理樹「二木さんでもとりあえずナルコレプシーのせいにしたら許してくれた」
居間
理樹(事件が起きたのは、いつものように3人で朝食を取っている時だった。その日はフォークと陶器がぶつかる音くらいしか聴こえないほど静かだったのを覚えている)
葉留佳「ねーねー、あとどのくらいで学校戻れるのかな」
佳奈多「さあね。最低でもあと一ヶ月はかかるかしら」
葉留佳「はあ、最初は学校サボれるなんてラッキー!とか思ってたけどこうも続くと寂しくなりますナァ……」
理樹「僕も、そろそろ食堂のご飯が恋しくなってきたよ」
理樹(僕らは休学届けを出してからこのアパートで暮らすようになってから既に一ヶ月が経っていた。その間に二木さん達の両親や”彼ら”の内部にいた味方の人達によって一族の人間は順当に法的措置が講じられていった。しかしまだ裁判で粘って外にいる人達がいる。どんな手段を取っても勝てないのはあちらも承知のはずだが、それでも時間稼ぎをしているのは、きっと僕らを探すためだろう。つまり、その人達が然るべき場所に移るまでは僕らもまだ安心して学校には戻れないというわけだ)
佳奈多「……なに、私の料理にはもう飽きたって?」
理樹「あっ、いや、決してそういう意味ではなくて……」
佳奈多「葉留佳もちゃんと勉強してる?もしも学校に早く戻れたら中間テストには間に合うだろうし、その時になって『うわー!テスト勉強やってなーい!』なんて言っても言い訳にはならないわよ」
葉留佳「…………や、やっぱりしばらく戻りたくないなー……なんちて」
理樹(とはいえ、ここの暮らしも苦ではない。急いで決めた割には良い街だった。静かでのんびりとした僕向けの田舎で、学校やあの家からはかなり遠い場所にあるので見つかることはまずないだろう。一つ不満があるとすれば映画館が遠いということくらいだ)
理樹「まあまあ。少し長めの夏休みと思えば」
葉留佳「そーそー。あっ、もうこんな時間か!そんじゃ行ってきまーす!」
佳奈多「言ったそばから遊びに行くのね……」
理樹(その声には諦めの感情が溢れていた)
葉留佳「えへへ、すぐ戻ってくるから!なんか買って帰る?」
佳奈多「牛乳と玉ねぎを買ってきてちょうだい。あとはまた思いついたら連絡する」
葉留佳「アイアイサー!」
理樹(元気よく扉を閉めて出て行った。きっと夕方にしか返ってこないだろう。一応生活費は出ているから働く必要はないとはいえ確かに僕は怠けすぎているかもしれない。葉留佳さんに至ってはただの開き直ったニートだ)
理樹「じゃあ僕も何かやることある?」
佳奈多「そうね。じゃあ洗濯物を取り込んでおいて」
理樹「了解」
理樹(と、立ち上がった時だった。ずっと正座で食べていたからか足が痺れてバランスが崩れた。思うように立てず、そのまま前のめりに二木さんの方へ倒れかかってしまった
)
佳奈多「きゃっ!?」
ゴンッ
理樹(その時、さらに運が悪いことにテーブルの角に頭をぶつけてしまった。僕の全体重がかかった重い一撃だった)
理樹「ううん……」
佳奈多「なっ……ど、どこ触ってるの!!この変態!変態!!」
ゴツンッ
理樹(自分の足に引っかかり、このまま気を失っては間抜けにも程がある。しかし悲しいかな、さらなる頭への打撃が僕の頭を真っ白にさせた)
理樹「……………………」
佳奈多「このっ!このっ!」
理樹「……………………」
佳奈多「………えっ?」
理樹「……………………」
佳奈多「な、直枝?」
理樹「……………………」
昼
ミンミンミンミーン……
理樹「……………」
理樹(次に目を覚ますと、外のセミがやけにうるさかった。もう昼になったんだろうか。なるほど、そこまで意識がなかったのか)
佳奈多「あ、直枝……」
理樹(横を向くと二木さんが正座でこちらを不安そうに見ていた)
理樹「今……何時?」
佳奈多「もう正午よ。お昼、作らないとね」
理樹(僕は布団に寝かされていた。そして何故か氷枕が敷かれていた。その理由は起き上がってから気付いた。頭に大きなたんこぶが出来ていたのだ)
