転載元:半端機械と小さな少女
白い部屋だった。
純白とはまるで遠い埃っぽい白。
簡易ベッドをなんとか押し込めたような一室。
その狭い部屋で、少女が一人膝を抱えていた。
やせぎすで短い髪はぼさぼさだ。
とても健康とは言いがたく顔色も悪い
とはいえ表情までが暗いかというとそうでもない。
「……」
ただ、虚空を見上げ、何かを考えているようだった。
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少女がため息をつく。
「退屈……」
その手はシーツのシワを手持ち無沙汰に弄りまわしている。
「次のお外って、いつだっけ」
物欲しそうな視線が部屋のドアに触れた。
彼女は待っているのだった。
大人の人が来て広い外界に出られるその時を。
たとえそれが検査のための無味乾燥な外出で、しかもわずかな時間であってもだ。
「まだかなあ……」
彼女はまた虚空を見上げて考え始めた。
おそらくは退屈を紛らわす楽しい空想だろう。
そのぼうっとした目に映るのは想像上の綺麗な空か、それとも優雅に飛ぶ鳥か。
何にしろ実際に映っているのは汚れの浮いた天井だが。
「……?」
ふと何かに気づいたかのように少女が顔を上げた。
耳に手を当てる。
何かが聞こえた気がしたのだ。
遠くから大きな音。
それからかすかな揺れ。
少女は慌ててドアに駆け寄った。
そこに窓はないものの、耳をつけて音を聞く。
その目は期待に輝き、これから起こる何事かに興奮しているようだった。
直後、さらに大きな音が外で炸裂し、少女――実験体『六番目』――はひっくり返ることになるのだが。
…………
抜刀し、斬りつけ、最終的に納刀する。
任務の難度に違いはあれど、やることはこれだけだ。考えることなど何もない。
剣の極意などというものがあるのなら、きっとこういった単純を言うのだろう。
その原則通りに斬り捨てた敵には目もくれずに、ウロは通信機を起動した。
「こちらは制圧した。そちらはどうだ」
返事はすぐに返ってくる。
「勘違いすんな、終わったのは俺が先だぜ」
抗議するように相手は言って、それから「すぐ行く」と通信を切った。
通信機を下ろして、ウロは部屋を見回した。
広い倉庫には鉄くずが一面に散らばっている。
ウロが斬り捨てた敵のなれの果てだ。
身体を機械化した『半機械』の警備兵たち。
両断され機能停止に追い込まれ、もう二度と目覚めることもない。
それを確認して、ウロは先へと続く扉へと足を向けた。
「……?」
近づいて分かったが、扉は表面を加工されて鏡のようになっていた。
研究施設ゆえ設けられたものなのか違うのか。
とにかくそこにはウロの姿が映っていた。
赤く輝く目の大柄な人影。
手には大振りの刀。
ごつごつした輪郭なのは体が機械だからで赤い目はカメラアイだ。
半機械の兵士。それがウロだった。
構造上もうため息をつくことすらできないこの体。
その事実を胸中でかみしめながら、彼は扉を押し開けた。
通路のつきあたりに扉と相棒の姿があった。
「おせーよ馬鹿。俺のが先に着いたじゃねえか」
背の低い、ずんぐり気味のシルエット。
名はフィス。ウロと同じく半機械。腰には大口径の拳銃を二挺提げている。
頭に必要もないはずの帽子と、首にはスカーフを巻いていた。
相棒曰く、俺はガンマンだからよ、ふさわしいカッコってのがあるんだな、とのことだが。
まあ本人が満足しているらしいので口出しはしていない。
扉を示しながら聞く。
「中は?」
「んなこた知らねえよ。まだ見てねえし。知りたきゃ自分で見な」
「そうか」
重いそれに手をかけるが、すぐには開けずに気配をたぐる。
「……ここが最後だな?」
「ああそうだ」
「そして他には見当たらないと」
「だな」
相手の返事を吟味した後、ウロはうなずいた。
「ならばここだな」
「そりゃ、ま、ここになきゃ他のどこにあるんだっつーのよ」
肩をすくめる相棒を背後に、ウロは扉を引き開け――いや。
「……!」
即座に手を刀の柄に伸ばして抜刀した。
撫で斬りにした扉を蹴り飛ばす。
直後にすぐそばを弾丸の嵐が駆け抜けた。
扉の向こうは白い広間になっていた。
純白というほどでもない、くすんだ白。
そこに鎮座している大きな影があった。
重量感のあるボディを多脚で支える機械体。
自動警備ロボットだろう。
装備した機銃をこちらに向けていた。
先端からは硝煙が立ち上っている。
先ほどこちらに発砲したものだ。
急に吹き飛んできた扉の残骸に狙いを外し、見当はずれの弾丸をまき散らしたが、そうでなければこちらは蜂の巣だっただろう。
「こいつか……?」
刀を手につぶやく。
確かに今まで見たことのない型のようではある。
こいつが例のモノならば確保するように上から厳命されていた。
が、本当にそれなのか確証もない。
「わかんねえって時はぁよーっ!」
相手の様子をうかがうウロの脇を、一陣の突風が駆け抜けた。
「試して見りゃはえーだろ!」
室内に駆け込んだフィスは、横転ざまに発砲した。
二挺の拳銃をフルに使って何発も連続で狙い撃つ。
弾丸はロボットに命中し、その表面に引っかき傷を刻んだ。
幾筋も幾筋も。ロボットがひるんだように後ずさる。
だがそれだけだ。
敵が応射を始めた。
転がり跳び回るフィスを追って跳弾が波立つ。
ボディに弾をかすらせて、彼は舌打ちらしき音を漏らした。
このままでは遠からず撃ち抜かれて終わりだろう。
それを悟ってか、フィスがこちらに視線を飛ばした。
「後任せた!」
「承知」
その時にはウロはもう敵の死角にいた。
音もなく気配もない。
静かに、ただ存在全てを刃のように鋭くする。
確かな手応えと共に、敵の脚の一本が吹き飛んで転がった。
それで倒れるほど脆くはないようだがロボットはわずかにぐらついた。
こちらを振り向き機銃を向けてくる間に返す刀でさらに一本。
加えてフィスの正確な射撃が、敵の"目"を吹き飛ばす。
視界と足場をを失って、敵は今度こそ膝をついた。
すぐ脇をけたたましい音が駆け抜ける。
最後のあがき、でたらめな掃射だ。
床の破片が体の表面にぶつかり、チリチリと音を立てた。
刀を上段に構える。
動揺はない。ただ単純を心がける。剣の極意。
「……」
わずかな溜めの後――踏み込んだ。
刀身が滑るように機械体に侵入する。
積層の装甲を切り分け内部構造を二分し鞘へと帰る。
大きくも鈍い爆発音が遅れて轟いた。
…………
「ここのボス豚は始末したぜ」
通信機からは相棒の気落ちした声が聞こえていた。
つまりは思ったよりも楽しめなかったというがっかり声が。
沈黙した警備ロボットの脇に立ち、ウロはそれを聞いていた。
「そっからずっと進んだ先のチンケな部屋にふんぞり返ってやがったよ」
「何か言っていたか?」
「いんや何にも。命乞いくらいはしたっけね。すぐ撃ち殺したから分かんねえや」
「すぐ撃ち殺した?」
ウロは呆れて訊き返した。
「お前は何を考えている。我々の任務はこの組織の殲滅だけではないんだぞ」
「わーってるっての。こいつらが開発した新兵器をパクっちまおうって腹だったんだろ」
フィスの声は心底面倒臭そうだ。
「いちいちうるせえんだよ石頭」
「分かっているならなぜ尋問もせずに殺した」
「ねえからだよ」
「なに?」
「この豚の顔見りゃすぐわかる。そんな大層なものを作れるタマじゃねえよこいつは」
撃ち殺した組織の頭のことを言っているらしい。
ありもしない頭痛を覚えながらウロは心で歯噛みした。
こいつは本気で馬鹿なのか。
「……上にはどう報告するつもりだ」
「さあ? けどなかったもんはなかったっつえばそれ以上追及しようもねえだろうが」
「……」
「不満か?」
ぬけぬけと言ってくれる。
諦めてかぶりを振った。
「いいや。異論はない」
「だろ?」
へっ、と笑いを残し通信が途切れた。
やはりこの警備ロボットが件の新兵器だったのではないか。
そんな懸念と共に広間を見回していると、ふとある一点に目が留まった。
「……?」
ぱっと見には分からない。だがそこには扉がある。
小さな扉だ。ウロなら身を屈めるようにしなければ入れないほどの。
後ろを見るが相棒はまだ戻ってきていない。
少し迷った後、ウロは扉を切り裂いた。
狭い通路。幸いにしてあまり長くはない。
つきあたりにもう一つ扉があった。
見たところ外側からでも開くようだ。
何の気なしに開閉装置を起動する。
扉がわずかにこすれる音を立てて、ゆっくり開いていく。
隙間から見える部屋の中はやけに狭い。
そして埃っぽい白。
小さな少女。
(……少女?)
「わあ……!」
少女は扉の隙間から身を乗り出すようにしてこちらを見上げてきていた。
大柄なウロを前に怯える様子もない。
顔を輝かせながらさらに前に出る。
「いつもより大きいね? 新しい人?」
「?」
何のことだか分からない。
「外、出ていい?」
「外?」
「うん、外」
彼女が指さすのはウロの脚の間を抜けた向こうだ。
「外というのは、この部屋の外のことか?」
問いかけると、彼女は首を傾げた。
「外は外だよ?」
妙な感じがあった。
「お前は何者だ?」
「わたしの名前は『六番目』だよ。知ってるくせに。ねえ、外出ていい?」
少女は焦れたように言うと、ウロの返事を待たずにウロの股下をくぐって駆けて行った。
やはり訳は分からなかったが、放っておくわけにもいかずに来た道を窮屈に引き返した。
そろそろ相棒が戻ってくる頃かもしれない。
そうなると最悪そのまま撃ち殺されかねない。
その時はその程度のことしか考えていなかった。
…………
「では、捜索対象は見つからなかったんだな?」
治安隊の長はそう念押しした。
怒りの気配はない。が、だからといってこちらを疑ってないわけでもない、そんな口調だ。
「し――っつけえなあ」
フィスが不機嫌を隠しもせずに言う。
「俺たちは命令通りにやったぜ? 危ねえ目に遭いながら百人を斬り二百人を撃ち抜いてやったぜ?
オマケでボス豚までぶっ殺してやったさ。だのにこれ以上ガンマンに何を望むってんだ」
「お前はガンマンではない」
隊長は即座に否定した。
「お前はこの隊の一兵士だ。命令は違えることなく従ってもらう」
「……。つぅってもなあ」
白けたようにフィスは肩をすくめる。
「あの豚はそれっぽいことは何も吐かなかったんだ。何か隠してるって感じもなかったよ」
「それは確かか?」
「間違いねえ」
よく言う。
横に立つウロは胸中でため息をついた。
確かに嘘ではないだろうが、問答無用で撃ち殺したことを伏せているのでは嘘と変わらない。
まあそれを目の前の上司に教えてやる義理もないが。
隊長は考える間を置いてから、下がっていいと手で示した。
「また何かあったら呼ぶ」
「うぃっす」
退室してしばらく。
数歩を進んだところでフィスが忍び笑いを漏らした。
「見たかあの野郎、やっぱ全く知らねえでやんの」
それにどう答えたらいいものか、ウロは無言で足を進めた。
時は数時間前にさかのぼる。
「……なんだコイツ?」
狭い通路を引き返しようやく追いつくと、相棒が少女に銃を向けていた。
「なんでこんなところに"生身"がいやがる?」
半機械に対して、体を全く機械化させていない者を指して言う呼び名だ。
最近ではほとんど見なくなった。
「この奥にいた」
背後を示しながら二人のところへ近づいていく。
「何者かは分からない。だが危険はなさそうだ」
少女の隣に立つと彼女はウロを見上げた。
拳銃を突き付けられているにもかかわらず全く恐怖を感じていないようだ。
というより拳銃の機能を知らないのかもしれない。
「今日は検査じゃないの?」
きょろきょろと見回して不思議そうに言う。
「あの子死んでるの?」
指さしているのはロボットだ。
「ああ。俺たちがぶっ壊してやったのさ」
驚いてフィスを見上げる少女の目に、みるみるうちに涙がたまった。
「ひどい……」
「あ?」
少女はロボットに駆け寄ると、そこに膝をついた。
「……なんなんだ?」
「さて」
涙を流しながら残骸にすがる少女を横目に、ウロは言葉を続けた。
「名は六番目とか言っていた。どういう意味かは分からん」
「六番目、ねえ。へえ」
胡散臭そうに言う。
拳銃をもてあそびながら天井を見上げ、何か考えているようだ。
「六番目、六番目……」
何度か繰り返した後に手が止まる。
「よくわかんねえが、ま、構やしねえだろ」
そして引き金を引いた。
銃声が響いた。
「……なんのつもりだ?」
ウロはフィスの腕に触れたまま囁いた。
彼が銃口を逸らしていなければ、弾丸は少女の頭を吹き飛ばしていたはずだった。
「そりゃこっちの台詞だぜ」
フィスの声は今までが嘘のように淡々としていた。
「なんだかよくわかんねえって時は始末しちまえば早いんだよ。怪しいモンは特にな」
「だが命令ではそういったものも回収しろと」
「そんなんはくそくらえだ。バレなきゃいいんだよバレなきゃ。テメエだってあのゴミ共に媚びてえわけじゃねえだろが」
「それは……」
返す言葉もない。
「それともあれか? あのメスガキを気に入っちまったってやつか? お前ロリコン野郎なのか? アアン?」
「いや」
「だったら邪魔すんなクソが」
言って手を振り払おうとしてくる。
しかし押してくる力に、ウロは力で返した。
「しかしだからといって無駄な殺生を見過ごせるものでもない」
「へっ、テメエ正気か?」
「お前こそ自分が狂ってないと言い切れるのか?」
「んなわけねえだろバァカ」
にやつくその声が最後だった。
押し合いを嫌ったフィスが跳び退り様に引き金を絞る。
だが、弾丸は見当違いの方向へ飛んでいった。
遅れずついていったウロが再びその銃口を逸らしたからだ。
ぴたりと張り付いた相手の懐で、ウロは気を尖らせた。
まだフィスはもう一方の拳銃を抜いてはいない。
ほんのコンマ数秒の見切り。
ウロは抜刀する。
相手には武器を構えるタイミングすらつかませない。
意識の隙間を突く。
破壊の気配が鋭さをもって相手の芯へと迫っていく。
その寒気の中にあって――
「へっ」
フィスはなおも嗤っていた。
その瞬間、ウロは敗北を悟った。
刃がフィスの肩口をえぐる。
だが浅い。少しかすった程度に過ぎない。
フィスの蹴りがこちらの踏み込み足を抑えたせいだ。
背は低いながらこの相棒の機械体、なかなかの重量がある。
暗い銃口がこちらに向いた。
刀で払いのける。
が、二挺の拳銃を同時にいなせるわけもない。
負けだ。
相棒は見せつけるようにもう一方の銃を抜き、銃口を少女に向けた。
永遠にも思えるほどに瞬間がひりつく。
しかし銃声はいつまでたっても鳴らなかった。
「……?」
訝しく思って相棒を見ると、なにやらぽかんとした表情を浮かべていた。
いや、表情が出るような造りの頭部ではないので、そんな空気が漂っていたように見えただけだが。
振り向く。
少女がロボットの残骸に突っ伏している。
眠っているようだ。
泣き疲れたのだろうか。
「……なんなんだ?」
相棒がつぶやく。
ウロも同感だった。
こんな殺気漂う場所で眠れるなど、一体どういう神経をしているのだろうか。
妙な子供だ。
相棒と顔を見合わせた。
…………
その後相棒の手回しにより報告書への"工夫"、同僚への"説明"、その他諸々によって根回しは完了した。
この相棒はなぜかそういった作業が得意中の得意だ。
「まあちょろまかし成功ってことで」
今、少女はウロの住処にいる。
隊長は、先ほどのようにそもそも彼女の存在からして知らない。
情報が上がっていっていないのだ。
「後はバレないように頼むぜ相棒」
「そうは言うが……」
うめくもののフィスは容赦ない。
「そうは言うが、じゃねえよアホ。あのガキをほっとけねえっつったのはテメエじゃねえか」
「無駄な殺生は見過ごせないとは言った。しかし面倒を見るとは一言も言ってはいない」
「言ったのと変わらねえんだから言ったのと同じなんだよ。それとも上に差し出して玩具にされるのは見過ごせるってのか」
「それは……」
言い返せず口をつぐむ。
自分たちが所属している集団の実態がどんなものかは知っている。
この街を公正に維持管理していると謳いながらやっていることは不公正、横暴の極みだ。
あの少女のことを報告したところで丁重な扱いなど望むべくもないだろう。
「だったら俺たちで預かる。それでいいだろ?」
よくはない。
よくはないのだが……
「お前はなぜわざわざこんな骨折りを。お前こそあの娘を気に入りでもしたのか?」
「ああ」
相棒はあっけらかんと言ってのけた。
「俺の拳銃の先で怖がらねえどころか眠っちまう奴なんて初めてだったしな」
…………
建物を出て宿舎へと向かう道すがら、ウロは天を振り仰いだ。
街灯の明かりの向こうには暗い空間が広がっている。
夜空のようにも見えるが星はない。
曇っているから、というわけではなく、そこにそもそも空がないからだ。
人類がこの半地下世界に住むようになって短くはない時間が過ぎた。
ドーム天井に空を遮られ、地上に帰れないことを理解し受け入れるには十分な時間だ。
それは半地下世界での暮らしを成り立たせるため四苦八苦してきた歴史でもある。
コロニーごとにその様相は異なるが、ウロたちのいるこの街では『維持管理機構』がその名の通り市民の生活を維持管理してきた。
エネルギーや水、食物の確保供給。
都市全体の統制からネジ一本に至る生産調整まで全てだ。
「とはいえこのありさまなわけだ」
下っていく坂道の先を示しながらフィスは言う。
「クソみてえな世界じゃねえか、ええ?」
廃墟のような街並みだった。
朽ちたビル群に瓦礫や鉄くずの山。
その間を行き交う人々。光のない目。
データとして残っているかつての暮らしと比べると、そのレベルの差は愕然とするほどだ。
「それでもここはまだ良い方だろう。こんな生活でも続けていくことはできる」
それができずに潰れていったコロニーも多いと聞く。
「続けてけることがそんなに良いもんかねえ」
ケッ、とフィスが毒づいた。
「ウザってえ毎日を延々繰り返すことがそんなに幸せか? マゾかよテメー」
「……」
ウロは答えなかった。
自分に答えられないことは分かっていた。
そもそもこんな話、今更するほどのことでもないのだ、と胸中につぶやく。
きっと相棒もそれは分かっている。
それでもこんな話題になったのは、恐らくあの少女のせいだろう。
フィスもそれを意識したようだった。
「まああのガキは違うみてえだけどよ」
それだけを呟いた。
「すごい! すごいよ! こんなにすごい!」
街の片隅にある宿舎の部屋に入ると、少女が駆け寄ってきて何事かアピールを始めた。
「広い、大きい。それからすっごい!」
「まあどけや」
そのまま拳銃の先で頭を小突かれ後ろに転がる。
それでもうきゃきゃとはしゃぎ続けている。
「すごーい!」
拳銃が暴発でも起こしていれば容易く死んでいたろうに、無邪気なことだとウロは思う。
何もないが広さだけはある部屋。ウロの割り当てだが。
その真ん中に腰を下ろし、フィスはなおも上機嫌な少女の方をにらんだ。
「無駄に広いのはそうだな。あとまあ大きいかもしんねえ。だがすごいって何だ。適当かテメエ」
「すごいものはすごいもん」
むっとした風に少女が体を起こす。
「一番ぴったり言葉だもん」
「バカは思い込みだけは強えから救えねえな。一度死んどけや」
「すごいひどい!」
完全に立ち上がった少女がフィスに跳びかかろうとする。
それを押しとどめてウロはうめいた。
「遊ぶな」
「遊んでねえよ。なんで遊んでるように見えんだよ」
「どちらでも構わないが早く本題に移れ」
「あーはいはい」
面倒そうに手をひらひらさせた後、彼は人差し指を立てた。
「いいかガキ、ありがたーい言葉だ、よく聞け」
つーんとそっぽを向いて少女が耳をふさぐ。
「お前は今日から俺たちの所有物だ」
「所有物というと違う気がするが……」
「お前は俺たちに逆らわないなら自由にしてていい」
ウロを無視してフィスは続ける。
「逃げるのは駄目だ。不平も却下。っつーかムカつくことは全部禁止だ」
「なんで?」
耳をふさいだまま少女がフィスを睨む。
フィスは肩をすくめて答えた。
「なんでってそりゃムカつくから。ムカつくと撃ち抜きたくなるだろ?」
「バカじゃないの?」
「かもな。せっかくひっ連れてきたのに意味がなくなっちまわーね」
笑った、とウロは思った。
相棒が笑った。
珍しいことだ。
「まあそうでなくとも意味がねえんだ。外に逃げても死ぬだけ、不平を言っても改善はあり得ない。覚えとくといいさ」
「……」
「さてじゃあ次のルールだ。お前の面倒はそこの図体だけは立派なバカが担当する」
「待て、それはどういうことだ」
いきなりの指名にウロは声を上げた。
相棒は「あ?」と首をかしげる。
「まさかお前は自分が馬鹿じゃないとかほざくのか?」
「違う。この娘の世話のについてだ」
「だからお前がこいつの世話をするんだよ」
「聞いてない」
「言わなくても分かれアホ」
無茶苦茶だ。が、まあ確かに言われなくともわかることではあった。
目の前のこの男に誰かの世話をできるとは思わない。
「そういうことだ」
言って、抜く手も見せずに拳銃を撃ち放った。
いつの間にかウロの死角から飛び出そうとしていた少女を弾丸がかすめた。
入り口の鉄扉が、着弾の衝撃に吹き飛んだ。
「……やぁっぱ悪くねえな」
衝撃で床に這いつくばった少女を見下ろして、フィスがまたも笑う。
「お前やっぱいいよ。おもしれえ」
怯えるどころかむくれる少女のわきを通り抜け、相棒はウロの肩を叩いた。
「ま、じゃあ頼むな」
風の通り道となった部屋の入り口をくぐり、フィスは出ていった。
(……まったく)
つけない分のため息を胸の内に沈殿させながらウロは少女の方を見やった。
少女もこちらを見つめ返してくる。
「お前には気の毒だがあの男の気まぐれは今に始まったことではない。諦めろ」
「……」
「必要なら謝る。頭も下げよう。それでも足りなければ運命を恨め。だが安心しろ、最低限の生活は保障する」
言葉が終わらないうちに手が差し出された。
少女の不機嫌な顔。
「なんだ?」
困惑するウロに少女はさらにぐぐっと手を伸ばしてきた。
「起こして」
「なぜ」
「いいから」
「……腰でも抜かしたか?」
「当たり前のことを聞く人は嫌い」
フィスが思うほど豪胆というわけでもないのかもしれない。
ウロの手にすがって立ち上がった少女は、そこで思い出したように口を開いた。
「あなたの名前、何?」
そういえば教えてなかったなと思い出す。
「ウロだ」
「あのおバカは?」
「フィス」
「やっぱりおバカだと思う?」
「否定の余地がない」
少女が笑った。
親しげな笑みだった。
「じゃあ許す」
「ん?」
「一緒に暮らそ」
やはり肝は据わっているのかもしれない。
ウロはまた一つため息を胸中に積もらせた。
一緒の暮らしは問題のない滑り出しだった。
問題があったとすれば、その平穏が最初の三日間だけで終わったということだ。
「お外!」
「駄目だ」
このやり取りは、もう何度目になるだろうか。
ウロは入り口に立ちふさがったまま憂鬱に考えた。
今日だけで既に十度は繰り返している気がする。
「じゃあこの部屋広げてよ! 狭い!」
じりじりとウロの死角を探りながら少女がわめく。
いつかは来ると思っていた日だが、それが訪れるのは思ったよりもずっと早かった。
少女が部屋の狭さに気づいた。
「無茶を言うな。そんな余裕があるはずないだろう」
「余裕ができたらしてくれるの?」
「いや、そういえばそれもない」
「ケチ!」
彼女が元いた場所よりは何倍も広い部屋なのだが、所詮部屋は部屋だ。
連れ出すときに無限の広さを持つ『外』というものを目の当たりにしてしまった少女は、もうそれを忘れられないのだろう。
彼女は広さというものに対して憧れに似た感情を持っているようだった。
厄介な奴だ。
思いながらウロは右手に提げた袋を持ち上げて見せた。
「話は変わるが」
「なに!?」
「食事はいるか?」
「いる!」
差し出したそれを猛然とひったくって、少女はテーブルに駆けて行った。
缶詰を取り出して開けようと頑張る彼女にウロは声をかける。
「それを食べるなら外は諦めてほしいんだが」
少女がぶんぶんと首を振る。
まあ当たり前か。元より期待していたわけではない。
気にせず隅に置いてある黒いケースの前に膝をついた。
一抱えほどのその箱を開けると注射器に似た薬剤容器が入っている。
ウロはそれを一つ取り、首の後ろにあてがった。
「何してるの?」
少女の声がした。
「……お前こそ何をしている」
いつの間にか扉に取りついていた少女にウロは問い返した。
「ねえウロ、これ開かない」
「当たり前だ。ロックされているからな」
「なんで?」
「俺以外の者が出たり入ったりしないようにだ」
ケチ! と再び大声で言ってから、少女はこちらへと近寄ってきた。
「それなに?」
「食事だ」
嘘をついた。
これはそんなものではない。
「ごはん?」
「ああ。俺たち半機械は名の通り身体を機械化させている。普通の方法では栄養が取れない」
だから、と注射器の先を首のソケット部に押し込む。
「このようにして補給する」
脳に流れ込んでくる冷たい流れを意識する。
唯一残った生の部分を浸し、痺れさせていくひんやりとした感触。
自分をぼんやりと永らえさせる静かな倦怠だ。
「おいしいの?」
彼女は真剣な顔で訊いてきた。
苦笑できるものならしたいところだ。
美味いか? 決してそんなことはない。
「酷い味だ」
途端、少女が泣きそうな顔になる。
「かわいそう……」
その顔を眺めながらしみじみとウロは思った。
(かわいそう、か……)
「食事程度で大袈裟だ。美味かろうが不味かろうが栄養の補給であることに変わりはない」
「でも……」
「『六番目』、お前は優しいのだな」
彼女の頭にそっと触れる。
優しいのならばなおさら本当のところを知るべきではない。
この薬剤が実際は何なのか、そしてそれによって成り立っているこの街のことも知らない方がいい。
「だが大丈夫だ。心配はいらん」
「……」
しばらくして。
「……やだな」
少女がぽつりとつぶやいた。
「何がだ?」
「わたし、名前がほしい」
「なに?」
ウロを見上げる少女の目。
「六番目って名前、変じゃない?」
「……まあ、名前としては適切ではないとは思うが」
