転載元:勇者「やっぱり処女は最高だね」戦士「え?」
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第十五話 藍宝石
女の人に男として劣っているという事実が地味に重い。
男として非常に情けない。
別に女になりたいわけじゃない。ただただ男をやめたいのだ。
女性「憶えているわ、その天青石の胸飾り」
女性「あなたがいつも胸につけていた」
女性「……約束を守りに来てくれたのね」
勇者「体はよくなったのかい」
女性「ええ」
俺はとてつもない疎外感を覚えた。
感動の再会ってやつだ。俺がいても邪魔なだけである。
……だけど、あのエファと呼ばれた女性はあくまで『ナハト』との再会を喜んでいる。
ナハトさんは本当の『ナハト』じゃない。
そう思うとひどく切ない。
女性「あなたの訃報を聞いた時は、胸が張り裂けそうになったわ」
エファさんは肖像画を見た。
女性「あなたが生きていたら、きっとこんな風に成長していたはず、って」
女性「そう思って……いつもこの肖像画を見ていたの」
勇者「……!」
勇者「ああ、そうだね。彼は僕とよく似ている」
勇者「モルゲンロート……これはアルカディアの父親の肖像画だ」
ということはナハトさんの父親の肖像画ということになる。
女性「ああ、ナハト……会いたかった」
女性「ずっと、ずっと…………私、あなただけを……」
勇者「…………」
女性「お願い、助けて! 私、恋人を作らないと、結婚させられてしまうの」
使用人「お嬢様、旦那様がお呼びです」
女性「……また明日、会いにきてくれる?」
勇者「ああ」
女性「きっとよ!」
勇者「はあ……」
ナハトさんは崩れ落ちるように休憩用の椅子に座った。
勇者「父様……私はどうすればいいのですか……」
勇者「……同じ名前、よく似た別人として振る舞ってでもおけばよかっただろうか」
勇者「つい彼女の名前を呼んでしまった……」
戦士「…………」
勇者「……彼女は幼い頃、体が弱くてね。私の故郷に療養に来ていたんだ」
戦士「……この間の夜会の時と同じようにはいかないんですか?」
勇者「……あのご令嬢方は、『ナハト』のことを本気で愛していたわけじゃない」
勇者「有名な役者に憧れるのと同じような感覚だ」
勇者「だが彼女は違う。彼女は、確かに恋をしていた」
勇者「そして……『ナハト』と両想いだった」
戦士「……!?」
勇者「……だから、騙してしまっていることに……罪悪感が沸いてしまってな……」
戦士「…………無理して『ナハト』になりきらなてくも、いいんじゃないですか?」
男として生きるだけなら、『ナハト』として生きる必要はないはずである。
勇者「だが私はもう彼女と『ナハト』として会ってしまった」
勇者「それに、彼女は私と同じだ」
勇者「少女時代の淡い恋として終わるかもしれなかった想いを、」
勇者「相手の死により永遠のものだと錯覚してしまっている」
ナハトさんも、まだ『ナハト』のことが好きなのだろうか。
淫魔を倒した後の発言からして、もうその恋は終わっているとも考えられるが、
まだその気持ちが残っている可能性も否定できない。
勇者「今更『ナハト』ではないと明かしたところで彼女の心は救えない」
戦士「でも、ナハトさん自信……これじゃつらいじゃないですか」
勇者「『ナハト』なら決して彼女を放ってはおかない」
戦士「……」
勇者「……これが、『彼』として生きることなんだ」
戦士「どうして、そこまで……『ナハト』として生きることに拘るんですか」
戦士「……『ナハト』が初恋の相手だからですか」
勇者「あの頃は、死んだのはアルカディアで、『ナハト』は生きているのだと」
勇者「自分に思い込ませなければ心を保てなかったんだ」
戦士「…………でも、今は」
勇者「『ナハト』として生きる以外に、どう振る舞えばいいのか……もうわからないんだ」
勇者「外ではな」
勇者「……父様」
勇者「こうして大人の姿の父様を見るのは初めてだ」
勇者「こんなところで会えるとは思っていなかった」
勇者「……父様の子供の頃の肖像画なら実家にもあったんだ」
勇者「遠縁だったにも係わらず、不思議と『ナハト』はその肖像画とよく似ていたな」
綺麗な青色の目……セレスタイトに宿っていた『ナハト』よりもやや深い色だ。
しばらくその青を見ていると、眩暈に襲われた。
――
――――――――
――婚約者との結婚が決まったのですよ
『おお、なんとおめでたい』
二人の男性が会話しているようだ。
すぐ近くに年をとった画家が、少し離れた所に青年が座っている。
――あなたはずっとこのミーランの町にいらっしゃるのですか
――城下町に住まい、王侯貴族の後援の元で画家業を営むこともできるでしょう
ミーラン……今俺達が訪れている町の名だ。
『私はこの町が好きなのですよ』
『貧しいわけでもないのに寂しい空気を漂わせるこの町が、』
『愛おしくてたまらないのです』
視点が頻繁に移動して酔いそうだ。
『まあ、呼ばれたら出張しますがね。近場でしたら』
――近場限定ですか
『もう若くないものですから』
――では、私がこちらへ再び足を運びましょう
――その時は妻と共に
『お待ちしておりますよ』
――――――――
――
勇者「おい、ヘリオス君、ヘリオス君!」
戦士「はぁっ……」
戦士「今……映像が……白昼夢みたいに……」
勇者「……何が見えたんだ」
戦士「画家と、その肖像画の人……あなたのお父さんが、会話していました」
戦士「画家が、ずっとこの町にいるって……そして、」
戦士「あなたのお父さんが、今度は奥さんを連れてこの町に来ると、言っていました」
勇者「……そうか」
戦士「この絵の作者が生きているとしたら、会えるかもしれません」
戦士「探しますか?」
勇者「……そうしたいな。話をしてみたい」
有名な画家らしく、アトリエの住所をすぐに調べることができた。
幸い存命しているらしい。
画家「……おや」
画家「懐かしい。レッヒェルン家の方ですかな」
勇者「え、ええ」
画家「どうぞ中へ」
画家「レッヒェルン領ラピスブラオ産のラピスラズリは素晴らしかった」
画家「色が鮮やかだっただけではない」
画家「絵の具に加工した後も、魔力伝導率の高さが保たれたままだった……」
半ば独り言のように、歳を取った画家のディンゲさんが語った。
屋内は絵の具の独特のにおいで満ちている。
画家「……八年前から採掘できなくなったのが、残念でなりませぬ」
画家「漸く浄化が進み、ラピスブラオ再興の動きが見られるようになりましたが」
画家「私が生きている間に、もう一度あの絵の具を手に入れることができるかどうか……」
勇者「…………」
勇者「あの、」
画家「博物館にある私の絵を見てここにいらっしゃったのでしょう」
画家「違いますかな」
勇者「……その通りです」
画家「彼は、初対面の私でもすぐにわかるほど、実直で心優しい青年でございました」
画家「生きていらっしゃれば、領民に慕われる良き領主となっておられたでしょう」
画家「彼がどのようなご夫人を連れてこられるのか、私は楽しみでした」
勇者「……彼女は、彼に代わり領土を治めました」
勇者「彼ならばどのような善政を行っていたか、いつも考えていました」
画家「私は、レッヒェルン家のご令嬢が、」
画家「ご自分の背丈ほどもある剣を背負っていらっしゃることが疑問に思えてなりませぬ」
勇者「! 何故、私が女だと」
画家「画家の観察眼は誤魔化せませぬ」
このおじいさんすごい。
画家「あなたの本当の声で話していただけますかな」
勇者「…………わかりました」
画家「いつも私の絵を眺めている少女から、」
画家「ラピスブラオで過ごした日々のことをよく聞きました」
画家「ナハトという少年に恋をしたこと」
画家「アルカディアという少女が、その少年をしばしば連れ戻しにきていたこと」
勇者「っ……」
画家「……紺色の髪の勇者の名はナハト。しかしあなたは女性です」
勇者「…………私はモルゲンロートとエルディアナの娘、アルカディアです」
画家「……やはりそうでしたか」
画家「……彼は、自分の娘が剣を振るうことを望むような方ではございません」
画家「あなたが復讐に人生を捧げようとしてらっしゃることを、」
画家「あの世で悲しんでおられるでしょう」
勇者「……」
画家「何を言われても決意を変える気はない、といった目をしておられますな」
画家「……これを、旅のお供に」
ディンゲさんは、透明な青い石が固定されたピンブローチをナハトさんに差し出した。
セレスタイトのブローチとよく似たデザインだ。
画家「彼からいただいたものでございます」
勇者「父様が……」
画家「ラピスブラオで採掘された、大変希少な石とお聞きいたしました」
勇者「…………ありがとうございます」
勇者「私はエファに会いました」
勇者「彼女は、『ナハト』が生きていると知って涙を流して喜んでいました」
勇者「……私は、どうすればいいのかわからないのです」
勇者「『ナハト』なら、彼女との再会を喜び、恋人同士となっていたかもしれません」
勇者「ですが、私は彼女を幸せにすることができません」
画家「きっと、その石があなた方を導くでしょう」
画家「ああ、そうだ。画家の目の他に侮ってはならないものがございます」
画家「女の勘と観察力です」
――外
勇者「……この石は、七つの聖玉の一つと同じアウィナイトだ」
勇者「ラピスラズリを構成する鉱物の内の一つでな」
勇者「私の故郷の鉱山でもごく稀に採掘されることがあった」
勇者「これほど透明な物は非常に珍しい」
ナハトさんは月光にブローチの石をかざしている。
サファイアよりも深い、綺麗な青が輝いている。
勇者「……だめだな。この大陸は、思い出が多すぎる」
勇者「…………」
勇者「おいしいものでも食べに行こうか」
切なげな表情を無理矢理笑顔に変えて、彼女は振り向いた。
英雄「あ、ヘリオス! 勇者ナハト!」
英雄「同じテーブル座れよ!」
勇者「遠慮する」
英雄「え、そんな他人行儀な」
勇者「……世話にはなったが慣れ合ったつもりはない」
戦士「いいじゃないですか、一緒にメシ食うくらい」
勇者「……君がそちらに行きたいなら行ってくるといい」
戦士「あなたが来ないなら行きませんよ」
僧侶「ほら来てください!」
僧侶「私はあなたがちゃんとご飯を食べているか監督しなければなりません!」
魔法使い「なんか放っておけないのよね」
勇者「わ、わかったから! 引っ張らないでくれ!」
傭兵「……はたから見れば両手に花だな」
英雄「マリナ……やっぱり……」
戦士「それはないから安心するんだ」
傭兵「アキレスおまえ、やっぱりにぶ……何でもない」
そんなに他人を遠ざけることないのになあ、と思った。
仲間がいた方が楽しいじゃないか。
――――――――
父親「覚悟は決まったか」
女性「お父様、もう少し、もう少しだけ待ってほしいの」
父親「いつもそう言ってばかりではないか」
父親「先方をいつまでお待たせするつもりだ」
女性「あと一日だけ! お願い!」
父親「……仕方ないな。明日の日の入りまでには決意を固めるのだぞ」
男性「エファ」
女性「あ……アダムさん、いらっしゃっていたのね」
男性「……まだ初恋を忘れられないのかい」
女性「…………ごめんなさい」
体が弱かった私は、レッヒェルン領ラピスブラオの町で幼少期を過ごした。
そこはラピスラズリの産地であり、土地そのものに体と心を丈夫にする力があると言われていた。
でも、療養生活は、故郷での暮らしと何も変わらなかった。
二階の窓からただ外を眺めるだけの日々。
少年「やあ、可憐なお嬢さん。はじめまして」
その暮らしを変えてくれたのが、彼だった。
少年「僕は、君の悲しげな浅葱色の瞳を喜びで満たすためにここへ来たんだ」
彼は器用に木を登って、私がいる窓際まで何度も会いに来てくれた。
彼は毎日、胸に空色の石の飾りをつけていた。
お父さんに買ってもらった物だと楽しそうに話していた。
少年「顔色がよくなってきたね」
彼は勿忘草色の瞳でいつも優しそうに微笑んでいた。
彼が会いに来てくれるようになったおかげで、私の心は暖かくなっていった。
少年「心が元気になったのなら、体だって元気になるさ」
少年「あっちの方に綺麗な花畑があるんだ。見に行こうよ」
少年「摘んでこようかとも思ったんだけど、切り花は好きじゃないんだろう?」
根から切り離された花は、長く生きられない。
種を残さずにただ枯れるだけ。私はそれが嫌だった。
病人に鉢植えは縁起が悪いだなんて話もあるけれど、
私は土に根付いた草花の方がずっと好きだった。
私と彼はこっそり家を抜け出した。
彼に手を引かれて、久々に外に出た。胸が高鳴った。
その高鳴りは彼へのときめきだったのか、
外の世界への恐れだったのか……多分、両方だったのだと思う。
少年「ね、すごい眺めでしょ?」
山と山の間に、花畑が広がっていた。
外の世界はこんなに綺麗なのね、と感動したのをよく憶えている。
家に帰ると世話係の人にこっぴどく怒られた反面、喜んでももらえた。
世話係「まさかお嬢様が外で遊んでこられるなんて……」
侍女と一緒になら彼と遊びに行ってもいいと許可をもらえた。
私の体は少しずつ丈夫になっていった。心の健康さに追いつこうと必死だった。
世話係「まあ、こんなに走れるようになったのですか!? 信じられませんわ……」
彼と出会わなければ、私は心も体も弱いままだっただろう。
少女「ナハト! 今日はわたしにチェスを教えてくれるって約束だったじゃない!」
少年「アーベントの兄さんに代役頼んだだろ?」
少女「わたしはナハトがいいのー!」
でも、彼には仕えるべき相手がいた。髪の長い、赤紫色の瞳の女の子だった。
青年「もうすぐおじちゃまお婿に行っちゃうんだよ!? 遊ぼうよアルカァァァ!」
不思議な目の色ね、と私が言った。
少年「アルカはちょっと特殊な体質でさ」
少年「魔適体質ってほどじゃないけど、目が魔力の色に染まっているんだ」
少年「彼女曰く、僕の魔力の色も目と同じ青系統らしいんだけど、」
少年「これはたまたまだってさ。うちの家族、青い目の人多いし」
少女「明日こそ一緒に遊んでね!」
少年「あー、わかったわかった」
同じようなことは何度もあった。
私は、彼女から彼を奪ってしまった。少なからず罪悪感を覚えていた。
でも、彼と離れたら、また体が弱くなりそうで怖かった。
何より、彼が好きで好きでたまらなくて、想いを止められなくなっていた。
少年「アルカとはいつでも遊べるからさ。今日も帰ってから相手するし」
彼は私を心配させないよう、そう言っていた。
少女「ねえ、あなた、ナハトのこと、好きなの?」
ある時、彼女は涙目でそう私に話しかけた。
私は恥ずかしくて答えられなかった。彼女は数秒私の目を見つめた後、彼の方を向いた。
少女「ばーかばーかナハトのばーか! 女たらしー!」
そして、彼をポカポカと叩いた。
少年「痛いって!」
少女「すけこましー!」
少年「そんな言葉何処で覚えたんだい!?」
一緒に遊びましょう、と私は彼女に言ったのだけれど、
少女「……ふんっだ!」
彼女は行ってしまった。
彼と出会って一年後、私の帰郷が決まった。
医者「もうお体もお心も健康そのものです。もう心配ないでしょう」
世話係「お父様が会いたがっておられますよ」
少年「え、帰っちゃうの?」
彼の悲しそうな顔は、その時はじめて見た。
でも、勿忘草色の瞳が悲しみに染まったのはほんの一瞬だった。
少年「気を強く持って。笑っていて」
少年「僕が大人になったら、絶対に会いに行く」
少年「約束だ」
少年「僕は、アルカの言う通り軽いところあるけどさ」
少年「……エファ、君には本気なんだ」
他の女の子にも同じようなこと言ってるんじゃないの? と私が冗談めいて言ったら、
少年「僕と君が一緒に過ごした時間を疑うのかい?」
と彼は真剣な眼差しを私に向けた。
……彼の背後には、ひどく衝撃を受けた表情のアルカディアさんが立っていた。
少年「ア、ルカ……いつの間に……」
甘酸っぱいだけでは終わらない、ほろ苦さも含んだ初恋だった。
いつか彼が会いに来てくれる。そう信じて、私は強く生き続けた。
でも、数年後……父から、
彼は私がラピスブラオを経って間もなく亡くなっていたことを告げられた。
彼がくれた健康な体は、その真実を知っても壊れることはなかった。
ただ、心は彼を追い求めて止まなかった。
女性「ナハト、来てくれたのね!」
勇者「ああ。守れない約束はしない主義だからね」
彼は、昨日は身に着けていなかった青いピンブローチを胸に留めていた。
天青石と共に光を反射している。
女性「こんなに背が伸びたのね」
開いた身長差に、低くなった声に年月を感じた。
彼は、あの頃と同じように笑みを浮かべている。
ただ、瞳の色はラピスラズリのような深い藍色になっていた。
勇者「八年前、後天的に魔適体質化したんだ。……信じられるかい?」
女性「ええ」
勇者「君の浅葱色の瞳は、昔のままだね」
勇者「君と一緒に野を駆けたあの頃が懐かしいよ」
女性「ええ……」
女性「一緒に町を歩きましょう? 案内するわ」
勇者「……君は、どんな人と結婚させられそうになっているんだい」
女性「父の仕事の、取引先の御曹司。……誠実な、いい人よ」
女性「私にはもったいないくらい、文句の付けどころのない素敵な人」
女性「私の意思を尊重して待ってくれているわ。半ば政略結婚なのだけれど、」
女性「あなたとの思い出が無ければ、きっと好きになれていたかもしれない」
女性「でも私、どうしてもあなたのことを忘れられなかった」
女性「あなたしかいないって思ってた。今だってそう」
女性「遠く離れた地で、あなたが死んでしまったなんて……そんなの信じたくなかった」
勇者「…………」
女性「……今まで、大変だったでしょう」
女性「まともに食事はとっているの? あなたの体、細すぎるわ。顔色も悪いし……」
勇者「……君から身体の心配をされるなんてね。大丈夫だよ」
女性「顔を、よく見せて」
勇者「……」
女性「ああ、色が変わっても、時間が経っても、あなたのその眼差し……眉のライン……」
女性「あの頃と同じだわ」
でも、私よりも肌が綺麗なんて……負けた気分だわ。
……彼よりも、少し唇が小さいような気がした。
栄養が足りていない所為かはわからないけれど、
二十歳の男性にしては男らしさも感じられない。
あの肖像画と比べても、大人の男性にしては細くて、綺麗すぎる。
まるで、少年のまま大人になったみたいだ。
それでも、今、彼はナハトとして目の前に存在している。
最後に会ってから、もう八年と何ヶ月も経っているんだ。
彼は、こんな風に成長したんだ。
今、アルカディアさんはどうしているのだろう。
……つらい過去を思い起こさせてしまうかもしれない。聞くことはできなかった。
――
――――――――
女性「この眺め、綺麗でしょう。町を一望できるの」
勇者「…………」
女性「私、あなたと一緒にこの景色を見るのをずっと夢に見ていたわ」
女性「……ねえ、私と一緒に生きてくれる?」
勇者「…………僕は、明日の朝この町を発つ」
勇者「魔王を倒す旅をしているんだ。守れない約束はできない」
女性「あなたなら、きっと帰ってこられるわ!」
女性「今だってこうして、会いに来てくれたもの!」
勇者「…………」
男性「……君、何者だ。私の愛する女性と一体何をしている」
女性「アダムさん……!?」
男性「彼女は私との結婚を控えている。手を出さないでいただきたい」
女性「待って! 彼は私の……」
勇者「……ふむ」
勇者「至って誠実。決して婚前交渉を行うような軽い男ではない」
男性「な、何を」
勇者「そして一途に彼女を想っている」
男性「…………」
勇者「ご安心ください。彼女とは少々昔話に花を咲かせていただけなのです」
女性「ナハト……?」
勇者「この石を見て」
勇者「この石の名はアウィナイト。石言葉は『過去との決別』」
彼は私の手を取り、その青い石に近付けた。
女性「……!」
その瞬間、私の目から涙が沸き溢れた。
勇者「過去を手放して次へ進む時が来たんだ」
勇者「僕と君の恋は、子供時代の淡い恋だった。真実の愛じゃない」
アウィナイトと、そのすぐ傍のセレスタイトから、
ひんやりした、でも優しい魔力が流れてきた。
勇者「……君には幸せになってほしい」
女性「…………」
彼の顔を見た。
……『ナハト』とは違う微笑み方をしていた。
英雄「こっからの眺め絶対すごいって!」
戦士「まあ高いからな……あ」
英雄「勇者ナハトだ」
戦士「邪魔しちゃ悪いし引き返そうぜ」
二人の少年が近付いてきた。その内一人は、昨日ナハトが一緒にいた子だ。
勇者「!」
その少年を見た彼の瞳が、ほんの一瞬、赤紫色に染まった。
懐かしい、あの不思議な色だった。
男性「い、いい加減その手を」
勇者「失礼」
女性「……今日はありがとう。いい思い出になったわ」
女性「昔のことも、あくまで過去の思い出として……心の中にしまっておくわ」
勇者「……ああ」
勇者「彼女のことを頼みましたよ」
男性「言われるまでもない」
勇者「…………では、お幸せに」
男性「さあ、帰ろうか」
女性「ええ」
勇者「ヘリオスくーん、引き返すことはないよ」
勇者「せっかくだからこの光景を見ていきたまえ」
女性「ありがとう…………アルカディアさん」
――――――――
戦士「……綺麗に終わらせられたんですか?」
勇者「一応……多分」
勇者「父様が助けてくれていると自分に思い込ませて、どうにか……」
戦士「おつかれさまっす。大変でしたね」
ナハトさんはかなり気疲れしているようだ。
勇者「幼い頃、私が彼等に嫉妬してしまったせいで、」
勇者「彼女には自責の念を負わせてしまっただろうからな」
勇者「これで罪滅ぼしになっていればいいのだが」
勇者「しかし……彼女があれほど美しくなっていたとは……」
あなただって綺麗じゃないですか。
……心の中でなら、そう言えるんだけどなあ。
翌朝
町を出た。
魔法使い「一日ゆっくりしたおかげで身体が軽いわね」
僧侶「ええ」
勇者「…………」
やっぱり、ナハトさんは女性として生きてはくれないのだろうか。
……前向きに考えよう。
彼女が男性の姿をしている限り、男のライバルが現れることはないのだと。
重剣士「見つけたぞ、ナハト!」
勇者「君は…………」
勇者「……………………!? 僕に復讐でもしに来たのかい」
重剣士「復讐? とんでもない」
重剣士「俺はおまえに決闘を申し込む」
重剣士「もし俺が勝ったら、おまえには女として生きてもらう」
重剣士「そして、俺と結婚してくれ!」
戦士「え?」
勇者「…………」
勇者「……………………」
勇者「…………………………………………は?」
第十六話 眼光
今、あの男は何と言った?
女として生きてもらう? 結婚してくれ?
僧侶「まあ……!」
そもそもあいつは何者なんだ。
筋骨隆々で精悍な容姿だ。ナハトさんよりも長身だろう。
纏う雰囲気には重みがあり、数多くの戦いを生き抜いてきたことが見て取れる。
やや老けて見えるが、よく見たら若者であることがわかる。二十代だろう。
背負っている剣はかなり大きい。
刃渡りはナハトさんのツヴァイヘンダーと同じくらいに見えるが、
幅がとんでもなく広いのだ。
勇者「…………」
ナハトさんは突然のことに唖然としている。
重剣士「どうした、受けてくれるのか」
勇者「……ちょっと待ってくれ。君が何を言っているのか僕には理解できなかった」
英雄「男が……男に……求婚した……?」
傭兵「察してないのおまえだけだぞ」
英雄「え?」
重剣士「俺がおまえの剣を防ぎきれなかったばかりに、」
重剣士「おまえは道場にいられなくなってしまった」
重剣士「……俺が意識を取り戻したのは、おまえが姿を消した後だった」
重剣士「師匠と弟弟子達を説得し、おまえを引き止めることができていたらと……」
重剣士「あれ以来、俺はそう悔やみ続けながら修行を重ねた」
勇者「…………」
そういえばだいぶ前に、
兄弟子に大怪我を負わせて道場にいられなくなったという話を聞いたっけな。
花の都にいた頃だ。
重剣士「今一度、俺と剣を交えてほしい。そして」
戦士「ふふふざけるな! ナハトさんは今本調子じゃないんだぞ!」
勇者「いや、問題ない。丁度リハビリをしたいと思っていたところだ」
僧侶「まだだめです」
勇者「だがもう」
僧侶「念のためです」
勇者「……」
重剣士「ならば待とう」
こうして突然現れた男が一行に加わることとなった。
重剣士「荷物を持ってやろうか」
勇者「やめろ」
重剣士「顔色が悪い。血が足りていないのではないか」
勇者「放っておいてくれ」
重剣士「その声は一体どうやって出しているんだ」
重剣士「旅の途中、『声色の魔術師ナハト』という二つ名を耳にしたぞ」
戦士「……なんすかそれ」
勇者「っ……背がだいぶ伸びた頃に低い声を出せるようになってな」
勇者「様々な声色を使い、紙芝居を読んで路銀を稼いでいた時期があったというだけだ」
勇者「だがそれをやっていたのは東の大陸のはずだ」
重剣士「おまえの噂を追いかけている内に俺は大陸を越えていた」
勇者「……」
重剣士「会いたかった」
なんだこれ。
なんだこれ。なんだこれ。
なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。
重剣士「成長痛はもういいのか」
勇者「何年前の話だ。大体君は一体何を考えているんだ」
重剣士「再戦を願う気持ちが、やがて恋の熱に変わっていった」
勇者「僕は男だ」
重剣士「あの頃と同じことを主張するのだな。まったく、」
重剣士「どう見ても可愛らしい少女でしかなかったおまえが大きくなったものだ」
あ、この男、ナハトさんの頭をぽんぽんってしようとした。払いのけられたが。
勇者「触れるな!」
重剣士「男嫌いも相変わらずか」
勇者「…………」
あのナハトさんが完全に子ども扱いされている。
なんだろうこのとてつもない危機感。
やり忘れた宿題の存在に登校直前に気がついた時よりもやばい。
魔族に殺されかけた時の緊張感とも違う。
重剣士「ああ、まだ名乗っていなかったな」
重剣士「俺の名はガラハド。ナハトの兄弟子だ」
英雄「……ガラハド? 本当にガラハド?」
重剣士「ああ」
英雄「サインください!」
重剣士「そういったのは生憎受け付けていなくてな」
戦士「!?」
一国の勇者であるアキレスがサインを求めた。
英雄「知らないのか!? 虎目のガラハドだよ! 有名な剣豪なんだ!」
戦士「南の大陸の剣豪なら何人か知ってるんだけどな……」
重剣士「その体格に合っていない剣は何だ。おまえにはもっと刃渡りの短い剣が」
勇者「僕がどんな剣を使おうと僕の勝手だ」
ナハトさんは非常にバツの悪そうな顔をしている。
英雄「地図によるとこの辺りには温泉が……あった!」
僧侶「あら、嬉しいですね」
英雄「女の子達、先に入ってきなよ」
魔法使い「いいの? ありがと」
僧侶「ありがとうございます。……あなたはいらっしゃらないのですか?」
勇者「最後に入る」
魔法使い「ほら、背中流してあげるから」
勇者「あ、あまり肌を見られることに慣れていないんだ」
僧侶「女の子同士です! 問題ありません!」
重剣士「行ってこい行ってこい」
勇者「っ僕は男だ!!」
魔法使い「あーはいはい、男達待たせてるんだから行くわよ」
英雄「本当に……女の人……なのか……?」
戦士「髭の剃り跡無いだろ?」
傭兵「男なら……あんなえげつない攻撃すると思うか……?」
英雄「あ…………」
魔法使い「脱いだらこんなに細いのね……」
僧侶「ちゃんと食べなきゃだめですよ!」
勇者「太って男の格好をできなくなったら困る……」
魔法使い「肉無さすぎよ」
勇者「ひっ! 脇腹は掴むな!」
戦士「っ……」
英雄「…………会話が聞こえないところまで旅立ちたい」
傭兵「若いな」
戦士「そりゃ俺等年が年だもんな」
英雄「思春期だもん……」
重剣士「他者に決して心を開こうとしなかったあいつが丸くなったものだな」
戦士「…………」
魔法使い「上がったわよ」
安全のため、男は二人ずつ交代で入浴することになった。グーとパーで分かれた。
でもどうせならアキレスと入りたかった。せめてダグザさんとがよかった。
ダグザさんは俺と同じような系統の強面なので、俺は勝手に彼への親近感を持っている。
重剣士「…………」
戦士「…………」
彼は、俺と出会う前のナハトさんのことを知っている。
それがなんとも俺の嫉妬心を刺激してくれるのである。
重剣士「少年、なかなかいい体をしているな」
戦士「……どうも」
彼の体は傷だらけの厚い筋肉で覆われている。
その中でも目立つのが、胸から腹にかけての大きな斬り傷だ。
重剣士「こいつはな、俺の弱さの戒めなんだ」
戦士「……」
俺達は小声で話した。
重剣士「あいつとは長い付き合いなのか?」
戦士「ほんの数ヶ月っすよ」
重剣士「なら俺よりも長いわけだ」
重剣士「なんせ、俺があいつと共に過ごしたのはたったの一ヶ月だったからな」
その一ヶ月だけの付き合いでここまで追いかけたのだから相当だ。
重剣士「……わかりやすい。不満そうな目をしているな」
彼は余裕のある笑みを浮かべている。
戦士「…………」
俺はぶくぶくと泡を立てながら湯に潜った。
こっそり奴の息子を見た。流石大人だけあって俺のよりでかかった。惨めだ。
湯上りで風が気持ち良い。
勇者「……決闘を断ったらどうなるんだ」
重剣士「俺がただおまえを追いかけ続けるだけだ」
勇者「僕はもう君に会いたくはなかったのだがね」
重剣士「俺はおまえを恨んだことは一度も無い。自責の念を感じる必要はないぞ」
勇者「君は僕の所為で死にかけたんだぞ!?」
重剣士「俺の未熟さ故だ」
勇者「僕が力を制御できなかっただけだ。君は強かった」
勇者「兄弟子達の中でも群を抜いていた」
重剣士「その俺をおまえはたったの一ヶ月で越えていった」
勇者「……この体質を利用したからだ」
重剣士「それもおまえの強さだろう」
重剣士「それに、俺も魔術で身体や武器を強化する術なら身に着けた」
重剣士「申し訳程度だがな」
戦士「そういやおまえ、俺に勝ったけどナハトさんと戦ってもらわなくていいのか?」
英雄「本調子の時の彼……彼女? に勝てるわけないってもうわかってるから……」
戦士「あ、諦めんなよ……」
勇者「船の上では高圧的な態度をとってすまなかったね」
勇者「君は既に七年分の成長はしているよ」
英雄「え……やったあ」
勇者「……眠れない」
ナハトさんは何処かへ行こうとした。
戦士「一人で行動するのは危険です」
勇者「……幸いこの周辺には盗賊も肉食獣もいないようだ」
重剣士「毒蛇や毒虫に噛まれるかもしれんぞ」
勇者「小さな危険動物の対処くらいならできる」
戦士「でも、足場だってよく見えません」
勇者「月明かりがある」
戦士「じゃあ、せめて一緒に行かせてください」
勇者「……わかった。だがガラハド、君はついてくるなよ」
重剣士「あーわかったわかった」
月と星の明かりが綺麗だ。
勇者「……………………はあ」
勇者「男から求婚されるなんて生まれて初めてだ……」
女の人からは……言うまでもない。
勇者「当初、私は基本的な型をこなすこともままならず、嘲笑の対象だった」
勇者「その私の面倒を、彼は甲斐甲斐しく焼いてくれたんだ」
勇者「……私が彼を突き放すような態度をとっていたにも係わらずだ」
戦士「……面倒見のいい人だったんですね」
勇者「ああ……本当に」
勇者「私はまともに礼も言わず……それどころか、彼を殺しかけて、そのまま……」
勇者「…………」
勇者「あの頃は今ほど綺麗に傷を治すこともできなかった」
勇者「……残っていただろう? 胸に、あの傷が」
戦士「…………はい」
勇者「一ヶ月間で、私は少しずつ魔力で体を強化する術を身に着けた」
勇者「足りなかった筋力と体力を誤魔化して、兄弟子達を追い抜かしていったんだ」
勇者「魔王を倒すためだ。どんな手段を使ってでも強くなりたかった」
勇者「……だが、卑怯な手段で強くなったのだと、私は自分を責めた」
戦士「でも、俺に対しては誇るべきだって」
勇者「私は君を肯定することで自分を肯定したかったんだ」
勇者「……すまない」
戦士「いやそんな、俺別に気にしませんよ」
昔の話をしてくれるようになったこと、胸の内を明かしてくれたことが嬉しかった。
戦士「……彼のこと、どう思ってるんですか」
勇者「尊敬すべき兄弟子であり、罪悪感の対象だ。……それだけだ」
その言葉を聞いて、俺はひどくほっとした。
……今、告白したらどうなるのだろう。
驚かれるだろうか。
彼女は大人だから、子供の俺からの告白なんて、微笑んで受け流すだろうか。
それならまだいい。もしかしたら今の関係が大きく壊れてしまうかもしれない。
怖い。でも、気持ちを伝えたら駄目だと思えば思うほど、伝えたい衝動が強くなる。
翌朝
マリナさんやエイルさんが結界を張ってくれるおかげで見張りをすることなく寝られた。
ありがたい。
英雄「はっ! たぁっ!」
他の皆はまだ眠っているが、アキレスは朝早くから鍛錬に励んでいる。
俺も一緒に体を動かそう。
英雄「思春期ナメんなよスラッシュ!」
英雄「男なんだから仕方ないだろアタック!」
……やっぱりそっとしておこう。色々と溜まっていそうだ。
俺はナハトさんの方を見た。
彼女は斜めに伸びた木に背を預けて眠っている。寝顔も綺麗だ。
前よりも少し女性らしくなった気がする。
……その彼女を生暖かい眼差しで見つめる男が俺の他にもう一人いた。
重剣士「……」
僧侶「ふわあ……野宿にしてはよく眠れました」
僧侶「マリナ、朝よ。起きて」
魔法使い「ん……」
傭兵「もう朝か……」
ナハトさんはこの頃貧血の所為か寝起きが悪い。
戦士「ナハトさーん」
勇者「うぅ…………」
戦士「無理に起こすのもな……また担いでくか」
勇者「……くそ女たらし……あほ『ナハト』…………」
戦士「寝惚けてる……」
重剣士「…………」
重剣士「朝練の時間だ!!」
勇者「はい!!」
戦士「!?」
勇者「……………………?」
重剣士「ふっ……くくっ……」
勇者「…………屈辱だ」
僧侶「はい、朝ごはんです」
勇者「……こんなに食べられない」
勇者「もう魔力で体を制御することができる。大丈夫だ」
僧侶「大丈夫なんかじゃありません!」
僧侶「魔力で誤魔化してばかりでは体に悪いです!」
僧侶「基礎体力を養ってください!」
戦士「俺にはちゃんと食べるよう言ってくれてるじゃないですか」
勇者「……わかった」
決闘はちゃんと村で一晩休んでから行うこととなった。
しかし、ナハトさんはさっさと決着をつけたいようだった。
重剣士「おまえは綺麗な年頃の女なんだ」
重剣士「そのような格好をやめ、女として幸せになることができる」
こいつ……俺が言いたくても言えないことをさらっと……。
勇者「できないしする気もない。黙ってくれ」
重剣士「まったく……その態度も変わらないな」
重剣士「頑ななところも可愛いぞ」
勇者「なっ……」
重剣士「好きだ」
戦士「ぁぁ゛ぁ゛」
俺は……俺だって……『好き』だって……伝えたくて……でも我慢してんのに……。
僧侶「あんなに積極的な男性も珍しいですね……」
しかも人前で何の恥ずかしげもなく……。
俺は心の中で叫びを上げた。
勇者「っ……」
重剣士「くく……」
こいつ、ナハトさんをからかって楽しんでやがる。
魔法使い「…………」
僧侶「ヘリオスさん、ヘリオスさん」
戦士「ん?」
僧侶「どうするんです?」
戦士「ど、どうするって……」
僧侶「このままじゃ、取られちゃいますよ」
戦士「!」
戦士「い、いや俺別に」
僧侶「見ていればわかります」
そういやアポロン君にもバレてたな。
戦士「……ナハトさんが負けるわけねえもん。大丈夫だろ」
しかし不安感を消すことはできなかった。
英雄「俺正直ガラハドが羨ましいんだけど、大人の男って皆あんな正直でいられるのか?」
傭兵「……人による」
重剣士「おまえとの結婚生活が楽しみだ」
勇者「……昔の君はこんなに強引でも厚顔無恥でもなかった」
重剣士「こうでもしないとおまえは変わらないだろう」
勇者「…………」
戦士「な、ナハトさんが困ってるだろ!」
戦士「人の目とか……迷惑とか……もうちょっと考えろよ!」
重剣士「ふむ、おまえの言う通りだな。正論だ」
でもこいつは俺の女だ、とでも言いたげな目だ。
戦士「……あなたはもっとナハトさんの意思を尊重するべきだ!!」
勇者「……!」
重剣士「…………」
重剣士「なあナハト、俺は驚いたんだぞ」
重剣士「この少年と随分親しいようじゃないか」
そう言って彼は歩きながらナハトさんの肩に腕を回した。
勇者「や、やめろ!」
ナハトさんはエイルさんの陰に隠れた。
どうせなら俺の後ろに隠れてほしかった。
重剣士「本当に愛され慣れていないんだな」
勇者「…………」
――
――――――――
勇者「……何故それほど僕がいいんだ」
重剣士「眼だ。おまえほど力強い眼差しを持った女は他にいない」
重剣士「決意を秘めた眼光の美しさを忘れられなかった」
英雄「えー、これより私アキレスの監督の元、決闘を行います」
英雄「魔法の使用は身体能力の強化のみ。極力相手の命は奪わないこと」
英雄「――では、はじめ!」
ガラハドは何かを唱えた。身体を術で強化したのだろう。
魔適傾向の低い人間は、術を発動する合言葉を発しなければ魔法を使えない。
重剣士「ほう、構えは変わっても太刀筋は我が流派の面影を残しているな!」
勇者「ふん、その煩い口を閉じたらどうだ? 舌を噛んでも――知らんぞっ!」
二人の動きはところどころ似ていた。
ナハトさんは独学で剣の修行を積んで長いとはいえ、
やはり原形となった流派の影響は残っているのだろう。
ナハトさんは調子を取り戻しつつある。
きっと余裕で勝つだろう――俺はそう思っていた。
だが……
勇者「っ――!」
重剣士「なんだ、その程度か!?」
ガラハドは大剣を軽がると振り回し、ナハトさんの剣を受け止めている。
重剣士「教えたはずだ、身の丈に合った剣を使えと!」
勇者「くっ」
英雄「す、すごい」
傭兵「二人とも人間離れしているな」
重剣士「血を浴びたくないが故に長い剣を選んでいるのだろう!?」
勇者「だったら何だ!」
重剣士「返り血を恐れる者がまともに剣を振れるはずがない!!」
勇者「…………黙れ!!」
ナハトさんが一気に間合いを詰め、
左手をリカッソに添えてガラハドの脇腹へ向かって剣を振った。
だが切れたのは空だけだった。ガラハドは後方に素早く避けた。
術の効果か、彼本来の俊敏さかはわからないが、
巨体から想像できないほどの身のこなしの軽さである。
彼は次の瞬間にはナハトさんに向かって大剣を振り下ろしていた。
ナハトさんは寸でのところで剣戟を防いだ。
ギリギリと金属と金属の混じり合う音が聞こえる。
重剣士「今もその眼差しは変わっていないようだな」
勇者「……」
重剣士「……まだ『ナハト』のことを想っているのか」
勇者「なっ……」
漸く彼女は上方からの剣を横に流し、彼等は間を開けた。
勇者「何故それを……」
重剣士「おまえがよく寝言で呟いていた」
勇者「…………」
重剣士「それとも」
勇者「いい加減にしろ!」
ガラハドの言葉を遮るように、ナハトさんは剣を振った。
ガラハドはやはり容易く受け流す。
重剣士「どれほど表面を取り繕っていてもおまえは女だ」
勇者「僕がナハトだ! 僕は男だ!」
勇者「殺された主人の仇を討つために剣を取った『ナハト』だ!!」
重剣士「そうだ、その眼だ」
重剣士「弱さを覆い隠し、悲しみを噛み締めて前へ進もうと足掻くその眼が」
重剣士「俺は何よりも愛おしい」
彼は真っ直ぐな眼差しでナハトさんを見た。
勇者「そんな……そんな目で……」
勇者「そんな目で僕を見るなああああああああああ!!」
重剣士「はっ!!」
勇者「っ!?」
ナハトさんの剣が――――弾き飛ばされた。
重剣士「魔流が乱れたな。……勝負あった」
勇者「…………!」
英雄「こ、この勝負……ガラハドの……」
戦士「うそ、だろ……?」
重剣士「さあ、ナハト。おまえの本当の名を教えてくれ」
勇者「…………」
ガラハドはナハトさんに歩み寄った。
重剣士「そして、俺と――」
勇者「……まだ勝負はついていない!」
ナハトさんはガラハドを突き飛ばし、地面に押し倒した。
勇者「油断したな」
そして懐から素早くダガーを取り出すと、彼の首のすぐ横に突き立てた。
重剣士「……!」
英雄「ええと……勇者ナハトの勝ち!」
よかった……本当によかった……ナハトさんはあいつと結婚せずにすむんだ。
重剣士「……おまえに勝つために、この八年間数々の修羅場をくぐり抜けてきたのだがな」
勇者「……ふん」
ナハトさんは地面からダガーを抜き、立ち上がった。
勇者「あなたには感謝している。また、不遜な態度をとり続けていたこと、」
勇者「そして、傷を負わせてしまったことは……申し訳なく思っている」
勇者「だが、共に生きることはできない」
勇者「僕のことは忘れてくれ」
重剣士「はあ……フラれちまったな」
重剣士「潔く身を引くとするか」
女剣士「見つけたぞ、ガラハド!」
重剣士「げっ」
女剣士「私はおまえに決闘を申し込む。もし私が勝ったら……私と結婚してもらうぞ!」
重剣士「俺今疲れてるからまた今度にしてくれ!」
女剣士「逃げるな!」
