【モバマス】私「クラスメイト、一ノ瀬志希の話」
JKの一ノ瀬志希にスポットを当てているため、志希以外のアイドルは出ないです
地の文多めです
苦手な方はご注意ください
受験という漠然とした不安が迫りながらも、三年目となる高校生活の変わらない毎日に飽きを隠せなくなっていた頃、彼女は私の前に現れた。
転校生が来る、という話は春休みの終わりには噂になっていた。私のところにも友達づてにその情報が入っていた。連絡網よろしく私は別の友達に転校生の話を渡してやった。友達はあれやこれやと空想を働かせては私に聞かせてきたが、私にはどうでもよかった。
その転校生がどんなやつでどんな事情を持っていても、所詮一年しかない付き合いだし、同じクラスになるかもわからない。仮になったとしても今と同じように、そいつとも適当に付き合うだけだ。
そう思っていた。
なにも珍しい話じゃない。たぶん、クラスの女子のほとんどは一度はその夢を抱いて、一度はオーディションに書類を送ったことがあるだろう。そして一次選考も通らずに自分を知る。
私たち、普通の女の子が通る道だ。
いまさらなぜそんなことを思い出したのかと言えば、転校生のせいだった。
「一ノ瀬志希です。よろしくねー」
ふわふわの綺麗な長髪をたなびかせ、私の封印した過去を引き連れてそいつはやってきたのだ。整った顔立ちだけど、美人というよりは可愛らしい。そこらのアイドルと並べても、なんら遜色はないだろう。私の人生には、こんな子は存在しなかった。いたとしたら、アイドルになっているから。
テレビで見るアイドルは、ちゃんと普通の女の子に混じって存在しているのだと、私は今更ながらに理解したのだ。
始業式が終わり、放課後になると彼女の周りを女子が囲んだ。色々と質問攻めするのを尻目に、私は教室を後にした。彼女を取り囲む女子を遠巻きに見ている男子も少なくなかった。
だけど、女子と違って男子はそうそう簡単に話しかけられないだろう。そこらに偏在する普通の女の子と彼女は違うのだ。
家に帰ってから、いつもどおりに過ごした。いつもと違うことと言えば、お風呂の鏡で自分の顔を見る時間がすこしだけ長かったことだろうか。
やっぱりそこに映っていたのは、どこにでもいそうな普通の女の子の顔だった。
お風呂から上がると友達から彼女の情報がケータイに回ってきていた。帰国子女だとか、一人暮らしをしているとか、学校帰りに遊びに誘ったが断られたとか、そんなこと。私は義務感からその連絡を何人かの友達に回してあげた。
何人かとメールしながらテレビを見ていると、クイズ番組にアイドルが出ていた。出された問題の回答を一生懸命な顔で書いているが、とんちんかんな答えだった。そんな姿も可愛いと讃えられるのがアイドルだ。実際、彼女は女の私の目から見ても可愛いと思う。
「大したことないな」
昨日までは思いもしなかったことを呟き、私はテレビを消してベッドに入った。テレビに映る彼女は文句なしに可愛いのだが、それが特別なもののように思えなくなっていた。
眠くなるまで友達とメールして、返事が遅くなってきた頃、私は部屋の電気を消した。うつらうつらとする頭の中を回っているのは、直前まで友達と話をしていた転校生のことだ。
帰国子女だから、アイドルじゃないのかな。
一ノ瀬志希と初めて会話したのは翌日の昼休みのことだった。
「ねえ、給食は?」
肩をつんつんと叩かれて振り返ると、小首を傾げながら彼女はそう訊ねてきたのだ。
「ないよ」
「えー、学校って給食出るんじゃないの?」
「ウチは出ないよ。聞いてないの?」
「覚えてないなー。言われたかもしれないし、言われてないかもしれない」
適当な子だなと思った。たぶん、言われたけど聞き流していたか、忘れてしまったのだろう。
ウチの学校には購買もないし、昼休みに学校の外に行くことも許されていない。流石に可哀想なので、私は自分の鞄からコンビニ袋を取り出し、中の一つを彼女に差し出した。今朝、学校に来る前に買ってきた菓子パンだ。
「いいの?」
「うん。明日からは何か用意してきなよ。お母さんに言うとかさ」
「あたし一人暮らしなんだよねー」
そういえばそうだった、と昨日の友達から回ってきた情報を反芻する。親元なら給食の有無くらいは親が確認しているだろうな、と納得した。
「帰国子女なんだっけ」
「そーそー。言ったっけ?」
「言った言った」
彼女は記憶を探るように頭を左右に揺らしたが、どうでもよくなったのかにへらと笑った。そこで会話を切るのもなんか違和感があったので続けて訊ねる。
「親はどうしてるの?」
「アメリカにいるよ。あたしだけ帰ってきちゃった」
菓子パン一つで彼女は色々と教えてくれた。彼女の両親はアメリカの大学で研究をしているらしい。元々は日本で研究していたのだが、彼女が物心つく頃に彼女の父親がアメリカの大学に招かれた。それで家族でアメリカに引っ越したということだ。
彼女は彼女でギフテッドというなんかすごい才能があるらしくて、彼女も大学で研究していたとか。飛び級がどうとか言ってたけど、じゃあなんで今高校生やってるんだろ。
それを彼女に聞くと、笑いながら答えてくれた。
「だって、女子高生だよ? JKだよー?」
「私に言われても意味わかんない」
「それもそっかー。にゃはは」
けらけらと笑ったあと、彼女は菓子パンの空袋を綺麗に折りたたみながら言う。
「でも、あんまりいい匂いしないね」
「匂い?」
「あたし、匂いフェチなんだよね。だから青春真っ盛りのいい匂いがするかと思ったんだ」
すん、と思わず鼻を鳴らしていた。でも、パンのイチゴジャムの甘い匂いしかしなかった。
「なんか淀んでるんだよねー」
私が制服の袖に鼻を近づけると、彼女はくさいってことじゃないよ、と笑っていた。
一ノ瀬志希が本物だとわかったのはゴールデンウィーク前にやった実力試験の結果が帰ってきたときだった。
