橘ありす「大人になりたかったんです」姫川友紀「誕生日、おめでとう」
橘ありす(20)
姫川友紀(27)
「あ、巴ちゃん。写真送ってくれてありがとー。良い誕生日パーティーになったみたいだね」
7月31日は、ありすちゃんの誕生日
「いやー、30近いあたしが混ざるのは野暮ってもんでしょ。昔の子供たちの集まりでワイワイやるのが楽しいんだろうし」
『ほうか?友紀なら未だにありすより歳下と言っても通用しそうじゃが』
「褒めてるんだかけなしてるんだか分かんないって、それ」
出会った頃は、あたしより20センチも小さかった背が、8年近く経った今では逆に10センチほど差をつけられてしまった。頭を撫でるのに少々の苦労が必要になるとは、時の流れとは恐ろしいものだ
『大体うちとありすで作ったかの。もちろん苺パスタはありす作じゃ』
橘ありすの苺パスタ……といえば、長きにわたる衝撃創作料理の系譜を持つ恐るべきレシピだが、今日はどうだったのだろうか
「へえー、やっぱり下ごしらえとかでも何か秘訣があるの?」
『うむ、詳しくはありすに聞くといいんじゃが、苺の熟成と、パスタ選びが……』
巴ちゃんの苺パスタ論が始まってしまった
……まぁ、最近ありすちゃんに食べさせてもらったものも、まずまず……というレベルだったので、ひょっとしたら今日の苺パスタは本当に美味しかったのかもしれない
「あー、苺パスタについては今度またゆっくり聞きたいかな」
『む……ノリが悪いのう』
若干、トーンダウンした声が響いた
「……えっと、ホラ、苺パスタを食べながら説明を聞くとより美味しく感じられるんじゃない?」
『ふむ……一理ある。そうじゃな、別の機会にまた……』
ふぅ、危ない危ない
二人とも良い子なんだけれど、苺パスタのことになると、ちょっと、ね……
講義がひと段落したところで、あたしは気になっていたことを聞いてみた
『酒か?……今日の誕生日パーティーでは飲まなかったはずじゃ』
「あ、そうなんだ」
『未成年もまだ多いわけじゃからな……ありすもここでは飲まない、と言うとった』
まだ飲んでない、か……
「うっ、鋭いね巴ちゃん」
『うちがハタチになった時のプレゼントも日本酒じゃったからのぉ。にしてもワンパターンじゃな』
「恒例の野球グッズよりはスパイスが効いているでしょ」
痛いところを突かれたが、本当にお酒と野球以外に洒落たものなど思いつかないので、しょうがないのだ
「ナイナイ、どれだけあたしにデリカシーが無いと思ってるの」
『じゃあ、何じゃ?』
「飲みやすそうなワインにしたよ。苺酒とかも考えてみたけど」
『苺酒!?』
思わぬところに食いつかれてしまい、結局話題は苺へとループしてしまうのだった
巴ちゃんとの通話を終えて、ふと先ほどの会話の中で気になる部分が思い浮かんだ
《未成年者も多いし……ありすもここでは飲まない、と言うとった》
ここでは……ということは、別の場所で飲む予定でもあったのかも
案外、今頃クールのお姉さん達と一緒に飲んでいるのかもしれない
美波ちゃん、奏ちゃん、文香ちゃんあたり……彼女達と一緒に初の酒席に座れたなら、お洒落で素敵な初体験となりそうだ
楓さん、川島さん、は……面白そうだがちょっとアダルティ過ぎるかもしれない
「?……巴ちゃん、何か言い忘れたことでもあったのかな……なになに……」
【今、友紀さんの部屋に向かっています】
メッセージの送り主は、巴ちゃんではなく、本日の主役だった
時計の針が11時を回ったところで、再び着信があった
【今、友紀さんの部屋の前にいます】
「……メリーさんじゃないよね?」
「ありすです」
扉の外から、くぐもった声が聞こえた
最後に直接会ってからそれほど期間が空いたわけではない。けれども、そこにいるありすちゃんは、ただ20歳の誕生日を迎えただけで、どうしようもなく大人になってしまったように思えて、距離感を感じた
「こんばんは、友紀さん」
「ん……よく来たね」
「それは言わないお約束……って、片付けの暇を与えなかったのはありすちゃんでしょ」
ありすちゃんは適当にゴミを掻き分けて、座布団の上に座った。掃き溜めの中の鶴というのが相応しいかもしれない。自分の部屋に対して随分な形容だけれど
「……で、お茶も出さずに悪いけどさ……どうしたの、こんな夜遅くに」
「……えっと……ですね」
何を言おうか迷っているようだ。成長してからはこのような迷いの表情を見ることは久しく無かったので、懐かしさを感じた
「うん……」
ゆっくりと、口が開かれるのを待った
「私、大人になりました」
「そうだね。20歳の……」
「なので……お酒を、飲みに来ました」
「うん……?」
ありすちゃんにしてはなんだか随分と乱暴な話だ
カサカサとビニール袋を漁って、ビール缶が取り出された
「あ、ありがと」
「音頭を」
「??……え、えーっと……乾杯!」
情けない音が部屋に響いた。今日のありすちゃんは何を考えているのか、さっぱり分からないけれど……まぁ、ビールを奢ってもらったのだし、有り難く頂くとしよう
あたしが親しんだ喉越しを感じている中、ありすちゃんは初めての体験に苦戦していた
「悩んでるね、ありすちゃん」
