高森藍子「菜々さんへの誕生日プレゼントが思いつかない……」
困った。
どうしよう。
なんて思いつつ、高森藍子は楽しげに微笑んでいた。
※単発作品、地の文つきです。
ベッドの上に雑誌を並べる。流行の特集にはあまり縁がなかった。ファッションの話で1日を過ごしたり、少ないお小遣いをやりくりして着飾ったり、藍子にはそんな経験があまりない。あるとしたらアイドルの時だけで。衣装を選んだり取材を受けたり、そんな時くらい。
詳しそうな北条加蓮から一通りの雑誌を借りてはみたものの、かれこれ3時間ほどにらめっこして、藍子の中では何も進展していなかった。
1週間後の、5月15日の。
安部菜々の誕生日に、何をプレゼントしようか、って。
折り目のついたページを捲る。頭の中で立ち姿を思い浮かべてみる。
事務所で見る時は、たいていがウサミミメイド。メイド服に似合いそうな物はちょっと分からないし、菜々はメイドのプロだ。そういった小道具の1つや2つ、きっと持っている。
菜々の私服は。
……見たことがあるはずなのに、思い出せない。
印象に残っていない。
安部菜々、イコール、メイド。
メイド服を送ってみるのはどうだろう?
少し考えて、藍子はかぶりを振った。
それはきっと、自分がプレゼントとしてアルバムを贈られるのと同じだろう。
嬉しいけれど、きっと困ってしまう。
雑誌を閉じて、窓の外を見てみる。
よく晴れた日だ。外に出たい。ゆっくりと歩きながらだったら、いいアイディアも……いいや、きっと浮かばない。
周りの風景に目をとられて、帰ってきた時には日が暮れて目的を忘れてしまっているだろうから。
どうやら、外での自分はけっこう抜けているらしいし。
……と、それは加蓮が以前に教えてくれたこと。
お恥ずかしい話だ。せめて「いつも抜けている」という評価でないことを祈りたい。
「菜々"ちゃん"に? それとも、菜々"さん"に……?」
安部菜々。永遠の17歳。実年齢は――
藍子は菜々の実年齢を知っている。どうして知ったのかはよく覚えていない。
加蓮が教えてくれた気もするし、菜々が自爆してしまった気もする。いやいやモバP(以下「P」)がぶっちゃけてしまったんだっけ? もうずっと前のことなので思い出せない。
どっちで考えて選べばいいんだろう。
17歳の安部菜々ちゃんに?
にじゅうほにゃらら歳の安部菜々さんに?
どうしてか分からないけれど、相談してみるという選択肢は浮かばない。意地を張ってみたいと決めて、ずっと時間を使っている。
……また雑誌をめくれば思いつくかな?
視線を落とす。10分くらい、目をあっちへやって、こっちへやって。
……。
…………。
そうだ、想像してみたらどうだろう? ――藍子は目をつぶる。暗闇の世界に事務所を描いてから、写真をフォトフレームに入れるように、菜々をセッティング。
やっぱりメイド服しか想像できないので、無理矢理に自分の服を着せてみた。
……想像の中での菜々は、困った表情をした。
い、いやぁ藍子ちゃんの服なんて似合いますか? ナナもいい歳ですしちょっと――ハッ!
「…………」
ものすごく、申し訳ない気持ちになった。
待ち受けに表示されているのは加蓮と菜々の笑顔。冬から春にかけての頃、事務所に行ったら2人がソファにて肩を預け合いながらうたたねしていた。
いつもいろいろな表情を見せる加蓮と、いつもいっぱいいっぱい必死に踏ん張る菜々が、揃って遊び疲れた子どものような顔をしていて、思わず1枚。
たぶんバレてはいない。……たぶん。
「…………ふうっ」
待ち受けのロックは解除しないで、またスマートフォンを放り投げた。
気分一新。
雑誌を開いて、想像して、目を閉じて。
……30分くらいして、また、ひといき。
「あうぅ……思いつかない……」
ふと加蓮に雑誌を借りた時のことを思い出した。あの時の加蓮はちょっと驚いた顔をしつつ(藍子が流行にさほど興味を示していないのは加蓮も知っている)、それから口元を隠しての含み笑いを浮かべ(たぶん目的はバレている)、決まったら教えてね、と音符マーク混じりに渡してきた。
意地を張るのをやめてみるのはどうだろう?
