転載元:男「川で全裸のエルフ拾った
男 「上の方から見慣れないモンが流れてきたと思ったら、まさか女の子が流れてくるなんてな……」
エルフ「流されるなんて思わなかったんですよ…… 流れもそんなに速くなかったですし、それにまさかあんなに深いところがあるだなんて……」
男 「下流ならまだしもあの川は上流の方が深いところが多いからな。見た目じゃ深さも流れの速さもわからんし。しかし、なんでまた川の中に?」
エルフ「蒸し蒸しとした暑さにやられて弱っていたところにちょうど川が見えたので、水浴びしようとしてつい……」
男 「二度とそんな不注意な行動はしないように。何のかんので毎年川で溺れ死んでる奴は相当いる。今回は運が良かっただけだ」
エルフ「相当、ですか…… そうですね、今後はこのようなことのないように注意します」
男 「で、どの辺りで流されたんだ?そこらに服とか荷物とか置いてあるんだろうし明日にでも拾いにいかないとな」
エルフ「いえ、そこまでしていただく義理はありませんし、私だけで取りに行ってきます」
男 「不慣れな土地を一人でか?どうも君はこの辺りの人間じゃなさそうだ」
エルフ「っと、それは、そのぉ…… で、では、よろしくお願いします」
男 「今夜は俺の着古したそれで我慢してくれ。ちょっとおっさん臭くて申し訳ないが」
エルフ「すみません、お言葉に甘えさせてもらいます…… えと、ありがとうございます」
男 「レムルストゥニ。確か『どういたしまして』って意味でよかったよな?」
エルフ「!?」
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・彡(●)(●) 「ナイフで刺したことは間違いない」
・男「新入部員か!?」女「入れてください…////」
男 「ん!?まちがったかな?」
エルフ「いえ、合ってます。ですが、どうして貴方がエルフの言葉を……?」
男 「ああ、そっちか。なに、昔エルフと仲良くなったことがあってな。その時に簡単な言葉を教えてもらった」
エルフ「……なぜ私がエルフだとわかったんですか?」
男 「その長い耳を見りゃわかるさ」
エルフ「あっ……」
男 「今頃隠したって遅いって」
エルフ「……私をどうするつもりですか?」
男 「そうだな、他の誰かに見つからないうちにどこかにあるっていうエルフの国に帰ってもらうとするよ」
エルフ「…………」
男 「そう簡単に信じてもらえるはずもないか。……まぁ、それより耳じゃなくて他のところ隠してくれないか?目のやり場に困る」
エルフ「あっ……」
男 「ん、よし。さっきも言ったけど今夜はゆっくり休んでくれ。結構長い間水に浸かってたんだろうしな」
エルフ「…………」
男 「……じゃ、俺は下で寝てるから」
―――――
―――
―
男 「……お〜い、起きてるか」
エルフ「…………」
男 「ま、とりあえず服は扉の前に置いとくからな?着替えたら降りてきてくれ。朝飯にしよう」
エルフ「…………」
男 「お、来たな」
エルフ「これは……?」
男 「鹿の肉。あ、お嫌い?」
エルフ「いえ、嫌いとかではなくて、エルフは動物を食べたりなんて……」
男 「そうだったのか。悪いな、そこまでは知らなかった」
エルフ「普通は知らないはずです」
男 「ま、好き嫌いとか食文化だなんて言ってられる状況じゃなかったからな」
エルフ「……と、言いますと?」
男 「くだらない話さ。それよりこれならどうだ?芋を蒸かしただけのやつだが」
エルフ「……いただきます」
男 「うん、これ食ったら早いとこ荷物を探しに行こう。急がないと獣がアンタの荷物を持って行っちまってるかもしれん」
エルフ「はい……」
男 「しかし人間の言葉がうまいな」
エルフ「先生に教えていただきました」
男 「先生……? っと、あんまり詮索しない方がいいか」
エルフ「…………」
男 「……ん、ごっそさん」
エルフ「……ゴッツォサン?」
男 「『ごちそうさまでした』だよ。全部言うとめんどいから略してる」
エルフ「ああ、それならわかります」
男 「じゃあ改めて、ごちそうさまでした」
エルフ「ごちそうさまでした」
―――
――
―
男 「――――っと、それじゃ行こうか」
エルフ「……はい」
男 「とりあえずは川沿いを上流に向かっていくとして……」
エルフ「…………」
男 「どうした?」
エルフ「……貴方はディアンニフ、悪者、ですか?」
男 「さぁ、どうだか?」
エルフ「答えてください」
男 「……少なくとも俺は自分で自分を悪人じゃない、って言う奴は信頼できない。君はどうだ?」
エルフ「そうですね……」
男 「…………」
エルフ「行きましょう。ご同道をお願いします」
男 「……あいよ」
―――
――
―
男 「――――この辺も見覚えないか?」
エルフ「はい」
男 「ってことはもっと上か…… そんなとこで君は何してたんだ?」
エルフ「実は私、旅の途中でして…… この頃、西の森の力が弱まってきているようで、その原因を確かめるべく西に向かっていたんです」
男 「森の力……?」
エルフ「森にもある種の力があって、それが弱まると森と共に生きている私たちエルフはとても困るんです」
男 「へぇ。で、その森の力とやらが弱まった原因を調べるために旅をしていた、と?」
エルフ「そういうことなんです」
男 「……ところで」
エルフ「はい?」
男 「こっちから聞いておいてなんだが今の話って、そんなにペラペラしゃべってもよかったのか?」
エルフ「人間さんはスウィルニフ……えっと、人の言葉で『善人』、『いいひと』みたいですから」
男 「善人って…… なんでまた?」
エルフ「気を失っていた私を介抱していただきましたし、こうして一緒に荷物を探していただいてますし」
男 「いや、でも善人ってほどじゃないだろ。普通だと思うけどな」
エルフ「そうなんですか?私、どんな人間が普通なのかは良く知りませんので」
男 「まぁ、人間との接触はないだろうしな」
エルフ「聞いてる限りでは人間って基本的にディアンニフだとか」
男 「違うと思うけどな。まぁ、人の本質は善だとか、人は生まれながらにして悪だとかそういう哲学的な話はよくわからん」
エルフ「あっ…… もしかして私の荷物を手に入れてからどうにかする気だったんですか?」
男 「いや、そういうわけじゃないが……」
エルフ「……じゃあ、人間さんは悪い人ですか?」
男 「いやいや、人間ってのはそう極端なもんじゃなくてだな……?」
エルフ「それでもやっぱり私は貴方は善人だと思います」
男 「あー、うーん…… もうそれでいいや」
エルフ「はい!」
男 (よくもまぁ、こんな騙されやすそうな子を旅に出させたもんだ……)
エルフ「?」
―――
――
―
男 「しかし、エルフのお嬢さんが一人旅というのは危なくないか?」
エルフ「はい?」
男 「エルフと見りゃどんな手を使ってでも手に入れようとする連中は少なくないはずだ」
エルフ「そうですね」
男 「そうですねって…… わかってんならどうして」
エルフ「大丈夫ですよ、弓の名手でもある友達が一緒なんです。いざというときは……」
男 「友達?」
エルフ「はい、それが何か?」
男 「……その友達は今頃君を探しているんじゃ?」
エルフ「……あ」
男 「あー……」
エルフ「どっ、どうしましょぅ〜〜〜!!?」
男 「落ち着け落ち着け」
エルフ「ああ、今ものすごく心配かけちゃってますよね、ねぇ!?」
男 「落ち着けって、なんかはぐれた時とかのために連絡手段とか用意してないのか?」
エルフ「えーっと、え〜と…… 全部荷物の中ですぅ!!」
男 「そうか、じゃあ誤解の解ける望みは薄いか……」
エルフ「はいぃ!?ご、誤解、ですか……?」
男 「さっきから獣にしちゃあ慎重過ぎる何かが俺たちの後をつけている。一体誰だと思っていたが」
エルフ「そ、それじゃあ!!」
男 「ああ、多分それがアンタのお友達だろう」
エルフ「じゃあ、早速呼んでみますね!
男 「あ、おい!」
エルフ「スウィーーーダァ!ニャヌルゥーワシシピィ!!」
エルフ「スウィーダ!」
エルフ「……フィナ?」
エルフ「スウィーーーダァ!トルキメニスタファッス!!」
男 「……まぁ、すぐには出てきてくれないだろ。なんせ人間と一緒にいるんだから」
エルフ「それもそうですね。じゃあ人間さんはディアンニフじゃないって伝えてみます」
男 「やるだけやってくれ、多分信頼されないと思うが」
エルフ「イズルミニフスィスィエルミアディアンニフ!ネレイシャスウィルニフ!エレンシェクルミニーヤ!!」
エルフ「……駄目ですかね?」
男 「だろうな。俺に脅されて言わされていると思ってるのかもな」
エルフ「どうしましょうか……」
男 「……じゃあ、ちょっと俺から離れてみてくれるか?」
エルフ「え?はい……」
男 「もっと」
エルフ「はい」
男 「……もっと」
エルフ「はい」
男 「……じゃあな!」
エルフ「えっ……?」
男 (川に飛び込みゃあ逃げきれるだろ……って)
男 「おわっ!?」
エルフ「シャンハッ!?」
男 「…… 逃がす気はねぇってか」
男 (先を読まれてたか…… 後半歩進んでりゃ矢がブッスリだ)
エルフ「あぁっ!?そ、それ友達の使ってる矢です!!」
男 「だろうな!」
エルフ「でもどうして…… 私がこの人はスウィルニフだって言ってるのに!」
男 「アンタが俺に騙されてるか、もしくはそう言うように強制させたって思ってるんだろう!」
エルフ「……だったら!」
男 「おい、近づいてくるなって!!」
???「……くっ」
エルフ「イズルミニフスィスィエルミアディアンニフ!ネレイシャスウィルニフ!エレンシェクルミニーヤ!!」
???「…………」
男 (弓を構えた女……)
???「メイィ……」
男 「……あれが、お友達?」
エルフ「はい、そうです。弓の名人で」
男 「だろうな。実体験でよく知ってる」
???「……ヴェルシン、クィナドキア」
男 (えーと、そこから離れて?)
エルフ「!? メイリィ!イズルミニジトゥアンタフィーフィキャリムリリクゥ!!」
???「ピスカチラッチェルスメラシカ、ペテオ」
エルフ「シュエルスターニャ?シャウアンダシィ!」
男 (……流石にもう何喋ってるかわかんねぇな)
???「……そこの人間、両手を上げてゆっくりと立ちなさい」
男 「……あいよ」
???「……貴方、この子に何をしたの?人間の貴方をかばおうとしているのだけど」
男 「さぁ?少なくとも変なことをした覚えはないな」
エルフ「……ウィ、ウィアクルル」
弓使い「ヴェルシン!クィナドキア!!」
男 「離れろって言ってるんだろ?離れてくれないか?」
エルフ「……はい」
男 「……さて、と」
弓使い「妙な動きはしないで」
男 「しかし、人間の言葉が通じるようで何よりだ」
弓使い「……動かないで、と言ったはずです」
男 「話くらいはさせてくれないか?」
弓使い「……いいでしょう。あの子を誑し込んだ手口が分かれば今後の対策に活かせそうですし」
男 「そりゃいい、特に何かやった覚えはないが役に立ちそうなら是非参考にしてくれ」
弓使い「そうですね、まずはなぜあなたがエルフの言葉を解するのか…… そこを聞かせてもらいましょうか?」
男 「昔、君たちの同族から少しだけ教えてもらった。だからちょっとは理解できるが、さっきの君たちの会話はほとんどわかってない」
エルフ「メイリィ!メイリィゲリュンカイティヴィジゾース!!」
弓使い「ダウメイリィ?ハッ……」
弓使い「アズィヴニフトゥリャパーシマスウィルリャンパーパレシカ?」
エルフ「ワンファ!アズィヴニフグンタガーリースピャルフィフィニアンラ」
男 (やっぱり何言ってるかさっぱりわからん……)
エルフ「エニシュアシュケクルルート!エルマタイスウィルニフシューリンキルメイア!!」
男 (スウィルニフ、ねぇ……)
弓使い「スウィルニフ?ダン、エルルティマハリュート。ユリティニア」
エルフ「アズィヴニフデンリカスィルジン!マタタラティアフカイ!!」
弓使い「ドゥーネイシタ?エルニリャンリャメン、ワルジカスリーマ」
エルフ「シンバナラウーイ!ドウリャメンクルルフティードジャガンリャスパティア!」
弓使い「ナミエスタカセリョール、キアナナフィフィニアンラトリスパヤ」
エルフ「スィーナ、デンフルニャーマエルマタイスウィルニフシューリンキルメイア」
弓使い「エンツ、フォルアムスティルクニャシワワローンツ?」
エルフ「エニシュア!」
弓使い「クリュウ…… そこの人間、今の話は本当ですか?」
男 「いや、わからんて」
―――
――
―
弓使い「知らなかったとはいえ同胞を助けていただいた方に矢を放つなど…… 申し訳ありませんでした」
エルフ「……ごめんなさい」
男 「いや、別にいいって。ケガしたわけでもなし」
弓使い「では、改めて……」
エルフ「ええっ!?どうしてまた構えるの!?」
男 「……それはそれ、ってことだろ?」
弓使い「ええ、この子を助けていただいたことには感謝していますが、私たちを目撃した人間を見逃すわけにはできませんので」
男 「……森の賢者たるエルフに伝わる特定の記憶だけを消す薬とか魔法とかはないのか?」
弓使い「そんな都合のいい薬なんてありませんよ。まして魔法なんてものも……」
男 「だろうな」
エルフ「リ、リィヤントゥルシュ!」
弓使い「オートンナムラズ、コリオムゼムルゲスィーラオンロンフシャナムケ」
男 「……命乞いをしてもいいかな?」
弓使い「……聞きましょう」
男 「君たちは故あって西の森に向かっているとあの子から聞いた」
弓使い「サンナ……」
エルフ「あは、あはは……」
弓使い「……そこまで知られていたとは思いませんでした」
弓使い「ですが、命乞いをするのならそのことまで話さない方が良かったのでは?尚更生かしておく必要がなくなりましたが」
男 「いやね?これから先、君たちは絶対誰にも見つからずに西の森まで行けると思っているのか?」
弓使い「……まぁ、実際貴方に見つかってしまったわけですし、決して容易いことではないと思います」
男 「そんなときのために事情を知る人間を一人くらい仲間にしといた方がよくないか?」
弓使い「なるほど、わからなくはない話です。ですが、貴方が私たちを裏切らない保証はありませんよね?」
男 「まぁ、そこは俺を信用してもらう他ないな」
弓使い「改めて言いますが、あの子を助けてくれたことには感謝しています。ですが、それすらも私たちを騙すための布石だったという可能性も否定できません」
男 「相手が嘘ついてるかどうかわかる薬とか魔法とかないか?」
弓使い「そんな便利なものはありません」
男 「だよな」
男 「さて、どうしたもんかな……」
エルフ「シィーパ……」
弓使い「……ゼンス。ゼンスムナナライ」
男 「………?」
弓使い「……確かに恩を仇で返すというのも酷い話です。それにここで貴方に危害を加えるとこの子がもっとうるさくなりそうですし」
男 「それはつまり……?」
弓使い「あの子に免じて少しだけ貴方を信用するということです」
男 「そいつはありがたい」
弓使い「勘違いしないでください。このまま見逃すというわけではありません。監視の意味も込めて私たちの旅について来ていただきます」
エルフ「へ?」
男 「いいさ、昔エルフには世話になった。そのご恩返しで精一杯荷物持ちでもさせてもらうさ」
エルフ「ネルフィ?エルマタイグリュンシカチルティミタイ……?」
弓使い「シュウィンス、エリュアシンジタンリリスティムルスカクダダンシィ」
エルフ「クラナンキア!?デヴィアンプラキマウォルウィウィナ」
弓使い「デルフィニムムルジャミシルシィ。レイオエルザシュランティ」
エルフ「ブランナスティフィ、ドルネンティティアーナジャックルン」
弓使い「ゲファナースチュチュリンケイ、ファーマスカーヤ」
エルフ「ナンム…… エフォリパーシャ」
弓使い「ヤンファルティト…… スィーラ」
男 「……話はまとまったと?」
弓使い「ええ、それではご同道よろしくお願いします」
男 「了解。で、旅の準備をする為にも一度俺の寝床に戻ってもいいかな?」
弓使い「構いません」
エルフ「ちょっと待って!私の服と荷物は!?」
弓使い「……ほら、これでしょう?」
エルフ「あっ、フェリティトゥ〜!!」
弓使い「レムルストゥニ。まったく、ちょっと川で顔を洗ってくるって言ってから全然帰ってこないと思ったらまさか流されて人間に拾われてただなんて……」
男 「ま、今後は絶対にその子から目を離すべきじゃないな」
弓使い「そうですね…… まったく、余計な心配かけさせないでよ」
エルフ「マチュヌゥ〜……」
―――
――
―
男 「……さて、じゃあ行くとしますか」
エルフ「はい、よろしくお願いします」
弓使い「…………」
男 「はは、もう少しのってくれても」
弓使い「……まだ貴方を信用しているわけではありません。これから貴方を見極めさせていただきますので」
男 「わかったよ、俺は生きてる荷車ってことで」
弓使い「……ところで」
男 「何でしょ?」
弓使い「その長い包みの中身は何ですか?」
男 「ああ、猟師を生業としてるんでね。仕事用と護身用を兼ねた鉄砲が入ってる」
弓使い「……テッポウ?」
男 「エルフの国にはなかったか?鉄と木とを組み合わせて出来たもんで、火薬ってのを使って弾丸を遠くまで……」
弓使い「カヤク、はわかりませんがテツなら知っています」
男 「火薬ってのは最近できたもんで、火をつけると爆発する黒い粉でその爆発力でこの鉛玉を飛ばして標的を撃ち抜くんだ」
エルフ「そんなものが……」
弓使い「……道理で嫌な感じがするわけですね」
男 「……そうなのか?」
エルフ「はい…… 出来れば置いていってもらえませんか?」
男 「いやぁ、こいつは旅をするからには絶対必要な場面が出てくると思うんだが…… 野盗やらなんやらが出てこんとは限らないしな」」
弓使い「……仕方ありませんね。それが貴方の自衛手段というのなら我慢するとしましょう」
エルフ「……はぁい」
男 「あー…… とりあえずは街道を通ってさっさと西まで行っちまおう」
エルフ「街道は人が多いので素性がばれる危険性が……」
弓使い「まぁ、彼がいてくれますので人間とのかかわりは基本彼に任せればいいでしょう」
エルフ「……そうですね。目的地はまだまだ先ですから、わざわざ歩きにくい道を通ることもないですね」
男 「……じゃあ改めて出発ということで」
弓使い「はい、ですが妙な素振りを見せれば……」
男 「わかってるよ、俺の今の仕事はアンタらを西まで送り届けること。それだけさ」
―――――
―――
―
弓使い「――――とは言ったものの、想定より人の往来が多いですね」
エルフ「……ばれませんよね?」
男 「この国は現王になってから規制が緩くなったからか兎に角人が多いし、殊更妙な素振りを見せなきゃ大丈夫だろ」
弓使い「入れ替わりが激しいですね、人間の国は。簡単に出来て、簡単に滅びて、常に戦って、常に争って……」
男 「…………」
弓使い「本当に愚かです」
男 「……まぁ、この国はそうはならないと思うが」
弓使い「あら、どうしてそんな言葉が出てくるんですか?」
男 「ここの王様は、そういうことを無くしていこうとしてる人だからな」
弓使い「ではお聞かせください。その王が建国した際、争いはなかったのですか?」
男 「……いや、大勢の人々を虐げ奴隷にしていた屑みたいな奴らと戦ったよ。もっとも、士気の違いから戦ったというより一方的に攻撃してるだけだったような」
弓使い「結局は戦いの上に出来た国ではありませんか。根本的には何も変わっていません」
男 「耳が痛いな……」
男 「でも、王は自国を護るため以外には力を振るわないと決めたんだ」
弓使い「言うは易し、行うは難し……でしたか?そんな言葉が人間にあると聞いています」
男 「……聞くまでもないと思うが君、人間嫌い?」
弓使い「そうですね、ほんのわずかくらいなら個として信頼できる者もいるでしょうが……」
男 「全体としては?」
弓使い「積極的に関わりたいとは思えませんね」
男 「耳が痛いね。この国の人間なら兎も角、他国に行けば奴隷だの貴族だの言ってるいけ好かない奴が大勢いるからな」
弓使い「……どうも貴方は差別主義的な人間に大して何やら並々ならぬ感情をお持ちのようですが、どうしてです?」
男 「過度な干渉はしないんじゃなかったけか?まぁ、どうしても聞きたいってんなら話さないこともないが」
弓使い「……結構です」
男 「それがいいや、聞いても楽しい話じゃないしな」
弓使い「は?」
男 「ま、今の話は忘れた忘れた」
弓使い「……はぁ」
エルフ「…………」
女 「あら、随分若い方たちねぇ」
エルフ「えひゃあっ!?」
弓使い「ちょっと、大きな声出さないで」
女 「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら?そうそう、貴方方はどちらに向かわれるんですの?私は王都に向かうのだけど」
男 「ああ、我々は西に向かってるんです」
女 「あら、西……?西って言えば隣の国のせいで最近物騒じゃなぁい?やめておいたほうがよろしくないかしら?」
男 「そうらしいですね。噂には聞いてます」
女 「知っているならどうして…… 大事な用事がお有りですの?」
男 「はは、周りからよく変わり者だって言われてます」
女 「まぁ、変わり者?確かに変わり者だわねぇ。 ……ってあら、貴方どこかで見たような顔してらっしゃるわ」
男 「私が?」
女 「そうよ、誰だったかしらねぇ?たしか……タカ、鷹の」
男 「人違いだと思いますよ?では、我々はこれで」
女 「え、ええ、道中お気をつけてね」
男 「こちらこそ、旅の無事をお祈りします」
エルフ「――――ふぅ〜、ミャンマラスージィ……」
弓使い「……当面の問題は貴女ね。無理にとは言わないからできるだけ早く人間に慣れて頂戴」
男 「フードも被ってるんだし、そうそうわかるもんじゃないさ。さっきみたいに驚いたり変な行動をした方が余程怪しまれる」
エルフ「は〜い……」
男 「ん……?」
隠 者「らっしぇー……」
男 「露天商か…… なんか買う?」
弓使い「いえ、結構です。人間の通貨の持ち合わせはあまりありませんので」
男 「いやいや、あんまりお高いもんは売ってなさそうだから俺が支払うよ」
弓使い「結構です」
エルフ「で、でも折角のご厚意を無駄にするのは……」
弓使い「露骨な点数稼ぎだと思うんだけど…… まぁ、いいでしょう」
エルフ「それじゃあ…… えっと、どんなのが売ってるのかな?」
弓使い「まだ近づいちゃ駄目よ。不審に思われるわ」
エルフ「じゃあ……どうするの?」
弓使い「まずは遠目から品物を確認するの」
男 (かえってあやしい気がする……)
弓使い「……あの、よろしいでしょうか?」
男 「うん、なに?」
弓使い「あそこで売っているのは主に何なんでしょう?」
男 「ああ、全部食いもんだな」
エルフ「じゃ、じゃあガウシュニニ…… えっと、獣の…肉ってありますか?」
男 「うん、あれとあれと……あれ、それとあの赤黒いのも」
弓使い「ところであの、ムッター…… リンゴのような赤いのは?」
男 「リンゴみたいって…… あれはリンゴそのものだろ」
エルフ「ええっ!?」
弓使い「エニシュア!……コホン、ちょっと大きな声出さないで」
エルフ「だ、だってリンゴってもっと黄色っぽいでしょ?あれは赤色じゃない!」
男 「へぇ、エルフのリンゴは青リンゴなのか?」
弓使い「……仰っている青リンゴと同じものかはわかりませんが、少なくとも我々のリンゴは赤色ではありませんね」
男 「じゃ、そのリンゴを買うとしよう」
エルフ「え?」
弓使い「……そうですね、味も違うのか気になりますし。お願いします」
男 「任されて〜」
男 「―――よう、そのリンゴ3つくれ。あと牛の干し肉とその魚の燻製も」
隠 者「……先に金出しな」
男 「いくらだ?」
隠 者「ここに書いてある」
男 「あいよ……っと。ほれ、釣りはないはずだぜ」
隠 者「確かに。……しかしどうした鷹の目、女連れで旅路などとは。いずれは俺の手伝いをしてくれるんじゃなかったのか?」
男 「げ、よく見りゃアンタかよ」
隠 者「観察眼はまだまだのようだな。しかし、肌の色艶を見るに食うに困らん程度には猟師生活を送れているようだな」
男 「アンタの手伝いができるほどの腕になったかはわからんけどな。東の国のアレもアンタの成果だろ?」
隠 者「俺は手助けをしただけだ。彼らが自由を手に入れたのは彼ら自身の力さ」
男 「またまたご謙遜を…… で、今度はどこの国のツナギに行ってたんだよ?」
隠 者「北だ」
男 「北ってぇとあそこか、順調なのか?」
隠 者「事を起こすにはまだ早い、まだまだ慎重を期すべきだな」
男 「そうか、ところで西の方で最近何が起きてるとかわかるか?」
隠 者「そちらには別の者が行っている。最近のことは詳しくはわからん。噂程度でよければ聞くか?」
男 「噂か、一応聞かせてくれ」
隠 者「元々賊が大勢蔓延る国だったが、近頃はその数を増してきているらしい。定職に就けない奴が多いのが主な原因だそうだ」
隠 者「王政もうまく機能せず、一部の有力貴族共が何やら他国に攻め入っての物資強奪を計画しているなんてことを聞いた」
男 「政情不安って奴か。ちとマズいか……」
隠 者「その口ぶり、西に行くつもりか?」
男 「ああ、あの二人の西への旅路の護衛をしてるんだよ」
隠 者「そうか。もしかしたらお前の女かと思ったが、お前に女を二人も養う甲斐性はなかったな」
男 「うるせぇ、ほっとけ!……じゃあ、またな」
隠 者「ああ、あと西との国境警備にはニヤケ面がいる。よろしく言っといてくれ」
隠 者「――――ありあとやした〜」
男 「お待たせ、これが俺たちのリンゴだ」
弓使い「……あの方と金銭のやり取り以外に何か話していたようですが?」
男 「まさかの昔の知り合いだったんでね。余計なことは喋ってないよ」
弓使い「本当ですか?」
男 「……気持ちはわかるがあんまりしつこく聞かれると終いにゃキレて本当に裏切るぞ?」
弓使い「それもそうですね。これからは目に余るとき以外は胸の内にしまっておきましょう。それにしても不思議なのはこの赤さですね」
エルフ「ねー、形はリンゴそっくりだけど色とあと、匂いも違うよ?甘くていい匂い……」
男 「まぁ、毒ってことはないし食べてみなよ。あぐっ……」
弓使い「……そうですね、では」
エルフ「……あむ」
エルフ「!?」
弓使い「!!」
男 「お、おい!どうした!?」
男 (しまった!人間にとっては無害でもエルフにとっちゃ猛毒だったのか!?)
男 「と、とにかく吐き出せ!な?吐き出せ!!」
エルフ「そんな、吐き出すなんてとんでもありません!」
男 「……はい?」
弓使い「ええ、その通りです。こんなに甘くて美味しいなんて……」
エルフ「今まで私たちが食べてきたリンゴは何だったの……?」
弓使い「リンゴは酸っぱさと瑞々しさを楽しむものだと思ってたのに…… 甘い、本当に甘い!」
男 「よ、喜んでいただけたようで何より……」
エルフ「こんなに甘いリンゴがあるなんて…… あむっ!」
弓使い「ん〜〜!」
男 (この子の笑顔なんて初めて見たよ……)
弓使い「…………」
男 「……な、なんだ?」
男 (物珍しげに見てたのが気に障ったか?)
弓使い「……あの」
男 「はい、なんでしょう?」
弓使い「あの、もう一個ずつ買ってもらっても……よろしいでしょうか?」
男 (――――あ、かわいい)
男 「いいよ、こんなものでいいならさ」
エルフ「いいんですか!?」
男 「いいですとも!」
男 「―――というわけだ、リンゴ全部くれ」
隠 者「早過ぎる再会だな…… まぁ、買ってくれるのなら無碍にはせんが」
男 「その口ぶり、本物の商売人みたいだぞ」
隠 者「そうか。それもまたよし」
男 「ところで北に行ってたって言ったよな?一つ聞いてもいいか?」
隠 者「なんだ?」
男 「……北にエルフの里はあったか?」
隠 者「さぁな、俺の知る限りではなかったと思う」
男 「そうか、ならいい。またな」
隠 者「林檎はもうないぞ」
隠 者「――――まいど〜」
男 「ほい、お待たせ」
エルフ「フェリティトゥ〜!!」
弓使い「ちょっと」
男 「出てる、出ちゃってるよ」
エルフ「あ……」
弓使い「……この旅を始めた時からずっとそうだけど、先が思い遣られるわ」
エルフ「だ、大丈夫よ!今のは偶々で……」
弓使い「……貴方に同行してもらったのは正解でした」
男 「苦労してんのね」
弓使い「確かにこの旅の目的に一番適しているのはあの子だったんですけど、ご承知の通りああいう子でして」
男 「悪い子じゃないんだろうけどね」
弓使い「どうにも、その、人間の言葉でいうと『アホの子』でして」
男 「わかる、わかるよ」
エルフ「非道い!」
男 「しかし何で女の子の二人旅?」
弓使い「この子が木々の想いを汲み取るのに長けているんです。動物くらいハッキリとした意志を持っているのなら私にもわかるのですが」
男 「ほほぅ」
弓使い「ですが、自分の身を守ることに関してはハッキリ言って普通以下なので私が護衛としてついているんです」
男 「いや、君とあの子、つまり女の子だけだろ?何で男がついていないのかなって話」
弓使い「男と女がいて間違いが起きないとは言えません。特にあの子はほら、隙が多いので」
男 「ああ……」
エルフ「ちょっと!なんで納得するんですか!」
男 「いや、それにしても別に女の子二人に男一人の三人旅でも問題なかったんじゃ?」
エルフ「無視しないでくださいよ!」
弓使い「男は里の守りの要ですから」
男 「でも、リスクを考えるなら」
弓使い「……捕まった時のリスクを考慮した結果です。三人も捕えられれば、里にとっては大きな痛手です」
男 「……つまり、二人までが里の外に出せる限界だと」
弓使い「ええ」
男 「それじゃまるで君たちは……」
弓使い「いいえ、私たちは志願してこの任に着きました。決して里に見捨てられたわけではありません」
男 「なるほど、色々と覚悟の上ってか」
弓使い「はい、ですが……」
男 「ああ、大丈夫だ。絶対に捕まるなんてことのないようにする」
弓使い「……威勢だけはいいですね。まぁ、口先ではなんとでも言えますから」
男 「手厳しいねぇ」
弓使い「……つい余計なことまで喋ってしまいました」
男 「君も少し隙が多いようだ」
弓使い「ええ、今後はより一層気を付けましょう」
男 「俺もできる限りのサポートはさせてもらうよ」
弓使い「やる気を出すのは構いませんが、余計なことまでしないでくださいね」
男 「へいへい」
エルフ「ねー、聞いてー!!」
弓使い「はいはい……」
―――
――
―
男 「――――旅路を急いでいたわけだが、どうがんばっても夜は来るわけだ」
エルフ「そうですね」
弓使い「がんばったところでどうにかなるものではないでしょう?」
男 「はははっと、これ以上夜道を進むのは危険だ。今日はここで野宿しようと思うんだが」
エルフ「わかりました!」
弓使い「その前に」
男 「なんだ?」
弓使い「今、私たちはどの辺りまで来ているのでしょうか?」
男 「おいおい、まさか地図も持たずに旅してたとか言うんじゃ」
エルフ「いえいえ!ちゃんと地図ありますよ、ほら!!」
男 「随分黄ばんでるな」
弓使い「やはりこの地図は貴方の話を聞く限りどうやら古いもののようですね。ですから、最新のものを見たいのです」
男 「ああ、そういうことならっと、暗くて見にくいがさっきの町がここだから…… まぁ、この辺か」
エルフ「えーと、私たちの地図で言うと……」
弓使い「なるほど、まだこの辺りですか…… ザワディトヤスムルルクフム」
エルフ「ポポル。アムシュティ?」
弓使い「デムデムヴァンドレイ」
エルフ「ナスィテ?」
弓使い「グアナームスララファナクヒムドルチェンパパムシアサーキーヒーロムカウカウフィーヤ」
エルフ「あう…… ケムナゴラルカッチャ、チターニ?」
弓使い「チターニ、チターニ」
エルフ「マシアラルカナンワリャリャシアセベフェリャーヌ」
弓使い「エテメティタートシャルシィナン」
男 (そこはかとなく疎外感……)
男 「……とりあえず火起こしでもしとくか」
エルフ「ありがとうございます。私たちが喋ってる間に火まで起こしていただいて」
男 「……やることなかったし、必要なことだしな」
エルフ「そうだ、火の番を決めましょう!」
男 「ああ、それなら今夜は俺がやるよ。で、明日は君たちのどっちか、明後日は俺。こういう感じで」
エルフ「そんなの駄目ですよ!それじゃ人間さんのお疲れが溜まるじゃないですか!私たちもちゃんと一日ずつやりますよ!」
男 「いや、でもなぁ……」
弓使い「私もその意見には賛同致しかねます」
男 「そう?」
弓使い「実際今日まで私とこの子で一日交代していたのですが、丸一日寝ないのはやはり堪えます。貴方と私とで半日交代というのは如何でしょう?」
男 「夜中に交代ってことか」
弓使い「はい、そういうことです」
男 「君がそれでいいってんなら俺もそれでいいけど」
エルフ「ちょっと待って、なんで私が入ってないの?」
弓使い「貴女、寝ずの番なのに結構うつらうつらしてたでしょ?ハッキリ言って頼りないの」
エルフ「あう!」
弓使い「という状況ですので、私と貴方の交代制ということでいきます」
男 「了解」
エルフ「……コホン、火の番も決まったことですし、食事にしませんか?」
男 「おう」
エルフ「あ、私たちは食事を持参してますけど人間さんは?」
男 「俺も持ってきてるから大丈夫だ。さっきの露天商からも少し買ったしな」
エルフ「そうですか、それならよかったです」
弓使い「……私たちの食料を分ける必要がありませんからね」
エルフ「もー……」
弓使い「さて、ではお先にいただきます」
男 「なにそれ?」
エルフ「えーっと…… 丸薬みたいなものですね」
男 「もしかしてそれがエルフの長寿の秘密だったり?」
弓使い「いえ、これとは関係ありません。ただの種族差です」
男 「やっぱりそうか。ま、それにしても夕飯がそれっぽっちで足りるのか?」
エルフ「人間さんからしたら足りないかもしれませんけど、私たちはこれだけで十分なんですよ」
男 「それも種族の違いかね……」
弓使い「それで……」
エルフ「人間さんはそれを食べるんですか?」
男 「うん、牛の干し肉」
エルフ「……そう、ですか」
男 「……もしかして気持ち悪いとか、嫌だったりするか?」
弓使い「……まぁ、その辺りは種族や文化の違いがありますので。大丈夫です、どうぞお食べ下さい」
エルフ「どうぞ……」
男 「……じゃあ、悪いけどいただきますっと」
男 (しかし、やっぱり気になるよな……)
弓使い「お気に、なさらず」
男 「いや、そうは言うけど……」
弓使い「そうそう、食べながらで失礼ですが火の番はどちらが先にやりましょうか?」
男 「そうだな、君が先に休んだ方がいいと思う。行方不明になったこの子をずっと探してたんだろ」
弓使い「では、私が先に休ませていただきます」
男 「そうしなさいそうしなさい」
―――
――
―
エルフ「んん…… んふ……」
男 「……大分使い込んでる毛布だな」
男 (――――にしてもだ)
弓使い「……すぅ、すぅ」
男 (俺を信用していないっていう割には結構無防備に寝てるし…… まぁ、結構疲れてるんだろうな)
弓使い「……くぅ」
男 (ナイフみたいなの握ってるし、ホントは寝ないで俺の動向を伺うつもりだったんかね?)
弓使い「う、うぅー……ん………… はっ!」
男 「おっ?」
弓使い「……もう、交代ですか?」
男 「いや、目安の木が燃え尽きるまでまだかかりそうだし、もうちょっと寝ててもいいよ」
弓使い「……そうですか。でも目も覚めてしまったことですし、もう交代してしまいませんか?」
男 「……わかった」
男 「じゃ、休ませてもらうよ」
弓使い「あら、どうして反対側に?」
男 「……あの子の隣で寝てちゃ、朝起きたときびっくりさせちまうと思ってな」
弓使い「なるほど、理解しました」
男 「まぁ、そういうことで」
弓使い「今日一日お疲れ様でした」
男 「おう……」
男 (う〜む、感謝の言葉は口にしているものの、事務的な声色……)
弓使い「明日もお願いします」
男 「ん、任されて」
男 (この子も笑うとかわいいんだけどなぁ……)
弓使い「なにか?」
男 「なんでもないよ、おやすみ〜」
弓使い「はぁ…… オヤスミ?」
男 「?」
―――――
―――
―
弓使い「朝です。起きてください」
男 「ん、あ、ああ…… おはよう」
弓使い「オハヨウゴザイマス」
エルフ「……オハヨウ?」
男 「ん、人間の朝の挨拶だよ」
エルフ「朝の挨拶…… ああ、そういえば先生に教えてもらいました」
弓使い「人間の交流の初歩よ、忘れてどうするの」
エルフ「……ごめんなさい」
男 「でも、君だって『おやすみ』は忘れてただろ?」
弓使い「それなんですが、どういう意味の言葉なのでしょうか?」
男 「へ?知らないの?」
エルフ「私も知りません」
男 「……異文化交流というやつか」
男 「えー、おはよう、こんにちは、こんばんは、は知ってる?」
エルフ「こんばんは、以外は」
男 「こんばんは以外?」
弓使い「だいぶ前に聞いたような覚えはありますが……」
エルフ「今回旅に出るにあたってもう一度先生から基本会話を習ったんですけど……」
弓使い「こんばんは、は聞いたかしら?」
男 「こんばんは、は夜の挨拶」
エルフ「そうなんですね。ああ、でも大分前に教えてもらったような気はします」
弓使い「道理で。夜は野宿などで人間と交流する機会はないとの判断から履修してませんね……」
男 「ああ、だからおやすみも知らなかったのか」
エルフ「ちなみに?」
男 「おやすみ、は寝る前の挨拶」
エルフ「なるほど…… ふむふむ」
弓使い「……講義も終わったところで朝食にしましょうか」
男 「おう」
男 「――――で、またその丸薬だけ?」
エルフ「ええ」
弓使い「お構いなく」
男 (……お構いなく、なんてよく知ってるよな。人間の言葉ン中でも微妙な部類だと思うんだが)
男 「……ま、これも食べなよ、っと」
エルフ「わっ、ちょ、ちょっと!」
弓使い「急に物を投げないでください…… あら?」
エルフ「リンゴ……」
弓使い「まだ残ってたんですか?」
男 「……安かったから、つい買い占めちまった」
エルフ「……いただいてもいいんですか?」
男 「どうぞどうぞ」
エルフ「ありがとうございます!」
弓使い「……ありがとうございます」
男 「レムルストゥニ」
男 「――――っと、腹も膨れた所で出発するとしようか」
弓使い「そうですね、あまりのんびりとしているわけにもいきません」
男 「そういや西に向かうとは言ってたが、西の森ってのはどの辺りのことだ?」
エルフ「え?」
男 「実は西に向かうとしか聞いていない」
弓使い「ああ、そういえば言ってませんでしたね」
エルフ「ワリャリャシアに行くんです」
男 「なに?わりゃりゃ?」
エルフ「えっと…… ごめんなさい、人間の国の地名とかはよく知らないんです」
弓使い「次から次へと新しい国が出てきては滅びて出てきては滅びての繰り返しですから」
男 「う〜ん、地図でなら分かるか?ほら」
エルフ「ありがとうございます。えーっと……」
弓使い「ここ、ですね」
男 「やっぱり隣の国か……」
弓使い「何か問題が?」
男 「ああ」
エルフ「お隣とは仲がお悪いとか?」
男 「仲は…… 悪いかな?」
エルフ「そうですか」
弓使い「しかし仲が悪いだけが理由ではないでしょう?その隣国へ行くことは禁じられているのですか?それ以前に国を出てはならないとか」
男 「いや、国王はそういうのを固く取り締まるような人じゃない」
弓使い「……この国の王について何か知っておいでのようですが」
男 「国王は奴隷の出だからな。人を縛るのも人に縛られるのも嫌いなんだよ」
エルフ「それじゃあ…… お隣に問題があるってことですか」
弓使い「そういえば昨日の女性も最近隣国が物騒だと」
男 「隣国は今治安が悪いらしくてな…… 物取りや野盗が増えているらしい」
弓使い「今は、ということは、元々治安はよかったのですか?」
男 「ああ、何年か前まではな。まぁ、貴族だ賤民だのくだらないことにこだわる連中の多いいけ好かない国だが」
エルフ「何かあったんですか?」
男 「飢饉が起きたそうだ。その後も不作やら何やらで国の蓄えがあまり無いらしい」
エルフ「それで困った人たちが野盗になったりしていると……」
男 「噂じゃ他国に攻め込んで物資を奪おうと企んでいるとか」
エルフ「あまりよろしくないお国ですね」
男 「だな。そもそもこの国の革命の混乱に乗じて領地を拡大せんとしていたって噂もあるような国さ」
エルフ「そうなんですか」
男 「もっとも革命は一ヶ月もしないうちに成功して混乱もすぐに治まったから首を突っ込む隙なんてなかったが」
弓使い「……やはり人間は争いをやめることはできないのですね」
男 「そうじゃないと思いたいがねぇ……」
弓使い「思うだけなら簡単ですよ」
男 「……とにかく君らの言うまで行くのはちと骨が折れるかもしれない」
弓使い「……骨が折れようと、西の森の調査は私たちにとって急務です」
エルフ「行くしかないんです……!」
男 「ですよなー…… 少し遠回りになるが山から国境を越えるルートで行く」
エルフ「そのまま関所を通るのは難しいですよね」
弓使い「難しいどころの話じゃないわよ」
男 「まぁ、確か守備隊にはニヤケ面がいるっていうからソイツに話せば通れるかもだが念には念をだ。それに……」
エルフ「それに……?」
男 「関所を通れば野盗共に『新鮮な獲物が入りましたよー』って教えるようなもんだからな」
エルフ「そんな、関所というからには向こうの国にも番兵がいるんでしょう?」
男 「いるだろうけど、今のあっちの国の台所事情を聞く限りじゃ野党と裏でつながっておこぼれをもらってる可能性もある。関所はマズいだろう」
弓使い「それで密入国というわけですか」
男 「君たちがエルフって時点である種の密入国状態だけどな」
エルフ「あはは…… そですね」
弓使い「しょうがないじゃないですか。関所なんて通れるはずもありませんから」
男 「まぁ、うちの国はその辺も割と寛容だから周辺国から亡命してくる人も多い。その中に金持ちが多かったってのも野盗が増えた理由かもな」
弓使い「国を捨てた人間、国を超えてきた人間諸共に襲っているということですか」
男 「ああ、だからできる限り野盗に俺たちが侵入したことがバレないようにしたいんだ……」
弓使い「了解しました。では、そろそろここを発ちましょう」
エルフ「あの、ちなみにニヤケヅラって?」
男 「昔からの知り合い」
―――――
―――
―
男 「っと…… そろそろお昼時だけどどこか影のところで飯も兼ねて休むかい?」
エルフ「オヒルドキ……?ああ、お昼のご飯の時間ですね」
男 「あー…… もしかしてエルフって一日二食?」
弓使い「ええ、朝夕の二回だけですね」
男 「そっかー、昨日も食べてなかったしやっぱりそうなんだ。喰い損ねたわけじゃないのね」
エルフ「えーっと、人間は一日三食なんですか?」
男 「普通の人はね」
エルフ「それなら私たちは気にせず食べちゃってください。生活のリズムはなるべく崩さない方がいいですから」
男 「うわー、耳が痛いわー」
弓使い「つまり、不規則な生活をしていらっしゃると」
男 「今の生業が猟師なもんでね。飯も食わずに駆けずり回ったりとかしてまして……」
弓使い「獲物…… 動物を追いかけているのですか?」
男 「あー、うん…… すまん」
弓使い「別に謝っていただく必要はありません。それが人間の食文化なのでしょう?」
男 「いや、でも嫌な思いさせちまったわけだし……」
弓使い「ですから……」
エルフ「も、もうその話はいいですから!私たちのことはお気になさらず人間さんはご飯食べちゃってください」
男 「ありがとね。でも、君らが食べないんなら俺も食べない」
エルフ「でも……」
男 「いや、食料も大量にあるわけじゃなし節約しないとな。ま、いざとなりゃ一日一食でも十分すぎるくらいだしね」
弓使い「一日一食で十分、は言い過ぎではありませんか?」
男 「いやいや、昔は一日に一食が基本だったからそういうのには慣れてるんだ」
弓使い「昔は、ですか。一体どんな生活をされていたんですか?」
エルフ「あ、私も聞きたいです」
男 「楽しくもない話だ、忘れてくれ」
エルフ「え?でも……」
男 「気が滅入る話だから、またいずれな」
弓使い「……わかりました」
―――――
―――
―
男 「……今夜はここで野宿だな」
弓使い「そうですね、もうすぐ日も落ちます」
エルフ「今日はどれくらい進んだんでしょうか?」
男 「地図で言うとこの辺りかな?で、ここが昨日野宿した場所」
エルフ「ぜ、全然進んでない……」
弓使い「そうね…… もっと速さを上げられますか?」
男 「俺は日頃歩き回ってるから大丈夫だけど問題は君らだ。いけるか?」
弓使い「私は大丈夫です」
エルフ「もっと速くかぁ……」
弓使い「……いけるわよね?」
エルフ「なにをおっしゃいますやら! ……いけますとも」
弓使い「だったらちゃんとこっち見なさい」
男 「まぁ、無理はしない程度に進行速度を上げるということで」
男 「それじゃ、寝床づくりと火の準備を……」
弓使い「寝床は私たちでやります。貴方は火起こしを」
男 「了解だ」
エルフ「それにしても地面が整ってることが多いですよね。小石とか枝とかもあんまり落ちてないですし」
弓使い「街道沿いだからでしょ?さっきこの人間が言っていたようにこの街道を多くの旅人や商人が行き交うみたいだから」
男 「そゆことそゆこと」
エルフ「へー、ありがたいことですね。手間が省けますし」
弓使い「今までは寝床を作るだけでもひと苦労だったしね」
男 「まぁ、人目につかないってことは人が通らない場所ってことだし、その辺はしょうがないところだろ」
エルフ「そうなんですよ…… あーあ、ずっとこんな感じが続けばいいのに」
弓使い「無駄口叩いてないで手を動かしなさい」
エルフ「はーい……」
男 (種族は違えど似てるところは結構あるんだな……)
弓使い「火はどうなっていますか?」
男 「まだだよ」
―――
――
―
男 「……さてと」
エルフ「……すぅ」
弓使い「すぅ……」
男 (起こすのはかわいそうかな…… だが、今後のことを考えれば消耗はできる限り抑えたい)
弓使い「んぅ…… んんっ!」
男 「お、起きた」
弓使い「……旅が始まってからこの睡眠時間が身に染みてきていますので」
男 「慣れか」
弓使い「慣れですね」
男 「ちなみにこっちの子は?」
エルフ「スヤァ…」
弓使い「慣れてませんね。おかげでこちらが難儀します」
男 「だろうな。じゃ、悪いけどおやすみ――――」
―――――
―――
―
弓使い「…………」
男 「――――誰だ!?」
弓使い「っと、お目覚めのようですね」
男 「……って、そうだ。君らと旅してたんだ」
弓使い「刃物はしまっておいてくださいね」
男 「申し訳ない……」
弓使い「いえ、いざというときには即座に対応していただけそうではあるとわかりましたので」
エルフ「むにゃ……」
弓使い「貴女は早く起きな、さいっ!」
エルフ「うにゃっ!?」
男 「おーう、過激ぃ」
弓使い「はい?」
男 「イイエナンデモアリマセン」
―――
――
―
男 「さて、今日はこの先にある町に寄って行くとしようか」
弓使い「……昨日の話をもうお忘れですか?」
男 「いや、でも君らが寝てる時に使ってる毛布もうボロボロだろ?新しいのにしないと……」
弓使い「まぁ、それは確かに…… ですが」
男 「金の心配なら要らないぜ?使い道なかったからぼちぼち貯まってるんだ」
弓使い「しかし、あまりご迷惑をおかけするわけにはいきません」
男 「だったらこの旅が終わった時に必要経費とか請求するよ。それでいいだろ?」
弓使い「……言い方が悪かったでしょうか?うまく伝わっていないようですね」
男 「うん?」
弓使い「恩の押し売りをされたくないと言っているのです」
エルフ「ちょっ、ちょっと!」
男 「……そういうつもりじゃなかったんだけどな」
弓使い「貴方は私たちのことを知ってしまった。本来なら口封じをするところでしたが、その代わりとして旅に同行させているのです」
男 「そうだな」
弓使い「ですから、貴方は私たちの旅を滞りなく進めることだけをしていただければ結構です」
男 「馴れ合いは必要ない、と?」
弓使い「そういうことです」
男 「なるほど、じゃあ町に着いたら絶対買い物するぞ」
弓使い「……はい?」
男 「君らの使ってる毛布はボロボロになるまで使い込んでて不衛生だ。そんなもんいつまでも使ってたら健康を害する可能性が高い」
弓使い「はい?」
男 「旅を滞りなく終わらせることだけを考えろって言ったよな?今言ったことは円滑な旅の妨げになる。買い物するぞ」
弓使い「そんな屁理屈捏ねないでください!」
男 「滞りなくーって言ったのはそっちだろうが!それに昔世話になったエルフには何一つ恩返しできなかったんだ、その代わりだと思って受け取ってくれよ!」
弓使い「……わかりました。頑固な人間ですね、貴方」
男 「君も大概意地っ張りだよな」
エルフ「えーと、街で買い物するってことでいいんですよね?でも、それってそもそも人目に晒されて危ないんじゃ……」
男 ・弓使い「「あ」」
―――――
―――
―
エルフ「……人がたくさんいますねぇ」
弓使い「看板曰く<最西端の町>ですか」
男 「文字通り最先端の町だ。こっから国境までは村とか集落ばっかりになる」
弓使い「……だからここで必要なものを買い揃えていくべきだ、と」
男 「そゆことよ」
エルフ「……ばれないでしょうか?」
男 「大丈夫だよ。国境いから一番近い町だけあっていろんな奴がいるし」
男 (……まぁ、この国の中なら最悪バレてもなんとかなる気もするが。東の国も大丈夫かな?)
