雄「! わ、私は勇者だ。相応しい振る舞いをしなければ」
戦士「肩こるだろそんなん……」
英雄「……君はなかなかの炯眼を持っているんだな」
戦士「け、けいが?」
英雄「真理を見抜く力があるってことだよ」
英雄「勇者ナハトは参加してないのかい」
戦士「ああ。あの人多分こういうこと興味ないと思う」
英雄「……そうか」
英雄「俺は君達と出会って深く反省したよ」
英雄「俺は国一の剣の使い手となり、驕ってしまっていた」
英雄「世界は広い。俺なんかよりずっと強い人がいたって何もおかしくないのにさ」
戦士「いやまあ、俺がおまえに勝ったのはまぐれみたいなものだから……」
英雄「そう言わないでくれ」
英雄「見たところ、君の力はまだ不安定だが爆発力がある」
英雄「君の実力は本物なんだ」
戦士「そ、そうだろうか」
なんだか気恥ずかしい。
英雄「君の夢は何だい?」
戦士「兵士」
英雄「え?」
戦士「ただの兵士だけど」
英雄「……騎士とか、世界一の剣豪とかじゃなくてか?」
戦士「村の警備とかしてる兵士」
アキレスは目を丸くした。
戦士「俺、この旅が終わったら、田舎に帰って兵士になるんだ」
英雄「……」
戦士「ナハトさんに弟子入りしたのも、村を守るための力が欲しかったからなんだ」
戦士「……やっぱしょぼいって思うか?」
英雄「いいや……良い夢だと思うよ」
英雄「故郷を守りたいという気持ちは素晴らしい」
戦士「おまえは将来どうすんの?」
英雄「俺の力を必要としてくれる人達のために戦い続ける」
英雄「魔王が倒され、魔物がいなくなったら、多くの傭兵が職を失う」
英雄「職を失った傭兵が盗賊となることは珍しくない」
英雄「それに、七つの聖玉が無い以上、いずれは再び魔物との戦いも起きる」
英雄「死ぬまで剣を握り続けるつもりだ」
戦士「……立派だなあ」
ただ自分の村を守りたいだけの俺と違って、彼は世界のために戦っているんだ。
スケールが違うなと思った。
――――――――
――
英雄「おい! 準々決勝で敗れるとはどういうことだ!」
英雄「君とは決勝で再戦したかったというのに!」
戦士「あっ、ごめん」
自分でも驚くほど勝ち進むことができたのだが、
ふとした瞬間におっぱいが脳裏をちらついていまいち集中できなかった。
体を動かしたおかげで多少気分はすっきりした。
アキレスは見事優勝を勝ち取った。
ベスト8に入ることができたので、俺は景品の魔導石を受け取って闘技場を出た。
アラゴナイトとかいう黄色い石だ。精神を安定させ、集中力を高めてくれるらしい。
試しに魔力を流し込んだらほっとした。今の俺に丁度良い石だ。
色的にも俺と相性がいいだろう。
英雄「おい、待ってくれ」
戦士「ん?」
英雄「これを受け取ってほしい」
戦士「……これ、優勝賞品じゃ」
それは、透明な石に赤い欠片がぎっしり詰まったような見た目の魔鉱石だった。
日の光に当てるとギラギラ反射した。
少しだけだが、ナハトさんのブラッドショット・アイオライトに似ている。
数種類の鉱物からできているから、今の俺に使いこなすのは難しそうだ。
だが、手によく馴染んだ。
戦士「俺なんかに譲っていいのか? お返しできるような物持ってないぞ」
英雄「その石の名はサンストーン。持ち主の能力を引き出し、自信を漲らせてくれる」
英雄「君には自尊心が足りないからな」
英雄「俺よりも君に必要な物だ」
戦士「でも、おまえが勝ち取ったもんだろ?」
英雄「その石にはヘリオライトという別名がある」
英雄「かつて、太陽神ヘリオスの象徴として崇められていた石なんだ」
英雄「太陽神の名を持つ君にこそ相応しい」
戦士「……なんか恥ずかしいんだけど、そこまで言うなら頂くよ」
名前負けしている気がしてならない。
その昔、クラスメイトから「太陽神らしく光ってみろよ」と言われたのを思い出した。
当然無理なので「隣のクラスのアポロン君に頼んでくれ」と答えた。
「あいつは顔が良いからわざわざ光らなくても充分輝いてるじゃねえか」と返された。
俺は「確かに」と思った。
……とてもどうでもいい。
戦士「しかし、何もお礼しないのは流石に申し訳ないな……」
英雄「なら、疲れているところ悪いが一戦交えてくれないか」
戦士「おまえのが疲れてないか?」
英雄「あの大会で疲弊するほどひ弱じゃないさ」
英雄「むしろ、良い具合に体が温まっている」
――――――――
――
英雄「良い試合だったよ、ありがとう」
戦士「どうも」
俺はわりとあっさり負けた。
英雄「だが君の実力はそんな程度じゃないはずだ」
英雄「この前の爆発力が無かった」
戦士「まだ上手く魔力を操れないんだ」
英雄「いつか、力を自在に操れるようになった君と剣を交えたいよ」
汗をかいたし湯屋に入った。
そういえば、ナハトさんはいつも俺と湯屋に行く時間をずらしてたな。
彼女は閉店間際に湯屋に行っていた。
人の多い時間帯に行くといろいろ面倒なのだろう。
彼女はどっちの湯に入ってたんだろうか。流石に女湯だろうな。
……いけない、煩悩が沸いてきてしまう。
なお、この頃は技術が発達したおかげで宿の個室にシャワールームがあることも珍しくない。
英雄「この間仲間の魔法使いに朝立ち見られて変態扱いされちゃってさ……」
俺はいつの間にかアキレスの悩みの相談相手になっていた。
戦士「女と旅すると気を張るよな」
英雄「そっちは男だけで羨ましいよ」
戦士「……おう」
英雄「魔法使いの元彼のことを考えるともう憂鬱で仕方ないんだ」
英雄「彼女と付き合ってるわけでもないから、」
英雄「俺にどうこう言う資格なんてないんだけどさ」
恋愛のことなんて全くわからないが、大変そうだなと思った。
ただ聞くことしかできなかったが、俺に話すだけですっきりしたらしく、
何も気の利いたことを言えなかったのに感謝された。
俺は宿に戻った。……今日も二人部屋だ。
戦士「ただい――」
扉を開けると、
シャツ姿のナハトさんが侯爵に渡された髪飾りを髪に当てて鏡を覗いていた。
シャツと言っても、女性用のブラウスと大して変わらない。
右前か左前かくらいの違いである。
彼女は俺の姿を確認すると、数秒固まった後、手で紅潮した顔を隠して俯いた。
俺は黙って扉を閉め、廊下に戻った。
俺は見てはいけないものを見てしまったようだ。
なんてこった。
落ち着け、落ち着くんだ俺。
アラゴナイトに魔力を宿そう。そして深呼吸だ。
ちゃんとノックをしよう。
戦士「ハイッテイイデスカ」
勇者「どうぞ」
再び扉を開けると、いつも通りのナハトさんがいた。
紺色の上着を羽織り、爽やかな笑顔を浮かべている。
素晴らしい切り替えの早さである。
勇者「湯屋に行ってきたのかい? 僕もそろそろ行ってこようかな」
しかし逃げるように去っていった。
勇者「ああ、大会お疲れ様。上達したね」
なんだ、見てたのか。
寝よう。
モーニングエレクションを見られたら恥ずかしいなと思いながら布団に潜った。
俺がナハトさんのことをナハトさんらしくないなと感じていたのは、
彼女が男性としての人格を作って演じていたからなんだろうなと思う。
髪飾りが似合うかどうか試していた時の姿が素の面なのだろう。
一瞬しか見られなかったが、似合っていたと思う。
ナハトさん、女性なのに処女は最高だと言いながらうっとり眺めてたのか。
どんな気持ちで言っていたのだろうか。俺にはわからない。
この間夢に出てきた少年は誰だったのだろう。
ナハトさんと少し似ていたが、彼は確かに男性だった……と思う。
まあただの夢だったのかもしれないし考えるだけ無駄か。
……眠れない。
ナハトさんが帰ってくる前に寝てしまいたい。
しばらくベッドの中でゴロゴロしていると扉が開いた。
このまま寝たふりをしようと思ったのだが……。
勇者「あたっ……」
ナハトさんはフラフラしているようで、あちこちに体をぶつけている。
戦士「飲んできたんですか?」
勇者「ちょっとだけ……」
ちゃんと寝台に辿り着けるよう、ナハトさんに肩を貸して体を支えた。
アメジストを身に着けていても完全に酔っぱらうのを防ぐことはできなかったらしい。
自力で帰ってこられたあたり全く効果がなかったわけではないのだろう。
勇者「……暑い」
彼女は上着を脱ぎ、シャツのボタンを二つ外した。
サラシの巻き具合が緩いのか胸に膨らみがある。
俺は目を背けるしかない。
勇者「う……」
彼女をどうにか寝台に座らせた。
俺は自分の寝台に戻ろうと思ったのだが、彼女に右手を掴まれ、隣に座らされた。
勇者「なあ、ヘリオス君」
ナハトさんは俺の目を見た。
彼女の頬は酔った影響で紅く染まっていて、
いつもの男とも女ともつかない声じゃなく、深みのある女性の声を発している。
勇者「……女の師匠なんて、嫌だったか?」
戦士「え?」
勇者「私のこと、嫌いになったか?」
距離が近い。緊張して動けない。
戦士「い、いや、あの、そんな」
少しでも視線を落としたらシャツの隙間から胸の谷間が見えてしまう。
勇者「隠し事を、していて、悪かったとは……思っている」
戦士「別に、あの、その」
俺が彼女から逃げがちだったのが気になったのだろうか。
俺の手は、ベッドに押し付けられるように彼女に握られている。
彼女の体温が伝わってくる。熱い。
勇者「……すまなかった」
そんな切なげな、潤んだ目で俺を見ないでくれ。
心臓がバクバクする。顔から火が出そうだ。
戦士「お、俺、そ、んな、気にしてな」
ここである問題が発生した。
勇者「っ――」
戦士「あ゛っ……」
股間が熱いのである。
無数の男根を狩り取ってきた人に欲情してしまうなんて、
俺の息子は『真の勇者』ではないだろうか?
戦士の戦士…さようならだな…
第九話 危殆
ピンチである。
さくらんぼ狩りの異名を持つ彼女のすぐ目の前で、
俺の息子はエレクションしてしまった。
戦士「ああああああああの」
ようやく右手が解放された。というより俺が逃げた。
戦士「俺も!! 男なんで!! これはどうしようもない現象でして!!!!」
生命の危機というか、新たな生命を生み出す器官の危機なのに、
俺の息子は臨戦態勢を保ったままである。
戦士「ごめんなさい! ほんとすみません!!」
勇者「あ……」
勇者「その、配慮が、足りなかった、な……すまない」
戦士「…………」
驚くべきことに、彼女は俺の息子を狩り取ろうとはせず、
恥ずかしそうにあっちを向いた。
俺は厠に走った。
抜いた。とにかく抜いた。抜くしかなかった。
戦士「……はあ」
あの人、あんなに可愛かったっけ?
以前から美人だとは思っていたが……。
部屋に戻りづらかったから屋根の上で寝ることにした。
故郷にいた頃は、よく屋根に寝転がって星空を眺めたものだった。
明日、どんな顔であの人と会えばいいのだろう。
酒で記憶がブッ飛んでくれてたらありがたいなと思う。
というかこの国で二十一歳未満の人間は飲酒したら駄目なはずだ。
その上酒に極端に弱いことは本人も自覚している。何故飲んできたんだ。
飲まないとやってられないような精神状態だったのだろうか。
しかし、さくらんぼに容赦がないこと以外は基本的に法を守る人である。
妙だ。俺が気にしたところで何にもならないのだが。忘れていただけだろうか。
夜空……夜……あの映像の景色もこんな星空だった。
俺は二度、石から映像を見せられている。
眠っている時に見た夢を含めれば三回だ。
最初の二回は、少年の顔をはっきりと見ることができなかった。
体格から少年と判断しただけである。
三回目は、比較的はっきり少年の顔を見ることができた。
三回とも少年が着ている服は同じ物だった……気がする。
それに、
『僕は、彼女を守れなかった』
声も同じだった、ような……。記憶に自信が無い。
そして、最初の二回、少年は「ナハト」と呼ばれていた。
俺は、ナハトさんは殺されたアルカさんの仇を討つために旅をしているのだと思っていた。
でも、もし夢に出てきた少年が「ナハト」だったとしたら、
彼が今のナハトさんと同一人物だとはあまり思えない。
三回目の時、少年は俺に何かを伝えようとしていた。
あれが俺のただの夢じゃなく、石に宿った意思が語りかけてきていたのだとしたら……。
もう一度、ナハトさんの石に触れて確かめてみる必要があるような気がしてならない。
戦士「石に宿った意思……」
英雄「駄洒落かい?」
戦士「あれ、おまえいつの間に」
英雄「星を見ようと思ってね。君もかい」
戦士「まあな」
英雄「……何か悩みでも抱えているのかい?」
戦士「わかるか?」
英雄「わかるさ」
英雄「さっきは俺の悩みを散々聞いてもらったからね」
英雄「よかったら話してくれないかい」
戦士「んー、なんつうかなあ」
戦士「性欲って邪魔だよな」
英雄「……ああ、わかる。すごくわかる」
英雄「そういえば、先程勇者ナハトの魔力反応を感知したんだけど」
英雄「何か知ってるかい? 攻撃魔術の残滓だった」
戦士「え? いや、しばらく別行動してたし」
戦士「いつも通り暴漢でも倒してたんじゃねえかな」
英雄「そうか。……流石に北の土地の夜は冷えるね」
戦士「そうだな。南のド田舎で育った俺にはちょっと寒い」
英雄「俺はもう少ししたら部屋に戻るけど、君はどうするんだ?」
戦士「あー、このままここで寝ようかなと思ってる」
英雄「風邪引くだろ」
戦士「ちょっと今部屋に戻りづらくてな」
戦士「別に、ナハトさんと喧嘩したとかじゃないんだけどさ」
英雄「わけありのようだね。俺の部屋に来ないか?」
英雄「幸い女性陣とは別の部屋だし、ソファでよければ」
戦士「あー、すごい助かる」
――翌朝
彼女は男の劣情を非常に嫌っている。
……俺も嫌われてしまっただろうか。
戦士「……はあ」
とりあえず会うだけ会わなければ。
戦士「世話んなったな」
英雄「いいや、楽しかったよ!」
アキレスは本当に良い奴だ。
勇者「やあ……ちゃんと眠れたかい?」
良かった、わりといつも通りだ。
心配してくれていたみたいだ。
俺は胸を撫で下ろした。
勇者「連れが世話になったね。これはほんのお礼だ」
そう言って、ナハトさんはアキレスに黄色い石を渡した。
英雄「……大粒のゴールドカルサイトじゃないですか!」
英雄「しかも星彩効果とレインボー入り……!」
英雄「こんな高価な魔導石、良いのですか?」
勇者「ああ」
素が出ている時と、
男として振る舞っている時とでは使っている顔の筋肉が違うのだろうか。
まるで別人だ。
北の方は嵐が訪れているらしく、数日この町に留まることになりそうだ。
勇者『……女の師匠なんて、嫌だったか?』
勇者『私のこと、嫌いになったか?』
昨晩の彼女の問いの答えを出した方が良いのだろうか。
勇者「さあ、朝食を食べに行こうか」
しかし、昨晩のことを掘り返せる雰囲気ではない。
俺自身思い出したくない。恥ずかしすぎる。
ナハトさんが昨晩のことを憶えていない可能性もある。
こんな時は態度で示すしかない。
戦士「……食べ終わったら、稽古、つけてほしいです」
勇者「!」
勇者「……ああ、良いだろう」
彼女は一瞬驚いた顔をしたが、柔らかく微笑んでそう答えてくれた。
ナハトさんと俺の関係は、あくまで師匠と弟子だ。
性別がどうだろうがその事実は変わらない。
女性だからって逃げるのは失礼だろう。
俺はナハトさんと向き合うことに決めた。
どうしても近付かれ過ぎたら「ひぃんっ」となってしまうのだが、
勇者「すまないね、君が女性に免疫が無いのを失念していた」
理解してもらえているようである。
彼女は相変わらず男口調だが、俺と話す時は役者ぶらなくなった。
……一時はどうなるかと思ったが、結果的に以前よりも打ち解けることができたみたいだ。
数日経った。
嵐で橋が落ちたため、俺達はもうしばらく足止めをくらうことになった。
ナハトさんの石に触れる機会はなかなか訪れない。
アキレスからもらった石は剣に取り付けた。
トパーズと反対側の面で輝いている。
英雄「どうしよう……相談に乗ってくれよ」
戦士「また何かあったのか? ……俺、何もアドバイスできないけど」
英雄「聞いてくれるだけでいいんだ!」
英雄「君しか話せる相手がいないんだよ……」
彼は仲間の魔法使いのことが好きなのだが、今日僧侶から告白されたらしい。
断ったものの、これからどう接すればいいのか、
そして魔法使いに想いを伝えてもいいのかもわからないそうだ。
戦士「とりあえず、告白される前と同じように喋ってればその内元通りになるんじゃね?」
戦士「何事も無かったかのように振る舞えば向こうも安心するかもしれねえし」
戦士「詳しいことはわかんねえけどさ」
英雄「そ、そうだよな! いつも通りが一番だよな!」
戦士「好きな子に告るのはしばらく様子を見て間を置くとか……」
英雄「ありがとう! 日の目を見られた気分だ!!」
英雄「もしかして君って……歴戦の戦士?」
戦士「そんなことはない。全く」
ナハトさんは、何があってもいつも通り接してくれた。
それを基に言ってみただけである。
英雄「君は好きな人いないの?」
戦士「へ!? ……いな……」
戦士「…………い、と思う」
魔鉱石のことを詳しく知りたくなったので図書館に訪れた。
石に、記憶だけでなく精神か何かが宿ることはあるのだろうか気になったのだ。
城下町の図書館なだけあってでかい。
あまり難しい言葉を使っている本は読めないので、できるだけ簡単そうな本を探した。
……どうやら、持ち主の魔力と非常に相性の良い魔導石であれば、
持ち主の魂や精神の一部が宿ることがあるらしい。
しかし、それらと干渉するにはそれなりの才能が必要だそうだ。
伯爵「ナハトと名乗る勇者がこの町に訪れているというのは本当か」
家扶「はい、閣下」
休憩所から会話が聞こえてきた。
伯爵「……コーレンベルク侯爵から便りが届いた時は驚いたが……」
侯爵の知り合いだろうか。
伯爵「…………もう一度、あの赤紫色の瞳を拝みたかった」
伯爵「ああ、アルカディア」
戦士「ぅええ!?」
伯爵「そこにいるのは誰かね」
戦士「あっ……す、すみません」
驚きで変な声が出てしまった。
伯爵「アルカディアについて何か知っているのかね」
戦士「俺、ナハトさんの……旅の同行者でして」
戦士「名前を……聞いたことがあったってだけです」
伯爵「ああ、では君が侯爵からの手紙に綴られていたゾンネンアウフガング君か」
再びその長いあだ名で呼ばれることがあるとは思っていなかった。
戦士「……本名はヘリオス・レグホニアです」
伯爵「私はアーベント・フォン・レッヒェルン=エーデルヴァイス」
伯爵「階級は伯爵だ」
侯爵と違ってかなりお堅い雰囲気の貴族だが、
ナハトさんとどこか似ている気がしなくもない。
戦士「レッヒェルン……ってことは……」
戦士「アルカディアさんのご親戚……ですか?」
伯爵「…………彼女は、私の姪だ」
伯爵「君はどこまで知っているのかね。本当に名前しか知らないのか」
戦士「あとは……侯爵のお孫さんだってことと、目が赤紫色だったってことだけです」
戦士「ナハトさんは全然昔のことを話しませんし……」
伯爵「……彼女は生まれつき魔適傾向が高くてね」
伯爵「髪こそ母親譲りの色だったが、瞳は彼女自身の魔力の色に染まっていた」
伯爵「本当に美しく、不思議な色だったのだよ。極上の葡萄酒の様な……ね」
伯爵「バシリー、紙とインクを」
家扶「はっ」
伯爵「私がこちらの国に婿養子に来るまでは、よく彼女と遊んだものだった」
伯爵「しかし、ナハトが現れると彼女はいつもあっちに……」
伯爵「……コホン。この手紙を勇者ナハトに渡してほしい」
戦士「は、はい」
レッヒェルン家出身の人と出会ってしまった。
ナハトさんの子供時代についていろいろ質問すればよかったかもしれないが、
貴族の人にこちらから話すのは畏れ多くて無理だった。
そろそろ宿に帰ろう。
元騎士「よう、ナハトの連れじゃねえか」
戦士「あ、どうも。お久しぶりです、ディオさん」
この人も貴族だった気がするが話しにくくはない。何でだろう。雰囲気だろうか。
戦士「どうしてこちらに?」
元騎士「こっちの大陸の方が強い魔物が出やすいからな」
元騎士「報酬額の高い仕事が多いんだ」
元騎士「随分前からこの町に住みついてるぜ」
戦士「ああ、そうだったんですか」
彼は俺達よりも早く北に来ていたらしい。
元騎士「おまえの息子はまだ無事か?」
戦士「まあ、なんとか」
戦士「あ、ナハトさん――!?」
ナハトさんが路地裏から突然伸びた手に引きずり込まれた。
元騎士「……チッ」
戦士「ナハトさん!」
勇者「ふぐっ……」
口元に布を当てられている。……少しだが酒のにおいを感じた。
腕にも何か巻きつけられているようだ。
数人の男達が彼女を囲んでいる。見るからに悪党だ。
戦士「おまえら何を……!」
盗賊1「おい、邪魔が入ったぞ」
盗賊2「ディオさん、どういうこった」
元騎士「わりぃ、足止めしきれなかった」
戦士「ディオさん!? うぐっ……」
ディオさんに鳩尾を殴られた。
戦士「ど……して……」
元騎士「こいつが多くの男の恨みを買ってるのは知ってるだろ?」
元騎士「まあそういうことだ」
元騎士「おいおまえ、ちょっとこのガキ押さえてろ」
盗賊3「へい」
盗賊1「この間は下っ端がお世話になったなあ?」
盗賊2「今度はそうはいかねえぜ」
勇者「…………」
戦士「……?」
盗賊4「なんたって、『気配消しの指輪』だけじゃなく」
盗賊4「この『快楽の鞭』が完成したんだからなあ」
勇者「…………」
元騎士「無様だなあ、ナハト」
元騎士「おまえは魔力依存型だからな。快楽を感じちまっちゃあ、」
元騎士「もうまともに剣を握ることすらできねえだろう?」
魔術師の最大の敵は……性欲及び性的快楽。
元騎士「その上ごく少量のアルコールで酔いつぶれちまうんだからよお!」
戦士「ま、さか……この間ナハトさんが酔って帰ってきたのって……」
元騎士「どうだ? 感じるか? ふははははは!!」
勇者「っ……」
ディオさんはナハトさんに巻きつけられた鞭をグイグイ引っ張っている。
あの鞭に巻かれると、性的な意味で強制的に気持ち良くさせられてしまうようだ。
な、なんてえっちな道具なんだ……!
元騎士「どうした? 顔が赤いぞ? 酒の所為か? それとも恥辱の所為か?」
戦士「やめろっ! ナハトさんを放せ!」
盗賊3「おっと動くな!」
元騎士「ははっ……もしかしてとは思っていたが、おまえ、女だったんだな」
あいつはナハトさんの服をはだけさせた。
勇者「う……」
盗賊5「道理で美女で挟み撃ち作戦が失敗したわけだ」
戦士「ふざけるな! やめ……やめろ!!」
更に、あいつはナハトさんの首筋に吸い付いた。
元騎士「くくっ……」
勇者「はっ……あ……ぅ……」
戦士「ごっ……の、やろ……!」
元騎士「こりゃお楽しみだ。……表通りが騒がしくなったな」
盗賊4「人に見られる前にアジトに帰るか」
元騎士「おっと、目撃者には消えてもらわねえとな」
あいつは短剣を持って俺に近付いてくる。
嘘だろ。前は俺の命を助けてくれたのに。
戦士「っ――!」
腹に衝撃が走り、視界が真っ暗になった。
――――――――
俺の名はディオニュソス・ド・トンベル。
代々優秀な騎士を輩出し続けている名門トンベル家の出身であり、
俺も栄誉ある騎士となった。
ある時、俺は騎士団の仲間達と共に魔族の群れの討伐に向かった。
俺達が健闘虚しく敗退しかけたその時、ナハトは現れた。
あいつは一滴の返り血も浴びずに魔物を殲滅した。
俺達は名誉の死を迎えることなく、どこぞの馬の骨とも知れぬ若者に救われてしまった。
とてつもない屈辱だった。
祝賀会でも、称えられたのは俺達じゃなく奴だった。
更に、俺はナンパした女の子をお持ち帰りしようとしていたところをあいつに咎められた。
そして愛人の存在をバラされた。
その結果、俺は職も名誉も嫁も愛人も……全てを失った。
逆恨みと言われればそれまでであるが、憎いものは憎い。
この北の町に、奴に復讐しようと待ち伏せしている連中がいた。
奴等はあいつの弱点を掴もうとしていた。
……祝賀会の時、あいつは酒のにおいをかいだだけで赤くなっていたのを思い出した。
当時はまだ17だからと飲酒はしていなかったが、もしやと思った。
それに加えて快楽を与える道具の開発も助言した。
ナハトが次の土地へと進めないよう、悪党共は嵐に紛れて橋を落とした。
結果、上手くいった。
元騎士「まずは俺に楽しませてくれよ。俺のおかげでこいつを捕まえることができたんだからな」
盗賊1「仕方ねえな。見物はさせてもらうぞ」
盗賊2「息子が勃つ奴を呼んでこねえとな」
今、ナハトは俺の手中に落ちた。
普段の澄まし顔が嘘のように表情を歪めている。
元騎士「すぐに殺しはしねえよ。たっぷり気持ち良くしてやるからな」
勇者「っ……そんな体で何ができる!」
元騎士「息子が使えなくても、女を喜ばせる術はよおく知ってるんでな」
服に手を突っ込み、上半身を撫で回してやるとこいつの体は淫楽に震えた。
元騎士「お? サラシの上からでも感じるか?」
勇者「……やるならやれ。所詮、疾うの昔に穢れた体だ」
――――――――
剣士君が男を見せる時が来たな
第十話 焔光
兵士「おい君、大丈夫か!?」
戦士「う……」
戦士「俺……生きてる……?」
ちくしょう……俺はどれだけの間気を失っていたんだ。
戦士「ナハトさん……ナハトさんは!?」
兵士「落ち着くんだ」
――――――――
盗賊5「お頭に報告してくるぜ」
元騎士「見下していた相手に撫でられるってのはどんな気持ちだ?」
勇者「……」
奴を背中から抱きかかえ、服の留め具を外していく。
元騎士「俺自身、こんなに上手くいくだなんて思ってなかったんだぜ」
元騎士「普段の貴様なら絶対に見せない隙があった」
元騎士「ってか、この頃隙だらけだった」
勇者「…………」
元騎士「……心境の変化でもあったのか?」
勇者「……黙れ」
――――――――
戦士「見るからにガラの悪い連中にナハトさんが連れていかれたんだ!」
兵士「『ナハト』という名の者が攫われたんだね?」
兵士「……奴等のアジトなら、我等が回した間者のおかげで判明した」
兵士「今、国家憲兵が向かっている」
兵士「今時は発信石という便利な物があってね」
戦士「俺も連れていってくれ!」
兵士「危険だ」
戦士「俺は剣士だ! 戦える!」
兵士「だめだ。一般人を連れていくわけにはいかない」
戦士「ちくしょう……」
ナハトさんのように、俺に魔力で人を探す能力があれば……。
戦士「トパーズが……光ってる?」
『インペリアルトパーズ。探し物を引き寄せてくれる石だよ』
この石が、俺をナハトさんの元へ導いてくれるかもしれない……!
兵士「何処に行くんだ! 待て!」
――――――――
元騎士「集中を無くしたおまえなんてただの女だ」
元騎士「何がそこまでおまえの心の均衡を奪った?」
勇者「ふ……ぁ……っ……」
元騎士「…………あのガキか?」
勇者「っ! ちがっ……くっ……」
元騎士「俺達はおまえに関する情報を集めていた」
元騎士「知ってるんだぜ? おまえが命を張ってあいつを守ったことを」
勇者「っ…………」
元騎士「はっ、綺麗な乳首してるじゃねえか」
元騎士「ろくに自分で弄ってもないんだろ」
元騎士「ほう? まともな下着もつけてねえわりには良い形だな」
勇者「あっ――ぅあっ!」
元騎士「なんだ、女らしい声で啼けるじゃねえか」
元騎士「……もっと聴かせろよ」
元騎士「こんな上玉を好きに出来るってのに、勃たねえのはほんと残念だぜ」
元騎士「……なあ、おまえ、俺の娼婦になれよ」
元騎士「そしたら命は助けてやるよ」
勇者「だっ、れがっ……」
盗賊1「おいいつまで上ばっか触ってんだ」
元騎士「焦らした方がおもしれえんだよ」
元騎士「こう、触れるか触れないかの指圧で楕円を描くようにしてだな」
盗賊2「流石ご貴族様が使うテクは違う」
元騎士「これを続けると感度が上がるんだよ」
勇者「っ……」
元騎士「快楽漬けにして、二度と魔法を使えない身体にしてやろうか」
元騎士「淫乱な奴には使えないんだろ? 淫魔は例外として」
勇者「……ぁ…………」
盗賊4「念のため媚薬を用意しとかねえと」
盗賊2「おい、下も脱がすぞ」
元騎士「気がはええなあ、こういうのはじっくりじわじわ――」
ガタン!
戦士「ナハトさん!」
彼女の上着は脱がされ、シャツの留め具も全て外されている。
サラシはほどかれて腹を緩く覆っているだけになっていた。
両手を胸の前で拘束しているのはあの鞭だ。
……後頭部を殴られたような感覚を覚えた。
勇者「ヘリオス君……?」
長椅子の上で、ディオさんがナハトさんを背中から支えるような形で抱きかかえている。
他の男は見物客のように彼女等を囲んでおり、
その内の一人は彼女のベルトに手をかけていた。
熱い。
その光景は、とても性欲を掻き立てるような物ではなく、
戦士「ッ――――!」
俺の腹の底から怒りが沸き上がった。
熱い。
俺の人生において、これほど腹が立ったことはあっただろうか。
熱い。
熱い。
熱い。
盗賊1「おい、あいつの剣……燃えてるぞ!」
勇者「……!」
戦士「ゥォオオオオオオオオオ!!!!」
トパーズとサンストーンが共鳴し、バチバチ音を立てている。
戦士「マスもかけねぇ体にしてやる!!!!」
まずは彼女のベルトに手をかけていた男の両腕を斬り落とし、
盗賊1「ギィアアアアアアアアアアアアア」
見物していた連中の腕も同様に刎ねた。
傷口から血は吹き出ていない。炎で焼いた。
……返り血が大嫌いなナハトさんを、血で汚すわけにはいかない。
戦士「はあっ……はっ……」
そしてあの男に目をやる。
元騎士「うおう」
戦士「……あんたは、花の都で俺を助けてくれた」
戦士「女好きってだけで、根は悪い人じゃないと思ってた」
戦士「それなのに、こんな連中と手を組んで、こんなっ……こんなことをっ……!」
元騎士「タンマ! ちょっと待った!」
戦士「これほど誰かを殺したいと思ったのは生まれて初めてだ!!」
元騎士「わーっ!」
兵士「待つんだ!!」
戦士「止めんな!」
兵士「その人は仲間なんだ!! 間者なんだよ!!」
戦士「……へ?」
元騎士「おまえの命は奪わなかっただろ!? 気絶させただけで!!」
戦士「あっ……」
元騎士「当然そいつに恨みはあるけど! もうこの町で新しい嫁さんできたし!」
戦士「…………」
元騎士「……俺の言い訳聞いてくれる?」
元騎士「仕事を求めてこの町に辿り着いた俺は、ある依頼を受けた」
元騎士「それがこの盗賊達のアジトを見つけることだった」
元騎士「俺は間者として潜り込むことになったのだが、」
元騎士「普段盗賊狩りをやってるおかげで盗賊達の信頼を得ることは困難だった」
元騎士「んで、盗賊達に仲間として認めてもらう条件が、」
元騎士「こいつを捕まえることだったんだよ!」
戦士「…………」
元騎士「……しょーじきに言う! こいつには一泡吹かせてやりたかった!」
元騎士「復讐心が無かったわけじゃなかった!!」
元騎士「だから言葉で責めたりとかそういうのはしちゃった!!」
元騎士「でも上の方しか触ってないし!!」
元騎士「それ以上やったら嫁さんにかけられた呪いで俺もっとやばいことになっちゃうし!!」
元騎士「仕事の一環だったし!!!!」
戦士「…………」
兵士「頼む……彼を斬らないでくれ。彼を斬ったら、君も罪に問わなければならなくなる」
元騎士「……いや、その、すみませんでした。ごめんなさい」
戦士「…………あんたの言い分はわかった」
戦士「でも」
俺はディオさんの股のすぐ前に剣を突き立てた。
元騎士「ひっ」
戦士「もしまたナハトさんに触ったら…………」
戦士「その時は、俺があんたの股間を斬り落とす」
戦士「……ナハトさん」
彼女は体を丸めて震えている。
戦士「動かないでくださいね」
ディオさんが落とした短剣で、彼女の腕を縛っている鞭を切った。
だが物に貼り付く性質があるらしい。
彼女の手首に残った鞭を剥ぎ取ると、手がくすぐったくなった。
勇者「ぅ……はあ」
俺は長椅子の背にかけられていた彼女の上着を取り、彼女の肩にかけた。
勇者「ヘリオス君……ヘリオス君……!」
彼女は俺の腕を掴み、俺の名前を呼んだ。
……少し前までのナハトさんからはとても想像できないほど、弱々しい姿だった。
勇者「うう……ぁ……」
俺は空いている方の手で彼女の肩を持った。
戦士「もう大丈夫です」
勇者「ぁぁあぁああぁ…………」
この人だって、弱い面を持った、一人の人間なんだ。
――宿
勇者「…………全く抵抗できなかった」
戦士「…………」
勇者「あいつになされるがまま………………」
こんな時、どんな言葉をかければいいのか、俺にはわからない。
ただ傍にいることしかできない。
勇者「嫌なんだ……ただ男に犯されるだけの女なんて……」
戦士「…………」
……俺は、ナハトさんの傍にいていいのだろうか。
俺がナハトさんと関わらなければ、
彼女はいつも通り余裕で盗賊を撃退していたのではないだろうか。
俺の存在が彼女の精神を乱していたことは明らかだ。
そして、俺は……この人に欲情してしまったことがある。
勇者「ヘリオス君…………」
だけど、ナハトさんは俺にもたれかかっている。
俺のことは、嫌じゃないのだろうか。
本気で怒った直後で疲れているからかはわからないが、
ナハトさんと触れ合っていても、あまり緊張しなかった。
戦士「……俺、もっと強くなります」
戦士「あなたを護れるくらい、強く」
この時、俺はこの人を護りたいと、強く思った。
故郷の村以外に特別護りたいと思える対象ができたのは、これが初めてだった。
いつも俺より遅く寝て早く起きるナハトさんが、珍しく俺より先に眠った。
ハンガーにかかった上着には、セレスタイトのブローチが留められている。
俺はその石を手に取った。
……石に、小さい何かが宿っているのを感じられた。
石は弱々しく輝き出した。
――
――――――――
少年『僕の名はナハト・フォン・レッヒェルン』
少年『アルカ……アルカディアは、僕の主人――り、そして妹――うな存在だった』
雑音混じりではあるが、前よりははっきりと彼の声を聞くことができる。
少年『君だけ――だ。アルカが心を開こ――してい――は』
少年『こ――まじゃ、彼女はずっと一人ぼっちのままだ』
少年『僕はもう死――しまった。どうか、一緒にいてあげて――い』
少年『もし、彼女が永遠の孤独に閉ざさ――ことを選んだら、』
少年『その時は、彼女を殺してほしい』
少年『そうでもし――と、彼女の魂は未来永劫――――』
――――――――
――
石から輝きが散った。宿っていた意思は消えてしまったようだ。
俺の知っているナハトさんは、アルカさんだった……?
殺されたのはアルカさんじゃなく、『ナハト』の方だったということだろうか。
アルカさんの瞳は赤紫だったはずだ。顔付きは、面影があるといえばあるとは思うが……。
後半はよくわからなかった。『殺してほしい』って、どういうことなんだろう。
俺はナハトさんの方を見た。
小さく寝息を立てて眠っている。
もし彼女がアルカさんなら、彼女は幼い頃に、魔王に……。
彼女が処女に拘っている理由が少しわかったような気がした。
ナハトさんはいつも、
穢れを知らない少女に対して羨望しているかのような眼差しを向けていた。
……言葉通り、彼女達が羨ましかったんじゃないだろうか。
やたらと貞操について語っていたのも、裏には心の叫びがあったんじゃないだろうか。
眠れそうにない。少し外の空気を吸ってこよう。
モヤモヤが晴れないんだ。
戦士『あなた方は……彼等がナハトさんを狙っていることを知っていたんですか!?』
兵士『……ああ』
戦士『知っていたのに……』
兵士『あえて泳がせないと、敵の情報を得ることができない場合もあるんだ』
兵士『どうかわかってほしい』
兵士『……申し訳ない』
戦士「ちくしょう!!」
傍にあった大きな岩を殴った。
拳へ半ば無意識に魔力を集中していたらしく、岩は粉々になった。
岩に八つ当たりしたところで気分が晴れるわけでもない。
男達がナハトさんを取り囲んでいた光景が頭から離れない。
……ディオさんが、ナハトさんの首に吸い付きながら、胸に、腰に、触れていた。
戦士「ちくしょう! ちくしょう!! あああああアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
――翌朝
戦士「……短剣を、一本持っておくといいと思うんです」
戦士「その、いざという時のために装備しておくべきだって、昔兵養所で習ったんです」
勇者「……そうだね」
戦士「ほ、ほら、リーチの短い剣があれば、間合いを詰められても攻撃しやすいですし、」
戦士「狭い場所での戦闘においても便利です」
勇者「ああ。魔力無しでも戦える術を身に着けなければ……」
ナハトさんは、俺の二人の時だけは女性らしい声で話してくれる。
俺はそのことに嬉しさを感じた。
戦士「あ、そうだ」
戦士「これを」
勇者「手紙…………」
ナハトさんは差出人の名前を見てしばらく硬直した。
勇者「…………」
勇者「……開けてくれないか。自分で開ける勇気が出ないんだ」
戦士「は、はい」
勇者「読んでくれ」
戦士「ええと……」
庶民の俺には読みづらい貴族の書体だったが、どうにか読み取ることができた。
戦士「『頼みがあるから私の屋敷に来てほしい』だそうです」
勇者「……それだけか?」
戦士「はい」
勇者「…………もう、親族には会わないつもりだったのだがね」
勇者「貴族に会うんだ。身なりを整えなければならない。散髪に行ってくるよ」
戦士「あ……髪、切っちゃうんですか?」
勇者「そのつもりだが……」
戦士「そ、うですか」
何故だか、彼女が髪を切ってしまうことが残念に思えた。
勇者「…………長い方が、似合うか?」
俺は気恥ずかしくなって、横を向いて頷いた。
勇者「……なら、整えてもらうだけにするよ」
伯爵「よく来てくれたね……ナハト」
勇者「…………お久しぶりです、エーデルヴァイス卿」
重い空気が漂っている。二人とも神妙そうだ。
伯爵「最後に会ってからもう九年か。月日が経つのは早いものだね」
伯爵「……大きく、なったな」
伯爵「君の死体が確認されなかったから、慰霊碑に君の名は刻まなかったのだよ」
伯爵「……君が生きていると信じて、ずっと探していたのだ」
勇者「…………」
伯爵「…………」
生き別れた親族が再会した時の雰囲気とはとても思えない。
勇者「…………頼みとは、何でしょうか」
伯爵「…………バシリー、例の物を」
家扶「は、ただいま」
執事の男性が運んできたのは、
深い青と赤紫の色彩を放つ、少し豪華だが気品のあるドレスだった。
伯爵「このドレスを着て、今度の晩餐会に参加してほしい」
勇者「帰らせていただきます」
伯爵「お願いだよおぉ着てくれよ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」
お堅い佇まいが嘘のように、伯爵は泣き崩れた。
勇者「ここに来たのが間違いでした」
ナハトさんの行く手は大勢の騎士で阻まれた。
勇者「…………」
伯爵「アルカディアァアアア!」
伯爵「ぜっがぐあ゛え゛だの゛に゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛」
勇者「放してください」
伯爵はナハトさんにすがりついている。
ナハトさんがアルカさんであると確信があるようだ。
……もしかして、侯爵からの手紙にそう書いてあったのだろうか?
