Fateの星
何度やっても失敗する棒高跳び
まるでとりつかれたかのように繰り返すその少年の姿に、呆れ九割、そして憧れを一割ほど抱いた
ただ、一つだけ奇妙な点を挙げるとすれば――
――ギ、ギギ、
――ギギギ、
――ギーギー。
まるで錆び付いたバネが強引に引っ張られてるかのような、不自然な音
今となっては遅すぎる後悔だが、それでもたまに思い出すのだ
――あの努力と根性の塊の、不死鳥のような男を
死ぬときは たとえどぶの中でも 前のめりに死んでいたい
――梶原 一騎――
士郎「いや、あの、じいさん、これ何?」
???「大魔術使い養成ギプスだ」
士郎「いやそうじゃなくて」
???「士郎よ、お前がどのような道を選ぼうが文句は言わんつもりだった。しかし魔術師を目指すというならば話は別!」
???「回路の少ないお前では魔術師として大成することは至難……。ならばその少ない回路を鋼の如く強靭にするしかあるまい!」
士郎「いや、だからこのみょうちきりんな健康器具擬きが魔術と何の関係があるって言うのさ」
???「話は最後まで聞かんかこのたわけが!」バシーン!
士郎「ぐああっ!」
???「このギプスは装着した者の魔術回路に負担をかける作りになっとる。己がいつまでも魔術を手に余そうものならば容赦なくその特製バネがお前の体を締め上げる!」
???「士郎よ!! お前は僕が果たせなかった正義の味方の夢を継ぐと言ったな、ならば僕も容赦せん!!」
???「あの夜空に輝く正義の星を掴むためにこの切嗣、敢えて心を鬼にしよう!」
いつもはどこか儚げな養父が、このときばかりは鬼に見えた
俺、もしかしてとんでもない道を選んじまったんじゃ……!?
切嗣「この馬鹿もん! 投影二百回終わらせなければ家にはあがらせんと言った筈だ!罰としてもう百回追加!失敗は数にいれん!」ピシャリ
切嗣「避けるな! 向かってこい! 起源弾の軌道を正確に予測しろ! 当たったら死ぬぞ!」バキュン バキュン
切嗣「何? 同級生に器材の修理を頼まれた? 投影も録にできん半端者にそんな時間があると思ったか!」
切嗣「何? 藤ねぇが泣きながらもうこんな事はやめてくれと頼みに来た? 女が立ち入る話ではない! すぐに追い返せ!」
切嗣「なんだこのまずいメシは! 今すぐ作り直せ!」ガッシャーン
その事実が嬉しかったんだ
切嗣「どうやら僕ももうすぐ終わりの時が近づいてきたらしい……。ふっ、この幻の魔術師殺しと怖れられた衛宮 切嗣もあっけない幕切れよ」
士郎「とうちゃん……!」
切嗣「いいか、士郎よ、よく見るがいい」
もはやいつ倒れてもおかしくない養父が夜空に輝く満天の星々を指差す
切嗣「あの星座がお前の目指す正義の味方だ」
切嗣「かつては僕もあの輝かしい星座を掴もうと必死だったが、もはや手の届かぬ彼方に遠ざかってしまった……」
切嗣「士郎! お前は何がなんでもあの星座まで駆け登るのだ! 正義の味方という星座のど真ん中で一際でっかい明星となって光れ。輝け!」
知らない内に涙が出ていた。思い返せばイカれてるとしか思えない凶行の毎日だったが、そんな事などまるで些事に感じる感動があったのだ。
士郎「わかったぜ、とうちゃん! 俺、あの星を目指す! そして立派な正義の味方になってみせる!」
切嗣「士郎……!」ポロポロ
士郎「とうちゃん……!」ポロポロ
電柱の影
大河「士郎……」グスリ
この広い屋敷に今住んでいるのは俺一人。そして俺を心配して毎朝様子を見に来る藤ねぇだけ。
だが、この遺された大魔術師養成ギプスには今でも偉大なる義父の魂が宿っている。
その魂が俺に語りかける。負けるな士郎、挫けるな士郎と。
このギプスに恥じぬ男になるべく、今日も俺は訓練に励む……。
衛宮邸
桜「先輩、おはようございます。今日もお手伝いに来ました」
士郎「ああ、おはよう桜。それじゃあ悪いけど少しの間頼むよ」ギギ
桜「いつもの訓練ですか? 余り無理はしないでくださいね」
士郎「大袈裟だな桜は。別に死ぬまでやるって訳じゃあないんだから」ハハ ギギギ
桜「そういって先輩はいつも無理するじゃないですか。 一昨日なんて藤村先生が顔を真っ青にして『士郎が死んじゃう』なんて取り乱してたんですからね」
士郎「ははは、藤ねぇも心配性だなぁ! ちょっとコンダラをしてただけじゃないか!」ギッギッギ
桜「ほんとうにちょっとだけですか? 藤村先生も最近悲しそうですし、もっと自分の体を大切にしてください!」
士郎「分かってる、無理はしないさ」ギギ
桜「もう! ……先輩、失礼ですが、例のごとくアレを着てるんですか?」
士郎「ああ。なんだ?桜も欲しいのか?」ギギ?