弟弟子1「見つけたぞガラハド! 師範がお呼びだ!」
弟弟子2「いい加減道場継いでくれって!」
重剣士「勘弁してくれ!! うわあああああ!!」
僧侶「よかったですね」
戦士「…………ああ」
好敵手が去ったものの、俺の心にはある感情が渦巻いていた。
以前から存在していたものの抑え込み続けているものだ。
勇者「…………ふう」
彼女に、ただ一言、『好きです』と伝えたい。
あの男にはできたんだ。俺にできないというのは負けた気がした。
アキレス達だって振ったり振られたりの関係だが、今ではもう普通に仲良くやっている。
しばらくは気まずくなるかもしれないが、きっといずれ元通りになるだろう。そう思った。
……だが、
勇者「っ…………」
俺が話しかけようとした瞬間、彼女は膝から崩れ落ちた。
勇者「ぁ……やだ……」
勇者「……ぅ………………」
魔法使い「……男から女として見られて、怖かったんでしょ」
ナハトさんは無言で二度頷いた。
魔法使い「もう大丈夫よ」
ああ、そうだ。
恋愛感情は、性欲と強く結びついたもので、
決して性欲と同一のものではないにしても、
彼女の恐れの対象となっていてもおかしいことではない。
昔、町中で聞いた会話を思い出した。
まだ兵養所生だった頃だ。上級学校の制服を着た女の子達が物陰にいた。
ちなみに村には兵士養成所なんてなかったため、俺は近くの町まで毎日通学していた。
長髪『あんた、部活辞めたってほんと?』
お下げ『うん……』
長髪『一体どうしたの?』
お下げ『実は……クリフ先輩から……告白されて……』
長髪『え、あのそこそこ人気のある格好良い先輩じゃない』
長髪『振っちゃったの? 何で? 辞めるまでしなくたっていいじゃない』
お下げ『駄目なのよ……どんなに良い人から好かれても……』
お下げ『好きでもない男の人から好かれたって、気持ち悪いだけだもの……!』
そういうものなのか気になったので、家に帰ってから姉に尋ねてみた。
姉『ああ、自分に自信のない女がそうなんのよ』
俺にはその言葉の意味がいまいち呑み込めなかった。
ただただ、女の子と関わらない方が傷つけ合わずに済むんだなと思うばかりだった。
英雄「普通、好かれたら嬉しいものじゃないのか?」
戦士「っいろいろあんだよ……!」
勇者「いやだ…………あ………………」
彼女の背中は弱々しく震えている。
僧侶「何も、怖いことはありませんよ。大丈夫です。今日はゆっくり休みましょう」
エイルさんとマリナさんが彼女を慰めている。
彼女は男を恐れていることに加えて、女性としての自分に自信を持ってもいない。
俺は、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
女の子を好きになるのって、悪いことなのだろうか。
誰か教えてくれ。
第十七話 共鳴
ある飲食店。
勇者「このソースおいしいよ」
戦士「はあ、ソーっスかぁ」
勇者「ふふ……」
戦士「……はっ」
駄洒落になっていた。
……笑ってもらえたからいいか。
勇者「……君が短剣を持っておくよう言ってくれていなければ、私は負けていた」
勇者「ありがとうな」
戦士「……はい」
ナハトさんは微笑んでいるものの疲れた顔をしている。
勇者「まだ食べられるかい?」
戦士「はい」
勇者「じゃあもう一品好きな物を頼んだらいい」
勇者「君のおかげで勝てたんだからね。奢るよ」
戦士「……あざっす」
こう仲良くしてもらえているのも、好意が知られていないからなんだろうな。
勇者「君と一緒にいると、心が落ち着くんだ」
戦士「…………」
魔法使い「え? 好かれたら気持ち悪く感じる女の心理?」
戦士「何で自分に自信がなかったら、好かれると気持ち悪くなるのかわかんなくてさ」
魔法使い「ええと……自分の嫌いな物を好きな人がいたら、」
魔法使い「趣味悪いな、って思うことあるでしょ?」
戦士「……まあそうだな」
魔法使い「『あたしの嫌いなあたしを好きだなんて、趣味悪い』って思っちゃうのよ」
僧侶「もちろん、『こんな私を好きになってくれたなんて』と素直に喜ぶ子もいると思いますが……」
魔法使い「自分の外面だけを知っている人から好かれた場合も、」
魔法使い「あたしの本性知らないくせに何なのコイツってなっちゃったりね」
僧侶「『本当の自分を知られたら、嫌われてしまうのでは』と」
僧侶「不安になってしまうことは……珍しくはありません」
戦士「…………」
魔法使い「まああの子の場合はそれだけじゃないでしょうけどね」
魔法使い「あの子、男自体を怖がってるもの」
魔法使い「……未登録の魔適体質者ってことは、やっぱり魔族の男に……」
戦士「べ、別に、俺、昔聞いた話が気になっただけで」
僧侶「異性が怖くて、自分を愛せないために他人からの愛も受け取れないなんて」
僧侶「このままじゃ……」
魔法使い「一生孤独でしょうね。まああたしもあんまり他人のことは言えないんだけど」
英雄「ここから更に北へ向かうルートは、大きく分けて二つだ」
英雄「西側を通るルートと、東側から回っていくルート」
戦士「真ん中突っ切るのは……高い山が連なってて無理そうだな」
英雄「ああ。人間の集落もほとんどないんだ」
英雄「どちらから行っても、移動にかかる時間に大差はない」
英雄「東の方が道のりは長いけど、平原が広がっていて交通の便がいい」
英雄「西は道のりが短いかわりに沼地や森が多くて通るのが大変だ」
魔法使い「西は魔物が多いらしいわね」
魔法使い「せっかく瘴気を浄化できる聖剣があるんだから、」
魔法使い「私達は西を通った方がいいんじゃないかしら」
英雄「そうだな。もっと戦いを重ねて力を付けなければならないし」
勇者「僕達は東へ進む。東側で好き放題暴れている盗賊を倒して回るつもりだ」
僧侶「……一緒にいらっしゃらないのですか」
勇者「君達との旅もここまでだ。……世話になったな」
英雄「ヘリオス〜……」
アキレスは涙目だ。俺も名残惜しい。
戦士「まあまた北で会えるかもしれねえし」
勇者「…………」
魔法使い「……私、あの子が心配で仕方ないわ」
僧侶「私もよ……」
魔法使い「ちょっとあなた」
戦士「はい」
僧侶「……彼女を、支えてあげてくださいね」
魔法使い「あの子、かなり精神的に脆いわ。よく見ていてあげて」
戦士「ああ」
傭兵「おーい、準備はいいか?」
英雄「うあぁーん!」
戦士「元気でな〜」
久々の二人旅だ。
少々寂しいが、二人の時間が増えるのは嬉しいような、
気を紛らわせられるものがなくてつらいような……。
――とある村
村長「魔鉱石が次々と盗まれているのです」
村長「私の長女も行方不明となっておりまして」
村長「どうかお力添えいただけないでしょうか」
勇者「盗まれた石のリストはありますか」
村長「はい、こちらに」
勇者「……」
次女「わたしのアメジストも……盗られちゃったの……」
勇者「このリストに載っている、コーレンベルク領グラースベルク産のアメジストかな」
次女「それ! それ!」
勇者「グラースベルク産のアメジストなら僕も持っているよ」
勇者「これを握ってくれるかい」
戦士「その子の魔力を、アメジストに?」
勇者「似た波動を持つ石同士は共鳴して引かれ合う」
勇者「産地が同じ石ならば、その反応は更に激しくなる」
勇者「だが、石の波動は持ち主の魔力に影響されるんだ」
勇者「だから、彼女の魔力を宿すことで盗まれた石を探せないかと思ってね」
勇者「……よし。泥棒の元まではこの石が導いてくれる。取り戻してくるよ」
次女「ほんと? やったあ!」
石に導かれる通りに進み、入り組んだ谷間に入った。
油断したら足を踏み外して落下しそうだ。
勇者「……隠れ家を作るには最適な土地だな。この奥に胸糞悪くなる魔力の持ち主がいる」
岩陰に洞窟があった。
あっさりと五人の泥棒を捕まえた。
全員強姦歴があったらしく、ナハトさんに当然の如く去勢された。
幸い魔鉱石を盗んだ目的は転売ではなく蒐集だったため、
盗まれた石は全て回収することができたのだが……。
長女「誰……新しい人……?」
勇者「この魔力……村長の娘さんだろう」
長女「おねがぁい……抱いてぇ……」
勇者「……!」
長女「もう体が火照って我慢できないのぉ…………」
そう言って、彼女はナハトさんのベルトに手をかけた。
勇者「……もう、村に帰れるんだ」
長女「え……?」
勇者「…………」
長女「こんな体にされて……もう帰れるわけないじゃない……」
村長の娘さんは慰み者にされ長かったのだろうか。
男無しでは生きられない体にされたようで、心も壊れていた。
ナハトさんが彼女を抱きかかえて洞窟から出た。
長女「お願い、抱いて! 犯して!」
勇者「…………」
長女「ずっとあそこにいさせて! 外になんて出たくない!」
勇者「……少し、眠っていてくれ」
村に戻った。
娘さんと魔鉱石を取り返したことで、村長さんや村の人達からとても感謝された。
他にも盗賊や魔物による被害があったため、もう数日俺達はこの村に滞在した。
戦士「魔王城がある大陸だけあって治安悪いっすね」
勇者「防衛のための技術ならば他の大陸よりも発達しているのだが、」
勇者「このような小さな村にはあまり普及していないのだろうな」
幼女「おにいちゃんたちー!」
幼女「おにいちゃんたちのおかげでへいわになったよ!」
幼女「おかあさんがねえ、きょうはねえ、おれいにごはんどうぞって!」
母親「よかったらいらっしゃってください」
ご馳走になった夕飯はおいしかった。
俺の故郷にはない料理だが、温かさに溢れていた。お袋の味が懐かしくなった。
今夜は実家に手紙を書こう。
魔王を倒しに行くなんて書いたら……心配されるだろうからやめておこう。
……俺、魔王城に行くんだよな?
こんなことになるなんて思ってもなかったな。
ナハトさんには弟子入りしただけで、最初は魔王城にまでついていくつもりなんてなかったんだ。
でも、俺は彼女から予想以上の力をもらった。そして、誰よりも彼女を護りたいと思っている。
地獄の果てにだって……傍にいることしかできないかもしれないけど、ついていきたい。
ナハトさんは何処か浮かない表情だ。
勇者「――!」
ナハトさんが突然走り出した。
戦士「どうしたんですか!?」
勇者「無いんだ! 彼女の魔力が!」
彼女が向かった先は村長の家だった。
勇者「彼女を何処にやった!?」
村長「ひっ! ゆ、勇者様!?」
勇者「あなたのご令嬢は今何処にいる!? 死んだわけではないだろうな!?」
村長「そ、その……酷い色狂いとなっておりました故……」
村長「それほど男が好きならいっそのこと遊女になった方が幸せかと思い……」
勇者「娼館に入れたというのか……自分の娘を……」
村長「は、はい……」
勇者「…………言ったはずだ。医師の指導の元、治療を続ければ治ると」
村長「……治療してどうすると言うのですか」
村長「あれでは嫁の貰い手もございません」
村長「助けたところで娘の将来はなかったのです。私にはこうするしか……」
勇者「…………」
村長「姦淫された女の将来など、一生一人で生きるか、精々娼館に入るかでしょう」
勇者「何故そう簡単に自分の娘を捨てられる!? 将来の可能性を否定できる!?」
村長「男を引き寄せる身体つきだった娘が悪い!!」
勇者「っ……」
村長「あの淫乱め、喜んで身を売りに行きおったわ!!」
ナハトさんは絶句して家を出ていった。
次女「おねえちゃーん、どこー?」
村長妻「お姉ちゃんはね、もう帰ってこないの」
次女「え?」
村長妻「悪い人に襲われたら、もうおしまいなの。あなただけは絶対に守るから」
勇者「…………」
彼女は地面に両膝をつき、言葉にならない叫びを上げた。
勇者「……似たようなことは、何回もあったんだ」
勇者「だが、いくら経験しても、慣れないな」
勇者「…………また、助けられなかった」
どんな言葉をかければいいのだろう。
勇者「私は、何を憎めばいい」
勇者「暴漢共か」
勇者「子供を切り捨てられる親か」
勇者「この世界の常識か」
勇者「性別という概念そのものか」
どんな言葉をかければ、彼女の心を救えるのだろう。
勇者「こ……んな…………世界…………」
勇者「……何を憎もうが、私のやることは一つだ」
勇者「魔族を滅する。そのことだけを考えていればいい」
彼女は、自分にそう言い聞かせるように呟いた。
――更に北東の町
以前滞在した村よりは治安がよさそうだ。防衛設備も警備もしっかりしている。
丘の方には大きな屋敷が何軒か建っていた。貴族や大商人の物だろう。
勇者「……あの丘の一番上に建っている屋敷には、美しい薔薇の園があるそうだよ」
戦士「何処で聞いたんです?」
勇者「その昔、あの屋敷の箱入り息子と手紙のやり取りをしたことがあったんだ」
勇者「それだけだよ」
しばらく町を歩いていると、一人の貴族が突然ナハトさんの胸ぐらを掴んだ。
貴族「勇者ナハトがナハト・フォン・レッヒェルンだという噂は本当だったようだな……!」
勇者「おや、デーニッツ家のヴァルターじゃないか」
勇者「国王陛下主催の夜会では見かけなかったが、社交界には出ているのかい」
貴族「アルカディアは何処にいる!? 答えろ!!」
勇者「……………………」
勇者「…………彼女は、死んだよ」
貴族「っ……何故死んだはずの貴様が生きていて、行方不明のアルカが死んだんだ!!」
勇者「僕達は目元がよく似ていたからね。間違えられたんだろうさ」
貴族「貴様がついていながら……殺されたっていうのか……」
貴族「どうして守らなかった……!?」
貴族「どうせ貴様は彼女を置いて逃げ出したのだろう!」
戦士「なっ……」
貴族「彼女を放って女を口説きに行くような男だものな!」
勇者「……僕は彼女の手を引いて走った」
勇者「だが、途中で魔族に捕まって殺された」
勇者「君なら守れた自信でもあるのかい」
貴族「俺なら……絶対に彼女を死なせはしなかった……!」
勇者「…………もし、生きていたとしてもだよ」
勇者「彼女は魔王に犯されたんだ。僕の目の前で」
貴族「っ!?」
勇者「君はそれでも彼女を愛せるのかい。魔王に凌辱された、この世界で最も穢れた女を」
貴族「…………」
貴族の青年は唖然とした。
勇者「……失礼させてもらうよ」
――
――――――――
戦士「あんな……あんな話……しなくたって……」
勇者「…………」
戦士「………………」
勇者「……どうして、君が泣いているんだい」
戦士「だって……あれじゃ……もう……自虐の域じゃないですか…………!」
戦士「わざわざ自分の居場所が無いって確認して何をしたいんですか……!?」
勇者「…………」
戦士「…………あなたは、本当のことを知っても、それでも愛してくれる存在を」
勇者「それ以上は言わないでくれ」
勇者「……心配させてすまないね」
本当は、愛してくれる存在を求めているのではないだろうか。
戦士「……あの人だって、吃驚して何も言えなかっただけかもしれません」
戦士「今からでも、もう一度話をしてみるべきです」
勇者「…………あれは、絶望の眼だったよ」
勇者「仮に愛してもらえたとしても……愛し合うことはできないんだ」
勇者「彼には酷なことを言ってしまったな。反省するよ」
戦士「…………」
愛されたいのに、男が怖くて、愛されるのが怖くて、
男の振りをして……この人は、一生このような生活を続けるつもりなのだろうか。
戦士「俺も……女の子と関わって傷ついたり、傷つけたりするのが怖くて、」
戦士「一生独身なのかなって、昔からずっと思ってて……」
戦士「でも、こんな……こんな…………」
勇者「……君は、優しいね」
戦士「ナハトさん、どうか、もっと……自分を、大切に……」
勇者「そんな君だから、一緒に旅を続けられるんだ」
勇者「君と出会えてよかったと、心の底から思うよ」
嗚咽が込み上げて止まらない。
俺の存在が少しでもこの人を助けられているのなら嬉しいが、
今の俺では救いきることはできなくて、
その事実が重く圧し掛かって……悔しくてたまらない。
更に北へと向かった。
……天気が良い。透けるような青空が広がっている。
涼しい北の風にも少し慣れてきた。
鐘の音が聞こえた。教会で結婚式が行われているようだ。
勇者「……めでたいね」
ナハトさんはどこか憂いを帯びた瞳でその光景を眺めた。
そういえば、自分は結婚とは無縁な存在だって以前言ってたっけな。
その主張は……きっと、結婚に憧れている気持ちの裏返しだったのだろう。
勇者「…………」
この人を一人にしたくない。
ずっと寄り添っていたい。
この気持ちは、単に俺がこの人と一緒にいたいだけというわがままなのかもしれない。
でも、ナハトさんと離れる将来なんて考えられない。
ナハトさんは、この旅が終わった後はどうするのだろう。
復讐以外にやりたいことがないのなら、生きがいを失うことにならないだろうか。
勇者「見てごらん、花嫁が綺麗だよ」
いずれ復活する魔族は、彼女の復讐の対象となるのだろうか。
彼女が復讐しようとしているのは、あくまで今存在している魔族だ。
でも、もし新たな魔族が復讐の対象となったとしても、
戦い続けたところで幸せは訪れるだろうか。
戦士「ナハトさん、俺……」
平穏な幸せを手に入れたっていいじゃないか。
勇者「……なんだい」
だめだ、言っちゃだめだ。
言ったら失望されてしまう。絶対後悔することになる。
戦士「まだ、子供だけど」
言ったって彼女を怖がらせてしまうだけだ。
戦士「っ……」
俺も嫌悪の対象になってしまうってわかってるのに、
戦士「あなたにどんな過去があっても」
一緒にいられなくなってしまうかもしれないって、わかってるのに、
戦士「ナハトさん……いや、アルカさん」
堰き止めていた言葉が喉から出ようともがき暴れて、もう抑えきれない。
戦士「俺、あなたが好きだ」
第十八話 偽装
勇者「え……ぁ…………」
彼女はひどく困惑して、その場にへたり込んだ。
勇者「…………………………」
数秒俺の目を見ると、口元を両手で押さえて視線を地面に落とした。
戦士「あなたはたくさんの女の人を助けてきたじゃないですか」
戦士「傷付いた女性の心を救ったこともあったじゃないですか」
戦士「それなのに、どうして……どうして自分のことは悲観的に見てしまうんですか」
勇者「…………」
戦士「俺、あなたに……幸せになってほしいんです」
勇者「…………」
戦士「……俺、少しでも早く大人になって、」
戦士「貴族の様な暮らしは無理でしょうけど、めいっぱい稼ぎます」
戦士「アルカさんを一生かけて支えます」
彼女の目から涙が溢れ出した。
戦士「…………俺じゃ、だめですか」
勇者「……ごめ、んな」
……予想とそう大きな違いの無い答えが返ってきた。
勇者「ごめんなっ…………私はっ…………」
勇者「っ……………………」
彼女は完全に顔を伏せて咽び泣いた。肩が震えている。
戦士「…………今のは、無かったことにしてください」
俺は彼女に背を向けてその場を去った。
俺もガラハドと同様、彼女を怖がらせてしまうだけだった。
金髪「こないだ男友達に告白されてさあ」
金髪「友達として仲良くしたかったのに〜……」
茶髪「あ〜わかる。裏切られた気分になるよね」
そんな会話人のいないところでしてくれ。というか俺のいないところでやってくれ。
今の俺にとって、その会話は胸を貫く大剣も同然なんだ。
アキレスに会いたい。あいつは今頃どうしてんのかな。
他人が恋に悩んでる時はわりと冷静に慰めることができたのに、
自分で経験するとこうもつらいものなんだな。
一呼吸一呼吸が苦しい。
どうして好きだと言ってしまったのだろう。
気持ちを抑えることができれば、今までの関係をこれからも続けることができたってのに。
今更後悔したって遅い。
額が割れそうだ。胸が軋む。動くのが億劫だ。
喪失感の様な何かと罪悪感が押し寄せて止まらない。
空を見上げた。妬ましいほど綺麗な青空がさっきと変わらず広がっていた。
……空虚だ。
外で適当にぼけっと過ごして宿に戻った。
一人部屋を借りられたことが不幸中の幸いかもしれない。
まだ寝る気にはなれなくて、俺は背中を壁に預けて床に座った。
明日からまともに話せるだろうか。まともに顔を合わせられるだろうか。
隣の……ナハトさんの部屋から寝台の軋む音が聞こえた。
壁のすぐそばに寝台が置かれているから振動が伝わってくる。
微かに彼女の声が聞こえてきた。悪夢にうなされているような声だ。
そんなに俺から女性として見られたのが怖かったのだろうか。
……いや、
「ひと、りは……いやだ……」
確かに、そう聞こえた。
――翌朝
戦士「おはようございます」
勇者「ああ、おはよう」
既視感を覚えた。
初めて彼女の素の面を見て部屋に入り直した時と、
そして、彼女に欲情してしまった日の翌朝と同じだ。
彼女は「作っている」時の笑顔で俺を出迎えた。声も低い。
彼女がそう振る舞うことを選んだのなら、俺もそれに応えよう。
元通り接すればいいだけだ。
彼女が女性だと知る前と、同じように。
――
――――――――
馬車の中から平原を眺めた。
伯爵が礼金をたんまりくださったおかげで、移動には贅沢ができた。
ナハトさんは受け取りを拒否しようとしたのだが、
娘を助けてくれた礼にと、元々の額の五分の一を押し付けられたのだ。
それでも俺が士官学校に一年通える額はある。
歩いて渡るにはこの平原は広すぎるのは確かだが、
ナハトさんが積極的に馬車を使おうとするのは珍しい。
一刻でも早く魔王を倒したいのだろうか。
勇者「…………」
戦士「…………」
幸い、俺の存在そのものが拒絶されることはなかったんだ。前向きに考えよう。
弟子として、仲間としてなら一緒にいさせてもらえる。
故郷のディックは元気だろうか。
あいつは高学年になった頃から名前をからかわれるようになった。
俺は最初、何故あいつがからかいの対象となっているのかわからなかった。
クラスメイトに聞いてみると『dickで古語辞典引いてみろよ』と言われた。
……納得したが可哀想だと思った。心の底から同情した。
俺が子供に名前を付ける時はよく調べてからにしようと誓った。
…………俺に子供を授かる時は来るのだろうか。
勇者「もうこんな北まで来てしまったのだね」
勇者「君の故郷とは、植生……生息している植物の種類も大きく異なっているだろう」
戦士「ええ。南の大陸にはない木ばかりです」
勇者「装備を整えようか。この寒さに慣れていない旅行者がよく風邪をひくんだ」
彼女は俺と距離を置きつつも優しく接してくれている。
……俺が期待してしまわない程度に。
あれ以来、女性らしい面を見せてくれることはなくなった。
傍にいることはできても、やっぱり彼女の内面を直に支えられなくなったことは残念だ。
北東へ、北へ、そして北西の方角へ進んだ。
度々魔王の刺客から襲われるようになったが、難なく倒すことができた。
俺の実力は上級魔族を一人でも倒せるくらいに伸びてきた。
ナハトさんほどじゃないが、遠距離攻撃もできるようになった。
この調子ならきっと魔王城にだってついていけるだろう。
――
――――――
――――――――――――
――ある北の都市
冬季ではないらしいのにかなり気温が低い。
俺の故郷にも短い冬はあるのだが、それと同じくらいの寒さだ。
冬場のこの土地に来たら凍え死ぬ自信がある。
魔法使い「こっちの方にあの子達の魔力が……ほら、いたいた」
英雄「ヘリオスうう!」
戦士「よう! 久しぶりだな、アキレス」
英雄「元気だったか!?」
戦士「ああ。おまえらも変わりないか?」
英雄「なんとかな!」
英雄「魔王との戦いに備えて、この辺りで体力を蓄えてるんだ」
英雄「なあ、俺達が泊まってる宿に来いよ!」
英雄「男女別に部屋取り直したいんだけど、四人部屋しか空いてなくてさ」
英雄「三人ずつ分かれたらいいかなって」
戦士「俺はいいけど……」
勇者「…………」
魔法使い「一緒に泊まるわよ」
僧侶「さ、行きましょう」
勇者「は、放してくれ」
宿に着いた。
寒い地方なだけあって、建物の暖房設備は素晴らしい。屋内はとても暖かいのだ。
……隣の部屋から話し声が聞こえてきた。
勇者「くっ……」
魔法使い「あら、ずいぶん大きくなったのね」
僧侶「あまり胸を圧迫すると身体に悪いですよ」
勇者「…………」
魔法使い「仕方ないわね。サラシ巻くの手伝ってあげるわ」
この頃着替えるのが遅いなと思っていたんだ。そういうことだったのか。
一番上の妹も今頃は大きくなっているだろうか。
英雄「う……」
戦士「……そういや、ダグザさんはどういった経緯でアキレス達と旅してるんですか?」
気を紛らわせよう。
傭兵「娘の反抗期が酷過ぎて、家に居場所がなくてな……」
魔法使い「ちょっといいかしら」
戦士「はい」
魔法使い「……何があったの」
戦士「え……」
魔法使い「あの子の心、硬くなってるわ」
魔法使い「必死に青い方の魔力で自分を覆い隠して、感情を押し殺してるみたい」
戦士「…………」
僧侶「以前お会いした時は、もっと暖かい雰囲気でしたのに」
戦士「……………………実は、その」
戦士「……こ…………て………れた……」
魔法使い「……ごめん、聞こえなかったわ」
戦士「…………俺、あの人に告白してフラれた」
戦士「あれ以来、ずっとあんな感じだ」
魔法使い「……そう」
僧侶「嘘……………………」
僧侶「そんな…………………………」
兵士「隊長、申し訳ございません。また見失いました」
隊長「くそっ……」
英雄「何事ですか」
隊長「君は……」
英雄「私はプティアの勇者、アキレスです」
隊長「おお……! 実は、我等はある盗賊団を追っているのですが、」
隊長「奴等、何らかの気配を消す術を持っているらしく……足取りを掴めないのです」
戦士「……以前、気配を消す道具を開発した盗賊と遭遇したことがあります」
戦士「その時の技術が他の盗賊に流れていたり、」
戦士「同じような物が他の人間の手によって開発されていてもおかしくないと思います」
隊長「なんと……このままでは被害が拡大してしまいます」
隊長「年頃の女性が次々と攫われておりまして……」
勇者「ほぉう?」
隊長「こうなったら発信石による囮作戦を行うしか……」
隊長「おい部下達、おまえらの中に女装の名人はいないか」
兵士「オカマはいますが……とても囮には適さないかと……」
隊長「あ、そちらの顔立ちの整った方……」
勇者「僕が女装したところで、女の格好をした男にしかなりませんよ」
そんなことはない……が、
盗賊達の下卑た目に女性の格好をしたナハトさんを晒してたまるものか。
――
――――――――
戦士「だからって…………だからって何で俺達が…………」
英雄「仕方ないよ……背格好的に俺達しか適任者いなかったんだから」
囮は一人じゃ危険だということで二人になった。
本物の女の子達にこんな危ないことをしてもらうわけにもいかなかったので、
彼女達には待機してもらっている。
オカマ兵士「メイク完了よん」
戦士「こんなゴツい女がいてたまるか!」
英雄「まあまあ、幸い服で体は隠れてるし……」
英雄「ああ……俺の眉毛が……腕毛が……足の毛が…………」
無駄毛を剃ると、服と擦れる感触がこんなにも変わるものなんだな。
カツラがちょっと重い。
英雄「……あれ?」
アキレスは鏡を見た。
英雄「なあ、俺……綺麗じゃないか?」
奴は顔が良い。女装をしてもそこそこ見れる。なお俺は……言うまでもない。
勇者「ふふっ……かわいいよ」
ちくしょう。
――夜
隊長「この変声石を。声が少女の声色に変換されます」
隊長「そしてこの魅惑の石もお持ちください」
隊長「他人からなんとなく可愛らしく見られるようになります」
なんとなくか……。
隊長「では、これから郊外をうろついてください。……絶対に助け出します」
しばらく歩き回っていると、あっさり盗賊が現れて誘拐してもらえた。
英雄「キャー!」
何でこいつはちょっとノリノリなんだ。
男だとバレないように細心の注意を払わなければ。できるだけ顔を隠しておこう。
盗賊1「おい嬢ちゃん達、名前は」
戦士「!?」
名前なんて考えてなかった。
盗賊2「早く答えろ!」
英雄「アキナでぇす」
戦士「せ、セレネです」
咄嗟に一番上の妹の名前を言ってしまった。なんだろうこの罪悪感。
妹を穢してしまった気がした。ごめんセレネ。
しかしこの英雄ノリノリである
俺達は武骨な盗賊の腕に抱えられて何処かへ運ばれていく。
姉よりは可愛らしかった一番上の妹も、
今頃は思春期に突入して肌が荒れ出しているだろうか。
姉も一時期顔がむくんだり肌荒れが酷くなったりして可哀想なことになっていた。
一番恋に憧れているであろう年頃に醜くなるなんて不憫だな。
姉『思春期はあんまり美人じゃなくても、』
姉『そのうちすっきりして多少マシになることがあんのよ』
姉『だからほんの一時期の顔付きだけで女を判断するもんじゃないわよ』
姉『まあ、あんたは彼女作るの自体難しいだろうから言うだけ無意味かもしれないけど』
そう言う姉の顔は、むくみが取れてすっきりしてもやっぱり美人にはならなかった。
姉『旅先でいい人見つかるといいわね。あんた、内面は優しいんだから』
姉『その内あんたの良さをわかってくれる人が現れるのを祈っとくわ』
嫌味ったらしいが優しさを持ち合わせていないわけでもない姉がちょっと恋しくなった。
姉ちゃんこそ結婚相手見つかったのかな……。
盗賊1「おまえ、ちょっと重くねえか?」
英雄「体重のことは禁句よぉ! もう、盗賊さんったらぁ」
戦士「…………」
盗賊2「この頃のお頭はおっかねえから、アジトに帰るのが億劫だぜ……」
盗賊1「しばらくここでじっとしてろよ」
魔導石と短剣は隠し持っている。
いざという時は俺達自身が暴れて盗賊を退治することもできなくはないのだが、
奴等の人数が多ければ何人かには逃げられてしまうかもしれない。
隊長さん達が来てくれるまで大人しくしていた方がいいだろう。
盗賊1「アキナちゃんはちょっと硬いが顔が良い。そこそこの値で売れるかもしれねえな」
盗賊2「そっちのは……まあただの奴隷だろうなあ」
盗賊1「いや、目付きの悪い女が好きな奴もいる」
盗賊1「需要に合わせれば案外儲けられるかもしれねえぞ」
盗賊2「ほんとかあ? 大した値にはならねえだろうしセレネちゃんは味見しちまおうぜ」
盗賊1「おまえも根っからのスケベエだよなあ。じゃあ俺も」
戦士「えっ」
英雄「キャーエッチ! 処女の方が高く売れるわよ!」
盗賊2「それもそうだがなあ……」
戦士「…………」
頭領「……ほう、金髪の方は上玉じゃねえか。ちょっと骨太だが」
盗賊2「お、お頭」
……こいつ、ごく僅かだが魔族化している。
頭領「しばらく女ぁ抱いてなかったんだ」
盗賊1「し、しかし傷物にしちゃあ値が下がりますぜ」
頭領「たまにはいいだろ」
盗賊1「へ、へい」
英雄「え……い、いやぁ!」
まずい。流石に服を脱がされると男だとバレる。
英雄「お願い、初めてなの! ……優しくして、ね?」
おまえは一体何を言って……いや、時間を稼ごうとしているのだろう。
頭領「こっち向いてくれよぉ」
英雄「やだ……恥ずかしい……」
やっぱりノリノリだ。ちょっとアキレスの将来が心配になった。
入口の方から爆発音が轟いた。意外と早かったな。
盗賊達にバレないよう、多少距離を置きながらの追跡だったはずなのだ。
頭領「まさか嗅ぎつけられたんじゃねえだろうな」
盗賊1「そんな馬鹿な」
勇者「ヘリオス君、無事か!?」
戦士「は、はい」
なんか早いと思ったら、ナハトさんが単身で乗り込んできたようだ。
海を渡る前に盗賊のアジトを特定した時も、国家憲兵の方々を待たずに行っちゃったけな。
ナハトさんの背後に去勢された男達が倒れているのが見えた。
頭領「ちくしょう、これからお楽しみだって時に」
英雄「残念、俺は男でしたー!」
アキレスはカツラを取って声を元に戻した。
頭領「えっ……」
盗賊の頭領はとてもショックを受けている。
アキレスは楽しそうだ。一体どうしたんだ。
おまえは他人を騙して喜ぶような男じゃなかったはずだ。
英雄「退治してくれる!」
頭領「そ、そんなあああ!!」
勇者「……無事でよかった」
戦士「は、はい」
あまり彼女にこの姿を見られたくない。
でも心の底から心配してくれていたようだ。それは嬉しい。嬉しいのだが……。
俺、なんでお姫様抱っこされてるんだろ……。
とても情けない。
勇者「一度抱きかかえる側になってみたかったのだよ」
そこらへんの淑女相手に好きなだけやってください。
……女装しているこの状態で、男装している好きな女の人に助けられている。
どうせなら逆の立場がいい。
でもなんだか妙な何かに目覚めそうになった。いやなってない。決してそんなことはない。
英雄「俺、女装がクセになりそう……」
戦士「気をしっかり持つんだ」
英雄「君だって王子様に助けられたお姫様状態じゃないか」
戦士「う……」
勇者「ははは」
なんで楽しそうなんだ。
……この人は、俺が女になったら付き合ってくれはしないだろうか。
戦士「…………はあ」
当分寝覚めが悪そうだ。
第十九話 悪夢
英雄「え、もうこの町を出るのか?」
戦士「もっと北の方で上級魔族が暴れてるらしくてな」
英雄「なら俺達も」
隊長「実は他にもご協力していただきたい事件がありまして」
英雄「……すぐに追いかけるから!」
勇者「…………君が彼等といたいのなら、まだこの町に留まってもいいのだよ」
戦士「俺、あなたについていきます」
彼女を一人にはしない。
また二人旅が始まった。
時間と共に、俺達の関係の変化も一段落ついた気がする。
ほどよい距離感を掴むことができるようになったのだ。
俺がナハトさんことを好きなことには変わりないが、
以前よりも気持ちが穏やかになった。
野宿をする際は、肩を寄せ合って寝るようになった。
あくまで暖をとるためだ。決して淫らな行為ではない。
寒い地方への遠征時には例え男同士でも密着して体を温め合えと兵養所でも習った。
ナハトさんが結界を張って外部からの冷気を遮ってくれるのだが、
長時間結界内の暖かさを保とうとすると翌日に疲れが残ってしまうらしい。
魔適傾向が高かろうが、魔力容量が大きかろうが、
魔法を使えば体に負担がかかることには変わりない。
まして眠りながら術を維持し続けるのなら尚更だ。
今晩は偶然見つけた洞窟で寝ることになった。
俺の魔力でつけた焚き火が揺らいでいる。
勇者「……君の火は、暖かいな」
勇者「……………………なあ、」
勇者「どうして僕のことなんて好きになったんだい」
戦士「……え」
勇者「君の初恋の相手は、女の子らしい可愛い子だったじゃないか」
戦士「…………あの子は、別に好きとかじゃなくて……」
戦士「ちょっと、目で追いかけてただけなんです」
勇者「…………………………」
戦士「………………………………」
戦士「なんで、でしょうかね」
戦士「気がついたらあなたに惹かれていました」
戦士「ただ好きなんです」
勇者「…………掘り返してすまなかったね」
勇者「そろそろ火を消して寝ようか」
そう言って、彼女は俺の隣に座って肩を寄せた。
柔らかい。暖かい。温もりが伝わってくる。
『愛おしい』って、こんな感覚なのだろうか。
……俺の気持ちを知っても、怖がらずに寄り添ってくれるのは、
俺のことを信頼してくれているからだ。
決して裏切るわけにはいかないなと思った。
――最北の城塞都市 アイスベルク
ある輸入雑貨店に入った。
勇者「美味いコーヒー豆は売ってないだろうか」
俺の地元はコーヒー豆の産地だったなあとなんとなく思い出しながら店内を眺めていると、
妙に既視感のある食器が目に入った。……この作風は間違いない。
戦士「親父の皿だ……」
形がややいびつで分厚い。その代わり滅多に割れない。
商品名はレグホニアの皿だ。俺の名字である。
まさかこんな北の果ての地で親父が作った皿を見るとは思ってもみなかった。
勇者「……使う人のことをよく考えていることがわかるよ。いい手触りだ」
ナハトさんが珍しく外で手袋を外して、その皿を手に取った。
勇者「きっと、君と似ている優しいお父様なのだろうね」
戦士「……まあ、見た目のわりに温厚っすね」
俺のこの見た目は完全に親父譲りだ。
俺と同じ強面の親父が結婚できたのは、
親父とお袋が物心つく前からの幼馴染だったからだ。羨ましい。
町を歩いていると、桃色の髪の女性が現れた。
普通ならばありえない髪色である。
一瞬染めているのかと思ったが、なんとなく不思議な雰囲気を感じた。
魔術師「異様な気配を追ってきてみれば……」
勇者「どうも」
魔術師「紺色……あなたは噂の勇者ナハトでしょうか」
勇者「ええ。ま、自分のことを勇者だと思ったことはありませんがね」
魔術師「私はこの国所属の魔適体質者、ペルシックと申します」
魔術師「あなた、普通の魔適体質者ではありませんね」
魔術師「……その魔適傾向の高さは異常です」
勇者「ほう」
魔術師「魔適傾向は、どれほど高くとも150マジカルが限界だと言われています」
魔術師「しかし、あなたは……500マジカルを軽く超えています……」
勇者「抑えているつもりだったのですがね。いい魔感力をお持ちのようだ」
以前は確か200と言っていたはずだ。
勇者「特に用がないのなら、これで失礼させていただきますよ」
勇者「……実は、日に日に魔適傾向が上がっていてるんだ」
勇者「これ以上上がってもあまり意味はないのだがね」
この町は強力なバリアで覆われている。
その影響で、うっすらと空に紫みがある。不思議な色合いだ。
夕暮れ時、たまに景色が紫色っぽくなることがあるが、そんな時と少し似ている。
魔王城に最も近い町であるため一応防衛設備は完備されているが、
魔王城に近いからといって必ずしも襲撃を受けやすいわけではない。
奴等は世界の何処にでも現れる。北の大陸の方が強力な魔物の生息数が多いというだけだ。
……というのが常識だったのだが、この頃この町は襲撃を受け続けているそうだ。
上級魔族達が、どのくらい攻撃を続ければバリアを破れるのかを試しているらしい。
宿に荷物を置き、装備を整えて討伐に向かった。
勇者「……死なないでくれよ」
戦士「もちろん。こんなところで死ねませんよ」
この町の軍が同行すると申し出てくれたのだが、ナハトさんは断っていた。
ナハトさんが使う魔術の規模が大き過ぎて、
味方の人数が多いと同士討ちになる可能性が高かったからだ。
流石に大勢の上級魔族を相手にするのは大変だが、
最低限自分の命は自分で守らなければならない。足手まといなんて嫌なんだ。
雪魔族「こやつらは何者だ!?」
氷魔族「熱い! 融ける!!」
俺はナハトさんと違って、規模の大きな魔術は発動できない。
だが、そこそこの威力の炎で敵を焼きつつ、
自分の体を強化することである程度は上級魔族に対抗できている……と思う。
戦士「……自信、持たないとな」
――
――――――――
数十体の魔族と、その配下の魔物達を倒した。
魔族や魔物は、死んでも死体を残さない。瘴気となって散っていく。
勇者「怪我はないかい」
戦士「少しだけ……でもまあ、自分で治せますよ」
大地が奴等の瘴気で穢れている。浄化作業が大変そうだ。
勇者「……君も強くなったものだ」
勇者「初めて会った頃とは見違えるよ」
戦士「あなたのおかげです」
勇者「! ……何か来る」
紫淫魔「あぁら、いい勘持ってるじゃない」
……以前襲いかかってきた淫魔達と似た、だが更に妖艶な魔族が現れた。
紫淫魔「あたくしの妹達を葬ったっていうのはあなた達ねえ」
紫淫魔「あたくしは長姉のサキュバスよお」
勇者「報復しに来たのか」
紫淫魔「あらあ、妹を殺されたからって相手を恨んだりしないわよお」
紫淫魔「人間じゃあるまいし」
紫淫魔「ちょおっと興味があったってだけよぉ」
紫淫魔「……ふぅん」
勇者「…………」
紫淫魔「…………その眼、見覚えがあるわ」
紫淫魔「何年前かしらねえ。寿命が長い分、細かいことは憶えてられないのよねえ」
勇者「僕は憶えているぞ。おまえを見たのは八年前だ」
紫淫魔「あ〜そうそう! あの町を襲撃した八年前と十九年前だわ!」
紫淫魔「レッヒェルンの眼よ! 印象に残ってるわあ」
紫淫魔「楽しかったわ〜、十九年前のあの夜…………」
紫淫魔「領主の男の目の前で、そいつの奥さんを魔王様がヤッちゃったのよねえ」
紫淫魔「それでえ、奥さんにはっきり見えるように男を殺してやったのお」
紫淫魔「そしてえ、八年前は……領主の男とよく似た目付きの少年と少女を見かけたわあ」
紫淫魔「魔王様はその子達で遊んでたみたいだけど、」
紫淫魔「前とおんなじことやるならつまんないから、」
紫淫魔「あたくしはそれが終わるまで他の玩具で遊んでたんだったわあ」
紫淫魔「……ってことは、あなた、レッヒェルンの生き残りかしら」
勇者「…………これでわかるか?」
ナハトさんは自分の魔力を解放したようだ。
紫淫魔「……あらあ!」
紫淫魔「お母さんのお腹の中で魔王様の精を浴びたにも係わらず生きてたあの女の子ね!」
勇者「ああ。今でも僕は人間として生きているぞ」
紫淫魔「普通ありえないのよ? 二回も魔王様に犯されて生きてるなんてえ」
紫淫魔「よっぽど強い浄化の血を受け継いだのねえ」
勇者「……お喋りもこのくらいで終わりにしよう」
ナハトさんは剣を構えた。
勇者「貴様を倒す」
紫淫魔「やれるものならやってごらんなさい」
――
――――――――
……ここ、何処だ?