「じゃあやっぱり、ウロやおバカみたいな普通の名前がほしいな」
名前か。
ふと虚空を見上げる。
名前……
名を与えてやる義理などないことは分かっていた。
下手に名をやって情が移っても笑えない。
それに頭をよぎったその名は、軽々しく他人に譲ることははばかられるものだった。
ならばこの娘の願いなど捨て置けばいい。
何も迷うことはなかった。
「リリ……というのはどうだ?」
「リリ?」
「そうだ」
確かに思うところはあったし抵抗感もあった。
それでも名を与える気になってしまった。
その理由に、思い当たるところはある。
(……なんだかんだ言っておきながら、俺もこの娘を気に入り始めているのだろうな)
「リリ。リリ。……うん! リリ!」
少女は何度もその名を繰り返してうなずいた。
「ありがとう、ウロ!」
リリとなった少女はこちらを見上げて笑った。
(…………)
その笑顔を見ながら、ウロは彼女と似ても似つかない別の少女のことを思い出していた。
……
母と妹の死の瞬間を目撃したわけではない。
にもかかわらず、なぜかそれは目に焼きついてしまっている。
二人の死に際の顔。血の色。泥にまみれた手。
苦悶の声も聞こえる。
見たはずも聞いたはずもないそれらは、ウロの心を締め上げる。
手足が自由に動かない。
粘る水の中であがいているかのごとく。
苦しい、そして、痛い。
悔恨の棘に包まれて、ウロは怒声とも悲鳴ともつかない声を上げた。
……
薄暗闇の冷え冷えとした床が見えた。
宿舎の部屋だ。
夢を見ていたらしい。
珍しいことだった。
最後に夢を見たのがいつだったか、どうしても思い出せないというのに。
ため息をつこうとして……つけない。
そのための構造はもうない。
ただうつむいて床の表面を見つめ続けた。
「……?」
ふと何かが聞こえた気がして脇に目をやった。
「ううん……」
リリがウロの膝を枕に眠っていた。
なぜそこにいたのかは謎だ。
彼女なりの理由はあったのかもしれない。
だがウロにはよくわからなかった。
頭の位置に柔らかい布を敷いて、彼女は寝息を立てている。
ウロはその気持ちよさそうな顔をじっと見下ろした。
それから、ずり落ちていた毛布を掛け直してやった。
……
「で? 共同生活はどんな感じなんだ?」
隊の本部を出たところでフィスが顔をこちらに向けた。
ウロは肩をすくめる。
にやつくその口ぶりからして、大体の予想はついているだろうに。
「毎日がとても愉快だ」
けたたましい笑い声が上がった。
「愉快かぁ! そりゃ何よりだーな!」
「最高の相棒のおかげでな」
「感謝はしとけるだけしとくがいいさ。かさばんねえし出し惜しみするようなもんでもねえよ」
感謝か。
苦笑の味を覚える。
あまり認めたくないことだが、感謝すべき点はないでもなかった。
とりあえず以前より独り言は減っていた。
騒々しい同居人の相手していると、その分に回す気力が残るべくもない。
そして、母と妹のことをよく思い出すようになった。
かつての家族は夢に出る。
絶命の瞬間を繰り返しウロの網膜に焼き付けて消えていく。
彼女らへの愛しさと懐かしさ。
それから身を切られるような自責の念。
相反する思いがウロの心を激しく揺さぶる――
「一応聞くが、上にはバレてねえだろうな」
フィスの言葉に我に返った。
うなずき返す。
「問題ないはずだ」
「本当かあ? うっかりとかねえのかよ」
「……うっかりということなら、バレるバレないを大声で口にしている奴に言われたくはないな」
「誰が聞くっつうんだよ気が小せえな」
まあ、フィスの言うことに耳を傾ける者など確かにいない。
「ならば小心者でないお前が気にする必要もないだろう」
「まあそうかもな」
相棒がうなずく。
が、彼はすぐに首を傾げた。
「んでも……最近なんかおかしいんだよな」
「おかしい?」
「上手くは言えねえんだが……妙な感じがするっつーか」
「どれほどの脅威だ?」
フィスがこのような物言いをするときは、何かしら危険を感じている時だ。
普段ろくにものを考えず言葉にもしない彼は、その代わりということなのか、直感が鋭い。
「いや、わっかんねえな」
しかし直感は直感でしかないので具体的な形になるケースは少ない。
「そうか」
せめて今回の件と関係があるかどうかは知りたかったが、分からないものは仕方なかった。
「まあ大丈夫だろ。あのガキは関係ねえさ」
「断言できるのか?」
「多分な」
フィスが手を持ち上げてゆく行く手を指さした。
「……?」
宿舎の前の広場。
そこにあるブロックを積み上げて遊ぶ少女がいた。
無論、リリだった。
つまみあげられ部屋まで運ばれる最中、リリは意外にもおとなしかった。
ただこちらを控えめに見上げる目だけが気まずそうに語っていた。
つまり、「怒った?」。
三人で部屋に入り、きっちりとロックをかけた後、ウロはリリを床に下ろした。
「わたし、撃ち殺される?」
目をそらして彼女は言う。
「それとも斬り殺されるの?」
そして、痛くない方がいいな、と付け加えた。
「俺は怒ってなどいない」
ウロは苦々しく言って刀を鳴らした。
「もちろん罰を受けたいのであればそうするが」
「嫌だよ。痛いのは嫌」
「俺なら痛がる暇なくあの世に送れるぜ? 確率七十パーぐらい」
「おバカは黙ってて」
横からしゃしゃり出てきた相棒を一言で切ってリリは立ち上がった。
「わたし、なんで外に出ちゃダメなの? 逃げないのに。危ない?」
「そうだ」
「あんなに広いのに、危ない?」
「……関連性が分からん」
だが彼女の中では筋が通っているらしい。
言いながら興奮してきたのかこちらにずんずんと詰め寄ってくる。
「あんなに広くて自由なのに危険なんておかしいよ、だって広くて大きいのに!」
「落ち着け」
ボディの表面を叩き始めた少女を引きはがして、ウロは言葉を探した。
「広くて大きくても危ないなどよくあることだ、そう怒るほどのことでもない」
「……そうなの?」
「そうだ。だから軽々しく外に出ると――」
と、そこで気づく。
「お前、どうやって外に出た?」
扉にはロックがかかっていたはずだった。
「言わなきゃダメ?」
「言いにくいならドタマにもう一つ口を作ってやってもいいぜ?」
喜々として拳銃を抜く相棒を手で制し、ウロは再び問いかけた。
「扉のロックをどうやって外した」
「……」
少しの沈黙があった。
白状すれば外に出るための手段を失ってしまうと思ったのだろう。
だがこっそり銃を構えているフィスに観念したのか口を割った。
「お願いしたんだよ」
「……?」
リリが言うにはこう言うことらしい。
「扉さんにね、一生懸命お願いするの。お願いです、ここを通してください、出してくださいって」
「……」
「扉さんが聞いてくれると通れるの」
フィスと顔を合わせること数秒。
「……からかっているのか?」
リリがむっと顔をしかめる。
「からかってなんかないよ! ホントだもん!」
確かに嘘を言っている気配はなかった。
とはいえ信じられるかというとそれもなかった。
「信じられねえってときは」
フィスの声に振り返る。
「試してみりゃあ早いよな」
その指につままれているものを見て、リリが小さく悲鳴を上げた。
「ミレちゃん!」
「……なんだその猫は」
とびかかってくるリリを器用に避けながらフィスは猫をさらに上に掲げた。
「ハッハーさっきの広場の箱の下! 隠して飼ってやがったか!? 俺が見逃すわけねえだろーっつの!」
「ミレちゃんを返してよ!」
「いいぜ。けど――」
猫の頭に銃口が触れる。
邪悪にぎらつくフィスの声。
「俺は今、すんげえ見たいものがある」
「ひどい!」
「別にいいだろうが減るもんでもなし!」
「大人げないぞ」
「減らねえからよし!」
リリとこちらにそれぞれ返してから、フィスはさらに猫に拳銃を押し付けた。
つまりかなりゴリゴリとえぐっているわけなのだが、猫は声を漏らす様子すらない。
「なあ頼むよ。俺、どうしても扉が開くとこ見てえんだよ。ちょっとだけでいいからよー」
その人差し指がゆっくりと引き金へと伸びていく。
「で、でも失敗することもあるし……」
「あーばよクソ毛玉ぁ!」
「分かった! やるってば!」
扉の前に立ったリリは自信なさげに見えた。
「最近うまくいかないんだけどな……」
ぼやきながら、猫を振り返っている。
ウロの方にも頼りなさげな視線をよこしてくるが、さすがに知ったことではない。
それよりも正直なところ興味の方が勝っていた。
(素手でロック解除が可能だと?)
しかもお願いなどというよくわからない方法でだ。
リリが扉に両手をついた。
緊張して肩に力が入っているのが見て取れる。
「……っ」
声にならない気合がその背中から立ち上り始めた。
その熱気は扉に染みこみ、奥の方へと進んでいく。
ウロにはその流れが見えるようだった。
そして、内部の構造に、見えない光がともった。
……と思った。
思ったまま数秒が流れた。
「……んで?」
あぐらをかいたフィスが声を上げる。
「そろそろぶちまけていいってとこか? 何をとは言わねえけど」
「ふぐっ……えぐっ……」
「泣けばいいってもんじゃねえぞー、努力は成果を結んでこそ努力として認められんだー。真実かは知らんが知っとくと得だぜ。多分な」
さてと、と腰を上げて、フィスはあらためて拳銃を抜いた。
「というわけで貫通式なわけだが」
「知るか」
こちらを振り返る彼にウロは肩をすくめた。
とはいえこれは止めないわけにはいかないだろう。
多分禍根が残る。
リリに八つ当たりされるのは御免だった。
ウロは刀を手に前に踏み出した。
「フィス、その辺で」
カチリ、と。
音がしたかは定かではない。
だが確かにウロには聞こえた。
フィスがぎょっとして前を向く。
リリが歓声を上げる。
三人の視線の先で、扉はゆっくりと開いていった。
……
「飼いたい」
猫を胸に抱いて、リリが言った。
ウロはそれを何も言わずに見下ろした。
先ほどの扉のロック解除を確認した後のことだ。
呆けたまま帰ったフィスから取り返した猫を抱え、リリはこちらを見上げていた。
「この子飼う。いいよね?」
「いいもなにも……」
ガリガリに痩せたそれをざっと観察してウロはうめく。
「それは長くはもたんぞ」
その猫は明らかに栄養が足りていない様子だった。
骨と皮ばかりの体。
そればかりか目やにや息のひっかかり具合からして、なんらかの病を患っているように見えた。
「知ってるよ」
「ならばよしておけ。下手に情が移れば後がつらい」
ウロの言葉に彼女はうつむいた。
「そうかもしれないけどさ……」
ぐっと唇をかみしめてリリは猫を撫でる。
「ね、お願い。お世話してあげたいの」
「食べ物はどうする。余分はないぞ」
「わたしのと半分こする」
「だが」
「半分こする」
彼女の手に力がこもったのが見えた。
この半地下世界、食料の確保は重要にして難しい課題だった。
維持管理機構が登録市民に支給している分にしたって最低限のものだ。
非登録市民のリリの分の食料を手に入れるのには当然さらに面倒な手順を踏むことになる。
余分はないというのは誇張や脅しではない。
猫に分け与える分だけでも命にかかわるのだ。
「どうしてそこまでして飼いたがる」
「ウロたちだってわたしを飼ってる」
「それとこれとは話が別だ」
猫を撫でるリリの手が止まった。
じっと耳をすませるようにした後、彼女は顔を上げた。
「やだったって思ってほしくないからだよ」
「なに?」
「生まれてきたのはダメだった、やだったって思ってほしくないの。せめて一瞬でも生きていてよかったって思ってほしいの」
ウロは言葉を失った。ひるんだ。
その目の光があまりに真剣だったからだ。
「この子を飼う。いいよね」
今度は何も言い返せなかった。
……
夜、身体のあちこちからにじみ出るような苦痛の中、ウロは目を覚ました。
強化樹脂殻の中で脳がのたうつのが分かる。
苦悶の声が漏れた。
(ぐっ……)
発作だ。
油断していた。逃れられるものではないのに。
身体を引きずるようにして隅のケースの元に寄る。
取り出した注射器を首筋に打ち込んだ。
じんわりと波が引くようにして痛みが治まっていく。
静けさを取り戻した闇を、ウロはぼうっと見つめた。
(逃れられはしない)
その気力もない。とうに尽きてしまっている。
そして自由になる資格も自分にはない。
そうだ、知っている。
「……ウロ?」
ふと聞こえた声に顔を向けると、リリが寝ぼけまなこでこちらを見上げていた。
「どうしたの?」
「お前こそどうした」
答えをはぐらかして問い返す。
リリは目をこすりながらむにゃむにゃとつぶやいた。
「ミレちゃんがせきしてて……」
「薬はない」
「知ってるよ。いじわる」
「せめて温かくしてやるといい」
「うん」
答えてリリは再び横になった。
その背中を眺めていると、しばらくして声がした。
「ウロも苦しいの?」
「いや」
「そう」
それだけだった。
そして、ウロはその後一睡もしなかった。
……
珍しくフィスが静かだった。
人気のない路地を並んで歩いていると、その沈黙がさらに強調されるかのようだ。
貴重なその時間は、彼がうめき声を漏らすまで続いた。
「やぁっぱ納得いかねえよなぁ……」
腕組みをしてこちらを向く。
「思わね?」
「さて」
「なんなんだアイツ。超能力者か? 手品師か?」
「魔法使いだろう」
「バカ言え本気か」
腰の銃に手をかけてフィスは首を振った。
「俺は信じねえからな。毛玉も結局撃ちそこなっちまったし」
不穏な言葉を聞き流してウロは虚空を見上げた。
「その毛玉は今、リリが世話をしているよ」
「リリ?」
「ああ、言ってなかったか。あの娘の名だ」
「へーっ、お前そんな趣味があったのかよ!」
「猫もリリによく懐いている。見ていてまあ悪い光景ではない」
「愛着がわいてるなら殺し時だな」
「無駄だ。そんなことをしなくてもじきに死ぬ」
ひらひらと手を振る。
「それにリリは何としてでも猫を守ろうとするだろう。どうしてもリリを先に撃ち抜くことになるぞ。泣く顔は見られないな」
「ケッ。その前にテメエが邪魔すんだろうが」
「さてな」
肩をすくめた。
刀の柄に軽く手を置きながら横手の古いアパートをちらりと見上げる。
だいぶ傾き崩れてしまっていて、見たところ誰も住んではいないようだ。
頭の中でリリの声が響いた。
『生まれてきたのはダメだった、やだったって思ってほしくないの。せめて一瞬でも生きていてよかったって思ってほしいの』
(妹も……"リリ"も同じようなことを言っていたな)
運命を感じるわけではないが、それでも驚きはあった。
『生まれてきたことを後悔したくないの。兄さんにもしてほしくない。幸せになってほしいの』
芯の強い娘だった。
彼女が死んだのはその数日後のことだ。
いや、死んだという表現では足りないかもしれない。
母と妹は殺されたのだ。
ウロに見捨てられて。
治安隊の暴動鎮圧作戦は、主要な暴徒だけでなく周囲の住民にも大きな被害を与えた。
三十三人。作戦による死者の数だ。
その中にはウロの母と妹も含まれる。
当時半機械兵になりたてだったウロには何もできなかった。
作戦の中止を求めることも暴動を止めることも、隊を裏切って家族と逃げることもだ。
そして泣くこともできなかった。
そのための体は既に失われていたのだから。
一滴の涙もこぼれなかった。
「……」
「おい、聞いてんのかよ」
フィスの声で我に返った。
眉間に突き付けられた銃口を見据えて首を振る。
「いや。聞く必要を感じなかったからな」
「お前な」
手で払ってやるとフィスは逆らわずに一歩引いた。
「どうせくっ――だんねえこと考えてたんだろ。あのメスガキにささやく愛の言葉だとかよ」
「俺はお前ではない」
「あ? ふざけてんのか?」
「いいや。繰り返すが俺はお前ではないのでな」
「……」
険悪に殺気が膨らんだ。
だがしばらくの睨み合いの後、フィスは首を振って間合いを外した。
「これだからペド野郎は」
流れるような手つきで銃をホルスターに戻しながら吐き捨てる。
「いいか、次無視くれやがったらマジで撃ち抜くからな」
「心しておこう」
返事をしてウロは気を緩めた。
再び脇のアパートを見上げる。
「なあ」
フィスの声がした。
ウロは答えずに視線を尖らせた。
銃声が響いたのはそのすぐ後だ。
わずかにずらした重心を戻して相棒の方を振り向く。
避けなければ銃弾は腹部を貫通していただろう。
フィスは得意げに帽子を銃先で持ち上げた。
「無視くれたら撃つっつったろ?」
言い終わるやいなやこちらに向かって突進してくる。
そして脇を通り過ぎてアパートの方に向かっていった。
「こんのゲロクズが! 俺が撃ったら問答無用でぶち撒けんだよオラァァァァ!」
連射された弾丸がアパートの壁を破壊する。
そこに隠れていたらしい影が射撃を避けて逃げ出した。
フィスの射撃は、間にウロを挟んではいたが本来その影を狙ったものらしかった。
「チィィッ! ッソが!」
影は射撃の間をするりと抜けて建物の陰に消えた。
追おうとする相棒を引き留めて告げる。
「無駄だ。やめておけ」
この先は放置された工場地帯だった。
追っても労力ばかりがかかる上、もし相手に害意があれば危険だった。
もっともフィスがおとなしく聞くわけもないが。
「無駄かどうかお前が決めるな俺は追う」
吐き捨てて去っていく。
ウロはかぶりを振って見送った。
「これだから馬鹿は……」
……
宿舎の扉をくぐるとリリが首を傾げた。
「おバカは?」
「今日は来ない」
「そっか」
そのまま部屋の隅に戻っていった。
「よかったねミレちゃん、おバカ来ないって」
そこは彼女が『ミレちゃんのおうち』と呼ぶスペースだ。
あまり広くはないが寝床として使うカゴや毛布などがそろっている上、ブラシや玩具と思しきガラクタまで置いてある。
どこで集めてきたかは確認していない。
どうせまたこっそり外に出ているのだろう。
ウロは部屋の隅に寄ってケースを開けた。
取り出した注射器を首筋に打ち込む。悪寒。
目を閉じてやり過ごしていると猫の鳴き声がした。
「ミレちゃん気持ちいーい?」
横目で見やるとリリが膝の猫にブラシをかけてやっている。
食べ物をもらって体力がついてきたのか、猫は最近よく鳴くようになった。
「ミレちゃんはいい子ですねえ」
リリの指にくすぐられて、猫はまた小さく鳴いた。
昔、とウロは思い出す。
昔同じ光景を度々目にした。
まだウロが半機械ではなく母も妹も生きていたころのことだ。
非登録市民のウロたちの生活は苦しく、ギリギリのところで生命をつないでいた。
自分のことで精いっぱいだ。他人のことなど気にしている余裕はない。
少なくともウロはそうだった。
リリは違った。
「後悔はしてほしくないの」
ウロたちが住んでいた区画だけでも同じように苦労している人々は大勢いた。
弱く小さい子供は真っ先に飢えて死んでいく。
空腹な子供はいくらでもいた。
妹はそんな子供を見つけると、自分の分の食べ物から半分分けてやった。
半分。必ず半分。今持っている分から半分。
母は心配したようだが、あまり強くは止めなかったらしい。
「泣かない泣かない」
衰弱して泣きわめくことすらできなくなった子供を、妹は時々抱えてあやしてやっていた。
子供の涙が静かに彼女の肩口を濡らしていた。
暴動鎮圧後、耳にしたことがある。
子供たちをかばうようにして倒れている少女の死体があったらしい。
リリだったとウロは思っている。
「……」
白く冷たい照明を見上げたままウロはしばらくぼうっとしていた。
何も考えたくない思い出したくない……
「ねえ、ウロ」
視線を下ろすとリリがこちらを見上げていた。
「……なんだ」
どうにも重く感じる頭を起こしてウロは訊ねた。
リリはこちらの様子を変に思ったのか少し躊躇ったようで、わずかに間合いを開けた。
「あのね。お外出たい」
「どうしてだ」
「……聞いてくれるの?」
「……」
即座に却下しなかったことに大きな理由はない。
しいて言えば彼女の方も何か様子が違うように思えたからだった。
「訳があるのならば聞く。ないのなら諦めろ」
先ほどとは質の違う沈黙があった。
リリはもじもじとした後、「ミレちゃんがね」と言った。
「ミレちゃんが、行きたいところがあるって言うの。どうしても行きたいって。大事なところなんだって」
「それを俺が信じると思うか?」
ウロは微動だにせずに聞いた。
「外に出るために猫を使うのか?」
「違うよ」
リリは意外にも怒らなかった。
「わたしはミレちゃんを利用なんかしない。それにわたしはウロがわたしの話を信じてくれるって信じてる」
「根拠は?」
「ウロはわたしのこと好きだもん」
「……」
ウロは沈黙した。
絶句したわけではない。
ゆっくりと刀を手に取り、立ち上がった。
こちらを真剣に見つめるリリに歩み寄り――
その脇を通り過ぎた。
扉を解放して振り向いて告げる。
「出ろ」
リリが歓声を上げた。
……
街灯の下、暗い道を並んで歩く。
リリは目立たないように服を着替えたのだが、目にかかるフードを邪魔そうにいじっている。
彼女の抱えるカゴの猫は鳴き声も上げずにおとなしかった。
「ありがと」
短いトンネルを抜けたところでリリが言った。
「どうせ俺が許可しなくてもお前は自分で出るだろう」
「でもありがと」
上機嫌のようだった。
鼻歌が聞こえてこないのが不思議なくらいに。
一応言っておくことにした。
「俺は別にお前のことが好きではない」
「嘘つき」
「本当だ」
「嘘つき」
嘘ではない。
彼女を見ていると悲しくなるからだ。
「わたしはウロのこと大好きだよ?」
「虫唾が走る」
「嘘つきー」
嘘ではない。
……
リリが先導する道は長かった。
折れた鉄塔の脇を過ぎ水の枯れた川を踏み越え、どこまでも歩いていく。
リリの小さな歩幅に合わせて、歩みはかなり遅かった。
一度だけ訊ねた。
「どこまで行くんだ」
「もうすぐ着くって」
歩き続け、そのうち景色が少しずつ変わってきた。
みすぼらしい家屋が少なくなり、閑散とした地域を挟んだ後、やや武骨な建造物が目につき始める。
見上げるほど高いクレーン、それから巨大な門が覆いかぶさるように目の前に現れた。
開いている。
「まだか?」
「まーだ」
リリは門をくぐってその先の廃工場に入っていった。
道脇にあるコンテナ群を一瞥し、ウロも後に続いた。
「着いたよミレちゃん」
床に置いたカゴから猫がゆっくりと前足をついた。
すぐにふらつき、リリがその身体を抱え上げる。
「無理しちゃだめだってば」
資材や機械が積み重なっている工場内の空気はやや埃っぽいようだ。
リリと猫が同時に小さくくしゃみをした。
二つの小さな頭を見下ろしながらウロは訊ねた。
「それで、ここに何の用だ?」
リリは答えずに壁に寄った。
膝をついて何かを探しているようだ。
「ここね、ミレちゃんが生まれたところなんだって」
何かを探し当てたらしく、ウロにも見えるようそれを持ち上げる。
白い。
「それは」
「ミレちゃんのママ」
乾いて弱ったその骨は、入り口からの明かりを受けて冷え冷えと光っていた。
「ママが死んじゃって、ミレちゃんは初めて一人で外に出たの」
「会いに戻ってきたのか」
「うん。自分で戻る力はもうなかったから……」
リリが撫でると、猫はその腕の中で小さく鳴いた。
「どうしても心残りだったんだって。せめてもう一度だけでも会いたかったんだって」
ウロは黙ってそれを聞いていた。
小さな猫が歩いてきた長い道を思った。
暗く長い道。
リリはひとしきり猫を撫でてからウロを振り返った。
「ね。ミレちゃんのママを埋めてあげよ」
……
工場内に、床がはがれて地面がむき出しになっている箇所があった。
集めた骨はそこに埋葬した。
リリの黙祷は長かった。
「祈る、ということを知っているんだな」
「うん、教えてもらった」
膝を手で払いながら立ち上がったリリが答える。
「誰にだ?」
「うーん? 誰だったかな。忘れちゃった」
「ミレの母には届いたか?」
「多分ね」
息をついたリリは、ふと気づいたようにこちらを振り向いた。
「ウロ、なんか変?」
「なぜそう思う」
「分かんないけど……」
首をかしげてこちらを見上げる。
「泣きたいなら泣いてもいいよ?」
ウロは呆れた。
「……何を言っているんだお前は」
どこに泣く要素があったのというのか
そもそももうウロの体には泣くための構造など。
「帰るぞ」
虚空を手で払うようにして入り口の方に体を向けた。
脳が、心がひりつく。
……
工場を出たところでウロは立ち止まった。
左手の刀を持ち直し、右手で後ろに止まるよう合図をする。
「なに?」
身を乗り出して外を覗くリリの襟首をつかんでウロは後退した。
「なんなのってば」
答えず工場内に引き返し、ざっと見回してから貯蔵庫らしき金属箱に目を付けた。
「痛!」
問答無用でリリを放り込み、隙なく辺りに視線を走らせる。
「騒ぐな。隠れていろ」
「……なんで?」
「黙って指示に従え。死んでは文句も言えんぞ」
返事は聞かずに箱の扉を閉めた。
騒ぐかと思ったが、リリは案外静かだった。
ウロは滑るような足取りで再度出入り口へと向かった。
集音装置が拾ったかすかな金属音。
バランサーが捉えたあるかないかの振動。
それからウロを今日まで生き延びさせてきた勘が告げていた。
敵だ。
確信を持って白刃を抜き放つ。
地を蹴る音を遥か後方に置き去りにしてウロは駆け出した。
……
暗闇の中で、リリは静かに数を数えていた。
なぜかといえば、他にやることが思いつかなかったからだ。
「二十一、二十二……」
数は順調に増えていった。
が、九十九まで数えたところで困惑する。
「次なんだっけ?」
その時ミレがカゴの中から小さな鳴き声を上げた。
「あ、そっか。ありがと」
手を合わせて頷く。
「百。百一、百二」
さらに時間が経ち、ミレに教えてもらって千を数えた頃になって。
「……?」
ふとリリは顔を上げた。
何か物音が聞こえた気がしたのだ。
規則正しいその音は、足音のように聞こえた。
近づいてくる。
ミレが鳴いた。
リリはカゴを下ろして囁いた。
「大丈夫。ちょっとのぞくだけだから」
心配しすぎることはない。
足音は別にこちらを目指しているようには聞こえなかったからだ。
「よい、しょ……」
箱の扉を薄く持ち上げて足音がしたと思しき方を覗く。
(あれ……?)
