雪乃「LINE?」結衣「そう!みんなでやろうよ!」
- 2016年05月01日 22:40
- SS、やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
- 10 コメント
- Tweet
小町「は、八幡!」
相模「それでは文化祭の定例ミーティングを始めます」
八幡「よう雪乃」雪乃「こんにちは、八幡」結衣「えっ」
本音を隠して言葉を交わし、表情を隠してLINEを使う。
本当の気持ちだけを言い続ければ人との関係などすぐに壊れてしまうだろう。だが、それを乗り越えてこその友情ではないのだろうか。
俺の周りの会話は一切の本音が感じられないものばかりだ。本音を語っているものなどほんの一握りすらいない。
それでも人は繋がりを求める。たとえ空虚なものだとしても、人と繋がることで自分が世界に参加しているのだと、必要とされているのだと思いこんで自分の存在を認めるために。
だから自宅で、駅のホームで、そして学校でLINEの通知が来るのを今か今かと待ちわびるのだ。
ならば、LINEなどせず学校でもおしゃべりなんてしないぼっこそが、自らの力だけで自己を確立できる強者ではないだろうか。
結論を言おう。
学校でくらいLINEの通知切りやがれ。うるせえんだよ。
ただでさえやることのない部活動にも関わらず、依頼者の来るわけもない冬休みにまで真面目に活動をしているのだから恐れ入る。
それにちゃんと出席する俺も大概だがな。
俺はこの暇な時間を有効活用して、冬休みの国語の課題である作文を書いている。
俺の作文の題名は『最近の携帯電話の利用状況について』だ。
ホントなんなの、あのLINEの通知。授業の度に一々切るなら最初から切っとけばいいのに。ピコンピコン鳴らしてウルトラマンかよ。
と、そんな風にLINEについて思考を巡らせていたまさにその時に、由比ヶ浜がLINEの話題を持ち出してきた。
俺は驚きのあまり、視線を雪ノ下と由比ヶ浜に向けてしまう。
由比ヶ浜は俺が視線を向けたのを会話に興味を持ったとでも勘違いしたのか、声をさきほどよりも大きくしながら俺たちに話しかけてきた。
結衣「ヒッキーもゆきのんもやろうよ!メールよりも手軽だし、楽しいよ!」
八幡「……けどLINEってあれだろ?個人情報だったり電話帳に登録してる番号立だったりが流出するんだろ?」
結衣「そ、それは前の話だし!ちゃんと何かをオフにすれば大丈夫ってネットで見たもん!」
雪乃「あなたは流出して困るほど電話番号を登録していないでしょう。なにせ登録させてくれる相手がいないのだから」
由比ヶ浜の安心できない説明のフォローかは分からないが、雪ノ下がさも俺の携帯電話が誰の電話番号も入っていないかのような口調で毒舌を浴びせてくる。
ばっかお前、この中にはあの小町と戸塚の電話番号が入ってるんだぞ!それだけでもう国宝級だろうが!
そんな思いを視線に込めてぶつけてみるが、雪ノ下はもはやこちらを見てすらいなかった。
由比ヶ浜の話を吟味しているのか白く細い指を顎に当て何かを考えている。
すげえな、こんなよくあるポーズでさえ雪ノ下がすると絵画みたいになるのか……。
八幡「見てるだけでセクハラとか自意識過剰すぎんだろ」
結衣「見てたことは否定しないんだ……」
由比ヶ浜が俺の言葉の揚げ足を取りに来る。なんだよお前、そんな頭の良いことできるのか。びっくりだよ。
雪乃「……その男の処遇についてはこの後話し合うとして」
八幡「ねえ、なんで見てただけで刑に処されなきゃならないの?この部室じゃお前が法律なの?」
雪乃「LINEを始めるというのはいいかもしれないわね」
八幡「俺の言葉は無視か……って、は?お前今LINEやるって言った?」
雪乃「正確には始めるのはいいかもしれない、よ。やるとは一言も言っていないわ。あなたは国語が唯一の取り柄なのだから、ちゃんとセリフから正しい意味を読み取りなさい」
八幡「国語だけが取り柄とか悲しすぎんだろ」
俺にだって他にもいいとこあるよ?例えばプリキュア全員言えるとか。あれ、これいいとこなの?
