モバP「日常の一コマ」
1.夏のきらめき(神谷奈緒、若林智香)
2.気持ちを掬って(的場梨沙、輿水幸子)
3.世界レベルと個人レベル(ヘレン)
4.ススメ大人への道(日下部若葉、佐々木千枝)
恨めしそうな目も実に可愛らしい。俺は見当違いな感想を抱きつつ、奈緒の持つ企画書に視線をやった。
「どういうことだよこれ! なんであたしの名前があるんだ!?」
奈緒の声がプロデュース室に木霊する。昼休みということもあって、部屋には俺の他にプロデューサーがひとりいるだけ。しかもそのひとりは奈緒のプロデューサーで、俺の後輩である。
いくら騒いでも問題はないのだが、元気だなぁと思ったり。歳を実感してすこし落ち込んだ。
「いや、夏だし水着の企画があってもおかしくないだろ?」
「そーだけど! ……いや違うって、あたし! なんであたしの名前があるのかって訊いてるんだよ!」
右手に掴んだ企画書をぐいっとこちらに押しつけてくる。俺はそれを受け取り、んーと唸る。なんでって言われても難しい。見てみたいからは理由にならないのだろうか。
企画書は学校のプールを借りた、水着の撮影についての内容だ。直談判しにきている神谷奈緒の名前と、俺の担当である若林智香を含む数名のアイドルの名前が記されている。社内でもいくつか水着の企画はあるから、奇を衒うかと考えてみたが、こうも反対されるとは。
ため息をつく。もう企画は通してしまったし、変更手続きは面倒だ。まあ、やめろと言わないあたり、奈緒も理解しているのだろうけど。
「そりぁなあ、お前のプロデューサーに許可もらったからとしか」
奈緒は俺の左斜め前の方に座る、担当プロデューサーに顔を勢いよく向ける。ウェーブのかかった背中に届く長い髪が視界を舞った。こちらからは見えないが、きっと睨みつけていることだろう。後輩は露骨に視線を逸らしていた。
「どうかしたんですか?」
「奈緒に水着の撮影が嫌だって抗議されてね」
「奈緒ちゃん、水着がイヤなの?」
「仕方がないよ。無理強いはできない」
わざとらしく困ったように言うと、間髪入れずに奈緒は吠えた。
「ちげーよ! 水着が嫌なんじゃねーよ、いや、恥ずかしいけどさ……そうじゃなくて、なんで競泳水着なんだよ!」
才能溢れる突っ込みだった。このプロダクションでは貴重な人材だ。基本ボケが多すぎるんだよここ。
「学校のプールだからな。競泳水着はむしろ自然じゃないか?」
「問題はそこじゃない!」
突っ込みがいるとこうも楽しいとは。ただ、ちょっとからかい過ぎたか。ふーふーと息を荒げる奈緒を見てちょっと反省。俺は真面目な表情を作る。
「ごめんごめん、ちゃんと答えるよ。親近感を持ってもらうためだよ。学校のプールは誰でも一度は経験することだろ? イメージしやすいんだ。だから競泳水着を着て撮影することで、少しだけ身近に感じてもらいたいんだよ」
もちろん、売り出し方には様々な方向性がある。触れがたい遠くの存在として売り出すのも十分ありな戦略だ。神秘性や妖艶な雰囲気が人気に直結する場合も多々ある。
ただ、奈緒や智香みたいな、比較的明るく可愛らしいアイドルには親近感を押し出した方がいいと考えている。遠ざけてしまうと、彼女たちのポジティブな魅力が伝わりにくくなってしまうから。
「……まあ、そうかもしれないけどさ」
「本当に嫌なら無理しなくていいよ? 今ならまだ間に合うから」
「いや、うーん、嫌とは言わないけど……。智香はいいのか?」
「うん! アタシはちょっと楽しみだなって。ほら、仕事で学校のプールってちょっと新鮮じゃない?」
「でも、水着、あれじゃん……」
「うーん、そうだけど、プロデューサーさんが折角考えてくれた仕事だもん。ちゃんと意味があるって思うから」
えへへ。照れくさそうにはにかむ智香は、やっぱり可愛くて、この魅力は近くにいた方が伝わると実感する。ちょっとだけ罪悪感も湧いたけれど。
智香は胸の前で小さくガッツポーズ。
「奈緒ちゃんも嫌じゃないければ一緒に頑張ろうよ! アタシ応援するから! ね?」
純粋な言葉に、奈緒はあーもうとやけくそ気味に頭をガシガシと掻いた。
「わかったよ! やるよ、やればいいんだろ!」
