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スマホどころかデジカメやビデオも無かった時代、昔ながらのカメラは当時の様子を記録する重要なツールだった。その頃に撮られた昔の写真の中には、失われた文化や歴史的に貴重な瞬間、膨大な時の流れを感じさせるシーンがおさめられている。
これまでも取り上げている歴史的写真シリーズだが、今回は海外サイトで公開されていた1800年代後半から1900年代半ばにかけての珍しい写真をざざっとご覧いただこう。
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1. ピラミッド上空を通過する飛行船 (1931)
imege credit:Wikimedia Commons
ドイツのツェッペリン運航会社の飛行船。この6年後にヒンデンブルク号爆発事故が起きた。
2. ヒンデンブルグ号爆発事故 (1937)
imege credit:Wikimedia Commons
1937年5月6日に米ニュージャージー州で墜落する飛行船ヒンデンブルグ号の最後の写真。
3. 少年時代のアドルフ・ヒトラー (1899)
imege credit:Wikimedia Commons
オーストリア人のクラス写真に写ったアドルフ・ヒトラー(1889-1945)。後列の一番背が高い子どもが彼だ。
4. ナチの敬礼を拒む一人の男性(1936)
imege credit:Wikimedia Commons
5. ヒトラーの死を報じた米軍の広報雑誌
imege credit:Wikimedia Commons
6. 建設中のベルリンの壁 (1961)
imege credit:Wikimedia Commons
7. 建設中のエッフェル塔 (1888年6月)
imege credit:Wikimedia Commons
8. フランスのパリで建設中の自由の女神 (1883)
imege credit:Flickr / New York Public Library
9. リンカーン米大統領暗殺の共謀者ルイス・パウエル(1865)
imege credit:Wikimedia Commons
1865年に米ワシントンD.C.の劇場でリンカーン大統領が殺害された際、暗殺計画主導者の同志だった元南軍兵士のルイスは、国務長官のウィリアム・スワードの寝室に侵入し、ナイフでスワードを襲った。その後彼は裁判にかけられ、絞首刑となった。この画像は元の写真に着色したもの。
10. シャイアン族の族長だったリトルコヨーテとモーニングスター (1873)
imege credit:Wikimedia Commons
シャイアン族はアメリカのインディアン部族の一つだ。北米の先住民の文化は豊かで複雑だったが、その歴史の多くは19世紀に広まった帝国主義と差別主義により、痛ましい形で失われた。
11. ナバホ族の薬剤師 (1904)
imege credit:New World Encyclopedia
インディアン部族に属するナバホ族で仲間の治療をしていたと思われる。この男性が持つ道具は彼の処方薬や儀式には欠かせないものだった。
12. もみあげの新スタイルを作った軍人
imege credit:Wikimedia Commons
南北戦争で北軍の将軍を務めたアンブローズ・バーンサイドの立派なもみあげの形は、斬新なもみあげスタイルとして、その苗字をもじった「サイドバーンズ」と呼ばれるようになった。
13. 5人目のビートルズと呼ばれたドラマー、ジミー・ニコル (右端、1964)
imege credit:Wikimedia Commons
1964年の6月、ジミーニコルは病で倒れたビートルズのリンゴスターの代役として、10日間で8つのコンサートでドラムを叩いた。ビートルズのメンバー3人と撮影。
14. 米軍にて宣誓をするエルヴィス・プレスリー (1958)
imege credit:Wikimedia Commons
15. アメリカでアウトローとして知られたビリー・ザ・キッド (1879)
imege credit:Wikimedia Commons
西部開拓時代にアウトローとして名を馳せた、ビリー・ザ・キッド(1859-1881)の貴重な写真。現存するのはこの一枚のみだという。
16. 実験室の椅子に掛け、拡大送信器の実験を行う二コラ・テスラ
