渋谷凛「夏祭り」
「凛」
周囲の喧騒の中から、すっと抜けるように声が聞こえた。私は髪から手を下ろし、
「プロデューサー」
そう呼ぶと、プロデューサーは「すまない、遅くなった」と言って頭を下げる。
「大丈夫だよ。私も、さっき来たところだから」
「そうか? でも、アイドルを一人で、ってのはなぁ……だから、待ち合わせなんてせずに、二人で一緒に来れば良かったのに」
「それは……ダメ」
「ダメなのか」
「うん、ダメ」
そうか、と言ってプロデューサーは笑った。かと思えば、ふっとその笑みが消えて、真剣な調子で私を見つめ始める。
いったいなんなのか……なんて、思うような仲じゃない。
「どう? プロデューサー」
私は自分の着た浴衣をプロデューサーに見せつけるようにポーズをとる。昔の私ならこんなことにも恥ずかしがっていただろうけれど、さすがにもう慣れた。これもアイドルらしくなった、ということなのかな。ビジュアルレッスンの成果、かも。
プロデューサーもプロデューサーで、ビジュアルレッスンの時のようにじっくりと私の全身を見つめる。足の指先から頭のてっぺんまで、見落としがないように見つめられて、私は少し呆れてしまう。私も私だけど、プロデューサーもプロデューサーだよね。
「……似合ってるよ、凛」
「ありがと」
私は言って、ふふ、と笑う。プロデューサーに褒められるのは、素直に嬉しい。
「そう?」
「ああ。うなじとか、何と言うか……たまらないな」
「ちょっと、プロデューサー。なんか、おじさん目線じゃない?」
さすがにそこまで言われると恥ずかしくて、私はプロデューサーから隠すように首元に手を当てる。プロデューサーはむぅと唸って、
「隠さなくてもいいだろ」
「プロデューサーが変な目で見るからだよ」
「変な目じゃなかったと思うんだがなぁ」
「変な目だった。絶対」
変な目だったか……。プロデューサーはそう言って落ち込んで見せてから、私に向かって手を差し出す。
「まあ、そんな変な目ではありますが、今日は付き合ってくれますか? お姫様」
「……なんか、キザだね、プロデューサー」
「わかってる。だから、早く手をとってくれないか? 恥ずかしい」
「なら、やらなかったら良かったのに」
「そう言われると困るな」
苦笑。しかし、その手は差し出されたままだ。
「……じゃあ」
私はその手をじっと見つめてから、そっと自分の手を置いた。
「連れて行ってもらおうかな、王子様」
「よろこんで」
そう言って、プロデューサーは私の手に顔を近付け――ちょ、待って。それはさすがに予想してない。まだ、心の準備が、
「――なんて、ここまでやったらキザ過ぎるか」
そう言って、プロデューサーはさっと私の手から顔を離す。その顔にはいたずらっ子めいた笑みが浮かんでいて……。
「……プロデューサー」
「なんだ?」
「ばか」
なっ、とプロデューサーの声が聞こえる。でも、私はもう見ていない。プロデューサーからそっぽを向いて歩き始めている。
「ちょ、凛、待ってくれって。謝るから、ちょ、ごめんって」
……子どもっぽいな、と思う。でも、先にやったのはプロデューサーだ。これくらいはやってもいいだろう。
それに。
「凛。りーんー。本当、ごめんって」
プロデューサーにこうやって追いかけられるのは、なんだか、ちょっと、気分が良いから。
……もうちょっとだけ、こうしていよう。
そう思いながら、私は自分の口角が少し上がってきていることに気付いた。
プロデューサーに見られたら、そんなに怒っていないってバレちゃうかな。
見られないように、隠した方がいいのかな。
そんなことを考えた。
でも。
私はそれを隠さないことにした。
隠さなくてもいいって、思ったから。
*
人混みの中を歩いていると、汗で首元が湿っているのに気付いた。私はハンカチをそっと押し当て、汗を拭う。
「大丈夫か? 凛」
「大丈夫だよ。ありがと、プロデューサー」
夏祭り。
事務所から少し離れたこの場所でそんなものが開かれるなんて、つい最近まで知らなかった。
きっかけは、ちひろさんのあの言葉。
「そう言えば、そろそろ夏祭りの季節ですね、プロデューサーさん。今年は一緒に行けそうにないですけど」
ふふ、と笑いながら彼女は言った。『今年は一緒に行けそうにない』。そこには、二つの意味が含まれていた。
一つは、それだけ忙しくなった、ということ。
もう一つは、ちひろさんとプロデューサーが去年は一緒に夏祭りに行った、ということだ。
その時に事務所にいたのは、私と、卯月と、未央の三人。
それでどうなったか……は、まあ、予想できるよね。未央がぶーぶー不満を漏らして、ちひろさんだけいいなーいいなー私たちもプロデューサーと行きたいなー、とか、そんなことを言って、四人で夏祭りに行くことが決定した――はず、だったんだけど……。
「……仕事?」
夏祭りの日付を確認すると、その日は卯月も未央もちょうど仕事が入っていた。ピンクチェックスクールの仕事とポジティブパッションの仕事。
とは言っても、仕事が入っていたなら仕方ない。一緒に夏祭りに行くことは、なかったことに……。
「――と、いうことで! しぶりんはプロデューサーと二人きりで夏祭りデート、だねっ♪」
「……は?」
未央の言っている言葉の意味がわからない。いや、こうなったらそもそも夏祭りに行くことそのものが中止になるんじゃ……。
「そうですね! ちょっと、妬けちゃいますけど……でも、仕方ありません! 凛ちゃん、楽しんできて下さいね♪」
「いや、卯月、未央、ちょっと待って」
頭が痛くなってきた……未央だけならまだしも、卯月まで。
「お? しまむー、『妬ける』なんて……それは、どっちの意味ですかな?」
「どっち……?」
「プロデューサーかしぶりんか、どっちに妬けているのか、ってことだよ!」