それまでの授業で、彼女は基本的にノートを取っていなかった。目の前に座る私には知る由もなかったのだけど、彼女の授業態度は不真面目そのものらしかった。ノートは開くだけで、教科書もページをめくらない。というかほぼずっと寝てる。その寝顔が可愛い。とか、そんな話がメールで回ってきた。
私は、彼女が先生に指されて正解を答えているところしか知らなかったので、なんだか意外だった。
試験があるのにこのままでいいのかな、なんて悪口みたいなのと一緒にその話を聞いた私は、一応彼女に試験があることを伝えたりもした。
「そうなんだ」
と彼女は眠たげに言うだけだった。
あまり試験の結果にこだわっていないのかもしれないと思った。クイズ番組に出ているアイドルよろしく可愛ければなんでも許されるというやつなのかもしれない。
私は得意科目も苦手科目もない人間だ。どの教科も平均点よりちょっとだけ上というのがいつものことだった。
ただ、今回は全部の科目が平均点以下だった。そこそこ勉強してるし、一応受験生ということもあって去年よりは勉強時間を増やして、予備校にも通っている。それなのに、全部が平均点以下だというのはさすがに焦りを覚えた。
やばいな、と思ってその不安を解消するために後ろの席に振り返る。人間誰しも自分より下の人間がいると安心するものだ。
「どうだった?」
早々に返ってきたテスト用紙を折りたたんでいる彼女に訊ねる。
「見たい?」
からかうように言うので、これは相当だなと思った。
「見たい見たい」
折りたたまれたテスト用紙を彼女から受け取り開くと、見たこともない数字が書かれていた。
今まで知らなかったけど、テストって本当に百点が満点なんだ。
「カンニング?」
「違うよー」
「あんた頭良かったんだ」
「ギフテッドだからねー」
後から調べたら、ギフテッドというのは神様から与えられたとかそういう意味合いの言葉で、簡単に言うと天才ということだった。大学で研究していた、なんても彼女の冗談かと思っていたけど、どうやら本当らしい。
他のテスト結果を見せてもらってわかったのだけど、いつも平均点よりちょっと上を取る私が、平均点よりちょっと下になったのは、他でもない彼女のせいだった。
どの教科でも全問正解しているせいで、全体の平均点が引き上げられているのだ。
「あんたのせいか」
「ごめんね、にゃはは」
悪びれた様子もなく彼女が笑う。いまさらながら私は一ノ瀬志希が規格外の女の子だと実感していた。なんの取り柄もない私からすれば、神様はなんて残酷なのだろうか。
「ちなみにアメリカではなんの研究してたの?」
「主にケミカル」
ええと、と首を傾げる。なんだっけ、と頭の単語帳をめくるよりも早く彼女が続けていく。
「化学ね。ばけがくの方。いろんなものを混ぜあわせて、新しいものを作ったりしてたよ」
「へえ。なんかすごいじゃん。なんでやめちゃったの?」
「飽きた! 新しいものを作るのは楽しかったけど、だんだんどんなのができるか先にわかるようになって、飽きちゃった」
あっけらかんとして笑う彼女だったが、なんか凄そうなのにやめちゃってよかったのかな、と思った。
一ノ瀬志希は天才だけど、苦手なこともあるようだった。
三年生になってから最初の体育の日だった。
私たち一組の女子は二組に移動して二組の女子と一緒に着替える。新品の体育着に身を包んだ彼女が、すんすんと鼻を鳴らして体育着の匂いを嗅いでいた。
「新品のいい匂いがするー」
「それはわかるかも」
いつも志希の言ういい匂いが、いまいちわからない私でも、新品のいい匂いは共感しやすかった。
着替えたらグラウンドに出る。今日はサッカーの日だった。男子たちがゴールポストを校庭の隅から運んでいる。
「望ちゃんもいい匂い」
ぼんやりと体育の準備をするところを見ていたら、志希に後ろから抱きすくめられた。鼻を鳴らして私の体育着を嗅ぐ。志希のそれとは違い、私のはもう二年も使っているやつだ。かあっと顔が熱くなり、思わず振りほどいてしまう。
「あっ」
それほど力は入っていなかったと思ったけど、振り払われた志希は後ろに二、三歩よろめくとそのまま尻もちをついてしまった。
「ごめん、大丈夫?」
「へーきへーき」
「恥ずかしいから今みたいなの禁止ね」
「にゃはは、ごめん」
私は尻もちをついている志希に手を伸ばした。掴んだ手はとても小さくて、力を込めれば壊れてしまいそうだった。
彼女の手はじんわりと汗で湿っていた。今日は朝から快晴で
コメント一覧
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- 2016年08月08日 22:36
- 良い作品だった(*´ ω `*)
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- 2016年08月08日 22:36
- こういうSS好きやわ
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- 2016年08月08日 22:48
- 鬱かと思って構えたけどただの青春ものだった
よかったよ
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- 2016年08月08日 23:23
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割とありそうだけどアイマスではあまり見ないタイプのお話
良かった
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- 2016年08月08日 23:33
- 辻村深月を思わせる
見事な筆力
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- 2016年08月08日 23:55
- いい作品だったけど志希らしくはなかったな
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