ということは、侯爵はナハトさんの正体に気がついていたのだろうか。
所詮推測でしかないが、そうとしか思いつけなかった。
今思えば侯爵も、
ナハトさんに対して何か思うことがあるような、不思議な態度をとっていた気がする。
勇者「私は! 女として生きることを捨てたんです!」
伯爵「ヤダアアアアア゛ア゛ア゛!!」
まるで駄々っ子のようである。
それにしても、ナハトさんのドレス姿……。
俺も正直見てみたいなと思ってしまったのだが、
彼女の境遇を思うと素直にそう言い出すことはできなかった。
なんだろう、この切なさ。ひどく胸が苦しいんだ。
本編の投下はまだですが、
読んでも読まなくてもいい主要人物二名の設定を。
戦士(ヘリオス・レグホニア)
強面だが性格は純朴。性欲旺盛な15歳。魔力の色は橙。兵士志望。
物語開始時点で身長165センチほど。成長途中。あまり自信が持てないでいる。
学は浅いが賢くないわけではない。
義務教育学校も兵士養成所も中の上くらいの成績で卒業した。
実力を伸ばしつつある。名前負けしているのが悩み。
アルテミスというあまり美人じゃない姉がおり、妹や弟も数人いる。
兄弟全員、名前負けしてしまうような立派過ぎる名前らしい。
ナハトに特別な感情が芽生え始めたようだが……。
――――――――
勇者(ナハト)
18歳。魔力の色は紫がかった深い青。男装の麗人。重度の下戸。
身長は170台半ば〜後半 + ヒール。
人々が勝手に勇者と呼んでいるだけで、本人は自分のことをそう思ってはいない。
肌を晒すことを嫌い、常に体格を隠せる長袖の服を着ている。
手の形は男女差が出やすいため、外では滅多に手袋を外さない。
極端に男の劣情を嫌悪しており、貞操に対する並々ならぬ執着を見せる。
女として生きることを捨てたと言いつつも、髪飾りを似合うか試していたり、
ヘリオスには素を見せたりと心境は複雑な様子。
魔力に依存した戦闘スタイルであるため、魔力が使えなければ大幅に戦闘能力が落ちる。
この頃は心に緩みができたようだ。
第十一話 夜会
伯爵娘「お父様? 私の護衛の方は来てくださったの?」
一人の少女が現れた。6、7歳ほどだろうか。
とても可愛らしい。
伯爵娘「本物の勇者ナハトだああ!」
勇者「……護衛を頼みたいのなら先にそう仰ってください」
伯爵「だって……」
勇者「あなたは優秀な部下を大勢お抱えでしょう」
勇者「私でなければならない理由はあるのですか」
伯爵「そんな他人行儀な話し方しなくても……」
勇者「ではこの話は無かったことに」
伯爵「待って! わかった! 真面目に話すから!」
伯爵「……君の名声は聞いている」
伯爵「これまで数多くの悪党を討伐し、魔物の群れをたった一人で殲滅してきたそうだね」
伯爵「そして、君が最も嫌っているのは、女性に危害を加える漁色家だとか」
伯爵娘「ぎょしょくかってなあに?」
伯爵「わるぅい男の人のことだよぉぉ」
幼い頃のナハトさん……アルカさんもこんな風に可愛がられていたのだろうなと思った。
伯爵「君に罪を暴かれ、失脚した不道徳な貴族も少なくない」
伯爵「……実は、私の娘を狙っている男がいるのだ」
伯爵「奴の階級は大公。誰も下手に手を出すことができない相手だ」
伯爵「君の腕を見込み、娘の護衛及びその男の正体の暴露を頼みたい」
伯爵「奴の名はグライリッヒ・フォン・ゲーリング」
伯爵「悪い噂はあれど、証拠が無いのだ」
伯爵「本当はこのような危険なことを、可愛い姪にさせたくはないのだが……」
勇者「私はナハトです。あなたの姪のアルカディアではありません」
伯爵「ぐずっ……」
猫可愛がりしていた生き別れの姪が男として生きていたら泣きたくもなるのかもしれない。
伯爵「夜会には是非長女を出席させたい」
伯爵「だが奴には近付いてもらいたくないものでね」
伯爵「だから、娘の傍についていてほしいのだよ」
勇者「ドレスを着る必要性はありますか」
勇者「ドレスでは動きを取りづらくなり、こちらが大幅に不利となります」
伯爵「……ほら、綺麗な女性の方が敵の情報集めやすかったりするし……」
勇者「ほう、私に色仕掛けをしろと?」
伯爵「あっ、それはやだ」
伯爵「でもやっぱり綺麗な格好で社交には出てほしい」
勇者「私は一生女性の格好をするつもりはありません」
勇者「エーデルヴァイス卿、どうかご理解いただき」
伯爵「おじちゃまって呼んでよぉぉ」
勇者「…………」
これからは伯爵の屋敷に泊まることとなった。
ナハトさんは断っていたのだが、泣きつかれてしまい仕方なく折れたのである。
勇者「……はあ」
アルカさんのことも『ナハト』のことも知っている人物と会うのは複雑だろう。
戦士「あの……やっぱり、ナハトさんは、アルカさんなんですか」
勇者「……」
戦士「実は、その……セレスタイトに、本当のナハトさんの心の一部が宿っていて、」
戦士「そんな感じのことを……」
勇者「君は、石の声を聴くことができるのだね」
勇者「私も、幼い頃は石に宿った心と話せたものだった」
勇者「そうか、彼と……会えたのか」
戦士「アメジストには、記憶が入ってて……」
戦士「おそらく八年前の、襲撃の時の映像が……すみません」
黙っていた方がよかったのかもしれないが、
本人の知らないところで彼女の秘密と過去を覗き見てしまった罪悪感に耐えられず、
謝罪せずにはいられなかった。
勇者「……君は、正直だね」
勇者「近い内に話すつもりではあったんだ。もう、君に隠し事をしたくはなくてね」
戦士「……」
勇者「……どこまで見たんだい」
戦士「アルカさんが、血塗れになったところまで、です……」
戦士「でも、すごく途切れ途切れ……でした」
勇者「……そうか」
戦士「…………」
勇者「気になるかい? この目の色のことが」
戦士「そりゃ、気になりは、しますけど」
戦士「すごくつらいことを、掘り起こすことになるかも、しれませんし」
戦士「無理に、聞こうとまでは……」
勇者「君は、優しい子だね。本当にいい子だ」
伯爵娘「勇者ナハトー!」
勇者「……アストライア嬢」
伯爵娘「ねえねえ、私と親戚なんでしょ? そうなんでしょ!?」
勇者「ええ」
伯爵娘「後で一緒にお風呂はいろ!」
勇者「あっ……それは……」
伯爵娘「……だめ?」
勇者「私は表向き男性ということにしておりますから……」
伯爵娘「うー…………」
勇者「……わかりました。入りましょう」
伯爵娘「やったあ!」
この会話を聞いていたら煩悩が沸いてきてしまった。
……抜いてこよう。
やはり貴族の屋敷は落ち着かない。
外に出て、今朝まで借りていた宿に行った。アキレスに会いたかったからだ。
戦士「今暇? 打ち合いしてえんだけど」
英雄「君の方からそう言ってくれるとは……喜んで付き合うよ」
抜き終わった今なら戦いに集中できる自信があった。
俺は強くなりたい。
英雄「……太刀筋がずいぶん鋭くなったね。垢抜けたとでも表現すればいいのかな」
英雄「初めて会った時と比べて体格もかなり良くなっている。少し羨ましいよ」
戦士「それは……ナハトさんがいいもん食わせてくれてるからだ」
英雄「良い師匠だね」
戦士「あれから僧侶の……エイルさんだっけ? とはどうなんだ」
英雄「ああ、今のところなんとか普通に話せてるよ。君のおかげだ」
英雄「マリナは相変わらず俺に興味無さそうでちょっと寂しいけどさ」
マリナとは、彼が想いを寄せている魔法使いの名前だ。
英雄「……君からその話題をふってくるなんて、珍しいじゃないか」
戦士「それもそうだな……俺、どうしちまったんだろうな」
英雄「何か悩みでもできたのか?」
戦士「や、その……この頃、やけに胸が痛むんだよ」
英雄「どんな時に?」
戦士「…………」
戦士「……………………」
英雄「顔が赤いよ」
戦士「……ある女の人のことを考えてる時」
英雄「恋じゃね?」
戦士「そうか、やっぱりそうか、これが恋か」
英雄「君も恋の苦しみを経験する時が来たかあそうかあ!」
戦士「……何で嬉しそうなんだよ」
英雄「人っていうのはね、同じ苦しみを理解しあい共有することで元気になる生き物なんだよ!」
戦士「……そうか」
霧の町で、ナハトさんが暴行を受けた女性を元気づけたことを思い出した。
具体的にどんな言葉をかけたのかはわからないが、自分も同じ経験をしたことを明かし、
彼女の気持ちへの理解を示すことで励ましたんじゃないだろうか。
英雄「なあ、相手はどんな人なんだ!」
戦士「えっ、あっ……それはまた今度な! もうそろそろ屋敷に戻らねえと!」
俺は酷く恥ずかしくなってその場を去った。
伯爵「何で『ナハト』なんかになりきってるんだよぉ」
勇者「私の自由です」
伯爵「女の子らしく喋ってよぉぉぉ」
伯爵娘「お父様うるさい」
伯爵「えっ」
何やら騒がしそうだ。
……ナハトさんにも、家族がいるんだなあ。
人間かどうか疑わしいとさえ感じてしまっていた頃が嘘のようだ。
今のナハトさんには生気がある。
勇者「匿ってくれ」
俺に用意された部屋にナハトさんが訪れた。
勇者「……はあ」
勇者「侯爵から彼へ連絡があったようだと君から聞いた時点で、」
勇者「正体を知られているだろうとは思っていたが……」
戦士「……大変そうですね」
戦士「……伯爵は、昔ナハトさんとよく遊んでいたと聞きましたが」
勇者「…………私が遊んでさしあげていたんだ」
勇者「そうしないとすねられて面倒だったからな……」
戦士「ああ……」
容易に想像できた。
戦士「でも、それだけ愛されていたんですね」
勇者「あ、まあ……そう、だな」
ナハトさんは風呂上がりで色っぽい。
戦士「……俺もそろそろ風呂入ってきます。汗かきましたし」
勇者「そうか。……外の湯屋に行くのか?」
戦士「はい。どうしても豪華な浴室を借りるのはちょっと」
戦士「っ――!」
足を引っ掛けた。
勇者「……!」
……ナハトさんを寝台に押し倒してしまった。
石鹸の良い匂いがする。暖かい。
戦士「ぁぁああああ゛あ゛すみません!」
勇者「…………」
この間酷い目に遭ったばかりだというのに、怖がらせるようなことをしてしまった。
いきなり男に押し倒されたら怖いに決まっている。
戦士「ごめんなさい! ごめんなさい!」
勇者「そ、そんな、気にしないでくれ」
勇者「今のは事故だとわかっているし、その……」
勇者「…………君だけは、平気なんだ」
戦士「え……」
その言葉にすごくドキッとした……が、すぐに考え直した。
彼女はしばしば、母親のような眼差しで俺を見ていた。
それに、俺は彼女より身長が低いし、年下だし、弟子だ。
その上身分の差だって大きい。
単純に男として見られていないだけだろう。
そう思うと悔しくなった。せめて、はやく大人になりたい。
伯爵「君はアルカディアと二人で旅をしているのだったね」
戦士「は、はい」
威圧を感じる。
伯爵「……何もしていないだろうね」
戦士「へ?」
伯爵「手を出しはしていないだろうね!?!?」
戦士「とととととんでもない」
戦士「彼女、そういうの極端に嫌ってますし、俺一介の庶民ですし」
戦士「とてもそんな」
伯爵「ふう……そうか」
娘の彼氏に敵意を向ける父親のようだ。
伯爵「彼女が生まれる前に、彼女の父親である我が兄は死んでしまったからね」
伯爵「代わりに私が父親のように接していたのだよ」
そんな感じはしなかったが……。
――
――――――――
伯爵娘「おねえちゃーん! 踊りの練習しましょ!」
勇者「ええ」
晩餐会の後には舞踏会があるらしく、二人は踊りの練習に励んでいる。
ナハトさんが遠くに行ってしまったような気がして、俺は寂しくなった。
英雄「今日は太刀筋が粗いぞ?」
英雄「八つ当たりみたいな感じだ」
戦士「…………」
戦士「今、すごく暴れ回りたい気分なんだ」
自分の身分にコンプレックスを感じたことは無かったはずなのだが、
この頃はやけにみじめな気分になる。
勇者「……不安だ」
勇者「レッヒェルン領がこの国との国境付近だった関係で、昔の知り合いが多くてね」
勇者「ややこしいことにならなければいいのだが」
勇者「そうだ、この数日間、ゲーリング大公の情報を集めていたのだが」
勇者「彼が汚い手を使い、」
勇者「彼の息子とアストライア嬢との結婚を迫ろうとしているのは事実のようだ」
まだ幼いのに……大公の息子はそういう趣味の人なのだろうか。
勇者「……闇商人から少女を買っているという情報もあった」
いつの間にそこまで調べたんだ。流石だなと思った。
ちなみに人身売買は世界のほとんどの地域で禁止されている。
勇者「だが、伯爵が言っていた通り、証拠が無いと奴を告訴することはできない」
勇者「晩餐会には多くの王侯貴族が集まる。情報を得る良い機会だ」
勇者「本人の魔力からも何か読み取れるかもしれない」
戦士「俺は何してればいっすか」
勇者「私がアストライア嬢から離れている間、私の代わりに彼女の護衛をしてほしい」
戦士「了解っす」
戦士「……伯爵達とは家族なんですし、」
戦士「あなたはあの方々に対して畏まらなくてもいいんじゃないですか?」
勇者「…………私はナハトとして生きると決めたんだ」
勇者「爵位も財産もない、本家の使用人として仕えていた『ナハト』として」
勇者「私が『ナハト』であるなら、身分をわきまえるのは当然だ」
でも一応俺には素を見せてくれているんだよな。
勇者「……あと、」
戦士「はい」
勇者「実は、この頃スランプなんだ」
戦士「え?」
勇者「……魔力を上手く扱えないことが多くてね」
戦士「マジすか」
勇者「これから君に頼ることも増えるかもしれない」
戦士「俺にできることなら精一杯やります」
頼ってもらえるのがなんだかとても嬉しい。
――夜会
国王主催だけあって大規模だ。
ナハトさんは従者としてではなく、伯爵の客人として出席している。
俺はもちろん従者として彼等の後ろに控えている。
場違い感が半端無い。こんな煌びやかな場に俺がいていいのだろうか。
王侯貴族ってこんなキラキラした世界に住んでるんだな。
昔、女心が気になって姉や妹の愛読書を読んだことがある。
あまりにもキラキラした世界観、美化され過ぎている男性像に俺は驚いてしまった。
女はこんなものを夢見ているのか。一生相容れないな……と思った。
しかし、その夢に近い世界が目の前に広がっている。
男はありえないくらい紳士だし、女性は美しく着飾っている。
勇者「貴族にとって、社交の場は人脈を作ったり、」
勇者「結婚相手を探したりする重要な場だからね」
勇者「皆体裁を取り繕うんだ」
……どうやら輝いて見えるのは表面だけで、実際はドロドロしまくっているようだ。
そう思うと別の意味で怖くなった。
貴族が次々と席についていく。
伯爵達とゲーリング大公の席はかなり離れていが、
向こうから妙な視線を感じないこともない。
メイド「あの野郎うちのお嬢様に変な視線送りやがって」
大公はガリガリで背が高く、やつれたような容姿だ。
隣に座っているのはご令嬢だろうか。
ゲーリング大公の息子は出席していない。五年前から屋敷に引き籠ってばかりだそうだ。
ついでに数人の貴族のご令嬢方がナハトさんの方を何度もチラ見している。
アキレスとその仲間達は王様の近くの席に座っていた。
そうか、招待されたのか。一国の英雄だもんな。
彼等に対しても格差を感じてしまった。
「おお……誉れ高き勇者がこの晩餐会に二人も……」
「今度、我が晩餐会にも是非出席していただきたい……」
貴族達は二人の勇者の噂話で持ち切りだ。
大皿に乗った料理が運ばれてきた。
使用人が大皿から主人の皿に料理を取り分けている。
こんな豪華な料理、俺も食べてみてえよ……。
勇者「食べるかい?」
戦士「え?」
戦士「……いいんですか?」
勇者「主人の食べ残しは使用人が食べていいのだよ」
勇者「第一、僕が客であるなら仲間の君だって本来僕と同等の扱いを受けるべきなんだ」
そういえば、アキレスの仲間達はアキレスと同じように席に座っている。
戦士「……あざっす」
料理はおいしかったような気がするが、
俺の知らない調味料や香辛料がふんだんに入っているらしく、慣れない味をしていた。
料理の味より、ナハトさんの気遣いの方が胸に染みた。
伯爵「うちの娘可愛いでしょ!? 名前はアストライア、愛称アスティ!」
伯爵娘「お父様、恥ずかしいです」
貴族「ご夫人はご一緒ではないのですか」
伯爵「三人目を身籠っておってね。次女と一緒に領地に留まっておるのだ」
貴族「勇者ナハトと伯爵は、もしかして血縁関係がおありで?」
夫人「勇者ナハトは亡きレッヒェルン辺境伯とよく似ておられます」
伯爵「この子はうちのめ」
勇者「遠縁でございます」
テイルコートを着ているのに姪と紹介されても困るだろうな。
貴族「おお、ではやはりレッヒェルン家の生き残りなのですね」
勇者「……はあ、まあ」
貴族「あなたを見ていると、アルカディア嬢を思い出します」
夫人「生きていれば、今頃美しいレディになっていたでしょうに……」
生きてるし美しいレディの格好してほしい。
伯爵「ふぐっうっ……う゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛」
伯爵娘「お父様、こんなところで泣かないでください。みっともないです」
晩餐会が終わり、休憩時間になった。
勇者「……ふう」
ナハトさんは少し疲れているようだ。
……こうして見ると、美青年だよなと思う。
高い身長を更にヒールで底上げしているし、凛々しくて中性的な顔立ちだ。
旅中も女性にモテてたな。なんだろうこの劣等感。
でも細身だから服で体型を誤魔化せてるだけで、中身は女性なんだよな。
なんだろうこの不思議な感じ。
なんだろうこのモヤモヤ感。
そこらへんにいるご令嬢を見た。
ナハトさんだって、着飾ればああいう女性に負けないくらい立派な令嬢になるだろうに。
舞踏会が行われる大広間の天井には大きなシャンデリアが吊られている。
勇者「あのシャンデリア、大量の透明な石で飾られているだろう?」
勇者「あれ、ガラスじゃなくて全部ダイヤモンドなんだよ」
なんて豪華な……格差を見せつけられているような気分だ。
令嬢1「……ナハト君?」
勇者「……!」
令嬢1「やっぱりナハト君よね?」
勇者「これはこれは、レディ・アドルフィーネ」
令嬢1「あなた生きてたのね!」
一人の可愛らしいご令嬢がナハトさんの胸に飛び込んだ。
令嬢1「会いたかったわ……その髪と瞳の色は一体どうしたの?」
令嬢2「ナハト! 本当にナハトなの!?」
令嬢3「今まで何処に行っていたの!?」
令嬢4「あなたが生きているって知っていたら彼氏なんて作らなかったのに!」
令嬢5「ちょっとあなたどきなさいよ彼は私の初恋の人なのよ」
令嬢6「なによー!」
勇者「ああ、どうか争わないでレディ・エルネスタ、レディ・フリーデル」
勇者「怒りは美しさという名の水晶にヒビを走らせてしまう」
勇者「どうか微笑んで」
令嬢5「きゃああ」
令嬢6「はあい」
戦士「…………」
伯爵「『ナハト』はなあ……女口説くのが趣味だったからなあ……」
戦士「……女好きな人だったんですか?」
伯爵「女が好きというより、演技めいた口調で女に話しかけるのが好きだったんだよ……」
それがナハトさんの外の顔の原型なのだろうか。
そういや俺の地元にもいたなあ、マセてるナルシスト。
伯爵「それにドン引きする女もいれば、コロリと落とされちまう女の子も少なくなかった」
伯爵の口調はやさぐれ者のようになっている。
伯爵「顔が良くて話術には長けていたからなあ……」
伯爵「隙あらばアルカディアの世話を他の使用人に任せて女の子に声をかけに行っていた」
伯爵「しかも、地位や財産が無いにも関わらず、貴族のご令嬢方にまで人気でな……」。
伯爵「それでもアルカディアは奴に懐いていた」
伯爵「ちくしょう」
ナハトさんは微笑んでご令嬢方と会話しているが、
どこかピリッとしているような気がした。
内心『ナハト』にキレてるんじゃなかろうか。
心配していた『ややこしいこと』とはこのことだったのかもしれない。
ご令嬢に囲まれては動きを取りづらいだろう。
令嬢1「お願い、私と踊って!」
令嬢2「どうか私と踊ってくださいまし!」
令嬢3「いいえ私と!」
勇者「ははは、なんて豪華な花束だ。抱きかかえてもこの腕から零れてしまう」
どうにかご令嬢の群れから抜け出したナハトさんに耳打ちされた。
勇者「これを利用して女性から情報を集めてくるからアストライア嬢を頼む」
なるほど、そういう手があったか。
舞踏会の時間になった。大公がいる場所を避けつつアストライア嬢に同行する。
伯爵娘「お姉ちゃんと踊りたかったのに……」
彼女はそう呟いていたが、
少し年上の顔立ちの整った少年からの誘いに応じて可愛らしく踊り出した。
メイド「ああ、やっぱりうちのお嬢様は最高ですわぁ」
俺は壁際でアストライア嬢から目を離さないようにしている。
アキレスはご令嬢方の誘いを上手く断り、魔法使いと踊っているようだ。羨ましいな。
俺もナハトさんと踊りたいけど、そもそも俺は踊り方を知らないし、
ナハトさんは男の格好をしているし、
仮にドレスを着てくれたとしても向こうのが遙かに身長高いから格好つかないし……。
世界から取り残された気分だ。
僧侶「吹っ切れたと、思ってたのにな……」
傭兵「まあ、若い内にいろいろ経験しとけ」
いつの間にかすぐ近くにアキレスの仲間達がいた。
今なら僧侶のエイルさんと仲良くなれるような気がした。気がしただけである。
俺は女の子との話し方なんてわからない。
「ゲーリング大公の城の西には立ち入り禁止の塔があるそうよ」
「恐ろしい魔物がいるって噂だわ……」
大公「エーデルヴァイス卿、先日の申し出については考えてくださいましたかな」
伯爵「社交の場に長らく顔を出してない男に娘を嫁がせるなぞ、話になりませぬ」
大公「だがもし断れば、貴公の親族に災いが降りかかることになりますぞ」
伯爵「ぐぬ……」
大公「もしレディ・アストライアが我が息子の花嫁となれば、」
大公「貴公は強大な権力と財力を手に入れることができる」
大公「悪い話ではないと思いますがね」
伯爵「……娘はまだ幼い。婚姻を結ぶには早過ぎる」
大公「良い答えを期待しておりますぞ」
伯爵「あ゛んのやろぉぉぉお゛お゛」
伯爵「十年経ったってあの家にアスティをやったりしないんだからああああ」
伯爵「そりゃ向こうは王家に次ぐ名家だよ!? でも評判の悪さヤバいんだよ!?」
伯爵は地団駄を踏んで悔しがっている。
伯爵「逆らったらエーデルヴァイス家を失脚させるつもりなんだよあいつぅぅぅ」
伯爵「奴に従わなかった貴族は尽く没落してるしいいい!!!!」
伯爵「うう……何でうちの娘が狙われなきゃいけないんだ……」
メイド「旦那様、勇者ナハトを信じましょう。きっと大丈夫です」
伯爵「うん、うん」
ナハトさんが一人の女性と二人で大広間を出ていくのが見えた。
その女性が、さっき大公の隣に座っていたご令嬢だったような気がしなくもない。
夜会が終わった。
伯爵「アスティィィィィィ」
伯爵娘「こんなところで抱き付かないでお父様」
伯爵「おひげじょりじょりしちゃだめ?」
伯爵娘「だめ」
勇者「お父様、か……君のお父様はどんな方なんだい?」
戦士「安い食器を作ってる無骨なおっさんです」
戦士「親父の作る皿は、見た目は雑なんですが割れにくいって評判で」
戦士「おかげでなんとか家族全員食わせてもらえてるような感じでしたね」
勇者「そうか」
勇者「私にとって、母様に仕えていた執事が父のような存在だったな」
伯爵「え?」
勇者「彼は母様が嫁ぐ前から母様に仕えていて、私の良き理解者でもあった」
伯爵は涙目になっている。
勇者「大公の魔力を読んだが、彼はかなりの罪悪感を抱えているようだ」
戦士「え?」
勇者「あの魔力は、やむを得ず悪事に手を染めている者の色だった」
勇者「家名のために他者を犠牲にできるような人間であることは事実だが、」
勇者「進んで人身売買等の犯罪を行う人間程の穢れは無かったんだ」
勇者「どのような理由で悪行を働いているのかを調べなければならない」
戦士「かっこよく潜入調査とかできたらって感じですね」
勇者「潜入ではないが、明日大公の城に行けることになった」
勇者「大公の娘の婿候補として」
戦士「え……婿候補?」
勇者「ああ」
戦士「誰がですか?」
勇者「私がだ」
戦士「えっ」
――翌朝
伯爵「ぐすん……」
伯爵娘「気をつけてね!」
勇者「今の内に剣から魔導石を外しておくんだ。城内では帯剣を許されないかもしれない」
――ゲーリング大公の城
元騎士「あ」
戦士「あ」
勇者「……」
俺はナハトさんを庇うように前に出た。
戦士「何でここにいるんですか」
元騎士「今ここで働いてんだよ。家庭を持った以上安定した職に就かねえと」
元騎士「大公のご令嬢が気に入った相手っておまえかよ」
勇者「……」
ナハトさんはゴミを見る目でディオさんを見ている。
大公娘「まあ、来てくださったのねナハトさん!」
勇者「やあ、レディ・ジークリンデ」
すぐに笑顔を作ったものの心の中は大荒れだろう。心配だ。
心が乱れていると魔術の精度が落ちてしまう。
元騎士「おっと、剣は預からせてもらうぜ。悪いな」
大公「よく来てくれたね、ナハト・フォン・レッヒェルン」
勇者「はい。お招きいただき誠に感謝しております」
大公「本日はゆっくりしていきたまえ」
大公娘「どのような旅をしてこられたのか、是非ともお聞かせ願えますかしら」
三人は表面上楽しそうに会話を始めた。しかし白々しさが漂っている。
――――――――
――
大公「我が息子は爵位を継ぐ気が無いようでね」
大公「婿養子に相応しい男を探しているのだよ」
勇者「ふむ。ご令息は現在どちらにいらっしゃるのでしょう」
大公「この城の自室に籠りっきりだ」
大公「その不肖の息子がアストライア嬢に興味を持っておってね」
大公「君からも是非伯爵を説得していただきたい」
勇者「ご令息はどのような理由でアストライア嬢に関心を持たれたのでしょう」
大公「アストライア嬢は幼いながらに気品がおありだ。評判の良さは類を見ない」
大公「そしてレッヒェルンの血を引いているとあっては放っておけるはずがない」
勇者「……レッヒェルンに拘りをお持ちのようで」
大公「なんせ、代々国境を護り善政を敷いていた格式高き一族だ」
大公「現在は魔の血により領土を失い、一族のほとんどが滅んでしまったが、」
大公「その名声はいまだ衰えることを知らぬ」
大公「君にも是非我が娘と婚姻を結んでほしいものだ」
勇者「しかし私は爵位も財産も受け継いではおりません」
勇者「婚姻を結んだところで政治的、経済的価値は生まれないでしょう」
大公娘「でも、私……他の殿方との結婚なんて考えられませんわ」
勇者「……あなた方がアストライア嬢を求めているのは何か他の理由でしょう」
大公「なっ……」
勇者「そうだ、昨晩この城に関する妙な噂を耳にしましてね」
勇者「立ち入りを禁じられている西塔には魔物がいると」
大公「な、なんの根拠も無いデタラメだ」
大公娘「そ、そのようなことは」
勇者「ではそこへ案内していただけるでしょうか」
大公「ぐ…………」
ナハトさんから微笑みが消えた。
勇者「……これまでどれだけの少女を犠牲にしてきたのですか」
勇者「アストライア嬢を解放していただきたい」
大公「なっ何の話だ! 彼女が今この城にいるわけがない」
さっきまで彼女は伯爵の城にいたはずだった。
勇者「彼女の魔力を感じます。西塔の魔物がどうやら彼女を誘拐したようですね」
大公「そ、そんなばかな! 待てと言ったのに!」
勇者「どれほど魔術で隠しても私の魔感力は誤魔化せませんよ」
勇者「……あなたのご令息は、既に手遅れです」
大公「我が騎士達よ! 勇者を殺せ!」
大公「隙を突いて静かに始末するつもりだったが……やむを得ぬ」
大公「伯爵が勇者に泣きついたであろうことは予測済みだったわ!」
どうやら、大公達は最初からナハトさんを殺すために敢えてこの城に招待したようだ。
勇者「ヘリオス君、西へ走るぞ!」
戦士「はい!」
勇者「こんなことだろうとは思っていたんだ」
ナハトさんが電撃で次々と騎士達を感電させていく。
多少力が不安定なようだが、先へ進むのに支障は無かった。
禍々しい空気を放つ西塔らしき建物を見つけた。
堅い木で作られた扉は固く閉ざされている。鍵が無いと開けられないようだ。
戦士「……ぉぉおおお!!!!」
魔導石経由で右腕に魔力を集中させ、思いっきり扉を殴りつけた。
だが魔法がかけられているらしく、一撃では完全に破壊しきることはできなかった。
戦士「ちくしょう!」
勇者「私がやる」
元騎士「おまえら暴れんな! 大公に歯向かうのはこの国を敵に回すのと同じだぞ!」
勇者「う゛っ」
ナハトさんの精神が乱れた。国を敵に回すのが怖いわけではない。
ディオさんが現れて忌々しい記憶が蘇ったせいだ。
戦士「俺達に歯向かったらおまえの股間を斬り落とすぞ! どっか行け!」
元騎士「……嫁さんごめん。俺、失職するかも」
……彼は背を向けて去っていった。
勇者「はっ……はあっ……ぁ……」
戦士「……ナハトさん、大丈夫です。落ち着いてください」
俺はアラゴナイトに魔力を宿し、ナハトさんに握ってもらった。
勇者「…………ああ。ありがとう」
勇者「君の魔力は、暖かいな」
ナハトさんが扉を破壊すると、塔の奥から異様なにおいが溢れた。
戦士「酒、と……何か薬のような…………」
勇者「……催淫剤だ」
ナハトさんの風魔術で臭気を飛ばしつつ、中に侵入した。
大公息子「誰だ……戸を壊したのは……」
奥の地下室には大公と似た容姿の魔族の男がいた。
数人の少女が檻に捕らわれている。
その内何人かからは生気を感じ取れない。……死んでしまっているようだ。
伯爵娘「うー! うー!」
アストライア嬢も手足と口を縛られて横たえられている。
勇者「貴様……!」
大公「待ってくれ! 息子を殺さないでくれ!」
大公「魔族になってしまっても、そやつは私の息子なのだ!」
戦士「どういうことだ……」
大公「……五年前、息子は魔族の女と関係を持ってしまった」
大公「瘴気に耐え、死にはしなかったものの……魔族となってしまった」
大公「私は息子を殺すことはできず、この塔に幽閉した」
大公娘「兄様……」
大公息子「親父ぃ……俺、強くなったんだぜ……」
大公息子「使い魔を召喚して、この子を連れてくることができたんだ」
大公息子「待ちきれなくてよぉ……評判通り可愛いなぁ……」
勇者「その子に触れるな! くっ……」
さっき吸い込んでしまった酒と薬の成分が身体に回ってきてしまったようだ。
ナハトさんは膝をついた。
大公「…………あれ以来息子は少女を抱かずにはいられなくなった」
大公「だが、どれだけの人数を用意しても少女達は瘴気に侵されて死んでしまう」
大公息子「あーひゃひゃひゃひゃ! ある時俺を犯した魔族の女が言った!」
大公息子「レッヒェルンの女ならきっと長持ちするってなあ!!」
勇者「…………」
大公息子「やぁっと手に入ったんだぁあああああ」
大公「……どうにかして少女を用意しないと、今の息子は何をしでかすかわからない」
大公「もう、こうするしか……」
勇者「……そうか。そういうことか」
ナハトさんはふらつきつつも大公の息子に近付いた。
大公「やめてくれ!」
大公娘「父様! ……もう、終わりにしましょう」
大公娘「あの頃の兄様は、もういないのよ」
大公息子「そんなフラフラなのに何ができる? 武器も持ってないくせに!」
勇者「一度魔族になった者が人間に戻る術はない」
彼女は隠し持っていたダガーで大公の息子の腹を刺した。
大公息子「あ゛っ……」
勇者「おまえは魔族の女から強姦されたのか? それとも誘惑に負けたのか?」
勇者「そうか、誘惑に負けたのか。ならば同情の余地は無い」
そして股間にダガーを突き立てた。
俺はアストライア嬢の元に走り、拘束を解いて彼女の目を隠した。
戦士「見ちゃ駄目です。耳も塞いでください」
ナハトさんは真顔で何度も攻撃を繰り返している。
勇者「そして幾人もの罪の無い少女を辱め殺し続けてきたのだな」
勇者「許せるものか」
大公息子「アギャアアアアオヤジ! オヤジ! ダズゲデグレエエエエ」
大公「うう……」
そして怒りを表情に出した。
勇者「よくも私の可愛い従妹を穢そうとしたな!!!!」
大公息子「オノレ゛エエ゛エエエ゛エエ」
勇者「恨むなら魔族を恨め!!」
ナハトさんが怒る時の表情は、いつも笑顔か真顔のどちらかだ。
これほど怒りを露わにした顔は初めて見た。
勇者「…………これで、終わりだ」
大公とその親族は起訴された。おそらく極刑か終身刑になるそうだ。
魔族化する前の大公の息子は、
小児性愛者という噂はあれど実際に少女に手を出してはいなかった……らしい。
魔族化すると、自分の欲望に逆らえない、本能のままに生きる獣と化してしまうそうだ。
彼が魔族化さえしなければ、大公達がこれほどの罪を犯すことも無かっただろう。
そう思うと後味が悪い。
伯爵「アスティィィィィ良かったよおおぉぉぉぉ」
伯爵娘「お父様あああ!」
メイド「良かったですわ、お嬢様……」
勇者「…………」
勇者「……これほど生まれてきたことを後悔した日は無い」
勇者「母様は、一体どのような気持ちで私を育てたのだろう」
戦士「……?」
ナハトさんは、虚ろな瞳で何かを呟いている。
戦士「え、えっと……」
伯爵「アルカディア、アルカディア!」
勇者「……エーデルヴァイス卿」
伯爵「ありがとう、本当にありがとう、君が助けてくれなかったら、今頃アスティは……」
勇者「…………」
ナハトさんはなんだか悲しそうだった。
――翌日
もう一泊、伯爵の屋敷に泊まることになった。
勇者「…………」
ナハトさんはぼうっとしながら、伯爵が用意したドレスを眺めている。
伯爵娘「お姉ちゃん、お兄ちゃん、昨日は助けにきてくれてありがとね」
伯爵娘「お礼にね、これあげる!」
そう言ってアストライア嬢から手渡されたのは、この国の焼き菓子だった。
戦士「あ、ありがとうございます」
勇者「……ありがとうございます、アストライア嬢」
伯爵娘「アスティって呼んでよぉ!」
伯爵娘「明日にはもう行っちゃうの?」
勇者「ええ」
伯爵娘「あのね、お父様ね、お姉ちゃんが来るのすっごい楽しみにしてたんだよ」
勇者「……そうですか」
メイド「あのドレス、お召しにならないのですか?」
勇者「…………男を喜ばせるような格好はしないと決めているんだ」
俺は、ナハトさんが髪飾りを髪に当てて鏡を覗いていたことを思い出した。
本当は着たい気持ちがあるんじゃないだろうか。
戦士「着るだけ着てみて、男に見せずに脱いでしまえば関係無いんじゃないですか?」
勇者「……!」
戦士「女の子って、男のためというより自分のためにお洒落したりしてますし」
勇者「それも、そう、だな……」
戦士「俺の妹も同級生もそんな感じでした」
戦士「俺あっち行ってますから」
メイド「お手伝いいたしますわ」
伯爵娘「やったーお姉ちゃんのドレス姿だあああ」
特にやることもないし、俺は廊下でぼけっとすることにした。
メイド「お化粧もいたしましょう」
勇者「い、いや、着るだけでいいんだ。時間もかかるだろう」
メイド「せめて薄化粧を。ウィッグもつけましょう。髪が長い方が似合いますわ」
勇者「……やっぱり私なんて、無駄に背が高いし、普通の女の子より肉付きも無いし」
メイド「自信をお持ちになってくださいまし」
伯爵娘「きれいだよお姉ちゃん!」
……見たかったなあ、ナハトさんのドレス姿。
メイド「アルカディア様がお呼びですよ」
戦士「え?」
メイドさんに呼ばれて部屋に戻った。
勇者「なあ……変じゃないか?」
戦士「あ……」
元々綺麗な人ではあったが、見違えるほど可憐になっていた。
だが不安そうな表情を浮かべている。
戦士「すごく、綺麗です」
勇者「そ、そうか」
彼女は照れて微笑んだ。
俺は彼女のドレス姿を見ることができて嬉しかったと同時に、寂しさも覚えた。
やっぱり彼女は上流階級の人で、俺とは別の世界の住人なんだなと思い知らされた。
戦士「……俺に見せて良かったんですか?」
勇者「君には、その……見てもらいたかったんだ」
戦士「……!」
勇者「じゃあ、もう脱ぐぞ」
メイド「もったいない……」
伯爵娘「もったいないー!」
もったいない。
――
――――――――
戦士「そういえばずっと気になっていたんですけど」
戦士「最初、俺に対して剣の面倒しか見ないって言ってたじゃないですか」
勇者「ああ」
戦士「なのに、どうしてこんなに面倒見が良いのかなって……」
勇者「……最初は、本当に剣の面倒しか見ないつもりだったのだが、その……」
勇者「……つい、母性本能が刺激されてしまって」
ああ、なんだ。やっぱり子供としてしか見られてないだけか。
変に期待をするのはよそうと、俺は心に誓ったのだった。
第十二話 詩歌
伯爵「……コーレンベルク卿は、激しく後悔しておられるようであったよ」
伯爵「何故もっと強く君を引き留めなかったのかと」
勇者「…………」
伯爵「そして、君が女性の心を殺し、男性として生きていることに胸を痛めておられた」
伯爵「私も君に女性としての心を取り戻してもらい、普通の令嬢として生きてほしかった」
ナハトさんは侯爵と会っていた頃よりも、女性らしい面を見せてくれるようになった。
でも、女性として暮らす日は訪れるのだろうか。
伯爵「だから美しく着飾り社交界に出て、恋の一つでも見つけられたらと……」
伯爵「……アルカディア」
勇者「叔父上、どうか御達者で」
伯爵娘「ほんとにもう行っちゃうの?」
伯爵「…………行っちゃうの?」
勇者「ええ」
伯爵「…………」
勇者「騎士団を用意しても無駄ですよ」
伯爵「……ぅ゛う゛え゛えぇええ゛ぇぇえ゛えええ」
伯爵娘「元気でね!」
泣き崩れた伯爵に礼をして北へ向かった。
――とある細い川のほとり
英雄「マリナと一緒に踊ってさ」
戦士「おう」
英雄「その後二人でバルコニーに出てさ。すごく良い雰囲気だったんだよ」
戦士「おう」
英雄「完璧なシチュエーションだと思ったんだよ。もちろん告白した」
戦士「おう」
英雄「フラれた」
戦士「……おう」
英雄「うぅっ……うっ……ふあああああああん」
戦士「この菓子半分やるよ」
アキレス達と進む方向が同じだったため、俺達は成り行きで同行することになった。
今は歩き疲れて休憩しており、二人で抜け出してきたのだ。
彼等のパーティは現在ものすごく気まずい雰囲気が漂っている。
英雄「『私なんかやめて綺麗な子見つけなさいよ』って」
英雄「ううぅうぅぅぅううううう」
英雄「マリナほど綺麗な子いないのにいいいいい」
その『綺麗』って、容姿のことじゃないんじゃ……と思ってしまった。
ナハトさんは、相手が処女か非処女かで目の表情が変わる。
また、同じ非処女でも、貞淑な人妻に対しては紳士的だがどこか子供っぽい眼差しを、
ふしだらな女性には冷ややかな眼差しを、
強姦の被害者には悲しみのこもった眼差しを向ける。
彼女はアキレス達とは距離を置きつつも、
僧侶のエイルさんには生暖かい眼差しを向けているが、
魔法使いのマリナさんのことは悲しげな目で見ていた。
……そういうことなのだろう。
戦士「こういう時って、胸が割れそうになるよな」
英雄「わがっでぐれるかああぁぁぁぁ」
皆の所へ戻った。
ナハトさんは、アキレスの仲間達と少し離れたところで木に寄りかかっている。
あくまで慣れ合うつもりはないらしい。
勇者「この頃は武力の行使以外の手段で享楽を得ようとする魔族が増えているらしい」
勇者「陰から糸を引いて人間を操ったり、少人数でいるところを狙って凌辱したりと……」
勇者「大公の息子のような魔族化した人間を操るのは稀かもしれないが、」
勇者「陰湿な事件が増えているのは嘆かわしいな」
傭兵「こいつにも載ってるぜ」
傭兵のダグザさんからナハトさんへ新聞が投げ渡された。
魔族が絡んでいると思われる凄惨な事件について記述されているが、
それよりも目が行ってしまう見出しがあった。
勇者「……なんだこれは」
『勇者ナハト 彗星の如く社交界に君臨
花を束ねるかのようにレディースの恋心を摘み去っていった』
勇者「…………くだらん」
ナハトさんのドレス姿を思い出した。
あの格好だと、アメジストの映像で見た血塗れの綺麗な女性とよく似ていた気がする。
社交界に出たら、きっと貴族の紳士達からも放ってはおかれないだろう。
……モヤモヤする。
だが、彼女のあの姿を見られた男はこの世で俺だけなんだと思うと嬉しかった。
魔法使い「あんた、随分弱くなったみたいね」
勇者「おや、そう見えるかい?」
魔法使い「魔力が分離しかかってドロドロになってるじゃないの」
魔法使い「まるで墨流しだわ」
勇者「はは、なかなか良い目を持っているね」
魔法使い「船の上で会った時は澄んだ冷たい夜空色だったのに、今は熱を帯びている」
勇者「まあ僕も一応人間だからね。こんな時だってあるさ」
魔法使い「ふ〜ん……」
勇者「そんなに僕に興味があるのかい? 照れるね」
魔法使い「誤解を生みそうな言い方はやめてほしいわね」
英雄「勇者ナハトとばかり話して……」
戦士「落ち着け、落ち着くんだ」
ナハトさんは女性だと教えてやりたい。
……確かに女の人だよな? 俺の記憶違いとかじゃないよな? おっぱいあったよな?