だが誰もいない。
何の気配もしない。
気のせいだったのか。そう思った。
「……!」
その時唐突に腕にかかる重みが消えた。
扉が開けられたと悟った瞬間首根っこをつかまれ金属箱から引きずり出される。
冷たく硬いものがごりごりとこめかみに押し付けられた。
痛み。
ぞっとした。
ウロがいない。
自分しかいない。
殺される。
いや、自分だけならよかった。
ミレがそこにいる。無防備に。この子も一緒に殺されてしまう。
(わたしが守らないと!)
せめてミレだけは。
リリは精いっぱいの力で暴れた。
頭に押し付けられた死の香りがするそれを、両手でつかんでさらにえぐり込んだ。
自分の血をたらふく飲めばそれが満足してくれる気がしたのだ。
怖くはなかった。
今は自分がミレのママだ。
「相変わらずウッゼェガキだな」
急に体が自由になった。
が、少々自由すぎて気持ち悪かった。
身体が大回転している。
「――ぶはっ」
布袋の山に墜落してリリは大きく咳き込んだ。
吐き気と打ちつけた尻の痛みに堪えながら顔を上げ、自分を放り投げた敵をにらみつけた。
「このおバカ……」
フィスは拳銃を指にひっかけてこちらを見下ろしていた。
「お前なんでこんなところにいんだ?」
「それこっちのセリフ!」
布袋をたたきながらリリは怒鳴った。
……
フィスの説明は何回聞いても要領を得なかった。
「だからよぉ、ヌルリと出てきた野郎が見た通りヌルヌルだから当たんねえんだって。そのまま追って来たらここに」
「へえ」
まあ馬鹿に期待はしていない。
とうに理解することを諦めていたリリは、こっそり回収していたミレを抱いて数数えをやり直していた。
「結局見失っちまったんだけど、それでも結構かましてやったぜ? 何発当てたっけな」
「二十三?」
「そんなだっけか」
ちょうど脳内で到達していた数を告げるとフィスは首を傾げてからまあいいやと続けた。
「とにかくタフで速い野郎だった。そこは認める」
「三十五」
「だが今頃死んでるな。ガンマンの勘だ、間違いねえ。ザマーミロってな」
「四十一」
こちらがうわの空で数えていてもフィスは気にしないようだった。
帽子から何か取り出して首を鳴らす。
「チッ、珍しくマジになったから軋みやがるぜ」
そう言って首筋に打ち込んだのは注射器だった。
「んだよ?」
こちらの視線に気づいたフィスが軽くすごんだ。
「ううん。ごはんだなって」
別に大したことを言ったつもりはなかった。
ただ前にウロがそれを食事と言っていたからそう繰り返しただけだった。
だがフィスは怪訝そうに言った。
「はぁ?」
「……?」
リリはきょとんとして首を傾げる。
「ごはんでしょ?」
「これが? メシ?」
首筋から抜いた注射器を手にフィスは呆れたようだった。
苦いものを混ぜた声で吐き捨てる。
「これのどこがメシだってんだよ。言った馬鹿を連れてこい。ぶち抜いてやっから」
リリはやはりわからないまま首を傾げた。
……
銃声と共に飛んできた弾丸を、ウロは体捌きでかわした。
「たまには当たっとけよ」
工場の中からフィスが毒づく。
彼が銃を下ろしたのを確認してからウロはそばに近寄っていった。
「お前か」
「へっ……」
銃を提げたフィスの腕がユラユラと揺れている。
こういったときの彼は危険だ。
撃発の欲求と理性とが拮抗しているサインだからだ。
ウロはとりあえず気づかない振りをして話しかけた。
「外に出てしばらく行ったところに所属不明の半機械が転がっていた。お前が?」
「知らねえな」
「そうか」
そっけなく答えてウロは彼の隣に視線を外す。
「では帰るぞリリ」
彼女はずっとそこにいた。
ただ、あまりに静かすぎて、声をかけるまでウロにもリリがそこにいる確信を持てなかった。
はっと我に帰ったリリは、ウロを見上げて息をつめた。
「……?」
怪訝に思って近寄る。
片膝をついて目線を合わせると、リリは目を伏せた。
代わりに猫がカゴから顔を出してウロを見上げた。
「どうした」
「……」
ウロの問いに、彼女は答えなかった。
「俺ァ、クズとゴミと嘘つきが大嫌いでね」
背後からフィスの声。
それから硬い音。
「見かけたら即ぶち撒けることに決めてんだ。知ってんだろ?」
「ああ知ってる」
それで不意に悟った。
リリが知ったことを知った。
(……なるほど)
感触は伝わってこないが、後頭部に突き付けられた拳銃の気配は脳に刺さるがごとくによく分かる。
「避けるなよ。つっても避けねえよな?」
避けなければウロは死ぬ。だが避ければリリに当たる。
そういった位置だ。
「……」
ウロは小さく笑った。
避けるか、避けないか。
リリを犠牲にするか、しないか。
フィスは、ウロが彼女の命の方をとると信じているらしい。
馬鹿げた話だと思う。
自分はとっくに家族を悪魔に捧げてきたというのに今さら宗旨変えなど――
(……あり得んな)
そう思った途端胸の中ががらんとして何もなくなった。
空虚な心に乾いた音が鳴り響いた。
「やめて」
顔を上げたリリがウロの頭越しにフィスを見上げている。
ウロにもその目ははっきりと見える。
静かで力のある、真っ直ぐな目だった。
「ウロが苦しそう。やめて」
「……」
たっぷりとした沈黙の間を置いて、後頭部から殺気が消えた。
それから足音が遠ざかり重苦しい空気が霧散する。
膝をついたまま無言でいると、リリが立ち上がってウロの首に腕を回した。
「帰ろう、ウロ」
錯覚の温かさに包まれながら、ウロはじっと床を凝視していた。
……
「あれは食事ではない。もう聞いたな?」
帰り道、ウロは歩きながら腕に抱きかかえたリリに話しかけた。
疲れたと言って歩くのをサボった彼女は、眠そうにうなずいた。
「うん、聞いた」
猫もカゴの中で寝息を立てている。
その穏やかな空気をできるだけ壊さないようウロはそっと言葉を続けた。
「あれは実際には、拒絶緩和剤と呼ばれる薬剤だ」
「拒絶、緩和……?」
「ああ。俺たち半機械は生身部分と機械体部分でできている。その生身部分が機械体部分に対して起こすアレルギー反応を緩やかにする薬と言えば分かりやすいか」
リリは考えるように宙をにらみ、それから眠い目をこすって「よく分かんない……」と答えた。
ウロは構わず続けた。
「その拒絶反応の苦しみは激しいものだ。それだけで正気を失う者もいる。このコロニーの管理機構はそれを利用して俺たち半機械を統制しているわけだな」
「おバカはいまいましい首輪って言ってた……」
「的確だ」
馬鹿者の言葉ではあるが、その表現は正しい。
言うことを聞くならば薬剤を提供し、聞かなければ与えない。
単純なことだ。
「俺たちは機構には逆らえない。たとえどんなに強い力があろうとも拒絶反応には勝てない」
たとえどんなに強い意志があろうとも、決意があろうとも、不満があろうとも。
うつらうつらしているリリを見下ろして付け加える。
「たとえどんなに大事なものを脅かされてもだ」
あの日、ウロが家族を守れなかったのは意志が足りなかったのでも力が足りなかったのでもない。
怖かったのだ。
身を焼き、貫き、引き裂く苦痛が。
正気を食い荒らされ正気を失い自我が壊されるのが。
だから足は一歩も動かなかった。
抜き身の刀を暴徒に向けて振り下ろすことしかできなかった。
その群衆の向こうに母が妹がいることは分かっていたというのに。
その刃の向く先に二人がいることは分かっていたのに!
胸の奥でどろりとしたものがうごめいた。
拒絶反応だ。
まだ軽いが放っておけばじきに激痛になる。
リリには明かすことはないだろう。
過去のことも、この痛みのこともだ。
この少女が知る必要のないことだった。
「……?」
ふと見下ろして、リリの手が胸に触れているのに気づいた。
リリは相変わらず眠そうだったがそれでもはっきりと言った。
「ここ、すごくシクシクするね」
彼女の手がおぼつかない動きでそこを撫でる。
「ウロはすごく悲しい想いをしたんだね……今までずっと泣きたかったんだね」
「お前に何が分かる」
「ううん、分かんない」
素直に認めて、だがそれでもリリは手を離すことはしなかった。
「まるごとそのまんまは分かんない。でも似たような気持ちなら分かる。ロボットさんがウロたちに殺されちゃったときは悲しかった」
その時だけ彼女はつらそうに顔をゆがめた。
「もっとあの子と遊びたかったな。お話がしたかったな」
「俺を恨むか」
「ううん」
なぜかきっぱりと首を振る。
「ウロのことも好きだから」
絶句した。
「だから……だからね、わたしはウロの気持ちが少し分かるしウロのことが好きだからね、ウロにはやだなって、やだったなって思ってほしくないの」
「……」
「せめて終わるときくらいはよかったなって、そう思ってほしいの」
リリの手が止まった。
「ウロ、泣いていいよ」
にこりと笑って、それからリリは目を閉じた。
穏やかな寝息が聞こえ始める。
ウロはそれを見下ろして、自分がいつの間にか立ち止まっていたことに気づいた。
「……誰が泣くか」
痰を吐き捨てる心地でウロは囁いた。
泣くものか。自分には泣く資格すらない。
だが。
「……」
リリに撫でられていた箇所が温かい。
苦痛がすっかり和らいでいた。
一人と一匹を起こさぬよう、ウロはそっと歩き出した。
三日後に猫が死んだ。
夜中、眠っている間に息を引き取ったらしい。起きたときにはもう冷たくなっていた。
あまりに唐突で静かな死だったので、ウロもリリもその瞬間を見届けることはできなかった。
「しょうがないね。がんばったもんね」
リリはこちらを見上げて悲しそうに微笑んだ。
「ミレちゃんは幸せだったかな」
ウロは薄汚れた天井を見上げた。
しばらく言葉を探す。
「少なくとも……寂しくはなかっただろうな」
声を上げて泣き出したリリの横に膝をつき、ウロは猫の亡骸を見下ろした。
痩せこけてはいるが安らかな顔だった。
猫の亡骸は例の廃工場に埋葬することに決まった。
「お母さんのそばの方がいいもんね」
泣きはらした目のままさっそく支度を始めるリリに、ウロは待てと声をかける。
「俺はこれから隊本部に出向かなければならん。出発はその後だ」
「……そうなの?」
「ああ、悪いな」
うー、と渋るような気配を見せてからリリはうなずいた。
「分かった、早く帰ってきてね」
「承知した」
……
隊長室の空気は相変わらずだった。
このニュアンスはどう表現すれば正確なのかは分からない。
だが分かることもある。構成要素を一つ一つスキャンするまでもない。
最後に入った時と何から何まで変わっていないのだ。
「さて、ウロ」
細身の半機械が机に肘をついてこちらを見上げる。
「今日呼ばれた理由は分かるか」
「いいえ、全く」
この部屋には刀を持って入ることはできない。
だから今は丸腰だ。それを強く意識した。
(もっとも、武器を持っていたところで変わらんか)
その場所の支配者には勝つことができないものだ。
隊長はこちらをじっと見つめてから、「そうか。では順を追って説明しよう」と続けた。
「最近所属の怪しい半機械の目撃が相次いでいるらしい。少なくとも維持管理機構の関係者ではないようだ」
「……」
「機構管理下にない半機械の存在は今までにも確認されているが、そういった劣悪な代物とは違う高性能な機械体という話だな。我が隊の者が襲われて、負けた」
にわかには信じられない話だった。
「負けた……?」
「ああ、完敗だ。原形が残らぬほどに破壊されていたよ。残骸は私も確認した」
隊長は淡々と続ける。
「間違いない、高い水準の技術を持ったなんらかの組織が動いている。どこに隠れていたのやら私には見当もつかんが――」
「……俺なら知っていると?」
言葉を切ってこちらを見据える相手に肩をすくめる。
「買いかぶりすぎですな。分かりませんよ、思い当たることすらありません」
「……」
隊長は頭を少し傾けて間を空けた。
「不審な半機械の目撃情報は、君の宿舎付近の地域から多く上がっている」
「……?」
「以前、君がフィスと組んで当たった任務。懐かしいな、敵性組織の壊滅と物資の回収だ」
彼が何を言っているのか、理解するのが遅れた。
「君たちは、本当に何も持ち帰っていないのだな?」
動揺と緊張が走る――はずだった。
少しくらいは判断に淀みがあってしかるべきだった。
だがウロはただ一言だけ答えた。
「ええ。何も」
ウロには目の前のことがどこか遠くに感じられていたのだ。
何か分かったような気がした。
終わりが近いのだと、誰かが囁いた。
隊長の追及はそれだけだった。
ただ、事務的なやり取りを終え、部屋から出ようとしたウロに対し、もう一言だけ問いが投げられた。
「ウロ。お前拒絶緩和剤のストックは十分か?」
「問題ありません」
答えて、部屋を出る。
これは嘘ではなかった。薬剤は十分残っている。
というより、もう必要がない。
ウロの体が拒絶緩和剤を必要としなくなったからだ。
リリに触れられたあの日からだった。
拒絶反応が現れなくなった。
ウロは苦痛から自由になった。
理由は分からない。
リリの何らかの力だろうか。
確かめようがないが、おそらくそうだろう。
気分が少し重くなる。
それならばリリは、きっと……
「ウーロー!」
はっとして顔を上げると宿舎の前でリリが手を大きく振っていた。
あれからまた泣いていたのだろうか、目が少し赤かった。
「おかえりー! 早くいこー!」
「大声を出すな。まったくお前という奴は」
呆れながら近づく。
目立つのはよくない。
隊長室での会話からもそれは明らかだ。
これからは少し気を付ける必要があるかもしれない。
「出発の準備はもう」
できたのか。
そう続けようとして、ウロは言うべき相手を見失った。
「……!?」
リリがいない。
視界から消えていた。
勘で視線を右へ振る。
建物の角に素早い影が飛び込むのをなんとか捉えた。
「くそ!」
追って走り出すが相手は恐ろしく速い。
いくつか角を曲がるうち、すぐに敵の姿を見失った。
(一体どこに……)
焦りが湧き上がる。
喪失感と絶望。
頭がすぐに諦めろと誘惑する。
それから確かな温かさ。
「……?」
それは胸の中心にあった。
数日前、リリが触れていた位置だった。
金属の武骨な指でそこに触れる。
その時リリの声が聞こえた気がした。遠く、かすかに。
ウロは猛然と走り出した。
もう向かう先に迷いはない。目指すは工場地帯。
あの廃工場だった。
……
屋内に飛び込みざまウロは一息に抜刀した。
目が敵の背中を確認するよりも先に激しい一撃がそれを真っ二つにする。
どさり、と音がして敵は止まった。
「立ち去るなら見逃してやってもかまわんぞ」
ウロは低い声で告げる。
「ただしリリにはもう手を出すな。俺たちのことは放っておけ」
敵は答えずに振り向いた。
確かに両断したと思ったのだが切り裂いたのはその残像だけだったようだ。
「ううん……」
敵の足元でリリがうめいた。
気を失っている。放り出されたというのに意識を取り戻さない。
ただ、その腕は猫のカゴを離さずしっかり抱えていた。
敵に目を戻す。
相手は妙に無駄のない外形をした半機械だった。
いや、無駄がないのはその立ち姿か。
隙がどこにも見当たらない。
こんな半機械は見たことがなかった。
つまり、こんな武人のごとくに練られた殺気を持つ者は。
(いや、違うか)
確かに見たことはない。
だが存在していないわけではない。
ウロが、そうだ。
ウロもまた技を磨いて生きてきた。
敵の両手に、いつのまにか刃があった。
ウロの刀と同じ程度の刃渡り。
手で持っているわけではなく、腕部から直接伸びているようだ。
その刃を滑らせるようにこちらへ向け、敵はわずかに重心を移動させた。
ウロもまたそれに合わせて緩やかに意識を流動させる。
――次の瞬間、両者の激突によって火花が飛び散った。
敵の刃をかいくぐりウロの刀が敵へと向かった。
わずかにえぐる。だが浅い。
返ってくる敵の一撃は、こちらのものより一歩命を奪う深さにある。
流してさらに刀を振るう。空を切る。
ほんのコンマ数ミリ誤れば、しくじった方が地に沈むだろう。
ボディの表面を何度も浅く刻まれながら、ウロはさらに意識を鋭くする。
目まぐるしい。
チカチカする。
今まで見たことあったことが目の前にちらつく。
妹のこと、リリと出会ってからのこと。
こんな時なのに泣きたくなる。
敵がするりと死角へ消えた。
身体をひねって斬りつけるが相手はさらにその死角へと滑り込む。
(くっ……)
もう一撃、さらに一撃。
すべて避けられ敵を完全に見失った瞬間――激しい一撃が脳を揺らした。
声にならない悲鳴を上げてウロはひざまずいた。
背後に立った敵に首筋と右腕を貫かれた、そこまでは理解できた。
「あ、ぐ……ッ」
取り落とした刀へと手を伸ばす。
だが指が動かず取り上げることができない。
ずんっ、とさらに刃が深く食い込んだ。
負けだ。
動揺に荒れる意識の中で認める。
勝てなかった。
終わりを知る。
事態の全貌は呑み込めないが、自分には理解する資格すらないということなのだろう。
敵がこちらから武器を引き抜きリリの方へと戻っていく。
そう、リリの方へ。ゆっくりと。
(俺は何をやっている?)