「やったー! 一緒にがんばろうねっ」
「オ、オゥ。でも、智香だって他人事じゃ」
と、ここでネタばらしされても困るので、俺は奈緒の言葉を遮るようにまあまあ、と口を開いた。
「とにかく奈緒は参加でいいんだな? 無理強いはしないぞ」
「うん、プロデューサーの顔も立てないとだしな」
「ありがとう。あいつに飯でも奢ってもらえ」
「ああ、そうするよ」
飛び火した後輩はビクッと肩を跳ねさせてから、がっくりと項垂れた。我関せずなんてさせてやらない。俺は性格が悪いのだ。
夏らしい、絶好の撮影日和。塩素の香りに懐かしさを覚えながら、奈緒は競泳水着、智香にはスクール水着を着てもらって撮影は始まった。
「奈緒ちゃん可愛いですね!」
パラソルを用意して日陰を作り、俺と智香、後輩と三人で奈緒の撮影を眺めていた。他のアイドルたちは順番が来るまでクーラーの効いた教室に待機してもらっている。
「ああ、いい感じだな。やっぱり普通の水着と違った魅力があるよなぁ」
「あー! なんかイケナイ視線ですよそれ! それにほら、アタシにだって引き締まったくびれと太ももあるんですから!」
「ん、智香も十分魅力的だよ」
満足そうに智香は笑う。ちょっと背徳的な感じがいいですね。口にはしない。
しばらくして奈緒の撮影が終わる。ため息混じりにこちらへやってきた奈緒は、智香に向けて軽く手を挙げた。
「次、智香だって」
「うん、行ってくるね」
「あっ、待って」
歩き出そうとする智香を、俺は引き止める。これがなければ始まらないだろう。閉じて置いていた段ボールを開封し、中から赤いランドセルを取り出して、智香に渡した。
「これ背負って」
「はい?」不思議そうに首をかしげる智香。「えっ、あのランドセル?」
「だから他人事じゃないって言ったのに……」
呆れる奈緒を無視して、俺は微笑む。
「いってらっしゃい」
「ええぇぇ!! 聞いてませんよ!?」
カメラマンから名前が呼ばれて、智香は混乱したまま歩いて行った。困惑と羞恥から普段とは打って変わって自信なさげな智香は、いつもと違う魅力に満ちていた。
「後輩よ、夏はいいな」
「はい、夏はいいですね」
「はあ……」
夏のきらめく水面に、赤いランドセルはよく映えていた。
「プロデューサーさん!! 恥ずかしいですよー!」
バターンっと騒々しくドアは開かれ、バタバタと俺のデスクに駆け寄ってきた彼女は、バシーンっと書類をデスクに叩きつけた。
的場梨沙、激怒。なんてタイトルみたいな一文が浮かぶぐらいには怒り心頭な感じだった。鼻息の荒い梨沙の後ろには、息を荒くした輿水さん。どうやら一緒に走ってきたらしい。
怒られる理由に心当たりはあったけど、輿水さんを連れてくる理由がわからない。
首を傾げたのは失敗だった。梨沙は怒る理由を理解していないと誤解したらしい。眉はさらにつり上げて、指を俺に向けた。
「ヘンタイ! なによこれ!」
昼下がりのプロデュース室に罵倒が木霊した。俺のあだ名がヘンタイになった瞬間だった。
梨沙はガルルとこちらを威嚇していて話にならない。輿水さんは困惑した様子で訊ねてきた。
「いやー、どうだろうね、なにか気に食わなかったのかな」
ははっと乾いた笑いを飛ばすと、梨沙にキッと睨まれる。いやね、俺としても冗談のつもりだったんだよ。まさか本当に形になってくるとは思わなかったんだ。
脳内で言い訳を並べてみる。口にするか迷う。それはそれで怒られるだろう。口リコンと罵られ、今回の問題が露見する可能性が高い。怒られるのはいい。自業自得だから仕方がない。あとでいくらでも謝る。
問題は梨沙が叩きつけた書類だ。広げるのは憚られる。できればここは穏便に立ち去って頂きたい。
輿水さんは視線で非難してきた。
「……ちょっとした行き違いだったんだよ。誤解というか、勘違いというか」
「なにをどうしたらああなるわけ!? 最近おかしいと思ったわ! これが目的だったんでしょ!」
「いやだから、ほんとに誤解なんだって。いくらなんでもあれはないよ」
「どうかしらね。 アンタはヘンタイで口リコンだから信用ならないわ」