『彼女』というより『彼』と呼んだ方が似合うけど女性のはずだよな?
これほど本来男に使うべき眉目秀麗という言葉が似合う女性は滅多にいないんじゃないだろうか。
ちなみに、俺からたまに難しめの言葉が出てきたとしたら、
それらは大体姉妹の恋愛小説から学んだ言葉である。
英雄「今日はここで一泊だな」
森に囲まれた、平和そうな村に到着した。
村の中央広場には噴水があり、人だかりができている。
吟遊詩人が歌っているらしい。美しい竪琴の音色と美声が響いている。
僧侶「アキレス様の詩のようですね」
英雄「なんか照れるな」
詩人「――――――――以上です。ありがとうございました」
少女「キャー! 素晴らしかったわ!」
村女「もう一曲歌ってくださいましオルフェウス様!」
詩人「では宵にでも、酒場で歌いましょう」
あの吟遊詩人はかなりの美形だ。だが俺には彼に対する激しい見覚えがあった。
戦士「…………七年間ずっと隣のクラスだったアポロン君じゃねえか」
詩人「……おやおや」
詩人「やればできそうな気がするのにいまいち伸びきらないヘリオス君じゃないか」
詩人「まさかこのような遙か北の地で同郷の者と再会するとは」
戦士「俺もびっくりだよ」
詩人「君は兵士になったとばかり思っていたよ」
戦士「おまえこそ、都会の上級学校に通ってるんじゃなかったのかよ」
詩人「ふっ……あまりにも窮屈な生活だったものでね」
詩人「休学して自分探しの旅に出たのさ。そしておまえ呼ばわりはやめてほしいね」
戦士「……オルフェウスって何だ?」
詩人「芸名だよげ・い・め・い。本名の輝きはあまりにも眩し過ぎるからね」
詩人「旅先で出会うあらゆる人々と親しみやすいであろう名前を考えた結果、さ」
どうでもいいが、ナルシストだったため地元でのあだ名はナルキッソスだった。
神話に登場する、ナルシストの語源となった人物の名前である。
詩人「おや、そちらの青年は…………!!」
彼はナハトさんを見て何やら衝撃を受けている。
詩人「な、なんということだ……そんな……そのようなことが……」
勇者「……?」
詩人「この私よりも美しい男がこの世に存在していたなんて!」
勇者「…………」
詩人「そんな馬鹿な……このようなことがあっていいはずがない……」
戦士「お、落ち着け」
戦士「ほら、あっちを見てみろ、おまえがさっき歌っていたアキレス本人がいるぞ」
詩人「何っ!?」
戦士「本人と知り合えば詩のネタもできるんじゃないのか」
詩人「むっ……君もなかなか……」
英雄「ど、どうも」
詩人「許せない……美しい男がこんなに……」
戦士「け、系統違うしそんな気にしなくても」
詩人「そうだね……勇者アキレスはよしとしよう」
詩人「だがそちらの青年」
詩人「君は私と似たにおいがする。放ってはおけないね」
勇者「どうも」
においとはナルシスト臭のことだろうか。
ナハトさんはアポロン君と違って天然のナルシストではないのだが、
『ナハト』として生きている結果ナルシスト臭くなっている。
どうしてそこまでなりきっているのだろう。
詩人「紺色の髪……そうか、君が勇者ナハトか。ふ〜ん」
出た、アポロン君の般若顔だ。
アポロン君はあらゆる教科の成績が良かったが、
自分よりも良い点を取った男に対しては激しいライバル心をいだく奴だった。
ライバル視された奴は、その般若顔に長い間凝視され続けることとなる。
授業中だろうが掃除時間だろうが給食時間だろうがずっとだ。
俺も一度だけその顔で睨まれたことがあった。
体育の選択科目に剣術があり、その授業の成績だけはアポロン君よりも良かったのだ。
十分ほど見つめられただけで俺の精神が崩壊しかけたため、
「せ、せっかくの美しい顔が台無しだぞ」と言ったら少し治まった。
だが彼の口角は不満そうに左右へ伸びっぱなしだった。
ちなみに、彼の成績を上回らなくとも、
彼を「アポロン」と呼び捨てにするだけでその美しい顔は般若と化す。
だからわざわざ君付けにしているのである。
般若顔を見るためにわざと呼び捨てにして彼を怒らせる奴もいた。
詩人「ふ〜ん。ふ〜ん。……ふ〜〜〜〜ん??」
彼はナハトさんを見下そうと必死に顎を上げて背を反らせているが、
ナハトさんの方が身長が高いのでどうしても見上げる体勢となっている。
よく見たらアポロン君はかなり厚底のサンダルを履いている。よくあれで歩けるな。
詩人「君、学歴は?」
勇者「無いよ。家庭教師に教えてもらっていたからね」
詩人「なっ……勇者ナハトが貴族出身という噂は本当だったのか……?」
詩人「……どちらがより優れた男か証明しようではないか。勝負だ」
ナハトさんがこんなくだらない挑発に乗るわけが……
勇者「いいだろう」
戦士「えっ」
なんで楽しそうなんだ。ナハトさんはとてもにこやかだ。
勇者「腕比べの内容は君が決めたまえ」
詩人「ほう、よいのか?」
勇者「作詩でも歌でも構わないよ。君の得意な分野を選ぶといい」
詩人「ふ〜ん? 詩人に歌と言葉で勝てるとでも?」
勇者「言葉遊びや歌唱には自信があってね」
何故か駄洒落大会が始まったので、俺は宿の部屋を借りにその場を去った。
彼等はその場に集まっていた村人達に評価を委ねているようだ。
歓声や拍手の音が聞こえてくる。
――酒場
勇者「いやあ、楽しかったよ」
戦士「どっちが勝ったんすか」
勇者「盛り上がっていく内に勝敗はどうでもよくなっていってね」
勇者「最後には互いの実力を認め合って友情が芽生えたよ」
戦士「ああ……そっすか……」
俺達は酒場に来ている。酒を飲みに来たわけではない。
この村の飲食店がここだけだったのである。宿も食事付きではなかった。
アキレスの仲間達もいるが、僧侶のエイルさんは見当たらない。
少し遅れてアポロン君が入ってきた。
詩人「歌いに来たのだが、同郷の者がいると集中できないね」
詩人「コルマの福音書、6章4節を知っているかい」
戦士「知るわけねえだろ」
詩人「『預言者郷里に容れられず』どれほど優れた人物であっても、」
詩人「幼少期から身近にいた者からは普通の人間としてしか見られない」
詩人「君の存在により私の神秘的さが薄れてしまうのだよ」
戦士「あーあー勝手に言ってろよ」
彼の綺麗な面しか知らない人物に、
彼が調理実習でニラと間違えて水仙の葉を持ってきたことを話したらイメージが崩壊するだろうな。
水仙は毒草なので決して食べてはいけない。
更に、そのような騒動を起こしたにも関わらず、彼は
「皆ナルキッソスナルキッソス言いやがって。開き直ってナルキッソスになってやろう。
どうだ、この花が似合うか」と言って、ナルキッソスの象徴である水仙の花を咥えた。
その結果見事水仙中毒を起こし、病院行きとなったのである。
その時のことは、完全に恥ずかしい過去として闇に葬られているだろう。
詩人「君は私と同じ太陽神の名を持っているが、少しは輝けるようになったのかね」
勇者「なったね」
戦士「え?」
勇者「魔力で光れるようになったじゃないか」
詩人「何っ!?」
戦士「ああ……炎は出せるようになったな」
詩人「君に魔法の才能があったとはね。ふ〜ん」
戦士「その顔で睨むのはやめてくれ……そろそろ歌ったらどうだ」
アポロン君の歌い声は素晴らしい。
素の性格さえ出さなければ、ただの美形の神秘的な吟遊詩人である。
勇者「僕も歌っていいかな」
お互い知っている歌があったらしく、彼等は二重唱を始めた。
ナハトさんは一体何処からあんなに低い声を出しているんだ。
いつか女性らしい声で歌っているのも聞いてみたい。
……俺以外の男と一緒に、ナハトさんが歌っている。
歌は素晴らしいが、その状況に耐えられなくなって俺は酒場から出た。
丘に登って寝ころんだ。月が綺麗だ。……どうにかして心を落ちつけたい。
クラスのあの子可愛いな……と思ったことくらいはあったが、
これほど誰かのことを好きになるのは生まれて初めてだ。
彼女の一言一言を過剰に解釈してしまいそうになる。
優しい言葉をかけられる度に期待しかけ、
「そういう気遣いは全て母性から来るものなんだ」
とすぐに自分に言い聞かせなければならない毎日だ。
頭がぶっ壊れそうになる。
……あの人、魔力から人の情報読み取るの得意だったよな。
もしかして、俺があの人のことが好きだっていうのバレてるんじゃ……。
いや、何でもかんでも読み取れるわけじゃないみたいだし、バレてないかもしれない。
でもバレていたらどうしよう。
怖気が立った。
いっそ好きだって吐き出してしまえば楽になるんじゃとも思ったが、
これ以上あの人の心を乱しかねないことはしたくないし、
アキレスの様子を見る限り、吐き出しても苦しいことには変わりないだろう。
なら気持ちが落ち着くまで距離を置けばいいのだろうか。
それはそれで、以前のように彼女を不安にさせてしまうかもしれない。
どうすればいいんだ。
僧侶「あら……」
戦士「あ……どうも」
アキレスに想いを寄せているエイルさんだ。
明るい金髪が月明かりに照らされている。
僧侶「…………」
戦士「…………」
き、気まずい。彼女と会話したことはないんだ。
だが、以前の俺ほど女性に対して無差別に緊張することはなくなっていた。
僧侶「ヘリオスさんは、アキレス様と仲がよろしいようで……羨ましいです」
戦士「あ、まあ……歳の近い男同士だしな」
僧侶「…………不思議なほど、明るい夜ですね。悲しみを全て吸い上げてくれそうです」
戦士「えっと……風も気持ち良いよな」
僧侶「ええ」
戦士「……なあ、胸の痛みに効く法術とかってないのか?」
僧侶「痛みの種類によりますが、いくつかありますよ」
僧侶「痛いのは食道ですか、肺ですか、それとも他のところですか」
戦士「あ゛……えっと……」
僧侶「恋の痛みなら、癒せませんわ」
戦士「う……そうか」
顔が熱い。多分赤面したせいで痛みの原因がバレたのだろう。
僧侶「どのような石に頼っても、燃え上がる熱情を冷ますことはできませんでしたもの」
僧侶「あなたの想い人は、どのような方ですか」
戦士「その……凛々しくて、俺よりずっと大人で……でも、弱い面もある人だ」
僧侶「そう、ですか。きっと素敵な方なのでしょうね」
多少恥ずかしかったが、エイルさんからの質問に答える形で恋の話をした。
その後は彼女の想い人の話も聞いた。
彼女は、アキレスがマリナさんに告白して振られたことを知っているようだった。
僧侶「あなたは、暖かい方ですね。アキレス様が頼るのもわかります」
戦士「そうか。俺も胸の内を君に吐き出せて少し楽になったよ」
姉妹やナハトさん以外の、歳の近い女の子とこんなに話をしたのは初めてかもしれない。
戦士「そろそろ宿で休まないとな。明日も歩くし」
俺達は宿に行く前に酒場に戻った。
勇者「……!」
案の定ナハトさんが酒のにおいだけで酔っていた。
勇者「ヘリオス君……戻ってきてくれたのか……」
戦士「こんな時、あなたに肩を貸すのは俺ですから」
詩人「驚いたよ、空気で酔うなんて」
彼女が突っ伏している机にはたくさんのコインが置かれていた。
勇者「歌で稼ぐなんて久々だったよ……」
歌で金を稼いだことがあったのか。道理で上手いわけだ。芸は身を助くって言うもんな。
詩人「おかげで私も儲かった」
詩人「是非とも彼とはコンビを組みたいね。語彙力作詩力歌唱力全て文句無しだ」
戦士「なっ……ナハトさんは俺の師匠だ。アポロン君にはやらねえぞ」
詩人「さすらいの詩人オルフェウスと呼んでくれたまえ」
英雄「えっと……」
僧侶「さあ皆さん、そろそろ眠りましょう」
英雄「あ、ああ」
ナハトさんに肩を貸して宿に向かう。
勇者「随分、たくましく……なったものだね……」
勇者「いつの間に……こんなに身長差が縮まっていたんだい……」
戦士「成長期ですからね」
勇者「なあ、彼女と……仲良くなったのか……?」
戦士「え、ええ……一応……」
勇者「そうか……女性に免疫の無かった君が、成長したものだ……」
戦士「……どれもこれも、あなたのおかげですよ」
……これだけ近くにいても、心が繋がらない事実に胸が押し潰されそうになった。
――宿
田舎の宿であるため、旅人は大部屋一室で寝ることになる。
だがベッドが一台足りなかった。
詩人「この麗しき詩人オルフェウスと共に眠りの世界へ往かんとする乙女はおらぬか」
勇者「妻ではない女性と同じ寝台で寝ようとする男なぞ、」
勇者「一生勃起不全になればいいと思うのだよ」
詩人「!? じょ、冗談で言っただけです」
彼はナハトさんの言葉に恐れを覚えて畏まっている。
戦士「俺床で寝ますから」
僧侶「マリナ、一緒に寝ましょ!」
魔法使い「え? いいけど……」
英雄「…………」
好きな男の好きな女の子と仲良くできるなんてエイルさんすげえ……って思った。
聖職者とか関係なく本当に聖女だ。
というかアポロン君は女性と同じ布団に入って理性を保つことができるのだろうか。
女慣れしているし添い寝くらいは平気でできるのかもしれない。
まあ、ナハトさんが仲良くなったくらいだから童貞ではあるのだろうが。
俺だったら理性が保つかどうか以前に、その状況に耐えられず逃げ出すだろう。
――翌朝
英雄「いろいろ心配であまり眠れなかった……」
戦士「ああ……今日はあんま無理すんなよ」
詩人「昔から気になっていたのだがね」
戦士「なんだよ」
詩人「君は私と違って女兄弟が何人もいるのに、何故私よりも女慣れしていないのかい」
戦士「ほっとけ」
そう言うと彼は外へ出ていった。呼吸をするように人を見下す奴だがもう慣れた。
そういえば義務教育生だった頃、こいつは俺に
「僕は姉が欲しかった。君のお姉さんの名前は、神話においてはアポロンの姉妹の名だ。
ならば僕の姉も同然だから一日貸してくれ」と言った。
俺は「連れていけるものなら勝手にしろよ」と返した。
潔癖症の姉は女子に声をかけまくっているナルシストのアポロン君を毛嫌いしていたため、
彼は見事返り討ちに遭って泣きべそをかいていた。
戦士「……ナハトさん」
勇者「ん?」
戦士「こいつ、わりと女好きですけどナハトさんの嫌いなタイプとは違うんですか?」
勇者「彼は、女性からの注目を集めるのが好きというだけで、」
勇者「貞操を奪うようなことは好んでいないようだからね。セーフなんだ」
……なるほど。
勇者「僕と趣味も合うから楽しいし、」
戦士「っ……」
勇者「それに……普段と違う君を見ることができて僕は嬉しいよ」
戦士「え……? 俺、普段と何か違いましたか?」
勇者「昔馴染みと話す時の君は、いつもよりぶっきらぼうで可愛いんだ」
戦士「…………」
可愛い……か。
俺を見てくれていることが嬉しいようなでもなんだか残念なような。
外から琴の音と歌声が聞こえてくる。
朝っぱらからアポロン君もとい詩人オルフェウスが歌い出したらしい。
――遙か古の文明が産みたまいし七つの宝珠
――情熱の如く燃え上がる鮮血 アントラクス
――……
――…………
朝日に照らされて歌っている様は正に詩神のようだ。
白い小鳥も歌を聴きに集まっている。
――葡萄酒の涙で染まりし玻璃 アメスィストス
だが、俺は彼の素の面を知っているのでいまいち見入ることができないし、
歌詞もあちこち理解できない。
――揃えば世には清らかなる光の粒が湧き溢れ
――総てが浄化されし理想郷が再誕す
――おお 処女神が駆けた地アルカディア 失われし楽園よ
詩人「君達はもうこの村を発つのかい」
詩人「この森を抜けようとした旅人が次々と行方不明になっているらしい」
詩人「発見されたとしても、魔族の瘴気で汚染されてしまっているそうだ」
詩人「勇者達には余計なお世話だろうが、まあ気をつけるんだね」
戦士「おまえこそ気をつけろよ、一人旅だろ」
詩人「ああ、そうだね……私の美しさは魔族に狙われてしまうかもしれない」
詩人「魔族で脱童か……」
戦士「……心配して損した気分だ」
詩人「そうだ、君の様子を見ていて思ったのだが」
奴は俺の耳元でこそこそ話を始めた。
戦士「なんだよ」
詩人「君ってそっちのケの人だったのか?」
戦士「は?」
詩人「男が好きなのかい?」
戦士「ちげえええよ!!!!」
不安を感じつつも俺達は森に入った。
今日も今日とてあちこち切ない。
第十三話 淫魔
誰も喋らない。非常に気まずい。
いや、気まずいという感覚は俺個人が勝手に感じているものだ。
他の皆は何も感じていないかもしれない。
……アキレスはマリナさんやエイルさんの方をちょくちょく様子見している。
傭兵のダグザさんはあーやれやれといった顔で森を眺めている。
ナハトさんは真顔だ。目元からは僅かに憂いを感じられる。
…………あれ?
普段人前では妖しい笑みを絶やさないナハトさんが真顔?
異常事態じゃないか?
昨日は楽しそうだったのに何か嫌なことでもあったのか?
しかもちょっと余裕無さそうな顔してるぞ?
薀蓄でも駄洒落でもいいから何か喋ってほしい。森に入って元気モリモリとか。
戦士「なあアキレス、俺何回樹海に行ったことあると思うか?」
英雄「え?」
戦士「……」
英雄「……………………十回?」
戦士「そうそう!」
英雄「ああそうか! 樹海に十回行ったのか! はははは!」
戦士「ははは!!」
勇者「…………」
どんなにくだらない駄洒落でも笑ってしまうナハトさんが……無反応だと……。
アキレスでさえ空気を読んで笑ってくれたのに。
戦士「なあ、木って空気食ってるんだろ?」
英雄「空気を食う木!」
戦士「よく俺の言いたいことわかったな! 流石だ! なあ、俺等最高の友達だよな!」
英雄「もちろんだ『とも』!」
勇者「…………」
つ、つらい。
僧侶「そろそろ休憩にしましょうか」
森はだいぶ深くなってきた。暗くて不気味だ。
ナハトさんは相変わらずだんまりだ。
なんであんなに険しそうな表情なんだ。俺は気が気でない。
アポロン君が言っていたことを心配しているのかもしれない。
それとも、もしかしてスランプであることが関係しているのだろうか。
勇者「そこか!」
ナハトさんが突然雷を落とした。
赤淫魔「おっしーい!」
桃淫魔「もうちょっとで当たっちゃうところだったよ!」
戦士「魔族……!」
似た顔付きの美少女の魔族が現れた。姉妹だろうか。
赤い方は肉付きがよく、桃色の方は子供っぽい。
勇者「……二体とも淫魔だ」
赤淫魔「こっちへおいで〜!」
二体の魔族はそれぞれ別の方向へ散っていった。
俺達は赤い淫魔を、アキレス達は桃色の方を追いかけた。
赤淫魔「あたしの名はエンプーサよぉ! よろしくねお兄さんたちぃ」
赤淫魔「うふっ、見れば見るほど良い男だわぁ」
勇者「そりゃどうも」
勇者「……気をつけろ。今まで戦ってきた魔族の比ではない」
赤淫魔「どっちから食べてあげようかしらぁ」
赤淫魔「やっぱりおいしそうな方は後にとっておこうかしらねぇ」
赤淫魔「じゃあそっちの坊やから」
当然だが俺よりナハトさんの方がおいしそうだそうだ。
とてつもない敗北感を覚えた。
赤い淫魔が槍を構えてこちらに突進してきた。
剣でどうにか防いだが、女とは思えない攻撃の重さだ。
俺は数メートル後方へ押された。
赤淫魔「わかりやすい綺麗な魔力ねぇ!」
赤淫魔「あったかそうな炎だわぁ。でもあたしにはちょおっと眩しいわねぇ」
勇者「凍れ!」
ナハトさんが赤い淫魔を氷で覆った。以前、炎の魔族を倒した魔術だ。
赤淫魔「やだ、つっめたぁ〜い! 女の子は体を冷やしちゃ駄目なのにぃ」
だが赤い淫魔はあっさりその氷を砕いて脱出した。
ナハトさんの術の威力が落ちているのか、相手が強いのか、もしくはその両方だろうか。
赤淫魔「両方食べてあげるから待っててよぉ」
勇者「この森に妙な術をかけているようだな」
勇者「おかげで気配を探るのに随分苦労した」
だから険しい表情だったのか。
赤淫魔「そうそう、よくわかったわねえ!」
赤淫魔「あたし達が行動しやすいよう、魔王様が特別に結界を張ってくださったのぉ」
赤淫魔「ある実験のた・め・に、ね」
勇者「ほう? 興味があるね」
赤淫魔「どうせならあたしに興味持ってほしいわねぇ」
赤い淫魔がナハトさんに向かって魔導弾を放った。
赤淫魔「おいしそうなあなた、不思議な魔力ね」
赤淫魔「読み取られないようにかなぁりガードかけてるでしょお」
赤淫魔「貴魔族にも読み取れないなんてよっぽどよぉ?」
――――――――
桃淫魔「えへへ〜こっちこっち〜!」
ヘリオス達は無事だろうか。
赤い淫魔の魔力の方が大きかったのに、四人のいつものメンバーで来てしまった。
一人は向こうの援護に行ってもらった方がよかったかもしれない。
まあ、勇者ナハトならこちらが心配するまでもないだろう。
……以前の彼のように戦えたら、の話だが。
英雄「君達が人々を連れ去っていたのか」
桃淫魔「そうだよ! ボクの名前はアルプ!」
桃淫魔「小さい方のお姉ちゃんと一緒に、」
桃淫魔「この森を通った強い魔力を持った人達にえっちなことしてるんだあ!」
英雄「みっ、淫らな……この勇者アキレスが成敗してくれる!」
俺達はなんやかんやでギスギスしてしまっている。原因は俺だが。
以前のように連携を取れるだろうか。……取らなければヤられる。
英雄「皆、行くぞ!」
――――――――
赤淫魔「ちょおっとぉ〜! そんなに強く攻撃してこないでよぉ!」
赤淫魔「手加減してあげてるのに〜!」
赤淫魔「うっかり加減をミスって殺しちゃったら実験できないじゃないのよ〜」
攻防を繰り返す。なかなか決着がつかない。
ナハトさんのアイオライトはバチバチ輝きつつも点滅している。
やはり力が安定していないらしい。
戦士「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
勇者「はああああああああああああああ!!」
だがどうにか強く輝いているタイミングで同時攻撃を行うことができた。
赤淫魔「きゃあああ!」
勇者「淫魔は大人しく同族の精を貪っておればいいものを!」
赤淫魔「ひっどぉ〜い、ちょっと効いたわぁ……」
赤淫魔「……でも、今のでちょっとわかっちゃったかも」
赤淫魔「あなた、レッヒェルンの血もコーレンベルクの血も引いてるでしょ」
赤淫魔「これは逸材だわ」
勇者「…………」
戦士「どういうことだ……?」
勇者「貴様等の目的は何だ」
赤淫魔「あたしをここまで追い詰めたご褒美にちょっとだけ教えてあげるわぁ」
赤淫魔「……八年前、特定の土地で先祖代々育った人間の魔力には、」
赤淫魔「瘴気に対する耐性ができることがわかったのよぉ」
赤淫魔「その土地を離れても、その特性は子孫にある程度受け継がれるみたいねぇ」
勇者「…………」
だからアストライア嬢が狙われたのか。
赤淫魔「その特定の土地では魔力伝導率の高い石が採れるって共通点があるみたいだわぁ」
――――――――
桃淫魔「でもね、ただそこで育っただけじゃだめなんだ!」
桃淫魔「魔力そのものがおっきくないと瘴気に負けちゃうんだもん!」
桃淫魔「それでね、他にもそんな土地がないかなって思って、」
桃淫魔「ボク達魔族はいろんな人にえっちぃことしてるんだ!」
桃淫魔「キミ達は……東の大陸出身みたいだね! 細かい出身地は後で聞いてあげる!」
英雄「だが何故耐性を持った人間を探す必要がある!?」
桃淫魔「ええ〜……それ以上は……」
桃淫魔「実験後も生きてたら教えてあげるよ!」
――――――――
赤淫魔「っと、おしゃべりはこのくらいにしてぇ」
赤淫魔「……この姿、どうかしら」
赤い淫魔は姿を変えた。
戦士「……!?」
十歳程の女の子だ。俺はあの子を知っている。
戦士「……クラスメイトだったカーラさん!?」
赤淫魔「ふうん、これがあなたの初恋の女の子なのねぇ」
今となっては、恋と言えるのかどうかもわからない程淡い想いではあったが……。
本当になんとなく「可愛いなあ」と思っていた程度だったのだ。
だが一応初恋にカウントされたらしい。
勇者「っ…………」
戦士「うっわ懐かしい……」
真面目で大人しい彼女の想い人は幼馴染のチャラ男、トッシュだった。
どうして真面目そうな子がちょっと悪めの奴に惚れていたのか俺には理解できなかった。
赤淫魔「あたし、人の初恋の相手の姿になれちゃうのよぉ」
赤淫魔「このいたいけな女の子に、剣を向けられるかしらぁ?」
戦士「え、できるけど」
赤淫魔「あら」
戦士「本人じゃねえってわかりきってんだよ! 躊躇う理由はねえ!」
しかし軽い身のこなしで俺の剣戟は避けられてしまった。
赤淫魔「じゃあ、そっちの彼の初恋の相手は……」
赤淫魔「……どういうこと? 初恋の相手が二人いるなんて」
勇者「………………」
赤淫魔「……あ〜ら、そう。そういうことねぇ」
赤淫魔「あなた、人間のくせに他人の魔力を吸収したのね。一体どうやったのかしらぁ」
吸収した……?
目の色が変わったことと関わりがあるのだろうか。
赤淫魔「男の魔力と女の魔力が混ざっているのがようやく読めたわぁ」
というかナハトさんの初恋の相手が一体誰なのか気になってしょうがない。
やっぱり『ナハト』なのだろうか。
赤淫魔「ふうん、こっちはあなたの女の部分の初恋の相手のようね」
『ナハト』だ。ちくしょう。ちょっと胸がジクッとした。
勇者「……やめろ!!」
赤淫魔「じゃあ、男の部分の方は……」
赤淫魔「あら、大人の女みたいねえ」
勇者「…………!」
その姿は、ドレスを着てウィッグをつけていた時のナハトさんと似ていた。
「かあさま」とナハトさんが淫魔に聞こえないほど小さく呟いたのが聞こえた。
ナハトさんはその姿を見て衝撃を受けているようだった。
切っ先が地を向き、片手で頭を押さえている。
赤淫魔「隙あり!」
戦士「っさせるか!!」
勇者「っ!」
赤淫魔「あなたの本体、どっち?」
赤淫魔「男を食べたの? 女を食べたの?」
赤淫魔「もしあなたの本体が女ならぁ、あたしには専門外なのよねぇ」
赤淫魔「アルプにあげなきゃあ。せっかくのいい男だと思ったのにぃ」
赤淫魔「……ねぇ、どっち?」
勇者「その姿を騙るな!!」
赤淫魔「きゃあああ!!」
ナハトさんの力の不安定さが増したが、その分威力も上がった。
勇者「滅してやる!!!!」
赤淫魔「ちょ、ちょっと! いやあああああ!!」
淫魔の姿が元に戻った。
勇者「許すものか!!!!」
これほど力を爆裂させているナハトさんを見るのは初めてかもしれない。
赤淫魔「ァアアアア!!!!」
勇者「…………」
赤淫魔「っあなた……本気出したら……こんなに強いんじゃない……」
赤淫魔「でもガードが外れたわね…………奥の奥まで見えちゃった……」
赤淫魔「そうい……こと…………ふうん…………ねえさまが、言ってた……あの……」
赤淫魔「…………」
赤い淫魔は瘴気を散らして消えた。
勇者「なんだ、この程度か。事切れてしまった」
戦士「…………」
勇者「……もう一体はまだ生きているはずだ。追うぞ」
――――――――
おちょくられっぱなしでなかなか攻撃が届かない。
桃淫魔「ボクね、人の失恋の記憶をちょこっと覗くことができちゃうんだ!」
英雄「えっ」
俺達の攻撃をひょいひょい避けながらあいつは喋った。
桃淫魔「……ははは! 君達ドロドロじゃないかあ!」
桃淫魔「おもしろーい!」
英雄「ええい!」
傭兵「俺は蚊帳の外だがな」
僧侶「……」
魔法使い「さっさと焼いてあげるわ! 火の閃光<ファイア・グリント>!」
桃淫魔「わわっ! 森が燃えちゃうよお! ふふふっ!」
桃淫魔「あっちの白いお姉ちゃんはそこの金色のお兄ちゃんにフラれてて、」
桃淫魔「金色のお兄ちゃんは赤いお姉ちゃんにフラれてるんだあ!」
僧侶「う……」
魔法使い「黙りなさい!」
英雄「その話はするなああああああああ」
桃淫魔「赤いお姉ちゃんは……」
桃淫魔「……かわいそ〜!」
桃淫魔「実のお兄ちゃんに犯されたのが彼氏にバレてフラれちゃったんだ〜!!」
魔法使い「っ――!」
英雄「えっ……」
僧侶「そんな……」
マリナが……実のお兄さんに?
桃淫魔「抵抗できずに三晩連続で……わ〜!」
魔法使い「黙れ! 黙れ黙れ黙れえええ! 怒号の炎<アングリー・フレイム>!」
桃淫魔「わわっ! こわーい!!」
桃淫魔「ほらほら! 攻撃が乱れてるよ〜! そんなのでボクに勝てるのかな〜?」
桃淫魔「お兄ちゃんとおじさんは小さいお姉ちゃんにあげるとして、」
桃淫魔「女の子達はボクがもらっちゃうよ!」
傭兵「喋るなら俺の失恋にしろ!! どんだけバラしてもいいから!!」
桃淫魔「え〜おじさんの失恋話してもあんまり意味無さそうなんだも〜ん」
魔法使い「どうせ私は……穢れた女よ……」
魔法使い「旅をしている理由だって……イガルク兄さんから逃げるため……」
僧侶「マリナ……」
英雄「ちくしょうっ! ちょこまかと逃げ回りやがって!」
桃淫魔「あはは! 追いつけるものなら追いついてみ」
喋り終えるより早く、桃色の淫魔が雷で撃ち落とされた。勇者ナハトだ。
戦士「無事か!?」
彼の後ろからヘリオスも現れた。どうやら赤い淫魔を倒したらしい。
勇者「ほう、両性具有か。珍しいな」
そう言うと、彼は淫魔の股間を思いっきり踏みつけた。
桃淫魔「ギァアアアアア!!」
英雄「ひっ」
傭兵「あれは……痛い……」
反射的に股間に切なさが走った。
勇者「おまえ達は今までどれだけの人間を穢してきたんだ?」
桃淫魔「痛い! 痛いよおおお! エンプーサお姉ちゃーん! 助けてー!」
勇者「おまえの姉なら死んだぞ」
彼は股間以外の部分も殴ったり蹴ったりして淫魔を弱らせている。
慈悲はない。
桃淫魔「う……」
桃色の淫魔は弱々しく痙攣している。
勇者「おまえ達の目的は何だ?」
勇者「瘴気に耐性のある人間を探してどうするつもりだ」
桃淫魔「そんなの……決まってるじゃないか……新しい玩具にするんだよ……」
桃淫魔「ボク達は、ただ傷付けて殺すだけの遊びにも……ちょっと飽きてきちゃった……」
勇者「……」
やはり、魔族は俺達人間を玩具としか思っていない。
桃淫魔「ある時……魔王様は思い出したんだ……」
桃淫魔「魔王様が直々に二回も穢したのに、死ななかった女の子のことを……」
そんな……なんて惨いことを。
桃淫魔「……長持ちする……もしかしたら、純魔族以上に狂暴な魔族にも、なりえる……」
桃淫魔「そんな玩具を……作るために……ボク達は……」
勇者「それを聞ければ充分だ」
英雄「とどめは俺に刺させてくれ。俺の聖剣で倒せば、瘴気でこの土地が穢されずに済む」
淫魔が息絶えると同時に、森から闇が去った。
魔法使い「うう……うぅっ……」
魔法使い「父さんも母さんも、何故だか兄さんの味方だった」
魔法使い「この世界に、私の居場所なんて……存在しない……」
僧侶「マリナ」
魔法使い「来ないで!」
魔法使い「そんな憐れんだ目で見ないでちょうだい!」
英雄「…………」
魔法使い「何よ。好きな女が傷物で幻滅した? 残念だったわね」
英雄「そんなことで幻滅するわけないだろ!」
英雄「……君は、本当はとても優しい子のはずなのに、」
英雄「どうして人を突き放すような態度を取っていたのか疑問だったんだ」
英雄「その理由がようやくわかったよ」
英雄「人から拒絶されるのが怖かったのだろう」
魔法使い「…………」
英雄「ここにいる仲間が、君を拒絶するわけないだろう」
僧侶「……大丈夫よ」
エイルはマリナを抱きしめた。
魔法使い「……エイル」
僧侶「あなたは、普通の女の子だもの。幸せになる権利と義務があるわ」
僧侶「どうか自分を否定しないで」
傭兵「おまえは道を外してない。えらいと思うぞ」
英雄「マリナ」
英雄「俺は、君の過去を全て受け入れる覚悟ができている」
英雄「……」
僧侶「私のことは気にしないで」
英雄「……すまない」
英雄「どうか、俺と共に生きてほしい」
魔法使い「……そんな真っ直ぐで綺麗な心を持ったあんただからこそ、」
魔法使い「あたしみたいな捻くれ者は、選んでほしくなかったのにな」
彼女は微笑んだ。
英雄「マリナ……!」
魔法使い「……ざーんねんでした!」
英雄「えっ」
魔法使い「私、あんたに惚れてないもの」
魔法使い「そんなに私と付き合いたければ、頑張って落としてみせてちょうだい」
英雄「あう……」
魔法使い「エイル、あなたにもまだチャンスが残されてるってことよ」
魔法使い「ま、がんばりなさいな」
僧侶「え、ええ」
魔法使い「……みんな、ありがと」
――――――――
勇者「……いい仲間達だね。偏見を持たずに彼女を受け入れた」
戦士「そうですね」
俺達がいるところからから少し離れた場所で、エイルさんが仲間達の傷の治療をしている。
戦士「……ナハトさん」
戦士「コーレンベルク侯爵も、エーデルヴァイス伯爵も、」
戦士「あなたのことを大切に想っていました」
戦士「彼等と一緒に暮らしても、いいんじゃないですか?」
ナハトさんも、自分は幸せになれないと思い込んでいる。
そんなことないって、伝えたかった。
勇者「……君は、優しい子だ」
勇者「自分のこととなると、心の整理がつかないんだ」
勇者「この世界が酷く恐ろしくなる」
戦士「……・・」
勇者「……ナハトは、私の憧れだったんだ」
勇者「心優しく、泣いている子を見つけたら決して放ってはおかない奴だった」
勇者「そんな彼が死んでしまったなんて信じたくなかった。ずっと一緒にいたかった」
勇者「今思えば、あれは少女らしい淡い恋心だったのだがな。あの頃は……」
戦士「…………」
勇者「……だから、飲んだんだ。私の体を濡らした彼の血を。」
勇者「魔王の精液と混ざっているのも構わずね」
戦士「……!」
勇者「人のやる所業じゃない」
勇者「その時だ。私の目が、そして髪が、この色に染まったのは」
戦士「…………」
勇者「私のことが気持ち悪くならないのか」
戦士「そんなっ……」
戦士「そうしてしまうほど……つらかったってことじゃないですか……」
勇者「……君は、どうしてそこまで純真でいられるんだい」
戦士「俺は、ただ……俺はっ……」
勇者「でも、私は……生まれた時には既に…………」
戦士「ナハトさん……? ナハトさん!」
勇者「う…………」
彼女は突然地面にうずくまった。
戦士「エイルさん! 頼む、来てくれ!」
顔色が悪い。彼女が酒に酔う以外で体調を崩すことなんてまずなかったのに。
嫌な緊張が俺の背筋に走った。
第十四話 血玉髄
勇者「っう……」
戦士「ナハトさん!」
僧侶「どうされましたか!?」
勇者「少し前から、内なる何かへの違和感はあったんだ……」
勇者「今朝から、それが酷くなって……」
勇者「……まさかとは思うのだが……」
僧侶「…………」
勇者「…………エイルと二人にしてほしい」
ナハトさんが心配すぎて俺は貧乏ゆすりを止められない。
英雄「まあエイルに任せておけば大丈夫だから。落ち着け」
戦士「でも、でも……」
傭兵「奥さんの出産が終わるのを待ってる旦那みたいになってるぞ」
戦士「え?」
なんだその例えは……ああでも確かに、
お袋が俺の弟を産んでいる時の親父はこんな風にそわそわしていたかもしれない。
僧侶「お待たせいたしました」
勇者「…………」
エイルさんは苦笑いしている。
ナハトさんはショックを受けたような顔をして、片手で額を押さえている。
戦士「大丈夫だったのか!?」
僧侶「そこまで心配する必要はありません」
戦士「ナハトさん!」
勇者「あ……えっと……待たせてすまなかったな……」
僧侶「ヘリオスさん」
エイルさんは俺に耳打ちした。
僧侶「これから数日は、あまり彼女に無理をさせないようにしてさしあげてくださいね」
戦士「お、おおう」
勇者「…………」
戦士「えっと……」
僧侶「痛みが酷いようでしたのでお薬は出しておきましたが、」
僧侶「病気ではないので大丈夫です」
僧侶「……本当は普通より遅いので、病院に行った方がいいのですが……」
う、うん?