ふと疑問が浮かんだ。
自分は何をやっている。
(諦めるべき時か?)
くずおれた先で床だけが見える。
その光景も、視界が白んでいって見えなくなっていっている。
体が動かない。
何も見えない。分からない。
ただ胸に温もりだけがあった。
壊れる音が静かに響いた。
ウロは自分の左手が敵の肩を握りつぶしているのをどこか高いところから見下ろした。
何が何やらわからない。なぜまだ生きている?
分かったのはこれだけだ。
まだ戦える。
敵は動かなくなった方の腕には構わず身体を反転させた。
遠心力を伴って、残った刃がウロの首へと飛んでくる。
だがウロは退かない。踏み込む。
左の貫手が相手の脳へと向かっていく!
時間が永遠を思わせるほど引き延ばされた。
唸りを上げて迫る敵の刃がゆっくり見える。
チリチリと意識が焦げるのが分かる。
もし負けたら、と思う。
もし死んだらリリは悲しむに違いない。
(それは……避けたいな)
そして――銃声が敵の体を吹き飛ばした。
はっと我に返る。
見ると敵は吹き飛ばされた床でびくびくと痙攣しているところだった。
「な……」
あわただしい足音がする。
振り向くと、入り口から一律に白いボディの半機械たちが隙なく踏み込んでくるところだった。
まだ半死の状態の敵、ウロ、リリ、それから各所の物陰にも小銃を向けている彼らには見覚えがある。
いや、むしろ見慣れているといってもいい。
治安隊の兵士たちだ。
彼らがなぜここにいるのか、ウロには全く分からなかった。
呆然と立ち尽くす。
「なんつーか、よ。物事ってのは上手くいかねえもんなんだな」
突然の声に見やると、フィスが戸口から入ってくるところだった。
いつものように帽子とスカーフのガンマンもどきの装い。投げやりな立ち居振る舞い。
だがいつもとどこか様子が違う。
眉間のあたりを押さえていた手を腰に当てて、彼はようやくこちらを見た。
「わりぃ、バレちまったわ」
やはりウロには訳が分からない。
だがやはり誰かが告げている。
これが最後なのだと。
宿舎の部屋で、自己修復機能により回復した右手を確かめている時だった。
フィスが扉を開けて現れた。
「よお」
「……ああ」
あれから数時間といったところだろうか。
工場で拘束されたウロは自室での謹慎を命じられた。
リリはいない。
彼女は連れていかれて、おそらくは隊本部にいるはずだ。
「お姫さまがいなくて寂しいか?」
「否定はできん」
ウロが答えるとフィスは鼻で笑った。
「んならあの時に意地でも抵抗すべきだったな」
扉を閉める彼に訊ねる。
「一体どういうことなのだ?」
「一言で言やあ……あのガキが例の新兵器だったってことさ」
「そうか」
「驚かねえんだな」
「まあな」
ぼんやりとではあるが分かってはいたことだ。
「機械体と人体の調和による新たなる可能性の模索だとかなんとか。つまるところ機械と生身ガチ合わせしてスゲーの作ろうぜってことだけど」
「……」
「あのガキはそのつなぎ手ってことらしい。機械と生身の仲介役ってことな。六番目の実験体だ」
「六番目……」
検体番号六、といったところか。
「今日ぶっちめたのもその恩恵を受けたブッ飛んだ野郎だとさ。ガキの製造元でもある組織の所属らしい。よくは知らねえ」
「あの日俺たちが壊滅させたのは」
「まあ下っ端組織ってとこだろ。そんなとこに預けるとは、ハッ、不用心にも程があるよな。おかげで俺らにスられちまうしよ」
フィスの声を聞きながらウロはふと思った。
静かだ。
いや、この宿舎に物音がしないのはいつものことだった。
気になったのはフィスの声の調子である。らしくもなく落ち着いている。
「なあウロ、今日までガキと過ごしてみてどうだったよ。楽しかったか」
「そうだな、楽しかった」
「意味のある時間を過ごせたか?」
「ああ」
ウロは刀に手を伸ばして触れた。
フィスはそれに気づかない。
もしくは気づかない振りをしているだけか。
「そうかそうか。うん、そうか」
うなずいて、フィスはもう一つ訊ねてきた。
「なあ、お前拒絶緩和剤使ってねえだろ」
気づいたときにはもう遅かった。
銃口から硝煙が立ち上っている。
フィスの拳銃だ。
ウロは呆然とそれを見下ろした。
抜く手も撃発の瞬間も捉えられなかった。
「がっ……!?」
胸に空隙がある。
そこにあった温もりも根こそぎ撃ち抜き奪い去ってしまっていた。
「だからよ、大事ならあの時意地でも抵抗すべきだったんだよ」
フィスの声は冷たい。
倒れ込む床もまた、どこまでも寂しい。
「と、言うわけで、俺は自由になるぜ。これでめんどくせえあれこれともオサラバだ」
声だけが遠ざかっていく。
「今までサンキュー、あばよ相棒」
ウロの意識は暗闇に沈んだ。
……
なぜ苦しまなければならないのかとウロは地獄へと続く道の上で考える。
なぜ責任を感じる必要があるのだ、と。
母と妹も、他の大勢と同じく明らかに衰弱していた。
そう何年もたたない内に死んでいたのは間違いない。
ウロの立場にしてもそうだ。
拒絶緩和剤で脅されていたのだ。
誰だって自分の身がかわいい。
誰もウロを責められはしないだろう。
家族を失ってもう何年になるか。
十何年か。何十年か。
いやもっとか。
そうだ、もう長すぎるほどの年月を堪えてきた。
もういいはずだ。
苦しむのはこれっきりでいい。
終わりにしよう。
もう十分。
後悔など、ありはしない。
この最後の場所に立ち、思う。
よかったな、と。
……
「そんなわけ、あるか……」
激痛の中、ウロは床を掻きむしった。
起き上がる。
「まだ違う……まだ違う……!」
そうだ、激痛だ。
感じる。痛みを感じる。
「まだよかったと締めくくるべき時では、終わらせていい時などではない……!」
温もり痛み怒りそよ風の手触り。
すべてが鮮明だった。
リリがくれたものだった。
「取り戻す」
静かに宣言する。
目から何かが流れ落ちた。
……
治安隊本部に近づくと門の兵士がこちらに気づいて制止の声を上げた。
「止まれ」
無視して進む。
こちらの尋常でない様子に気づいたか、兵士は即座に銃を構えた。
「止まれ!」
「断る」
甲高い音を立てて空間に幾筋もの亀裂が走った。
刃を納めると同時に消える。
「待ち人がいるのでな」
ズタズタになった門をくぐりながらウロはつぶやいた。
背後に兵士の残骸が崩れ落ちる音を聞いた。
建物内はすぐに混乱状態に陥った。
「行け、撃て!」
廊下の先に兵士たちが並びこちらを狙う。
即座に銃口が火を噴いた。
「……」
嵐のように銃弾が飛来する。
だがウロは無傷だった。
兵士たちに動揺が走る。
どうということはないことだ。
どんなに密度のある銃撃にも隙間はあるというだけ。
ウロはなおも進む。
相手にももう動揺はないようだった。
取り乱し続けるほどには練度は低くない。
ウロの歩みに合わせて再度斉射を行うだけの連携能力はある。
だが惜しむらくは少しばかり遅かった。
激しく踏み込んだウロは最前列の一人の喉を突いた。
悲鳴すら漏らさず絶命した彼の指が小銃の引き金を引っかける。
その腕に手を添える。
ばらまかれた弾丸をくらって周囲の兵士たちがもんどりうって転がった。
総崩れになって逃げだす兵士たちの真ん中に立ち、ウロは前だけを見据える。
「リリ」
警報鳴り響く本部を抜けると広い空間に出た。
この先は隊長室だ。
リリはそこにいるだろう。
もちろん隊長もそこにいる。
強敵だ。
だが障害は必ず排除する。リリを取り戻すためならなんでもやってみせる。
そこまで考えたところで行く手の扉が音を立てて吹き飛んだ。
ズタズタの半機械が中から出てきて床に転がった。
「……?」
隊長だ。
もう原型もとどめていないが間違いない。
「この世界の実質チョーテーン! とかなんとか言われたか知らねえけどよ」
隊長の残骸を追って歩み出てくる者がいる。
「こうなっちゃ、へへ、へ……どう勘定したところで鉄屑だぁな」
ゆらりと現れる影。
フィス。
「テッペンに手ぇ伸ばして足元すくわれちゃ目も当てられねえ……遠くが見えて近くが見えねえなんて救えねえ……」
頼りなくふらつく彼に、ウロは油断なく構えを取った。
「一体何が起こっている。お前、何をした」
「俺が撃つ以外にすることなんざあるか!」
フィスが咆える。
「俺は撃つぞ、何から何まで撃つ! 撃てねえもんなんてねえ、ガンマンだからな! 世界中すべてが的だ! 射線の中なんだよ!」
震える両手に拳銃。
目が恍惚に輝いている。
「俺は自由……ガンマンを縛れるのはガンマンの掟のみだ……」
そしてけたたましい哄笑を上げた。
支離滅裂な言動。
身体の震え。
ウロはようやく理解した。
「拒絶反応か」
フィスの笑い声がぴたりと止まる。
「ああ」
ふらりと足を踏み出してフィスは言う。
「上に"ちょろまかし"がバレて緩和剤を没収された時期が悪かった。ちょうど効果が切れるころだったからな」
おぼつかない足取り。
釣り合わない冷静な声。
「俺は自分で言うのもなんだが厄介な奴だ。これを機に上はその馬鹿を廃棄するつもりだったんだろうよ」
「……」
「だが俺はそんなのごめんだ。何とかして拒絶反応を解決する必要があった。そこにちょうどよく手段が見つかった」
「リリか」
リリは拒絶反応をなくす力があるようだった。
フィスはうなずいた。
嬉しそうに何度も。狂ったように。
「そうだ。だからクズでゴミなタイチョー様を穴だらけにしてやった! ガキをこの手に確保した! までは……いいんだが」
「問題が?」
「ああ」
またかくかくとうなずいてフィスは言う。
「あれ、一人にしか効かねえんだとさ」
フィスの両手がぶるぶると持ち上がる。
二つの銃口がこちらを向く。
「お前がいると俺は助からない」
機械体に表情はない。
機械体は笑わない。
だが間違いなく断言できる。
フィスは笑っていた。
「死ね」
横に跳んだウロを弾丸がかすめた。
止まらず駆ける足元を着弾の衝撃が揺らす。
拒絶反応が出ているというのに射撃は精確だった。
むしろ以前よりも研ぎ澄まされているかのように鋭い。
柱の陰に飛び込むと銃弾がその表面を勢いよく削った。
「ヒャハハハハアアァハァハハッハッッ!」
遠慮も呵責も理性もない。
ただ威力に任せた連射が続いた。
「……」
しばらくしてようやく連射が止まる。
辺りに粉塵が舞っている。
ウロは立ち上がって刀を一閃した。
もうすでに崩れる寸前だったそれは、両断されて横に倒れた。
埃の向こうに影がある。
「一つ訊く」
「……なんだよぉ?」
「リリは無事か」
鼻で笑うような音がした。
弱弱しいがそれでもフィスらしい不敵な笑い方だった。
「答えるまでもねえだろ。俺にはあいつの力が必要なんだからよ」
「そうか。ならいい」
刀を鞘に納める。
「だいぶ撃ち散らかしてくれたな。残弾ももう少ないだろう」
「右と左で一発ずつだ」
拳銃を両方ともホルスターに収めながらフィスが答えた。
目で問うと、震える手を腰に当てながら「ガンマンの決闘なんだ。掟には従うさ」とおどけた。
「一度やってみたかったんだ」
「物好きなことだ」
「大事なことなんだよ。忘れちゃならねえ……」
それを最後に沈黙が落ちる。
ウロはじり、と足をにじらせた。
相手の位置は明らかに刀の有効範囲内にはない。
反対に相手の拳銃は問題なくこちらに届く。
だがフィスの残弾も二発。
確実に当てなければこちらに勝つことはできない。
だから、撃つとすれば刀がギリギリ届かず拳銃ならば必ず殺せる間合いで全弾を叩き込んでくるだろうことは想像に難くなかった。
ウロは慎重に距離を詰める。
ほんの紙一枚分の間合いが勝負を分けることは十分すぎるほど分かっている。
「なあ、フィス」
ゆっくりと詰まっていく距離の向こうに相棒を見つめ、ウロは囁いた。
「んだよ……」
「お前は、俺に訊いたな。楽しかったかと」
「だったっけ……?」
「今度は俺がお前に訊こう。お前は楽しかったか?」
フィスは一瞬迷ったようだった。
「馬鹿なことを訊くな。答えるまでもねえじゃねえか」
「楽しかったんだな?」
「ちげえ」
フィスは前傾姿勢を深くする。
「楽しかったわけねえだろ。ウザってえガキと馬鹿みたいな相棒と一緒で、楽しいわけがねえ」
なんたって、と彼はつぶやいた。
「俺は自由気ままが好きなんだ」
ウロの足が最後のラインを越えた。
すさまじい音が響いた。
ウロの踏み込みの音だ。
白刃が解放される。
目にもとまらぬ勢いで銀の輝きが敵へと殺到する!
「シッ――!」
フィスの左手の拳銃が弾け飛んだ。
あらぬ方向へと火を噴いて力を失う。
ウロは止まらず刀を斬り返した。
すでにフィスの右手がウロに照準を合わせていた。
今からそれそのものを止めようにも間に合わない。
だから、これが別れだ。
耳障りな金属音が大きく響いた。
……
「――……」
刀を振り下ろした格好のままウロはじっとしていた。
目の前にはフィスがいる。
フィスの半分が。
「チッ……」
床に転がるもう半分が弱く舌打ちした。
ウロは刀を納めるとフィスの上半身のわきに膝をついた。
「気分はどうだ?」
「いいわけ、あるか……」
苦々しそうに言う。
「おい……なんで俺は負けてんだ? 勝ってただろうが普通によ……」
「そうだな」
「なら、なんで……」
「嘘をついたからだろう」
ウロは優しく指摘してやった。
「嘘つきは大嫌いなんだろう?」
「……嘘じゃねえよ」
舌打ち。
「俺は本当に自由が好きなんだ。ウザいガキも馬鹿な足手まといもいらねえんだ……」
「そうか」
「そうだ……俺は自由だ。誰を撃とうが何を壊そうがガンマンを罰せられる奴ぁいねえ……」
そして右手に持った拳銃を自らの頭に向ける。
銃声がして、フィスは力を失った。
「これで……自由だ……」
その言葉を最後に完全に沈黙した。
ウロは静かに立ち上がって隊長室の方を向いた。
……
「起きろ」
リリは隊長室の隅で丸まっていた。
腕に猫のカゴを抱いて。
「ううん……」
名残惜しそうな声を上げて少女が目を開く。
「……。ウロ。何か悲しいことがあったの?」
「ああ」
唐突な言葉だったが、ウロは素直に答えた。
「だがなぜだろうな。心は晴れやかだ」
「泣いてもいいよ?」
「もう泣いた」
そして言う。
「行こう。ミレの母がミレを待っている」
廃工場に猫を埋葬した後、リリはやはり長い黙祷をした。
「これからどうするの?」
顔を上げたリリが訊ねる。
「どう、とは?」
「なんか大変なことがあったんでしょ。馬鹿にしないで、それくらいは分かる」
「ふむ……」
治安隊本部の事件は、これからこの半地下世界を驚かせ大きな変化をもたらすだろう。
だがどんな変化が起こるにしろ、そこにウロたちの居場所がないのは間違いなかった。
「外」
「え?」
リリが怪訝な顔をする。
ウロは気にせず繰り返した。
「外にでも行くか」
「外……って?」
「外は外だ。この半地下世界の外のことだ」
遠い昔、人類は汚染された地上を逃れて地下世界へと潜った。
長い月日が経った今でも人体に有害な物質や放射線はあふれかえっていると信じられている。
「それでもよければ一緒にどうだ?」
「行く!」
リリは迷わなかった。
「そこって広くて大きいんだよね! すごいんだよね!」
顔を輝かせる彼女にウロは小さくうなずいてやった。
「だったら行くよ。大きくて広いところはいいところだもん!」
ぱたたと近寄ってきて腕を広げた。
「……なんだ?」
「抱っこ。いいでしょ?」
「いいわけあるか。自分で歩け」
えー、と嬉しそうにいう小さな少女と共に、半端機械は足を踏み出した。
おわりサンクス
乙
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1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:08:27.10 ID:AWTCGBvho
白い部屋だった。
純白とはまるで遠い埃っぽい白。
簡易ベッドをなんとか押し込めたような一室。
その狭い部屋で、少女が一人膝を抱えていた。
やせぎすで短い髪はぼさぼさだ。
とても健康とは言いがたく顔色も悪い
とはいえ表情までが暗いかというとそうでもない。
「……」
ただ、虚空を見上げ、何かを考えているようだった。
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2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:09:40.99 ID:AWTCGBvho
少女がため息をつく。
「退屈……」
その手はシーツのシワを手持ち無沙汰に弄りまわしている。
「次のお外って、いつだっけ」
物欲しそうな視線が部屋のドアに触れた。
彼女は待っているのだった。
大人の人が来て広い外界に出られるその時を。
たとえそれが検査のための無味乾燥な外出で、しかもわずかな時間であってもだ。
「まだかなあ……」
3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:10:07.53 ID:AWTCGBvho
彼女はまた虚空を見上げて考え始めた。
おそらくは退屈を紛らわす楽しい空想だろう。
そのぼうっとした目に映るのは想像上の綺麗な空か、それとも優雅に飛ぶ鳥か。
何にしろ実際に映っているのは汚れの浮いた天井だが。
「……?」
ふと何かに気づいたかのように少女が顔を上げた。
耳に手を当てる。
何かが聞こえた気がしたのだ。
4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:10:37.04 ID:AWTCGBvho
遠くから大きな音。
それからかすかな揺れ。
少女は慌ててドアに駆け寄った。
そこに窓はないものの、耳をつけて音を聞く。
その目は期待に輝き、これから起こる何事かに興奮しているようだった。
直後、さらに大きな音が外で炸裂し、少女――実験体『六番目』――はひっくり返ることになるのだが。
5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:11:38.55 ID:AWTCGBvho
…………
抜刀し、斬りつけ、最終的に納刀する。
任務の難度に違いはあれど、やることはこれだけだ。考えることなど何もない。
剣の極意などというものがあるのなら、きっとこういった単純を言うのだろう。
その原則通りに斬り捨てた敵には目もくれずに、ウロは通信機を起動した。
「こちらは制圧した。そちらはどうだ」
返事はすぐに返ってくる。
「勘違いすんな、終わったのは俺が先だぜ」
抗議するように相手は言って、それから「すぐ行く」と通信を切った。
6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:12:07.62 ID:AWTCGBvho
通信機を下ろして、ウロは部屋を見回した。
広い倉庫には鉄くずが一面に散らばっている。
ウロが斬り捨てた敵のなれの果てだ。
身体を機械化した『半機械』の警備兵たち。
両断され機能停止に追い込まれ、もう二度と目覚めることもない。
それを確認して、ウロは先へと続く扉へと足を向けた。
「……?」
近づいて分かったが、扉は表面を加工されて鏡のようになっていた。
7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:13:01.35 ID:AWTCGBvho
研究施設ゆえ設けられたものなのか違うのか。
とにかくそこにはウロの姿が映っていた。
赤く輝く目の大柄な人影。
手には大振りの刀。
ごつごつした輪郭なのは体が機械だからで赤い目はカメラアイだ。
半機械の兵士。それがウロだった。
構造上もうため息をつくことすらできないこの体。
その事実を胸中でかみしめながら、彼は扉を押し開けた。
8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:13:37.11 ID:AWTCGBvho
通路のつきあたりに扉と相棒の姿があった。
「おせーよ馬鹿。俺のが先に着いたじゃねえか」
背の低い、ずんぐり気味のシルエット。
名はフィス。ウロと同じく半機械。腰には大口径の拳銃を二挺提げている。
頭に必要もないはずの帽子と、首にはスカーフを巻いていた。
相棒曰く、俺はガンマンだからよ、ふさわしいカッコってのがあるんだな、とのことだが。
まあ本人が満足しているらしいので口出しはしていない。
9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:14:03.48 ID:AWTCGBvho
扉を示しながら聞く。
「中は?」
「んなこた知らねえよ。まだ見てねえし。知りたきゃ自分で見な」
「そうか」
重いそれに手をかけるが、すぐには開けずに気配をたぐる。
「……ここが最後だな?」
「ああそうだ」
「そして他には見当たらないと」
「だな」
相手の返事を吟味した後、ウロはうなずいた。
「ならばここだな」
「そりゃ、ま、ここになきゃ他のどこにあるんだっつーのよ」
10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:14:29.99 ID:AWTCGBvho
肩をすくめる相棒を背後に、ウロは扉を引き開け――いや。
「……!」
即座に手を刀の柄に伸ばして抜刀した。
撫で斬りにした扉を蹴り飛ばす。
直後にすぐそばを弾丸の嵐が駆け抜けた。
11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:15:02.33 ID:AWTCGBvho
扉の向こうは白い広間になっていた。
純白というほどでもない、くすんだ白。
そこに鎮座している大きな影があった。
重量感のあるボディを多脚で支える機械体。
自動警備ロボットだろう。
装備した機銃をこちらに向けていた。
先端からは硝煙が立ち上っている。
先ほどこちらに発砲したものだ。
急に吹き飛んできた扉の残骸に狙いを外し、見当はずれの弾丸をまき散らしたが、そうでなければこちらは蜂の巣だっただろう。
12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:15:38.62 ID:AWTCGBvho
「こいつか……?」
刀を手につぶやく。
確かに今まで見たことのない型のようではある。
こいつが例のモノならば確保するように上から厳命されていた。
が、本当にそれなのか確証もない。
「わかんねえって時はぁよーっ!」
相手の様子をうかがうウロの脇を、一陣の突風が駆け抜けた。
「試して見りゃはえーだろ!」
13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:16:29.46 ID:AWTCGBvho
室内に駆け込んだフィスは、横転ざまに発砲した。
二挺の拳銃をフルに使って何発も連続で狙い撃つ。
弾丸はロボットに命中し、その表面に引っかき傷を刻んだ。
幾筋も幾筋も。ロボットがひるんだように後ずさる。
だがそれだけだ。
敵が応射を始めた。
転がり跳び回るフィスを追って跳弾が波立つ。
ボディに弾をかすらせて、彼は舌打ちらしき音を漏らした。
このままでは遠からず撃ち抜かれて終わりだろう。
それを悟ってか、フィスがこちらに視線を飛ばした。
「後任せた!」
「承知」
その時にはウロはもう敵の死角にいた。
音もなく気配もない。
静かに、ただ存在全てを刃のように鋭くする。
14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:17:16.99 ID:AWTCGBvho
確かな手応えと共に、敵の脚の一本が吹き飛んで転がった。
それで倒れるほど脆くはないようだがロボットはわずかにぐらついた。
こちらを振り向き機銃を向けてくる間に返す刀でさらに一本。
加えてフィスの正確な射撃が、敵の"目"を吹き飛ばす。
視界と足場をを失って、敵は今度こそ膝をついた。
すぐ脇をけたたましい音が駆け抜ける。
最後のあがき、でたらめな掃射だ。
床の破片が体の表面にぶつかり、チリチリと音を立てた。
15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/10(日) 14:17:44.15 ID:AWTCGBvho
刀を上段に構える。
動揺はない。ただ単純を心がける。剣の極意。
「……」
わずかな溜めの後――踏み込んだ。
刀身が滑るように機械体に侵入する。
積層の装甲を切り分け内部構造を二分し鞘へと帰る。
大きくも鈍い爆発音が遅れて轟いた。
18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/11(月) 08:39:35.48 ID:8WO5iwQco
…………
「ここのボス豚は始末したぜ」
通信機からは相棒の気落ちした声が聞こえていた。
つまりは思ったよりも楽しめなかったというがっかり声が。
沈黙した警備ロボットの脇に立ち、ウロはそれを聞いていた。
「そっからずっと進んだ先のチンケな部屋にふんぞり返ってやがったよ」
「何か言っていたか?」
「いんや何にも。命乞いくらいはしたっけね。すぐ撃ち殺したから分かんねえや」
「すぐ撃ち殺した?」
ウロは呆れて訊き返した。
「お前は何を考えている。我々の任務はこの組織の殲滅だけではないんだぞ」
19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/11(月) 08:40:08.13 ID:8WO5iwQco
「わーってるっての。こいつらが開発した新兵器をパクっちまおうって腹だったんだろ」
フィスの声は心底面倒臭そうだ。
「いちいちうるせえんだよ石頭」
「分かっているならなぜ尋問もせずに殺した」
「ねえからだよ」
「なに?」
「この豚の顔見りゃすぐわかる。そんな大層なものを作れるタマじゃねえよこいつは」
撃ち殺した組織の頭のことを言っているらしい。
ありもしない頭痛を覚えながらウロは心で歯噛みした。
こいつは本気で馬鹿なのか。
20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/11(月) 08:40:35.67 ID:8WO5iwQco
「……上にはどう報告するつもりだ」
「さあ? けどなかったもんはなかったっつえばそれ以上追及しようもねえだろうが」
「……」
「不満か?」
ぬけぬけと言ってくれる。
諦めてかぶりを振った。
「いいや。異論はない」
「だろ?」
へっ、と笑いを残し通信が途切れた。
21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/11(月) 08:41:18.39 ID:8WO5iwQco
やはりこの警備ロボットが件の新兵器だったのではないか。
そんな懸念と共に広間を見回していると、ふとある一点に目が留まった。
「……?」
ぱっと見には分からない。だがそこには扉がある。
小さな扉だ。ウロなら身を屈めるようにしなければ入れないほどの。
後ろを見るが相棒はまだ戻ってきていない。
少し迷った後、ウロは扉を切り裂いた。
22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/11(月) 08:42:27.22 ID:8WO5iwQco
狭い通路。幸いにしてあまり長くはない。
つきあたりにもう一つ扉があった。
見たところ外側からでも開くようだ。
何の気なしに開閉装置を起動する。
扉がわずかにこすれる音を立てて、ゆっくり開いていく。
隙間から見える部屋の中はやけに狭い。
そして埃っぽい白。
小さな少女。
(……少女?)
