二宮飛鳥「彼女はまるで」相葉夕美「お花のようでした」
快晴の青い空の下、太陽の光を浴びてご機嫌な彼女は、まさしく花そのものだった。
事務所の屋上、ボクのお気に入りの場所の一つ。
その一角には大きめのプランターが幾つも並べられたガーデニングスペースが拵えてあり、結構な存在感を放っている。
その主であり、ちょうど今踊るように植物たちの世話をしている彼女こそが、相葉夕美……ボクとユニット「ミステリックガーデン」を組み、ステージを共にする相方だ。
彼女はCDデビューの時期、という意味だけでいうなら同期にあたるのだろう。それ以上の接点は、直接的には存在していない。
だけどボクは、彼女のことを少しだけ一方的に知っていた。
この場所で物思いに耽る時、いつだって視界に彩をもたらす花々。
数ヶ月に一度、季節に応じてそのレパートリーも変わっているらしいそれが、ボクの興味を引きつけることは少なくなかった。殆ど1人で育てているという彼女も含めて、だ。
「やあ。手伝おうか?」
「あっ、飛鳥ちゃん!んー……うん、折角だからお願いしちゃおうかなっ。水やりがまだなんだ」
さて、普段ならもっと遅い時間か天気が悪いときに足を向けるこの場所。
しかし今回は話が別。ユニットを組むのだから親睦を深めるために、という名目で花の世話を一緒にしようと申し出たのはボクだ。
「夕美さん、一つ確認をしていいかい。……そう、水やりをあまり要求しないのは、これと、この花だったかな?」
「そうそう、合ってるよ!えーっと、ちょっと待ってね。……うん、こっちは土が乾いてきてるから少しだけお水をあげて欲しいな。他のお花はちょっと多めなくらいでも大丈夫」
土に指で触れて様子を確認してから、夕美さんはそう答える。
ボクのような素人の身にとって、こういった的確な指示はこれ以上なくありがたいというもの。
教わった知識の反復はできてもまだ不安もあるし、その場その場での判断は彼女に任せるしかないのだ。
勿論、それに甘んじることなくボク自身ができることを増やしていきたいのだけど。
じょうろを傾けて、伝えられた通りになるよう水をやる。
水を浴びて光を反射する苗は、それぞれ成長の具合や形状は違っているものの、健やかに枝を伸ばし葉を増やしていた。
さて、ふと思いついてしまった言葉遊びを隣にいる彼女に投げかけずにはいられないのは、ボクの悪癖の一つかもしれない。
「こうして見てるとさ、いつか花開くときの為に育ちゆく花々はボクたちに似ている、と。そう思わないかい?」
「!……ふふ、飛鳥ちゃん、プロデューサーとおんなじこと言うんだね」
「おや、そうなのかい?あのプロデューサーらしいといえば、そうかもしれないが」
「うん。美化活動で公園のお花の世話をしてたときにね、きれいなお花ですねーって話しかけてくれて。育てるときの苦労とか、きれいに咲いてくれた時の嬉しさを話したら、似てますねって言って名刺をくれたんだ。それが、私がアイドルを始めたきっかけ」
少しだけ意外な方向に向かったこの話題、しかしまた少し彼女を知ることができたのは嬉しかった。
「ねぇ、飛鳥ちゃんはどうしてアイドルになったの?聞かせて欲しいなっ」
次いで矛先は話題を変えぬままボクへ。
しかし、アイドルになる前のボクのことはあまり思い出したくない。だって、あまりにも狭かったのだ。暮らすセカイも、構築できた人間関係も、きっと心も。
かといって、はぐらかすのも申し訳なかったから、昔には極力触れずきっかけだけ。
「プロデューサーがボクに似てると思ったから、かな。ああ……うん、ボクに言葉を投げかけたのが、プロデューサーだったからなんだろうね。アイドルのスカウトではなかったとしても、それは些細なことさ」