弓使い「……滞りなくどころか旅はあえなく失敗、なんてちっとも笑えませんよ?」
男 「大丈夫だって。これくらいは『滞りなく』の許容範囲だよ」
弓使い「そういうことにしておきます」
エルフ「それじゃあお願いしますね」
男 「おう、まずは布を扱ってるところだな」
―――
――
―
男 「――――毛布はこれでいいかな?質実剛健、但し遊び心は一欠けらもない」
エルフ「丈夫そうですね」
弓使い「機能性の方が重要ですので、これで構いません」
男 「よし、じゃあコイツを2枚お買い上げっと」
エルフ「……羊の毛ですよね、これ?」
弓使い「凄い……」
男 「……何が?」
エルフ「1枚編むのも結構時間かかるんですが、それをこれだけの数用意してるなんて……」
男 「確か紡績機とかいうものが出来て、それのおかげで生産効率が向上したとか聞いてる」
弓使い「ボウセキキ……?」
エルフ「聞いたことないです。どういうものなんです?」
男 「よくわかんないけどそれが結構便利らしくて服なんかもほら、いっぱいある」
エルフ「わぁー……」
弓使い「ボウセキキ…… どんなものなのか気になりますね」
男 「あと、足踏織機なんてのもあったかな?」
エルフ「アシブミオリキ?何を足で踏むんですか、それ?」
男 「えーと、紡績機が糸をつくるやつで…… 足踏織機は布をつくるんだっけか?」
弓使い「私に聞かないでください」
男 「じゃあ店主に聞く?」
弓使い「不要です。人間との接触は必要に迫られたときだけにしたいので」
男 「うーい」
エルフ「それにしてもすごいですね…… 凝った柄物なんて早くても三月に1枚しかできないのに」
弓使い「私もそう思う。人間の技術はすごいわね……」
エルフ「……ねぇ、あっちの方も見に行きません?」
男 「俺は別にかまわないけど?」
弓使い「……貴女も昨日の話を忘れたの?遅れを少しでも取り戻さなくちゃいけないの」
エルフ「でも、折角だし……」
弓使い「貴女ねぇ……」
男 「……先、急ごうか?」
弓使い「はい、行きましょう」
エルフ「ちょ、ちょっと!ちょっとだけだから!!」
弓使い「くどいわよ」
エルフ「でもほら!服は私たちが着るだけじゃなくて里に持って帰ってからも使えるでしょ?」
弓使い「……それはそうだけど」
エルフ「それにこれ見てよ!なんかフリフリしててかわいいじゃない!あとこっちも!」
弓使い「う……」
エルフ「ね、少しだけ。少し見ていくだけだから」
弓使い「…………」
男 (あー、呆れて声も出ないと)
エルフ「……やっぱりダメ?」
弓使い「……少しだけよ」
男 (折れるんかーい)
エルフ「ありがと!」
―――
――
―
エルフ「ああ、これもかわいい!里にはこんな飾りがついたのなんてないし、着てみたいな〜」
弓使い「あまりはしゃがないでよ?」
男 「大丈夫だよ。ここなら女の子が騒いでても不思議じゃないし」
弓使い「はい?」
男 「ほら、あそことか」
エルフ「あそこですか?」
幼 女「あ、これかわいいー!」
少 女「でもこれアンタにはまだ早いわね」
幼 女「えー!」
少 女「アンタにはこっちの方が似合うわよ」
幼 女「えー!子供っぽいからヤダ!!」
少 女「まだ子供のくせに何言ってんのよ」
弓使い「……そうみたいですね」
―――
――
―
男 (――――何で知ったんだっけ?女は服選びに時間をアホほどかけるって)
エルフ「これなんか似合うんじゃない?」
弓使い「デザインはいいけど旅には不向きだと思うわ」
エルフ「じゃーあ…… これ!」
弓使い「……それはちょっと、派手っていうか」
エルフ「じゃあどんなのがいいのよ」
弓使い「そうね…… これとか」
エルフ「あ、これもかわいい〜!でもでも!貴女にはもっとこうあったかい色の方が似合うって!」
弓使い「そ、そう?私は合わないと思うけど……」
エルフ「じゃあ、聞いてみましょうか。ねぇ、この子にはどっちが似合うと思います?」
弓使い「ちょ、ちょっと!」
男 「おれ?そうだな、俺もあったかい色の方が似合うと思うよ」
エルフ「ほらみてみなさーい!」
男 (しかしペースを上げようって言ったのは誰なんだって話だよ……)
エルフ「あのー」
男 (っと、服選びに付き合うときは笑顔で苛立ちを見せちゃいけないんだっけか)
男 「なに?」
エルフ「この下着と同じところにあったこの布地の少ないものは何でしょう?」
男 「おうふ」
エルフ「はい?」
男 「あー、うん、それねぇ…… 俺に聞く?」
弓使い「貴方以外に誰に聞けと?」
男 「ですよなー…… 周りに誰もいないな?」
エルフ「はい、いらっしゃいませんけど」
男 「それは…… うん、それは女性限定の服で、コルスレ・ゴルジェと言いまして」
弓使い「初耳ですね。用途は?外見を飾りたてるための物でしょうか?」
男 「違います。ほら、あれだ、服の下に着ける奴で、胸を…… こう形よく見せるためだとか垂れないようにするだとか」
エルフ「……へ?」
男 「輪の部分に腕を通して、面積の広い部分を胸に当てて…… なんつーことを口走ってるんでしょうかね」
エルフ「あ、はい……」
弓使い「な、なるほど…… そういうものですか」
男 「君らの文化にはなかったもんなのね」
弓使い「……使ってみる?」
エルフ「そうね、そうしましょう」
男 「えーと、人によって大きさが違うらしいよ?」
弓使い「……なんですって?」
男 「いや、その、胸…… の大きさによって着けるべき大きさが」
弓使い「どこを見て仰っておられますか?」
エルフ「じゃあ、着回しできないんですね」
弓使い「ちょっと待って、少し聞き捨てならない」
エルフ「しょうがない、これはやめておきましょう」
弓使い「ねぇ、ちょっと」
男 (……サラシみたいなもんはエルフにもあるんだろうか?)
―――――
―――
―
弓使い「――――すいません、大分お待たせしてしまいました」
男 「ああ、俺は気にしてないよ。ただ……」
弓使い「ペースを上げるどころかさらに遅らせてしまいましたね……」
男 「まぁ、布屋に連れてったのは俺なんだし…… なんかすまん」
弓使い「いえ、大丈夫です…… あの子も大分喜んでるみたいだし」
エルフ「えへへ…… 人間の里にはいろんな布地があるんですねぇ」
弓使い「それに、私としたことがつい我を忘れてしまい……」
男 「結構買ったよなぁ…… まぁ、問題は俺の懐事情よりこの量をどうするかだな」
エルフ「ごめんなさい……」
弓使い「……すいません」
男 「えーと、すいません。預かり所ってあります?」
店 主「この通りの突き当りだよ」
男 「だそうだ。機能性重視の奴を選んで残りはそこに預けて行こう」
エルフ「いいんですか?」
男 「これだけのもん持って歩いていくなんざ正気の沙汰じゃないだろ?」
弓使い「正気の沙汰じゃ、な…い……?」
男 「あー、言い方が悪かったな。まあいいや、次は食料とかも見にいこうか」
弓使い「食料でしたらまだありますので結構です」
男 「いやいや、俺の分のこともあるのよ?」
弓使い「ああ、それは申し訳ございません」
男 「あと、想定より旅路が遅れてるんならその分の食料も補充しとかないといけないだろ?」
弓使い「その心配はご無用です。想定される日程以上の食糧を常備していますので」
エルフ「でも、水はいりますよね?」
男 「国境いは川になってるから西の国の分はそこで汲んでいく。そこに行くまでの分だけ買うとしよう」
エルフ「どれぐらいいりますか?」
男 「軽いもんじゃないけど絶対必要なもんだしなぁ…… はてさて、どんだけ買うとしようかねぇ」
弓使い「今の調子なら一日当たりこの小さい水筒の半分くらいですね」
男 「じゃ、それを基準に考えよう」
―――――
―――
―
男 「さーて、買い物も終わったし…… そろそろ行きますか」
エルフ「はい、行きましょう!」
男 「……あの子、大分はしゃいでらっしゃる?」
弓使い「ですね」
男 「服いっぱい買ったのが原因か」
弓使い「かわいい柄物や飾り付の服は里にはほとんどありませんから、余程楽しかったんでしょう」
男 「君も大分はしゃいでたしね」
弓使い「私はそのようなことはありません」
男 「店出るときも預かり屋に預けたときも君の方が名残惜しそうにしていたけど」
弓使い「気のせいです」
男 「君の名誉のためにそういうことにしておこう」
弓使い「その言い方は何ですか?見当違いも甚だしいですよ」
男 「はいはい」
エルフ「――――あの」
男 「うん?」
エルフ「やっぱり道中黙々と進むのって楽しくありませんよね?」
男 「概ね同意だ。ただ、この旅は道楽じゃないんだろう?」
弓使い「その通りです。私たちは使命のために行動していますので」
エルフ「でも、スウィルニフな人間さんと接触できたわけだし、いろいろとお話を聞きたくない?」
弓使い「スウィルニフ……?人間と馴れ馴れしくし過ぎた様ね。これ以上関わるのはやめなさい」
エルフ「え〜、でも先生は生きた教材に学ぶことが一番だって言ってたよ?」
弓使い「それは……」
エルフ「『私が教えられる部分には限界があります。もし機会があれば直接人間から教わった方がよいですよ』って言ってたよね?」
弓使い「でも、これ以上過度な接触は……」
エルフ「折角のこの機会を逃したら、次はいつ機会が巡ってくるのよ」
弓使い「……わかった、わかったわよもう。でも、程々にしておきなさい」
エルフ「はーい」
男 (姉、ってのはああいう感じなのかね?)
エルフ「というわけで人間さん、いろいろとお聞きしてもよろしいですか?」
男 「いいよ、俺に答えられることなら」
エルフ「そうですね…… そうだ、人間さんは海、を見たことがありますか?」
男 「海…… ああ、何回か行ったな」
エルフ「やっぱりあれですか?海の水って塩辛いんですか?」
男 「うん、しょっぱかったな」
エルフ「そうなんですか!文献にはそう書いてあったんですが里にいる者たちには実際見聞きした者がいなくて」
弓使い「人間に海から遠いところまで追いやられてしまいましたので」
男 「……すまん」
弓使い「貴方に言ったところで詮無いことですので謝っていただかなくても結構です」
エルフ「それなら話の腰を折らないで!で、海って川や湖とは他にどう違うんですか?」
男 「そうだな、大きさはもちろんのこと…… 底に生えてた草もでかかったな」
エルフ「魚も大きいんですよね?」
男 「そうだな、ちっこいのもいるけど色鮮やかな奴がたくさんいて…… きれいだったな」
弓使い「色鮮やか…… ですか」
男 「うん、赤やら青やら黄色やら…… 岩の一部だと思ったら貝だったり、黒やら赤やらのヒトデ」
エルフ「ヒトデ?」
男 「ああ、ヒトデっていうのはなんつーのかな、こう、棘が五本こんな感じで引っ付いてるやつで……」
エルフ「あっ、それってミチャンですね!ほんとにいるんだ…… あ、それならクーンサフサ、棘だらけの生き物もいるんですか?」
男 「棘だらけ…… ウニ、のことかな?触るだけで痛そうな」
エルフ「それですよきっと!いやぁ、文献には載ってるんですけどホントにいるんですね。そんな摩訶不思議な生物」
男 「まぁ、確かに初めて見たときはわけがわからんかったな。アレに名前がついてることすら知らなかったし」
エルフ「まるで空想上の生き物ですよね?私てっきり著者がでっち上げたものだとばかり…… じゃあ、あれも真実?」
男 「あれ?」
エルフ「海を延々と進んでいくと、とても大きな島があるそうなんです。それこそ私たちが生きているこの世界のように」
男 「海の向こうに?世界と同じくらいの島が?」
エルフ「ええ、文献には島は一つだけでなくもっとあるそうです。全て把握できてはいないそうですが」
男 「もっとある?じゃあ、そこにも俺たち人間やエルフがいるのかな?」
エルフ「どうなんでしょうね?ひとつの島にはエルフや人間によく似た獣のような耳と尻尾が生えている生き物が暮らしていたそうですが」
男 「マジか!行ってみて―な、その島…… 言うなれば新世界か?」
弓使い「……興奮してるところ悪いけど、その記述が正しいかどうかは里でも論議されているでしょ?」
エルフ「えー?でも、ミチャンやクーンサフサがいたなら島だってあるでしょう?」
弓使い「一つ真実があったからと言って全てが真実に変わるわけでもないのよ」
エルフ「ひとつじゃないですー、ミチャンとクーンサフサのふたつですー」
弓使い「子どもみたいなこと言わないでよ」
男 「海…… また行ってみたくなったな。できるならその向こうにまで」
エルフ「ですよね!私も行ってみたいです!」
弓使い「まだ今回の調査も終わっていないのに、叶いもしない夢を語るのはやめなさい」
エルフ「叶わないとは決まってないわよ!」
弓使い「人間から隠れて生きることで精一杯な私たちの種族の事情を鑑みなさい。無理に決まっているでしょう?」
エルフ「う〜」
弓使い「……でも、本当に島があるのなら、エルフがそこに逃れられるなら、自由に生きていけるのかもしれないわね」
男 「…………」
弓使い「さて、今はそれより身近な問題を解決します。ぼーっとしてないで、先をいぞぎましょう」
男 「ぼーっと突っ立ってたわけじゃないけどな。仰せのままに」
―――――
―――
―
男 「あれから数日、か」
エルフ「今どの辺りにいるんでしょう?」
男 「ちょっと待てよ…… っと、この辺」
弓使い「当初の予定よりもまだ遅れていますね」
男 「だからと言ってこれ以上歩調を上げても体に支障をきたすと思うな。ここらで折り合いをつけてみたらどうだ?」
弓使い「……そうですね、道半ばで倒れるようなことがあれば本末転倒ですし」
エルフ「ところで話は変わるけど、この柵さっきからずっと続いてますけど何なんでしょう?」
弓使い「話変わり過ぎよ」
男 「ああ、これは元貴族のやってる牧場だな。飼ってる動物が逃げ出さないようにするための柵だ」
エルフ「あ、ほんとだ。羊がいますね。見るの久し振り!」
弓使い「里以来ね。ところで、さっきの元貴族というのは?革命の時に貴族と呼ばれる人種は須らく抹殺されたのでは?」
男 「全部が全部殺されたわけじゃないさ。ここの主は革命以前から奴隷の扱いに異を唱えていた人で、革命の時にも奴隷側に協力してくれた高潔な人だ」
弓使い「……よければ、もう少し詳しくお聞かせ願えますか?」
男 「珍しいな?まぁ、いいけど。ここの主は奴隷も同じ人間だということで過酷な労働を強制したり、尊厳を奪うようなことはしなかった」
弓使い「しかし、それは少数派の意見だったのでは?そんな人間がどうして革命以前に貴族でいられたのでしょう?」
男 「良質な乳や肉とかを献上していたからだったような。主の牧場のそれは当時最高級品とされたぐらいだし」
弓使い「なるほど……」
男 「その良質な食材を提供できたのは主の下にいたエルフのおかげだった、とも聞いてる」
弓使い「そうでしたか、じゃあその主が例の……」
男 「例の?」
エルフ「あのぉ!この池って使ってもいいでしょうか!」
男 「あの子、何時の間に柵を…… 使うって何する気だ?」
エルフ「この頃歩き詰めなので足が火照ってまして!冷やしたいなぁと!」
男 「多分牛とか羊とかの飲み水だろうからあんまり汚さなきゃいいと思うが!」
エルフ「じゃあ布を浸して使います!」
男 「それなら多分大丈夫だろう!」
エルフ「わかりました!」
弓使い「……本当によろしいので?」
男 「多分ね。怒られたら怒られたできちんと謝れば許してくれると思うよ、ここの主なら」
弓使い「そうですか」
男 「ところで例の、って?」
弓使い「それは…… あら?」
男 「あら?ああ、あれか?」
弓使い「人間の子供ですね」
男 「そうだな」
弓使い「どこから来たんでしょう?」
男 「ここの主の子供じゃないかな?あそこの茂みで遊んでたんだろう」
弓使い「あ、あの子に気付いた」
男 「ああ、気付いたな」
弓使い「あの子の方は気付いてないようですね」
男 「なんだ、まるで助走をつけてるような……」
弓使い「……嫌な予感がします」
男 「あ、行った」
少 年「ど〜ん!!」
エルフ「きゃぁあああっ!!?」
男 「あのガキ!」
エルフ「――――ぶはっ!ちょ、ちょっとなに!?なにがおきたの!?」
少 年「そこは俺の縄張りだ!勝手に使った奴にはセーサイだ!!」
エルフ「そ、そうでしたか!それは大変なご無礼を!」
男 「悪いな、少年。勝手にお気に入りの場所を使っちまって」
少 年「ん?誰だお前?」
男 「この子の連れさ」
少 年「そうか!ならお前にもセーサイだ!」
男 「っと、だからって蹴っ飛ばしてもいいってわけじゃないだろ?」
少 年「わっ、ちょっ、おろせ!おろせよ!!」
弓使い「……まったく、何してるのよ。捕まって」
エルフ「ありがとう…… うう、ずぶ濡れ……」
少 年「くそっ!はなせ!はーなーせーっ!!」
男 「わかったわかった。降ろしてやるから今後はいきなり暴力じゃなくてちゃんと話をするんだぞ」
少 年「わかった!今度からそーするよ!」
男 「ほんとだな?じゃあ、降ろすぞ」
少 年「ありがと…… からの!」
男 「ひらり」
少 年「うわっ!?」
男 「おっと危ない、池に落ちるところだったな」
少 年「た、助かった…… ありがとう」
男 「ありがとうだぁ〜?約束を早速破りやがって!」
少 年「うわぁ!?ご、ごめん!ごめんよぉ!!」
男 「本当に反省してるのか?おい」
母 親「何を騒いでるの〜?……あら?」
少 年「ゲッ、かーちゃん……」
母 親「あらあらあら?」
男 (子どもならともかく母親に連れがエルフだってバレるのは少々マズいか?)
母 親「どうもウチの子が旅の方々にご迷惑をおかけしたみたいで…… 申し訳ありません」
男 「ああ、いえ、こちらが勝手にお宅の私有地の池を使っていたことの方が悪いことでして」
母 親「ちょっとウチの子渡してくださいます?」
男 「あ、はい」
少 年「や〜め〜ろ〜!たすけろー!!」
母 親「何が助けろよ!」
少 年「い゛た゛ぁっ!?」
男 (おーう、ケツにいいのが一発入った)
母 親「アンタまた旅の人に迷惑かけたんだね!!おやめって何回も言ったでしょ!!」
少 年「だ、だってコイツがあだぁっ!」
母 親「だってもあさってもあるもんですか!全くアンタはほんとにもう!!」
少 年「っっ!?ごめっ、ごめんよ母ちゃったぁい!!」
母 親「私に謝ってどうすんの!この人たちにごめんなさいするんだよ!」
少 年「ごめんなさい、ごめんなさぁーい!!」
男 「おーう、過激ぃ」
―――
――
―
少 年「……ってぇーな、クソ」
母 親「こら」
少 年「……申し訳ありませんでした」
母 親「すいません旅の方々、うちのバカ息子が……」
男 「い、いえ、大丈夫です」
母 親「お詫びと言っては何ですが辺りも暗くなり始めた事ですし、我が家でおもてなしをさせていただけませんか?」
弓使い「いえ、それには及びません」
男 「非があるのは勝手にお宅の私有地に入ったこちらです。申し訳ありませんでした」
母親「ですがバカ息子のせいでお連れ様が濡れてしまったご様子。ここの池の水は冷たいですから風邪でもひかれては大変ですよ」
エルフ「……いえ、そんなことは、はっ、へっくち!」
母親「ここにはお湯を沸かす設備もございます。どうかお詫びをさせてはいただけませんか?」
男 「うーむ……」
男 (ご厚意を無下にするわけにもいかんが、彼女たちがエルフと知られるのはまずいよな……)
弓使い「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
男 「え゛?」
母 親「そうですか!ではこちらへ…… ほら、ご案内して」
少 年「わかったよ…… どうぞ、ぼくについて来てください」
男 「……いいのか?」
弓使い「……この方ならきっと大丈夫です」
男 「何を根拠に?」
弓使い「直感ですね。本質を捉える才があると仲間内でも言われておりましたので」
男 「そですか」
弓使い「最初に出会ったときの貴方よりは信用できます」
男 「マジすか」
弓使い「それに奴隷の扱いに異を唱えていた御仁の伴侶であられるならば、悪い方には転ばないでしょう」
男 「さいですな」
エルフ「……へっくち」
弓使い「さぁ、行きましょう。このままじゃホントにこの子が風邪をひいてしまいます」
男 (――――で、こうして御相伴に与ることになったわけだが)
父 親「すみません、お客人に配膳を手伝わせてしまいまして……」
男 「いえ、本当なら叱責を受けるべきところをこのような歓待をしていただけるのです。これぐらいは喜んで手伝わせていただきます」
少 年「だよな!だから俺はやらなくてもいいだろ?」
父 親「……ん?」
少 年「やらせていただきます!」
男 「ははは……」
父 親「すいません、厳しく育てているつもりなのですがどうにも生意気な子でして」
男 「元気があっていいと思いますよ。……それにしても多いですね?」
父 親「我が家では可能な限り家族揃って食事をとることにしているんですよ。それでこれだけの数に」
男 「これだけの数のご家族…… すごいですね」
父 親「家族というのは彼らのことも含めてですよ」
農 夫「旦那様、いつもありがとうございます」
牧 童「うちの班はこれで全員です。残りはあとで交代します」
父 親「うん、みんなお疲れ様。もうすぐ家内たちから声がかかると思う」
母 親「あなた〜、みんな〜、できたわよ」
父 親「ほら、やっぱりね。今行くよ」
少 年「はーい」
牧 童「今日はなんだったっけ?」
農 夫「シチューだったと思う」
婦 人「その通りだよ。あんたたちはこれを持ってって」
少 年「おっ、肉だ!」
母 親「これはお客さんに出すの。あなたの分じゃないの」
少 年「え〜、マジ?」
母 親「そういう口のきき方をしないの」
少 年「へいへい」
母 親「こら!」
男 「……少し、羨ましいかな」
エルフ「ありがとうございました」
男 「お、出てきた」
母 親「お湯加減いかがでしたかしら?」
エルフ「いいお湯加減でした。おかげさまで暖まりました」
弓使い「私まで使わせていただいて…… ありがとうございました」
男 (部屋の中でも帽子、か…… かぶりっぱなしで何か言われなきゃいいが)
エルフ「あ、こちらは夕食ですか?」
農 婦「そうですよ。腕によりをかけてつくらせていただきました」
弓使い「そんな、夕食までいただけるなんて…… 本当にありがとうございます」
母 親「いえいえ、私が好きでやっていることですから」
父 親「妻は人をもてなすのが趣味みたいなものでしてね。ここを訪れた方は皆捕まえてしまうんですよ」
少 年「野盗がここに押し入ってきた時もそれに気付かずもてなそうとするんだもんなー」
母 親「ちょっと、そんなことは言わなくていいの!」
男 「はは、そうなんですか」
婦 人「で、奥様のもてなしに感動して野盗から足を洗ったのがあそこの人たちなの」
元野党「「「「「「「「どうも〜」」」」」」」」
男 「わーお」
―――
――
―
父 親「――――さて、それでは」
一 同『『『『『『『『『『いただきます』』』』』』』』』』
エルフ「あの、これって……」
男 「うん、獣。牛の肉だな」
弓使い「やはり……」
男 「俺も食べないようにするから、そういう文化の人間として振る舞えばいいんじゃないか?」
農 夫「旦那様、お客人の前ですがよろしいでしょうか?」
父 親「う、む。そうだな、どうしたものか……」
男 「大事なお話なら席を外させていただきますが?」
父 親「いえ、普段は食事の時に農場や牧場の様子を話していましてな。貴方方さえよければそのままお食事を続けていただいて」
弓使い「私たちはかまいませんが、本当にお聞きしてしまってもよろしいのでしょうか?」
父 親「ええ、構いませんとも。というわけだ、手短に頼む」
農 夫「はい、うちの班の担当区分は特に問題なかったです」
牧 童「同じく」
元野盗「うちのとこはマサヨの乳の出が悪くなってきたんで、出荷数に影響が出てくるかと」
太っちょ「うちはハナコが妊娠したみたいでさぁ」
労働者「うちの班は問題ありません」
父 親「んんっ!特に問題のないところは今日は言わなくてもいい。何かあったところだけ挙手してもらえれば」
父 親「……ないようだな。みんな、今日も一日ありがとう」
一 同『『『『『『いえいえ』』』』』』
父 親「お騒がせしました」
エルフ「いえいえ、そんなことは」
母 親「どうかしら?お口に合いますかしら?」
弓使い「はい、大変おいしくいただいております」
母 親「よかったわ、旅の方って時々ここと食文化が違うこともあったりして……」
男 「……実は我々、獣の肉はちょっと」
母 親「あ、あら?そうでしたの!ごめんなさい、お作りする前にお聞きするのを失念しておりましたわ」
エルフ「申し訳ありません、折角作っていただいたのに」
母 親「いえいえ、謝るのはこちらの方です。すぐに下げさせますわね」
少 年「おねーちゃん、肉食べないんなら俺にくれよ」
エルフ「え?えーと…… よろしいですか?」
少 年「いいだろかーちゃん」
母 親「……んもぅ、ちゃんと野菜も食べるんだったら食べていいわよ」
少 年「じゃ、いっただっきまーっす!」
エルフ「はい、どーぞ」
少 年「あんっ、んぐんぐんむ…… なぁ、おねーちゃん」
エルフ「はい?」
少 年「部屋ン中で帽子は変だぜ、とっちまいなよ!」
エルフ「あっ!?」
男 「なっ!?」
少 年「うわ、おねーちゃんの耳なげーな!」
男 (そうきたかー!?)
エルフ「あは、あははは……」
父 親「――――少し、よろしいですかな?」
男 「はい、なんでしょう?」
男 (圧が半端ないな、主だけじゃなく他の連中も睨んできやがる…… ん?何だアイツ)
父 親「……貴方方の御関係は?」
男 「旅の同行者です」
父 親「本当に?」
エルフ「は、はい!本当です!」
父 親「彼は奴隷商ではない、と?」
弓使い「ええ、その通りです」
婦 人「本当にそうなんですか?もしそうじゃないのなら旦那様に」
農 夫「旦那様はお優しい方です。革命以前から私たちを普通の人として扱ってくださいました」
男 「存じております、主殿が奴隷解放のため革命に大いにご協力されたことを。あの時は本当にありがとうございました」
父 親「む、すると貴方は……」
男 「はい、私も元奴隷です。以前お会いした時はまだ幼く、当時の面影はもう残っていないとは思いますが」
父 親「面影…… もしや君は、あの『鷹の目』と呼ばれていた……」
男 「はい、そうです」
父 親「いや、これは大変失礼なことをしました。申し訳ありません、貴方を奴隷商だと疑ってしまった」
男 「いえ、今この国でエルフを連れているとしたら表を歩けないような人間だと思うのは当然のことでしょう」
父 親「本当にすみません。……では、何故エルフのお嬢さんをお連れしているのですか?」
男 「それは……」
弓使い「それは私たちから説明させていただきます」
エルフ「私たちは里の長からの使命を受けて西の方へと調査に向かう途中なんです」
弓使い「その道中でこちらの方の御協力を頂けることとなり、こうして同行していただいているのです」
父 親「そうでしたか……」
弓使い「無用の混乱を避けようとしていたとはいえエルフの恩人に身分を偽っていたこと、深くお詫び申し上げます」
エルフ「申し訳ありませんでした」
父 親「エルフの恩人……?もしや、彼はあの後無事にエルフの里まで帰れたのですか?」
エルフ「はい、貴方のことをよく話してくれました。奴隷のために立ち上がった気高いスウィルニフの一人だったと」
父 親「そうでしたか!いやよかった、よかった……!」
―――
――
―
父 親「――――この土地は放牧に適しておりましてな。それを教えてくれたのも彼でした。感謝してもしきれません」
エルフ「彼も貴方に感謝していました。暗い闇の中しか知らなかった自分を光のあるところへ連れ出してくれたと。その恩に報いたかったとも」
父 親「そうでしたか…… 革命の後、助け出された大勢のエルフの護衛として共に帰っていったきりどうしているのかと思っていましたが、いや、よかった」
母 親「さぁ、どうぞ遠慮なくお食べになって」
男 「ああっと、すいません奥様、エルフは獣の肉は食べないそうなんです」
母 親「ええ?彼は食べていたけど……?」
弓使い「……きっと、言い出せなかったんだと思います。貴方方のやさしい微笑を見ていたら断ることが出来なかったんだと」
父 親「なんと…… 知らなかったとはいえ、私たちは何ということを」
母 親「ああ、何とお詫びをすればいいのか……」
エルフ「そんな、彼は貴方方にはとても感謝していました。気を病んでいただかなくても結構です」
少 年「……よーするに、俺が肉食ってもいいんだよな?」
弓使い「そうですね。はい、どうぞ」
母 親「アンタって子はほんとにもう……」
―――
――
―
父 親「――――おっと、すっかり話し込んでしまいましたな」
少 年「スゥ、スゥ……」
母 親「ごめんなさい、旅でお疲れのところをこんな遅くまで」
エルフ「いえ、とても有意義で楽しい時間でした」
父 親「そう言ってもらえるとありがたいです。さ、この方たちを部屋まで案内してくれ」
女 性「はい、ではこちらへどうぞ」
弓使い「いえ、それには及びま」
男 「ありがとうございます」
弓使い「ちょっと」
男 「こんな時間から歩くつもりか?折角の機会だ、ぐっすり眠らせてもらおう」
弓使い「……わかりました、ありがとうございます」
男 「ん。……ところでご主人」
父 親「はい、何でしょうか?」
男 「あそこにいる彼なんですが」
父 親「彼が何か?」
男 「彼はいつ頃からこちらに?」
父 親「革命が終わってからしばらくして…… だと記憶しています」
男 「そうですか……」
不審者「さ、ぼっちゃん。部屋に戻りましょう」
男 (……アイツだけ彼女らの正体がバレたときに俺だけでなく彼女たちも見ていた。まるで品定めするように)
男 「……ありがとうございました。今夜はお世話になります」
父 親「ん、ああ、どーぞ。ゆっくりとお休みください」
男 (気のせいかもしれんし、主殿にはまだお伝えしなくてもいいな…… っと)
男 「……すいません、俺もお風呂場を借りてもよろしいでしょうか?」
父 親「ああ、これは申し訳ありません。そういえば貴方はまだでしたな。おい、誰か!」
男 「あ、そこまでしていただかなくても結構です。汗さえ流せれば」
父 親「本当に申し訳ない……」
男 「いえいえ……」
―――――
―――
―
母 親「是非またお立ち寄りくださいね」
父 親「旅の無事を祈っております」
エルフ「ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
弓使い「お世話になりました」
男 「ありがとうございました。それでは……」
少 年「おねーちゃんたち、待って!」
エルフ「はい?」
少 年「はっ、はっ、はぁっ、これ!」
エルフ「これって、乾酪……?」
少 年「昔ここにいたエルフのーにーちゃんと同じ名前を付けた乾酪なんだって。これ、にーちゃんに渡してくれよ」
弓使い「……ごめんなさい、この旅はきっと長くなります。いくら乾酪でも里に帰るころには傷んでしまうかと」
少 年「じゃあさ、旅の帰り道にまたここに寄ってくれよ!なっ!いいだろ!」
弓使い「……はい、お約束します。きっとまたここに立ち寄らせていただきます」
少 年「約束だからな!絶対だからな!また来いよ〜〜〜!!」
エルフ「――――いい人たちだったなぁ」
男 「そうだな」
弓使い「人間が皆、あの方たちのようであったならいいのですが……」
男 「ハハハ…… まぁ十人十色と言うし」
エルフ「ジュウニントイロ?」
男 「十人もいりゃ性格とか好みとかバラバラで全員同じってわけじゃない、十人いりゃ十人の考えがある。そんな意味の言葉だよ」
エルフ「へぇ〜……」
弓使い「……でも、人間の本質は誰しもが同じ。変わらないのではないでしょうか?」
男 「はい?」
弓使い「あの方たちも飼っている動物をやがては殺して食べるのでしょう?」
男 「そうだけど…… 君らだって羊を飼ってるんだろ?羊の毛の布があるとか」
弓使い「ええ、私たちエルフも羊を飼ってはいます。ですがそれは毛を刈って布にしたりするためで殺したりはしません」
男 「……そうだな、俺たちは羊も殺して食べるもんな。でもな」
弓使い「でも?」
男 「俺たちは確かに動物を殺して食うために飼っている。だけど俺たちは動物にちゃんと感謝している。それが山の教えだ」
エルフ「感謝?」
男 「ああそうだ、無暗に殺しているわけじゃない。俺たちが生きていくためにその命をもらってるんだからな」
男 「君たちだって羊たちに毛をもらったり、乳を分けてもらったりすることに感謝しているだろ?それと同じだよ」
弓使い「生きるために…… ですか。わからないでもありません」
エルフ「ですけど……」
男 「…………」
弓使い「……貴方は確かリョウシ、という職ぎょ」
男 「悪い、後にしてくれ」
エルフ「どうしましたか?」
男 「今、牧場のところから鳩が出てきた。アレを捕まえなきゃならん」
エルフ「捕まえるって、どうしてです?」
男 「きっとあれは伝書鳩だ。昨日あの中で一人だけ君たちを品定めするように見ている奴がいた。恐らく奴隷商とつながっている」
弓使い「デンショバト、というのはわかりませんがつまりはあの鳩をプワカークにしようとしていることですね」
男 「ぷわ…?ああ、多分それだ。もしあの男がホントに奴隷商とつながってるんならあの鳩に君たちの正体と行方を知らせる文書を持たせてあることになる」
エルフ「それはすごく困りますね」
男 「ああ、だから君たちには悪いが撃ち落とす」
弓使い「そんな!動物は無暗に殺さないと仰ったではありませんか!」
男 「だからってこのまま見過ごしたら君たちはどうなる!」
エルフ「私に任せて!スゥゥゥゥゥ……」
男 「何を!?」
エルフ「―----――――――--------------―――――-----――――――ッッ!!」
男 (がぁぁっ!?なんだこの声耳がキーンって!?)
鳩 「 」
男 「んぁ?」
鳩 「 」
エルフ「 」
男 「ごめん、今ちょっと耳がキーンとしてて聞こえない」
エルフ「――――?―――すか?聞こえますかー?」
男 「うん、聞こえるようになってきた」
エルフ「ごめんなさい、人間さんの耳にはよくないみたいでした」
男 「いや、いいよ。多分それのおかげでハトがここにいるんだろうし」
鳩 「フォーホー、ホッホー」
男 「しかしどういうことだこれ」
弓使い「以前言っていなかったでしょうか?私たちは動物と意思の疎通が図れると」
男 「言ってた気がする。つまり、あの超高音で鳩を呼び寄せたと」
エルフ「結構高いところにいたのでよく聞こえるように大きな声を出したんです……」
男 「ん、まぁ、そんなことより手紙の有無だ。どれどれ……」
鳩 「フォッポー」
男 「あったあった、と。さて、その気になる内容とは?」
エルフ「内容とは?」
男 「……暗号ですな」
弓使い「他の誰かに迂闊に読まれては困る内容、ということですね」
男 「――――う〜む」
エルフ「悩んでおられますね〜」
鳩 「フォーホー、ホッホー」
弓使い「でも、そろそろみたいよ」
鳩 「クルッポー」
男 「……よし、こういうことか」
弓使い「解けましたか?」
エルフ「ごめんなさい。人間の文化とか習慣とかわからなくて、何もお手伝いできなくて」
男 「気にせんでいいよ。やっぱり想像を裏切ってはくれなかったか」
弓使い「ということはやはり」
男 「俺たちの行く先で待ち伏せるように、って内容だったよ」
弓使い「いかがなされますか?」
男 「とりあえずはこの文書を別の内容に差し替える。俺らと関係ないところに行ってもらうとしよう」
男 「そんで、今後のことを牧場の主に伝えてくる。あと、君たちにやってもらいたいことがあるんだが」
エルフ「はい?」
―――
――
―
父 親「ふむ…… むっ?」
父 親「……どうにも肩が凝ってしょうがない。肩の荷が下りないものか」
男 「……肩の荷よりも目の上のたんこぶが重たいのでは」
父 親「君か…… いや懐かしかったよ。革命以前、私たちは今の合言葉で情報のやり取りをしていた」
男 「覚えていて下さったようで何よりです」
父 親「忘れられるものかよ…… あの伝令から教わったのかね?」
男 「はい、こうして誰にも気取られず目的の場所へと潜り込む術も合わせて。いつか彼と共に事を成すべく」
父 親「なかなか見事だった。彼も鼻が高いことだろう…… さて、わざわざこんな方法をとったということは何かあったのだろう?」
男 「昨晩お聞きした男が関係していると思われることです」
父 親「穏やかではなさそうだな。エルフのお嬢さんたちのことかな?」
男 「はい、先刻この牧場から伝書鳩が飛び立ちました。その鳩を捕え確認したところ、エルフのことと待ち伏せするようにとの伝言が」
父 親「……なんと」
男 「恐らく以前ここにエルフがいたことや、革命前後の主の処遇などからエルフと繋がりがあると睨んで潜り込んでいたんでしょう」
父 親「うむ、どうするか……」
男 「エルフとなれば奴隷商に高く売れます。ならず者たちは必ず動くでしょう。そこを突きます」
父 親「偽の文書でお引き寄せる、ということだな。わかった、近隣の衛兵たちに連絡を取ろう」
男 「ありがとうございます。場所はこちらが指定してもよろしいでしょうか?」
父 親「ああ、万が一君たちが連中に出くわしては厄介だ」
男 「はい、場所は…… ここを指定しています」
父 親「了解した」
男 「あと、この鳩は彼女たちを通じて帰還する際はまず貴方の下に行くようにしてあります」
鳩 「フォッポー」
父 親「うむ、内通者が誰かは私の方で調べよう」
男 「恩に着ます。それでは……」
父 親「しかし口惜しいな、今もまだ奴隷を商売にしようとする連中がいるなどとは」
男 「……彼女たちが言っていました。人間の本質は変わらないのでは、と」
父 親「人間の本質?」
男 「詳しくは聞いていません。ですが、察するところ人間とは利己的な存在である、ということかと。私もそう思うときが多々あります」
父 親「利己的、か…… その通りだ、それを否定するのは至難だろうな。奴らのような存在が無くてもだ」
男 「やはり、そうなのでしょうか……」
父 親「……だが、利己的なのは人間だけではないのと思うのだよ。私たちだけでなく生物全ての本質は利己的なのではないか?とね」
男 「生き物全てが?」
父 親「うむ、犬も鳥も自身が生きる為、自己の子孫を残すことを念頭に生きている。それは究極の利己的な行動だとは思わないか?」
男 「……極論では?」
父 親「確かに極論ではあるが、突き詰めれば生き物全ては利己的であると考えられるはずだ。それは生きている限りしょうがないことだと私は思う」
父 親「森の者と謳われたエルフとて例外ではないだろう。だが、彼らはその高い知性を以てそういった生物の本質をも捻じ伏せ今の高みに至ったのだ」
父 親「ならば、同じく知性を持つ我々人間も強く意志を持てばその高みへと至ることはできるはずだと、私はそう思う。君はどうかね?」
男 「……私も、そう思います。そうであると信じたいです」
父 親「そうか…… しかし、今語ったのは私の拙い知識と経験で練り上げた妄想だ。鵜呑みにしてくれるなよ?」
男 「心得ました」
父 親「うむ、では後はこちらで上手くやっておく。道中気を付けてくれたまえ」
男 「はい、それでは……」
―――
――
―
男 (――――人間の本質は利己的、なれど強い意志を持つことで高みに至れる、か)
男 (やっぱり奴隷だった頃に見た人間の醜さ、下劣さ。あれこそが人間の本性なんだろうな)
男 (だけど、俺たちはその醜さを知っている。だからこそ、強い意志を持ってその醜さを克服できる、ってところか……)
男 「……戻ったぞ」
弓使い「首尾は?」
男 「上々」
弓使い「それは良い傾向ですね」
エルフ「それで、この先はどう行くんです?」
男 「引き続き街道沿いを通っていく。連中にはエルフ一行は街道を避けて進んでいるって偽の文書を掴ませてるしな」
エルフ「うっかり鉢合わせたりはしませんか?」
男 「人数も五人にしといた。大丈夫だよ」
弓使い「……それでは行きましょうか」
エルフ「うん」
―――――
―――
―
男 「――――国境も大分近づいてきたな」
弓使い「ならず者たちにも出会わずに済みました」
男 「牧場の主が動いてくれたんだ。今頃きっとお縄についてるさ」
エルフ「ですね。この旅の中で、思いの外たくさんのスウィルニフに出会えました」
男 「ああ、あの人たちは間違いなくスウィルニフだよ」
弓使い「ですが、その中に確実に一人はディアンニフがいましたが」
男 「それが人間の全てじゃないさ」
弓使い「おや、いつぞやはもっと曖昧な返事をいただいたのですが」
男 「心境の変化があったんでね」
エルフ「それって?」
男 「主殿の話を聞いてね…… っと」
???『ウォオオオォォ〜〜〜〜〜―――----』
男 「……アイツらも夕飯時かな?」
エルフ「ガンドレイ…… 狼?」
弓使い「狼の声とは微妙に違う気がするけど……」
男 「じゃあ多分野犬だな、野犬。犬だな」
エルフ「犬?ああ。確か狼を人間が飼えるように飼い慣らしたっていう」
男 「それが野生に帰ったのが野犬だ。で、アイツらが何言ってるとかもわかるのか?」
弓使い「ええ、一言で言えば私たちの荷物を狙ってます」
エルフ「でも変ですよ?狼なら火を恐れて近づかないはずでは?」
男 「多分、生粋の野犬じゃなくて元は飼い犬だったんだろうな」
エルフ「そんな……」
弓使い「酷いことをしますね。飼っていたのに見放したんですか?」
男 「飼い手にもいろいろあったんだろ」
弓使い「いろいろ、ですか」
男 「さて、どうするかね?鉄砲で蹴散らすってのもなぁ……」
弓使い「でしたら私たちに任せていただけませんか?」
エルフ「人間ではなく私たちエルフの言葉なら耳を傾けてくれるかもしれません」
男 「できるのか?捨てられた恨みとかあるだろうに。俺なら人間憎しってなるだろうし」
弓使い「恐らくは……」
野犬A「バウッ!」
野犬B「グゥゥゥ〜〜―--」
野犬C「ヘッヘッヘッヘ・・・・・・」
男 「賢いね、何匹かが囮になって注意を引いている内に残りの奴らが荷物をかっぱらうって寸法か」
エルフ「こんな知恵を身につけなきゃいけなかったなんて……」
弓使い「ウウウウウウウ・・・・」
男 (……これが犬語)
エルフ「クゥゥン・・・」
野犬B「ワオン!」
エルフ「ウウウウウウウ―――」
野犬B「ヘッヘッヘッヘ」
エルフ「フゥゥウウ・・・・」
男 (エルフの会話もわかんねーけど犬語…… 狼語もさっぱりだな)
―――
――
―
野犬共「クゥーーン……」
男 (とまぁ、野犬たちの大人しいこと大人しいこと)
エルフ「スーリャパシマ、ウネルシィ……」
男 「……鳩の時もそうだが、エルフってホントに動物と話せるんだな」
エルフ「話せるといっても言葉を交わしてるわけではありませんけど」
男 「へぇ、で、どんなことを?」
エルフ「どうしてこうなったのかを教えてくれました」
男 「大体想像はつくが……」
エルフ「ええ、飼い主が死んでこうならざるを得なかった子もいますけどほとんどは捨てられた子、それに人間に苛められていた子……」
弓使い「……かわいそうな子たち」
男 「捨てたくて捨てたわけじゃない奴だっているだろう。だが…… 苛められてたってのは、な」
弓使い「……ひどい話です」
男 「……人間全てがそうだってわけじゃない」
エルフ「貴方や牧場の人に出会ってそれは感じました」
弓使い「ですが、こうやってこの子たちの声を聴いているだけでも……」
男 「……ま、とりあえずはそうだな。これでお引き取り願えないかな?」
弓使い「それは…… 貴方の食糧では?」
男 「全部持ってかれちゃ困るしな。これぐらいで勘弁してくれと伝えてくれ」
エルフ「……わかりました。ウルルルル―――」
野犬B「グゥゥゥ〜〜―--」
エルフ「ウォォオオ・・・・」
野犬B「バウッ!」
エルフ「フニャッ!?」
男 「っと、大丈夫か?」
エルフ「あ、はい……」
男 「てっきりもっと寄越せと飛びかかったと思ったんだが、あっさり行っちまったな」
弓使い「群れの頭の子がこれで我慢する、と」
エルフ「本当に良かったんですか?」
男 「いいのいいの」
エルフ「ホントは事情を伝えて別のところに行ってもらう算段だったんですけど」
男 「マジか」
弓使い「そんな腹空いてない。だが、襲いやすそうな人間。食べ物奪う」
男 「って感じだったんだな。ま、いいか…… しかしすごいね、そんなとこまでわかるんだ」
エルフ「ええ、人間はできないんですよね?」
男 「まぁね」
弓使い「動物にも意思はあります。しかし人間はそんなこと知りもせずにいいように利用して食べるために殺してしまう」
男 「まぁ、それが人間の築き上げてきた食文化だしな……」
弓使い「……以前聞きそびれましたが、貴方はリョウシでしたよね?」
男 「今のところはね」
弓使い「リョウシなるものはどんな気持ちで獣たちを殺しているのですか?」
男 「おっと、嫌な質問だ」
弓使い「でしょうね」
男 「でしょうね、って…… そうだな。感謝と祈りと謝罪、それとやっぱり楽しさかな?」
弓使い「…………」
男 「俺たちが食べたいから、そんな理由だけで殺してしまうことへの謝罪とだからこそせめて魂は安らかに眠ってほしいと願う祈り」
エルフ「…………」
男 「そして、そいつを食べることで得られる満足感や幸福感に対する感謝…… あと純粋に狙い澄ました弾丸が見事獲物に命中した喜びみたいな」
弓使い「……確かに私も狙った的に矢を当てられたときに達成感を感じることはあります。ですが、今仰られた感覚は一概には理解できません」
男 「……だろうな」
エルフ「殺して楽しい…… そんな感情があるから人は争いをやめられないのでしょうか?」
男 「……そうかもな。今言った事だって結局は利己的な気持ちから出てきたもんだし」
エルフ「利己的?」
男 「そ、突き詰めていけば生き物みんな利己的だってな」
弓使い「…………」
男 「獲物を食べた時の満足感は言わずもがな、撃った奴への謝罪と祈りだってそのままじゃ後味が良くないからやってんのさ」
エルフ「そんな……」
男 「牧場の主殿からこのことを聞いたとき、俺の心の閊えも取れた気がした」
弓使い「胸の閊え?」
男 「ああ。革命の後、猟師としてアイツらから離れて暮らしだしたころからずっと引っかかってたことがある」
男 「俺は確かにあのとき、俺たちの未来のために戦った。そしてその後は他国にもまだ大勢いる俺たちと同じ境遇の人やエルフを助けるために腕を磨いていた」
男 「もっとも、まだまだガキだったから考えなしで、そしたら心を磨いてこいって言われて猟師をやらされて……」
男 「で、そうしてアイツらから離れてみて、静かなところで暮らしてるうちにふと自分は本当に奴隷にされてる人たちを助けたいのか疑問に思えてきた」
男 「俺は虐げられて人々を救いたいんじゃなくて、虐げている奴らを殺したいだけなんじゃないかって」
男 「他の誰かのためじゃない、俺の虐げられていた時の鬱屈した昏い感情をぶつけたかっただけなんじゃないかってな」
男 「何せ穏やかな暮らしってのをしてみればあれだけ強かったこの世全ての奴隷を開放するって想いがドンドン薄れていっちまって」
男 「このまま静かに過ごせていければいいや、なんて考えることが少しずつ増えていっちまったんだよ」
男 「結局は他の奴のことなんてどうでもよくてさ、自分だけがよければそれでいい。なんてさ」
エルフ「…………」
男 「でも、主殿の考えを聞いてようやく分かった気がするんだ。利己的でもいいだって、それはしょうがないんだってな」
弓使い「しょうがない?」
男 「しょうがないんだよ。生きるためには食わなきゃならん。食うからには食う対象から命を奪う。自分が生きるために他の命を犠牲にする」