もしかしたら加蓮も同じことをしているかもしれないし――悩む時にはとことん悩むタイプだし、お互いにいいアドバイスができるかも。
「……うーん……」
伸ばした手はスマートフォンにまで至らなかった。
目に髪が軽くかかるのをそのままにして、考える。
悩むことはけっこう好きだ。特に、誰かにプレゼントをする時は。
何がいいかな。何が似合うかな。喜んでくれるかな。
いろいろな光景が脳裏によぎってはシャボン玉のように弾けていき、その度に笑みが1つこぼれる。
それを繰り返しているうちに文字通り日が暮れたりするのだけれど、……正直、それはちょっぴり困ることだけれど、でも、楽しい。
今だってそう。菜々の、あの混じりっけのない笑顔を見る為に――もうちょっぴりだけ欲張るなら、涙もろい彼女に頬を拭わせる為に、数時間――1日、数日ほどを消費するのは、苦でもなんでもない。
ただ、1つだけ問題がある。
笑顔の想像が、うまくいかない。
菜々の笑顔そのものはよく見るけれど、どうやったら笑顔になるかが分からない。
「…………どうしてだろ?」
問題が発生した時に。
藍子は、どうすれば解決できるか考えるタイプで。
菜々は、当たって砕けるタイプ。
で、加蓮が問題の原因を考えるタイプだ。
……ここは加蓮のやり方を借りることにしよう。
分析してみよう。
想像ができないから?
それは、どうして?
「あっ……もしかして」
思い当たることがあって、藍子はゆるやかに上身を起こした。頭の後ろのところがちょっとだけ熱い。
「私があんまり菜々さんのことを知らないから、かも……?」
思い浮かべるのはメイド服の姿。私服を見たことはあるのかもしれないけれど、まったく思い出せない。
何を贈れば喜んでもらえるのか、なかなか決まらない。つまり何が好きなのかをあんまり知らない。
それがきっと、"原因"。
じゃあ、どうやったら解決できるだろうか?
「……よぉし」
両手を、ぐっ、と握った。
頭の後ろの熱が、心へと移っていく。
藍子は今、めらめらと燃えている。
学校帰りに事務所へ向かった。ドアを開けると、菜々とPの話し声が耳に飛び込んできた。
「――だーかーらー、千葉県の特産じゃなくてウサミン星の特産なんですぅ~!」
「分かった分かった、分かったから」
「その顔! ぜーったいに分かってませんね! ナナ覚えてます、前にPさんが勝手にキャッチコピーを入れ替えたこと!」
「いや、あれは、その……な? 先方の都合でな?」
ああ、またやってる。
小さなため息、1つだけ。そうしたら、絵本を眺めて楽しむような気持ちが生まれた。
「なーにが都合ですか。それ面白そうって乗ったのPさんでしょうがぁ!」
「俺は乗ってないぞ? 提案をしたのが俺ってだけで先方がそれに――あっ」
「なおさらじゃないですか!」
言い争いを横目に給湯室へ向かって、4人分のハーブティーを淹れる。
ケンカしている2人の頭を冷やす分と、自分用と、そろそろ制服姿でやってくるであろう加蓮の分。
「まあまあ……おふたりとも、お茶を淹れましたから、ゆっくりしてください」
「お、藍子。いつも悪いな」
「藍子ちゃん! キャハッ☆ 来てたなら来てたって言ってくださいよぉ!」
さんきゅ、とPが気さくに茶飲みを取る。
「う゛。い、いやぁ……いじめてる訳じゃないんだ」
「だってPさん、すっごくいじわるそうな顔をしてますから」
「藍子に言われちゃお手上げだな」
降参だー、とわざとらしいくらいに情けない声で、Pが両手を挙げる。
「そうだそうだー! ウサミンいじめ、ダメ、ゼッタイ!」
「ですっ」
「ぐぬぬー、俺の味方はいないのかー」
ちらりちらりと視線を彷徨わせている。残念なことに事務所の出入り口は開閉しない。
こういう時に悪ノリで参戦する(どちらサイドかはその時の気分次第)病弱系小悪魔女子は、まだ到着していないようだ。
今度はわりかし演技抜きに肩を落としたPは、ずず、とお茶を啜った。
うん、今日もありがとうな、という言葉に、胸の内側がぽかぽかする。朗らかな笑みのPをずっと見ていたい――
おっと。
今は、そうじゃなかった。
……今は別にやることがあって、ああ、でも彼の笑顔も見ていたい。なやましい。
「あはは……メイドカフェに行くことは、ちょっとないかも……?」
「ふむ。そういえばアイドルのメイドカフェ体験イベントに枠があったような」
「そ、それは菜々さんにお譲りしますっ」
改めて見てみれば、今日の菜々もウサミミメイド。この時間なのに学校の制服を着ていないのは……。
うん、きっと着替えてしまった後なのだろう。そういうことにしておこう。
「あれは不慣れなメイド仕事にあたふたするのが楽し……もといファンにウケるんだ。菜々がやっても新鮮味がないというか……いや逆に年季が入ったメイドってのもそれはそれでアリか?」
「確かに、メイド暦9年のナナがやるよりは藍子ちゃんみたいなメイド初心者がやる方が喜ばれるかもしれませんね。ナナが働いていたお店でも、新人メイドが入ったらそういうイベントとかやってましたし。懐
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