森久保「私と幸子さんが少しの間活動休止した話ですけど……」
「…………」
「…………」
誰も言葉を発そうとはしない。全く静かな空間が出来上がってしまっている。
この空間に居心地悪さを感じているし、何より遣る瀬無さを一番感じているのは私だ。だから私は全く言葉を発せない。
「…………こんな時にこんなこと言うのも悪いが、お前たちはプロの人気アイドルなんだ。だから自分の仕事はきっちりこなさなければならない。以前と変わりなくだ」
「それは……わかってますけどっ……!」
静寂を破ったプロデューサーの発言はあまりにも現実的で、聞きたくないものだった。それを聞いてまゆさんは怒りを抑え込むように小さな声を出す。そして発言したその姿、それは自分を無理にでも納得させているように見えた。
「まゆ……乃々……これから多分、マスコミとかにこの事故の話を聞かれると思う。嫌なら、すぐ逃げるようにしてくれ。なるべく俺は二人と一緒に行動するようにするけど、一人のときは頼む」
「はい……わかりました」
まゆさんは会話をしているのにも関わらず、私は何も言わない。
「乃々も…………いいか?」
無言でただ首を縦に振る。肯定や了解の意志を示す頷きというよりは取り敢えず頷いておいただけなのだけれど。
「……乃々ちゃん、少しお話をしましょう? プロデューサーさん、少し離れていていただけますか?」
「ん、あぁ……わかった」
プロデューサーが離れ、退室していく。私はそれをそれとなく眺めていた。いつも見ていたプロデューサーの背中はいつもと変わっていないのに、何故だか小さく見えた。
「……乃々ちゃん、大丈夫ですか?」
「…………まぁ、はい」
「乃々さん……確かにお仕事をするのならしっかりこなさないといけません。でも、お仕事が辛いのなら無理しなくても……」
要は一時的に活動休止することを勧めているのだろう。
「…………そうですね」
「乃々さん……しいばらく、お休みしましょう。プロデューサーさんには私がお話しますから」
「…………はい」
力なく、私は返事をする。さっきから取り敢えず肯定しているが、まぁこれでよかっただろう。
一応、私と幸子さんに何があったのか、簡単に説明をしておきたい。
ある日、私と幸子さんの二人で仕事があった。その日の仕事はいつも通り、幸子さんがいじられて私がそれに巻き込まれて。そんな感じのトークを展開した。
そして仕事終わり、私と幸子さんは歩いて事務所に向かっていた。時刻はおよそ昼過ぎ、午後一時頃だったと思う。人通りはまぁまぁある通りの横断歩道のところで信号待ちをしていた私と幸子さん。私は携帯をいじっていて、幸子さんは行き交う車を眺めていた。
すると、いきなり「乃々さんっ!」と叫ぶ幸子さんの声が聞こえたと同時に強い力で押され、少し飛ばされ背中とお尻を打った。
わけがわからないが、本能的に危険なのだと理解した瞬間。目の前で幸子さんが倒れた。正確には『車に腰の少し下あたりに当たられ、そのまま車のボンネットへ倒れこむように乗った』のだ。ボンネットに乗る瞬間に頭を打ったように見え、しかもフロントガラスにぶつかりガラスが破れた。
ガラスが破れた後もその車は数メートルだけ走った。その間に幸子さんは振り落とされ、うつぶせで倒れていた。
走って駆け寄り、自分の持っている知識を総動員してどうすればいいのかを一瞬で判断することができた。アイドルをやっていなかったら、昔の自分だったら慌ててどうすればいいかわからなく泣いていただろう。今思えば、随分私も昔から変わっていたようだ。
私は救急車を呼び、プロデューサーに電話をした。一方的に「幸子さんが事故にあって大変で……救急車を呼びましたけど……えっと……」みたいな感じで電話した。それと居場所をプロデューサーに伝えて電話は終了した。
それから、私は幸子さんの体に触れないように気をつけながらガラスの刺さり具合や出血、それから最初にぶつかった腰のあたりを確認した。
最初にぶつかった腰のあたりは出血はないが、ちらりと見えた皮膚は酷い色をしていた。またガラスの破片は首には刺さっておらず、即死ということはないと判断した。ただ頭には刺さっており、出血はあまりにも酷いということではなかったが、結構な量出血していた。
それらを確認している間に、プロデューサーが救急車よりも早く駆けつけた。その時に、この事故現場が事務所から近いのだと思い出した。
幸子さんの姿を確認したプロデューサーは下を向き強く唇を噛むと、小さな声で「救急車を待とう」とだけ言った。
そして救急車が到着し、そのままプロデューサーと私は病院までいき、数時間待って幸子さんの状態を聞いた。お医者さん曰く、
「ガラス片は幸運にも少ししか刺さっておらず、それに関しては問題ありません。ただ左脚の股関節付近が軽度の粉砕骨折です。まぁそれは二週間足らずで治ります。ただ、脳震盪を起こして意識がありません。数時間で意識は戻るのですが、意識が戻ってから自己前後の記憶がはっきりしていなかったり、めまいやふらつき。それから頭痛などが起こり得ます。脳震盪のほうは重症なので、頭痛は数カ月続く可能性が高いです。特に運動に伴っての頭痛ですね。輿水さんは、アイドルの方ですよね。もし頭痛が酷ければダンスなどは厳しいです。それと、輿水さんの体を張ったスタイルも、頭痛などの症状が完治してからもしばらくは控えていただきたいです」
と、確かこんな感じだった。およそ半年はほぼ確実に体を張って仕事はできないそうだ。
そうして幸子さんの症状について聞いた後、プロデューサーと一緒に事務所へ戻ると心配そうにしているまゆさんがいた。それで事情の説明をまゆさんにして、さっきの場面に至り、私も活動を休止した。
こうして私と幸子さんが活動を休止して五日。私は一度も家から出なかった。ちょうど夏休みでだから、学校の出席日数には影響しない。