男 「全くもって利己的だ。己の命の為に他に害を成す。それが生きていくってことなんだろうな」
男 「そう、生き物は生きていこうとする限り利己的な行動をせざるを得ない。結局は自分が一番なんだ。だから……」
男 「だから、俺が大勢の虐げられてる人やエルフのことなんて放っといて自分の幸せって奴だけ考えてもいいんだよ」
エルフ「…………」
男 「それは俺が生きている限り、生きようとする限り当然のことなんだ。生き物としての俺の本当の思いなんだ」
男 「でも、それが俺の全てじゃない。生き物の全てじゃない」
弓使い「は……?」
男 「生き物として俺はそうなんだ。でも、人として、まだ大勢いる俺たちと同じ境遇の人やエルフを助けたいって考えてる俺も本物なんだ」
男 「自分のためだけに生きたいって気持ちも本物で、奴隷に身を落とさせられた人たちを助けたいって気持ちも本物」
男 「どっちかだけが本物じゃない。どっちも本当の俺なんだ。そういうことなんだ」
男 「だから、君らの言うスウィルニフってのは生き物としての自分、つまり本能を知性で押さえつけて想いを通す人で」
男 「ディアンニフてのは本能に知性を沿わせて好き放題やるような奴のことなんだよ。きっと」
弓使い「では、貴方はスウィルニフだと?」
男 「いんや、虐げられてる奴らを助けたいってのもホントだし、積もりに積もった恨みを虐げる側に八つ当たりしたいってのもホントだし」
弓使い「自分の為に虐げる者を倒し、他者の為にも虐げるものを倒したい、ということでしょうか?」
男 「そゆこと」
弓使い「なるほど、急に長々と語り出したので一瞬引きましたが貴方の考えというのはわかりました」
男 「うん、長々と悪かった。大分気持ち悪かったと思う。でも正直ようやく探してた答えが見つかって誰かに話したかったってのがある」
弓使い「ですが…… 生き物全てが利己的である、というのは賛同できません」
エルフ「そうですね……」
男 「いや、君らエルフだって突き詰めれば利己的だ」
弓使い「何を仰るのやら」
男 「エルフも羊に毛をもらったり、乳を分けてもらったりしてるんだろ?自分たちの生活のためにさ」
弓使い「その通りです。それが何か?」
男 「それって命までは奪ってないだけでやってることは俺たち人間と同じ、自分たちのために羊から毛や乳を奪ってるってことだ」
弓使い「それは違います。私たちは彼らから一方的に奪うのではなく、お互いが支え合って生きているんです。共に生きているんです」
男 「それこそ人間だって一緒だ。羊に餌をやったり住む場所を与えてやってる」
弓使い「貴方方人間は生き物の心もわからないんでしょう?貴方方が与えているのは一方的な好意、私たちのやっている共生とはまるで違います!」
男 「いいや、同じだ!」
エルフ「もうやめて!」
男・弓使い「!?」
エルフ「……もうやめましょう。私たちは西の森に行くことが目的で、エルフはこう人間はこうだなんて言い争ってる場合じゃないんです」
男 「……そうだったな、悪い」
弓使い「私としたことが、貴方に窘められるなんてね」
エルフ「わかったらこの話はもうおしまい。明日に備えて休みましょう?」
男 「じゃ、俺が先に火の番をするよ」
エルフ「いえ、今日は人間さんが先に寝てください」
男 「は?あ、うん、別にいいけど」
弓使い「では、私が先に火の番ということで……」
男 「よろしく頼む」
エルフ「――――人間さん」
男 「はい、なんでしょう」
エルフ「貴方の仰ること話わかります。ですが、納得できるわけではありません。それはあの子も同じです」
男 「悪いな、何か宗教家みたいなこと言っちまってた」
エルフ「シュウキョウ?まぁ、さっきの話は揉めるだけですし、今後一切その話はしないということでいいですか?」
男 「あいよ。あとこの話を振ってきたのはあの子の方だから、あの子にも言っといてくれ」
―――――
―――
―
男 「いよいよ国境間近となり、街道を離れたわけですが」
エルフ「やっぱり歩き辛いですね……」
弓使い「緑が生き生きとしていますからね。已む無しでは?」
男 「そうだな。水の音が聞こえてきたし、もう少ししたら開けた場所に出るしそこで一旦休憩ってことで」
弓使い「了解しました」
エルフ「はい、ところで……」
男 「なんざんしょ?」
エルフ「街道を離れたときに使おうとされていたあの平たい棒みたいなのは結局何だったんですか?」
男 「ああ、アレ?鉈ってやつだよ」
エルフ「ナタ?」
男 「そ、森の中で邪魔な草木を払ったり蔓切りをしたりする道具。ま、森の力うんぬん言ってる君たちの前で使うのはどうかと思って」
弓使い「賢明な判断です。ちなみにこの匂い…… それもテツですか?」
男 「そうだよ。それもあるから使うのやめたのさ」
―――
――
―
男 「――――とかなんとかやってるうちに着いたな」
エルフ「え?もう隣国に?」
男 「いやいや、さっき言ってた開けた場所」
弓使い「確かに小川がありますね。あんなところから水の音が?私にも聞こえなかったのに」
男 「耳がいいんでね。余計な荷物にならない程度に水も補給しようか。魚は流石にいないかな?」
エルフ「あの……」
男 「なんだ?」
エルフ「水浴びしてもいいでしょうか?」
男 「いいよ。流されないなら」
弓使い「今度は溺れないように気を付けるのよ」
エルフ「……パースィリコ」
男 「なんだって?」
弓使い「いじわる、と」
エルフ「――――見ないでくださいよ?」
男 「見ない見ない」
男 (川で拾ったときもそうだったが、エルフもやっぱり裸見られるのは嫌なのね、と)
弓使い「明後日の方を向いていらっしゃいますが、何をお考えで?」
男 「いや、やっぱり人間とエルフの考え方って結構近いんだなと」
弓使い「姿形がそっくりですから、自ずと似通った思考が生まれたのでは?」
男 「確かにねぇ…… エルフと人間との見た目の差は耳の長さくらいだしな」
弓使い「一体何故そんなことをお考えに?」
男 「いや、別に。ただ、ふとそんなことを考えただけで…… なぁ」
弓使い「はい?」
男 「これだけ似てるとなると、人間とエルフって元々は同じ種族だったりして」
弓使い「在り得ません」
男 「そっかー、在り得ないかー」
弓使い「ええ、一緒にしないでください」
男 「あいよ……」
男 「……でもさ」
弓使い「くどいですね」
男 「いや、さっきのとはちょっと違くて」
弓使い「なんですか?」
男 「人間とエルフは姿形も似てるし思考も似てるってんなら、もしかしたら」
弓使い「共存も可能では、などと仰る気ですか?」
男 「そのつもりだった」
弓使い「それは難しいでしょう。今もなおエルフが隠れ住まねばならないのは誰のせいだとお思いですか?」
男 「人間」
弓使い「私たちの人間への忌避の感情は相当強いです。斯く言う私もそうです」
男 「いやはや、難しいね」
弓使い「……どうしてそんなことを?」
男 「なんとなく、だよ。君らが森の力が弱まると困るって言ってたのを思い出してな」
男 「本当に何と無くだよ。深く考えていったことじゃない。忘れてくれても全然かまわない話」
弓使い「はあ……」
エルフ「――――終わりました。何のお話ですか?」
男 「夢と理想の儚さについて」
エルフ「はぁ、それはまた難しそうな話ですね……」
弓使い「では、私も水浴びしてきます」
男 「あいよ」
弓使い「ああ、覗いても構いませんよ?」
男 「え゛」
弓使い「代わりにお命を頂戴しますが」
男 「ですよねー」
エルフ「……見たかったんですか?」
男 「見てもいいならね」
エルフ「不潔です」
男 「悪いね」
エルフ「ところで、さっき仰っていたエルフと人間の共存についてなんですけど」
男 「なんだ、聞いてたんじゃないか」
エルフ「あの子と私の考えは少し違うので」
男 「へえ」
エルフ「それで人間さん、貴方はエルフと人の共存は可能だと思いますか?」
男 「出来ると思う。食文化とか、そういうのにお互いの理解が進めばな。君らと一緒に旅してみて実際そう思えた」
エルフ「そうですか…… 先生もそう仰ってました。このままではいずれエルフは滅びるんじゃないかって」
エルフ「ちなみにエルフが全て死に絶える、というわけじゃなくてエルフという集団で生きていけないということです」
男 「大丈夫か、その先生?多分だけどその考えは一般的なエルフの考えじゃないだろ?」
エルフ「ええ、このことは私以外誰もいないところでお話ししましたので」
男 「それならいいや」
弓使い「キャアッ!?」
エルフ「ともあれ、私と先生はエルフは人間との共存を考えるべき段階に来たと、ほへ?」
弓使い「ちょ、ちょっと!オウギュ!メタランテ!!」
男 「あの子の声だな」
エルフ「何かあったんでしょうか?何かに襲われたんでしょうか!?」
男 「見に行ってみよう。ああ、その前に君の荷物を持って、あと俺より先に行ってくれ」
エルフ「――――大丈夫!?何があったの?」
弓使い「あ、良かった。あの子に私の荷物を盗られてしまったの!」
子 猿「ウキャッキキィー」
エルフ「まぁ、かわいい」
弓使い「同意だけど言ってる場合じゃないわ。弓もあの子が持ってるしすばしっこくてつかまえられないの」
男 「よし、ならあの子猿から荷物を奪い返せばいいんだな」
弓使い「きゃっ!?……どうして後ろを向いておられるので?」
男 「フッ、助けを求める乙女の悲鳴を聞いて駆けつけたものの、問題解決後に自身の裸体を見られたことへの羞恥から乙女の手痛い一撃を被る……」
男 「そんなトホホでベタな展開は避けたいのでね!!」
弓使い「……はぁ」
男 「というわけでその子に君の着替え渡しといて。俺はあの小生意気な猿をば……」
子 猿「キィ?」
エルフ「あの、その構えていらっしゃる弓でどうされるおつもりで……」
男 「決まってる、風穴を開け…… る!」
子 猿「ウキャァーッ!?」
男 「……とまぁ、俺の殺気を感じて逃げたんだろうが狙いは最初から荷物の方なんでね。鞄に穴空いたけど勘弁してくれよ」
弓使い「いえ、構いません」
子 猿「キーッ!キーッ!」
男 「あれ、コイツ逃げないのかね?あ、ちょ、これはお前のじゃねぇんだから、こら、わぷ…… 顔面はやめろ」
子 猿「ウキャーッ!」
男 「大人しくしろって…… で、子猿がいるってことは近くに親猿、そして群れがいるってことか」
エルフ「もしかしてこの子が囮になって群れが私たちの荷物を狙ってたんじゃ!?」
男 「荷物なら持ってきてるだろ。そんなトホホでベタな展開は避けたいのでね!!」
子 猿「キキッ!!」
弓使い「はぁ…… とりあえずはありがとうございます」
男 「いいのいいの。っと、そうだ、ちょっとコイツに聞いてくれないか?」
エルフ「なんでしょう?」
男 「確かこの種類の猿の生息域は隣国で、大人の猿なら兎も角子猿がいるってのはおかしいんだ」
弓使い「なるほど…… キーキーキキー」
子 猿「ウキュ」
弓使い「母親に連れてこられた、よくわかんない」
エルフ「ということみたいです。母親猿を探して聞いてみますか?」
男 「いや、結果的に子猿を捕まえてる状態だし明らかな敵対行動してるわけだから話なんてできないだろ」
エルフ「それもそうですね……」
男 「ま、母猿がここまで来てるってんならお隣の治安は相当アレらしいな」
弓使い「そのようですね」
男 「君らの言う西の森…… どうなってんのかね?」
エルフ「それを確かめに行くんです」
男 「だな。ほれ、お前もお帰りよ」
子 猿「ウッキャーッ!!」
男 「わぷ…… 顔はやめろって」
母 猿「ギャオギャオッ!!」
男 「おっと…… ほれ、お母さんも心配してるみたいだし」
子 猿「・・・・キャッキャッ」
男 「大きくなれよー」
―――――
―――
―
男 「さて、国境も眼と鼻の先になったわけだが……」
エルフ「いよいよですね…… 森の声が少し聞こえてきます」
弓使い「大分近づきました…… 目的地はまだ先ですが」
男 「川を境にしているから必然的に川を渡らなきゃいけないんだが、橋がかかっているところは当然狙われる」
弓使い「かといって浅瀬の辺りでは亡命者などを狙う野盗が潜んでいる可能性が高い……」
エルフ「ということは…… どういうことですか!」
男 「どうもこうも、普通なら渡らないところを渡るってことだ」
エルフ「普通なら渡らないということは……?」
男 「まぁ、深かったり流れが速かったり?」
弓使い「危険ですね」
男 「でも、行かなきゃならないんだろ?」
弓使い「はい」
男 「もう少し上流に行こう。ここらはまだ野盗の目がありそうだ」
男 「――――と、いうわけでここから国境を越えます」
エルフ「……流れ、速い。それに深いですね」
男 「また流されそうか?」
エルフ「い、いえ!今回は大丈夫です!!」
男 「それならいいや。ま、まずは対岸の無事を確認しますか…… っと」
弓使い「弓、ですか?」
男 「鉄砲は音がデカいからな。音でそういう連中を招き寄せてしまうかもしれん」
弓使い「テッポウは音が出るんですか?」
男 「ああ。さて、あの辺とあそこら辺が怪しいよなぁ…… とりあえず2・3発撃ってみて」
弓使い「人の気配や物音は聞こえませんが?」
男 「いや、息を潜めて隠れてるかもしれないし念のために」
エルフ「……反応ありませんね」
男 「これなら渡っても大丈夫、かな?」
弓使い「今は大丈夫でもこれからどうなるかはわかりません。急ぎましょう」
―――
――
―
男 「ふぅ…… 無事密入国成功。玉薬も濡れてないな」
弓使い「荷物も一つも流されずに済みました」
エルフ「シャウペシィ、ペントゥルルノーマスーワラヴィ……」
男 「今なんて?謝ってたっぽいけど」
弓使い「縄を括り付けるために矢を刺した木に穴をあけてごめんなさい、と」
男 「ああ、それはすまん……」
エルフ「この程度はかすり傷にも入らんよ、って許してくれました」
男 「寛大な木でよかったな。さて、んじゃさっさと着替えるか」
弓使い「そうですね。濡れたままでは水の跡でつけられるかもしれませんし」
エルフ「じゃあ人間さん、ちょっと離れてて……」
男 「あー、悪いけど、そういうわけにはいかん」
エルフ「ええっ!? ……み、見る気ですか!?」
男 「いやいや、今離れるのは危険なんだって」
弓使い「確かに野盗の類が潜んでいる可能性がある以上、あまり離れて行動するのは危険ですね。ですが」
エルフ「ですが!ですがです!!」
男 「後ろ向いてるし絶対に着替えてるとこは見ない。見てもいいなら見るけどな」
エルフ「いいわけないでしょ!!」
男 「ですよなー」
弓使い「それに今さら何を言ってるの。貴女流されたとき裸だったんでしょ?」
エルフ「あ」
男 「げ」
エルフ「――――見てたんですか?」
男 「……見なきゃ助けられんだろ」
エルフ「そう言えば意識を取り戻したとき貴方の服を着させられてました……」
男 「そのままってわけにもいかんだろ」
エルフ「……触ったんですか?」
男 「触らずにどうやっへぶっ!?」
弓使い「いいのが入りましたね、顔面に」
―――――
―――
―
男 「で、この国で初めて迎える夜です」
弓使い「そうですね」
男 「ホントは火を起こすところなんだけどねー、今ここは猛獣より性質の悪いのがうじゃうじゃいてねー」
弓使い「焚き火なんてここにいると教えているようなものですから、正しい判断だと思います」
男 「どうも」
エルフ「それにしてもやっぱりこの国は不穏みたいですね。木々がずっとざわめいてます」
弓使い「そうね、それに嫌な臭いもします…… 準備はできましたか?」
男 「ああ、いつでも行ける」
弓使い「数は…… 十二、三」
男 「いや、十五はいる」
弓使い「……合図したら走るわよ」
エルフ「わかってる」
男 「それじゃまずは一発!」
野盗イ「ぐぁああああーーーーっ!!!」
エルフ「すごい音」
弓使い「命中したようですね」
男 「今のは警告だ!次からは脚じゃなく頭にぶち当てて容赦なく殺す!!いや、心臓もありか?死にたくないならさっさと立ち去れ!」
野盗ロ「そいつぁこっちの台詞だぜ!女と荷物を置いてきゃ命は助けてやるよ!!」
男 「やなこった!!」
弓使い「今よ!走って!!」
エルフ「ええ!」
男 「あそこを突っ切る!走れ走れ走れぇ!!」
野盗ロ「逃がすかぁっ!!」
男 「そこを何とかお願いします!」
野盗ロ「ぎぃやぁあああっっ!!!」
弓使い「右!」
野盗ハ「かひゅっ……」
エルフ「あっ、つっ…… 二人とも凄いなぁ、全部命中」
―――
――
―
男 「はぁ、はぁ…… あれだけ射って、これだけ走ればもうついて来てないだろ……」
弓使い「そ、そうですね…… もう足音は、聞こえ、ません……」
エルフ「は、はい…… 私も、何も……」
男 「獣の気配も、なさそうだし…… 少し、休んでいこう……」
弓使い「そう、ですね……」
エルフ「はぁあ〜〜…… それにしてもすごい音でしたね、そのテッポウ」
男 「ああ、音だけじゃなく威力も凄い。弓とか弩なんかよりも余程殺すことに特化してる」
弓使い「……実に人間らしい武器ですね」
男 「そう?」
エルフ「それに人間さん、弓もお得意だったんですね!」
男 「ああ、昔はこっちが主武装だったな」
弓使い「鷹の目、でしたか?そう呼ばれてた頃のことですか?」
男 「……ちょっとその呼び方はやめてほしいかな。若気の至りなもんで」
エルフ「……は、あ……」
弓使い「どうしたの?少し様子がおかしいみたいだけど」
エルフ「うん、さっき走った時に枝か何かで怪我しちゃったみたい」
男 「ホントに枝か?ちょっと傷口見るぞ」
弓使い「毒草だったら厄介よ」
エルフ「……ここです」
弓使い「ちょっと、これ枝とか葉っぱにに引っ掛けた傷じゃないわ」
男 「だな。悪い、ちょっと吸うぞ」
エルフ「え、吸うってきゃあっ!?」
男 「プッ…… まずいな」
エルフ「血なんて不味いに決まってます!」
男 「いや、そうじゃなくて」
弓使い「やはり矢傷……」
男 「ああ、あと吸いだせるだけ吸い出してみたが少し舌が痺れる感じがした。鏃になんか塗られてたんだろうな」
弓使い「毒ですか!?」
男 「いや、痺れ薬だろう。昔飲まされた奴と味と感覚が似てる」
弓使い「昔に?」
男 「あと女を置いていきゃ命は助けてやる、って言ってたし最初から殺すつもりじゃなかったろ」
弓使い「殺すつもりはなかったって、あれだけ矢を射かけておいてですか?」
男 「野盗の最大の狙いは荷物、金目の物だからな。矢が刺さって死んだら死んだで放置、生きてたなら生きてたで薬が回ったところで捕まえるのさ」
男 「男だったら身包み剥いでから殺して、女だったら身包み剥いでお楽しみ、そんで殺すか売っ払うかってとこだ」
弓使い「だから死の危険性はないと……」
男 「だが、この薬は本気でほとんど動けなくなる。そろそろ効果が出てくるだろうし、動けない彼女を担いで移動するとなると確実に歩みは遅くなる」
男 「で、その足の遅くなった獲物を身軽な格好をした尾行役が素早く追いかけてくる。マズイ状況だ」
エルフ「ごめんなさい……」
男 「謝るのは野党に追い詰められて絶体絶命になってからな」
弓使い「……このままここで休むのは危険では?」
男 「ああ、多分血の付いた矢とか跡とか見つけてるだろうし、間違いなく俺たちを探そうとはするだろうな」
弓使い「行きましょう。少しでも距離を稼ぎませんと」
男 「そうしよう。あと、休む時間も少し減らして場合によっちゃ徹夜も覚悟しないとな……」
―――――
―――
―
弓使い「ねぇ、大丈夫?」
エルフ「あい、しょ…ふっ……」
男 「しばらくは無理だな。2・3日は抜けないし、人間とエルフの違いもあるだろう」
弓使い「この近くに薬草があれば……」
男 「探すのに時間を取られるのは惜しい。それにこの薬は変態が調合して作った人工ものだ。薬草じゃ効き目は薄いだろう」
弓使い「そんな!]
男 「解毒剤もなかったな。俺も効果が切れるまでピクリとも動けなかった」
弓使い「なんてものを…… ごめんね、もう少し頑張って」
エルフ「あぅ……」
男 「……そろそろ変わるよ。周囲の警戒は任せた」
弓使い「承知しました」
エルフ「…め、さい……」
男 「はいはい、謝るのは後でいいから」
―――
――
―
男 「……おい、ここらで一旦休もう」
エルフ「ふえ……?」
弓使い「いえ、まだ行けます」
男 「日が落ちてからもう大分経った。これ以上は危険だ」
弓使い「ですが」
男 「ですが、だ。少しでも休まないと疲労が蓄積してくる」
弓使い「でも」
男 「溜まった疲労は集中を奪う。切れた集中は敗北を呼び込む。そう教わったし実際そうだ」
弓使い「……わかりました」
男 「まったく、逃げる方は不利だよな。追いかけてくる方は楽なのに」
弓使い「猟師の貴方が言うと説得力がすごいですね」
男 「まぁね、追いかけてくる方の考えはよくわかる」
弓使い「さて、どこか休むのにいい場所はないでしょうか」
―――――
―――
―
男 「ん……?」
男 (枝を踏む音…… 野盗じゃないな、不用心すぎる。つまり獣の類…… 大きさからして猪、熊?)
???「・・・・スフゥー」
男 (息が荒い?それに歩調が速い…… 普通じゃなさそうだ)
???「グゥゥウ・・・・」
男 (――――熊、か…… 何事もない夜を期待してたんだがなぁ)
弓使い「……すぅ」
熊 「ゥルルル・・・・」
男 (手負い…… 野盗にでもやられたか?)
熊 「・・・・・・・・」
男 (結構な深手だ。ほっといてもその内死ぬだろうが…… 楽にしてやるべきか?)
男 (いや、駄目だ。銃声を聞きつけてまた野盗が来るかもしれんし、この子たちが殺生は嫌がるだろうし)
熊 「グフゥ・・・・」
男 (こっちにさえ向かって来なけりゃいいか……)
熊 「・・・・・・・・」
男 (おいおいマジか、こっちに向かってくるかよ)
男 「おい、起きろ。起きてくれ」
弓使い「……どうされました?」
男 「手負いの熊がこっちに向かってる。気付かれないようにここを離れるぞ」
弓使い「待ってください、動物の気配なんてしませんよ?」
男 「まだ距離があるからな」
エルフ「どして…でふ……?」
男 「大分喋れるようになってきたな?ああ、手負いの理由はわからん」
弓使い「助けられませんか?」
男 「いや、普通に考えて無理だろ」
弓使い「私たちは人間と違って動物の心を通わせることができます。人間には無理でも」
男 「手負いの獣ってのはそういう次元じゃない。特にもうすぐ死ぬって時はな」
弓使い「……ケガをしているだけですよね?」
男 「ああ、君らのいた世界には死にかけた獣はいなかっただろうな。あれは人間にやられてる」
弓使い「人間は熊まで食べるんですか!?」
男 「場合によってはな。基本的には作物を守るために追い払うくらいだが、この国の情勢を鑑みるに……」
弓使い「食べるために、殺そうとした?」
男 「野盗が自分たちの安全確保のために始末しようとした、ってのもあるか」
弓使い「自分勝手な都合で……」
男 「兎に角、今のあの熊は凶暴だ。見つけられたら殺すか殺されるかしかない」
エルフ「れも……」
男 「これ以上は問答無用。行くぞ」
弓使い「……わかりました」
熊 「グゥ・・・・」
男 「……あん?」
弓使い「どうされましたか?」
男 「おいおい、嘘だろ……」
弓使い「こっちに向かってきているんですか?」
男 「ああそうだ」
男 (どうする?偶々こっちに向かってきているだけならゆっくりここを離れればやり過ごせるはずだが、狙いを完全に俺たちに定めているとしたら?)
弓使い「こっちに来るというのなら、一度話してみます」
男 「だから何言ってる。無理だ、無理なんだよ」
弓使い「熊の足は私たちよりも余程速いです。逃げられるはずもありません。それなら」
男 「無理だって…… くそ、鉄砲は音で嗅ぎ付かれるから使いたくなかったが」
エルフ「だめ、れす…!」
男 「こっちの台詞だよ」
熊 「グァァァアアッ!!」
エルフ「なっ……」
弓使い「……ひっ」
男 「だから無理だって言った!くそっ!!」
エルフ「だ、だめ!」
男 「くっ、手をどけてくれ!みんな殺されるぞ!!」
熊 「グォォオオオッ!!?・・・・オオゥ」
男 「……よくやってくれた」
弓使い「はーっ、はーっ、はーっ」
エルフ「ど、して……」
男 「さっきから言ってるだろ。残念だが手負いの獣と出会ったからには殺すか殺されるかだって」
エルフ「れも……」
男 「じゃあ聞かせてくれ。あの時あの熊は何を思っていたのか」
エルフ「しょれは……」
男 「痛い、怖い、憎い、とかだろ」
エルフ「……はい。れも、ろ、して?」
男 「心が読めたわけじゃない。今まで見たり聞いたりした経験から分かっただけだ」
男 「命の危機には言葉は当然として想いすら伝わらないことがあるもんなんだよ。助けたかったのに、殺すしかなかったなんてこともな」
エルフ「れも……」
弓使い「そうよ、貴女も見たでしょ?あのバスガンの心を」
弓使い「全身を貫く傷の痛みに震え、迫り来る死の恐怖に怯え、自らを傷付けた者たちへの憎しみと怒りに溢れた、真っ黒な心を」
エルフ「あう……」
弓使い「あのバスガンにはもうエルフと人間の区別はついていなかった。人間の形をしたものを全て敵と捉えていた」
弓使い「私たちの心はバスガンには届かなかった。そして私たちには使命があってここで死ぬわけにはいかなかった……」
エルフ「だかや……?」
弓使い「ええ、だから殺したの」
男 「それにあの傷ならもう熊は助からなかった。可愛そうかもしれんがあいつの死に俺たちも付き合ってやる必要はない」
エルフ「えも……」
男 「でもじゃない。エルフのためにも君たちは西の森を調査して帰らなきゃならないんだろ?」
弓使い「ええ…… 確かに私たちはここで旅を終えるわけにはいきませんでした。エルフの未来のために死ねない、と」
弓使い「でも、それはエルフという大きな個を守るために、エルフがこの先も生きていくために殺したということなんです」
弓使い「エルフの未来のために、エルフという個の利のために……」
男 「ああ、だから君は間違っちゃいない」
弓使い「でも、本当は違うんです!エルフのためだなんて大義名分を振りかざして私は!私は……」
弓使い「お為ごかしなんです!ほんとは私、バスガンの心を見たときとても怖かった、恐ろしかった、殺されると思った」
弓使い「殺されるって感じたとき、私は死にたくないって思った。死にたくなかったから弓を手に取ったの」
弓使い「使命だとかそんなのじゃなくて、私は!私は…… ただ死にたくなかったから……」
男 「…………」
弓使い「……結局利己的なんですね、エルフも。いえ、私が利己的だったんです」
男 「生き物ってのはみんなそういうもんさ。それに、そのことが君の全てじゃないだろ?」
弓使い「……ええ、貴方の言う通りそれが私の全てではありません。そのはず、です」
男 「…………」
エルフ「…………」
弓使い「……イルルヤンカシュ、ワスピーネントゥ−ククカムアーンゲヴチャチャッカ」
エルフ「……ナァム、ナァムクエルシシィ」
弓使い「コルキオテンサオルトデンファンスネルアフィ?ドームリタカスガヤシワワ?」
エルフ「スィール、ピルオルコムノノノレイク」
弓使い「……フェリティトゥ」
男 「……終わった?」
弓使い「はい。ですが、とても疲れました……」
男 「もう休もう、と言いたいところだが熊の血の跡を追って誰が来るともわからん。もう少しだけ先に進もう」
弓使い「了解です……」
男 「が、その前に……」
エルフ「?」
男 「よいしょっ、と」
弓使い「待ってください、一体何を!?」
男 「ホナビラキだ。心の臓を取り出して山刀で十字に切る」
弓使い「なんでそんなひどいことを!」
男 「これは先達から教えてもらった儀式だ。こうすることで自然に獣の魂を返すんだ」
男 「本当なら自然で生まれ自然で死ぬ獣の命を横から奪ったんだ。そのままじゃ山に帰れないからこうするんだとさ」
弓使い「魂を返す……?」
男 「本当はもっといろいろとやることがあるんだが、今は急がなきゃならないし仕留めた理由もまた違う」
男 「自己満足かもしれないが、これが命を奪うことへの贖罪と感謝なんだと思う」
エルフ「…………」
男 「此の森の主の御名は存ぜぬも畏み畏み申す。この地にて頂戴した主の子の御霊を御返し致す。どうか恨みを忘れ静まりたまえ……」
弓使い「…………」
男 「……行こう」
―――
――
―
エルフ「すぅ…… すぅ……」
弓使い「…………すぅ」
男 「ま、あんなことがあったんじゃそりゃ疲れるわな」
男 (さて、あの亡骸の様子を見てそう遠くには行ってないと気づいてくれたか……)
男 (先遣隊、というには頭数が少ないな。二人組が二組、こっちに近い方はもうちょいでここに来るな)
男 「……やりますか」
野盗ニ「……そろそろ近いぞ」
野盗ホ「ああ、あれだけの熊と殺り合ったからにゃあともすれば満身創痍だ。そんなに遠くまで行けるはずもねえ」
野盗ニ「それに痺れ薬を塗った矢が掠めた奴もいる。尚のこと逃げられんよ」
野盗ホ「あの別嬪どもは先に味見しておきてぇなぁ。ダチを遣られた恨みもあるし」
野盗ニ「襲うのは本体が合流してからだ。奴らの腕前は仲間の死を以て十分に理解したはずだが?」
野盗ホ「ヘイヘイ……」
野盗ニ「…………むっ?
野盗ホ「どうした?」
野盗ニ「今あそこの枝が動いた。それに葉と何かが擦れる音もした」
野盗ホ「猿かリスとかその辺じゃねーのか?まぁ、確かめてみるけどよ」
野盗ニ「頼む。もしかしたら我らを待ち伏せて樹上から矢を射かけてくるやもしれん」
野盗ホ「心配し過ぎだっつーの。どれどれ……っと、おい、何もいねーぞ」
野盗ニ「…………」
野盗ホ「おい、何でだんまりだよ」
野盗ニ「…………」
野盗ホ「おい、まさか奴らを見つけたのか?」
野盗ニ「…………」
野盗ホ「んなっ、あぁっ!し、死んでやがる!矢…… あそこから撃ってきやがったのか!?」
男 「――――此の森の主の御名は存ぜぬも畏み畏み申す」
野盗ホ「かひゅっ……」
男 「彼の地を血で穢すこと、どうか許したまえ……」
男 「さて、残った二人はどうするか……」
男 (矢の射程範囲には入ってるが、夜の帳ン中じゃ流石に距離が開き過ぎてる…… 音を頼りにしても)
男 「ま、駄目元で一発撃ってみるか。一番高い木は……っと」
男 (さて、風は向かい風。でも当てられない程じゃない。視認は…… 暗すぎて無理)
男 「足音は…… 風に乗って下にいた時よりははっきり聞こえる。いけるな」
男 (鷹の眼なんざ呼ばれていたが、実際は兎の耳だね)
男 「後は枝が射線を遮ってなきゃ…… いいが!」
男 「……何かが落ちたか倒れたような音、その場から離れていく小刻みな音」
男 「音はこちらに向かってきていない…… 一は人仕留めて一人は逃げた、か」
男 (ま、仕留め損なった方にしても3人殺られてるのを見りゃ追いかけようとはしてこないとは思うが……)
男 「よっ…… っと」
男 「だが、確認はしておくべきだな」
男 (鏃に毒は塗っといたし放っといても勝手に死ぬだろうが)
野盗ニ「…………」
野盗ホ「…………」
男 「よ、っと」
野盗ニ「…………」
男 (鉈を打ち込んでも反射以外の反応は無し。こいつらは死んでるな)
男 「――――で、コイツだ」
野盗ヘ「お、おお…… 戻ってきてくれたのか?血が、血が止まらねぇんだ……」
男 「……仕留め切れてなかったか」
野盗ヘ「んあ…… その声、誰だ?」
男 「アンタに刺さってる矢の持ち主だ。で、まだ死んでないなら聞きたいことがある」
野盗ヘ「答えたら…… 助けてくれるのか?」
男 「いや、矢に塗ってあった毒のせいでアンタはもう助からん」
野盗ヘ「へっ、じゃあ答えても無駄じゃねぇか……」
男 「そうだな、答える意思はないと見た。さっさと死なせてやる」
―――――
―――
―
弓使い「――――――――ん」
男 「お、起きた」
弓使い「……おはようございます」
男 「おはよう」
弓使い「……もしかして寝ずの番を?」
男 「うん」
弓使い「……すいません」
男 「いいっていいって」
弓使い「太陽は…… 顔を見せ始めたくらいですね」
男 「ああ、そろそろ出発だな。あんまり長居してると連中に追いつかれるかもだ」
弓使い「ほら起きて、出発よ」
エルフ「ぅん…… うぁい……」
男 「よし、行くぞ」
エルフ「ん、うぅ……」
弓使い「どう?」
エルフ「うぅ、うん、だいぶうごけうよーになりました」
男 「呂律はあやしいな」
弓使い「歩ける?」
エルフ「うん…… はれ?」
弓使い「ちょっと!?……もう、危なっかしいわね」
エルフ「しゃしゃえてもらったあ、あゆけます……」
男 「……昨日のように担いで行こう」
エルフ「ふぇ?」
弓使い「そうですね」
エルフ「……あい」
男 「じゃ、まずは俺が担ぐということで」
エルフ「おねあいしまふ……」
弓使い「では、右手の警戒はお任せください」
―――
――
―
弓使い「――――追手はどの辺りまで来ているんでしょうか?」
男 「さて、近くにはいないと思うが……」
男 (多分もういないだろうが緊張感を無くしたらやばいしなぁ…… 他の奴が出て来ないとも限らんし)
弓使い「そうですか、まだまだ注意を怠ってはいけないということですか……」
弓使い「見えない敵に追いかけられている、というのがここまで消耗させるとは思いませんでした」
男 「だからこそ休めるときには休まないとだ」
弓使い「貴方がそれを仰いますか」
男 「大丈夫だよ、仕事柄体力は多いんでね」
弓使い「ほんとですか?」
男 「本当だとも」
エルフ「……しゅこし、かわっは?」
弓使い「え?」
エルフ「うぅん、なんれもない……」
男 「おっと……」
弓使い「雨、ですね。どうしますか?」
男 「雨は体力を奪う。どこか雨宿りできるところを探すぞ」
弓使い「了解です」
男 (……素直に言うこと聞くようになったなぁ)
弓使い「何か?」
男 「いや、特に何もしてないが」
弓使い「そうですか?さっきのこの子といい私に何か言いたいことがあるのではないですか?」
男 「言いたいというほどのことじゃないが」
弓使い「含みのある言い方ですね。何が言いたいんでしょうか?」
男 「言われて嬉しいことじゃないだろうけど…… なんか君、変わったよな」
エルフ「うん……」
弓使い「そう、ですか……?いえ、そうですね。少し、自棄になってるのかもしれません」
男 「自棄?」
弓使い「ええ……」
―――
――
―
男 「――――しかし、えらく降るなぁ。ありがたいけど」
弓使い「はい、雨は草や木や森を育んでくれますから」
男 「いや、そういう意味じゃなくて」
エルフ「はい?」
男 「匂いとか足跡とかそう言った痕跡を全部洗い流してくれるからだよ」
エルフ「ああ……」
男 「これで追いかけてきてるだろう連中も俺たちを見失うってわけだ」
男 (3人始末したし、まぁまず近くにはいないだろうが)
男 「普段なら獲物を見失うから感謝なんてしないけどな」
弓使い「…………」
男 (……マズった)
弓使い「……普段はどんなことをされてるんですか?」
男 「へ?」
弓使い「なにか?」
男 「ああ、うん、そうだな……」
弓使い「……おかしいですか?私からこんなことを聞くのは」
男 「いや、まぁ、その」
弓使い「……実は、旅の道中で貴方を見極めると言っておきながら私は何も見ていませんでした」
弓使い「人間に情を絆されてはいけない。エルフを物のように扱う連流のことなんて知りたくもない…… ずっとそう思っていましたから」
弓使い「でも、先生にご指導いただいていた時から人間に興味が湧いていたのも事実なんです。良くないことだと感じていましたが」
弓使い「敵を知ることは大事ですが、それに惹かれてはいけない。あなた方人間と我々エルフは全く違うもので、相容れてはいけないものだと信じていましたから」
男 「…………」
弓使い「自棄になってるんですよ。違う違うと思ってた人間と、根っこのところは結局一緒だったなんて……」
弓使い「――――だから、色々と貴方のことを聞こうと思いました。これからは人間について知りたいこと、全部聞いていこうと思います」
弓使い「私はもう、正しきエルフじゃありませんから……」
エルフ「そんなころ、ない…… そんらころないよ……
弓使い「フェリティトゥ、お世辞でも嬉しいわ」
男 「そこまで捻くれるのもどうかと思うが、俺の話で良ければ……」
―――――
―――
―
男 「結局朝まで降ってたな」
弓使い「ですね」
男 「あの子の様子は?」
エルフ「ふっふっふ…… お待たせしました!」
男 「お?」
エルフ「私、完・全・復・活・です!!さぁ、一気に遅れを取り戻しますよ!!!」
男 「はしゃぐな」
エルフ「あぅっ」
男 「動けるようになっただけでまだ完全に抜けたわけじゃないかもしれん。余計な体力は使うな」
弓使い「では、今までよりも少し遅いくらいで進みますか?」
男 「そうしよう。今日一日この子の様子を見ながら明日からどうするか考えるよ」
エルフ「むー」
弓使い「むくれてないで出発の準備しなさい」
――――――――――
―――――
―
弓使い「――――この森の切れ目の先、そこが私たちの言う西の森です」
エルフ「でも、ここまで来たのに森の声が少ししか聞こえない……」
男 「そうか……」
男 (しかし、予想に反してあれから野盗に遭遇することはなかったな…… で、森の声とやらはほとんど聞こえてないと)
男 (なぜ野党がいないのか、森の声云々が聞こえないのか。多分、この二つは繋がってる)
男 (野盗ってのはそもそもは仕事がなくなって仕方なく物取りに身を窶した連中がほとんどだ)
男 (逆に言えばそいつらは食い扶持が稼げるなら野盗を続ける必要がないってわけで、その食い扶持ってのが恐らく…… 森林伐採)
男 (木材が大量に必要になったか、木を切り倒した後の土地が欲しいのか、そこに何かが埋まってるのかはわからんが)
男 (いや、傭兵って筋もあるか?なんせ噂じゃ戦争を仕掛けようとしてる連中がいるらしいし……)
弓使い「どんなことを言ってるの?」
エルフ「かすかにしか聞こえないけど…… 痛みと…… 悲しみ……」
男 「痛みと悲しみねぇ、面白くはなさそうだ」
男 (どっちにしろ、森が無事ってことはないな)
―――
――
―
エルフ「かなり森の中心に近づいてきました。そろそろ西の森を司るワリャリャシアクスフリが見えるはずですが……」
男 「わりゃりゃしあくすふり?」
弓使い「西の森の中心にある大樹です」
男 「そうか。で、そのくすふりの声は聞こえないのか?」
エルフ「はい、ここまで近づいているのに……」
弓使い「そうね、クスフリほどの大樹であれば私にだって声を聞かせてくれるはずなのに」
男 「……やっぱりそうか」
弓使い「待って、この匂い……」
エルフ「匂い……?」
弓使い「ええ、人間の匂いよ」
エルフ「人間さんならいつも一緒にいるじゃない」
弓使い「そうじゃなくて、もっと大勢の人間の匂いよ」
エルフ「…………あ、わかった」
男 「匂いはわからんが…… 人の気配なら感じる」
弓使い「その感覚は間違っていません」
エルフ「たくさんいます……」
男 「普通の森の中じゃ在り得ない人数だな」
弓使い「野盗の拠点でしょうか?」
男 「断言はできないが野盗にしちゃあ数が恐ろしく多い。その線はないだろう」
エルフ「それじゃあ一体……?」
男 「……森を切り拓いてるんじゃないか?」
弓使い「やはり、その可能性が一番高いんですね」
男 「ああ、この先も木漏れ日にしては妙に明るいしな」
エルフ「……行きましょう。この目で確かめなければなりません」
男 「油断せず行こう。見張りがいるかもしれん」
エルフ「はい!」
弓使い「ここまで来てそんな失敗、考えたくもありません」
男 「だな」
男 「――――気の向こうがかなり明るい。開けた場所に出るな」
弓使い「そこに答えがあるんですね」
男 「ああ、見たくなかった答えかもしれんが」
エルフ「……確かめましょう」
弓使い「これは……!?」
男 「……予想通り、か」
エルフ「ワリャリャシアクスフリ、トゥウェルナン……!?」
鉱夫イ「……っしゃおらぁ!」
鉱夫ロ「うーし、出たぞぉ!!」
男 「……森を切り拓いて、そこからさらに何か掘り出してるようだな」
エルフ「ひどい…… 木だけじゃなくて土まで掘り返して……」
弓使い「…………」
弓使い「……彼らは何を掘り出しているんですか?」
男 「ここからじゃ遠くてハッキリとわからんな…… 鉄鉱か石炭か、はてまた宝石、貴金属の類か……」
エルフ「どうしてそんなものを掘り出さなきゃいけないんですか!?」
男 「どうしてって…… 国を立て直すための手立てにするか、噂通り他国に戦争を仕掛けるための準備とか」
弓使い「どちらの線が濃厚だと思われますか?」
男 「……さてね、どうにもわからん。ただ」
エルフ「ただ?」
男 「何にせよここから何らかの資源が出続ける限り、西の森の開拓は止まらんだろう。木そのものも資源だしな」
エルフ「やめてもらう方法はないんですか?森だって生きているんですよ?」
男 「今すぐ止めさせる方法ならある。ここにいる連中を全員殺せばいい。そしたら何もできなくなる」
エルフ「ええっ!?」
男 「まぁ、土台無理な話だけどな。冗談はさておき、仮に全員殺したところでここに何かがある以上、また誰かが掘りに来るだろう」
弓使い「……そんなことをしても結局意味はない、と」
エルフ「そんな…… それなら、ここを取り仕切っている人間に相談すればなんとかならないでしょうか?」
男 「……一人二人の言葉でひっくり返せるようなもんじゃないぜ、この規模だと。他国民、異種族なら尚更だ」
エルフ「大勢ならいいんですか?」
男 「その大勢ってのはエルフ全体のことか?やめとけ、まともに話なんて聞いてもらえないさ」
弓使い「それはやはり……」
男 「ああ、この国の人間ならエルフと見りゃ捕まえて奴隷にするだろうよ。男女問わず見目麗しいエルフはうちの国以外じゃ引く手数多だからな」
弓使い「でしょうね」
エルフ「な、なら人間さんの国の王様からこの国に森を切り拓くのはやめるようにお願いしていただくことはできませんか?」
男 「無理だ。こちらがそれで不利益を被っているわけでもないし、介入できるだけの理由がない」
エルフ「何か手はないんですか!?」
男 「……逆に聞くが君らは無策で西の森を調査しに来たのか?」
弓使い「……病気といった人間の手によるものでなかった場合の対処法は幾つかありました」
男 「人間の手によるものだった場合の策は?」
エルフ「……ありません」
弓使い「あくまで原因の調査が主目的でしたから」
男 「まぁ、たった二人でできることなんて限られてるか……」
エルフ「面目ありません……」
男 「……国に帰れば何か手立てはあるのか?」
エルフ「えーっと、それは……」
弓使い「……断言はできません」
男 「そうか……」
エルフ「…………」
弓使い「…………」
男 「――――ここにいてもしょうがない。戻ろう」
弓使い「……はい」
エルフ「…………」
男 「こいつは俺たちだけじゃどうにもならない問題だ。悪いができることは何もない」
エルフ「……そう、ですね」
弓使い「里に戻るわよ。今回のことを報告して、これからどうしていくか決めないと……」
エルフ「うん、どうにかしていかなくちゃ」
男 「じゃ、俺がついて行ってもいい場所までは荷物持ちはさせてもらう」
弓使い「よろしくお願いします」
―――――
―――
―
エルフ「…………」
弓使い「…………」
男 (二人、でいいのか?とにかく二人とも全然元気がないな。まぁ、あんなことがあればしょうがないか)
男 (あの結果を全く想像してなかったわけじゃないだろうが、彼女たちが考え付く限りで最悪の結果だったろうしな)
エルフ「…………」
弓使い「…………」
男 「……なぁ」
エルフ「はい?」
男 「改めて聞くが、森が無くなるとエルフはどうなるんだ?」
エルフ「……私たちは森と共に生きています。森が力を失うということは、私たちも力を失うのと同じなんです」
弓使い「最悪の場合、種族の繁栄に関わることになります」
男 「ちなみにわざわざ調査しに来たってことはここにはもともとエルフは住んでないんだよな?住んでるなら何かおかしなことがあれば連絡が来るはずだしな」
エルフ「はい、この森にはエルフはいません」
男 「じゃあどうして西の森が力を失うことがエルフの繁栄に影響を与えるんだ?隠れ里がなくなってエルフの数が減るってわけじゃないんだろ?」
エルフ「それは……」
弓使い「……その影響は私たちの生殖能力に及ぶんです」
男 「ぶふっ…… 生殖能力ぅ?」
エルフ「ちょ、ちょっと……」
弓使い「かつてエルフが最も栄えていた時期と比べて、今の私たちが紡げる新たな命の数は大幅に減少しているんです」
弓使い「ハッキリとした原因はわかっていませんが、当時と比べて森が減ったせいではないかと考えられています」
男 「へぇ、そんなことが…… しかし、どうして森が減ったからって話になるんだ?
エルフ「……それは、そのぉ」
男 (なに?きいちゃいけないかんじ?)
弓使い「私たちの祖先は森から生まれたと言われています。ですから、私たちの出生には森が影響しているのでは?という話があります」
男 「森か…… つまり、それはこの西の森に限ったことじゃないと?」
エルフ「はい…… どこの森でも同じです」
男 「……マズイな。だったら問題はここだけじゃない」
エルフ「え?」
弓使い「……他の土地でも同じようなことが起きていると?」
男 「いや、今現在はどうなっているかはわからんが、いずれはそうなるだろうな」
エルフ「全ての森に人間にとって有用な何かが埋まっているのですか?」
男 「埋まってなくてもいいさ。木がだって立派な資源だ。それに森を切り拓けば人間の住める土地が増えるしな」
男 「人間の数はずっと増え続けている。これから先、より多くの生きていく場所を手に入れるために森はどんどん減らされる」
男 「土地さえあれば畑ができる。畑ができれば食い物が作れる。切った木だっていろいろと使えるしな。燃料、建築、小物……」
エルフ「森を…… 人間は自然を守ろうとは考えないんですか?」
男 「多分考えない、な。何しろ森はたくさんある。数が激減してからようやっと保護を考えるんじゃないか?今までの歴史からして」
男 「ま、君らも知ってると思うだろうが人間なんてそんなもんだ。使えるものは何でも使う、豊かな生活のために資源の消費を惜しまない」
エルフ「……人間さんの国も、そうなんですか?」
男 「ああ、いつぞや話した紡績機とかだって木が原料らしいし」
エルフ「それも止められないんですか?」
男 「俺からおっさんに言えば…… いや、止めさせるには根拠が足りないか」
エルフ「根拠?」
男 「そ、一時的に止めさせることは出来ても止めさせ続ける理由がない」
男 「政権奪取も上手くいって世情も安定してきたとはいえ、うちの国はまだまだ国力が足りない」
男 「こう言っちゃなんだが、貴族様が支配していた時は俺たち奴隷のエサなんて少しで十分だと耕作面積は小さくても貴族共の食い扶持は賄えた」
男 「でも、現状は国民の食べる量が増えたせいで食料供給が追い付いてないんだ。貴族から溜め込んでた食料でなんとか食いつないでる」
男 「だから耕地面積の拡大は必須だ。その為には土地がいる、開墾するための農具がいる。となれば……」
エルフ「森を切り拓くしかない、と?」
男 「ああ、折角貴族様の支配から逃れたってのに食糧不足で飢え死になんざ溜まったもんじゃない」
男 「それに総飢え死にの前に弱ったところを他国に攻められてまた奴隷に、それ以下にされちまうかもしれん」
エルフ「…………」
男 「あんなのは二度とごめんだね」
弓使い「貴方も、奴隷だったんですよね……?」
男 「ああ、小さい頃は慰み者、大きくなってからは鉱奴だったよ。昔エルフの世話になったっていうのも奴隷のときだった」
男 「あの人、いや、あのエルフに読み書きとか色々教えてもらったおかげでちっとは学も身に着いた……」
男 (――――エルフに教えてもらった?)
