西住まほ「MOONLIGHT LOVERS」【ガルパンSS】
- 2016年06月10日 23:40
- SS、ガールズ&パンツァー
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◆■
つい昨日まで私は、自分が世界一不幸な人間だと思っていた。
しかし世の中にはもっと辛いことがたくさんあるようだ。
大した不幸自慢にはならないが、ここにはある一人のかわいそうな少女がいた。
私の目には、少女は涼しい顔で何でも卒なくこなしてしまう、完璧な人間だった。
いつでも達観しているようで。
けれど、いつも泣いているようだった。
◆
戦車道大会の決勝戦を明日に控えた夜、私は隊長の部屋に呼び出されていた。
けれど普段寡黙な隊長の口から出てくる話は珍しいものばかり、まるで私と話をするために話をするような。
どこか、らしからぬ行為に、内容がイマイチ頭に入ってこない。
それに見かねた彼女は困ったような顔を私に向ける。
「エリカ? 何か言ってくれないか。私だけ喋っててもつまらないわ」
苦笑する彼女に、私は小さく返事をすることしかできなかった。
「……いいんだ。明日のこと、緊張するのは仕方ない。……そうだな、ひとつ小話でも聞いてくれないか」
私はそれに答えず、彼女は無言の肯定と取った。
「あるところに、仲の良い姉妹がいた。……姉はおとなしく、妹は活発で、正反対の姉妹だった。
しかし長女は家業によって、立場上厳しく躾けられた。そしてソレを継ぐことに、何の抵抗もなかった」
「どうして、ですか?」
「理由は二つだ。……一つ、姉は器用に人生を歩むことができない人間だった。
二つ。彼女にはなぜか才能があって家を継がなければならなかった」
「やめるという選択肢は……」
「無かった。彼女がやめれば、その矛先は妹に向くだろう。妹に同じ思いをさせないために、彼女は全てを受け止めた。
妹には、自由な自分の道を行ってほしかった。そうして彼女は自分を持たない、ただの操り人形になってしまった。
妹を守るという、ただ一つの意思を除いて。親の期待に応え、厳しい教えを貫き通し、自分を捨てたんだ。
けれど、妹はある日遠くへ行ってしまった。姉が継いだモノが原因で。
妹のために必死に続けた家業は、意味がなくなってしまった。後に残された彼女は何を思っただろう」
私は、口を開くことができなかった。押し黙る他無かった。
数秒考えたところで、知ったように語りかけられる内容ではなかったからだ。それでも彼女は気にせず続ける。
「私は、あの子に自分の戦車道を見つけてほしいから、西住流を継いだ。
でもあの子は私が継いだ西住殿流に潰されて戦車道をやめた。……ひどい結末だ。ワタシは何なのだろう。
そうして考えた。あの頃、必死にやってきた戦車道は、無駄だったのではないか。
本当に私は戦車道が好きなのか、やりたいのか。よく分からなくなった。
もっと別の道があったのでは。……そう悔やんでも、もう遅い」
彼女は椅子から立ち上がると目を閉じた。まるで記憶の奥、過去の自分を責めるように。
「……私はつまらない人間ね。
好きなこと? 戦車道よ。好きなテレビ、戦車道。好きな本、戦車道。
私の人生にはその三文字しかない。ソレ以外、何も無い。
それでも、進むしかない。私に残されたのはこの道しかないのだから」
そして彼女は窓に手をあて、遠くを見つめた。その先に何を見ているのだろう。過去、未来、現在、それとも。
「……私は、あの時のあの子の選択が間違っていたとは思わない。けれど、私にはこの道しかないから。
正しいのだと、心は感じても。……頭が否定する。
理屈では消えないの。恨みも、後悔も。私は何も、何もしてあげられなかった。
そして今、あの子が私たちの前に立ちはだかった。なんてバツの悪いユメなのだろう。本当に……」
今まで見たどの表情よりも、彼女らしからぬ顔で、小さく覇気の無い声で、呟いた。
「私の生きる道が……ユメなら、よかったのに」
その言葉には、少なからず恨みも混じっていたと思う。
「……エリカ。私はあの時、お前と同じように、何かに縋りたかったんだ。
そして私の目の前にエリカが現れた。あの子と同じように傷つき、弱っていたお前が。
しかし、お前に縋られることで私は私を保つことができた。私にとって、エリカが生きる意味になっていたんだ。
誰かを守ったり、縋られたり。何か理由がないと、私は何もできない。ちっぽけな存在だ。
だから、あの日から今まで私を私でいさせてくれたのはエリカ、お前だ。すまない、それと、ありがとう」
「そんな、やめてください……私は、そんな……」
あぁ……私はなんてヒドイ思い違いをしていたのだろう。強い人間ほど、孤独もまた強い。
いつも何でも完璧にこなしてしまう。彼女はそうすることしかできない人だとしたら……。
家に縛られ、守っていた妹も去ってしまった。彼女は何を生きがいに生きればいいのだろう。
この人を支えてあげられる人は他に誰がいるのだろう。
私しか、いないはずなのに……。
そうだ、私しかいないんだ。
私はあの時、あの子と再開してしまったあの場所で、あの子といた日々を思い出してはいけなかったんだ。
あの子と再び、肩を寄せて歩く日を祈ってはいけなかったんだ。
……どうして、私はこうも自分勝手なのだろう。
「……ねえ。石を食べる聖人の話を知ってる?」