ああ、そうだ。俺達が泊まっている宿だ。
勇者「ヘリオス君」
ナハトさんが俺に覆いかぶさっている。
……覆いかぶさっている。
…………覆いかぶさっている。
戦士「へぅえええ!?」
勇者「頼みが、あるんだ」
戦士「は、はい?」
勇者「……もうじき私は魔王城へと向かう」
勇者「生きては帰ってこられないかもしれない」
勇者「だから…………抱いてほしいんだ」
戦士「へ?」
戦士「いやあのちょっと」
ナハトさんが俺の服のボタンを一つ一つ開けていく。
勇者「……逞しくなったなぁ」
そして彼女は俺の胸に頬擦りした。
戦士「ひぃっ!」
戦士「どうしちゃったんですか!?」
戦士「ここここ婚前交渉をあんなに嫌ってたじゃないですか!!」
勇者「……君は、私のことが好きなのだろう?」
勇者「私にとっても君は特別なんだ」
戦士「ししししかし」
彼女は自分のシャツを脱いだ。
勇者「私…………魅力、ないか?」
戦士「あ、あの、」
彼女の白い肌が露わになった。柔らかそうな胸が膨らんでいる。
戦士「な、ないなんてことは決してないんですけどその」
勇者「……君が欲しいんだ」
彼女は俺に顔を近付けた。
戦士「っ……」
刺激が強すぎる。俺は顔を背けた。
彼女は俺のベルトを外した。
戦士「ぁぁあああああああああ!!」
戦士「一旦! 離れてください! 頼みますから!」
勇者「ん……」
戦士「落ち着いてください!! ほんとに!!」
戦士「こういうことは籍入れてからじゃないと駄目だっていつも言ってるじゃないですか!!」
戦士「その前に清いお付き合いですよね!?!?」
勇者「…………」
深呼吸しよう。落ち着こう。
…………なんだろうこの強烈な違和感。
まるで夢でも見ている様な気分だ。
俺、この部屋に来る前は何をしていたっけ?
思い出せない。
『…………なぁんだあ、つまんないの』
視界がぐにゃりと歪み、闇に染まった。
紫淫魔「好きな女の子に迫られても雰囲気に流されないなんて、」
紫淫魔「あなた、すごい理性の持ち主ね?」
戦士「……夢、だったんだな」
びっくりした。本物のナハトさんがあんなことするわけない。
してくれたらそりゃ嬉しいけど。
戦士「ってか何で俺があの人のこと好きだって知ってんだよ!?」
紫淫魔「夢魔だもの。相手の最愛の人の姿になれるのよ」
戦士「っくしょう期待させやがって!」
戦士「ぉぉおおおおおおお!!!!」
怒りにまかせて剣に炎を宿した。
紫淫魔「っ――!」
紫淫魔「逃げさせてもらうわ! 朝日は苦手なのよ!!」
淫魔は闇に溶けていった。
真っ暗だ。俺の魔力で炎をつけても、何も見ることができない。
ここが奴の作った夢の世界であるなら、
もしかしたらナハトさんも何処かにいるかもしれない。
トパーズに魔力を集中させた。
戦士「ナハトさんの元へ……導いてくれ」
闇に毒々しい色が混じり出した。
やがてその色は、妖しい炎の色を反射した煙となっていった。
『絶望なさい』
『永遠に愛する者を失い続けなさい』
勇者「や……めろ……」
『ナハト』や、彼女と親しかったと思われる人々が次々と串刺しにされていく。
『心が壊れるまで』
勇者「心なら……疾うの昔に壊れている……!」
『その心を治した者が死んだら……どうなるかしら?』
勇者「…………!!」
最後に殺されたのは、俺の幻影だった。
勇者「ああああああああ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
戦士「ナハトさん!」
俺は彼女の両肩を掴んだ。
戦士「しっかりしてください!」
戦士「俺、死んでませんから! 生きてますから!!」
勇者「あ……あ、あ…………」
彼女の目は絶望に染まっている。
『もう、この世界にあなたの居場所なんてないの』
『拒絶されて拒絶されて拒絶されて拒絶して』
勇者「ぁ…………」
『自分から拒絶したくせに、死なれたらこんなにショックなのねえ』
勇者「っ……」
戦士「やめろ!!」
戦士「姿を現せ! ぶった切ってやる!!」
別にフラれただけで存在そのものを拒絶されたわけじゃないし!!
『ふふふ…………』
戦士「ナハトさん! ナハトさん!」
勇者「…………」
勇者「いばしょ………………」
勇者「こんな…………」
彼女の目と髪に、鈍い銀色が揺らぎ出した。
戦士「居場所がないなんてことなかったじゃないですか!」
戦士「もしなくたって、俺があなたの居場所を作ります!」
気がつけば俺は彼女を抱き締めていた。
戦士「……アルカさん!!」
彼女に俺の魔力を強引に流し込んだ。
勇者「っ!」
勇者「あたた……かい……」
勇者「ヘリオス君…………?」
戦士「あぁ……よかった……」
戦士「絶望なんてする必要ないんですよ」
戦士「悲観的に世界を見れば悲しいことばかり目につきます」
戦士「でも、もっと気楽にしていれば、いいことだっていっぱい見つけられるんです」
勇者「…………」
『嘘でしょ……?』
『もう少しであたくしの勝ちだったのに!』
闇が明けた。元の景色だ。
戦士「残念だったな!」
紫淫魔「そいつを絶望で染め上げれば面白いことが起きるっていうのに!!」
戦士「逃がすか!」
紫淫魔「キャアアア!」
火力を最大にして敵の目を晦ませた。すかさず胸元を剣で貫く。
紫淫魔「まあ……いいわ…………どちらにしろ……結果は…………」
紫の淫魔はあまったるい瘴気を散らして消滅した。
戦士「……ふう」
勇者「…………ありがとな」
戦士「立てますか?」
勇者「……体に力が入らないんだ」
戦士「じゃあ、久しぶりに背負いっ――!」
胸に痛みを覚えた。
その痛みは熱に変わって全身に広がっていく。
勇者「っ……瘴気を吸ってしまったか」
勇者「待ってろ、この程度なら吸い出せ……っ!?」
衝動に動かされるがまま、俺は彼女を押し倒した。
戦士「はあっ……」
『フラれて悔しかったでしょ? 惨めだったでしょ?』
戦士「っ……」
『自分のものにしてしまいなさいよ』
戦士「あ……ぁ……」
勇者「ヘリオス、くん…………」
『ほら、抵抗できないみたいよ』
『やってしまいなさい』
今なら彼女を好きなようにできる。
戦士「……はっ…………ぁ…………」
だがこんな形で抱いたって嬉しくもなんともない。
勇者「…………」
ナハトさんはこれから起きることを覚悟したのか、目を瞑って横を向いた。
駄目だ、もう理性では本能を抑えきれない。体の芯が熱い。
彼女の全てを見たい。
上着を強引にはぐった。
勇者「っ…………」
サラシで胸を抑えきれていないのか、シャツがわずかに膨らんでいる。
……視界に一本の短剣が入った。彼女が上着の内側に隠し持っているダガーだ。
俺が携帯しておくよう言った物である。
彼女を裏切りたくはないんだ。
もう、こうすることでしか自分を止められない。
俺はダガーを鞘から抜き、自分の腹に突き刺した。
第二十話 コバルト華
――
――――――
――――――――――――
戦士「う……」
勇者「ヘリオス君!」
目が覚めた。痛みで気を失っていたらしい。
今はもう痛みも性欲も引いている。
戦士「!?」
ナハトさんに抱き締められた。
僧侶「ああ、よかったです……」
戦士「あれ、エイルさん」
英雄「心配させないでくれよ、まったく」
アキレス達が俺達に追いついていたらしい。
勇者「気が……動転して……傷を治せなくて……」
勇者「エイルが来てくれなければ、どうなっていたか……」
戦士「大丈夫ですよ。ちゃんと急所は外しましたし」
戦士「死ぬ気なんてさらさらありません」
勇者「はぁ……」
更に強くぎゅうっとされた。
戦士「……大丈夫です。大丈夫ですから」
彼女の背中を軽くぽんぽん叩いた。
英雄「やっぱ年の近い男友達がいると安心するよ」
戦士「そうだな」
戦士「あれ、おまええらくでっかいルビー持ってるんだな。どうやって手に入れたんだ」
英雄「ああ、旅立つ時に国王陛下から授かったんだ」
英雄「勇者だって信じてもらえない時のための身分証明書になってる」
英雄「金色っぽい石の方が使い慣れてるから、戦いではあまり使わないけどな」
戦士「へえ」
英雄「俺の国にはルビーやサファイアの鉱山があるんだ」
英雄「君の故郷は何か採れるのかい」
戦士「ええと……なんだっけ、エメラルドとか採れるらしい」
戦士「ちゃんと地理習ったわけじゃないから詳しくはわかんねえけど」
英雄「あ、もしかして君の故郷ってベリルで有名なソール鉱山の辺り?」
戦士「ああ、そうそう。そこだ」
エメラルドはベリルとかいう鉱物の一種らしい。
英雄「七つの聖玉の内の一つ、ゴールデンベリルがソール鉱山産だって話があるよ」
戦士「へえ。そういやそんな伝説聞いたことあった気がしなくもない」
迷信レベルのおとぎ話だし、似たような伝承は他のベリル鉱山にもある。
英雄「ちなみにゴールデンベリルの別名はヘリオドールだ」
戦士「ヘリオ……って」
英雄「由来は太陽神ヘリオスらしい」
ヘリオライトと由来被ってるじゃねえか。俺の名前石に使われ過ぎだろ。ややこしいな。
戦士「七つの聖玉って、その石の他に、ルビー、アウィナイト、アメジスト……」
戦士「あとなんだっけ」
英雄「ダイヤモンド、ヴェルデライト、オパールだね」
戦士「超古代言語だと呼び方全然違うんだろ? 歴史のテストでミスしまくったな」
英雄「あ、俺も」
聖玉さえあれば、ナハトさんが魔族と戦うこともなくなるのにな……と思った。
彼女のことだから盗賊退治は続けるかもしれないが。
英雄「女性用のジュエリーって繊細で綺麗だよな……きっと俺に似合うと思うんだ……」
戦士「しっかりしろ」
アキレスに呆れそうだ。
魔法使い「後でちょっといいかしら」
勇者「ああ」
――夜
アキレス達とは別行動だ。
勇者「……二人に、なりたくてな」
いろいろ思うところがあるのか、ナハトさんは素の面を表に出してくれている。
勇者「不思議な色の月だな」
バリア越しの月明かりは妖しい青紫だ。
戦士「……明日、行くんですか。魔王城に」
勇者「ああ」
勇者「…………君との旅も、ここまでだ」
戦士「え……?」
勇者「君が魔王城までついてくる必要はない」
戦士「で、でも俺は」
勇者「君を連れていくわけにはいかないんだ!」
戦士「っ……ど、うして、ですか」
戦士「俺が弱いからですか」
勇者「…………魔王城は危険すぎる」
勇者「この先に進むのは私だけでいい」
戦士「またやっかいな攻撃を仕掛けてくる敵だって現れるかもしれないじゃないですか」
戦士「俺、あなたを支えたいんです。絶対に一人でなんて行かせません」
勇者「……」
彼女は寂しそうに微笑んだ。
男1「ようお嬢さん」
男2「俺達とあったかくなろうぜぇ」
女「や、やめてください。私、帰らなきゃいけないんです」
男1「つれねえなあ」
女「は、放して!」
勇者「そこの君達」
チンピラ達はナハトさんに退治され、当然のごとく不能の呪いをかけられた。
勇者「こんなことばかりやっているから恨みを買うんだ」
彼女は苦笑した。
勇者「……私は、誰に嫌われようが、恨まれようが、憎まれようが、構わなかった」
勇者「それなのに、君に距離を置かれた時、とても怖くなったんだ」
戦士「……」
勇者「君は特別だ」
戦士「ナハトさん、俺、魔王を倒した後も、ずっとあなたと一緒にいたいです」
勇者「……ごめんな。私に将来の可能性は無いんだ」
戦士「そんな、どうして」
勇者「今までありがとうな」
勇者「どうか、元気で」
彼女の指先が俺の額に触れた瞬間、視界が真っ暗になった。
――
――――――――
戦士「……っ?!」
戦士「ここは……」
目が覚めた。宿の寝台で寝かされていたようだ。
英雄「あ、起きたか」
アキレスが入ってきた。
英雄「俺、町を襲いにきた魔族を退治しに行ってたんだけど、おまえぐっすりでさ」
戦士「ナハトさんは!?」
英雄「え? そういや朝に見かけたっきりだな」
戦士「……!」
俺は剣を掴んで部屋を飛び出した。
魔法使い「待ちなさい」
戦士「何だよ!」
魔法使い「あの子は敢えて最も大切に思ってるあんたを置いていったのよ」
魔法使い「あの子の気持ちを尊重するなら、大人しく南に帰ることね」
戦士「…………」
英雄「え、一体どういうことなんだ」
戦士「あの人は……一人で決着をつけるつもりなんだ!」
マリナさんの静止を振り払い、俺は宿を出た。
曇っているが、太陽が空の真上にあることがわかった。もう昼だ。
魔力で足を強化し、草原を走った。
北へ進めば進むほど草木は減っていった。大地が瘴気で汚染されているんだ。
やがて黒く、鈍い虹色の色彩を放つ魔王城が近づいてきた。
あちらこちらに黒い瘴気が散っている。最上級クラスの魔族が何体も倒された跡だろう。
魔王城の中はまるで迷路だ。
馬鹿でかい魔力と魔力が互角にぶつかり合っていることが、
魔感力の鈍い俺でもわかった。
その片方はひどく禍々しい。おそらく魔王のものだろう。彼等は上の階にいるようだ。
どうにか階段を探して駆け昇った。
魔王「それ以上力を解放すれば、汝の人間としての生命は終わりを迎えるであろう」
勇者「ほんの少し早まるだけだ。結果は変わらない」
勇者「貴様を倒すまでは……己を保ってみせる!」
かすかだが会話が聞こえてきた。ナハトさんの声だ。
彼女のものだと思われる魔力が変質したように感じる。忌々しい気だ。
魔王「…………我をこれほどまで追い詰めるとは」
魔王「成長したものだな、『我が娘』よ」
勇者「ふん。貴様の蛮行もこれまでだ」
魔王の魔力が散開した。
『残念だったな』
『我は魔の根源たる魔王』
『肉体を滅ぼされたところで、我が思念までもが消滅することはない』
魔王の魔力は再び一箇所に固まった。
大きな扉が開かれている。奥には黒い瘴気の塊に対峙しているナハトさんが立っていた。
勇者「…………」
『我が精の濃度を高め過ぎたな』
『憎き深淵のアメスィストスと清澄たるキュアノスの波動も、最早脅威ではない』
『さあ、新たなる我が憑代となれ』
勇者「っ……」
瘴気の塊――魔王がナハトさんに向かって鋭く流れ出した。
戦士「ナハトさんをおまえになんてやらねえ!」
勇者「ヘリオス君!?」
俺はナハトさんの前に出て、剣に炎を宿して瘴気を防いだ。
『この焔は…………!』
『黎明のベーリュッロス……我等魔族の瘴気を灰と化す浄化の朝暉……!』
『これほどあの光に近い波動を持つ者がいるとは…………』
戦士「ごちゃごちゃうるせえぞ!」
魔王の瘴気に向かって剣を振りおろすと、炎に触れた瘴気が灰塵となって床へ舞った。
『おのれ……』
勇者「……!」
『だが、どれほど波動が近くとも威力そのものは大したことはない』
『我が闇の波動で魔の使徒となるがよい!』
魔王が瘴気を触手のように伸ばし、四方八方から俺を狙った。
勇者「っ!」
ナハトさんが俺を庇い、バリアを張った。
勇者「何故ここに来た!」
戦士「来ないわけありませんよ!」
勇者「殺されるぞ! 帰れ!!」
戦士「帰りません!!」
俺の炎で焼かれた瘴気は再生できないようだ。
炎を当てることさえできれば勝機はあるはず。
英雄「はあっ、やっと、追いついたっ!」
戦士「おまえら……!」
英雄「俺達だって魔王を倒すために修行を続けてきたんだ」
英雄「力を発揮させてもらうぜ!」
僧侶「援護はお任せを!」
魔法使い「ごめんなさいね、来ちゃったわ」
傭兵「こんな仕事、子供だけに任せてはおけないからな」
英雄「魔王、覚悟しろ!」
『紅を帯びた深き黄金……汝も多少なりとも浄化の力を血肉に編み込んでおるな』
『生命の精彩……鮮血のアントラクス…………!』
戦士「俺の炎で貴様を焼き尽くす!」 英雄「俺の光でおまえを照らし消す!」
『そう簡単に終わると思うでないぞ……!』
空間のあちらこちらから小さな魔物が沸き出した。
傭兵「雑魚は俺が片づける!」
勇者「……」
魔法使い「あんたはもう休んでなさい。力を使ってはいけないわ」
俺の力は魔王の言う通り威力はあまり大きくない。
アキレスやマリナさんの力の方が遙かに強力だ。
だが、魔王の瘴気には俺の炎が最も有効であるようだ。
英雄「俺の魔力を浴びると動きが鈍るようだな!」
英雄「光芒の牢<シャフト・ジェイル>!」
光線の牢が魔王の瘴気の一部を捕らえた。黒い瘴気の色が褪せている。
英雄「今の内に!」
戦士「ああ!」
牢ごと……いや、牢の光も剣に纏わせて瘴気を燃やした。
アキレスと俺の魔力は色が近いからか、
それとも別の要因のせいかはわからないが、相性がいい。
合わさると威力が上がった。
『小僧共……我が冥暗の絶望に包まれるがよい……!』
魔王が魔術を発動しようとした。
英雄「させるか!」
『うぐっ!』
英雄「おまえが好き勝手に弄んだ生命の力を舐めるなよ!」
魔法使い「手下の力も弱まってるわ。もう余裕がないみたいね!」
アキレス達の援護の下、少しずつだが確実に魔王の瘴気を削っていった。
勇者「……眩しいな」
勇者「君達には未来がある」
やがて瘴気の中心に何かがあるのが見えるようになった。
英雄「あれが『魔の核』だ!」
魔法使い「あの玉を覆っている膜! あれを破壊すれば魔王の思念は消えるわ!」
戦士「このまま瘴気を削れば……届く!」
『おのれ……』
魔法使い「逃がさないわよ! 紅焔の帳<プロミネンス・カーテン>!」
英雄「金紅の針<ルチレイテッド・ニードル>!」
『ぐあっ……!』
英雄「よっしゃ当たったあ!!」
僧侶「魔王の動きを止めます! 聖者の珠<セイント・バブル>!」
戦士「いっっっけええええええええええええ!!!!」
これまでになかったほど力が漲るのを感じた。
大きな炎を燃え上がらせ、瘴気を焼き切った。
戦士「っ……はあっ……ふっ……」
『……………………』
戦士「もう動けないようだな」
膜に覆われた魔の核が床に転がった。
戦士「……魔力がもう切れそうだ。アキレス」
英雄「ああ」
二人で玉に向かって剣を突き立てた。
だがなかなか膜を破ることができない。
戦士「硬いな」
ナハトさんが立ち上がってこっちに来た。
勇者「……今の私の力でも、破壊の補助くらいはできるだろう」
三人同時に剣の切っ先へ魔力を集中させた。
『我が思念が葬られようとも、いずれ新たなる魔王が誕生する』
『人間がこの世に蔓延る限り魔は絶えぬのだ』
『精々……束の間の平和を享受するのだな……』
膜にヒビが入り出し、砕けた。
『果たして――――束の間の平和は平和となりうるのか――――』
勇者「父様、母様……『ナハト』……みんな……」
勇者「……仇は討ったよ」
膜に包まれて核を覆っていた魔王の思念は散り去った。
だが魔の核本体は残ったままだ。
英雄「これは、絶対に壊すことができないらしい」
英雄「いつの時代から、どのような理由で存在しているのかは一切不明で、」
英雄「人間を戒めるために神が創ったとも、」
英雄「人間への呪いとして魔界の王が創ったとも言われているんだってさ」
魔王城が歪んで、そして消え去った。
俺達はいつの間にか白い石造りの遺跡の中にいた。
たくさんの柱が立っている。壁はないようだ。
俺の名前の由来になった神話に出てくる神殿と似ている。
太陽は沈み、宵が訪れていた。
神殿の中心では七本の小さな柱が円を描くように並んでおり、
その中心にもう一本柱が立っている。
七つの聖玉と魔の核が納められていた台座だろうか。
英雄「でも、これで今存在している魔族や魔物は全て消え去った」
勇者「今現在、既に魔に属する者として存在している者は……な」
戦士「ナハトさん、その魔力……」
勇者「…………ずっと抑えていたのだがな」
戦士「元に、戻せるんですよね?」
勇者「いいや。不可能だ」
勇者「……まだ君に隠し事を残していたことを謝罪しよう」
勇者「私はもうじき魔族となる」
戦士「そんな……」
勇者「魔族の復活を防ぐには、この玉を封印するしかない」
勇者「私は自分ごとこの魔の核の時を止める」
戦士「……!」
少年『もし、彼女が永遠の孤独に閉ざさ――ことを選んだら、』
少年『その時は、彼女を殺してほしい』
少年『そうでもし――と、彼女の魂は未来永劫――――』
ナハトさんは、ずっと前からこうするつもりだったんだ。
だから、『ナハト』はあんなことを言っていたんだ。
ちくしょう、そういうことだったのか…………!