弓使い「……どうされました?」
男 「エルフに教えてもらった…… 確か牧場の主も牧草のこととかを奴隷にされてたエルフから教わったんだよな?」
エルフ「ええ」
男 「それは、そのエルフだけじゃなくてエルフならみんな知ってるのか?」
弓使い「はい、皆知っているはずです」
男 「その技術を教えてもらえたら、少ない耕地でも今以上の量が取れるかもしれないよな?」
弓使い「それこそ牧場の主殿に教わればいいのでは?」
男 「いや、主はその技術を絶対他言しないってそのエルフと約束してるし、そもそもそれじゃ駄目なんだ。君たちエルフに教わらなきゃ……」
弓使い「はぁ?」
男 「君たちエルフから農業の技術を教わる。その見返りとして俺たち人間は森の保護を進める……」
エルフ「それってつまり……」
男 「馬鹿みたいな話さ。人間とエルフの共存、同盟を結ぶんだよ。俺の国とエルフの里で」
弓使い「そんなこと、できるとお思いですか?」
男 「だから、馬鹿みたいな話さ」
弓使い「馬鹿みたい、ええ、そうですね。以前にもお話ししましたがエルフの人間への忌避感情はとても強いです。出来ると本気でお思いですか?」
男 「ああ、馬鹿げてる。全くもって馬鹿げてる。――――でも、馬鹿も突き抜けると国をもひっくり返す」
弓使い「……はい?」
男 「おっさんが国をひっくり返すなんて言い出したときはみんな笑った。おっさんを馬鹿にして大笑いした」
男 「こんなに大笑いしたのは奴隷になって初めてだってくらい大笑いしたよ…… でも、俺たちはそんな馬鹿について行きたくなった」
男 「そして、おっさんは本当に国をひっくり返した。胡坐をかいてた貴族どもを蹴散らして奴隷を人間にしてくれた」
男 「おっさんは馬鹿だった、本当の馬鹿だったんだ。でも、突き抜けた馬鹿ってのはすごいんだ!すごいんだよ!」
男 「そんで幸いにもその馬鹿は今じゃ周りに推しに推されて国の王になっちまった。その馬鹿を動かしたら、馬鹿みたいな話は突き抜けた馬鹿話になる!」
弓使い「……貴方は、馬鹿なんですか?」
男 「おう?」
弓使い「貴方は、馬鹿なんですか?」
男 「おっさん程じゃないけど俺も馬鹿だ。馬鹿じゃなけりゃこんなこと考えもしない」
弓使い「……デウシィワンコルルンクナムワイシャイテン」
男 「どういう意味だ」
弓使い「……悩むのをやめた馬鹿は強い、という意味です。迷いがありませんから」
男 「どうも」
弓使い「ですが、それとは別に貴方は本当に馬鹿です。馬鹿な考えを口走るのは構いませんが、貴方はそもそもエルフと言葉を交わせるんですか?」
男 「うぐっ!?」
弓使い「人間の言葉がわかるエルフはほんの少しです。エルフの言葉がわかる人間に至ってはまず間違いなくいません」
弓使い「馬鹿は結構ですが、意味の通らない言葉でわめくのは馬鹿でも何でもありません」
男 「……そうだな」
弓使い「それに何よりこの国には野盗が多いのでしょう?眼前の危険を置いておいてまだ先のことを考えるのは馬鹿ではなく愚劣です」
男 「返す言葉もございません……」
エルフ「でも、そのお話は素敵だと思います。エルフだっていつまでも隠れ住んでいられるわけでもないですし」
エルフ「だからと言って戦って勝ち取るなんてこともできないでしょうし…… 平和的解決ができるのであれば」
弓使い「まぁ、貴女と先生の考えはそうだったしね」
エルフ「え、知ってたの?」
弓使い「盗み聞きしたようなものだけどね。貴女の帰りが遅いから見に行ったら先生と貴女が話してるのを見ちゃったの」
エルフ「あう…… ほ」
弓使い「誰にも言ってないわよ。そんなこと言えるわけないじゃない」
エルフ「フェリティトゥ〜!」
弓使い「はぁ…… 兎に角!今はこの国を無事に抜け出すことを考えてください」
男 「了解」
弓使い「――――ただ」
男 「ん?」
弓使い「ただ、私はこの度の中で確かな実感を伴って知りました。人間の中にもスウィルニフがいるということを」
弓使い「でも、まだ心の底から信じ切れてはいないんです。ですから、私の目も見て答えてください」
男 「お、おう」
弓使い「――――貴方は、本当に私たちエルフのために、エルフを思って動いてくれるおつもりなのですか?」
男 「ああ、二度とエルフをあんな目に合わせたくない。君たちエルフを助けたいんだ」
弓使い「――――今わかりました。どうやら私も呆れかえるほどに馬鹿だったみたいです」
男 「うん?」
弓使い「私もその馬鹿についていきたくなったんです。何せ私も馬鹿ですから」
男 「……協力してくれるか?」
弓使い「ええ、さっき仰っていたように馬鹿について行った馬鹿がいたからこそ、馬鹿を貫き通せたのでしょう?」
エルフ「私も馬鹿です。なので、その馬鹿に付き合わせてください」
弓使い「まぁ、この国を無事に抜け出すことができてからのお話ですけど」
男 「ですよね」
―――――
―――
―
男 「――――と、この辺りは」
エルフ「見覚えが?」
男 「うん、ちょっとここで待っててくれ」
弓使い「はぁ……」
男 「…………」
骸 「…………」
男 (死体は放置。となるとやっぱりあの後追跡は断念したってことか……)
男 「本拠地に戻ったとすると、川越の前にまた出会っちまう可能性は低くない、と……」
エルフ「あ、戻ってきた」
弓使い「何を確かめに行っていたんですか?」
男 「ん〜?風向き」
―――
――
―
男 「…………」
エルフ「どうしたんですか?」
男 「ああ、いや……」
弓使い「察しがつかない?食料が尽きたんですよ」
エルフ「何で言ってくれないんですか!?ほら、どうぞこれを食べてください!」
男 「あ、いや、それは悪い……」
エルフ「何を仰いますか!きちんと食べないとだめですよ!」
男 「いや、君らの大事な食糧だろ?俺は暫く食べなくても大丈夫だし、あと数日で国に戻れんだから今は……」
弓使い「お気になさらず、想定の日程分以上の量を持参してきましたので。ああ、味は口に合わないかもしれませんが」
エルフ「というわけです。ほら、遠慮しないでどうぞ!」
男 「……じゃあ、いただきます――――」
男 「――――うわ、なにこの騙された感じ。腹は膨れたけど、なんつーか」
エルフ「面白いでしょ?」
―――――
―――
―
弓使い「――――川のせせらぎが聞こえてきました。国境付近まで戻って来たようです」
エルフ「……この辺りで野盗に襲われたんですよね」
男 「出来ればもう出会いたくないが、出会いたくないからといって出会わないってわけでもないしな」
エルフ「はい?」
男 「行ってみなけりゃわからない、ってこった」
エルフ「一瞬混乱しましたけど人間の言葉でいう『鬼が出るか蛇が出るか』ですね!」
男 「……それで合ってるかどうかは聞かないでくれよ、そこまでの学は持ち合わせてない」
弓使い「……などと、ふざけている余裕はもうすぐ無くなりそうですね」
エルフ「蛇が出ましたね」
男 「十…… いや、九、八か?」
弓使い「息遣いから察するにおおよそそのくらいかと」
エルフ「待ち伏せされてましたか……」
男 「いや、俺たちがいつ戻ってくるかわからない状況で待ってられる程余裕のある連中じゃないだろうさ」
弓使い「さて、どうしましょうか?」
男 「こっちに気付いてる感じは?」
弓使い「いいえ、おそらく気づいていないかと」
男 「じゃあ、気づかれないように横を抜けていく方針で」
エルフ「了解です」
弓使い「「気づかれてしまった場合は?」
男 「強行突破」
弓使い「ですよね」
男 「ただ今回はこれも使う」
エルフ「それは?」
男 「煙幕。煙で視界を遮るの。あと強烈な匂いがしてどんな獣も尻尾巻いて逃げる」
弓使い「……バスガ、熊に出会ったときそれを使えばよかったのでは?」
男 「いや、あん時は使う意味がなかった。目眩ましやひどい匂いがしたところで手負いの獣は止まらないし、爆発音もするからな」
弓使い「そうですか……」
男 「……さて、行きますか」
―――
――
―
男 「――――どうか気づいてくれるなよ」
弓使い「…………」
エルフ「きゃっ」
弓使い「ザァムッ!」
男 「鳴子か!?」
野盗ト「誰だァ!!――――へっへっへ、どっかで見たことあると思ったら先日の……」
野盗チ「けけっ、ここであったが百年目ってやつかぁ?」
男 「白々しいな。追手まで差し向けといてどっかで見たはないだろう?」
野盗ト「仲間やられた恨みつらみもあるからなぁ、女と金目のものだけじゃもう駄目だ!命も置いてきな!!」
男 「疑問に思ってたんだが、その脅し文句を素直に聞いた奴っているのか?」
野盗ト「覚えてねぇなぁ…… 残らず殺してやったからなぁ!!」
男 「なんとも頭の悪そうなお返事だこと」
野盗リ「あぁん!?なんだテメェ、この状況下で挑発してくるオメェのオツムの方が心配よぉ!!」
野盗ト「とまぁ、これ以上無駄なお喋りはしたかねぇ。黙って殺されちゃくれねぇかい?」
野盗チ「ああ、女の子は殺さねぇよ?お楽しみがあるからよ」
弓使い「そうですか、私たちは生かしてもらえるんですね?」
野盗チ「そうだとも」
弓使い「ふふ、お断り致します!」
エルフ「えい!!」
男 「以下同文!」
野盗ト「うぉわ!?爆弾かぁ!?」
野盗チ「いや、煙まくぅえっほっえほっ」
野盗リ「小癪なぁ!って、くっせぇぇぇえええ!!?」
野盗チ「ほげぇぇぇえええ!!?」
野盗ト「お、おぉぉおおおお――――」
男 「濡らした布を離すな!肺に入れば爛れちまうぞ!!」
エルフ「ふぁい!」
弓使い「……絶対に離しません!」
―――――
―――
―
エルフ「……服に少し匂いが残ってるかも」
弓使い「確かに、少し不快ね」
男 「悪いな……」
弓使い「いえ、被害がこれだけ済んだのは僥倖です」
エルフ「で、この後は?」
男 「この国の関所は野盗とぐるになってる可能性が高い。また川を越えてうちの国の関所に行く」
エルフ「関所に?」
男 「関所の守備隊には昔からの知り合いがいる。事情を話せば食料や休めるところを用意してくれるはずだ」
弓使い「その方は信用しても…… いえ、信頼できる方なのですね」
男 「ああ、いつもニヤケた面はしてるけどな」
エルフ「前に仰ってたニヤケヅラさんですか?」
男 「そうだ。よし、まだ日も高い。一気に進んで今日中には関所に行くぞ」
弓使い「了解です」
―――
――
―
男 「……やあ」
守備兵「…………」
男 「……おーい」
守備兵「……男一人に女二人。見たところ夫婦ではなさそうだが、亡命か?商売か?」
男 「いや、どちらでもない」
守備兵「どちらでもない?じゃあ目的は何だ?返答次第では」
男 「警備隊長にお会いしたい。『鷹の目』って言えばわかるはずだ」
守備兵「鷹の目…… ま、まさか貴方があの『鷹の目』ですか!?」
男 「あー、その呼び方はやめてくれ。今そう呼ばれるのは心底恥ずかしい」
守備兵「わ、わかりました!では!隊長に取り次いで参ります!!」
男 「頼むよ」
エルフ「お知り合いって守備隊の隊長さんだったんですか」
男 「……あんまりアイツには関わりたくなかったんだけどな。ここで待っててくれ」
守備兵「――――お、お待たせしました!」
男 「いや、全然待ってないけど」
隊 長「おう、鷹の目!元気そうだな!!」
男 「うるせぇニヤケ面。相変わらず声がでけぇんだよ」
隊 長「おいおい、俺にもメンツってもんがある。部下の前でそんな風に呼ぶんじゃねぇよ」
男 「じゃあ鷹の目って呼ぶのはやめろ。俺にだって羞恥心がある」
隊 長「ははっ、ガキん時は喜んで名乗ってたくせにな」
男 「うるせぇ」
隊 長「まぁ、それは置いといてだ。こっちじゃなくてあっちの国の方から関所に顔出すなんざぁ一体何の用だ?」
隊 長「それに連れは二人でしかも別嬪さんときたもんだ。いやはや、お前も案外隅に置けねぇな」
男 「隅に置いといてくれ、頼むから。あと話の腰をいちいち折るな」
隊 長「久々に顔を見たんだ、会話を楽しんだって悪かねぇだろ?」
男 「今はそんな場合じゃない。ちょっと落ち着いて彼女たちと話がしたいんだ。飯と部屋を用意してくれ」
隊 長「彼女たち…… 随分親しげだが、まさか二股か?」
男 「違うわドアホ」
隊 長「よし、後は俺が相手する。お前は行っていいぞー」
守備兵「は、はい!」
男 「行ったか?」
隊 長「ああ。で、真面目な話、あの子らと何の話をするつもりだ?あの感じ、エルフだろ?」
男 「勘がいいな。その通りだよ」
隊 長「それで、何の話をするつもりだ?」
男 「馬鹿話を少しな。この国とエルフの里の同盟」
隊 長「ほーう、それはまた随分と大それた事を考えてやがるな」
男 「だろ?まぁ、話し合いの結果でこれからどうするかが決まる。事の次第によっちゃあアンタの協力を仰ぐことになるかもだ」
隊 長「もう部屋と飯の用意をしろって言ってるくせにまだ頼みごとをする気か?」
男 「ケチなこと言うなよ。俺とアンタの中だろ?」
隊 長「親しき仲にも礼儀ありってな。それが人にものを頼む態度かぁ?」
男 「……国境守備隊隊長殿、私用の要件ではありますが何卒お力添えを頂きたく」
隊 長「……及第点、と言いたいがやっぱり畏まるな。お前がそんな態度してるの気持ち悪いわ」
男 「この野郎!」
―――
――
―
エルフ「ありがとうございます。食事に立派なお部屋まで用意していただいて」
弓使い「お心づかい感謝します」
隊 長「なに、当然のことをしたまでですよ。それに彼のご友人でかつ今日まで長旅をされていたとあればこれぐらいのことはいたしませんと」
男 「……アンタの敬語がここまで気持ち悪いとは」
隊 長「ははは、まったくこの男は遠慮というか慎みを持ち合わせておりませんでして。道中さぞかし嫌な思いをされたでしょう?」
エルフ「い、いえ、そんなことは……」
男 「たわいもない話はその辺までにして、あの話をしようか」
弓使い「え……?」
エルフ「でも」
男 「いや、ニヤケ面はもう君たちがエルフだって気づいてる」
隊 長「こんな仕事をしてると自然と勘が研ぎ澄まされて相手がどんな奴かわかるようになるのさ」
弓使い「そうですか」
隊 長「さて、それじゃお前の言う人間とエルフの同盟だがどんな策を考えてるんだ?」
男 「とりあえず俺一人が喚いてもしょうがない。まずはおっさんを巻き込む」
隊 長「おお、アイツは王様やってるからな。お前みたいなしがない一市民よりよっぽど信頼性は高いだろうよ」
男 「できればこの話はズルズルと引き伸ばしたくない。早いとこおっさんの了承を取り付けて進めたい」
隊 長「はは〜ん、つまり俺の口添えと王都まで行く足が欲しいと?」
男 「話が早くて助かる」
隊 長「まだいい返事は聞かせてやれないがな」
男 「なっ」
隊 長「さて、コイツはこんなことを言ってるが君たちはどうなんだ?同盟には乗り気なのか?」
隊 長「実現するなら俺としてはそう悪くない話だと思う。だが、それは俺たち人間の考えであって君らエルフの考えとは違うからな」
弓使い「……まず在り得ない話です。エルフは人間を強く憎んでいますから」
弓使い「かつて地上に楽園を築いていた私たちエルフの祖先を森へと追いやり、今も尚奴隷として尊厳も何もない不当な扱いを受けている同胞が数多くいる」
弓使い「貴方方はそんな相手と同盟を結ぶ可能性など在り得ると思えますか?」
隊 長「まぁ、無理だわな」
男 「でも、このままじゃ」
弓使い「同盟などと耳触りのいい言葉で誤魔化して、実態は支配でしょう?今以上の辱めを受けるくらいならエルフは戦う道を選びます」
エルフ「ちょ、ちょっと」
弓使い「貴女は黙ってて…… そういう訳です。同盟なんて馬鹿げた話、聞く耳持ちません」
男 「…………そうか」
隊 長「ん、わかった。じゃあ、感情論抜きの場合はどうだ?」
男 「へ?」
弓使い「……本当に人間と対等な扱いで、エルフの意見も積極的に取り入れてくれるというのであれば、私としては吝かではありません」
弓使い「今言ったようにエルフの人間への忌避意識はとても強いですが、私たちだけで現状を維持していくのは厳しいと思われます」
エルフ「へ?」
弓使い「但し、あくまで対等な関係が保証されるのであればの話です。人間の保護下に入るなどという不当な扱いであればお断りですが」
隊 長「その意見は多数派か?少数派か?」
弓使い「少数派です。ね?」
エルフ「え、ええ、ですが最近では人間の言葉を知ろうという動きも出てきていますし先生のお話を聞いたエルフたちは人間への忌避意識はそこまでないと思います」
エルフ「でもやはり、人間への悪感情を持っているエルフの方が圧倒的多数ですので…… エルフにも役立ちそうな人間の技術などを積極的に取り入れていきたいとは思うんですけど」
隊 長「つまり、感情を抜きにすれば実情を鑑みて人間との同盟は悪くない話だと?」
弓使い「ええ、エルフの主権が守られるならの話ですが」
隊 長「君たちエルフだけでどうにかできるなら俺たち外野の人間がとやかく言うことじゃあないが、今のままじゃどうにもならないと」
エルフ「はい、そうなんです」
隊 長「……こりゃあかなり難しい話だぞ、鷹の目。特に怒りとか恨みとかいった負の感情はそこにある利益も金繰り捨てて燃え上がるもんだ」
隊 長「そんな奴らを説き伏せなきゃあ駄目なんだ。出来るか?」
男 「……やって見せるさ」
隊 長「本当に出来るのか?エルフのお嬢さんがいる前で言うのもあれだが、特に脅威を持たない少数勢力と対等な関係を築くなんて無理だと思わないか?」
隊 長「少数の側としては信じられん話だろうさ。自分たちを軽く捻れるような勢力が対等の関係を結ぶなんて在り得ない、根こそぎ奪い取っていくんじゃないかってな」
隊 長「そう言う疑心暗鬼と負の感情を突き抜けて、相手の心を動かさなきゃならんのだぞ?ええ?」
男 「――――やるさ。やってみせるさ。今のままじゃ駄目ってんなら絶対にやり通して見せるさ」
隊 長「いいねぇ、あの時のアイツとおんなじ目だ。国をひっくり返すって言い切りやがった時のアイツの目だ―――― なら、大丈夫だろう」
男 「……ありがとよ」
隊 長「よぉし!国王宛の書状と足の速い馬を用意してやる!明日の朝には出発できるように準備しとけ!!」
男 「ニヤケ面ァ!」
隊 長「お嬢さんたち、コイツと旅してたんなら知ってると思うがコイツは馬鹿だがまっすぐな奴でな」
男 「な、何だよ急に!?」
隊 長「まぁ、奴隷だった頃は俺より悲惨な境遇で、自由と尊厳を踏み躙ってくるような奴に対して怒りを燃やしてた」
隊 長「特に小さい頃一緒に居たっていう姉みたいだったエルフへの仕打ちが我慢ならなかったみたいでな。革命の時はそりゃあ大暴れしやがった」
隊 長「ほっといたら大人の事情なんて関係ねぇと余所の国に行って同じように虐げられていた連中を助けに殴り込みそうな勢いだった。ていうか実際行きかけた」
隊 長「つまり何が言いてぇかってっと、さっきのコイツの決意表明は真剣そのものだったってこった。でもコイツは馬鹿だから一人じゃにっちもさっちもいかねえだろう」
隊 長「だからどうかコイツを信じて人間とエルフの同盟の橋渡しをしてやっちゃあくれねぇか?上手くいくかはわからんが、情熱だけは本物だ。どうか、頼む」
男 「ニヤケ面……」
弓使い「どうか、お顔を上げて下さい。仰ったことは承らさせていただきます」
エルフ「失礼ですけど、この方は打算とか駆け引きとかは出来ない方だと存じています。だからこそ私たちはこの話をお受けしようと思ったです」
隊 長「そうか!すまねぇ、ありがとよ!よかったなぁ鷹の目!頑張れよ!頑張れよぉ!!応援するからな!!!」
男 「お、おぉう、近い近い」
隊 長「じゃあ、俺は準備に取りかかる。お嬢さんたちと鷹の目は明日に備えてゆっくり休むといい」
弓使い「では、お言葉に甘えてそうさせていただきます」
エルフ「ありがとうございます」
男 「……行ったか。しかしなんだあの物言い。俺はアイツの弟でも息子でもねぇんだぞ」
エルフ「まぁまぁ、いいじゃないですか。あの方の言葉通り、今日はもう休みましょう?」
―――――
―――
―
馬 「ブルルルル・・・・」
エルフ「うわぁ、綺麗な毛並みの馬ですね!」
隊 長「自慢の馬たちだ。王都までの間だが、可愛がってやってくれ」
弓使い「お心遣い感謝します」
男 「今更だが二人とも馬には乗れるのか?」
弓使い「私たちにも乗馬の習慣はありますから。それにこの子たちはとてもいい子ですし」
エルフ「乗せてあげてもいい、って言ってくれてます!」
男 「そいつぁ良かった。 ……じゃあな、ニヤケ面」
隊 長「おう、ちゃんと後でうまい酒と肴を寄越せよ」
男 「考えとくよ」
隊 長「俺の分だけじゃないぞ?ここにいる奴全員分だぞ」
男 「懐に厳しいな。アンタの分が無しでいいなら何とか用意できんでもない」
隊 長「何言ってやがる。俺のは部下よりいいのをくれねぇと」
隊 長「……さて、後は頼んだぞ」
部 下「はっ、お任せください」
弓使い「道中よろしくお願いします」
エルフ「お願いします」
部 下「ええ、精一杯頑張らせていただきます」
男 「ドードードー、よし、そろそろ行くか」
馬 「ブルルルル・・・・」
部 下「では参りましょう。ハッ」
エルフ「――――お世話になりました!ハッ」
弓使い「では、これで…… ハッ!」
男 「おっさんにもよろしく言っとくぜ!ハッハッ!!」
ニヤケ面「おーう、うまくやれよー!!」
ニヤケ面「……頑張れよ鷹の目!頑張れよ、頑張れよぉ!!」
男 「うるせぇ!!」
―――――
―――
―
男 「今日だけでここまで進んだか…… この調子なら王都までそんなにかからないな」
エルフ「……久々に野盗に襲われる心配のない夜ですねー」
部 下「隣国の情勢不安をご存じなかったのですか?」
男 「知った上で行ったんだよ」
部 下「何故そこまでして隣国に行かねばならなかったのですか?」
男 「……話せる時が来たら話すよ。君を信頼していないわけじゃないが、隊長殿も言ってたろ?」
部 下「余計なことは聞くな、ということですか」
男 「悪いね。ついでに密入国してた件も黙っておいてくれ」
弓使い「火の番はどうしますか?」
男 「俺と彼とでやっておくよ。君らは寝ててくれ」
弓使い「ですが……」
部 下「夜更かしはお肌の大敵と守備隊長から聞いております。ごゆっくりとお休みください」
男 「……ニヤケ面め、何をバカなことを教えてんだよ。いや、アイツは元々そういう奴だったか」
―――
――
―
馬 「ブルルル・・・・!」
男 「ハッ、ハッ!……っと、ここら辺は」
エルフ「あ、あれ!」
男 「あれ?」
鳩 「フォーホー、ホッホー」
部 下「鳩、ですね……」
弓使い「ああ、あの時の」
鳩 「フォッポー」
エルフ「あら、こっちに来ますね」
鳩 「ホッホー」
エルフ「はい、久しぶりね」
部 下「……鳩と話してる?」
男 「ああ、気にするな」
男 「っと、そうだ。コイツに手紙を持って行ってもらおう」
部 下「手紙?」
男 「この近くを通った時にそこの牧場の主のお世話になってな。帰りもまた寄るって言ってたんだが」
エルフ「それどころじゃなくなってしまいましたもんね」
男 「というわけで申し訳ないって旨の手紙を…… えーと書くもの書くもの」
馬 「ブルルル・・・・」
男 「……ああ、くそ、走る馬の上じゃ書き辛い」
弓使い「……私が書きましょうか?」
男 「じゃあ頼む」
弓使い「承りました。それにしてもきれいですよねこの紙」
男 「そうか、別に普通だと思うけど……あ」
部 下「?」
弓使い「……書けました」
エルフ「はい、じゃあこっちにちょうだい…… こうしてこうして、よし!じゃあお願いね」
鳩 「フォッホー」
―――――
―――
―
エルフ「今日も一日ありがとう」
馬 「ブルルル・・・・」
男 「しかし流石守備隊自慢の馬だ。もうこんなところまで来られるなんてな」
部 下「お褒め預かり光栄です。火ももうすぐ点きますよ」
男 「ありがとう」
弓使い「……しかし、人の往来も段々と多くなってきました。バレたりはしないでしょうか?」
男 「守備隊の人間がついてるし伝令だと思われてるだろうから、そこまで疑いの目で見られることもないし大丈夫だと思う」
弓使い「そうですか……」
エルフ「都となればもっと大勢の人間がいるんですよね?」
男 「前に言った通りビクビクするより堂々としてた方がバレないもんだ。どんと構えてりゃいい」
部 下「火、点きましたよぉ!」
男 「おーう、それじゃ夕飯にしますか」
エルフ「はーい」
―――――
―――
―
男 「とうとう王都が見えてきたな」
男 (……あ、そういや預かり屋に荷物預けっぱなしだったな。まぁ、それどころじゃなかったし仕方ないか)
弓使い「……頑丈そうな城壁で囲まれているものだと思っていたのですが」
部 下「陛下がそういうのものは必要ないと仰られてこのような形になっています。ご存じないのですか?」
男 「気にすんな。あと城もいらないとは言ってたけどそれはまかり通らなかったそうだ」
エルフ「へぇ〜……」
部 下「大分都には近づきましたが、お急ぎならもっと進行速度を上げますか?」
男 「う〜ん、どうするかなぁ……」
馬 「ブルルル・・・・・・」
エルフ「自分たちなら大丈夫だって言ってくれてますけど……」
弓使い「ありがとう、それじゃお言葉に甘えましょうか?」
男 「だそうだ、飛ばすぞ」
部 下「は、はぁ…… この子たちって馬のことだろ?馬がそう言った?……まさかぁ」
―――――
―――
―
番 兵「――――これより先は王都となる。後ろの者たちは?」
部 下「西方国境守備隊隊長殿から陛下への言伝を託されたご友人だ」
番 兵「証拠は?」
部 下「この書状にある」
番 兵「改めさせてもらうぞ」
番 兵「――――ふむ、確かに。引き留めて申し訳なかった、ようこそ王都へ」
弓使い「ありがとうございます」
エルフ「ありがとうございます」
男 「いい仕事っぷりだな、おい」
番 兵「おいおいなんだ、ご友人ってお前のことかよ!久しぶりだなぁ!」
男 「ああ、でも今は言伝を預かってる身だ。積もる話はまた今度ゆっくりな」
番 兵「期待しないで待ってるよ。どうせお前のことだからまたプッツリと連絡が取れなくなるんだろ?」
男 「多分そうなるな。じゃあな」
部下「――――では、私はこの書状を持って謁見がかなうよう申請してきます」
男 「頼む」
エルフ「ここが王都、ですか…… よくわかりませんが凄いですね」
弓使い「石積みの建物が多いですね」
男 「ここに来るのも久しぶり…… のはずなんだが、来る度来る度風景が変わるもんだからホントに懐かしいのかわからん」
弓使い「この規模でまだ発展途上だというのですか?」
男 「そういうことなんだろう」
エルフ「人間がいっぱい……」
弓使い「都と言えば大体その国で一番栄えている所だから…… あんまりキョロキョロしないでよ?」
エルフ「わかってるわよ…… それにしても建物や人ばっかりで草花や木が全然ない……」
弓使い「そうね…… もしかしたら人間と同盟を結んだら里もこうなってしまうんじゃ……」
男 「いや、そうさせないために同盟をするんだよ」
エルフ「そうですね。里がこんな風になってしまうのは…… 嫌です」
男 「しかしおっさんに会うだけだってのに、謁見だなんてまぁ大層な呼び方しやがって」
弓使い「おっさんおっさんと随分親しげに呼んでおられますが、その方ってこの国の長なんですよね?」
―――――
―――
―
老 犬「ヘッヘッヘッ・・・・」
男 「おう、元気そうだな!」
老 犬「ヘッヘッヘ」
国 王「……おいおい、随分久しぶりに会うってのにまずはそっちに挨拶か?」
男 「おっさんのくせしてこれだけ俺を待たせたんだ。最初に挨拶なんてしてやるかよ」
国 王「ガキか!仕方ないだろ?公務やら何やらで身動きが取れないんだよ。それぐらいわかるだろ?あとおっさん言うな」
男 「……久しぶりだな、おっさん」
国 王「だからおっさん言うな。……いや、やっぱりそのままでいい。そう呼ばれるのも久しぶりで少し嬉しい」
男 「久しぶり?昔からどう見てもおっさんにしか見えないし、おっさん以外の呼び方あるか?」
国 王「アホか!昔はちゃんと若かったわ!!」
男 「騒ぐなよおっさん。いい年したおっさんが騒いでるのは見苦しいぞ?」
国 王「誰がいい年だ!全く騒いでるのは一体誰のせいだと…… まぁいい、わざわざ俺にがおっさんになったという事実を突きつけるために来たわけじゃないだろ?」
男 「そんなことに時間を割かせる程、常識知らずなわけでもないわ」
国 王「どの口が言いやがる…… ちなみにその要件というのは、お前が連れてるお嬢さん二人にも関係あることか?」
男 「そうだ。っていうかニヤケ面の書状にも書いてあったんじゃないのか?」
国 王「……ああ、だがあれだけでは説明不足だ。もっと詳しく聞かせてもらおうじゃないか」
男 「最初からそのつもりだ」
国 王「さて、その前にこの馬鹿のせいですっかり挨拶が遅れてしまった。申し訳ない、お嬢さんたち」
エルフ「い、いえ!お気になさらず」
国 王「本当に申し訳ない…… ああ、どうぞおかけになってください」
エルフ「で、では……」
弓使い「失礼します」
国 王「さて、それじゃ早速だが聞かせてくれ。お前が何を考えているのか」
男 「人間とエルフの共存」
国 王「エルフとの共存か。なかなか面白いことを言う。それで、お嬢さんたちも同じ考えかい?」
エルフ「はい」
弓使い「ただ、エルフ側の理解を得るのは困難であるかと」
国 王「ふむ……」
―――
――
―
老 犬「ヘッヘッヘッヘ・・・・」
国 王「……ふぅむ、なかなか難しい話だな」
男 「おっさんはエルフとの同盟が嫌なわけじゃないんだな?」
国 王「嫌なものかよ。森の賢者とまで謳われたエルフ族の知識や知恵の恩恵を受けられるというのは魅力的だ。共存共栄ができるというなら大いに大歓迎さ」
国 王「ただ、俺の意向で全てが決まるわけじゃない。少数だが、かつての貴族のような暮らしすることを望んでる者たちだっている」
国 王「そういう連中がエルフに危害を加えないとも限らない。その可能性を否定できない限り、エルフ側としては同盟を受け入れられないだろう」
国 王「それに森の保護というが、正直なところエルフの英知を授かったところですぐさま国が豊かになるわけじゃないだろう?」
国 王「やはり今の内はある程度は森林の開発も進めなくちゃならん。ただでさえ食糧難に陥る間際だというのにエルフの分も養うとなるとな」
国 王「いずれ食糧事情が安定すれば森林保護、それだけでなく植樹による森林面積の拡大にも手を出せるだろうが、そこまでエルフが辛抱してくれるかどうか」
国 王「他にも課題は山積みだ。さて、こういう状況であるが果たしてエルフは同盟を結んでくれるだろうか?どうかな、お嬢さんたち」
弓使い「……お聞きしてもよろしいでしょうか?」
国 王「何でしょう?」
弓使い「同盟下において、人間がエルフに危害を加えたり、一方的に利用するようなことはしない…… という明確な保証はできますか?」
国 王「明確な保証か…… 難しいな。長期的な目で見れば不可能ではないが、同盟直後などは確実に様々な軋轢が生まれる」
国 王「産みの苦しみと言えば聞こえはいいが実体はどうか…… 何にせよ今は口先だけで語る他ない。森の賢者が言葉だけで俺を信用してくれるとは思えないが」
弓使い「そうですね……」
国 王「ただ」
エルフ「?」
国 王「ただ、エルフが苦境に立たされているというのなら助けたい、というのは私の心からの願いだ」
国 王「もっと言えば、自由と尊厳を奪われ虐げられている全ての者を助けたい。傲慢と言われるだろうが、本当にそう考えている」
国 王「だが、それを証明するのは言葉でしかない。言葉を尽くして語るしかない。稚拙な言葉を信じてもらうしかない」
弓使い「…………」
国 王「……どうかな?」
弓使い「……真っ直ぐな方だとお見受けしました。貴方が長であるならば私もエルフの長に安心してこの話を通せます」
エルフ「それに……」
老 犬「ヘッヘッヘ」
エルフ「この子もこの人なら大丈夫だって言ってます」
男 「そうか……」
国 王「ありがとう、私を信じてくれて」
エルフ「あ、あとこの子がもっと美味しいもの食べたいって言ってました」
老 犬「ヘンッ」
国 王「この野郎」
男 「……とりあえず、こちら側としては同盟に全面同意という形になったわけだ」
国 王「それで、エルフ側の指導者と会談を開くことは可能なのかな」
弓使い「……貴方のことを疑っておきながら申し訳ないのですが、実はこの話は私たちしか知りません」
エルフ「まずはこの話を私たちの王に話します。そこからどうなるかは……」
国 王「エルフの王の考え次第だと?」
弓使い「ええ……」
男 「ここまでは予想通りだが、問題はやっぱりここから先だな……」
国 王「……この男を私の代理として君たちの代表者に会わせることはできるか?」
男 「へ?」
国 王「どうせ、というのも悪い気がするがこの同盟の話は君たちではなくコイツが言い出したことなんだろう?」
エルフ「はい、そうです」
国 王「言い出しっぺの法則ってやつだ。自分の言動には責任を持つべきだよな」
男 「いや、俺は別にいいけどよ。エルフの里に人間が行っていいとは…… なぁ?」
弓使い「先ほど申し上げましたが、この話は私たちだけで決めた話です。それなのに里に人間を入れるというのは……」
エルフ「挑発的と言いますか、その……」
男 「やっぱり段階を踏んでからやるべきだぜ?おっさん」
国 王「かもしれん。だが、俺はそうした方がいいと思う。こういうときの勘ってのはよく当たるんだ」
エルフ「……わかりました。彼も一緒に連れて行って陛下とお話ししてみます。いいわよね?」
弓使い「……ええ、了解よ」
男 「本当にいいのか?」
エルフ「はい、きっと上手くいくはずです」
国 王「……多分君たちも何となく感じてるだろうがコイツには人、いや他者を動かす力がある。かくいう俺もそれで動かされた」
国 王「コイツの目に突き動かされて、できっこないことを馬鹿みたいにやって、気が付いたら一国の主にまでなっていた」
国 王「この国を変えたキッカケは本当は俺じゃなくてコイツなんだよ。多分この同盟の話もコイツが中心になって動くと思う」
弓使い「……それは私たちもなんとなくわかります。こんな馬鹿げた話、信じてみようと思わされたのもこの方のせいですから」
男 「この方のせいって…… いや、実際そうかもしれないが」
―――――
―――
―
部 下「……本当にここまででよろしいのですか?」
男 「ああ、ここからは俺たちだけで行く。君が頼まれていたのは王都までの護衛と、あの書状を渡すことだろ?」
部 下「そうですが……」
男 「今度は国王陛下直々の依頼なんだ。悪いが……」
部 下「……了解です。それでは」
男 「ああ、また会おう」
弓使い「本当にありがとうございました」
エルフ「貴方たちもありがとう」
馬 「ブルルル・・・・」
部 下「道中お気をつけて…… ハッ」
男 「――――さて、次はいよいよ君たちの故郷か」
エルフ「はい、行きましょう」」
―――
――
―
エルフ「――――ところで」
男 「ん?」
エルフ「その大きな袋には何が入ってるんですか?」
男 「これ?君たちの王様への貢物」
弓使い「貢物、ですか」
エルフ「中身は何なんです?」
男 「う〜ん、ま、2,3個くらいならいいか。ほら」
弓使い「これは…… リンゴですね!」
エルフ「これなら陛下もお気に召されますよ!」
男 「そうだといいんだが。あと、熟す前の若い奴をもらってきたんだけど道中もつかな?」
弓使い「此処からでしたら一月はかかりませんが…… ああ、それと陛下はモノにつられるような御方ではありませんのでご注意を」
男 「何も賄賂とかで懐柔しようとは思ってないぜ?」
エルフ「あむ…… あ、熟す前は少し酸っぱいんですね」
―――――
―――
―
男 「そして夜です」
エルフ「夜ですね」
弓使い「この辺りは襲ってくるような獣は余り居ません」
男 「ああ、そこまで気を張らなくてもいいってわけだ」
弓使い「ですが、念のためいつも通り火の番を」
男 「あー……」
弓使い「はい?」
男 「いや、ニヤケ面ンとこの兵士がいなくなったからまた君と二人で交代かと思って」
エルフ「いえいえ、この辺りはさっきこの子が言った通りあまり動物がいません!だから、今回からは私もやりますよ」
男 「いや、でも」
エルフ「いーですからいーですから!」
弓使い「……この子は妙に頑固なところがありますので」
男 「うーん…… わかったよ、今夜はお言葉に甘えさせてもらおう」
―――
――
―
男 「……おーい」
エルフ「すぅ…すぅ……」
弓使い「案の定寝てますね」
男 「ねー…… 確かにこりゃ大変だ」
弓使い「貴方がいなければ私は今頃寝不足で倒れていたかもしれませんね」
男 「ははっ、笑えねー……」
弓使い「……では、いつも通りに」
男 「ああ」
男 「ちなみにまだまだ先だとは思うけど君らの国までどれくらいあるんだ?」
弓使い「そうですね、この辺りなら星もきれいに見えますのでザワディが使えますね…… 今の時期であの星とこの星の位置がそこだから……」
弓使い「……この調子なら二十日くらいといったところでしょうか」
男 「マジで?そこまでリンゴが持つかなぁ……」
弓使い「さぁ、どうでしょうか?」
男 「……ところで、君らも星を見て自分の位置とかわかるんだな」
弓使い「その言い方から察するに、人間もザワディ…… その技術を持ってるんですね?」
男 「ああ、森の中を走り回ってる内に自分がどこにいるかわからなくなったときとかに重宝する」
弓使い「なるほど…… 貴方が以前仰ったようにエルフと人間の文化は近いものがありますね」
男 「だろ?あ、そうそう、星を見ると言えば星座とかの話はエルフにもあるのか?」
弓使い「セイザ…… 思い当たる言葉はありませんね」
男 「ああ、そういうのはないんだな……」
弓使い「何ですか?その星座というのは?」
男 「そうだな…… 例えばあの星と、あの星とあれとあれと…… ああ、アレを線でつないで猪座とか」
弓使い「イノシシ……?猪というのはウルルアライのことですよね?……あれがウルルアライですか?」
男 「ウルルアライが猪かどうかはわからんが、昔の人は星と星をつなげてそこにいろんなものを見出してたんだとさ」
弓使い「……しかし、私にはあれがウルルアライ―――猪には見えません」
男 「俺にもそうは見えないな。まぁ、昔の人間は想像力豊かだったんだろ」
弓使い「そうですね……」
男 「線にどれだけ肉付けすれば猪になるんだよっていう」
男 「あと、それにまつわる話もあったりする。猪座は元々は何でもかんでも喰ってしまって山ほどもあるそれは大きな猪だったそうだ」
弓使い「まさか…… それで?」
男 「当然村の人間たちが作っていた作物なんかもみんな食われてしまった。困り果てた村人は力持ちの神様に何とかできないか相談した」
弓使い「カミサマ?確か概念的なものですね。あまり深くは理解できていないのですが……」
男 「まぁ、神様ってのはすごい力を持った連中のことって思ってくれればいい。で、早速その猪に力持ちの神様は力比べを挑んだんだが……」
弓使い「その口ぶりからすると負けてしまったんですね?」
男 「先を読むなよ。まぁその通り、なんと神様のくせして負けてしまったんだ」
弓使い「すごい力を持っているのに?」
男 「ああ、だから力持ちの神様は今戦っても勝ち目がないから別の方法を思いついた」
弓使い「さて…… 罠に嵌めたとか?」
男 「罠、は違うな」
弓使い「……降参です。カミサマはどうやったんですか?」
男 「なんと猪の大好物を大空高く、そりゃあ遠くまで放り投げて、それを追いかけさせることで地上から追っ払うって方法だった」
弓使い「……無茶苦茶ですね」
男 「ところがその無茶苦茶な方法が大成功!結果猪は大好物を追って星になるくらい高く遠くまで行ってしまった…… っていうお話さ」
男 「で、猪座の頭の少し先。わかるか?あの星が中心で周りの星をつなげるんだ」
弓使い「あれと、あれとあれとあれ……ですか?」
男 「そう、それがそのとき神様がぶん投げた猪の大好物が星座になったっていうトウモロコシ座だ」
弓使い「あれが?ああ、あれならトウモロコシと言われてもまだなんとなく形がわかります」
男 「そんな感じでけっこう色んな星座があるんだぜ。ほら、あっちのあの星とこの星」
弓使い「どれですか?」
男 「あれだよ、あれ」
弓使い「……何のセイザなんです?
男 「鳥人座」
弓使い「トリジン?」
男 「そう、頭は鳥だが首から下は人間っていう」
弓使い「なんですかそれ、気味の悪い」
男 「なー、マジでどういう頭してたら思いつくんだよ
弓使い「その鳥人にはどんなお話が?」
男 「なんでも鳥好きな子どもの前に現れて、焼いた鳥の肉を串に刺したものを食べるらしい」
―――
――
―
弓使い「――――他にはもうないんですか?」
男 「あー、もう知ってるのは今言った奴だけだな。まだあるとは思うんだが勉強不足なもんでもうわからん」
弓使い「そうですか……」
男 「自分のいる場所を知るための基準の星を基本的に調べてたからなぁ…… 悪いね」
弓使い「いえ、しかし人間にはそんな面白い話が伝わったりしているんですね」
男 「ああ、荒唐無稽な作り話だけどな。そんなんで星の並びができてるわけないだろうに」
弓使い「そうですね…… でも、私たちにとって星は季節と時間と場所を知るための指標でしかありませんでした」
弓使い「それが、こんなに面白い見方があったなんて…… これも人間の文化の一つなんですね」
男 「ああ」
弓使い「他にももっといろいろあるんでしょうか?」
男 「ああ、まだまだあるよ」
弓使い「……もっと、もっと知りたいです。おかしいですね、人間のことは好きじゃなかったはずなのに」
男 「人とエルフが共存できるようになればきっと、もっといろんなことがわかるようになる」
―――
――
―
エルフ「ご、ごめんなさい〜!わたしすっかり寝ちゃってました〜!!」
男 「ああ、いいよ。元々こうなる気がしてたし」
弓使い「私はもう慣れてるわ」
エルフ「あうあう……」
男 「まぁ、引き続き火の番は俺と彼女でやるから、それでいいな?」
エルフ「……はい」
弓使い「さて、それじゃそろそろ出発しましょうか」
男 「おう」
エルフ「…………」
弓使い「どうしたの?」
エルフ「ねぇ、貴女たちまた前より仲良くなってない?私が寝ちゃってる間に何かあったの?」
弓使い「セイザっていうのを教えてもらってたのよ」
エルフ「セイザ?なにそれ、私も聞きたい!」
―――――
―――
―
男 (――――しかしエルフの里への旅路は平和なものだった)
男 (野盗は当然として、獣の気配すらほとんどなかったので何時ぞやのように気を張り詰め続ける必要もなかった)
男 (で、エルフの王への交渉に向けてエルフの言葉の手ほどきを受けたりしているわけで)
エルフ「エクァステスフィキチータオッヘルサナシリウムトゥアイタルフェンオッティクス、はい」
男 「エクァスてすひきちー…… 何だっけ?」
エルフ「エクァステスフィキチータオッヘルサナシリウムトゥアイタルフェンオッティクス」
男 「エクァステスひきチータオッヘるさなしリウムつぁいたつイタルへんオッティうす」
エルフ「発音が駄目です。はい、もう一度。エクァステスフィキチータオッヘルサナシリウムトゥアイタルフェンオッティクス」
男 「エかステスフィキチータオッへるサナシリウムトゥあいたるフェンオッティクス」
エルフ「……及第点はまだあげられませんね」」
弓使い「『お初にお目にかかります。○○と申します』『ご機嫌麗しく存じます』『本日は是非聞いて頂きたい議が在り推参致しました』」
弓使い「この三つはスラスラと言えた方がいいでしょう。その努力を買われれば陛下のご心象もよくなるでしょうし」
男 「へーい…… ああ、道のりは果てしなく……」
男 (――――で、時にはお互いの文化とか習慣の話もしたりなんかして)
男 「47掛ける11は?」
エルフ「517」
男 「えっと…… 合ってる。じゃあ、35掛ける13!」
エルフ「455」
男 「ちょっと待ってくれよ……」
男 「…………合ってる。これならどうだ!99掛ける97!!」
エルフ「9603」
男 「もう合ってるか確かめる気力もねぇわ…… なんだ、二桁の掛け算は全部暗記してるのか?」
エルフ「いえ、19掛ける19までしか暗記はしてませんよ?」
男 「19まで覚えてて『までしか』はねーよ」
弓使い「それ以上の二桁の掛け算は100より大きいか小さいかを比べて……」
男 「時間があるときにゆっくり聞くよ。今教えてもらっても覚えられそうにない」
男 「あー、しかしそんな速い計算方法があるならなんであのエルフは教えてくれなかったのかね?」
弓使い「きっと、貴方が人間である以上人間式の計算の方に触れることが多いと判断したからではないでしょうか?」
―――――
―――
―
男 「――――で、何時の間にやらエルフの里に大分近づいていた、と」
弓使い「はい、その通りです」
男 「しっかし、鬱蒼とした森だよなぁ…… 昼間でもこんだけ暗いんじゃ迷っちまいそうで通る気も起きない」
弓使い「そうやって人間の足を遠ざけているんですよ」
弓使い「……さて、ここから先はまず私たちだけで行かせていただきます」
男 「ああ、よろしく頼む」
エルフ「ええ、陛下に伝えてきます」
男 「もし駄目だったら?」
エルフ「……ここでお別れです」
男 「あいよ」
弓使い「では、また後で……」
男 「そろそろリンゴがやばい。完全に駄目になる前に返事をもらえるとありがたいな」
エルフ「そうですね、それでは……」
―――――
―――
―
男 (大分明るくなったな)
男 「……一日半、か」
エルフ「――――あ、いたいた!」
? ?「クツツ……」
男 「増えてるな」
弓使い「はい、陛下の御側役の方です」
使 者「ナウシィ」
男 「ナウシィ…… よろしく、だったっけか」
エルフ「陛下は話を聞いてくれるそうです」
男 「最初の関門は突破か。ま、これから先はもっと大変なんだがな」
弓使い「そうですね」
エルフ「それで申し訳ないんですけど…… 目隠しさせてもらいますね」
男 「場所を特定させるわけにはいかないってことか」
弓使い「ええ、まだあなたは信頼されているわけではありませんので…… すみません」
男 「当然の判断だ。謝るこたないって」
使者「……随分と仲がいいのね」
弓使い「まぁ、それなりに長い時間一緒にいましたので」
男 「貴女もこちらの言葉を喋れたんですね?」
使 者「だから使者として私が来た」
男 「なるほど……」
エルフ「……よし、できました!」
使 者「確かめさせてもらうわ」
男 「ちょっとまってイタイイタイ、締め過ぎ締め過ぎ」
使 者「大丈夫そうね。次は手を後ろに回して」
男 「はい」
使 者「変な動きをしないように腕も縛らせてもらう」
男 「どうぞどうぞ」
エルフ「里につくまでの辛抱ですので、頑張ってください」
1: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 22:45:25.91 ID:9m2tKT3V0
男 「上の方から見慣れないモンが流れてきたと思ったら、まさか女の子が流れてくるなんてな……」
エルフ「流されるなんて思わなかったんですよ…… 流れもそんなに速くなかったですし、それにまさかあんなに深いところがあるだなんて……」
男 「下流ならまだしもあの川は上流の方が深いところが多いからな。見た目じゃ深さも流れの速さもわからんし。しかし、なんでまた川の中に?」
エルフ「蒸し蒸しとした暑さにやられて弱っていたところにちょうど川が見えたので、水浴びしようとしてつい……」
男 「二度とそんな不注意な行動はしないように。何のかんので毎年川で溺れ死んでる奴は相当いる。今回は運が良かっただけだ」
エルフ「相当、ですか…… そうですね、今後はこのようなことのないように注意します」
男 「で、どの辺りで流されたんだ?そこらに服とか荷物とか置いてあるんだろうし明日にでも拾いにいかないとな」
エルフ「いえ、そこまでしていただく義理はありませんし、私だけで取りに行ってきます」
男 「不慣れな土地を一人でか?どうも君はこの辺りの人間じゃなさそうだ」
エルフ「っと、それは、そのぉ…… で、では、よろしくお願いします」
男 「今夜は俺の着古したそれで我慢してくれ。ちょっとおっさん臭くて申し訳ないが」
エルフ「すみません、お言葉に甘えさせてもらいます…… えと、ありがとうございます」
男 「レムルストゥニ。確か『どういたしまして』って意味でよかったよな?」
エルフ「!?」
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・女の子「わわっ、何で俺くん裸なの!?」俺「裸に見えるだけ……さっきのケーキに透視薬を盛ったのさ」
・彡(●)(●) 「ナイフで刺したことは間違いない」
・男「新入部員か!?」女「入れてください…////」
2: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 22:48:55.09 ID:9m2tKT3V0
男 「ん!?まちがったかな?」
エルフ「いえ、合ってます。ですが、どうして貴方がエルフの言葉を……?」
男 「ああ、そっちか。なに、昔エルフと仲良くなったことがあってな。その時に簡単な言葉を教えてもらった」
エルフ「……なぜ私がエルフだとわかったんですか?」
男 「その長い耳を見りゃわかるさ」
エルフ「あっ……」
男 「今頃隠したって遅いって」
エルフ「……私をどうするつもりですか?」
男 「そうだな、他の誰かに見つからないうちにどこかにあるっていうエルフの国に帰ってもらうとするよ」
エルフ「…………」
男 「そう簡単に信じてもらえるはずもないか。……まぁ、それより耳じゃなくて他のところ隠してくれないか?目のやり場に困る」
エルフ「あっ……」
男 「ん、よし。さっきも言ったけど今夜はゆっくり休んでくれ。結構長い間水に浸かってたんだろうしな」
エルフ「…………」
男 「……じゃ、俺は下で寝てるから」
3: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 22:52:51.44 ID:9m2tKT3V0
―――――
―――
―
男 「……お〜い、起きてるか」
エルフ「…………」
男 「ま、とりあえず服は扉の前に置いとくからな?着替えたら降りてきてくれ。朝飯にしよう」
エルフ「…………」
男 「お、来たな」
エルフ「これは……?」
男 「鹿の肉。あ、お嫌い?」
エルフ「いえ、嫌いとかではなくて、エルフは動物を食べたりなんて……」
男 「そうだったのか。悪いな、そこまでは知らなかった」
エルフ「普通は知らないはずです」
男 「ま、好き嫌いとか食文化だなんて言ってられる状況じゃなかったからな」
4: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 22:54:36.36 ID:9m2tKT3V0
エルフ「……と、言いますと?」
男 「くだらない話さ。それよりこれならどうだ?芋を蒸かしただけのやつだが」
エルフ「……いただきます」
男 「うん、これ食ったら早いとこ荷物を探しに行こう。急がないと獣がアンタの荷物を持って行っちまってるかもしれん」
エルフ「はい……」
男 「しかし人間の言葉がうまいな」
エルフ「先生に教えていただきました」
男 「先生……? っと、あんまり詮索しない方がいいか」
エルフ「…………」
男 「……ん、ごっそさん」
エルフ「……ゴッツォサン?」
男 「『ごちそうさまでした』だよ。全部言うとめんどいから略してる」
エルフ「ああ、それならわかります」
男 「じゃあ改めて、ごちそうさまでした」
エルフ「ごちそうさまでした」
5: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 22:59:07.60 ID:9m2tKT3V0
―――
――
―
男 「――――っと、それじゃ行こうか」
エルフ「……はい」
男 「とりあえずは川沿いを上流に向かっていくとして……」
エルフ「…………」
男 「どうした?」
エルフ「……貴方はディアンニフ、悪者、ですか?」
男 「さぁ、どうだか?」
エルフ「答えてください」
男 「……少なくとも俺は自分で自分を悪人じゃない、って言う奴は信頼できない。君はどうだ?」
エルフ「そうですね……」
男 「…………」
エルフ「行きましょう。ご同道をお願いします」
男 「……あいよ」
6: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 23:06:28.64 ID:9m2tKT3V0
―――
――
―
男 「――――この辺も見覚えないか?」
エルフ「はい」
男 「ってことはもっと上か…… そんなとこで君は何してたんだ?」
エルフ「実は私、旅の途中でして…… この頃、西の森の力が弱まってきているようで、その原因を確かめるべく西に向かっていたんです」
男 「森の力……?」
エルフ「森にもある種の力があって、それが弱まると森と共に生きている私たちエルフはとても困るんです」
男 「へぇ。で、その森の力とやらが弱まった原因を調べるために旅をしていた、と?」
エルフ「そういうことなんです」
男 「……ところで」
エルフ「はい?」
男 「こっちから聞いておいてなんだが今の話って、そんなにペラペラしゃべってもよかったのか?」
エルフ「人間さんはスウィルニフ……えっと、人の言葉で『善人』、『いいひと』みたいですから」
男 「善人って…… なんでまた?」
7: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 23:11:09.80 ID:9m2tKT3V0
エルフ「気を失っていた私を介抱していただきましたし、こうして一緒に荷物を探していただいてますし」
男 「いや、でも善人ってほどじゃないだろ。普通だと思うけどな」
エルフ「そうなんですか?私、どんな人間が普通なのかは良く知りませんので」
男 「まぁ、人間との接触はないだろうしな」
エルフ「聞いてる限りでは人間って基本的にディアンニフだとか」
男 「違うと思うけどな。まぁ、人の本質は善だとか、人は生まれながらにして悪だとかそういう哲学的な話はよくわからん」
エルフ「あっ…… もしかして私の荷物を手に入れてからどうにかする気だったんですか?」
男 「いや、そういうわけじゃないが……」
エルフ「……じゃあ、人間さんは悪い人ですか?」
男 「いやいや、人間ってのはそう極端なもんじゃなくてだな……?」
エルフ「それでもやっぱり私は貴方は善人だと思います」
男 「あー、うーん…… もうそれでいいや」
エルフ「はい!」
男 (よくもまぁ、こんな騙されやすそうな子を旅に出させたもんだ……)
エルフ「?」
8: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 23:17:18.81 ID:9m2tKT3V0
―――
――
―
男 「しかし、エルフのお嬢さんが一人旅というのは危なくないか?」
エルフ「はい?」
男 「エルフと見りゃどんな手を使ってでも手に入れようとする連中は少なくないはずだ」
エルフ「そうですね」
男 「そうですねって…… わかってんならどうして」
エルフ「大丈夫ですよ、弓の名手でもある友達が一緒なんです。いざというときは……」
男 「友達?」
エルフ「はい、それが何か?」
男 「……その友達は今頃君を探しているんじゃ?」
エルフ「……あ」
男 「あー……」
エルフ「どっ、どうしましょぅ〜〜〜!!?」
男 「落ち着け落ち着け」
9: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 23:24:52.79 ID:9m2tKT3V0
エルフ「ああ、今ものすごく心配かけちゃってますよね、ねぇ!?」
男 「落ち着けって、なんかはぐれた時とかのために連絡手段とか用意してないのか?」
エルフ「えーっと、え〜と…… 全部荷物の中ですぅ!!」
男 「そうか、じゃあ誤解の解ける望みは薄いか……」
エルフ「はいぃ!?ご、誤解、ですか……?」
男 「さっきから獣にしちゃあ慎重過ぎる何かが俺たちの後をつけている。一体誰だと思っていたが」
エルフ「そ、それじゃあ!!」
男 「ああ、多分それがアンタのお友達だろう」
エルフ「じゃあ、早速呼んでみますね!
