藍子「ある日の昼下がり」
「おはようござい、まー……す」
とある冬の日。
ドアを開けながら元気よく挨拶をして……その声は段々萎んでいった。
ゆっくりと中に入って、静かにドアを閉める。
「すぅ……………………」
今日はそれなりに早く来たつもりだったけど、美穂ちゃんのほうが早かったらしい。
ドアの方を向いてソファに座って、熊のぬいぐるみを抱きしめながら眠っていた。
私が近づいて向かいのソファに座っても起きる気配はない。
「美穂ちゃんの寝顔、久々に見たなぁ……そうだ」
音を立てないようにバッグの中に手を入れる。
お目当ての赤いカメラは取り出しやすい場所にしまってあるから、すぐに見つかった。
「はい、美穂ちゃん。起きないでくださいねー……」
パシャ、と静かな部屋にシャッター音が響いた。
「…………ふみゅ」
これくらいでは起きないみたい。
「それじゃあ、もう一枚――」
「おはようございます♪」
写真を撮ろうとしたところで、ドアの開く音と共に明るい声が聞こえた。
「んぅ……」
「ちょ……卯月ちゃん」
少し身じろぎをする美穂ちゃんを見て、勢いよく振り向いてしまった。
「どうかしたの? 藍子ちゃん?」
そのまま無言で後ろを指差す。
「あっ、美穂ちゃんがお昼寝中だったんですね。ふふっ、かわいいです♪」
卯月ちゃんがそのままそっと歩いて近寄ってきた。
「最近見てなかったから……起きないかなー……?」
私の隣に立って、テーブル越しに顔を近づけて美穂ちゃんの寝顔を眺めている。
……さすがにつついたら起きるんじゃないかなぁ。触れる前に指を引っ込めてたけど。
「よしっ、それじゃあ私も…………撮っておこうと思いますっ」
そう言いながら、ピンクのカメラを取り出した。
私も両手でカメラを持ってたから、なにをしてたかすぐにバレてたみたい。
「やっぱりまずは正面から……」
ソファに座ってカメラを構える。
少ししてからカシャ、と軽い音が鳴った。
「藍子ちゃんはどんな写真を撮ったの?」
「私も正面からだけだよ」
「それだけじゃもったいないですよね?」
「それはそうだけど……あんまり撮ってると美穂ちゃんが起きちゃうよ」
「大丈夫だと思うんだけどなぁ……」
またシャッター音が鳴った。
さっきから美穂ちゃんは身動きもしなければ息も乱れていない。
……本当に大丈夫なのかな?
「ちょっとだけ、横顔を……」
そうなると、ちょっと欲を出してしまうのが人というもので……私は悪くない、はず。
美穂ちゃんの左側に回って、少し腰を落とす。
「そーっとそーっと……」
パシャ、という音がやけに大きく聞こえた。
「ふぅ」
反応がないことを確認して、大きく息を吐き出す。
「藍子ちゃん」
そんなところに、少し位置をずらしてカメラを構えた卯月ちゃんが名前を呼んできた。
「……いらっしゃいませ♪」
「すっごく不本意なんだけどっ」
ぐっ、といい笑顔でサムズアップ。そんなところで特技を使わないでほしい、切実に。
そもそも卯月ちゃんは計画的だけど、私のは魔がさしたというか……
「大丈夫です。わかってますから♪」
「絶対わかってないってば。私はちょっとだけ―ーあっ、卯月ちゃんまた撮ってる」
「だって、美穂ちゃんは、なかなか、起きないから、つい」
「って言ってる間に何回撮ったのっ?」
「藍子ちゃんだって撮ってるじゃないですか」
「私はほんのちょっとだけだもん」
「藍子ちゃん……確かに一期一会の写真はとってもいいものです。だけど、もっといい写真を撮りたかったら、たくさんの中から選んだほうがいいんだって……アイドルのお仕事を通して、私、思ったんです」
「いい話みたいに言ってるけど、それただの欲望だよね?」
「……そうとも言いますね♪」
卯月ちゃんと会話しながらも、美穂ちゃんの写真は撮り続けていた。
気づいたら私は美穂ちゃんの隣で膝立ちになって、卯月ちゃんはテーブルに腹這いになってカメラを構えていた。
こんなに近くで騒いでたらさすがに起きるよね……?