英雄「そんなことが……」
勇者「今の私の魔適傾向の高さならば可能だ」
勇者「君達が来ようが来なかろうが結果は同じだ」
勇者「魔王が私の中に入ろうとした時点で私の勝ちだった」
勇者「まあ、再び奴に穢されずに済んだし、奴の思念を消滅させられて気は晴れたがな」
戦士「や……だよ……」
戦士「ずっと一緒にいたいのに……!」
戦士「ナハトさん、きっと助かる方法が見つかります」
戦士「だから……だから、こんな……」
勇者「……もう、こうするしかないんだ」
戦士「でも!」
勇者「私は、こんな世界は滅んでしまえという気持ちをいだいてしまっている」
勇者「その私が魔族になれば、魔王以上に厄介な存在となるだろう」
勇者「理性を失い、ただ世界を壊して回るだけの怪物と化すんだ」
戦士「……」
勇者「だが私は、君が生きているこの世界を滅ぼしたくはないんだ」
せっかく魔王を倒したのに、もうナハトさんの人生が終わってしまうなんて、
信じたくない。
告げられた現実を受け入れきれず、涙が溢れた。
戦士「なあエイルさん、どうにか浄化できないのか!?」
僧侶「……魔族化しかけている人から、瘴気のみを浄化することは…………」
僧侶「私達の技術では……不可能です。まして、魔王の瘴気ですから…………」
戦士「あ、そうだ、俺の魔力を使えばきっと」
勇者「もう力を使い切ったのだろう。回復を待つ猶予はない」
勇者「仮に可能だったとしても、君の魔力容量では私の魔力を浄化しきれない」
勇者「最初は一人でここまで来るつもりだったんだ」
勇者「この世に未練を残さないために、他者を遠ざけて生きてきた」
勇者「それなのに、私は君の弟子入りを許してしまった」
勇者「子供を望めない私は、君を育てることで自分が生きた証を残したかったのだろうね」
戦士「っ…………」
勇者「でも、これほど君に情を移してしまうなんて、予想外だったな……」
僧侶「ぐすっ……」
魔法使い「…………」
戦士「俺、やっぱりあなたが好きだ! 離れるなんて考えられねえよ!!」
勇者「……私も、ずっと、君のことが好きだったよ」
戦士「…………え?」
戦士「いつからですか」
勇者「それは……」
勇者「……………………」
勇者「はは、いつからだったかな。まあいいじゃないか」
戦士「な、何で誤魔化すんですか」
勇者「君から想いを打ち明けられた時、とても嬉しかった」
勇者「こんな体じゃなければ、君と寄り添い合って生きていきたかったな」
戦士「…………」
勇者「っ……」
勇者「もう時間がない。私が私でいられる内に……終わらせなければ……」
彼女の背後に扉が現れた。魔力の光を放っている。
このままナハトさんを行かせれば、彼女の魂は永遠に孤独のままだ。
だからといって、この手で彼女の命を奪うなんてできるはずがない。
仮に殺せたところで、今生きているナハトさんを……アルカさんを救うことにはならない。
戦士「あ……ぁあ……」
勇者「じゃあな」
彼女は俺の首に何かをかけた。
侯爵からもらった髪飾りが通された鎖だ。
宵と……ナハトさんがアルカさんとして生きていた頃の瞳と同じ色をしたエリスライトが、
空に残った僅かな残光を受けている。
勇者「君の幸せを願っている」
戦士「いやだ……行かな……で……」
彼女が行ってしまう。
俺は弱々しく手を伸ばしたが、彼女を引き止めることはできなかった。
彼女は最後に、こちらを振り返って微笑んだ。
扉がひとりでに閉じていく。彼女の姿が隠されていく。
戦士「アルカさん! アルカさん!!」
扉は完全に閉ざされ、光を失った。時が止まったんだ。
もう彼女に会うことは叶わない。彼女の魂がこの世で生きることはない。
俺は、泣き声混じりの叫びを上げた。
今回はラストシーンまで飛ばしてもストーリーの進行上問題は無いです
第二十一話 常夜
――――――――――――
――――――
――
今までの記憶が流れ込んでくる。
これが走馬灯というものか。
死ぬわけではないのだが、永遠に眠るんだ。まあ同じようなものだ。
少年「はい、チェックメイト」
少女「んむぅ……また負けちゃった」
ナハトはチェスやトランプが得意だった。
彼の目は勿忘草色で、魔力もよく似た空色の波動を放っていた。
穏やかな朝のような、優しい青だった。
少年「じゃあ僕ちょっと出かけてくるね!」
少女「えー……もう一回やりたいのに」
少女「……行っちゃった」
執事「私がお相手いたしましょう」
少女「ありがと。強くなってあの女たらしをぎゃふんと言わせてあげるわ」
執事のハインリヒ・ライマンは、母様の実家に代々使えている家系の出だった。
彼は母様のことをよく理解していて、手が空いていれば私の相手もしてくれた。
執事「腕を上げられましたね」
少女「まだよ……まだこんなもんじゃあいつを倒せないわ……」
母親「アルカディア、そろそろピアノのお稽古の時間よ」
少女「はあい、お母様」
母様の魔力は深い紫色だった。目の色もそうだった。
昔はヘイゼル色だったそうだが、私が生まれる数ヶ月前に色が変わったそうだ。
魔王に蹂躙されたことで、魔適傾向が上昇したためだろう。
母様は、母様の故郷で採れたアメジストのネックレスをいつも身に着けていた。
教師「素晴らしい腕前でございます」
教師「まだ九つであらせられることが信じられないほどですよ」
少年「ただいま戻りました〜。あ、エルディアナ様! 今晩もお綺麗ですね!」
ナハトが懐いている母様は、美人で教養があってピアノも歌も上手だった。
私は母様が羨ましかった。少しでもはやく立派なレディになりたかった。
ナハトに認めてもらいたかったから、勉学や習い事は必死にこなした。
青年「一緒にあそぼ?」
少女「叔父様……仕方ないわね」
叔父上は父様の分まで私を可愛がってくれた。
母様の宝石類に触れると、時折父様の残留思念と話をすることができた。
姿は見えなかったけれど、声を聞けただけでも嬉しかった。
エファがこの地を去って以来、ナハトはあまり外に行こうとしなくなった。
時折気晴らしに散歩に行く程度だった。
少年「アルカ、ポーカーやろうよ。それともブラックジャックにしようか」
少女「…………」
少年「機嫌直してって」
ナハトの気持ちをはっきり聞いてしまった以上、
もう彼をどうこうしようという気は起きなかった。
一緒に遊びたい気持ちが全くないわけでもなかったが、意地を張ってしまっていたな。
少年「なあアルカ、僕にとって君は可愛い妹みたいなもんでさ」
少年「アルカも、僕のことをお兄さんみたいに思ってもらえたら、嬉しいんだけど……」
少女「…………」
母親「いつか、淡い恋を卒業して、真実の愛を見つける日が来るわ」
母親「今はつらくても、きっと大切に想い合える人と出会える。そう信じるの」
少女「え?」
少女「おじい様、私の誕生祝いに来られなくなってしまったの?」
執事「ええ……急な大仕事が入ったそうでございます」
執事「領地の平和を何よりも大切にしておられる方でございますから、こればかりは……」
少女「そっか。仕方ないわね」
遠方に住む祖父母とは滅多に会えなかった。
でも、祖父母の優しい笑みはいつでも思い出すことができた。
この町が再興できたのは、彼等の支援のおかげだった。
貴族の少年「お誕生日おめでとう、アルカディア」
少女「ありがとう、ヴァルター」
時折手紙のやりとりをしていた友人が、私の誕生日を祝いにわざわざ来てくれた。
少年「アルカ、おめでとう」
貴族の少年「……」
少年「ひっ……」
彼はナハトが嫌いなようだった。
貴族の少年「この間手紙に書いた薔薇園さ、ほんとに綺麗なんだ」
貴族の少年「いつか君に見に来てほしいな」
少女「そうね、次の社交の季節にでもお邪魔させてもらおうかしら」
私は彼に特別な感情を持ってはいなかったが、誘われて悪い気はしていなかったな。
交流が続いていれば、彼との未来もあったのかもしれない。
少しずつナハトと再び話すようになった。
私の十歳の誕生日から少し経った頃のある夜、魔王軍が攻め込んできた。
馴染みのある兵士や使用人達が次々と魔族に殺されていった。
少女「いやあああ!」
少年「アルカ! こっちだ!」
ナハトに手を引かれて館を出た。
彼は、母様のネックレスを首にかけていた。
町中が燃え上がっていた。人々が抵抗も虚しく斬り殺されていく。
魔族は殺戮を楽しんで笑っていた。
魔王「……ほう」
魔王「かつて犯した女の腹に宿っていた赤子ではないか」
逃げる途中、私達は魔王に捕まった。
少年「アルカを放せ!」
魔王の手下がナハトを取り押さえている。
魔王「我は、汝の母親に腹の子は死ぬだろうと言った」
魔王「だが汝はこうして生きている」
魔王「妙なものだな。この土地の力によるものであろうか」
魔王「汝から忌々しい聖玉とよく似た波動を感じるぞ」
魔王に服を破かれた。
魔王「汝の瞳は我が精によるもの。汝は我が娘も同然なのだ」
脚を開かれ、体を抉じ開けられた。腹に鋭い痛みが走った。
魔王「いい目だ」
手下「ほらほら目に焼き付けろ! 守るべき女が犯されている姿をな!」
少年「やめろ! アルカ、アルカ!!」
少女「ナハ、ト……」
ナハトは必死にもがいているが、抵抗したところで魔族に敵うはずがなかった。
犯されながら夜空を見上げた。家々を焼く炎が輝いている。
煙が煌めく星々を隠していく。
舞い散る火の粉のなんと美しいことか。
魔王軍が去っていった。
私は自分の体を見下ろした。ナハトの血と、魔王の精液で染まっていた。
私の傍に横たわっているナハトは動かない。
もう私の思考はまともに機能していなかった。私は、魔王の精液ごとナハトの血を飲んだ。
少女「ずっと、一緒に……」
やがて丘陵から朝日が顔を出した。
あれほど虚しい朝焼けを見たのは、この時が初めてだった。
日の光が生気を失ったナハトの肌を照らした。
地面に槍が落ちているのが見えた。柄のほとんどが折れている。
私は、その槍の刃で長かった髪を斬り落とした。
少女「死んだのは、アルカディア。ナハトは…………生きている」
襲撃以来、私は石に宿った残留思念と話すことができなくなった。
おそらく、それは魔王の精を取り込んだからだ。
魔の力は封じ込めたが、やがて浸蝕されていくだろうことはその頃からわかっていた。
私は予想以上の早さで力を身に着けた。
その力を恐ろしく思ったことも少なくなかった。
兄弟子1「この化け物が!」
兄弟子2「妙な力を使いやがって! 卑怯者!」
レッヒェルンの館から持ち出した金貨もやがて底を尽きた。
ナハトに振り向いてほしくて練習していた歌や演奏技術が役に立った。
店主「できることなら、ずっとうちでピアノを弾いていてほしいよ」
しばらく旅を続けている内に、
乱暴された女性は泣き寝入りするしかないという現実を知った。
気がつけば、私は性欲に執着し、暴漢の生殖器を狩り取るようになっていた。
そして、いつしか私は『勇者』と呼ばれるようになった。
私は己の憎しみに基づいて悪漢や魔物を退治していただけだ。
勇者の称号など、とても私に相応しい物ではなかった。
幼い頃から背はやや高い方ではあったが、旅立ってからの数年で急激に身長が伸びた。
おかげで声帯も伸びたのか、男のような声を出せるようになった。
東の大陸のとある国で紙芝居の職人と出会った。
職人「もう行ってしまうのかい」
職人「君が私の芝居を読んでくれると、子供達がたいそう喜んでくれるんだ」
職人「いつかまた来てくれると嬉しいねえ」
特定の相手と長期間共に過ごすことは控えていた。
名残惜しさを感じてはならない。決意が鈍る。
私の人間としての寿命はそう長くない。だがただで死ぬつもりはなかった。
七つの聖玉がなくとも、もう人間が魔族に蹂躙されることのない時代を築いてみせる。
そう誓っていた。
女「ねえ、今夜どう?」
男「おまえかっるいな。いいけどさ」
私と違って愛する者に純潔を捧げられる可能性を持っている女が、
たいした理由もなく、好きでもない相手に純潔を捨ててしまうことが憎らしく思えた。
やがて、どれだけ他人から恨みを買っても、怖いとは思わなくなっていった。
復讐しに来た者を返り討ちにするのはよくあることだった。
騎士「助けられたな」
勇者「不服そうだね」
騎士「私は誇り高き騎士だ。生意気な子供一人に助けられたとあっては名に泥がかかる」
騎士「だが恩義に反するわけにはいかない。何か礼でも」
勇者「誇り高き騎士にしては女性にだらしないようだね?」
騎士「なっ」
再会した時、彼はやさぐれて性格が変わってしまっていた。
十八になった頃、彼と出会った。
戦士「弟子にしてください!」
目付きの悪い少年が土下座してそう頼み込んできた。
真っ直ぐな眼差し。素朴な夢。純粋な心。朝日のような暖かい魔力。
未熟だが大きな伸び代の存在を感じられた。
不思議と、彼と共にいたいと思った。
勇者「軽い気持ちで婚前交渉を行う淫乱は性病にかかってしまえばいいと思うのだよ」
勇者「同性婚を認められていない国に住まう同性愛者同士等は例外だがね」
戦士「そっすか」
勇者「なお、僕は婚前に結婚相手以外の者に操を捧げる慣習がある文化を否定しているわけではない」
勇者「世界は広い。そういった文化を持つ国もあるのだよ」
戦士「あ、はあ、そっすか」
彼はいつも苦笑いを浮かべて私の話を聞き流していた。
それがなんとなく心地よかった。
ある時、ハインリヒとよく似た執事からじい様の護衛を依頼された。
親族には会わないつもりだったが、どうしても顔を見たくなった。
私の魔感力はじい様譲りであるようだった。駄洒落好きなのも遺伝だったのだろうか。
母様が生まれ育った町はガラスで飾られていて、美しかった。
ヘリオス君と出会い、じい様やばあ様と再会し、
死んでいたはずの『アルカ』としての心が蘇り始めた。
ヘリオス君とはある程度の距離感を保ち続けるつもりだったが、
一緒にいればいるほど、離れたくないという想いが強くなっていった。
彼の純朴さが羨ましかった。
私の情緒の不安定さが顕著になったのは、彼に性別を知られて以来だっただろうか。
故郷の隣国の城下町に到着した時、
じい様からいただいた髪飾りが似合うかどうか気になった。
ワインレッドの輝きを放つエリスライト。かつての私の瞳と同じ色の石。
感受性を高め、眠っていた情熱を呼び起こすと言われている。
戦士「ただい――」
戦士「…………」
その時は完全に気を抜いていた。
普段なら、人が近付いてきていることに気付かないはずがない。
私は一体どうしてしまったのだろうと、自分で自分にひどく困惑した。
いつの間にか、彼にだけは嫌われたくないと強く願うようになっていた。
彼の前で平静を保つのには苦労したな。
湯屋にはいつも魔法で姿を変えて入っていた。
同性にも体を見られるのは苦手だったから、いつも遅い時間に行っていた。
ヘリオス君は東の国の勇者とずいぶん仲良くなったようだった。
私は正直アキレスが羨ましかった。
ほんの少しの間に、彼は私よりもヘリオス君と親しくなっていたからだ。
城下町を出た先の村でのことだ。
ヘリオス君の同郷の友人と歌っている内に、私は酒の空気にやられて酔ってしまった。
ヘリオス君はいつの間にか酒場を出て行っていた。
迎えに来てくれないかな……なんて思って、私は彼を待ってしまっていた。
彼は私のことをどう思っているのだろう。
他人の持つ好意や嫌悪感を魔力から客観的に読み取ることはわりかし得意だったのだが、
彼の気持ちは読めなかった。私の主観的な気持ちが入り込んで邪魔をしたんだ。
彼は私を迎えに来てくれたが、アキレスの仲間であるエイルと一緒だった。
激しく胸が痛むのを感じた。
世界中で魔族が人間を姦淫する事件が増えたのは、私が生まれてきたためだ。
私は己の存在を憎ましく思った。
森を抜け、ミーランの町に到着した。
宿屋でエイルと二人になった。
彼女はどうやらアキレスに想いを寄せているようだったが、深い失恋の色を見せていた。
ヘリオス君に心を移されたらどうしようと不安になった。
私が彼と結ばれて幸せに暮らすというのも不可能な話だったのだが、
沸き溢れる苦い感情は消しようがなかった。
勇者「……ヘリオス君と、親しくなったようだね」
僧侶「ええ。彼は、とても心根の優しい方です」
勇者「…………」
僧侶「彼のことが、好きなのですね」
勇者「え……いや、そんなことは……」
はっきりとそう言われ、ひどく動揺してしまった。
僧侶「あなたを見ていればわかります」
勇者「…………」
僧侶「私、故郷ではよく恋愛相談を受けていたんです」
僧侶「私でよければ話し相手になりますよ」
勇者「…………」
魔法使い「ナハト、いる?」
魔法使い「これあげるわ。女の子なら大抵持ってる物よ」
勇者「……いいのか」
魔法使い「敵を倒してもらったのに、何のお礼もしないんじゃあたしの気が済まないもの」
魔法使い「何であんたの魔力が分離しかかっているのか漸くわかったわ」
魔法使い「青い方の魔力、元は男の物でしょ?」
魔法使い「男に恋してる所為でそっちの魔力が拒否反応起こしてるのね」
勇者「…………」
彼に融かされた人間らしい暖かい感情と、彼に対する激しい恋心、
そして体の変化により、この時は完全に不調に陥っていた。
ナハトの魔力を繋ぎ止めるには、
彼の魔力を私に結び付ける元となった魔王の精の力を使うしかなかった。
人としての寿命は縮むがやむを得なかった。
ナハトの魔力が離れたら魔力容量が減ってしまう。
私のような、男も同然の女がヘリオス君に好かれるはずはない。そう思っていた。
だから、彼に好きだと告げられた時は、とても嬉しかった。
だが、同時にその喜びを上回る深い悲しみも沸き上がった。
いくら両想いでも、私は彼とは生きられない。
勇者「……ごめ、んな」
あれほど心苦しいことはなかった。
最北の城塞都市、アイスベルク。
魔法使い「後でちょっといいかしら」
マリナに呼び出された。ヘリオス君を眠らせてから彼女と会った。
魔法使い「あたしの魔感力でもわかったわ」
魔法使い「あんた、魔族になりかけてるでしょ」
勇者「ああ」
魔法使い「……どうするつもり」
彼女に全てを話した。
勇者「ヘリオス君には黙っておいてほしい」
勇者「この子には、私が永遠の眠りにつくところを見られたくないんだ」
私が封印の礎になると知ったら、彼は嘆き悲しむだろう。
そうなれば私もこの世に更なる未練を残すことになってしまう。
だから、一人で終わらせたかった。
魔王「よく来たな……『我が娘』よ」
勇者「お久しぶりです。もう一人の『お父様』」
――
――――――――
魔王の消滅と共に、私の生きる理由も無くなるはずだった。
戦士「いやだ……行かな……で……」
戦士「アルカさん! アルカさん!!」
それなのに、まだ生きていたい理由ができてしまった。
八年間世界中を旅して回ったが、
比較的強い魔物が生息していない彼の故郷へは行ったことがなかった。
彼と共に南へ行けたらどれほど幸せだろう。
さあ、眠ろう。彼の夢を見ながら。
朝日が訪れることのない、夜の深みへ――。
――――――――――――
――――――
――
英雄「なあ、どうにかできないのかよ」
魔法使い「無理よ。七つの聖玉が無い限り、奇蹟なんて起こしようがないわ」
戦士「……そうだ。まだ終わっちゃいない」
戦士「俺は七つの聖玉を探す」
戦士「例え、何年かかったとしても……絶対に見つけ出す」
第二十二話 旭光
あれから、世界は変わった。
軍事用に開発されていた技術が一般にも流れ、生活は更に便利になった。
貴族や大商人じゃない平民の間にも、
魔鉱石を動力源とした車……魔動車が普及しつつある。
七つの聖玉を探すといっても、あては一切無い。
どういった経緯で失われたのかさえ不明なんだ。
何らかの要因で何処かへ弾け飛んだのか、何者かに盗まれたのか、
存在そのものが消えてしまったのか……誰も知る者はいない。
アキレス達は、魔王を倒したことを報告しに東の大陸へ帰った。
遠距離でも会話をすることができる情報機が開発されたため、
連絡はいつでも取ることができる。
アルカさんがかつて牧師さん達に教えた不能の呪いのコードが改良され、
あらゆる町や村、街道、航路で強姦を行うことは不可能となっていった。
範囲外へ人を誘拐することも不可能であるため、
実質この世界から男性による性犯罪はなくなった。
女性からの性犯罪を防ぐ手段については現在研究中であるが、近い内に開発されるだろう。
懸念されていた盗賊の増加だが、心配していたほど増えることはなかった。
技術の発達に伴い、各地に大規模な工場が建てられ、大量の労働力が必要となったのだ。
仕事がなくなった兵士や傭兵は、代わりにそういった場所へ配属されるようになった。
――北の大陸、北東のラズ半島
俺はレッヒェルン領に訪れた。
アルカさんがどんなところで育ったのか知りたかった。
現在、この土地はレッヒェルンに縁のある貴族により治められている。
女性1「あなた、もしかして……旭光の勇者ヘリオス?」
女性2「キャー! サインください!」
俺は勇者と呼ばれるようになった。二つ名で呼ぶのはほんとやめてほしい。恥ずかしい。
俺は勇者だなんてガラじゃないんだ。
女性達をどうにかかわして丘陵地帯を進んだ。
――レッヒェルン領 ラピスブラオ鉱山
再びこの鉱山からラピスラズリが掘り出されるようになり始めた。
七つの聖玉の内の一つ、『清澄たるキュアノス』は『透明なラピスラズリ』の意だ。
現在はアウィナイトと呼ばれている。
そういや、魔王がアルカさんに対して憎き波動がうんたらかんたら言ってたな。
清澄たるキュアノスがこの鉱山産だったりするのかもしれない。
代わりになる新しいアウィナイトが採れたりしないかな。
採れたとしても聖玉に精製する技術が失われているから意味ないか。ちくしょう。
……そう思った時、俺のインペリアルトパーズが輝き出した。
俺を何処かへ導こうとしているようだ。
トパーズに導かれるがまま鉱山の脇の方へ入った。
しかし目の前には岩壁が立ちはだかった。
思い切って壁を破壊してみると、奥には洞窟が続いていた。
最深部には、青く輝く大きな珠があった。
戦士「まさか……」
ミーランの町で見た絵画に描かれていたのとそっくりだ。
清く強い波動を感じた。きっと、これが聖玉の一つなんだ。
勇者『似た波動を持つ石同士は共鳴して引かれ合う』
勇者『産地が同じ石ならば、その反応は更に激しくなる』
もしかして、七つの聖玉は故郷に帰ったのではないだろうか。
俺はそう仮説を立てた。七つの聖玉の産地である可能性の高い鉱山を回ろう。
あてが外れても、また旅を続ければいいだけだ。
――コーレンベルク領 グラースベルク鉱山
水晶の代表的な産地であるこの鉱山からは、アメジストもしばしば採掘される。
もしかしたら、深淵のアメスィストスを見つけられるかもしれない。
……予想通り、発見することができた。
ある程度近づけば、アルカさんがくれたこのトパーズが俺を導いてくれる。
挫けそうになったって、感情を呼び起こすエリスライトが俺を励ましてくれる。
赤淫魔『……八年前、特定の土地で先祖代々育った人間の魔力には、』
赤淫魔『瘴気に対する耐性ができることがわかったのよぉ』
赤淫魔『その特定の土地では魔力伝導率の高い石が採れるって共通点があるみたいだわぁ』
旅を続けている内にわかったのだが、
魔力伝導率の高い魔鉱石の採れる土地に先祖代々住み続けても、
必ずしも瘴気耐性が高いわけではないらしかった。
町民1「東の街道の瘴気を浄化したいのだが、瘴気の濃度が濃くて困難なんだ」
町民2「グラースベルクで先祖代々暮らした人間は瘴気への耐性が強いらしい」
町民2「魔族に犯されても、魔適傾向が上がっただけでピンピンしてたとか」
町民2「そういった人に率先して出向いてもらおう」
町民3「プティアの首都の出身者も瘴気に強いらしいぞ」
魔力伝導率の高い魔鉱石の産地であっても、土地によって住民の瘴気耐性にはムラがある。
はっきり七ヶ所だけだったらわかりやすかったのだが……。
しかし、候補地を絞る指標にはなるかもしれないと思った。
聖玉は元から浄化の力の強い魔鉱石を加工して作られたものだからだ。
世界は広い。魔鉱石の産地は数えきれないほどある。
残りのルビー、ゴールデンベリル、ヴェルデライト、ダイヤモンド、
オパールの鉱山だけに絞っても余裕で三桁を越える。
それらの産地で且つ産出される魔鉱石の魔力伝導率が高く、住民の瘴気耐性の高い土地。
まずはそこを回ろう。
プティアってのはアキレスの故郷だったっけ。
魔王がアキレスに対して浄化の力云々言ってたな。きっとそこにルビーがあると信じよう。
――霧の町
装飾具店の娘さんと再会した。あれ以来、一切自傷行為はしなくなったようだ。
娘「私は、彼女に生きがいを見つけるよう諭されたの」
娘「そして、傷ついた人々を助ける仕事を始めたわ」
娘「そうしている内に、私の過去を知っても愛してくれる人と出会えた」
娘「今の私があるのは、彼女のおかげ」
娘「彼女と再び会える日が訪れるのを待ち続けるわ。いつまでも」
アルカさんは無数の男根を狩り取ってきたが、それ以上に人の心を救ってもいた。
彼女が己の時を止めたと知って嘆いた人の数は、嘆きの深さは、計り知れない。
――東の大陸 プティア王国
英雄「よう、久しぶり」
英雄「つってもいつでも話せるけどさ、顔を見るのは数ヶ月ぶりだな」
英雄「勇者ナハト……アルカさんが作り出した扉を開くための研究は進んでるよ」
英雄「そっちは任せておいてくれ」
英雄「大丈夫、この世界の住民が勇者を見捨てるわけないだろ」
英雄「あと、これ。超古代時代の地図」
英雄「故郷の鉱山に帰ったって説が正しかったとしてもさ、」
英雄「今は廃鉱山になってるところに行ってるかもしれないだろ?」
英雄「そう思って探しておいたんだ」
そこまで考えが及んでいなかった。助かった。
英雄「何者かが、聖玉の結界に力を加えたんじゃないかって説が濃厚らしい」
英雄「そんなことができる人物はまずいないし、今更確かめようもないけどな」
無事にアキレスの故郷で鮮血のアントラクスを見つけることができた。
英雄「これ、路銀の足しにしてくれ」
戦士「金貨なんてわりいよ」
英雄「女装コンテストで優勝して手に入れた金だから気にすんなって!」
戦士「…………」
紙芝居を作っている老人と出会った。
職人「そうかい、あの子とはもう会えないのかい」
戦士「俺が、きっと彼女を助け出します」
アルカさんを再びこの地に連れてくることを彼に約束し、東の大陸を出た。
――
――――――――
一年以上ぶりに故郷に帰ってきた。
同級生1「あ、ヘリオス! ヘリオスじゃないか!」
同級生2「おまえ魔王を倒したってマジかよ!」
戦士「あー……まあな」
同級生3「黎明の波動を持つ者! 旭光の勇者!」
同級生4「かっけえええええええええ!!!!」
戦士「や!! め!! ろ!!」
ちょっとした騒ぎになってしまった。
実家があったはずの場所に二階建ての家が建っていた。
おかしいな。俺の家は平屋だったはずだ。
父「父さんの皿が、とある民族から高く評価されてな」
父「侘び寂びがどうのこうのと……物好きな民族もいるもんだな」
普通、均一でバランスの取れた美しい形の皿が高く評価される。
歪な形の陶器を好む民族がいるなんて聞いたことがなかった。
親父の工房もでかくなっていた。大勢の弟子がいた。
父「今なら、おまえが行きたがっていた士官学校に行かせてやれるぞ」
戦士「……いいよ。俺、他にやりたいことがあるんだ」
姉は結婚してた。甥が生まれてた。ついでに俺の兄弟も増えてた。
……親父とお袋、元気だな。
父「そうだ、王様がおまえを呼んでたぞ。表彰したいそうだ」
目立っても恥ずかしいだけだから正直逃げたかったが、
国王陛下からの召集を断るわけにはいかなかった。
表彰式はやっぱり恥ずかしくて死ぬかと思った。
国王「おぬしの望みを叶えようぞ」
戦士「……東の王国プティアにて、勇者ナハトを救う方法が研究されています」
戦士「どうかお力添えをいただきたく存じます」
戦士「……はあ」
疲れた。
実家の庭が隣家のミントに侵食されていたから、
ミントと雑草だけ炎で焼いたらお袋から感謝された。
俺も器用に魔力を制御できるようになったもんだな。
今日は実家で休んで、明日にでも鉱山に行こう。
……そう思ったのだが、トパーズが反応していることに気がついた。
俺の家の真下から反応があった。
弟1「にーちゃん何掘ってんの?」
妹1「物置が足りなくなってきてたから、地下室作ってくれたら助かるね」
戦士「……あった」
俺の魔力と近い波動を放つ珠を見つけた。黎明のベーリュッロスだ。
ついでにゴールデンベリルの鉱脈もあった。
俺はこの珠から影響を受けて育ったのだろう。
こんなに近くにあったんだ。そりゃ魔族から苦手とされたわけだ。
父「そういや、数十年程前に隕石が落ちてきたってじいさんが言ってたっけなあ」
父「そいつだったのか」
アポロン君は復学していた。
詩人「ええ、勇者ナハトは女性だったのかい。びっくりだよ」
詩人「僕は彼……彼女といつか再び言葉遊びをしたかったのだがね」
詩人モードは解除されているのか、一人称は元に戻っていた。
片玉のジョナスの村八分はだいぶ改善されたようだった。
しかも奴は同級生の女の子と付き合い出していた。
英雄『もしもし?』
英雄『七つの聖玉と七人程の優秀な魔適体質者を集められたら、きっと扉を開けられるってさ』
英雄『魔適体質者はこっちで手配しとくよ』
俺がアルカさんと出会ってから三年経った。
傭兵「よく来たな」
ダグザさんの娘さんの反抗期は治まったらしく、彼は幸せそうに暮らしていた。
僧侶「あら、ヘリオスさん。お久しぶりです」
エイルさんはダグザさんの息子さんと結婚した。
アキレスとマリナさんももうじき結婚するらしい。
英雄『わるいな、一足先に』
戦士「おめでとう。今度お祝い贈るわ」
いくら移動技術が発達しても、世界を回るのには時間がかかった。
治安がよくなったために、盗賊退治でてっとり早く路銀を稼ぐのも難しくなっていった。
急激な技術の発達に伴って混乱も起きたが、やがて落ち着くだろう。
緑の美しい国で、ヴェルデライト――翠緑のトゥルマリナを見つけた。
ダイヤモンド――豪然たるディアマンディ
オパール――眩耀たるオパッリオス
残り二つの聖玉はなかなか見つけられなかった。
よく似た別物やレプリカの存在も珍しくなかった。
女賢者「あなたには、想い人がいらっしゃるのですね」
女賢者「お願いです、どうか一晩だけでも私に思い出をください」
女性から想いを寄せられることも時折あった。どうにかして断った。
こんな時、アルカさんはどうやって流していたっけ。
くさい台詞を吐いて相手を満足させてたな。俺には真似できないや。
犯罪が減り、特に性犯罪はほとんどない時代が訪れ、
人々は技術の便利さを享受して生活している。まるで理想郷だ。
こんなに良い世の中になったのも、アルカさんのおかげなんだ。
彼女に一刻も早くこの世界を見せたい。
更にもう一年経過した。
俺の故郷よりも更に南……この星の最南端でダイヤモンドを見つけた。
少年剣士「ヘリオスさん、すごい執念っすね」
少女剣士「そろそろ稽古つけてくださいよ」
弟子を育てるのは楽しいものだ。
だが剣士の雇用は減っているため、彼等の将来は少々心配である。
魔法使い『もしもし? アキレスの奴、』
魔法使い『もう女装が似合わないくらいガタイがよくなってるのに女装癖が抜けないのよ』
魔法使い『どうしようかしら』
戦士「……好きにさせるしかないんじゃねえの?」
……更に、もう一年。
俺達が旅をしていたのとは星の反対側の大陸で、オパールを見つけた。
これを見つけるのには最も苦労した。
存在は確認できても、道のりが険しくてなかなか在り処まで辿り着けなかったのだ。
鉱脈の割れ目に迷路のような空間が広がっており、四方八方でオパールが輝いていた。
インペリアルトパーズがなければ迷っていただろう。
あとはアキレスと連絡を取り、北へ向かうだけだ。
――世界の最北端 封印の神殿
かつて魔王城が聳え立っていた地に、俺達は再び訪れた。
七つの聖玉を台座に収め、十人の魔適体質者が杖を構えた。
英雄「多い方が確実だろ?」
七人でいいはずの魔適体質者をアキレスは十人も集めてくれた。
色を失った扉が、光を取り戻した。
七つの聖玉で浄化できないものはないとされている。きっと彼女を助け出せるはずだ。
ゆっくりと扉が開かれた。
彼女は、扉の向こうで眠っていた。あの時の姿のままだ。
戦士「……アルカさん!」
勇者「…………」
俺は倒れかけた彼女の体を支えた。
彼女の体が浄化されていく。
勇者「…………ヘリオス君?」
彼女の瞼が開かれ、瞳から青が抜けていった。
勇者「君の夢を見ていた。君が、世界中を飛び回り、七つの聖玉を探している夢を」
彼女は俺の頬に手を触れた。
勇者「これは、夢じゃ、ないんだな」
勇者「あれから何年経ったんだい」
戦士「五年です」
勇者「……そうか、そんなに時間が経ったのか」
勇者「大きくなるわけだな。背も歳も抜かされてしまった」
ヒール込みの彼女の背を、俺は僅かに抜いていた。
勇者「だが、たったの……」
勇者「たったの五年で、長らく行方がわからなかった聖玉を全て集めたというのかい」
勇者「……君には負けたよ」
俺は彼女を強く抱きしめた。
戦士「あなたの存在があったから、こんなに早く聖玉を見つけることができたんです」
戦士「どうか、俺と一緒に生きてください」
勇者「私のような女でいいのかい」
戦士「俺には、あなたしかいません」
勇者「あぁ……私は、生きていてもいいのだな」
勇者「ヘリオス……大好きだ」
――
――――――――
彼女は元の姿を取り戻した。
髪は黒く艶があり、瞳は葡萄酒のように輝いている。
魔王の力がなくなっても、ある程度の魔適傾向の高さは残ったようだった。
勇者「年上面できなくなっちゃったなあ」
彼女は子供っぽい苦笑いを浮かべた。
彼女が眠っている間に、世界は彼女が知らないことで溢れていた。
五年前とは逆に、俺が彼女に知識を教えることも増えた。
もちろん元の知識量の差が大きかったため、
彼女から俺に物を教えられることも相変わらず多かった。
少々手続きの面倒な国際婚と身分差婚の手続きを済ませて南へ向かう。
コーレンベルク侯爵は心から祝ってくれた。
エーデルヴァイス伯爵も泣いて喜んでいた。
アストライア嬢は背が伸びたが相変わらず可愛らしかった。
道中、アルカさんは少しずつではあるが女性の格好をしてくれるようになった。
北の大陸南東部の港から東の大陸へ渡った。
南の大陸に帰る前に、アルカさんに会いたがっている人達と会って回りたかった。
もうしばらく旅は続いた。
――数ヶ月後 南の大陸
姉「あんたがこんな美人な嫁さん連れてくるなんてね」
姉「泣かすんじゃないわよ」
同級生1「おい! あの女慣れしてないヘリオスが美人な嫁さん連れて帰ってきたぞ!」
同級生2「うわあああ! 英雄になったからって調子に乗りやがって!」
故郷に帰るとまた騒がれた。
七つの聖玉を見つけた功績を称えるためにと、再び国王陛下から召集された。
やはりとても逃げたかった。
――
――――――――
俺は念願の兵士となり、故郷の村に新居を構えた。
戦士「……怖いなら、無理しなくていいよ」
勇者「あ……」
勇者「待って、がんばる、から……」
勇者「好き、だから……大丈夫だ」
彼女は俺の腕に抱き付いた。
戦士「……アルカさん」
俺は彼女の頭を撫でた。
勇者「ちゃんと、子供を産めたらいいのだけど」
戦士「そういうのはさ、流れに任せよう。安心して」
戦士「どんな夫婦だって、授かる時は授かるし、授からない時は授からないんだ」
戦士「神様からの賜りものなんだから」
勇者「……ヘリオス」
勇者「愛してる」
戦士「……俺もだよ、アルカさん」
――
――――――――
勇者「……愛する者に抱かれるのは、こんなにも幸せなんだな」
彼女は俺の隣に横たわっている。
戦士「あ、そうだ」
戦士「いつから俺のこと好きだったんだ?」
勇者「え、あ……その……」
勇者「……はっきり自覚したのは、城下町で、君が……反り立ってるのを見た時だ」
戦士「え?」
ひどい恋の始まりもあったもんだな?
勇者「…………君からは、欲情されても、嫌じゃなくて、」
勇者「ああ、好きなんだな、って……」
戦士「……なるほど」
数年後。
勇者「あああああ可愛いよ可愛いよ」
息子「はなしてよかあさん」
アルカさんはすっかり子煩悩になった。
長男はアルカさんに似て美形だが、吊り上がった目尻だけは俺に似たようだ。
長女も幸いアルカさん似なのだが、どことなく俺の遺伝子を感じないこともない顔付きだ。
もうすぐ三人目が生まれる。
俺の昇進も決まったことだし、金には困らないだろう。
昇進に伴って隣の城下町で働くことになったから、通勤が少し大変になる。
だが学生時代は毎日町まで通学していたんだ。大したことではない。今は車もある。
息子「じいちゃんち行ってくるね」
勇者「え、待って! やだ!!」
……まあ、なんだかんだで幸せだ。
戦士「ゆっくり三人目の名前でも考えようか」
勇者「……そうだね」
居間に飾られたブラッドショットアイオライトが、朝日を受けて輝いた。
更に十数年後、旅に出ようとする長男の前にアルカさんが立ちはだかるのだが、
それはまた別の話。
END
乙
楽しませてもらったよ
お幸せに乙
乙です
アルカが親バカ過ぎて吹いたw
ところで、別の話はまだですかね?
乙!ほぼ全員ハッピーエンド万歳!
…英雄……
幸せになってくれてよかった
乙!