活動を休止してから、プロデューサーが毎日家に来た。しかしまだ一度も出ていない。おそらく、今日も来るだろう。
そう思った矢先、チャイムが鳴る。時刻的におそらく昼休みの間に来たのだろう。しかしいつもチャイムが聞こえても無視していた。親が部屋に来ても「帰ってもらって」と言ってプロデューサーを家にはあげなかった。ただ、今日は親が家にいなかった。だからそのまま居留守を続ければよかったのだ。なのに、それなのに私は何故か玄関に向かって歩を進める。
「……はい」
「っ、乃々! よかった、出てくれた……今日は親御さんいないのか?」
「出かけてます……それで、何の用ですか……?」
少し、言い方がきついだろうか。そう思ったがプロデューサーは大人だ、落ち込んだりはせず私の心配をしている。
「いやまぁ、取り敢えず顔が見たくてな。体調とかは大丈夫か?」
「……熱は平熱、咳とかも特にないですけど」
「……腹痛や頭痛はないか?」
「ちょっと、胃と頭が」
およそストレスやらなんやの精神的なものによる胃痛頭痛だろう。プロデューサーもそれを心配しての質問だったと思う。
「そうか……まぁ、無理せずまずは休んでくれ。乃々がまたアイドルをやれる、やりたいって思えるようになったら事務所にまた来てくれ。幸子と乃々がいないと俺の担当がおとなしい子ばっかでつまんなくてさ」
「……もりくぼも比較的おとなしいと思いますけど」
「いやまぁ、乃々は大人しいけど、仕事から逃げようとしたり隠れたりイベントを提供してくれるからなぁ」
「…………確かに」
自分はもしかしたら大人しくないのだろうか。思い返せば仕事から逃げるってなかなか厄介な事だ。
「あぁ、そうだ。病院から幸子のお見舞いはもう許可出たって。これ部屋番号な」
小さな紙をプロデューサーが差し出す。小さく会釈しながら私はそれを受け取る。
「……プロデューサーはもうお見舞いに行ったんですか?」
「いや、まだだ。今日は仕事が多くて、面会できる時間に間に合いそうにないんだ。病院はここから近いし、できたら乃々に行って欲しいんだが……」
引き籠り状態の私によくそんなことを頼むなぁ、と思ったがよくよく思えば、これはプロデューサーさんの気遣いなのかもしれない。プロデューサーよりも私のほうが幸子さんと話をする相手に適していて、かつ二人で乗り越えてほしいとか、そんな感じの。
「……まぁ、いけたら行きますけど……期待しないでください」
「おう。それじゃ時間もやばいし、じゃあな!」
「はい」
走っていくプロデューサーに小さく手を振る。それに応えてプロデューサーは大きく手を振った。
プロデューサーが見えなくなったら家の中に入り玄関を閉めた。その後、少しの間家の中を低徊してからプロデューサーに渡された小さな紙に目を落とす。『三階本館東病棟個人部屋B312号病室』と書いてある。病院はすぐそこ、徒歩五分程度の近場だ。
「……まぁ、行くだけなら」
結局、私は病院へ行った。仮にも活動休止しているアイドルだ、変装しなければならない。といっても怪しまれてはいけないので、白の少し大きめなマスクをし、おしゃれっぽい帽子をかぶる。それから髪はつむじの少し下あたりでまとめて、帽子の中に隠す。
意外と人が多かったため、おどおどしながら歩を進めることとなった。
しかし、少し地図などを見ても東病棟がどこでB312号病室もわからない。こうなると、頑張ってどうにか聞くしかない。すぐそこの病院の人らしき人に話しかける。
「あ、あの……東病棟のB312号病室に行きたいんですけど……」
「B312、ですか? あぁ、その病室どこにあるのか地図とか見てもわかりにくいですよね。案内しますので、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
さっきほどではないが、おどおどしながらその親切な病院の人についていく。何度も道を曲がり、結構奥のほうへ進ん
コメント一覧
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- 2016年06月28日 20:59
- いつも以上に酷い目にあってやっと退院出来た幸子にバンジーの仕事を取って来るとか、ちひろさん並みの人でなしですね...
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- 2016年06月28日 21:03
- モバマスSS作者というものはどうしてこうも揃いも揃って幸子をイジめたがるのか
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- 2016年06月28日 21:09
- さちくぼ最高かよ
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- 2016年06月28日 21:35
- なんだ、乃々が森久棒で幸子を孕ませた話じゃないのか
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- 2016年06月28日 22:04
- >>106
これ、スカイダイビング直前の会話だと思うと草生えてきた
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- 2016年06月28日 22:29
- 結構な怪我したって幸子なら少し駄菓子食えば問題なさそうだよな
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- 2016年06月28日 22:42
- 幸子が仕事の前にビンラムネキメてるって本当ですか?
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カワイイ幸子の退院祝いにバンジージャンプの仕事を取ってきておいたぞ!