凛「店番してるとアイドルがやってきて」
梅雨明けそのものはまだまだ先だろうけど、季節の移ろいは待ってくれない。
いつの間にか春を追い越して、そうして夏がやってくるのだろう。
6月というのは、花屋にとっての繁忙期。といっても、結婚式場と提携してるところに限るんだけど。
うちみたいな町の花屋では、忙しい母の日が終わって、これからお盆の準備に取り掛かるっていうくらいかな。
芸能界も花屋も、パイプのあるなしで忙しさも変わるな、そんなことを考えていたある蒸し暑いの日のこと。
留美「こんばんは、凛ちゃん。近くを通ったから寄ってみたけど……じっと見つめてどうしたの?」
凛「あ、いえ、きれいなドレスだなって。結婚式の帰りですか?」
留美「そうよ。今月は多いわね、ご祝儀も馬鹿にならないわ」
凛「ジューンブライドですからね」
凛「聞いたことあるくらいは」
留美「いくつか諸説あるみたいだけど、ヨーロッパは6月に晴れの日が多いから、らしいわ。日本じゃ真逆なのに、おかしいわよね」
凛「ブライダル業界じゃ6月は件数が少ないから、進んで話を広めていったらしいですよ」
留美「バレンタインも本来は家族や友人にメッセージカードや花束を贈る日なのに、日本だけは女性から男性へチョコレートをあげる日になってるわね」
凛「こうして考えると、他の国の文化がセールスに利用されることって意外と多い……?」
留美「この国はそんなものよ。クリスマスの次の週には紋付き袴で新年のお祝いですもの」
留美「あるけど遠慮したわ。新婦より目立つのは私も避けたいし」
凛「あ、そういうことか……」
留美「披露宴のときには既にそういう目で見られてたわ……私はいまアイドルなんだって、こんなことで再確認した気分よ」
凛「私も同じ学校の男子から同じことされますね。自分のこと以外にも、事務所のみんなのこととか聞かれたり」
留美「凛ちゃんはまだ若いから大丈夫。私はこの年で急にアイドルなんて始めたから、新郎の友人どころか、久しぶりに会う友達からも質問攻めよ」
凛「それは大変でしたね……」
留美「自分でもいまだに驚いてるわ。この私がアイドルなんて、昔の自分に言っても絶対に信じないでしょうから」
留美「タイミング、かしら。仕事も辞めた直後でどうしようかってときに、彼に出逢って名刺を渡されて――」
凛「タイミング……」
留美「なんていうのかしら、うまい具合にピースが嵌まっていったような、そんな感じよ……凛ちゃんもスカウトされた口、だったかしら?」
凛「そうですね。街でいきなり名刺渡されて、最初は断ったんですけど中々折れなくて話だけでもって」
留美「彼の熱意は本物だものね……先の話だけど、凛ちゃんはこれからもアイドル続けるの? それともいずれはお店を継ぐのかしら?」
留美「そう……あなたはまだ若いからどんな可能性もあるわ。のんびり考えて決めなさい。私は……」
凛「あの、留美さん?」
留美「友達がどんどんゴールインしてるの見ると、考えちゃうのよ。将来とかこれから先のこと思うとね。もういっそ彼に――」
凛「そ、そういえば留美さんはどうしてうちに? 何か探してる花とかあるんですか?」
留美「あぁそうね、ごめんなさい。ちょっと聞いてもらえるかしら」
……
…
凛「新しい趣味、ですか」
留美「本当はペットでも飼いたいんだけど、私個人の事情で難しいから」
凛「それで観葉植物」
留美「披露宴のテーブルにもたくさん花が飾られていて綺麗だったし、緑が部屋にあるのも悪くないと思ってね」
凛「わかりました。なにか希望とかあります?」
留美「初めてだし、あまり手のかからないものがいいかしら」
凛「持ち帰ることも考えると、あまり大きくない方がいいですよね……うん、ちょっと待ってて下さい」
留美「サボテン、ね。随分小さくて可愛いわね」
凛「手軽で初心者向けなので、自宅以外にもオフィス用で購入する人も多いですね」
凛「大事に育てれば大きくなって花も咲かせますよ」
凛「話しかけてあげるとよく育つらしいです」
留美「らしいなんて、花屋の店員さんがそんなこと言っていいの?」
凛「観葉植物、特にサボテンは名前まで付けて愛着持って育ててる人も多いみたいですよ」
凛「花という群としてじゃなく、ひとつひとつ個性がわかりやすいんで個として見やすいのが、愛着がわく理由のひとつです」
留美「名前ねぇ……そこまでするかはわからないけど。この子、ウチに連れてくことにするわ」
留美「ありがとう、凛ちゃん。自分なりにも調べてみるわ。情報収集は得意だから」
留美さんは引き出物の袋の中に新しい荷物を加えて、雨の中を歩いていった。
その足取りが来た時よりも軽いように見えたのは、きっと気のせいじゃないだろう。