いい話だった
長らく楽しませてもらったよ、乙
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424: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:38:33.07 ID:F7lAQAiPo
第十五話 藍宝石
女の人に男として劣っているという事実が地味に重い。
男として非常に情けない。
別に女になりたいわけじゃない。ただただ男をやめたいのだ。
女性「憶えているわ、その天青石の胸飾り」
女性「あなたがいつも胸につけていた」
女性「……約束を守りに来てくれたのね」
勇者「体はよくなったのかい」
女性「ええ」
俺はとてつもない疎外感を覚えた。
感動の再会ってやつだ。俺がいても邪魔なだけである。
……だけど、あのエファと呼ばれた女性はあくまで『ナハト』との再会を喜んでいる。
ナハトさんは本当の『ナハト』じゃない。
そう思うとひどく切ない。
425: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:39:12.23 ID:F7lAQAiPo
女性「あなたの訃報を聞いた時は、胸が張り裂けそうになったわ」
エファさんは肖像画を見た。
女性「あなたが生きていたら、きっとこんな風に成長していたはず、って」
女性「そう思って……いつもこの肖像画を見ていたの」
勇者「……!」
勇者「ああ、そうだね。彼は僕とよく似ている」
勇者「モルゲンロート……これはアルカディアの父親の肖像画だ」
ということはナハトさんの父親の肖像画ということになる。
女性「ああ、ナハト……会いたかった」
女性「ずっと、ずっと…………私、あなただけを……」
勇者「…………」
女性「お願い、助けて! 私、恋人を作らないと、結婚させられてしまうの」
使用人「お嬢様、旦那様がお呼びです」
女性「……また明日、会いにきてくれる?」
勇者「ああ」
女性「きっとよ!」
426: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:41:05.54 ID:F7lAQAiPo
勇者「はあ……」
ナハトさんは崩れ落ちるように休憩用の椅子に座った。
勇者「父様……私はどうすればいいのですか……」
勇者「……同じ名前、よく似た別人として振る舞ってでもおけばよかっただろうか」
勇者「つい彼女の名前を呼んでしまった……」
戦士「…………」
勇者「……彼女は幼い頃、体が弱くてね。私の故郷に療養に来ていたんだ」
戦士「……この間の夜会の時と同じようにはいかないんですか?」
勇者「……あのご令嬢方は、『ナハト』のことを本気で愛していたわけじゃない」
勇者「有名な役者に憧れるのと同じような感覚だ」
勇者「だが彼女は違う。彼女は、確かに恋をしていた」
勇者「そして……『ナハト』と両想いだった」
戦士「……!?」
勇者「……だから、騙してしまっていることに……罪悪感が沸いてしまってな……」
戦士「…………無理して『ナハト』になりきらなてくも、いいんじゃないですか?」
男として生きるだけなら、『ナハト』として生きる必要はないはずである。
427: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:42:35.81 ID:F7lAQAiPo
勇者「だが私はもう彼女と『ナハト』として会ってしまった」
勇者「それに、彼女は私と同じだ」
勇者「少女時代の淡い恋として終わるかもしれなかった想いを、」
勇者「相手の死により永遠のものだと錯覚してしまっている」
ナハトさんも、まだ『ナハト』のことが好きなのだろうか。
淫魔を倒した後の発言からして、もうその恋は終わっているとも考えられるが、
まだその気持ちが残っている可能性も否定できない。
勇者「今更『ナハト』ではないと明かしたところで彼女の心は救えない」
戦士「でも、ナハトさん自信……これじゃつらいじゃないですか」
勇者「『ナハト』なら決して彼女を放ってはおかない」
戦士「……」
勇者「……これが、『彼』として生きることなんだ」
戦士「どうして、そこまで……『ナハト』として生きることに拘るんですか」
戦士「……『ナハト』が初恋の相手だからですか」
勇者「あの頃は、死んだのはアルカディアで、『ナハト』は生きているのだと」
勇者「自分に思い込ませなければ心を保てなかったんだ」
戦士「…………でも、今は」
勇者「『ナハト』として生きる以外に、どう振る舞えばいいのか……もうわからないんだ」
勇者「外ではな」
428: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:43:32.39 ID:F7lAQAiPo
勇者「……父様」
勇者「こうして大人の姿の父様を見るのは初めてだ」
勇者「こんなところで会えるとは思っていなかった」
勇者「……父様の子供の頃の肖像画なら実家にもあったんだ」
勇者「遠縁だったにも係わらず、不思議と『ナハト』はその肖像画とよく似ていたな」
綺麗な青色の目……セレスタイトに宿っていた『ナハト』よりもやや深い色だ。
しばらくその青を見ていると、眩暈に襲われた。
――
――――――――
――婚約者との結婚が決まったのですよ
『おお、なんとおめでたい』
二人の男性が会話しているようだ。
すぐ近くに年をとった画家が、少し離れた所に青年が座っている。
429: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:44:08.70 ID:F7lAQAiPo
――あなたはずっとこのミーランの町にいらっしゃるのですか
――城下町に住まい、王侯貴族の後援の元で画家業を営むこともできるでしょう
ミーラン……今俺達が訪れている町の名だ。
『私はこの町が好きなのですよ』
『貧しいわけでもないのに寂しい空気を漂わせるこの町が、』
『愛おしくてたまらないのです』
視点が頻繁に移動して酔いそうだ。
『まあ、呼ばれたら出張しますがね。近場でしたら』
――近場限定ですか
『もう若くないものですから』
――では、私がこちらへ再び足を運びましょう
――その時は妻と共に
『お待ちしておりますよ』
430: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:44:56.06 ID:F7lAQAiPo
――――――――
――
勇者「おい、ヘリオス君、ヘリオス君!」
戦士「はぁっ……」
戦士「今……映像が……白昼夢みたいに……」
勇者「……何が見えたんだ」
戦士「画家と、その肖像画の人……あなたのお父さんが、会話していました」
戦士「画家が、ずっとこの町にいるって……そして、」
戦士「あなたのお父さんが、今度は奥さんを連れてこの町に来ると、言っていました」
勇者「……そうか」
戦士「この絵の作者が生きているとしたら、会えるかもしれません」
戦士「探しますか?」
勇者「……そうしたいな。話をしてみたい」
431: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:45:59.29 ID:F7lAQAiPo
有名な画家らしく、アトリエの住所をすぐに調べることができた。
幸い存命しているらしい。
画家「……おや」
画家「懐かしい。レッヒェルン家の方ですかな」
勇者「え、ええ」
画家「どうぞ中へ」
画家「レッヒェルン領ラピスブラオ産のラピスラズリは素晴らしかった」
画家「色が鮮やかだっただけではない」
画家「絵の具に加工した後も、魔力伝導率の高さが保たれたままだった……」
半ば独り言のように、歳を取った画家のディンゲさんが語った。
屋内は絵の具の独特のにおいで満ちている。
画家「……八年前から採掘できなくなったのが、残念でなりませぬ」
画家「漸く浄化が進み、ラピスブラオ再興の動きが見られるようになりましたが」
画家「私が生きている間に、もう一度あの絵の具を手に入れることができるかどうか……」
勇者「…………」
432: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:46:56.55 ID:F7lAQAiPo
勇者「あの、」
画家「博物館にある私の絵を見てここにいらっしゃったのでしょう」
画家「違いますかな」
勇者「……その通りです」
画家「彼は、初対面の私でもすぐにわかるほど、実直で心優しい青年でございました」
画家「生きていらっしゃれば、領民に慕われる良き領主となっておられたでしょう」
画家「彼がどのようなご夫人を連れてこられるのか、私は楽しみでした」
勇者「……彼女は、彼に代わり領土を治めました」
勇者「彼ならばどのような善政を行っていたか、いつも考えていました」
画家「私は、レッヒェルン家のご令嬢が、」
画家「ご自分の背丈ほどもある剣を背負っていらっしゃることが疑問に思えてなりませぬ」
勇者「! 何故、私が女だと」
画家「画家の観察眼は誤魔化せませぬ」
このおじいさんすごい。
433: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:47:37.86 ID:F7lAQAiPo
画家「あなたの本当の声で話していただけますかな」
勇者「…………わかりました」
画家「いつも私の絵を眺めている少女から、」
画家「ラピスブラオで過ごした日々のことをよく聞きました」
画家「ナハトという少年に恋をしたこと」
画家「アルカディアという少女が、その少年をしばしば連れ戻しにきていたこと」
勇者「っ……」
画家「……紺色の髪の勇者の名はナハト。しかしあなたは女性です」
勇者「…………私はモルゲンロートとエルディアナの娘、アルカディアです」
画家「……やはりそうでしたか」
434: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:49:42.06 ID:F7lAQAiPo
画家「……彼は、自分の娘が剣を振るうことを望むような方ではございません」
画家「あなたが復讐に人生を捧げようとしてらっしゃることを、」
画家「あの世で悲しんでおられるでしょう」
勇者「……」
画家「何を言われても決意を変える気はない、といった目をしておられますな」
画家「……これを、旅のお供に」
ディンゲさんは、透明な青い石が固定されたピンブローチをナハトさんに差し出した。
セレスタイトのブローチとよく似たデザインだ。
画家「彼からいただいたものでございます」
勇者「父様が……」
画家「ラピスブラオで採掘された、大変希少な石とお聞きいたしました」
勇者「…………ありがとうございます」
435: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:51:07.24 ID:F7lAQAiPo
勇者「私はエファに会いました」
勇者「彼女は、『ナハト』が生きていると知って涙を流して喜んでいました」
勇者「……私は、どうすればいいのかわからないのです」
勇者「『ナハト』なら、彼女との再会を喜び、恋人同士となっていたかもしれません」
勇者「ですが、私は彼女を幸せにすることができません」
画家「きっと、その石があなた方を導くでしょう」
画家「ああ、そうだ。画家の目の他に侮ってはならないものがございます」
画家「女の勘と観察力です」
436: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:51:41.37 ID:F7lAQAiPo
――外
勇者「……この石は、七つの聖玉の一つと同じアウィナイトだ」
勇者「ラピスラズリを構成する鉱物の内の一つでな」
勇者「私の故郷の鉱山でもごく稀に採掘されることがあった」
勇者「これほど透明な物は非常に珍しい」
ナハトさんは月光にブローチの石をかざしている。
サファイアよりも深い、綺麗な青が輝いている。
勇者「……だめだな。この大陸は、思い出が多すぎる」
勇者「…………」
勇者「おいしいものでも食べに行こうか」
切なげな表情を無理矢理笑顔に変えて、彼女は振り向いた。
437: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:52:34.14 ID:F7lAQAiPo
英雄「あ、ヘリオス! 勇者ナハト!」
英雄「同じテーブル座れよ!」
勇者「遠慮する」
英雄「え、そんな他人行儀な」
勇者「……世話にはなったが慣れ合ったつもりはない」
戦士「いいじゃないですか、一緒にメシ食うくらい」
勇者「……君がそちらに行きたいなら行ってくるといい」
戦士「あなたが来ないなら行きませんよ」
僧侶「ほら来てください!」
僧侶「私はあなたがちゃんとご飯を食べているか監督しなければなりません!」
魔法使い「なんか放っておけないのよね」
勇者「わ、わかったから! 引っ張らないでくれ!」
傭兵「……はたから見れば両手に花だな」
英雄「マリナ……やっぱり……」
戦士「それはないから安心するんだ」
傭兵「アキレスおまえ、やっぱりにぶ……何でもない」
そんなに他人を遠ざけることないのになあ、と思った。
仲間がいた方が楽しいじゃないか。
438: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:54:07.71 ID:F7lAQAiPo
――――――――
父親「覚悟は決まったか」
女性「お父様、もう少し、もう少しだけ待ってほしいの」
父親「いつもそう言ってばかりではないか」
父親「先方をいつまでお待たせするつもりだ」
女性「あと一日だけ! お願い!」
父親「……仕方ないな。明日の日の入りまでには決意を固めるのだぞ」
男性「エファ」
女性「あ……アダムさん、いらっしゃっていたのね」
男性「……まだ初恋を忘れられないのかい」
女性「…………ごめんなさい」
439: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:54:57.93 ID:F7lAQAiPo
体が弱かった私は、レッヒェルン領ラピスブラオの町で幼少期を過ごした。
そこはラピスラズリの産地であり、土地そのものに体と心を丈夫にする力があると言われていた。
でも、療養生活は、故郷での暮らしと何も変わらなかった。
二階の窓からただ外を眺めるだけの日々。
少年「やあ、可憐なお嬢さん。はじめまして」
その暮らしを変えてくれたのが、彼だった。
少年「僕は、君の悲しげな浅葱色の瞳を喜びで満たすためにここへ来たんだ」
彼は器用に木を登って、私がいる窓際まで何度も会いに来てくれた。
彼は毎日、胸に空色の石の飾りをつけていた。
お父さんに買ってもらった物だと楽しそうに話していた。
少年「顔色がよくなってきたね」
彼は勿忘草色の瞳でいつも優しそうに微笑んでいた。
440: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:56:07.43 ID:F7lAQAiPo
彼が会いに来てくれるようになったおかげで、私の心は暖かくなっていった。
少年「心が元気になったのなら、体だって元気になるさ」
少年「あっちの方に綺麗な花畑があるんだ。見に行こうよ」
少年「摘んでこようかとも思ったんだけど、切り花は好きじゃないんだろう?」
根から切り離された花は、長く生きられない。
種を残さずにただ枯れるだけ。私はそれが嫌だった。
病人に鉢植えは縁起が悪いだなんて話もあるけれど、
私は土に根付いた草花の方がずっと好きだった。
私と彼はこっそり家を抜け出した。
彼に手を引かれて、久々に外に出た。胸が高鳴った。
その高鳴りは彼へのときめきだったのか、
外の世界への恐れだったのか……多分、両方だったのだと思う。
441: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:58:04.43 ID:F7lAQAiPo
少年「ね、すごい眺めでしょ?」
山と山の間に、花畑が広がっていた。
外の世界はこんなに綺麗なのね、と感動したのをよく憶えている。
家に帰ると世話係の人にこっぴどく怒られた反面、喜んでももらえた。
世話係「まさかお嬢様が外で遊んでこられるなんて……」
侍女と一緒になら彼と遊びに行ってもいいと許可をもらえた。
私の体は少しずつ丈夫になっていった。心の健康さに追いつこうと必死だった。
世話係「まあ、こんなに走れるようになったのですか!? 信じられませんわ……」
彼と出会わなければ、私は心も体も弱いままだっただろう。
少女「ナハト! 今日はわたしにチェスを教えてくれるって約束だったじゃない!」
少年「アーベントの兄さんに代役頼んだだろ?」
少女「わたしはナハトがいいのー!」
でも、彼には仕えるべき相手がいた。髪の長い、赤紫色の瞳の女の子だった。
青年「もうすぐおじちゃまお婿に行っちゃうんだよ!? 遊ぼうよアルカァァァ!」
442: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:58:46.94 ID:F7lAQAiPo
不思議な目の色ね、と私が言った。
少年「アルカはちょっと特殊な体質でさ」
少年「魔適体質ってほどじゃないけど、目が魔力の色に染まっているんだ」
少年「彼女曰く、僕の魔力の色も目と同じ青系統らしいんだけど、」
少年「これはたまたまだってさ。うちの家族、青い目の人多いし」
少女「明日こそ一緒に遊んでね!」
少年「あー、わかったわかった」
同じようなことは何度もあった。
私は、彼女から彼を奪ってしまった。少なからず罪悪感を覚えていた。
でも、彼と離れたら、また体が弱くなりそうで怖かった。
何より、彼が好きで好きでたまらなくて、想いを止められなくなっていた。
少年「アルカとはいつでも遊べるからさ。今日も帰ってから相手するし」
彼は私を心配させないよう、そう言っていた。
443: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 17:59:46.76 ID:F7lAQAiPo
少女「ねえ、あなた、ナハトのこと、好きなの?」
ある時、彼女は涙目でそう私に話しかけた。
私は恥ずかしくて答えられなかった。彼女は数秒私の目を見つめた後、彼の方を向いた。
少女「ばーかばーかナハトのばーか! 女たらしー!」
そして、彼をポカポカと叩いた。
少年「痛いって!」
少女「すけこましー!」
少年「そんな言葉何処で覚えたんだい!?」
一緒に遊びましょう、と私は彼女に言ったのだけれど、
少女「……ふんっだ!」
彼女は行ってしまった。
彼と出会って一年後、私の帰郷が決まった。
医者「もうお体もお心も健康そのものです。もう心配ないでしょう」
世話係「お父様が会いたがっておられますよ」
444: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 18:01:02.95 ID:F7lAQAiPo
少年「え、帰っちゃうの?」
彼の悲しそうな顔は、その時はじめて見た。
でも、勿忘草色の瞳が悲しみに染まったのはほんの一瞬だった。
少年「気を強く持って。笑っていて」
少年「僕が大人になったら、絶対に会いに行く」
少年「約束だ」
少年「僕は、アルカの言う通り軽いところあるけどさ」
少年「……エファ、君には本気なんだ」
他の女の子にも同じようなこと言ってるんじゃないの? と私が冗談めいて言ったら、
少年「僕と君が一緒に過ごした時間を疑うのかい?」
と彼は真剣な眼差しを私に向けた。
……彼の背後には、ひどく衝撃を受けた表情のアルカディアさんが立っていた。
少年「ア、ルカ……いつの間に……」
甘酸っぱいだけでは終わらない、ほろ苦さも含んだ初恋だった。
445: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 18:02:29.33 ID:F7lAQAiPo
いつか彼が会いに来てくれる。そう信じて、私は強く生き続けた。
でも、数年後……父から、
彼は私がラピスブラオを経って間もなく亡くなっていたことを告げられた。
彼がくれた健康な体は、その真実を知っても壊れることはなかった。
ただ、心は彼を追い求めて止まなかった。
女性「ナハト、来てくれたのね!」
勇者「ああ。守れない約束はしない主義だからね」
彼は、昨日は身に着けていなかった青いピンブローチを胸に留めていた。
天青石と共に光を反射している。
女性「こんなに背が伸びたのね」
開いた身長差に、低くなった声に年月を感じた。
彼は、あの頃と同じように笑みを浮かべている。
ただ、瞳の色はラピスラズリのような深い藍色になっていた。
勇者「八年前、後天的に魔適体質化したんだ。……信じられるかい?」
女性「ええ」
446: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 18:04:48.89 ID:F7lAQAiPo
勇者「君の浅葱色の瞳は、昔のままだね」
勇者「君と一緒に野を駆けたあの頃が懐かしいよ」
女性「ええ……」
女性「一緒に町を歩きましょう? 案内するわ」
勇者「……君は、どんな人と結婚させられそうになっているんだい」
女性「父の仕事の、取引先の御曹司。……誠実な、いい人よ」
女性「私にはもったいないくらい、文句の付けどころのない素敵な人」
女性「私の意思を尊重して待ってくれているわ。半ば政略結婚なのだけれど、」
女性「あなたとの思い出が無ければ、きっと好きになれていたかもしれない」
女性「でも私、どうしてもあなたのことを忘れられなかった」
女性「あなたしかいないって思ってた。今だってそう」
女性「遠く離れた地で、あなたが死んでしまったなんて……そんなの信じたくなかった」
勇者「…………」
447: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 18:07:40.10 ID:F7lAQAiPo
女性「……今まで、大変だったでしょう」
女性「まともに食事はとっているの? あなたの体、細すぎるわ。顔色も悪いし……」
勇者「……君から身体の心配をされるなんてね。大丈夫だよ」
女性「顔を、よく見せて」
勇者「……」
女性「ああ、色が変わっても、時間が経っても、あなたのその眼差し……眉のライン……」
女性「あの頃と同じだわ」
でも、私よりも肌が綺麗なんて……負けた気分だわ。
……彼よりも、少し唇が小さいような気がした。
栄養が足りていない所為かはわからないけれど、
二十歳の男性にしては男らしさも感じられない。
あの肖像画と比べても、大人の男性にしては細くて、綺麗すぎる。
まるで、少年のまま大人になったみたいだ。
それでも、今、彼はナハトとして目の前に存在している。
最後に会ってから、もう八年と何ヶ月も経っているんだ。
彼は、こんな風に成長したんだ。
448: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 18:08:30.16 ID:F7lAQAiPo
今、アルカディアさんはどうしているのだろう。
……つらい過去を思い起こさせてしまうかもしれない。聞くことはできなかった。
――
――――――――
女性「この眺め、綺麗でしょう。町を一望できるの」
勇者「…………」
女性「私、あなたと一緒にこの景色を見るのをずっと夢に見ていたわ」
女性「……ねえ、私と一緒に生きてくれる?」
勇者「…………僕は、明日の朝この町を発つ」
勇者「魔王を倒す旅をしているんだ。守れない約束はできない」
女性「あなたなら、きっと帰ってこられるわ!」
女性「今だってこうして、会いに来てくれたもの!」
勇者「…………」
男性「……君、何者だ。私の愛する女性と一体何をしている」
449: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 18:09:24.45 ID:F7lAQAiPo
女性「アダムさん……!?」
男性「彼女は私との結婚を控えている。手を出さないでいただきたい」
女性「待って! 彼は私の……」
勇者「……ふむ」
勇者「至って誠実。決して婚前交渉を行うような軽い男ではない」
男性「な、何を」
勇者「そして一途に彼女を想っている」
男性「…………」
勇者「ご安心ください。彼女とは少々昔話に花を咲かせていただけなのです」
女性「ナハト……?」
勇者「この石を見て」
勇者「この石の名はアウィナイト。石言葉は『過去との決別』」
彼は私の手を取り、その青い石に近付けた。
女性「……!」
その瞬間、私の目から涙が沸き溢れた。
450: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 18:10:45.14 ID:F7lAQAiPo
勇者「過去を手放して次へ進む時が来たんだ」
勇者「僕と君の恋は、子供時代の淡い恋だった。真実の愛じゃない」
アウィナイトと、そのすぐ傍のセレスタイトから、
ひんやりした、でも優しい魔力が流れてきた。
勇者「……君には幸せになってほしい」
女性「…………」
彼の顔を見た。
……『ナハト』とは違う微笑み方をしていた。
英雄「こっからの眺め絶対すごいって!」
戦士「まあ高いからな……あ」
英雄「勇者ナハトだ」
戦士「邪魔しちゃ悪いし引き返そうぜ」
二人の少年が近付いてきた。その内一人は、昨日ナハトが一緒にいた子だ。
勇者「!」
その少年を見た彼の瞳が、ほんの一瞬、赤紫色に染まった。
懐かしい、あの不思議な色だった。
451: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 18:13:05.61 ID:F7lAQAiPo
男性「い、いい加減その手を」
勇者「失礼」
女性「……今日はありがとう。いい思い出になったわ」
女性「昔のことも、あくまで過去の思い出として……心の中にしまっておくわ」
勇者「……ああ」
勇者「彼女のことを頼みましたよ」
男性「言われるまでもない」
勇者「…………では、お幸せに」
男性「さあ、帰ろうか」
女性「ええ」
勇者「ヘリオスくーん、引き返すことはないよ」
勇者「せっかくだからこの光景を見ていきたまえ」
女性「ありがとう…………アルカディアさん」
452: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 18:13:41.21 ID:F7lAQAiPo
――――――――
戦士「……綺麗に終わらせられたんですか?」
勇者「一応……多分」
勇者「父様が助けてくれていると自分に思い込ませて、どうにか……」
戦士「おつかれさまっす。大変でしたね」
ナハトさんはかなり気疲れしているようだ。
勇者「幼い頃、私が彼等に嫉妬してしまったせいで、」
勇者「彼女には自責の念を負わせてしまっただろうからな」
勇者「これで罪滅ぼしになっていればいいのだが」
勇者「しかし……彼女があれほど美しくなっていたとは……」
あなただって綺麗じゃないですか。
……心の中でなら、そう言えるんだけどなあ。
453: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/03(日) 18:15:18.90 ID:F7lAQAiPo
翌朝
町を出た。
魔法使い「一日ゆっくりしたおかげで身体が軽いわね」
僧侶「ええ」
勇者「…………」
やっぱり、ナハトさんは女性として生きてはくれないのだろうか。
……前向きに考えよう。
彼女が男性の姿をしている限り、男のライバルが現れることはないのだと。
重剣士「見つけたぞ、ナハト!」
勇者「君は…………」
勇者「……………………!? 僕に復讐でもしに来たのかい」
重剣士「復讐? とんでもない」
重剣士「俺はおまえに決闘を申し込む」
重剣士「もし俺が勝ったら、おまえには女として生きてもらう」
重剣士「そして、俺と結婚してくれ!」
戦士「え?」
勇者「…………」
勇者「……………………」
勇者「…………………………………………は?」
467: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 16:35:39.66 ID:C6ucs6S9o
第十六話 眼光
今、あの男は何と言った?
女として生きてもらう? 結婚してくれ?
僧侶「まあ……!」
そもそもあいつは何者なんだ。
筋骨隆々で精悍な容姿だ。ナハトさんよりも長身だろう。
纏う雰囲気には重みがあり、数多くの戦いを生き抜いてきたことが見て取れる。
やや老けて見えるが、よく見たら若者であることがわかる。二十代だろう。
背負っている剣はかなり大きい。
刃渡りはナハトさんのツヴァイヘンダーと同じくらいに見えるが、
幅がとんでもなく広いのだ。
勇者「…………」
ナハトさんは突然のことに唖然としている。
重剣士「どうした、受けてくれるのか」
勇者「……ちょっと待ってくれ。君が何を言っているのか僕には理解できなかった」
英雄「男が……男に……求婚した……?」
傭兵「察してないのおまえだけだぞ」
英雄「え?」
468: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 16:36:43.13 ID:C6ucs6S9o
重剣士「俺がおまえの剣を防ぎきれなかったばかりに、」
重剣士「おまえは道場にいられなくなってしまった」
重剣士「……俺が意識を取り戻したのは、おまえが姿を消した後だった」
重剣士「師匠と弟弟子達を説得し、おまえを引き止めることができていたらと……」
重剣士「あれ以来、俺はそう悔やみ続けながら修行を重ねた」
勇者「…………」
そういえばだいぶ前に、
兄弟子に大怪我を負わせて道場にいられなくなったという話を聞いたっけな。
花の都にいた頃だ。
重剣士「今一度、俺と剣を交えてほしい。そして」
戦士「ふふふざけるな! ナハトさんは今本調子じゃないんだぞ!」
勇者「いや、問題ない。丁度リハビリをしたいと思っていたところだ」
僧侶「まだだめです」
勇者「だがもう」
僧侶「念のためです」
勇者「……」
重剣士「ならば待とう」
469: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 16:39:52.71 ID:C6ucs6S9o
こうして突然現れた男が一行に加わることとなった。
重剣士「荷物を持ってやろうか」
勇者「やめろ」
重剣士「顔色が悪い。血が足りていないのではないか」
勇者「放っておいてくれ」
重剣士「その声は一体どうやって出しているんだ」
重剣士「旅の途中、『声色の魔術師ナハト』という二つ名を耳にしたぞ」
戦士「……なんすかそれ」
勇者「っ……背がだいぶ伸びた頃に低い声を出せるようになってな」
勇者「様々な声色を使い、紙芝居を読んで路銀を稼いでいた時期があったというだけだ」
勇者「だがそれをやっていたのは東の大陸のはずだ」
重剣士「おまえの噂を追いかけている内に俺は大陸を越えていた」
勇者「……」
重剣士「会いたかった」
なんだこれ。
なんだこれ。なんだこれ。
なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。
470: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 16:40:23.93 ID:C6ucs6S9o
重剣士「成長痛はもういいのか」
勇者「何年前の話だ。大体君は一体何を考えているんだ」
重剣士「再戦を願う気持ちが、やがて恋の熱に変わっていった」
勇者「僕は男だ」
重剣士「あの頃と同じことを主張するのだな。まったく、」
重剣士「どう見ても可愛らしい少女でしかなかったおまえが大きくなったものだ」
あ、この男、ナハトさんの頭をぽんぽんってしようとした。払いのけられたが。
勇者「触れるな!」
重剣士「男嫌いも相変わらずか」
勇者「…………」
あのナハトさんが完全に子ども扱いされている。
なんだろうこのとてつもない危機感。
やり忘れた宿題の存在に登校直前に気がついた時よりもやばい。
魔族に殺されかけた時の緊張感とも違う。
471: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 16:40:51.29 ID:C6ucs6S9o
重剣士「ああ、まだ名乗っていなかったな」
重剣士「俺の名はガラハド。ナハトの兄弟子だ」
英雄「……ガラハド? 本当にガラハド?」
重剣士「ああ」
英雄「サインください!」
重剣士「そういったのは生憎受け付けていなくてな」
戦士「!?」
一国の勇者であるアキレスがサインを求めた。
英雄「知らないのか!? 虎目のガラハドだよ! 有名な剣豪なんだ!」
戦士「南の大陸の剣豪なら何人か知ってるんだけどな……」
重剣士「その体格に合っていない剣は何だ。おまえにはもっと刃渡りの短い剣が」
勇者「僕がどんな剣を使おうと僕の勝手だ」
ナハトさんは非常にバツの悪そうな顔をしている。
473: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 16:41:29.14 ID:C6ucs6S9o
英雄「地図によるとこの辺りには温泉が……あった!」
僧侶「あら、嬉しいですね」
英雄「女の子達、先に入ってきなよ」
魔法使い「いいの? ありがと」
僧侶「ありがとうございます。……あなたはいらっしゃらないのですか?」
勇者「最後に入る」
魔法使い「ほら、背中流してあげるから」
勇者「あ、あまり肌を見られることに慣れていないんだ」
僧侶「女の子同士です! 問題ありません!」
重剣士「行ってこい行ってこい」
勇者「っ僕は男だ!!」
魔法使い「あーはいはい、男達待たせてるんだから行くわよ」
英雄「本当に……女の人……なのか……?」
戦士「髭の剃り跡無いだろ?」
傭兵「男なら……あんなえげつない攻撃すると思うか……?」
英雄「あ…………」
474: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 16:42:05.32 ID:C6ucs6S9o
魔法使い「脱いだらこんなに細いのね……」
僧侶「ちゃんと食べなきゃだめですよ!」
勇者「太って男の格好をできなくなったら困る……」
魔法使い「肉無さすぎよ」
勇者「ひっ! 脇腹は掴むな!」
戦士「っ……」
英雄「…………会話が聞こえないところまで旅立ちたい」
傭兵「若いな」
戦士「そりゃ俺等年が年だもんな」
英雄「思春期だもん……」
重剣士「他者に決して心を開こうとしなかったあいつが丸くなったものだな」
戦士「…………」
475: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 16:42:55.33 ID:C6ucs6S9o
魔法使い「上がったわよ」
安全のため、男は二人ずつ交代で入浴することになった。グーとパーで分かれた。
でもどうせならアキレスと入りたかった。せめてダグザさんとがよかった。
ダグザさんは俺と同じような系統の強面なので、俺は勝手に彼への親近感を持っている。
重剣士「…………」
戦士「…………」
彼は、俺と出会う前のナハトさんのことを知っている。
それがなんとも俺の嫉妬心を刺激してくれるのである。
重剣士「少年、なかなかいい体をしているな」
戦士「……どうも」
彼の体は傷だらけの厚い筋肉で覆われている。
その中でも目立つのが、胸から腹にかけての大きな斬り傷だ。
重剣士「こいつはな、俺の弱さの戒めなんだ」
戦士「……」
476: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 16:43:28.30 ID:C6ucs6S9o
俺達は小声で話した。
重剣士「あいつとは長い付き合いなのか?」
戦士「ほんの数ヶ月っすよ」
重剣士「なら俺よりも長いわけだ」
重剣士「なんせ、俺があいつと共に過ごしたのはたったの一ヶ月だったからな」
その一ヶ月だけの付き合いでここまで追いかけたのだから相当だ。
重剣士「……わかりやすい。不満そうな目をしているな」
彼は余裕のある笑みを浮かべている。
戦士「…………」
俺はぶくぶくと泡を立てながら湯に潜った。
こっそり奴の息子を見た。流石大人だけあって俺のよりでかかった。惨めだ。
477: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 16:44:17.99 ID:C6ucs6S9o
湯上りで風が気持ち良い。
勇者「……決闘を断ったらどうなるんだ」
重剣士「俺がただおまえを追いかけ続けるだけだ」
勇者「僕はもう君に会いたくはなかったのだがね」
重剣士「俺はおまえを恨んだことは一度も無い。自責の念を感じる必要はないぞ」
勇者「君は僕の所為で死にかけたんだぞ!?」
重剣士「俺の未熟さ故だ」
勇者「僕が力を制御できなかっただけだ。君は強かった」
勇者「兄弟子達の中でも群を抜いていた」
重剣士「その俺をおまえはたったの一ヶ月で越えていった」
勇者「……この体質を利用したからだ」
重剣士「それもおまえの強さだろう」
重剣士「それに、俺も魔術で身体や武器を強化する術なら身に着けた」
重剣士「申し訳程度だがな」
478: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 16:45:03.97 ID:C6ucs6S9o
戦士「そういやおまえ、俺に勝ったけどナハトさんと戦ってもらわなくていいのか?」
英雄「本調子の時の彼……彼女? に勝てるわけないってもうわかってるから……」
戦士「あ、諦めんなよ……」
勇者「船の上では高圧的な態度をとってすまなかったね」
勇者「君は既に七年分の成長はしているよ」
英雄「え……やったあ」
勇者「……眠れない」
ナハトさんは何処かへ行こうとした。
戦士「一人で行動するのは危険です」
勇者「……幸いこの周辺には盗賊も肉食獣もいないようだ」
重剣士「毒蛇や毒虫に噛まれるかもしれんぞ」
勇者「小さな危険動物の対処くらいならできる」
戦士「でも、足場だってよく見えません」
勇者「月明かりがある」
戦士「じゃあ、せめて一緒に行かせてください」
勇者「……わかった。だがガラハド、君はついてくるなよ」
重剣士「あーわかったわかった」
479: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 16:45:41.61 ID:C6ucs6S9o
月と星の明かりが綺麗だ。
勇者「……………………はあ」
勇者「男から求婚されるなんて生まれて初めてだ……」
女の人からは……言うまでもない。
勇者「当初、私は基本的な型をこなすこともままならず、嘲笑の対象だった」
勇者「その私の面倒を、彼は甲斐甲斐しく焼いてくれたんだ」
勇者「……私が彼を突き放すような態度をとっていたにも係わらずだ」
戦士「……面倒見のいい人だったんですね」
勇者「ああ……本当に」
勇者「私はまともに礼も言わず……それどころか、彼を殺しかけて、そのまま……」
勇者「…………」
勇者「あの頃は今ほど綺麗に傷を治すこともできなかった」
勇者「……残っていただろう? 胸に、あの傷が」
戦士「…………はい」
480: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 16:47:03.13 ID:C6ucs6S9o
勇者「一ヶ月間で、私は少しずつ魔力で体を強化する術を身に着けた」
勇者「足りなかった筋力と体力を誤魔化して、兄弟子達を追い抜かしていったんだ」
勇者「魔王を倒すためだ。どんな手段を使ってでも強くなりたかった」
勇者「……だが、卑怯な手段で強くなったのだと、私は自分を責めた」
戦士「でも、俺に対しては誇るべきだって」
勇者「私は君を肯定することで自分を肯定したかったんだ」
勇者「……すまない」
戦士「いやそんな、俺別に気にしませんよ」
昔の話をしてくれるようになったこと、胸の内を明かしてくれたことが嬉しかった。
戦士「……彼のこと、どう思ってるんですか」
勇者「尊敬すべき兄弟子であり、罪悪感の対象だ。……それだけだ」
その言葉を聞いて、俺はひどくほっとした。
……今、告白したらどうなるのだろう。
驚かれるだろうか。
彼女は大人だから、子供の俺からの告白なんて、微笑んで受け流すだろうか。
それならまだいい。もしかしたら今の関係が大きく壊れてしまうかもしれない。
怖い。でも、気持ちを伝えたら駄目だと思えば思うほど、伝えたい衝動が強くなる。
481: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/05(火) 17:17:07.23 ID:C6ucs6S9o
翌朝
マリナさんやエイルさんが結界を張ってくれるおかげで見張りをすることなく寝られた。
ありがたい。
英雄「はっ! たぁっ!」
他の皆はまだ眠っているが、アキレスは朝早くから鍛錬に励んでいる。
俺も一緒に体を動かそう。
英雄「思春期ナメんなよスラッシュ!」
英雄「男なんだから仕方ないだろアタック!」
……やっぱりそっとしておこう。色々と溜まっていそうだ。
俺はナハトさんの方を見た。
彼女は斜めに伸びた木に背を預けて眠っている。寝顔も綺麗だ。
前よりも少し女性らしくなった気がする。
……その彼女を生暖かい眼差しで見つめる男が俺の他にもう一人いた。
重剣士「……」
僧侶「ふわあ……野宿にしてはよく眠れました」
僧侶「マリナ、朝よ。起きて」
魔法使い「ん……」
傭兵「もう朝か……」
482: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:18:11.35 ID:C6ucs6S9o
ナハトさんはこの頃貧血の所為か寝起きが悪い。
戦士「ナハトさーん」
勇者「うぅ…………」
戦士「無理に起こすのもな……また担いでくか」
勇者「……くそ女たらし……あほ『ナハト』…………」
戦士「寝惚けてる……」
重剣士「…………」
重剣士「朝練の時間だ!!」
勇者「はい!!」
戦士「!?」
勇者「……………………?」
重剣士「ふっ……くくっ……」
勇者「…………屈辱だ」
483: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:19:03.72 ID:C6ucs6S9o
僧侶「はい、朝ごはんです」
勇者「……こんなに食べられない」
勇者「もう魔力で体を制御することができる。大丈夫だ」
僧侶「大丈夫なんかじゃありません!」
僧侶「魔力で誤魔化してばかりでは体に悪いです!」
僧侶「基礎体力を養ってください!」
戦士「俺にはちゃんと食べるよう言ってくれてるじゃないですか」
勇者「……わかった」
決闘はちゃんと村で一晩休んでから行うこととなった。
しかし、ナハトさんはさっさと決着をつけたいようだった。
重剣士「おまえは綺麗な年頃の女なんだ」
重剣士「そのような格好をやめ、女として幸せになることができる」
こいつ……俺が言いたくても言えないことをさらっと……。
484: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:19:44.91 ID:C6ucs6S9o
勇者「できないしする気もない。黙ってくれ」
重剣士「まったく……その態度も変わらないな」
重剣士「頑ななところも可愛いぞ」
勇者「なっ……」
重剣士「好きだ」
戦士「ぁぁ゛ぁ゛」
俺は……俺だって……『好き』だって……伝えたくて……でも我慢してんのに……。
僧侶「あんなに積極的な男性も珍しいですね……」
しかも人前で何の恥ずかしげもなく……。
俺は心の中で叫びを上げた。
勇者「っ……」
重剣士「くく……」
こいつ、ナハトさんをからかって楽しんでやがる。
魔法使い「…………」
485: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:20:11.31 ID:C6ucs6S9o
僧侶「ヘリオスさん、ヘリオスさん」
戦士「ん?」
僧侶「どうするんです?」
戦士「ど、どうするって……」
僧侶「このままじゃ、取られちゃいますよ」
戦士「!」
戦士「い、いや俺別に」
僧侶「見ていればわかります」
そういやアポロン君にもバレてたな。
戦士「……ナハトさんが負けるわけねえもん。大丈夫だろ」
しかし不安感を消すことはできなかった。
英雄「俺正直ガラハドが羨ましいんだけど、大人の男って皆あんな正直でいられるのか?」
傭兵「……人による」
486: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:20:55.29 ID:C6ucs6S9o
重剣士「おまえとの結婚生活が楽しみだ」
勇者「……昔の君はこんなに強引でも厚顔無恥でもなかった」
重剣士「こうでもしないとおまえは変わらないだろう」
勇者「…………」
戦士「な、ナハトさんが困ってるだろ!」
戦士「人の目とか……迷惑とか……もうちょっと考えろよ!」
重剣士「ふむ、おまえの言う通りだな。正論だ」
でもこいつは俺の女だ、とでも言いたげな目だ。
戦士「……あなたはもっとナハトさんの意思を尊重するべきだ!!」
勇者「……!」
重剣士「…………」
重剣士「なあナハト、俺は驚いたんだぞ」
重剣士「この少年と随分親しいようじゃないか」
そう言って彼は歩きながらナハトさんの肩に腕を回した。
勇者「や、やめろ!」
ナハトさんはエイルさんの陰に隠れた。
どうせなら俺の後ろに隠れてほしかった。
重剣士「本当に愛され慣れていないんだな」
勇者「…………」
487: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:22:19.73 ID:C6ucs6S9o
――
――――――――
勇者「……何故それほど僕がいいんだ」
重剣士「眼だ。おまえほど力強い眼差しを持った女は他にいない」
重剣士「決意を秘めた眼光の美しさを忘れられなかった」
英雄「えー、これより私アキレスの監督の元、決闘を行います」
英雄「魔法の使用は身体能力の強化のみ。極力相手の命は奪わないこと」
英雄「――では、はじめ!」
ガラハドは何かを唱えた。身体を術で強化したのだろう。
魔適傾向の低い人間は、術を発動する合言葉を発しなければ魔法を使えない。
重剣士「ほう、構えは変わっても太刀筋は我が流派の面影を残しているな!」
勇者「ふん、その煩い口を閉じたらどうだ? 舌を噛んでも――知らんぞっ!」
二人の動きはところどころ似ていた。
ナハトさんは独学で剣の修行を積んで長いとはいえ、
やはり原形となった流派の影響は残っているのだろう。
488: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:23:07.25 ID:C6ucs6S9o
ナハトさんは調子を取り戻しつつある。
きっと余裕で勝つだろう――俺はそう思っていた。
だが……
勇者「っ――!」
重剣士「なんだ、その程度か!?」
ガラハドは大剣を軽がると振り回し、ナハトさんの剣を受け止めている。
重剣士「教えたはずだ、身の丈に合った剣を使えと!」
勇者「くっ」
英雄「す、すごい」
傭兵「二人とも人間離れしているな」
重剣士「血を浴びたくないが故に長い剣を選んでいるのだろう!?」
勇者「だったら何だ!」
重剣士「返り血を恐れる者がまともに剣を振れるはずがない!!」
勇者「…………黙れ!!」
489: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:25:22.10 ID:C6ucs6S9o
ナハトさんが一気に間合いを詰め、
左手をリカッソに添えてガラハドの脇腹へ向かって剣を振った。
だが切れたのは空だけだった。ガラハドは後方に素早く避けた。
術の効果か、彼本来の俊敏さかはわからないが、
巨体から想像できないほどの身のこなしの軽さである。
彼は次の瞬間にはナハトさんに向かって大剣を振り下ろしていた。
ナハトさんは寸でのところで剣戟を防いだ。
ギリギリと金属と金属の混じり合う音が聞こえる。
重剣士「今もその眼差しは変わっていないようだな」
勇者「……」
重剣士「……まだ『ナハト』のことを想っているのか」
勇者「なっ……」
漸く彼女は上方からの剣を横に流し、彼等は間を開けた。
勇者「何故それを……」
重剣士「おまえがよく寝言で呟いていた」
勇者「…………」
490: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:26:44.73 ID:C6ucs6S9o
重剣士「それとも」
勇者「いい加減にしろ!」
ガラハドの言葉を遮るように、ナハトさんは剣を振った。
ガラハドはやはり容易く受け流す。
重剣士「どれほど表面を取り繕っていてもおまえは女だ」
勇者「僕がナハトだ! 僕は男だ!」
勇者「殺された主人の仇を討つために剣を取った『ナハト』だ!!」
重剣士「そうだ、その眼だ」
重剣士「弱さを覆い隠し、悲しみを噛み締めて前へ進もうと足掻くその眼が」
重剣士「俺は何よりも愛おしい」
彼は真っ直ぐな眼差しでナハトさんを見た。
勇者「そんな……そんな目で……」
勇者「そんな目で僕を見るなああああああああああ!!」
重剣士「はっ!!」
勇者「っ!?」
ナハトさんの剣が――――弾き飛ばされた。
491: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:27:51.07 ID:C6ucs6S9o
重剣士「魔流が乱れたな。……勝負あった」
勇者「…………!」
英雄「こ、この勝負……ガラハドの……」
戦士「うそ、だろ……?」
重剣士「さあ、ナハト。おまえの本当の名を教えてくれ」
勇者「…………」
ガラハドはナハトさんに歩み寄った。
重剣士「そして、俺と――」
勇者「……まだ勝負はついていない!」
ナハトさんはガラハドを突き飛ばし、地面に押し倒した。
勇者「油断したな」
そして懐から素早くダガーを取り出すと、彼の首のすぐ横に突き立てた。
重剣士「……!」
英雄「ええと……勇者ナハトの勝ち!」
492: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:28:35.30 ID:C6ucs6S9o
よかった……本当によかった……ナハトさんはあいつと結婚せずにすむんだ。
重剣士「……おまえに勝つために、この八年間数々の修羅場をくぐり抜けてきたのだがな」
勇者「……ふん」
ナハトさんは地面からダガーを抜き、立ち上がった。
勇者「あなたには感謝している。また、不遜な態度をとり続けていたこと、」
勇者「そして、傷を負わせてしまったことは……申し訳なく思っている」
勇者「だが、共に生きることはできない」
勇者「僕のことは忘れてくれ」
重剣士「はあ……フラれちまったな」
重剣士「潔く身を引くとするか」
