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神谷奈緒「芳乃様に叱られるから」|エレファント速報:SSまとめブログ

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神谷奈緒「芳乃様に叱られるから」

1:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 15:01:29.81 ID:Ml0TRzBmo


世の中には二種類の人間がいる。

幽霊の存在を信じる者と信じない者だ。

あたしはどちらかと言えば信じない方だったけど、だからってお化けとか怖い話が平気なわけじゃない。
むしろ苦手なんだよな。
まあ、あたしくらいの歳の女子ならそれが普通だと思う。
霊感があるとか、オカルト話が大好きな友達とかに比べれば、あたしなんかは世間じゃなんの取り柄もない、一般的な普通の女の子だ。
そう、ごく普通の女子高生。

「……でしてー」

だから、今、あたしはベッドの中で必死に目をつぶって耳を塞いでる。
こんなオカルトありえないからな。あたしは信じないぞ。夢なんだこれは、そうに決まってる。
見えない聞こえない見えない聞こえない……

「そなたは一体なにをしてるのですー」

……それにしても変な夢だよな。
耳を塞いでるのに、頭の中にはっきり声が聞こえてくるなんて。
よくできた夢だなあ。でもそろそろ目を覚まさないと父さんに怒られる。
起きなきゃ……うん。
よし!起きた!

「やっと目を覚ましたのでしてー」

奈緒「おわあああああっ!?!?」

夢じゃなかった。
そこには相変わらずちんちくりんの子供があたしの目覚めを待っていた。
あたしの部屋で、ベッドの横で、朝日に照らされて……うっすらと透けて見える子供の姿が。




2:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 15:03:10.06 ID:Ml0TRzBmo

奈緒「お、おまっ?! だだだ誰だっ?! っていうか何だお前っ!?」

「わたくしを覚えていないのでしてー?」

あたしは馬鹿みたいに口をぱくぱくさせてベッドの上で固まっていた。
何度目をこすって瞬きしても半透明の子供はずっとそこに居てこっちを見ていた。

なんだこれ。
なんだこれ。

とにかく夢じゃないらしいという事は分かる。
さっき飛び起きた勢いで壁に思いっきり頭を打ったからな。
じんじん痛む頭を抑えてあたしは必死に考えた。

っていうか考えるまでもなかった。
こいつはつまり、その、ゆ、幽霊って奴で……あたしは今まさにその幽霊に襲われてて……

「幽霊ではないのでしてー」

奈緒「いやいやいやいや」

思わず突っ込んでしまった。
どっからどー見ても幽霊だろ!
いや、そりゃまあ足はあるし浮いてるわけでもないけど、少なくとも透けて見える人間なんてあたしは知らないぞ。
だいたい人間だとしたらなおさら不気味だよ!
人んちに勝手に上がりこんで寝起きにいきなり傍にいたらそれはもう凶悪犯罪と言っていいだろ。
……あれ? それならまだ幽霊の方がマシか。

「だから幽霊ではありませぬー」

奈緒「じゃあ妖怪……いやオバケ……? っていうか人の心を読むなっ」

なんでこう律儀に突っ込んでしまうのか自分でも分からない。
あたしの頭もとうとうおかしくなっちゃったのかな。



3:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 15:04:41.87 ID:Ml0TRzBmo

「おーい、朝っぱらから騒がしいぞー?」

一階から父さんの声が聞こえてあたしは内心すごくホッとした。
それこそ涙が出そうなくらいに。
体を縛り付けていた恐怖がふっと一瞬だけ解けて、それからドアが壊れるんじゃないかって勢いで部屋を飛び出した。
もしかしたら後ろについてきてるかもなんて思うと振り向く事もできず、転げ落ちるように階段を降りて行った。

奈緒「と、と、と、父さん! 出た! 出たんだよ!」

「なに!?」

父さんはキッチンで朝ごはんを作っている最中だった。
握ったおたまとエプロンが致命的に似合ってない。

「どこに出た!?」

奈緒「あ、あたしの部屋! とにかくヤバイんだって!」

それ以上何かを言う前に父さんは雄たけびを上げながら二階へ駆け上って行った。
と、その変なテンションを見送った後、あたしは急に冷静になった。

あのバカ親父、話を最後まで聞けっての!