「それは……どっちもです!」
「どっちも……うん、確かに、どっちもだね」
「はい!」
……それなら、私がプロデューサーと行かなければいいだけじゃん。
そう言ったけど、結局、私はプロデューサーと二人で夏祭りに行くことになった。
「うーん……いいや。せっかくのデートの邪魔したら悪いしねー。もちろん、私も奈緒も妬いてるけどね」
「なっ……あ、あたしは、妬いてなんかないぞ?」
「えー、ほんとにー?」
「……そ、そりゃ、ちょっとは、妬いてるけど」
「ほらー。最初から素直に言えばいいのに」
それなら、三人で。
「それはダメ。ね、奈緒?」
「……うん。それはダメ、だと思う」
どうして……。
「どうして、って……あたしも、凛の立場ならそうしたかもしれない、けど、でも、せっかくの二人きりなんだから……さ」
「というか、凛は嫌なの? Pさんと、二人きり」
それは……嫌じゃ、ないけど。
「……ほら。もう、決まってるじゃん」
「あたしもそうだけど、凛も大概だよなー」
「ん? ……奈緒。何が『そう』なの?」
「ちょ、今はあたしじゃなくて凛だろ? なんでいきなり矛先を向ける方向を変えるんだよ」
「んー……お約束?」
「なんのだよ!」
そうして、二人はいつも通りのやり取りを始めて……つまり、やっぱり私はプロデューサーと二人きりで夏祭りに行くことになった、ということだ。
嫌じゃない。嫌じゃない、けど……。
「どうした? 凛」
「なんでもない」
「なんでもない、って……まあ、それならいいが」
そう言って、プロデューサーは苦笑する。そんなプロデューサーの顔を見て、
「……ごめん、プロデューサー」
「ん? 何がだ?」
「今の態度。プロデューサーは心配してくれただけなのに、って」
「あー……」
プロデューサーはぽりぽりと自分の頭をかき、
「それなら、まあ、気にするな。凛は割りとそんな感じだし、慣れてる」
「……それ、フォローしてるつもり?」
「んー……あ、これじゃ、してないのと同じか」
プロデューサーは笑う。……もう。
「ばか」
「おう」
私が呟いて、プロデューサーが答える。それで終わり。
ふと周囲に目を向けると、大勢の人と、色んな屋台が出ている。浴衣を着ている人は、そこそこいる。半分半分、といったところだろうか。
屋台は夏祭りによくあるようなものばかり。金魚すくいとか、りんご飴とか、たこ焼きとか、輪投げとか、射的とか。この夏祭りはあまり大規模なものではないけれど、『お祭り』って言われて思いつくものは一通り揃っているような気がする。
「凛、何か、買いたいものとかあるか?」
そうやって私が屋台を見ていることに気付いたのか、プロデューサーが言った。
「買いたい、もの……」
どうしよう。そう言われると、なかなか出てこない。
「プロデューサーは?」
だから、私はプロデューサーに質問を返した。プロデューサーは即答した。
「たこ焼き。というか、ソース味のなんか。ずっとにおいがしてもうたまらん」
「なにそれ」
思わず、ふふっ、と声に出して笑ってしまう。プロデューサーが買いたかったんじゃん。
「……だって、俺の方から言うのは、その、やっぱり、大人だし……」
「大人とか関係ある?」
「……ないか」
「ないでしょ」
プロデューサーはいったい何を気にしているのか。なんとなく、わからないでもないけど……私とプロデューサーの関係は、アイドルとプロデューサーだ。生徒と教師……とは少し違うけれど、そんな関係なのに、自分の方から、というのは気が引けたのだろう。
私なら……例えば、年少組のアイドルと一緒にこういうところに来て、自分の方から『何かが欲しい』とは言い出しにくい、みたいな。たぶん、そんな感じなんだろう。それは、まあ、わからないでもない。ない、けど……。
「……は?」
プロデューサーの声。私は手で口を抑える。今の、声に出てた? 声に出すつもりは、なかったんだけど。
プロデューサーは私の言葉を訝しみながらも、「んー」と考えこみ、
「子ども……まあ、そうだな。凛は子どもだろ」
……わかっていたけど、改めてそう言われると、なんだか、変な気分になる。
これは、どうしてなんだろう。
プロデューサーからすれば私は子どもで……でも、私は。
私は、そう思ってなかったのかな。
だから、私は、こんな気分になってるのかな。
……でも、それじゃ、いったい、私はなんだと思っていたんだろう。
プロデューサーと私の関係を、なんだと――
「でも」
プロデューサーが言った。
「その前に、俺のアイドルだよ。一緒に走り続ける……相棒、だな」
……そっか。
「相棒……か」
「違うか?」
「ううん……私も、そう思ってた」
そう思っていたって、今、改めてわかった。
「プロデューサー」
「ん?」
「たこ焼き、食べよっか」
「そうだな。じゃ、俺が買ってくるから、凛は……」
そう言って一人でたこ焼き屋さんの前に向かおうとするプロデューサーの服の裾を、私はつまんだ。
プロデューサーはその顔に少しの驚きを浮かべ、こちらを振り向く。
「私も、行くよ」
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コメント一覧
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- 2016年08月10日 23:10
- 自分の脱いだ下着に中☆出しされたPの精△液が沁み込んだんだな
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- 2016年08月10日 23:17
- 凛はPの前だとすぐ発情するからな
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