凛「店番と、アイドルと」
前回より短いですがよろしくお願いします。
窓から吹き込む風の感触もやさしく、色とりどりの花や新緑を揺らす。
麗らかな昼下がり、私は春を五感で堪能していた。
あとは味覚だけど、さすがに店番中に何かつまむわけにもいかないから、我慢……してたんだけど。
そんなある春の日のこと。
智絵里「ほら杏ちゃん、着いたよ……あ、こんにちは」
杏「もー結構歩いたじゃん。すぐって言ってたのに」
凛「いらっしゃい。今日はCANDY ISLANDの仕事?」
かな子「うん、朝番組で植物園のリポートしてきたんだ」
杏「入り時間が早すぎだよ、普段は今頃起きるのに」
智絵里「そ、それは杏ちゃんが遅すぎるよ……」
かな子「それで、こんなに良いお天気だからお仕事の後みんなでお散歩してるの」
凛「今日はぽかぽかして気持ちいいもんね」
杏「杏は早く帰ってごろごろしたいよ」
凛「四つ葉のクローバー、智絵里は見つけるの上手だね」
かな子「すっごい速さで探しててびっくりだったよ!ひよこのオスメス分ける鑑定士さんみたい」
杏「クローバー探しをあんなに真剣にする子、初めて見たね」
智絵里「事務所に戻ったら、プロデューサーに渡そうと思って……えへへ」
かな子「幸運のシンボルだからきっと喜んでくれるよ。そうだよね、凛ちゃん?」
凛「え……あ、うん、そうだね」
杏「それあげるの?智絵里ちゃんって案外大胆だね」
智絵里「え?そ、そんな大胆かな……?」
杏「まぁなんでもいいけどねー」
智絵里「最初は桜と間違えちゃったね」
凛「桜と杏は開花時期も近いし、似てるから無理もないよ」
かな子「どこを見て判断すればいいの?」
凛「比較したほうがわかりやすいかな。植物園で桜と杏、両方の写真撮ったりしてない?」
智絵里「桜の写真なら、わたしの携帯に……」
かな子「私も撮ったよ。ほら、杏ちゃんと杏の花の2ショット写真!」
凛「……杏はもう少しやる気だしてピースしなよ。卯月みたいにさ」
杏「いやいや、杏があんな全力の笑顔でピースしてたら気持ち悪いでしょ」
かな子「うーん、気持ち悪くなんかない、けど……」
智絵里「ちょっと違和感が凄いかも……」
智絵里「形がどう違うんですか?」
凛「桜は細長くて先に切れ込みがあるけど、杏は丸っこいの。ほら、拡大して見るとわかるでしょ」
かな子「あ、ほんとだ!」
杏「言われたらわかる、ってぐらいには似てるね」
智絵里「故事?」
凛「“李下に冠を正さず”って知ってる?」
智絵里「え、えっと……」
杏「スモモ(李)の木の下で冠をかぶり直すと、スモモの実を盗んでいるって勘違いされるから、誤解を招く行動はやめましょうって意味だよ」
かな子「すごーい!杏ちゃん物知りだね!」
杏「べつにー。でもこれスモモだよ?杏はどこからくるのさ」
凛「この花言葉はスモモと間違えられて付けられたの。杏とスモモも似てるから」
かな子「誤解の花言葉を誤解で付けられたって、ややこしいね……」
凛「杏も未だに小学生に間違えられるくらいだから、名は体を表すのかもね」
杏「こっちは騙すつもりないんだけどね。冠正すまでもなくみんな勝手に誤解するんだから」
凛「えっと、桜……じゃないんだよね。そんな聞きかたするくらいだし」
杏「さすがに花屋の娘でもわからないかー」
智絵里「こ、これは無理ないよ……花びらから幹まで、本当に桜そっくりだったから」
凛「……うん、わかった。これアーモンドの花でしょ?」
かな子「わぁ、正解だよ!凛ちゃんすごいね!」
智絵里「凛ちゃん、何でわかったの……?」
凛「ここまで桜に似てる花って逆に限られるし」
杏「あ、そんなメタい判別だったんだ」
凛「ちゃんとした見分け方もあるよ。アーモンドは桜と同じバラ科サクラ属で花も幹もそっくりだけど、花の付け根が違うから」
凛「また桜の写真と並べてみると……はい、付きかたの違い、わかる?」
智絵里「言われてみれば、ちょっと違う……?」
杏「あーわかった。アーモンドは枝から直接花が咲いてる」
かな子「桜は太い枝からもっと細く、枝分かれして花が付いてるんだ」