imege credit:Wikimedia Commons
17. イギリスの南極探検隊と氷山の洞窟 (1911年1月5日)
imege credit:Wikimedia Commons
18. 若かりし頃のチャーリー・チャップリン (1918)
imege credit:Wikimedia Commons
19. アルカポネが投獄された独房
imege credit:Wikimedia Commons
アメリカのフィラデルフィア州のイースタン州立刑務所の独房(関連記事)。当時の状態のまま保存されている。
20. 盗難事件後、イタリアのウフィツィ美術館に展示されたモナリザ (1913)
imege credit:Wikimedia Commons
1911年にパリのルーブル美術館で名画モナリザが盗難されたものの、その2年後に犯人が発覚、無事に返却されるという事件があった。この騒動の真犯人は、ルーヴル美術館に勤めていたイタリア人のビンセンツォ・ペルージャだった。盗難の手口は開館時間中に入館し、清掃用具入れの中に隠れて閉館を待った後、コートの下に隠し美術館の外に持ち去るというもので、名画は保管していたという。
逮捕されたペルージャは、モナリザを描いたレオナルドが彼と同郷のイタリア人であることから、この名画はイタリアの美術館に展示されるのが道理だと主張し、投獄される一方で愛国者として称えられた。こうして再び見つかったモナリザはペルージャの主張が考慮され、ルーヴル美術館に送り返される前にイタリアのウフィツィ美術館に2週間展示された。
21. ツタンカーメンの墓の封印。発見時の写真 (1922)
imege credit:Wikimedia Commons
この封印は3千年以上も未開封のままだった(関連記事)
22. バールベックのジュピター神殿(1890 -1923)
imege credit:Wikimedia Commons
ユネスコの世界遺産に登録されたレバノンの遺跡の一つであるジュピター神殿は、世界でも屈指のローマ神殿の遺跡だ。この神殿は2〜3世紀ごろローマ神ジュピターを祀るために建てられたという。
23. 2歳のダライラマ14世 (1940)
imege credit:Wikimedia Commons
ダライラマはダライラマとしてこの世に誕生する。チベット仏教のゲルク派には、最高位にあたる化身ラマが転生するという教えがあり、転生した彼を探し当てる伝統がある。これは現在のダライラマ14世テンジン・ギャツォが2歳の頃の写真だ。
24. ライオンの咆哮シーンを撮影・録音する技師たち (1928)
imege credit:Wikimedia Commons
アメリカのマスメディア企業MGMがオープニングに使用した。
25. 大観衆の前でスピーチするスワミ・サッチダナンダ (1969)
imege credit:Wikimedia Commons
ウッドストック・フェスティバルに集まった大勢の人々の前でオープニングスピーチをしたヨガ行者のスワミ・サッチダナンダと弟子たち。
26. 防護服をつけたフランスの技師(1918)
imege credit:Wikimedia Commons
27. 55. 水着の宣伝をして逮捕された女優 (1907)
imege credit:Wikimedia Commons
体にフィットするワンピースの水着を売り込むオーストラリアの女優アネット・ケラーマン。その後、彼女はわいせつ罪で逮捕されてしまった。
28. 感電した同僚に人工呼吸を行う配電工事士 (1967)
imege credit:Flickr / Cliff
高電圧電線に触れた同僚を救おうとしている。
29. クマのぬいぐるみを抱くクリストファー・ロビン・ミルン (1928)
imege credit:Wikimedia Commons
彼は「クマのプーさん」の著者アラン・アレクサンダー・ミルン息子であり、その作品のモデルだった。
via:viralnova・translated D
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コメント
1. 匿名処理班
クリストファー・ロビンは実在した!
一番びっくりした
2. 匿名処理班
チャップリンハンサムだな
3. 匿名処理班
クリストファー・ロビンってこんな子だったんだ…。美少年だなあ。抱っこしているのがプーさんのモデルかな?
