島村卯月「背伸びと立ち位置」
17歳という年齢は、世間一般的には、決して大人と呼べる年齢ではない。
しかし、ことアイドルの世界において、年齢が2桁にも届かないような娘だって門を叩いているこの世界において、17歳を「低い」と形容することは難しい。
「おはようございます!」
たった今、元気な挨拶とともに事務所の扉を開いたこの少女、島村卯月というアイドルは17歳だ。
彼女は元々、アイドルを夢見て養成所に通う、いわばアイドル見習いであった。
だが、ほんの数か月前に、現在、彼女を担当しているプロデューサーの目に留まり、アイドルとしての活動を開始することができた。
ここまでの活動は順調そのもの。最近では小さなライブや、取材の仕事も増えてきた。
そんな彼女のモチベーションをさらに上げる出来事が起こったのは、つい最近のことだ。
この事務所では、稀に部署移動が存在する。マンネリ化を防ぐ、といった理由が掲げられているが、要するに“アイドルの売り方をいろいろ試そう”ということなのだろう。
3~4人で1部署。それが5つくらいという、決して大きくはない事務所であるので、部署が違うからといってもそこまで離れる感覚ではないが。
それまで、卯月は部署で最年少であった。それが、今回の部署移動によって、なんと最年長となったのだ。
移動していった年長者たちの代わりに入ってきたのは、自らを「カワイイ」と言って憚らない少女と、なんとも気の弱そうな、不幸体質を自称する少女の2人であった。
「おはようございます! 幸子ちゃん! ほたるちゃん!」
「おはようございます! 朝からカワイイボクを見れて、卯月さんはラッキーですね!」
「お、おはようございます……。なにか悪いことは起きてないですか……?」
正反対だなぁ。
と思いながら、そんな2人が愛おしくて微笑みが漏れる。
この2人は、まだ入ってから日が浅い。
2人を見るたびに、卯月は、自らが入りたての時を思い出していた。
最初は、右も左もわからず、毎日が不安の連続であった。
もちろん、アイドルになれたことそれ自体は、とても言葉にできないような喜びであったし、辞めたいなどと思ったことは一度もない。
それでも、未知の領域に踏み出す時、得てして人はどうしようもない恐怖に襲われてしまうものだ。
そんな彼女に、アイドルについて手取り足取り教えてくれたのは、他でもない、先輩アイドル達であった。
誰もみな優しく、卯月の心に寄り添って、アイドルとしてのスタートを支えてくれた。
先輩達のサポートがなければ、もしかしたら心が折れていたかもしれない。
だからこそ、目の前の2人にとって、自分がその「先輩」になりたいと、意気込んでいるのだ。
「今日は2人とも、レッスンですか?」
「ええ! 今はダンスレッスンを重点的にやっているところです! まあ、カワイイボクにかかればすぐですけどね!」
「頼もしいですね! ほたるちゃんはどうですか?」
「わ、私は……全然……」
「何言ってるんですか! この前、トレーナーさんに褒めてもらってたじゃないですか!」
「そうなんですか? すごいです!」
「きっとお世辞です……」
「まったく! もっとほたるさんは自信を持ってですねぇ……!」
「ふふふ……」
――――――――――
その日の夜、卯月は自室の机に向かって、ノートを書いていた。
「えっと……、表現力レッスンはこうして……。このスタジオはこっちの入り口から……。あと……」
卯月が思い出しているのは、自らがアイドルになってから教わったことだ。
最初から完璧になんでもできる人などいない。みんな、誰かに何かを教わって大きくなっていく。