留美さん、あぁ言ってたけど絶対名前付けそうだな……自宅でサボテンに話しかける留美さんを想像して、何だか微笑ましくなった。
正しい知識と愛情を持って育てれば、花はそれに応えてくれる。
きっと、あのサボテンも、いつか綺麗な花を咲かせるだろう。
漂う空気に秋を感じ、暑いと口を尖らせていたあの夏を懐かしむ。
店先で見上げた秋空は、澄み切った蒼を遠くまで拡げていた。暑さも寒さも彼岸まで、だっけ。
そんなことを考えていたら、秋風が特徴的なエンジン音を運んできた。そんなあるお彼岸の日のこと。
夏樹「エプロンつけてるってことは店の手伝いかい?」
凛「うん、まぁいつものことだよ。2人はツーリング?」
拓海「台風一過でこんな良い天気じゃ走りたくてウズウズしてよ」
夏樹「涼しくなったし、風が気持ちいいんだ」
拓海「あぁ、サイコーだよな!」
拓海「いや、なんも決めねぇでただ走ってただけだけだからよ。軽く山超えたくらい?」
夏樹「どこかへ向かうことが目的じゃなくて、走ることが目的だからね。今日は突発だったし」
凛「そういうものなんだ……」
拓海「ま、バイク乗り回す楽しさが理解できないとわかんねぇ感覚かもな」
凛「なら理解できたとしてもまだ先だね……店先で話すのもなんだし、とりあえず中入りなよ」
夏樹「それじゃお言葉に甘えようかな」
拓海「凛、バイクはどこ置きゃいいんだ?」
凛「お店の前でいいよ。歩道歩く人の邪魔にならないようにしてね」
夏樹「アタシも。あいにく花を抱えるよりギター抱えるほうが性に合ってるみたいでね」
凛「それで、山を越えたって言ってたけど、道中で綺麗な景色とか見れた?」
夏樹「あぁそうそう、途中でこんなのが見れたよ……携帯で撮ったヤツだけど、ほら」
凛「わ……土手が一面真っ赤な彼岸花で溢れてる」
拓海「凄くねェか?見つけたときは思わず止まっちまったよ」
凛「うん、生で見たらもっと凄いんだろうね」
夏樹「彼岸花ってあんまり良いイメージないけどさ、アタシは好きなんだよな」
拓海「そういや前にそんな柄の着物着てた仕事あったな」
夏樹「拓海って結構アタシの仕事チェックしてるよね」
拓海「な、うっせーよ!たまたまだ!」
夏樹「ちょうどお彼岸の時期に墓地で咲いてるからか?」
拓海「でもなんで墓地に咲くんだろうな?」
凛「彼岸花は花や球根に毒素も含んでるから昔からお墓の近くに植えられたんだって」
拓海「おいおい、死人に鞭打ってんじゃねぇのかそれ!」
凛「そうじゃなくて……昔は土葬だったから、モグラやミミズから埋葬者を守るために、球根にも毒のある彼岸花を植えたとか」
夏樹「なるほどね、せめて安らかな眠りをってことか」
拓海「花屋なんて店の前通るくらいなもんだけどよ、たしかに彼岸花が売ってるとこは見たことねぇな」
凛「売ってはいるよ? うちにもあるし」
拓海「あんのかよ! さっきの話はなんだったんだよ!」
凛「適してないのはあくまで贈り物としてだから。いま持ってくるよ」
拓海「……なぁ凛、これ本当に彼岸花なのか? 花の形も色も違うじゃ
コメント一覧
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- 2016年08月16日 22:17
- こういうの好きだ
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- 2016年08月16日 22:42
- このシリーズ好きだ
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- 2016年08月16日 22:44
- 「サボテンの花が、咲いている……」
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- 2016年08月16日 22:50
- ねむい
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- 2016年08月16日 23:10
- 安楽椅子探偵はあまり好きではない。
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- 2016年08月16日 23:11
- 菜々さんが高校生の頃は本当にコンビニが有ったのかな?
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- 2016年08月17日 00:00
- 彼岸花と聞くとゲームの彼岸花と彼岸花の咲く夜にが頭に浮かぶ。
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