【ARIA】水の星の偶像たち【モバマス・アイマス】
Prologue
かつて火星と呼ばれた惑星がテラフォーミングされてから150年――
極冠部の氷の予想以上の融解で地表の9割以上が海に覆われた星
火星と呼ばれていたその星は、今では水の星として親しまれている
アクアと呼ばれるようになったその星に、とある港町がある
ネオ・ヴェネツィア
かつての地球《マンホーム》に存在した街を再現して造られたその街は
季節を問わず、観光客で賑わっている
水先案内人《ウンディーネ》
水の精霊と同じ名を冠するその人々は
観光客を専門とする伝統的な舟の漕ぎ手であり
街のイメージを代表する、アイドルのような存在でもあった
水無灯里、15歳、ARIAカンパニー所属、半人前
藍華・S・グランチェスタ、16歳、姫屋所属、半人前
アリス・キャロル、14歳、オレンジぷらねっと所属、見習い
会社も立場も年齢もバラバラな三人
ひょっとしたら出会うこともなかったかもしれない三人
けれど、彼女らはいくつかの縁によって結ばれ
日々、互いを磨き合っている
憧れの一人前《プリマ》を目指して
Navigation01 姫の苦悩とだらだら妖精
藍華・S・グランチェスタは焦っていた。
その原因を紐解けば、今朝の合同練習にさかのぼる。
とは言っても、特別何かがあったわけではない。
いつものように集まって、いつものようにオールを手にして。
波だ日差しだカモメだと、目移りばかりの灯里をたしなめ。
気を抜くと仏頂面になるアリスの様子に気を遣い。
離れ小島でカンツォーネの練習をした。
ただ、それだけ。
『灯里、あんたはもうちょっと技術的なものをね……』
水無灯里は常人には及びもつかない才能を秘めている。
少なくとも、藍華はそう思っている。
あの逆漕ぎを見せられて、それを独学で身につけたと聞かされたその日。
例えそれが実務では使えないものだったとしても。
尊敬や羨望が入り混じった感情をおぼえずにはいられなかった。
『ほら、後輩ちゃん。また顔が険しくなってる』
アリス・キャロルを一言で言い表すなら、天才少女、だろう。
ミドルスクールに通う年齢でありながら、その技術は見習いのそれではない。
彼女のオールさばきに目を奪われたことも、一度や二度ではない。
悔しいし恥ずかしいので、面と向かって認めたことはないが。
そんな二人とのカンツォーネの練習。
灯里はとても楽しそうだった。
でも、そこにはまだ技術が追いついていない。
アリスは固くなっていた。
誰が聞いているでもないのに、声がどんどん小さくなって。
藍華はまさにお手本だった。
二人から寄せられる賞賛の拍手がこそばゆくて。
それはとても嬉しくて誇らしくて。
同時に、一つの問いかけを連れてきた。
だから、藍華は焦っていた。
***************************
「お手本、かあ」
ウンディーネを志してからというもの、努力を欠かしたことはない。
優しくも厳しい先輩に恵まれたこともあって、着実に実力をつけている。
藍華自身、そのことに自負を持っている。
「私の武器ってなんだろ」
お手本と言われた時にふとよぎった疑問。
ほかの誰でもない、自分だけの特別なものはなんだろう。
灯里のような、人を和ませ惹きつける魅力。
アリスのような、圧倒的な技術。
そういう『何か』が、自分にはあるのだろうか。
「あー、もう! 弱気禁止!!」
落ちていく気持ちを奮い立たせるような、きっぱりとした声。
その『何か』が見つからないからといって、諦めるという選択肢はない。
ずっと憧れてきたのだから。
「そうと決まれば練習あるのみっ」
その言葉にわずかな空しさが混ざっている。
藍華は、それを承知の上で前を向く。
そうできる強さがどれほど眩しいものか。
本人にその自覚はない。
――――――
――――
――
姫屋に戻ってからどうするか。
そんなことをのんびりと考えていた藍華の目が、異常を伝える。
水路に面した小さな広場。
木陰になったベンチに、何かがいる。
「……何あれ」
まず目についたのが、ひどくくたびれた、ウサギのような何かのぬいぐるみ。
そのすぐ横に、横たわる小さな影が見える。
ベンチからだらりと垂れさがった手が、妙に気にかかる。
その手は、明らかに子供のものだったから。
「(落ち着きなさい藍華。こういう時こそ冷静に)」
慌てることなく、けれど迅速に。
ゴンドラをつけて駆け寄る。
先輩の仕込みがいい、ということもあるのだろう。
けれど、こうした時に落ち着いて行動できることもまた、藍華の才能を感じさせる。
……やはり、本人にその自覚はないが。
「ちょっと、だいじょう、ぶ……」
よく通るその声が、次第に小さくなっていく。
今藍華の目の前にいるのは小さな女の子。
規則正しく上下する胸元。