「んー…………?」
「あっ……」
美穂ちゃんが起きた。薄目が開いて、少し頭が揺れている。
時間が止まったようになった部屋の中で、カシャ、と音が鳴った。
「ふぇ……? あれ……?」
まだ寝ぼけてるみたい。
今のうちにと、二人で素早くカメラをしまった。
「おはよう、美穂ちゃん」
「美穂ちゃん、おはようございます♪」
「え、おはよう……?」
うん、挨拶は大事だね。
美穂ちゃんも爽やかな目覚めに――
「ってそうじゃなくて! さ、さっきなにをしてたのかな?」
――やっぱりならないよね。
「もう、美穂ちゃん? もうお昼だよ? いつまでも寝ぼけてちゃダメだよ」
「せっかくミーティングのために集まったんですから、目を覚ましましょうね♪」
「二人ともわざとらしいよ! 絶対写真撮ってたよねっ!?」
もう美穂ちゃんの中で結論が出てるなら、そんなこと訊かなくてもいいのに。
「記憶にございません!」
「卯月ちゃんが勝手にやりましたっ」
「それ! もう認めてるからっ!」
とはいえ、このままじゃ話が進まない。
「ほら、落ち着こう? ちょっとだけ、ね? 美穂ちゃんのアルバムに写真が増えるだけだから……」
「あっ、藍子ちゃん。そろそろ新しいアルバムを買いに行かないと」
「今日の寝顔でいっぱいになりそうだね」
そういえば、そろそろページがなくなる頃だ。
こっちはデザインが決まってるから買うときに悩まなくていいからすぐに終わるんだけど、それはそれでちょっとつまらない。
「……こ、こんな写真をアルバムに貼るの? ほ、本当に……? だ、だって、今までこんなの残してなかったよ……?」
「大丈夫、これは裏行きだから」
「う、裏っ!?」
資料棚の下段左奥に『CGプロ月次報告 1994年』ってラベルを貼って置いてある。次は1995年かな?
ちなみに、そんな昔にこの事務所は存在していない。
「大丈夫です! 誰にも見せてませんから!」
「それ以前に、そんなこと知りたくなかったよ……」
美穂ちゃんががくりと項垂れた。
たぶん、他の人が知ってたとしてもちひろさんだけだと思うから……慰めにならないけど。
「……気を取り直して、今日は早めにミーティングを終わらせてしまおっか! ね? 藍子ちゃん? 卯月ちゃん?」
ちょっと間を置いて、美穂ちゃんが復活した。
それはいいんだけど、なんだか押しが強くなってる。
「私もなるべく早く決めたいとは思うけど……」
「日が暮れるまでに終わればいいから! ね?」
「えっと、そう、なのかな?」
やたらとぐいぐい来る。
美穂ちゃんの笑顔は完璧なのに、ちょっと恐い。
「それで、藍子ちゃんと卯月ちゃんは先に帰っていいよ?」
「え、いや、それは……」
卯月ちゃんと顔を見合わせる。
なんとなく、裏がありそうで。
「だって、ねぇ、卯月ちゃん? 表情と視線は正直だよね?」
「みっ美穂ちゃん? なんだかプレッシャーがすごいですよ……?」
「資料棚の下の段、左側かな?」
「ええっ!? なんでですかっ!?」
その反応は正解だって言ってるようなものだよ卯月ちゃん……
隣でばつが悪そうな顔をした卯月ちゃんを見て、小さくため息をついた。
「というわけで。私、お話しが終わったら、少し、残るね?」
「「はい」」
私達には、それ以外の返事はできなかった。
「はぁ~~…………」
美穂ちゃんが大きく息を吐いてソファに埋まるのと同時に、きゅう、とかわいらしい音が聞こえた。
「そ、その生温かい目で見るのはやめて~」
気が抜けたせいでお腹が鳴ってしまったみたい。
「もうお昼だもんね。先にごはんにしよっか」
「あ、じゃあ私がつくるよ!」
卯月ちゃんが身を乗り出して挙手をした。
「ここで? ちなみに、なににするの?」