男 「あ、おい!」
エルフ「スウィーーーダァ!ニャヌルゥーワシシピィ!!」
エルフ「スウィーダ!」
エルフ「……フィナ?」
エルフ「スウィーーーダァ!トルキメニスタファッス!!」
10: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 23:30:06.18 ID:9m2tKT3V0
男 「……まぁ、すぐには出てきてくれないだろ。なんせ人間と一緒にいるんだから」
エルフ「それもそうですね。じゃあ人間さんはディアンニフじゃないって伝えてみます」
男 「やるだけやってくれ、多分信頼されないと思うが」
エルフ「イズルミニフスィスィエルミアディアンニフ!ネレイシャスウィルニフ!エレンシェクルミニーヤ!!」
エルフ「……駄目ですかね?」
男 「だろうな。俺に脅されて言わされていると思ってるのかもな」
エルフ「どうしましょうか……」
男 「……じゃあ、ちょっと俺から離れてみてくれるか?」
エルフ「え?はい……」
男 「もっと」
エルフ「はい」
男 「……もっと」
エルフ「はい」
男 「……じゃあな!」
11: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 23:34:38.73 ID:9m2tKT3V0
エルフ「えっ……?」
男 (川に飛び込みゃあ逃げきれるだろ……って)
男 「おわっ!?」
エルフ「シャンハッ!?」
男 「…… 逃がす気はねぇってか」
男 (先を読まれてたか…… 後半歩進んでりゃ矢がブッスリだ)
エルフ「あぁっ!?そ、それ友達の使ってる矢です!!」
男 「だろうな!」
エルフ「でもどうして…… 私がこの人はスウィルニフだって言ってるのに!」
男 「アンタが俺に騙されてるか、もしくはそう言うように強制させたって思ってるんだろう!」
エルフ「……だったら!」
男 「おい、近づいてくるなって!!」
???「……くっ」
エルフ「イズルミニフスィスィエルミアディアンニフ!ネレイシャスウィルニフ!エレンシェクルミニーヤ!!」
???「…………」
12: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 23:37:54.29 ID:9m2tKT3V0
男 (弓を構えた女……)
???「メイィ……」
男 「……あれが、お友達?」
エルフ「はい、そうです。弓の名人で」
男 「だろうな。実体験でよく知ってる」
???「……ヴェルシン、クィナドキア」
男 (えーと、そこから離れて?)
エルフ「!? メイリィ!イズルミニジトゥアンタフィーフィキャリムリリクゥ!!」
???「ピスカチラッチェルスメラシカ、ペテオ」
エルフ「シュエルスターニャ?シャウアンダシィ!」
男 (……流石にもう何喋ってるかわかんねぇな)
???「……そこの人間、両手を上げてゆっくりと立ちなさい」
男 「……あいよ」
???「……貴方、この子に何をしたの?人間の貴方をかばおうとしているのだけど」
男 「さぁ?少なくとも変なことをした覚えはないな」
13: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 23:44:00.94 ID:9m2tKT3V0
エルフ「……ウィ、ウィアクルル」
弓使い「ヴェルシン!クィナドキア!!」
男 「離れろって言ってるんだろ?離れてくれないか?」
エルフ「……はい」
男 「……さて、と」
弓使い「妙な動きはしないで」
男 「しかし、人間の言葉が通じるようで何よりだ」
弓使い「……動かないで、と言ったはずです」
男 「話くらいはさせてくれないか?」
弓使い「……いいでしょう。あの子を誑し込んだ手口が分かれば今後の対策に活かせそうですし」
男 「そりゃいい、特に何かやった覚えはないが役に立ちそうなら是非参考にしてくれ」
弓使い「そうですね、まずはなぜあなたがエルフの言葉を解するのか…… そこを聞かせてもらいましょうか?」
男 「昔、君たちの同族から少しだけ教えてもらった。だからちょっとは理解できるが、さっきの君たちの会話はほとんどわかってない」
エルフ「メイリィ!メイリィゲリュンカイティヴィジゾース!!」
弓使い「ダウメイリィ?ハッ……」
14: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 23:50:25.15 ID:9m2tKT3V0
弓使い「アズィヴニフトゥリャパーシマスウィルリャンパーパレシカ?」
エルフ「ワンファ!アズィヴニフグンタガーリースピャルフィフィニアンラ」
男 (やっぱり何言ってるかさっぱりわからん……)
エルフ「エニシュアシュケクルルート!エルマタイスウィルニフシューリンキルメイア!!」
男 (スウィルニフ、ねぇ……)
弓使い「スウィルニフ?ダン、エルルティマハリュート。ユリティニア」
エルフ「アズィヴニフデンリカスィルジン!マタタラティアフカイ!!」
弓使い「ドゥーネイシタ?エルニリャンリャメン、ワルジカスリーマ」
エルフ「シンバナラウーイ!ドウリャメンクルルフティードジャガンリャスパティア!」
弓使い「ナミエスタカセリョール、キアナナフィフィニアンラトリスパヤ」
エルフ「スィーナ、デンフルニャーマエルマタイスウィルニフシューリンキルメイア」
弓使い「エンツ、フォルアムスティルクニャシワワローンツ?」
エルフ「エニシュア!」
弓使い「クリュウ…… そこの人間、今の話は本当ですか?」
男 「いや、わからんて」
16: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 23:53:48.40 ID:9m2tKT3V0
―――
――
―
弓使い「知らなかったとはいえ同胞を助けていただいた方に矢を放つなど…… 申し訳ありませんでした」
エルフ「……ごめんなさい」
男 「いや、別にいいって。ケガしたわけでもなし」
弓使い「では、改めて……」
エルフ「ええっ!?どうしてまた構えるの!?」
男 「……それはそれ、ってことだろ?」
弓使い「ええ、この子を助けていただいたことには感謝していますが、私たちを目撃した人間を見逃すわけにはできませんので」
男 「……森の賢者たるエルフに伝わる特定の記憶だけを消す薬とか魔法とかはないのか?」
弓使い「そんな都合のいい薬なんてありませんよ。まして魔法なんてものも……」
男 「だろうな」
エルフ「リ、リィヤントゥルシュ!」
弓使い「オートンナムラズ、コリオムゼムルゲスィーラオンロンフシャナムケ」
男 「……命乞いをしてもいいかな?」
17: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 23:56:40.93 ID:9m2tKT3V0
弓使い「……聞きましょう」
男 「君たちは故あって西の森に向かっているとあの子から聞いた」
弓使い「サンナ……」
エルフ「あは、あはは……」
弓使い「……そこまで知られていたとは思いませんでした」
弓使い「ですが、命乞いをするのならそのことまで話さない方が良かったのでは?尚更生かしておく必要がなくなりましたが」
男 「いやね?これから先、君たちは絶対誰にも見つからずに西の森まで行けると思っているのか?」
弓使い「……まぁ、実際貴方に見つかってしまったわけですし、決して容易いことではないと思います」
男 「そんなときのために事情を知る人間を一人くらい仲間にしといた方がよくないか?」
弓使い「なるほど、わからなくはない話です。ですが、貴方が私たちを裏切らない保証はありませんよね?」
男 「まぁ、そこは俺を信用してもらう他ないな」
弓使い「改めて言いますが、あの子を助けてくれたことには感謝しています。ですが、それすらも私たちを騙すための布石だったという可能性も否定できません」
男 「相手が嘘ついてるかどうかわかる薬とか魔法とかないか?」
弓使い「そんな便利なものはありません」
男 「だよな」
18: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/04(木) 23:59:17.52 ID:9m2tKT3V0
男 「さて、どうしたもんかな……」
エルフ「シィーパ……」
弓使い「……ゼンス。ゼンスムナナライ」
男 「………?」
弓使い「……確かに恩を仇で返すというのも酷い話です。それにここで貴方に危害を加えるとこの子がもっとうるさくなりそうですし」
男 「それはつまり……?」
弓使い「あの子に免じて少しだけ貴方を信用するということです」
男 「そいつはありがたい」
弓使い「勘違いしないでください。このまま見逃すというわけではありません。監視の意味も込めて私たちの旅について来ていただきます」
エルフ「へ?」
男 「いいさ、昔エルフには世話になった。そのご恩返しで精一杯荷物持ちでもさせてもらうさ」
エルフ「ネルフィ?エルマタイグリュンシカチルティミタイ……?」
弓使い「シュウィンス、エリュアシンジタンリリスティムルスカクダダンシィ」
エルフ「クラナンキア!?デヴィアンプラキマウォルウィウィナ」
弓使い「デルフィニムムルジャミシルシィ。レイオエルザシュランティ」
19: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:01:18.16 ID:0/G1P+FM0
エルフ「ブランナスティフィ、ドルネンティティアーナジャックルン」
弓使い「ゲファナースチュチュリンケイ、ファーマスカーヤ」
エルフ「ナンム…… エフォリパーシャ」
弓使い「ヤンファルティト…… スィーラ」
男 「……話はまとまったと?」
弓使い「ええ、それではご同道よろしくお願いします」
男 「了解。で、旅の準備をする為にも一度俺の寝床に戻ってもいいかな?」
弓使い「構いません」
エルフ「ちょっと待って!私の服と荷物は!?」
弓使い「……ほら、これでしょう?」
エルフ「あっ、フェリティトゥ〜!!」
弓使い「レムルストゥニ。まったく、ちょっと川で顔を洗ってくるって言ってから全然帰ってこないと思ったらまさか流されて人間に拾われてただなんて……」
男 「ま、今後は絶対にその子から目を離すべきじゃないな」
弓使い「そうですね…… まったく、余計な心配かけさせないでよ」
エルフ「マチュヌゥ〜……」
20: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:04:10.44 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「……さて、じゃあ行くとしますか」
エルフ「はい、よろしくお願いします」
弓使い「…………」
男 「はは、もう少しのってくれても」
弓使い「……まだ貴方を信用しているわけではありません。これから貴方を見極めさせていただきますので」
男 「わかったよ、俺は生きてる荷車ってことで」
弓使い「……ところで」
男 「何でしょ?」
弓使い「その長い包みの中身は何ですか?」
男 「ああ、猟師を生業としてるんでね。仕事用と護身用を兼ねた鉄砲が入ってる」
弓使い「……テッポウ?」
男 「エルフの国にはなかったか?鉄と木とを組み合わせて出来たもんで、火薬ってのを使って弾丸を遠くまで……」
弓使い「カヤク、はわかりませんがテツなら知っています」
21: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:08:45.09 ID:0/G1P+FM0
男 「火薬ってのは最近できたもんで、火をつけると爆発する黒い粉でその爆発力でこの鉛玉を飛ばして標的を撃ち抜くんだ」
エルフ「そんなものが……」
弓使い「……道理で嫌な感じがするわけですね」
男 「……そうなのか?」
エルフ「はい…… 出来れば置いていってもらえませんか?」
男 「いやぁ、こいつは旅をするからには絶対必要な場面が出てくると思うんだが…… 野盗やらなんやらが出てこんとは限らないしな」」
弓使い「……仕方ありませんね。それが貴方の自衛手段というのなら我慢するとしましょう」
エルフ「……はぁい」
男 「あー…… とりあえずは街道を通ってさっさと西まで行っちまおう」
エルフ「街道は人が多いので素性がばれる危険性が……」
弓使い「まぁ、彼がいてくれますので人間とのかかわりは基本彼に任せればいいでしょう」
エルフ「……そうですね。目的地はまだまだ先ですから、わざわざ歩きにくい道を通ることもないですね」
男 「……じゃあ改めて出発ということで」
弓使い「はい、ですが妙な素振りを見せれば……」
男 「わかってるよ、俺の今の仕事はアンタらを西まで送り届けること。それだけさ」
22: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:14:30.86 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
弓使い「――――とは言ったものの、想定より人の往来が多いですね」
エルフ「……ばれませんよね?」
男 「この国は現王になってから規制が緩くなったからか兎に角人が多いし、殊更妙な素振りを見せなきゃ大丈夫だろ」
弓使い「入れ替わりが激しいですね、人間の国は。簡単に出来て、簡単に滅びて、常に戦って、常に争って……」
男 「…………」
弓使い「本当に愚かです」
男 「……まぁ、この国はそうはならないと思うが」
弓使い「あら、どうしてそんな言葉が出てくるんですか?」
男 「ここの王様は、そういうことを無くしていこうとしてる人だからな」
弓使い「ではお聞かせください。その王が建国した際、争いはなかったのですか?」
男 「……いや、大勢の人々を虐げ奴隷にしていた屑みたいな奴らと戦ったよ。もっとも、士気の違いから戦ったというより一方的に攻撃してるだけだったような」
弓使い「結局は戦いの上に出来た国ではありませんか。根本的には何も変わっていません」
男 「耳が痛いな……」
23: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:23:12.46 ID:0/G1P+FM0
男 「でも、王は自国を護るため以外には力を振るわないと決めたんだ」
弓使い「言うは易し、行うは難し……でしたか?そんな言葉が人間にあると聞いています」
男 「……聞くまでもないと思うが君、人間嫌い?」
弓使い「そうですね、ほんのわずかくらいなら個として信頼できる者もいるでしょうが……」
男 「全体としては?」
弓使い「積極的に関わりたいとは思えませんね」
男 「耳が痛いね。この国の人間なら兎も角、他国に行けば奴隷だの貴族だの言ってるいけ好かない奴が大勢いるからな」
弓使い「……どうも貴方は差別主義的な人間に大して何やら並々ならぬ感情をお持ちのようですが、どうしてです?」
男 「過度な干渉はしないんじゃなかったけか?まぁ、どうしても聞きたいってんなら話さないこともないが」
弓使い「……結構です」
男 「それがいいや、聞いても楽しい話じゃないしな」
弓使い「は?」
男 「ま、今の話は忘れた忘れた」
弓使い「……はぁ」
エルフ「…………」
24: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:25:44.26 ID:0/G1P+FM0
女 「あら、随分若い方たちねぇ」
エルフ「えひゃあっ!?」
弓使い「ちょっと、大きな声出さないで」
女 「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら?そうそう、貴方方はどちらに向かわれるんですの?私は王都に向かうのだけど」
男 「ああ、我々は西に向かってるんです」
女 「あら、西……?西って言えば隣の国のせいで最近物騒じゃなぁい?やめておいたほうがよろしくないかしら?」
男 「そうらしいですね。噂には聞いてます」
女 「知っているならどうして…… 大事な用事がお有りですの?」
男 「はは、周りからよく変わり者だって言われてます」
女 「まぁ、変わり者?確かに変わり者だわねぇ。 ……ってあら、貴方どこかで見たような顔してらっしゃるわ」
男 「私が?」
女 「そうよ、誰だったかしらねぇ?たしか……タカ、鷹の」
男 「人違いだと思いますよ?では、我々はこれで」
女 「え、ええ、道中お気をつけてね」
男 「こちらこそ、旅の無事をお祈りします」
25: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:29:41.97 ID:0/G1P+FM0
エルフ「――――ふぅ〜、ミャンマラスージィ……」
弓使い「……当面の問題は貴女ね。無理にとは言わないからできるだけ早く人間に慣れて頂戴」
男 「フードも被ってるんだし、そうそうわかるもんじゃないさ。さっきみたいに驚いたり変な行動をした方が余程怪しまれる」
エルフ「は〜い……」
男 「ん……?」
隠 者「らっしぇー……」
男 「露天商か…… なんか買う?」
弓使い「いえ、結構です。人間の通貨の持ち合わせはあまりありませんので」
男 「いやいや、あんまりお高いもんは売ってなさそうだから俺が支払うよ」
弓使い「結構です」
エルフ「で、でも折角のご厚意を無駄にするのは……」
弓使い「露骨な点数稼ぎだと思うんだけど…… まぁ、いいでしょう」
エルフ「それじゃあ…… えっと、どんなのが売ってるのかな?」
弓使い「まだ近づいちゃ駄目よ。不審に思われるわ」
エルフ「じゃあ……どうするの?」
26: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:32:35.80 ID:0/G1P+FM0
弓使い「まずは遠目から品物を確認するの」
男 (かえってあやしい気がする……)
弓使い「……あの、よろしいでしょうか?」
男 「うん、なに?」
弓使い「あそこで売っているのは主に何なんでしょう?」
男 「ああ、全部食いもんだな」
エルフ「じゃ、じゃあガウシュニニ…… えっと、獣の…肉ってありますか?」
男 「うん、あれとあれと……あれ、それとあの赤黒いのも」
弓使い「ところであの、ムッター…… リンゴのような赤いのは?」
男 「リンゴみたいって…… あれはリンゴそのものだろ」
エルフ「ええっ!?」
弓使い「エニシュア!……コホン、ちょっと大きな声出さないで」
エルフ「だ、だってリンゴってもっと黄色っぽいでしょ?あれは赤色じゃない!」
男 「へぇ、エルフのリンゴは青リンゴなのか?」
弓使い「……仰っている青リンゴと同じものかはわかりませんが、少なくとも我々のリンゴは赤色ではありませんね」
27: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:35:50.15 ID:0/G1P+FM0
男 「じゃ、そのリンゴを買うとしよう」
エルフ「え?」
弓使い「……そうですね、味も違うのか気になりますし。お願いします」
男 「任されて〜」
男 「―――よう、そのリンゴ3つくれ。あと牛の干し肉とその魚の燻製も」
隠 者「……先に金出しな」
男 「いくらだ?」
隠 者「ここに書いてある」
男 「あいよ……っと。ほれ、釣りはないはずだぜ」
隠 者「確かに。……しかしどうした鷹の目、女連れで旅路などとは。いずれは俺の手伝いをしてくれるんじゃなかったのか?」
男 「げ、よく見りゃアンタかよ」
隠 者「観察眼はまだまだのようだな。しかし、肌の色艶を見るに食うに困らん程度には猟師生活を送れているようだな」
男 「アンタの手伝いができるほどの腕になったかはわからんけどな。東の国のアレもアンタの成果だろ?」
隠 者「俺は手助けをしただけだ。彼らが自由を手に入れたのは彼ら自身の力さ」
28: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:39:15.22 ID:0/G1P+FM0
男 「またまたご謙遜を…… で、今度はどこの国のツナギに行ってたんだよ?」
隠 者「北だ」
男 「北ってぇとあそこか、順調なのか?」
隠 者「事を起こすにはまだ早い、まだまだ慎重を期すべきだな」
男 「そうか、ところで西の方で最近何が起きてるとかわかるか?」
隠 者「そちらには別の者が行っている。最近のことは詳しくはわからん。噂程度でよければ聞くか?」
男 「噂か、一応聞かせてくれ」
隠 者「元々賊が大勢蔓延る国だったが、近頃はその数を増してきているらしい。定職に就けない奴が多いのが主な原因だそうだ」
隠 者「王政もうまく機能せず、一部の有力貴族共が何やら他国に攻め入っての物資強奪を計画しているなんてことを聞いた」
男 「政情不安って奴か。ちとマズいか……」
隠 者「その口ぶり、西に行くつもりか?」
男 「ああ、あの二人の西への旅路の護衛をしてるんだよ」
隠 者「そうか。もしかしたらお前の女かと思ったが、お前に女を二人も養う甲斐性はなかったな」
男 「うるせぇ、ほっとけ!……じゃあ、またな」
隠 者「ああ、あと西との国境警備にはニヤケ面がいる。よろしく言っといてくれ」
29: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:41:48.89 ID:0/G1P+FM0
隠 者「――――ありあとやした〜」
男 「お待たせ、これが俺たちのリンゴだ」
弓使い「……あの方と金銭のやり取り以外に何か話していたようですが?」
男 「まさかの昔の知り合いだったんでね。余計なことは喋ってないよ」
弓使い「本当ですか?」
男 「……気持ちはわかるがあんまりしつこく聞かれると終いにゃキレて本当に裏切るぞ?」
弓使い「それもそうですね。これからは目に余るとき以外は胸の内にしまっておきましょう。それにしても不思議なのはこの赤さですね」
エルフ「ねー、形はリンゴそっくりだけど色とあと、匂いも違うよ?甘くていい匂い……」
男 「まぁ、毒ってことはないし食べてみなよ。あぐっ……」
弓使い「……そうですね、では」
エルフ「……あむ」
エルフ「!?」
弓使い「!!」
男 「お、おい!どうした!?」
男 (しまった!人間にとっては無害でもエルフにとっちゃ猛毒だったのか!?)
47: >>30の訂正 2016/08/05(金) 02:24:28.30 ID:0/G1P+FM0
男 「と、とにかく吐き出せ!な?吐き出せ!!」
エルフ「そんな、吐き出すなんてとんでもありません!」
男 「……はい?」
弓使い「ええ、その通りです。こんなに甘くて美味しいなんて……」
エルフ「今まで私たちが食べてきたリンゴは何だったの……?」
弓使い「リンゴは酸っぱさと瑞々しさを楽しむものだと思ってたのに…… 甘い、本当に甘い!」
男 「よ、喜んでいただけたようで何より……」
エルフ「こんなに甘いリンゴがあるなんて…… あむっ!」
弓使い「ん〜〜!」
男 (この子の笑顔なんて初めて見たよ……)
弓使い「…………」
男 「……な、なんだ?」
男 (物珍しげに見てたのが気に障ったか?)
弓使い「……あの」
男 「はい、なんでしょう?」
31: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:45:13.24 ID:0/G1P+FM0
弓使い「あの、もう一個ずつ買ってもらっても……よろしいでしょうか?」
男 (――――あ、かわいい)
男 「いいよ、こんなものでいいならさ」
エルフ「いいんですか!?」
男 「いいですとも!」
男 「―――というわけだ、リンゴ全部くれ」
隠 者「早過ぎる再会だな…… まぁ、買ってくれるのなら無碍にはせんが」
男 「その口ぶり、本物の商売人みたいだぞ」
隠 者「そうか。それもまたよし」
男 「ところで北に行ってたって言ったよな?一つ聞いてもいいか?」
隠 者「なんだ?」
男 「……北にエルフの里はあったか?」
隠 者「さぁな、俺の知る限りではなかったと思う」
男 「そうか、ならいい。またな」
隠 者「林檎はもうないぞ」
32: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:49:53.94 ID:0/G1P+FM0
隠 者「――――まいど〜」
男 「ほい、お待たせ」
エルフ「フェリティトゥ〜!!」
弓使い「ちょっと」
男 「出てる、出ちゃってるよ」
エルフ「あ……」
弓使い「……この旅を始めた時からずっとそうだけど、先が思い遣られるわ」
エルフ「だ、大丈夫よ!今のは偶々で……」
弓使い「……貴方に同行してもらったのは正解でした」
男 「苦労してんのね」
弓使い「確かにこの旅の目的に一番適しているのはあの子だったんですけど、ご承知の通りああいう子でして」
男 「悪い子じゃないんだろうけどね」
弓使い「どうにも、その、人間の言葉でいうと『アホの子』でして」
男 「わかる、わかるよ」
エルフ「非道い!」
33: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:52:05.00 ID:0/G1P+FM0
男 「しかし何で女の子の二人旅?」
弓使い「この子が木々の想いを汲み取るのに長けているんです。動物くらいハッキリとした意志を持っているのなら私にもわかるのですが」
男 「ほほぅ」
弓使い「ですが、自分の身を守ることに関してはハッキリ言って普通以下なので私が護衛としてついているんです」
男 「いや、君とあの子、つまり女の子だけだろ?何で男がついていないのかなって話」
弓使い「男と女がいて間違いが起きないとは言えません。特にあの子はほら、隙が多いので」
男 「ああ……」
エルフ「ちょっと!なんで納得するんですか!」
男 「いや、それにしても別に女の子二人に男一人の三人旅でも問題なかったんじゃ?」
エルフ「無視しないでくださいよ!」
弓使い「男は里の守りの要ですから」
男 「でも、リスクを考えるなら」
弓使い「……捕まった時のリスクを考慮した結果です。三人も捕えられれば、里にとっては大きな痛手です」
男 「……つまり、二人までが里の外に出せる限界だと」
弓使い「ええ」
34: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:53:41.72 ID:0/G1P+FM0
男 「それじゃまるで君たちは……」
弓使い「いいえ、私たちは志願してこの任に着きました。決して里に見捨てられたわけではありません」
男 「なるほど、色々と覚悟の上ってか」
弓使い「はい、ですが……」
男 「ああ、大丈夫だ。絶対に捕まるなんてことのないようにする」
弓使い「……威勢だけはいいですね。まぁ、口先ではなんとでも言えますから」
男 「手厳しいねぇ」
弓使い「……つい余計なことまで喋ってしまいました」
男 「君も少し隙が多いようだ」
弓使い「ええ、今後はより一層気を付けましょう」
男 「俺もできる限りのサポートはさせてもらうよ」
弓使い「やる気を出すのは構いませんが、余計なことまでしないでくださいね」
男 「へいへい」
エルフ「ねー、聞いてー!!」
弓使い「はいはい……」
35: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:55:49.13 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「――――旅路を急いでいたわけだが、どうがんばっても夜は来るわけだ」
エルフ「そうですね」
弓使い「がんばったところでどうにかなるものではないでしょう?」
男 「はははっと、これ以上夜道を進むのは危険だ。今日はここで野宿しようと思うんだが」
エルフ「わかりました!」
弓使い「その前に」
男 「なんだ?」
弓使い「今、私たちはどの辺りまで来ているのでしょうか?」
男 「おいおい、まさか地図も持たずに旅してたとか言うんじゃ」
エルフ「いえいえ!ちゃんと地図ありますよ、ほら!!」
男 「随分黄ばんでるな」
弓使い「やはりこの地図は貴方の話を聞く限りどうやら古いもののようですね。ですから、最新のものを見たいのです」
男 「ああ、そういうことならっと、暗くて見にくいがさっきの町がここだから…… まぁ、この辺か」
36: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:56:31.84 ID:0/G1P+FM0
エルフ「えーと、私たちの地図で言うと……」
弓使い「なるほど、まだこの辺りですか…… ザワディトヤスムルルクフム」
エルフ「ポポル。アムシュティ?」
弓使い「デムデムヴァンドレイ」
エルフ「ナスィテ?」
弓使い「グアナームスララファナクヒムドルチェンパパムシアサーキーヒーロムカウカウフィーヤ」
エルフ「あう…… ケムナゴラルカッチャ、チターニ?」
弓使い「チターニ、チターニ」
エルフ「マシアラルカナンワリャリャシアセベフェリャーヌ」
弓使い「エテメティタートシャルシィナン」
男 (そこはかとなく疎外感……)
男 「……とりあえず火起こしでもしとくか」
エルフ「ありがとうございます。私たちが喋ってる間に火まで起こしていただいて」
男 「……やることなかったし、必要なことだしな」
37: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 00:58:51.35 ID:0/G1P+FM0
エルフ「そうだ、火の番を決めましょう!」
男 「ああ、それなら今夜は俺がやるよ。で、明日は君たちのどっちか、明後日は俺。こういう感じで」
エルフ「そんなの駄目ですよ!それじゃ人間さんのお疲れが溜まるじゃないですか!私たちもちゃんと一日ずつやりますよ!」
男 「いや、でもなぁ……」
弓使い「私もその意見には賛同致しかねます」
男 「そう?」
弓使い「実際今日まで私とこの子で一日交代していたのですが、丸一日寝ないのはやはり堪えます。貴方と私とで半日交代というのは如何でしょう?」
男 「夜中に交代ってことか」
弓使い「はい、そういうことです」
男 「君がそれでいいってんなら俺もそれでいいけど」
エルフ「ちょっと待って、なんで私が入ってないの?」
弓使い「貴女、寝ずの番なのに結構うつらうつらしてたでしょ?ハッキリ言って頼りないの」
エルフ「あう!」
弓使い「という状況ですので、私と貴方の交代制ということでいきます」
男 「了解」
38: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 01:00:28.66 ID:0/G1P+FM0
エルフ「……コホン、火の番も決まったことですし、食事にしませんか?」
男 「おう」
エルフ「あ、私たちは食事を持参してますけど人間さんは?」
男 「俺も持ってきてるから大丈夫だ。さっきの露天商からも少し買ったしな」
エルフ「そうですか、それならよかったです」
弓使い「……私たちの食料を分ける必要がありませんからね」
エルフ「もー……」
弓使い「さて、ではお先にいただきます」
男 「なにそれ?」
エルフ「えーっと…… 丸薬みたいなものですね」
男 「もしかしてそれがエルフの長寿の秘密だったり?」
弓使い「いえ、これとは関係ありません。ただの種族差です」
男 「やっぱりそうか。ま、それにしても夕飯がそれっぽっちで足りるのか?」
エルフ「人間さんからしたら足りないかもしれませんけど、私たちはこれだけで十分なんですよ」
男 「それも種族の違いかね……」
39: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 01:02:40.41 ID:0/G1P+FM0
弓使い「それで……」
エルフ「人間さんはそれを食べるんですか?」
男 「うん、牛の干し肉」
エルフ「……そう、ですか」
男 「……もしかして気持ち悪いとか、嫌だったりするか?」
弓使い「……まぁ、その辺りは種族や文化の違いがありますので。大丈夫です、どうぞお食べ下さい」
エルフ「どうぞ……」
男 「……じゃあ、悪いけどいただきますっと」
男 (しかし、やっぱり気になるよな……)
弓使い「お気に、なさらず」
男 「いや、そうは言うけど……」
弓使い「そうそう、食べながらで失礼ですが火の番はどちらが先にやりましょうか?」
男 「そうだな、君が先に休んだ方がいいと思う。行方不明になったこの子をずっと探してたんだろ」
弓使い「では、私が先に休ませていただきます」
男 「そうしなさいそうしなさい」
40: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 01:04:11.81 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
エルフ「んん…… んふ……」
男 「……大分使い込んでる毛布だな」
男 (――――にしてもだ)
弓使い「……すぅ、すぅ」
男 (俺を信用していないっていう割には結構無防備に寝てるし…… まぁ、結構疲れてるんだろうな)
弓使い「……くぅ」
男 (ナイフみたいなの握ってるし、ホントは寝ないで俺の動向を伺うつもりだったんかね?)
弓使い「う、うぅー……ん………… はっ!」
男 「おっ?」
弓使い「……もう、交代ですか?」
男 「いや、目安の木が燃え尽きるまでまだかかりそうだし、もうちょっと寝ててもいいよ」
弓使い「……そうですか。でも目も覚めてしまったことですし、もう交代してしまいませんか?」
男 「……わかった」
41: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 01:07:08.58 ID:0/G1P+FM0
男 「じゃ、休ませてもらうよ」
弓使い「あら、どうして反対側に?」
男 「……あの子の隣で寝てちゃ、朝起きたときびっくりさせちまうと思ってな」
弓使い「なるほど、理解しました」
男 「まぁ、そういうことで」
弓使い「今日一日お疲れ様でした」
男 「おう……」
男 (う〜む、感謝の言葉は口にしているものの、事務的な声色……)
弓使い「明日もお願いします」
男 「ん、任されて」
男 (この子も笑うとかわいいんだけどなぁ……)
弓使い「なにか?」
男 「なんでもないよ、おやすみ〜」
弓使い「はぁ…… オヤスミ?」
男 「?」
42: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 01:10:42.43 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
弓使い「朝です。起きてください」
男 「ん、あ、ああ…… おはよう」
弓使い「オハヨウゴザイマス」
エルフ「……オハヨウ?」
男 「ん、人間の朝の挨拶だよ」
エルフ「朝の挨拶…… ああ、そういえば先生に教えてもらいました」
弓使い「人間の交流の初歩よ、忘れてどうするの」
エルフ「……ごめんなさい」
男 「でも、君だって『おやすみ』は忘れてただろ?」
弓使い「それなんですが、どういう意味の言葉なのでしょうか?」
男 「へ?知らないの?」
エルフ「私も知りません」
男 「……異文化交流というやつか」
43: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 01:11:49.85 ID:0/G1P+FM0
男 「えー、おはよう、こんにちは、こんばんは、は知ってる?」
エルフ「こんばんは、以外は」
男 「こんばんは以外?」
弓使い「だいぶ前に聞いたような覚えはありますが……」
エルフ「今回旅に出るにあたってもう一度先生から基本会話を習ったんですけど……」
弓使い「こんばんは、は聞いたかしら?」
男 「こんばんは、は夜の挨拶」
エルフ「そうなんですね。ああ、でも大分前に教えてもらったような気はします」
弓使い「道理で。夜は野宿などで人間と交流する機会はないとの判断から履修してませんね……」
男 「ああ、だからおやすみも知らなかったのか」
エルフ「ちなみに?」
男 「おやすみ、は寝る前の挨拶」
エルフ「なるほど…… ふむふむ」
弓使い「……講義も終わったところで朝食にしましょうか」
男 「おう」
48: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:25:37.10 ID:0/G1P+FM0
男 「――――で、またその丸薬だけ?」
エルフ「ええ」
弓使い「お構いなく」
男 (……お構いなく、なんてよく知ってるよな。人間の言葉ン中でも微妙な部類だと思うんだが)
男 「……ま、これも食べなよ、っと」
エルフ「わっ、ちょ、ちょっと!」
弓使い「急に物を投げないでください…… あら?」
エルフ「リンゴ……」
弓使い「まだ残ってたんですか?」
男 「……安かったから、つい買い占めちまった」
エルフ「……いただいてもいいんですか?」
男 「どうぞどうぞ」
エルフ「ありがとうございます!」
弓使い「……ありがとうございます」
男 「レムルストゥニ」
49: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:28:40.23 ID:0/G1P+FM0
男 「――――っと、腹も膨れた所で出発するとしようか」
弓使い「そうですね、あまりのんびりとしているわけにもいきません」
男 「そういや西に向かうとは言ってたが、西の森ってのはどの辺りのことだ?」
エルフ「え?」
男 「実は西に向かうとしか聞いていない」
弓使い「ああ、そういえば言ってませんでしたね」
エルフ「ワリャリャシアに行くんです」
男 「なに?わりゃりゃ?」
エルフ「えっと…… ごめんなさい、人間の国の地名とかはよく知らないんです」
弓使い「次から次へと新しい国が出てきては滅びて出てきては滅びての繰り返しですから」
男 「う〜ん、地図でなら分かるか?ほら」
エルフ「ありがとうございます。えーっと……」
弓使い「ここ、ですね」
男 「やっぱり隣の国か……」
弓使い「何か問題が?」
50: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:30:35.87 ID:0/G1P+FM0
男 「ああ」
エルフ「お隣とは仲がお悪いとか?」
男 「仲は…… 悪いかな?」
エルフ「そうですか」
弓使い「しかし仲が悪いだけが理由ではないでしょう?その隣国へ行くことは禁じられているのですか?それ以前に国を出てはならないとか」
男 「いや、国王はそういうのを固く取り締まるような人じゃない」
弓使い「……この国の王について何か知っておいでのようですが」
男 「国王は奴隷の出だからな。人を縛るのも人に縛られるのも嫌いなんだよ」
エルフ「それじゃあ…… お隣に問題があるってことですか」
弓使い「そういえば昨日の女性も最近隣国が物騒だと」
男 「隣国は今治安が悪いらしくてな…… 物取りや野盗が増えているらしい」
弓使い「今は、ということは、元々治安はよかったのですか?」
男 「ああ、何年か前まではな。まぁ、貴族だ賤民だのくだらないことにこだわる連中の多いいけ好かない国だが」
エルフ「何かあったんですか?」
男 「飢饉が起きたそうだ。その後も不作やら何やらで国の蓄えがあまり無いらしい」
51: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:32:45.03 ID:0/G1P+FM0
エルフ「それで困った人たちが野盗になったりしていると……」
男 「噂じゃ他国に攻め込んで物資を奪おうと企んでいるとか」
エルフ「あまりよろしくないお国ですね」
男 「だな。そもそもこの国の革命の混乱に乗じて領地を拡大せんとしていたって噂もあるような国さ」
エルフ「そうなんですか」
男 「もっとも革命は一ヶ月もしないうちに成功して混乱もすぐに治まったから首を突っ込む隙なんてなかったが」
弓使い「……やはり人間は争いをやめることはできないのですね」
男 「そうじゃないと思いたいがねぇ……」
弓使い「思うだけなら簡単ですよ」
男 「……とにかく君らの言うまで行くのはちと骨が折れるかもしれない」
弓使い「……骨が折れようと、西の森の調査は私たちにとって急務です」
エルフ「行くしかないんです……!」
男 「ですよなー…… 少し遠回りになるが山から国境を越えるルートで行く」
エルフ「そのまま関所を通るのは難しいですよね」
弓使い「難しいどころの話じゃないわよ」
52: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:34:46.35 ID:0/G1P+FM0
男 「まぁ、確か守備隊にはニヤケ面がいるっていうからソイツに話せば通れるかもだが念には念をだ。それに……」
エルフ「それに……?」
男 「関所を通れば野盗共に『新鮮な獲物が入りましたよー』って教えるようなもんだからな」
エルフ「そんな、関所というからには向こうの国にも番兵がいるんでしょう?」
男 「いるだろうけど、今のあっちの国の台所事情を聞く限りじゃ野党と裏でつながっておこぼれをもらってる可能性もある。関所はマズいだろう」
弓使い「それで密入国というわけですか」
男 「君たちがエルフって時点である種の密入国状態だけどな」
エルフ「あはは…… そですね」
弓使い「しょうがないじゃないですか。関所なんて通れるはずもありませんから」
男 「まぁ、うちの国はその辺も割と寛容だから周辺国から亡命してくる人も多い。その中に金持ちが多かったってのも野盗が増えた理由かもな」
弓使い「国を捨てた人間、国を超えてきた人間諸共に襲っているということですか」
男 「ああ、だからできる限り野盗に俺たちが侵入したことがバレないようにしたいんだ……」
弓使い「了解しました。では、そろそろここを発ちましょう」
エルフ「あの、ちなみにニヤケヅラって?」
男 「昔からの知り合い」
53: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:36:44.05 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「っと…… そろそろお昼時だけどどこか影のところで飯も兼ねて休むかい?」
エルフ「オヒルドキ……?ああ、お昼のご飯の時間ですね」
男 「あー…… もしかしてエルフって一日二食?」
弓使い「ええ、朝夕の二回だけですね」
男 「そっかー、昨日も食べてなかったしやっぱりそうなんだ。喰い損ねたわけじゃないのね」
エルフ「えーっと、人間は一日三食なんですか?」
男 「普通の人はね」
エルフ「それなら私たちは気にせず食べちゃってください。生活のリズムはなるべく崩さない方がいいですから」
男 「うわー、耳が痛いわー」
弓使い「つまり、不規則な生活をしていらっしゃると」
男 「今の生業が猟師なもんでね。飯も食わずに駆けずり回ったりとかしてまして……」
弓使い「獲物…… 動物を追いかけているのですか?」
男 「あー、うん…… すまん」
54: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:37:49.63 ID:0/G1P+FM0
弓使い「別に謝っていただく必要はありません。それが人間の食文化なのでしょう?」
男 「いや、でも嫌な思いさせちまったわけだし……」
弓使い「ですから……」
エルフ「も、もうその話はいいですから!私たちのことはお気になさらず人間さんはご飯食べちゃってください」
男 「ありがとね。でも、君らが食べないんなら俺も食べない」
エルフ「でも……」
男 「いや、食料も大量にあるわけじゃなし節約しないとな。ま、いざとなりゃ一日一食でも十分すぎるくらいだしね」
弓使い「一日一食で十分、は言い過ぎではありませんか?」
男 「いやいや、昔は一日に一食が基本だったからそういうのには慣れてるんだ」
弓使い「昔は、ですか。一体どんな生活をされていたんですか?」
エルフ「あ、私も聞きたいです」
男 「楽しくもない話だ、忘れてくれ」
エルフ「え?でも……」
男 「気が滅入る話だから、またいずれな」
弓使い「……わかりました」
55: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:40:14.75 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「……今夜はここで野宿だな」
弓使い「そうですね、もうすぐ日も落ちます」
エルフ「今日はどれくらい進んだんでしょうか?」
男 「地図で言うとこの辺りかな?で、ここが昨日野宿した場所」
エルフ「ぜ、全然進んでない……」
弓使い「そうね…… もっと速さを上げられますか?」
男 「俺は日頃歩き回ってるから大丈夫だけど問題は君らだ。いけるか?」
弓使い「私は大丈夫です」
エルフ「もっと速くかぁ……」
弓使い「……いけるわよね?」
エルフ「なにをおっしゃいますやら! ……いけますとも」
弓使い「だったらちゃんとこっち見なさい」
男 「まぁ、無理はしない程度に進行速度を上げるということで」
56: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:42:31.31 ID:0/G1P+FM0
男 「それじゃ、寝床づくりと火の準備を……」
弓使い「寝床は私たちでやります。貴方は火起こしを」
男 「了解だ」
エルフ「それにしても地面が整ってることが多いですよね。小石とか枝とかもあんまり落ちてないですし」
弓使い「街道沿いだからでしょ?さっきこの人間が言っていたようにこの街道を多くの旅人や商人が行き交うみたいだから」
男 「そゆことそゆこと」
エルフ「へー、ありがたいことですね。手間が省けますし」
弓使い「今までは寝床を作るだけでもひと苦労だったしね」
男 「まぁ、人目につかないってことは人が通らない場所ってことだし、その辺はしょうがないところだろ」
エルフ「そうなんですよ…… あーあ、ずっとこんな感じが続けばいいのに」
弓使い「無駄口叩いてないで手を動かしなさい」
エルフ「はーい……」
男 (種族は違えど似てるところは結構あるんだな……)
弓使い「火はどうなっていますか?」
男 「まだだよ」
57: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:45:09.62 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「……さてと」
エルフ「……すぅ」
弓使い「すぅ……」
男 (起こすのはかわいそうかな…… だが、今後のことを考えれば消耗はできる限り抑えたい)
弓使い「んぅ…… んんっ!」
男 「お、起きた」
弓使い「……旅が始まってからこの睡眠時間が身に染みてきていますので」
男 「慣れか」
弓使い「慣れですね」
男 「ちなみにこっちの子は?」
エルフ「スヤァ…」
弓使い「慣れてませんね。おかげでこちらが難儀します」
男 「だろうな。じゃ、悪いけどおやすみ――――」
58: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:47:37.90 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
弓使い「…………」
男 「――――誰だ!?」
弓使い「っと、お目覚めのようですね」
男 「……って、そうだ。君らと旅してたんだ」
弓使い「刃物はしまっておいてくださいね」
男 「申し訳ない……」
弓使い「いえ、いざというときには即座に対応していただけそうではあるとわかりましたので」
エルフ「むにゃ……」
弓使い「貴女は早く起きな、さいっ!」
エルフ「うにゃっ!?」
男 「おーう、過激ぃ」
弓使い「はい?」
男 「イイエナンデモアリマセン」
59: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:50:12.44 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「さて、今日はこの先にある町に寄って行くとしようか」
弓使い「……昨日の話をもうお忘れですか?」
男 「いや、でも君らが寝てる時に使ってる毛布もうボロボロだろ?新しいのにしないと……」
弓使い「まぁ、それは確かに…… ですが」
男 「金の心配なら要らないぜ?使い道なかったからぼちぼち貯まってるんだ」
弓使い「しかし、あまりご迷惑をおかけするわけにはいきません」
男 「だったらこの旅が終わった時に必要経費とか請求するよ。それでいいだろ?」
弓使い「……言い方が悪かったでしょうか?うまく伝わっていないようですね」
男 「うん?」
弓使い「恩の押し売りをされたくないと言っているのです」
エルフ「ちょっ、ちょっと!」
男 「……そういうつもりじゃなかったんだけどな」
弓使い「貴方は私たちのことを知ってしまった。本来なら口封じをするところでしたが、その代わりとして旅に同行させているのです」
60: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:52:18.55 ID:0/G1P+FM0
男 「そうだな」
弓使い「ですから、貴方は私たちの旅を滞りなく進めることだけをしていただければ結構です」
男 「馴れ合いは必要ない、と?」
弓使い「そういうことです」
男 「なるほど、じゃあ町に着いたら絶対買い物するぞ」
弓使い「……はい?」
男 「君らの使ってる毛布はボロボロになるまで使い込んでて不衛生だ。そんなもんいつまでも使ってたら健康を害する可能性が高い」
弓使い「はい?」
男 「旅を滞りなく終わらせることだけを考えろって言ったよな?今言ったことは円滑な旅の妨げになる。買い物するぞ」
弓使い「そんな屁理屈捏ねないでください!」
男 「滞りなくーって言ったのはそっちだろうが!それに昔世話になったエルフには何一つ恩返しできなかったんだ、その代わりだと思って受け取ってくれよ!」
弓使い「……わかりました。頑固な人間ですね、貴方」
男 「君も大概意地っ張りだよな」
エルフ「えーと、街で買い物するってことでいいんですよね?でも、それってそもそも人目に晒されて危ないんじゃ……」
男 ・弓使い「「あ」」
61: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:54:09.11 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
エルフ「……人がたくさんいますねぇ」
弓使い「看板曰く<最西端の町>ですか」
男 「文字通り最先端の町だ。こっから国境までは村とか集落ばっかりになる」
弓使い「……だからここで必要なものを買い揃えていくべきだ、と」
男 「そゆことよ」
エルフ「……ばれないでしょうか?」
男 「大丈夫だよ。国境いから一番近い町だけあっていろんな奴がいるし」
男 (……まぁ、この国の中なら最悪バレてもなんとかなる気もするが。東の国も大丈夫かな?)