薬は出した? 病気じゃない?
具体的にどういうことなのか俺にはよくわからな……ん?
エイルさんがナハトさんのことを「彼女」と言った。
診察の都合で体を見たのだろうか。
…………普通より遅い?
その時、風呂場で何かを洗っていた姉の姿が俺の脳裏をよぎった。
俺が「何洗ってんだよねーちゃん」と何気もなく聞くと、
俺は姉から親父のパンツ(未洗濯)を投げつけられた。
またある時、
普段は長風呂をする一番上の妹がわりと早く風呂場から出てきたことがあった。
「ちゃんと湯船に浸かったのか?」と俺が聞くと、
「その……今日は入れないから……」と妹が言った。「え、何で?」と俺が返すと、
妹は「お兄ちゃんのバカ!!」と言って部屋に引き籠ってしまった。
俺は姉から「あんたってほんっとデリカシーないわね!」とゲンコツを食らった。
お袋は優しく「こういう時はそっとしておくもんなのよ」と教えてくれた。
どちらも理不尽だと思ったが、
女には男が決して触れてはならない領域があるということはわかった。
勇者「…………」
確信はないがなんとなく察した。
こんな時は下手に話しかけてはならない。
姉妹がいなければ、俺は今も無神経に質問しまくっていたかもしれない。
姉妹の存在に珍しく感謝した。
勇者「そんな馬鹿な……この私が……」
突然訪れた現実を受け入れられない時の表情だ。
戦士「あ……るけますか……?」
下手に気を遣ってもかえって嫌がられる可能性がある。俺はおそるおそる話しかけた。
勇者「……肩を貸してくれないか」
よかった。怒られなかった。
英雄「大丈夫なのか?」
僧侶「大丈夫です!! ほら、行きますよ!!」
英雄「あ、ああ」
勇者「っ…………」
戦士「……おぶさりましょうか?」
勇者「へ、平気だっ…………やっぱり頼む」
俺の耳元で彼女の苦しそうな吐息が漏れている。
そんなに苦しいのか。男に生まれてきてよかったと思った。
歩くのもきついなんて、玉を蹴られるのとどっちが痛いのだろう。
……まあ、なんにせよやばい病気とかじゃなくてよかった。
俺達の荷物はアキレス達に持ってもらった。ありがたい。
勇者「……借りができたな」
僧侶「お気になさらないでください。私達も先程あなたに助けていただいたんですもの」
戦士「ずっと同じ姿勢はつらいんで、」
勇者「す、すまないな。そろそろ歩……」
戦士「横抱きしていいですか」
勇者「えっ」
戦士「まだまともに歩けなさそうですし」
勇者「う……」
しぶしぶ横抱きさせてくれた。
……あれ? これ、いわゆるお姫様抱っこじゃないか……?
俺はナハトさんの顔に目を向けた。彼女の顔は見えなかった。
何故なら彼女は自分の両手で顔を覆っていたからだ。
俺も恥ずかしくなってきた。
ま、まあ、こういう時じゃないと好きな女の子を姫抱きする機会なんて無いだろうし、
得をしたと思っておこう。
だがはたから見たら男が男を姫抱きしているんだ。なかなか異様な光景だろうな。
英雄「替わろうか?」
戦士「荷物持ってもらってんのにこれ以上迷惑かけられねえよ。平気だ」
英雄「だけど……」
勇者「……他の人間に頼るくらいなら這ってでも自力で進む」
戦士「無理しないでください」
傭兵「細い体でよくこんなに長い剣使えるな……普通なら剣に振られるぞ」
森で一泊野宿をして町に到着した。
俺の筋力は大いに鍛えられた。いいトレーニングだった。
薄灰茶の煉瓦で建てられたたくさんの建築に蔓植物が伸びており、
町はなんとも寂しい雰囲気を醸し出している。
――宿
勇者「……私は、自分が女だったことに驚いている」
ベッドに横たわりながら彼女はそう言った。自分の体の変化にとても戸惑っているらしい。
勇者「女としての能力など、死んでいるのだとばかり思っていた」
僧侶「おめでたいことなのですよ」
僧侶「魔導において、初潮は女性にとって赤ん坊の頃の次に無防備な時期ですから、」
僧侶「本当は教会でまじないを施してもらわなければならないのですが……」
勇者「う……」
ちょっと待ってくれ。
他のメンバーがいないからといってそんな話を始めるな。まだ俺がいるんだ。
僧侶「魔力を安定させる応急措置を施したとはいえ、しばらく無理は禁物ですよ」
僧侶「不発ならともかく、魔術の暴発が起きるかもしれません」
勇者「あ、ああ」
僧侶「ヘリオスさん!」
戦士「ひっ! はい!」
僧侶「思春期の女の子は急激な体の変化に気持ちが追いつかなかったり、」
僧侶「何かと心が落ち着かなくなったりします。それと同時に魔力も乱れがちになります」
僧侶「その上、彼女の魔力は慣れない感情への適応に時間がかかっているようなんです」
戦士「慣れない感情?」
勇者「……八年前からずっと、私の心は冷えきっていた」
勇者「だが、その……君と出会って、心が融けてきてしまって」
勇者「だから、その……」
僧侶「暖かい感情に魔力がびっくりしちゃったんです」
勇者「……そのうち落ち着いて、元通り戦えるようになる」
僧侶「あなたが彼女を守るのですよ」
戦士「あ、ああ、もちろんだ」
勇者「まさか十八を過ぎてからこんな……今更そんな馬鹿な……」
戦士「と、とりあえず今はそっとしておいた方がよさそうだし俺外ぶらついてくるわ!」
同級生のラルフは今頃どうしているだろうか。
彼は体育を休んだ女子を「生理かよおまえ〜!」とからかったことで女子達の反感を買い、
義務教育学校を卒業した後も村の女の子達から冷遇され続けていた。
どうしても男とはやんちゃな生き物なので、
知ったばかりの理解しきれていない言葉を何気なく使ってしまうことがある。
彼が禁断の領域に踏み込んでしまったことには変わりないが、
少年期の過ちは大目に見てほしいと思うのは俺のわがままだろうか。
……村の入り口から数人の騎兵が入ってくるのが見えた。俺はその内の一人を知っている。
戦士「なんであなたがここに来ているんですか」
元騎士「仕事だよ!! 嫁さんの親父さんのコネでどうにか再就職できてな」
戦士「…………」
元騎士「あー! もうおまえの女には手ぇ出さねえから!」
戦士「……え?」
元騎士「あ? なんだ違うのか。普通男と女が一緒にいたらいやなんでもない」
戦士「……」
元騎士「とりあえず女関係で間違いを起こすようなこともしねえからほっといてくれ」
元騎士「女の股に触ったら、嫁さんの呪いで尿路結石になった挙句股間が爆発しちまう」
元騎士「ま、猟奇殺人犯がこの町に潜んでいる可能背が高いから気をつけろよ」
『もうおまえの女には手ぇ出さねえから!』
その言葉が頭から離れない。付き合いたくても付き合えないのにちくしょう。
アキレス達は困っている人がいないか探して回っているようだ。流石勇者だ。
俺が同じことをやっても不審者扱いされるだろう。
目付きが悪いが故に、劇で悪役を押し付けられるなんてのもしょっちゅうだった。
魔法使い「ちょっといい?」
戦士「あ、はあ」
魔法使い「あいつ、女よね?」
戦士「え? えっと……」
魔法使い「体調が悪いのに病気じゃないから治療できないなんて、」
魔法使い「そんなの妊娠した時か、もしくは……ああもう言わせないでよ」
俺も禁断の領域の話なんて聞きたくない。
戦士「……お察しの通りだよ」
魔法使い「それを確認できれば充分よ。ありがと」
戦士「……なんでエイルさんじゃなくて俺に聞いたんだ?」
魔法使い「あの子、患者の個人情報は決して漏らさないもの」
どこか寂れた空気の漂うこの町だが、有名な博物館があるらしい。
観光客らしき人々をちらほら見かける。
ナハトさんの好きそうな小奇麗な喫茶店はあるだろうか。探してみよう。
調子がよくなったら連れていきた……なんだろう、すごく恥ずかしくなった。
俺のあらゆる行動原理があの人になりつつある。
少年「新しい秘密基地作ったんだ! こっちこっち!」
少女「わ〜楽しみ!」
……いいなあ、仲のいい幼馴染。
ナハトさんの子供時代を知らないことが悔しい。
小さい頃から傍にいたかった。俺と出会う前はどんな旅をしていたのだろう。
彼女の全てを知りたい。
…………あの人のことばかり考えている。だめだ。他の物が見えない。
掲示板を見て情報でも得よう。
【猟奇殺人事件発生! 被害者は局部を切り取られる】
「局部を切り取られた男性の遺体が多数発見されている。
容姿の整った男性は要注意。
犯人はローズグレイの髪の美しい女性だと思われる。」
ディオさんが言っていたやつだろうか。恐ろしいな。
容姿が整っていなければ狙われないのだろうか。
俺は大丈夫だろうが、アキレスやナハトさんは狙われるかもしれない。
そもそもナハトさんには局部自体存在しないのだが。
しばらく町を散策していると悲鳴が聞こえた。
駆けつけてみると、一軒の家に野次馬ができていた。
中を覗いた。既にディオさんや仲間の兵士が現場検証を行っていた。
寝台には股間から血を流している男が横たわっていた。ああいうのはもう見慣れた。
だが、俺が見てきた何人もの男達は殺されまではしなかった。
あれは、遺体だ。
女性「待ち合わせの時間に来なかったから、心配して合鍵で彼の家に入ったんです……」
元騎士「……一応確認しておくが、この男は暴行を行うような奴じゃなかったか?」
女性「とんでもない! 面食いなだけの普通の男の人でした!」
元騎士「なら奴の犯行じゃないな……例の殺人犯の仕業だ」
女兵士「『奴』とは」
兵士「ほら、あの有名な勇者だろ」
元騎士「俺が武装を解いておとりになる」
元騎士「多分俺の容姿は犯人の好みだ。なんたって俺は良い男だからな」
確かに精悍な美形ではある。女好きだが。
元騎士「だが妙だな。この遺体、わずかだが瘴気で汚染されている」
元騎士「犯人は人間のはずなんだがな」
英雄「どうしたんだ、この人だかり」
戦士「殺人事件だ」
英雄「放ってはおけないな」
英雄「私はプティアの勇者アキレス。ご協力いたしましょう」
元騎士「お、助かるな。……あいつと違って勇者らしい勇者だな」
俺の出る幕は無さそうだ。そろそろ宿に戻ろう。
僧侶「おかえりなさい」
戦士「ああ」
勇者「……わずかだが、魔族の気配がしたから心配していたんだ」
戦士「魔族……ですか」
遺体は瘴気で汚染されていたらしいし、魔族の犯行だったのだろうか。
戦士「ええと……少しは楽になりましたか」
勇者「……マリナのおかげでだいぶよくなった」
貧血のせいで悪かった顔色が少しよくなっている。
ナハトさんは数種類の石が紐で括られた腕輪を手に握っていた。
石のほとんどは赤系だ。血の問題に効くのだろうか。中には緑混じりの毒々しい石もある。
僧侶「それ、マリナが彼女に譲ったんです」
僧侶「あの淫魔を倒してくれたお礼と言っていました」
以前のナハトさんなら貧血を起こしても魔力で誤魔化せていた。
俺を庇って大怪我をした時がそうだ。
だが、今は石に頼ってもつらいようだ。
戦士「魔族の居場所、探知できますか」
勇者「今は……ちょっと……」
戦士「ああ休んでいてください。アキレス達がきっと退治するでしょうし」
勇者「……森にいた頃から思っていたのだが」
戦士「はい」
勇者「君の気遣いの加減は素晴らしいな。本当は彼女がいたことがあるんじゃないのかい」
戦士「ありませんよ!」
勇者「……君と付き合う女の子は幸せだろうな」
俺はあなたと付き合いたい。
……付き合うって、具体的に何するんだろう。俺にはわからない。
そもそも彼女に男として相手にしてもらえるわけがない。
僧侶「……もう」
――翌朝
俺の魔力は朝日と相性がいいらしいので、
朝日を浴びながらトパーズに魔力を流し込んで意識を集中した。
魔族の居場所を探知できないか試そうと思ったのだ。
戦士「…………」
駄目だった。そう簡単には会ったこともない対象を探せない。
戦士「あ、ナハトさん」
勇者「……少しは運動して血行をよくするといいとエイルに言われた」
勇者「散歩しに行く」
戦士「俺もご一緒していいですか」
勇者「ああ」
まだ少し顔色が悪いが、普通に歩けるようにはなったみたいだ。
例の殺人鬼に襲われたら危ないし、彼女の傍を離れないようにしなければ。
……こうして二人で歩くのも、久しぶりだな。
勇者「魔感力まで鈍っている……」
あまり機嫌は良くなさそうだ。
勇者「……私は以前まで、淫乱女は膀胱炎になってしまえと思っていた」
戦士「は、はあ」
勇者「今は年中生理痛に悩まされればいいと思っている」
戦士「は……はあ、そっすか」
俺に女の人のそれが存在するわけがないのだが、
うっかり痛みを想像してしまい下腹部が切なくなった。
私服姿のディオさんが一人の女性に話しかけているのが見えた。
赤みのある褪せた茶髪の女性だ。
いかにも遊んでいそうな、派手な見た目をしている。
女兵士「あれが犯人トだといいのだがな」
兵士「お、戻ってきたぞ」
わりと近い場所に兵士やアキレス達がいた。
元騎士「ナンパなら一週間後にまた声をかけてくれと言われた」
魔法使い「まあ、あの子は多分外れよ。魔力的に」
兵士「一週間?」
元騎士「どうせ生理じゃねえの」
戦士「えぅええ!?」
元騎士「何変な声出してんだよ」
戦士「だ、だってそれは……禁じられた領域の言葉……」
元騎士「あのなぁ……俺は妻帯者だぞ。童貞と一緒にすんな」
大人の男は違うなと思った。ほんの一瞬だが彼を尊敬した。
英雄「す、すごい」
元騎士「おいおい英雄様が童貞丸出しじゃねえか」
英雄「どっ……結婚まで清い体を保って何が悪い!?」
僧侶「ど……ぅていは恥ずかしいことじゃありません!」
戦士「そうだそうだ! 未婚の童貞は誇るべきだ!」
元騎士「ヘリオス……おまえ相当ナハトの影響受けてるな……」
勇者「…………ヘリオス君、あっちの店で朝食を取ろうか」
勇者「こいつの顔を見ていると気分が悪くなる」
元騎士「ひっ」
戦士「は、はあ」
勇者「…………」
戦士「そんなに……食べられますか?」
勇者「エイルから血を作るために肉を食べるよう言われたのだが……元が少食だからな」
戦士「余ったら俺食べますよ」
勇者「……すまないな」
戦士「あんま食べないのによく身長伸びましたね。羨ましいです」
勇者「ああ……何故だか背ばかり伸びて……ばあ様に会って納得した。これは遺伝だ」
確かに侯爵夫人は長身で細身だった。
昼頃にはナハトさんの調子もだいぶよくなったようだった。
勇者「む……」
ナハトさんの視線の先には、美しいが隈の濃い女性がいた。
革製の巾着袋を手に提げている。
……そういえば、記事に書かれていたローズグレイってどんな色なんだ。
あの女の人の髪の色みたいな感じだろうか。赤みがかった灰色の髪だ。
勇者「あの女……だいぶ遊んでるな……けしからん」
勇者「いや、遊んでいるだけじゃない」
勇者「妙な気を感じる」
その女性は、さり気なく近くに立っていたディオさんに声をかけた。
ディオさんは待ってましたと言わんばかりの表情だ。
女「あなた、素敵ね。きっと、本当は上流階級の方なのでしょう?」
元騎士「おおっと、バレちまったか」
女「私、あなたのような男性が大好きなの。今夜を楽しみたかったわ」
元騎士「楽しみ『たかった』?」
女「……楽しみたかったのに、残念だわ」
突如女の左腕が真っ黒になり長く伸びて、ディオさんの腹を貫いた。
元騎士「がっ……」
女「私を捕まえるために子猫ちゃんを忍ばせてるみたいね」
英雄「ディオさん!」
兵士「新人!」
女兵士「ディオ!」
戦士「魔族……!」
勇者「……あれは、魔族になりつつある人間だ。瘴気を体内に隠していたようだな」
元騎士「ゲホッ……」
両足も真っ黒に伸び出した。
女「ねえ、あなたの大事なところ、ちょうだい?」
女兵士「大丈夫か!?」
僧侶「治療します!」
英雄「覚悟しろ!」
女「ぼうやは……将来有望ね。十年後かしら」
女「私、そこの素敵なお兄さんがほしいのよ。どいてちょうだい」
英雄「ぐっ……こいつ、強い」
勇者「……倒さなければ」
戦士「俺が行きます! ナハトさんはここにいてください!」
勇者「だが」
戦士「今の状態でナハトさんが力を使うのは危険です!」
勇者「く……」
女「熱い夜を過ごした後にコレクションにするのが趣味なのだけど、」
女「仕方ないからすぐに狩り取ってあげるわ!」
勇者「……私より悪趣味だ」
悪趣味な自覚はあったらしい。
女は鋭い触手攻撃を絶え間なく繰り出している。
右手は手提げ袋を持ったままだ。
魔法使い「それがよっぽど大事みたいね! 流弾の矢<シューティング・アロー>!」
女はマリナさんの術を弾いた。
女「これは私が愛した男の人の体なのよ! 傷付けるなんて許さない!!」
魔法使い「っ――!」
英雄「危ない!」
英雄「……ふう」
兵士「あの袋の中身……えっぷ」
傭兵「足が竦むな……」
女兵士「想像するな! 来るぞ!」
女「数が多いわね……ちょこまかと……」
どれだけ触手を斬っても、傷口同士がくっついてきりがない。
女「あら、あっちのお兄さんもいいわね」
女「私の好みよりは綺麗すぎるけど」
戦士「そっちには行かせねえ!!」
そもそもお目当てのもんはないがな。彼は女性だ。間違えた彼女は女性だ。
戦士「ぉぉおおおおお!!!!」
剣に纏わせた炎の火力を一気に上げ、俺は敵に斬りかかった。
女「ギィアアアア!」
女「腕が再生しない!?」
戦士「焼き切ったら治せねえみてえだな!」
女「あなた、怖いわ!」
俺は石造りの塀に吹き飛ばされた。
戦士「ぐっ……この程度でやられるか!!」
戦士「っだあああああ!!」
女の胴に剣が届いた。
女「お、のれ……!」
だが、胸から瘴気が沸き溢れて女を覆った。
戦士「!?」
女「ユル、サ……ナイ……」
最早本体の姿を確認することもできない。
僧侶「なんて邪悪な気……」
英雄「くっ……これでは町に大きな被害が」
元騎士「おいナハトは何やって……ん?」
ナハトさんは邪悪な笑みを浮かべて女の方へ手を伸ばしている。
勇者「……ははは」
勇者「この種の呪いなら普段通り制御できたぞ」
それは彼女の性に対する執着によるものだろうか。
瘴気が散って薄れ、女は腹を抱えて地面に蹲っている。
女「今日はその日じゃないはず……い、痛い……」
英雄「ええと……今だ! やるぞ!」
勇者「放っておけば、あの女は更に強力な魔族になっていただろう」
勇者「この段階で倒せてよかった」
戦士「ソウデスカ」
敵に生理痛を引き起こして倒すなんて話聞いたことがない。聞きたくもない。
勇者「ああ、そうだ」
勇者「……私のために戦ってくれて嬉しかった」
戦士「……ソウデスカ」
女兵士「見事な働きぶりだったぞ」
元騎士「そりゃどうも」
女兵士「おまえに、守りたいものはあるのか」
元騎士「ああ、そうだな……」
元騎士「嫁さんとムスコかな」
女兵士「妻と息子か、素晴らしいな。これからの活躍を期待しているぞ」
女兵士「家族のために戦う男は伸びる」
その息子じゃないと思うんだよな……。
「尿路結石は嫌だ……」とディオさんが小さく呟くのが聞こえた。
戦士「……博物館でも行きませんか」
勇者「あ、いいな。行こう」
俺は博物館に展示されているような物にあまり興味がないし、
見たところでその重要性を理解することなんてできないのだが、
ナハトさんは歴史や美術に詳しいから会話のネタができるだろうと思った。
とりあえず会話したい。関わりたい。付き合えなくたって、少しでも多く触れ合いたい。
七つの聖玉が描かれた絵画があった。
額縁の中に無色、赤、黄、緑、青、紫、多色の順で丸い玉が並んでいる。
勇者「……古代の文献を参考に描き起こされた想像図だ」
勇者「青の聖玉、アウィナイトは瑠璃でえがかれているな」
勇者「私の故郷は、瑠璃の原料であるラピスラズリの代表的な産地だった」
その絵画が展示されているのと同じフロアで、
一人の若い女性が、とある青年の肖像画をじっと見つめていた。
題は【青き瞳の青年】だ。
その青年の瞳は、さっきのアウィナイトと同じだと思われる色で塗られていたのだが、
容姿がナハトさんとよく似ていた。
正確には、ナハトさんと伯爵を足して割って風格を上げたような感じである。
額の左下の壁には、絵の詳細が記された板が固定されている。
ディンゲという名の画家が二十数年前にえがいたらしい。
モデルの名前は……モルゲンロート・フォン・レッヒェルンと書かれている。
戦士「なあ、ナハトさん、この絵――」
女性「ナハト……?」
戦士「え?」
勇者「…………エファ?」
女性「そんな……あなた、死んだはずじゃ……」
……またこれか。
勇者「…………」
女性「あ……ああ……」
女の人は泣き崩れた。
これってデートっぽくね? と俺は密かに思っていたのだが、
そんな俺の小さな熱情はあっさり冷まされることとなった。
勇者「……きれいに、なったね」
女性「うぅ……」
二人が美男美女カップルにしか見えない。
今更改めて言う必要もないのだが、俺は男としてのあらゆる面がナハトさんより劣っている。
なんだろうこの気持ち。
先日とは打って変わり、俺は猛烈に男をやめたくなった。
ここまで
元ネタは阿部定事件
怖いよう…
勇者「やっぱり処女は最高だね」戦士「え?」【後編】へつづく
・SS速報VIPに投稿されたスレッドの紹介でした
【SS速報VIP】勇者「やっぱり処女は最高だね」戦士「え?」
・管理人 のオススメSS(2015/07/04追加)
・【流出画像】奥菜恵(34)フルヌード&フ●ラ画像の高画質で公開!⇒これが押尾学のリベンジポルノ…
・【gif】突然スカートめくりされたJCの反応wwwwwwwww(※画像あり)
・【※GIFあり※】 地上波でJKが生ケツを披露してしまうという放送事故wwwwwwwwwwww...
・【エ□GIF】騎乗位を連想させる、もの凄い腰振りダンスの動くエ□画像
・【エ□GIF】挿入部分がよく見える騎乗位GIFがエ□抜ける15枚
・【GIF画像】身内のセッ●スに感化されてオナ●ーしちゃう女たちwwwwwwwwww(19枚)
・マ●コもア●ルも同時責め!?GIF画像にしたら想像以上のエ□さだったwww
・男が悶絶するほどの腰使いでいかせてくる騎乗位GIF
・ドジな女の子たちの「痛い」GIFが笑える(25枚)
・彼女にいろんな場所でフ●ラさせた時の話
・【画像あり】加護亜依(28)「こんなオバサンでいいの…?」
・確信犯!?桐谷美玲のポロリ癖に撮影現場の男性スタッフはキツリツもの!?
・【悲報】なーにゃ 逆ライザップ 披露・・・・・・・・・・
・女性器見えそう…。ビーチに「とんでもない水着」を着てる女性がいると話題に
・【画像】 マ ジ か よ ……っ て な る 画 像 gif く だ さ い【65枚】他
・【激写】 性器が丸見えの女子体操選手(21)にクレーム殺到wwww (画像あり)
・広瀬すず(17)、過激ビキニ姿がドスケベ過ぎるwwwwこんなエロい体だったのかwwwww
・【マジキチ注意】僕「人間洗濯機でーす!」チノちゃん「この下着をお願いします」
・「おま○こバリケードは張り終えたか!?」「はいッ」「しかし、チ○ポチ○ポーは我々の予測よりはるかに上の速度で移動しています!」
・俺「…(体育座り)」 女子達「俺君がプール見学してるwww男の子の日なんだwww」
・ダークエルフ「男の尻尾をモフモフしたい」
・【画像】ヌーディストビーチにこんな可愛い子来たらダメだろ・・・
・【速報】 任天堂NX、本体の画像がリークされる
・このGIF画像で笑わない奴wwwwwwww
関連記事
勇者「やっぱり処女は最高だね」戦士「え?」【前編】【中編】【後編】
・【流出画像】奥菜恵(34)フルヌード&フ●ラ画像の高画質で公開!⇒これが押尾学のリベンジポルノ…
・【gif】突然スカートめくりされたJCの反応wwwwwwwww(※画像あり)
・【※GIFあり※】 地上波でJKが生ケツを披露してしまうという放送事故wwwwwwwwwwww...
・【エ□GIF】騎乗位を連想させる、もの凄い腰振りダンスの動くエ□画像
・【エ□GIF】挿入部分がよく見える騎乗位GIFがエ□抜ける15枚
・【GIF画像】身内のセッ●スに感化されてオナ●ーしちゃう女たちwwwwwwwwww(19枚)
・マ●コもア●ルも同時責め!?GIF画像にしたら想像以上のエ□さだったwww
・男が悶絶するほどの腰使いでいかせてくる騎乗位GIF
・ドジな女の子たちの「痛い」GIFが笑える(25枚)
・彼女にいろんな場所でフ●ラさせた時の話
・【画像あり】加護亜依(28)「こんなオバサンでいいの…?」
・確信犯!?桐谷美玲のポロリ癖に撮影現場の男性スタッフはキツリツもの!?
・【悲報】なーにゃ 逆ライザップ 披露・・・・・・・・・・
・女性器見えそう…。ビーチに「とんでもない水着」を着てる女性がいると話題に
・【画像】 マ ジ か よ ……っ て な る 画 像 gif く だ さ い【65枚】他
161: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:05:41.08 ID:5w9nKzVvo
第八話 日長石
至る所で悲鳴と笑い声が上がっている。
少女「お父さあああああん!!」
火魔物「あーひゃひゃひゃ!」
女性「助けてぇええええ!!」
火魔物「逃げろ逃げろー!」
魔族は人間を恐怖に陥れ、蹂躙することを何よりの喜びとする。
こいつらは殺戮を楽しんでいやがるんだ。
俺は迷わず剣を抜いた。
162: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:06:28.29 ID:5w9nKzVvo
魔物の群れのほとんどは雑魚だったが、数体だけ上級魔族がいた。
炎魔族「ほう、私に歯向かうか?」
俺はトパーズに意識を集中し、剣に魔力をまとわせた。
ナハトさんは魔物の相手をしつつ他の上級魔族の相手をしている。
炎魔族「ふははは! ガキが私に敵うわけがない!」
何発か剣戟を繰り出したが、あっさりと戦斧の柄で弾かれてしまった。
戦士「くそっ……こんなことをして何が楽しいんだ!」
炎魔族「何が楽しいか? 愚問だな」
炎魔族「人間の悲鳴。絶望に満ちた瞳。助かるはずもないのに逃げ惑い命乞いをする姿」
炎魔族「それらは我等魔族に最も喜びをもたらすのだ!」
炎魔族「小僧、貴様もたっぷり可愛がってから殺してやろう!」
戦士「こんなところで死んでたまるか!」
体中が燃え滾っているかのように熱い。
戦士「ぅぉおおおおおおお!!」
俺は全力で奴に剣を振り下ろした。
163: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:07:23.15 ID:5w9nKzVvo
炎魔族「なっ……!」
戦士「ぉぉぁあああああ!!!!」
炎魔族「なんという力だ……!」
魔族の槍の柄にひびが入ったが、もう少しのところで押し退けられてしまった。
戦士「ぐはっ!」
炎魔族「部下達よ…………これは何事だ! 私の部下達が殲滅されている!!」
炎魔族「気が変わった。すぐにでも殺してくれる!!」
魔族は戦斧を振り上げた。
こちらは防御の体勢をとることができない。
死を覚悟した瞬間、誰かに突き飛ばされた。
戦士「――――ナハトさん!?」
勇者「この子は、殺させない」
ナハトさんは俺を庇い、魔族に向かって氷魔術を発動した。
炎魔族「なっ、なんだこの威力は――――」
魔族は氷を覆われ、砕け散った。
勇者「う、くっ……」
戦士「ナハトさん……ナハトさん!」
勇者「…………」
164: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:09:05.20 ID:5w9nKzVvo
ナハトさんの背中から血が溢れている。
戦士「俺のせいで……ちくしょう!」
彼の上着を脱がし、シャツをたくし上げて傷の状態を見る。
周囲の建物が炎を上げているおかげで明るい。
胸にはサラシが巻かれており、血で染まっている。
右肩から左の脇腹にかけて大きく切れている。出血が酷い。
俺は彼の背に両手をかざし、傷の回復をイメージした。
小さな切り傷くらいなら治せるくらい、俺は魔力を操ることができるようになっていた。
戦士「……」
だがあまりにも傷が大きすぎる。
出血を少し押さえることしかできなかった。
すぐ傍にナハトさんの剣が落ちていた。
彼の剣に括り付けられているアイオライトにはヘマタイトが含まれている。
確か、ヘマタイトは止血効果と血に力を与える力があったはずだ。
戦士「どうか助けてくれ……!」
剣から台座ごと石を取り外し、傷口へ向けた。
傷を塞ぎきることはできなかったが、出血を止めることに成功した。
だがまだ安心はできない。既にかなりの量の血が流れ出てしまった。意識も無い。
継続してヘマタイト経由で魔法を使い続ける。
165: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:10:37.48 ID:5w9nKzVvo
ナハトさんがものすごい勢いで魔物を殲滅したため、被害者は少なかった。
村の人が部屋を貸してくれ、更に治療を手伝ってくれた。
戦士「……ふう」
どうにか一命を取り留めたようだ。
安堵の息をつき、うつ伏せで寝ているナハトさんに目をやった。
戦士「…………あれ?」
この人、こんなに肩幅狭かったっけ?
どうやら軍服のような服を着ていたから肩幅が広く見えていただけだったらしい。
あの種の服は肩がしっかりしている。
そういえば、俺はこの人が上着を脱いだ姿をほとんど見たことがない。
流石にベッドの中では脱いでいただろうが……。
見れば見るほど女性的な体付きだ。
うっすらとだが柔らかそうな肉がついているし、腰はキュッと締まっている。
そういえば、どうしてこの人サラシなんて巻いていたんだ?
