転載元:エレン「ドリフターズ?」 豊久「大将首二ツ目」

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エレン「ドリフターズ?」【前編】【後編】
エレン「ドリフターズ?」 豊久「大将首二ツ目」【前編】【後編】

1: ◆B2mIQalgXs:2015/02/02(月) 21:45:20 ID:Z2UqFgg.

※原作ばりにスローペースで更新予定。
 時系列的にはドリフ側はドワーフ解放前。進撃側は女型編前くらいを想定。
 間違いあったら指摘してくださるとカルタゴが救われる。
 進撃の巨人15巻まで未読の方は超絶注意してくだちい。

前スレ:エレン「ドリフターズ?」

 このスレで終わるよ。絶対終わるよ。早く終わらせたいよー。





2:以下、名無しが深夜にお送りします:2015/02/04(水) 21:21:20 ID:JijqCR3Q

とても期待源氏バンザイ!





4:以下、名無しが深夜にお送りします:2015/02/05(木) 02:17:01 ID:WXPY39tA

お豊の閨講座をおまけ投下してくれてもいいんだよゲンジバンザイ





5:以下、名無しが深夜にお送りします:2015/02/06(金) 01:20:45 ID:GOPHtGgc

豊の閨講座やるならアシスタントは与一たそでオナシャス





6:以下、名無しが深夜にお送りします:2015/02/06(金) 12:55:16 ID:POKA4yjk

薄い本が熱くなるな…ゴクリ





46: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 22:17:31 ID:3H7JmZOg


……
………


超大型「――――――(なんだ)」


 五体を掠め行く死線を、立体機動術を駆使し、踊るように躱していく。それはさながら熟年の兵士の如く軽やかな機動だ。

 飛び交う豊久に対し、ベルトルトは幾度拳を振るっただろう。

 幾度壁上を薙ぎ払い、砂礫をまき散らしただろう。

 その度に豊久は、紙一重のタイミングで体を躱す。

 しかし、いかに超大型巨人の動きが鈍重であれ、その腕力によって巻き上げられた石礫までは躱せない。

 島津豊久とて無傷ではいられず、全身には細かな擦過傷が目立ち、額からは一筋の血を流していた。

 かろうじて致命傷や行動不能となる怪我を避けてはいるものの、ガスが尽きればもはやそれまで。

 ベルトルトは確信する。

 ――――自分が有利だ。己が優勢だ、と。

 なのに。

 なのに。








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47: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 22:20:45 ID:3H7JmZOg

どうしてだ。

 ベルトルトは自問する。幾度となく自問する。

 返ってくる答えは同じだ―――――勝てる気が、しない。

 豊久に傷を与えるたび、焦燥感と苛立ちばかりが募っていく。


ベルトルト(こいつはなんだ。なんなんだ)


 ざらざらとして濡れている質感の壁を撫ぜたような不快な感覚が、ベルトルトの背に伝わる。

 一目見た時からそうだった。カラネス区で遠目に見た時から、この男が尋常ではないと理解していた。

 人一倍臆病なベルトルトだからこそ、島津豊久という化け物の恐ろしさを理解できた。


豊久「―――――――――――――くは」

ベルトルト(なぜこいつは、笑っている)


 島津豊久は、正気ではない。

 正気にして狂気のそれだ。異世界の価値観、異世界の時代、それがいかなるものであるかはベルトルトには想像もつかない。

 だが、彼が生粋の兵士であることは理解した。対巨人戦ではない。対人戦闘。人を殺すための技量のみを煮詰め続けてきた、真正の殺戮者。





48: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 22:24:50 ID:3H7JmZOg

豊久「は――――――はは、はははは」

ベルトルト(やめろ。その笑みをやめろ。悍ましい。忌々しい。不快だ。気に入らない)


