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第二次大戦中、ドイツ空軍が作り上げた鉄筋コンクリート製の巨大な高層防空施設、それが高射砲塔(フラークタワー)である。これは、連合国の空襲から戦略上重要な都市を防衛するために作られたものだ。
高射砲塔は、当時難攻不落の要塞と考えられていた。現在もウイーン、ハンブルクなど大都市にその遺構が残っている戦争遺物である。
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1940年、アドルフ・ヒトラーは怒り心頭だった。イギリス空軍(RAF)がドイツの首都ベルリンを大々的に空爆し、首都を守る手立てをなにか考えなくてはならなかったからだ。
ヒトラーは、3つの巨大な高射砲塔を建てるよう命じ、わずか半年で完成させた。ドイツの他の都市もこれにならい、今もなお、残されたコンクリートと鉄の巨大なタワーがそびえたっている町がある。
タワーの巨大なるスケールがわかると、その強大な防衛力に納得する。これらがいかに可能な限り敵機を追い払うことができるよう設計されているかを。
それほど難攻不落と考えられていた代物なのだ。ベルリンを取り囲むように建てられた3つのタワーは、その法外な大きさだけで町を守ることができた。
フラークタワーは、敵機を地上から効果的に迎撃するための巨大な防空要塞だ。兵士を配備して火器で応戦したが、敵を空中で殲滅するだけでなく、ほかの目的もあった。壁は3.5メートルの厚さがあるため、何万という市民のための地上の防空壕としても使われた。人命を奪うと同時に、人命を救っていたのだ。
ハンブルグにも、こうしたタワーが残っていて、現在も空に向かって威圧的にそびえたっている。まさに第三帝国の圧倒的な力と防衛の象徴となっていたのだ。
屋上の対空設備は、一見の価値がある。格納式のレーダーアンテナがあり、空襲の際には鉄とコンクリート製のドームの中に引っ込めることができた。
急ごしらえで建設されたにもかかわらず、その設計は効果を最大限に引き出す作りになっている。ヒトラーはタワーの建設に非常に関心を示し、彼の中の眠っていた芸術性を呼び覚まして、設計の段階からタワーの草案を作っていたと言われている。
終戦のときに破壊されため、今日、ベルリンには完全に全体が残っているタワーはひとつもないが、ハンブルグにはまだいくつか残されている。
ハイリゲンガイストフェルトのものは状態もよく、当初の姿のままさまざまな用途に使われている。店舗から学校まで、さまざまな音楽関係の団体や、ナイトクラブまで入っている。
タワーには、戦闘用のG塔(戦闘という意味のGefechtsturmのG)と、指揮用のL塔(指揮という意味のLeitturmのL)があった。
ウィーンにあるL塔は状態が良く、現在は水族館(Haus des Meeres)になっていて、戦争遺構の面影はまったくない。かつて、武器を格納し、空襲を避ける防空壕として使われていた要塞には、今や巨大水槽が設置され、サメ、カメ、ピラニアを含む3500種以上の生き物が泳ぎまわっている。
鳥やサルなどが放し飼いにされている南国エリアまで新たに作られていて、なんとも不思議な光景だ。
ソ連軍はベルリンに攻め入ったとき、203ミリ榴弾砲をもってしてもタワーに深刻なダメージを与えることはできないと判断し、タワーの周りを取り囲んで使者を送り込み、降伏するよう交渉した。
それほど歯が立たない要塞だったのだ。動物園塔と呼ばれたタワー(下の写真)も、ベルリンの最後の砦のひとつだった。
この2枚は、1942年のベルリンG塔の写真。遠くにL塔が見える。G塔は1947年に爆破され、L塔ともども戦後破壊された。戦後のベルリンには、こんな巨大建造物を維持する余裕はなかった。町は冷戦のあらたな紛争の中心地になっていたからだ。
もちろん、こうしたフラークタワーのすべてが生まれ変わったわけではない。ベルリンのタワーは、戦争末期にすべて崩壊、または一部破壊された。
一部は破壊されたがベルリンのフンボルトハイン塔はいちおう健在で、中を見学できる。ただし、全員防護服とヘルメット着用が義務づけられている。フリードリッヒスハイン塔もやはり片側だけが残っている。
これらタワーは、攻撃してくるあらゆるものに耐えうるように作られていたため、連合軍はしだいに、爆弾を搭載した通常の兵器では太刀打ちできないと認識するようになった。通常はしないような総攻撃をしかければ、破壊することができたかもしれないとも言われていたが、戦闘機はできるだけフラークタワーを避けるのが実状だった。
それもそのはず、タワーは毎分8000発、射程14キロ、360度の攻撃が可能だった。タワーが長年嫌がられてきたのも無理もない。今なら、未来の世代のために完全に平和利用することは可能だが、すべて破壊して過去は忘れ去るべきなのだろうか? それとも負の遺産として後世に残しておくべきなのだろうか?