戦士「い、いや、まさかな……」
包帯は村の女の人が巻いてくれたから、俺はこの人の胸を見ていない。
……徹夜による疲れの所為でどうかしているんだ。寝よう。
これはきっと俺の気のせいだ。
勇者「う……」
そう思いたかった。
166: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:11:36.39 ID:5w9nKzVvo
勇者「ヘリオス君……?」
戦士「ま、まだ動いちゃだめですよ」
ナハトさんは体を起こした。
勇者「……大丈夫だったかい? 怪我はしなかったかい?」
戦士「あ、あの、俺はかすり傷と軽い打撲しかしなかったんで、その、平気です」
ああ。
包帯越しにだが、確かに柔らかそうな膨らみの存在を確認できた。
目のやり場に困る。
戦士「おおお俺の心配なんてせずにまずはご自分の怪我をですね」
勇者「……?」
俺の視線を不審に思ったのか、彼……じゃない、彼女は自分の体を見た。
勇者「あ…………」
ナハトさんは恥ずかしそうに腕で胸を覆った。俺も恥ずかしい。
勇者「………………」
戦士「………………」
167: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:12:23.24 ID:5w9nKzVvo
俺はナハトさんに背を向けた。
戦士「包帯巻いたのはここの女の人ですから! 俺は見てませんから!」
勇者「……君も、その……僕の怪我を治療してくれていたのだろう」
勇者「ほとんど意識は無かったが、君の暖かい魔力に包まれていたのを憶えている」
勇者「……ありがとう」
戦士「そもそも俺があの魔族に負けそうになったせいですし、その、」
戦士「お礼を言わなきゃいけないのはこっちです!」
戦士「俺、庇ってもらえなかったら確実に殺されてましたし、」
戦士「そのせいであなたが死にかけるしで! ほんと申し訳ないです!」
戦士「いつもいつも助けてもらってばっかりで俺マジで足手まといっすよね!!」
戦士「寝ます! おやすみなさい!!」
俺は逃げるように布団に潜り込んだ。
168: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:13:51.90 ID:5w9nKzVvo
疲れていたおかげでよく眠れた。
だが布団から出る気は起きない。
……ナハトさんは女性だったんだ。
俺は時々あの人に母性を感じていたが、まあ、ナハトさんは年上の女性だったんだ。
何もおかしいことではなかったんだ。
あの人の声は、よく聞けば女性のかなり低めのハスキーボイスに聞こえなくもない。
男の急所に容赦なく攻撃できていたのも、その痛みを知らないからだろう。
布団から顔を出して窓を見た。日は真上に昇っている。
腹が減った。気は重いが部屋から出よう。
外は復興作業と浄化作業で忙しそうだった。
勇者「やあ、おはよう」
戦士「っ……はよっす」
ナハトさんはいつも通り微笑んでいる。
傷と服は既に修復済みなのだろう。元気そうだ。
勇者「怪我をしたところを見せてくれるかい」
戦士「ひぁっはい」
女性が、それもすごい美人がすぐ傍にいる。肌を見られている。
そう思うと緊張してしまった。顔が熱い。
169: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:14:41.67 ID:5w9nKzVvo
死亡者は少なかったものの、怪我人はたくさんいるし、建物の損壊も酷い。
畑もだいぶ荒らされてしまったため、首都への救援要請が必要だった。
村長「勇者様が一緒に来て下さるなら心強いです」
俺もついていくことになった。馬車に乗るなんて久々だ。
俺のような足手まといはもうついていかない方がいいのだろうとは思ったが、
ナハトさんがいつも通り接してくれるので言い出せなかった。
俺のすぐ隣にナハトさんが座っている。
……俺は女の人とずっと寝食を共にしていたのか。なんてこった。
男物の服の中には女体が隠されている。
だめだ。気がつくと包帯に包まれたおっぱいを思い出している。
そう大きいというわけでもなかったが決して小さくはなく、谷間がもう、もう……。
女性と縁のない性欲旺盛な十五歳男子にあのおっぱいは刺激が強すぎる。
ナハトさんの方を見られない。窓から外を見ていよう。
170: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:15:48.71 ID:5w9nKzVvo
村長「お二人はおいくつですかな」
勇者「十八です」
戦士「……十五です」
なんだ。三つしか違わなかったのか。もう少し上かと思っていた。
村長「お若いですなあ……」
村長「ああ、この国では飲酒なさらないようにしてください」
村長「大抵の国で飲酒が許されるのは十八歳ですが、」
村長「この国は法律が厳しく、二十一歳からなのです」
村長「外国から来た若者がこのことを知らずに飲酒をして捕まることが多いのですよ」
酔い潰れたナハトさんを背負った時のことを思い出した。
……駄目だ。故郷のことでも考えよう。
ジョナスは元気だろうか。奴はクラスに二、三人いる悪ガキの内の一人だった。
ある時あいつは女子のスカートをめくろうとして返り討ちに遭った。
股間を思いっきり蹴られたのだ。
その結果あいつは片玉を失った。
その事件以来男子と女子の溝は深まり、俺は益々女子と関わる機会を失ったのである。
……どうして玉が切なくなる記憶を思い出してしまったんだ。
村長「なんでも、勇者様はさくらんぼ狩りの異名があるとか」
勇者「……はは」
よりにもよって数多の息子を狩り取ってきた人の横で。
171: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:16:32.94 ID:5w9nKzVvo
――城下町
国に救援を申請した。
村長さんの帰りは国の兵士達が付き添うそうだから、
俺達はこのまま北へ向かうことになった。
勇者「この町は性犯罪率が……」
勇者「っ……何でもない」
ナハトさんは基本的に普通に話そうとしてくれるのだが、
性に関する話題だけはしないようになった。
言いかけたのならいっそ最後まで言い切ってくれ。
残念なことに、俺はこんな時気の利いた話題を出すことができない。
ナハトさんと緊張せずに会話していた頃が早くも懐かしくなった。
勇者「…………」
戦士「…………」
き、気まずい。
勇者「なあ、ヘリオス君」
戦士「おおお俺本屋寄ってきます!」
俺は緊張してしまってナハトさんを避けがちになっている。
気晴らしに本屋に行ったが、在庫整理の最中だったらしく、
表の方に堂々と春画が置かれていた。
正直読みたかったが町中でエレクションするわけにはいかない。
なんだかとても悩ましい。
172: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:17:15.85 ID:5w9nKzVvo
何処か他に気分転換できる場所でもなかろうか。
闘技場の方が騒がしい。そういえば武闘大会をやっているんだっけか。
予選が終わった直後で、まだ本選は始まっていないらしい。
受付「まだまだ飛び入り参加募集してるよー! 武器の使用オーケー!」
体を動かすのに丁度よさそうだ。そう大きい大会ではないが、腕試しにもなるだろう。
飛び入り選手が本選に進む条件は、敗者復活戦に混ざって勝ち残ることだった。
敗者1「なんだこの小僧……!」
敗者2「なんてすばしっこいんだ!」
あっさり勝ち残ることができた。
選手のほとんどは屈強そうな大男だったから、
比較的小柄な体格を活かして相手の懐に潜り込めばこっちのものだった。
でも身長は伸びてほしい。せめてあと五センチは欲しい。
173: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:18:53.03 ID:5w9nKzVvo
英雄「こんなところで君と再会するとは」
戦士「あ、どうも。アキレスだっけか」
英雄「憶えていてくれて光栄だよ、ヘリオス」
英雄「あれから随分腕を上げたようだね」
かつて船の上で剣を交えた、どっかの国の英雄と再会した。
英雄「各地の問題を解決して回っていたものでね」
英雄「私達もこの国に来るまで随分時間がかかってしまった」
俺は、彼に対してナハトさんに感じているのと同じような違和感を覚えた。
全然親しいわけではないのに、「こいつらしくない」と感じたのだ。
戦士「……無理矢理大人らしく振る舞ってて疲れないか?」
英雄「! わ、私は勇者だ。相応しい振る舞いをしなければ」
戦士「肩こるだろそんなん……」
英雄「……君はなかなかの炯眼を持っているんだな」
戦士「け、けいが?」
英雄「真理を見抜く力があるってことだよ」
174: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:19:27.89 ID:5w9nKzVvo
英雄「勇者ナハトは参加してないのかい」
戦士「ああ。あの人多分こういうこと興味ないと思う」
英雄「……そうか」
英雄「俺は君達と出会って深く反省したよ」
英雄「俺は国一の剣の使い手となり、驕ってしまっていた」
英雄「世界は広い。俺なんかよりずっと強い人がいたって何もおかしくないのにさ」
戦士「いやまあ、俺がおまえに勝ったのはまぐれみたいなものだから……」
英雄「そう言わないでくれ」
英雄「見たところ、君の力はまだ不安定だが爆発力がある」
英雄「君の実力は本物なんだ」
戦士「そ、そうだろうか」
なんだか気恥ずかしい。
英雄「君の夢は何だい?」
戦士「兵士」
英雄「え?」
戦士「ただの兵士だけど」
175: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:21:23.72 ID:5w9nKzVvo
英雄「……騎士とか、世界一の剣豪とかじゃなくてか?」
戦士「村の警備とかしてる兵士」
アキレスは目を丸くした。
戦士「俺、この旅が終わったら、田舎に帰って兵士になるんだ」
英雄「……」
戦士「ナハトさんに弟子入りしたのも、村を守るための力が欲しかったからなんだ」
戦士「……やっぱしょぼいって思うか?」
英雄「いいや……良い夢だと思うよ」
英雄「故郷を守りたいという気持ちは素晴らしい」
戦士「おまえは将来どうすんの?」
英雄「俺の力を必要としてくれる人達のために戦い続ける」
英雄「魔王が倒され、魔物がいなくなったら、多くの傭兵が職を失う」
英雄「職を失った傭兵が盗賊となることは珍しくない」
英雄「それに、七つの聖玉が無い以上、いずれは再び魔物との戦いも起きる」
英雄「死ぬまで剣を握り続けるつもりだ」
戦士「……立派だなあ」
ただ自分の村を守りたいだけの俺と違って、彼は世界のために戦っているんだ。
スケールが違うなと思った。
176: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:22:08.30 ID:5w9nKzVvo
――――――――
――
英雄「おい! 準々決勝で敗れるとはどういうことだ!」
英雄「君とは決勝で再戦したかったというのに!」
戦士「あっ、ごめん」
自分でも驚くほど勝ち進むことができたのだが、
ふとした瞬間におっぱいが脳裏をちらついていまいち集中できなかった。
体を動かしたおかげで多少気分はすっきりした。
アキレスは見事優勝を勝ち取った。
ベスト8に入ることができたので、俺は景品の魔導石を受け取って闘技場を出た。
アラゴナイトとかいう黄色い石だ。精神を安定させ、集中力を高めてくれるらしい。
試しに魔力を流し込んだらほっとした。今の俺に丁度良い石だ。
色的にも俺と相性がいいだろう。
英雄「おい、待ってくれ」
戦士「ん?」
英雄「これを受け取ってほしい」
戦士「……これ、優勝賞品じゃ」
177: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:23:14.22 ID:5w9nKzVvo
それは、透明な石に赤い欠片がぎっしり詰まったような見た目の魔鉱石だった。
日の光に当てるとギラギラ反射した。
少しだけだが、ナハトさんのブラッドショット・アイオライトに似ている。
数種類の鉱物からできているから、今の俺に使いこなすのは難しそうだ。
だが、手によく馴染んだ。
戦士「俺なんかに譲っていいのか? お返しできるような物持ってないぞ」
英雄「その石の名はサンストーン。持ち主の能力を引き出し、自信を漲らせてくれる」
英雄「君には自尊心が足りないからな」
英雄「俺よりも君に必要な物だ」
戦士「でも、おまえが勝ち取ったもんだろ?」
英雄「その石にはヘリオライトという別名がある」
英雄「かつて、太陽神ヘリオスの象徴として崇められていた石なんだ」
英雄「太陽神の名を持つ君にこそ相応しい」
戦士「……なんか恥ずかしいんだけど、そこまで言うなら頂くよ」
名前負けしている気がしてならない。
その昔、クラスメイトから「太陽神らしく光ってみろよ」と言われたのを思い出した。
当然無理なので「隣のクラスのアポロン君に頼んでくれ」と答えた。
「あいつは顔が良いからわざわざ光らなくても充分輝いてるじゃねえか」と返された。
俺は「確かに」と思った。
……とてもどうでもいい。
178: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:23:44.40 ID:5w9nKzVvo
戦士「しかし、何もお礼しないのは流石に申し訳ないな……」
英雄「なら、疲れているところ悪いが一戦交えてくれないか」
戦士「おまえのが疲れてないか?」
英雄「あの大会で疲弊するほどひ弱じゃないさ」
英雄「むしろ、良い具合に体が温まっている」
――――――――
――
英雄「良い試合だったよ、ありがとう」
戦士「どうも」
俺はわりとあっさり負けた。
英雄「だが君の実力はそんな程度じゃないはずだ」
英雄「この前の爆発力が無かった」
戦士「まだ上手く魔力を操れないんだ」
英雄「いつか、力を自在に操れるようになった君と剣を交えたいよ」
179: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:24:36.74 ID:5w9nKzVvo
汗をかいたし湯屋に入った。
そういえば、ナハトさんはいつも俺と湯屋に行く時間をずらしてたな。
彼女は閉店間際に湯屋に行っていた。
人の多い時間帯に行くといろいろ面倒なのだろう。
彼女はどっちの湯に入ってたんだろうか。流石に女湯だろうな。
……いけない、煩悩が沸いてきてしまう。
なお、この頃は技術が発達したおかげで宿の個室にシャワールームがあることも珍しくない。
英雄「この間仲間の魔法使いに朝立ち見られて変態扱いされちゃってさ……」
俺はいつの間にかアキレスの悩みの相談相手になっていた。
戦士「女と旅すると気を張るよな」
英雄「そっちは男だけで羨ましいよ」
戦士「……おう」
英雄「魔法使いの元彼のことを考えるともう憂鬱で仕方ないんだ」
英雄「彼女と付き合ってるわけでもないから、」
英雄「俺にどうこう言う資格なんてないんだけどさ」
恋愛のことなんて全くわからないが、大変そうだなと思った。
ただ聞くことしかできなかったが、俺に話すだけですっきりしたらしく、
何も気の利いたことを言えなかったのに感謝された。
180: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:25:11.42 ID:5w9nKzVvo
俺は宿に戻った。……今日も二人部屋だ。
戦士「ただい――」
扉を開けると、
シャツ姿のナハトさんが侯爵に渡された髪飾りを髪に当てて鏡を覗いていた。
シャツと言っても、女性用のブラウスと大して変わらない。
右前か左前かくらいの違いである。
彼女は俺の姿を確認すると、数秒固まった後、手で紅潮した顔を隠して俯いた。
俺は黙って扉を閉め、廊下に戻った。
俺は見てはいけないものを見てしまったようだ。
なんてこった。
落ち着け、落ち着くんだ俺。
アラゴナイトに魔力を宿そう。そして深呼吸だ。
ちゃんとノックをしよう。
戦士「ハイッテイイデスカ」
勇者「どうぞ」
181: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:25:42.67 ID:5w9nKzVvo
再び扉を開けると、いつも通りのナハトさんがいた。
紺色の上着を羽織り、爽やかな笑顔を浮かべている。
素晴らしい切り替えの早さである。
勇者「湯屋に行ってきたのかい? 僕もそろそろ行ってこようかな」
しかし逃げるように去っていった。
勇者「ああ、大会お疲れ様。上達したね」
なんだ、見てたのか。
182: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:26:23.30 ID:5w9nKzVvo
寝よう。
モーニングエレクションを見られたら恥ずかしいなと思いながら布団に潜った。
俺がナハトさんのことをナハトさんらしくないなと感じていたのは、
彼女が男性としての人格を作って演じていたからなんだろうなと思う。
髪飾りが似合うかどうか試していた時の姿が素の面なのだろう。
一瞬しか見られなかったが、似合っていたと思う。
ナハトさん、女性なのに処女は最高だと言いながらうっとり眺めてたのか。
どんな気持ちで言っていたのだろうか。俺にはわからない。
この間夢に出てきた少年は誰だったのだろう。
ナハトさんと少し似ていたが、彼は確かに男性だった……と思う。
まあただの夢だったのかもしれないし考えるだけ無駄か。
……眠れない。
ナハトさんが帰ってくる前に寝てしまいたい。
しばらくベッドの中でゴロゴロしていると扉が開いた。
このまま寝たふりをしようと思ったのだが……。
勇者「あたっ……」
ナハトさんはフラフラしているようで、あちこちに体をぶつけている。
183: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:27:24.34 ID:5w9nKzVvo
戦士「飲んできたんですか?」
勇者「ちょっとだけ……」
ちゃんと寝台に辿り着けるよう、ナハトさんに肩を貸して体を支えた。
アメジストを身に着けていても完全に酔っぱらうのを防ぐことはできなかったらしい。
自力で帰ってこられたあたり全く効果がなかったわけではないのだろう。
勇者「……暑い」
彼女は上着を脱ぎ、シャツのボタンを二つ外した。
サラシの巻き具合が緩いのか胸に膨らみがある。
俺は目を背けるしかない。
勇者「う……」
彼女をどうにか寝台に座らせた。
俺は自分の寝台に戻ろうと思ったのだが、彼女に右手を掴まれ、隣に座らされた。
勇者「なあ、ヘリオス君」
ナハトさんは俺の目を見た。
彼女の頬は酔った影響で紅く染まっていて、
いつもの男とも女ともつかない声じゃなく、深みのある女性の声を発している。
勇者「……女の師匠なんて、嫌だったか?」
戦士「え?」
184: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/22(火) 20:29:22.55 ID:5w9nKzVvo
勇者「私のこと、嫌いになったか?」
距離が近い。緊張して動けない。
戦士「い、いや、あの、そんな」
少しでも視線を落としたらシャツの隙間から胸の谷間が見えてしまう。
勇者「隠し事を、していて、悪かったとは……思っている」
戦士「別に、あの、その」
俺が彼女から逃げがちだったのが気になったのだろうか。
俺の手は、ベッドに押し付けられるように彼女に握られている。
彼女の体温が伝わってくる。熱い。
勇者「……すまなかった」
そんな切なげな、潤んだ目で俺を見ないでくれ。
心臓がバクバクする。顔から火が出そうだ。
戦士「お、俺、そ、んな、気にしてな」
ここである問題が発生した。
勇者「っ――」
戦士「あ゛っ……」
股間が熱いのである。
無数の男根を狩り取ってきた人に欲情してしまうなんて、
俺の息子は『真の勇者』ではないだろうか?
192: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/22(火) 21:18:05.42 ID:c05m55Vk0
戦士の戦士…さようならだな…
203: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:12:46.56 ID:fFV+chS0o
第九話 危殆
ピンチである。
さくらんぼ狩りの異名を持つ彼女のすぐ目の前で、
俺の息子はエレクションしてしまった。
戦士「ああああああああの」
ようやく右手が解放された。というより俺が逃げた。
戦士「俺も!! 男なんで!! これはどうしようもない現象でして!!!!」
生命の危機というか、新たな生命を生み出す器官の危機なのに、
俺の息子は臨戦態勢を保ったままである。
戦士「ごめんなさい! ほんとすみません!!」
勇者「あ……」
勇者「その、配慮が、足りなかった、な……すまない」
戦士「…………」
驚くべきことに、彼女は俺の息子を狩り取ろうとはせず、
恥ずかしそうにあっちを向いた。
俺は厠に走った。
204: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:13:25.06 ID:fFV+chS0o
抜いた。とにかく抜いた。抜くしかなかった。
戦士「……はあ」
あの人、あんなに可愛かったっけ?
以前から美人だとは思っていたが……。
部屋に戻りづらかったから屋根の上で寝ることにした。
故郷にいた頃は、よく屋根に寝転がって星空を眺めたものだった。
明日、どんな顔であの人と会えばいいのだろう。
酒で記憶がブッ飛んでくれてたらありがたいなと思う。
というかこの国で二十一歳未満の人間は飲酒したら駄目なはずだ。
その上酒に極端に弱いことは本人も自覚している。何故飲んできたんだ。
飲まないとやってられないような精神状態だったのだろうか。
しかし、さくらんぼに容赦がないこと以外は基本的に法を守る人である。
妙だ。俺が気にしたところで何にもならないのだが。忘れていただけだろうか。
205: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:14:15.36 ID:fFV+chS0o
夜空……夜……あの映像の景色もこんな星空だった。
俺は二度、石から映像を見せられている。
眠っている時に見た夢を含めれば三回だ。
最初の二回は、少年の顔をはっきりと見ることができなかった。
体格から少年と判断しただけである。
三回目は、比較的はっきり少年の顔を見ることができた。
三回とも少年が着ている服は同じ物だった……気がする。
それに、
『僕は、彼女を守れなかった』
声も同じだった、ような……。記憶に自信が無い。
そして、最初の二回、少年は「ナハト」と呼ばれていた。
俺は、ナハトさんは殺されたアルカさんの仇を討つために旅をしているのだと思っていた。
でも、もし夢に出てきた少年が「ナハト」だったとしたら、
彼が今のナハトさんと同一人物だとはあまり思えない。
三回目の時、少年は俺に何かを伝えようとしていた。
あれが俺のただの夢じゃなく、石に宿った意思が語りかけてきていたのだとしたら……。
もう一度、ナハトさんの石に触れて確かめてみる必要があるような気がしてならない。
戦士「石に宿った意思……」
英雄「駄洒落かい?」
206: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:14:41.80 ID:fFV+chS0o
戦士「あれ、おまえいつの間に」
英雄「星を見ようと思ってね。君もかい」
戦士「まあな」
英雄「……何か悩みでも抱えているのかい?」
戦士「わかるか?」
英雄「わかるさ」
英雄「さっきは俺の悩みを散々聞いてもらったからね」
英雄「よかったら話してくれないかい」
戦士「んー、なんつうかなあ」
戦士「性欲って邪魔だよな」
英雄「……ああ、わかる。すごくわかる」
207: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:15:54.64 ID:fFV+chS0o
英雄「そういえば、先程勇者ナハトの魔力反応を感知したんだけど」
英雄「何か知ってるかい? 攻撃魔術の残滓だった」
戦士「え? いや、しばらく別行動してたし」
戦士「いつも通り暴漢でも倒してたんじゃねえかな」
英雄「そうか。……流石に北の土地の夜は冷えるね」
戦士「そうだな。南のド田舎で育った俺にはちょっと寒い」
英雄「俺はもう少ししたら部屋に戻るけど、君はどうするんだ?」
戦士「あー、このままここで寝ようかなと思ってる」
英雄「風邪引くだろ」
戦士「ちょっと今部屋に戻りづらくてな」
戦士「別に、ナハトさんと喧嘩したとかじゃないんだけどさ」
英雄「わけありのようだね。俺の部屋に来ないか?」
英雄「幸い女性陣とは別の部屋だし、ソファでよければ」
戦士「あー、すごい助かる」
208: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:17:07.64 ID:fFV+chS0o
――翌朝
彼女は男の劣情を非常に嫌っている。
……俺も嫌われてしまっただろうか。
戦士「……はあ」
とりあえず会うだけ会わなければ。
戦士「世話んなったな」
英雄「いいや、楽しかったよ!」
アキレスは本当に良い奴だ。
勇者「やあ……ちゃんと眠れたかい?」
良かった、わりといつも通りだ。
心配してくれていたみたいだ。
俺は胸を撫で下ろした。
209: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:17:51.43 ID:fFV+chS0o
勇者「連れが世話になったね。これはほんのお礼だ」
そう言って、ナハトさんはアキレスに黄色い石を渡した。
英雄「……大粒のゴールドカルサイトじゃないですか!」
英雄「しかも星彩効果とレインボー入り……!」
英雄「こんな高価な魔導石、良いのですか?」
勇者「ああ」
素が出ている時と、
男として振る舞っている時とでは使っている顔の筋肉が違うのだろうか。
まるで別人だ。
210: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:18:36.94 ID:fFV+chS0o
北の方は嵐が訪れているらしく、数日この町に留まることになりそうだ。
勇者『……女の師匠なんて、嫌だったか?』
勇者『私のこと、嫌いになったか?』
昨晩の彼女の問いの答えを出した方が良いのだろうか。
勇者「さあ、朝食を食べに行こうか」
しかし、昨晩のことを掘り返せる雰囲気ではない。
俺自身思い出したくない。恥ずかしすぎる。
ナハトさんが昨晩のことを憶えていない可能性もある。
こんな時は態度で示すしかない。
戦士「……食べ終わったら、稽古、つけてほしいです」
勇者「!」
勇者「……ああ、良いだろう」
彼女は一瞬驚いた顔をしたが、柔らかく微笑んでそう答えてくれた。
211: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:19:18.15 ID:fFV+chS0o
ナハトさんと俺の関係は、あくまで師匠と弟子だ。
性別がどうだろうがその事実は変わらない。
女性だからって逃げるのは失礼だろう。
俺はナハトさんと向き合うことに決めた。
どうしても近付かれ過ぎたら「ひぃんっ」となってしまうのだが、
勇者「すまないね、君が女性に免疫が無いのを失念していた」
理解してもらえているようである。
彼女は相変わらず男口調だが、俺と話す時は役者ぶらなくなった。
……一時はどうなるかと思ったが、結果的に以前よりも打ち解けることができたみたいだ。
数日経った。
嵐で橋が落ちたため、俺達はもうしばらく足止めをくらうことになった。
ナハトさんの石に触れる機会はなかなか訪れない。
アキレスからもらった石は剣に取り付けた。
トパーズと反対側の面で輝いている。
212: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:20:53.89 ID:fFV+chS0o
英雄「どうしよう……相談に乗ってくれよ」
戦士「また何かあったのか? ……俺、何もアドバイスできないけど」
英雄「聞いてくれるだけでいいんだ!」
英雄「君しか話せる相手がいないんだよ……」
彼は仲間の魔法使いのことが好きなのだが、今日僧侶から告白されたらしい。
断ったものの、これからどう接すればいいのか、
そして魔法使いに想いを伝えてもいいのかもわからないそうだ。
戦士「とりあえず、告白される前と同じように喋ってればその内元通りになるんじゃね?」
戦士「何事も無かったかのように振る舞えば向こうも安心するかもしれねえし」
戦士「詳しいことはわかんねえけどさ」
英雄「そ、そうだよな! いつも通りが一番だよな!」
戦士「好きな子に告るのはしばらく様子を見て間を置くとか……」
英雄「ありがとう! 日の目を見られた気分だ!!」
英雄「もしかして君って……歴戦の戦士?」
戦士「そんなことはない。全く」
ナハトさんは、何があってもいつも通り接してくれた。
それを基に言ってみただけである。
英雄「君は好きな人いないの?」
戦士「へ!? ……いな……」
戦士「…………い、と思う」
213: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:22:00.49 ID:fFV+chS0o
魔鉱石のことを詳しく知りたくなったので図書館に訪れた。
石に、記憶だけでなく精神か何かが宿ることはあるのだろうか気になったのだ。
城下町の図書館なだけあってでかい。
あまり難しい言葉を使っている本は読めないので、できるだけ簡単そうな本を探した。
……どうやら、持ち主の魔力と非常に相性の良い魔導石であれば、
持ち主の魂や精神の一部が宿ることがあるらしい。
しかし、それらと干渉するにはそれなりの才能が必要だそうだ。
伯爵「ナハトと名乗る勇者がこの町に訪れているというのは本当か」
家扶「はい、閣下」
休憩所から会話が聞こえてきた。
伯爵「……コーレンベルク侯爵から便りが届いた時は驚いたが……」
侯爵の知り合いだろうか。
伯爵「…………もう一度、あの赤紫色の瞳を拝みたかった」
伯爵「ああ、アルカディア」
戦士「ぅええ!?」
伯爵「そこにいるのは誰かね」
戦士「あっ……す、すみません」
驚きで変な声が出てしまった。
214: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:23:04.42 ID:fFV+chS0o
伯爵「アルカディアについて何か知っているのかね」
戦士「俺、ナハトさんの……旅の同行者でして」
戦士「名前を……聞いたことがあったってだけです」
伯爵「ああ、では君が侯爵からの手紙に綴られていたゾンネンアウフガング君か」
再びその長いあだ名で呼ばれることがあるとは思っていなかった。
戦士「……本名はヘリオス・レグホニアです」
伯爵「私はアーベント・フォン・レッヒェルン=エーデルヴァイス」
伯爵「階級は伯爵だ」
侯爵と違ってかなりお堅い雰囲気の貴族だが、
ナハトさんとどこか似ている気がしなくもない。
戦士「レッヒェルン……ってことは……」
戦士「アルカディアさんのご親戚……ですか?」
215: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:24:44.37 ID:fFV+chS0o
伯爵「…………彼女は、私の姪だ」
伯爵「君はどこまで知っているのかね。本当に名前しか知らないのか」
戦士「あとは……侯爵のお孫さんだってことと、目が赤紫色だったってことだけです」
戦士「ナハトさんは全然昔のことを話しませんし……」
伯爵「……彼女は生まれつき魔適傾向が高くてね」
伯爵「髪こそ母親譲りの色だったが、瞳は彼女自身の魔力の色に染まっていた」
伯爵「本当に美しく、不思議な色だったのだよ。極上の葡萄酒の様な……ね」
伯爵「バシリー、紙とインクを」
家扶「はっ」
伯爵「私がこちらの国に婿養子に来るまでは、よく彼女と遊んだものだった」
伯爵「しかし、ナハトが現れると彼女はいつもあっちに……」
伯爵「……コホン。この手紙を勇者ナハトに渡してほしい」
戦士「は、はい」
216: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:26:03.74 ID:fFV+chS0o
レッヒェルン家出身の人と出会ってしまった。
ナハトさんの子供時代についていろいろ質問すればよかったかもしれないが、
貴族の人にこちらから話すのは畏れ多くて無理だった。
そろそろ宿に帰ろう。
元騎士「よう、ナハトの連れじゃねえか」
戦士「あ、どうも。お久しぶりです、ディオさん」
この人も貴族だった気がするが話しにくくはない。何でだろう。雰囲気だろうか。
戦士「どうしてこちらに?」
元騎士「こっちの大陸の方が強い魔物が出やすいからな」
元騎士「報酬額の高い仕事が多いんだ」
元騎士「随分前からこの町に住みついてるぜ」
戦士「ああ、そうだったんですか」
彼は俺達よりも早く北に来ていたらしい。
元騎士「おまえの息子はまだ無事か?」
戦士「まあ、なんとか」
戦士「あ、ナハトさん――!?」
ナハトさんが路地裏から突然伸びた手に引きずり込まれた。
元騎士「……チッ」
217: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:26:59.35 ID:fFV+chS0o
戦士「ナハトさん!」
勇者「ふぐっ……」
口元に布を当てられている。……少しだが酒のにおいを感じた。
腕にも何か巻きつけられているようだ。
数人の男達が彼女を囲んでいる。見るからに悪党だ。
戦士「おまえら何を……!」
盗賊1「おい、邪魔が入ったぞ」
盗賊2「ディオさん、どういうこった」
元騎士「わりぃ、足止めしきれなかった」
戦士「ディオさん!? うぐっ……」
ディオさんに鳩尾を殴られた。
戦士「ど……して……」
元騎士「こいつが多くの男の恨みを買ってるのは知ってるだろ?」
元騎士「まあそういうことだ」
元騎士「おいおまえ、ちょっとこのガキ押さえてろ」
盗賊3「へい」
218: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:27:55.24 ID:fFV+chS0o
盗賊1「この間は下っ端がお世話になったなあ?」
盗賊2「今度はそうはいかねえぜ」
勇者「…………」
戦士「……?」
盗賊4「なんたって、『気配消しの指輪』だけじゃなく」
盗賊4「この『快楽の鞭』が完成したんだからなあ」
勇者「…………」
元騎士「無様だなあ、ナハト」
元騎士「おまえは魔力依存型だからな。快楽を感じちまっちゃあ、」
元騎士「もうまともに剣を握ることすらできねえだろう?」
魔術師の最大の敵は……性欲及び性的快楽。
元騎士「その上ごく少量のアルコールで酔いつぶれちまうんだからよお!」
戦士「ま、さか……この間ナハトさんが酔って帰ってきたのって……」
元騎士「どうだ? 感じるか? ふははははは!!」
勇者「っ……」
ディオさんはナハトさんに巻きつけられた鞭をグイグイ引っ張っている。
あの鞭に巻かれると、性的な意味で強制的に気持ち良くさせられてしまうようだ。
な、なんてえっちな道具なんだ……!
219: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:32:45.86 ID:fFV+chS0o
元騎士「どうした? 顔が赤いぞ? 酒の所為か? それとも恥辱の所為か?」
戦士「やめろっ! ナハトさんを放せ!」
盗賊3「おっと動くな!」
元騎士「ははっ……もしかしてとは思っていたが、おまえ、女だったんだな」
あいつはナハトさんの服をはだけさせた。
勇者「う……」
盗賊5「道理で美女で挟み撃ち作戦が失敗したわけだ」
戦士「ふざけるな! やめ……やめろ!!」
更に、あいつはナハトさんの首筋に吸い付いた。
元騎士「くくっ……」
勇者「はっ……あ……ぅ……」
戦士「ごっ……の、やろ……!」
元騎士「こりゃお楽しみだ。……表通りが騒がしくなったな」
盗賊4「人に見られる前にアジトに帰るか」
元騎士「おっと、目撃者には消えてもらわねえとな」
あいつは短剣を持って俺に近付いてくる。
嘘だろ。前は俺の命を助けてくれたのに。
戦士「っ――!」
腹に衝撃が走り、視界が真っ暗になった。
220: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:34:12.86 ID:fFV+chS0o
――――――――
俺の名はディオニュソス・ド・トンベル。
代々優秀な騎士を輩出し続けている名門トンベル家の出身であり、
俺も栄誉ある騎士となった。
ある時、俺は騎士団の仲間達と共に魔族の群れの討伐に向かった。
俺達が健闘虚しく敗退しかけたその時、ナハトは現れた。
あいつは一滴の返り血も浴びずに魔物を殲滅した。
俺達は名誉の死を迎えることなく、どこぞの馬の骨とも知れぬ若者に救われてしまった。
とてつもない屈辱だった。
祝賀会でも、称えられたのは俺達じゃなく奴だった。
更に、俺はナンパした女の子をお持ち帰りしようとしていたところをあいつに咎められた。
そして愛人の存在をバラされた。
その結果、俺は職も名誉も嫁も愛人も……全てを失った。
逆恨みと言われればそれまでであるが、憎いものは憎い。
この北の町に、奴に復讐しようと待ち伏せしている連中がいた。
奴等はあいつの弱点を掴もうとしていた。
……祝賀会の時、あいつは酒のにおいをかいだだけで赤くなっていたのを思い出した。
当時はまだ17だからと飲酒はしていなかったが、もしやと思った。
それに加えて快楽を与える道具の開発も助言した。
ナハトが次の土地へと進めないよう、悪党共は嵐に紛れて橋を落とした。
221: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/23(水) 18:35:25.76 ID:fFV+chS0o
結果、上手くいった。
元騎士「まずは俺に楽しませてくれよ。俺のおかげでこいつを捕まえることができたんだからな」
盗賊1「仕方ねえな。見物はさせてもらうぞ」
盗賊2「息子が勃つ奴を呼んでこねえとな」
今、ナハトは俺の手中に落ちた。
普段の澄まし顔が嘘のように表情を歪めている。
元騎士「すぐに殺しはしねえよ。たっぷり気持ち良くしてやるからな」
勇者「っ……そんな体で何ができる!」
元騎士「息子が使えなくても、女を喜ばせる術はよおく知ってるんでな」
服に手を突っ込み、上半身を撫で回してやるとこいつの体は淫楽に震えた。
元騎士「お? サラシの上からでも感じるか?」
勇者「……やるならやれ。所詮、疾うの昔に穢れた体だ」
――――――――
225: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/23(水) 18:54:13.49 ID:jssiKY2co
剣士君が男を見せる時が来たな
232: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:36:04.81 ID:4p/vxBv6o
第十話 焔光
兵士「おい君、大丈夫か!?」
戦士「う……」
戦士「俺……生きてる……?」
ちくしょう……俺はどれだけの間気を失っていたんだ。
戦士「ナハトさん……ナハトさんは!?」
兵士「落ち着くんだ」
233: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:36:35.08 ID:4p/vxBv6o
――――――――
盗賊5「お頭に報告してくるぜ」
元騎士「見下していた相手に撫でられるってのはどんな気持ちだ?」
勇者「……」
奴を背中から抱きかかえ、服の留め具を外していく。
元騎士「俺自身、こんなに上手くいくだなんて思ってなかったんだぜ」
元騎士「普段の貴様なら絶対に見せない隙があった」
元騎士「ってか、この頃隙だらけだった」
勇者「…………」
元騎士「……心境の変化でもあったのか?」
勇者「……黙れ」
――――――――
234: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:38:16.80 ID:4p/vxBv6o
戦士「見るからにガラの悪い連中にナハトさんが連れていかれたんだ!」
兵士「『ナハト』という名の者が攫われたんだね?」
兵士「……奴等のアジトなら、我等が回した間者のおかげで判明した」
兵士「今、国家憲兵が向かっている」
兵士「今時は発信石という便利な物があってね」
戦士「俺も連れていってくれ!」
兵士「危険だ」
戦士「俺は剣士だ! 戦える!」
兵士「だめだ。一般人を連れていくわけにはいかない」
戦士「ちくしょう……」
ナハトさんのように、俺に魔力で人を探す能力があれば……。
戦士「トパーズが……光ってる?」
『インペリアルトパーズ。探し物を引き寄せてくれる石だよ』
この石が、俺をナハトさんの元へ導いてくれるかもしれない……!
兵士「何処に行くんだ! 待て!」
235: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:38:48.01 ID:4p/vxBv6o
――――――――
元騎士「集中を無くしたおまえなんてただの女だ」
元騎士「何がそこまでおまえの心の均衡を奪った?」
勇者「ふ……ぁ……っ……」
元騎士「…………あのガキか?」
勇者「っ! ちがっ……くっ……」
元騎士「俺達はおまえに関する情報を集めていた」
元騎士「知ってるんだぜ? おまえが命を張ってあいつを守ったことを」
勇者「っ…………」
元騎士「はっ、綺麗な乳首してるじゃねえか」
元騎士「ろくに自分で弄ってもないんだろ」
元騎士「ほう? まともな下着もつけてねえわりには良い形だな」
勇者「あっ――ぅあっ!」
元騎士「なんだ、女らしい声で啼けるじゃねえか」
元騎士「……もっと聴かせろよ」
236: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:39:21.81 ID:4p/vxBv6o
元騎士「こんな上玉を好きに出来るってのに、勃たねえのはほんと残念だぜ」
元騎士「……なあ、おまえ、俺の娼婦になれよ」
元騎士「そしたら命は助けてやるよ」
勇者「だっ、れがっ……」
盗賊1「おいいつまで上ばっか触ってんだ」
元騎士「焦らした方がおもしれえんだよ」
元騎士「こう、触れるか触れないかの指圧で楕円を描くようにしてだな」
盗賊2「流石ご貴族様が使うテクは違う」
元騎士「これを続けると感度が上がるんだよ」
勇者「っ……」
元騎士「快楽漬けにして、二度と魔法を使えない身体にしてやろうか」
元騎士「淫乱な奴には使えないんだろ? 淫魔は例外として」
勇者「……ぁ…………」
盗賊4「念のため媚薬を用意しとかねえと」
盗賊2「おい、下も脱がすぞ」
元騎士「気がはええなあ、こういうのはじっくりじわじわ――」
ガタン!
戦士「ナハトさん!」
237: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:40:02.19 ID:4p/vxBv6o
彼女の上着は脱がされ、シャツの留め具も全て外されている。
サラシはほどかれて腹を緩く覆っているだけになっていた。
両手を胸の前で拘束しているのはあの鞭だ。
……後頭部を殴られたような感覚を覚えた。
勇者「ヘリオス君……?」
長椅子の上で、ディオさんがナハトさんを背中から支えるような形で抱きかかえている。
他の男は見物客のように彼女等を囲んでおり、
その内の一人は彼女のベルトに手をかけていた。
熱い。
その光景は、とても性欲を掻き立てるような物ではなく、
戦士「ッ――――!」
俺の腹の底から怒りが沸き上がった。
熱い。
俺の人生において、これほど腹が立ったことはあっただろうか。
熱い。
熱い。
熱い。
238: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:40:48.37 ID:4p/vxBv6o
盗賊1「おい、あいつの剣……燃えてるぞ!」
勇者「……!」
戦士「ゥォオオオオオオオオオ!!!!」
トパーズとサンストーンが共鳴し、バチバチ音を立てている。
戦士「マスもかけねぇ体にしてやる!!!!」
まずは彼女のベルトに手をかけていた男の両腕を斬り落とし、
盗賊1「ギィアアアアアアアアアアアアア」
見物していた連中の腕も同様に刎ねた。
傷口から血は吹き出ていない。炎で焼いた。
……返り血が大嫌いなナハトさんを、血で汚すわけにはいかない。
戦士「はあっ……はっ……」
そしてあの男に目をやる。
元騎士「うおう」
戦士「……あんたは、花の都で俺を助けてくれた」
戦士「女好きってだけで、根は悪い人じゃないと思ってた」
戦士「それなのに、こんな連中と手を組んで、こんなっ……こんなことをっ……!」
元騎士「タンマ! ちょっと待った!」
戦士「これほど誰かを殺したいと思ったのは生まれて初めてだ!!」
元騎士「わーっ!」
兵士「待つんだ!!」
239: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:42:25.62 ID:4p/vxBv6o
戦士「止めんな!」
兵士「その人は仲間なんだ!! 間者なんだよ!!」
戦士「……へ?」
元騎士「おまえの命は奪わなかっただろ!? 気絶させただけで!!」
戦士「あっ……」
元騎士「当然そいつに恨みはあるけど! もうこの町で新しい嫁さんできたし!」
戦士「…………」
元騎士「……俺の言い訳聞いてくれる?」
元騎士「仕事を求めてこの町に辿り着いた俺は、ある依頼を受けた」
元騎士「それがこの盗賊達のアジトを見つけることだった」
元騎士「俺は間者として潜り込むことになったのだが、」
元騎士「普段盗賊狩りをやってるおかげで盗賊達の信頼を得ることは困難だった」
元騎士「んで、盗賊達に仲間として認めてもらう条件が、」
元騎士「こいつを捕まえることだったんだよ!」
戦士「…………」
240: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:43:03.18 ID:4p/vxBv6o
元騎士「……しょーじきに言う! こいつには一泡吹かせてやりたかった!」
元騎士「復讐心が無かったわけじゃなかった!!」
元騎士「だから言葉で責めたりとかそういうのはしちゃった!!」
元騎士「でも上の方しか触ってないし!!」
元騎士「それ以上やったら嫁さんにかけられた呪いで俺もっとやばいことになっちゃうし!!」
元騎士「仕事の一環だったし!!!!」
戦士「…………」
兵士「頼む……彼を斬らないでくれ。彼を斬ったら、君も罪に問わなければならなくなる」
元騎士「……いや、その、すみませんでした。ごめんなさい」
戦士「…………あんたの言い分はわかった」
戦士「でも」
俺はディオさんの股のすぐ前に剣を突き立てた。
元騎士「ひっ」
戦士「もしまたナハトさんに触ったら…………」
戦士「その時は、俺があんたの股間を斬り落とす」
241: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:43:49.76 ID:4p/vxBv6o
戦士「……ナハトさん」
彼女は体を丸めて震えている。
戦士「動かないでくださいね」
ディオさんが落とした短剣で、彼女の腕を縛っている鞭を切った。
だが物に貼り付く性質があるらしい。
彼女の手首に残った鞭を剥ぎ取ると、手がくすぐったくなった。
勇者「ぅ……はあ」
俺は長椅子の背にかけられていた彼女の上着を取り、彼女の肩にかけた。
勇者「ヘリオス君……ヘリオス君……!」
彼女は俺の腕を掴み、俺の名前を呼んだ。
……少し前までのナハトさんからはとても想像できないほど、弱々しい姿だった。
勇者「うう……ぁ……」
俺は空いている方の手で彼女の肩を持った。
戦士「もう大丈夫です」
勇者「ぁぁあぁああぁ…………」
この人だって、弱い面を持った、一人の人間なんだ。
242: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:44:25.94 ID:4p/vxBv6o
――宿
勇者「…………全く抵抗できなかった」
戦士「…………」
勇者「あいつになされるがまま………………」
こんな時、どんな言葉をかければいいのか、俺にはわからない。
ただ傍にいることしかできない。
勇者「嫌なんだ……ただ男に犯されるだけの女なんて……」
戦士「…………」
……俺は、ナハトさんの傍にいていいのだろうか。
俺がナハトさんと関わらなければ、
彼女はいつも通り余裕で盗賊を撃退していたのではないだろうか。
俺の存在が彼女の精神を乱していたことは明らかだ。
そして、俺は……この人に欲情してしまったことがある。
243: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:44:53.06 ID:4p/vxBv6o
勇者「ヘリオス君…………」
だけど、ナハトさんは俺にもたれかかっている。
俺のことは、嫌じゃないのだろうか。
本気で怒った直後で疲れているからかはわからないが、
ナハトさんと触れ合っていても、あまり緊張しなかった。
戦士「……俺、もっと強くなります」
戦士「あなたを護れるくらい、強く」
この時、俺はこの人を護りたいと、強く思った。
故郷の村以外に特別護りたいと思える対象ができたのは、これが初めてだった。
244: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:45:25.93 ID:4p/vxBv6o
いつも俺より遅く寝て早く起きるナハトさんが、珍しく俺より先に眠った。
ハンガーにかかった上着には、セレスタイトのブローチが留められている。
俺はその石を手に取った。
……石に、小さい何かが宿っているのを感じられた。
石は弱々しく輝き出した。
――
――――――――
少年『僕の名はナハト・フォン・レッヒェルン』
少年『アルカ……アルカディアは、僕の主人――り、そして妹――うな存在だった』
雑音混じりではあるが、前よりははっきりと彼の声を聞くことができる。
少年『君だけ――だ。アルカが心を開こ――してい――は』
少年『こ――まじゃ、彼女はずっと一人ぼっちのままだ』
少年『僕はもう死――しまった。どうか、一緒にいてあげて――い』
少年『もし、彼女が永遠の孤独に閉ざさ――ことを選んだら、』
少年『その時は、彼女を殺してほしい』
少年『そうでもし――と、彼女の魂は未来永劫――――』
――――――――
――
245: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:46:14.28 ID:4p/vxBv6o
石から輝きが散った。宿っていた意思は消えてしまったようだ。
俺の知っているナハトさんは、アルカさんだった……?
