【艦これ】妖精さんと、400ノットの夢
“赤とんぼ”の操縦席で眠りについていた小さな妖精。
飛行服に身を包み、妖精を見下ろしていた人間の男。
晴れ渡る昭和16年8月の夏空。
青芝に覆われた飛行場。
それは、二人が出会った時のこと。
妖精『スー……スー……』
男性「こいつぁ驚いた……」
男性「なんとまぁ小さな女の子が、九三式の座席でいびきをかいて寝てやがる」
男性「幽霊か……それとも妖怪の類か」
男性「えぇい、よく分からんが……とりあえず起こしてみよう」
男性「おーいっ」
妖精『…………』
妖精『……ヒャっ』
男性「なぜ俺の方が驚かれねばならんのだ……」
妖精『……』
男性「そんなことよりお前さん、早くここを離れた方がいい」
妖精『……?』
男性「もうじき、教官殿がここにやって来る」
男性「お前さんが何者かは知らんが」
男性「見つかれば、たちまち虫カゴにでも入れられて飼われちまうぞ」
妖精『……ヤダ』
男性「む」
妖精『私……ここがいい』
男性「おいおい、困った奴だな……」
男性「お前さんがこんなに我儘な妖怪だとは思わなんだぞ」
妖精『……私、妖怪じゃないモン……』
男性「説得力がねぇなぁ」
男性「こうなったら仕方がない」
男性「降りたくないなら、せめて俺の飛行服の胸ポケットに隠れてな」
妖精『……』
男性「これから俺は、教官殿と共に練習飛行に入る」
男性「その間、彼に見つからないよう気をつけろ」
妖精『……ウン』
男性「あと、俺の操縦の邪魔もしないことだ」
男性「何かあれば、有無を問わさず3人揃ってお陀仏だぞ」
妖精『ウン……邪魔、しない……』
男性「よし、良い子だ」
目覚めたばかりの妖精は、自分が何者なのかすら分からなかった。
ただ、彼女の根底に眠っていた本能が、この場を離れることを拒んだ。
結果として、その行為が彼女自身を空へと誘ったのだ。
あれだけ間近にあった芝生の大地は遠く離れ。
後光の差す大きな雲が、あと少しで手の届きそうなところまでやってきた。
遮るもののない気ままな風に吹かれ、オレンジの二枚羽がパタパタとなびく。
胸ポケット越しに伝わる、確かな男の鼓動。
妖精は、今でもこの時のことを覚えている。
………………
…………
……
男性「ふぅ」
男性「ご苦労さん……居心地、最悪だったろ」
妖精『……ウウン』
男性「……それは結構」
男性「俺、今まで設計一本だったからさ」
男性「人様を乗せて、こいつ(赤とんぼ)を飛ばすのは忍びなかったよ」
男性「さて、これで満足だろう……」
男性「もうここには来てくれるなよ」
妖精『……』
男性「……おかえりの際、くれぐれも誰かに見つかるな」
男性「じゃあな」
妖精『……』
言われたことの意味は、よく分かっていた。
それでも、妖精は次の日も……。
その小さな体を赤とんぼの座席に隠し、再び彼を待つことにした。
……
…………
………………
男性「おいおい、また来ちまったのか……」
妖精『ウン……』
妖精『というか、居た』
男性「お前なぁ……少しは自分が今、置かれてる状況のことを考えたらどうだ」
妖精『……』
男性「……今日はどんな要件だ?」
妖精『空飛びタイ』
妖精『空、スキ』
男性「……参ったな」
男性「こいつぁアメリア・イアハートの生まれ変わりだったか」
妖精『誰ソレ』
男性「とにかく、もう駄目だからな」
妖精『……』
男性「むくれるなよ」
男性「お前さんにも、帰るべき場所があるだろう」
男性「ここは危険だから、早く自分のお里に戻った方が」
妖精『帰る場所、ナイ』
男性「……」
妖精『……』
男性「……そうか」
彼はこれ以上諭すことを諦めて、その小さな体をひょいと持ち上げ、胸ポケットへ。
この日は、薄い雲に覆われたシルキースカイ。
赤とんぼが青芝を蹴り上げる中、男は素性も知れないこの生き物が何者なのかを考えた。
だが、どう考えても該当するものなど、あるはずもなく。
やがて、男はそれ以上考えることをやめ、ボロ布で巻かれた操縦桿のホールドに注力するのであった。
……
…………
………………
その後、男は行く宛のなかった妖精をとりあえず匿おうと、自らの家に招いた。
妖精は、たくさんの感謝を男に述べた。
男も、悪い気はしなかった。
男性「いいな、お前さんの新しい家が見つかるまでだぞ」
妖精『ウンっ』
男性「この家では、俺の言う事は絶対だからな」
妖精『……』
男性「何故そこだけ黙るか」
妖精『……ツルノ、優しい』
男性「誤魔化すんじゃない」
鶴野正敬。