このノートはいつかきっと、2人の役に立つ。そう思って、なるべく細かく、丁寧に記述していく。
ちょっと寝る時間が遅くなっているのはご愛敬だが、つい時間を忘れて書き続けてしまった。
――――――――――
「あれ? しまむー、なんか眠そうだね?」
ある日、レッスン場に行く途中、本田未央がすれ違いざまに声をかけてきた。
未央は卯月と同期で、部署は違うが駆け出しのころはよくレッスンを一緒にしていた仲だ。
「最近、ちょっと寝るのが遅くなっちゃってて……」
えへへ、と笑いながら、少し嬉しそうに話す卯月。
「ほどほどにしなきゃダメだかんねー?」
未央も、笑いながら会話を切り上げ、その場を去って行った。
その日午前のレッスンは滞りなく終わった。体は軽く、ステップの音が自分で心地よい。
午後からは雑誌の取材が入っていたが、これも笑顔で終わらせることができた。
ちょっと疲れたかな、とも思いつつ、事務所の部屋に戻ると、ソファで誰かが眠っているようだ。
「あ、幸子ちゃん、……お疲れみたいですね」
顔を一瞥して、帰り支度を整える。
つもりであったが。
「え……?」
幸子の顔に、正確には目の下に、涙の跡。
「幸子……ちゃん?」
そろそろ日も沈もうかという時間。
母に帰宅が遅れる旨を告げ、卯月は少女の目覚めを待つことにした。
「んん……」
あくびともうめき声とも聞こえる音を上げて幸子が目を覚ましたのは、時計の長針が3週ほどした頃か。
「……は! 時間……! か、帰らなきゃ!」
「あ、目を覚ましたんですね!」
「卯月さん!? ど、どうしてこんな時間に?」
「幸子ちゃんの家には、プロデューサーさんが連絡してくれたので、急がなくて大丈夫ですよ」
「え? え?」
状況が呑み込めていない幸子が落ち着くのを待って、ゆっくり、ゆっくりと卯月は切り出した。
「今日のレッスン、うまくいかなかったんですよね?」
「……」
「ほたるちゃんに聞きました。トレーナーさんにちょっと厳しめの指導を受けてたって」
「ボクは……」
「幸子ちゃん」
「……」
「幸子ちゃんは、本当にカワイイです」
「え……?」
「私、寝てる幸子ちゃんを見て、ちょっと見とれちゃいました」
「あ、ありがとうございます」
「トレーナーさんも言ってましたよ? 『輿水はヴィジュアルと姿勢がいいから、ダンス次第でもっと化ける』って!」
「ほ、本当ですか……?」
「はい! もちろん、私もそう思います!」
珍しく丸くなっていた幸子の背中が、いつもの自信を取り戻す。
「だから、こんなとこで立ち止まっちゃダメです!」
「卯月さん……」
「私も、最初はしょっちゅう、トレーナーさんに怒られちゃいました」
「卯月さんもですか?」
「はいっ! でも、そのおかげで今の私があるんです!」
そのセリフと笑顔は眩しく。
幸子の中に入ってくる。
涙には触れない。
プライドの高い幸子のことだ。弱みを見せたことは肯定し難いだろうから。
代わりに自分のことを話す。
その道はちゃんと繋がっていると示すために。
ずいぶん話し込んでしまったが、幸子にも笑顔が戻ってきたことが、自分のことのように嬉しい。
「でも、ボクは明日はお休みだからいいですけど……、卯月さんはお仕事ですよね? 遅くまでありがとうございました」
そういって幸子は頭を下げる。
「大丈夫です! 明日も頑張りましょう!」
幸子の口から出た「ありがとう」。
その響きを噛みしめながら、卯月は笑顔で帰路に就いた。
幸子の翌日のレッスンは、とても良い出来だったらしい、というウワサが耳に入った。
後輩が褒められた時の卯月は、もしかしたら自分が褒められた時よりも嬉しいのでは?