女剣士「見つけたぞ、ガラハド!」
重剣士「げっ」
493: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:29:30.97 ID:C6ucs6S9o
女剣士「私はおまえに決闘を申し込む。もし私が勝ったら……私と結婚してもらうぞ!」
重剣士「俺今疲れてるからまた今度にしてくれ!」
女剣士「逃げるな!」
弟弟子1「見つけたぞガラハド! 師範がお呼びだ!」
弟弟子2「いい加減道場継いでくれって!」
重剣士「勘弁してくれ!! うわあああああ!!」
僧侶「よかったですね」
戦士「…………ああ」
好敵手が去ったものの、俺の心にはある感情が渦巻いていた。
以前から存在していたものの抑え込み続けているものだ。
勇者「…………ふう」
彼女に、ただ一言、『好きです』と伝えたい。
あの男にはできたんだ。俺にできないというのは負けた気がした。
アキレス達だって振ったり振られたりの関係だが、今ではもう普通に仲良くやっている。
しばらくは気まずくなるかもしれないが、きっといずれ元通りになるだろう。そう思った。
……だが、
勇者「っ…………」
俺が話しかけようとした瞬間、彼女は膝から崩れ落ちた。
494: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:30:58.89 ID:C6ucs6S9o
勇者「ぁ……やだ……」
勇者「……ぅ………………」
魔法使い「……男から女として見られて、怖かったんでしょ」
ナハトさんは無言で二度頷いた。
魔法使い「もう大丈夫よ」
ああ、そうだ。
恋愛感情は、性欲と強く結びついたもので、
決して性欲と同一のものではないにしても、
彼女の恐れの対象となっていてもおかしいことではない。
昔、町中で聞いた会話を思い出した。
まだ兵養所生だった頃だ。上級学校の制服を着た女の子達が物陰にいた。
ちなみに村には兵士養成所なんてなかったため、俺は近くの町まで毎日通学していた。
長髪『あんた、部活辞めたってほんと?』
お下げ『うん……』
長髪『一体どうしたの?』
お下げ『実は……クリフ先輩から……告白されて……』
長髪『え、あのそこそこ人気のある格好良い先輩じゃない』
495: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:31:37.73 ID:C6ucs6S9o
長髪『振っちゃったの? 何で? 辞めるまでしなくたっていいじゃない』
お下げ『駄目なのよ……どんなに良い人から好かれても……』
お下げ『好きでもない男の人から好かれたって、気持ち悪いだけだもの……!』
そういうものなのか気になったので、家に帰ってから姉に尋ねてみた。
姉『ああ、自分に自信のない女がそうなんのよ』
俺にはその言葉の意味がいまいち呑み込めなかった。
ただただ、女の子と関わらない方が傷つけ合わずに済むんだなと思うばかりだった。
496: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/05(火) 17:32:34.64 ID:C6ucs6S9o
英雄「普通、好かれたら嬉しいものじゃないのか?」
戦士「っいろいろあんだよ……!」
勇者「いやだ…………あ………………」
彼女の背中は弱々しく震えている。
僧侶「何も、怖いことはありませんよ。大丈夫です。今日はゆっくり休みましょう」
エイルさんとマリナさんが彼女を慰めている。
彼女は男を恐れていることに加えて、女性としての自分に自信を持ってもいない。
俺は、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
女の子を好きになるのって、悪いことなのだろうか。
誰か教えてくれ。
532: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:10:19.91 ID:oSqrkZCqo
第十七話 共鳴
ある飲食店。
勇者「このソースおいしいよ」
戦士「はあ、ソーっスかぁ」
勇者「ふふ……」
戦士「……はっ」
駄洒落になっていた。
……笑ってもらえたからいいか。
533: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:10:55.93 ID:oSqrkZCqo
勇者「……君が短剣を持っておくよう言ってくれていなければ、私は負けていた」
勇者「ありがとうな」
戦士「……はい」
ナハトさんは微笑んでいるものの疲れた顔をしている。
勇者「まだ食べられるかい?」
戦士「はい」
勇者「じゃあもう一品好きな物を頼んだらいい」
勇者「君のおかげで勝てたんだからね。奢るよ」
戦士「……あざっす」
こう仲良くしてもらえているのも、好意が知られていないからなんだろうな。
勇者「君と一緒にいると、心が落ち着くんだ」
戦士「…………」
534: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:12:52.32 ID:oSqrkZCqo
魔法使い「え? 好かれたら気持ち悪く感じる女の心理?」
戦士「何で自分に自信がなかったら、好かれると気持ち悪くなるのかわかんなくてさ」
魔法使い「ええと……自分の嫌いな物を好きな人がいたら、」
魔法使い「趣味悪いな、って思うことあるでしょ?」
戦士「……まあそうだな」
魔法使い「『あたしの嫌いなあたしを好きだなんて、趣味悪い』って思っちゃうのよ」
僧侶「もちろん、『こんな私を好きになってくれたなんて』と素直に喜ぶ子もいると思いますが……」
魔法使い「自分の外面だけを知っている人から好かれた場合も、」
魔法使い「あたしの本性知らないくせに何なのコイツってなっちゃったりね」
僧侶「『本当の自分を知られたら、嫌われてしまうのでは』と」
僧侶「不安になってしまうことは……珍しくはありません」
戦士「…………」
魔法使い「まああの子の場合はそれだけじゃないでしょうけどね」
魔法使い「あの子、男自体を怖がってるもの」
魔法使い「……未登録の魔適体質者ってことは、やっぱり魔族の男に……」
戦士「べ、別に、俺、昔聞いた話が気になっただけで」
僧侶「異性が怖くて、自分を愛せないために他人からの愛も受け取れないなんて」
僧侶「このままじゃ……」
魔法使い「一生孤独でしょうね。まああたしもあんまり他人のことは言えないんだけど」
535: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:14:14.74 ID:oSqrkZCqo
英雄「ここから更に北へ向かうルートは、大きく分けて二つだ」
英雄「西側を通るルートと、東側から回っていくルート」
戦士「真ん中突っ切るのは……高い山が連なってて無理そうだな」
英雄「ああ。人間の集落もほとんどないんだ」
英雄「どちらから行っても、移動にかかる時間に大差はない」
英雄「東の方が道のりは長いけど、平原が広がっていて交通の便がいい」
英雄「西は道のりが短いかわりに沼地や森が多くて通るのが大変だ」
魔法使い「西は魔物が多いらしいわね」
魔法使い「せっかく瘴気を浄化できる聖剣があるんだから、」
魔法使い「私達は西を通った方がいいんじゃないかしら」
英雄「そうだな。もっと戦いを重ねて力を付けなければならないし」
勇者「僕達は東へ進む。東側で好き放題暴れている盗賊を倒して回るつもりだ」
僧侶「……一緒にいらっしゃらないのですか」
勇者「君達との旅もここまでだ。……世話になったな」
536: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:14:53.95 ID:oSqrkZCqo
英雄「ヘリオス〜……」
アキレスは涙目だ。俺も名残惜しい。
戦士「まあまた北で会えるかもしれねえし」
勇者「…………」
魔法使い「……私、あの子が心配で仕方ないわ」
僧侶「私もよ……」
魔法使い「ちょっとあなた」
戦士「はい」
僧侶「……彼女を、支えてあげてくださいね」
魔法使い「あの子、かなり精神的に脆いわ。よく見ていてあげて」
戦士「ああ」
傭兵「おーい、準備はいいか?」
英雄「うあぁーん!」
戦士「元気でな〜」
537: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:17:24.06 ID:oSqrkZCqo
久々の二人旅だ。
少々寂しいが、二人の時間が増えるのは嬉しいような、
気を紛らわせられるものがなくてつらいような……。
――とある村
村長「魔鉱石が次々と盗まれているのです」
村長「私の長女も行方不明となっておりまして」
村長「どうかお力添えいただけないでしょうか」
勇者「盗まれた石のリストはありますか」
村長「はい、こちらに」
勇者「……」
次女「わたしのアメジストも……盗られちゃったの……」
勇者「このリストに載っている、コーレンベルク領グラースベルク産のアメジストかな」
次女「それ! それ!」
勇者「グラースベルク産のアメジストなら僕も持っているよ」
勇者「これを握ってくれるかい」
538: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:19:04.13 ID:oSqrkZCqo
戦士「その子の魔力を、アメジストに?」
勇者「似た波動を持つ石同士は共鳴して引かれ合う」
勇者「産地が同じ石ならば、その反応は更に激しくなる」
勇者「だが、石の波動は持ち主の魔力に影響されるんだ」
勇者「だから、彼女の魔力を宿すことで盗まれた石を探せないかと思ってね」
勇者「……よし。泥棒の元まではこの石が導いてくれる。取り戻してくるよ」
次女「ほんと? やったあ!」
石に導かれる通りに進み、入り組んだ谷間に入った。
油断したら足を踏み外して落下しそうだ。
勇者「……隠れ家を作るには最適な土地だな。この奥に胸糞悪くなる魔力の持ち主がいる」
岩陰に洞窟があった。
539: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:21:40.39 ID:oSqrkZCqo
あっさりと五人の泥棒を捕まえた。
全員強姦歴があったらしく、ナハトさんに当然の如く去勢された。
幸い魔鉱石を盗んだ目的は転売ではなく蒐集だったため、
盗まれた石は全て回収することができたのだが……。
長女「誰……新しい人……?」
勇者「この魔力……村長の娘さんだろう」
長女「おねがぁい……抱いてぇ……」
勇者「……!」
長女「もう体が火照って我慢できないのぉ…………」
そう言って、彼女はナハトさんのベルトに手をかけた。
勇者「……もう、村に帰れるんだ」
長女「え……?」
勇者「…………」
長女「こんな体にされて……もう帰れるわけないじゃない……」
村長の娘さんは慰み者にされ長かったのだろうか。
男無しでは生きられない体にされたようで、心も壊れていた。
ナハトさんが彼女を抱きかかえて洞窟から出た。
540: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:22:42.96 ID:oSqrkZCqo
長女「お願い、抱いて! 犯して!」
勇者「…………」
長女「ずっとあそこにいさせて! 外になんて出たくない!」
勇者「……少し、眠っていてくれ」
村に戻った。
娘さんと魔鉱石を取り返したことで、村長さんや村の人達からとても感謝された。
他にも盗賊や魔物による被害があったため、もう数日俺達はこの村に滞在した。
戦士「魔王城がある大陸だけあって治安悪いっすね」
勇者「防衛のための技術ならば他の大陸よりも発達しているのだが、」
勇者「このような小さな村にはあまり普及していないのだろうな」
幼女「おにいちゃんたちー!」
541: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:25:11.92 ID:oSqrkZCqo
幼女「おにいちゃんたちのおかげでへいわになったよ!」
幼女「おかあさんがねえ、きょうはねえ、おれいにごはんどうぞって!」
母親「よかったらいらっしゃってください」
ご馳走になった夕飯はおいしかった。
俺の故郷にはない料理だが、温かさに溢れていた。お袋の味が懐かしくなった。
今夜は実家に手紙を書こう。
魔王を倒しに行くなんて書いたら……心配されるだろうからやめておこう。
……俺、魔王城に行くんだよな?
こんなことになるなんて思ってもなかったな。
ナハトさんには弟子入りしただけで、最初は魔王城にまでついていくつもりなんてなかったんだ。
でも、俺は彼女から予想以上の力をもらった。そして、誰よりも彼女を護りたいと思っている。
地獄の果てにだって……傍にいることしかできないかもしれないけど、ついていきたい。
ナハトさんは何処か浮かない表情だ。
勇者「――!」
ナハトさんが突然走り出した。
542: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:26:46.85 ID:oSqrkZCqo
戦士「どうしたんですか!?」
勇者「無いんだ! 彼女の魔力が!」
彼女が向かった先は村長の家だった。
勇者「彼女を何処にやった!?」
村長「ひっ! ゆ、勇者様!?」
勇者「あなたのご令嬢は今何処にいる!? 死んだわけではないだろうな!?」
村長「そ、その……酷い色狂いとなっておりました故……」
村長「それほど男が好きならいっそのこと遊女になった方が幸せかと思い……」
勇者「娼館に入れたというのか……自分の娘を……」
村長「は、はい……」
勇者「…………言ったはずだ。医師の指導の元、治療を続ければ治ると」
村長「……治療してどうすると言うのですか」
村長「あれでは嫁の貰い手もございません」
村長「助けたところで娘の将来はなかったのです。私にはこうするしか……」
勇者「…………」
村長「姦淫された女の将来など、一生一人で生きるか、精々娼館に入るかでしょう」
勇者「何故そう簡単に自分の娘を捨てられる!? 将来の可能性を否定できる!?」
村長「男を引き寄せる身体つきだった娘が悪い!!」
勇者「っ……」
村長「あの淫乱め、喜んで身を売りに行きおったわ!!」
ナハトさんは絶句して家を出ていった。
543: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:27:52.02 ID:oSqrkZCqo
次女「おねえちゃーん、どこー?」
村長妻「お姉ちゃんはね、もう帰ってこないの」
次女「え?」
村長妻「悪い人に襲われたら、もうおしまいなの。あなただけは絶対に守るから」
勇者「…………」
彼女は地面に両膝をつき、言葉にならない叫びを上げた。
勇者「……似たようなことは、何回もあったんだ」
勇者「だが、いくら経験しても、慣れないな」
勇者「…………また、助けられなかった」
どんな言葉をかければいいのだろう。
勇者「私は、何を憎めばいい」
勇者「暴漢共か」
勇者「子供を切り捨てられる親か」
勇者「この世界の常識か」
勇者「性別という概念そのものか」
どんな言葉をかければ、彼女の心を救えるのだろう。
勇者「こ……んな…………世界…………」
勇者「……何を憎もうが、私のやることは一つだ」
勇者「魔族を滅する。そのことだけを考えていればいい」
彼女は、自分にそう言い聞かせるように呟いた。
544: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:29:06.14 ID:oSqrkZCqo
――更に北東の町
以前滞在した村よりは治安がよさそうだ。防衛設備も警備もしっかりしている。
丘の方には大きな屋敷が何軒か建っていた。貴族や大商人の物だろう。
勇者「……あの丘の一番上に建っている屋敷には、美しい薔薇の園があるそうだよ」
戦士「何処で聞いたんです?」
勇者「その昔、あの屋敷の箱入り息子と手紙のやり取りをしたことがあったんだ」
勇者「それだけだよ」
しばらく町を歩いていると、一人の貴族が突然ナハトさんの胸ぐらを掴んだ。
貴族「勇者ナハトがナハト・フォン・レッヒェルンだという噂は本当だったようだな……!」
勇者「おや、デーニッツ家のヴァルターじゃないか」
勇者「国王陛下主催の夜会では見かけなかったが、社交界には出ているのかい」
貴族「アルカディアは何処にいる!? 答えろ!!」
勇者「……………………」
勇者「…………彼女は、死んだよ」
545: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:30:30.77 ID:oSqrkZCqo
貴族「っ……何故死んだはずの貴様が生きていて、行方不明のアルカが死んだんだ!!」
勇者「僕達は目元がよく似ていたからね。間違えられたんだろうさ」
貴族「貴様がついていながら……殺されたっていうのか……」
貴族「どうして守らなかった……!?」
貴族「どうせ貴様は彼女を置いて逃げ出したのだろう!」
戦士「なっ……」
貴族「彼女を放って女を口説きに行くような男だものな!」
勇者「……僕は彼女の手を引いて走った」
勇者「だが、途中で魔族に捕まって殺された」
勇者「君なら守れた自信でもあるのかい」
貴族「俺なら……絶対に彼女を死なせはしなかった……!」
勇者「…………もし、生きていたとしてもだよ」
勇者「彼女は魔王に犯されたんだ。僕の目の前で」
貴族「っ!?」
勇者「君はそれでも彼女を愛せるのかい。魔王に凌辱された、この世界で最も穢れた女を」
貴族「…………」
貴族の青年は唖然とした。
勇者「……失礼させてもらうよ」
546: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:31:17.15 ID:oSqrkZCqo
――
――――――――
戦士「あんな……あんな話……しなくたって……」
勇者「…………」
戦士「………………」
勇者「……どうして、君が泣いているんだい」
戦士「だって……あれじゃ……もう……自虐の域じゃないですか…………!」
戦士「わざわざ自分の居場所が無いって確認して何をしたいんですか……!?」
勇者「…………」
戦士「…………あなたは、本当のことを知っても、それでも愛してくれる存在を」
勇者「それ以上は言わないでくれ」
勇者「……心配させてすまないね」
本当は、愛してくれる存在を求めているのではないだろうか。
戦士「……あの人だって、吃驚して何も言えなかっただけかもしれません」
戦士「今からでも、もう一度話をしてみるべきです」
勇者「…………あれは、絶望の眼だったよ」
547: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:32:33.03 ID:oSqrkZCqo
勇者「仮に愛してもらえたとしても……愛し合うことはできないんだ」
勇者「彼には酷なことを言ってしまったな。反省するよ」
戦士「…………」
愛されたいのに、男が怖くて、愛されるのが怖くて、
男の振りをして……この人は、一生このような生活を続けるつもりなのだろうか。
戦士「俺も……女の子と関わって傷ついたり、傷つけたりするのが怖くて、」
戦士「一生独身なのかなって、昔からずっと思ってて……」
戦士「でも、こんな……こんな…………」
勇者「……君は、優しいね」
戦士「ナハトさん、どうか、もっと……自分を、大切に……」
勇者「そんな君だから、一緒に旅を続けられるんだ」
勇者「君と出会えてよかったと、心の底から思うよ」
嗚咽が込み上げて止まらない。
俺の存在が少しでもこの人を助けられているのなら嬉しいが、
今の俺では救いきることはできなくて、
その事実が重く圧し掛かって……悔しくてたまらない。
548: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:37:16.95 ID:oSqrkZCqo
更に北へと向かった。
……天気が良い。透けるような青空が広がっている。
涼しい北の風にも少し慣れてきた。
鐘の音が聞こえた。教会で結婚式が行われているようだ。
勇者「……めでたいね」
ナハトさんはどこか憂いを帯びた瞳でその光景を眺めた。
そういえば、自分は結婚とは無縁な存在だって以前言ってたっけな。
その主張は……きっと、結婚に憧れている気持ちの裏返しだったのだろう。
勇者「…………」
この人を一人にしたくない。
ずっと寄り添っていたい。
この気持ちは、単に俺がこの人と一緒にいたいだけというわがままなのかもしれない。
でも、ナハトさんと離れる将来なんて考えられない。
549: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:44:40.63 ID:oSqrkZCqo
ナハトさんは、この旅が終わった後はどうするのだろう。
復讐以外にやりたいことがないのなら、生きがいを失うことにならないだろうか。
勇者「見てごらん、花嫁が綺麗だよ」
いずれ復活する魔族は、彼女の復讐の対象となるのだろうか。
彼女が復讐しようとしているのは、あくまで今存在している魔族だ。
でも、もし新たな魔族が復讐の対象となったとしても、
戦い続けたところで幸せは訪れるだろうか。
戦士「ナハトさん、俺……」
平穏な幸せを手に入れたっていいじゃないか。
勇者「……なんだい」
だめだ、言っちゃだめだ。
言ったら失望されてしまう。絶対後悔することになる。
550: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/08(金) 21:45:37.87 ID:oSqrkZCqo
戦士「まだ、子供だけど」
言ったって彼女を怖がらせてしまうだけだ。
戦士「っ……」
俺も嫌悪の対象になってしまうってわかってるのに、
戦士「あなたにどんな過去があっても」
一緒にいられなくなってしまうかもしれないって、わかってるのに、
戦士「ナハトさん……いや、アルカさん」
堰き止めていた言葉が喉から出ようともがき暴れて、もう抑えきれない。
戦士「俺、あなたが好きだ」
565: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:19:04.79 ID:ymR033h3o
第十八話 偽装
勇者「え……ぁ…………」
彼女はひどく困惑して、その場にへたり込んだ。
勇者「…………………………」
数秒俺の目を見ると、口元を両手で押さえて視線を地面に落とした。
戦士「あなたはたくさんの女の人を助けてきたじゃないですか」
戦士「傷付いた女性の心を救ったこともあったじゃないですか」
戦士「それなのに、どうして……どうして自分のことは悲観的に見てしまうんですか」
勇者「…………」
戦士「俺、あなたに……幸せになってほしいんです」
勇者「…………」
戦士「……俺、少しでも早く大人になって、」
戦士「貴族の様な暮らしは無理でしょうけど、めいっぱい稼ぎます」
戦士「アルカさんを一生かけて支えます」
彼女の目から涙が溢れ出した。
戦士「…………俺じゃ、だめですか」
勇者「……ごめ、んな」
566: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:19:32.13 ID:ymR033h3o
……予想とそう大きな違いの無い答えが返ってきた。
勇者「ごめんなっ…………私はっ…………」
勇者「っ……………………」
彼女は完全に顔を伏せて咽び泣いた。肩が震えている。
戦士「…………今のは、無かったことにしてください」
俺は彼女に背を向けてその場を去った。
俺もガラハドと同様、彼女を怖がらせてしまうだけだった。
金髪「こないだ男友達に告白されてさあ」
金髪「友達として仲良くしたかったのに〜……」
茶髪「あ〜わかる。裏切られた気分になるよね」
そんな会話人のいないところでしてくれ。というか俺のいないところでやってくれ。
今の俺にとって、その会話は胸を貫く大剣も同然なんだ。
567: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:20:09.45 ID:ymR033h3o
アキレスに会いたい。あいつは今頃どうしてんのかな。
他人が恋に悩んでる時はわりと冷静に慰めることができたのに、
自分で経験するとこうもつらいものなんだな。
一呼吸一呼吸が苦しい。
どうして好きだと言ってしまったのだろう。
気持ちを抑えることができれば、今までの関係をこれからも続けることができたってのに。
今更後悔したって遅い。
額が割れそうだ。胸が軋む。動くのが億劫だ。
喪失感の様な何かと罪悪感が押し寄せて止まらない。
空を見上げた。妬ましいほど綺麗な青空がさっきと変わらず広がっていた。
……空虚だ。
568: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:21:11.27 ID:ymR033h3o
外で適当にぼけっと過ごして宿に戻った。
一人部屋を借りられたことが不幸中の幸いかもしれない。
まだ寝る気にはなれなくて、俺は背中を壁に預けて床に座った。
明日からまともに話せるだろうか。まともに顔を合わせられるだろうか。
隣の……ナハトさんの部屋から寝台の軋む音が聞こえた。
壁のすぐそばに寝台が置かれているから振動が伝わってくる。
微かに彼女の声が聞こえてきた。悪夢にうなされているような声だ。
そんなに俺から女性として見られたのが怖かったのだろうか。
……いや、
「ひと、りは……いやだ……」
確かに、そう聞こえた。
569: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:22:19.62 ID:ymR033h3o
――翌朝
戦士「おはようございます」
勇者「ああ、おはよう」
既視感を覚えた。
初めて彼女の素の面を見て部屋に入り直した時と、
そして、彼女に欲情してしまった日の翌朝と同じだ。
彼女は「作っている」時の笑顔で俺を出迎えた。声も低い。
彼女がそう振る舞うことを選んだのなら、俺もそれに応えよう。
元通り接すればいいだけだ。
彼女が女性だと知る前と、同じように。
――
――――――――
馬車の中から平原を眺めた。
伯爵が礼金をたんまりくださったおかげで、移動には贅沢ができた。
ナハトさんは受け取りを拒否しようとしたのだが、
娘を助けてくれた礼にと、元々の額の五分の一を押し付けられたのだ。
それでも俺が士官学校に一年通える額はある。
570: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:26:47.53 ID:ymR033h3o
歩いて渡るにはこの平原は広すぎるのは確かだが、
ナハトさんが積極的に馬車を使おうとするのは珍しい。
一刻でも早く魔王を倒したいのだろうか。
勇者「…………」
戦士「…………」
幸い、俺の存在そのものが拒絶されることはなかったんだ。前向きに考えよう。
弟子として、仲間としてなら一緒にいさせてもらえる。
故郷のディックは元気だろうか。
あいつは高学年になった頃から名前をからかわれるようになった。
俺は最初、何故あいつがからかいの対象となっているのかわからなかった。
クラスメイトに聞いてみると『dickで古語辞典引いてみろよ』と言われた。
……納得したが可哀想だと思った。心の底から同情した。
俺が子供に名前を付ける時はよく調べてからにしようと誓った。
…………俺に子供を授かる時は来るのだろうか。
571: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:28:10.71 ID:ymR033h3o
勇者「もうこんな北まで来てしまったのだね」
勇者「君の故郷とは、植生……生息している植物の種類も大きく異なっているだろう」
戦士「ええ。南の大陸にはない木ばかりです」
勇者「装備を整えようか。この寒さに慣れていない旅行者がよく風邪をひくんだ」
彼女は俺と距離を置きつつも優しく接してくれている。
……俺が期待してしまわない程度に。
あれ以来、女性らしい面を見せてくれることはなくなった。
傍にいることはできても、やっぱり彼女の内面を直に支えられなくなったことは残念だ。
北東へ、北へ、そして北西の方角へ進んだ。
度々魔王の刺客から襲われるようになったが、難なく倒すことができた。
俺の実力は上級魔族を一人でも倒せるくらいに伸びてきた。
ナハトさんほどじゃないが、遠距離攻撃もできるようになった。
この調子ならきっと魔王城にだってついていけるだろう。
――
――――――
――――――――――――
572: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:32:42.77 ID:ymR033h3o
――ある北の都市
冬季ではないらしいのにかなり気温が低い。
俺の故郷にも短い冬はあるのだが、それと同じくらいの寒さだ。
冬場のこの土地に来たら凍え死ぬ自信がある。
魔法使い「こっちの方にあの子達の魔力が……ほら、いたいた」
英雄「ヘリオスうう!」
戦士「よう! 久しぶりだな、アキレス」
英雄「元気だったか!?」
戦士「ああ。おまえらも変わりないか?」
英雄「なんとかな!」
英雄「魔王との戦いに備えて、この辺りで体力を蓄えてるんだ」
英雄「なあ、俺達が泊まってる宿に来いよ!」
英雄「男女別に部屋取り直したいんだけど、四人部屋しか空いてなくてさ」
英雄「三人ずつ分かれたらいいかなって」
戦士「俺はいいけど……」
勇者「…………」
魔法使い「一緒に泊まるわよ」
僧侶「さ、行きましょう」
勇者「は、放してくれ」
573: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:38:07.62 ID:ymR033h3o
宿に着いた。
寒い地方なだけあって、建物の暖房設備は素晴らしい。屋内はとても暖かいのだ。
……隣の部屋から話し声が聞こえてきた。
勇者「くっ……」
魔法使い「あら、ずいぶん大きくなったのね」
僧侶「あまり胸を圧迫すると身体に悪いですよ」
勇者「…………」
魔法使い「仕方ないわね。サラシ巻くの手伝ってあげるわ」
この頃着替えるのが遅いなと思っていたんだ。そういうことだったのか。
一番上の妹も今頃は大きくなっているだろうか。
英雄「う……」
戦士「……そういや、ダグザさんはどういった経緯でアキレス達と旅してるんですか?」
気を紛らわせよう。
傭兵「娘の反抗期が酷過ぎて、家に居場所がなくてな……」
魔法使い「ちょっといいかしら」
戦士「はい」
574: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:38:41.14 ID:ymR033h3o
魔法使い「……何があったの」
戦士「え……」
魔法使い「あの子の心、硬くなってるわ」
魔法使い「必死に青い方の魔力で自分を覆い隠して、感情を押し殺してるみたい」
戦士「…………」
僧侶「以前お会いした時は、もっと暖かい雰囲気でしたのに」
戦士「……………………実は、その」
戦士「……こ…………て………れた……」
魔法使い「……ごめん、聞こえなかったわ」
戦士「…………俺、あの人に告白してフラれた」
戦士「あれ以来、ずっとあんな感じだ」
魔法使い「……そう」
僧侶「嘘……………………」
僧侶「そんな…………………………」
575: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:41:24.30 ID:ymR033h3o
兵士「隊長、申し訳ございません。また見失いました」
隊長「くそっ……」
英雄「何事ですか」
隊長「君は……」
英雄「私はプティアの勇者、アキレスです」
隊長「おお……! 実は、我等はある盗賊団を追っているのですが、」
隊長「奴等、何らかの気配を消す術を持っているらしく……足取りを掴めないのです」
戦士「……以前、気配を消す道具を開発した盗賊と遭遇したことがあります」
戦士「その時の技術が他の盗賊に流れていたり、」
戦士「同じような物が他の人間の手によって開発されていてもおかしくないと思います」
隊長「なんと……このままでは被害が拡大してしまいます」
隊長「年頃の女性が次々と攫われておりまして……」
勇者「ほぉう?」
隊長「こうなったら発信石による囮作戦を行うしか……」
隊長「おい部下達、おまえらの中に女装の名人はいないか」
兵士「オカマはいますが……とても囮には適さないかと……」
隊長「あ、そちらの顔立ちの整った方……」
勇者「僕が女装したところで、女の格好をした男にしかなりませんよ」
そんなことはない……が、
盗賊達の下卑た目に女性の格好をしたナハトさんを晒してたまるものか。
576: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:43:00.72 ID:ymR033h3o
――
――――――――
戦士「だからって…………だからって何で俺達が…………」
英雄「仕方ないよ……背格好的に俺達しか適任者いなかったんだから」
囮は一人じゃ危険だということで二人になった。
本物の女の子達にこんな危ないことをしてもらうわけにもいかなかったので、
彼女達には待機してもらっている。
オカマ兵士「メイク完了よん」
戦士「こんなゴツい女がいてたまるか!」
英雄「まあまあ、幸い服で体は隠れてるし……」
英雄「ああ……俺の眉毛が……腕毛が……足の毛が…………」
無駄毛を剃ると、服と擦れる感触がこんなにも変わるものなんだな。
カツラがちょっと重い。
英雄「……あれ?」
アキレスは鏡を見た。
英雄「なあ、俺……綺麗じゃないか?」
奴は顔が良い。女装をしてもそこそこ見れる。なお俺は……言うまでもない。
勇者「ふふっ……かわいいよ」
ちくしょう。
577: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:46:17.08 ID:ymR033h3o
――夜
隊長「この変声石を。声が少女の声色に変換されます」
隊長「そしてこの魅惑の石もお持ちください」
隊長「他人からなんとなく可愛らしく見られるようになります」
なんとなくか……。
隊長「では、これから郊外をうろついてください。……絶対に助け出します」
しばらく歩き回っていると、あっさり盗賊が現れて誘拐してもらえた。
英雄「キャー!」
何でこいつはちょっとノリノリなんだ。
男だとバレないように細心の注意を払わなければ。できるだけ顔を隠しておこう。
盗賊1「おい嬢ちゃん達、名前は」
戦士「!?」
名前なんて考えてなかった。
盗賊2「早く答えろ!」
英雄「アキナでぇす」
戦士「せ、セレネです」
咄嗟に一番上の妹の名前を言ってしまった。なんだろうこの罪悪感。
妹を穢してしまった気がした。ごめんセレネ。
578: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 12:47:34.26 ID:Ec+SOa3IO
しかしこの英雄ノリノリである
579: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:47:42.26 ID:ymR033h3o
俺達は武骨な盗賊の腕に抱えられて何処かへ運ばれていく。
姉よりは可愛らしかった一番上の妹も、
今頃は思春期に突入して肌が荒れ出しているだろうか。
姉も一時期顔がむくんだり肌荒れが酷くなったりして可哀想なことになっていた。
一番恋に憧れているであろう年頃に醜くなるなんて不憫だな。
姉『思春期はあんまり美人じゃなくても、』
姉『そのうちすっきりして多少マシになることがあんのよ』
姉『だからほんの一時期の顔付きだけで女を判断するもんじゃないわよ』
姉『まあ、あんたは彼女作るの自体難しいだろうから言うだけ無意味かもしれないけど』
そう言う姉の顔は、むくみが取れてすっきりしてもやっぱり美人にはならなかった。
姉『旅先でいい人見つかるといいわね。あんた、内面は優しいんだから』
姉『その内あんたの良さをわかってくれる人が現れるのを祈っとくわ』
嫌味ったらしいが優しさを持ち合わせていないわけでもない姉がちょっと恋しくなった。
姉ちゃんこそ結婚相手見つかったのかな……。
盗賊1「おまえ、ちょっと重くねえか?」
英雄「体重のことは禁句よぉ! もう、盗賊さんったらぁ」
戦士「…………」
盗賊2「この頃のお頭はおっかねえから、アジトに帰るのが億劫だぜ……」
580: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:48:55.70 ID:ymR033h3o
盗賊1「しばらくここでじっとしてろよ」
魔導石と短剣は隠し持っている。
いざという時は俺達自身が暴れて盗賊を退治することもできなくはないのだが、
奴等の人数が多ければ何人かには逃げられてしまうかもしれない。
隊長さん達が来てくれるまで大人しくしていた方がいいだろう。
盗賊1「アキナちゃんはちょっと硬いが顔が良い。そこそこの値で売れるかもしれねえな」
盗賊2「そっちのは……まあただの奴隷だろうなあ」
盗賊1「いや、目付きの悪い女が好きな奴もいる」
盗賊1「需要に合わせれば案外儲けられるかもしれねえぞ」
盗賊2「ほんとかあ? 大した値にはならねえだろうしセレネちゃんは味見しちまおうぜ」
盗賊1「おまえも根っからのスケベエだよなあ。じゃあ俺も」
戦士「えっ」
英雄「キャーエッチ! 処女の方が高く売れるわよ!」
盗賊2「それもそうだがなあ……」
戦士「…………」
頭領「……ほう、金髪の方は上玉じゃねえか。ちょっと骨太だが」
盗賊2「お、お頭」
581: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:49:41.79 ID:ymR033h3o
……こいつ、ごく僅かだが魔族化している。
頭領「しばらく女ぁ抱いてなかったんだ」
盗賊1「し、しかし傷物にしちゃあ値が下がりますぜ」
頭領「たまにはいいだろ」
盗賊1「へ、へい」
英雄「え……い、いやぁ!」
まずい。流石に服を脱がされると男だとバレる。
英雄「お願い、初めてなの! ……優しくして、ね?」
おまえは一体何を言って……いや、時間を稼ごうとしているのだろう。
頭領「こっち向いてくれよぉ」
英雄「やだ……恥ずかしい……」
やっぱりノリノリだ。ちょっとアキレスの将来が心配になった。
入口の方から爆発音が轟いた。意外と早かったな。
盗賊達にバレないよう、多少距離を置きながらの追跡だったはずなのだ。
582: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:52:39.90 ID:ymR033h3o
頭領「まさか嗅ぎつけられたんじゃねえだろうな」
盗賊1「そんな馬鹿な」
勇者「ヘリオス君、無事か!?」
戦士「は、はい」
なんか早いと思ったら、ナハトさんが単身で乗り込んできたようだ。
海を渡る前に盗賊のアジトを特定した時も、国家憲兵の方々を待たずに行っちゃったけな。
ナハトさんの背後に去勢された男達が倒れているのが見えた。
頭領「ちくしょう、これからお楽しみだって時に」
英雄「残念、俺は男でしたー!」
アキレスはカツラを取って声を元に戻した。
頭領「えっ……」
盗賊の頭領はとてもショックを受けている。
アキレスは楽しそうだ。一体どうしたんだ。
おまえは他人を騙して喜ぶような男じゃなかったはずだ。
英雄「退治してくれる!」
頭領「そ、そんなあああ!!」
勇者「……無事でよかった」
戦士「は、はい」
あまり彼女にこの姿を見られたくない。
でも心の底から心配してくれていたようだ。それは嬉しい。嬉しいのだが……。
俺、なんでお姫様抱っこされてるんだろ……。
583: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/10(日) 12:53:49.87 ID:ymR033h3o
とても情けない。
勇者「一度抱きかかえる側になってみたかったのだよ」
そこらへんの淑女相手に好きなだけやってください。
……女装しているこの状態で、男装している好きな女の人に助けられている。
どうせなら逆の立場がいい。
でもなんだか妙な何かに目覚めそうになった。いやなってない。決してそんなことはない。
英雄「俺、女装がクセになりそう……」
戦士「気をしっかり持つんだ」
英雄「君だって王子様に助けられたお姫様状態じゃないか」
戦士「う……」
勇者「ははは」
なんで楽しそうなんだ。
……この人は、俺が女になったら付き合ってくれはしないだろうか。
戦士「…………はあ」
当分寝覚めが悪そうだ。
619: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:19:17.29 ID:pWwFSwaSo
第十九話 悪夢
英雄「え、もうこの町を出るのか?」
戦士「もっと北の方で上級魔族が暴れてるらしくてな」
英雄「なら俺達も」
隊長「実は他にもご協力していただきたい事件がありまして」
英雄「……すぐに追いかけるから!」
勇者「…………君が彼等といたいのなら、まだこの町に留まってもいいのだよ」
戦士「俺、あなたについていきます」
彼女を一人にはしない。
また二人旅が始まった。
620: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:20:13.24 ID:pWwFSwaSo
時間と共に、俺達の関係の変化も一段落ついた気がする。
ほどよい距離感を掴むことができるようになったのだ。
俺がナハトさんことを好きなことには変わりないが、
以前よりも気持ちが穏やかになった。
野宿をする際は、肩を寄せ合って寝るようになった。
あくまで暖をとるためだ。決して淫らな行為ではない。
寒い地方への遠征時には例え男同士でも密着して体を温め合えと兵養所でも習った。
ナハトさんが結界を張って外部からの冷気を遮ってくれるのだが、
長時間結界内の暖かさを保とうとすると翌日に疲れが残ってしまうらしい。
魔適傾向が高かろうが、魔力容量が大きかろうが、
魔法を使えば体に負担がかかることには変わりない。
まして眠りながら術を維持し続けるのなら尚更だ。
今晩は偶然見つけた洞窟で寝ることになった。
俺の魔力でつけた焚き火が揺らいでいる。
勇者「……君の火は、暖かいな」
勇者「……………………なあ、」
勇者「どうして僕のことなんて好きになったんだい」
621: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:21:35.64 ID:pWwFSwaSo
戦士「……え」
勇者「君の初恋の相手は、女の子らしい可愛い子だったじゃないか」
戦士「…………あの子は、別に好きとかじゃなくて……」
戦士「ちょっと、目で追いかけてただけなんです」
勇者「…………………………」
戦士「………………………………」
戦士「なんで、でしょうかね」
戦士「気がついたらあなたに惹かれていました」
戦士「ただ好きなんです」
勇者「…………掘り返してすまなかったね」
勇者「そろそろ火を消して寝ようか」
そう言って、彼女は俺の隣に座って肩を寄せた。
柔らかい。暖かい。温もりが伝わってくる。
『愛おしい』って、こんな感覚なのだろうか。
……俺の気持ちを知っても、怖がらずに寄り添ってくれるのは、
俺のことを信頼してくれているからだ。
決して裏切るわけにはいかないなと思った。
622: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:22:33.98 ID:pWwFSwaSo
――最北の城塞都市 アイスベルク
ある輸入雑貨店に入った。
勇者「美味いコーヒー豆は売ってないだろうか」
俺の地元はコーヒー豆の産地だったなあとなんとなく思い出しながら店内を眺めていると、
妙に既視感のある食器が目に入った。……この作風は間違いない。
戦士「親父の皿だ……」
形がややいびつで分厚い。その代わり滅多に割れない。
商品名はレグホニアの皿だ。俺の名字である。
まさかこんな北の果ての地で親父が作った皿を見るとは思ってもみなかった。
勇者「……使う人のことをよく考えていることがわかるよ。いい手触りだ」
ナハトさんが珍しく外で手袋を外して、その皿を手に取った。
勇者「きっと、君と似ている優しいお父様なのだろうね」
戦士「……まあ、見た目のわりに温厚っすね」
俺のこの見た目は完全に親父譲りだ。
俺と同じ強面の親父が結婚できたのは、
親父とお袋が物心つく前からの幼馴染だったからだ。羨ましい。
623: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:23:50.80 ID:pWwFSwaSo
町を歩いていると、桃色の髪の女性が現れた。
普通ならばありえない髪色である。
一瞬染めているのかと思ったが、なんとなく不思議な雰囲気を感じた。
魔術師「異様な気配を追ってきてみれば……」
勇者「どうも」
魔術師「紺色……あなたは噂の勇者ナハトでしょうか」
勇者「ええ。ま、自分のことを勇者だと思ったことはありませんがね」
魔術師「私はこの国所属の魔適体質者、ペルシックと申します」
魔術師「あなた、普通の魔適体質者ではありませんね」
魔術師「……その魔適傾向の高さは異常です」
勇者「ほう」
魔術師「魔適傾向は、どれほど高くとも150マジカルが限界だと言われています」
魔術師「しかし、あなたは……500マジカルを軽く超えています……」
勇者「抑えているつもりだったのですがね。いい魔感力をお持ちのようだ」
以前は確か200と言っていたはずだ。
勇者「特に用がないのなら、これで失礼させていただきますよ」
勇者「……実は、日に日に魔適傾向が上がっていてるんだ」
勇者「これ以上上がってもあまり意味はないのだがね」
624: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:26:17.99 ID:pWwFSwaSo
この町は強力なバリアで覆われている。
その影響で、うっすらと空に紫みがある。不思議な色合いだ。
夕暮れ時、たまに景色が紫色っぽくなることがあるが、そんな時と少し似ている。
魔王城に最も近い町であるため一応防衛設備は完備されているが、
魔王城に近いからといって必ずしも襲撃を受けやすいわけではない。
奴等は世界の何処にでも現れる。北の大陸の方が強力な魔物の生息数が多いというだけだ。
……というのが常識だったのだが、この頃この町は襲撃を受け続けているそうだ。
上級魔族達が、どのくらい攻撃を続ければバリアを破れるのかを試しているらしい。
宿に荷物を置き、装備を整えて討伐に向かった。
勇者「……死なないでくれよ」
戦士「もちろん。こんなところで死ねませんよ」
この町の軍が同行すると申し出てくれたのだが、ナハトさんは断っていた。
ナハトさんが使う魔術の規模が大き過ぎて、
味方の人数が多いと同士討ちになる可能性が高かったからだ。
625: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:27:33.07 ID:pWwFSwaSo
流石に大勢の上級魔族を相手にするのは大変だが、
最低限自分の命は自分で守らなければならない。足手まといなんて嫌なんだ。
雪魔族「こやつらは何者だ!?」
氷魔族「熱い! 融ける!!」
俺はナハトさんと違って、規模の大きな魔術は発動できない。
だが、そこそこの威力の炎で敵を焼きつつ、
自分の体を強化することである程度は上級魔族に対抗できている……と思う。
戦士「……自信、持たないとな」
――
――――――――
626: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:28:41.72 ID:pWwFSwaSo
数十体の魔族と、その配下の魔物達を倒した。
魔族や魔物は、死んでも死体を残さない。瘴気となって散っていく。
勇者「怪我はないかい」
戦士「少しだけ……でもまあ、自分で治せますよ」
大地が奴等の瘴気で穢れている。浄化作業が大変そうだ。
勇者「……君も強くなったものだ」
勇者「初めて会った頃とは見違えるよ」
戦士「あなたのおかげです」
勇者「! ……何か来る」
紫淫魔「あぁら、いい勘持ってるじゃない」
……以前襲いかかってきた淫魔達と似た、だが更に妖艶な魔族が現れた。
紫淫魔「あたくしの妹達を葬ったっていうのはあなた達ねえ」
紫淫魔「あたくしは長姉のサキュバスよお」
勇者「報復しに来たのか」
紫淫魔「あらあ、妹を殺されたからって相手を恨んだりしないわよお」
紫淫魔「人間じゃあるまいし」
紫淫魔「ちょおっと興味があったってだけよぉ」
627: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:29:59.28 ID:pWwFSwaSo
紫淫魔「……ふぅん」
勇者「…………」
紫淫魔「…………その眼、見覚えがあるわ」
紫淫魔「何年前かしらねえ。寿命が長い分、細かいことは憶えてられないのよねえ」
勇者「僕は憶えているぞ。おまえを見たのは八年前だ」
紫淫魔「あ〜そうそう! あの町を襲撃した八年前と十九年前だわ!」
紫淫魔「レッヒェルンの眼よ! 印象に残ってるわあ」
紫淫魔「楽しかったわ〜、十九年前のあの夜…………」
紫淫魔「領主の男の目の前で、そいつの奥さんを魔王様がヤッちゃったのよねえ」
紫淫魔「それでえ、奥さんにはっきり見えるように男を殺してやったのお」
紫淫魔「そしてえ、八年前は……領主の男とよく似た目付きの少年と少女を見かけたわあ」
紫淫魔「魔王様はその子達で遊んでたみたいだけど、」
紫淫魔「前とおんなじことやるならつまんないから、」
紫淫魔「あたくしはそれが終わるまで他の玩具で遊んでたんだったわあ」
628: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:30:41.11 ID:pWwFSwaSo
紫淫魔「……ってことは、あなた、レッヒェルンの生き残りかしら」
勇者「…………これでわかるか?」
ナハトさんは自分の魔力を解放したようだ。
紫淫魔「……あらあ!」
紫淫魔「お母さんのお腹の中で魔王様の精を浴びたにも係わらず生きてたあの女の子ね!」
勇者「ああ。今でも僕は人間として生きているぞ」
紫淫魔「普通ありえないのよ? 二回も魔王様に犯されて生きてるなんてえ」
紫淫魔「よっぽど強い浄化の血を受け継いだのねえ」
勇者「……お喋りもこのくらいで終わりにしよう」
ナハトさんは剣を構えた。
勇者「貴様を倒す」
紫淫魔「やれるものならやってごらんなさい」
629: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:31:27.19 ID:pWwFSwaSo
――
――――――――
……ここ、何処だ?