「あ、でもそれわかるかも。アイドルだから、じゃなくて、プロデューサーだから、なんだよねっ」
「そういうこと。そして、もっと大事なのは……今さ。毎日が充実してる。楽しいんだよ。キミとこうして花々の世話をしながら語らうのが、ね」
思えば、我ながら少々ストレートな台詞だ。そんな言葉ばかり口にさせられてしまうのは彼女の人柄ゆえだろうか。
ほんの少しだけ頬を紅潮させながら「お上手だね」なんて微笑む姿は、同性ながらにどきりとさせられるだけの魅力があった。
そう、羨ましくなるほどに。
相葉夕美というアイドルの魅力は、そのどれもがおおよそボクが持ち得ないものだ。
とても快活で明るく、まっすぐな人柄。それでいて美しい花に棘があるように、あるいは毒を持つ花があるように、刺激的な一面も兼ね備えている。
もちろん、ボクにも彼女にはない魅力があることだろう。足りないパーツをお互いに補うように、二つの魅力を引き立てあう。
それこそが、ボクたちミステリックガーデンに求められていることだと、ボクは思っている。
成長期、なのかなぁ。いい土と、お水と、太陽を浴びてどんどんと育っていくようなイメージ。
二人で育ててるお花は最近になって蕾が膨らみ始めた。私たちのユニットも、きっとそのくらいの立ち位置にいる。
一緒に育てよう、という話をはじめに聞いた時にはちょっと驚いたけど、飛鳥ちゃんは私に教わったこと、飛鳥ちゃん自身が調べたことをとても丁寧に、そして繊細に実行してる。
もう私抜きでもきちんと育てられるんじゃないかな、と思ってしまうくらいには、飛鳥ちゃんはお花を慈しんで、育ててくれていた。
それはそれで、少し寂しいんだけどね。落ち着いているように見えて興味津々で、熱心に私の話を聞いてくれて、それをすぐに吸収していく。そんな姿はいつまでだって見ていたいくらいだった。
だからかな、浮かれてしまっていたのかもしれない。
『一つ、他の花々と様子が異なる花があるんだ。写真を送るから、何かすべきことがあったら伝えてほしい。」
ソロでのお仕事の現場にいる私に飛鳥ちゃんから届いた、そんな文章のメール。
添付されていた画像は育てているお花のうちの一つ。葉の一部はしおれて褐色になっていて、茎の根元が赤っぽく変色していた。
範囲は狭いけれど、それは間違いなくあるお花の病気の症状。
細菌性のものだから他のお花にうつってしまう前に摘み取らないといけない。早いうちに見つけられたから、それは今からでも間に合うはず。
すごく残念なことなのだけど、少しだけ嬉しかった。何故って、理由は2つあって。
飛鳥ちゃんが本当にお花のことをよく見てくれているのだと改めて実感できたから、そして、また飛鳥ちゃんに頼ってもらえたから。
そんなことに跳ねた心を咎めながら、メールの返信を綴っていく。
そう、重ねるようだけど、私は浮かれていたのだと思う。
「いや、妙なことを頼んですまない。この天気にも関わらず飛鳥が屋上から降りようとしないんだ。夕美からも声をかけてやって欲しい」
夕立のなか事務所に戻ってきた私に伝えられた言葉。
プロデューサーさん曰く、もう2時間以上も何をするでもなくただ屋上にいるのだという。
雨が降り始めたのは30分ほど前。何の理由もなしにそうしているとは思えない。
もしかして。心当たりはあったけど、それはあまりに些細なことで。
でも、思い出してしまったんだ。
昔の自分。頑張って育てていたお花を初めて枯らしてしまった時のこと。
幼い私は悲しくて、悔しくて、わんわん泣いてた。ごめんなさい、って、お花に謝りながら。
そんな想いを彼女が抱いていたとして、どこに不思議があるだろう?