23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/11(月) 08:42:54.57 ID:8WO5iwQco
「わあ……!」
少女は扉の隙間から身を乗り出すようにしてこちらを見上げてきていた。
大柄なウロを前に怯える様子もない。
顔を輝かせながらさらに前に出る。
「いつもより大きいね? 新しい人?」
「?」
何のことだか分からない。
「外、出ていい?」
「外?」
「うん、外」
彼女が指さすのはウロの脚の間を抜けた向こうだ。
24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/11(月) 08:43:26.10 ID:8WO5iwQco
「外というのは、この部屋の外のことか?」
問いかけると、彼女は首を傾げた。
「外は外だよ?」
妙な感じがあった。
「お前は何者だ?」
「わたしの名前は『六番目』だよ。知ってるくせに。ねえ、外出ていい?」
少女は焦れたように言うと、ウロの返事を待たずにウロの股下をくぐって駆けて行った。
25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/11(月) 08:43:56.64 ID:8WO5iwQco
やはり訳は分からなかったが、放っておくわけにもいかずに来た道を窮屈に引き返した。
そろそろ相棒が戻ってくる頃かもしれない。
そうなると最悪そのまま撃ち殺されかねない。
その時はその程度のことしか考えていなかった。
29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:12:04.79 ID:Qj9kSG8Ao
…………
「では、捜索対象は見つからなかったんだな?」
治安隊の長はそう念押しした。
怒りの気配はない。が、だからといってこちらを疑ってないわけでもない、そんな口調だ。
「し――っつけえなあ」
フィスが不機嫌を隠しもせずに言う。
「俺たちは命令通りにやったぜ? 危ねえ目に遭いながら百人を斬り二百人を撃ち抜いてやったぜ?
オマケでボス豚までぶっ殺してやったさ。だのにこれ以上ガンマンに何を望むってんだ」
「お前はガンマンではない」
隊長は即座に否定した。
「お前はこの隊の一兵士だ。命令は違えることなく従ってもらう」
30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:12:38.43 ID:Qj9kSG8Ao
「……。つぅってもなあ」
白けたようにフィスは肩をすくめる。
「あの豚はそれっぽいことは何も吐かなかったんだ。何か隠してるって感じもなかったよ」
「それは確かか?」
「間違いねえ」
よく言う。
横に立つウロは胸中でため息をついた。
確かに嘘ではないだろうが、問答無用で撃ち殺したことを伏せているのでは嘘と変わらない。
まあそれを目の前の上司に教えてやる義理もないが。
隊長は考える間を置いてから、下がっていいと手で示した。
「また何かあったら呼ぶ」
「うぃっす」
31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:13:20.14 ID:Qj9kSG8Ao
退室してしばらく。
数歩を進んだところでフィスが忍び笑いを漏らした。
「見たかあの野郎、やっぱ全く知らねえでやんの」
それにどう答えたらいいものか、ウロは無言で足を進めた。
32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:13:47.40 ID:Qj9kSG8Ao
時は数時間前にさかのぼる。
「……なんだコイツ?」
狭い通路を引き返しようやく追いつくと、相棒が少女に銃を向けていた。
「なんでこんなところに"生身"がいやがる?」
半機械に対して、体を全く機械化させていない者を指して言う呼び名だ。
最近ではほとんど見なくなった。
「この奥にいた」
背後を示しながら二人のところへ近づいていく。
「何者かは分からない。だが危険はなさそうだ」
33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:14:19.88 ID:Qj9kSG8Ao
少女の隣に立つと彼女はウロを見上げた。
拳銃を突き付けられているにもかかわらず全く恐怖を感じていないようだ。
というより拳銃の機能を知らないのかもしれない。
「今日は検査じゃないの?」
きょろきょろと見回して不思議そうに言う。
「あの子死んでるの?」
指さしているのはロボットだ。
「ああ。俺たちがぶっ壊してやったのさ」
驚いてフィスを見上げる少女の目に、みるみるうちに涙がたまった。
「ひどい……」
「あ?」
少女はロボットに駆け寄ると、そこに膝をついた。
34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:15:43.02 ID:Qj9kSG8Ao
「……なんなんだ?」
「さて」
涙を流しながら残骸にすがる少女を横目に、ウロは言葉を続けた。
「名は六番目とか言っていた。どういう意味かは分からん」
「六番目、ねえ。へえ」
胡散臭そうに言う。
拳銃をもてあそびながら天井を見上げ、何か考えているようだ。
「六番目、六番目……」
何度か繰り返した後に手が止まる。
「よくわかんねえが、ま、構やしねえだろ」
そして引き金を引いた。
銃声が響いた。
35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:16:33.27 ID:Qj9kSG8Ao
「……なんのつもりだ?」
ウロはフィスの腕に触れたまま囁いた。
彼が銃口を逸らしていなければ、弾丸は少女の頭を吹き飛ばしていたはずだった。
「そりゃこっちの台詞だぜ」
フィスの声は今までが嘘のように淡々としていた。
「なんだかよくわかんねえって時は始末しちまえば早いんだよ。怪しいモンは特にな」
「だが命令ではそういったものも回収しろと」
「そんなんはくそくらえだ。バレなきゃいいんだよバレなきゃ。テメエだってあのゴミ共に媚びてえわけじゃねえだろが」
「それは……」
返す言葉もない。
36: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:16:59.78 ID:Qj9kSG8Ao
「それともあれか? あのメスガキを気に入っちまったってやつか? お前ロリコン野郎なのか? アアン?」
「いや」
「だったら邪魔すんなクソが」
言って手を振り払おうとしてくる。
しかし押してくる力に、ウロは力で返した。
「しかしだからといって無駄な殺生を見過ごせるものでもない」
「へっ、テメエ正気か?」
「お前こそ自分が狂ってないと言い切れるのか?」
「んなわけねえだろバァカ」
にやつくその声が最後だった。
37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:17:26.59 ID:Qj9kSG8Ao
押し合いを嫌ったフィスが跳び退り様に引き金を絞る。
だが、弾丸は見当違いの方向へ飛んでいった。
遅れずついていったウロが再びその銃口を逸らしたからだ。
ぴたりと張り付いた相手の懐で、ウロは気を尖らせた。
まだフィスはもう一方の拳銃を抜いてはいない。
ほんのコンマ数秒の見切り。
ウロは抜刀する。
相手には武器を構えるタイミングすらつかませない。
意識の隙間を突く。
38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:17:59.55 ID:Qj9kSG8Ao
破壊の気配が鋭さをもって相手の芯へと迫っていく。
その寒気の中にあって――
「へっ」
フィスはなおも嗤っていた。
その瞬間、ウロは敗北を悟った。
39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:18:47.29 ID:Qj9kSG8Ao
刃がフィスの肩口をえぐる。
だが浅い。少しかすった程度に過ぎない。
フィスの蹴りがこちらの踏み込み足を抑えたせいだ。
背は低いながらこの相棒の機械体、なかなかの重量がある。
暗い銃口がこちらに向いた。
刀で払いのける。
が、二挺の拳銃を同時にいなせるわけもない。
負けだ。
相棒は見せつけるようにもう一方の銃を抜き、銃口を少女に向けた。
40: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:19:16.67 ID:Qj9kSG8Ao
永遠にも思えるほどに瞬間がひりつく。
しかし銃声はいつまでたっても鳴らなかった。
「……?」
訝しく思って相棒を見ると、なにやらぽかんとした表情を浮かべていた。
いや、表情が出るような造りの頭部ではないので、そんな空気が漂っていたように見えただけだが。
振り向く。
少女がロボットの残骸に突っ伏している。
眠っているようだ。
泣き疲れたのだろうか。
41: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:20:23.98 ID:Qj9kSG8Ao
「……なんなんだ?」
相棒がつぶやく。
ウロも同感だった。
こんな殺気漂う場所で眠れるなど、一体どういう神経をしているのだろうか。
妙な子供だ。
相棒と顔を見合わせた。
42: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:20:57.65 ID:Qj9kSG8Ao
…………
その後相棒の手回しにより報告書への"工夫"、同僚への"説明"、その他諸々によって根回しは完了した。
この相棒はなぜかそういった作業が得意中の得意だ。
「まあちょろまかし成功ってことで」
今、少女はウロの住処にいる。
隊長は、先ほどのようにそもそも彼女の存在からして知らない。
情報が上がっていっていないのだ。
「後はバレないように頼むぜ相棒」
「そうは言うが……」
うめくもののフィスは容赦ない。
「そうは言うが、じゃねえよアホ。あのガキをほっとけねえっつったのはテメエじゃねえか」
43: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:21:42.75 ID:Qj9kSG8Ao
「無駄な殺生は見過ごせないとは言った。しかし面倒を見るとは一言も言ってはいない」
「言ったのと変わらねえんだから言ったのと同じなんだよ。それとも上に差し出して玩具にされるのは見過ごせるってのか」
「それは……」
言い返せず口をつぐむ。
自分たちが所属している集団の実態がどんなものかは知っている。
この街を公正に維持管理していると謳いながらやっていることは不公正、横暴の極みだ。
あの少女のことを報告したところで丁重な扱いなど望むべくもないだろう。
44: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/19(火) 20:22:09.90 ID:Qj9kSG8Ao
「だったら俺たちで預かる。それでいいだろ?」
よくはない。
よくはないのだが……
「お前はなぜわざわざこんな骨折りを。お前こそあの娘を気に入りでもしたのか?」
「ああ」
相棒はあっけらかんと言ってのけた。
「俺の拳銃の先で怖がらねえどころか眠っちまう奴なんて初めてだったしな」
48: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/27(水) 18:16:36.65 ID:puwY+e9eo
…………
建物を出て宿舎へと向かう道すがら、ウロは天を振り仰いだ。
街灯の明かりの向こうには暗い空間が広がっている。
夜空のようにも見えるが星はない。
曇っているから、というわけではなく、そこにそもそも空がないからだ。
人類がこの半地下世界に住むようになって短くはない時間が過ぎた。
ドーム天井に空を遮られ、地上に帰れないことを理解し受け入れるには十分な時間だ。
それは半地下世界での暮らしを成り立たせるため四苦八苦してきた歴史でもある。
コロニーごとにその様相は異なるが、ウロたちのいるこの街では『維持管理機構』がその名の通り市民の生活を維持管理してきた。
エネルギーや水、食物の確保供給。
都市全体の統制からネジ一本に至る生産調整まで全てだ。
49: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/27(水) 18:18:01.51 ID:puwY+e9eo
「とはいえこのありさまなわけだ」
下っていく坂道の先を示しながらフィスは言う。
「クソみてえな世界じゃねえか、ええ?」
廃墟のような街並みだった。
朽ちたビル群に瓦礫や鉄くずの山。
その間を行き交う人々。光のない目。
データとして残っているかつての暮らしと比べると、そのレベルの差は愕然とするほどだ。
「それでもここはまだ良い方だろう。こんな生活でも続けていくことはできる」
それができずに潰れていったコロニーも多いと聞く。
50: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/27(水) 18:18:56.62 ID:puwY+e9eo
「続けてけることがそんなに良いもんかねえ」
ケッ、とフィスが毒づいた。
「ウザってえ毎日を延々繰り返すことがそんなに幸せか? マゾかよテメー」
「……」
ウロは答えなかった。
自分に答えられないことは分かっていた。
そもそもこんな話、今更するほどのことでもないのだ、と胸中につぶやく。
きっと相棒もそれは分かっている。
それでもこんな話題になったのは、恐らくあの少女のせいだろう。
フィスもそれを意識したようだった。
「まああのガキは違うみてえだけどよ」
それだけを呟いた。
51: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/27(水) 18:19:33.63 ID:puwY+e9eo
「すごい! すごいよ! こんなにすごい!」
街の片隅にある宿舎の部屋に入ると、少女が駆け寄ってきて何事かアピールを始めた。
「広い、大きい。それからすっごい!」
「まあどけや」
そのまま拳銃の先で頭を小突かれ後ろに転がる。
それでもうきゃきゃとはしゃぎ続けている。
「すごーい!」
拳銃が暴発でも起こしていれば容易く死んでいたろうに、無邪気なことだとウロは思う。
52: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/27(水) 18:20:24.23 ID:puwY+e9eo
何もないが広さだけはある部屋。ウロの割り当てだが。
その真ん中に腰を下ろし、フィスはなおも上機嫌な少女の方をにらんだ。
「無駄に広いのはそうだな。あとまあ大きいかもしんねえ。だがすごいって何だ。適当かテメエ」
「すごいものはすごいもん」
むっとした風に少女が体を起こす。
「一番ぴったり言葉だもん」
「バカは思い込みだけは強えから救えねえな。一度死んどけや」
「すごいひどい!」
53: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/27(水) 18:21:09.41 ID:puwY+e9eo
完全に立ち上がった少女がフィスに跳びかかろうとする。
それを押しとどめてウロはうめいた。
「遊ぶな」
「遊んでねえよ。なんで遊んでるように見えんだよ」
「どちらでも構わないが早く本題に移れ」
「あーはいはい」
面倒そうに手をひらひらさせた後、彼は人差し指を立てた。
「いいかガキ、ありがたーい言葉だ、よく聞け」
つーんとそっぽを向いて少女が耳をふさぐ。
「お前は今日から俺たちの所有物だ」
54: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/27(水) 18:21:59.37 ID:puwY+e9eo
「所有物というと違う気がするが……」
「お前は俺たちに逆らわないなら自由にしてていい」
ウロを無視してフィスは続ける。
「逃げるのは駄目だ。不平も却下。っつーかムカつくことは全部禁止だ」
「なんで?」
耳をふさいだまま少女がフィスを睨む。
フィスは肩をすくめて答えた。
「なんでってそりゃムカつくから。ムカつくと撃ち抜きたくなるだろ?」
「バカじゃないの?」
「かもな。せっかくひっ連れてきたのに意味がなくなっちまわーね」
55: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/27(水) 18:22:34.82 ID:puwY+e9eo
笑った、とウロは思った。
相棒が笑った。
珍しいことだ。
「まあそうでなくとも意味がねえんだ。外に逃げても死ぬだけ、不平を言っても改善はあり得ない。覚えとくといいさ」
「……」
「さてじゃあ次のルールだ。お前の面倒はそこの図体だけは立派なバカが担当する」
「待て、それはどういうことだ」
いきなりの指名にウロは声を上げた。
56: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/27(水) 18:23:14.65 ID:puwY+e9eo
相棒は「あ?」と首をかしげる。
「まさかお前は自分が馬鹿じゃないとかほざくのか?」
「違う。この娘の世話のについてだ」
「だからお前がこいつの世話をするんだよ」
「聞いてない」
「言わなくても分かれアホ」
無茶苦茶だ。が、まあ確かに言われなくともわかることではあった。
目の前のこの男に誰かの世話をできるとは思わない。
「そういうことだ」
言って、抜く手も見せずに拳銃を撃ち放った。
いつの間にかウロの死角から飛び出そうとしていた少女を弾丸がかすめた。
入り口の鉄扉が、着弾の衝撃に吹き飛んだ。
57: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/27(水) 18:23:54.37 ID:puwY+e9eo
「……やぁっぱ悪くねえな」
衝撃で床に這いつくばった少女を見下ろして、フィスがまたも笑う。
「お前やっぱいいよ。おもしれえ」
怯えるどころかむくれる少女のわきを通り抜け、相棒はウロの肩を叩いた。
「ま、じゃあ頼むな」
風の通り道となった部屋の入り口をくぐり、フィスは出ていった。
58: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/27(水) 18:24:46.41 ID:puwY+e9eo
(……まったく)
つけない分のため息を胸の内に沈殿させながらウロは少女の方を見やった。
少女もこちらを見つめ返してくる。
「お前には気の毒だがあの男の気まぐれは今に始まったことではない。諦めろ」
「……」
「必要なら謝る。頭も下げよう。それでも足りなければ運命を恨め。だが安心しろ、最低限の生活は保障する」
言葉が終わらないうちに手が差し出された。
少女の不機嫌な顔。
「なんだ?」
59: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/27(水) 18:25:13.20 ID:puwY+e9eo
困惑するウロに少女はさらにぐぐっと手を伸ばしてきた。
「起こして」
「なぜ」
「いいから」
「……腰でも抜かしたか?」
「当たり前のことを聞く人は嫌い」
フィスが思うほど豪胆というわけでもないのかもしれない。
ウロの手にすがって立ち上がった少女は、そこで思い出したように口を開いた。
「あなたの名前、何?」
60: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/27(水) 18:25:45.37 ID:puwY+e9eo
そういえば教えてなかったなと思い出す。
「ウロだ」
「あのおバカは?」
「フィス」
「やっぱりおバカだと思う?」
「否定の余地がない」
少女が笑った。
親しげな笑みだった。
「じゃあ許す」
「ん?」
「一緒に暮らそ」
やはり肝は据わっているのかもしれない。
ウロはまた一つため息を胸中に積もらせた。
63: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/02(月) 18:22:17.21 ID:dFA+r06co
一緒の暮らしは問題のない滑り出しだった。
問題があったとすれば、その平穏が最初の三日間だけで終わったということだ。
64: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/02(月) 18:22:47.49 ID:dFA+r06co
「お外!」
「駄目だ」
このやり取りは、もう何度目になるだろうか。
ウロは入り口に立ちふさがったまま憂鬱に考えた。
今日だけで既に十度は繰り返している気がする。
「じゃあこの部屋広げてよ! 狭い!」
じりじりとウロの死角を探りながら少女がわめく。
いつかは来ると思っていた日だが、それが訪れるのは思ったよりもずっと早かった。
少女が部屋の狭さに気づいた。
65: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/02(月) 18:23:32.27 ID:dFA+r06co
「無茶を言うな。そんな余裕があるはずないだろう」
「余裕ができたらしてくれるの?」
「いや、そういえばそれもない」
「ケチ!」
彼女が元いた場所よりは何倍も広い部屋なのだが、所詮部屋は部屋だ。
連れ出すときに無限の広さを持つ『外』というものを目の当たりにしてしまった少女は、もうそれを忘れられないのだろう。
彼女は広さというものに対して憧れに似た感情を持っているようだった。
66: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/02(月) 18:24:09.63 ID:dFA+r06co
厄介な奴だ。
思いながらウロは右手に提げた袋を持ち上げて見せた。
「話は変わるが」
「なに!?」
「食事はいるか?」
「いる!」
差し出したそれを猛然とひったくって、少女はテーブルに駆けて行った。
缶詰を取り出して開けようと頑張る彼女にウロは声をかける。
「それを食べるなら外は諦めてほしいんだが」
少女がぶんぶんと首を振る。
まあ当たり前か。元より期待していたわけではない。
気にせず隅に置いてある黒いケースの前に膝をついた。
67: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/02(月) 18:24:37.48 ID:dFA+r06co
一抱えほどのその箱を開けると注射器に似た薬剤容器が入っている。
ウロはそれを一つ取り、首の後ろにあてがった。
「何してるの?」
少女の声がした。
「……お前こそ何をしている」
いつの間にか扉に取りついていた少女にウロは問い返した。
68: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/02(月) 18:25:04.05 ID:dFA+r06co
「ねえウロ、これ開かない」
「当たり前だ。ロックされているからな」
「なんで?」
「俺以外の者が出たり入ったりしないようにだ」
ケチ! と再び大声で言ってから、少女はこちらへと近寄ってきた。
「それなに?」
「食事だ」
嘘をついた。
これはそんなものではない。
69: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/02(月) 18:26:17.87 ID:dFA+r06co
「ごはん?」
「ああ。俺たち半機械は名の通り身体を機械化させている。普通の方法では栄養が取れない」
だから、と注射器の先を首のソケット部に押し込む。
「このようにして補給する」
脳に流れ込んでくる冷たい流れを意識する。
唯一残った生の部分を浸し、痺れさせていくひんやりとした感触。
自分をぼんやりと永らえさせる静かな倦怠だ。
70: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/02(月) 18:26:49.12 ID:dFA+r06co
「おいしいの?」
彼女は真剣な顔で訊いてきた。
苦笑できるものならしたいところだ。
美味いか? 決してそんなことはない。
「酷い味だ」
途端、少女が泣きそうな顔になる。
「かわいそう……」
その顔を眺めながらしみじみとウロは思った。
(かわいそう、か……)
71: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/02(月) 18:27:16.03 ID:dFA+r06co
「食事程度で大袈裟だ。美味かろうが不味かろうが栄養の補給であることに変わりはない」
「でも……」
「『六番目』、お前は優しいのだな」
彼女の頭にそっと触れる。
優しいのならばなおさら本当のところを知るべきではない。
この薬剤が実際は何なのか、そしてそれによって成り立っているこの街のことも知らない方がいい。
「だが大丈夫だ。心配はいらん」
「……」
72: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/02(月) 18:27:43.21 ID:dFA+r06co
しばらくして。
「……やだな」
少女がぽつりとつぶやいた。
「何がだ?」
「わたし、名前がほしい」
「なに?」
ウロを見上げる少女の目。
「六番目って名前、変じゃない?」
「……まあ、名前としては適切ではないとは思うが」
「じゃあやっぱり、ウロやおバカみたいな普通の名前がほしいな」
73: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/02(月) 18:28:12.46 ID:dFA+r06co
名前か。
ふと虚空を見上げる。
名前……
名を与えてやる義理などないことは分かっていた。
下手に名をやって情が移っても笑えない。
それに頭をよぎったその名は、軽々しく他人に譲ることははばかられるものだった。
ならばこの娘の願いなど捨て置けばいい。
何も迷うことはなかった。
「リリ……というのはどうだ?」
74: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/02(月) 18:28:46.21 ID:dFA+r06co
「リリ?」
「そうだ」
確かに思うところはあったし抵抗感もあった。
それでも名を与える気になってしまった。
その理由に、思い当たるところはある。
(……なんだかんだ言っておきながら、俺もこの娘を気に入り始めているのだろうな)
「リリ。リリ。……うん! リリ!」
少女は何度もその名を繰り返してうなずいた。
75: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/02(月) 18:29:12.51 ID:dFA+r06co
「ありがとう、ウロ!」
リリとなった少女はこちらを見上げて笑った。
(…………)
その笑顔を見ながら、ウロは彼女と似ても似つかない別の少女のことを思い出していた。
78: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/09(月) 16:56:30.32 ID:wBOblwAso
……
母と妹の死の瞬間を目撃したわけではない。
にもかかわらず、なぜかそれは目に焼きついてしまっている。
二人の死に際の顔。血の色。泥にまみれた手。
苦悶の声も聞こえる。
見たはずも聞いたはずもないそれらは、ウロの心を締め上げる。
手足が自由に動かない。
粘る水の中であがいているかのごとく。
苦しい、そして、痛い。
悔恨の棘に包まれて、ウロは怒声とも悲鳴ともつかない声を上げた。
……
79: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/09(月) 16:56:57.74 ID:wBOblwAso
薄暗闇の冷え冷えとした床が見えた。
宿舎の部屋だ。
夢を見ていたらしい。
珍しいことだった。
最後に夢を見たのがいつだったか、どうしても思い出せないというのに。
ため息をつこうとして……つけない。
そのための構造はもうない。
ただうつむいて床の表面を見つめ続けた。
80: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/09(月) 16:57:32.73 ID:wBOblwAso
「……?」
ふと何かが聞こえた気がして脇に目をやった。
「ううん……」
リリがウロの膝を枕に眠っていた。
81: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/09(月) 16:58:01.07 ID:wBOblwAso
なぜそこにいたのかは謎だ。
彼女なりの理由はあったのかもしれない。
だがウロにはよくわからなかった。
頭の位置に柔らかい布を敷いて、彼女は寝息を立てている。
ウロはその気持ちよさそうな顔をじっと見下ろした。
それから、ずり落ちていた毛布を掛け直してやった。
82: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/09(月) 16:58:27.86 ID:wBOblwAso
……
「で? 共同生活はどんな感じなんだ?」
隊の本部を出たところでフィスが顔をこちらに向けた。
ウロは肩をすくめる。
にやつくその口ぶりからして、大体の予想はついているだろうに。
「毎日がとても愉快だ」
けたたましい笑い声が上がった。
「愉快かぁ! そりゃ何よりだーな!」
「最高の相棒のおかげでな」
「感謝はしとけるだけしとくがいいさ。かさばんねえし出し惜しみするようなもんでもねえよ」