「ぺ ぺ ロ ン で す !」
「あ、うん」
知ってた。
そう思った時には、卯月ちゃんは跳ねるようにソファから降りて給湯室に向かっていた。
「パスタとニンニクとオリーブオイルと唐辛子と――」
ごそごそと棚や冷蔵庫を漁っている。
そのうち鼻歌でも聞こえてきそうなくらいに上機嫌だ。
「久しぶりに僕がつくるよ♪ 何が食べたい?」
訂正。もう歌ってた。
「僕はいつもペペロンチーノ♪」
ペペロンチーノの歌かなにかだろうか。
こうなったら卯月ちゃんは完成するまで出てこないだろうし、今日のお昼のメニューは決まりかな。
「卯月ちゃん張り切ってるね……ちょっとかかるけど、美穂ちゃんは大丈夫?」
「私は大丈夫。まだ我慢できないってほどじゃないし。だけど……」
美穂ちゃんが給湯室の方に視線を向ける。
「おいしさを知ってるだけに、匂いがつらいかな」
「ああ、途中からいろいろと炒めたりするから……」
たしかに、お腹が空いてるときにおいしそうな匂いを嗅ぎながら待ってるのはつらいものだ。
自分でつくるなら、適当に手早く済ませてしまうんだけど。
「待ってる間になにか食べちゃうのももったいないし」
「そうだよね……よし、美穂ちゃん! 頑張って!」
「え、応援するだけ?」
「私はまだ耐えられるから」
美穂ちゃんより朝ごはんが遅かったと思うし。
うん、私の方はちょうどいいくらい。
「藍子ちゃんも一緒に頑張ろうよ! ほら、オリーブオイルの香りが――」
「きーこーえーまーせーんー!」
「藍子ちゃんも思い浮かべるの! 卯月ちゃんのペペロンチーノを! ほらっ!」
耳を塞いでいる手を掴まれて、攻防が始まる。
動くと余計にお腹が空きそうだし、美穂ちゃんが自分の言葉で自滅していってる気がするんだけど……いいのかな、これ?
争いに疲れてぐったりしていたところで、ようやくお昼ごはんが出来上がった。
「それでは、いただきます♪」
「いただきます」
「いただきますっ!」
美穂ちゃんだけ待ちきれないといった様子でフォークを手に取った。
「おいしい……!」
「焦らなくても、たくさんありますからね」
美穂ちゃんはさっきのでかなり消耗していたらしい。
私はというと、元々空腹ではなかったし、少し休んだら回復していた。
伊達にスタミナ特化(パッションのみんな)と付き合ってはいない。
「ん~、やっぱりこのなにもない感じが最高です!」
「なにもないって……」
今日のは置いてあったベーコンも入ってるけど。
「使う材料は少なくて保存の利くものばかり! 手軽でどこでもつくれて、一番おいしい! 完璧ですよね♪」
「は、はぁ……」
どうやら、そういうことらしい。
「藍子ちゃんのも食べたくなったなぁ」
「卯月ちゃんの方がおいしいよ?」
「自分でつくるのと、誰かにつくってもらうのは違うから。ね?」
「そうだけど、ね……あの練習を思い出すと……」
一時期卯月ちゃんに鍛えられて、かなりの頻度でこれを食べていたことがあった。
苦手ではないんだけど、自分でつくるのはあと半年は遠慮したいところだ。
私としては、卯月ちゃんにつくってもらった方がいい。
「またつくるの?」
美穂ちゃんが会話に加わってきた。
一皿食べたら落ち着いたらしい。
「いやいや、まだなにも決まってないからね?」
とりあえず否定しておく。
好物の絡んだ卯月ちゃんもかなりめんど……止めるのが大変だから。
「じゃあ、
コメント一覧
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- 2016年05月06日 22:58
- 卯月のお尻ペロペロしたい
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