何が出たかも聞かないでどうするつもりなんだか。
それと、キッチンを離れるならせめてコンロの火は消してほしい。
母さんが出て行ってからもう随分経つのに、このへっぽこ中年は相変わらずへっぽこのままだ。
あたしは呆れながら父さんの後に続いて自分の部屋に戻った。



4:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 15:05:54.53 ID:Ml0TRzBmo

父さんはあろうことかあたしの部屋の布団やら机の引き出しやらをガサゴソとひっくり返していた。

奈緒「ちょ、父さん! 何してるんだよ!」

あたしが怒ると、この人はなぜかびっくりしたみたいに目をぱちくりさせた。
びっくりしたのはこっちだと言いたい。
いくら緊急事態とはいえ断りもなしに年頃の娘の部屋を漁る父親があるか。

「ゴキブリが出たんじゃないのか?」

奈緒「そんな事ひとっことも言ってないだろ!」

「じゃあ何が出たんだ?」

あたしは「ゆうれ……」とまで言いかけて、やめた。
言えば言うだけ父さんは一人で盛り上がるだろうし、それにすっかり頭が冷えた今では馬鹿馬鹿しくて正直に言う気になれなかった。

結局、あたしは「なんでもない」と適当にごまかして父さんを部屋から追い出した。
父さんは最初は不満そうな顔をしていたけど、すぐに気を取り直して朝ごはんの支度に戻っていった。

奈緒「はあ……」

ひどい朝だ。
ただでさえ真夏のけだるい暑さだっていうのに。
あたしはベッドの布団を畳んでため息をついた。
それに、昨日行ったキャンプの疲れがまだ取れてない。

キャンプ……そうだ、昨日は父さんと一緒に山に遊びに行ったんだった。
夏休みだからって無理やり連れて行かされて……

奈緒「ああっ!!」

思い出した……あの幽霊!!
ぞくりと背筋に寒気が走った。



5:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 15:07:18.25 ID:Ml0TRzBmo

「やっと思い出してくれたのですねー」

奈緒「うおおおっ!?」

また出た。
やっぱり見間違いなんかじゃなかった。
いつからそこに居たのか、あたしの部屋の真ん中でぼうっと突っ立ってこっちを見てる。

奈緒「お前……確かあの山で……」

私が言うと、そいつはこくりとうなずいた。
ホラー映画ならここでまた悲鳴を上げる所だろうけど、不思議と恐怖の感情はわいてこなかった。
自分でも驚くくらい冷静だ。
まあ大声出して騒いだ所でそっちの方が面倒臭い事になるのはさっき分かったからな。
それによく見てみたら悪い事をする奴って感じでもなさそうだし。

古めかしい和服。
ぽけっとした表情。
ちんちくりんな背丈。
後ろで結んだ長い髪の毛。

うん、やっぱりそうだ。
あたしは昨日、この幽霊と会っている。……



6:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 15:08:57.20 ID:Ml0TRzBmo

……昨日、あたしと父さんは隣町にある大きな山へキャンプに行った。
なんでまた急にアウトドアなんて行く事になったかというと、それは父さんにしか分からない。
思うに、完全に気まぐれだったんだろう。

あたしは元々そういうの趣味じゃなかったし、初めのうちは行くつもりなんてなかった。
でも父さんがあまりにも張り切ってるのを見たら断れなかった。
父親らしい事をしようと努力して空回りするのはいつものことだった。
とはいえ空回りしがちな性格というとあたしも人の事は言えない。

まあそんな話はいいとして、あたしたちが向かったのは美城山っていうそれなりに立派な山だった。
一応キャンプ場はあったけど全然手入れされてなくて、明らかに使われてない雰囲気がぷんぷんした。
どちらかというと登山向けみたいな……まあ父さんの事だから何も考えてなかったんだろうけど。
そんなわけで、とりあえずバーベキュー的なのをしようという事になった。

で、事件が起きたのはそれからだった。
あたしがテントから離れた小川で水を汲んでいた時、急に誰かに突き飛ばされるみたいに転んだ。
足を滑らせたとかじゃなく、見えない何かにぶつかった感じ。
幸い怪我はなかったけど全身ずぶ濡れになって気分は最悪だった。