ああ、そうだ。俺達が泊まっている宿だ。
勇者「ヘリオス君」
ナハトさんが俺に覆いかぶさっている。
……覆いかぶさっている。
…………覆いかぶさっている。
戦士「へぅえええ!?」
勇者「頼みが、あるんだ」
戦士「は、はい?」
勇者「……もうじき私は魔王城へと向かう」
勇者「生きては帰ってこられないかもしれない」
勇者「だから…………抱いてほしいんだ」
戦士「へ?」
630: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:32:12.59 ID:pWwFSwaSo
戦士「いやあのちょっと」
ナハトさんが俺の服のボタンを一つ一つ開けていく。
勇者「……逞しくなったなぁ」
そして彼女は俺の胸に頬擦りした。
戦士「ひぃっ!」
戦士「どうしちゃったんですか!?」
戦士「ここここ婚前交渉をあんなに嫌ってたじゃないですか!!」
勇者「……君は、私のことが好きなのだろう?」
勇者「私にとっても君は特別なんだ」
戦士「ししししかし」
彼女は自分のシャツを脱いだ。
勇者「私…………魅力、ないか?」
戦士「あ、あの、」
彼女の白い肌が露わになった。柔らかそうな胸が膨らんでいる。
戦士「な、ないなんてことは決してないんですけどその」
勇者「……君が欲しいんだ」
彼女は俺に顔を近付けた。
戦士「っ……」
刺激が強すぎる。俺は顔を背けた。
631: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:33:06.55 ID:pWwFSwaSo
彼女は俺のベルトを外した。
戦士「ぁぁあああああああああ!!」
戦士「一旦! 離れてください! 頼みますから!」
勇者「ん……」
戦士「落ち着いてください!! ほんとに!!」
戦士「こういうことは籍入れてからじゃないと駄目だっていつも言ってるじゃないですか!!」
戦士「その前に清いお付き合いですよね!?!?」
勇者「…………」
深呼吸しよう。落ち着こう。
…………なんだろうこの強烈な違和感。
まるで夢でも見ている様な気分だ。
俺、この部屋に来る前は何をしていたっけ?
思い出せない。
『…………なぁんだあ、つまんないの』
視界がぐにゃりと歪み、闇に染まった。
632: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:34:28.99 ID:pWwFSwaSo
紫淫魔「好きな女の子に迫られても雰囲気に流されないなんて、」
紫淫魔「あなた、すごい理性の持ち主ね?」
戦士「……夢、だったんだな」
びっくりした。本物のナハトさんがあんなことするわけない。
してくれたらそりゃ嬉しいけど。
戦士「ってか何で俺があの人のこと好きだって知ってんだよ!?」
紫淫魔「夢魔だもの。相手の最愛の人の姿になれるのよ」
戦士「っくしょう期待させやがって!」
戦士「ぉぉおおおおおおお!!!!」
怒りにまかせて剣に炎を宿した。
紫淫魔「っ――!」
紫淫魔「逃げさせてもらうわ! 朝日は苦手なのよ!!」
淫魔は闇に溶けていった。
633: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:36:26.16 ID:pWwFSwaSo
真っ暗だ。俺の魔力で炎をつけても、何も見ることができない。
ここが奴の作った夢の世界であるなら、
もしかしたらナハトさんも何処かにいるかもしれない。
トパーズに魔力を集中させた。
戦士「ナハトさんの元へ……導いてくれ」
闇に毒々しい色が混じり出した。
やがてその色は、妖しい炎の色を反射した煙となっていった。
『絶望なさい』
『永遠に愛する者を失い続けなさい』
勇者「や……めろ……」
『ナハト』や、彼女と親しかったと思われる人々が次々と串刺しにされていく。
『心が壊れるまで』
勇者「心なら……疾うの昔に壊れている……!」
『その心を治した者が死んだら……どうなるかしら?』
勇者「…………!!」
最後に殺されたのは、俺の幻影だった。
勇者「ああああああああ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
634: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:37:02.18 ID:pWwFSwaSo
戦士「ナハトさん!」
俺は彼女の両肩を掴んだ。
戦士「しっかりしてください!」
戦士「俺、死んでませんから! 生きてますから!!」
勇者「あ……あ、あ…………」
彼女の目は絶望に染まっている。
『もう、この世界にあなたの居場所なんてないの』
『拒絶されて拒絶されて拒絶されて拒絶して』
勇者「ぁ…………」
『自分から拒絶したくせに、死なれたらこんなにショックなのねえ』
勇者「っ……」
戦士「やめろ!!」
戦士「姿を現せ! ぶった切ってやる!!」
別にフラれただけで存在そのものを拒絶されたわけじゃないし!!
『ふふふ…………』
635: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:39:16.90 ID:pWwFSwaSo
戦士「ナハトさん! ナハトさん!」
勇者「…………」
勇者「いばしょ………………」
勇者「こんな…………」
彼女の目と髪に、鈍い銀色が揺らぎ出した。
戦士「居場所がないなんてことなかったじゃないですか!」
戦士「もしなくたって、俺があなたの居場所を作ります!」
気がつけば俺は彼女を抱き締めていた。
戦士「……アルカさん!!」
彼女に俺の魔力を強引に流し込んだ。
勇者「っ!」
勇者「あたた……かい……」
勇者「ヘリオス君…………?」
戦士「あぁ……よかった……」
戦士「絶望なんてする必要ないんですよ」
戦士「悲観的に世界を見れば悲しいことばかり目につきます」
戦士「でも、もっと気楽にしていれば、いいことだっていっぱい見つけられるんです」
勇者「…………」
636: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:41:19.97 ID:pWwFSwaSo
『嘘でしょ……?』
『もう少しであたくしの勝ちだったのに!』
闇が明けた。元の景色だ。
戦士「残念だったな!」
紫淫魔「そいつを絶望で染め上げれば面白いことが起きるっていうのに!!」
戦士「逃がすか!」
紫淫魔「キャアアア!」
火力を最大にして敵の目を晦ませた。すかさず胸元を剣で貫く。
紫淫魔「まあ……いいわ…………どちらにしろ……結果は…………」
紫の淫魔はあまったるい瘴気を散らして消滅した。
戦士「……ふう」
勇者「…………ありがとな」
戦士「立てますか?」
勇者「……体に力が入らないんだ」
戦士「じゃあ、久しぶりに背負いっ――!」
胸に痛みを覚えた。
その痛みは熱に変わって全身に広がっていく。
637: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:42:09.28 ID:pWwFSwaSo
勇者「っ……瘴気を吸ってしまったか」
勇者「待ってろ、この程度なら吸い出せ……っ!?」
衝動に動かされるがまま、俺は彼女を押し倒した。
戦士「はあっ……」
『フラれて悔しかったでしょ? 惨めだったでしょ?』
戦士「っ……」
『自分のものにしてしまいなさいよ』
戦士「あ……ぁ……」
勇者「ヘリオス、くん…………」
『ほら、抵抗できないみたいよ』
『やってしまいなさい』
638: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/13(水) 19:44:15.51 ID:pWwFSwaSo
今なら彼女を好きなようにできる。
戦士「……はっ…………ぁ…………」
だがこんな形で抱いたって嬉しくもなんともない。
勇者「…………」
ナハトさんはこれから起きることを覚悟したのか、目を瞑って横を向いた。
駄目だ、もう理性では本能を抑えきれない。体の芯が熱い。
彼女の全てを見たい。
上着を強引にはぐった。
勇者「っ…………」
サラシで胸を抑えきれていないのか、シャツがわずかに膨らんでいる。
……視界に一本の短剣が入った。彼女が上着の内側に隠し持っているダガーだ。
俺が携帯しておくよう言った物である。
彼女を裏切りたくはないんだ。
もう、こうすることでしか自分を止められない。
俺はダガーを鞘から抜き、自分の腹に突き刺した。
664: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 14:55:54.72 ID:p242wD04o
第二十話 コバルト華
――
――――――
――――――――――――
戦士「う……」
勇者「ヘリオス君!」
目が覚めた。痛みで気を失っていたらしい。
今はもう痛みも性欲も引いている。
戦士「!?」
ナハトさんに抱き締められた。
僧侶「ああ、よかったです……」
戦士「あれ、エイルさん」
英雄「心配させないでくれよ、まったく」
アキレス達が俺達に追いついていたらしい。
勇者「気が……動転して……傷を治せなくて……」
勇者「エイルが来てくれなければ、どうなっていたか……」
戦士「大丈夫ですよ。ちゃんと急所は外しましたし」
戦士「死ぬ気なんてさらさらありません」
665: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 14:56:59.40 ID:p242wD04o
勇者「はぁ……」
更に強くぎゅうっとされた。
戦士「……大丈夫です。大丈夫ですから」
彼女の背中を軽くぽんぽん叩いた。
英雄「やっぱ年の近い男友達がいると安心するよ」
戦士「そうだな」
戦士「あれ、おまええらくでっかいルビー持ってるんだな。どうやって手に入れたんだ」
英雄「ああ、旅立つ時に国王陛下から授かったんだ」
英雄「勇者だって信じてもらえない時のための身分証明書になってる」
英雄「金色っぽい石の方が使い慣れてるから、戦いではあまり使わないけどな」
戦士「へえ」
英雄「俺の国にはルビーやサファイアの鉱山があるんだ」
英雄「君の故郷は何か採れるのかい」
戦士「ええと……なんだっけ、エメラルドとか採れるらしい」
戦士「ちゃんと地理習ったわけじゃないから詳しくはわかんねえけど」
英雄「あ、もしかして君の故郷ってベリルで有名なソール鉱山の辺り?」
戦士「ああ、そうそう。そこだ」
エメラルドはベリルとかいう鉱物の一種らしい。
666: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 15:08:33.30 ID:p242wD04o
英雄「七つの聖玉の内の一つ、ゴールデンベリルがソール鉱山産だって話があるよ」
戦士「へえ。そういやそんな伝説聞いたことあった気がしなくもない」
迷信レベルのおとぎ話だし、似たような伝承は他のベリル鉱山にもある。
英雄「ちなみにゴールデンベリルの別名はヘリオドールだ」
戦士「ヘリオ……って」
英雄「由来は太陽神ヘリオスらしい」
ヘリオライトと由来被ってるじゃねえか。俺の名前石に使われ過ぎだろ。ややこしいな。
戦士「七つの聖玉って、その石の他に、ルビー、アウィナイト、アメジスト……」
戦士「あとなんだっけ」
英雄「ダイヤモンド、ヴェルデライト、オパールだね」
戦士「超古代言語だと呼び方全然違うんだろ? 歴史のテストでミスしまくったな」
英雄「あ、俺も」
聖玉さえあれば、ナハトさんが魔族と戦うこともなくなるのにな……と思った。
彼女のことだから盗賊退治は続けるかもしれないが。
英雄「女性用のジュエリーって繊細で綺麗だよな……きっと俺に似合うと思うんだ……」
戦士「しっかりしろ」
アキレスに呆れそうだ。
魔法使い「後でちょっといいかしら」
勇者「ああ」
667: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 15:16:28.47 ID:p242wD04o
――夜
アキレス達とは別行動だ。
勇者「……二人に、なりたくてな」
いろいろ思うところがあるのか、ナハトさんは素の面を表に出してくれている。
勇者「不思議な色の月だな」
バリア越しの月明かりは妖しい青紫だ。
戦士「……明日、行くんですか。魔王城に」
勇者「ああ」
勇者「…………君との旅も、ここまでだ」
戦士「え……?」
勇者「君が魔王城までついてくる必要はない」
戦士「で、でも俺は」
勇者「君を連れていくわけにはいかないんだ!」
戦士「っ……ど、うして、ですか」
戦士「俺が弱いからですか」
668: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 15:17:52.47 ID:p242wD04o
勇者「…………魔王城は危険すぎる」
勇者「この先に進むのは私だけでいい」
戦士「またやっかいな攻撃を仕掛けてくる敵だって現れるかもしれないじゃないですか」
戦士「俺、あなたを支えたいんです。絶対に一人でなんて行かせません」
勇者「……」
彼女は寂しそうに微笑んだ。
男1「ようお嬢さん」
男2「俺達とあったかくなろうぜぇ」
女「や、やめてください。私、帰らなきゃいけないんです」
男1「つれねえなあ」
女「は、放して!」
勇者「そこの君達」
チンピラ達はナハトさんに退治され、当然のごとく不能の呪いをかけられた。
669: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 15:18:25.31 ID:p242wD04o
勇者「こんなことばかりやっているから恨みを買うんだ」
彼女は苦笑した。
勇者「……私は、誰に嫌われようが、恨まれようが、憎まれようが、構わなかった」
勇者「それなのに、君に距離を置かれた時、とても怖くなったんだ」
戦士「……」
勇者「君は特別だ」
戦士「ナハトさん、俺、魔王を倒した後も、ずっとあなたと一緒にいたいです」
勇者「……ごめんな。私に将来の可能性は無いんだ」
戦士「そんな、どうして」
勇者「今までありがとうな」
勇者「どうか、元気で」
彼女の指先が俺の額に触れた瞬間、視界が真っ暗になった。
670: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 15:18:59.17 ID:p242wD04o
――
――――――――
戦士「……っ?!」
戦士「ここは……」
目が覚めた。宿の寝台で寝かされていたようだ。
英雄「あ、起きたか」
アキレスが入ってきた。
英雄「俺、町を襲いにきた魔族を退治しに行ってたんだけど、おまえぐっすりでさ」
戦士「ナハトさんは!?」
英雄「え? そういや朝に見かけたっきりだな」
戦士「……!」
俺は剣を掴んで部屋を飛び出した。
魔法使い「待ちなさい」
戦士「何だよ!」
671: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 15:19:31.64 ID:p242wD04o
魔法使い「あの子は敢えて最も大切に思ってるあんたを置いていったのよ」
魔法使い「あの子の気持ちを尊重するなら、大人しく南に帰ることね」
戦士「…………」
英雄「え、一体どういうことなんだ」
戦士「あの人は……一人で決着をつけるつもりなんだ!」
マリナさんの静止を振り払い、俺は宿を出た。
曇っているが、太陽が空の真上にあることがわかった。もう昼だ。
魔力で足を強化し、草原を走った。
北へ進めば進むほど草木は減っていった。大地が瘴気で汚染されているんだ。
やがて黒く、鈍い虹色の色彩を放つ魔王城が近づいてきた。
あちらこちらに黒い瘴気が散っている。最上級クラスの魔族が何体も倒された跡だろう。
672: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 15:20:18.66 ID:p242wD04o
魔王城の中はまるで迷路だ。
馬鹿でかい魔力と魔力が互角にぶつかり合っていることが、
魔感力の鈍い俺でもわかった。
その片方はひどく禍々しい。おそらく魔王のものだろう。彼等は上の階にいるようだ。
どうにか階段を探して駆け昇った。
魔王「それ以上力を解放すれば、汝の人間としての生命は終わりを迎えるであろう」
勇者「ほんの少し早まるだけだ。結果は変わらない」
勇者「貴様を倒すまでは……己を保ってみせる!」
かすかだが会話が聞こえてきた。ナハトさんの声だ。
彼女のものだと思われる魔力が変質したように感じる。忌々しい気だ。
魔王「…………我をこれほどまで追い詰めるとは」
魔王「成長したものだな、『我が娘』よ」
勇者「ふん。貴様の蛮行もこれまでだ」
魔王の魔力が散開した。
『残念だったな』
673: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 15:21:03.32 ID:p242wD04o
『我は魔の根源たる魔王』
『肉体を滅ぼされたところで、我が思念までもが消滅することはない』
魔王の魔力は再び一箇所に固まった。
大きな扉が開かれている。奥には黒い瘴気の塊に対峙しているナハトさんが立っていた。
勇者「…………」
『我が精の濃度を高め過ぎたな』
『憎き深淵のアメスィストスと清澄たるキュアノスの波動も、最早脅威ではない』
『さあ、新たなる我が憑代となれ』
勇者「っ……」
瘴気の塊――魔王がナハトさんに向かって鋭く流れ出した。
戦士「ナハトさんをおまえになんてやらねえ!」
勇者「ヘリオス君!?」
俺はナハトさんの前に出て、剣に炎を宿して瘴気を防いだ。
『この焔は…………!』
674: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 15:22:15.23 ID:p242wD04o
『黎明のベーリュッロス……我等魔族の瘴気を灰と化す浄化の朝暉……!』
『これほどあの光に近い波動を持つ者がいるとは…………』
戦士「ごちゃごちゃうるせえぞ!」
魔王の瘴気に向かって剣を振りおろすと、炎に触れた瘴気が灰塵となって床へ舞った。
『おのれ……』
勇者「……!」
『だが、どれほど波動が近くとも威力そのものは大したことはない』
『我が闇の波動で魔の使徒となるがよい!』
魔王が瘴気を触手のように伸ばし、四方八方から俺を狙った。
勇者「っ!」
ナハトさんが俺を庇い、バリアを張った。
勇者「何故ここに来た!」
戦士「来ないわけありませんよ!」
勇者「殺されるぞ! 帰れ!!」
戦士「帰りません!!」
俺の炎で焼かれた瘴気は再生できないようだ。
炎を当てることさえできれば勝機はあるはず。
英雄「はあっ、やっと、追いついたっ!」
675: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 15:22:58.61 ID:p242wD04o
戦士「おまえら……!」
英雄「俺達だって魔王を倒すために修行を続けてきたんだ」
英雄「力を発揮させてもらうぜ!」
僧侶「援護はお任せを!」
魔法使い「ごめんなさいね、来ちゃったわ」
傭兵「こんな仕事、子供だけに任せてはおけないからな」
英雄「魔王、覚悟しろ!」
『紅を帯びた深き黄金……汝も多少なりとも浄化の力を血肉に編み込んでおるな』
『生命の精彩……鮮血のアントラクス…………!』
戦士「俺の炎で貴様を焼き尽くす!」 英雄「俺の光でおまえを照らし消す!」
『そう簡単に終わると思うでないぞ……!』
空間のあちらこちらから小さな魔物が沸き出した。
傭兵「雑魚は俺が片づける!」
勇者「……」
魔法使い「あんたはもう休んでなさい。力を使ってはいけないわ」
676: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 15:24:10.15 ID:p242wD04o
俺の力は魔王の言う通り威力はあまり大きくない。
アキレスやマリナさんの力の方が遙かに強力だ。
だが、魔王の瘴気には俺の炎が最も有効であるようだ。
英雄「俺の魔力を浴びると動きが鈍るようだな!」
英雄「光芒の牢<シャフト・ジェイル>!」
光線の牢が魔王の瘴気の一部を捕らえた。黒い瘴気の色が褪せている。
英雄「今の内に!」
戦士「ああ!」
牢ごと……いや、牢の光も剣に纏わせて瘴気を燃やした。
アキレスと俺の魔力は色が近いからか、
それとも別の要因のせいかはわからないが、相性がいい。
合わさると威力が上がった。
『小僧共……我が冥暗の絶望に包まれるがよい……!』
魔王が魔術を発動しようとした。
英雄「させるか!」
『うぐっ!』
英雄「おまえが好き勝手に弄んだ生命の力を舐めるなよ!」
魔法使い「手下の力も弱まってるわ。もう余裕がないみたいね!」
アキレス達の援護の下、少しずつだが確実に魔王の瘴気を削っていった。
勇者「……眩しいな」
勇者「君達には未来がある」
677: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 15:24:49.99 ID:p242wD04o
やがて瘴気の中心に何かがあるのが見えるようになった。
英雄「あれが『魔の核』だ!」
魔法使い「あの玉を覆っている膜! あれを破壊すれば魔王の思念は消えるわ!」
戦士「このまま瘴気を削れば……届く!」
『おのれ……』
魔法使い「逃がさないわよ! 紅焔の帳<プロミネンス・カーテン>!」
英雄「金紅の針<ルチレイテッド・ニードル>!」
『ぐあっ……!』
英雄「よっしゃ当たったあ!!」
僧侶「魔王の動きを止めます! 聖者の珠<セイント・バブル>!」
戦士「いっっっけええええええええええええ!!!!」
これまでになかったほど力が漲るのを感じた。
大きな炎を燃え上がらせ、瘴気を焼き切った。
戦士「っ……はあっ……ふっ……」
『……………………』
戦士「もう動けないようだな」
膜に覆われた魔の核が床に転がった。
678: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 15:26:21.58 ID:p242wD04o
戦士「……魔力がもう切れそうだ。アキレス」
英雄「ああ」
二人で玉に向かって剣を突き立てた。
だがなかなか膜を破ることができない。
戦士「硬いな」
ナハトさんが立ち上がってこっちに来た。
勇者「……今の私の力でも、破壊の補助くらいはできるだろう」
三人同時に剣の切っ先へ魔力を集中させた。
『我が思念が葬られようとも、いずれ新たなる魔王が誕生する』
『人間がこの世に蔓延る限り魔は絶えぬのだ』
『精々……束の間の平和を享受するのだな……』
膜にヒビが入り出し、砕けた。
『果たして――――束の間の平和は平和となりうるのか――――』
683: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 16:55:31.04 ID:p242wD04o
勇者「父様、母様……『ナハト』……みんな……」
勇者「……仇は討ったよ」
膜に包まれて核を覆っていた魔王の思念は散り去った。
だが魔の核本体は残ったままだ。
英雄「これは、絶対に壊すことができないらしい」
英雄「いつの時代から、どのような理由で存在しているのかは一切不明で、」
英雄「人間を戒めるために神が創ったとも、」
英雄「人間への呪いとして魔界の王が創ったとも言われているんだってさ」
魔王城が歪んで、そして消え去った。
俺達はいつの間にか白い石造りの遺跡の中にいた。
たくさんの柱が立っている。壁はないようだ。
俺の名前の由来になった神話に出てくる神殿と似ている。
太陽は沈み、宵が訪れていた。
神殿の中心では七本の小さな柱が円を描くように並んでおり、
その中心にもう一本柱が立っている。
七つの聖玉と魔の核が納められていた台座だろうか。
英雄「でも、これで今存在している魔族や魔物は全て消え去った」
勇者「今現在、既に魔に属する者として存在している者は……な」
戦士「ナハトさん、その魔力……」
勇者「…………ずっと抑えていたのだがな」
戦士「元に、戻せるんですよね?」
勇者「いいや。不可能だ」
勇者「……まだ君に隠し事を残していたことを謝罪しよう」
勇者「私はもうじき魔族となる」
684: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 16:59:27.44 ID:p242wD04o
戦士「そんな……」
勇者「魔族の復活を防ぐには、この玉を封印するしかない」
勇者「私は自分ごとこの魔の核の時を止める」
戦士「……!」
少年『もし、彼女が永遠の孤独に閉ざさ――ことを選んだら、』
少年『その時は、彼女を殺してほしい』
少年『そうでもし――と、彼女の魂は未来永劫――――』
ナハトさんは、ずっと前からこうするつもりだったんだ。
だから、『ナハト』はあんなことを言っていたんだ。
ちくしょう、そういうことだったのか…………!