と感じさせるくらいの笑顔で耳を傾けている。
また、よく幸子が相談をしてくれるようになった。
その度に、相談した幸子よりも熱心に、解決に取り組む卯月の姿が見られたという。
――――――――――
「私、おみくじで吉以外を引いたことがないんです!」
半ば持ちネタのように話す卯月。
これが笑いに繋がる理由は2つある。
1つ、普通はそんなに連続で同じものは出ない
1つ、普通はみんな、吉より上の運勢を引いたことがある
逆に言うと、これらを満たさない人間に、このネタは通用しない。
「私はずっと大凶です……」
このように。
(やっちゃった!)という表情を浮かべる卯月と、そんな2人に驚きを隠せない幸子。
といっても、ほたるはそう深刻に捉えてはいない。むしろ、先輩の持ちネタを潰してしまったことへの焦りを感じているくらいだ。
「ごめんなさいっ! ほたるちゃん! 辛い思い出を……」
「え? い、いえ……むしろ気を遣わせてしまって……」
「なんで2人で謝り合ってるんですか……」
不幸体質のせいで、「とりあえず謝る」というクセがついてしまったことはまた気の毒と言う他にない。
この日は、午前は3人でレッスン。
午後は卯月の撮影と取材を、幸子とほたるが見学する日程になっていた。
レッスン前のひと時の会話が上記のようになってしまったが、とりあえず時間が来たのでダンスレッスンが始まる。
実は、
コメント一覧
-
- 2016年05月07日 21:53
- クソ卯月とカワイイ幸子を絡ませるな!!
-
- 2016年05月07日 21:56
- ハゲ
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- 2016年05月07日 21:58
- このうじゅきがあの畜生になっちゃうのかぁ...
-
- 2016年05月07日 22:00
- すごく良かった
お姉さんしてる卯月もいいものだ
コメディだけじゃなく真面目なのもかけるのはすごいわ
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- 2016年05月07日 22:01
- >>2 >>3そんなこと言うもんじゃない
-
- 2016年05月07日 22:10
- 優しい世界えぇやん、気に入ったわ
それに引きかえ何故他のSSに幸子が出る時は大抵酷い役割ばかりなのか
多少はこのSSを見習って欲しいものだ
-
- 2016年05月07日 22:14
- ※2
そうやって幸子への風当たり強くしようとするのやめてくれない?
-
- 2016年05月07日 22:19
- お前かよ!
作風違って驚いた
こんなにできる子なのに、なぜニュージェネだと畜生卯月になるのか
-
- 2016年05月07日 22:20
- この人の作品好きなのに最後まで気づかなかった…
-
- 2016年05月07日 22:45
- とりあえず最後まで読まずに先に※欄に来たが
※欄の反応で作者が分かった
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- 2016年05月07日 22:49
- うん、やっぱりお前だったか
この人前にも1回だけシリアス書いてた気がするけど(確かうづみほだっけ?)そっちも良かった、と記憶してる
記憶違いだったらすまん
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- 2016年05月07日 22:54
- そうか!
この経験がきっかけで卯月はバケモノ化していくんだな
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- 2016年05月07日 23:00
- つまりほたるちゃんがあんなに逞しくなったのは卯月のおかげだったのかー
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- 2016年05月07日 23:07
- ちょっくら世界から植木鉢を全て無くしてくる
-
- 2016年05月07日 23:07
- あなただったのか…
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- 2016年05月07日 23:08
- ※6,8
荒らしの相手をする奴も云々
気持ちはわかるけど、かまってちゃんに何言っても無駄だからスルーが安定
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- 2016年05月07日 23:08
- と、いうより、トリで解るんですけどね。うへへ。
-
- 2016年05月07日 23:14
- この人のせいで普通のしまむーじゃ物足りなくなった
-
- 2016年05月07日 23:16
- 笑顔の原点はさすがだな!
-
- 2016年05月07日 23:30
- お前かい!!
-
- 2016年05月07日 23:32
- 最後のレスを見たときリアルでお前かァ!と叫んでしまったじゃねーかw
-
- 2016年05月07日 23:43
- こういうのも書けるのかよ
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こういうのも書けるのになんでいつもはネジが外れてるんですかねぇ(褒め言葉)