弓使い「……滞りなくどころか旅はあえなく失敗、なんてちっとも笑えませんよ?」
男 「大丈夫だって。これくらいは『滞りなく』の許容範囲だよ」
弓使い「そういうことにしておきます」
エルフ「それじゃあお願いしますね」
男 「おう、まずは布を扱ってるところだな」
62: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:56:58.96 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「――――毛布はこれでいいかな?質実剛健、但し遊び心は一欠けらもない」
エルフ「丈夫そうですね」
弓使い「機能性の方が重要ですので、これで構いません」
男 「よし、じゃあコイツを2枚お買い上げっと」
エルフ「……羊の毛ですよね、これ?」
弓使い「凄い……」
男 「……何が?」
エルフ「1枚編むのも結構時間かかるんですが、それをこれだけの数用意してるなんて……」
男 「確か紡績機とかいうものが出来て、それのおかげで生産効率が向上したとか聞いてる」
弓使い「ボウセキキ……?」
エルフ「聞いたことないです。どういうものなんです?」
男 「よくわかんないけどそれが結構便利らしくて服なんかもほら、いっぱいある」
エルフ「わぁー……」
63: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 02:58:58.35 ID:0/G1P+FM0
弓使い「ボウセキキ…… どんなものなのか気になりますね」
男 「あと、足踏織機なんてのもあったかな?」
エルフ「アシブミオリキ?何を足で踏むんですか、それ?」
男 「えーと、紡績機が糸をつくるやつで…… 足踏織機は布をつくるんだっけか?」
弓使い「私に聞かないでください」
男 「じゃあ店主に聞く?」
弓使い「不要です。人間との接触は必要に迫られたときだけにしたいので」
男 「うーい」
エルフ「それにしてもすごいですね…… 凝った柄物なんて早くても三月に1枚しかできないのに」
弓使い「私もそう思う。人間の技術はすごいわね……」
エルフ「……ねぇ、あっちの方も見に行きません?」
男 「俺は別にかまわないけど?」
弓使い「……貴女も昨日の話を忘れたの?遅れを少しでも取り戻さなくちゃいけないの」
エルフ「でも、折角だし……」
弓使い「貴女ねぇ……」
64: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:01:07.81 ID:0/G1P+FM0
男 「……先、急ごうか?」
弓使い「はい、行きましょう」
エルフ「ちょ、ちょっと!ちょっとだけだから!!」
弓使い「くどいわよ」
エルフ「でもほら!服は私たちが着るだけじゃなくて里に持って帰ってからも使えるでしょ?」
弓使い「……それはそうだけど」
エルフ「それにこれ見てよ!なんかフリフリしててかわいいじゃない!あとこっちも!」
弓使い「う……」
エルフ「ね、少しだけ。少し見ていくだけだから」
弓使い「…………」
男 (あー、呆れて声も出ないと)
エルフ「……やっぱりダメ?」
弓使い「……少しだけよ」
男 (折れるんかーい)
エルフ「ありがと!」
65: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:03:36.24 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
エルフ「ああ、これもかわいい!里にはこんな飾りがついたのなんてないし、着てみたいな〜」
弓使い「あまりはしゃがないでよ?」
男 「大丈夫だよ。ここなら女の子が騒いでても不思議じゃないし」
弓使い「はい?」
男 「ほら、あそことか」
エルフ「あそこですか?」
幼 女「あ、これかわいいー!」
少 女「でもこれアンタにはまだ早いわね」
幼 女「えー!」
少 女「アンタにはこっちの方が似合うわよ」
幼 女「えー!子供っぽいからヤダ!!」
少 女「まだ子供のくせに何言ってんのよ」
弓使い「……そうみたいですね」
66: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:05:25.79 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 (――――何で知ったんだっけ?女は服選びに時間をアホほどかけるって)
エルフ「これなんか似合うんじゃない?」
弓使い「デザインはいいけど旅には不向きだと思うわ」
エルフ「じゃーあ…… これ!」
弓使い「……それはちょっと、派手っていうか」
エルフ「じゃあどんなのがいいのよ」
弓使い「そうね…… これとか」
エルフ「あ、これもかわいい〜!でもでも!貴女にはもっとこうあったかい色の方が似合うって!」
弓使い「そ、そう?私は合わないと思うけど……」
エルフ「じゃあ、聞いてみましょうか。ねぇ、この子にはどっちが似合うと思います?」
弓使い「ちょ、ちょっと!」
男 「おれ?そうだな、俺もあったかい色の方が似合うと思うよ」
エルフ「ほらみてみなさーい!」
67: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:06:39.33 ID:0/G1P+FM0
男 (しかしペースを上げようって言ったのは誰なんだって話だよ……)
エルフ「あのー」
男 (っと、服選びに付き合うときは笑顔で苛立ちを見せちゃいけないんだっけか)
男 「なに?」
エルフ「この下着と同じところにあったこの布地の少ないものは何でしょう?」
男 「おうふ」
エルフ「はい?」
男 「あー、うん、それねぇ…… 俺に聞く?」
弓使い「貴方以外に誰に聞けと?」
男 「ですよなー…… 周りに誰もいないな?」
エルフ「はい、いらっしゃいませんけど」
男 「それは…… うん、それは女性限定の服で、コルスレ・ゴルジェと言いまして」
弓使い「初耳ですね。用途は?外見を飾りたてるための物でしょうか?」
男 「違います。ほら、あれだ、服の下に着ける奴で、胸を…… こう形よく見せるためだとか垂れないようにするだとか」
エルフ「……へ?」
68: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:08:27.43 ID:0/G1P+FM0
男 「輪の部分に腕を通して、面積の広い部分を胸に当てて…… なんつーことを口走ってるんでしょうかね」
エルフ「あ、はい……」
弓使い「な、なるほど…… そういうものですか」
男 「君らの文化にはなかったもんなのね」
弓使い「……使ってみる?」
エルフ「そうね、そうしましょう」
男 「えーと、人によって大きさが違うらしいよ?」
弓使い「……なんですって?」
男 「いや、その、胸…… の大きさによって着けるべき大きさが」
弓使い「どこを見て仰っておられますか?」
エルフ「じゃあ、着回しできないんですね」
弓使い「ちょっと待って、少し聞き捨てならない」
エルフ「しょうがない、これはやめておきましょう」
弓使い「ねぇ、ちょっと」
男 (……サラシみたいなもんはエルフにもあるんだろうか?)
69: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:10:06.51 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
弓使い「――――すいません、大分お待たせしてしまいました」
男 「ああ、俺は気にしてないよ。ただ……」
弓使い「ペースを上げるどころかさらに遅らせてしまいましたね……」
男 「まぁ、布屋に連れてったのは俺なんだし…… なんかすまん」
弓使い「いえ、大丈夫です…… あの子も大分喜んでるみたいだし」
エルフ「えへへ…… 人間の里にはいろんな布地があるんですねぇ」
弓使い「それに、私としたことがつい我を忘れてしまい……」
男 「結構買ったよなぁ…… まぁ、問題は俺の懐事情よりこの量をどうするかだな」
エルフ「ごめんなさい……」
弓使い「……すいません」
男 「えーと、すいません。預かり所ってあります?」
店 主「この通りの突き当りだよ」
男 「だそうだ。機能性重視の奴を選んで残りはそこに預けて行こう」
70: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:13:24.49 ID:0/G1P+FM0
エルフ「いいんですか?」
男 「これだけのもん持って歩いていくなんざ正気の沙汰じゃないだろ?」
弓使い「正気の沙汰じゃ、な…い……?」
男 「あー、言い方が悪かったな。まあいいや、次は食料とかも見にいこうか」
弓使い「食料でしたらまだありますので結構です」
男 「いやいや、俺の分のこともあるのよ?」
弓使い「ああ、それは申し訳ございません」
男 「あと、想定より旅路が遅れてるんならその分の食料も補充しとかないといけないだろ?」
弓使い「その心配はご無用です。想定される日程以上の食糧を常備していますので」
エルフ「でも、水はいりますよね?」
男 「国境いは川になってるから西の国の分はそこで汲んでいく。そこに行くまでの分だけ買うとしよう」
エルフ「どれぐらいいりますか?」
男 「軽いもんじゃないけど絶対必要なもんだしなぁ…… はてさて、どんだけ買うとしようかねぇ」
弓使い「今の調子なら一日当たりこの小さい水筒の半分くらいですね」
男 「じゃ、それを基準に考えよう」
71: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:14:30.89 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「さーて、買い物も終わったし…… そろそろ行きますか」
エルフ「はい、行きましょう!」
男 「……あの子、大分はしゃいでらっしゃる?」
弓使い「ですね」
男 「服いっぱい買ったのが原因か」
弓使い「かわいい柄物や飾り付の服は里にはほとんどありませんから、余程楽しかったんでしょう」
男 「君も大分はしゃいでたしね」
弓使い「私はそのようなことはありません」
男 「店出るときも預かり屋に預けたときも君の方が名残惜しそうにしていたけど」
弓使い「気のせいです」
男 「君の名誉のためにそういうことにしておこう」
弓使い「その言い方は何ですか?見当違いも甚だしいですよ」
男 「はいはい」
72: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:15:40.99 ID:0/G1P+FM0
エルフ「――――あの」
男 「うん?」
エルフ「やっぱり道中黙々と進むのって楽しくありませんよね?」
男 「概ね同意だ。ただ、この旅は道楽じゃないんだろう?」
弓使い「その通りです。私たちは使命のために行動していますので」
エルフ「でも、スウィルニフな人間さんと接触できたわけだし、いろいろとお話を聞きたくない?」
弓使い「スウィルニフ……?人間と馴れ馴れしくし過ぎた様ね。これ以上関わるのはやめなさい」
エルフ「え〜、でも先生は生きた教材に学ぶことが一番だって言ってたよ?」
弓使い「それは……」
エルフ「『私が教えられる部分には限界があります。もし機会があれば直接人間から教わった方がよいですよ』って言ってたよね?」
弓使い「でも、これ以上過度な接触は……」
エルフ「折角のこの機会を逃したら、次はいつ機会が巡ってくるのよ」
弓使い「……わかった、わかったわよもう。でも、程々にしておきなさい」
エルフ「はーい」
男 (姉、ってのはああいう感じなのかね?)
73: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:17:26.43 ID:0/G1P+FM0
エルフ「というわけで人間さん、いろいろとお聞きしてもよろしいですか?」
男 「いいよ、俺に答えられることなら」
エルフ「そうですね…… そうだ、人間さんは海、を見たことがありますか?」
男 「海…… ああ、何回か行ったな」
エルフ「やっぱりあれですか?海の水って塩辛いんですか?」
男 「うん、しょっぱかったな」
エルフ「そうなんですか!文献にはそう書いてあったんですが里にいる者たちには実際見聞きした者がいなくて」
弓使い「人間に海から遠いところまで追いやられてしまいましたので」
男 「……すまん」
弓使い「貴方に言ったところで詮無いことですので謝っていただかなくても結構です」
エルフ「それなら話の腰を折らないで!で、海って川や湖とは他にどう違うんですか?」
男 「そうだな、大きさはもちろんのこと…… 底に生えてた草もでかかったな」
エルフ「魚も大きいんですよね?」
男 「そうだな、ちっこいのもいるけど色鮮やかな奴がたくさんいて…… きれいだったな」
弓使い「色鮮やか…… ですか」
74: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:19:41.64 ID:0/G1P+FM0
男 「うん、赤やら青やら黄色やら…… 岩の一部だと思ったら貝だったり、黒やら赤やらのヒトデ」
エルフ「ヒトデ?」
男 「ああ、ヒトデっていうのはなんつーのかな、こう、棘が五本こんな感じで引っ付いてるやつで……」
エルフ「あっ、それってミチャンですね!ほんとにいるんだ…… あ、それならクーンサフサ、棘だらけの生き物もいるんですか?」
男 「棘だらけ…… ウニ、のことかな?触るだけで痛そうな」
エルフ「それですよきっと!いやぁ、文献には載ってるんですけどホントにいるんですね。そんな摩訶不思議な生物」
男 「まぁ、確かに初めて見たときはわけがわからんかったな。アレに名前がついてることすら知らなかったし」
エルフ「まるで空想上の生き物ですよね?私てっきり著者がでっち上げたものだとばかり…… じゃあ、あれも真実?」
男 「あれ?」
エルフ「海を延々と進んでいくと、とても大きな島があるそうなんです。それこそ私たちが生きているこの世界のように」
男 「海の向こうに?世界と同じくらいの島が?」
エルフ「ええ、文献には島は一つだけでなくもっとあるそうです。全て把握できてはいないそうですが」
男 「もっとある?じゃあ、そこにも俺たち人間やエルフがいるのかな?」
エルフ「どうなんでしょうね?ひとつの島にはエルフや人間によく似た獣のような耳と尻尾が生えている生き物が暮らしていたそうですが」
男 「マジか!行ってみて―な、その島…… 言うなれば新世界か?」
75: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:21:32.54 ID:0/G1P+FM0
弓使い「……興奮してるところ悪いけど、その記述が正しいかどうかは里でも論議されているでしょ?」
エルフ「えー?でも、ミチャンやクーンサフサがいたなら島だってあるでしょう?」
弓使い「一つ真実があったからと言って全てが真実に変わるわけでもないのよ」
エルフ「ひとつじゃないですー、ミチャンとクーンサフサのふたつですー」
弓使い「子どもみたいなこと言わないでよ」
男 「海…… また行ってみたくなったな。できるならその向こうにまで」
エルフ「ですよね!私も行ってみたいです!」
弓使い「まだ今回の調査も終わっていないのに、叶いもしない夢を語るのはやめなさい」
エルフ「叶わないとは決まってないわよ!」
弓使い「人間から隠れて生きることで精一杯な私たちの種族の事情を鑑みなさい。無理に決まっているでしょう?」
エルフ「う〜」
弓使い「……でも、本当に島があるのなら、エルフがそこに逃れられるなら、自由に生きていけるのかもしれないわね」
男 「…………」
弓使い「さて、今はそれより身近な問題を解決します。ぼーっとしてないで、先をいぞぎましょう」
男 「ぼーっと突っ立ってたわけじゃないけどな。仰せのままに」
76: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:22:51.35 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「あれから数日、か」
エルフ「今どの辺りにいるんでしょう?」
男 「ちょっと待てよ…… っと、この辺」
弓使い「当初の予定よりもまだ遅れていますね」
男 「だからと言ってこれ以上歩調を上げても体に支障をきたすと思うな。ここらで折り合いをつけてみたらどうだ?」
弓使い「……そうですね、道半ばで倒れるようなことがあれば本末転倒ですし」
エルフ「ところで話は変わるけど、この柵さっきからずっと続いてますけど何なんでしょう?」
弓使い「話変わり過ぎよ」
男 「ああ、これは元貴族のやってる牧場だな。飼ってる動物が逃げ出さないようにするための柵だ」
エルフ「あ、ほんとだ。羊がいますね。見るの久し振り!」
弓使い「里以来ね。ところで、さっきの元貴族というのは?革命の時に貴族と呼ばれる人種は須らく抹殺されたのでは?」
男 「全部が全部殺されたわけじゃないさ。ここの主は革命以前から奴隷の扱いに異を唱えていた人で、革命の時にも奴隷側に協力してくれた高潔な人だ」
弓使い「……よければ、もう少し詳しくお聞かせ願えますか?」
77: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:24:37.93 ID:0/G1P+FM0
男 「珍しいな?まぁ、いいけど。ここの主は奴隷も同じ人間だということで過酷な労働を強制したり、尊厳を奪うようなことはしなかった」
弓使い「しかし、それは少数派の意見だったのでは?そんな人間がどうして革命以前に貴族でいられたのでしょう?」
男 「良質な乳や肉とかを献上していたからだったような。主の牧場のそれは当時最高級品とされたぐらいだし」
弓使い「なるほど……」
男 「その良質な食材を提供できたのは主の下にいたエルフのおかげだった、とも聞いてる」
弓使い「そうでしたか、じゃあその主が例の……」
男 「例の?」
エルフ「あのぉ!この池って使ってもいいでしょうか!」
男 「あの子、何時の間に柵を…… 使うって何する気だ?」
エルフ「この頃歩き詰めなので足が火照ってまして!冷やしたいなぁと!」
男 「多分牛とか羊とかの飲み水だろうからあんまり汚さなきゃいいと思うが!」
エルフ「じゃあ布を浸して使います!」
男 「それなら多分大丈夫だろう!」
エルフ「わかりました!」
弓使い「……本当によろしいので?」
78: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:26:51.38 ID:0/G1P+FM0
男 「多分ね。怒られたら怒られたできちんと謝れば許してくれると思うよ、ここの主なら」
弓使い「そうですか」
男 「ところで例の、って?」
弓使い「それは…… あら?」
男 「あら?ああ、あれか?」
弓使い「人間の子供ですね」
男 「そうだな」
弓使い「どこから来たんでしょう?」
男 「ここの主の子供じゃないかな?あそこの茂みで遊んでたんだろう」
弓使い「あ、あの子に気付いた」
男 「ああ、気付いたな」
弓使い「あの子の方は気付いてないようですね」
男 「なんだ、まるで助走をつけてるような……」
弓使い「……嫌な予感がします」
男 「あ、行った」
79: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:28:49.95 ID:0/G1P+FM0
少 年「ど〜ん!!」
エルフ「きゃぁあああっ!!?」
男 「あのガキ!」
エルフ「――――ぶはっ!ちょ、ちょっとなに!?なにがおきたの!?」
少 年「そこは俺の縄張りだ!勝手に使った奴にはセーサイだ!!」
エルフ「そ、そうでしたか!それは大変なご無礼を!」
男 「悪いな、少年。勝手にお気に入りの場所を使っちまって」
少 年「ん?誰だお前?」
男 「この子の連れさ」
少 年「そうか!ならお前にもセーサイだ!」
男 「っと、だからって蹴っ飛ばしてもいいってわけじゃないだろ?」
少 年「わっ、ちょっ、おろせ!おろせよ!!」
弓使い「……まったく、何してるのよ。捕まって」
エルフ「ありがとう…… うう、ずぶ濡れ……」
少 年「くそっ!はなせ!はーなーせーっ!!」
80: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:29:56.45 ID:0/G1P+FM0
男 「わかったわかった。降ろしてやるから今後はいきなり暴力じゃなくてちゃんと話をするんだぞ」
少 年「わかった!今度からそーするよ!」
男 「ほんとだな?じゃあ、降ろすぞ」
少 年「ありがと…… からの!」
男 「ひらり」
少 年「うわっ!?」
男 「おっと危ない、池に落ちるところだったな」
少 年「た、助かった…… ありがとう」
男 「ありがとうだぁ〜?約束を早速破りやがって!」
少 年「うわぁ!?ご、ごめん!ごめんよぉ!!」
男 「本当に反省してるのか?おい」
母 親「何を騒いでるの〜?……あら?」
少 年「ゲッ、かーちゃん……」
母 親「あらあらあら?」
男 (子どもならともかく母親に連れがエルフだってバレるのは少々マズいか?)
81: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:33:03.75 ID:0/G1P+FM0
母 親「どうもウチの子が旅の方々にご迷惑をおかけしたみたいで…… 申し訳ありません」
男 「ああ、いえ、こちらが勝手にお宅の私有地の池を使っていたことの方が悪いことでして」
母 親「ちょっとウチの子渡してくださいます?」
男 「あ、はい」
少 年「や〜め〜ろ〜!たすけろー!!」
母 親「何が助けろよ!」
少 年「い゛た゛ぁっ!?」
男 (おーう、ケツにいいのが一発入った)
母 親「アンタまた旅の人に迷惑かけたんだね!!おやめって何回も言ったでしょ!!」
少 年「だ、だってコイツがあだぁっ!」
母 親「だってもあさってもあるもんですか!全くアンタはほんとにもう!!」
少 年「っっ!?ごめっ、ごめんよ母ちゃったぁい!!」
母 親「私に謝ってどうすんの!この人たちにごめんなさいするんだよ!」
少 年「ごめんなさい、ごめんなさぁーい!!」
男 「おーう、過激ぃ」
82: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:35:08.03 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
少 年「……ってぇーな、クソ」
母 親「こら」
少 年「……申し訳ありませんでした」
母 親「すいません旅の方々、うちのバカ息子が……」
男 「い、いえ、大丈夫です」
母 親「お詫びと言っては何ですが辺りも暗くなり始めた事ですし、我が家でおもてなしをさせていただけませんか?」
弓使い「いえ、それには及びません」
男 「非があるのは勝手にお宅の私有地に入ったこちらです。申し訳ありませんでした」
母親「ですがバカ息子のせいでお連れ様が濡れてしまったご様子。ここの池の水は冷たいですから風邪でもひかれては大変ですよ」
エルフ「……いえ、そんなことは、はっ、へっくち!」
母親「ここにはお湯を沸かす設備もございます。どうかお詫びをさせてはいただけませんか?」
男 「うーむ……」
男 (ご厚意を無下にするわけにもいかんが、彼女たちがエルフと知られるのはまずいよな……)
83: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:37:45.92 ID:0/G1P+FM0
弓使い「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
男 「え゛?」
母 親「そうですか!ではこちらへ…… ほら、ご案内して」
少 年「わかったよ…… どうぞ、ぼくについて来てください」
男 「……いいのか?」
弓使い「……この方ならきっと大丈夫です」
男 「何を根拠に?」
弓使い「直感ですね。本質を捉える才があると仲間内でも言われておりましたので」
男 「そですか」
弓使い「最初に出会ったときの貴方よりは信用できます」
男 「マジすか」
弓使い「それに奴隷の扱いに異を唱えていた御仁の伴侶であられるならば、悪い方には転ばないでしょう」
男 「さいですな」
エルフ「……へっくち」
弓使い「さぁ、行きましょう。このままじゃホントにこの子が風邪をひいてしまいます」
84: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:39:11.62 ID:0/G1P+FM0
男 (――――で、こうして御相伴に与ることになったわけだが)
父 親「すみません、お客人に配膳を手伝わせてしまいまして……」
男 「いえ、本当なら叱責を受けるべきところをこのような歓待をしていただけるのです。これぐらいは喜んで手伝わせていただきます」
少 年「だよな!だから俺はやらなくてもいいだろ?」
父 親「……ん?」
少 年「やらせていただきます!」
男 「ははは……」
父 親「すいません、厳しく育てているつもりなのですがどうにも生意気な子でして」
男 「元気があっていいと思いますよ。……それにしても多いですね?」
父 親「我が家では可能な限り家族揃って食事をとることにしているんですよ。それでこれだけの数に」
男 「これだけの数のご家族…… すごいですね」
父 親「家族というのは彼らのことも含めてですよ」
農 夫「旦那様、いつもありがとうございます」
牧 童「うちの班はこれで全員です。残りはあとで交代します」
父 親「うん、みんなお疲れ様。もうすぐ家内たちから声がかかると思う」
85: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:40:19.71 ID:0/G1P+FM0
母 親「あなた〜、みんな〜、できたわよ」
父 親「ほら、やっぱりね。今行くよ」
少 年「はーい」
牧 童「今日はなんだったっけ?」
農 夫「シチューだったと思う」
婦 人「その通りだよ。あんたたちはこれを持ってって」
少 年「おっ、肉だ!」
母 親「これはお客さんに出すの。あなたの分じゃないの」
少 年「え〜、マジ?」
母 親「そういう口のきき方をしないの」
少 年「へいへい」
母 親「こら!」
男 「……少し、羨ましいかな」
エルフ「ありがとうございました」
男 「お、出てきた」
86: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:41:55.16 ID:0/G1P+FM0
母 親「お湯加減いかがでしたかしら?」
エルフ「いいお湯加減でした。おかげさまで暖まりました」
弓使い「私まで使わせていただいて…… ありがとうございました」
男 (部屋の中でも帽子、か…… かぶりっぱなしで何か言われなきゃいいが)
エルフ「あ、こちらは夕食ですか?」
農 婦「そうですよ。腕によりをかけてつくらせていただきました」
弓使い「そんな、夕食までいただけるなんて…… 本当にありがとうございます」
母 親「いえいえ、私が好きでやっていることですから」
父 親「妻は人をもてなすのが趣味みたいなものでしてね。ここを訪れた方は皆捕まえてしまうんですよ」
少 年「野盗がここに押し入ってきた時もそれに気付かずもてなそうとするんだもんなー」
母 親「ちょっと、そんなことは言わなくていいの!」
男 「はは、そうなんですか」
婦 人「で、奥様のもてなしに感動して野盗から足を洗ったのがあそこの人たちなの」
元野党「「「「「「「「どうも〜」」」」」」」」
男 「わーお」
87: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:42:43.68 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
父 親「――――さて、それでは」
一 同『『『『『『『『『『いただきます』』』』』』』』』』
エルフ「あの、これって……」
男 「うん、獣。牛の肉だな」
弓使い「やはり……」
男 「俺も食べないようにするから、そういう文化の人間として振る舞えばいいんじゃないか?」
農 夫「旦那様、お客人の前ですがよろしいでしょうか?」
父 親「う、む。そうだな、どうしたものか……」
男 「大事なお話なら席を外させていただきますが?」
父 親「いえ、普段は食事の時に農場や牧場の様子を話していましてな。貴方方さえよければそのままお食事を続けていただいて」
弓使い「私たちはかまいませんが、本当にお聞きしてしまってもよろしいのでしょうか?」
父 親「ええ、構いませんとも。というわけだ、手短に頼む」
農 夫「はい、うちの班の担当区分は特に問題なかったです」
88: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:44:32.91 ID:0/G1P+FM0
牧 童「同じく」
元野盗「うちのとこはマサヨの乳の出が悪くなってきたんで、出荷数に影響が出てくるかと」
太っちょ「うちはハナコが妊娠したみたいでさぁ」
労働者「うちの班は問題ありません」
父 親「んんっ!特に問題のないところは今日は言わなくてもいい。何かあったところだけ挙手してもらえれば」
父 親「……ないようだな。みんな、今日も一日ありがとう」
一 同『『『『『『いえいえ』』』』』』
父 親「お騒がせしました」
エルフ「いえいえ、そんなことは」
母 親「どうかしら?お口に合いますかしら?」
弓使い「はい、大変おいしくいただいております」
母 親「よかったわ、旅の方って時々ここと食文化が違うこともあったりして……」
男 「……実は我々、獣の肉はちょっと」
母 親「あ、あら?そうでしたの!ごめんなさい、お作りする前にお聞きするのを失念しておりましたわ」
89: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:46:24.34 ID:0/G1P+FM0
エルフ「申し訳ありません、折角作っていただいたのに」
母 親「いえいえ、謝るのはこちらの方です。すぐに下げさせますわね」
少 年「おねーちゃん、肉食べないんなら俺にくれよ」
エルフ「え?えーと…… よろしいですか?」
少 年「いいだろかーちゃん」
母 親「……んもぅ、ちゃんと野菜も食べるんだったら食べていいわよ」
少 年「じゃ、いっただっきまーっす!」
エルフ「はい、どーぞ」
少 年「あんっ、んぐんぐんむ…… なぁ、おねーちゃん」
エルフ「はい?」
少 年「部屋ン中で帽子は変だぜ、とっちまいなよ!」
エルフ「あっ!?」
男 「なっ!?」
少 年「うわ、おねーちゃんの耳なげーな!」
男 (そうきたかー!?)
90: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:47:30.76 ID:0/G1P+FM0
エルフ「あは、あははは……」
父 親「――――少し、よろしいですかな?」
男 「はい、なんでしょう?」
男 (圧が半端ないな、主だけじゃなく他の連中も睨んできやがる…… ん?何だアイツ)
父 親「……貴方方の御関係は?」
男 「旅の同行者です」
父 親「本当に?」
エルフ「は、はい!本当です!」
父 親「彼は奴隷商ではない、と?」
弓使い「ええ、その通りです」
婦 人「本当にそうなんですか?もしそうじゃないのなら旦那様に」
農 夫「旦那様はお優しい方です。革命以前から私たちを普通の人として扱ってくださいました」
男 「存じております、主殿が奴隷解放のため革命に大いにご協力されたことを。あの時は本当にありがとうございました」
父 親「む、すると貴方は……」
男 「はい、私も元奴隷です。以前お会いした時はまだ幼く、当時の面影はもう残っていないとは思いますが」
91: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:48:50.86 ID:0/G1P+FM0
父 親「面影…… もしや君は、あの『鷹の目』と呼ばれていた……」
男 「はい、そうです」
父 親「いや、これは大変失礼なことをしました。申し訳ありません、貴方を奴隷商だと疑ってしまった」
男 「いえ、今この国でエルフを連れているとしたら表を歩けないような人間だと思うのは当然のことでしょう」
父 親「本当にすみません。……では、何故エルフのお嬢さんをお連れしているのですか?」
男 「それは……」
弓使い「それは私たちから説明させていただきます」
エルフ「私たちは里の長からの使命を受けて西の方へと調査に向かう途中なんです」
弓使い「その道中でこちらの方の御協力を頂けることとなり、こうして同行していただいているのです」
父 親「そうでしたか……」
弓使い「無用の混乱を避けようとしていたとはいえエルフの恩人に身分を偽っていたこと、深くお詫び申し上げます」
エルフ「申し訳ありませんでした」
父 親「エルフの恩人……?もしや、彼はあの後無事にエルフの里まで帰れたのですか?」
エルフ「はい、貴方のことをよく話してくれました。奴隷のために立ち上がった気高いスウィルニフの一人だったと」
父 親「そうでしたか!いやよかった、よかった……!」
92: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:50:02.28 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
父 親「――――この土地は放牧に適しておりましてな。それを教えてくれたのも彼でした。感謝してもしきれません」
エルフ「彼も貴方に感謝していました。暗い闇の中しか知らなかった自分を光のあるところへ連れ出してくれたと。その恩に報いたかったとも」
父 親「そうでしたか…… 革命の後、助け出された大勢のエルフの護衛として共に帰っていったきりどうしているのかと思っていましたが、いや、よかった」
母 親「さぁ、どうぞ遠慮なくお食べになって」
男 「ああっと、すいません奥様、エルフは獣の肉は食べないそうなんです」
母 親「ええ?彼は食べていたけど……?」
弓使い「……きっと、言い出せなかったんだと思います。貴方方のやさしい微笑を見ていたら断ることが出来なかったんだと」
父 親「なんと…… 知らなかったとはいえ、私たちは何ということを」
母 親「ああ、何とお詫びをすればいいのか……」
エルフ「そんな、彼は貴方方にはとても感謝していました。気を病んでいただかなくても結構です」
少 年「……よーするに、俺が肉食ってもいいんだよな?」
弓使い「そうですね。はい、どうぞ」
母 親「アンタって子はほんとにもう……」
93: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:50:58.15 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
父 親「――――おっと、すっかり話し込んでしまいましたな」
少 年「スゥ、スゥ……」
母 親「ごめんなさい、旅でお疲れのところをこんな遅くまで」
エルフ「いえ、とても有意義で楽しい時間でした」
父 親「そう言ってもらえるとありがたいです。さ、この方たちを部屋まで案内してくれ」
女 性「はい、ではこちらへどうぞ」
弓使い「いえ、それには及びま」
男 「ありがとうございます」
弓使い「ちょっと」
男 「こんな時間から歩くつもりか?折角の機会だ、ぐっすり眠らせてもらおう」
弓使い「……わかりました、ありがとうございます」
男 「ん。……ところでご主人」
父 親「はい、何でしょうか?」
94: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:52:00.50 ID:0/G1P+FM0
男 「あそこにいる彼なんですが」
父 親「彼が何か?」
男 「彼はいつ頃からこちらに?」
父 親「革命が終わってからしばらくして…… だと記憶しています」
男 「そうですか……」
不審者「さ、ぼっちゃん。部屋に戻りましょう」
男 (……アイツだけ彼女らの正体がバレたときに俺だけでなく彼女たちも見ていた。まるで品定めするように)
男 「……ありがとうございました。今夜はお世話になります」
父 親「ん、ああ、どーぞ。ゆっくりとお休みください」
男 (気のせいかもしれんし、主殿にはまだお伝えしなくてもいいな…… っと)
男 「……すいません、俺もお風呂場を借りてもよろしいでしょうか?」
父 親「ああ、これは申し訳ありません。そういえば貴方はまだでしたな。おい、誰か!」
男 「あ、そこまでしていただかなくても結構です。汗さえ流せれば」
父 親「本当に申し訳ない……」
男 「いえいえ……」
95: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:53:37.80 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
母 親「是非またお立ち寄りくださいね」
父 親「旅の無事を祈っております」
エルフ「ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
弓使い「お世話になりました」
男 「ありがとうございました。それでは……」
少 年「おねーちゃんたち、待って!」
エルフ「はい?」
少 年「はっ、はっ、はぁっ、これ!」
エルフ「これって、乾酪……?」
少 年「昔ここにいたエルフのーにーちゃんと同じ名前を付けた乾酪なんだって。これ、にーちゃんに渡してくれよ」
弓使い「……ごめんなさい、この旅はきっと長くなります。いくら乾酪でも里に帰るころには傷んでしまうかと」
少 年「じゃあさ、旅の帰り道にまたここに寄ってくれよ!なっ!いいだろ!」
弓使い「……はい、お約束します。きっとまたここに立ち寄らせていただきます」
96: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:54:31.13 ID:0/G1P+FM0
少 年「約束だからな!絶対だからな!また来いよ〜〜〜!!」
エルフ「――――いい人たちだったなぁ」
男 「そうだな」
弓使い「人間が皆、あの方たちのようであったならいいのですが……」
男 「ハハハ…… まぁ十人十色と言うし」
エルフ「ジュウニントイロ?」
男 「十人もいりゃ性格とか好みとかバラバラで全員同じってわけじゃない、十人いりゃ十人の考えがある。そんな意味の言葉だよ」
エルフ「へぇ〜……」
弓使い「……でも、人間の本質は誰しもが同じ。変わらないのではないでしょうか?」
男 「はい?」
弓使い「あの方たちも飼っている動物をやがては殺して食べるのでしょう?」
男 「そうだけど…… 君らだって羊を飼ってるんだろ?羊の毛の布があるとか」
弓使い「ええ、私たちエルフも羊を飼ってはいます。ですがそれは毛を刈って布にしたりするためで殺したりはしません」
97: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:56:17.98 ID:0/G1P+FM0
男 「……そうだな、俺たちは羊も殺して食べるもんな。でもな」
弓使い「でも?」
男 「俺たちは確かに動物を殺して食うために飼っている。だけど俺たちは動物にちゃんと感謝している。それが山の教えだ」
エルフ「感謝?」
男 「ああそうだ、無暗に殺しているわけじゃない。俺たちが生きていくためにその命をもらってるんだからな」
男 「君たちだって羊たちに毛をもらったり、乳を分けてもらったりすることに感謝しているだろ?それと同じだよ」
弓使い「生きるために…… ですか。わからないでもありません」
エルフ「ですけど……」
男 「…………」
弓使い「……貴方は確かリョウシ、という職ぎょ」
男 「悪い、後にしてくれ」
エルフ「どうしましたか?」
男 「今、牧場のところから鳩が出てきた。アレを捕まえなきゃならん」
エルフ「捕まえるって、どうしてです?」
男 「きっとあれは伝書鳩だ。昨日あの中で一人だけ君たちを品定めするように見ている奴がいた。恐らく奴隷商とつながっている」
98: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:57:56.41 ID:0/G1P+FM0
弓使い「デンショバト、というのはわかりませんがつまりはあの鳩をプワカークにしようとしていることですね」
男 「ぷわ…?ああ、多分それだ。もしあの男がホントに奴隷商とつながってるんならあの鳩に君たちの正体と行方を知らせる文書を持たせてあることになる」
エルフ「それはすごく困りますね」
男 「ああ、だから君たちには悪いが撃ち落とす」
弓使い「そんな!動物は無暗に殺さないと仰ったではありませんか!」
男 「だからってこのまま見過ごしたら君たちはどうなる!」
エルフ「私に任せて!スゥゥゥゥゥ……」
男 「何を!?」
エルフ「―----――――――--------------―――――-----――――――ッッ!!」
男 (がぁぁっ!?なんだこの声耳がキーンって!?)
鳩 「 」
男 「んぁ?」
鳩 「 」
エルフ「 」
男 「ごめん、今ちょっと耳がキーンとしてて聞こえない」
99: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:58:59.59 ID:0/G1P+FM0
エルフ「――――?―――すか?聞こえますかー?」
男 「うん、聞こえるようになってきた」
エルフ「ごめんなさい、人間さんの耳にはよくないみたいでした」
男 「いや、いいよ。多分それのおかげでハトがここにいるんだろうし」
鳩 「フォーホー、ホッホー」
男 「しかしどういうことだこれ」
弓使い「以前言っていなかったでしょうか?私たちは動物と意思の疎通が図れると」
男 「言ってた気がする。つまり、あの超高音で鳩を呼び寄せたと」
エルフ「結構高いところにいたのでよく聞こえるように大きな声を出したんです……」
男 「ん、まぁ、そんなことより手紙の有無だ。どれどれ……」
鳩 「フォッポー」
男 「あったあった、と。さて、その気になる内容とは?」
エルフ「内容とは?」
男 「……暗号ですな」
弓使い「他の誰かに迂闊に読まれては困る内容、ということですね」
100: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 03:59:47.68 ID:0/G1P+FM0
男 「――――う〜む」
エルフ「悩んでおられますね〜」
鳩 「フォーホー、ホッホー」
弓使い「でも、そろそろみたいよ」
鳩 「クルッポー」
男 「……よし、こういうことか」
弓使い「解けましたか?」
エルフ「ごめんなさい。人間の文化とか習慣とかわからなくて、何もお手伝いできなくて」
男 「気にせんでいいよ。やっぱり想像を裏切ってはくれなかったか」
弓使い「ということはやはり」
男 「俺たちの行く先で待ち伏せるように、って内容だったよ」
弓使い「いかがなされますか?」
男 「とりあえずはこの文書を別の内容に差し替える。俺らと関係ないところに行ってもらうとしよう」
男 「そんで、今後のことを牧場の主に伝えてくる。あと、君たちにやってもらいたいことがあるんだが」
エルフ「はい?」
101: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 04:00:45.18 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
父 親「ふむ…… むっ?」
父 親「……どうにも肩が凝ってしょうがない。肩の荷が下りないものか」
男 「……肩の荷よりも目の上のたんこぶが重たいのでは」
父 親「君か…… いや懐かしかったよ。革命以前、私たちは今の合言葉で情報のやり取りをしていた」
男 「覚えていて下さったようで何よりです」
父 親「忘れられるものかよ…… あの伝令から教わったのかね?」
男 「はい、こうして誰にも気取られず目的の場所へと潜り込む術も合わせて。いつか彼と共に事を成すべく」
父 親「なかなか見事だった。彼も鼻が高いことだろう…… さて、わざわざこんな方法をとったということは何かあったのだろう?」
男 「昨晩お聞きした男が関係していると思われることです」
父 親「穏やかではなさそうだな。エルフのお嬢さんたちのことかな?」
男 「はい、先刻この牧場から伝書鳩が飛び立ちました。その鳩を捕え確認したところ、エルフのことと待ち伏せするようにとの伝言が」
父 親「……なんと」
102: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 04:03:18.23 ID:0/G1P+FM0
男 「恐らく以前ここにエルフがいたことや、革命前後の主の処遇などからエルフと繋がりがあると睨んで潜り込んでいたんでしょう」
父 親「うむ、どうするか……」
男 「エルフとなれば奴隷商に高く売れます。ならず者たちは必ず動くでしょう。そこを突きます」
父 親「偽の文書でお引き寄せる、ということだな。わかった、近隣の衛兵たちに連絡を取ろう」
男 「ありがとうございます。場所はこちらが指定してもよろしいでしょうか?」
父 親「ああ、万が一君たちが連中に出くわしては厄介だ」
男 「はい、場所は…… ここを指定しています」
父 親「了解した」
男 「あと、この鳩は彼女たちを通じて帰還する際はまず貴方の下に行くようにしてあります」
鳩 「フォッポー」
父 親「うむ、内通者が誰かは私の方で調べよう」
男 「恩に着ます。それでは……」
父 親「しかし口惜しいな、今もまだ奴隷を商売にしようとする連中がいるなどとは」
男 「……彼女たちが言っていました。人間の本質は変わらないのでは、と」
父 親「人間の本質?」
103: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 04:04:38.71 ID:0/G1P+FM0
男 「詳しくは聞いていません。ですが、察するところ人間とは利己的な存在である、ということかと。私もそう思うときが多々あります」
父 親「利己的、か…… その通りだ、それを否定するのは至難だろうな。奴らのような存在が無くてもだ」
男 「やはり、そうなのでしょうか……」
父 親「……だが、利己的なのは人間だけではないのと思うのだよ。私たちだけでなく生物全ての本質は利己的なのではないか?とね」
男 「生き物全てが?」
父 親「うむ、犬も鳥も自身が生きる為、自己の子孫を残すことを念頭に生きている。それは究極の利己的な行動だとは思わないか?」
男 「……極論では?」
父 親「確かに極論ではあるが、突き詰めれば生き物全ては利己的であると考えられるはずだ。それは生きている限りしょうがないことだと私は思う」
父 親「森の者と謳われたエルフとて例外ではないだろう。だが、彼らはその高い知性を以てそういった生物の本質をも捻じ伏せ今の高みに至ったのだ」
父 親「ならば、同じく知性を持つ我々人間も強く意志を持てばその高みへと至ることはできるはずだと、私はそう思う。君はどうかね?」
男 「……私も、そう思います。そうであると信じたいです」
父 親「そうか…… しかし、今語ったのは私の拙い知識と経験で練り上げた妄想だ。鵜呑みにしてくれるなよ?」
男 「心得ました」
父 親「うむ、では後はこちらで上手くやっておく。道中気を付けてくれたまえ」
男 「はい、それでは……」
104: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 04:07:53.05 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 (――――人間の本質は利己的、なれど強い意志を持つことで高みに至れる、か)
男 (やっぱり奴隷だった頃に見た人間の醜さ、下劣さ。あれこそが人間の本性なんだろうな)
男 (だけど、俺たちはその醜さを知っている。だからこそ、強い意志を持ってその醜さを克服できる、ってところか……)
男 「……戻ったぞ」
弓使い「首尾は?」
男 「上々」
弓使い「それは良い傾向ですね」
エルフ「それで、この先はどう行くんです?」
男 「引き続き街道沿いを通っていく。連中にはエルフ一行は街道を避けて進んでいるって偽の文書を掴ませてるしな」
エルフ「うっかり鉢合わせたりはしませんか?」
男 「人数も五人にしといた。大丈夫だよ」
弓使い「……それでは行きましょうか」
エルフ「うん」
109: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:12:21.72 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「――――国境も大分近づいてきたな」
弓使い「ならず者たちにも出会わずに済みました」
男 「牧場の主が動いてくれたんだ。今頃きっとお縄についてるさ」
エルフ「ですね。この旅の中で、思いの外たくさんのスウィルニフに出会えました」
男 「ああ、あの人たちは間違いなくスウィルニフだよ」
弓使い「ですが、その中に確実に一人はディアンニフがいましたが」
男 「それが人間の全てじゃないさ」
弓使い「おや、いつぞやはもっと曖昧な返事をいただいたのですが」
男 「心境の変化があったんでね」
エルフ「それって?」
男 「主殿の話を聞いてね…… っと」
???『ウォオオオォォ〜〜〜〜〜―――----』
男 「……アイツらも夕飯時かな?」
110: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:15:15.21 ID:0/G1P+FM0
エルフ「ガンドレイ…… 狼?」
弓使い「狼の声とは微妙に違う気がするけど……」
男 「じゃあ多分野犬だな、野犬。犬だな」
エルフ「犬?ああ。確か狼を人間が飼えるように飼い慣らしたっていう」
男 「それが野生に帰ったのが野犬だ。で、アイツらが何言ってるとかもわかるのか?」
弓使い「ええ、一言で言えば私たちの荷物を狙ってます」
エルフ「でも変ですよ?狼なら火を恐れて近づかないはずでは?」
男 「多分、生粋の野犬じゃなくて元は飼い犬だったんだろうな」
エルフ「そんな……」
弓使い「酷いことをしますね。飼っていたのに見放したんですか?」
男 「飼い手にもいろいろあったんだろ」
弓使い「いろいろ、ですか」
男 「さて、どうするかね?鉄砲で蹴散らすってのもなぁ……」
弓使い「でしたら私たちに任せていただけませんか?」
エルフ「人間ではなく私たちエルフの言葉なら耳を傾けてくれるかもしれません」
111: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:17:52.77 ID:0/G1P+FM0
男 「できるのか?捨てられた恨みとかあるだろうに。俺なら人間憎しってなるだろうし」
弓使い「恐らくは……」
野犬A「バウッ!」
野犬B「グゥゥゥ〜〜―--」
野犬C「ヘッヘッヘッヘ・・・・・・」
男 「賢いね、何匹かが囮になって注意を引いている内に残りの奴らが荷物をかっぱらうって寸法か」
エルフ「こんな知恵を身につけなきゃいけなかったなんて……」
弓使い「ウウウウウウウ・・・・」
男 (……これが犬語)
エルフ「クゥゥン・・・」
野犬B「ワオン!」
エルフ「ウウウウウウウ―――」
野犬B「ヘッヘッヘッヘ」
エルフ「フゥゥウウ・・・・」
男 (エルフの会話もわかんねーけど犬語…… 狼語もさっぱりだな)
112: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:19:28.97 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
野犬共「クゥーーン……」
男 (とまぁ、野犬たちの大人しいこと大人しいこと)
エルフ「スーリャパシマ、ウネルシィ……」
男 「……鳩の時もそうだが、エルフってホントに動物と話せるんだな」
エルフ「話せるといっても言葉を交わしてるわけではありませんけど」
男 「へぇ、で、どんなことを?」
エルフ「どうしてこうなったのかを教えてくれました」
男 「大体想像はつくが……」
エルフ「ええ、飼い主が死んでこうならざるを得なかった子もいますけどほとんどは捨てられた子、それに人間に苛められていた子……」
弓使い「……かわいそうな子たち」
男 「捨てたくて捨てたわけじゃない奴だっているだろう。だが…… 苛められてたってのは、な」
弓使い「……ひどい話です」
男 「……人間全てがそうだってわけじゃない」
113: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:21:26.43 ID:0/G1P+FM0
エルフ「貴方や牧場の人に出会ってそれは感じました」
弓使い「ですが、こうやってこの子たちの声を聴いているだけでも……」
男 「……ま、とりあえずはそうだな。これでお引き取り願えないかな?」
弓使い「それは…… 貴方の食糧では?」
男 「全部持ってかれちゃ困るしな。これぐらいで勘弁してくれと伝えてくれ」
エルフ「……わかりました。ウルルルル―――」
野犬B「グゥゥゥ〜〜―--」
エルフ「ウォォオオ・・・・」
野犬B「バウッ!」
エルフ「フニャッ!?」
男 「っと、大丈夫か?」
エルフ「あ、はい……」
男 「てっきりもっと寄越せと飛びかかったと思ったんだが、あっさり行っちまったな」
弓使い「群れの頭の子がこれで我慢する、と」
114: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:23:58.85 ID:0/G1P+FM0
エルフ「本当に良かったんですか?」
男 「いいのいいの」
エルフ「ホントは事情を伝えて別のところに行ってもらう算段だったんですけど」
男 「マジか」
弓使い「そんな腹空いてない。だが、襲いやすそうな人間。食べ物奪う」
男 「って感じだったんだな。ま、いいか…… しかしすごいね、そんなとこまでわかるんだ」
エルフ「ええ、人間はできないんですよね?」
男 「まぁね」
弓使い「動物にも意思はあります。しかし人間はそんなこと知りもせずにいいように利用して食べるために殺してしまう」
男 「まぁ、それが人間の築き上げてきた食文化だしな……」
弓使い「……以前聞きそびれましたが、貴方はリョウシでしたよね?」
男 「今のところはね」
弓使い「リョウシなるものはどんな気持ちで獣たちを殺しているのですか?」
男 「おっと、嫌な質問だ」
弓使い「でしょうね」
115: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:26:27.67 ID:0/G1P+FM0
男 「でしょうね、って…… そうだな。感謝と祈りと謝罪、それとやっぱり楽しさかな?」
弓使い「…………」
男 「俺たちが食べたいから、そんな理由だけで殺してしまうことへの謝罪とだからこそせめて魂は安らかに眠ってほしいと願う祈り」
エルフ「…………」
男 「そして、そいつを食べることで得られる満足感や幸福感に対する感謝…… あと純粋に狙い澄ました弾丸が見事獲物に命中した喜びみたいな」
弓使い「……確かに私も狙った的に矢を当てられたときに達成感を感じることはあります。ですが、今仰られた感覚は一概には理解できません」
男 「……だろうな」
エルフ「殺して楽しい…… そんな感情があるから人は争いをやめられないのでしょうか?」
男 「……そうかもな。今言った事だって結局は利己的な気持ちから出てきたもんだし」
エルフ「利己的?」
男 「そ、突き詰めていけば生き物みんな利己的だってな」
弓使い「…………」
男 「獲物を食べた時の満足感は言わずもがな、撃った奴への謝罪と祈りだってそのままじゃ後味が良くないからやってんのさ」
エルフ「そんな……」
男 「牧場の主殿からこのことを聞いたとき、俺の心の閊えも取れた気がした」
116: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:31:53.32 ID:0/G1P+FM0
弓使い「胸の閊え?」
男 「ああ。革命の後、猟師としてアイツらから離れて暮らしだしたころからずっと引っかかってたことがある」
男 「俺は確かにあのとき、俺たちの未来のために戦った。そしてその後は他国にもまだ大勢いる俺たちと同じ境遇の人やエルフを助けるために腕を磨いていた」
男 「もっとも、まだまだガキだったから考えなしで、そしたら心を磨いてこいって言われて猟師をやらされて……」
男 「で、そうしてアイツらから離れてみて、静かなところで暮らしてるうちにふと自分は本当に奴隷にされてる人たちを助けたいのか疑問に思えてきた」
男 「俺は虐げられて人々を救いたいんじゃなくて、虐げている奴らを殺したいだけなんじゃないかって」
男 「他の誰かのためじゃない、俺の虐げられていた時の鬱屈した昏い感情をぶつけたかっただけなんじゃないかってな」
男 「何せ穏やかな暮らしってのをしてみればあれだけ強かったこの世全ての奴隷を開放するって想いがドンドン薄れていっちまって」
男 「このまま静かに過ごせていければいいや、なんて考えることが少しずつ増えていっちまったんだよ」
男 「結局は他の奴のことなんてどうでもよくてさ、自分だけがよければそれでいい。なんてさ」
エルフ「…………」
男 「でも、主殿の考えを聞いてようやく分かった気がするんだ。利己的でもいいだって、それはしょうがないんだってな」
弓使い「しょうがない?」
男 「しょうがないんだよ。生きるためには食わなきゃならん。食うからには食う対象から命を奪う。自分が生きるために他の命を犠牲にする」
男 「全くもって利己的だ。己の命の為に他に害を成す。それが生きていくってことなんだろうな」
117: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:35:24.01 ID:0/G1P+FM0