英雄「そんなことが……」
勇者「今の私の魔適傾向の高さならば可能だ」
勇者「君達が来ようが来なかろうが結果は同じだ」
勇者「魔王が私の中に入ろうとした時点で私の勝ちだった」
勇者「まあ、再び奴に穢されずに済んだし、奴の思念を消滅させられて気は晴れたがな」
685: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 17:00:59.50 ID:p242wD04o
戦士「や……だよ……」
戦士「ずっと一緒にいたいのに……!」
戦士「ナハトさん、きっと助かる方法が見つかります」
戦士「だから……だから、こんな……」
勇者「……もう、こうするしかないんだ」
戦士「でも!」
勇者「私は、こんな世界は滅んでしまえという気持ちをいだいてしまっている」
勇者「その私が魔族になれば、魔王以上に厄介な存在となるだろう」
勇者「理性を失い、ただ世界を壊して回るだけの怪物と化すんだ」
戦士「……」
勇者「だが私は、君が生きているこの世界を滅ぼしたくはないんだ」
せっかく魔王を倒したのに、もうナハトさんの人生が終わってしまうなんて、
信じたくない。
告げられた現実を受け入れきれず、涙が溢れた。
戦士「なあエイルさん、どうにか浄化できないのか!?」
僧侶「……魔族化しかけている人から、瘴気のみを浄化することは…………」
僧侶「私達の技術では……不可能です。まして、魔王の瘴気ですから…………」
戦士「あ、そうだ、俺の魔力を使えばきっと」
勇者「もう力を使い切ったのだろう。回復を待つ猶予はない」
勇者「仮に可能だったとしても、君の魔力容量では私の魔力を浄化しきれない」
686: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 17:01:58.79 ID:p242wD04o
勇者「最初は一人でここまで来るつもりだったんだ」
勇者「この世に未練を残さないために、他者を遠ざけて生きてきた」
勇者「それなのに、私は君の弟子入りを許してしまった」
勇者「子供を望めない私は、君を育てることで自分が生きた証を残したかったのだろうね」
戦士「っ…………」
勇者「でも、これほど君に情を移してしまうなんて、予想外だったな……」
僧侶「ぐすっ……」
魔法使い「…………」
戦士「俺、やっぱりあなたが好きだ! 離れるなんて考えられねえよ!!」
勇者「……私も、ずっと、君のことが好きだったよ」
戦士「…………え?」
戦士「いつからですか」
勇者「それは……」
勇者「……………………」
勇者「はは、いつからだったかな。まあいいじゃないか」
戦士「な、何で誤魔化すんですか」
687: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 17:03:11.45 ID:p242wD04o
勇者「君から想いを打ち明けられた時、とても嬉しかった」
勇者「こんな体じゃなければ、君と寄り添い合って生きていきたかったな」
戦士「…………」
勇者「っ……」
勇者「もう時間がない。私が私でいられる内に……終わらせなければ……」
彼女の背後に扉が現れた。魔力の光を放っている。
このままナハトさんを行かせれば、彼女の魂は永遠に孤独のままだ。
だからといって、この手で彼女の命を奪うなんてできるはずがない。
仮に殺せたところで、今生きているナハトさんを……アルカさんを救うことにはならない。
戦士「あ……ぁあ……」
勇者「じゃあな」
彼女は俺の首に何かをかけた。
侯爵からもらった髪飾りが通された鎖だ。
宵と……ナハトさんがアルカさんとして生きていた頃の瞳と同じ色をしたエリスライトが、
空に残った僅かな残光を受けている。
688: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/16(土) 17:03:55.61 ID:p242wD04o
勇者「君の幸せを願っている」
戦士「いやだ……行かな……で……」
彼女が行ってしまう。
俺は弱々しく手を伸ばしたが、彼女を引き止めることはできなかった。
彼女は最後に、こちらを振り返って微笑んだ。
扉がひとりでに閉じていく。彼女の姿が隠されていく。
戦士「アルカさん! アルカさん!!」
扉は完全に閉ざされ、光を失った。時が止まったんだ。
もう彼女に会うことは叶わない。彼女の魂がこの世で生きることはない。
俺は、泣き声混じりの叫びを上げた。
702: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:06:24.25 ID:KyJHXHlro
今回はラストシーンまで飛ばしてもストーリーの進行上問題は無いです
703: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:07:20.99 ID:KyJHXHlro
第二十一話 常夜
――――――――――――
――――――
――
今までの記憶が流れ込んでくる。
これが走馬灯というものか。
死ぬわけではないのだが、永遠に眠るんだ。まあ同じようなものだ。
少年「はい、チェックメイト」
少女「んむぅ……また負けちゃった」
ナハトはチェスやトランプが得意だった。
彼の目は勿忘草色で、魔力もよく似た空色の波動を放っていた。
穏やかな朝のような、優しい青だった。
少年「じゃあ僕ちょっと出かけてくるね!」
少女「えー……もう一回やりたいのに」
少女「……行っちゃった」
執事「私がお相手いたしましょう」
少女「ありがと。強くなってあの女たらしをぎゃふんと言わせてあげるわ」
執事のハインリヒ・ライマンは、母様の実家に代々使えている家系の出だった。
彼は母様のことをよく理解していて、手が空いていれば私の相手もしてくれた。
704: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:08:27.82 ID:KyJHXHlro
執事「腕を上げられましたね」
少女「まだよ……まだこんなもんじゃあいつを倒せないわ……」
母親「アルカディア、そろそろピアノのお稽古の時間よ」
少女「はあい、お母様」
母様の魔力は深い紫色だった。目の色もそうだった。
昔はヘイゼル色だったそうだが、私が生まれる数ヶ月前に色が変わったそうだ。
魔王に蹂躙されたことで、魔適傾向が上昇したためだろう。
母様は、母様の故郷で採れたアメジストのネックレスをいつも身に着けていた。
教師「素晴らしい腕前でございます」
教師「まだ九つであらせられることが信じられないほどですよ」
少年「ただいま戻りました〜。あ、エルディアナ様! 今晩もお綺麗ですね!」
ナハトが懐いている母様は、美人で教養があってピアノも歌も上手だった。
私は母様が羨ましかった。少しでもはやく立派なレディになりたかった。
ナハトに認めてもらいたかったから、勉学や習い事は必死にこなした。
青年「一緒にあそぼ?」
少女「叔父様……仕方ないわね」
叔父上は父様の分まで私を可愛がってくれた。
705: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:09:27.60 ID:KyJHXHlro
母様の宝石類に触れると、時折父様の残留思念と話をすることができた。
姿は見えなかったけれど、声を聞けただけでも嬉しかった。
エファがこの地を去って以来、ナハトはあまり外に行こうとしなくなった。
時折気晴らしに散歩に行く程度だった。
少年「アルカ、ポーカーやろうよ。それともブラックジャックにしようか」
少女「…………」
少年「機嫌直してって」
ナハトの気持ちをはっきり聞いてしまった以上、
もう彼をどうこうしようという気は起きなかった。
一緒に遊びたい気持ちが全くないわけでもなかったが、意地を張ってしまっていたな。
少年「なあアルカ、僕にとって君は可愛い妹みたいなもんでさ」
少年「アルカも、僕のことをお兄さんみたいに思ってもらえたら、嬉しいんだけど……」
少女「…………」
母親「いつか、淡い恋を卒業して、真実の愛を見つける日が来るわ」
母親「今はつらくても、きっと大切に想い合える人と出会える。そう信じるの」
706: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:10:19.07 ID:KyJHXHlro
少女「え?」
少女「おじい様、私の誕生祝いに来られなくなってしまったの?」
執事「ええ……急な大仕事が入ったそうでございます」
執事「領地の平和を何よりも大切にしておられる方でございますから、こればかりは……」
少女「そっか。仕方ないわね」
遠方に住む祖父母とは滅多に会えなかった。
でも、祖父母の優しい笑みはいつでも思い出すことができた。
この町が再興できたのは、彼等の支援のおかげだった。
707: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:10:55.85 ID:KyJHXHlro
貴族の少年「お誕生日おめでとう、アルカディア」
少女「ありがとう、ヴァルター」
時折手紙のやりとりをしていた友人が、私の誕生日を祝いにわざわざ来てくれた。
少年「アルカ、おめでとう」
貴族の少年「……」
少年「ひっ……」
彼はナハトが嫌いなようだった。
貴族の少年「この間手紙に書いた薔薇園さ、ほんとに綺麗なんだ」
貴族の少年「いつか君に見に来てほしいな」
少女「そうね、次の社交の季節にでもお邪魔させてもらおうかしら」
私は彼に特別な感情を持ってはいなかったが、誘われて悪い気はしていなかったな。
交流が続いていれば、彼との未来もあったのかもしれない。
708: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:11:56.70 ID:KyJHXHlro
少しずつナハトと再び話すようになった。
私の十歳の誕生日から少し経った頃のある夜、魔王軍が攻め込んできた。
馴染みのある兵士や使用人達が次々と魔族に殺されていった。
少女「いやあああ!」
少年「アルカ! こっちだ!」
ナハトに手を引かれて館を出た。
彼は、母様のネックレスを首にかけていた。
町中が燃え上がっていた。人々が抵抗も虚しく斬り殺されていく。
魔族は殺戮を楽しんで笑っていた。
魔王「……ほう」
魔王「かつて犯した女の腹に宿っていた赤子ではないか」
逃げる途中、私達は魔王に捕まった。
709: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:13:28.85 ID:KyJHXHlro
少年「アルカを放せ!」
魔王の手下がナハトを取り押さえている。
魔王「我は、汝の母親に腹の子は死ぬだろうと言った」
魔王「だが汝はこうして生きている」
魔王「妙なものだな。この土地の力によるものであろうか」
魔王「汝から忌々しい聖玉とよく似た波動を感じるぞ」
魔王に服を破かれた。
魔王「汝の瞳は我が精によるもの。汝は我が娘も同然なのだ」
脚を開かれ、体を抉じ開けられた。腹に鋭い痛みが走った。
魔王「いい目だ」
手下「ほらほら目に焼き付けろ! 守るべき女が犯されている姿をな!」
少年「やめろ! アルカ、アルカ!!」
少女「ナハ、ト……」
ナハトは必死にもがいているが、抵抗したところで魔族に敵うはずがなかった。
犯されながら夜空を見上げた。家々を焼く炎が輝いている。
煙が煌めく星々を隠していく。
舞い散る火の粉のなんと美しいことか。
710: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:15:13.22 ID:KyJHXHlro
魔王軍が去っていった。
私は自分の体を見下ろした。ナハトの血と、魔王の精液で染まっていた。
私の傍に横たわっているナハトは動かない。
もう私の思考はまともに機能していなかった。私は、魔王の精液ごとナハトの血を飲んだ。
少女「ずっと、一緒に……」
やがて丘陵から朝日が顔を出した。
あれほど虚しい朝焼けを見たのは、この時が初めてだった。
日の光が生気を失ったナハトの肌を照らした。
地面に槍が落ちているのが見えた。柄のほとんどが折れている。
私は、その槍の刃で長かった髪を斬り落とした。
少女「死んだのは、アルカディア。ナハトは…………生きている」
711: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:16:02.84 ID:KyJHXHlro
襲撃以来、私は石に宿った残留思念と話すことができなくなった。
おそらく、それは魔王の精を取り込んだからだ。
魔の力は封じ込めたが、やがて浸蝕されていくだろうことはその頃からわかっていた。
私は予想以上の早さで力を身に着けた。
その力を恐ろしく思ったことも少なくなかった。
兄弟子1「この化け物が!」
兄弟子2「妙な力を使いやがって! 卑怯者!」
レッヒェルンの館から持ち出した金貨もやがて底を尽きた。
ナハトに振り向いてほしくて練習していた歌や演奏技術が役に立った。
店主「できることなら、ずっとうちでピアノを弾いていてほしいよ」
712: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:17:13.87 ID:KyJHXHlro
しばらく旅を続けている内に、
乱暴された女性は泣き寝入りするしかないという現実を知った。
気がつけば、私は性欲に執着し、暴漢の生殖器を狩り取るようになっていた。
そして、いつしか私は『勇者』と呼ばれるようになった。
私は己の憎しみに基づいて悪漢や魔物を退治していただけだ。
勇者の称号など、とても私に相応しい物ではなかった。
幼い頃から背はやや高い方ではあったが、旅立ってからの数年で急激に身長が伸びた。
おかげで声帯も伸びたのか、男のような声を出せるようになった。
東の大陸のとある国で紙芝居の職人と出会った。
職人「もう行ってしまうのかい」
職人「君が私の芝居を読んでくれると、子供達がたいそう喜んでくれるんだ」
職人「いつかまた来てくれると嬉しいねえ」
特定の相手と長期間共に過ごすことは控えていた。
名残惜しさを感じてはならない。決意が鈍る。
私の人間としての寿命はそう長くない。だがただで死ぬつもりはなかった。
七つの聖玉がなくとも、もう人間が魔族に蹂躙されることのない時代を築いてみせる。
そう誓っていた。
713: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:18:10.52 ID:KyJHXHlro
女「ねえ、今夜どう?」
男「おまえかっるいな。いいけどさ」
私と違って愛する者に純潔を捧げられる可能性を持っている女が、
たいした理由もなく、好きでもない相手に純潔を捨ててしまうことが憎らしく思えた。
やがて、どれだけ他人から恨みを買っても、怖いとは思わなくなっていった。
復讐しに来た者を返り討ちにするのはよくあることだった。
騎士「助けられたな」
勇者「不服そうだね」
騎士「私は誇り高き騎士だ。生意気な子供一人に助けられたとあっては名に泥がかかる」
騎士「だが恩義に反するわけにはいかない。何か礼でも」
勇者「誇り高き騎士にしては女性にだらしないようだね?」
騎士「なっ」
再会した時、彼はやさぐれて性格が変わってしまっていた。
714: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:20:08.26 ID:KyJHXHlro
十八になった頃、彼と出会った。
戦士「弟子にしてください!」
目付きの悪い少年が土下座してそう頼み込んできた。
真っ直ぐな眼差し。素朴な夢。純粋な心。朝日のような暖かい魔力。
未熟だが大きな伸び代の存在を感じられた。
不思議と、彼と共にいたいと思った。
勇者「軽い気持ちで婚前交渉を行う淫乱は性病にかかってしまえばいいと思うのだよ」
勇者「同性婚を認められていない国に住まう同性愛者同士等は例外だがね」
戦士「そっすか」
勇者「なお、僕は婚前に結婚相手以外の者に操を捧げる慣習がある文化を否定しているわけではない」
勇者「世界は広い。そういった文化を持つ国もあるのだよ」
戦士「あ、はあ、そっすか」
彼はいつも苦笑いを浮かべて私の話を聞き流していた。
それがなんとなく心地よかった。
715: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:20:52.70 ID:KyJHXHlro
ある時、ハインリヒとよく似た執事からじい様の護衛を依頼された。
親族には会わないつもりだったが、どうしても顔を見たくなった。
私の魔感力はじい様譲りであるようだった。駄洒落好きなのも遺伝だったのだろうか。
母様が生まれ育った町はガラスで飾られていて、美しかった。
ヘリオス君と出会い、じい様やばあ様と再会し、
死んでいたはずの『アルカ』としての心が蘇り始めた。
ヘリオス君とはある程度の距離感を保ち続けるつもりだったが、
一緒にいればいるほど、離れたくないという想いが強くなっていった。
彼の純朴さが羨ましかった。
私の情緒の不安定さが顕著になったのは、彼に性別を知られて以来だっただろうか。
716: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:21:35.14 ID:KyJHXHlro
故郷の隣国の城下町に到着した時、
じい様からいただいた髪飾りが似合うかどうか気になった。
ワインレッドの輝きを放つエリスライト。かつての私の瞳と同じ色の石。
感受性を高め、眠っていた情熱を呼び起こすと言われている。
戦士「ただい――」
戦士「…………」
その時は完全に気を抜いていた。
普段なら、人が近付いてきていることに気付かないはずがない。
私は一体どうしてしまったのだろうと、自分で自分にひどく困惑した。
いつの間にか、彼にだけは嫌われたくないと強く願うようになっていた。
彼の前で平静を保つのには苦労したな。
717: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:23:11.78 ID:KyJHXHlro
湯屋にはいつも魔法で姿を変えて入っていた。
同性にも体を見られるのは苦手だったから、いつも遅い時間に行っていた。
ヘリオス君は東の国の勇者とずいぶん仲良くなったようだった。
私は正直アキレスが羨ましかった。
ほんの少しの間に、彼は私よりもヘリオス君と親しくなっていたからだ。
城下町を出た先の村でのことだ。
ヘリオス君の同郷の友人と歌っている内に、私は酒の空気にやられて酔ってしまった。
ヘリオス君はいつの間にか酒場を出て行っていた。
迎えに来てくれないかな……なんて思って、私は彼を待ってしまっていた。
彼は私のことをどう思っているのだろう。
他人の持つ好意や嫌悪感を魔力から客観的に読み取ることはわりかし得意だったのだが、
彼の気持ちは読めなかった。私の主観的な気持ちが入り込んで邪魔をしたんだ。
彼は私を迎えに来てくれたが、アキレスの仲間であるエイルと一緒だった。
激しく胸が痛むのを感じた。
718: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:23:53.94 ID:KyJHXHlro
世界中で魔族が人間を姦淫する事件が増えたのは、私が生まれてきたためだ。
私は己の存在を憎ましく思った。
森を抜け、ミーランの町に到着した。
宿屋でエイルと二人になった。
彼女はどうやらアキレスに想いを寄せているようだったが、深い失恋の色を見せていた。
ヘリオス君に心を移されたらどうしようと不安になった。
私が彼と結ばれて幸せに暮らすというのも不可能な話だったのだが、
沸き溢れる苦い感情は消しようがなかった。
勇者「……ヘリオス君と、親しくなったようだね」
僧侶「ええ。彼は、とても心根の優しい方です」
勇者「…………」
僧侶「彼のことが、好きなのですね」
勇者「え……いや、そんなことは……」
はっきりとそう言われ、ひどく動揺してしまった。
719: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:24:38.64 ID:KyJHXHlro
僧侶「あなたを見ていればわかります」
勇者「…………」
僧侶「私、故郷ではよく恋愛相談を受けていたんです」
僧侶「私でよければ話し相手になりますよ」
勇者「…………」
魔法使い「ナハト、いる?」
魔法使い「これあげるわ。女の子なら大抵持ってる物よ」
勇者「……いいのか」
魔法使い「敵を倒してもらったのに、何のお礼もしないんじゃあたしの気が済まないもの」
魔法使い「何であんたの魔力が分離しかかっているのか漸くわかったわ」
魔法使い「青い方の魔力、元は男の物でしょ?」
魔法使い「男に恋してる所為でそっちの魔力が拒否反応起こしてるのね」
勇者「…………」
彼に融かされた人間らしい暖かい感情と、彼に対する激しい恋心、
そして体の変化により、この時は完全に不調に陥っていた。
720: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:26:02.97 ID:KyJHXHlro
ナハトの魔力を繋ぎ止めるには、
彼の魔力を私に結び付ける元となった魔王の精の力を使うしかなかった。
人としての寿命は縮むがやむを得なかった。
ナハトの魔力が離れたら魔力容量が減ってしまう。
私のような、男も同然の女がヘリオス君に好かれるはずはない。そう思っていた。
だから、彼に好きだと告げられた時は、とても嬉しかった。
だが、同時にその喜びを上回る深い悲しみも沸き上がった。
いくら両想いでも、私は彼とは生きられない。
勇者「……ごめ、んな」
あれほど心苦しいことはなかった。
721: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:26:51.50 ID:KyJHXHlro
最北の城塞都市、アイスベルク。
魔法使い「後でちょっといいかしら」
マリナに呼び出された。ヘリオス君を眠らせてから彼女と会った。
魔法使い「あたしの魔感力でもわかったわ」
魔法使い「あんた、魔族になりかけてるでしょ」
勇者「ああ」
魔法使い「……どうするつもり」
彼女に全てを話した。
勇者「ヘリオス君には黙っておいてほしい」
勇者「この子には、私が永遠の眠りにつくところを見られたくないんだ」
私が封印の礎になると知ったら、彼は嘆き悲しむだろう。
そうなれば私もこの世に更なる未練を残すことになってしまう。
だから、一人で終わらせたかった。
722: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:28:54.79 ID:KyJHXHlro
魔王「よく来たな……『我が娘』よ」
勇者「お久しぶりです。もう一人の『お父様』」
――
――――――――
魔王の消滅と共に、私の生きる理由も無くなるはずだった。
戦士「いやだ……行かな……で……」
戦士「アルカさん! アルカさん!!」
それなのに、まだ生きていたい理由ができてしまった。
八年間世界中を旅して回ったが、
比較的強い魔物が生息していない彼の故郷へは行ったことがなかった。
彼と共に南へ行けたらどれほど幸せだろう。
さあ、眠ろう。彼の夢を見ながら。
朝日が訪れることのない、夜の深みへ――。
723: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/17(日) 19:29:37.06 ID:KyJHXHlro
――――――――――――
――――――
――
英雄「なあ、どうにかできないのかよ」
魔法使い「無理よ。七つの聖玉が無い限り、奇蹟なんて起こしようがないわ」
戦士「……そうだ。まだ終わっちゃいない」
戦士「俺は七つの聖玉を探す」
戦士「例え、何年かかったとしても……絶対に見つけ出す」
739: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:12:43.96 ID:5wMLaeT4o
第二十二話 旭光
あれから、世界は変わった。
軍事用に開発されていた技術が一般にも流れ、生活は更に便利になった。
貴族や大商人じゃない平民の間にも、
魔鉱石を動力源とした車……魔動車が普及しつつある。
七つの聖玉を探すといっても、あては一切無い。
どういった経緯で失われたのかさえ不明なんだ。
何らかの要因で何処かへ弾け飛んだのか、何者かに盗まれたのか、
存在そのものが消えてしまったのか……誰も知る者はいない。
740: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:13:30.15 ID:5wMLaeT4o
アキレス達は、魔王を倒したことを報告しに東の大陸へ帰った。
遠距離でも会話をすることができる情報機が開発されたため、
連絡はいつでも取ることができる。
アルカさんがかつて牧師さん達に教えた不能の呪いのコードが改良され、
あらゆる町や村、街道、航路で強姦を行うことは不可能となっていった。
範囲外へ人を誘拐することも不可能であるため、
実質この世界から男性による性犯罪はなくなった。
女性からの性犯罪を防ぐ手段については現在研究中であるが、近い内に開発されるだろう。
741: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:14:34.20 ID:5wMLaeT4o
懸念されていた盗賊の増加だが、心配していたほど増えることはなかった。
技術の発達に伴い、各地に大規模な工場が建てられ、大量の労働力が必要となったのだ。
仕事がなくなった兵士や傭兵は、代わりにそういった場所へ配属されるようになった。
――北の大陸、北東のラズ半島
俺はレッヒェルン領に訪れた。
アルカさんがどんなところで育ったのか知りたかった。
現在、この土地はレッヒェルンに縁のある貴族により治められている。
女性1「あなた、もしかして……旭光の勇者ヘリオス?」
女性2「キャー! サインください!」
俺は勇者と呼ばれるようになった。二つ名で呼ぶのはほんとやめてほしい。恥ずかしい。
俺は勇者だなんてガラじゃないんだ。
女性達をどうにかかわして丘陵地帯を進んだ。
742: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:15:11.51 ID:5wMLaeT4o
――レッヒェルン領 ラピスブラオ鉱山
再びこの鉱山からラピスラズリが掘り出されるようになり始めた。
七つの聖玉の内の一つ、『清澄たるキュアノス』は『透明なラピスラズリ』の意だ。
現在はアウィナイトと呼ばれている。
そういや、魔王がアルカさんに対して憎き波動がうんたらかんたら言ってたな。
清澄たるキュアノスがこの鉱山産だったりするのかもしれない。
代わりになる新しいアウィナイトが採れたりしないかな。
採れたとしても聖玉に精製する技術が失われているから意味ないか。ちくしょう。
……そう思った時、俺のインペリアルトパーズが輝き出した。
俺を何処かへ導こうとしているようだ。
トパーズに導かれるがまま鉱山の脇の方へ入った。
しかし目の前には岩壁が立ちはだかった。
思い切って壁を破壊してみると、奥には洞窟が続いていた。
743: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:16:24.62 ID:5wMLaeT4o
最深部には、青く輝く大きな珠があった。
戦士「まさか……」
ミーランの町で見た絵画に描かれていたのとそっくりだ。
清く強い波動を感じた。きっと、これが聖玉の一つなんだ。
勇者『似た波動を持つ石同士は共鳴して引かれ合う』
勇者『産地が同じ石ならば、その反応は更に激しくなる』
もしかして、七つの聖玉は故郷に帰ったのではないだろうか。
俺はそう仮説を立てた。七つの聖玉の産地である可能性の高い鉱山を回ろう。
あてが外れても、また旅を続ければいいだけだ。
――コーレンベルク領 グラースベルク鉱山
水晶の代表的な産地であるこの鉱山からは、アメジストもしばしば採掘される。
もしかしたら、深淵のアメスィストスを見つけられるかもしれない。
……予想通り、発見することができた。
ある程度近づけば、アルカさんがくれたこのトパーズが俺を導いてくれる。
挫けそうになったって、感情を呼び起こすエリスライトが俺を励ましてくれる。
744: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:17:40.83 ID:5wMLaeT4o
赤淫魔『……八年前、特定の土地で先祖代々育った人間の魔力には、』
赤淫魔『瘴気に対する耐性ができることがわかったのよぉ』
赤淫魔『その特定の土地では魔力伝導率の高い石が採れるって共通点があるみたいだわぁ』
旅を続けている内にわかったのだが、
魔力伝導率の高い魔鉱石の採れる土地に先祖代々住み続けても、
必ずしも瘴気耐性が高いわけではないらしかった。
町民1「東の街道の瘴気を浄化したいのだが、瘴気の濃度が濃くて困難なんだ」
町民2「グラースベルクで先祖代々暮らした人間は瘴気への耐性が強いらしい」
町民2「魔族に犯されても、魔適傾向が上がっただけでピンピンしてたとか」
町民2「そういった人に率先して出向いてもらおう」
町民3「プティアの首都の出身者も瘴気に強いらしいぞ」
魔力伝導率の高い魔鉱石の産地であっても、土地によって住民の瘴気耐性にはムラがある。
はっきり七ヶ所だけだったらわかりやすかったのだが……。
しかし、候補地を絞る指標にはなるかもしれないと思った。
聖玉は元から浄化の力の強い魔鉱石を加工して作られたものだからだ。
世界は広い。魔鉱石の産地は数えきれないほどある。
残りのルビー、ゴールデンベリル、ヴェルデライト、ダイヤモンド、
オパールの鉱山だけに絞っても余裕で三桁を越える。
それらの産地で且つ産出される魔鉱石の魔力伝導率が高く、住民の瘴気耐性の高い土地。
まずはそこを回ろう。
プティアってのはアキレスの故郷だったっけ。
魔王がアキレスに対して浄化の力云々言ってたな。きっとそこにルビーがあると信じよう。
745: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:18:33.41 ID:5wMLaeT4o
――霧の町
装飾具店の娘さんと再会した。あれ以来、一切自傷行為はしなくなったようだ。
娘「私は、彼女に生きがいを見つけるよう諭されたの」
娘「そして、傷ついた人々を助ける仕事を始めたわ」
娘「そうしている内に、私の過去を知っても愛してくれる人と出会えた」
娘「今の私があるのは、彼女のおかげ」
娘「彼女と再び会える日が訪れるのを待ち続けるわ。いつまでも」
アルカさんは無数の男根を狩り取ってきたが、それ以上に人の心を救ってもいた。
彼女が己の時を止めたと知って嘆いた人の数は、嘆きの深さは、計り知れない。
746: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:19:44.30 ID:5wMLaeT4o
――東の大陸 プティア王国
英雄「よう、久しぶり」
英雄「つってもいつでも話せるけどさ、顔を見るのは数ヶ月ぶりだな」
英雄「勇者ナハト……アルカさんが作り出した扉を開くための研究は進んでるよ」
英雄「そっちは任せておいてくれ」
英雄「大丈夫、この世界の住民が勇者を見捨てるわけないだろ」
英雄「あと、これ。超古代時代の地図」
英雄「故郷の鉱山に帰ったって説が正しかったとしてもさ、」
英雄「今は廃鉱山になってるところに行ってるかもしれないだろ?」
英雄「そう思って探しておいたんだ」
そこまで考えが及んでいなかった。助かった。
英雄「何者かが、聖玉の結界に力を加えたんじゃないかって説が濃厚らしい」
英雄「そんなことができる人物はまずいないし、今更確かめようもないけどな」
無事にアキレスの故郷で鮮血のアントラクスを見つけることができた。
英雄「これ、路銀の足しにしてくれ」
戦士「金貨なんてわりいよ」
英雄「女装コンテストで優勝して手に入れた金だから気にすんなって!」
戦士「…………」
747: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:20:37.69 ID:5wMLaeT4o
紙芝居を作っている老人と出会った。
職人「そうかい、あの子とはもう会えないのかい」
戦士「俺が、きっと彼女を助け出します」
アルカさんを再びこの地に連れてくることを彼に約束し、東の大陸を出た。
――
――――――――
一年以上ぶりに故郷に帰ってきた。
同級生1「あ、ヘリオス! ヘリオスじゃないか!」
同級生2「おまえ魔王を倒したってマジかよ!」
戦士「あー……まあな」
同級生3「黎明の波動を持つ者! 旭光の勇者!」
同級生4「かっけえええええええええ!!!!」
戦士「や!! め!! ろ!!」
ちょっとした騒ぎになってしまった。
748: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:22:00.90 ID:5wMLaeT4o
実家があったはずの場所に二階建ての家が建っていた。
おかしいな。俺の家は平屋だったはずだ。
父「父さんの皿が、とある民族から高く評価されてな」
父「侘び寂びがどうのこうのと……物好きな民族もいるもんだな」
普通、均一でバランスの取れた美しい形の皿が高く評価される。
歪な形の陶器を好む民族がいるなんて聞いたことがなかった。
親父の工房もでかくなっていた。大勢の弟子がいた。
父「今なら、おまえが行きたがっていた士官学校に行かせてやれるぞ」
戦士「……いいよ。俺、他にやりたいことがあるんだ」
姉は結婚してた。甥が生まれてた。ついでに俺の兄弟も増えてた。
……親父とお袋、元気だな。
父「そうだ、王様がおまえを呼んでたぞ。表彰したいそうだ」
目立っても恥ずかしいだけだから正直逃げたかったが、
国王陛下からの召集を断るわけにはいかなかった。
表彰式はやっぱり恥ずかしくて死ぬかと思った。
国王「おぬしの望みを叶えようぞ」
戦士「……東の王国プティアにて、勇者ナハトを救う方法が研究されています」
戦士「どうかお力添えをいただきたく存じます」
749: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:23:08.06 ID:5wMLaeT4o
戦士「……はあ」
疲れた。
実家の庭が隣家のミントに侵食されていたから、
ミントと雑草だけ炎で焼いたらお袋から感謝された。
俺も器用に魔力を制御できるようになったもんだな。
今日は実家で休んで、明日にでも鉱山に行こう。
……そう思ったのだが、トパーズが反応していることに気がついた。
俺の家の真下から反応があった。
弟1「にーちゃん何掘ってんの?」
妹1「物置が足りなくなってきてたから、地下室作ってくれたら助かるね」
戦士「……あった」
俺の魔力と近い波動を放つ珠を見つけた。黎明のベーリュッロスだ。
ついでにゴールデンベリルの鉱脈もあった。
俺はこの珠から影響を受けて育ったのだろう。
こんなに近くにあったんだ。そりゃ魔族から苦手とされたわけだ。
父「そういや、数十年程前に隕石が落ちてきたってじいさんが言ってたっけなあ」
父「そいつだったのか」
750: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:24:02.67 ID:5wMLaeT4o
アポロン君は復学していた。
詩人「ええ、勇者ナハトは女性だったのかい。びっくりだよ」
詩人「僕は彼……彼女といつか再び言葉遊びをしたかったのだがね」
詩人モードは解除されているのか、一人称は元に戻っていた。
片玉のジョナスの村八分はだいぶ改善されたようだった。
しかも奴は同級生の女の子と付き合い出していた。
英雄『もしもし?』
英雄『七つの聖玉と七人程の優秀な魔適体質者を集められたら、きっと扉を開けられるってさ』
英雄『魔適体質者はこっちで手配しとくよ』
751: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:25:03.83 ID:5wMLaeT4o
俺がアルカさんと出会ってから三年経った。
傭兵「よく来たな」
ダグザさんの娘さんの反抗期は治まったらしく、彼は幸せそうに暮らしていた。
僧侶「あら、ヘリオスさん。お久しぶりです」
エイルさんはダグザさんの息子さんと結婚した。
アキレスとマリナさんももうじき結婚するらしい。
英雄『わるいな、一足先に』
戦士「おめでとう。今度お祝い贈るわ」
いくら移動技術が発達しても、世界を回るのには時間がかかった。
治安がよくなったために、盗賊退治でてっとり早く路銀を稼ぐのも難しくなっていった。
752: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:25:39.78 ID:5wMLaeT4o
急激な技術の発達に伴って混乱も起きたが、やがて落ち着くだろう。
緑の美しい国で、ヴェルデライト――翠緑のトゥルマリナを見つけた。
ダイヤモンド――豪然たるディアマンディ
オパール――眩耀たるオパッリオス
残り二つの聖玉はなかなか見つけられなかった。
よく似た別物やレプリカの存在も珍しくなかった。
女賢者「あなたには、想い人がいらっしゃるのですね」
女賢者「お願いです、どうか一晩だけでも私に思い出をください」
女性から想いを寄せられることも時折あった。どうにかして断った。
こんな時、アルカさんはどうやって流していたっけ。
くさい台詞を吐いて相手を満足させてたな。俺には真似できないや。
753: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:26:50.32 ID:5wMLaeT4o
犯罪が減り、特に性犯罪はほとんどない時代が訪れ、
人々は技術の便利さを享受して生活している。まるで理想郷だ。
こんなに良い世の中になったのも、アルカさんのおかげなんだ。
彼女に一刻も早くこの世界を見せたい。
更にもう一年経過した。
俺の故郷よりも更に南……この星の最南端でダイヤモンドを見つけた。
少年剣士「ヘリオスさん、すごい執念っすね」
少女剣士「そろそろ稽古つけてくださいよ」
弟子を育てるのは楽しいものだ。
だが剣士の雇用は減っているため、彼等の将来は少々心配である。
魔法使い『もしもし? アキレスの奴、』
魔法使い『もう女装が似合わないくらいガタイがよくなってるのに女装癖が抜けないのよ』
魔法使い『どうしようかしら』
戦士「……好きにさせるしかないんじゃねえの?」
754: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:27:47.68 ID:5wMLaeT4o
……更に、もう一年。
俺達が旅をしていたのとは星の反対側の大陸で、オパールを見つけた。
これを見つけるのには最も苦労した。
存在は確認できても、道のりが険しくてなかなか在り処まで辿り着けなかったのだ。
鉱脈の割れ目に迷路のような空間が広がっており、四方八方でオパールが輝いていた。
インペリアルトパーズがなければ迷っていただろう。
あとはアキレスと連絡を取り、北へ向かうだけだ。
――世界の最北端 封印の神殿
かつて魔王城が聳え立っていた地に、俺達は再び訪れた。
七つの聖玉を台座に収め、十人の魔適体質者が杖を構えた。
英雄「多い方が確実だろ?」
七人でいいはずの魔適体質者をアキレスは十人も集めてくれた。
755: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:29:01.52 ID:5wMLaeT4o
色を失った扉が、光を取り戻した。
七つの聖玉で浄化できないものはないとされている。きっと彼女を助け出せるはずだ。
ゆっくりと扉が開かれた。
彼女は、扉の向こうで眠っていた。あの時の姿のままだ。
戦士「……アルカさん!」
勇者「…………」
俺は倒れかけた彼女の体を支えた。
彼女の体が浄化されていく。
勇者「…………ヘリオス君?」
彼女の瞼が開かれ、瞳から青が抜けていった。
勇者「君の夢を見ていた。君が、世界中を飛び回り、七つの聖玉を探している夢を」
彼女は俺の頬に手を触れた。
勇者「これは、夢じゃ、ないんだな」
756: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:30:20.71 ID:5wMLaeT4o
勇者「あれから何年経ったんだい」
戦士「五年です」
勇者「……そうか、そんなに時間が経ったのか」
勇者「大きくなるわけだな。背も歳も抜かされてしまった」
ヒール込みの彼女の背を、俺は僅かに抜いていた。
勇者「だが、たったの……」
勇者「たったの五年で、長らく行方がわからなかった聖玉を全て集めたというのかい」
勇者「……君には負けたよ」
俺は彼女を強く抱きしめた。
戦士「あなたの存在があったから、こんなに早く聖玉を見つけることができたんです」
戦士「どうか、俺と一緒に生きてください」
勇者「私のような女でいいのかい」
戦士「俺には、あなたしかいません」
勇者「あぁ……私は、生きていてもいいのだな」
勇者「ヘリオス……大好きだ」
757: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:31:41.46 ID:5wMLaeT4o
――
――――――――
彼女は元の姿を取り戻した。
髪は黒く艶があり、瞳は葡萄酒のように輝いている。
魔王の力がなくなっても、ある程度の魔適傾向の高さは残ったようだった。
勇者「年上面できなくなっちゃったなあ」
彼女は子供っぽい苦笑いを浮かべた。
彼女が眠っている間に、世界は彼女が知らないことで溢れていた。
五年前とは逆に、俺が彼女に知識を教えることも増えた。
もちろん元の知識量の差が大きかったため、
彼女から俺に物を教えられることも相変わらず多かった。
少々手続きの面倒な国際婚と身分差婚の手続きを済ませて南へ向かう。
コーレンベルク侯爵は心から祝ってくれた。
エーデルヴァイス伯爵も泣いて喜んでいた。
アストライア嬢は背が伸びたが相変わらず可愛らしかった。
道中、アルカさんは少しずつではあるが女性の格好をしてくれるようになった。
北の大陸南東部の港から東の大陸へ渡った。
南の大陸に帰る前に、アルカさんに会いたがっている人達と会って回りたかった。
もうしばらく旅は続いた。
758: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:32:38.76 ID:5wMLaeT4o
――数ヶ月後 南の大陸
姉「あんたがこんな美人な嫁さん連れてくるなんてね」
姉「泣かすんじゃないわよ」
同級生1「おい! あの女慣れしてないヘリオスが美人な嫁さん連れて帰ってきたぞ!」
同級生2「うわあああ! 英雄になったからって調子に乗りやがって!」
故郷に帰るとまた騒がれた。
七つの聖玉を見つけた功績を称えるためにと、再び国王陛下から召集された。
やはりとても逃げたかった。
759: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:33:07.98 ID:5wMLaeT4o
――
――――――――
俺は念願の兵士となり、故郷の村に新居を構えた。
戦士「……怖いなら、無理しなくていいよ」
勇者「あ……」
勇者「待って、がんばる、から……」
勇者「好き、だから……大丈夫だ」
彼女は俺の腕に抱き付いた。
戦士「……アルカさん」
俺は彼女の頭を撫でた。
勇者「ちゃんと、子供を産めたらいいのだけど」
戦士「そういうのはさ、流れに任せよう。安心して」
戦士「どんな夫婦だって、授かる時は授かるし、授からない時は授からないんだ」
戦士「神様からの賜りものなんだから」
勇者「……ヘリオス」
勇者「愛してる」
戦士「……俺もだよ、アルカさん」
760: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:34:36.13 ID:5wMLaeT4o
――
――――――――
勇者「……愛する者に抱かれるのは、こんなにも幸せなんだな」
彼女は俺の隣に横たわっている。
戦士「あ、そうだ」
戦士「いつから俺のこと好きだったんだ?」
勇者「え、あ……その……」
勇者「……はっきり自覚したのは、城下町で、君が……反り立ってるのを見た時だ」
戦士「え?」
ひどい恋の始まりもあったもんだな?
勇者「…………君からは、欲情されても、嫌じゃなくて、」
勇者「ああ、好きなんだな、って……」
戦士「……なるほど」
761: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:39:20.47 ID:5wMLaeT4o
数年後。
勇者「あああああ可愛いよ可愛いよ」
息子「はなしてよかあさん」
アルカさんはすっかり子煩悩になった。
長男はアルカさんに似て美形だが、吊り上がった目尻だけは俺に似たようだ。
長女も幸いアルカさん似なのだが、どことなく俺の遺伝子を感じないこともない顔付きだ。
もうすぐ三人目が生まれる。
俺の昇進も決まったことだし、金には困らないだろう。
昇進に伴って隣の城下町で働くことになったから、通勤が少し大変になる。
だが学生時代は毎日町まで通学していたんだ。大したことではない。今は車もある。
息子「じいちゃんち行ってくるね」
勇者「え、待って! やだ!!」
……まあ、なんだかんだで幸せだ。
戦士「ゆっくり三人目の名前でも考えようか」
勇者「……そうだね」
居間に飾られたブラッドショットアイオライトが、朝日を受けて輝いた。
更に十数年後、旅に出ようとする長男の前にアルカさんが立ちはだかるのだが、
それはまた別の話。
762: ◆qj/KwVcV5s 2016/04/18(月) 21:40:56.37 ID:5wMLaeT4o
END
764: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/18(月) 21:42:09.40 ID:fLd5bz8wo
乙
楽しませてもらったよ
766: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/18(月) 21:44:05.48 ID:bPGQ4u7ko
お幸せに乙
768: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/18(月) 21:45:10.80 ID:Yd61nt9UO
乙です
アルカが親バカ過ぎて吹いたw
ところで、別の話はまだですかね?
769: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/18(月) 21:46:38.90 ID:6ufRcXto0
乙!ほぼ全員ハッピーエンド万歳!
…英雄……
770: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/18(月) 21:49:54.29 ID:rCBw3Hcao
幸せになってくれてよかった
乙!
771: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/18(月) 21:50:49.62 ID:iROATBGpO
いい話だった
長らく楽しませてもらったよ、乙
・SS速報VIPに投稿されたスレッドの紹介でした
【SS速報VIP】勇者「やっぱり処女は最高だね」戦士「え?」
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本スレでも書いたけど改めて乙