 怒りと共に両腕を薙ぎ払う。掠るだけで人の四肢など根元から吹き飛ぶ威力の双腕は、やはり当たらない。

 ますます豊久の笑みは深まり、その瞳には蔑みが募っていく。

 嘲笑、だ。島津豊久は、ベルトルト・フーバーを見下している。憐れんでいる。

 獲るべき価値もない首だと。降り首以下の存在だと。


超大型「――――――――――――ッ」


 苛立ちが募る。

 なんだ。なんなのだおまえは。なんなのだおまえたち(ドリフターズ)は。

 何がそんなにも―――――。


豊久「―――――何が可笑しいか? とでも聞きたそうな顔じゃな、べるとると」

超大型「ッ…………!!」

豊久「なあに、お主があまりにも滑稽での。可笑しゅうて可笑しゅうて仕方ない」





49: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 22:33:26 ID:3H7JmZOg

超大型「……………?」

豊久「なんじゃ。お主ら『きょじんかのうりょくしゃ』も口ば利けぬのか。なあに、簡単なことぞべるとるとよ―――――お前はお前のきょじんとしての役目ば理解しておらぬ」

超大型「―――――」

豊久「それがあまりに可笑しゅうて、笑っておったのだ」


 ベルトルトは、自分の巨人化の特性というものを十全に把握している。

 ライナーの、鎧の巨人の耐久力は他の巨人たちと一線を画し、膂力に優れる。速度はさほどでもないが、その頑強さに物を云わせた突撃能力こそが持ち味である。

 アニの、女型の巨人の特性は、その万能さにある。敏捷性に優れ、皮膚を硬化し、奇行種を呼び寄せる。強襲制圧としてこれ以上の能力はない。

 しかし超大型ほどの巨体はなく、壁上に既に上ってしまった兵団員たちを殺す手段はない。

 超大型ならば壁上の連中を殺せるか? これも否。超大型はその60メートルを超える巨体と引き換えに、敏捷性は並の巨人以下である。

 全身から蒸気を吹きだすことによって兵士たちを近づかせないことは可能だろうが、それとて時間制限がある。


豊久「お主ん体はデカい。力も強か。そこにおるだけで脅威となる。ばってん、俺一人にかかずってどうとする?」

豊久「お主ん役目は『威』じゃ。そん馬鹿デカい巨体だけで兵子ん心根ば竦む。その腕ば揮うだけでん兵子ん肝ば縮む」

豊久「棒火矢ん一撃も、蒸気ば吹いちょる間は効かぬであろう。お主は『砦』じゃ。動く砦となって、他んきょじん共ん要ばなるべきであった」





50: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 22:39:33 ID:3H7JmZOg

超大型「……………」


 正論であった。怒りに我を忘れ、いかに脅威とはいえ唯一人である豊久一人を追撃し、己という砦を、戦力を遊ばせてしまった。

 それは間違いない。ベルトルトは一瞬だけ冷静さを取り戻し―――――しかし、豊久がわざわざそれを己に告げた本意を想像した瞬間、思考が凍り付いた。

 何故、豊久は敵である己にそれを教えた?

 豊久は己の役目を理解している。

 超大型という砦を己一人に誘因し、巨人勢の力を分散させること。

 しかし真実を告げたということはつまり。

 もう、その必要がなくなったと言うこと。


超大型「ッ――――――!!!」


 振り返る。一も二もなく、敵である豊久に背を向ける形になったが、そんなことは埒外であった。

 そして気づく。


 遠くシガンシナ壁外南で戦っていたはずの女型の巨人が―――――アニの姿が、消えている。





52: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 22:45:00 ID:3H7JmZOg

超大型「………ア………アイ」


 呂律の回らない巨人体の口を動かし、アニの名前を呼ぶ。

 何故アニがいない。どうして。どうして。

 アニが負けた? 捕らわれた? 死んだ? どちらだ。


豊久「ようやっと気づいたんか、間抜け。ついでにしがんしなの壁上を見やれ。面白いものば見れっど」


 思考の間隙に、豊久の愉悦の籠った声が滑り込む。

 自然と、豊久の言う壁上に視線が映り――――――。


ベルトルト(……………あ)