83: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/09(月) 16:58:57.52 ID:wBOblwAso
感謝か。
苦笑の味を覚える。
あまり認めたくないことだが、感謝すべき点はないでもなかった。
とりあえず以前より独り言は減っていた。
騒々しい同居人の相手していると、その分に回す気力が残るべくもない。
そして、母と妹のことをよく思い出すようになった。
84: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/09(月) 16:59:36.70 ID:wBOblwAso
かつての家族は夢に出る。
絶命の瞬間を繰り返しウロの網膜に焼き付けて消えていく。
彼女らへの愛しさと懐かしさ。
それから身を切られるような自責の念。
相反する思いがウロの心を激しく揺さぶる――
85: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/09(月) 17:00:03.55 ID:wBOblwAso
「一応聞くが、上にはバレてねえだろうな」
フィスの言葉に我に返った。
うなずき返す。
「問題ないはずだ」
「本当かあ? うっかりとかねえのかよ」
「……うっかりということなら、バレるバレないを大声で口にしている奴に言われたくはないな」
「誰が聞くっつうんだよ気が小せえな」
まあ、フィスの言うことに耳を傾ける者など確かにいない。
「ならば小心者でないお前が気にする必要もないだろう」
「まあそうかもな」
相棒がうなずく。
86: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/09(月) 17:00:30.66 ID:wBOblwAso
が、彼はすぐに首を傾げた。
「んでも……最近なんかおかしいんだよな」
「おかしい?」
「上手くは言えねえんだが……妙な感じがするっつーか」
「どれほどの脅威だ?」
フィスがこのような物言いをするときは、何かしら危険を感じている時だ。
普段ろくにものを考えず言葉にもしない彼は、その代わりということなのか、直感が鋭い。
「いや、わっかんねえな」
しかし直感は直感でしかないので具体的な形になるケースは少ない。
87: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/09(月) 17:00:58.04 ID:wBOblwAso
「そうか」
せめて今回の件と関係があるかどうかは知りたかったが、分からないものは仕方なかった。
「まあ大丈夫だろ。あのガキは関係ねえさ」
「断言できるのか?」
「多分な」
フィスが手を持ち上げてゆく行く手を指さした。
「……?」
宿舎の前の広場。
そこにあるブロックを積み上げて遊ぶ少女がいた。
無論、リリだった。
91: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/11(水) 21:29:12.15 ID:V1CCMe2oo
つまみあげられ部屋まで運ばれる最中、リリは意外にもおとなしかった。
ただこちらを控えめに見上げる目だけが気まずそうに語っていた。
つまり、「怒った?」。
三人で部屋に入り、きっちりとロックをかけた後、ウロはリリを床に下ろした。
「わたし、撃ち殺される?」
目をそらして彼女は言う。
「それとも斬り殺されるの?」
そして、痛くない方がいいな、と付け加えた。
92: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/11(水) 21:29:47.64 ID:V1CCMe2oo
「俺は怒ってなどいない」
ウロは苦々しく言って刀を鳴らした。
「もちろん罰を受けたいのであればそうするが」
「嫌だよ。痛いのは嫌」
「俺なら痛がる暇なくあの世に送れるぜ? 確率七十パーぐらい」
「おバカは黙ってて」
横からしゃしゃり出てきた相棒を一言で切ってリリは立ち上がった。
「わたし、なんで外に出ちゃダメなの? 逃げないのに。危ない?」
「そうだ」
「あんなに広いのに、危ない?」
「……関連性が分からん」
93: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/11(水) 21:30:14.30 ID:V1CCMe2oo
だが彼女の中では筋が通っているらしい。
言いながら興奮してきたのかこちらにずんずんと詰め寄ってくる。
「あんなに広くて自由なのに危険なんておかしいよ、だって広くて大きいのに!」
「落ち着け」
ボディの表面を叩き始めた少女を引きはがして、ウロは言葉を探した。
「広くて大きくても危ないなどよくあることだ、そう怒るほどのことでもない」
「……そうなの?」
「そうだ。だから軽々しく外に出ると――」
と、そこで気づく。
「お前、どうやって外に出た?」
扉にはロックがかかっていたはずだった。
94: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/11(水) 21:31:32.48 ID:V1CCMe2oo
「言わなきゃダメ?」
「言いにくいならドタマにもう一つ口を作ってやってもいいぜ?」
喜々として拳銃を抜く相棒を手で制し、ウロは再び問いかけた。
「扉のロックをどうやって外した」
「……」
少しの沈黙があった。
白状すれば外に出るための手段を失ってしまうと思ったのだろう。
だがこっそり銃を構えているフィスに観念したのか口を割った。
「お願いしたんだよ」
「……?」
95: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/11(水) 21:31:58.96 ID:V1CCMe2oo
リリが言うにはこう言うことらしい。
「扉さんにね、一生懸命お願いするの。お願いです、ここを通してください、出してくださいって」
「……」
「扉さんが聞いてくれると通れるの」
フィスと顔を合わせること数秒。
「……からかっているのか?」
リリがむっと顔をしかめる。
「からかってなんかないよ! ホントだもん!」
確かに嘘を言っている気配はなかった。
とはいえ信じられるかというとそれもなかった。
96: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/11(水) 21:32:33.79 ID:V1CCMe2oo
「信じられねえってときは」
フィスの声に振り返る。
「試してみりゃあ早いよな」
その指につままれているものを見て、リリが小さく悲鳴を上げた。
「ミレちゃん!」
「……なんだその猫は」
とびかかってくるリリを器用に避けながらフィスは猫をさらに上に掲げた。
「ハッハーさっきの広場の箱の下! 隠して飼ってやがったか!? 俺が見逃すわけねえだろーっつの!」
「ミレちゃんを返してよ!」
「いいぜ。けど――」
猫の頭に銃口が触れる。
邪悪にぎらつくフィスの声。
「俺は今、すんげえ見たいものがある」
97: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/11(水) 21:33:12.26 ID:V1CCMe2oo
「ひどい!」
「別にいいだろうが減るもんでもなし!」
「大人げないぞ」
「減らねえからよし!」
リリとこちらにそれぞれ返してから、フィスはさらに猫に拳銃を押し付けた。
つまりかなりゴリゴリとえぐっているわけなのだが、猫は声を漏らす様子すらない。
「なあ頼むよ。俺、どうしても扉が開くとこ見てえんだよ。ちょっとだけでいいからよー」
その人差し指がゆっくりと引き金へと伸びていく。
「で、でも失敗することもあるし……」
「あーばよクソ毛玉ぁ!」
「分かった! やるってば!」
98: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/11(水) 21:33:38.22 ID:V1CCMe2oo
扉の前に立ったリリは自信なさげに見えた。
「最近うまくいかないんだけどな……」
ぼやきながら、猫を振り返っている。
ウロの方にも頼りなさげな視線をよこしてくるが、さすがに知ったことではない。
それよりも正直なところ興味の方が勝っていた。
(素手でロック解除が可能だと?)
しかもお願いなどというよくわからない方法でだ。
99: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/11(水) 21:34:08.76 ID:V1CCMe2oo
リリが扉に両手をついた。
緊張して肩に力が入っているのが見て取れる。
「……っ」
声にならない気合がその背中から立ち上り始めた。
その熱気は扉に染みこみ、奥の方へと進んでいく。
ウロにはその流れが見えるようだった。
そして、内部の構造に、見えない光がともった。
……と思った。
思ったまま数秒が流れた。
100: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/11(水) 21:34:52.40 ID:V1CCMe2oo
「……んで?」
あぐらをかいたフィスが声を上げる。
「そろそろぶちまけていいってとこか? 何をとは言わねえけど」
「ふぐっ……えぐっ……」
「泣けばいいってもんじゃねえぞー、努力は成果を結んでこそ努力として認められんだー。真実かは知らんが知っとくと得だぜ。多分な」
さてと、と腰を上げて、フィスはあらためて拳銃を抜いた。
「というわけで貫通式なわけだが」
「知るか」
こちらを振り返る彼にウロは肩をすくめた。
101: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/11(水) 21:35:21.69 ID:V1CCMe2oo
とはいえこれは止めないわけにはいかないだろう。
多分禍根が残る。
リリに八つ当たりされるのは御免だった。
ウロは刀を手に前に踏み出した。
「フィス、その辺で」
カチリ、と。
音がしたかは定かではない。
だが確かにウロには聞こえた。
フィスがぎょっとして前を向く。
リリが歓声を上げる。
三人の視線の先で、扉はゆっくりと開いていった。
105: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 21:31:50.78 ID:GWfxS8sRo
……
「飼いたい」
猫を胸に抱いて、リリが言った。
ウロはそれを何も言わずに見下ろした。
106: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 21:32:29.52 ID:GWfxS8sRo
先ほどの扉のロック解除を確認した後のことだ。
呆けたまま帰ったフィスから取り返した猫を抱え、リリはこちらを見上げていた。
「この子飼う。いいよね?」
「いいもなにも……」
ガリガリに痩せたそれをざっと観察してウロはうめく。
「それは長くはもたんぞ」
その猫は明らかに栄養が足りていない様子だった。
骨と皮ばかりの体。
そればかりか目やにや息のひっかかり具合からして、なんらかの病を患っているように見えた。
107: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 21:32:59.81 ID:GWfxS8sRo
「知ってるよ」
「ならばよしておけ。下手に情が移れば後がつらい」
ウロの言葉に彼女はうつむいた。
「そうかもしれないけどさ……」
ぐっと唇をかみしめてリリは猫を撫でる。
「ね、お願い。お世話してあげたいの」
「食べ物はどうする。余分はないぞ」
「わたしのと半分こする」
「だが」
「半分こする」
彼女の手に力がこもったのが見えた。
108: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 21:33:27.76 ID:GWfxS8sRo
この半地下世界、食料の確保は重要にして難しい課題だった。
維持管理機構が登録市民に支給している分にしたって最低限のものだ。
非登録市民のリリの分の食料を手に入れるのには当然さらに面倒な手順を踏むことになる。
余分はないというのは誇張や脅しではない。
猫に分け与える分だけでも命にかかわるのだ。
109: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 21:33:54.87 ID:GWfxS8sRo
「どうしてそこまでして飼いたがる」
「ウロたちだってわたしを飼ってる」
「それとこれとは話が別だ」
猫を撫でるリリの手が止まった。
じっと耳をすませるようにした後、彼女は顔を上げた。
「やだったって思ってほしくないからだよ」
「なに?」
「生まれてきたのはダメだった、やだったって思ってほしくないの。せめて一瞬でも生きていてよかったって思ってほしいの」
110: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 21:34:38.84 ID:GWfxS8sRo
ウロは言葉を失った。ひるんだ。
その目の光があまりに真剣だったからだ。
「この子を飼う。いいよね」
今度は何も言い返せなかった。
111: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 21:35:18.73 ID:GWfxS8sRo
……
夜、身体のあちこちからにじみ出るような苦痛の中、ウロは目を覚ました。
強化樹脂殻の中で脳がのたうつのが分かる。
苦悶の声が漏れた。
(ぐっ……)
発作だ。
油断していた。逃れられるものではないのに。
身体を引きずるようにして隅のケースの元に寄る。
取り出した注射器を首筋に打ち込んだ。
112: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 21:35:45.81 ID:GWfxS8sRo
じんわりと波が引くようにして痛みが治まっていく。
静けさを取り戻した闇を、ウロはぼうっと見つめた。
(逃れられはしない)
その気力もない。とうに尽きてしまっている。
そして自由になる資格も自分にはない。
そうだ、知っている。
「……ウロ?」
ふと聞こえた声に顔を向けると、リリが寝ぼけまなこでこちらを見上げていた。
113: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 21:36:18.41 ID:GWfxS8sRo
「どうしたの?」
「お前こそどうした」
答えをはぐらかして問い返す。
リリは目をこすりながらむにゃむにゃとつぶやいた。
「ミレちゃんがせきしてて……」
「薬はない」
「知ってるよ。いじわる」
「せめて温かくしてやるといい」
「うん」
114: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/13(月) 21:36:45.22 ID:GWfxS8sRo
答えてリリは再び横になった。
その背中を眺めていると、しばらくして声がした。
「ウロも苦しいの?」
「いや」
「そう」
それだけだった。
そして、ウロはその後一睡もしなかった。
117: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/19(日) 22:27:10.68 ID:dkxobPvJo
……
珍しくフィスが静かだった。
人気のない路地を並んで歩いていると、その沈黙がさらに強調されるかのようだ。
貴重なその時間は、彼がうめき声を漏らすまで続いた。
「やぁっぱ納得いかねえよなぁ……」
腕組みをしてこちらを向く。
「思わね?」
「さて」
「なんなんだアイツ。超能力者か? 手品師か?」
「魔法使いだろう」
「バカ言え本気か」
腰の銃に手をかけてフィスは首を振った。
「俺は信じねえからな。毛玉も結局撃ちそこなっちまったし」
118: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/19(日) 22:27:37.10 ID:dkxobPvJo
不穏な言葉を聞き流してウロは虚空を見上げた。
「その毛玉は今、リリが世話をしているよ」
「リリ?」
「ああ、言ってなかったか。あの娘の名だ」
「へーっ、お前そんな趣味があったのかよ!」
「猫もリリによく懐いている。見ていてまあ悪い光景ではない」
「愛着がわいてるなら殺し時だな」
「無駄だ。そんなことをしなくてもじきに死ぬ」
ひらひらと手を振る。
「それにリリは何としてでも猫を守ろうとするだろう。どうしてもリリを先に撃ち抜くことになるぞ。泣く顔は見られないな」
「ケッ。その前にテメエが邪魔すんだろうが」
「さてな」
肩をすくめた。
119: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/19(日) 22:28:37.19 ID:dkxobPvJo
刀の柄に軽く手を置きながら横手の古いアパートをちらりと見上げる。
だいぶ傾き崩れてしまっていて、見たところ誰も住んではいないようだ。
頭の中でリリの声が響いた。
『生まれてきたのはダメだった、やだったって思ってほしくないの。せめて一瞬でも生きていてよかったって思ってほしいの』
(妹も……"リリ"も同じようなことを言っていたな)
運命を感じるわけではないが、それでも驚きはあった。
『生まれてきたことを後悔したくないの。兄さんにもしてほしくない。幸せになってほしいの』
芯の強い娘だった。
彼女が死んだのはその数日後のことだ。
120: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/19(日) 22:29:09.92 ID:dkxobPvJo
いや、死んだという表現では足りないかもしれない。
母と妹は殺されたのだ。
ウロに見捨てられて。
121: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/19(日) 22:30:11.63 ID:dkxobPvJo
治安隊の暴動鎮圧作戦は、主要な暴徒だけでなく周囲の住民にも大きな被害を与えた。
三十三人。作戦による死者の数だ。
その中にはウロの母と妹も含まれる。
当時半機械兵になりたてだったウロには何もできなかった。
作戦の中止を求めることも暴動を止めることも、隊を裏切って家族と逃げることもだ。
そして泣くこともできなかった。
そのための体は既に失われていたのだから。
一滴の涙もこぼれなかった。
122: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/19(日) 22:30:40.54 ID:dkxobPvJo
「……」
「おい、聞いてんのかよ」
フィスの声で我に返った。
眉間に突き付けられた銃口を見据えて首を振る。
「いや。聞く必要を感じなかったからな」
「お前な」
手で払ってやるとフィスは逆らわずに一歩引いた。
「どうせくっ――だんねえこと考えてたんだろ。あのメスガキにささやく愛の言葉だとかよ」
「俺はお前ではない」
「あ? ふざけてんのか?」
「いいや。繰り返すが俺はお前ではないのでな」
123: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/19(日) 22:31:24.08 ID:dkxobPvJo
「……」
険悪に殺気が膨らんだ。
だがしばらくの睨み合いの後、フィスは首を振って間合いを外した。
「これだからペド野郎は」
流れるような手つきで銃をホルスターに戻しながら吐き捨てる。
「いいか、次無視くれやがったらマジで撃ち抜くからな」
「心しておこう」
返事をしてウロは気を緩めた。
再び脇のアパートを見上げる。
「なあ」
フィスの声がした。
ウロは答えずに視線を尖らせた。
銃声が響いたのはそのすぐ後だ。
124: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/19(日) 22:31:50.86 ID:dkxobPvJo
わずかにずらした重心を戻して相棒の方を振り向く。
避けなければ銃弾は腹部を貫通していただろう。
フィスは得意げに帽子を銃先で持ち上げた。
「無視くれたら撃つっつったろ?」
言い終わるやいなやこちらに向かって突進してくる。
そして脇を通り過ぎてアパートの方に向かっていった。
「こんのゲロクズが! 俺が撃ったら問答無用でぶち撒けんだよオラァァァァ!」
125: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/19(日) 22:32:17.41 ID:dkxobPvJo
連射された弾丸がアパートの壁を破壊する。
そこに隠れていたらしい影が射撃を避けて逃げ出した。
フィスの射撃は、間にウロを挟んではいたが本来その影を狙ったものらしかった。
「チィィッ! ッソが!」
影は射撃の間をするりと抜けて建物の陰に消えた。
追おうとする相棒を引き留めて告げる。
「無駄だ。やめておけ」
126: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/19(日) 22:32:52.27 ID:dkxobPvJo
この先は放置された工場地帯だった。
追っても労力ばかりがかかる上、もし相手に害意があれば危険だった。
もっともフィスがおとなしく聞くわけもないが。
「無駄かどうかお前が決めるな俺は追う」
吐き捨てて去っていく。
ウロはかぶりを振って見送った。
「これだから馬鹿は……」
128: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/20(月) 20:31:36.85 ID:Rb1u+9E9o
……
宿舎の扉をくぐるとリリが首を傾げた。
「おバカは?」
「今日は来ない」
「そっか」
そのまま部屋の隅に戻っていった。
「よかったねミレちゃん、おバカ来ないって」
そこは彼女が『ミレちゃんのおうち』と呼ぶスペースだ。
あまり広くはないが寝床として使うカゴや毛布などがそろっている上、ブラシや玩具と思しきガラクタまで置いてある。
どこで集めてきたかは確認していない。
どうせまたこっそり外に出ているのだろう。
129: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/20(月) 20:32:10.10 ID:Rb1u+9E9o
ウロは部屋の隅に寄ってケースを開けた。
取り出した注射器を首筋に打ち込む。悪寒。
目を閉じてやり過ごしていると猫の鳴き声がした。
「ミレちゃん気持ちいーい?」
横目で見やるとリリが膝の猫にブラシをかけてやっている。
食べ物をもらって体力がついてきたのか、猫は最近よく鳴くようになった。
「ミレちゃんはいい子ですねえ」
リリの指にくすぐられて、猫はまた小さく鳴いた。
130: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/20(月) 20:32:37.26 ID:Rb1u+9E9o
昔、とウロは思い出す。
昔同じ光景を度々目にした。
まだウロが半機械ではなく母も妹も生きていたころのことだ。
非登録市民のウロたちの生活は苦しく、ギリギリのところで生命をつないでいた。
自分のことで精いっぱいだ。他人のことなど気にしている余裕はない。
少なくともウロはそうだった。
リリは違った。
「後悔はしてほしくないの」
131: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/20(月) 20:33:27.02 ID:Rb1u+9E9o
ウロたちが住んでいた区画だけでも同じように苦労している人々は大勢いた。
弱く小さい子供は真っ先に飢えて死んでいく。
空腹な子供はいくらでもいた。
妹はそんな子供を見つけると、自分の分の食べ物から半分分けてやった。
半分。必ず半分。今持っている分から半分。
母は心配したようだが、あまり強くは止めなかったらしい。
「泣かない泣かない」
衰弱して泣きわめくことすらできなくなった子供を、妹は時々抱えてあやしてやっていた。
子供の涙が静かに彼女の肩口を濡らしていた。
132: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/20(月) 20:34:24.14 ID:Rb1u+9E9o
暴動鎮圧後、耳にしたことがある。
子供たちをかばうようにして倒れている少女の死体があったらしい。
リリだったとウロは思っている。
133: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/20(月) 20:35:02.44 ID:Rb1u+9E9o
「……」
白く冷たい照明を見上げたままウロはしばらくぼうっとしていた。
何も考えたくない思い出したくない……
「ねえ、ウロ」
視線を下ろすとリリがこちらを見上げていた。
「……なんだ」
どうにも重く感じる頭を起こしてウロは訊ねた。
リリはこちらの様子を変に思ったのか少し躊躇ったようで、わずかに間合いを開けた。
「あのね。お外出たい」
134: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/20(月) 20:35:33.34 ID:Rb1u+9E9o
「どうしてだ」
「……聞いてくれるの?」
「……」
即座に却下しなかったことに大きな理由はない。
しいて言えば彼女の方も何か様子が違うように思えたからだった。
「訳があるのならば聞く。ないのなら諦めろ」
先ほどとは質の違う沈黙があった。
リリはもじもじとした後、「ミレちゃんがね」と言った。
「ミレちゃんが、行きたいところがあるって言うの。どうしても行きたいって。大事なところなんだって」
135: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/20(月) 20:35:59.83 ID:Rb1u+9E9o
「それを俺が信じると思うか?」
ウロは微動だにせずに聞いた。
「外に出るために猫を使うのか?」
「違うよ」
リリは意外にも怒らなかった。
「わたしはミレちゃんを利用なんかしない。それにわたしはウロがわたしの話を信じてくれるって信じてる」
「根拠は?」
「ウロはわたしのこと好きだもん」
136: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/20(月) 20:36:34.62 ID:Rb1u+9E9o
「……」
ウロは沈黙した。
絶句したわけではない。
ゆっくりと刀を手に取り、立ち上がった。
こちらを真剣に見つめるリリに歩み寄り――
その脇を通り過ぎた。
扉を解放して振り向いて告げる。
「出ろ」
リリが歓声を上げた。
137: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/20(月) 20:37:21.54 ID:Rb1u+9E9o
……
街灯の下、暗い道を並んで歩く。
リリは目立たないように服を着替えたのだが、目にかかるフードを邪魔そうにいじっている。
彼女の抱えるカゴの猫は鳴き声も上げずにおとなしかった。
「ありがと」
短いトンネルを抜けたところでリリが言った。
「どうせ俺が許可しなくてもお前は自分で出るだろう」
「でもありがと」
上機嫌のようだった。
鼻歌が聞こえてこないのが不思議なくらいに。
138: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/20(月) 20:37:57.07 ID:Rb1u+9E9o
一応言っておくことにした。
「俺は別にお前のことが好きではない」
「嘘つき」
「本当だ」
「嘘つき」
嘘ではない。
彼女を見ていると悲しくなるからだ。
「わたしはウロのこと大好きだよ?」
「虫唾が走る」
「嘘つきー」
嘘ではない。
141: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/22(水) 18:53:50.50 ID:wpDzONevo
……
リリが先導する道は長かった。
折れた鉄塔の脇を過ぎ水の枯れた川を踏み越え、どこまでも歩いていく。
リリの小さな歩幅に合わせて、歩みはかなり遅かった。
一度だけ訊ねた。
「どこまで行くんだ」
「もうすぐ着くって」
142: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/22(水) 18:54:17.04 ID:wpDzONevo
歩き続け、そのうち景色が少しずつ変わってきた。
みすぼらしい家屋が少なくなり、閑散とした地域を挟んだ後、やや武骨な建造物が目につき始める。
見上げるほど高いクレーン、それから巨大な門が覆いかぶさるように目の前に現れた。
開いている。
「まだか?」
「まーだ」
リリは門をくぐってその先の廃工場に入っていった。
道脇にあるコンテナ群を一瞥し、ウロも後に続いた。
143: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/22(水) 18:54:59.13 ID:wpDzONevo
「着いたよミレちゃん」
床に置いたカゴから猫がゆっくりと前足をついた。
すぐにふらつき、リリがその身体を抱え上げる。
「無理しちゃだめだってば」
資材や機械が積み重なっている工場内の空気はやや埃っぽいようだ。
リリと猫が同時に小さくくしゃみをした。
二つの小さな頭を見下ろしながらウロは訊ねた。
「それで、ここに何の用だ?」
144: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/22(水) 18:55:25.82 ID:wpDzONevo