彼は航空機設計者であると同時に、戦闘機操縦技術を身に付けたパイロットでもあった。
そんな、この国のパイロットエンジニアの草分けとなる男の生活は、これらの出来事を境に大きく変わった。
なぜなら、一年の月日が流れた今も尚、妖精と男の共同生活は続いているからだ。
……
…………
………………
妖精『イッテラッシャイ』
妖精『今夜も握り飯ツクル』
男性「……たまには肉豆腐が食いてぇなぁ」
妖精『……これしか作れナイ』
男性「分かった、分かったからそう露骨に落ち込むな」
妖精『……?』
妖精『ねぇ』
男性「ん」
妖精『田んぼに、鳥』
男性「あぁ……あの鴨のことか」
男性「水田の害虫を食べさせるために、ああやって合鴨を放し飼いにしてあるんだよ」
妖精『賢いネ』
男性「もっとも、ここの田んぼの水はもうじき抜かれる頃だろうし」
男性「成長した合鴨は穂を食べてしまうから……」
男性「捕獲されて、食用に絞められるだろうな」
妖精『エッ、食べられちゃうのっ』
男性「そりゃまぁ」
妖精『……がぁがぁ、がぁがぁっ』
男性「……何やってんだ?」
妖精『鴨さん、逃げてって』
男性「あははっ……残念だが、合鴨は空を飛べな」
バサバサッ
妖精『やった、聞こえたっ』
男性「……本当に飛んでいきやがった」
男性「合鴨じゃなかったのか?」
男性(ここの農家もご馳走を楽しみにしていただろう、可哀想に)
妖精『元気でねー』
男性「……」
男性「しかしまぁ、なんだ」
男性「さっきまでたらふく飯を食っていた鴨が」
男性「腹を膨らましながら、悠然と空を飛んでいく……か」
妖精『?』
男性「ああいう姿を見ていると、俺も確信が持てるよ」
男性「飛行機だって……」
男性「必ずしも、牽引式の頭でっかちにする必要なんてないんだ」
男性「あの鴨のように、腹と翼まわりに重心を乗せれば……たとえ推進式であったとして……」
妖精『……難しいこと分かんナイ』
男性「分からなくて結構だ……行ってきます」
先述のように、鶴野が空技廠に復帰した後も、彼と妖精は相変わらず一緒だった。
だがこの頃になると、彼の関心はすでに本職の設計分野へと向けられていた。
操縦のノウハウを得たことで、鶴野自身が予てより抱いていた構想を、前に押し出す時が来たのだ。
ただ、以前のように男が構ってくれなくなったので、妖精はついに男の仕事場までついて来てしまった。
男性「おいおい、なんで来ちまったんだ……」
妖精『だって、ヒマ』
男性「暇と言われてもな……」
男性「他の連中に見つかったらどうするんだよ」
妖精『む……』
男性「ほんと、我儘なやつだな」
男性「……まぁ、仕方がない」
男性「仕事場にいるからには、お前さんにも仕事を少しは手伝ってもら
コメント一覧
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- 2016年06月02日 23:03
- 震電が欲しいです(願望)
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- 2016年06月02日 23:06
- 後ろにエンジンが有るタイプはどれも冷却不足におちいってたから、おとなしく液冷にした方が良かったんじゃないかな。
戦時中の日本は液冷エンジンを安定して作る工業力が無かったから液冷エンジンの機体は故障が多くて、液冷から空冷に換装された機体もあるほどだったけど、艦これ世界なら問題ないだろうし。
あと、震電を艦上機に改造するのは難しいと思う。
パイロットのミスとはいえ戦時中の試験飛行時に離陸時にプロペラを叩いてしまう事故を起こしてるし、着艦時にプロペラが甲板を叩いてしまいそう。
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- 2016年06月02日 23:23
- ※2
その液冷式だった三式戦が、空冷エンジンを積み替えて五式戦と名前を変えてしまってる例もある。
あくまで鶴野との思い出である震電を甦らせたかった妖精さんとしては、それがNGだったのではないだろうか
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- 2016年06月02日 23:41
- 長いけどこれは読む価値は十二分にあった
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