殺されたのはアルカさんじゃなく、『ナハト』の方だったということだろうか。
アルカさんの瞳は赤紫だったはずだ。顔付きは、面影があるといえばあるとは思うが……。
後半はよくわからなかった。『殺してほしい』って、どういうことなんだろう。
俺はナハトさんの方を見た。
小さく寝息を立てて眠っている。
もし彼女がアルカさんなら、彼女は幼い頃に、魔王に……。
彼女が処女に拘っている理由が少しわかったような気がした。
ナハトさんはいつも、
穢れを知らない少女に対して羨望しているかのような眼差しを向けていた。
……言葉通り、彼女達が羨ましかったんじゃないだろうか。
やたらと貞操について語っていたのも、裏には心の叫びがあったんじゃないだろうか。
246: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:46:44.70 ID:4p/vxBv6o
眠れそうにない。少し外の空気を吸ってこよう。
モヤモヤが晴れないんだ。
戦士『あなた方は……彼等がナハトさんを狙っていることを知っていたんですか!?』
兵士『……ああ』
戦士『知っていたのに……』
兵士『あえて泳がせないと、敵の情報を得ることができない場合もあるんだ』
兵士『どうかわかってほしい』
兵士『……申し訳ない』
戦士「ちくしょう!!」
傍にあった大きな岩を殴った。
拳へ半ば無意識に魔力を集中していたらしく、岩は粉々になった。
岩に八つ当たりしたところで気分が晴れるわけでもない。
男達がナハトさんを取り囲んでいた光景が頭から離れない。
……ディオさんが、ナハトさんの首に吸い付きながら、胸に、腰に、触れていた。
戦士「ちくしょう! ちくしょう!! あああああアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
247: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:48:11.41 ID:4p/vxBv6o
――翌朝
戦士「……短剣を、一本持っておくといいと思うんです」
戦士「その、いざという時のために装備しておくべきだって、昔兵養所で習ったんです」
勇者「……そうだね」
戦士「ほ、ほら、リーチの短い剣があれば、間合いを詰められても攻撃しやすいですし、」
戦士「狭い場所での戦闘においても便利です」
勇者「ああ。魔力無しでも戦える術を身に着けなければ……」
ナハトさんは、俺の二人の時だけは女性らしい声で話してくれる。
俺はそのことに嬉しさを感じた。
戦士「あ、そうだ」
戦士「これを」
勇者「手紙…………」
ナハトさんは差出人の名前を見てしばらく硬直した。
勇者「…………」
248: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:48:58.26 ID:4p/vxBv6o
勇者「……開けてくれないか。自分で開ける勇気が出ないんだ」
戦士「は、はい」
勇者「読んでくれ」
戦士「ええと……」
庶民の俺には読みづらい貴族の書体だったが、どうにか読み取ることができた。
戦士「『頼みがあるから私の屋敷に来てほしい』だそうです」
勇者「……それだけか?」
戦士「はい」
勇者「…………もう、親族には会わないつもりだったのだがね」
勇者「貴族に会うんだ。身なりを整えなければならない。散髪に行ってくるよ」
戦士「あ……髪、切っちゃうんですか?」
勇者「そのつもりだが……」
戦士「そ、うですか」
何故だか、彼女が髪を切ってしまうことが残念に思えた。
勇者「…………長い方が、似合うか?」
俺は気恥ずかしくなって、横を向いて頷いた。
勇者「……なら、整えてもらうだけにするよ」
249: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:49:44.22 ID:4p/vxBv6o
伯爵「よく来てくれたね……ナハト」
勇者「…………お久しぶりです、エーデルヴァイス卿」
重い空気が漂っている。二人とも神妙そうだ。
伯爵「最後に会ってからもう九年か。月日が経つのは早いものだね」
伯爵「……大きく、なったな」
伯爵「君の死体が確認されなかったから、慰霊碑に君の名は刻まなかったのだよ」
伯爵「……君が生きていると信じて、ずっと探していたのだ」
勇者「…………」
伯爵「…………」
生き別れた親族が再会した時の雰囲気とはとても思えない。
勇者「…………頼みとは、何でしょうか」
伯爵「…………バシリー、例の物を」
家扶「は、ただいま」
執事の男性が運んできたのは、
深い青と赤紫の色彩を放つ、少し豪華だが気品のあるドレスだった。
伯爵「このドレスを着て、今度の晩餐会に参加してほしい」
勇者「帰らせていただきます」
250: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:50:51.88 ID:4p/vxBv6o
伯爵「お願いだよおぉ着てくれよ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」
お堅い佇まいが嘘のように、伯爵は泣き崩れた。
勇者「ここに来たのが間違いでした」
ナハトさんの行く手は大勢の騎士で阻まれた。
勇者「…………」
伯爵「アルカディアァアアア!」
伯爵「ぜっがぐあ゛え゛だの゛に゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛」
勇者「放してください」
伯爵はナハトさんにすがりついている。
ナハトさんがアルカさんであると確信があるようだ。
……もしかして、侯爵からの手紙にそう書いてあったのだろうか?
ということは、侯爵はナハトさんの正体に気がついていたのだろうか。
所詮推測でしかないが、そうとしか思いつけなかった。
今思えば侯爵も、
ナハトさんに対して何か思うことがあるような、不思議な態度をとっていた気がする。
251: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/25(金) 16:51:19.04 ID:4p/vxBv6o
勇者「私は! 女として生きることを捨てたんです!」
伯爵「ヤダアアアアア゛ア゛ア゛!!」
まるで駄々っ子のようである。
それにしても、ナハトさんのドレス姿……。
俺も正直見てみたいなと思ってしまったのだが、
彼女の境遇を思うと素直にそう言い出すことはできなかった。
なんだろう、この切なさ。ひどく胸が苦しいんだ。
263: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/27(日) 01:16:42.68 ID:9jiz3jZco
本編の投下はまだですが、
読んでも読まなくてもいい主要人物二名の設定を。
戦士(ヘリオス・レグホニア)
強面だが性格は純朴。性欲旺盛な15歳。魔力の色は橙。兵士志望。
物語開始時点で身長165センチほど。成長途中。あまり自信が持てないでいる。
学は浅いが賢くないわけではない。
義務教育学校も兵士養成所も中の上くらいの成績で卒業した。
実力を伸ばしつつある。名前負けしているのが悩み。
アルテミスというあまり美人じゃない姉がおり、妹や弟も数人いる。
兄弟全員、名前負けしてしまうような立派過ぎる名前らしい。
ナハトに特別な感情が芽生え始めたようだが……。
――――――――
勇者(ナハト)
18歳。魔力の色は紫がかった深い青。男装の麗人。重度の下戸。
身長は170台半ば〜後半 + ヒール。
人々が勝手に勇者と呼んでいるだけで、本人は自分のことをそう思ってはいない。
肌を晒すことを嫌い、常に体格を隠せる長袖の服を着ている。
手の形は男女差が出やすいため、外では滅多に手袋を外さない。
極端に男の劣情を嫌悪しており、貞操に対する並々ならぬ執着を見せる。
女として生きることを捨てたと言いつつも、髪飾りを似合うか試していたり、
ヘリオスには素を見せたりと心境は複雑な様子。
魔力に依存した戦闘スタイルであるため、魔力が使えなければ大幅に戦闘能力が落ちる。
この頃は心に緩みができたようだ。
266: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 16:57:55.02 ID:CXyiA0dfo
第十一話 夜会
伯爵娘「お父様? 私の護衛の方は来てくださったの?」
一人の少女が現れた。6、7歳ほどだろうか。
とても可愛らしい。
伯爵娘「本物の勇者ナハトだああ!」
勇者「……護衛を頼みたいのなら先にそう仰ってください」
伯爵「だって……」
勇者「あなたは優秀な部下を大勢お抱えでしょう」
勇者「私でなければならない理由はあるのですか」
伯爵「そんな他人行儀な話し方しなくても……」
勇者「ではこの話は無かったことに」
伯爵「待って! わかった! 真面目に話すから!」
267: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 16:59:17.88 ID:CXyiA0dfo
伯爵「……君の名声は聞いている」
伯爵「これまで数多くの悪党を討伐し、魔物の群れをたった一人で殲滅してきたそうだね」
伯爵「そして、君が最も嫌っているのは、女性に危害を加える漁色家だとか」
伯爵娘「ぎょしょくかってなあに?」
伯爵「わるぅい男の人のことだよぉぉ」
幼い頃のナハトさん……アルカさんもこんな風に可愛がられていたのだろうなと思った。
伯爵「君に罪を暴かれ、失脚した不道徳な貴族も少なくない」
伯爵「……実は、私の娘を狙っている男がいるのだ」
伯爵「奴の階級は大公。誰も下手に手を出すことができない相手だ」
伯爵「君の腕を見込み、娘の護衛及びその男の正体の暴露を頼みたい」
伯爵「奴の名はグライリッヒ・フォン・ゲーリング」
伯爵「悪い噂はあれど、証拠が無いのだ」
伯爵「本当はこのような危険なことを、可愛い姪にさせたくはないのだが……」
勇者「私はナハトです。あなたの姪のアルカディアではありません」
伯爵「ぐずっ……」
猫可愛がりしていた生き別れの姪が男として生きていたら泣きたくもなるのかもしれない。
268: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 16:59:51.38 ID:CXyiA0dfo
伯爵「夜会には是非長女を出席させたい」
伯爵「だが奴には近付いてもらいたくないものでね」
伯爵「だから、娘の傍についていてほしいのだよ」
勇者「ドレスを着る必要性はありますか」
勇者「ドレスでは動きを取りづらくなり、こちらが大幅に不利となります」
伯爵「……ほら、綺麗な女性の方が敵の情報集めやすかったりするし……」
勇者「ほう、私に色仕掛けをしろと?」
伯爵「あっ、それはやだ」
伯爵「でもやっぱり綺麗な格好で社交には出てほしい」
勇者「私は一生女性の格好をするつもりはありません」
勇者「エーデルヴァイス卿、どうかご理解いただき」
伯爵「おじちゃまって呼んでよぉぉ」
勇者「…………」
269: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:01:59.27 ID:CXyiA0dfo
これからは伯爵の屋敷に泊まることとなった。
ナハトさんは断っていたのだが、泣きつかれてしまい仕方なく折れたのである。
勇者「……はあ」
アルカさんのことも『ナハト』のことも知っている人物と会うのは複雑だろう。
戦士「あの……やっぱり、ナハトさんは、アルカさんなんですか」
勇者「……」
戦士「実は、その……セレスタイトに、本当のナハトさんの心の一部が宿っていて、」
戦士「そんな感じのことを……」
勇者「君は、石の声を聴くことができるのだね」
勇者「私も、幼い頃は石に宿った心と話せたものだった」
勇者「そうか、彼と……会えたのか」
戦士「アメジストには、記憶が入ってて……」
戦士「おそらく八年前の、襲撃の時の映像が……すみません」
黙っていた方がよかったのかもしれないが、
本人の知らないところで彼女の秘密と過去を覗き見てしまった罪悪感に耐えられず、
謝罪せずにはいられなかった。
勇者「……君は、正直だね」
勇者「近い内に話すつもりではあったんだ。もう、君に隠し事をしたくはなくてね」
戦士「……」
270: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:02:25.73 ID:CXyiA0dfo
勇者「……どこまで見たんだい」
戦士「アルカさんが、血塗れになったところまで、です……」
戦士「でも、すごく途切れ途切れ……でした」
勇者「……そうか」
戦士「…………」
勇者「気になるかい? この目の色のことが」
戦士「そりゃ、気になりは、しますけど」
戦士「すごくつらいことを、掘り起こすことになるかも、しれませんし」
戦士「無理に、聞こうとまでは……」
勇者「君は、優しい子だね。本当にいい子だ」
伯爵娘「勇者ナハトー!」
勇者「……アストライア嬢」
271: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:03:33.49 ID:CXyiA0dfo
伯爵娘「ねえねえ、私と親戚なんでしょ? そうなんでしょ!?」
勇者「ええ」
伯爵娘「後で一緒にお風呂はいろ!」
勇者「あっ……それは……」
伯爵娘「……だめ?」
勇者「私は表向き男性ということにしておりますから……」
伯爵娘「うー…………」
勇者「……わかりました。入りましょう」
伯爵娘「やったあ!」
この会話を聞いていたら煩悩が沸いてきてしまった。
……抜いてこよう。
272: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:04:21.62 ID:CXyiA0dfo
やはり貴族の屋敷は落ち着かない。
外に出て、今朝まで借りていた宿に行った。アキレスに会いたかったからだ。
戦士「今暇? 打ち合いしてえんだけど」
英雄「君の方からそう言ってくれるとは……喜んで付き合うよ」
抜き終わった今なら戦いに集中できる自信があった。
俺は強くなりたい。
英雄「……太刀筋がずいぶん鋭くなったね。垢抜けたとでも表現すればいいのかな」
英雄「初めて会った時と比べて体格もかなり良くなっている。少し羨ましいよ」
戦士「それは……ナハトさんがいいもん食わせてくれてるからだ」
英雄「良い師匠だね」
273: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:04:58.31 ID:CXyiA0dfo
戦士「あれから僧侶の……エイルさんだっけ? とはどうなんだ」
英雄「ああ、今のところなんとか普通に話せてるよ。君のおかげだ」
英雄「マリナは相変わらず俺に興味無さそうでちょっと寂しいけどさ」
マリナとは、彼が想いを寄せている魔法使いの名前だ。
英雄「……君からその話題をふってくるなんて、珍しいじゃないか」
戦士「それもそうだな……俺、どうしちまったんだろうな」
英雄「何か悩みでもできたのか?」
戦士「や、その……この頃、やけに胸が痛むんだよ」
英雄「どんな時に?」
戦士「…………」
戦士「……………………」
英雄「顔が赤いよ」
戦士「……ある女の人のことを考えてる時」
英雄「恋じゃね?」
戦士「そうか、やっぱりそうか、これが恋か」
274: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:05:29.18 ID:CXyiA0dfo
英雄「君も恋の苦しみを経験する時が来たかあそうかあ!」
戦士「……何で嬉しそうなんだよ」
英雄「人っていうのはね、同じ苦しみを理解しあい共有することで元気になる生き物なんだよ!」
戦士「……そうか」
霧の町で、ナハトさんが暴行を受けた女性を元気づけたことを思い出した。
具体的にどんな言葉をかけたのかはわからないが、自分も同じ経験をしたことを明かし、
彼女の気持ちへの理解を示すことで励ましたんじゃないだろうか。
英雄「なあ、相手はどんな人なんだ!」
戦士「えっ、あっ……それはまた今度な! もうそろそろ屋敷に戻らねえと!」
俺は酷く恥ずかしくなってその場を去った。
275: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:06:23.13 ID:CXyiA0dfo
伯爵「何で『ナハト』なんかになりきってるんだよぉ」
勇者「私の自由です」
伯爵「女の子らしく喋ってよぉぉぉ」
伯爵娘「お父様うるさい」
伯爵「えっ」
何やら騒がしそうだ。
……ナハトさんにも、家族がいるんだなあ。
人間かどうか疑わしいとさえ感じてしまっていた頃が嘘のようだ。
今のナハトさんには生気がある。
勇者「匿ってくれ」
俺に用意された部屋にナハトさんが訪れた。
勇者「……はあ」
勇者「侯爵から彼へ連絡があったようだと君から聞いた時点で、」
勇者「正体を知られているだろうとは思っていたが……」
戦士「……大変そうですね」
276: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:06:49.38 ID:CXyiA0dfo
戦士「……伯爵は、昔ナハトさんとよく遊んでいたと聞きましたが」
勇者「…………私が遊んでさしあげていたんだ」
勇者「そうしないとすねられて面倒だったからな……」
戦士「ああ……」
容易に想像できた。
戦士「でも、それだけ愛されていたんですね」
勇者「あ、まあ……そう、だな」
ナハトさんは風呂上がりで色っぽい。
戦士「……俺もそろそろ風呂入ってきます。汗かきましたし」
勇者「そうか。……外の湯屋に行くのか?」
戦士「はい。どうしても豪華な浴室を借りるのはちょっと」
戦士「っ――!」
足を引っ掛けた。
勇者「……!」
……ナハトさんを寝台に押し倒してしまった。
277: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:07:18.98 ID:CXyiA0dfo
石鹸の良い匂いがする。暖かい。
戦士「ぁぁああああ゛あ゛すみません!」
勇者「…………」
この間酷い目に遭ったばかりだというのに、怖がらせるようなことをしてしまった。
いきなり男に押し倒されたら怖いに決まっている。
戦士「ごめんなさい! ごめんなさい!」
勇者「そ、そんな、気にしないでくれ」
勇者「今のは事故だとわかっているし、その……」
勇者「…………君だけは、平気なんだ」
戦士「え……」
その言葉にすごくドキッとした……が、すぐに考え直した。
彼女はしばしば、母親のような眼差しで俺を見ていた。
それに、俺は彼女より身長が低いし、年下だし、弟子だ。
その上身分の差だって大きい。
単純に男として見られていないだけだろう。
そう思うと悔しくなった。せめて、はやく大人になりたい。
278: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:08:04.22 ID:CXyiA0dfo
伯爵「君はアルカディアと二人で旅をしているのだったね」
戦士「は、はい」
威圧を感じる。
伯爵「……何もしていないだろうね」
戦士「へ?」
伯爵「手を出しはしていないだろうね!?!?」
戦士「とととととんでもない」
戦士「彼女、そういうの極端に嫌ってますし、俺一介の庶民ですし」
戦士「とてもそんな」
伯爵「ふう……そうか」
娘の彼氏に敵意を向ける父親のようだ。
伯爵「彼女が生まれる前に、彼女の父親である我が兄は死んでしまったからね」
伯爵「代わりに私が父親のように接していたのだよ」
そんな感じはしなかったが……。
279: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:08:39.66 ID:CXyiA0dfo
――
――――――――
伯爵娘「おねえちゃーん! 踊りの練習しましょ!」
勇者「ええ」
晩餐会の後には舞踏会があるらしく、二人は踊りの練習に励んでいる。
ナハトさんが遠くに行ってしまったような気がして、俺は寂しくなった。
英雄「今日は太刀筋が粗いぞ?」
英雄「八つ当たりみたいな感じだ」
戦士「…………」
戦士「今、すごく暴れ回りたい気分なんだ」
自分の身分にコンプレックスを感じたことは無かったはずなのだが、
この頃はやけにみじめな気分になる。
280: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:09:29.36 ID:CXyiA0dfo
勇者「……不安だ」
勇者「レッヒェルン領がこの国との国境付近だった関係で、昔の知り合いが多くてね」
勇者「ややこしいことにならなければいいのだが」
勇者「そうだ、この数日間、ゲーリング大公の情報を集めていたのだが」
勇者「彼が汚い手を使い、」
勇者「彼の息子とアストライア嬢との結婚を迫ろうとしているのは事実のようだ」
まだ幼いのに……大公の息子はそういう趣味の人なのだろうか。
勇者「……闇商人から少女を買っているという情報もあった」
いつの間にそこまで調べたんだ。流石だなと思った。
ちなみに人身売買は世界のほとんどの地域で禁止されている。
勇者「だが、伯爵が言っていた通り、証拠が無いと奴を告訴することはできない」
281: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:10:09.04 ID:CXyiA0dfo
勇者「晩餐会には多くの王侯貴族が集まる。情報を得る良い機会だ」
勇者「本人の魔力からも何か読み取れるかもしれない」
戦士「俺は何してればいっすか」
勇者「私がアストライア嬢から離れている間、私の代わりに彼女の護衛をしてほしい」
戦士「了解っす」
戦士「……伯爵達とは家族なんですし、」
戦士「あなたはあの方々に対して畏まらなくてもいいんじゃないですか?」
勇者「…………私はナハトとして生きると決めたんだ」
勇者「爵位も財産もない、本家の使用人として仕えていた『ナハト』として」
勇者「私が『ナハト』であるなら、身分をわきまえるのは当然だ」
でも一応俺には素を見せてくれているんだよな。
勇者「……あと、」
戦士「はい」
勇者「実は、この頃スランプなんだ」
戦士「え?」
勇者「……魔力を上手く扱えないことが多くてね」
戦士「マジすか」
勇者「これから君に頼ることも増えるかもしれない」
戦士「俺にできることなら精一杯やります」
頼ってもらえるのがなんだかとても嬉しい。
282: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:10:59.41 ID:CXyiA0dfo
――夜会
国王主催だけあって大規模だ。
ナハトさんは従者としてではなく、伯爵の客人として出席している。
俺はもちろん従者として彼等の後ろに控えている。
場違い感が半端無い。こんな煌びやかな場に俺がいていいのだろうか。
王侯貴族ってこんなキラキラした世界に住んでるんだな。
昔、女心が気になって姉や妹の愛読書を読んだことがある。
あまりにもキラキラした世界観、美化され過ぎている男性像に俺は驚いてしまった。
女はこんなものを夢見ているのか。一生相容れないな……と思った。
しかし、その夢に近い世界が目の前に広がっている。
男はありえないくらい紳士だし、女性は美しく着飾っている。
勇者「貴族にとって、社交の場は人脈を作ったり、」
勇者「結婚相手を探したりする重要な場だからね」
勇者「皆体裁を取り繕うんだ」
……どうやら輝いて見えるのは表面だけで、実際はドロドロしまくっているようだ。
そう思うと別の意味で怖くなった。
283: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:12:38.96 ID:CXyiA0dfo
貴族が次々と席についていく。
伯爵達とゲーリング大公の席はかなり離れていが、
向こうから妙な視線を感じないこともない。
メイド「あの野郎うちのお嬢様に変な視線送りやがって」
大公はガリガリで背が高く、やつれたような容姿だ。
隣に座っているのはご令嬢だろうか。
ゲーリング大公の息子は出席していない。五年前から屋敷に引き籠ってばかりだそうだ。
ついでに数人の貴族のご令嬢方がナハトさんの方を何度もチラ見している。
アキレスとその仲間達は王様の近くの席に座っていた。
そうか、招待されたのか。一国の英雄だもんな。
彼等に対しても格差を感じてしまった。
「おお……誉れ高き勇者がこの晩餐会に二人も……」
「今度、我が晩餐会にも是非出席していただきたい……」
貴族達は二人の勇者の噂話で持ち切りだ。
284: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:13:10.39 ID:CXyiA0dfo
大皿に乗った料理が運ばれてきた。
使用人が大皿から主人の皿に料理を取り分けている。
こんな豪華な料理、俺も食べてみてえよ……。
勇者「食べるかい?」
戦士「え?」
戦士「……いいんですか?」
勇者「主人の食べ残しは使用人が食べていいのだよ」
勇者「第一、僕が客であるなら仲間の君だって本来僕と同等の扱いを受けるべきなんだ」
そういえば、アキレスの仲間達はアキレスと同じように席に座っている。
戦士「……あざっす」
料理はおいしかったような気がするが、
俺の知らない調味料や香辛料がふんだんに入っているらしく、慣れない味をしていた。
料理の味より、ナハトさんの気遣いの方が胸に染みた。
285: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:14:32.55 ID:CXyiA0dfo
伯爵「うちの娘可愛いでしょ!? 名前はアストライア、愛称アスティ!」
伯爵娘「お父様、恥ずかしいです」
貴族「ご夫人はご一緒ではないのですか」
伯爵「三人目を身籠っておってね。次女と一緒に領地に留まっておるのだ」
貴族「勇者ナハトと伯爵は、もしかして血縁関係がおありで?」
夫人「勇者ナハトは亡きレッヒェルン辺境伯とよく似ておられます」
伯爵「この子はうちのめ」
勇者「遠縁でございます」
テイルコートを着ているのに姪と紹介されても困るだろうな。
貴族「おお、ではやはりレッヒェルン家の生き残りなのですね」
勇者「……はあ、まあ」
貴族「あなたを見ていると、アルカディア嬢を思い出します」
夫人「生きていれば、今頃美しいレディになっていたでしょうに……」
生きてるし美しいレディの格好してほしい。
伯爵「ふぐっうっ……う゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛」
伯爵娘「お父様、こんなところで泣かないでください。みっともないです」
286: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:15:51.29 ID:CXyiA0dfo
晩餐会が終わり、休憩時間になった。
勇者「……ふう」
ナハトさんは少し疲れているようだ。
……こうして見ると、美青年だよなと思う。
高い身長を更にヒールで底上げしているし、凛々しくて中性的な顔立ちだ。
旅中も女性にモテてたな。なんだろうこの劣等感。
でも細身だから服で体型を誤魔化せてるだけで、中身は女性なんだよな。
なんだろうこの不思議な感じ。
なんだろうこのモヤモヤ感。
そこらへんにいるご令嬢を見た。
ナハトさんだって、着飾ればああいう女性に負けないくらい立派な令嬢になるだろうに。
舞踏会が行われる大広間の天井には大きなシャンデリアが吊られている。
勇者「あのシャンデリア、大量の透明な石で飾られているだろう?」
勇者「あれ、ガラスじゃなくて全部ダイヤモンドなんだよ」
なんて豪華な……格差を見せつけられているような気分だ。
令嬢1「……ナハト君?」
勇者「……!」
令嬢1「やっぱりナハト君よね?」
勇者「これはこれは、レディ・アドルフィーネ」
令嬢1「あなた生きてたのね!」
一人の可愛らしいご令嬢がナハトさんの胸に飛び込んだ。
287: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:16:18.60 ID:CXyiA0dfo
令嬢1「会いたかったわ……その髪と瞳の色は一体どうしたの?」
令嬢2「ナハト! 本当にナハトなの!?」
令嬢3「今まで何処に行っていたの!?」
令嬢4「あなたが生きているって知っていたら彼氏なんて作らなかったのに!」
令嬢5「ちょっとあなたどきなさいよ彼は私の初恋の人なのよ」
令嬢6「なによー!」
勇者「ああ、どうか争わないでレディ・エルネスタ、レディ・フリーデル」
勇者「怒りは美しさという名の水晶にヒビを走らせてしまう」
勇者「どうか微笑んで」
令嬢5「きゃああ」
令嬢6「はあい」
戦士「…………」
伯爵「『ナハト』はなあ……女口説くのが趣味だったからなあ……」
288: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:17:01.16 ID:CXyiA0dfo
戦士「……女好きな人だったんですか?」
伯爵「女が好きというより、演技めいた口調で女に話しかけるのが好きだったんだよ……」
それがナハトさんの外の顔の原型なのだろうか。
そういや俺の地元にもいたなあ、マセてるナルシスト。
伯爵「それにドン引きする女もいれば、コロリと落とされちまう女の子も少なくなかった」
伯爵の口調はやさぐれ者のようになっている。
伯爵「顔が良くて話術には長けていたからなあ……」
伯爵「隙あらばアルカディアの世話を他の使用人に任せて女の子に声をかけに行っていた」
伯爵「しかも、地位や財産が無いにも関わらず、貴族のご令嬢方にまで人気でな……」。
伯爵「それでもアルカディアは奴に懐いていた」
伯爵「ちくしょう」
289: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:18:16.21 ID:CXyiA0dfo
ナハトさんは微笑んでご令嬢方と会話しているが、
どこかピリッとしているような気がした。
内心『ナハト』にキレてるんじゃなかろうか。
心配していた『ややこしいこと』とはこのことだったのかもしれない。
ご令嬢に囲まれては動きを取りづらいだろう。
令嬢1「お願い、私と踊って!」
令嬢2「どうか私と踊ってくださいまし!」
令嬢3「いいえ私と!」
勇者「ははは、なんて豪華な花束だ。抱きかかえてもこの腕から零れてしまう」
290: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:19:22.17 ID:CXyiA0dfo
どうにかご令嬢の群れから抜け出したナハトさんに耳打ちされた。
勇者「これを利用して女性から情報を集めてくるからアストライア嬢を頼む」
なるほど、そういう手があったか。
舞踏会の時間になった。大公がいる場所を避けつつアストライア嬢に同行する。
伯爵娘「お姉ちゃんと踊りたかったのに……」
彼女はそう呟いていたが、
少し年上の顔立ちの整った少年からの誘いに応じて可愛らしく踊り出した。
メイド「ああ、やっぱりうちのお嬢様は最高ですわぁ」
俺は壁際でアストライア嬢から目を離さないようにしている。
アキレスはご令嬢方の誘いを上手く断り、魔法使いと踊っているようだ。羨ましいな。
俺もナハトさんと踊りたいけど、そもそも俺は踊り方を知らないし、
ナハトさんは男の格好をしているし、
仮にドレスを着てくれたとしても向こうのが遙かに身長高いから格好つかないし……。
世界から取り残された気分だ。
僧侶「吹っ切れたと、思ってたのにな……」
傭兵「まあ、若い内にいろいろ経験しとけ」
いつの間にかすぐ近くにアキレスの仲間達がいた。
今なら僧侶のエイルさんと仲良くなれるような気がした。気がしただけである。
俺は女の子との話し方なんてわからない。
「ゲーリング大公の城の西には立ち入り禁止の塔があるそうよ」
「恐ろしい魔物がいるって噂だわ……」
291: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:19:56.16 ID:CXyiA0dfo
大公「エーデルヴァイス卿、先日の申し出については考えてくださいましたかな」
伯爵「社交の場に長らく顔を出してない男に娘を嫁がせるなぞ、話になりませぬ」
大公「だがもし断れば、貴公の親族に災いが降りかかることになりますぞ」
伯爵「ぐぬ……」
大公「もしレディ・アストライアが我が息子の花嫁となれば、」
大公「貴公は強大な権力と財力を手に入れることができる」
大公「悪い話ではないと思いますがね」
伯爵「……娘はまだ幼い。婚姻を結ぶには早過ぎる」
大公「良い答えを期待しておりますぞ」
292: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:20:32.84 ID:CXyiA0dfo
伯爵「あ゛んのやろぉぉぉお゛お゛」
伯爵「十年経ったってあの家にアスティをやったりしないんだからああああ」
伯爵「そりゃ向こうは王家に次ぐ名家だよ!? でも評判の悪さヤバいんだよ!?」
伯爵は地団駄を踏んで悔しがっている。
伯爵「逆らったらエーデルヴァイス家を失脚させるつもりなんだよあいつぅぅぅ」
伯爵「奴に従わなかった貴族は尽く没落してるしいいい!!!!」
伯爵「うう……何でうちの娘が狙われなきゃいけないんだ……」
メイド「旦那様、勇者ナハトを信じましょう。きっと大丈夫です」
伯爵「うん、うん」
ナハトさんが一人の女性と二人で大広間を出ていくのが見えた。
その女性が、さっき大公の隣に座っていたご令嬢だったような気がしなくもない。
293: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:21:15.68 ID:CXyiA0dfo
夜会が終わった。
伯爵「アスティィィィィィ」
伯爵娘「こんなところで抱き付かないでお父様」
伯爵「おひげじょりじょりしちゃだめ?」
伯爵娘「だめ」
勇者「お父様、か……君のお父様はどんな方なんだい?」
戦士「安い食器を作ってる無骨なおっさんです」
戦士「親父の作る皿は、見た目は雑なんですが割れにくいって評判で」
戦士「おかげでなんとか家族全員食わせてもらえてるような感じでしたね」
勇者「そうか」
勇者「私にとって、母様に仕えていた執事が父のような存在だったな」
伯爵「え?」
勇者「彼は母様が嫁ぐ前から母様に仕えていて、私の良き理解者でもあった」
伯爵は涙目になっている。
294: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:21:54.61 ID:CXyiA0dfo
勇者「大公の魔力を読んだが、彼はかなりの罪悪感を抱えているようだ」
戦士「え?」
勇者「あの魔力は、やむを得ず悪事に手を染めている者の色だった」
勇者「家名のために他者を犠牲にできるような人間であることは事実だが、」
勇者「進んで人身売買等の犯罪を行う人間程の穢れは無かったんだ」
勇者「どのような理由で悪行を働いているのかを調べなければならない」
戦士「かっこよく潜入調査とかできたらって感じですね」
勇者「潜入ではないが、明日大公の城に行けることになった」
勇者「大公の娘の婿候補として」
戦士「え……婿候補?」
勇者「ああ」
戦士「誰がですか?」
勇者「私がだ」
戦士「えっ」
295: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:22:35.53 ID:CXyiA0dfo
――翌朝
伯爵「ぐすん……」
伯爵娘「気をつけてね!」
勇者「今の内に剣から魔導石を外しておくんだ。城内では帯剣を許されないかもしれない」
――ゲーリング大公の城
元騎士「あ」
戦士「あ」
勇者「……」
俺はナハトさんを庇うように前に出た。
戦士「何でここにいるんですか」
元騎士「今ここで働いてんだよ。家庭を持った以上安定した職に就かねえと」
元騎士「大公のご令嬢が気に入った相手っておまえかよ」
勇者「……」
ナハトさんはゴミを見る目でディオさんを見ている。
大公娘「まあ、来てくださったのねナハトさん!」
勇者「やあ、レディ・ジークリンデ」
すぐに笑顔を作ったものの心の中は大荒れだろう。心配だ。
心が乱れていると魔術の精度が落ちてしまう。
元騎士「おっと、剣は預からせてもらうぜ。悪いな」
296: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:23:27.06 ID:CXyiA0dfo
大公「よく来てくれたね、ナハト・フォン・レッヒェルン」
勇者「はい。お招きいただき誠に感謝しております」
大公「本日はゆっくりしていきたまえ」
大公娘「どのような旅をしてこられたのか、是非ともお聞かせ願えますかしら」
三人は表面上楽しそうに会話を始めた。しかし白々しさが漂っている。
――――――――
――
大公「我が息子は爵位を継ぐ気が無いようでね」
大公「婿養子に相応しい男を探しているのだよ」
勇者「ふむ。ご令息は現在どちらにいらっしゃるのでしょう」
大公「この城の自室に籠りっきりだ」
大公「その不肖の息子がアストライア嬢に興味を持っておってね」
大公「君からも是非伯爵を説得していただきたい」
勇者「ご令息はどのような理由でアストライア嬢に関心を持たれたのでしょう」
297: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:26:48.80 ID:CXyiA0dfo
大公「アストライア嬢は幼いながらに気品がおありだ。評判の良さは類を見ない」
大公「そしてレッヒェルンの血を引いているとあっては放っておけるはずがない」
勇者「……レッヒェルンに拘りをお持ちのようで」
大公「なんせ、代々国境を護り善政を敷いていた格式高き一族だ」
大公「現在は魔の血により領土を失い、一族のほとんどが滅んでしまったが、」
大公「その名声はいまだ衰えることを知らぬ」
大公「君にも是非我が娘と婚姻を結んでほしいものだ」
勇者「しかし私は爵位も財産も受け継いではおりません」
勇者「婚姻を結んだところで政治的、経済的価値は生まれないでしょう」
大公娘「でも、私……他の殿方との結婚なんて考えられませんわ」
勇者「……あなた方がアストライア嬢を求めているのは何か他の理由でしょう」
大公「なっ……」
298: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:28:05.84 ID:CXyiA0dfo
勇者「そうだ、昨晩この城に関する妙な噂を耳にしましてね」
勇者「立ち入りを禁じられている西塔には魔物がいると」
大公「な、なんの根拠も無いデタラメだ」
大公娘「そ、そのようなことは」
勇者「ではそこへ案内していただけるでしょうか」
大公「ぐ…………」
ナハトさんから微笑みが消えた。
勇者「……これまでどれだけの少女を犠牲にしてきたのですか」
勇者「アストライア嬢を解放していただきたい」
大公「なっ何の話だ! 彼女が今この城にいるわけがない」
さっきまで彼女は伯爵の城にいたはずだった。
勇者「彼女の魔力を感じます。西塔の魔物がどうやら彼女を誘拐したようですね」
大公「そ、そんなばかな! 待てと言ったのに!」
勇者「どれほど魔術で隠しても私の魔感力は誤魔化せませんよ」
勇者「……あなたのご令息は、既に手遅れです」
大公「我が騎士達よ! 勇者を殺せ!」
大公「隙を突いて静かに始末するつもりだったが……やむを得ぬ」
大公「伯爵が勇者に泣きついたであろうことは予測済みだったわ!」
どうやら、大公達は最初からナハトさんを殺すために敢えてこの城に招待したようだ。
勇者「ヘリオス君、西へ走るぞ!」
戦士「はい!」
299: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:29:29.98 ID:CXyiA0dfo
勇者「こんなことだろうとは思っていたんだ」
ナハトさんが電撃で次々と騎士達を感電させていく。
多少力が不安定なようだが、先へ進むのに支障は無かった。
禍々しい空気を放つ西塔らしき建物を見つけた。
堅い木で作られた扉は固く閉ざされている。鍵が無いと開けられないようだ。
戦士「……ぉぉおおお!!!!」
魔導石経由で右腕に魔力を集中させ、思いっきり扉を殴りつけた。
だが魔法がかけられているらしく、一撃では完全に破壊しきることはできなかった。
戦士「ちくしょう!」
勇者「私がやる」
元騎士「おまえら暴れんな! 大公に歯向かうのはこの国を敵に回すのと同じだぞ!」
勇者「う゛っ」
ナハトさんの精神が乱れた。国を敵に回すのが怖いわけではない。
ディオさんが現れて忌々しい記憶が蘇ったせいだ。
戦士「俺達に歯向かったらおまえの股間を斬り落とすぞ! どっか行け!」
元騎士「……嫁さんごめん。俺、失職するかも」
……彼は背を向けて去っていった。
300: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:30:36.27 ID:CXyiA0dfo
勇者「はっ……はあっ……ぁ……」
戦士「……ナハトさん、大丈夫です。落ち着いてください」
俺はアラゴナイトに魔力を宿し、ナハトさんに握ってもらった。
勇者「…………ああ。ありがとう」
勇者「君の魔力は、暖かいな」
ナハトさんが扉を破壊すると、塔の奥から異様なにおいが溢れた。
戦士「酒、と……何か薬のような…………」
勇者「……催淫剤だ」
ナハトさんの風魔術で臭気を飛ばしつつ、中に侵入した。
大公息子「誰だ……戸を壊したのは……」
奥の地下室には大公と似た容姿の魔族の男がいた。
数人の少女が檻に捕らわれている。
その内何人かからは生気を感じ取れない。……死んでしまっているようだ。
伯爵娘「うー! うー!」
アストライア嬢も手足と口を縛られて横たえられている。
勇者「貴様……!」
大公「待ってくれ! 息子を殺さないでくれ!」
大公「魔族になってしまっても、そやつは私の息子なのだ!」
301: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:31:36.83 ID:CXyiA0dfo
戦士「どういうことだ……」
大公「……五年前、息子は魔族の女と関係を持ってしまった」
大公「瘴気に耐え、死にはしなかったものの……魔族となってしまった」