男 「そう、生き物は生きていこうとする限り利己的な行動をせざるを得ない。結局は自分が一番なんだ。だから……」
男 「だから、俺が大勢の虐げられてる人やエルフのことなんて放っといて自分の幸せって奴だけ考えてもいいんだよ」
エルフ「…………」
男 「それは俺が生きている限り、生きようとする限り当然のことなんだ。生き物としての俺の本当の思いなんだ」
男 「でも、それが俺の全てじゃない。生き物の全てじゃない」
弓使い「は……?」
男 「生き物として俺はそうなんだ。でも、人として、まだ大勢いる俺たちと同じ境遇の人やエルフを助けたいって考えてる俺も本物なんだ」
男 「自分のためだけに生きたいって気持ちも本物で、奴隷に身を落とさせられた人たちを助けたいって気持ちも本物」
男 「どっちかだけが本物じゃない。どっちも本当の俺なんだ。そういうことなんだ」
男 「だから、君らの言うスウィルニフってのは生き物としての自分、つまり本能を知性で押さえつけて想いを通す人で」
男 「ディアンニフてのは本能に知性を沿わせて好き放題やるような奴のことなんだよ。きっと」
弓使い「では、貴方はスウィルニフだと?」
男 「いんや、虐げられてる奴らを助けたいってのもホントだし、積もりに積もった恨みを虐げる側に八つ当たりしたいってのもホントだし」
弓使い「自分の為に虐げる者を倒し、他者の為にも虐げるものを倒したい、ということでしょうか?」
男 「そゆこと」
118: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:37:44.43 ID:0/G1P+FM0
弓使い「なるほど、急に長々と語り出したので一瞬引きましたが貴方の考えというのはわかりました」
男 「うん、長々と悪かった。大分気持ち悪かったと思う。でも正直ようやく探してた答えが見つかって誰かに話したかったってのがある」
弓使い「ですが…… 生き物全てが利己的である、というのは賛同できません」
エルフ「そうですね……」
男 「いや、君らエルフだって突き詰めれば利己的だ」
弓使い「何を仰るのやら」
男 「エルフも羊に毛をもらったり、乳を分けてもらったりしてるんだろ?自分たちの生活のためにさ」
弓使い「その通りです。それが何か?」
男 「それって命までは奪ってないだけでやってることは俺たち人間と同じ、自分たちのために羊から毛や乳を奪ってるってことだ」
弓使い「それは違います。私たちは彼らから一方的に奪うのではなく、お互いが支え合って生きているんです。共に生きているんです」
男 「それこそ人間だって一緒だ。羊に餌をやったり住む場所を与えてやってる」
弓使い「貴方方人間は生き物の心もわからないんでしょう?貴方方が与えているのは一方的な好意、私たちのやっている共生とはまるで違います!」
男 「いいや、同じだ!」
エルフ「もうやめて!」
男・弓使い「!?」
119: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:39:03.46 ID:0/G1P+FM0
エルフ「……もうやめましょう。私たちは西の森に行くことが目的で、エルフはこう人間はこうだなんて言い争ってる場合じゃないんです」
男 「……そうだったな、悪い」
弓使い「私としたことが、貴方に窘められるなんてね」
エルフ「わかったらこの話はもうおしまい。明日に備えて休みましょう?」
男 「じゃ、俺が先に火の番をするよ」
エルフ「いえ、今日は人間さんが先に寝てください」
男 「は?あ、うん、別にいいけど」
弓使い「では、私が先に火の番ということで……」
男 「よろしく頼む」
エルフ「――――人間さん」
男 「はい、なんでしょう」
エルフ「貴方の仰ること話わかります。ですが、納得できるわけではありません。それはあの子も同じです」
男 「悪いな、何か宗教家みたいなこと言っちまってた」
エルフ「シュウキョウ?まぁ、さっきの話は揉めるだけですし、今後一切その話はしないということでいいですか?」
男 「あいよ。あとこの話を振ってきたのはあの子の方だから、あの子にも言っといてくれ」
120: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:40:04.46 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「いよいよ国境間近となり、街道を離れたわけですが」
エルフ「やっぱり歩き辛いですね……」
弓使い「緑が生き生きとしていますからね。已む無しでは?」
男 「そうだな。水の音が聞こえてきたし、もう少ししたら開けた場所に出るしそこで一旦休憩ってことで」
弓使い「了解しました」
エルフ「はい、ところで……」
男 「なんざんしょ?」
エルフ「街道を離れたときに使おうとされていたあの平たい棒みたいなのは結局何だったんですか?」
男 「ああ、アレ?鉈ってやつだよ」
エルフ「ナタ?」
男 「そ、森の中で邪魔な草木を払ったり蔓切りをしたりする道具。ま、森の力うんぬん言ってる君たちの前で使うのはどうかと思って」
弓使い「賢明な判断です。ちなみにこの匂い…… それもテツですか?」
男 「そうだよ。それもあるから使うのやめたのさ」
121: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:42:04.98 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「――――とかなんとかやってるうちに着いたな」
エルフ「え?もう隣国に?」
男 「いやいや、さっき言ってた開けた場所」
弓使い「確かに小川がありますね。あんなところから水の音が?私にも聞こえなかったのに」
男 「耳がいいんでね。余計な荷物にならない程度に水も補給しようか。魚は流石にいないかな?」
エルフ「あの……」
男 「なんだ?」
エルフ「水浴びしてもいいでしょうか?」
男 「いいよ。流されないなら」
弓使い「今度は溺れないように気を付けるのよ」
エルフ「……パースィリコ」
男 「なんだって?」
弓使い「いじわる、と」
122: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:42:35.13 ID:0/G1P+FM0
エルフ「――――見ないでくださいよ?」
男 「見ない見ない」
男 (川で拾ったときもそうだったが、エルフもやっぱり裸見られるのは嫌なのね、と)
弓使い「明後日の方を向いていらっしゃいますが、何をお考えで?」
男 「いや、やっぱり人間とエルフの考え方って結構近いんだなと」
弓使い「姿形がそっくりですから、自ずと似通った思考が生まれたのでは?」
男 「確かにねぇ…… エルフと人間との見た目の差は耳の長さくらいだしな」
弓使い「一体何故そんなことをお考えに?」
男 「いや、別に。ただ、ふとそんなことを考えただけで…… なぁ」
弓使い「はい?」
男 「これだけ似てるとなると、人間とエルフって元々は同じ種族だったりして」
弓使い「在り得ません」
男 「そっかー、在り得ないかー」
弓使い「ええ、一緒にしないでください」
男 「あいよ……」
123: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:43:31.68 ID:0/G1P+FM0
男 「……でもさ」
弓使い「くどいですね」
男 「いや、さっきのとはちょっと違くて」
弓使い「なんですか?」
男 「人間とエルフは姿形も似てるし思考も似てるってんなら、もしかしたら」
弓使い「共存も可能では、などと仰る気ですか?」
男 「そのつもりだった」
弓使い「それは難しいでしょう。今もなおエルフが隠れ住まねばならないのは誰のせいだとお思いですか?」
男 「人間」
弓使い「私たちの人間への忌避の感情は相当強いです。斯く言う私もそうです」
男 「いやはや、難しいね」
弓使い「……どうしてそんなことを?」
男 「なんとなく、だよ。君らが森の力が弱まると困るって言ってたのを思い出してな」
男 「本当に何と無くだよ。深く考えていったことじゃない。忘れてくれても全然かまわない話」
弓使い「はあ……」
124: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:44:04.47 ID:0/G1P+FM0
エルフ「――――終わりました。何のお話ですか?」
男 「夢と理想の儚さについて」
エルフ「はぁ、それはまた難しそうな話ですね……」
弓使い「では、私も水浴びしてきます」
男 「あいよ」
弓使い「ああ、覗いても構いませんよ?」
男 「え゛」
弓使い「代わりにお命を頂戴しますが」
男 「ですよねー」
エルフ「……見たかったんですか?」
男 「見てもいいならね」
エルフ「不潔です」
男 「悪いね」
エルフ「ところで、さっき仰っていたエルフと人間の共存についてなんですけど」
男 「なんだ、聞いてたんじゃないか」
125: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:44:53.01 ID:0/G1P+FM0
エルフ「あの子と私の考えは少し違うので」
男 「へえ」
エルフ「それで人間さん、貴方はエルフと人の共存は可能だと思いますか?」
男 「出来ると思う。食文化とか、そういうのにお互いの理解が進めばな。君らと一緒に旅してみて実際そう思えた」
エルフ「そうですか…… 先生もそう仰ってました。このままではいずれエルフは滅びるんじゃないかって」
エルフ「ちなみにエルフが全て死に絶える、というわけじゃなくてエルフという集団で生きていけないということです」
男 「大丈夫か、その先生?多分だけどその考えは一般的なエルフの考えじゃないだろ?」
エルフ「ええ、このことは私以外誰もいないところでお話ししましたので」
男 「それならいいや」
弓使い「キャアッ!?」
エルフ「ともあれ、私と先生はエルフは人間との共存を考えるべき段階に来たと、ほへ?」
弓使い「ちょ、ちょっと!オウギュ!メタランテ!!」
男 「あの子の声だな」
エルフ「何かあったんでしょうか?何かに襲われたんでしょうか!?」
男 「見に行ってみよう。ああ、その前に君の荷物を持って、あと俺より先に行ってくれ」
126: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:46:42.09 ID:0/G1P+FM0
エルフ「――――大丈夫!?何があったの?」
弓使い「あ、良かった。あの子に私の荷物を盗られてしまったの!」
子 猿「ウキャッキキィー」
エルフ「まぁ、かわいい」
弓使い「同意だけど言ってる場合じゃないわ。弓もあの子が持ってるしすばしっこくてつかまえられないの」
男 「よし、ならあの子猿から荷物を奪い返せばいいんだな」
弓使い「きゃっ!?……どうして後ろを向いておられるので?」
男 「フッ、助けを求める乙女の悲鳴を聞いて駆けつけたものの、問題解決後に自身の裸体を見られたことへの羞恥から乙女の手痛い一撃を被る……」
男 「そんなトホホでベタな展開は避けたいのでね!!」
弓使い「……はぁ」
男 「というわけでその子に君の着替え渡しといて。俺はあの小生意気な猿をば……」
子 猿「キィ?」
エルフ「あの、その構えていらっしゃる弓でどうされるおつもりで……」
男 「決まってる、風穴を開け…… る!」
子 猿「ウキャァーッ!?」
127: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:48:50.15 ID:0/G1P+FM0
男 「……とまぁ、俺の殺気を感じて逃げたんだろうが狙いは最初から荷物の方なんでね。鞄に穴空いたけど勘弁してくれよ」
弓使い「いえ、構いません」
子 猿「キーッ!キーッ!」
男 「あれ、コイツ逃げないのかね?あ、ちょ、これはお前のじゃねぇんだから、こら、わぷ…… 顔面はやめろ」
子 猿「ウキャーッ!」
男 「大人しくしろって…… で、子猿がいるってことは近くに親猿、そして群れがいるってことか」
エルフ「もしかしてこの子が囮になって群れが私たちの荷物を狙ってたんじゃ!?」
男 「荷物なら持ってきてるだろ。そんなトホホでベタな展開は避けたいのでね!!」
子 猿「キキッ!!」
弓使い「はぁ…… とりあえずはありがとうございます」
男 「いいのいいの。っと、そうだ、ちょっとコイツに聞いてくれないか?」
エルフ「なんでしょう?」
男 「確かこの種類の猿の生息域は隣国で、大人の猿なら兎も角子猿がいるってのはおかしいんだ」
弓使い「なるほど…… キーキーキキー」
子 猿「ウキュ」
128: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 18:52:46.14 ID:0/G1P+FM0
弓使い「母親に連れてこられた、よくわかんない」
エルフ「ということみたいです。母親猿を探して聞いてみますか?」
男 「いや、結果的に子猿を捕まえてる状態だし明らかな敵対行動してるわけだから話なんてできないだろ」
エルフ「それもそうですね……」
男 「ま、母猿がここまで来てるってんならお隣の治安は相当アレらしいな」
弓使い「そのようですね」
男 「君らの言う西の森…… どうなってんのかね?」
エルフ「それを確かめに行くんです」
男 「だな。ほれ、お前もお帰りよ」
子 猿「ウッキャーッ!!」
男 「わぷ…… 顔はやめろって」
母 猿「ギャオギャオッ!!」
男 「おっと…… ほれ、お母さんも心配してるみたいだし」
子 猿「・・・・キャッキャッ」
男 「大きくなれよー」
130: >>129様 なんででしょう?閊えしか聞き取れなかったんじゃないでしょうかね?(適当) 2016/08/05(金) 19:23:37.97 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「さて、国境も眼と鼻の先になったわけだが……」
エルフ「いよいよですね…… 森の声が少し聞こえてきます」
弓使い「大分近づきました…… 目的地はまだ先ですが」
男 「川を境にしているから必然的に川を渡らなきゃいけないんだが、橋がかかっているところは当然狙われる」
弓使い「かといって浅瀬の辺りでは亡命者などを狙う野盗が潜んでいる可能性が高い……」
エルフ「ということは…… どういうことですか!」
男 「どうもこうも、普通なら渡らないところを渡るってことだ」
エルフ「普通なら渡らないということは……?」
男 「まぁ、深かったり流れが速かったり?」
弓使い「危険ですね」
男 「でも、行かなきゃならないんだろ?」
弓使い「はい」
男 「もう少し上流に行こう。ここらはまだ野盗の目がありそうだ」
131: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 19:27:52.62 ID:0/G1P+FM0
男 「――――と、いうわけでここから国境を越えます」
エルフ「……流れ、速い。それに深いですね」
男 「また流されそうか?」
エルフ「い、いえ!今回は大丈夫です!!」
男 「それならいいや。ま、まずは対岸の無事を確認しますか…… っと」
弓使い「弓、ですか?」
男 「鉄砲は音がデカいからな。音でそういう連中を招き寄せてしまうかもしれん」
弓使い「テッポウは音が出るんですか?」
男 「ああ。さて、あの辺とあそこら辺が怪しいよなぁ…… とりあえず2・3発撃ってみて」
弓使い「人の気配や物音は聞こえませんが?」
男 「いや、息を潜めて隠れてるかもしれないし念のために」
エルフ「……反応ありませんね」
男 「これなら渡っても大丈夫、かな?」
弓使い「今は大丈夫でもこれからどうなるかはわかりません。急ぎましょう」
132: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 19:30:16.73 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「ふぅ…… 無事密入国成功。玉薬も濡れてないな」
弓使い「荷物も一つも流されずに済みました」
エルフ「シャウペシィ、ペントゥルルノーマスーワラヴィ……」
男 「今なんて?謝ってたっぽいけど」
弓使い「縄を括り付けるために矢を刺した木に穴をあけてごめんなさい、と」
男 「ああ、それはすまん……」
エルフ「この程度はかすり傷にも入らんよ、って許してくれました」
男 「寛大な木でよかったな。さて、んじゃさっさと着替えるか」
弓使い「そうですね。濡れたままでは水の跡でつけられるかもしれませんし」
エルフ「じゃあ人間さん、ちょっと離れてて……」
男 「あー、悪いけど、そういうわけにはいかん」
エルフ「ええっ!? ……み、見る気ですか!?」
男 「いやいや、今離れるのは危険なんだって」
134: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 19:35:16.33 ID:0/G1P+FM0
弓使い「確かに野盗の類が潜んでいる可能性がある以上、あまり離れて行動するのは危険ですね。ですが」
エルフ「ですが!ですがです!!」
男 「後ろ向いてるし絶対に着替えてるとこは見ない。見てもいいなら見るけどな」
エルフ「いいわけないでしょ!!」
男 「ですよなー」
弓使い「それに今さら何を言ってるの。貴女流されたとき裸だったんでしょ?」
エルフ「あ」
男 「げ」
エルフ「――――見てたんですか?」
男 「……見なきゃ助けられんだろ」
エルフ「そう言えば意識を取り戻したとき貴方の服を着させられてました……」
男 「そのままってわけにもいかんだろ」
エルフ「……触ったんですか?」
男 「触らずにどうやっへぶっ!?」
弓使い「いいのが入りましたね、顔面に」
135: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 19:37:47.80 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「で、この国で初めて迎える夜です」
弓使い「そうですね」
男 「ホントは火を起こすところなんだけどねー、今ここは猛獣より性質の悪いのがうじゃうじゃいてねー」
弓使い「焚き火なんてここにいると教えているようなものですから、正しい判断だと思います」
男 「どうも」
エルフ「それにしてもやっぱりこの国は不穏みたいですね。木々がずっとざわめいてます」
弓使い「そうね、それに嫌な臭いもします…… 準備はできましたか?」
男 「ああ、いつでも行ける」
弓使い「数は…… 十二、三」
男 「いや、十五はいる」
弓使い「……合図したら走るわよ」
エルフ「わかってる」
男 「それじゃまずは一発!」
136: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 19:40:31.27 ID:0/G1P+FM0
野盗イ「ぐぁああああーーーーっ!!!」
エルフ「すごい音」
弓使い「命中したようですね」
男 「今のは警告だ!次からは脚じゃなく頭にぶち当てて容赦なく殺す!!いや、心臓もありか?死にたくないならさっさと立ち去れ!」
野盗ロ「そいつぁこっちの台詞だぜ!女と荷物を置いてきゃ命は助けてやるよ!!」
男 「やなこった!!」
弓使い「今よ!走って!!」
エルフ「ええ!」
男 「あそこを突っ切る!走れ走れ走れぇ!!」
野盗ロ「逃がすかぁっ!!」
男 「そこを何とかお願いします!」
野盗ロ「ぎぃやぁあああっっ!!!」
弓使い「右!」
野盗ハ「かひゅっ……」
エルフ「あっ、つっ…… 二人とも凄いなぁ、全部命中」
137: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 19:42:55.00 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「はぁ、はぁ…… あれだけ射って、これだけ走ればもうついて来てないだろ……」
弓使い「そ、そうですね…… もう足音は、聞こえ、ません……」
エルフ「は、はい…… 私も、何も……」
男 「獣の気配も、なさそうだし…… 少し、休んでいこう……」
弓使い「そう、ですね……」
エルフ「はぁあ〜〜…… それにしてもすごい音でしたね、そのテッポウ」
男 「ああ、音だけじゃなく威力も凄い。弓とか弩なんかよりも余程殺すことに特化してる」
弓使い「……実に人間らしい武器ですね」
男 「そう?」
エルフ「それに人間さん、弓もお得意だったんですね!」
男 「ああ、昔はこっちが主武装だったな」
弓使い「鷹の目、でしたか?そう呼ばれてた頃のことですか?」
男 「……ちょっとその呼び方はやめてほしいかな。若気の至りなもんで」
138: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 19:47:30.07 ID:0/G1P+FM0
エルフ「……は、あ……」
弓使い「どうしたの?少し様子がおかしいみたいだけど」
エルフ「うん、さっき走った時に枝か何かで怪我しちゃったみたい」
男 「ホントに枝か?ちょっと傷口見るぞ」
弓使い「毒草だったら厄介よ」
エルフ「……ここです」
弓使い「ちょっと、これ枝とか葉っぱにに引っ掛けた傷じゃないわ」
男 「だな。悪い、ちょっと吸うぞ」
エルフ「え、吸うってきゃあっ!?」
男 「プッ…… まずいな」
エルフ「血なんて不味いに決まってます!」
男 「いや、そうじゃなくて」
弓使い「やはり矢傷……」
男 「ああ、あと吸いだせるだけ吸い出してみたが少し舌が痺れる感じがした。鏃になんか塗られてたんだろうな」
弓使い「毒ですか!?」
139: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 19:50:17.20 ID:0/G1P+FM0
男 「いや、痺れ薬だろう。昔飲まされた奴と味と感覚が似てる」
弓使い「昔に?」
男 「あと女を置いていきゃ命は助けてやる、って言ってたし最初から殺すつもりじゃなかったろ」
弓使い「殺すつもりはなかったって、あれだけ矢を射かけておいてですか?」
男 「野盗の最大の狙いは荷物、金目の物だからな。矢が刺さって死んだら死んだで放置、生きてたなら生きてたで薬が回ったところで捕まえるのさ」
男 「男だったら身包み剥いでから殺して、女だったら身包み剥いでお楽しみ、そんで殺すか売っ払うかってとこだ」
弓使い「だから死の危険性はないと……」
男 「だが、この薬は本気でほとんど動けなくなる。そろそろ効果が出てくるだろうし、動けない彼女を担いで移動するとなると確実に歩みは遅くなる」
男 「で、その足の遅くなった獲物を身軽な格好をした尾行役が素早く追いかけてくる。マズイ状況だ」
エルフ「ごめんなさい……」
男 「謝るのは野党に追い詰められて絶体絶命になってからな」
弓使い「……このままここで休むのは危険では?」
男 「ああ、多分血の付いた矢とか跡とか見つけてるだろうし、間違いなく俺たちを探そうとはするだろうな」
弓使い「行きましょう。少しでも距離を稼ぎませんと」
男 「そうしよう。あと、休む時間も少し減らして場合によっちゃ徹夜も覚悟しないとな……」
140: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 19:54:18.30 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
弓使い「ねぇ、大丈夫?」
エルフ「あい、しょ…ふっ……」
男 「しばらくは無理だな。2・3日は抜けないし、人間とエルフの違いもあるだろう」
弓使い「この近くに薬草があれば……」
男 「探すのに時間を取られるのは惜しい。それにこの薬は変態が調合して作った人工ものだ。薬草じゃ効き目は薄いだろう」
弓使い「そんな!]
男 「解毒剤もなかったな。俺も効果が切れるまでピクリとも動けなかった」
弓使い「なんてものを…… ごめんね、もう少し頑張って」
エルフ「あぅ……」
男 「……そろそろ変わるよ。周囲の警戒は任せた」
弓使い「承知しました」
エルフ「…め、さい……」
男 「はいはい、謝るのは後でいいから」
141: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 19:57:11.83 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「……おい、ここらで一旦休もう」
エルフ「ふえ……?」
弓使い「いえ、まだ行けます」
男 「日が落ちてからもう大分経った。これ以上は危険だ」
弓使い「ですが」
男 「ですが、だ。少しでも休まないと疲労が蓄積してくる」
弓使い「でも」
男 「溜まった疲労は集中を奪う。切れた集中は敗北を呼び込む。そう教わったし実際そうだ」
弓使い「……わかりました」
男 「まったく、逃げる方は不利だよな。追いかけてくる方は楽なのに」
弓使い「猟師の貴方が言うと説得力がすごいですね」
男 「まぁね、追いかけてくる方の考えはよくわかる」
弓使い「さて、どこか休むのにいい場所はないでしょうか」
142: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:00:04.13 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「ん……?」
男 (枝を踏む音…… 野盗じゃないな、不用心すぎる。つまり獣の類…… 大きさからして猪、熊?)
???「・・・・スフゥー」
男 (息が荒い?それに歩調が速い…… 普通じゃなさそうだ)
???「グゥゥウ・・・・」
男 (――――熊、か…… 何事もない夜を期待してたんだがなぁ)
弓使い「……すぅ」
熊 「ゥルルル・・・・」
男 (手負い…… 野盗にでもやられたか?)
熊 「・・・・・・・・」
男 (結構な深手だ。ほっといてもその内死ぬだろうが…… 楽にしてやるべきか?)
男 (いや、駄目だ。銃声を聞きつけてまた野盗が来るかもしれんし、この子たちが殺生は嫌がるだろうし)
熊 「グフゥ・・・・」
143: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:01:52.55 ID:0/G1P+FM0
男 (こっちにさえ向かって来なけりゃいいか……)
熊 「・・・・・・・・」
男 (おいおいマジか、こっちに向かってくるかよ)
男 「おい、起きろ。起きてくれ」
弓使い「……どうされました?」
男 「手負いの熊がこっちに向かってる。気付かれないようにここを離れるぞ」
弓使い「待ってください、動物の気配なんてしませんよ?」
男 「まだ距離があるからな」
エルフ「どして…でふ……?」
男 「大分喋れるようになってきたな?ああ、手負いの理由はわからん」
弓使い「助けられませんか?」
男 「いや、普通に考えて無理だろ」
弓使い「私たちは人間と違って動物の心を通わせることができます。人間には無理でも」
男 「手負いの獣ってのはそういう次元じゃない。特にもうすぐ死ぬって時はな」
弓使い「……ケガをしているだけですよね?」
144: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:05:14.21 ID:0/G1P+FM0
男 「ああ、君らのいた世界には死にかけた獣はいなかっただろうな。あれは人間にやられてる」
弓使い「人間は熊まで食べるんですか!?」
男 「場合によってはな。基本的には作物を守るために追い払うくらいだが、この国の情勢を鑑みるに……」
弓使い「食べるために、殺そうとした?」
男 「野盗が自分たちの安全確保のために始末しようとした、ってのもあるか」
弓使い「自分勝手な都合で……」
男 「兎に角、今のあの熊は凶暴だ。見つけられたら殺すか殺されるかしかない」
エルフ「れも……」
男 「これ以上は問答無用。行くぞ」
弓使い「……わかりました」
熊 「グゥ・・・・」
男 「……あん?」
弓使い「どうされましたか?」
男 「おいおい、嘘だろ……」
弓使い「こっちに向かってきているんですか?」
145: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:06:21.81 ID:0/G1P+FM0
男 「ああそうだ」
男 (どうする?偶々こっちに向かってきているだけならゆっくりここを離れればやり過ごせるはずだが、狙いを完全に俺たちに定めているとしたら?)
弓使い「こっちに来るというのなら、一度話してみます」
男 「だから何言ってる。無理だ、無理なんだよ」
弓使い「熊の足は私たちよりも余程速いです。逃げられるはずもありません。それなら」
男 「無理だって…… くそ、鉄砲は音で嗅ぎ付かれるから使いたくなかったが」
エルフ「だめ、れす…!」
男 「こっちの台詞だよ」
熊 「グァァァアアッ!!」
エルフ「なっ……」
弓使い「……ひっ」
男 「だから無理だって言った!くそっ!!」
エルフ「だ、だめ!」
男 「くっ、手をどけてくれ!みんな殺されるぞ!!」
熊 「グォォオオオッ!!?・・・・オオゥ」
146: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:09:44.73 ID:0/G1P+FM0
男 「……よくやってくれた」
弓使い「はーっ、はーっ、はーっ」
エルフ「ど、して……」
男 「さっきから言ってるだろ。残念だが手負いの獣と出会ったからには殺すか殺されるかだって」
エルフ「れも……」
男 「じゃあ聞かせてくれ。あの時あの熊は何を思っていたのか」
エルフ「しょれは……」
男 「痛い、怖い、憎い、とかだろ」
エルフ「……はい。れも、ろ、して?」
男 「心が読めたわけじゃない。今まで見たり聞いたりした経験から分かっただけだ」
男 「命の危機には言葉は当然として想いすら伝わらないことがあるもんなんだよ。助けたかったのに、殺すしかなかったなんてこともな」
エルフ「れも……」
弓使い「そうよ、貴女も見たでしょ?あのバスガンの心を」
弓使い「全身を貫く傷の痛みに震え、迫り来る死の恐怖に怯え、自らを傷付けた者たちへの憎しみと怒りに溢れた、真っ黒な心を」
エルフ「あう……」
147: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:12:52.51 ID:0/G1P+FM0
弓使い「あのバスガンにはもうエルフと人間の区別はついていなかった。人間の形をしたものを全て敵と捉えていた」
弓使い「私たちの心はバスガンには届かなかった。そして私たちには使命があってここで死ぬわけにはいかなかった……」
エルフ「だかや……?」
弓使い「ええ、だから殺したの」
男 「それにあの傷ならもう熊は助からなかった。可愛そうかもしれんがあいつの死に俺たちも付き合ってやる必要はない」
エルフ「えも……」
男 「でもじゃない。エルフのためにも君たちは西の森を調査して帰らなきゃならないんだろ?」
弓使い「ええ…… 確かに私たちはここで旅を終えるわけにはいきませんでした。エルフの未来のために死ねない、と」
弓使い「でも、それはエルフという大きな個を守るために、エルフがこの先も生きていくために殺したということなんです」
弓使い「エルフの未来のために、エルフという個の利のために……」
男 「ああ、だから君は間違っちゃいない」
弓使い「でも、本当は違うんです!エルフのためだなんて大義名分を振りかざして私は!私は……」
弓使い「お為ごかしなんです!ほんとは私、バスガンの心を見たときとても怖かった、恐ろしかった、殺されると思った」
弓使い「殺されるって感じたとき、私は死にたくないって思った。死にたくなかったから弓を手に取ったの」
弓使い「使命だとかそんなのじゃなくて、私は!私は…… ただ死にたくなかったから……」
148: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:14:03.09 ID:0/G1P+FM0
男 「…………」
弓使い「……結局利己的なんですね、エルフも。いえ、私が利己的だったんです」
男 「生き物ってのはみんなそういうもんさ。それに、そのことが君の全てじゃないだろ?」
弓使い「……ええ、貴方の言う通りそれが私の全てではありません。そのはず、です」
男 「…………」
エルフ「…………」
弓使い「……イルルヤンカシュ、ワスピーネントゥ−ククカムアーンゲヴチャチャッカ」
エルフ「……ナァム、ナァムクエルシシィ」
弓使い「コルキオテンサオルトデンファンスネルアフィ?ドームリタカスガヤシワワ?」
エルフ「スィール、ピルオルコムノノノレイク」
弓使い「……フェリティトゥ」
男 「……終わった?」
弓使い「はい。ですが、とても疲れました……」
男 「もう休もう、と言いたいところだが熊の血の跡を追って誰が来るともわからん。もう少しだけ先に進もう」
弓使い「了解です……」
149: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:16:11.76 ID:0/G1P+FM0
男 「が、その前に……」
エルフ「?」
男 「よいしょっ、と」
弓使い「待ってください、一体何を!?」
男 「ホナビラキだ。心の臓を取り出して山刀で十字に切る」
弓使い「なんでそんなひどいことを!」
男 「これは先達から教えてもらった儀式だ。こうすることで自然に獣の魂を返すんだ」
男 「本当なら自然で生まれ自然で死ぬ獣の命を横から奪ったんだ。そのままじゃ山に帰れないからこうするんだとさ」
弓使い「魂を返す……?」
男 「本当はもっといろいろとやることがあるんだが、今は急がなきゃならないし仕留めた理由もまた違う」
男 「自己満足かもしれないが、これが命を奪うことへの贖罪と感謝なんだと思う」
エルフ「…………」
男 「此の森の主の御名は存ぜぬも畏み畏み申す。この地にて頂戴した主の子の御霊を御返し致す。どうか恨みを忘れ静まりたまえ……」
弓使い「…………」
男 「……行こう」
150: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:17:28.22 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
エルフ「すぅ…… すぅ……」
弓使い「…………すぅ」
男 「ま、あんなことがあったんじゃそりゃ疲れるわな」
男 (さて、あの亡骸の様子を見てそう遠くには行ってないと気づいてくれたか……)
男 (先遣隊、というには頭数が少ないな。二人組が二組、こっちに近い方はもうちょいでここに来るな)
男 「……やりますか」
野盗ニ「……そろそろ近いぞ」
野盗ホ「ああ、あれだけの熊と殺り合ったからにゃあともすれば満身創痍だ。そんなに遠くまで行けるはずもねえ」
野盗ニ「それに痺れ薬を塗った矢が掠めた奴もいる。尚のこと逃げられんよ」
野盗ホ「あの別嬪どもは先に味見しておきてぇなぁ。ダチを遣られた恨みもあるし」
野盗ニ「襲うのは本体が合流してからだ。奴らの腕前は仲間の死を以て十分に理解したはずだが?」
野盗ホ「ヘイヘイ……」
151: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:30:02.52 ID:0/G1P+FM0
野盗ニ「…………むっ?
野盗ホ「どうした?」
野盗ニ「今あそこの枝が動いた。それに葉と何かが擦れる音もした」
野盗ホ「猿かリスとかその辺じゃねーのか?まぁ、確かめてみるけどよ」
野盗ニ「頼む。もしかしたら我らを待ち伏せて樹上から矢を射かけてくるやもしれん」
野盗ホ「心配し過ぎだっつーの。どれどれ……っと、おい、何もいねーぞ」
野盗ニ「…………」
野盗ホ「おい、何でだんまりだよ」
野盗ニ「…………」
野盗ホ「おい、まさか奴らを見つけたのか?」
野盗ニ「…………」
野盗ホ「んなっ、あぁっ!し、死んでやがる!矢…… あそこから撃ってきやがったのか!?」
男 「――――此の森の主の御名は存ぜぬも畏み畏み申す」
野盗ホ「かひゅっ……」
男 「彼の地を血で穢すこと、どうか許したまえ……」
152: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:32:32.98 ID:0/G1P+FM0
男 「さて、残った二人はどうするか……」
男 (矢の射程範囲には入ってるが、夜の帳ン中じゃ流石に距離が開き過ぎてる…… 音を頼りにしても)
男 「ま、駄目元で一発撃ってみるか。一番高い木は……っと」
男 (さて、風は向かい風。でも当てられない程じゃない。視認は…… 暗すぎて無理)
男 「足音は…… 風に乗って下にいた時よりははっきり聞こえる。いけるな」
男 (鷹の眼なんざ呼ばれていたが、実際は兎の耳だね)
男 「後は枝が射線を遮ってなきゃ…… いいが!」
男 「……何かが落ちたか倒れたような音、その場から離れていく小刻みな音」
男 「音はこちらに向かってきていない…… 一は人仕留めて一人は逃げた、か」
男 (ま、仕留め損なった方にしても3人殺られてるのを見りゃ追いかけようとはしてこないとは思うが……)
男 「よっ…… っと」
男 「だが、確認はしておくべきだな」
男 (鏃に毒は塗っといたし放っといても勝手に死ぬだろうが)
153: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:34:24.37 ID:0/G1P+FM0
野盗ニ「…………」
野盗ホ「…………」
男 「よ、っと」
野盗ニ「…………」
男 (鉈を打ち込んでも反射以外の反応は無し。こいつらは死んでるな)
男 「――――で、コイツだ」
野盗ヘ「お、おお…… 戻ってきてくれたのか?血が、血が止まらねぇんだ……」
男 「……仕留め切れてなかったか」
野盗ヘ「んあ…… その声、誰だ?」
男 「アンタに刺さってる矢の持ち主だ。で、まだ死んでないなら聞きたいことがある」
野盗ヘ「答えたら…… 助けてくれるのか?」
男 「いや、矢に塗ってあった毒のせいでアンタはもう助からん」
野盗ヘ「へっ、じゃあ答えても無駄じゃねぇか……」
男 「そうだな、答える意思はないと見た。さっさと死なせてやる」
154: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:35:52.11 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
弓使い「――――――――ん」
男 「お、起きた」
弓使い「……おはようございます」
男 「おはよう」
弓使い「……もしかして寝ずの番を?」
男 「うん」
弓使い「……すいません」
男 「いいっていいって」
弓使い「太陽は…… 顔を見せ始めたくらいですね」
男 「ああ、そろそろ出発だな。あんまり長居してると連中に追いつかれるかもだ」
弓使い「ほら起きて、出発よ」
エルフ「ぅん…… うぁい……」
男 「よし、行くぞ」
155: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:37:53.59 ID:0/G1P+FM0
エルフ「ん、うぅ……」
弓使い「どう?」
エルフ「うぅ、うん、だいぶうごけうよーになりました」
男 「呂律はあやしいな」
弓使い「歩ける?」
エルフ「うん…… はれ?」
弓使い「ちょっと!?……もう、危なっかしいわね」
エルフ「しゃしゃえてもらったあ、あゆけます……」
男 「……昨日のように担いで行こう」
エルフ「ふぇ?」
弓使い「そうですね」
エルフ「……あい」
男 「じゃ、まずは俺が担ぐということで」
エルフ「おねあいしまふ……」
弓使い「では、右手の警戒はお任せください」
156: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:40:03.14 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
弓使い「――――追手はどの辺りまで来ているんでしょうか?」
男 「さて、近くにはいないと思うが……」
男 (多分もういないだろうが緊張感を無くしたらやばいしなぁ…… 他の奴が出て来ないとも限らんし)
弓使い「そうですか、まだまだ注意を怠ってはいけないということですか……」
弓使い「見えない敵に追いかけられている、というのがここまで消耗させるとは思いませんでした」
男 「だからこそ休めるときには休まないとだ」
弓使い「貴方がそれを仰いますか」
男 「大丈夫だよ、仕事柄体力は多いんでね」
弓使い「ほんとですか?」
男 「本当だとも」
エルフ「……しゅこし、かわっは?」
弓使い「え?」
エルフ「うぅん、なんれもない……」
157: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:41:34.52 ID:0/G1P+FM0
男 「おっと……」
弓使い「雨、ですね。どうしますか?」
男 「雨は体力を奪う。どこか雨宿りできるところを探すぞ」
弓使い「了解です」
男 (……素直に言うこと聞くようになったなぁ)
弓使い「何か?」
男 「いや、特に何もしてないが」
弓使い「そうですか?さっきのこの子といい私に何か言いたいことがあるのではないですか?」
男 「言いたいというほどのことじゃないが」
弓使い「含みのある言い方ですね。何が言いたいんでしょうか?」
男 「言われて嬉しいことじゃないだろうけど…… なんか君、変わったよな」
エルフ「うん……」
弓使い「そう、ですか……?いえ、そうですね。少し、自棄になってるのかもしれません」
男 「自棄?」
弓使い「ええ……」
158: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:43:26.72 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「――――しかし、えらく降るなぁ。ありがたいけど」
弓使い「はい、雨は草や木や森を育んでくれますから」
男 「いや、そういう意味じゃなくて」
エルフ「はい?」
男 「匂いとか足跡とかそう言った痕跡を全部洗い流してくれるからだよ」
エルフ「ああ……」
男 「これで追いかけてきてるだろう連中も俺たちを見失うってわけだ」
男 (3人始末したし、まぁまず近くにはいないだろうが)
男 「普段なら獲物を見失うから感謝なんてしないけどな」
弓使い「…………」
男 (……マズった)
弓使い「……普段はどんなことをされてるんですか?」
男 「へ?」
159: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:46:02.00 ID:0/G1P+FM0
弓使い「なにか?」
男 「ああ、うん、そうだな……」
弓使い「……おかしいですか?私からこんなことを聞くのは」
男 「いや、まぁ、その」
弓使い「……実は、旅の道中で貴方を見極めると言っておきながら私は何も見ていませんでした」
弓使い「人間に情を絆されてはいけない。エルフを物のように扱う連流のことなんて知りたくもない…… ずっとそう思っていましたから」
弓使い「でも、先生にご指導いただいていた時から人間に興味が湧いていたのも事実なんです。良くないことだと感じていましたが」
弓使い「敵を知ることは大事ですが、それに惹かれてはいけない。あなた方人間と我々エルフは全く違うもので、相容れてはいけないものだと信じていましたから」
男 「…………」
弓使い「自棄になってるんですよ。違う違うと思ってた人間と、根っこのところは結局一緒だったなんて……」
弓使い「――――だから、色々と貴方のことを聞こうと思いました。これからは人間について知りたいこと、全部聞いていこうと思います」
弓使い「私はもう、正しきエルフじゃありませんから……」
エルフ「そんなころ、ない…… そんらころないよ……
弓使い「フェリティトゥ、お世辞でも嬉しいわ」
男 「そこまで捻くれるのもどうかと思うが、俺の話で良ければ……」
160: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:47:52.42 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「結局朝まで降ってたな」
弓使い「ですね」
男 「あの子の様子は?」
エルフ「ふっふっふ…… お待たせしました!」
男 「お?」
エルフ「私、完・全・復・活・です!!さぁ、一気に遅れを取り戻しますよ!!!」
男 「はしゃぐな」
エルフ「あぅっ」
男 「動けるようになっただけでまだ完全に抜けたわけじゃないかもしれん。余計な体力は使うな」
弓使い「では、今までよりも少し遅いくらいで進みますか?」
男 「そうしよう。今日一日この子の様子を見ながら明日からどうするか考えるよ」
エルフ「むー」
弓使い「むくれてないで出発の準備しなさい」
161: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:52:27.30 ID:0/G1P+FM0
――――――――――
―――――
―
弓使い「――――この森の切れ目の先、そこが私たちの言う西の森です」
エルフ「でも、ここまで来たのに森の声が少ししか聞こえない……」
男 「そうか……」
男 (しかし、予想に反してあれから野盗に遭遇することはなかったな…… で、森の声とやらはほとんど聞こえてないと)
男 (なぜ野党がいないのか、森の声云々が聞こえないのか。多分、この二つは繋がってる)
男 (野盗ってのはそもそもは仕事がなくなって仕方なく物取りに身を窶した連中がほとんどだ)
男 (逆に言えばそいつらは食い扶持が稼げるなら野盗を続ける必要がないってわけで、その食い扶持ってのが恐らく…… 森林伐採)
男 (木材が大量に必要になったか、木を切り倒した後の土地が欲しいのか、そこに何かが埋まってるのかはわからんが)
男 (いや、傭兵って筋もあるか?なんせ噂じゃ戦争を仕掛けようとしてる連中がいるらしいし……)
弓使い「どんなことを言ってるの?」
エルフ「かすかにしか聞こえないけど…… 痛みと…… 悲しみ……」
男 「痛みと悲しみねぇ、面白くはなさそうだ」
男 (どっちにしろ、森が無事ってことはないな)
162: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 20:59:21.49 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
エルフ「かなり森の中心に近づいてきました。そろそろ西の森を司るワリャリャシアクスフリが見えるはずですが……」
男 「わりゃりゃしあくすふり?」
弓使い「西の森の中心にある大樹です」
男 「そうか。で、そのくすふりの声は聞こえないのか?」
エルフ「はい、ここまで近づいているのに……」
弓使い「そうね、クスフリほどの大樹であれば私にだって声を聞かせてくれるはずなのに」
男 「……やっぱりそうか」
弓使い「待って、この匂い……」
エルフ「匂い……?」
弓使い「ええ、人間の匂いよ」
エルフ「人間さんならいつも一緒にいるじゃない」
弓使い「そうじゃなくて、もっと大勢の人間の匂いよ」
エルフ「…………あ、わかった」
163: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:01:25.52 ID:0/G1P+FM0
男 「匂いはわからんが…… 人の気配なら感じる」
弓使い「その感覚は間違っていません」
エルフ「たくさんいます……」
男 「普通の森の中じゃ在り得ない人数だな」
弓使い「野盗の拠点でしょうか?」
男 「断言はできないが野盗にしちゃあ数が恐ろしく多い。その線はないだろう」
エルフ「それじゃあ一体……?」
男 「……森を切り拓いてるんじゃないか?」
弓使い「やはり、その可能性が一番高いんですね」
男 「ああ、この先も木漏れ日にしては妙に明るいしな」
エルフ「……行きましょう。この目で確かめなければなりません」
男 「油断せず行こう。見張りがいるかもしれん」
エルフ「はい!」
弓使い「ここまで来てそんな失敗、考えたくもありません」
男 「だな」
164: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:05:37.99 ID:0/G1P+FM0
男 「――――気の向こうがかなり明るい。開けた場所に出るな」
弓使い「そこに答えがあるんですね」
男 「ああ、見たくなかった答えかもしれんが」
エルフ「……確かめましょう」
弓使い「これは……!?」
男 「……予想通り、か」
エルフ「ワリャリャシアクスフリ、トゥウェルナン……!?」
鉱夫イ「……っしゃおらぁ!」
鉱夫ロ「うーし、出たぞぉ!!」
男 「……森を切り拓いて、そこからさらに何か掘り出してるようだな」
エルフ「ひどい…… 木だけじゃなくて土まで掘り返して……」
弓使い「…………」
165: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:09:12.45 ID:0/G1P+FM0
弓使い「……彼らは何を掘り出しているんですか?」
男 「ここからじゃ遠くてハッキリとわからんな…… 鉄鉱か石炭か、はてまた宝石、貴金属の類か……」
エルフ「どうしてそんなものを掘り出さなきゃいけないんですか!?」
男 「どうしてって…… 国を立て直すための手立てにするか、噂通り他国に戦争を仕掛けるための準備とか」
弓使い「どちらの線が濃厚だと思われますか?」
男 「……さてね、どうにもわからん。ただ」
エルフ「ただ?」
男 「何にせよここから何らかの資源が出続ける限り、西の森の開拓は止まらんだろう。木そのものも資源だしな」
エルフ「やめてもらう方法はないんですか?森だって生きているんですよ?」
男 「今すぐ止めさせる方法ならある。ここにいる連中を全員殺せばいい。そしたら何もできなくなる」
エルフ「ええっ!?」
男 「まぁ、土台無理な話だけどな。冗談はさておき、仮に全員殺したところでここに何かがある以上、また誰かが掘りに来るだろう」
弓使い「……そんなことをしても結局意味はない、と」
エルフ「そんな…… それなら、ここを取り仕切っている人間に相談すればなんとかならないでしょうか?」
男 「……一人二人の言葉でひっくり返せるようなもんじゃないぜ、この規模だと。他国民、異種族なら尚更だ」
166: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:23:23.02 ID:0/G1P+FM0
エルフ「大勢ならいいんですか?」
男 「その大勢ってのはエルフ全体のことか?やめとけ、まともに話なんて聞いてもらえないさ」
弓使い「それはやはり……」
男 「ああ、この国の人間ならエルフと見りゃ捕まえて奴隷にするだろうよ。男女問わず見目麗しいエルフはうちの国以外じゃ引く手数多だからな」
弓使い「でしょうね」
エルフ「な、なら人間さんの国の王様からこの国に森を切り拓くのはやめるようにお願いしていただくことはできませんか?」
男 「無理だ。こちらがそれで不利益を被っているわけでもないし、介入できるだけの理由がない」
エルフ「何か手はないんですか!?」
男 「……逆に聞くが君らは無策で西の森を調査しに来たのか?」
弓使い「……病気といった人間の手によるものでなかった場合の対処法は幾つかありました」
男 「人間の手によるものだった場合の策は?」
エルフ「……ありません」
弓使い「あくまで原因の調査が主目的でしたから」
男 「まぁ、たった二人でできることなんて限られてるか……」
エルフ「面目ありません……」
167: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:26:51.48 ID:0/G1P+FM0
男 「……国に帰れば何か手立てはあるのか?」
エルフ「えーっと、それは……」
弓使い「……断言はできません」
男 「そうか……」
エルフ「…………」
弓使い「…………」
男 「――――ここにいてもしょうがない。戻ろう」
弓使い「……はい」
エルフ「…………」
男 「こいつは俺たちだけじゃどうにもならない問題だ。悪いができることは何もない」
エルフ「……そう、ですね」
弓使い「里に戻るわよ。今回のことを報告して、これからどうしていくか決めないと……」
エルフ「うん、どうにかしていかなくちゃ」
男 「じゃ、俺がついて行ってもいい場所までは荷物持ちはさせてもらう」
弓使い「よろしくお願いします」
168: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:29:43.69 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
エルフ「…………」
弓使い「…………」
男 (二人、でいいのか?とにかく二人とも全然元気がないな。まぁ、あんなことがあればしょうがないか)
男 (あの結果を全く想像してなかったわけじゃないだろうが、彼女たちが考え付く限りで最悪の結果だったろうしな)
エルフ「…………」
弓使い「…………」
男 「……なぁ」
エルフ「はい?」
男 「改めて聞くが、森が無くなるとエルフはどうなるんだ?」
エルフ「……私たちは森と共に生きています。森が力を失うということは、私たちも力を失うのと同じなんです」
弓使い「最悪の場合、種族の繁栄に関わることになります」
男 「ちなみにわざわざ調査しに来たってことはここにはもともとエルフは住んでないんだよな?住んでるなら何かおかしなことがあれば連絡が来るはずだしな」
エルフ「はい、この森にはエルフはいません」
169: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:32:18.49 ID:0/G1P+FM0
男 「じゃあどうして西の森が力を失うことがエルフの繁栄に影響を与えるんだ?隠れ里がなくなってエルフの数が減るってわけじゃないんだろ?」
エルフ「それは……」
弓使い「……その影響は私たちの生殖能力に及ぶんです」
男 「ぶふっ…… 生殖能力ぅ?」
エルフ「ちょ、ちょっと……」
弓使い「かつてエルフが最も栄えていた時期と比べて、今の私たちが紡げる新たな命の数は大幅に減少しているんです」
弓使い「ハッキリとした原因はわかっていませんが、当時と比べて森が減ったせいではないかと考えられています」
男 「へぇ、そんなことが…… しかし、どうして森が減ったからって話になるんだ?
エルフ「……それは、そのぉ」
男 (なに?きいちゃいけないかんじ?)
弓使い「私たちの祖先は森から生まれたと言われています。ですから、私たちの出生には森が影響しているのでは?という話があります」
男 「森か…… つまり、それはこの西の森に限ったことじゃないと?」
エルフ「はい…… どこの森でも同じです」
男 「……マズイな。だったら問題はここだけじゃない」
エルフ「え?」
170: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:35:39.01 ID:0/G1P+FM0
弓使い「……他の土地でも同じようなことが起きていると?」
男 「いや、今現在はどうなっているかはわからんが、いずれはそうなるだろうな」
エルフ「全ての森に人間にとって有用な何かが埋まっているのですか?」
男 「埋まってなくてもいいさ。木がだって立派な資源だ。それに森を切り拓けば人間の住める土地が増えるしな」
男 「人間の数はずっと増え続けている。これから先、より多くの生きていく場所を手に入れるために森はどんどん減らされる」
男 「土地さえあれば畑ができる。畑ができれば食い物が作れる。切った木だっていろいろと使えるしな。燃料、建築、小物……」
エルフ「森を…… 人間は自然を守ろうとは考えないんですか?」
男 「多分考えない、な。何しろ森はたくさんある。数が激減してからようやっと保護を考えるんじゃないか?今までの歴史からして」
男 「ま、君らも知ってると思うだろうが人間なんてそんなもんだ。使えるものは何でも使う、豊かな生活のために資源の消費を惜しまない」
エルフ「……人間さんの国も、そうなんですか?」
男 「ああ、いつぞや話した紡績機とかだって木が原料らしいし」
エルフ「それも止められないんですか?」
男 「俺からおっさんに言えば…… いや、止めさせるには根拠が足りないか」
エルフ「根拠?」
男 「そ、一時的に止めさせることは出来ても止めさせ続ける理由がない」
171: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:38:45.08 ID:0/G1P+FM0
男 「政権奪取も上手くいって世情も安定してきたとはいえ、うちの国はまだまだ国力が足りない」
男 「こう言っちゃなんだが、貴族様が支配していた時は俺たち奴隷のエサなんて少しで十分だと耕作面積は小さくても貴族共の食い扶持は賄えた」
男 「でも、現状は国民の食べる量が増えたせいで食料供給が追い付いてないんだ。貴族から溜め込んでた食料でなんとか食いつないでる」
男 「だから耕地面積の拡大は必須だ。その為には土地がいる、開墾するための農具がいる。となれば……」
エルフ「森を切り拓くしかない、と?」
男 「ああ、折角貴族様の支配から逃れたってのに食糧不足で飢え死になんざ溜まったもんじゃない」
男 「それに総飢え死にの前に弱ったところを他国に攻められてまた奴隷に、それ以下にされちまうかもしれん」
エルフ「…………」
男 「あんなのは二度とごめんだね」
弓使い「貴方も、奴隷だったんですよね……?」
男 「ああ、小さい頃は慰み者、大きくなってからは鉱奴だったよ。昔エルフの世話になったっていうのも奴隷のときだった」
男 「あの人、いや、あのエルフに読み書きとか色々教えてもらったおかげでちっとは学も身に着いた……」
男 (――――エルフに教えてもらった?)