私はゆっくり頭を振る。今は隊長の話をまとめるのに精一杯で、それ以上何もできなかった。
「彼は好むと好まざると石を食べるしかなかったのよ。
その能力が与えられた事には何らかの意味があるから。そう、戦車道の才能があったことには。
私にその意味が分かる日はいずれ来るのだろうか……。
ねぇ。これを聞いて、こんな私でも、まだ黒森峰の隊長として、一人の女性として支えてくれる?」
「……貴女が聖人なら、私はさしずめ見習い修道女ですね。……だから義務の話なんて分かりません」
「解ろうとしないだけかもしれない」
「甘く、みないでください……! 私のキモチはそんなことで消えたりしません」
「キモチ、か……。私は、後悔していた。エリカから大事なモノを奪ってしまった。今更返すこともできない」
「何を言ってるんですか、隊長」
「けれど、エリカ、せめてお前の心は返してやりたい」
「隊長……?」
その言葉の意味が、私には、よく分からなかった。
「明日の試合に負ければ、私の道は間違っているということになるな」
「そんなこと……」
「そうなれば、エリカ。お前との関係も終わりだ」
「えっ……どういう、意味ですか……」
「私の道が間違っているということは、私自身の存在が間違っているということ。
そんな間違いだらけの人間についていく必要はない」
「間違っていません! 隊長、貴女の道は間違ってなんか!!」
「ありがとう、エリカ。けれどそれは私がお前の心まで奪ってしまったからそう言えるだけだ」
「違います、私は、私は! そんな、ヒドイです……私はいつだって隊長の味方で、」
ウソだ。私はウソつきだ。
あの時、あんなに涙を流したのは誰? 元に戻ることを毎日夢見ていたのは誰?
彼女に抱かれながら、あの子に抱かれている想像をしていたのは誰?
「こんなことになってしまったが、エリカ。私は、幸せになってほしいんだ。お前に」
「……何を言ってるのか、よくわかりません。私は充分幸せですよ?」
幸せ……それは本当だ。私はこの人にとてもよくしてもらっている。
望まずとも、この人は私に全てをくれる。
「傷の舐めあいが、か? あの時、あの子に会ったお前が忘れられないんだ。お前は本当に、今でも好きなのだろう。
……裏切られた、なんて思ってはいない。あれこそが本心だ、エリカ」
「でも、私は……」
「いいんだ。そして自分を責めるな。あの時のお前は、私にとって都合の良い存在だったんだ。
私の生きる意味になってくれた。これは私がお前の弱さに漬け込んだことだ。私を恨んでくれていい」
それでも。私はあの時、隊長がいなかったらどうなっていたことか。
「……いいえ。私はあの時の隊長に救われた、恨んでなんかいませんよ。
私にとって、あの時の貴女は闇夜を照らすお月様だったんです。希望の光だったんです。
それが間違っててもいいじゃないですか。
それに私は、あの子のことなんて、もうぜんぜん……」
言い終わる前に、彼女は口を開いた。
「では証明してくれ。明日の試合で。私を勝利に導いてくれ。私の道が間違っていない、と」
「……分かりました。黒森峰の副隊長として。西住まほに忠誠を誓ったモノとして」
「そうか……プレッシャーをかけるつもりは無かったんだ。悪かった……。さぁ、そろそろ部屋に戻って休んでくれ」
「あの、隊長っ! お願いです。今日は、何もしなくていいので、お願いです……一緒に寝させてください」
彼女はただ一度頷くだけだった。
初めて、隊長の本当のことを知った。それは私が気にしなかった、気にも留めなかった西住まほの事。
私は自分勝手だから。私は私の世界のことにしか考えが及ばなかった。
狭いベッドに二人、彼女からは寝息一つ聞こえない。まるでもう生きてはいないような、静かな顔。
隊長の頭を腕に抱く。貴女はこんなにも辛くて、悲しいあなたの世界で。
こんなに頑張って生きてきたのに。
私は、私はあの時貴女になんて酷い裏切りを……。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
小さく、呟いた。
黒森峰が負ければ、隊長はこれから一人きりになってしまう。彼女はこれから何のために生きるのだろう。
私は怖くてそれ以上考えられなかった。
私は、支えなければ―――可哀想な隊長を。
そう、私は人形だ。西住まほの人形。心は捨てたはず。全て隊長に捧げた。
だから、もう考えるのはやめよう。叶いもしない夢を持つのはやめよう。
私は、人形なのだから。
隊長のため、あの子の敵になる。それでいい。私は、勝ちたい。
勝って、隊長の道が間違っていないことを証明したい。一人きりになんてさせない。
私が、彼女を、隊長を、西住まほを唯一分かってあげられるのだから。
それは、人形になった私が初めて強く望んだことだった。
私は、その想いと彼女を抱えて、深い闇に墜ちていくことを決めた。
◆
そうして、轟音は二つの砲撃を最後に止んだ。
あたりは静寂を迎え、沸き起こる歓声は私たちへのものではなかった。
走行不能となった車輌から降り、こちらに歩いてくる隊長は、それでも毅然とした態度で。
すれ違いざま、何も言えなかった。ただ、付いていくことしかできなかった。
すると彼女はすぐ
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