大公「私は息子を殺すことはできず、この塔に幽閉した」
大公娘「兄様……」
大公息子「親父ぃ……俺、強くなったんだぜ……」
大公息子「使い魔を召喚して、この子を連れてくることができたんだ」
大公息子「待ちきれなくてよぉ……評判通り可愛いなぁ……」
勇者「その子に触れるな! くっ……」
さっき吸い込んでしまった酒と薬の成分が身体に回ってきてしまったようだ。
ナハトさんは膝をついた。
大公「…………あれ以来息子は少女を抱かずにはいられなくなった」
大公「だが、どれだけの人数を用意しても少女達は瘴気に侵されて死んでしまう」
大公息子「あーひゃひゃひゃひゃ! ある時俺を犯した魔族の女が言った!」
大公息子「レッヒェルンの女ならきっと長持ちするってなあ!!」
勇者「…………」
大公息子「やぁっと手に入ったんだぁあああああ」
大公「……どうにかして少女を用意しないと、今の息子は何をしでかすかわからない」
大公「もう、こうするしか……」
302: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:32:33.03 ID:CXyiA0dfo
勇者「……そうか。そういうことか」
ナハトさんはふらつきつつも大公の息子に近付いた。
大公「やめてくれ!」
大公娘「父様! ……もう、終わりにしましょう」
大公娘「あの頃の兄様は、もういないのよ」
大公息子「そんなフラフラなのに何ができる? 武器も持ってないくせに!」
勇者「一度魔族になった者が人間に戻る術はない」
彼女は隠し持っていたダガーで大公の息子の腹を刺した。
大公息子「あ゛っ……」
勇者「おまえは魔族の女から強姦されたのか? それとも誘惑に負けたのか?」
勇者「そうか、誘惑に負けたのか。ならば同情の余地は無い」
そして股間にダガーを突き立てた。
俺はアストライア嬢の元に走り、拘束を解いて彼女の目を隠した。
戦士「見ちゃ駄目です。耳も塞いでください」
303: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:33:46.85 ID:CXyiA0dfo
ナハトさんは真顔で何度も攻撃を繰り返している。
勇者「そして幾人もの罪の無い少女を辱め殺し続けてきたのだな」
勇者「許せるものか」
大公息子「アギャアアアアオヤジ! オヤジ! ダズゲデグレエエエエ」
大公「うう……」
そして怒りを表情に出した。
勇者「よくも私の可愛い従妹を穢そうとしたな!!!!」
大公息子「オノレ゛エエ゛エエエ゛エエ」
勇者「恨むなら魔族を恨め!!」
ナハトさんが怒る時の表情は、いつも笑顔か真顔のどちらかだ。
これほど怒りを露わにした顔は初めて見た。
勇者「…………これで、終わりだ」
大公とその親族は起訴された。おそらく極刑か終身刑になるそうだ。
魔族化する前の大公の息子は、
小児性愛者という噂はあれど実際に少女に手を出してはいなかった……らしい。
魔族化すると、自分の欲望に逆らえない、本能のままに生きる獣と化してしまうそうだ。
彼が魔族化さえしなければ、大公達がこれほどの罪を犯すことも無かっただろう。
そう思うと後味が悪い。
304: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:34:51.32 ID:CXyiA0dfo
伯爵「アスティィィィィ良かったよおおぉぉぉぉ」
伯爵娘「お父様あああ!」
メイド「良かったですわ、お嬢様……」
勇者「…………」
勇者「……これほど生まれてきたことを後悔した日は無い」
勇者「母様は、一体どのような気持ちで私を育てたのだろう」
戦士「……?」
ナハトさんは、虚ろな瞳で何かを呟いている。
戦士「え、えっと……」
伯爵「アルカディア、アルカディア!」
勇者「……エーデルヴァイス卿」
伯爵「ありがとう、本当にありがとう、君が助けてくれなかったら、今頃アスティは……」
勇者「…………」
ナハトさんはなんだか悲しそうだった。
305: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:35:31.62 ID:CXyiA0dfo
――翌日
もう一泊、伯爵の屋敷に泊まることになった。
勇者「…………」
ナハトさんはぼうっとしながら、伯爵が用意したドレスを眺めている。
伯爵娘「お姉ちゃん、お兄ちゃん、昨日は助けにきてくれてありがとね」
伯爵娘「お礼にね、これあげる!」
そう言ってアストライア嬢から手渡されたのは、この国の焼き菓子だった。
戦士「あ、ありがとうございます」
勇者「……ありがとうございます、アストライア嬢」
伯爵娘「アスティって呼んでよぉ!」
伯爵娘「明日にはもう行っちゃうの?」
勇者「ええ」
伯爵娘「あのね、お父様ね、お姉ちゃんが来るのすっごい楽しみにしてたんだよ」
勇者「……そうですか」
メイド「あのドレス、お召しにならないのですか?」
勇者「…………男を喜ばせるような格好はしないと決めているんだ」
306: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:36:00.95 ID:CXyiA0dfo
俺は、ナハトさんが髪飾りを髪に当てて鏡を覗いていたことを思い出した。
本当は着たい気持ちがあるんじゃないだろうか。
戦士「着るだけ着てみて、男に見せずに脱いでしまえば関係無いんじゃないですか?」
勇者「……!」
戦士「女の子って、男のためというより自分のためにお洒落したりしてますし」
勇者「それも、そう、だな……」
戦士「俺の妹も同級生もそんな感じでした」
戦士「俺あっち行ってますから」
メイド「お手伝いいたしますわ」
伯爵娘「やったーお姉ちゃんのドレス姿だあああ」
307: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:36:39.06 ID:CXyiA0dfo
特にやることもないし、俺は廊下でぼけっとすることにした。
メイド「お化粧もいたしましょう」
勇者「い、いや、着るだけでいいんだ。時間もかかるだろう」
メイド「せめて薄化粧を。ウィッグもつけましょう。髪が長い方が似合いますわ」
勇者「……やっぱり私なんて、無駄に背が高いし、普通の女の子より肉付きも無いし」
メイド「自信をお持ちになってくださいまし」
伯爵娘「きれいだよお姉ちゃん!」
……見たかったなあ、ナハトさんのドレス姿。
メイド「アルカディア様がお呼びですよ」
戦士「え?」
メイドさんに呼ばれて部屋に戻った。
勇者「なあ……変じゃないか?」
戦士「あ……」
元々綺麗な人ではあったが、見違えるほど可憐になっていた。
だが不安そうな表情を浮かべている。
戦士「すごく、綺麗です」
勇者「そ、そうか」
彼女は照れて微笑んだ。
俺は彼女のドレス姿を見ることができて嬉しかったと同時に、寂しさも覚えた。
やっぱり彼女は上流階級の人で、俺とは別の世界の住人なんだなと思い知らされた。
308: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/28(月) 17:38:05.24 ID:CXyiA0dfo
戦士「……俺に見せて良かったんですか?」
勇者「君には、その……見てもらいたかったんだ」
戦士「……!」
勇者「じゃあ、もう脱ぐぞ」
メイド「もったいない……」
伯爵娘「もったいないー!」
もったいない。
――
――――――――
戦士「そういえばずっと気になっていたんですけど」
戦士「最初、俺に対して剣の面倒しか見ないって言ってたじゃないですか」
勇者「ああ」
戦士「なのに、どうしてこんなに面倒見が良いのかなって……」
勇者「……最初は、本当に剣の面倒しか見ないつもりだったのだが、その……」
勇者「……つい、母性本能が刺激されてしまって」
ああ、なんだ。やっぱり子供としてしか見られてないだけか。
変に期待をするのはよそうと、俺は心に誓ったのだった。
321: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:20:59.04 ID:T2lIYIqDo
第十二話 詩歌
伯爵「……コーレンベルク卿は、激しく後悔しておられるようであったよ」
伯爵「何故もっと強く君を引き留めなかったのかと」
勇者「…………」
伯爵「そして、君が女性の心を殺し、男性として生きていることに胸を痛めておられた」
伯爵「私も君に女性としての心を取り戻してもらい、普通の令嬢として生きてほしかった」
ナハトさんは侯爵と会っていた頃よりも、女性らしい面を見せてくれるようになった。
でも、女性として暮らす日は訪れるのだろうか。
伯爵「だから美しく着飾り社交界に出て、恋の一つでも見つけられたらと……」
伯爵「……アルカディア」
勇者「叔父上、どうか御達者で」
伯爵娘「ほんとにもう行っちゃうの?」
伯爵「…………行っちゃうの?」
勇者「ええ」
伯爵「…………」
勇者「騎士団を用意しても無駄ですよ」
伯爵「……ぅ゛う゛え゛えぇええ゛ぇぇえ゛えええ」
伯爵娘「元気でね!」
泣き崩れた伯爵に礼をして北へ向かった。
322: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:21:43.21 ID:T2lIYIqDo
――とある細い川のほとり
英雄「マリナと一緒に踊ってさ」
戦士「おう」
英雄「その後二人でバルコニーに出てさ。すごく良い雰囲気だったんだよ」
戦士「おう」
英雄「完璧なシチュエーションだと思ったんだよ。もちろん告白した」
戦士「おう」
英雄「フラれた」
戦士「……おう」
英雄「うぅっ……うっ……ふあああああああん」
戦士「この菓子半分やるよ」
アキレス達と進む方向が同じだったため、俺達は成り行きで同行することになった。
今は歩き疲れて休憩しており、二人で抜け出してきたのだ。
彼等のパーティは現在ものすごく気まずい雰囲気が漂っている。
323: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:22:33.89 ID:T2lIYIqDo
英雄「『私なんかやめて綺麗な子見つけなさいよ』って」
英雄「ううぅうぅぅぅううううう」
英雄「マリナほど綺麗な子いないのにいいいいい」
その『綺麗』って、容姿のことじゃないんじゃ……と思ってしまった。
ナハトさんは、相手が処女か非処女かで目の表情が変わる。
また、同じ非処女でも、貞淑な人妻に対しては紳士的だがどこか子供っぽい眼差しを、
ふしだらな女性には冷ややかな眼差しを、
強姦の被害者には悲しみのこもった眼差しを向ける。
彼女はアキレス達とは距離を置きつつも、
僧侶のエイルさんには生暖かい眼差しを向けているが、
魔法使いのマリナさんのことは悲しげな目で見ていた。
……そういうことなのだろう。
戦士「こういう時って、胸が割れそうになるよな」
英雄「わがっでぐれるかああぁぁぁぁ」
324: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:24:10.82 ID:T2lIYIqDo
皆の所へ戻った。
ナハトさんは、アキレスの仲間達と少し離れたところで木に寄りかかっている。
あくまで慣れ合うつもりはないらしい。
勇者「この頃は武力の行使以外の手段で享楽を得ようとする魔族が増えているらしい」
勇者「陰から糸を引いて人間を操ったり、少人数でいるところを狙って凌辱したりと……」
勇者「大公の息子のような魔族化した人間を操るのは稀かもしれないが、」
勇者「陰湿な事件が増えているのは嘆かわしいな」
傭兵「こいつにも載ってるぜ」
傭兵のダグザさんからナハトさんへ新聞が投げ渡された。
魔族が絡んでいると思われる凄惨な事件について記述されているが、
それよりも目が行ってしまう見出しがあった。
勇者「……なんだこれは」
『勇者ナハト 彗星の如く社交界に君臨
花を束ねるかのようにレディースの恋心を摘み去っていった』
勇者「…………くだらん」
ナハトさんのドレス姿を思い出した。
あの格好だと、アメジストの映像で見た血塗れの綺麗な女性とよく似ていた気がする。
社交界に出たら、きっと貴族の紳士達からも放ってはおかれないだろう。
……モヤモヤする。
だが、彼女のあの姿を見られた男はこの世で俺だけなんだと思うと嬉しかった。
325: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:25:33.75 ID:T2lIYIqDo
魔法使い「あんた、随分弱くなったみたいね」
勇者「おや、そう見えるかい?」
魔法使い「魔力が分離しかかってドロドロになってるじゃないの」
魔法使い「まるで墨流しだわ」
勇者「はは、なかなか良い目を持っているね」
魔法使い「船の上で会った時は澄んだ冷たい夜空色だったのに、今は熱を帯びている」
勇者「まあ僕も一応人間だからね。こんな時だってあるさ」
魔法使い「ふ〜ん……」
勇者「そんなに僕に興味があるのかい? 照れるね」
魔法使い「誤解を生みそうな言い方はやめてほしいわね」
英雄「勇者ナハトとばかり話して……」
戦士「落ち着け、落ち着くんだ」
ナハトさんは女性だと教えてやりたい。
……確かに女の人だよな? 俺の記憶違いとかじゃないよな? おっぱいあったよな?
『彼女』というより『彼』と呼んだ方が似合うけど女性のはずだよな?
これほど本来男に使うべき眉目秀麗という言葉が似合う女性は滅多にいないんじゃないだろうか。
ちなみに、俺からたまに難しめの言葉が出てきたとしたら、
それらは大体姉妹の恋愛小説から学んだ言葉である。
326: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:26:25.72 ID:T2lIYIqDo
英雄「今日はここで一泊だな」
森に囲まれた、平和そうな村に到着した。
村の中央広場には噴水があり、人だかりができている。
吟遊詩人が歌っているらしい。美しい竪琴の音色と美声が響いている。
僧侶「アキレス様の詩のようですね」
英雄「なんか照れるな」
詩人「――――――――以上です。ありがとうございました」
少女「キャー! 素晴らしかったわ!」
村女「もう一曲歌ってくださいましオルフェウス様!」
詩人「では宵にでも、酒場で歌いましょう」
あの吟遊詩人はかなりの美形だ。だが俺には彼に対する激しい見覚えがあった。
戦士「…………七年間ずっと隣のクラスだったアポロン君じゃねえか」
327: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:27:39.42 ID:T2lIYIqDo
詩人「……おやおや」
詩人「やればできそうな気がするのにいまいち伸びきらないヘリオス君じゃないか」
詩人「まさかこのような遙か北の地で同郷の者と再会するとは」
戦士「俺もびっくりだよ」
詩人「君は兵士になったとばかり思っていたよ」
戦士「おまえこそ、都会の上級学校に通ってるんじゃなかったのかよ」
詩人「ふっ……あまりにも窮屈な生活だったものでね」
詩人「休学して自分探しの旅に出たのさ。そしておまえ呼ばわりはやめてほしいね」
戦士「……オルフェウスって何だ?」
詩人「芸名だよげ・い・め・い。本名の輝きはあまりにも眩し過ぎるからね」
詩人「旅先で出会うあらゆる人々と親しみやすいであろう名前を考えた結果、さ」
どうでもいいが、ナルシストだったため地元でのあだ名はナルキッソスだった。
神話に登場する、ナルシストの語源となった人物の名前である。
詩人「おや、そちらの青年は…………!!」
彼はナハトさんを見て何やら衝撃を受けている。
詩人「な、なんということだ……そんな……そのようなことが……」
勇者「……?」
詩人「この私よりも美しい男がこの世に存在していたなんて!」
328: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:28:34.32 ID:T2lIYIqDo
勇者「…………」
詩人「そんな馬鹿な……このようなことがあっていいはずがない……」
戦士「お、落ち着け」
戦士「ほら、あっちを見てみろ、おまえがさっき歌っていたアキレス本人がいるぞ」
詩人「何っ!?」
戦士「本人と知り合えば詩のネタもできるんじゃないのか」
詩人「むっ……君もなかなか……」
英雄「ど、どうも」
詩人「許せない……美しい男がこんなに……」
戦士「け、系統違うしそんな気にしなくても」
詩人「そうだね……勇者アキレスはよしとしよう」
詩人「だがそちらの青年」
詩人「君は私と似たにおいがする。放ってはおけないね」
勇者「どうも」
においとはナルシスト臭のことだろうか。
ナハトさんはアポロン君と違って天然のナルシストではないのだが、
『ナハト』として生きている結果ナルシスト臭くなっている。
どうしてそこまでなりきっているのだろう。
329: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:29:58.03 ID:T2lIYIqDo
詩人「紺色の髪……そうか、君が勇者ナハトか。ふ〜ん」
出た、アポロン君の般若顔だ。
アポロン君はあらゆる教科の成績が良かったが、
自分よりも良い点を取った男に対しては激しいライバル心をいだく奴だった。
ライバル視された奴は、その般若顔に長い間凝視され続けることとなる。
授業中だろうが掃除時間だろうが給食時間だろうがずっとだ。
俺も一度だけその顔で睨まれたことがあった。
体育の選択科目に剣術があり、その授業の成績だけはアポロン君よりも良かったのだ。
十分ほど見つめられただけで俺の精神が崩壊しかけたため、
「せ、せっかくの美しい顔が台無しだぞ」と言ったら少し治まった。
だが彼の口角は不満そうに左右へ伸びっぱなしだった。
ちなみに、彼の成績を上回らなくとも、
彼を「アポロン」と呼び捨てにするだけでその美しい顔は般若と化す。
だからわざわざ君付けにしているのである。
般若顔を見るためにわざと呼び捨てにして彼を怒らせる奴もいた。
330: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:31:51.59 ID:T2lIYIqDo
詩人「ふ〜ん。ふ〜ん。……ふ〜〜〜〜ん??」
彼はナハトさんを見下そうと必死に顎を上げて背を反らせているが、
ナハトさんの方が身長が高いのでどうしても見上げる体勢となっている。
よく見たらアポロン君はかなり厚底のサンダルを履いている。よくあれで歩けるな。
詩人「君、学歴は?」
勇者「無いよ。家庭教師に教えてもらっていたからね」
詩人「なっ……勇者ナハトが貴族出身という噂は本当だったのか……?」
詩人「……どちらがより優れた男か証明しようではないか。勝負だ」
ナハトさんがこんなくだらない挑発に乗るわけが……
勇者「いいだろう」
戦士「えっ」
なんで楽しそうなんだ。ナハトさんはとてもにこやかだ。
勇者「腕比べの内容は君が決めたまえ」
詩人「ほう、よいのか?」
勇者「作詩でも歌でも構わないよ。君の得意な分野を選ぶといい」
詩人「ふ〜ん? 詩人に歌と言葉で勝てるとでも?」
勇者「言葉遊びや歌唱には自信があってね」
何故か駄洒落大会が始まったので、俺は宿の部屋を借りにその場を去った。
彼等はその場に集まっていた村人達に評価を委ねているようだ。
歓声や拍手の音が聞こえてくる。
331: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:33:26.93 ID:T2lIYIqDo
――酒場
勇者「いやあ、楽しかったよ」
戦士「どっちが勝ったんすか」
勇者「盛り上がっていく内に勝敗はどうでもよくなっていってね」
勇者「最後には互いの実力を認め合って友情が芽生えたよ」
戦士「ああ……そっすか……」
俺達は酒場に来ている。酒を飲みに来たわけではない。
この村の飲食店がここだけだったのである。宿も食事付きではなかった。
アキレスの仲間達もいるが、僧侶のエイルさんは見当たらない。
少し遅れてアポロン君が入ってきた。
詩人「歌いに来たのだが、同郷の者がいると集中できないね」
詩人「コルマの福音書、6章4節を知っているかい」
戦士「知るわけねえだろ」
詩人「『預言者郷里に容れられず』どれほど優れた人物であっても、」
詩人「幼少期から身近にいた者からは普通の人間としてしか見られない」
詩人「君の存在により私の神秘的さが薄れてしまうのだよ」
戦士「あーあー勝手に言ってろよ」
彼の綺麗な面しか知らない人物に、
彼が調理実習でニラと間違えて水仙の葉を持ってきたことを話したらイメージが崩壊するだろうな。
水仙は毒草なので決して食べてはいけない。
332: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:35:24.42 ID:T2lIYIqDo
更に、そのような騒動を起こしたにも関わらず、彼は
「皆ナルキッソスナルキッソス言いやがって。開き直ってナルキッソスになってやろう。
どうだ、この花が似合うか」と言って、ナルキッソスの象徴である水仙の花を咥えた。
その結果見事水仙中毒を起こし、病院行きとなったのである。
その時のことは、完全に恥ずかしい過去として闇に葬られているだろう。
詩人「君は私と同じ太陽神の名を持っているが、少しは輝けるようになったのかね」
勇者「なったね」
戦士「え?」
勇者「魔力で光れるようになったじゃないか」
詩人「何っ!?」
戦士「ああ……炎は出せるようになったな」
詩人「君に魔法の才能があったとはね。ふ〜ん」
戦士「その顔で睨むのはやめてくれ……そろそろ歌ったらどうだ」
アポロン君の歌い声は素晴らしい。
素の性格さえ出さなければ、ただの美形の神秘的な吟遊詩人である。
勇者「僕も歌っていいかな」
お互い知っている歌があったらしく、彼等は二重唱を始めた。
ナハトさんは一体何処からあんなに低い声を出しているんだ。
いつか女性らしい声で歌っているのも聞いてみたい。
……俺以外の男と一緒に、ナハトさんが歌っている。
歌は素晴らしいが、その状況に耐えられなくなって俺は酒場から出た。
333: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:36:21.53 ID:T2lIYIqDo
丘に登って寝ころんだ。月が綺麗だ。……どうにかして心を落ちつけたい。
クラスのあの子可愛いな……と思ったことくらいはあったが、
これほど誰かのことを好きになるのは生まれて初めてだ。
彼女の一言一言を過剰に解釈してしまいそうになる。
優しい言葉をかけられる度に期待しかけ、
「そういう気遣いは全て母性から来るものなんだ」
とすぐに自分に言い聞かせなければならない毎日だ。
頭がぶっ壊れそうになる。
……あの人、魔力から人の情報読み取るの得意だったよな。
もしかして、俺があの人のことが好きだっていうのバレてるんじゃ……。
いや、何でもかんでも読み取れるわけじゃないみたいだし、バレてないかもしれない。
でもバレていたらどうしよう。
怖気が立った。
いっそ好きだって吐き出してしまえば楽になるんじゃとも思ったが、
これ以上あの人の心を乱しかねないことはしたくないし、
アキレスの様子を見る限り、吐き出しても苦しいことには変わりないだろう。
なら気持ちが落ち着くまで距離を置けばいいのだろうか。
それはそれで、以前のように彼女を不安にさせてしまうかもしれない。
どうすればいいんだ。
僧侶「あら……」
334: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:37:00.20 ID:T2lIYIqDo
戦士「あ……どうも」
アキレスに想いを寄せているエイルさんだ。
明るい金髪が月明かりに照らされている。
僧侶「…………」
戦士「…………」
き、気まずい。彼女と会話したことはないんだ。
だが、以前の俺ほど女性に対して無差別に緊張することはなくなっていた。
僧侶「ヘリオスさんは、アキレス様と仲がよろしいようで……羨ましいです」
戦士「あ、まあ……歳の近い男同士だしな」
僧侶「…………不思議なほど、明るい夜ですね。悲しみを全て吸い上げてくれそうです」
戦士「えっと……風も気持ち良いよな」
僧侶「ええ」
戦士「……なあ、胸の痛みに効く法術とかってないのか?」
僧侶「痛みの種類によりますが、いくつかありますよ」
僧侶「痛いのは食道ですか、肺ですか、それとも他のところですか」
戦士「あ゛……えっと……」
僧侶「恋の痛みなら、癒せませんわ」
戦士「う……そうか」
顔が熱い。多分赤面したせいで痛みの原因がバレたのだろう。
335: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:37:50.62 ID:T2lIYIqDo
僧侶「どのような石に頼っても、燃え上がる熱情を冷ますことはできませんでしたもの」
僧侶「あなたの想い人は、どのような方ですか」
戦士「その……凛々しくて、俺よりずっと大人で……でも、弱い面もある人だ」
僧侶「そう、ですか。きっと素敵な方なのでしょうね」
多少恥ずかしかったが、エイルさんからの質問に答える形で恋の話をした。
その後は彼女の想い人の話も聞いた。
彼女は、アキレスがマリナさんに告白して振られたことを知っているようだった。
僧侶「あなたは、暖かい方ですね。アキレス様が頼るのもわかります」
戦士「そうか。俺も胸の内を君に吐き出せて少し楽になったよ」
姉妹やナハトさん以外の、歳の近い女の子とこんなに話をしたのは初めてかもしれない。
戦士「そろそろ宿で休まないとな。明日も歩くし」
336: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:38:56.90 ID:T2lIYIqDo
俺達は宿に行く前に酒場に戻った。
勇者「……!」
案の定ナハトさんが酒のにおいだけで酔っていた。
勇者「ヘリオス君……戻ってきてくれたのか……」
戦士「こんな時、あなたに肩を貸すのは俺ですから」
詩人「驚いたよ、空気で酔うなんて」
彼女が突っ伏している机にはたくさんのコインが置かれていた。
勇者「歌で稼ぐなんて久々だったよ……」
歌で金を稼いだことがあったのか。道理で上手いわけだ。芸は身を助くって言うもんな。
詩人「おかげで私も儲かった」
詩人「是非とも彼とはコンビを組みたいね。語彙力作詩力歌唱力全て文句無しだ」
戦士「なっ……ナハトさんは俺の師匠だ。アポロン君にはやらねえぞ」
詩人「さすらいの詩人オルフェウスと呼んでくれたまえ」
337: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:39:27.13 ID:T2lIYIqDo
英雄「えっと……」
僧侶「さあ皆さん、そろそろ眠りましょう」
英雄「あ、ああ」
ナハトさんに肩を貸して宿に向かう。
勇者「随分、たくましく……なったものだね……」
勇者「いつの間に……こんなに身長差が縮まっていたんだい……」
戦士「成長期ですからね」
勇者「なあ、彼女と……仲良くなったのか……?」
戦士「え、ええ……一応……」
勇者「そうか……女性に免疫の無かった君が、成長したものだ……」
戦士「……どれもこれも、あなたのおかげですよ」
……これだけ近くにいても、心が繋がらない事実に胸が押し潰されそうになった。
338: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:40:35.46 ID:T2lIYIqDo
――宿
田舎の宿であるため、旅人は大部屋一室で寝ることになる。
だがベッドが一台足りなかった。
詩人「この麗しき詩人オルフェウスと共に眠りの世界へ往かんとする乙女はおらぬか」
勇者「妻ではない女性と同じ寝台で寝ようとする男なぞ、」
勇者「一生勃起不全になればいいと思うのだよ」
詩人「!? じょ、冗談で言っただけです」
彼はナハトさんの言葉に恐れを覚えて畏まっている。
戦士「俺床で寝ますから」
僧侶「マリナ、一緒に寝ましょ!」
魔法使い「え? いいけど……」
英雄「…………」
好きな男の好きな女の子と仲良くできるなんてエイルさんすげえ……って思った。
聖職者とか関係なく本当に聖女だ。
というかアポロン君は女性と同じ布団に入って理性を保つことができるのだろうか。
女慣れしているし添い寝くらいは平気でできるのかもしれない。
まあ、ナハトさんが仲良くなったくらいだから童貞ではあるのだろうが。
俺だったら理性が保つかどうか以前に、その状況に耐えられず逃げ出すだろう。
339: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:42:14.20 ID:T2lIYIqDo
――翌朝
英雄「いろいろ心配であまり眠れなかった……」
戦士「ああ……今日はあんま無理すんなよ」
詩人「昔から気になっていたのだがね」
戦士「なんだよ」
詩人「君は私と違って女兄弟が何人もいるのに、何故私よりも女慣れしていないのかい」
戦士「ほっとけ」
そう言うと彼は外へ出ていった。呼吸をするように人を見下す奴だがもう慣れた。
そういえば義務教育生だった頃、こいつは俺に
「僕は姉が欲しかった。君のお姉さんの名前は、神話においてはアポロンの姉妹の名だ。
ならば僕の姉も同然だから一日貸してくれ」と言った。
俺は「連れていけるものなら勝手にしろよ」と返した。
潔癖症の姉は女子に声をかけまくっているナルシストのアポロン君を毛嫌いしていたため、
彼は見事返り討ちに遭って泣きべそをかいていた。
戦士「……ナハトさん」
勇者「ん?」
戦士「こいつ、わりと女好きですけどナハトさんの嫌いなタイプとは違うんですか?」
340: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:42:42.65 ID:T2lIYIqDo
勇者「彼は、女性からの注目を集めるのが好きというだけで、」
勇者「貞操を奪うようなことは好んでいないようだからね。セーフなんだ」
……なるほど。
勇者「僕と趣味も合うから楽しいし、」
戦士「っ……」
勇者「それに……普段と違う君を見ることができて僕は嬉しいよ」
戦士「え……? 俺、普段と何か違いましたか?」
勇者「昔馴染みと話す時の君は、いつもよりぶっきらぼうで可愛いんだ」
戦士「…………」
可愛い……か。
俺を見てくれていることが嬉しいようなでもなんだか残念なような。
341: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:47:50.96 ID:T2lIYIqDo
外から琴の音と歌声が聞こえてくる。
朝っぱらからアポロン君もとい詩人オルフェウスが歌い出したらしい。
――遙か古の文明が産みたまいし七つの宝珠
――情熱の如く燃え上がる鮮血 アントラクス
――……
――…………
朝日に照らされて歌っている様は正に詩神のようだ。
白い小鳥も歌を聴きに集まっている。
――葡萄酒の涙で染まりし玻璃 アメスィストス
だが、俺は彼の素の面を知っているのでいまいち見入ることができないし、
歌詞もあちこち理解できない。
――揃えば世には清らかなる光の粒が湧き溢れ
――総てが浄化されし理想郷が再誕す
――おお 処女神が駆けた地アルカディア 失われし楽園よ
342: ◆qj/KwVcV5s 2016/03/30(水) 17:49:10.93 ID:T2lIYIqDo
詩人「君達はもうこの村を発つのかい」
詩人「この森を抜けようとした旅人が次々と行方不明になっているらしい」
詩人「発見されたとしても、魔族の瘴気で汚染されてしまっているそうだ」
詩人「勇者達には余計なお世話だろうが、まあ気をつけるんだね」
戦士「おまえこそ気をつけろよ、一人旅だろ」
詩人「ああ、そうだね……私の美しさは魔族に狙われてしまうかもしれない」
詩人「魔族で脱童か……」
戦士「……心配して損した気分だ」
詩人「そうだ、君の様子を見ていて思ったのだが」
奴は俺の耳元でこそこそ話を始めた。
戦士「なんだよ」
詩人「君ってそっちのケの人だったのか?」
戦士「は?」
詩人「男が好きなのかい?」
戦士「ちげえええよ!!!!」
不安を感じつつも俺達は森に入った。
今日も今日とてあちこち切ない。
354: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:19:02.42 ID:MY76w+6co
第十三話 淫魔
誰も喋らない。非常に気まずい。
いや、気まずいという感覚は俺個人が勝手に感じているものだ。
他の皆は何も感じていないかもしれない。
……アキレスはマリナさんやエイルさんの方をちょくちょく様子見している。
傭兵のダグザさんはあーやれやれといった顔で森を眺めている。
ナハトさんは真顔だ。目元からは僅かに憂いを感じられる。
…………あれ?
普段人前では妖しい笑みを絶やさないナハトさんが真顔?
異常事態じゃないか?
昨日は楽しそうだったのに何か嫌なことでもあったのか?
しかもちょっと余裕無さそうな顔してるぞ?
薀蓄でも駄洒落でもいいから何か喋ってほしい。森に入って元気モリモリとか。
355: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:19:33.04 ID:MY76w+6co
戦士「なあアキレス、俺何回樹海に行ったことあると思うか?」
英雄「え?」
戦士「……」
英雄「……………………十回?」
戦士「そうそう!」
英雄「ああそうか! 樹海に十回行ったのか! はははは!」
戦士「ははは!!」
勇者「…………」
どんなにくだらない駄洒落でも笑ってしまうナハトさんが……無反応だと……。
アキレスでさえ空気を読んで笑ってくれたのに。
戦士「なあ、木って空気食ってるんだろ?」
英雄「空気を食う木!」
戦士「よく俺の言いたいことわかったな! 流石だ! なあ、俺等最高の友達だよな!」
英雄「もちろんだ『とも』!」
勇者「…………」
つ、つらい。
356: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:20:34.77 ID:MY76w+6co
僧侶「そろそろ休憩にしましょうか」
森はだいぶ深くなってきた。暗くて不気味だ。
ナハトさんは相変わらずだんまりだ。
なんであんなに険しそうな表情なんだ。俺は気が気でない。
アポロン君が言っていたことを心配しているのかもしれない。
それとも、もしかしてスランプであることが関係しているのだろうか。
勇者「そこか!」
ナハトさんが突然雷を落とした。
赤淫魔「おっしーい!」
桃淫魔「もうちょっとで当たっちゃうところだったよ!」
戦士「魔族……!」
似た顔付きの美少女の魔族が現れた。姉妹だろうか。
赤い方は肉付きがよく、桃色の方は子供っぽい。
勇者「……二体とも淫魔だ」
357: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:22:48.66 ID:MY76w+6co
赤淫魔「こっちへおいで〜!」
二体の魔族はそれぞれ別の方向へ散っていった。
俺達は赤い淫魔を、アキレス達は桃色の方を追いかけた。
赤淫魔「あたしの名はエンプーサよぉ! よろしくねお兄さんたちぃ」
赤淫魔「うふっ、見れば見るほど良い男だわぁ」
勇者「そりゃどうも」
勇者「……気をつけろ。今まで戦ってきた魔族の比ではない」
赤淫魔「どっちから食べてあげようかしらぁ」
赤淫魔「やっぱりおいしそうな方は後にとっておこうかしらねぇ」
赤淫魔「じゃあそっちの坊やから」
当然だが俺よりナハトさんの方がおいしそうだそうだ。
とてつもない敗北感を覚えた。
赤い淫魔が槍を構えてこちらに突進してきた。
剣でどうにか防いだが、女とは思えない攻撃の重さだ。
俺は数メートル後方へ押された。
赤淫魔「わかりやすい綺麗な魔力ねぇ!」
赤淫魔「あったかそうな炎だわぁ。でもあたしにはちょおっと眩しいわねぇ」
勇者「凍れ!」
ナハトさんが赤い淫魔を氷で覆った。以前、炎の魔族を倒した魔術だ。
358: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:24:26.32 ID:MY76w+6co
赤淫魔「やだ、つっめたぁ〜い! 女の子は体を冷やしちゃ駄目なのにぃ」
だが赤い淫魔はあっさりその氷を砕いて脱出した。
ナハトさんの術の威力が落ちているのか、相手が強いのか、もしくはその両方だろうか。
赤淫魔「両方食べてあげるから待っててよぉ」
勇者「この森に妙な術をかけているようだな」
勇者「おかげで気配を探るのに随分苦労した」
だから険しい表情だったのか。
赤淫魔「そうそう、よくわかったわねえ!」
赤淫魔「あたし達が行動しやすいよう、魔王様が特別に結界を張ってくださったのぉ」
赤淫魔「ある実験のた・め・に、ね」
勇者「ほう? 興味があるね」
赤淫魔「どうせならあたしに興味持ってほしいわねぇ」
赤い淫魔がナハトさんに向かって魔導弾を放った。
赤淫魔「おいしそうなあなた、不思議な魔力ね」
赤淫魔「読み取られないようにかなぁりガードかけてるでしょお」
赤淫魔「貴魔族にも読み取れないなんてよっぽどよぉ?」
359: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:25:26.21 ID:MY76w+6co
――――――――
桃淫魔「えへへ〜こっちこっち〜!」
ヘリオス達は無事だろうか。
赤い淫魔の魔力の方が大きかったのに、四人のいつものメンバーで来てしまった。
一人は向こうの援護に行ってもらった方がよかったかもしれない。
まあ、勇者ナハトならこちらが心配するまでもないだろう。
……以前の彼のように戦えたら、の話だが。
英雄「君達が人々を連れ去っていたのか」
桃淫魔「そうだよ! ボクの名前はアルプ!」
桃淫魔「小さい方のお姉ちゃんと一緒に、」
桃淫魔「この森を通った強い魔力を持った人達にえっちなことしてるんだあ!」
英雄「みっ、淫らな……この勇者アキレスが成敗してくれる!」
俺達はなんやかんやでギスギスしてしまっている。原因は俺だが。
以前のように連携を取れるだろうか。……取らなければヤられる。
英雄「皆、行くぞ!」
360: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:26:13.22 ID:MY76w+6co
――――――――
赤淫魔「ちょおっとぉ〜! そんなに強く攻撃してこないでよぉ!」
赤淫魔「手加減してあげてるのに〜!」
赤淫魔「うっかり加減をミスって殺しちゃったら実験できないじゃないのよ〜」
攻防を繰り返す。なかなか決着がつかない。
ナハトさんのアイオライトはバチバチ輝きつつも点滅している。
やはり力が安定していないらしい。
戦士「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
勇者「はああああああああああああああ!!」
だがどうにか強く輝いているタイミングで同時攻撃を行うことができた。
赤淫魔「きゃあああ!」
勇者「淫魔は大人しく同族の精を貪っておればいいものを!」
赤淫魔「ひっどぉ〜い、ちょっと効いたわぁ……」
赤淫魔「……でも、今のでちょっとわかっちゃったかも」
赤淫魔「あなた、レッヒェルンの血もコーレンベルクの血も引いてるでしょ」
赤淫魔「これは逸材だわ」
勇者「…………」
戦士「どういうことだ……?」
勇者「貴様等の目的は何だ」
361: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:29:22.84 ID:MY76w+6co
赤淫魔「あたしをここまで追い詰めたご褒美にちょっとだけ教えてあげるわぁ」
赤淫魔「……八年前、特定の土地で先祖代々育った人間の魔力には、」
赤淫魔「瘴気に対する耐性ができることがわかったのよぉ」
赤淫魔「その土地を離れても、その特性は子孫にある程度受け継がれるみたいねぇ」
勇者「…………」
だからアストライア嬢が狙われたのか。
赤淫魔「その特定の土地では魔力伝導率の高い石が採れるって共通点があるみたいだわぁ」
――――――――
桃淫魔「でもね、ただそこで育っただけじゃだめなんだ!」
桃淫魔「魔力そのものがおっきくないと瘴気に負けちゃうんだもん!」
桃淫魔「それでね、他にもそんな土地がないかなって思って、」
桃淫魔「ボク達魔族はいろんな人にえっちぃことしてるんだ!」
桃淫魔「キミ達は……東の大陸出身みたいだね! 細かい出身地は後で聞いてあげる!」
英雄「だが何故耐性を持った人間を探す必要がある!?」
桃淫魔「ええ〜……それ以上は……」
桃淫魔「実験後も生きてたら教えてあげるよ!」
362: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:32:44.45 ID:MY76w+6co
――――――――
赤淫魔「っと、おしゃべりはこのくらいにしてぇ」
赤淫魔「……この姿、どうかしら」
赤い淫魔は姿を変えた。
戦士「……!?」
十歳程の女の子だ。俺はあの子を知っている。
戦士「……クラスメイトだったカーラさん!?」
赤淫魔「ふうん、これがあなたの初恋の女の子なのねぇ」
今となっては、恋と言えるのかどうかもわからない程淡い想いではあったが……。
本当になんとなく「可愛いなあ」と思っていた程度だったのだ。
だが一応初恋にカウントされたらしい。
勇者「っ…………」
戦士「うっわ懐かしい……」
真面目で大人しい彼女の想い人は幼馴染のチャラ男、トッシュだった。
どうして真面目そうな子がちょっと悪めの奴に惚れていたのか俺には理解できなかった。
赤淫魔「あたし、人の初恋の相手の姿になれちゃうのよぉ」
赤淫魔「このいたいけな女の子に、剣を向けられるかしらぁ?」
戦士「え、できるけど」
赤淫魔「あら」
戦士「本人じゃねえってわかりきってんだよ! 躊躇う理由はねえ!」
しかし軽い身のこなしで俺の剣戟は避けられてしまった。
赤淫魔「じゃあ、そっちの彼の初恋の相手は……」
赤淫魔「……どういうこと? 初恋の相手が二人いるなんて」
勇者「………………」
363: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:33:51.84 ID:MY76w+6co
赤淫魔「……あ〜ら、そう。そういうことねぇ」
赤淫魔「あなた、人間のくせに他人の魔力を吸収したのね。一体どうやったのかしらぁ」
吸収した……?