弓使い「……どうされました?」
男 「エルフに教えてもらった…… 確か牧場の主も牧草のこととかを奴隷にされてたエルフから教わったんだよな?」
172: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:43:20.56 ID:0/G1P+FM0
エルフ「ええ」
男 「それは、そのエルフだけじゃなくてエルフならみんな知ってるのか?」
弓使い「はい、皆知っているはずです」
男 「その技術を教えてもらえたら、少ない耕地でも今以上の量が取れるかもしれないよな?」
弓使い「それこそ牧場の主殿に教わればいいのでは?」
男 「いや、主はその技術を絶対他言しないってそのエルフと約束してるし、そもそもそれじゃ駄目なんだ。君たちエルフに教わらなきゃ……」
弓使い「はぁ?」
男 「君たちエルフから農業の技術を教わる。その見返りとして俺たち人間は森の保護を進める……」
エルフ「それってつまり……」
男 「馬鹿みたいな話さ。人間とエルフの共存、同盟を結ぶんだよ。俺の国とエルフの里で」
弓使い「そんなこと、できるとお思いですか?」
男 「だから、馬鹿みたいな話さ」
弓使い「馬鹿みたい、ええ、そうですね。以前にもお話ししましたがエルフの人間への忌避感情はとても強いです。出来ると本気でお思いですか?」
男 「ああ、馬鹿げてる。全くもって馬鹿げてる。――――でも、馬鹿も突き抜けると国をもひっくり返す」
弓使い「……はい?」
173: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:45:55.71 ID:0/G1P+FM0
男 「おっさんが国をひっくり返すなんて言い出したときはみんな笑った。おっさんを馬鹿にして大笑いした」
男 「こんなに大笑いしたのは奴隷になって初めてだってくらい大笑いしたよ…… でも、俺たちはそんな馬鹿について行きたくなった」
男 「そして、おっさんは本当に国をひっくり返した。胡坐をかいてた貴族どもを蹴散らして奴隷を人間にしてくれた」
男 「おっさんは馬鹿だった、本当の馬鹿だったんだ。でも、突き抜けた馬鹿ってのはすごいんだ!すごいんだよ!」
男 「そんで幸いにもその馬鹿は今じゃ周りに推しに推されて国の王になっちまった。その馬鹿を動かしたら、馬鹿みたいな話は突き抜けた馬鹿話になる!」
弓使い「……貴方は、馬鹿なんですか?」
男 「おう?」
弓使い「貴方は、馬鹿なんですか?」
男 「おっさん程じゃないけど俺も馬鹿だ。馬鹿じゃなけりゃこんなこと考えもしない」
弓使い「……デウシィワンコルルンクナムワイシャイテン」
男 「どういう意味だ」
弓使い「……悩むのをやめた馬鹿は強い、という意味です。迷いがありませんから」
男 「どうも」
弓使い「ですが、それとは別に貴方は本当に馬鹿です。馬鹿な考えを口走るのは構いませんが、貴方はそもそもエルフと言葉を交わせるんですか?」
男 「うぐっ!?」
174: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:46:45.96 ID:0/G1P+FM0
弓使い「人間の言葉がわかるエルフはほんの少しです。エルフの言葉がわかる人間に至ってはまず間違いなくいません」
弓使い「馬鹿は結構ですが、意味の通らない言葉でわめくのは馬鹿でも何でもありません」
男 「……そうだな」
弓使い「それに何よりこの国には野盗が多いのでしょう?眼前の危険を置いておいてまだ先のことを考えるのは馬鹿ではなく愚劣です」
男 「返す言葉もございません……」
エルフ「でも、そのお話は素敵だと思います。エルフだっていつまでも隠れ住んでいられるわけでもないですし」
エルフ「だからと言って戦って勝ち取るなんてこともできないでしょうし…… 平和的解決ができるのであれば」
弓使い「まぁ、貴女と先生の考えはそうだったしね」
エルフ「え、知ってたの?」
弓使い「盗み聞きしたようなものだけどね。貴女の帰りが遅いから見に行ったら先生と貴女が話してるのを見ちゃったの」
エルフ「あう…… ほ」
弓使い「誰にも言ってないわよ。そんなこと言えるわけないじゃない」
エルフ「フェリティトゥ〜!」
弓使い「はぁ…… 兎に角!今はこの国を無事に抜け出すことを考えてください」
男 「了解」
175: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:49:08.67 ID:0/G1P+FM0
弓使い「――――ただ」
男 「ん?」
弓使い「ただ、私はこの度の中で確かな実感を伴って知りました。人間の中にもスウィルニフがいるということを」
弓使い「でも、まだ心の底から信じ切れてはいないんです。ですから、私の目も見て答えてください」
男 「お、おう」
弓使い「――――貴方は、本当に私たちエルフのために、エルフを思って動いてくれるおつもりなのですか?」
男 「ああ、二度とエルフをあんな目に合わせたくない。君たちエルフを助けたいんだ」
弓使い「――――今わかりました。どうやら私も呆れかえるほどに馬鹿だったみたいです」
男 「うん?」
弓使い「私もその馬鹿についていきたくなったんです。何せ私も馬鹿ですから」
男 「……協力してくれるか?」
弓使い「ええ、さっき仰っていたように馬鹿について行った馬鹿がいたからこそ、馬鹿を貫き通せたのでしょう?」
エルフ「私も馬鹿です。なので、その馬鹿に付き合わせてください」
弓使い「まぁ、この国を無事に抜け出すことができてからのお話ですけど」
男 「ですよね」
176: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:50:38.91 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「――――と、この辺りは」
エルフ「見覚えが?」
男 「うん、ちょっとここで待っててくれ」
弓使い「はぁ……」
男 「…………」
骸 「…………」
男 (死体は放置。となるとやっぱりあの後追跡は断念したってことか……)
男 「本拠地に戻ったとすると、川越の前にまた出会っちまう可能性は低くない、と……」
エルフ「あ、戻ってきた」
弓使い「何を確かめに行っていたんですか?」
男 「ん〜?風向き」
177: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:51:47.22 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「…………」
エルフ「どうしたんですか?」
男 「ああ、いや……」
弓使い「察しがつかない?食料が尽きたんですよ」
エルフ「何で言ってくれないんですか!?ほら、どうぞこれを食べてください!」
男 「あ、いや、それは悪い……」
エルフ「何を仰いますか!きちんと食べないとだめですよ!」
男 「いや、君らの大事な食糧だろ?俺は暫く食べなくても大丈夫だし、あと数日で国に戻れんだから今は……」
弓使い「お気になさらず、想定の日程分以上の量を持参してきましたので。ああ、味は口に合わないかもしれませんが」
エルフ「というわけです。ほら、遠慮しないでどうぞ!」
男 「……じゃあ、いただきます――――」
男 「――――うわ、なにこの騙された感じ。腹は膨れたけど、なんつーか」
エルフ「面白いでしょ?」
178: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:53:17.04 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
弓使い「――――川のせせらぎが聞こえてきました。国境付近まで戻って来たようです」
エルフ「……この辺りで野盗に襲われたんですよね」
男 「出来ればもう出会いたくないが、出会いたくないからといって出会わないってわけでもないしな」
エルフ「はい?」
男 「行ってみなけりゃわからない、ってこった」
エルフ「一瞬混乱しましたけど人間の言葉でいう『鬼が出るか蛇が出るか』ですね!」
男 「……それで合ってるかどうかは聞かないでくれよ、そこまでの学は持ち合わせてない」
弓使い「……などと、ふざけている余裕はもうすぐ無くなりそうですね」
エルフ「蛇が出ましたね」
男 「十…… いや、九、八か?」
弓使い「息遣いから察するにおおよそそのくらいかと」
エルフ「待ち伏せされてましたか……」
男 「いや、俺たちがいつ戻ってくるかわからない状況で待ってられる程余裕のある連中じゃないだろうさ」
179: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:54:52.72 ID:0/G1P+FM0
弓使い「さて、どうしましょうか?」
男 「こっちに気付いてる感じは?」
弓使い「いいえ、おそらく気づいていないかと」
男 「じゃあ、気づかれないように横を抜けていく方針で」
エルフ「了解です」
弓使い「「気づかれてしまった場合は?」
男 「強行突破」
弓使い「ですよね」
男 「ただ今回はこれも使う」
エルフ「それは?」
男 「煙幕。煙で視界を遮るの。あと強烈な匂いがしてどんな獣も尻尾巻いて逃げる」
弓使い「……バスガ、熊に出会ったときそれを使えばよかったのでは?」
男 「いや、あん時は使う意味がなかった。目眩ましやひどい匂いがしたところで手負いの獣は止まらないし、爆発音もするからな」
弓使い「そうですか……」
男 「……さて、行きますか」
180: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:56:05.26 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「――――どうか気づいてくれるなよ」
弓使い「…………」
エルフ「きゃっ」
弓使い「ザァムッ!」
男 「鳴子か!?」
野盗ト「誰だァ!!――――へっへっへ、どっかで見たことあると思ったら先日の……」
野盗チ「けけっ、ここであったが百年目ってやつかぁ?」
男 「白々しいな。追手まで差し向けといてどっかで見たはないだろう?」
野盗ト「仲間やられた恨みつらみもあるからなぁ、女と金目のものだけじゃもう駄目だ!命も置いてきな!!」
男 「疑問に思ってたんだが、その脅し文句を素直に聞いた奴っているのか?」
野盗ト「覚えてねぇなぁ…… 残らず殺してやったからなぁ!!」
男 「なんとも頭の悪そうなお返事だこと」
野盗リ「あぁん!?なんだテメェ、この状況下で挑発してくるオメェのオツムの方が心配よぉ!!」
181: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:57:21.80 ID:0/G1P+FM0
野盗ト「とまぁ、これ以上無駄なお喋りはしたかねぇ。黙って殺されちゃくれねぇかい?」
野盗チ「ああ、女の子は殺さねぇよ?お楽しみがあるからよ」
弓使い「そうですか、私たちは生かしてもらえるんですね?」
野盗チ「そうだとも」
弓使い「ふふ、お断り致します!」
エルフ「えい!!」
男 「以下同文!」
野盗ト「うぉわ!?爆弾かぁ!?」
野盗チ「いや、煙まくぅえっほっえほっ」
野盗リ「小癪なぁ!って、くっせぇぇぇえええ!!?」
野盗チ「ほげぇぇぇえええ!!?」
野盗ト「お、おぉぉおおおお――――」
男 「濡らした布を離すな!肺に入れば爛れちまうぞ!!」
エルフ「ふぁい!」
弓使い「……絶対に離しません!」
182: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 21:58:42.28 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
エルフ「……服に少し匂いが残ってるかも」
弓使い「確かに、少し不快ね」
男 「悪いな……」
弓使い「いえ、被害がこれだけ済んだのは僥倖です」
エルフ「で、この後は?」
男 「この国の関所は野盗とぐるになってる可能性が高い。また川を越えてうちの国の関所に行く」
エルフ「関所に?」
男 「関所の守備隊には昔からの知り合いがいる。事情を話せば食料や休めるところを用意してくれるはずだ」
弓使い「その方は信用しても…… いえ、信頼できる方なのですね」
男 「ああ、いつもニヤケた面はしてるけどな」
エルフ「前に仰ってたニヤケヅラさんですか?」
男 「そうだ。よし、まだ日も高い。一気に進んで今日中には関所に行くぞ」
弓使い「了解です」
183: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:00:09.12 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「……やあ」
守備兵「…………」
男 「……おーい」
守備兵「……男一人に女二人。見たところ夫婦ではなさそうだが、亡命か?商売か?」
男 「いや、どちらでもない」
守備兵「どちらでもない?じゃあ目的は何だ?返答次第では」
男 「警備隊長にお会いしたい。『鷹の目』って言えばわかるはずだ」
守備兵「鷹の目…… ま、まさか貴方があの『鷹の目』ですか!?」
男 「あー、その呼び方はやめてくれ。今そう呼ばれるのは心底恥ずかしい」
守備兵「わ、わかりました!では!隊長に取り次いで参ります!!」
男 「頼むよ」
エルフ「お知り合いって守備隊の隊長さんだったんですか」
男 「……あんまりアイツには関わりたくなかったんだけどな。ここで待っててくれ」
184: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:01:12.75 ID:0/G1P+FM0
守備兵「――――お、お待たせしました!」
男 「いや、全然待ってないけど」
隊 長「おう、鷹の目!元気そうだな!!」
男 「うるせぇニヤケ面。相変わらず声がでけぇんだよ」
隊 長「おいおい、俺にもメンツってもんがある。部下の前でそんな風に呼ぶんじゃねぇよ」
男 「じゃあ鷹の目って呼ぶのはやめろ。俺にだって羞恥心がある」
隊 長「ははっ、ガキん時は喜んで名乗ってたくせにな」
男 「うるせぇ」
隊 長「まぁ、それは置いといてだ。こっちじゃなくてあっちの国の方から関所に顔出すなんざぁ一体何の用だ?」
隊 長「それに連れは二人でしかも別嬪さんときたもんだ。いやはや、お前も案外隅に置けねぇな」
男 「隅に置いといてくれ、頼むから。あと話の腰をいちいち折るな」
隊 長「久々に顔を見たんだ、会話を楽しんだって悪かねぇだろ?」
男 「今はそんな場合じゃない。ちょっと落ち着いて彼女たちと話がしたいんだ。飯と部屋を用意してくれ」
隊 長「彼女たち…… 随分親しげだが、まさか二股か?」
男 「違うわドアホ」
185: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:01:54.51 ID:0/G1P+FM0
隊 長「よし、後は俺が相手する。お前は行っていいぞー」
守備兵「は、はい!」
男 「行ったか?」
隊 長「ああ。で、真面目な話、あの子らと何の話をするつもりだ?あの感じ、エルフだろ?」
男 「勘がいいな。その通りだよ」
隊 長「それで、何の話をするつもりだ?」
男 「馬鹿話を少しな。この国とエルフの里の同盟」
隊 長「ほーう、それはまた随分と大それた事を考えてやがるな」
男 「だろ?まぁ、話し合いの結果でこれからどうするかが決まる。事の次第によっちゃあアンタの協力を仰ぐことになるかもだ」
隊 長「もう部屋と飯の用意をしろって言ってるくせにまだ頼みごとをする気か?」
男 「ケチなこと言うなよ。俺とアンタの中だろ?」
隊 長「親しき仲にも礼儀ありってな。それが人にものを頼む態度かぁ?」
男 「……国境守備隊隊長殿、私用の要件ではありますが何卒お力添えを頂きたく」
隊 長「……及第点、と言いたいがやっぱり畏まるな。お前がそんな態度してるの気持ち悪いわ」
男 「この野郎!」
186: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:05:18.91 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
エルフ「ありがとうございます。食事に立派なお部屋まで用意していただいて」
弓使い「お心づかい感謝します」
隊 長「なに、当然のことをしたまでですよ。それに彼のご友人でかつ今日まで長旅をされていたとあればこれぐらいのことはいたしませんと」
男 「……アンタの敬語がここまで気持ち悪いとは」
隊 長「ははは、まったくこの男は遠慮というか慎みを持ち合わせておりませんでして。道中さぞかし嫌な思いをされたでしょう?」
エルフ「い、いえ、そんなことは……」
男 「たわいもない話はその辺までにして、あの話をしようか」
弓使い「え……?」
エルフ「でも」
男 「いや、ニヤケ面はもう君たちがエルフだって気づいてる」
隊 長「こんな仕事をしてると自然と勘が研ぎ澄まされて相手がどんな奴かわかるようになるのさ」
弓使い「そうですか」
隊 長「さて、それじゃお前の言う人間とエルフの同盟だがどんな策を考えてるんだ?」
187: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:06:21.82 ID:0/G1P+FM0
男 「とりあえず俺一人が喚いてもしょうがない。まずはおっさんを巻き込む」
隊 長「おお、アイツは王様やってるからな。お前みたいなしがない一市民よりよっぽど信頼性は高いだろうよ」
男 「できればこの話はズルズルと引き伸ばしたくない。早いとこおっさんの了承を取り付けて進めたい」
隊 長「はは〜ん、つまり俺の口添えと王都まで行く足が欲しいと?」
男 「話が早くて助かる」
隊 長「まだいい返事は聞かせてやれないがな」
男 「なっ」
隊 長「さて、コイツはこんなことを言ってるが君たちはどうなんだ?同盟には乗り気なのか?」
隊 長「実現するなら俺としてはそう悪くない話だと思う。だが、それは俺たち人間の考えであって君らエルフの考えとは違うからな」
弓使い「……まず在り得ない話です。エルフは人間を強く憎んでいますから」
弓使い「かつて地上に楽園を築いていた私たちエルフの祖先を森へと追いやり、今も尚奴隷として尊厳も何もない不当な扱いを受けている同胞が数多くいる」
弓使い「貴方方はそんな相手と同盟を結ぶ可能性など在り得ると思えますか?」
隊 長「まぁ、無理だわな」
男 「でも、このままじゃ」
弓使い「同盟などと耳触りのいい言葉で誤魔化して、実態は支配でしょう?今以上の辱めを受けるくらいならエルフは戦う道を選びます」
188: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:07:38.73 ID:0/G1P+FM0
エルフ「ちょ、ちょっと」
弓使い「貴女は黙ってて…… そういう訳です。同盟なんて馬鹿げた話、聞く耳持ちません」
男 「…………そうか」
隊 長「ん、わかった。じゃあ、感情論抜きの場合はどうだ?」
男 「へ?」
弓使い「……本当に人間と対等な扱いで、エルフの意見も積極的に取り入れてくれるというのであれば、私としては吝かではありません」
弓使い「今言ったようにエルフの人間への忌避意識はとても強いですが、私たちだけで現状を維持していくのは厳しいと思われます」
エルフ「へ?」
弓使い「但し、あくまで対等な関係が保証されるのであればの話です。人間の保護下に入るなどという不当な扱いであればお断りですが」
隊 長「その意見は多数派か?少数派か?」
弓使い「少数派です。ね?」
エルフ「え、ええ、ですが最近では人間の言葉を知ろうという動きも出てきていますし先生のお話を聞いたエルフたちは人間への忌避意識はそこまでないと思います」
エルフ「でもやはり、人間への悪感情を持っているエルフの方が圧倒的多数ですので…… エルフにも役立ちそうな人間の技術などを積極的に取り入れていきたいとは思うんですけど」
隊 長「つまり、感情を抜きにすれば実情を鑑みて人間との同盟は悪くない話だと?」
弓使い「ええ、エルフの主権が守られるならの話ですが」
189: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:09:27.69 ID:0/G1P+FM0
隊 長「君たちエルフだけでどうにかできるなら俺たち外野の人間がとやかく言うことじゃあないが、今のままじゃどうにもならないと」
エルフ「はい、そうなんです」
隊 長「……こりゃあかなり難しい話だぞ、鷹の目。特に怒りとか恨みとかいった負の感情はそこにある利益も金繰り捨てて燃え上がるもんだ」
隊 長「そんな奴らを説き伏せなきゃあ駄目なんだ。出来るか?」
男 「……やって見せるさ」
隊 長「本当に出来るのか?エルフのお嬢さんがいる前で言うのもあれだが、特に脅威を持たない少数勢力と対等な関係を築くなんて無理だと思わないか?」
隊 長「少数の側としては信じられん話だろうさ。自分たちを軽く捻れるような勢力が対等の関係を結ぶなんて在り得ない、根こそぎ奪い取っていくんじゃないかってな」
隊 長「そう言う疑心暗鬼と負の感情を突き抜けて、相手の心を動かさなきゃならんのだぞ?ええ?」
男 「――――やるさ。やってみせるさ。今のままじゃ駄目ってんなら絶対にやり通して見せるさ」
隊 長「いいねぇ、あの時のアイツとおんなじ目だ。国をひっくり返すって言い切りやがった時のアイツの目だ―――― なら、大丈夫だろう」
男 「……ありがとよ」
隊 長「よぉし!国王宛の書状と足の速い馬を用意してやる!明日の朝には出発できるように準備しとけ!!」
男 「ニヤケ面ァ!」
隊 長「お嬢さんたち、コイツと旅してたんなら知ってると思うがコイツは馬鹿だがまっすぐな奴でな」
男 「な、何だよ急に!?」
190: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:10:02.49 ID:0/G1P+FM0
隊 長「まぁ、奴隷だった頃は俺より悲惨な境遇で、自由と尊厳を踏み躙ってくるような奴に対して怒りを燃やしてた」
隊 長「特に小さい頃一緒に居たっていう姉みたいだったエルフへの仕打ちが我慢ならなかったみたいでな。革命の時はそりゃあ大暴れしやがった」
隊 長「ほっといたら大人の事情なんて関係ねぇと余所の国に行って同じように虐げられていた連中を助けに殴り込みそうな勢いだった。ていうか実際行きかけた」
隊 長「つまり何が言いてぇかってっと、さっきのコイツの決意表明は真剣そのものだったってこった。でもコイツは馬鹿だから一人じゃにっちもさっちもいかねえだろう」
隊 長「だからどうかコイツを信じて人間とエルフの同盟の橋渡しをしてやっちゃあくれねぇか?上手くいくかはわからんが、情熱だけは本物だ。どうか、頼む」
男 「ニヤケ面……」
弓使い「どうか、お顔を上げて下さい。仰ったことは承らさせていただきます」
エルフ「失礼ですけど、この方は打算とか駆け引きとかは出来ない方だと存じています。だからこそ私たちはこの話をお受けしようと思ったです」
隊 長「そうか!すまねぇ、ありがとよ!よかったなぁ鷹の目!頑張れよ!頑張れよぉ!!応援するからな!!!」
男 「お、おぉう、近い近い」
隊 長「じゃあ、俺は準備に取りかかる。お嬢さんたちと鷹の目は明日に備えてゆっくり休むといい」
弓使い「では、お言葉に甘えてそうさせていただきます」
エルフ「ありがとうございます」
男 「……行ったか。しかしなんだあの物言い。俺はアイツの弟でも息子でもねぇんだぞ」
エルフ「まぁまぁ、いいじゃないですか。あの方の言葉通り、今日はもう休みましょう?」
191: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:10:47.46 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
馬 「ブルルルル・・・・」
エルフ「うわぁ、綺麗な毛並みの馬ですね!」
隊 長「自慢の馬たちだ。王都までの間だが、可愛がってやってくれ」
弓使い「お心遣い感謝します」
男 「今更だが二人とも馬には乗れるのか?」
弓使い「私たちにも乗馬の習慣はありますから。それにこの子たちはとてもいい子ですし」
エルフ「乗せてあげてもいい、って言ってくれてます!」
男 「そいつぁ良かった。 ……じゃあな、ニヤケ面」
隊 長「おう、ちゃんと後でうまい酒と肴を寄越せよ」
男 「考えとくよ」
隊 長「俺の分だけじゃないぞ?ここにいる奴全員分だぞ」
男 「懐に厳しいな。アンタの分が無しでいいなら何とか用意できんでもない」
隊 長「何言ってやがる。俺のは部下よりいいのをくれねぇと」
192: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:12:13.69 ID:0/G1P+FM0
隊 長「……さて、後は頼んだぞ」
部 下「はっ、お任せください」
弓使い「道中よろしくお願いします」
エルフ「お願いします」
部 下「ええ、精一杯頑張らせていただきます」
男 「ドードードー、よし、そろそろ行くか」
馬 「ブルルルル・・・・」
部 下「では参りましょう。ハッ」
エルフ「――――お世話になりました!ハッ」
弓使い「では、これで…… ハッ!」
男 「おっさんにもよろしく言っとくぜ!ハッハッ!!」
ニヤケ面「おーう、うまくやれよー!!」
ニヤケ面「……頑張れよ鷹の目!頑張れよ、頑張れよぉ!!」
男 「うるせぇ!!」
193: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:12:57.09 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「今日だけでここまで進んだか…… この調子なら王都までそんなにかからないな」
エルフ「……久々に野盗に襲われる心配のない夜ですねー」
部 下「隣国の情勢不安をご存じなかったのですか?」
男 「知った上で行ったんだよ」
部 下「何故そこまでして隣国に行かねばならなかったのですか?」
男 「……話せる時が来たら話すよ。君を信頼していないわけじゃないが、隊長殿も言ってたろ?」
部 下「余計なことは聞くな、ということですか」
男 「悪いね。ついでに密入国してた件も黙っておいてくれ」
弓使い「火の番はどうしますか?」
男 「俺と彼とでやっておくよ。君らは寝ててくれ」
弓使い「ですが……」
部 下「夜更かしはお肌の大敵と守備隊長から聞いております。ごゆっくりとお休みください」
男 「……ニヤケ面め、何をバカなことを教えてんだよ。いや、アイツは元々そういう奴だったか」
194: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:13:30.04 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
馬 「ブルルル・・・・!」
男 「ハッ、ハッ!……っと、ここら辺は」
エルフ「あ、あれ!」
男 「あれ?」
鳩 「フォーホー、ホッホー」
部 下「鳩、ですね……」
弓使い「ああ、あの時の」
鳩 「フォッポー」
エルフ「あら、こっちに来ますね」
鳩 「ホッホー」
エルフ「はい、久しぶりね」
部 下「……鳩と話してる?」
男 「ああ、気にするな」
195: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:15:03.72 ID:0/G1P+FM0
男 「っと、そうだ。コイツに手紙を持って行ってもらおう」
部 下「手紙?」
男 「この近くを通った時にそこの牧場の主のお世話になってな。帰りもまた寄るって言ってたんだが」
エルフ「それどころじゃなくなってしまいましたもんね」
男 「というわけで申し訳ないって旨の手紙を…… えーと書くもの書くもの」
馬 「ブルルル・・・・」
男 「……ああ、くそ、走る馬の上じゃ書き辛い」
弓使い「……私が書きましょうか?」
男 「じゃあ頼む」
弓使い「承りました。それにしてもきれいですよねこの紙」
男 「そうか、別に普通だと思うけど……あ」
部 下「?」
弓使い「……書けました」
エルフ「はい、じゃあこっちにちょうだい…… こうしてこうして、よし!じゃあお願いね」
鳩 「フォッホー」
196: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:15:39.93 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
エルフ「今日も一日ありがとう」
馬 「ブルルル・・・・」
男 「しかし流石守備隊自慢の馬だ。もうこんなところまで来られるなんてな」
部 下「お褒め預かり光栄です。火ももうすぐ点きますよ」
男 「ありがとう」
弓使い「……しかし、人の往来も段々と多くなってきました。バレたりはしないでしょうか?」
男 「守備隊の人間がついてるし伝令だと思われてるだろうから、そこまで疑いの目で見られることもないし大丈夫だと思う」
弓使い「そうですか……」
エルフ「都となればもっと大勢の人間がいるんですよね?」
男 「前に言った通りビクビクするより堂々としてた方がバレないもんだ。どんと構えてりゃいい」
部 下「火、点きましたよぉ!」
男 「おーう、それじゃ夕飯にしますか」
エルフ「はーい」
197: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:16:41.06 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「とうとう王都が見えてきたな」
男 (……あ、そういや預かり屋に荷物預けっぱなしだったな。まぁ、それどころじゃなかったし仕方ないか)
弓使い「……頑丈そうな城壁で囲まれているものだと思っていたのですが」
部 下「陛下がそういうのものは必要ないと仰られてこのような形になっています。ご存じないのですか?」
男 「気にすんな。あと城もいらないとは言ってたけどそれはまかり通らなかったそうだ」
エルフ「へぇ〜……」
部 下「大分都には近づきましたが、お急ぎならもっと進行速度を上げますか?」
男 「う〜ん、どうするかなぁ……」
馬 「ブルルル・・・・・・」
エルフ「自分たちなら大丈夫だって言ってくれてますけど……」
弓使い「ありがとう、それじゃお言葉に甘えましょうか?」
男 「だそうだ、飛ばすぞ」
部 下「は、はぁ…… この子たちって馬のことだろ?馬がそう言った?……まさかぁ」
198: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:19:12.89 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
番 兵「――――これより先は王都となる。後ろの者たちは?」
部 下「西方国境守備隊隊長殿から陛下への言伝を託されたご友人だ」
番 兵「証拠は?」
部 下「この書状にある」
番 兵「改めさせてもらうぞ」
番 兵「――――ふむ、確かに。引き留めて申し訳なかった、ようこそ王都へ」
弓使い「ありがとうございます」
エルフ「ありがとうございます」
男 「いい仕事っぷりだな、おい」
番 兵「おいおいなんだ、ご友人ってお前のことかよ!久しぶりだなぁ!」
男 「ああ、でも今は言伝を預かってる身だ。積もる話はまた今度ゆっくりな」
番 兵「期待しないで待ってるよ。どうせお前のことだからまたプッツリと連絡が取れなくなるんだろ?」
男 「多分そうなるな。じゃあな」
199: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:21:03.37 ID:0/G1P+FM0
部下「――――では、私はこの書状を持って謁見がかなうよう申請してきます」
男 「頼む」
エルフ「ここが王都、ですか…… よくわかりませんが凄いですね」
弓使い「石積みの建物が多いですね」
男 「ここに来るのも久しぶり…… のはずなんだが、来る度来る度風景が変わるもんだからホントに懐かしいのかわからん」
弓使い「この規模でまだ発展途上だというのですか?」
男 「そういうことなんだろう」
エルフ「人間がいっぱい……」
弓使い「都と言えば大体その国で一番栄えている所だから…… あんまりキョロキョロしないでよ?」
エルフ「わかってるわよ…… それにしても建物や人ばっかりで草花や木が全然ない……」
弓使い「そうね…… もしかしたら人間と同盟を結んだら里もこうなってしまうんじゃ……」
男 「いや、そうさせないために同盟をするんだよ」
エルフ「そうですね。里がこんな風になってしまうのは…… 嫌です」
男 「しかしおっさんに会うだけだってのに、謁見だなんてまぁ大層な呼び方しやがって」
弓使い「おっさんおっさんと随分親しげに呼んでおられますが、その方ってこの国の長なんですよね?」
200: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:22:49.65 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
老 犬「ヘッヘッヘッ・・・・」
男 「おう、元気そうだな!」
老 犬「ヘッヘッヘ」
国 王「……おいおい、随分久しぶりに会うってのにまずはそっちに挨拶か?」
男 「おっさんのくせしてこれだけ俺を待たせたんだ。最初に挨拶なんてしてやるかよ」
国 王「ガキか!仕方ないだろ?公務やら何やらで身動きが取れないんだよ。それぐらいわかるだろ?あとおっさん言うな」
男 「……久しぶりだな、おっさん」
国 王「だからおっさん言うな。……いや、やっぱりそのままでいい。そう呼ばれるのも久しぶりで少し嬉しい」
男 「久しぶり?昔からどう見てもおっさんにしか見えないし、おっさん以外の呼び方あるか?」
国 王「アホか!昔はちゃんと若かったわ!!」
男 「騒ぐなよおっさん。いい年したおっさんが騒いでるのは見苦しいぞ?」
国 王「誰がいい年だ!全く騒いでるのは一体誰のせいだと…… まぁいい、わざわざ俺にがおっさんになったという事実を突きつけるために来たわけじゃないだろ?」
男 「そんなことに時間を割かせる程、常識知らずなわけでもないわ」
201: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:24:31.05 ID:0/G1P+FM0
国 王「どの口が言いやがる…… ちなみにその要件というのは、お前が連れてるお嬢さん二人にも関係あることか?」
男 「そうだ。っていうかニヤケ面の書状にも書いてあったんじゃないのか?」
国 王「……ああ、だがあれだけでは説明不足だ。もっと詳しく聞かせてもらおうじゃないか」
男 「最初からそのつもりだ」
国 王「さて、その前にこの馬鹿のせいですっかり挨拶が遅れてしまった。申し訳ない、お嬢さんたち」
エルフ「い、いえ!お気になさらず」
国 王「本当に申し訳ない…… ああ、どうぞおかけになってください」
エルフ「で、では……」
弓使い「失礼します」
国 王「さて、それじゃ早速だが聞かせてくれ。お前が何を考えているのか」
男 「人間とエルフの共存」
国 王「エルフとの共存か。なかなか面白いことを言う。それで、お嬢さんたちも同じ考えかい?」
エルフ「はい」
弓使い「ただ、エルフ側の理解を得るのは困難であるかと」
国 王「ふむ……」
202: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:26:19.18 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
老 犬「ヘッヘッヘッヘ・・・・」
国 王「……ふぅむ、なかなか難しい話だな」
男 「おっさんはエルフとの同盟が嫌なわけじゃないんだな?」
国 王「嫌なものかよ。森の賢者とまで謳われたエルフ族の知識や知恵の恩恵を受けられるというのは魅力的だ。共存共栄ができるというなら大いに大歓迎さ」
国 王「ただ、俺の意向で全てが決まるわけじゃない。少数だが、かつての貴族のような暮らしすることを望んでる者たちだっている」
国 王「そういう連中がエルフに危害を加えないとも限らない。その可能性を否定できない限り、エルフ側としては同盟を受け入れられないだろう」
国 王「それに森の保護というが、正直なところエルフの英知を授かったところですぐさま国が豊かになるわけじゃないだろう?」
国 王「やはり今の内はある程度は森林の開発も進めなくちゃならん。ただでさえ食糧難に陥る間際だというのにエルフの分も養うとなるとな」
国 王「いずれ食糧事情が安定すれば森林保護、それだけでなく植樹による森林面積の拡大にも手を出せるだろうが、そこまでエルフが辛抱してくれるかどうか」
国 王「他にも課題は山積みだ。さて、こういう状況であるが果たしてエルフは同盟を結んでくれるだろうか?どうかな、お嬢さんたち」
弓使い「……お聞きしてもよろしいでしょうか?」
国 王「何でしょう?」
弓使い「同盟下において、人間がエルフに危害を加えたり、一方的に利用するようなことはしない…… という明確な保証はできますか?」
203: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:28:26.17 ID:0/G1P+FM0
国 王「明確な保証か…… 難しいな。長期的な目で見れば不可能ではないが、同盟直後などは確実に様々な軋轢が生まれる」
国 王「産みの苦しみと言えば聞こえはいいが実体はどうか…… 何にせよ今は口先だけで語る他ない。森の賢者が言葉だけで俺を信用してくれるとは思えないが」
弓使い「そうですね……」
国 王「ただ」
エルフ「?」
国 王「ただ、エルフが苦境に立たされているというのなら助けたい、というのは私の心からの願いだ」
国 王「もっと言えば、自由と尊厳を奪われ虐げられている全ての者を助けたい。傲慢と言われるだろうが、本当にそう考えている」
国 王「だが、それを証明するのは言葉でしかない。言葉を尽くして語るしかない。稚拙な言葉を信じてもらうしかない」
弓使い「…………」
国 王「……どうかな?」
弓使い「……真っ直ぐな方だとお見受けしました。貴方が長であるならば私もエルフの長に安心してこの話を通せます」
エルフ「それに……」
老 犬「ヘッヘッヘ」
エルフ「この子もこの人なら大丈夫だって言ってます」
男 「そうか……」
204: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:30:10.55 ID:0/G1P+FM0
国 王「ありがとう、私を信じてくれて」
エルフ「あ、あとこの子がもっと美味しいもの食べたいって言ってました」
老 犬「ヘンッ」
国 王「この野郎」
男 「……とりあえず、こちら側としては同盟に全面同意という形になったわけだ」
国 王「それで、エルフ側の指導者と会談を開くことは可能なのかな」
弓使い「……貴方のことを疑っておきながら申し訳ないのですが、実はこの話は私たちしか知りません」
エルフ「まずはこの話を私たちの王に話します。そこからどうなるかは……」
国 王「エルフの王の考え次第だと?」
弓使い「ええ……」
男 「ここまでは予想通りだが、問題はやっぱりここから先だな……」
国 王「……この男を私の代理として君たちの代表者に会わせることはできるか?」
男 「へ?」
国 王「どうせ、というのも悪い気がするがこの同盟の話は君たちではなくコイツが言い出したことなんだろう?」
エルフ「はい、そうです」
205: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:32:02.81 ID:0/G1P+FM0
国 王「言い出しっぺの法則ってやつだ。自分の言動には責任を持つべきだよな」
男 「いや、俺は別にいいけどよ。エルフの里に人間が行っていいとは…… なぁ?」
弓使い「先ほど申し上げましたが、この話は私たちだけで決めた話です。それなのに里に人間を入れるというのは……」
エルフ「挑発的と言いますか、その……」
男 「やっぱり段階を踏んでからやるべきだぜ?おっさん」
国 王「かもしれん。だが、俺はそうした方がいいと思う。こういうときの勘ってのはよく当たるんだ」
エルフ「……わかりました。彼も一緒に連れて行って陛下とお話ししてみます。いいわよね?」
弓使い「……ええ、了解よ」
男 「本当にいいのか?」
エルフ「はい、きっと上手くいくはずです」
国 王「……多分君たちも何となく感じてるだろうがコイツには人、いや他者を動かす力がある。かくいう俺もそれで動かされた」
国 王「コイツの目に突き動かされて、できっこないことを馬鹿みたいにやって、気が付いたら一国の主にまでなっていた」
国 王「この国を変えたキッカケは本当は俺じゃなくてコイツなんだよ。多分この同盟の話もコイツが中心になって動くと思う」
弓使い「……それは私たちもなんとなくわかります。こんな馬鹿げた話、信じてみようと思わされたのもこの方のせいですから」
男 「この方のせいって…… いや、実際そうかもしれないが」
206: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:34:30.15 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
部 下「……本当にここまででよろしいのですか?」
男 「ああ、ここからは俺たちだけで行く。君が頼まれていたのは王都までの護衛と、あの書状を渡すことだろ?」
部 下「そうですが……」
男 「今度は国王陛下直々の依頼なんだ。悪いが……」
部 下「……了解です。それでは」
男 「ああ、また会おう」
弓使い「本当にありがとうございました」
エルフ「貴方たちもありがとう」
馬 「ブルルル・・・・」
部 下「道中お気をつけて…… ハッ」
男 「――――さて、次はいよいよ君たちの故郷か」
エルフ「はい、行きましょう」」
207: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:35:34.09 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
エルフ「――――ところで」
男 「ん?」
エルフ「その大きな袋には何が入ってるんですか?」
男 「これ?君たちの王様への貢物」
弓使い「貢物、ですか」
エルフ「中身は何なんです?」
男 「う〜ん、ま、2,3個くらいならいいか。ほら」
弓使い「これは…… リンゴですね!」
エルフ「これなら陛下もお気に召されますよ!」
男 「そうだといいんだが。あと、熟す前の若い奴をもらってきたんだけど道中もつかな?」
弓使い「此処からでしたら一月はかかりませんが…… ああ、それと陛下はモノにつられるような御方ではありませんのでご注意を」
男 「何も賄賂とかで懐柔しようとは思ってないぜ?」
エルフ「あむ…… あ、熟す前は少し酸っぱいんですね」
208: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:36:37.05 ID:0/G1P+FM0
―――――
―――
―
男 「そして夜です」
エルフ「夜ですね」
弓使い「この辺りは襲ってくるような獣は余り居ません」
男 「ああ、そこまで気を張らなくてもいいってわけだ」
弓使い「ですが、念のためいつも通り火の番を」
男 「あー……」
弓使い「はい?」
男 「いや、ニヤケ面ンとこの兵士がいなくなったからまた君と二人で交代かと思って」
エルフ「いえいえ、この辺りはさっきこの子が言った通りあまり動物がいません!だから、今回からは私もやりますよ」
男 「いや、でも」
エルフ「いーですからいーですから!」
弓使い「……この子は妙に頑固なところがありますので」
男 「うーん…… わかったよ、今夜はお言葉に甘えさせてもらおう」
209: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:37:56.59 ID:0/G1P+FM0
―――
――
―
男 「……おーい」
エルフ「すぅ…すぅ……」
弓使い「案の定寝てますね」
男 「ねー…… 確かにこりゃ大変だ」
弓使い「貴方がいなければ私は今頃寝不足で倒れていたかもしれませんね」
男 「ははっ、笑えねー……」
弓使い「……では、いつも通りに」
男 「ああ」
男 「ちなみにまだまだ先だとは思うけど君らの国までどれくらいあるんだ?」
弓使い「そうですね、この辺りなら星もきれいに見えますのでザワディが使えますね…… 今の時期であの星とこの星の位置がそこだから……」
弓使い「……この調子なら二十日くらいといったところでしょうか」
男 「マジで?そこまでリンゴが持つかなぁ……」
弓使い「さぁ、どうでしょうか?」
210: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:38:35.68 ID:0/G1P+FM0
男 「……ところで、君らも星を見て自分の位置とかわかるんだな」
弓使い「その言い方から察するに、人間もザワディ…… その技術を持ってるんですね?」
男 「ああ、森の中を走り回ってる内に自分がどこにいるかわからなくなったときとかに重宝する」
弓使い「なるほど…… 貴方が以前仰ったようにエルフと人間の文化は近いものがありますね」
男 「だろ?あ、そうそう、星を見ると言えば星座とかの話はエルフにもあるのか?」
弓使い「セイザ…… 思い当たる言葉はありませんね」
男 「ああ、そういうのはないんだな……」
弓使い「何ですか?その星座というのは?」
男 「そうだな…… 例えばあの星と、あの星とあれとあれと…… ああ、アレを線でつないで猪座とか」
弓使い「イノシシ……?猪というのはウルルアライのことですよね?……あれがウルルアライですか?」
男 「ウルルアライが猪かどうかはわからんが、昔の人は星と星をつなげてそこにいろんなものを見出してたんだとさ」
弓使い「……しかし、私にはあれがウルルアライ―――猪には見えません」
男 「俺にもそうは見えないな。まぁ、昔の人間は想像力豊かだったんだろ」
弓使い「そうですね……」
男 「線にどれだけ肉付けすれば猪になるんだよっていう」
211: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:40:20.89 ID:0/G1P+FM0
男 「あと、それにまつわる話もあったりする。猪座は元々は何でもかんでも喰ってしまって山ほどもあるそれは大きな猪だったそうだ」
弓使い「まさか…… それで?」
男 「当然村の人間たちが作っていた作物なんかもみんな食われてしまった。困り果てた村人は力持ちの神様に何とかできないか相談した」
弓使い「カミサマ?確か概念的なものですね。あまり深くは理解できていないのですが……」
男 「まぁ、神様ってのはすごい力を持った連中のことって思ってくれればいい。で、早速その猪に力持ちの神様は力比べを挑んだんだが……」
弓使い「その口ぶりからすると負けてしまったんですね?」
男 「先を読むなよ。まぁその通り、なんと神様のくせして負けてしまったんだ」
弓使い「すごい力を持っているのに?」
男 「ああ、だから力持ちの神様は今戦っても勝ち目がないから別の方法を思いついた」
弓使い「さて…… 罠に嵌めたとか?」
男 「罠、は違うな」
弓使い「……降参です。カミサマはどうやったんですか?」
男 「なんと猪の大好物を大空高く、そりゃあ遠くまで放り投げて、それを追いかけさせることで地上から追っ払うって方法だった」
弓使い「……無茶苦茶ですね」
男 「ところがその無茶苦茶な方法が大成功!結果猪は大好物を追って星になるくらい高く遠くまで行ってしまった…… っていうお話さ」
212: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:42:31.79 ID:0/G1P+FM0
男 「で、猪座の頭の少し先。わかるか?あの星が中心で周りの星をつなげるんだ」
弓使い「あれと、あれとあれとあれ……ですか?」
男 「そう、それがそのとき神様がぶん投げた猪の大好物が星座になったっていうトウモロコシ座だ」
弓使い「あれが?ああ、あれならトウモロコシと言われてもまだなんとなく形がわかります」
男 「そんな感じでけっこう色んな星座があるんだぜ。ほら、あっちのあの星とこの星」
弓使い「どれですか?」
男 「あれだよ、あれ」
弓使い「……何のセイザなんです?
男 「鳥人座」
弓使い「トリジン?」
男 「そう、頭は鳥だが首から下は人間っていう」
弓使い「なんですかそれ、気味の悪い」
男 「なー、マジでどういう頭してたら思いつくんだよ
弓使い「その鳥人にはどんなお話が?」
男 「なんでも鳥好きな子どもの前に現れて、焼いた鳥の肉を串に刺したものを食べるらしい」
213: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:43:38.01 ID:0/G1P+FM0
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弓使い「――――他にはもうないんですか?」
男 「あー、もう知ってるのは今言った奴だけだな。まだあるとは思うんだが勉強不足なもんでもうわからん」
弓使い「そうですか……」
男 「自分のいる場所を知るための基準の星を基本的に調べてたからなぁ…… 悪いね」
弓使い「いえ、しかし人間にはそんな面白い話が伝わったりしているんですね」
男 「ああ、荒唐無稽な作り話だけどな。そんなんで星の並びができてるわけないだろうに」
弓使い「そうですね…… でも、私たちにとって星は季節と時間と場所を知るための指標でしかありませんでした」
弓使い「それが、こんなに面白い見方があったなんて…… これも人間の文化の一つなんですね」
男 「ああ」
弓使い「他にももっといろいろあるんでしょうか?」
男 「ああ、まだまだあるよ」
弓使い「……もっと、もっと知りたいです。おかしいですね、人間のことは好きじゃなかったはずなのに」
男 「人とエルフが共存できるようになればきっと、もっといろんなことがわかるようになる」
214: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:45:53.77 ID:0/G1P+FM0
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エルフ「ご、ごめんなさい〜!わたしすっかり寝ちゃってました〜!!」
男 「ああ、いいよ。元々こうなる気がしてたし」
弓使い「私はもう慣れてるわ」
エルフ「あうあう……」
男 「まぁ、引き続き火の番は俺と彼女でやるから、それでいいな?」
エルフ「……はい」
弓使い「さて、それじゃそろそろ出発しましょうか」
男 「おう」
エルフ「…………」
弓使い「どうしたの?」
エルフ「ねぇ、貴女たちまた前より仲良くなってない?私が寝ちゃってる間に何かあったの?」
弓使い「セイザっていうのを教えてもらってたのよ」
エルフ「セイザ?なにそれ、私も聞きたい!」
215: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:46:48.08 ID:0/G1P+FM0
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男 (――――しかしエルフの里への旅路は平和なものだった)
男 (野盗は当然として、獣の気配すらほとんどなかったので何時ぞやのように気を張り詰め続ける必要もなかった)
男 (で、エルフの王への交渉に向けてエルフの言葉の手ほどきを受けたりしているわけで)
エルフ「エクァステスフィキチータオッヘルサナシリウムトゥアイタルフェンオッティクス、はい」
男 「エクァスてすひきちー…… 何だっけ?」
エルフ「エクァステスフィキチータオッヘルサナシリウムトゥアイタルフェンオッティクス」
男 「エクァステスひきチータオッヘるさなしリウムつぁいたつイタルへんオッティうす」
エルフ「発音が駄目です。はい、もう一度。エクァステスフィキチータオッヘルサナシリウムトゥアイタルフェンオッティクス」
男 「エかステスフィキチータオッへるサナシリウムトゥあいたるフェンオッティクス」
エルフ「……及第点はまだあげられませんね」」
弓使い「『お初にお目にかかります。○○と申します』『ご機嫌麗しく存じます』『本日は是非聞いて頂きたい議が在り推参致しました』」
弓使い「この三つはスラスラと言えた方がいいでしょう。その努力を買われれば陛下のご心象もよくなるでしょうし」
男 「へーい…… ああ、道のりは果てしなく……」
216: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:49:36.94 ID:0/G1P+FM0
男 (――――で、時にはお互いの文化とか習慣の話もしたりなんかして)
男 「47掛ける11は?」
エルフ「517」
男 「えっと…… 合ってる。じゃあ、35掛ける13!」
エルフ「455」
男 「ちょっと待ってくれよ……」
男 「…………合ってる。これならどうだ!99掛ける97!!」
エルフ「9603」
男 「もう合ってるか確かめる気力もねぇわ…… なんだ、二桁の掛け算は全部暗記してるのか?」
エルフ「いえ、19掛ける19までしか暗記はしてませんよ?」
男 「19まで覚えてて『までしか』はねーよ」
弓使い「それ以上の二桁の掛け算は100より大きいか小さいかを比べて……」
男 「時間があるときにゆっくり聞くよ。今教えてもらっても覚えられそうにない」
男 「あー、しかしそんな速い計算方法があるならなんであのエルフは教えてくれなかったのかね?」
弓使い「きっと、貴方が人間である以上人間式の計算の方に触れることが多いと判断したからではないでしょうか?」
217: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:51:18.60 ID:0/G1P+FM0
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男 「――――で、何時の間にやらエルフの里に大分近づいていた、と」
弓使い「はい、その通りです」
男 「しっかし、鬱蒼とした森だよなぁ…… 昼間でもこんだけ暗いんじゃ迷っちまいそうで通る気も起きない」
弓使い「そうやって人間の足を遠ざけているんですよ」
弓使い「……さて、ここから先はまず私たちだけで行かせていただきます」
男 「ああ、よろしく頼む」
エルフ「ええ、陛下に伝えてきます」
男 「もし駄目だったら?」
エルフ「……ここでお別れです」
男 「あいよ」
弓使い「では、また後で……」
男 「そろそろリンゴがやばい。完全に駄目になる前に返事をもらえるとありがたいな」
エルフ「そうですね、それでは……」
218: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:53:54.02 ID:0/G1P+FM0
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男 (大分明るくなったな)
男 「……一日半、か」
エルフ「――――あ、いたいた!」
? ?「クツツ……」
男 「増えてるな」
弓使い「はい、陛下の御側役の方です」
使 者「ナウシィ」
男 「ナウシィ…… よろしく、だったっけか」
エルフ「陛下は話を聞いてくれるそうです」
男 「最初の関門は突破か。ま、これから先はもっと大変なんだがな」
弓使い「そうですね」
エルフ「それで申し訳ないんですけど…… 目隠しさせてもらいますね」
男 「場所を特定させるわけにはいかないってことか」
219: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:54:40.46 ID:0/G1P+FM0
弓使い「ええ、まだあなたは信頼されているわけではありませんので…… すみません」
男 「当然の判断だ。謝るこたないって」
使者「……随分と仲がいいのね」
弓使い「まぁ、それなりに長い時間一緒にいましたので」
男 「貴女もこちらの言葉を喋れたんですね?」
使 者「だから使者として私が来た」
男 「なるほど……」
エルフ「……よし、できました!」
使 者「確かめさせてもらうわ」
男 「ちょっとまってイタイイタイ、締め過ぎ締め過ぎ」
使 者「大丈夫そうね。次は手を後ろに回して」
男 「はい」
使 者「変な動きをしないように腕も縛らせてもらう」
男 「どうぞどうぞ」
エルフ「里につくまでの辛抱ですので、頑張ってください」
220: 以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします 2016/08/05(金) 22:56:03.37 ID:0/G1P+FM0