理樹「つつ……」
佳奈多「あっ、まだ起きちゃダメよ!まだ完全に腫れが収まってないんだから…」
理樹(あの時のダブルショッキングはあの二木さんに心配されるほど見ていられないものらしい)
佳奈多「ご、ごめんなさい……本当に酷いことをしたわ」
理樹「いやいや、元はと言えば僕が自分で…」
佳奈多「まさかあんなゲンコツ一つでここまで大きく腫れるなんて思わなかったの」
理樹「は?」
佳奈多「葉留佳が出て行っていきなり飛びかかってくるものだから私てっきり……」
理樹(どうやら二木さんは僕がテーブルで打った所を見てなくて怪我は全部自分がやってしまったと思い込んでいるようだ)
理樹「はははっ、それは違うよ。二木さん、僕は……」
佳奈多「いいえ、違わないわ!私は最低の人間よ!眠り病で倒れたあなたを殴るなんて!」
理樹「………は?」
理樹(ナルコレプシー。確かにそれは僕の持病だった。しかし、それは今やあの世界から帰ってきて一度も発症したことがない。戻ってきてからまだ医者に見せてはいないが、多分もうそれは治っているはずだ)
理樹「いや、あのね二木さん…」
佳奈多「よく考えれば私ったらそういう事情も考えずにずっとキツく当たっていたわ……本当にごめんなさい……直枝」
理樹「………っ!」
理樹(その時見せた顔は僕に魔を差させてしまった。端に涙をためて上目遣いで見下ろされても勘違いだったと言える人はいない)
理樹「まあ……ちょーっと痛かった……かな?」
佳奈多「あ………うん…」
理樹「いやね。別に二木さんにどうこうしてもらおうなんて思わないよ。いつもご飯作ってもらってるし、むしろ感謝してるくらいさ」
理樹「ただ…」
佳奈多「ただ……?」
理樹「最近どうも肩が凝ってるんだよね」
ガチャッ
葉留佳「たっだいまー!」
理樹「あっ、おかえりー」
佳奈多「おかえり…んっ!……なさい……ふっ…!」
葉留佳「んなぁーーーーっ!?」
理樹「えっ、どうしたの葉留佳さん?」
葉留佳「な、な、な………」
佳奈多「…………どう、直枝?」
理樹「うん。凄く気持ちいい」
葉留佳「な、なんでお姉ちゃんが理樹君の肩揉んでるの!?」
理樹「なんでって……ねえ?」
佳奈多「ええ。たまに人の肩をほぐしたくなるのよ。葉留佳には内緒だったけど実は整骨院を立ち上げるのが夢なの私」
葉留佳「う、うぇぇえ!?なにそれ初耳ですヨ!?」
佳奈多「聞かれなかったもの」
葉留佳「普通『お姉ちゃんってもしかして整骨院を立ち上げるの夢?』なんて聞かないでしょ!というか理樹君、その頭どうしたの?なんか腫れてない?」
理樹・佳奈多「「ギクッ」」
理樹「そ、それは……」
佳奈多「蚊に刺されたの。どうやら10分間ずっと吸われ続けていたことに気づかなかったようね。本当に間抜けだわ」
理樹「いやぁ、お恥ずかしい」
葉留佳「ええ……」
理樹(今日の肩揉みの代わりにこの事はお互い一切忘れることにした。今回はそれで終わりだが、この事件のお陰で僕は自分が強い武器を持っていることに気付けた)
理樹(そう、とりあえず眠り病のせいにしておけば二木さんは弱い)
アパート
葉留佳「ふぁぁ……」
理樹「…………」
理樹(その日はずっと家でゴロゴロしていた。そろそろ一ヶ月で使えるお小遣いが底をつきかけていたし、特に外でやることもないからだ。こういう時は素直に日向ぼっこをして本でも読むほうがいい。どうやら葉留佳さんはお金がなくて嫌でもそうしているようだけど)
佳奈多「うーん……」
理樹(キッチンから二木さんの困り声が聞こえた)
葉留佳「どーしたの?」
佳奈多「卵を全部使っちゃってたのよ。まだあったと思ったんだけど……」
葉留佳「げっ……」
理樹(次に出る言葉は容易に予測出来た。どちらかが買い物に行かなければならない。あの大きく長い坂の上にあるスーパーへ)
佳奈多「悪いけど2人のどちらか……」
理樹(やるしかない!)