4. 匿名処理班
う〜む…建設中というテーマの写真と封印されていたツタンカーメンが好きかな。
封印の縄がまだ新しく感じるのは、その土地というか空間の湿度や空気が凄く縄の保存に適していたのかね。
5. 匿名処理班
若かりし頃のチャップリン、右と左のどっちだ?
6. 匿名処理班
27の水着、今ならどこの服と言われそうな
ごっつい下着。当時の人が今の下着を見たら
目を回すか、お〜神よーと十字作るかもな
7.
8. 匿名処理班
ダライ・ラマ14世は1935年生まれですので、
2歳ではなく5歳の頃の写真か、
もしくは1937年に撮影された写真かと。
9. 全温度チアー
5人目のビートルズと呼ばれたジミー・ニコルがいるなら、6人目のドリフターズと呼ばれたすわ・しんじも加えてほしいな。
10. 匿名処理班
一寸先はわからないのだ
11. 匿名処理班
ビリー・ザ・キッドの写真は
最近もう1枚新しいのが発見されたよね
12. 匿名処理班
伍長が既に七三でワロタ
13. 匿名処理班
テスラの実験写真の放電凄い!
そしてその横で平然としているテスラはもっと凄い!
14. 匿名処理班
ナバボ族ってNYヤンキースのジャコビー・エルズベリーの出身部族やん
500人くらいしか残ってないんだってね
15. 匿名処理班
じ、人工呼吸か。
つい愛が芽生えた瞬間かと・・・
16. 匿名処理班
ビリー・ザ・キッド写真あったんだ
あとチャップリン、イケメンですね
17. 匿名処理班
ニコラ・テスラ
この人の名とこの写真を初めて見たのは澁澤龍彦の本だった
そのときはテスラの「天才」の度合いがわからなかったけど、
年を取るにつれてわかるようになった
18. 匿名処理班
ライオン近すぎぃ!!
19. 匿名処理班
3はオーストラリア人じゃなくてオーストリア人じゃまいか?
20. 匿名処理班
子供時代のヒトラーから左、左、下あたりにウィトゲンシュタインがいる。
21. 匿名処理班
メディスンマンを薬剤師と言うのはちょっと違う…でも適当な言葉が出てこない
呪術師とも違うしシャーマンではないし
22. 匿名処理班
テスラの写真が凄い、電流のすぐ側で腰掛けてるのがいいなあ。この写真好きです。
23. 匿名処理班
ビリー・ザ・キッドことウィリアムHボニーの写真については、もう一枚発見されてなかったっけ?
24. 匿名処理班
今も解かれていない数千年の封印が世の中にはあるのかと思うと胸熱
25. 匿名処理班
本物のクリストファー・ロビンは実はプーさんが大嫌いだったんだぜ…。
いくつになっても「あ の クリストファーロビン」と言われ続けるのにうんざりしてたとか。
26. 匿名処理班
ヒンデンブルクの事故さえなければ現代にも飛行船メーカーはもっと生き残ってたろうし、なんか画期的な技術とかも生まれて広く普及してたんだろうなぁ
27. 匿名処理班
少年時代のヒトラーの写真はいつ見ても凄いな。
只の子供達の集合写真なのに、何か一人だけ圧倒的に普通じゃない
子供が写ってる様に感じる不思議。
28.
29. 匿名処理班
クリストファー・ロビンはちょっと気の毒だよな。
当時はプライバシーへの配慮がなかったから、
いろいろあり過ぎて父の作品であるプーのことを晩年まで憎んでいた。
30. 匿名処理班
リンカーン暗殺の共謀者、服が女っぽくて現代の人にしか見えないんだが
ただよく見るとズボンの社会の窓にボタンが二つあるのが昔の人の証拠
31. 匿名処理班
1はツェッペリンより撮影場所の方が気になる
どこだその絶景は。
32. 匿名処理班
テスラのあれ写真だったんだ〜〜〜!
すごすぎてずっと絵だと思ってたよ。
33. 匿名処理班
水着は今後もこのまま順調に進化して欲しいです。はい。