気付けば、私は早足で事務所の階段を上っていた。
もし、飛鳥ちゃんが何か言葉を待っているのだとすれば、それはきっと私のそれだと思うから。
でも、屋上の扉を開いた瞬間、ほんの少しだけ頭が真っ白になった。
何故って、だって。
寂しげな表情で空を見上げる飛鳥ちゃんが、余りにも儚げで。
全身びしょ濡れのその姿が、まるで泣いているように見えて。
そう、今にも散ってしまいそうだったのだ。
「……やあ。キミに望まれたことは、ボクなりに果たすことができたと思う」
「っ……」
最初の一言。何よりも最初に告げられた言葉は、私の想像が正しいことを証明するようで。
「…………うん、ありがと。お仕事があってそっちに行けなかったから、助かっちゃった」
結局、ありきたりな感謝の言葉しか出てこなかった。
もちろんそれは紛れもない本心。でも、何かもっとかけるべき言葉があるんじゃないか、そう思わずにいられない。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。視界は飛鳥ちゃんを中心に右往左往して、その右手に辿り着いた。
その手の中に収まっているのは摘み取られたそれであろうお花。
根っこも含めて殆ど傷らしい傷も残っていない、どれだけ丁寧に摘み取ったのかと否が応でも想像させる一本のお花が、右手にゆるく握られているのが見えてしまった。
「ああ、伝えられた通りにしたまでは良かったんだけど、弔い方までは知り得なかったから、ね」
まるでなんでもないかのような調子。強がっているように見えてしまうのは、気のせいだろうか。
「でも、こんな雨の中ずっとだなんて……」
「雨は好きだよ。こういう時はなおさらさ。洗い流して、禊いでくれるのは、そう……。いや、そうだね、手についてしまった土かな?」
無理やりに濁したような言葉と笑みは、ごまかすためのものなのに、何もごまかせていないよう。
ああ、もう。飛鳥ちゃんのいじらしい姿に、止まっていた足は動かし始める。
「夕美さん?」
飛鳥ちゃんの隣に立って、少しでも安らいでほしくて、ゆるく笑う。うまくできてるといいけど。
そのまま、飛鳥ちゃんの右手をお花ごと包み込むように握った。
冷たくて、私のそれよりほんの少しだけ小さな手。重ねた手から少しでもなにかを共有したくて、私は彼女に触れていた。
言葉も交わさずに、ただふたりで雨に打たれること幾分か。
気づいたら飛鳥ちゃんの左手も私の手に添えられていて、感じる体温も同じくらいになったところで、飛鳥ちゃんが口を開いた。
「もう大丈夫。心配をかけて、すまなかったね」
「……ううん、いいんだよ。それに、謝るのなら私だって」
「謝らないでほしいんだ。これは必要なことだったんだろう?なら、謝る必要なんてどこにもないさ」
私の言葉を遮って飛鳥ちゃんはそう言うけど、素直に頷けないのは、仕方がないことだと思う。
それでも、その言葉を受けてなお申し訳なさそうな顔をし続けるよりは、どうにか切り替えたほうがきっといい。
「それじゃあ、降りよっか。二人ともびしょ濡れになっちゃったし」
「ああ。戻ったら、コーヒーの一杯でも貰うとしよう」
「それと、そのお花。本当なら土に還してあげたいけど、そこから病気が広まっちゃうかもしれないの。……でもね、方法よりも、ちゃんと心を込めることの方がずっと大事なんだよっ。だから、大丈夫」
「そうかな。……ああ、夕美さんが言うならそうなんだろう」
気に病んでは欲しくなかった。お花のことを思う余りに傷ついてしまうのは、誰も望まないことだから。
「ねえ夕美さん、咲くことのできなかった花は何を思うのかな」
「きっと悔しくて、悲しいと思う。でもね、育ててくれた人への感謝は、愛を注いでもらえたことへの喜びは、なくなったりしないって、信じてるよっ」
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