リリは答えずに壁に寄った。
膝をついて何かを探しているようだ。
「ここね、ミレちゃんが生まれたところなんだって」
何かを探し当てたらしく、ウロにも見えるようそれを持ち上げる。
白い。
「それは」
「ミレちゃんのママ」
乾いて弱ったその骨は、入り口からの明かりを受けて冷え冷えと光っていた。
145: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/22(水) 18:55:52.13 ID:wpDzONevo
「ママが死んじゃって、ミレちゃんは初めて一人で外に出たの」
「会いに戻ってきたのか」
「うん。自分で戻る力はもうなかったから……」
リリが撫でると、猫はその腕の中で小さく鳴いた。
「どうしても心残りだったんだって。せめてもう一度だけでも会いたかったんだって」
ウロは黙ってそれを聞いていた。
小さな猫が歩いてきた長い道を思った。
暗く長い道。
リリはひとしきり猫を撫でてからウロを振り返った。
「ね。ミレちゃんのママを埋めてあげよ」
146: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/22(水) 18:56:26.30 ID:wpDzONevo
……
工場内に、床がはがれて地面がむき出しになっている箇所があった。
集めた骨はそこに埋葬した。
リリの黙祷は長かった。
「祈る、ということを知っているんだな」
「うん、教えてもらった」
膝を手で払いながら立ち上がったリリが答える。
「誰にだ?」
「うーん? 誰だったかな。忘れちゃった」
「ミレの母には届いたか?」
「多分ね」
147: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/22(水) 18:56:53.32 ID:wpDzONevo
息をついたリリは、ふと気づいたようにこちらを振り向いた。
「ウロ、なんか変?」
「なぜそう思う」
「分かんないけど……」
首をかしげてこちらを見上げる。
「泣きたいなら泣いてもいいよ?」
148: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/22(水) 18:58:16.27 ID:wpDzONevo
ウロは呆れた。
「……何を言っているんだお前は」
どこに泣く要素があったのというのか
そもそももうウロの体には泣くための構造など。
「帰るぞ」
虚空を手で払うようにして入り口の方に体を向けた。
脳が、心がひりつく。
151: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/23(木) 17:52:02.51 ID:IJtQdYK8o
……
工場を出たところでウロは立ち止まった。
左手の刀を持ち直し、右手で後ろに止まるよう合図をする。
「なに?」
身を乗り出して外を覗くリリの襟首をつかんでウロは後退した。
「なんなのってば」
答えず工場内に引き返し、ざっと見回してから貯蔵庫らしき金属箱に目を付けた。
152: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/23(木) 17:52:29.12 ID:IJtQdYK8o
「痛!」
問答無用でリリを放り込み、隙なく辺りに視線を走らせる。
「騒ぐな。隠れていろ」
「……なんで?」
「黙って指示に従え。死んでは文句も言えんぞ」
返事は聞かずに箱の扉を閉めた。
騒ぐかと思ったが、リリは案外静かだった。
153: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/23(木) 17:53:01.50 ID:IJtQdYK8o
ウロは滑るような足取りで再度出入り口へと向かった。
集音装置が拾ったかすかな金属音。
バランサーが捉えたあるかないかの振動。
それからウロを今日まで生き延びさせてきた勘が告げていた。
敵だ。
確信を持って白刃を抜き放つ。
地を蹴る音を遥か後方に置き去りにしてウロは駆け出した。
154: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/23(木) 17:53:28.11 ID:IJtQdYK8o
……
暗闇の中で、リリは静かに数を数えていた。
なぜかといえば、他にやることが思いつかなかったからだ。
「二十一、二十二……」
数は順調に増えていった。
が、九十九まで数えたところで困惑する。
「次なんだっけ?」
その時ミレがカゴの中から小さな鳴き声を上げた。
「あ、そっか。ありがと」
手を合わせて頷く。
「百。百一、百二」
155: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/23(木) 17:54:24.26 ID:IJtQdYK8o
さらに時間が経ち、ミレに教えてもらって千を数えた頃になって。
「……?」
ふとリリは顔を上げた。
何か物音が聞こえた気がしたのだ。
規則正しいその音は、足音のように聞こえた。
近づいてくる。
156: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/23(木) 17:54:51.55 ID:IJtQdYK8o
ミレが鳴いた。
リリはカゴを下ろして囁いた。
「大丈夫。ちょっとのぞくだけだから」
心配しすぎることはない。
足音は別にこちらを目指しているようには聞こえなかったからだ。
「よい、しょ……」
箱の扉を薄く持ち上げて足音がしたと思しき方を覗く。
(あれ……?)
だが誰もいない。
何の気配もしない。
気のせいだったのか。そう思った。
157: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/23(木) 17:55:31.55 ID:IJtQdYK8o
「……!」
その時唐突に腕にかかる重みが消えた。
扉が開けられたと悟った瞬間首根っこをつかまれ金属箱から引きずり出される。
冷たく硬いものがごりごりとこめかみに押し付けられた。
痛み。
ぞっとした。
ウロがいない。
自分しかいない。
殺される。
いや、自分だけならよかった。
ミレがそこにいる。無防備に。この子も一緒に殺されてしまう。
(わたしが守らないと!)
せめてミレだけは。
158: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/23(木) 17:55:58.54 ID:IJtQdYK8o
リリは精いっぱいの力で暴れた。
頭に押し付けられた死の香りがするそれを、両手でつかんでさらにえぐり込んだ。
自分の血をたらふく飲めばそれが満足してくれる気がしたのだ。
怖くはなかった。
今は自分がミレのママだ。
159: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/23(木) 17:56:31.28 ID:IJtQdYK8o
「相変わらずウッゼェガキだな」
急に体が自由になった。
が、少々自由すぎて気持ち悪かった。
身体が大回転している。
「――ぶはっ」
布袋の山に墜落してリリは大きく咳き込んだ。
吐き気と打ちつけた尻の痛みに堪えながら顔を上げ、自分を放り投げた敵をにらみつけた。
「このおバカ……」
フィスは拳銃を指にひっかけてこちらを見下ろしていた。
「お前なんでこんなところにいんだ?」
「それこっちのセリフ!」
布袋をたたきながらリリは怒鳴った。
160: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/23(木) 17:56:57.47 ID:IJtQdYK8o
……
フィスの説明は何回聞いても要領を得なかった。
「だからよぉ、ヌルリと出てきた野郎が見た通りヌルヌルだから当たんねえんだって。そのまま追って来たらここに」
「へえ」
まあ馬鹿に期待はしていない。
とうに理解することを諦めていたリリは、こっそり回収していたミレを抱いて数数えをやり直していた。
「結局見失っちまったんだけど、それでも結構かましてやったぜ? 何発当てたっけな」
「二十三?」
「そんなだっけか」
ちょうど脳内で到達していた数を告げるとフィスは首を傾げてからまあいいやと続けた。
「とにかくタフで速い野郎だった。そこは認める」
「三十五」
「だが今頃死んでるな。ガンマンの勘だ、間違いねえ。ザマーミロってな」
「四十一」
161: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/23(木) 17:57:41.76 ID:IJtQdYK8o
こちらがうわの空で数えていてもフィスは気にしないようだった。
帽子から何か取り出して首を鳴らす。
「チッ、珍しくマジになったから軋みやがるぜ」
そう言って首筋に打ち込んだのは注射器だった。
「んだよ?」
こちらの視線に気づいたフィスが軽くすごんだ。
「ううん。ごはんだなって」
別に大したことを言ったつもりはなかった。
ただ前にウロがそれを食事と言っていたからそう繰り返しただけだった。
162: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/23(木) 17:58:16.51 ID:IJtQdYK8o
だがフィスは怪訝そうに言った。
「はぁ?」
「……?」
リリはきょとんとして首を傾げる。
「ごはんでしょ?」
「これが? メシ?」
首筋から抜いた注射器を手にフィスは呆れたようだった。
苦いものを混ぜた声で吐き捨てる。
「これのどこがメシだってんだよ。言った馬鹿を連れてこい。ぶち抜いてやっから」
リリはやはりわからないまま首を傾げた。
167: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 20:39:35.72 ID:e19j/P5Io
……
銃声と共に飛んできた弾丸を、ウロは体捌きでかわした。
「たまには当たっとけよ」
工場の中からフィスが毒づく。
彼が銃を下ろしたのを確認してからウロはそばに近寄っていった。
「お前か」
「へっ……」
銃を提げたフィスの腕がユラユラと揺れている。
こういったときの彼は危険だ。
撃発の欲求と理性とが拮抗しているサインだからだ。
168: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 20:40:29.68 ID:e19j/P5Io
ウロはとりあえず気づかない振りをして話しかけた。
「外に出てしばらく行ったところに所属不明の半機械が転がっていた。お前が?」
「知らねえな」
「そうか」
そっけなく答えてウロは彼の隣に視線を外す。
「では帰るぞリリ」
彼女はずっとそこにいた。
ただ、あまりに静かすぎて、声をかけるまでウロにもリリがそこにいる確信を持てなかった。
はっと我に帰ったリリは、ウロを見上げて息をつめた。
169: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 20:40:57.94 ID:e19j/P5Io
「……?」
怪訝に思って近寄る。
片膝をついて目線を合わせると、リリは目を伏せた。
代わりに猫がカゴから顔を出してウロを見上げた。
「どうした」
「……」
ウロの問いに、彼女は答えなかった。
170: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 20:41:35.64 ID:e19j/P5Io
「俺ァ、クズとゴミと嘘つきが大嫌いでね」
背後からフィスの声。
それから硬い音。
「見かけたら即ぶち撒けることに決めてんだ。知ってんだろ?」
「ああ知ってる」
それで不意に悟った。
リリが知ったことを知った。
(……なるほど)
感触は伝わってこないが、後頭部に突き付けられた拳銃の気配は脳に刺さるがごとくによく分かる。
「避けるなよ。つっても避けねえよな?」
避けなければウロは死ぬ。だが避ければリリに当たる。
そういった位置だ。
171: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 20:42:04.63 ID:e19j/P5Io
「……」
ウロは小さく笑った。
避けるか、避けないか。
リリを犠牲にするか、しないか。
フィスは、ウロが彼女の命の方をとると信じているらしい。
馬鹿げた話だと思う。
自分はとっくに家族を悪魔に捧げてきたというのに今さら宗旨変えなど――
(……あり得んな)
そう思った途端胸の中ががらんとして何もなくなった。
空虚な心に乾いた音が鳴り響いた。
172: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 20:42:53.61 ID:e19j/P5Io
「やめて」
顔を上げたリリがウロの頭越しにフィスを見上げている。
ウロにもその目ははっきりと見える。
静かで力のある、真っ直ぐな目だった。
「ウロが苦しそう。やめて」
「……」
たっぷりとした沈黙の間を置いて、後頭部から殺気が消えた。
それから足音が遠ざかり重苦しい空気が霧散する。
膝をついたまま無言でいると、リリが立ち上がってウロの首に腕を回した。
「帰ろう、ウロ」
錯覚の温かさに包まれながら、ウロはじっと床を凝視していた。
173: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 20:44:03.77 ID:e19j/P5Io
……
「あれは食事ではない。もう聞いたな?」
帰り道、ウロは歩きながら腕に抱きかかえたリリに話しかけた。
疲れたと言って歩くのをサボった彼女は、眠そうにうなずいた。
「うん、聞いた」
猫もカゴの中で寝息を立てている。
その穏やかな空気をできるだけ壊さないようウロはそっと言葉を続けた。
「あれは実際には、拒絶緩和剤と呼ばれる薬剤だ」
「拒絶、緩和……?」
「ああ。俺たち半機械は生身部分と機械体部分でできている。その生身部分が機械体部分に対して起こすアレルギー反応を緩やかにする薬と言えば分かりやすいか」
リリは考えるように宙をにらみ、それから眠い目をこすって「よく分かんない……」と答えた。
174: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 20:45:35.82 ID:e19j/P5Io
ウロは構わず続けた。
「その拒絶反応の苦しみは激しいものだ。それだけで正気を失う者もいる。このコロニーの管理機構はそれを利用して俺たち半機械を統制しているわけだな」
「おバカはいまいましい首輪って言ってた……」
「的確だ」
馬鹿者の言葉ではあるが、その表現は正しい。
言うことを聞くならば薬剤を提供し、聞かなければ与えない。
単純なことだ。
「俺たちは機構には逆らえない。たとえどんなに強い力があろうとも拒絶反応には勝てない」
たとえどんなに強い意志があろうとも、決意があろうとも、不満があろうとも。
うつらうつらしているリリを見下ろして付け加える。
「たとえどんなに大事なものを脅かされてもだ」
175: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 20:46:27.55 ID:e19j/P5Io
あの日、ウロが家族を守れなかったのは意志が足りなかったのでも力が足りなかったのでもない。
怖かったのだ。
身を焼き、貫き、引き裂く苦痛が。
正気を食い荒らされ正気を失い自我が壊されるのが。
だから足は一歩も動かなかった。
抜き身の刀を暴徒に向けて振り下ろすことしかできなかった。
その群衆の向こうに母が妹がいることは分かっていたというのに。
その刃の向く先に二人がいることは分かっていたのに!
176: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 20:46:54.00 ID:e19j/P5Io
胸の奥でどろりとしたものがうごめいた。
拒絶反応だ。
まだ軽いが放っておけばじきに激痛になる。
リリには明かすことはないだろう。
過去のことも、この痛みのこともだ。
この少女が知る必要のないことだった。
「……?」
ふと見下ろして、リリの手が胸に触れているのに気づいた。
リリは相変わらず眠そうだったがそれでもはっきりと言った。
「ここ、すごくシクシクするね」
177: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 20:47:50.21 ID:e19j/P5Io
彼女の手がおぼつかない動きでそこを撫でる。
「ウロはすごく悲しい想いをしたんだね……今までずっと泣きたかったんだね」
「お前に何が分かる」
「ううん、分かんない」
素直に認めて、だがそれでもリリは手を離すことはしなかった。
「まるごとそのまんまは分かんない。でも似たような気持ちなら分かる。ロボットさんがウロたちに殺されちゃったときは悲しかった」
その時だけ彼女はつらそうに顔をゆがめた。
「もっとあの子と遊びたかったな。お話がしたかったな」
「俺を恨むか」
「ううん」
なぜかきっぱりと首を振る。
「ウロのことも好きだから」
178: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 20:48:34.69 ID:e19j/P5Io
絶句した。
「だから……だからね、わたしはウロの気持ちが少し分かるしウロのことが好きだからね、ウロにはやだなって、やだったなって思ってほしくないの」
「……」
「せめて終わるときくらいはよかったなって、そう思ってほしいの」
リリの手が止まった。
「ウロ、泣いていいよ」
にこりと笑って、それからリリは目を閉じた。
穏やかな寝息が聞こえ始める。
ウロはそれを見下ろして、自分がいつの間にか立ち止まっていたことに気づいた。
179: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/25(土) 20:51:18.90 ID:e19j/P5Io
「……誰が泣くか」
痰を吐き捨てる心地でウロは囁いた。
泣くものか。自分には泣く資格すらない。
だが。
「……」
リリに撫でられていた箇所が温かい。
苦痛がすっかり和らいでいた。
一人と一匹を起こさぬよう、ウロはそっと歩き出した。
182: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/26(日) 21:56:59.59 ID:4NnlBiQHo
三日後に猫が死んだ。
夜中、眠っている間に息を引き取ったらしい。起きたときにはもう冷たくなっていた。
あまりに唐突で静かな死だったので、ウロもリリもその瞬間を見届けることはできなかった。
「しょうがないね。がんばったもんね」
リリはこちらを見上げて悲しそうに微笑んだ。
「ミレちゃんは幸せだったかな」
ウロは薄汚れた天井を見上げた。
しばらく言葉を探す。
「少なくとも……寂しくはなかっただろうな」
声を上げて泣き出したリリの横に膝をつき、ウロは猫の亡骸を見下ろした。
痩せこけてはいるが安らかな顔だった。
183: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/26(日) 21:57:31.36 ID:4NnlBiQHo
猫の亡骸は例の廃工場に埋葬することに決まった。
「お母さんのそばの方がいいもんね」
泣きはらした目のままさっそく支度を始めるリリに、ウロは待てと声をかける。
「俺はこれから隊本部に出向かなければならん。出発はその後だ」
「……そうなの?」
「ああ、悪いな」
うー、と渋るような気配を見せてからリリはうなずいた。
「分かった、早く帰ってきてね」
「承知した」
184: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/26(日) 21:58:01.88 ID:4NnlBiQHo
……
隊長室の空気は相変わらずだった。
このニュアンスはどう表現すれば正確なのかは分からない。
だが分かることもある。構成要素を一つ一つスキャンするまでもない。
最後に入った時と何から何まで変わっていないのだ。
「さて、ウロ」
細身の半機械が机に肘をついてこちらを見上げる。
「今日呼ばれた理由は分かるか」
「いいえ、全く」
この部屋には刀を持って入ることはできない。
だから今は丸腰だ。それを強く意識した。
185: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/26(日) 21:58:29.24 ID:4NnlBiQHo
(もっとも、武器を持っていたところで変わらんか)
その場所の支配者には勝つことができないものだ。
隊長はこちらをじっと見つめてから、「そうか。では順を追って説明しよう」と続けた。
「最近所属の怪しい半機械の目撃が相次いでいるらしい。少なくとも維持管理機構の関係者ではないようだ」
「……」
「機構管理下にない半機械の存在は今までにも確認されているが、そういった劣悪な代物とは違う高性能な機械体という話だな。我が隊の者が襲われて、負けた」
にわかには信じられない話だった。
「負けた……?」
「ああ、完敗だ。原形が残らぬほどに破壊されていたよ。残骸は私も確認した」
186: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/26(日) 21:58:55.67 ID:4NnlBiQHo
隊長は淡々と続ける。
「間違いない、高い水準の技術を持ったなんらかの組織が動いている。どこに隠れていたのやら私には見当もつかんが――」
「……俺なら知っていると?」
言葉を切ってこちらを見据える相手に肩をすくめる。
「買いかぶりすぎですな。分かりませんよ、思い当たることすらありません」
「……」
隊長は頭を少し傾けて間を空けた。
「不審な半機械の目撃情報は、君の宿舎付近の地域から多く上がっている」
「……?」
「以前、君がフィスと組んで当たった任務。懐かしいな、敵性組織の壊滅と物資の回収だ」
彼が何を言っているのか、理解するのが遅れた。
「君たちは、本当に何も持ち帰っていないのだな?」
187: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/26(日) 22:00:13.72 ID:4NnlBiQHo
動揺と緊張が走る――はずだった。
少しくらいは判断に淀みがあってしかるべきだった。
だがウロはただ一言だけ答えた。
「ええ。何も」
ウロには目の前のことがどこか遠くに感じられていたのだ。
何か分かったような気がした。
終わりが近いのだと、誰かが囁いた。
188: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/26(日) 22:00:53.70 ID:4NnlBiQHo
隊長の追及はそれだけだった。
ただ、事務的なやり取りを終え、部屋から出ようとしたウロに対し、もう一言だけ問いが投げられた。
「ウロ。お前拒絶緩和剤のストックは十分か?」
「問題ありません」
答えて、部屋を出る。
これは嘘ではなかった。薬剤は十分残っている。
というより、もう必要がない。
ウロの体が拒絶緩和剤を必要としなくなったからだ。
189: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/26(日) 22:01:21.43 ID:4NnlBiQHo
リリに触れられたあの日からだった。
拒絶反応が現れなくなった。
ウロは苦痛から自由になった。
理由は分からない。
リリの何らかの力だろうか。
確かめようがないが、おそらくそうだろう。
気分が少し重くなる。
それならばリリは、きっと……
190: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/26(日) 22:02:21.75 ID:4NnlBiQHo
「ウーロー!」
はっとして顔を上げると宿舎の前でリリが手を大きく振っていた。
あれからまた泣いていたのだろうか、目が少し赤かった。
「おかえりー! 早くいこー!」
「大声を出すな。まったくお前という奴は」
呆れながら近づく。
目立つのはよくない。
隊長室での会話からもそれは明らかだ。
これからは少し気を付ける必要があるかもしれない。
「出発の準備はもう」
できたのか。
そう続けようとして、ウロは言うべき相手を見失った。
「……!?」
リリがいない。
視界から消えていた。
191: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/26(日) 22:03:01.19 ID:4NnlBiQHo
勘で視線を右へ振る。
建物の角に素早い影が飛び込むのをなんとか捉えた。
「くそ!」
追って走り出すが相手は恐ろしく速い。
いくつか角を曲がるうち、すぐに敵の姿を見失った。
(一体どこに……)
焦りが湧き上がる。
喪失感と絶望。
頭がすぐに諦めろと誘惑する。
それから確かな温かさ。
「……?」
それは胸の中心にあった。
数日前、リリが触れていた位置だった。
192: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/26(日) 22:03:51.89 ID:4NnlBiQHo
金属の武骨な指でそこに触れる。
その時リリの声が聞こえた気がした。遠く、かすかに。
ウロは猛然と走り出した。
もう向かう先に迷いはない。目指すは工場地帯。
あの廃工場だった。
194: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:42:54.02 ID:/ykQwuAdo
……
屋内に飛び込みざまウロは一息に抜刀した。
目が敵の背中を確認するよりも先に激しい一撃がそれを真っ二つにする。
どさり、と音がして敵は止まった。
「立ち去るなら見逃してやってもかまわんぞ」
ウロは低い声で告げる。
「ただしリリにはもう手を出すな。俺たちのことは放っておけ」
敵は答えずに振り向いた。
確かに両断したと思ったのだが切り裂いたのはその残像だけだったようだ。
195: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:43:36.29 ID:/ykQwuAdo
「ううん……」
敵の足元でリリがうめいた。
気を失っている。放り出されたというのに意識を取り戻さない。
ただ、その腕は猫のカゴを離さずしっかり抱えていた。
敵に目を戻す。
相手は妙に無駄のない外形をした半機械だった。
いや、無駄がないのはその立ち姿か。
隙がどこにも見当たらない。
こんな半機械は見たことがなかった。
つまり、こんな武人のごとくに練られた殺気を持つ者は。
196: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:44:37.22 ID:/ykQwuAdo
(いや、違うか)
確かに見たことはない。
だが存在していないわけではない。
ウロが、そうだ。
ウロもまた技を磨いて生きてきた。
197: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:45:45.90 ID:/ykQwuAdo
敵の両手に、いつのまにか刃があった。
ウロの刀と同じ程度の刃渡り。
手で持っているわけではなく、腕部から直接伸びているようだ。
その刃を滑らせるようにこちらへ向け、敵はわずかに重心を移動させた。
ウロもまたそれに合わせて緩やかに意識を流動させる。
――次の瞬間、両者の激突によって火花が飛び散った。
198: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:46:15.85 ID:/ykQwuAdo
敵の刃をかいくぐりウロの刀が敵へと向かった。
わずかにえぐる。だが浅い。
返ってくる敵の一撃は、こちらのものより一歩命を奪う深さにある。
流してさらに刀を振るう。空を切る。
ほんのコンマ数ミリ誤れば、しくじった方が地に沈むだろう。
ボディの表面を何度も浅く刻まれながら、ウロはさらに意識を鋭くする。
目まぐるしい。
チカチカする。
今まで見たことあったことが目の前にちらつく。
妹のこと、リリと出会ってからのこと。
こんな時なのに泣きたくなる。
199: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:46:49.89 ID:/ykQwuAdo
敵がするりと死角へ消えた。
身体をひねって斬りつけるが相手はさらにその死角へと滑り込む。
(くっ……)
もう一撃、さらに一撃。
すべて避けられ敵を完全に見失った瞬間――激しい一撃が脳を揺らした。
200: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:47:28.97 ID:/ykQwuAdo
声にならない悲鳴を上げてウロはひざまずいた。
背後に立った敵に首筋と右腕を貫かれた、そこまでは理解できた。
「あ、ぐ……ッ」
取り落とした刀へと手を伸ばす。
だが指が動かず取り上げることができない。
ずんっ、とさらに刃が深く食い込んだ。
201: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:47:56.29 ID:/ykQwuAdo
負けだ。
動揺に荒れる意識の中で認める。
勝てなかった。
終わりを知る。
事態の全貌は呑み込めないが、自分には理解する資格すらないということなのだろう。
敵がこちらから武器を引き抜きリリの方へと戻っていく。
そう、リリの方へ。ゆっくりと。
(俺は何をやっている?)