桜「い、いえ、私はちょっと」
桜「……先輩。いつも音がなってるから、みんなから穂群原のサイボーグとか呼ばれてるんですよ」
士郎「サイボーグみたいに疲れ知らずなら便利なんだけどな」ギギギ
衛宮邸 中庭
士郎「お~も~い~ コーンダーラっ 試練の~み~ち~を~♪」ズルズル ギシギシ ギギギ
士郎「ゆっくが~ おと~この~ ド根性~♪」ズシン
士郎「うーむ、これもだいぶ軽く感じてきたな」
士郎「このじいさん特製の魔術式コンダラは筋力だけじゃ絶対に動かせない」
士郎「俺の魔術的要素がこの数年間でだいぶこなれてきたってことか」
士郎「最初はまったく動かせなかったのが懐かしいな」
士郎「十センチ動かすまで何回もやらされたっけか」シミジミ
切嗣「男の子はぐずぐず理屈をこねるなっ!」
切嗣「ただ、これだけは言っておく、このコンダラの重さはお前の夢の重さと思えっ!」
切嗣「理屈で考えるな! 考える前に行動しろ! それが頭でっかちの魔術師と我々の違いだ!」
切嗣『あいつなら大丈夫だ。僕は信じている』
大河『でも、あんなに小さいのに、録に遊ぶこともできずに毎日毎日特訓ばかりじゃない! いくらなんでもひどすぎるよ!』
切嗣『僕が手を出さずともいずれあいつは自ら矢面に立つ男になる! 自分の痛みより人の痛みを感じてしまうあいつは誰よりも優しい。だからこそ強くならねばならんのだ!』
大河『そんなの、勝手よ! 士郎は切嗣さんの人形じゃないのよ!』
士郎『じいさん、藤ねぇ……』
士郎「俺の親権をどうにかするために藤ねぇもだいぶ無茶したっていうし」
士郎「俺がじいさんと一緒にいたいって言ったから何も無かったけど」
そういったときの藤ねぇの顔は、今までみたことないくらい悲しい顔してた
士郎「じいさんが亡くなってから、藤ねぇはますます心配性に磨きがかかっちまったし」
シロウーッ オハヨーッ! ゴハンタベニキタヨーッ!
士郎「……基本はぶれてないけど」
衛宮邸
居間
大河「あー! おはよう士郎!」
士郎「おはよ、藤ねぇ。」ギギギ
大河「むー! またあの変なギプスつけてるの? いい加減やめなさーい!」
士郎「これはもう体の一部みたいなもんさ、眼鏡と同じだよ」
大河「そんな物騒な眼鏡なんて聞いたことなーい!」
大河「あー! そうだった忘れてた! 脳みそまで筋肉の頑固士郎なんてほっといて早くごはんにしよー桜ちゃん!」
士郎「ただメシ食っといてなんて言い種だよ……。」
大河「ねぇ、士郎」
急に声色の変わった藤ねぇ。不意打ちの対応に俺は思わずドキリとした
大河「危ないことやったら、お姉ちゃん許さないよ」
士郎「……できるだけ約束するよ」
じいさんが死んでから、少しだけ藤ねぇが変わった。
なんというか、今