雪ノ下がLINEを始めることに対して前向きな態度を見せたことで、由比ヶ浜がこれでもかというほど雪ノ下に迫っている。
物理的にも精神的にも圧され始めた雪ノ下を見かねて、俺は軽く助け船を出すことにした。
八幡「お前がLINEをやってみたがるなんて意外だな。なんか理由でもあるのか?」
雪乃「別に大した理由ではないわ。業務連絡をするのが簡単になるからというだけよ」
ああ……こいつなら考えそうなことだ。
俺は雪ノ下の電話番号とメアドを知らない。同じように雪ノ下も俺の電話番号とメアドを知らない。
必然的に俺が部活を私用で休んだり、逆に部活が中止になった時なんかは由比ヶ浜との連絡が命綱だ。だからここが上手くいかないと面倒なことになる。
休むことを伝えるタイミングを逃し雪ノ下にボロクソに言われたり、中止になったことを知らず部活があると思い込んで部室前で待ちぼうけをくらったりしてしまうのだ。
待ちぼうけは辛かった……。辛すぎて帰りに平塚先生をラーメンに誘っちゃったレベル。
誘われて喜んでる平塚先生可愛かったけどね。
俺の言葉を聞いていよいよ由比ヶ浜のテンションがMAXを迎える。
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ由比ヶ浜。そんな彼女のとある部位に目が吸い込まれてしまい気付いたら俺の心もぴょんぴょんしている。
雪乃「…………」
あ、やばい。ゴミを見るような目で見られてる。
俺は咳払いをしてから、ケータイを取り出して早速アプリをインストールする。
どうやら俺の心がぴょんぴょんしていたことを由比ヶ浜は気付いていなかったらしい。LINEを始めようとしている俺を見て純粋に喜んでいた。
なんだろうこの罪悪感……。
結衣「早いよ!えっと……あ、あたしガラケーだからよく分かんない……」
えー、なにこのグダグダ感。出だしから躓くとかもう不安しかないんだけど。アンインストールしちゃだめなの?
八幡「ま、聞かなくても大体分かるけどな」
結衣「ならなんで聞いたし!ヒッキーキモい!」
八幡「キモくはないだろ……」
キモくないよね?あんまりキモいキモい言われると本気で不安になってくるだが……俺はイケメンなはず。よし。
心のバランスを取りながら適当に登録を終わらせていく。登録が終わって『ホーム画面』とやらにくると熊みたいな生き物が一人で座り込んでいた。
友だちがまだいないことを表すためにこのイラストを使用してるのは分かるが、まるで将来の自分を見ているようで複雑な気持ちになる。
由比ヶ浜が視線を向けると、雪ノ下はすでにケータイをしまうところだった。
雪乃「終わったわ」
結衣「早っ!」
なんで登録ですらそんな高速でできるんだよ。お前だけ常時精神と時の部屋状態なの?クロックアップしてるの?