ふと疑問が浮かんだ。
自分は何をやっている。
(諦めるべき時か?)
くずおれた先で床だけが見える。
その光景も、視界が白んでいって見えなくなっていっている。
体が動かない。
何も見えない。分からない。
202: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:48:23.32 ID:/ykQwuAdo
ただ胸に温もりだけがあった。
203: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:49:29.48 ID:/ykQwuAdo
壊れる音が静かに響いた。
ウロは自分の左手が敵の肩を握りつぶしているのをどこか高いところから見下ろした。
何が何やらわからない。なぜまだ生きている?
分かったのはこれだけだ。
まだ戦える。
敵は動かなくなった方の腕には構わず身体を反転させた。
遠心力を伴って、残った刃がウロの首へと飛んでくる。
だがウロは退かない。踏み込む。
左の貫手が相手の脳へと向かっていく!
時間が永遠を思わせるほど引き延ばされた。
唸りを上げて迫る敵の刃がゆっくり見える。
チリチリと意識が焦げるのが分かる。
もし負けたら、と思う。
もし死んだらリリは悲しむに違いない。
(それは……避けたいな)
そして――銃声が敵の体を吹き飛ばした。
204: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:49:56.85 ID:/ykQwuAdo
はっと我に返る。
見ると敵は吹き飛ばされた床でびくびくと痙攣しているところだった。
「な……」
あわただしい足音がする。
振り向くと、入り口から一律に白いボディの半機械たちが隙なく踏み込んでくるところだった。
まだ半死の状態の敵、ウロ、リリ、それから各所の物陰にも小銃を向けている彼らには見覚えがある。
いや、むしろ見慣れているといってもいい。
治安隊の兵士たちだ。
205: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:50:59.97 ID:/ykQwuAdo
彼らがなぜここにいるのか、ウロには全く分からなかった。
呆然と立ち尽くす。
「なんつーか、よ。物事ってのは上手くいかねえもんなんだな」
突然の声に見やると、フィスが戸口から入ってくるところだった。
いつものように帽子とスカーフのガンマンもどきの装い。投げやりな立ち居振る舞い。
だがいつもとどこか様子が違う。
眉間のあたりを押さえていた手を腰に当てて、彼はようやくこちらを見た。
「わりぃ、バレちまったわ」
やはりウロには訳が分からない。
だがやはり誰かが告げている。
これが最後なのだと。
206: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:51:46.73 ID:/ykQwuAdo
宿舎の部屋で、自己修復機能により回復した右手を確かめている時だった。
フィスが扉を開けて現れた。
「よお」
「……ああ」
あれから数時間といったところだろうか。
工場で拘束されたウロは自室での謹慎を命じられた。
リリはいない。
彼女は連れていかれて、おそらくは隊本部にいるはずだ。
207: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:52:18.11 ID:/ykQwuAdo
「お姫さまがいなくて寂しいか?」
「否定はできん」
ウロが答えるとフィスは鼻で笑った。
「んならあの時に意地でも抵抗すべきだったな」
扉を閉める彼に訊ねる。
「一体どういうことなのだ?」
「一言で言やあ……あのガキが例の新兵器だったってことさ」
「そうか」
「驚かねえんだな」
「まあな」
ぼんやりとではあるが分かってはいたことだ。
208: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:52:49.23 ID:/ykQwuAdo
「機械体と人体の調和による新たなる可能性の模索だとかなんとか。つまるところ機械と生身ガチ合わせしてスゲーの作ろうぜってことだけど」
「……」
「あのガキはそのつなぎ手ってことらしい。機械と生身の仲介役ってことな。六番目の実験体だ」
「六番目……」
検体番号六、といったところか。
「今日ぶっちめたのもその恩恵を受けたブッ飛んだ野郎だとさ。ガキの製造元でもある組織の所属らしい。よくは知らねえ」
「あの日俺たちが壊滅させたのは」
「まあ下っ端組織ってとこだろ。そんなとこに預けるとは、ハッ、不用心にも程があるよな。おかげで俺らにスられちまうしよ」
209: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:53:33.69 ID:/ykQwuAdo
フィスの声を聞きながらウロはふと思った。
静かだ。
いや、この宿舎に物音がしないのはいつものことだった。
気になったのはフィスの声の調子である。らしくもなく落ち着いている。
「なあウロ、今日までガキと過ごしてみてどうだったよ。楽しかったか」
「そうだな、楽しかった」
「意味のある時間を過ごせたか?」
「ああ」
ウロは刀に手を伸ばして触れた。
フィスはそれに気づかない。
もしくは気づかない振りをしているだけか。
「そうかそうか。うん、そうか」
うなずいて、フィスはもう一つ訊ねてきた。
「なあ、お前拒絶緩和剤使ってねえだろ」
気づいたときにはもう遅かった。
210: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 15:54:04.91 ID:/ykQwuAdo
銃口から硝煙が立ち上っている。
フィスの拳銃だ。
ウロは呆然とそれを見下ろした。
抜く手も撃発の瞬間も捉えられなかった。
「がっ……!?」
胸に空隙がある。
そこにあった温もりも根こそぎ撃ち抜き奪い去ってしまっていた。
「だからよ、大事ならあの時意地でも抵抗すべきだったんだよ」
フィスの声は冷たい。
倒れ込む床もまた、どこまでも寂しい。
「と、言うわけで、俺は自由になるぜ。これでめんどくせえあれこれともオサラバだ」
声だけが遠ざかっていく。
「今までサンキュー、あばよ相棒」
ウロの意識は暗闇に沈んだ。
213: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:45:14.42 ID:/ykQwuAdo
……
なぜ苦しまなければならないのかとウロは地獄へと続く道の上で考える。
なぜ責任を感じる必要があるのだ、と。
母と妹も、他の大勢と同じく明らかに衰弱していた。
そう何年もたたない内に死んでいたのは間違いない。
ウロの立場にしてもそうだ。
拒絶緩和剤で脅されていたのだ。
誰だって自分の身がかわいい。
誰もウロを責められはしないだろう。
214: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:45:42.65 ID:/ykQwuAdo
家族を失ってもう何年になるか。
十何年か。何十年か。
いやもっとか。
そうだ、もう長すぎるほどの年月を堪えてきた。
もういいはずだ。
苦しむのはこれっきりでいい。
終わりにしよう。
もう十分。
後悔など、ありはしない。
この最後の場所に立ち、思う。
よかったな、と。
215: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:46:09.86 ID:/ykQwuAdo
……
「そんなわけ、あるか……」
激痛の中、ウロは床を掻きむしった。
起き上がる。
「まだ違う……まだ違う……!」
そうだ、激痛だ。
感じる。痛みを感じる。
「まだよかったと締めくくるべき時では、終わらせていい時などではない……!」
温もり痛み怒りそよ風の手触り。
すべてが鮮明だった。
リリがくれたものだった。
「取り戻す」
静かに宣言する。
目から何かが流れ落ちた。
216: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:46:36.32 ID:/ykQwuAdo
……
治安隊本部に近づくと門の兵士がこちらに気づいて制止の声を上げた。
「止まれ」
無視して進む。
こちらの尋常でない様子に気づいたか、兵士は即座に銃を構えた。
「止まれ!」
「断る」
甲高い音を立てて空間に幾筋もの亀裂が走った。
刃を納めると同時に消える。
「待ち人がいるのでな」
ズタズタになった門をくぐりながらウロはつぶやいた。
背後に兵士の残骸が崩れ落ちる音を聞いた。
217: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:47:07.01 ID:/ykQwuAdo
建物内はすぐに混乱状態に陥った。
「行け、撃て!」
廊下の先に兵士たちが並びこちらを狙う。
即座に銃口が火を噴いた。
「……」
嵐のように銃弾が飛来する。
だがウロは無傷だった。
兵士たちに動揺が走る。
どうということはないことだ。
どんなに密度のある銃撃にも隙間はあるというだけ。
218: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:47:33.17 ID:/ykQwuAdo
ウロはなおも進む。
相手にももう動揺はないようだった。
取り乱し続けるほどには練度は低くない。
ウロの歩みに合わせて再度斉射を行うだけの連携能力はある。
だが惜しむらくは少しばかり遅かった。
激しく踏み込んだウロは最前列の一人の喉を突いた。
悲鳴すら漏らさず絶命した彼の指が小銃の引き金を引っかける。
その腕に手を添える。
ばらまかれた弾丸をくらって周囲の兵士たちがもんどりうって転がった。
219: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:47:59.56 ID:/ykQwuAdo
総崩れになって逃げだす兵士たちの真ん中に立ち、ウロは前だけを見据える。
「リリ」
220: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:48:25.87 ID:/ykQwuAdo
警報鳴り響く本部を抜けると広い空間に出た。
この先は隊長室だ。
リリはそこにいるだろう。
もちろん隊長もそこにいる。
強敵だ。
だが障害は必ず排除する。リリを取り戻すためならなんでもやってみせる。
そこまで考えたところで行く手の扉が音を立てて吹き飛んだ。
ズタズタの半機械が中から出てきて床に転がった。
221: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:48:52.38 ID:/ykQwuAdo
「……?」
隊長だ。
もう原型もとどめていないが間違いない。
「この世界の実質チョーテーン! とかなんとか言われたか知らねえけどよ」
隊長の残骸を追って歩み出てくる者がいる。
「こうなっちゃ、へへ、へ……どう勘定したところで鉄屑だぁな」
ゆらりと現れる影。
フィス。
222: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:49:23.95 ID:/ykQwuAdo
「テッペンに手ぇ伸ばして足元すくわれちゃ目も当てられねえ……遠くが見えて近くが見えねえなんて救えねえ……」
頼りなくふらつく彼に、ウロは油断なく構えを取った。
「一体何が起こっている。お前、何をした」
「俺が撃つ以外にすることなんざあるか!」
フィスが咆える。
「俺は撃つぞ、何から何まで撃つ! 撃てねえもんなんてねえ、ガンマンだからな! 世界中すべてが的だ! 射線の中なんだよ!」
震える両手に拳銃。
目が恍惚に輝いている。
「俺は自由……ガンマンを縛れるのはガンマンの掟のみだ……」
そしてけたたましい哄笑を上げた。
223: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:49:50.11 ID:/ykQwuAdo
支離滅裂な言動。
身体の震え。
ウロはようやく理解した。
「拒絶反応か」
フィスの笑い声がぴたりと止まる。
「ああ」
224: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:50:18.39 ID:/ykQwuAdo
ふらりと足を踏み出してフィスは言う。
「上に"ちょろまかし"がバレて緩和剤を没収された時期が悪かった。ちょうど効果が切れるころだったからな」
おぼつかない足取り。
釣り合わない冷静な声。
「俺は自分で言うのもなんだが厄介な奴だ。これを機に上はその馬鹿を廃棄するつもりだったんだろうよ」
「……」
「だが俺はそんなのごめんだ。何とかして拒絶反応を解決する必要があった。そこにちょうどよく手段が見つかった」
「リリか」
リリは拒絶反応をなくす力があるようだった。
225: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:51:20.95 ID:/ykQwuAdo
フィスはうなずいた。
嬉しそうに何度も。狂ったように。
「そうだ。だからクズでゴミなタイチョー様を穴だらけにしてやった! ガキをこの手に確保した! までは……いいんだが」
「問題が?」
「ああ」
またかくかくとうなずいてフィスは言う。
「あれ、一人にしか効かねえんだとさ」
226: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:51:47.47 ID:/ykQwuAdo
フィスの両手がぶるぶると持ち上がる。
二つの銃口がこちらを向く。
「お前がいると俺は助からない」
機械体に表情はない。
機械体は笑わない。
だが間違いなく断言できる。
フィスは笑っていた。
「死ね」
227: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:52:22.46 ID:/ykQwuAdo
横に跳んだウロを弾丸がかすめた。
止まらず駆ける足元を着弾の衝撃が揺らす。
拒絶反応が出ているというのに射撃は精確だった。
むしろ以前よりも研ぎ澄まされているかのように鋭い。
柱の陰に飛び込むと銃弾がその表面を勢いよく削った。
「ヒャハハハハアアァハァハハッハッッ!」
遠慮も呵責も理性もない。
ただ威力に任せた連射が続いた。
228: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:52:48.38 ID:/ykQwuAdo
「……」
しばらくしてようやく連射が止まる。
辺りに粉塵が舞っている。
ウロは立ち上がって刀を一閃した。
もうすでに崩れる寸前だったそれは、両断されて横に倒れた。
埃の向こうに影がある。
「一つ訊く」
「……なんだよぉ?」
「リリは無事か」
鼻で笑うような音がした。
弱弱しいがそれでもフィスらしい不敵な笑い方だった。
「答えるまでもねえだろ。俺にはあいつの力が必要なんだからよ」
「そうか。ならいい」
229: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:53:14.44 ID:/ykQwuAdo
刀を鞘に納める。
「だいぶ撃ち散らかしてくれたな。残弾ももう少ないだろう」
「右と左で一発ずつだ」
拳銃を両方ともホルスターに収めながらフィスが答えた。
目で問うと、震える手を腰に当てながら「ガンマンの決闘なんだ。掟には従うさ」とおどけた。
「一度やってみたかったんだ」
「物好きなことだ」
「大事なことなんだよ。忘れちゃならねえ……」
それを最後に沈黙が落ちる。
230: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:53:42.54 ID:/ykQwuAdo
ウロはじり、と足をにじらせた。
相手の位置は明らかに刀の有効範囲内にはない。
反対に相手の拳銃は問題なくこちらに届く。
だがフィスの残弾も二発。
確実に当てなければこちらに勝つことはできない。
だから、撃つとすれば刀がギリギリ届かず拳銃ならば必ず殺せる間合いで全弾を叩き込んでくるだろうことは想像に難くなかった。
231: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:54:22.31 ID:/ykQwuAdo
ウロは慎重に距離を詰める。
ほんの紙一枚分の間合いが勝負を分けることは十分すぎるほど分かっている。
「なあ、フィス」
ゆっくりと詰まっていく距離の向こうに相棒を見つめ、ウロは囁いた。
「んだよ……」
「お前は、俺に訊いたな。楽しかったかと」
「だったっけ……?」
「今度は俺がお前に訊こう。お前は楽しかったか?」
フィスは一瞬迷ったようだった。
「馬鹿なことを訊くな。答えるまでもねえじゃねえか」
「楽しかったんだな?」
「ちげえ」
フィスは前傾姿勢を深くする。
「楽しかったわけねえだろ。ウザってえガキと馬鹿みたいな相棒と一緒で、楽しいわけがねえ」
なんたって、と彼はつぶやいた。
「俺は自由気ままが好きなんだ」
ウロの足が最後のラインを越えた。
232: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:54:48.38 ID:/ykQwuAdo
すさまじい音が響いた。
ウロの踏み込みの音だ。
白刃が解放される。
目にもとまらぬ勢いで銀の輝きが敵へと殺到する!
「シッ――!」
フィスの左手の拳銃が弾け飛んだ。
あらぬ方向へと火を噴いて力を失う。
ウロは止まらず刀を斬り返した。
すでにフィスの右手がウロに照準を合わせていた。
今からそれそのものを止めようにも間に合わない。
だから、これが別れだ。
耳障りな金属音が大きく響いた。
233: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:55:14.11 ID:/ykQwuAdo
……
「――……」
刀を振り下ろした格好のままウロはじっとしていた。
目の前にはフィスがいる。
フィスの半分が。
「チッ……」
床に転がるもう半分が弱く舌打ちした。
234: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:55:40.25 ID:/ykQwuAdo
ウロは刀を納めるとフィスの上半身のわきに膝をついた。
「気分はどうだ?」
「いいわけ、あるか……」
苦々しそうに言う。
「おい……なんで俺は負けてんだ? 勝ってただろうが普通によ……」
「そうだな」
「なら、なんで……」
「嘘をついたからだろう」
ウロは優しく指摘してやった。
「嘘つきは大嫌いなんだろう?」
235: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:56:15.37 ID:/ykQwuAdo
「……嘘じゃねえよ」
舌打ち。
「俺は本当に自由が好きなんだ。ウザいガキも馬鹿な足手まといもいらねえんだ……」
「そうか」
「そうだ……俺は自由だ。誰を撃とうが何を壊そうがガンマンを罰せられる奴ぁいねえ……」
そして右手に持った拳銃を自らの頭に向ける。
銃声がして、フィスは力を失った。
「これで……自由だ……」
その言葉を最後に完全に沈黙した。
ウロは静かに立ち上がって隊長室の方を向いた。
236: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:56:41.16 ID:/ykQwuAdo
……
「起きろ」
リリは隊長室の隅で丸まっていた。
腕に猫のカゴを抱いて。
「ううん……」
名残惜しそうな声を上げて少女が目を開く。
「……。ウロ。何か悲しいことがあったの?」
「ああ」
唐突な言葉だったが、ウロは素直に答えた。
「だがなぜだろうな。心は晴れやかだ」
「泣いてもいいよ?」
「もう泣いた」
そして言う。
「行こう。ミレの母がミレを待っている」
237: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:57:12.40 ID:/ykQwuAdo
廃工場に猫を埋葬した後、リリはやはり長い黙祷をした。
「これからどうするの?」
顔を上げたリリが訊ねる。
「どう、とは?」
「なんか大変なことがあったんでしょ。馬鹿にしないで、それくらいは分かる」
「ふむ……」
治安隊本部の事件は、これからこの半地下世界を驚かせ大きな変化をもたらすだろう。
だがどんな変化が起こるにしろ、そこにウロたちの居場所がないのは間違いなかった。
「外」
「え?」
リリが怪訝な顔をする。
ウロは気にせず繰り返した。
「外にでも行くか」
238: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:57:47.67 ID:/ykQwuAdo
「外……って?」
「外は外だ。この半地下世界の外のことだ」
遠い昔、人類は汚染された地上を逃れて地下世界へと潜った。
長い月日が経った今でも人体に有害な物質や放射線はあふれかえっていると信じられている。
「それでもよければ一緒にどうだ?」
「行く!」
リリは迷わなかった。
「そこって広くて大きいんだよね! すごいんだよね!」
顔を輝かせる彼女にウロは小さくうなずいてやった。
「だったら行くよ。大きくて広いところはいいところだもん!」
ぱたたと近寄ってきて腕を広げた。
「……なんだ?」
「抱っこ。いいでしょ?」
「いいわけあるか。自分で歩け」
えー、と嬉しそうにいう小さな少女と共に、半端機械は足を踏み出した。
239: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 20:58:15.18 ID:/ykQwuAdo
おわりサンクス
240: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/27(月) 21:00:33.23 ID:VnccZATso
乙
・SS速報VIPに投稿されたスレッドの紹介でした
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