友紀「ユキって呼んでよ」ありす「ありすと呼んでください」
*捏造多数
*苗字呼び
*ありす:非寮設定
ノリちゃん!
ーーーあたしの名前、『ユキ』だよ
離婚したんだって、トモノリ
ノリカとトモノリが離婚だって
1人で離婚してんだなノリ
ーーーねぇ、『ユキ』って呼んでよ
なんであたしの名前を呼んでくれないの
物心ついた時から、ずっと苦手だった
外国の御伽話に出てくるようなこの名は、他の人から呼ばれるたびに心がざわざわするのが困りもので
好きになろう、好きになろうと努めても好きになれなくて、どうしようもなかった
名を呼ばれ、それに対して定型的な返答をすることは慣れたものとはいえ、時々どうしようもなく胸が苦しくなるのだ
『ありすちゃん』
……橘ありす、私の名前だ
一人前として扱われるのだろうか
それならば私は大人になりたい
明日の朝起きたときには、身体がベッドからはみ出すほどに大きくなってしまえばいいのに
大人になりたい、大人になりたい
繰り返すたび、膨らんでいく
私は、大人になりたい子供だった
あなたに出会ったのは、そんな時
苦しみをひたすらに隠していた私の前に、子供をそのまま大きくしたような、あなたが現れた
『橘ちゃん、よろしく!』
姫川友紀ーーー
彼女は子供のような大人だった
午後のレッスンの後……今日は、早めに終わったと気を抜いたのがいけなかったのだろうか。ぽわん、と眠くなって、事務所のソファを眼前に置いて私の意識は宙に浮かぶ
脳内にて一瞬の時間が経過した後、輪郭がぼんやりした窓を見た
……しまった。一時間近く寝てしまっていたようだ。すっかり風景は茜色となり、もうすぐ日が暮れる合図を送ってくれている
あやふやな意識を手繰り寄せ体を起こそうとしたら、にゅうっと何処からか二本の腕が伸びてきて、その腕のなすがままに私の背中は再びソファに接触した
「橘ちゃん、おっはよう!」
「……姫川さん。何をしているんですか」
「レッスンでお疲れかな?と思って。友紀の膝の上はよく眠れるって評判なんだよー」
「っ!?……評判って、誰から」
「早苗さんや、心さんや菜々さん……えへへ、あたしホラ、飲むメンツでは最年少だからさぁ。ピチピチしてハリがあって気持ちいいんだって」
「……」
「……一人で完結して勝手な妄想をしないでください」
「アッハッハ、照れるな照れるな?」ウリウリ
「ちょっ……頬を突かないで下さい!」
「おおっ!?超ぷにぷに!超ぷにぷにしてるよ橘ちゃん!あたしの膝なんかよりずっとハリがあるよ!!」ウリウリ
「もうっ、やめて下さい!」
……この人の考えは、さっぱり分からない
『キャッツが広島と戦うたびに抗争になる』だとか
『小学生以下の精神』だとか
流石に冗談だろう、と思った
子供のように、見えた
何故、姫川さんは私を『橘ちゃん』と呼んだのだろう
初めて会った時から、姫川さんが私を呼ぶときは『橘ちゃん』だった
それから現在まで、『ありす』の文字を口に出したことは一度もなかった
「……はい。姫川さんは、よく分からない人だなって、思ってました」
「へぇ。あたし、自分では単純な人間だと思うけれど」
「自分のことは自分では分からない……当たり前のことだと思いますよ」
「……そっか」
室内を燃やすように、西日が射してくる
下から見る姫川さんの笑顔からは、何も読み取れなかった
この時間だと、もう家に連絡しないと心配されてしまう。今日の宿題は軽いものが一つだけだったっけ
早めに帰れる日になるかと思ったのに、随分と不思議な夕方になってしまった
「……ん、もうこんな時間だね。ごめんごめん」
低い空で輝いているあの太陽のような、あたたかな膝の上から離れ難いと思ったのはきっと錯覚だろう
レッスンから戻った時、自分が荷物を置いた場所を思い出してみる
「ね、橘ちゃん」
「……何ですか?」
「テレビの前まで行くなら、リモコン取ってテレビ付けといてよ」
「どこを見るんですか?」
「今日は地上波でキャッツ戦やるんだ!サカモトが最近調子良くってさぁーーー」
今、チャンネルがどこか、と聞いたはずだけれど、姫川さんは何故かご満悦顔でキャッツの選手について話している
やっぱり、よく分からない人だ
兄貴の影響で野球を始めて、中学になっても男子に混じって野球を続けてた
当時……活躍していた野球選手と同じ名前、または漢字を持つ人は、その野球選手のあだ名で呼ばれるのが流行ったんだけれど、当然あたしは『ノリさん』になった
これだけなら……まだいい。問題なのはこのあだ名のその後の派生だ
……まぁ、『ノリカ』も一時期あったけど……漢字以外何にもかかってなかったのですぐに消えていった
野球ネタなら食いつくが、何の興味もない芸能界の音沙汰はあたしにとっては……正直、煩わしいものでしかなかった
毎日毎日呼ばれ続けて『なんで何も関係ないあたしが』と思い続け、その思考の矛先は結局クラスメートではなく親に向けてしまった。『こんな漢字を名前に使わなければ良かったんだ』とまでは言ったことはなかったけど……
ビールを飲んで、野球を見て、ちょっと気合を入れてアイドル業を頑張る
そんな生活が続いて、あの頃のことはすっかり思い出になった
なったはずだった
それが彼女、橘ありすだ
何よりもあたしにとって衝撃だったのが、彼女は『自身の名前が好きではない』ってこと
学生時代のあたしよりもずっと大きな爆弾を、この小さな子供が抱えてしまっているのだ
最初、彼女を苗字で呼んだ。『橘です』という恒例のやりとりを避けた。その後も決して名前で呼ばないように気をつけた
彼女が何を考えているか……一切知ろうとせずに、名前の話題に触れることから逃げ続けた
けれど……
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どうでもいいけど別の作者が書いたSSで生えた晴がユッキに筆下しされるやつがあったよ