俺も少し急いで、『知り合いかも?』の欄から由比ヶ浜のアカウントを探す。
探すまでもなく、星やら丸やらで名前を装飾している由比ヶ浜のアカウントを見つけた。一瞬の躊躇ののち、俺は友だちに追加する。
ふう、任務終了だ。これで業務連絡も楽になる。
八幡「友だち申請しといたぞ。あとはお前のケータイでやるんだろ?」
結衣「うん!ゆきのんもあたしに申請してくれた?」
雪乃「してあるわよ」
結衣「やったー!じゃあ早速……?」
あれ、ケータイの画面を見た途端フリーズしちゃったけど大丈夫なのこの人。
彼女が何を考え込んでいるのかさっぱり分からないため、雪ノ下に視線を送る。が、こちらを一度見ただけで何のリアクションも起こさずまた由比ヶ浜へと視線を戻した。
あいつが何も言わないってことは、心当たりがないか俺と目を合わせたくないかのどちらかだな。ちなみに確率としては後者の方が圧倒的に高い。
八幡「ああ」
雪乃「そうよ」
結衣「なんでイニシャルなの!?名前入れようよ!」
八幡「ネットに本名入れるとかあり得ないだろ」
今やどこから個人情報が漏れるか分からない時代なのだ。ならばどこにも個人情報など入れないのがもっとも手っ取り早い対策だろう。
雪ノ下も似たような理由でイニシャルにしたのだろうが、俺と同じことをしてしまったのがよほど悔しかったのか、先ほどからこちらをチラチラと睨みつけている。
まあ女の子にチラチラ見られて恐怖するのは慣れている。見られる度に俺のことを笑っているんじゃないかとよく恐怖したものだ。今でもするけど。
結衣「本名じゃなくていいからさ、せめて友達が見てすぐ分かるような名前にしようよ!」
八幡「俺友達いないから無理だわ」
雪乃「わ、私は……いないことはないけれど、その、と……友達は私のことだと分かってくれているから問題ないわ」
結衣「ゆきのん……」
はい、始まりました。奉仕部恒例ガチユリ。こうなるともう俺は背景に徹するしかない。
おい誰だ、お前はいつでも背景だろって言ったのは。あんまり本当のこと言うなよ。
結衣「って、そうじゃない!」
俺が背景と心を一つにしようとした瞬間、ガチユリからギリギリのところで逃げ出した由比ヶ浜が再び抗議の声を上げた。
結衣「ゆきのんが可愛くて忘れそうになったけど、そうじゃないよ!名前もっとまともなのにしようよ!」
結衣「あ、じゃあ『ヒッキー』と『ゆきのん』で登録しよう!」
八幡「仕方ない、本名で入れるか……」
雪乃「そうするしかないわね」
結衣「あ、あれ?」
困惑する由比ヶ浜を放置して、設定画面に移る。名前の変え方を教わったわけではないが、適当にポチポチしていくだけでなんとか変えることができた。
『HH』結構気に入ってたんだけどな……。ジャンプで長期間休載してそうな名前じゃん?
八幡「ほら。これでもういいだろ」
由比ヶ浜はケータイを見ながら満足げに頷き、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
どうしてこいつはこんな小さなことでここまで笑顔になれるのだろうか。
彼女の純粋さをこうやって近くで見ると、自分が何者よりも汚れているのではないかという焦りに襲われる。
ケータイを乱暴にカバンに突っ込むことで気持ちを紛らわせる。どうやら二人とも俺の異変には気づいていないようだ。なんせいつも変だからな。
八幡「よし、これで部活も休みやすくなったな。帰るか」
結衣「まだ帰らないし!LINEって面白いゲームとかあったりするし、もっといろいろ教えたいの!」
八幡「……お前ガラケーだろうが」
結衣「うっ……」
痛いところを突かれてなにも言葉が出なくなっている由比ヶ浜を見てため息をつきながら、雪ノ下がゆっくりと口を開く。
外を見れば朱色の光が空を彩っている。日没の早い時期とはいえ冬休みの活動ということを鑑みればちょうどいいはずだ。
八幡「なんでそんなことで癪に思っちゃうんだよ……まあ終わりなら先行くわ」
結衣「バイバーイ!帰ったらLINE見てね!」
雪乃「また明日」
二人からの別れの挨拶を背中で受けながらゆっくりとドアを閉めた。
廊下を歩き校舎を出る。季節は完全に冬。鮮やかな色に染め上げられた空を見ながら、白い息を吐き出してみる。
今まで誰とも関わらなかった俺が、奉仕部に入ってから随分と変わったと思う。今日LINEなんてものを始めたのがいい例だ