亜美「遠く離れてしまっても」
私はいつも思う。
人生の中で別れというものは突然やってくる、と。
それが束の間の別れでも、永遠の別れであっても。
昔、私はお姫ちんにこんな話を聞いた。
人と人との繋がり。「縁」と呼ばれるもの。
それは常に自分と相手の間で水のように変化し続け、相手との距離をくっつけたり遠ざけたり、時に切り離してしまったりする。
ただ目に見えないだけで、人と人の関係には常に様々な反応が起こっている。
だから、それに気づけない人(そんなの気づけるのはお姫ちんくらいだと思う)は別れが唐突に訪れたように感じる。
分かるような分からないようなよくあるオカルトっぽい話だけど、お姫ちんがすっごい真面目に話してくれたので、私も真面目に聞いていた。
でも、いつ訪れるか分からない別れに怯えながら日々を暮らさなきゃいけないなんて、なんだかやるせない話だとも思ったんだ。
16年間生きてきて、私も人並みに別れというものを経験してきたつもりだ。
親しい人との別れの時は、いつも決まって景色は涙の色に染まっていた。
一番記憶に古い別れは、確か私が中学二年生になったばかりの頃。
同じ事務所のあずさお姉ちゃんが結婚を機にアイドルを辞める事になった。
お相手は某TV局のディレクターさんで、見た限りはかなりおっとりした人。
私としてはあずさお姉ちゃんはガンガン引っ張ってってくれる感じの人と一緒になるのかな、なんて思っていたんだけど、二人並んでいるところを見ると本当に幸せそうなので、意外とお似合いの二人なのかもしれない。
……運命の人、だったのかな。
ずっと同じユニットで活動してきて、一緒にたくさん笑ってたくさん泣いて、たまにケンカもしたりして。
いつも側にあった優しい笑顔がもう他の誰かのものなんだと思うと、胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちになった。
竜宮小町の四人だけでの最後の集まりの時なんかは、私だけじゃなくりっちゃんもいおりんもわんわん泣いてたっけ。
それでも、あずさお姉ちゃんはいつもと変わらない優しい笑顔を湛えて、「本当にごめんなさい」と繰り返していたのを覚えてる。
次に訪れた別れは、中学三年生の夏だった。
りっちゃん……秋月律子プロデューサーが765プロを卒業し、独立して新しくアイドルプロダクションを立ち上げたのだ。
当時の私にはあまりよく分かってなかったけど、確か今もりっちゃんの会社は765プロと業務提携の関係にあったはず。
りっちゃん曰く、「もともと考えていた事ではあったけど、竜宮小町が解散したのがいいきっかけになった」らしい。
そして、これは私も驚いたんだけど、いおりんとミキミキがりっちゃんと一緒に765プロを出ていったのだ。
りっちゃんがいおりんを連れて行くのはまあ分かるとして、もう一人がなんでミキミキなのか。
私じゃ役不足だったのか。
確か、なぜ自分を連れて行ってくれないのかりっちゃんを直接問いただした記憶がある。
その時は、
「もちろん、亜美は長年手塩にかけて育ててきたアイドルだもの、連れて行きたいわよ。でも、真美と離ればなれにするのも可哀想だし、何よりあなたは受験生でしょ? 今は勉強に専念なさい」
と、うまくはぐらかされてしまった。
まだ子供だった私(今も大人とは言い難いけどね)は、その時りっちゃんの事を少し恨んだ気がする。
ともかく、旧竜宮小町はこれで私ひとりになってしまった。
その後私が高校生になってからも、別れは度々訪れた。
ひびきんとまこちんが765プロを辞め、ダンススクールの講師になった。
千早お姉ちゃんが本場の音楽を学びたいと言ってイギリスへ留学してしまった。
ゆきぴょんがアイドル活動を休止し、作詞家としてデビューした。
お姫ちんは故郷へ帰っていった。
今やあの頃のメンバーで765プロに残っているのは、私と真美、やよいっちにはるるんだけとなってしまった。
そして現在。
高校二年生になった私に、最大の別れが訪れようとしていたーー。
突然だけど、私は今、ピンチに立たされている。
はっきり言って人生最大のピンチかもしんない。
目の前のテーブルには謎の呪文が書かれた古文書が山積みになり、早く解けと私を責めたてる。
ペンを持つ手は震え、一文字書くのにも相当の精神力を必要とする。
頼れる者はいない。
ただ己の力のみを信じて私は問題に立ち向かわねばならないのだ。
亜美「いざ進め、亜美。地球の未来はお前の小さな手に掛かっているのだー!」
やよい「地球の未来よりもまず自分の未来でしょ? ほら、この問題間違ってるよ?」
やよいっちは私がさっき解いた(つもりでいた)問題を指差した。
亜美「くそぅ……」
私は苦労して書き連ねた(が、実際は全く見当違いだった)計算式を涙目になりながら消しゴムで消した。
……テストなんてこの世から無くなればいいのにな。