眉間にわずかなしわが寄っているものの、呼吸に乱れは見えない。
要するに、ただ寝ていただけだった。
「何事もなくてよかった、のよね?」
小さく胸をなでおろしながら、周囲を見渡す。
周りには誰もいなかった。
まだミドルスクールに通っていると思わしき背格好。
ちょっと近所に買い出しに、という雰囲気の服装。
くたびれたぬいぐるみ以外に荷物は見当たらない。
普通に考えれば、連れがいるはず。
待っているうちに寝てしまったと考えるのが妥当だろう。
分かっていても放っておけない辺り、藍華も大概お人好しなのだった。
「…………んん、ぅ……ん?」
どうしたものか、という思考は小さな声に遮られた。
声の主に視線を送ると、ぱちりと開いた真っ直ぐな目が待っていた。
「………誰?」
特に表情を変えるでもなく少女が問いかける。
声に動揺の色はなく、寝起きの鈍さも感じられない。
「私? 私はたまたま通りかかっただけだけど」
「あー、こんなとこで寝てたからわざわざ声かけてくれたんだ。いい人だねぇ」
「それはいいんだけど」
「ん? ああ、別に体調不良とかじゃないから大丈夫」
藍華の顔に浮かんだ心配の色を読み取ったのか、先回りして少女が答える。
随分と頭の回転が速いらしい。
「いやー、歩いて帰るのがめんどくさくなっちゃってさ」
「面倒くさいって……」
およそ予想していなかった言葉に、藍華の顔に呆れが浮かぶ。
外見と発言内容が全く噛み合っていない。
その話し方も妙に老成していて、実に掴み所がない少女だった。
「親切な誰かが送ってくれたりしたら、楽でいいんだけどねぇ」
ふてぶてしいというかなんというか。
藍華と、その後ろのゴンドラを見比べながらそんなことを言う。
決してほめられた態度ではない。
それなのに、妙な愛嬌がある少女だった。
浮かべる表情が自然で、嘘が見えないからだろうか。
「うーん、そうしてあげたいのは山々なんだけど……」
言いながら、その両手を少女にかざす。
「私、まだ半人前なのよね」
「あーウンディーネのルールだっけ? 世知辛いねぇ」
手袋をはめたままの右手を見ながら答える少女。
少し思案顔をしたと思ったら、唐突に口を開いた。
「じゃあ私は、荷物ってことでいいよ」
「………………へ?」
荷物という、突拍子もない単語に藍華の思考が止まる。
どうやら、自分を荷物扱いしてでも楽がしたいらしい。
「荷物ならお客さんじゃないしね、問題ないじゃん」
軽い言葉とフニャッとした笑顔に毒気が抜かれてしまう。
断られたとしても、こだわることなく次の一手を考えるのだろう。
あるいはもう一眠りするのか。
遠慮がないようでいて、絶妙な距離感を保っている。
何とも不思議で、何とも憎めない少女だった。
藍華の顔を笑いが彩る。
「……練習に付き合ってくれる友達ってことなら」
「よしきた。よろしくね……えっと」
「藍華よ。姫屋の藍華」
「私は双葉杏。よろしくね、藍華」
「ふふ、ではお手をどうぞ、杏ちゃん?」
「へへ、ありがと」
少しだけ重くなったゴンドラが鮮やかな軌跡を描く。
藍華の心に差したわずかばかりの影は、いつの間にか消えていた。
***************************
その日の藍華は自主練習に精を出していた。
先輩のゴンドラに同乗して見たこと、感じたこと。
それを、忘れないうちに自分のものにしたかったから。
貰ったアドバイスを思い返しながら、その動きをトレースするように。
お客様を乗せているところをイメージしながらオールを操る。
記憶の中の動きと自分のそれには、大きな隔たりがあったけど。
それでも、感じた手応えを大切にして。
少しずつ、少しずつ、積み重ねていく。
「……ふぅ」
日陰を選んでゴンドラを止め、小さく息を吐く。
ひょっとしたら、ただの自己満足かもしれない。
そんな弱気が脳裏をかすめ、振り払うように視線を上げる。
そこには、既視感のある光景が待っていた。
藍華の視線の先には小さな橋が架かっていた。
ネオ・ヴェネツィアの至る所にある、何の変哲もない橋。
その欄干に鎮座するのは、くたびれたウサギ。
傍らには、辛うじて引っかかっている何か。
藍華の口からため息がこぼれた。
多分に呆れが混じったそれとは対照的に、顔には笑みが広がっている。
オールを握り直し、橋のたもとに漕ぎ寄せる。
その音に反応したのか、欄干に引っかかった何かがピクリと動いた。
「……や」
藍華と杏。
二人の再会は何とも気の抜けたものだった。
「しょうがないなぁ
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ライラはフルネームが不明だから可能性はあるけど千早は何の関連性があるのかわからない
もしかしてARIA世界における最低限のルールを理解していないのでしょうか?