勇者「特筆すべきことはない」
いよいよ待ちに待ったこの日がやってきた。
20年に一度行われる「勇者試験」始まりの日。
俺のこれまでの22年間の人生は、このイベントの為にあったといっても過言ではない。
家を出発しようとする俺を、父母――だけではない。
祖父母、いとこ、はとこ、甥や姪、面識すらない奴らまで、一言でいえば一族総出で見送る。
「行ってきます」
さてここで、勇者とは何か、勇者試験とは何か、について説明せねばなるまい。
勇者とは俺が住む王国の軍事の象徴であり、勇者になれば自動的に総大将の地位になる。
ひとたび勇者になれば、当人はもちろん、その一族にも莫大な褒賞や強力な特権が与えられる。
勇者の任期である20年の間、一族は「勇者の一族」として猛威を振るうことになる。
任期を終えた後はどうなるかというと、没落してしまったケースもあるにはあるが、
大半の一族は現在も中央の高級官僚であったり、地方の豪族に収まっていたりと、権勢を誇っている。
補足しておくと、任期の間に勇者が亡くなっても、次の勇者試験が行われることはない。
その場合は騎士団長が残る期間「代勇者」となる。
(もちろん、騎士団長に本来の勇者に与えられる特権などが与えられることはない)
これは「勇者を暗殺すれば、すぐ次の試験が開かれる」という考えを起こす者を
出さないようにするための制度である。
ようするに、勇者になってさえしまえば、薔薇色の人生を歩めるというわけだ。
20年に一度の試験をなるべく心身が充実した時期に受けさせるために、
我が子の出産時期を調整する母親までいるという。
いや、「いるという」というのは相応しい表現ではなかった。
他ならぬ俺の母もそのクチなのだから。
ちなみにこの勇者という称号、これはおよそ1000年前、王国に現れた魔王を討伐したという
若者に由来する。
当時の国王はこの若者に大いに気に入り、「勇者」という称号を授け、厚遇しようとしたが、
若者は家族も作らぬまま夭折してしまった。
彼を憐れんだ王は若者を軍事の象徴として崇めることに決めた。
そして時代時代、国でもっとも英知と武力を備えた者を「勇者」とし、
その者には多大な褒賞と特権を与えることにしたのだ。
これが「勇者試験」の始まりである。
なお、勇者試験が20年に一度というのは、若者が亡くなったのが20歳だったからといわれている。
この亡くなった若者が平民であったことから、勇者試験の門戸は広い。
王国の城勤めである者を除けば、どんな身分であろうと受けることができ、年齢制限もない。
女性だって受けられる。
最年長では45歳、最年少では16歳で勇者になった者がいるという記録が残っている。
ただし、勇者試験の対策には莫大な金銭が必要になるため、
裕福な身分でなければ、勇者試験をある程度突破することすら難しいというのが実態である。
なまじ年齢制限がないせいか、勇者試験のために一生を棒に振ってしまう者も多い。
それでも誰でも受けられ、しかも勇者になれば一族安泰となれば、
たとえ難関であろうと試験を受ける者受けさせる者が後を絶たないのはいうまでもない。
俺は一族の期待と未来を一身に背負っているのだ。
肝心の試験の内容についてであるが、それはこれから説明していくことにしよう。
勇者試験は大きく分けて、一次試験・二次試験・最終試験の三つとなる。
東西南北中央の五地域で一次試験が行われ、その合格者が騎士団領で実施される二次試験に進むことができ、
さらにそれをクリアした者が王城での最終試験に臨めるという仕組みだ。
俺は西地域の出身なので、西地域における一次試験場に足を運ぶことになった。
一次試験場は大昔に使われていた巨大な砦を改装したものだった。
砦内にある無数の部屋の中に、大量の受験者がぎゅうぎゅうと詰め込まれる。
統計によると、一次試験の受験者は一つの地域につきおよそ4~5万人。
つまり全国の受験者数は毎回20万にも達する。
この中で勇者になれるのはたった一人だから、倍率は20万倍以上ということになる。
気が遠くなるような数字だが、それでもなお挑戦する価値がこの試験にはあるのだ。
一次試験開始。
一次試験は前半後半に分かれており、
前半はまずぶ厚い冊子を渡され、12時間ぶっ通しで、四択問題をひたすら解いていくことになる。
出題範囲は広く、言語学、数学、歴史学、地理学、化学、物理学、武術学、魔法学……と多岐にわたる。
一問一問をほぼ反射的に解かねば、とても解き切れないほど膨大な問題数である。
カンニングなどの不正が通用するレベルではない。
ちなみに問題を解き切れなかったら、問答無用で足切り(後半に進めない)。
また、正解率が九割未満でも足切りされる。
12時間不休で集中力を維持できる体力と精神力を持ち、本能レベルで知識を身に付けた者でなければ、
この初戦を突破することは到底敵わない。
俺はよどみなくスラスラと問題を解いていく。
当たり前だ。
俺は勇者試験のために、2歳の頃から毎日最低8時間以上勉強してきたのだ。
こんなところでつまずくわけにはいかない。
俺が全て解き終わった時には、30分ほど時間が余っていた。
12時間経過し、一次試験前半が終了する。
解答用紙はすみやかに回収され、すみやかに採点がなされ、すみやかに後半に進める者が貼り出される。
一次試験後半に進めた者は、一万人にも満たなかった。
むろん、俺はその一万人未満に入っていた。
だが、喜んだり安堵している暇などない。
合格者にはさらなる難関が待っているのだから。
丸一日後、一次試験後半がスタートする。
今度は択一問題ではなく、記述式の問題である。
出題範囲は先ほどよりもさらに広く、
問題:勇者に敗れた魔王が死に際に放った一言を答えよ
答え:我は必ずや千年後に復活してくれる