目の色が変わったことと関わりがあるのだろうか。
赤淫魔「男の魔力と女の魔力が混ざっているのがようやく読めたわぁ」
というかナハトさんの初恋の相手が一体誰なのか気になってしょうがない。
やっぱり『ナハト』なのだろうか。
赤淫魔「ふうん、こっちはあなたの女の部分の初恋の相手のようね」
『ナハト』だ。ちくしょう。ちょっと胸がジクッとした。
勇者「……やめろ!!」
赤淫魔「じゃあ、男の部分の方は……」
赤淫魔「あら、大人の女みたいねえ」
勇者「…………!」
その姿は、ドレスを着てウィッグをつけていた時のナハトさんと似ていた。
「かあさま」とナハトさんが淫魔に聞こえないほど小さく呟いたのが聞こえた。
364: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:34:59.61 ID:MY76w+6co
ナハトさんはその姿を見て衝撃を受けているようだった。
切っ先が地を向き、片手で頭を押さえている。
赤淫魔「隙あり!」
戦士「っさせるか!!」
勇者「っ!」
赤淫魔「あなたの本体、どっち?」
赤淫魔「男を食べたの? 女を食べたの?」
赤淫魔「もしあなたの本体が女ならぁ、あたしには専門外なのよねぇ」
赤淫魔「アルプにあげなきゃあ。せっかくのいい男だと思ったのにぃ」
赤淫魔「……ねぇ、どっち?」
勇者「その姿を騙るな!!」
赤淫魔「きゃあああ!!」
ナハトさんの力の不安定さが増したが、その分威力も上がった。
勇者「滅してやる!!!!」
365: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:35:34.53 ID:MY76w+6co
赤淫魔「ちょ、ちょっと! いやあああああ!!」
淫魔の姿が元に戻った。
勇者「許すものか!!!!」
これほど力を爆裂させているナハトさんを見るのは初めてかもしれない。
赤淫魔「ァアアアア!!!!」
勇者「…………」
赤淫魔「っあなた……本気出したら……こんなに強いんじゃない……」
赤淫魔「でもガードが外れたわね…………奥の奥まで見えちゃった……」
赤淫魔「そうい……こと…………ふうん…………ねえさまが、言ってた……あの……」
赤淫魔「…………」
赤い淫魔は瘴気を散らして消えた。
勇者「なんだ、この程度か。事切れてしまった」
戦士「…………」
勇者「……もう一体はまだ生きているはずだ。追うぞ」
366: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:36:20.65 ID:MY76w+6co
――――――――
おちょくられっぱなしでなかなか攻撃が届かない。
桃淫魔「ボクね、人の失恋の記憶をちょこっと覗くことができちゃうんだ!」
英雄「えっ」
俺達の攻撃をひょいひょい避けながらあいつは喋った。
桃淫魔「……ははは! 君達ドロドロじゃないかあ!」
桃淫魔「おもしろーい!」
英雄「ええい!」
傭兵「俺は蚊帳の外だがな」
僧侶「……」
魔法使い「さっさと焼いてあげるわ! 火の閃光<ファイア・グリント>!」
桃淫魔「わわっ! 森が燃えちゃうよお! ふふふっ!」
桃淫魔「あっちの白いお姉ちゃんはそこの金色のお兄ちゃんにフラれてて、」
桃淫魔「金色のお兄ちゃんは赤いお姉ちゃんにフラれてるんだあ!」
僧侶「う……」
魔法使い「黙りなさい!」
英雄「その話はするなああああああああ」
桃淫魔「赤いお姉ちゃんは……」
367: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:37:04.34 ID:MY76w+6co
桃淫魔「……かわいそ〜!」
桃淫魔「実のお兄ちゃんに犯されたのが彼氏にバレてフラれちゃったんだ〜!!」
魔法使い「っ――!」
英雄「えっ……」
僧侶「そんな……」
マリナが……実のお兄さんに?
桃淫魔「抵抗できずに三晩連続で……わ〜!」
魔法使い「黙れ! 黙れ黙れ黙れえええ! 怒号の炎<アングリー・フレイム>!」
桃淫魔「わわっ! こわーい!!」
桃淫魔「ほらほら! 攻撃が乱れてるよ〜! そんなのでボクに勝てるのかな〜?」
桃淫魔「お兄ちゃんとおじさんは小さいお姉ちゃんにあげるとして、」
桃淫魔「女の子達はボクがもらっちゃうよ!」
傭兵「喋るなら俺の失恋にしろ!! どんだけバラしてもいいから!!」
桃淫魔「え〜おじさんの失恋話してもあんまり意味無さそうなんだも〜ん」
368: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:38:06.57 ID:MY76w+6co
魔法使い「どうせ私は……穢れた女よ……」
魔法使い「旅をしている理由だって……イガルク兄さんから逃げるため……」
僧侶「マリナ……」
英雄「ちくしょうっ! ちょこまかと逃げ回りやがって!」
桃淫魔「あはは! 追いつけるものなら追いついてみ」
喋り終えるより早く、桃色の淫魔が雷で撃ち落とされた。勇者ナハトだ。
戦士「無事か!?」
彼の後ろからヘリオスも現れた。どうやら赤い淫魔を倒したらしい。
勇者「ほう、両性具有か。珍しいな」
そう言うと、彼は淫魔の股間を思いっきり踏みつけた。
桃淫魔「ギァアアアアア!!」
英雄「ひっ」
傭兵「あれは……痛い……」
反射的に股間に切なさが走った。
勇者「おまえ達は今までどれだけの人間を穢してきたんだ?」
桃淫魔「痛い! 痛いよおおお! エンプーサお姉ちゃーん! 助けてー!」
勇者「おまえの姉なら死んだぞ」
彼は股間以外の部分も殴ったり蹴ったりして淫魔を弱らせている。
慈悲はない。
369: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:39:34.48 ID:MY76w+6co
桃淫魔「う……」
桃色の淫魔は弱々しく痙攣している。
勇者「おまえ達の目的は何だ?」
勇者「瘴気に耐性のある人間を探してどうするつもりだ」
桃淫魔「そんなの……決まってるじゃないか……新しい玩具にするんだよ……」
桃淫魔「ボク達は、ただ傷付けて殺すだけの遊びにも……ちょっと飽きてきちゃった……」
勇者「……」
やはり、魔族は俺達人間を玩具としか思っていない。
桃淫魔「ある時……魔王様は思い出したんだ……」
桃淫魔「魔王様が直々に二回も穢したのに、死ななかった女の子のことを……」
そんな……なんて惨いことを。
桃淫魔「……長持ちする……もしかしたら、純魔族以上に狂暴な魔族にも、なりえる……」
桃淫魔「そんな玩具を……作るために……ボク達は……」
勇者「それを聞ければ充分だ」
英雄「とどめは俺に刺させてくれ。俺の聖剣で倒せば、瘴気でこの土地が穢されずに済む」
淫魔が息絶えると同時に、森から闇が去った。
370: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:40:27.99 ID:MY76w+6co
魔法使い「うう……うぅっ……」
魔法使い「父さんも母さんも、何故だか兄さんの味方だった」
魔法使い「この世界に、私の居場所なんて……存在しない……」
僧侶「マリナ」
魔法使い「来ないで!」
魔法使い「そんな憐れんだ目で見ないでちょうだい!」
英雄「…………」
魔法使い「何よ。好きな女が傷物で幻滅した? 残念だったわね」
英雄「そんなことで幻滅するわけないだろ!」
英雄「……君は、本当はとても優しい子のはずなのに、」
英雄「どうして人を突き放すような態度を取っていたのか疑問だったんだ」
英雄「その理由がようやくわかったよ」
英雄「人から拒絶されるのが怖かったのだろう」
魔法使い「…………」
英雄「ここにいる仲間が、君を拒絶するわけないだろう」
371: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:41:03.36 ID:MY76w+6co
僧侶「……大丈夫よ」
エイルはマリナを抱きしめた。
魔法使い「……エイル」
僧侶「あなたは、普通の女の子だもの。幸せになる権利と義務があるわ」
僧侶「どうか自分を否定しないで」
傭兵「おまえは道を外してない。えらいと思うぞ」
英雄「マリナ」
英雄「俺は、君の過去を全て受け入れる覚悟ができている」
英雄「……」
僧侶「私のことは気にしないで」
英雄「……すまない」
英雄「どうか、俺と共に生きてほしい」
魔法使い「……そんな真っ直ぐで綺麗な心を持ったあんただからこそ、」
魔法使い「あたしみたいな捻くれ者は、選んでほしくなかったのにな」
彼女は微笑んだ。
英雄「マリナ……!」
372: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:41:35.03 ID:MY76w+6co
魔法使い「……ざーんねんでした!」
英雄「えっ」
魔法使い「私、あんたに惚れてないもの」
魔法使い「そんなに私と付き合いたければ、頑張って落としてみせてちょうだい」
英雄「あう……」
魔法使い「エイル、あなたにもまだチャンスが残されてるってことよ」
魔法使い「ま、がんばりなさいな」
僧侶「え、ええ」
魔法使い「……みんな、ありがと」
374: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:42:28.78 ID:MY76w+6co
――――――――
勇者「……いい仲間達だね。偏見を持たずに彼女を受け入れた」
戦士「そうですね」
俺達がいるところからから少し離れた場所で、エイルさんが仲間達の傷の治療をしている。
戦士「……ナハトさん」
戦士「コーレンベルク侯爵も、エーデルヴァイス伯爵も、」
戦士「あなたのことを大切に想っていました」
戦士「彼等と一緒に暮らしても、いいんじゃないですか?」
ナハトさんも、自分は幸せになれないと思い込んでいる。
そんなことないって、伝えたかった。
勇者「……君は、優しい子だ」
勇者「自分のこととなると、心の整理がつかないんだ」
勇者「この世界が酷く恐ろしくなる」
戦士「……・・」
勇者「……ナハトは、私の憧れだったんだ」
375: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/01(金) 16:44:29.70 ID:MY76w+6co
勇者「心優しく、泣いている子を見つけたら決して放ってはおかない奴だった」
勇者「そんな彼が死んでしまったなんて信じたくなかった。ずっと一緒にいたかった」
勇者「今思えば、あれは少女らしい淡い恋心だったのだがな。あの頃は……」
戦士「…………」
勇者「……だから、飲んだんだ。私の体を濡らした彼の血を。」
勇者「魔王の精液と混ざっているのも構わずね」
戦士「……!」
勇者「人のやる所業じゃない」
勇者「その時だ。私の目が、そして髪が、この色に染まったのは」
戦士「…………」
勇者「私のことが気持ち悪くならないのか」
戦士「そんなっ……」
戦士「そうしてしまうほど……つらかったってことじゃないですか……」
勇者「……君は、どうしてそこまで純真でいられるんだい」
戦士「俺は、ただ……俺はっ……」
勇者「でも、私は……生まれた時には既に…………」
戦士「ナハトさん……? ナハトさん!」
勇者「う…………」
彼女は突然地面にうずくまった。
戦士「エイルさん! 頼む、来てくれ!」
顔色が悪い。彼女が酒に酔う以外で体調を崩すことなんてまずなかったのに。
嫌な緊張が俺の背筋に走った。
380: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 13:57:28.80 ID:OyNWwzeJo
第十四話 血玉髄
勇者「っう……」
戦士「ナハトさん!」
僧侶「どうされましたか!?」
勇者「少し前から、内なる何かへの違和感はあったんだ……」
勇者「今朝から、それが酷くなって……」
勇者「……まさかとは思うのだが……」
僧侶「…………」
勇者「…………エイルと二人にしてほしい」
381: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 13:58:16.85 ID:OyNWwzeJo
ナハトさんが心配すぎて俺は貧乏ゆすりを止められない。
英雄「まあエイルに任せておけば大丈夫だから。落ち着け」
戦士「でも、でも……」
傭兵「奥さんの出産が終わるのを待ってる旦那みたいになってるぞ」
戦士「え?」
なんだその例えは……ああでも確かに、
お袋が俺の弟を産んでいる時の親父はこんな風にそわそわしていたかもしれない。
僧侶「お待たせいたしました」
勇者「…………」
エイルさんは苦笑いしている。
ナハトさんはショックを受けたような顔をして、片手で額を押さえている。
戦士「大丈夫だったのか!?」
僧侶「そこまで心配する必要はありません」
戦士「ナハトさん!」
勇者「あ……えっと……待たせてすまなかったな……」
382: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 13:59:28.18 ID:OyNWwzeJo
僧侶「ヘリオスさん」
エイルさんは俺に耳打ちした。
僧侶「これから数日は、あまり彼女に無理をさせないようにしてさしあげてくださいね」
戦士「お、おおう」
勇者「…………」
戦士「えっと……」
僧侶「痛みが酷いようでしたのでお薬は出しておきましたが、」
僧侶「病気ではないので大丈夫です」
僧侶「……本当は普通より遅いので、病院に行った方がいいのですが……」
う、うん?
薬は出した? 病気じゃない?
具体的にどういうことなのか俺にはよくわからな……ん?
エイルさんがナハトさんのことを「彼女」と言った。
診察の都合で体を見たのだろうか。
…………普通より遅い?
383: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:00:31.09 ID:OyNWwzeJo
その時、風呂場で何かを洗っていた姉の姿が俺の脳裏をよぎった。
俺が「何洗ってんだよねーちゃん」と何気もなく聞くと、
俺は姉から親父のパンツ(未洗濯)を投げつけられた。
またある時、
普段は長風呂をする一番上の妹がわりと早く風呂場から出てきたことがあった。
「ちゃんと湯船に浸かったのか?」と俺が聞くと、
「その……今日は入れないから……」と妹が言った。「え、何で?」と俺が返すと、
妹は「お兄ちゃんのバカ!!」と言って部屋に引き籠ってしまった。
俺は姉から「あんたってほんっとデリカシーないわね!」とゲンコツを食らった。
お袋は優しく「こういう時はそっとしておくもんなのよ」と教えてくれた。
どちらも理不尽だと思ったが、
女には男が決して触れてはならない領域があるということはわかった。
勇者「…………」
確信はないがなんとなく察した。
こんな時は下手に話しかけてはならない。
姉妹がいなければ、俺は今も無神経に質問しまくっていたかもしれない。
姉妹の存在に珍しく感謝した。
384: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:01:34.62 ID:OyNWwzeJo
勇者「そんな馬鹿な……この私が……」
突然訪れた現実を受け入れられない時の表情だ。
戦士「あ……るけますか……?」
下手に気を遣ってもかえって嫌がられる可能性がある。俺はおそるおそる話しかけた。
勇者「……肩を貸してくれないか」
よかった。怒られなかった。
英雄「大丈夫なのか?」
僧侶「大丈夫です!! ほら、行きますよ!!」
英雄「あ、ああ」
勇者「っ…………」
戦士「……おぶさりましょうか?」
勇者「へ、平気だっ…………やっぱり頼む」
俺の耳元で彼女の苦しそうな吐息が漏れている。
そんなに苦しいのか。男に生まれてきてよかったと思った。
歩くのもきついなんて、玉を蹴られるのとどっちが痛いのだろう。
……まあ、なんにせよやばい病気とかじゃなくてよかった。
385: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:12:54.44 ID:OyNWwzeJo
俺達の荷物はアキレス達に持ってもらった。ありがたい。
勇者「……借りができたな」
僧侶「お気になさらないでください。私達も先程あなたに助けていただいたんですもの」
戦士「ずっと同じ姿勢はつらいんで、」
勇者「す、すまないな。そろそろ歩……」
戦士「横抱きしていいですか」
勇者「えっ」
戦士「まだまともに歩けなさそうですし」
勇者「う……」
しぶしぶ横抱きさせてくれた。
……あれ? これ、いわゆるお姫様抱っこじゃないか……?
俺はナハトさんの顔に目を向けた。彼女の顔は見えなかった。
何故なら彼女は自分の両手で顔を覆っていたからだ。
俺も恥ずかしくなってきた。
ま、まあ、こういう時じゃないと好きな女の子を姫抱きする機会なんて無いだろうし、
得をしたと思っておこう。
だがはたから見たら男が男を姫抱きしているんだ。なかなか異様な光景だろうな。
386: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:14:19.71 ID:OyNWwzeJo
英雄「替わろうか?」
戦士「荷物持ってもらってんのにこれ以上迷惑かけられねえよ。平気だ」
英雄「だけど……」
勇者「……他の人間に頼るくらいなら這ってでも自力で進む」
戦士「無理しないでください」
傭兵「細い体でよくこんなに長い剣使えるな……普通なら剣に振られるぞ」
森で一泊野宿をして町に到着した。
俺の筋力は大いに鍛えられた。いいトレーニングだった。
薄灰茶の煉瓦で建てられたたくさんの建築に蔓植物が伸びており、
町はなんとも寂しい雰囲気を醸し出している。
387: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:16:35.03 ID:OyNWwzeJo
――宿
勇者「……私は、自分が女だったことに驚いている」
ベッドに横たわりながら彼女はそう言った。自分の体の変化にとても戸惑っているらしい。
勇者「女としての能力など、死んでいるのだとばかり思っていた」
僧侶「おめでたいことなのですよ」
僧侶「魔導において、初潮は女性にとって赤ん坊の頃の次に無防備な時期ですから、」
僧侶「本当は教会でまじないを施してもらわなければならないのですが……」
勇者「う……」
ちょっと待ってくれ。
他のメンバーがいないからといってそんな話を始めるな。まだ俺がいるんだ。
僧侶「魔力を安定させる応急措置を施したとはいえ、しばらく無理は禁物ですよ」
僧侶「不発ならともかく、魔術の暴発が起きるかもしれません」
勇者「あ、ああ」
僧侶「ヘリオスさん!」
戦士「ひっ! はい!」
僧侶「思春期の女の子は急激な体の変化に気持ちが追いつかなかったり、」
僧侶「何かと心が落ち着かなくなったりします。それと同時に魔力も乱れがちになります」
僧侶「その上、彼女の魔力は慣れない感情への適応に時間がかかっているようなんです」
戦士「慣れない感情?」
388: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:17:33.88 ID:OyNWwzeJo
勇者「……八年前からずっと、私の心は冷えきっていた」
勇者「だが、その……君と出会って、心が融けてきてしまって」
勇者「だから、その……」
僧侶「暖かい感情に魔力がびっくりしちゃったんです」
勇者「……そのうち落ち着いて、元通り戦えるようになる」
僧侶「あなたが彼女を守るのですよ」
戦士「あ、ああ、もちろんだ」
勇者「まさか十八を過ぎてからこんな……今更そんな馬鹿な……」
戦士「と、とりあえず今はそっとしておいた方がよさそうだし俺外ぶらついてくるわ!」
389: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:18:26.98 ID:OyNWwzeJo
同級生のラルフは今頃どうしているだろうか。
彼は体育を休んだ女子を「生理かよおまえ〜!」とからかったことで女子達の反感を買い、
義務教育学校を卒業した後も村の女の子達から冷遇され続けていた。
どうしても男とはやんちゃな生き物なので、
知ったばかりの理解しきれていない言葉を何気なく使ってしまうことがある。
彼が禁断の領域に踏み込んでしまったことには変わりないが、
少年期の過ちは大目に見てほしいと思うのは俺のわがままだろうか。
……村の入り口から数人の騎兵が入ってくるのが見えた。俺はその内の一人を知っている。
戦士「なんであなたがここに来ているんですか」
元騎士「仕事だよ!! 嫁さんの親父さんのコネでどうにか再就職できてな」
戦士「…………」
元騎士「あー! もうおまえの女には手ぇ出さねえから!」
戦士「……え?」
元騎士「あ? なんだ違うのか。普通男と女が一緒にいたらいやなんでもない」
戦士「……」
元騎士「とりあえず女関係で間違いを起こすようなこともしねえからほっといてくれ」
元騎士「女の股に触ったら、嫁さんの呪いで尿路結石になった挙句股間が爆発しちまう」
元騎士「ま、猟奇殺人犯がこの町に潜んでいる可能背が高いから気をつけろよ」
390: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:19:40.67 ID:OyNWwzeJo
『もうおまえの女には手ぇ出さねえから!』
その言葉が頭から離れない。付き合いたくても付き合えないのにちくしょう。
アキレス達は困っている人がいないか探して回っているようだ。流石勇者だ。
俺が同じことをやっても不審者扱いされるだろう。
目付きが悪いが故に、劇で悪役を押し付けられるなんてのもしょっちゅうだった。
魔法使い「ちょっといい?」
戦士「あ、はあ」
魔法使い「あいつ、女よね?」
戦士「え? えっと……」
魔法使い「体調が悪いのに病気じゃないから治療できないなんて、」
魔法使い「そんなの妊娠した時か、もしくは……ああもう言わせないでよ」
俺も禁断の領域の話なんて聞きたくない。
戦士「……お察しの通りだよ」
魔法使い「それを確認できれば充分よ。ありがと」
戦士「……なんでエイルさんじゃなくて俺に聞いたんだ?」
魔法使い「あの子、患者の個人情報は決して漏らさないもの」
391: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:20:07.59 ID:OyNWwzeJo
どこか寂れた空気の漂うこの町だが、有名な博物館があるらしい。
観光客らしき人々をちらほら見かける。
ナハトさんの好きそうな小奇麗な喫茶店はあるだろうか。探してみよう。
調子がよくなったら連れていきた……なんだろう、すごく恥ずかしくなった。
俺のあらゆる行動原理があの人になりつつある。
少年「新しい秘密基地作ったんだ! こっちこっち!」
少女「わ〜楽しみ!」
……いいなあ、仲のいい幼馴染。
ナハトさんの子供時代を知らないことが悔しい。
小さい頃から傍にいたかった。俺と出会う前はどんな旅をしていたのだろう。
彼女の全てを知りたい。
…………あの人のことばかり考えている。だめだ。他の物が見えない。
掲示板を見て情報でも得よう。
392: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:21:30.22 ID:OyNWwzeJo
【猟奇殺人事件発生! 被害者は局部を切り取られる】
「局部を切り取られた男性の遺体が多数発見されている。
容姿の整った男性は要注意。
犯人はローズグレイの髪の美しい女性だと思われる。」
ディオさんが言っていたやつだろうか。恐ろしいな。
容姿が整っていなければ狙われないのだろうか。
俺は大丈夫だろうが、アキレスやナハトさんは狙われるかもしれない。
そもそもナハトさんには局部自体存在しないのだが。
しばらく町を散策していると悲鳴が聞こえた。
駆けつけてみると、一軒の家に野次馬ができていた。
中を覗いた。既にディオさんや仲間の兵士が現場検証を行っていた。
寝台には股間から血を流している男が横たわっていた。ああいうのはもう見慣れた。
だが、俺が見てきた何人もの男達は殺されまではしなかった。
あれは、遺体だ。
393: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:23:23.56 ID:OyNWwzeJo
女性「待ち合わせの時間に来なかったから、心配して合鍵で彼の家に入ったんです……」
元騎士「……一応確認しておくが、この男は暴行を行うような奴じゃなかったか?」
女性「とんでもない! 面食いなだけの普通の男の人でした!」
元騎士「なら奴の犯行じゃないな……例の殺人犯の仕業だ」
女兵士「『奴』とは」
兵士「ほら、あの有名な勇者だろ」
元騎士「俺が武装を解いておとりになる」
元騎士「多分俺の容姿は犯人の好みだ。なんたって俺は良い男だからな」
確かに精悍な美形ではある。女好きだが。
元騎士「だが妙だな。この遺体、わずかだが瘴気で汚染されている」
元騎士「犯人は人間のはずなんだがな」
英雄「どうしたんだ、この人だかり」
戦士「殺人事件だ」
英雄「放ってはおけないな」
英雄「私はプティアの勇者アキレス。ご協力いたしましょう」
元騎士「お、助かるな。……あいつと違って勇者らしい勇者だな」
俺の出る幕は無さそうだ。そろそろ宿に戻ろう。
394: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:24:27.06 ID:OyNWwzeJo
僧侶「おかえりなさい」
戦士「ああ」
勇者「……わずかだが、魔族の気配がしたから心配していたんだ」
戦士「魔族……ですか」
遺体は瘴気で汚染されていたらしいし、魔族の犯行だったのだろうか。
戦士「ええと……少しは楽になりましたか」
勇者「……マリナのおかげでだいぶよくなった」
貧血のせいで悪かった顔色が少しよくなっている。
ナハトさんは数種類の石が紐で括られた腕輪を手に握っていた。
石のほとんどは赤系だ。血の問題に効くのだろうか。中には緑混じりの毒々しい石もある。
僧侶「それ、マリナが彼女に譲ったんです」
僧侶「あの淫魔を倒してくれたお礼と言っていました」
以前のナハトさんなら貧血を起こしても魔力で誤魔化せていた。
俺を庇って大怪我をした時がそうだ。
だが、今は石に頼ってもつらいようだ。
395: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:24:54.26 ID:OyNWwzeJo
戦士「魔族の居場所、探知できますか」
勇者「今は……ちょっと……」
戦士「ああ休んでいてください。アキレス達がきっと退治するでしょうし」
勇者「……森にいた頃から思っていたのだが」
戦士「はい」
勇者「君の気遣いの加減は素晴らしいな。本当は彼女がいたことがあるんじゃないのかい」
戦士「ありませんよ!」
勇者「……君と付き合う女の子は幸せだろうな」
俺はあなたと付き合いたい。
……付き合うって、具体的に何するんだろう。俺にはわからない。
そもそも彼女に男として相手にしてもらえるわけがない。
僧侶「……もう」
396: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:26:00.00 ID:OyNWwzeJo
――翌朝
俺の魔力は朝日と相性がいいらしいので、
朝日を浴びながらトパーズに魔力を流し込んで意識を集中した。
魔族の居場所を探知できないか試そうと思ったのだ。
戦士「…………」
駄目だった。そう簡単には会ったこともない対象を探せない。
戦士「あ、ナハトさん」
勇者「……少しは運動して血行をよくするといいとエイルに言われた」
勇者「散歩しに行く」
戦士「俺もご一緒していいですか」
勇者「ああ」
まだ少し顔色が悪いが、普通に歩けるようにはなったみたいだ。
例の殺人鬼に襲われたら危ないし、彼女の傍を離れないようにしなければ。
……こうして二人で歩くのも、久しぶりだな。
397: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:34:00.42 ID:OyNWwzeJo
勇者「魔感力まで鈍っている……」
あまり機嫌は良くなさそうだ。
勇者「……私は以前まで、淫乱女は膀胱炎になってしまえと思っていた」
戦士「は、はあ」
勇者「今は年中生理痛に悩まされればいいと思っている」
戦士「は……はあ、そっすか」
俺に女の人のそれが存在するわけがないのだが、
うっかり痛みを想像してしまい下腹部が切なくなった。
私服姿のディオさんが一人の女性に話しかけているのが見えた。
赤みのある褪せた茶髪の女性だ。
いかにも遊んでいそうな、派手な見た目をしている。
女兵士「あれが犯人トだといいのだがな」
兵士「お、戻ってきたぞ」
わりと近い場所に兵士やアキレス達がいた。
398: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:34:56.74 ID:OyNWwzeJo
元騎士「ナンパなら一週間後にまた声をかけてくれと言われた」
魔法使い「まあ、あの子は多分外れよ。魔力的に」
兵士「一週間?」
元騎士「どうせ生理じゃねえの」
戦士「えぅええ!?」
元騎士「何変な声出してんだよ」
戦士「だ、だってそれは……禁じられた領域の言葉……」
元騎士「あのなぁ……俺は妻帯者だぞ。童貞と一緒にすんな」
大人の男は違うなと思った。ほんの一瞬だが彼を尊敬した。
英雄「す、すごい」
元騎士「おいおい英雄様が童貞丸出しじゃねえか」
英雄「どっ……結婚まで清い体を保って何が悪い!?」
僧侶「ど……ぅていは恥ずかしいことじゃありません!」
戦士「そうだそうだ! 未婚の童貞は誇るべきだ!」
元騎士「ヘリオス……おまえ相当ナハトの影響受けてるな……」
勇者「…………ヘリオス君、あっちの店で朝食を取ろうか」
勇者「こいつの顔を見ていると気分が悪くなる」
元騎士「ひっ」
戦士「は、はあ」
399: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:36:44.68 ID:OyNWwzeJo
勇者「…………」
戦士「そんなに……食べられますか?」
勇者「エイルから血を作るために肉を食べるよう言われたのだが……元が少食だからな」
戦士「余ったら俺食べますよ」
勇者「……すまないな」
戦士「あんま食べないのによく身長伸びましたね。羨ましいです」
勇者「ああ……何故だか背ばかり伸びて……ばあ様に会って納得した。これは遺伝だ」
確かに侯爵夫人は長身で細身だった。
昼頃にはナハトさんの調子もだいぶよくなったようだった。
勇者「む……」
ナハトさんの視線の先には、美しいが隈の濃い女性がいた。
革製の巾着袋を手に提げている。
……そういえば、記事に書かれていたローズグレイってどんな色なんだ。
あの女の人の髪の色みたいな感じだろうか。赤みがかった灰色の髪だ。
勇者「あの女……だいぶ遊んでるな……けしからん」
勇者「いや、遊んでいるだけじゃない」
勇者「妙な気を感じる」
400: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:38:00.03 ID:OyNWwzeJo
その女性は、さり気なく近くに立っていたディオさんに声をかけた。
ディオさんは待ってましたと言わんばかりの表情だ。
女「あなた、素敵ね。きっと、本当は上流階級の方なのでしょう?」
元騎士「おおっと、バレちまったか」
女「私、あなたのような男性が大好きなの。今夜を楽しみたかったわ」
元騎士「楽しみ『たかった』?」
女「……楽しみたかったのに、残念だわ」
突如女の左腕が真っ黒になり長く伸びて、ディオさんの腹を貫いた。
元騎士「がっ……」
女「私を捕まえるために子猫ちゃんを忍ばせてるみたいね」
英雄「ディオさん!」
兵士「新人!」
女兵士「ディオ!」
戦士「魔族……!」
勇者「……あれは、魔族になりつつある人間だ。瘴気を体内に隠していたようだな」
401: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:39:41.96 ID:OyNWwzeJo
元騎士「ゲホッ……」
両足も真っ黒に伸び出した。
女「ねえ、あなたの大事なところ、ちょうだい?」
女兵士「大丈夫か!?」
僧侶「治療します!」
英雄「覚悟しろ!」
女「ぼうやは……将来有望ね。十年後かしら」
女「私、そこの素敵なお兄さんがほしいのよ。どいてちょうだい」
英雄「ぐっ……こいつ、強い」
勇者「……倒さなければ」
戦士「俺が行きます! ナハトさんはここにいてください!」
勇者「だが」
戦士「今の状態でナハトさんが力を使うのは危険です!」
勇者「く……」
女「熱い夜を過ごした後にコレクションにするのが趣味なのだけど、」
女「仕方ないからすぐに狩り取ってあげるわ!」
勇者「……私より悪趣味だ」
悪趣味な自覚はあったらしい。
402: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:43:12.57 ID:OyNWwzeJo
女は鋭い触手攻撃を絶え間なく繰り出している。
右手は手提げ袋を持ったままだ。
魔法使い「それがよっぽど大事みたいね! 流弾の矢<シューティング・アロー>!」
女はマリナさんの術を弾いた。
女「これは私が愛した男の人の体なのよ! 傷付けるなんて許さない!!」
魔法使い「っ――!」
英雄「危ない!」
英雄「……ふう」
兵士「あの袋の中身……えっぷ」
傭兵「足が竦むな……」
女兵士「想像するな! 来るぞ!」
女「数が多いわね……ちょこまかと……」
どれだけ触手を斬っても、傷口同士がくっついてきりがない。
女「あら、あっちのお兄さんもいいわね」
女「私の好みよりは綺麗すぎるけど」
戦士「そっちには行かせねえ!!」
そもそもお目当てのもんはないがな。彼は女性だ。間違えた彼女は女性だ。
戦士「ぉぉおおおおお!!!!」
剣に纏わせた炎の火力を一気に上げ、俺は敵に斬りかかった。
403: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:46:17.79 ID:OyNWwzeJo
女「ギィアアアア!」
女「腕が再生しない!?」
戦士「焼き切ったら治せねえみてえだな!」
女「あなた、怖いわ!」
俺は石造りの塀に吹き飛ばされた。
戦士「ぐっ……この程度でやられるか!!」
戦士「っだあああああ!!」
女の胴に剣が届いた。
女「お、のれ……!」
だが、胸から瘴気が沸き溢れて女を覆った。
戦士「!?」
女「ユル、サ……ナイ……」
最早本体の姿を確認することもできない。
僧侶「なんて邪悪な気……」
英雄「くっ……これでは町に大きな被害が」
元騎士「おいナハトは何やって……ん?」
ナハトさんは邪悪な笑みを浮かべて女の方へ手を伸ばしている。
勇者「……ははは」
404: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:47:28.27 ID:OyNWwzeJo
勇者「この種の呪いなら普段通り制御できたぞ」
それは彼女の性に対する執着によるものだろうか。
瘴気が散って薄れ、女は腹を抱えて地面に蹲っている。
女「今日はその日じゃないはず……い、痛い……」
英雄「ええと……今だ! やるぞ!」
勇者「放っておけば、あの女は更に強力な魔族になっていただろう」
勇者「この段階で倒せてよかった」
戦士「ソウデスカ」
敵に生理痛を引き起こして倒すなんて話聞いたことがない。聞きたくもない。
勇者「ああ、そうだ」
勇者「……私のために戦ってくれて嬉しかった」
戦士「……ソウデスカ」
405: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:47:54.89 ID:OyNWwzeJo
女兵士「見事な働きぶりだったぞ」
元騎士「そりゃどうも」
女兵士「おまえに、守りたいものはあるのか」
元騎士「ああ、そうだな……」
元騎士「嫁さんとムスコかな」
女兵士「妻と息子か、素晴らしいな。これからの活躍を期待しているぞ」
女兵士「家族のために戦う男は伸びる」
その息子じゃないと思うんだよな……。
「尿路結石は嫌だ……」とディオさんが小さく呟くのが聞こえた。
406: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:49:36.78 ID:OyNWwzeJo
戦士「……博物館でも行きませんか」
勇者「あ、いいな。行こう」
俺は博物館に展示されているような物にあまり興味がないし、
見たところでその重要性を理解することなんてできないのだが、
ナハトさんは歴史や美術に詳しいから会話のネタができるだろうと思った。
とりあえず会話したい。関わりたい。付き合えなくたって、少しでも多く触れ合いたい。
七つの聖玉が描かれた絵画があった。
額縁の中に無色、赤、黄、緑、青、紫、多色の順で丸い玉が並んでいる。
勇者「……古代の文献を参考に描き起こされた想像図だ」
勇者「青の聖玉、アウィナイトは瑠璃でえがかれているな」
勇者「私の故郷は、瑠璃の原料であるラピスラズリの代表的な産地だった」
407: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:53:56.25 ID:OyNWwzeJo
その絵画が展示されているのと同じフロアで、
一人の若い女性が、とある青年の肖像画をじっと見つめていた。
題は【青き瞳の青年】だ。
その青年の瞳は、さっきのアウィナイトと同じだと思われる色で塗られていたのだが、
容姿がナハトさんとよく似ていた。
正確には、ナハトさんと伯爵を足して割って風格を上げたような感じである。
額の左下の壁には、絵の詳細が記された板が固定されている。
ディンゲという名の画家が二十数年前にえがいたらしい。
モデルの名前は……モルゲンロート・フォン・レッヒェルンと書かれている。
戦士「なあ、ナハトさん、この絵――」
女性「ナハト……?」
戦士「え?」
勇者「…………エファ?」
408: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:56:22.42 ID:OyNWwzeJo
女性「そんな……あなた、死んだはずじゃ……」
……またこれか。
勇者「…………」
女性「あ……ああ……」
女の人は泣き崩れた。
これってデートっぽくね? と俺は密かに思っていたのだが、
そんな俺の小さな熱情はあっさり冷まされることとなった。
勇者「……きれいに、なったね」
女性「うぅ……」
二人が美男美女カップルにしか見えない。
今更改めて言う必要もないのだが、俺は男としてのあらゆる面がナハトさんより劣っている。
なんだろうこの気持ち。
先日とは打って変わり、俺は猛烈に男をやめたくなった。
409: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/02(土) 14:57:12.26 ID:OyNWwzeJo
ここまで
元ネタは阿部定事件
414: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/03(日) 01:25:24.98 ID:ZotJd/XDO
怖いよう…
勇者「やっぱり処女は最高だね」戦士「え?」【後編】へつづく
・SS速報VIPに投稿されたスレッドの紹介でした
【SS速報VIP】勇者「やっぱり処女は最高だね」戦士「え?」
・管理人 のオススメSS(2015/07/04追加)
・【流出画像】奥菜恵(34)フルヌード&フ●ラ画像の高画質で公開!⇒これが押尾学のリベンジポルノ…
・【gif】突然スカートめくりされたJCの反応wwwwwwwww(※画像あり)
・【※GIFあり※】 地上波でJKが生ケツを披露してしまうという放送事故wwwwwwwwwwww...
・【エ□GIF】騎乗位を連想させる、もの凄い腰振りダンスの動くエ□画像
・【エ□GIF】挿入部分がよく見える騎乗位GIFがエ□抜ける15枚
・【GIF画像】身内のセッ●スに感化されてオナ●ーしちゃう女たちwwwwwwwwww(19枚)
・マ●コもア●ルも同時責め!?GIF画像にしたら想像以上のエ□さだったwww
・男が悶絶するほどの腰使いでいかせてくる騎乗位GIF
・ドジな女の子たちの「痛い」GIFが笑える(25枚)
・彼女にいろんな場所でフ●ラさせた時の話
・【画像あり】加護亜依(28)「こんなオバサンでいいの…?」
・確信犯!?桐谷美玲のポロリ癖に撮影現場の男性スタッフはキツリツもの!?
・【悲報】なーにゃ 逆ライザップ 披露・・・・・・・・・・
・女性器見えそう…。ビーチに「とんでもない水着」を着てる女性がいると話題に
・【画像】 マ ジ か よ ……っ て な る 画 像 gif く だ さ い【65枚】他
・【激写】 性器が丸見えの女子体操選手(21)にクレーム殺到wwww (画像あり)
・広瀬すず(17)、過激ビキニ姿がドスケベ過ぎるwwwwこんなエロい体だったのかwwwww
・【マジキチ注意】僕「人間洗濯機でーす!」チノちゃん「この下着をお願いします」
・「おま○こバリケードは張り終えたか!?」「はいッ」「しかし、チ○ポチ○ポーは我々の予測よりはるかに上の速度で移動しています!」
・俺「…(体育座り)」 女子達「俺君がプール見学してるwww男の子の日なんだwww」
・ダークエルフ「男の尻尾をモフモフしたい」
・【画像】ヌーディストビーチにこんな可愛い子来たらダメだろ・・・
・【速報】 任天堂NX、本体の画像がリークされる
・このGIF画像で笑わない奴wwwwwwww
SS宝庫最新記事50件