凛「そう、その細い枝のことを花柄(かへい)っていうんだけど、桜はそれが長い。アーモンドは無いか、もしくは短い。これが違い」
智絵里「い、言われてやっと気付けた……」
かな子「ちゃんとした名前があったんだね。お菓子作りでフルーツ使うこと多いけど、知らなかったなぁ」
杏「あの部分ってヘタとか軸とか、人によって呼び方違うしね」
智絵里「わ、わたしは軸って言うかも」
凛「果柄、なんて正式名称で呼ぶ人は少ないと思うけどね」
凛「わ、ありがとう……アーモンド乗ってるね。何て名前のお菓子?」
かな子「フロランタンだよ。クッキー生地にキャラメルコーティングしたナッツ類をのせた焼き菓子で、さっきお土産に買ってきたの」
杏「『アーモンドの花も見れたし、アーモンドのお菓子がいいよね』ってノリノリだったよ。自分用も買ってたし」
智絵里「ナッツにキャラメル……カ口リー高そうだから、かな子ちゃん程ほどにね?」
かな子「美味しいから大丈夫だよ。みんなで美味しいお菓子を食べれば、それだけで幸せだもん♪」
かな子「そ、そうかな……えへへ、ありがとう凛ちゃん」
凛「でも、それ以外にも“軽率”“愚かさ”なんて意味もあるから、食べ過ぎには気をつけなよ?」
杏「うわ、なんかますますかな子ちゃんっぽいかも」
智絵里「ちょ、杏ちゃん……!」
かな子「……うぅ、気を付けます」
みんなと談笑しながらフロランタンをひと口。
サクッとしたキャラメルとアーモンドが、甘くほろ苦くて香ばしい。
って、店番中なのに食べちゃった……かな子のこと言えないかも。美味しいから大丈夫だよ?なんてね。
そうそう、あとは四つ葉のクローバー、“私のものになって”なんて花言葉もあるんだけど……言わないほうがいいよね。杏も知ってて黙ってるみたいだし。
その数日後、夕美から花言葉を聞いたらしい、顔を真っ赤にした智絵里に怒られることになるけど、それはまた別のお話。
曇天続きだった空は久しぶりに晴れ、新緑は滴を纏って煌めく。
蝉が街路樹のあちこちから遠慮がちに鳴いている。大合唱になる日もそう遠くなさそう。
蝉の声を聞きつつ、私は新しい商品のレイアウトを店先で考えていた。
そんな、ある梅雨の終わりの日のこと。
乃々「え、凛さんがなんでいるんですか……」
凛「ここ私の家なんだから当たり前だよ」
乃々「あれ……ふらふら歩いてたら、こんな所まで来てたんですけど……」
凛「散歩でもしてた?乃々にしては珍しいね、ってちょっと待ってて、プロデューサーから着信きたみたい」
乃々「あ、多分出なくていいことだと……」
乃々「……え、なんでもりくぼがいるって言わなかったんですか……?」
凛「なんとなく、かな。外は暑いし、とりあえずお店の中入る?」
乃々「……」
凛「いつもは机の下なのに、今日は外に出て行ったって。プロデューサー心配してたよ」
乃々「心配、ですか……」
凛「何かあった?なんて、あるに決まってるから聞くのも野暮なんだけど。私でよかった聞くよ」
乃々「目立ちたくない……消えてなくなりたいんですけど……」
凛「最近の乃々、人気出てきて話題になってるね。それが嫌?」
乃々「プロデューサーも、凄いやる気になっちゃって……むーりぃー」
凛「プロデューサーの期待がプレッシャーで、本人にも言い出せなかった、と」
乃々「あんなに期待されても……もりくぼは海の中で物言わぬ貝になりたいんですけど……アイドルなんて、もう…
コメント一覧
-
- 2016年06月19日 23:38
- 続編きたーーーーーーっっ!!
この凛ちゃんはちゃんと渋谷凛って感じがして好きだな。
次も期待してます!!
-
- 2016年06月19日 23:46
- お疲れ様でした、作者殿。ここ数日の、作者殿のお話楽しく読まさせて頂きました(^-^)ゝ゛
-
- 2016年06月19日 23:52
- コージーミステリーの主役を張れそうな凛だが、そうなると都ちゃんが拗ねちゃうな……
スポンサードリンク
ウイークリーランキング
最新記事
アンテナサイト
新着コメント
LINE読者登録QRコード
スポンサードリンク
無駄に変態だったりクンカーだったり
そういうのも面白いけど
こっちのしぶりんの方が好き