そしてふと顔を上げると川縁に小さな女の子が立ってるのが見えた。
最初は恥ずかしい所を見られたと思って焦ったんだけど、なんだか様子がおかしいことに気づいた。
キャンプ場にはあたしと父さんしか居ないはずだし、登山者にしては服装が奇妙だった。
小さい子供だったから、もしかしたら迷子かもしれないと思って声をかけたんだ。

それからあたしはもう一度川の中にすっ転ぶ羽目になった。

その子がいきなり姿を消したから。
スーッって突然、煙みたいに、音もなく。

ビビって尻餅ついちゃったってわけ。



7:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 15:10:22.76 ID:Ml0TRzBmo

あたしはずぶ濡れで叫びながらテントに戻った。
半泣きで父さんに「幽霊がいた」と訴えたけど真昼間から出るわけないだろうと笑われた。
確かに夏の一番明るい時間にお化けなんて理屈に合わない。お化けに理屈が通るのかはさておき。

でも美城山はそういうのが出てもおかしくない場所だった。
背の高い木々が色んな所に薄暗い影を作ってて昼間でもかなり不気味だったから。

あたしはその時は心底帰りたくて仕方なかったけど、濡れた服を乾かしてる間に「気のせいだったかも」なんて思うようになってた。
そう思うと幼稚な自分をちょっと恥ずかしかった。
しばらく経ってお腹も空いてくると、バーベキューで肉を焼いてるうちに幽霊よりもご飯のことで頭がいっぱいになった。

それで家に帰る頃にはもうすっかり忘れてたんだ。

忘れてたのに。

奈緒「もしかして憑いて来たって事か……?」

あたしは頭を抱えてうずくまった。
いざこうやって正体不明の存在を目の当たりにすると、どんなに信じられない事でも信じてしまう他ない。
すると今度は最悪の事態を想定してしまう。

このまま幽霊に呪い殺されるか、取り憑かれて死ぬか。

「そのような事はしませんゆえー。安心されたしー」

奈緒「だから勝手に人の心を読むなって……」



8:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 15:11:46.62 ID:Ml0TRzBmo

「そなたにも申し訳ない事をしたと思っているのでしてー」

奈緒「……どういうことだ?」

「不可抗力といいますかー……これにはふかーい事情がありましてー」

恐怖心は無くなったとはいえ、何の目的があって取り憑いたのか知らないままではいられない。
あたしは腹をくくってこの幽霊の話を聞くことにした。

「先ほどから言うようにー、わたくしは幽霊ではないのでしてー」

奈緒「幽霊じゃなかったらなんなんだよ?」

「わたくしは依立良之神と申しましてー。美城霊山に祀られし神の一柱なのですー」

ヨリタテ……なんだって?
それに今、神って言った?

「ヨリタテノヨシノカミ、でしてー」

よりたてのよしのかみ。噛みそう。
……じゃなくて!
この女の子が、神様だって?

「山の者達からは芳乃様と呼ばれておりますゆえー。そなたも信仰してみてはいかがー」

あたしはいつの間にか正座していた。
得体の知れない物に変わりはないけど、なぜか正座してきちんと向き合わなくちゃいけない気がした。
っていうか本当に神様なのか? こいつが?


……世の中には二種類の人間がいる。
神様を信じる者と、信じない者だ。

あたしは……あたしはどっちだっけ?



12:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 19:29:38.16 ID:Ml0TRzBmo


 ○ ○ ○

「どうしたんだ奈緒。元気ないな」

奈緒「まあ、色々あってさ……」

父娘二人のなんでもない朝ごはんの風景。
……のはずが、神様まで同席してるのはどういうことなんだ。
別に緊張してるとかじゃないけど、すごく気が散る。

最初、食卓についてゆっくり心を落ち着けようとした矢先、芳乃が壁からヌッと現れた時は口に入れてた味噌汁を思いっきり噴き出した。
朝ごはん食べ終わるまで部屋でおとなしくしててくれって言ったのに。
けど芳乃が壁やら家具やらをすり抜けて縦横無尽に歩き回っても父さんは一向にそっちに注意を向けようとしなかった。

どうやら父