「……どうやって飲めばいいですか?」
「ええっとね」
あたしが初めてビールを飲んだ時、ビールが美味しいものだとは思えなかった。そう思ったのはよく覚えている
いつの間にか辛かったり苦かったりしたものが不快には感じないようになり、そしていつしかビールをガブガブと飲んでいた
子供と大人の境目とは、案外そういうところにあったのかもしれないけれど、ビールを普通に飲めるようになった時期は思い出せないのだから不思議なものだ
「舐めるように」
「そう、チビチビとね」
恐る恐るといったふうにありすちゃんはビールを口に含んだ
「……」
「どう?」
「……よく、分かりません。これは美味しいんでしょうか」
「最初はそうかもね。でも、飲めないわけじゃ……?」
「ない……ですね」
もう一回、缶に口がつけられた。最初の関門はくぐり抜けたようだ
「ツマミなら出せるけど、いる?」
「お茶菓子がない部屋なのに、おつまみはあるんですね」
……巴ちゃんもありすちゃんも、どうもあたしに対して年々責めがキツくなってきている気がする
ありすちゃんは悪戯っぽく口角を上げて言った
「挑戦してみたいです」
「……友紀さん……」
哀れむような目を向けないでほしい
「……さて、ありすちゃんは塩辛にチャレンジ出来るかな?」
最近の仕事のこと、アイドル仲間のこと、大学のこと。当たり障りのない会話が続いた
聞きたいことはあったけれど、この可愛い妹と初めて飲み交わせることが楽しくて、なんとなく触れずにいた
けれど、この宴会がいつまでも続くわけではなく、あたしのビール缶は空となった。ありすちゃんの方も、缶の傾き具合からしてそろそろ半分を過ぎているはずだ
冷蔵庫の中にはまだたくさんのビール缶が存在していたが、あたしはそれを出す気にはなれなかった。一人一つの缶。ありすちゃんが決めた席なのだ。それに従いたかった
ありすちゃんの缶が空となり、机の上でカランという乾いた音が鳴った
「友紀さん」「ありすちゃん」
互いを呼ぶ声が重なった
「……友紀さんからどうぞ」
「……ありがと」
コメント一覧
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- 2016年07月31日 22:45
- (′ ; ω ; `)
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- 2016年07月31日 22:46
- ババアになったありすなんて興味ないんだよ!
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- 2016年07月31日 22:58
- >>2 雰囲気ぶち壊しだよ
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- 2016年07月31日 22:59
- ※2
ありすのささやかな夢をも否定するとは…それでもロリコンかお前!
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- 2016年07月31日 23:01
- しんみりくる感じで良かった。尻切れトンボ気味だったユキって呼んでよの続きというか、完全版も書いてほしいわ。
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- 2016年07月31日 23:03
- ありす 12→20
ユッキ 20→27
菜々 17→17
何年後でも、ななさんじゅうななさい
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- 2016年07月31日 23:06
- 子供は大人に憧れ、
大人は子供に戻りたがる。
人間みんな無い物ねだり。
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- 2016年07月31日 23:13
- ※4
うるせえ!
そもそも、一方的な愛を拗らせた存在がロリコンだろうが!
相手の夢もクソもねえよ!
一方的にシコシコするだけだ!
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- 2016年07月31日 23:14
- ※7
千早がおっぱいを求めるのと同じか…
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- 2016年07月31日 23:37
- お酒を飲むのはさけられない…なーんてフフッ
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- 2016年07月31日 23:57
- ありすちゃんも20歳かぁ
俺と結婚して4年だね、そろそろ子供を作ろうか!!(ルパンダイブ)
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- 2016年08月01日 00:02
- ※9
なんでや!如月さんは関係ないやろ!