このような子供でも答えられる問題もあれば、
問題:魔法学の権威フェルーベル氏が提唱するレーベ=フィーチャー論について説明し、
なおかつこれを否定し、これを上回る新たな理論を論ぜよ
などという、王国トップクラスの学者ですら解けないような問題も出る。
むろん、俺は解ける。
勇者とは最高の武力と英知を持った者なのだ。これぐらい解けなければ勇者になろうとする資格すらない。
一次試験の後半は24時間ぶっ続けで行われる。
俺は不眠不休で解答欄を埋め続け、どうにか自信のある一つの作品に仕上げることができた。
翌日には合格者が発表されたが、俺は自分の名前を確認した時、この時ばかりは安堵のため息をついてしまった。
22年間の努力が一次試験で終わってしまっては、もはや生きていられない。
ちなみに西地域での一次試験突破者数は、1,858人であった。
一次試験から一週間後――
王都にある騎士団領にて二次試験が行われる。
一次試験が“知”の試験だとするなら、二次試験は“武”の試験である。
五地域から一次試験を突破した勇者候補10,304名による熾烈な二次試験が始まる。
二次試験もまた、前半後半に分かれる。
前半の内容は、騎士団の精鋭30名が見守る中、指示されるがままに型を繰り出し続けること。
「森羅万象の型! 獅子の型! 双頭竜の型! 炎壁の構え! 武人の型! 烈火急襲の型!」
全部で1216種類ある剣の型を、指図通りに、美しさと速さを保ったまま正確にこなし続けなければならない。
もし一回でも間違えたり、美しさやスピードが不足していると判定されればその時点で終了。
もちろん、俺はこれを危なげなく突破した。
これも日々、剣の英才教育をこなしてきた成果である。
俺の頭と筋肉には、古今東西あらゆる剣が刻みつけられているのだ。
二次試験後半は魔法試験。
大賢者クラスの魔法使い5名の立ち会いのもと、指示通りに魔法を繰り出す。
魔法の種類は七属性578種あるといわれており、しかも異なる属性の魔法を連続で唱えるのは
熟練した魔法使いでも暴発する恐れがあり、非常に危険が伴う。
事実、この魔法試験では毎回数人は重傷者が出る。
だが、廃止されることはない。
自分の手足のように魔法を扱える者でなければ、勇者たる資格はないからだ。
膨大な魔力と、臨機応変な対応力と、そして度胸が
コメント一覧
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- 2016年08月13日 21:31
- 魔王「無理ゲーでした」
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- 2016年08月13日 21:37
- 1000年経って復活してみたら人間強すぎて無理ゲーだった
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- 2016年08月13日 21:46
- そりゃ勇者候補が数十人、準勇者も含めれば万単位ともなりゃね
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- 2016年08月13日 21:58
- 科挙試験だな。
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- 2016年08月13日 21:59
- 面白かった
オチもきれいだし
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- 2016年08月13日 22:00
- 初代勇者「いや、俺そんな超人じゃない」
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- 2016年08月13日 22:08
- 素晴らしいオチだった。
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- 2016年08月13日 22:10
- そら勇者と同等クラスの戦士が98人もいれば楽勝やな
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- 2016年08月13日 22:12
- 地位やら名誉やら 勇者とは真逆な気もするけどな
勇者達は何も考えて無さそう
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- 2016年08月13日 22:58
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魔王「ファッ!?人間ども強すぎィ!」
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- 2016年08月13日 23:00
- わろた
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- 2016年08月13日 23:11
- 美しいオチだった
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- 2016年08月13日 23:22
- 科挙だな
綺麗なオチだった
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- 2016年08月13日 23:52
- こんだけ達人がいればねぇ‥‥。
いかに魔王でも太刀打ちできないわな。
勇者試験は国の軍事力を高めるにも有効な制度だね。
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