Flak Tower Flakturme Wien Augarten Geschutzturm
via:Flak Towers – Legacy of the Luftwaffe/ translated konohazuku / edited by parumo
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コメント
1. 匿名処理班
これを見ていると、どうしてもこれが無かったドレスデンの末路が脳裏に浮かぶ。
2. 匿名処理班
文字で書くと
「Flak」だからフラークじゃなくて
フラックじゃないかぁ
と読んでて思ったよ。
3. 匿名処理班
宮崎駿の漫画であったね。これが実物なのか。
4. 匿名処理班
こわ
5. 匿名処理班
いやいや、ドイツ国民を守るための建物だろうが。
負の遺産とか言っちゃいかん。
6. 匿名処理班
>タワーは毎分8000発、射程14キロ、360度の攻撃が可能だった。
流れ弾も相当なもんだったんだろうか?
7. 匿名処理班
残すか、壊すか、複雑やね。でも再利用してるのはおもしろいね。
8. 匿名処理班
宮崎駿の雑想ノートに出てきたリュースバルクの高射砲塔を思い出すが、現実には敵機が避けて通るからその機能を発揮する機会は殆どなかったんだな。
避けて通らせることで進路を制限して戦闘機による迎撃を効率化出来れば良かったのだろうが、ルフトバッフェにそんな余裕もなかったという…
9. 匿名処理班
ベルリンも結局空爆でボコボコにされてたけど、効果はあったのかな
10.
11. 匿名処理班
たしか大阪にも最近まであったはず。
12. 匿名処理班
雑想ノートで知った
ドイツの土建屋は世界一イィィィ!
13. 匿名処理班
カッコイイな
こう言う無骨さ好きだわ
14. 匿名処理班
ちなみに、みんな大好き8.8cm Flakは配備されてないのであしからず。
15. 匿名処理班
未来少年コナンの三角塔を思い出した。
16. 匿名処理班
実働してる88mmの画像がイパーイで幸せ
17. 匿名処理班
本体破壊できないってだけで機銃壊せば対空能力は無効じゃん。
費用対効果は絶対割りにあわないだろ、あったら米ソが大々的に真似してるはずだし。
そこそこの防御力でコスト安い対空陣地ならどの国にもあったろうけど。
18. 匿名処理班
※8
リューズバルグの”ど田舎の棘”は創作だけど『高射砲台』は実話だからなぁ
『フィクションは僅かでも実話が入ると真実味を帯びる』て言葉があっても良い位
19. 匿名処理班
負の遺産でもなんでもない、この土地が連綿と時代を経てきた何よりの証拠に他ならない
負の云々なんて考え方1つで如何様にも変わるものさ
20. 匿名処理班
88ミリに似ているが兄貴分の105ミリFlakと128ミリFlak
21. 匿名処理班
塔から降りるのに風のマントやリレミトが必要そうなデザイン。
22. 匿名処理班
むしろ最後のベルリン市街戦の支援で無双してた
203mm砲ぶちこんでも凹むだけ
23. 匿名処理班
ドイツのコンクリって母材自体がメチャ堅いから壊すのも容易では無いみたいで、実はナチスの遺構って破壊し切れずに、かなり残存しているんですよね。加えて地質自体も磐石なもんだから、解体にもえらいお金と時間が掛かったとか。