<捨て値で山積みされていたファミコンソフト> 僕はファミコン世代のど真ん中世代。小学生のときが、まさにファミコン全盛期で、中学校になったころにスーファミが発売されました。みんな、その頃には部活動などで忙しくなって、ゲームを卒業しちゃうんですよね。いつの間にか、ファミコンは誰にも見向きもされない存在になっていました。
時は過ぎ、ちょうど世の中がサターンだ、プレステだと騒ぎ始めた頃だったでしょうか。僕がファミコンを集め出したのはそんな時期で、いわばファミコン氷河期だったわけです。
もちろん僕はリアルタイムでファミコンを楽しんだ世代なので、もともと10数本は持っていましたけど、それはただ持っていただけで、集めようなんて感情はなかったんですね。僕が集めようと思ったのは「ファミコンって全部で何本あるんだろう」と思ったことがきっかけでした。
※オロチのファミコン部屋の一角 ファミコンソフト棚 ファミコン全盛期は玩具屋さんや、ゲーム屋さんのみならず、カメラ屋さんとかレンタルビデオ屋さんとか、ゲームとあまり関係ない店もファミコンソフトを売ってたんですよ。でも、やがて氷河期になると、そういう異業種ほど早く在庫を消化したかったんでしょうね。やがて店先のワゴンに、捨て値で山積みされるようになっていました。
レアとかプレミアとか関係なく、
新品ファミコンソフトが数百円で山積みされてた時代が、かつて日本にあったんですよ!
<レトロゲームは安い趣味だった> つまり、その時期、レトロゲームっては非常にリーズナブルな趣味だったわけです。
むしろ、お金がなくて、最新のゲームが買えないから、仕方なくファミコンをやっていたなんて人もいるんじゃないでしょうか。僕は望んでファミコンやってたんですが、捨て値で売られていたファミコンソフトの山を、抱えきれないくらいレジへ持っていって、店員さんに
「このひとは頭がおかしいんじゃないだろうか」なんて目で見られたことなど、1度や2度じゃありません(笑)
でも、僕は何とも思いませんでした。
なぜなら他人の目など1mmも興味なかったからです!
いわば完全な自己満足。僕を突き動かしていたのは
「ファミコンソフトって全部で何本あるんだろう」という知的好奇心のみだったのです。
おそらく、この時期にレトロゲームを集めていたひとたちの多くはそんな感じじゃなかったでしょうか。都会ではどうだったのかは知りませんが、少なくとも僕が住んでいた田舎では、ファミコン=負の遺産とばかりに、ぞんざいな扱いをされ投げ売りされていましたね。ファミコンは中古品ですらなく「不用品」だったんです。まあ、僕にとってはキラッキラに輝くお宝でしたけどね!
しかし、そんな氷河期も長くは続きませんでした。
<ファミコン再評価時代の幕開け> やがて、ファミコンが再び評価される時代がやってきたのです。それは1990年代から2000年くらいに起こりました。僕はファミコン再評価時代と呼んでます。
なぜ10年くらい開きがあるかというと、その動きは地域によって差があったからです。どういうことかというと、この頃はまだ
インターネットがまったく普及していなかったので、田舎と都会の格差がすごかったんですよ。今では考えられないくらいのあらゆるジャンルにおいて、情報の格差が存在しました。
おそらくファミコン再評価の動きは、都会ではすでに1990年代初頭に起こっていたんじゃないでしょうか。(その頃すでに初期ファミコンソフト銀箱なんかはプレミア付いてた気がします) 実はファミコンソフトは1994年まで出てましたけど、正直言ってその頃はすでにスーパーファミコン一色の時代であり、ファミコンは終わった存在でした。
※ファミコン最後のソフト「高橋名人の冒険島4」よりタイトル画面 でも前述のとおり、僕が住んでいた田舎では1990年代後半になっても、まだまだファミコンは誰にも見向きもされない存在だったのです。今考えるとそれは幸運でしたね。ただしレア物の遭遇率でいうと都会には適いませんでした。(そのあたりの話は、次回でします)
しかし2000年代に入るとインターネットが普及しはじめ、ネットオークションなども活気づくようになり、ファミコン再評価の波が急速にド田舎まで押し寄せて来たのです。それを決定づけたのがファミコン生誕20周年という節目だった気がします。「レベルX」というファミコン20周年記念イベントが行われたが2004年でしたね。
この頃、とある町はずれの寂れた古本屋の店員さんが言ってました。都会ではファミコンソフトの新品が1万円以上すると。ええ、そうなんですかあと素知らぬふりをした僕ですが、内心は「うかうかしてられない」という気持ちだったのです。
<二極化を経て骨董化へ……> 二極化というのは安いものは安くなり、高いものは高くなる現象を言います。
2000年代から2010年代。再評価時代を経てファミコンは二極化時代へ突入しました。なぜなら、その頃になると全国的にファミコンコレクターがあ存在し、みんな、手に入りやすいものは手に入れていたからです。そうなると手に入れにくいもの、つまりレア物の争奪戦になっちゃう。したがってレア物とされていたソフトの市場価格は、そんな争奪戦に応えるがごとく、どんどん吊り上がっていきました。
さらに2010年代以降になると、
レトロゲーム海外流出問題の表面化してきました。これは日本のレトロゲームが世界的に、広く評価されるようになったということなんですが、主要都市のレトロゲームショップの陳列棚がスカスカになったり、海外のオークション代行業者が相場以上の高値でレトロゲームを落札していたりという事案が目立つようになり、それにつられるようにファミコンをはじめ、レトロゲーム全体の相場が高くなっていったのは事実です。
また、RetroN 5やレトロフリークなどファミコン互換機が、レトロゲーマーのみならず一般層にも注目されるようになったのもこの時期で、2016年には任天堂「ニンテンドークラシックミニ」が発売され、品切れを起こすほどのブームになるなど、レトロゲーム熱が一気に全国的に広がった結果、相場がますます底上げされると予想されます。(この文章執筆時はまだ発売前)
一部のプレミアソフトは非売品系を中心に偽物の横行で値崩れしてますが、それ以外の
プレミアソフトの高騰化はとどまるところを知りません。もはや骨董品扱いです……
そして気づけばレトロゲームという趣味は、ものすごいお金のかかるものになっていたんですね。それと共に最初はただの自己満足で始まったコレクターの心理も移り変わっていったのですが、それはまた次回のお話。
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こちらのサイトは歴史もあるし、メディアにも取り上げられてるのでそういう部分も致し方ないですか(悪い意味ではありません)。大体年齢もわかりましたし、厳密にいうとファミコン世代ではないような気がする。というのも1985年が一つの爆発的な流行になり、もちろん1988-89が発売タイトル数が多いといえばそこだよねと思う人もいるしね。1984年の時に小学生からすれば違うだろとなるわけです。でもねハドソンの名人が1986年前後にブームになり部活も勉強もない?小学生がこぞってやってた頃がドストライクだと思うんですよ。そうなるとざっくりと真ん中とって40-45くらいなのかなあ。
つまりみんなファミコン世代と言いたいわけなんですよ。後から収集したというのも大変なのはわかるんだけどリアルで新作を相当やった側のからすると何か文章に物足りなさというか、ニュアンスが違うなと感じることがあるんですよね。
これは批判ではありません。もっと古い人の感性や情報も載せて貰えるともっと客観的なファミコンニュースサイトになるんじゃないかな。たとえば名人とか当時のメーカー側の人とかね。そういったことがあると1983年にファミコン発売と同時にファミコンを買った世代の人も十分楽しめると思う。