亜美「……ねえやよいっち、ちょびっとだけ休憩にしない? 私、小腹が空いたかなーって」
やよい「気合い入れてやらないとまた赤点取っちゃうよ? 『勉強教えて』って言ってきたのは亜美でしょ? まずは区切りのいいところまでやっちゃおうよ」
亜美「うぅ……し、しかしですな」
私はさっきの問題を改めてじっと見つめたが、xやらyやらといった無機質な文字と心を通わせることは、やはり難しそうだった。
やよい「この場合は、ほら、この公式を使って……」
やよいっちがこんなに親身になってくれてるというのに、私のこの体たらく。
自分が情けなくなってくる思いだよ。
言われた通りに私がつらつらと式を書いて(ただ書き写しているだけとも言う)いると、事務所の扉が開く音がした。
春香「お疲れ様、二人ともー。クッキー作って来たよ! お茶にしない?」
亜美「おお、はるるん! 我が心のオアシスよ……」
やよい「仕方ないなぁ、もう」
はるるんの登場でひとまず勉強会は休憩になり、そのままお茶会へと移行した。
はるるんはこないだめでたく21歳を迎えたわけだけど、今も昔と変わらずこうしてちょくちょくお菓子を作ってきてくれる。
って言っても、昔と違ってうちの所属アイドルは四人になってしまったので、作ってくる量は控えめになったんだけど。
亜美「んむんむ……あー、はるるんのクッキーってホント最高だよね。これを世界中に配ればもう戦争とか起こらないんじゃないかな?」
春香「そ、そんな大げさだよー」
やよい「いえ、ホントにおいしいです、春香さん! 戦争はともかくこれ、お店を持てるレベルだと思いますよ?」
春香「もう、やよいまで持ち上げちゃってぇ」
そう言って照れるはるるんの姿は、年相応の色気が追加されていてなんだか色っぽい。
見た目的には昔と大きく変わったところはないんだけど、全体的に少しずつ大人っぽくなった感じがする。
亜美「……あ、あとこないだ作ってきてくれた鯖の味噌煮、あれもチョーおいしかったよ。はるるんは普通の料理の腕も進歩してるんだねぇ」
春香「ホント? そう言ってもらえると嬉しいなぁ。また作ってくるね!」
亜美「うん、期待してるよー」
春香「それで亜美、テスト勉強はどう?」
亜美「どーもこーもないよ……。今度のテストはマジでヤヴァいかも……」
春香「えっ、やよいのアシストがあってもダメなの?」
亜美「いや、やよいっちは丁寧に教えてくれてるんだけど、私の理解力が足りないとゆーか、数学とは特別相性が悪いとゆーか……」
やよい「ううん、本当は私がもう少し上手に教えてあげられればいいんだけど……」
ちなみに、やよいっちの学力は高校に入ってから大爆発した。
それまでずっと一生懸命勉強してきたのがやっと実を結んだって感じ。
今じゃ学年で30位以内とか余裕で入るらしい。
そこで私は、テスト勉強の助っ人としてやよいっちに白羽の矢を立てたわけなのだ。
あーあ、私の学力も大爆発しないかなー。
春香「そういえば、亜美って理系なんだね。ちょっと意外かも」
亜美「うん。真美が理系選択したから、なし崩し的にね」
春香「もー、適当だなぁ」
やよい「数2だったら、大学に進学した雪歩さんか伊織ちゃんがいれば上手く教えてもらえたかもですけどねー」
残念ながら二人ともすでに765プロに所属しておらず、それぞれの道を歩んでいる。
ゆきぴょんは大学在籍中にアイドル活動を休業し、昔からの趣味が高じて本物のポエマーとなった。
自費出版した詩集はなかなかの売り上げをあげているらしい。
それに、作詞家としても並行して活動しているとのことだ。
いおりんは、独立したりっちゃんの元、ミキミキと二人でユニットを組み、アイドル活動を続けている。
才気溢れる二人のユニットはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、彼女たちはオリコン上位の常連さんだ。
春香「テスト勉強かぁ……なんだか懐かしいなぁ」
亜美「そっか、はるるんは高校卒業してもう三年経つんだね」
光陰矢の如し、だっけ。
月日が流れるのは本当に早いよね。
私と真美も高校二年生だし、やよいっちなんて受験生だよ。
やよい「そういえば、春香さんはなんで大学に進学しなかったんですか?」
やよいっちの問いに、うーん、とあごに人差し指を当てて思案するはるるん。
はるるんが大学に行ったら、周りの男子がほっとかないよね、きっと。
春香「興味がなかったわけじゃないんだよね。キャンパスライフってなんだか楽しそうに思えたし」
遠い目で語るはるるんは
コメント一覧
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- 2016年05月23日 23:49
- 離れてしまっても、繋がっている―
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