バサッ
佳奈多「買い物に行ってくれない?」
葉留佳「えーー!理樹君じゃんけんしよー……ってアレ?」
理樹「…………………」
理樹(気の毒だが葉留佳さんには犠牲になってもらおう)
葉留佳「あらら、理樹君寝ちゃってる」
佳奈多「えっ……?」
葉留佳「おーい!」
理樹(ゆさゆさと僕を起こそうとする葉留佳さん。そこに二木さんの鋭い声が助けにきた)
佳奈多「こら葉留佳!」
葉留佳「えっ、な、なに!?」
佳奈多「あなた自分が恥ずかしくないの!?」
葉留佳「は、はるちんなにかしましたカ…?」
佳奈多「直枝の病を知らないとは言わせないわ!病人を無理やり起こしてでも買い物に行きたくないっていうのあなたは!?」
葉留佳「あっ、えっ、なっ!?」
佳奈多「ほらっ!あとは私がしておくからあなたはとっとと行きなさい!」
葉留佳「でもただ普通に寝てるだけカモ……」
佳奈多「とっとと行く!!」
葉留佳「う、ウィムシュー!」
理樹(ドタバタと用意して扉を出て行く音が聞こえた。葉留佳さん、君はいい道化だったよ)
理樹(と、二木さんが僕の上半身を起こした。ミントのいい匂いがする)
佳奈多「ふぅ……ヒョロヒョロしてる癖になかなか重たいわね…これでも男の子ってことか」
理樹(二木さんが両肩を持って僕をすぐそばのソファーまで移動させた。ここまでさせて少し罪悪感はあったが、肩に当たる柔らかい感触でそれは既に吹っ飛んでいた)
佳奈多「よいしょっ……と」
理樹「…………………」
佳奈多「…………………」
理樹(僕をソファーに運んだ後も二木さんの気配は近くにあった。いったい何をしているんだろう)
佳奈多「…………………」
佳奈多「…………………」
佳奈多「……………ハッ!」
佳奈多「い、いったい何を考えてるの私は!不謹慎な……」
理樹(本当に何を考えていたんだ!?)
佳奈多「ま、とにかく……おやすみなさい直枝」
理樹(僕にタオルケットをかけると、二木さんは皿洗いに専念した。こうしても目を瞑って水が流れる音を聴いているとなんとなく両親がいた頃の雰囲気を思い出す)
………………………
…
理樹「………ん……あ…」
理樹(気づかないうちに本当に寝てしまっていたようだ)
葉留佳「あー!もー!起きるの遅すぎだよ理樹君!」
理樹(身体を起こすと洗濯物を畳んでいた葉留佳さんが僕に小言を言った)
葉留佳「理樹君があんなタイミングで寝ちゃうから買い物に行かされたし、その後はお風呂洗いと洗濯物までさせられたんだから!」
理樹「なんだか全部押し付けちゃったみたいだね。ごめん…」
理樹(やったね)
葉留佳「はるちんはもうプンスカですヨーー!!!」
理樹「あれっ、そういえば二木さんは?」
葉留佳「お風呂。もう2人でご飯食べちゃったよ」
理樹「そっか」
葉留佳「おかずは冷蔵庫にあるからね」
理樹「うん」
理樹(ただ買い物をサボるだけのつもりだったが、これは嬉しい誤算だ。やはり二木さんはこの間のこともあり、ナルコレプシーについてかなり敏感になっている)
コメント一覧
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- 2016年08月09日 17:01
- ヘルカイザー理樹……なんだかんだよくわからないパワーより生まれし怪物……!!!
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- 2016年08月09日 17:39
- ちょろかなたんかわE
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- 2016年08月09日 18:45
- 塞翁がペガサス笑う
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- 2016年08月09日 18:53
- 上目遣いで見下ろすってどうやんの
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- 2016年08月09日 19:42
- かなたーーーーん好きだあああああああああああ
もう辛抱ならああああああああああん!(ボロン
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- 2016年08月09日 19:45
- ※4
ヤンキーみたく額をくっつけてやればできんじゃね?
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- 2016年08月09日 19:47
- ※4
相手が寝ててこちらの位置が上にあれば上目遣いで見下ろせるのでは…?
試しにやってみましたできた(`・ω・´)
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- 2016年08月09日 22:18
- 塞翁がペガサス好き
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- 2016年08月09日 22:54
- なんでSSの理樹は大抵グズいんだ?そして被害者は大半が佳奈多という
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