過激発言が飛び出すたび、同僚の視線が集まる。この部屋のプロデューサー半分が出払っているのは救いだった。半分が残っているのは痛手だけど。
「ほんと、どういうつもりよ! パパに言いつけるわよ!」
そのパパさんには先に謝罪していて、なおかつ一応の許可は下りているのだが、これは彼の尊厳と信用のために黙っておこう。
「悪かったって」
「その書類ですよね? 見せてください。第三者としてボクが判断しますから」
膠着した話にそろそろ疲れてきたらしい。輿水さんは呆れたようにいって書類を指差した。恐れていた展開だ。しかも梨沙まで、そうね幸子に判断してもらいましょ、と乗り気ときている。
「いや、うん、大丈夫だよ。そこまでしてもらわなくて」
「ここまできたら同じですよ」
抵抗虚しく、ひょいっと書類は攫われていった。何事も諦めが肝心だ。自分に言い聞かせて、ため息を吐いた。
書類はA4用紙六枚からなる次の撮影の衣装案で、三種類のデザインが描かれている。パパさんと梨沙の魅力を熱論したその足でデザイナーと打ち合わせをした結果、俺の元に上げられてきたのはほぼ水着と言って差し支えのない、露出しかないデザインだった。
なにを話したのか憶えてないあたり、酩酊状態だったのかもしれない。少なくとも素面でこの衣装案を通したのだとしたら、俺の頭はおかしい。
一枚二枚と用紙が捲られるたび、輿水さんの表情は引きつっていった。気持ちはわかる。俺も初見では同じ表情をした。
六枚すべてに目を通した輿水さんは、厳しい口調で言う。
「……アウトですね。いえ、むしろよくこれを通そうと思いましたね。というか、よく本人に見せようと思いましたね。そのメンタルの強さだけは評価しますよ」
めちゃくちゃ辛辣だった。いや、まったくもってその通りなんだけど。
「だから誤解なんだってば。あくまで参考に聞こうと思っただけで」
「なんでこうも極端なのよ。全部合わせてちょうどいいぐらいだわ」
「本当に面目ない。俺もまさかここまでのものができあがるとは思わなかったんだよ。もちろん、決定じゃないから安心してくれ」
「当たり前でしょ。これ以上ヘンタイと口リコンなんて増やしたくないわよ。パパにも見せるんだからもっとちゃんとしたもの用意してよね」
ああと応える。梨沙はフンッとそっぽを向いて返事をした。なんだかんだ言いつつも、愛想を尽かされないのだから、梨沙は優しい。この撮影の衣装は、梨沙の喜ぶものにしなくては。
そう決意したとき、輿水さんは衣装案を眺めながらぼそりと呟いた。
「でも体操着よりはマシかなぁ」
悲しい呟きだった。ここ最近、輿水さんは各地でバンジージャンプを体験しまくっていた。衣装は動きやすさを重視した体操着。衣装と呼んでいいのか躊躇うものがあった。
「なんかごめん。俺から輿水さんのプロデューサーに言っておくから」
「アタシもごめん。贅沢な悩みよね……」
ふたりで頭を下げると、輿水さんは焦ったように手を振った。
「い、いえ、イヤだというわけじゃなくて
コメント一覧
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- 2016年10月19日 21:38
- おお…こんなにヘレンさんに合うPははじめてみたかもしれない。
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- 2016年10月19日 22:18
- 千枝ちゃんっ!!(ガバッ!!)
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- 2016年10月19日 22:22
- ヘレンさんはネタ枠で使っても面白いけどガチ系の話に使っても世界レベルだからすごいわ
そしてそのヘレンと共に歩めるPを描写できてるのも凄いと思う
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- 2016年10月19日 22:33
- おれは若葉さんが好き。結婚したい。ロリコンではないけど
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