 ベルトルトは、いかに己が愚かであったかを悟った。



……
………





53: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 22:52:01 ID:3H7JmZOg

………
……



 獣の巨人は己の勝利を確信していた。

 なんのことはない。このまま時間が経過するだけで、勝手に調査兵団の面々は全滅する。

 ガス切れ、ブレード切れ、そして奇行種たちに食い殺され、後は屍が残るだけだ。

 鎧は『座標』を打ち倒した。彼がエレン・イェーガーという『座標』さえ確保できれば、後はどうとでもなる。

 否、獣の巨人にとって、『座標』を得て故郷へ戻るも、壁内人類を全滅させて故郷に戻るも、どちらでもよかった。

 女型がしくじったことについても、いかほどの痛痒も感じてはいない。死んでいようとしぶとく生き延びていようとどちらでも良かった。


 ―――――壁上の、その光景を目の当たりにするまでは。


獣の巨人「――――――――――あ、やべえ」


 壁の上を、三頭の馬が駆けている。

 最初は単なる伝令役かと捨て置いた。

 だが、そのうちの一頭を駆る人間が背負っている物がある。





54: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:00:01 ID:3H7JmZOg

獣の巨人に備わった超常の視力が『それ』がなんであるか認識した瞬間―――――考えるより先に、獣の巨人は壁に向けて駆けていた。

 己に矢を射掛ける与一という脅威も埒外に、四足をもって大地を蹴る。まさしく『猿』そのものの機敏な動きで与一を追い越し、『それ』を運ぶ者達を亡き者にせんと、ひたすらに加速する。

 それは獣の巨人が想定していた状況の中、遥か斜め上を行く最悪の状況であった。
 
 よりにもよって。よりにもよって。



エルド「――――よし。やっこさん、こっちに気づいたみたいだぜ」

グンタ「オラッ! こっちだ獣野郎!! 俺らをどうにかしねえと、おまえら大変だぜ!」

オルオ「ぐ、ち、畜生。なんでオレがこいつを背負ってんだよ…………あっ、ち、血が付いた。くそ、くそ、くぶふぉっ!?」ガブッ

アニ「……………」グッタリ



 ―――――よりにもよって。

 アニ・レオンハートを捕獲したまま、この戦場を離脱しようとする輩がいるなどと!!!



……
………





55: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:05:20 ID:3H7JmZOg

………
……



信長『―――――えるどとぐんたに、内地へと伝令に向かわせる『フリ』をさせる。おるおはその護衛だな。ウォールマリアの壁上を東に戻るように進路を取らせよ。フリだけな。なんらかの動きを見せるやもしれんぞ?』

エルヴィン『アニ・レオンハートを連れて、か?』

信長『うむ』

リヴァイ「!! 成程、トヨヒサが西へ西へと超大型を『釣った』のは―――――」

信長『そこまで考えていたわけではなかろう。だがそうすべきだとは理解していたんだろうよ。まっこと恐ろしい奴。『釣るための『釣り』』というヤツか』

リヴァイ「そいつを真似ようってか」

エルヴィン『……妙手かもしれん。とっくに水晶球で内地で待機している調査兵には伝わってはいるが………『獣』と『女型』は通信用水晶球の存在を知らない。慌てて伝令役を追いかける可能性もある』



 例えどんなに美味しい木いちごが相手の手の内に在ろうとも、手の届く範囲であれば安心できる。

 しかし遠くある木いちごには手が届かない。

 このままアニを内地へと送還させてしまえば、仮にここの調査兵団たちを全滅させたところで、巨人側にとって状況は悪くなる。

 ライナーとベルトルトは顔が割れている。獣の巨人の能力や特性も報告されるだろう。





56: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:08:43 ID:3H7JmZOg

何より、アニ・レオンハートという『巨人化能力者』を、壁内の誰かに『食われて』しまったら――――状況は五分か、それ以下か。

 棒火矢という兵器の有用性を知った人類は、これよりこぞってその兵器の力で巨人を絶滅せんとするだろうことは、想像に難くない。


リヴァイ「超大型は見ての通りのウスノロ、『鎧』も馬の速度には及ばず、壁上を走る馬を捕えられる術もない。となれば比較的速度に長ける『獣』が動く可能性は高い…………そうなれば儲けものだな」

エルヴィン『リヴァイ、そういう君も随分とノブナガの卑劣な考え方が染みついたようだな』

リヴァイ「やめろ。軽く死にたくなる」

信長『お主らアレだろ俺のこと嫌いだろ。無礼討ちにすんぞコラブッ殺すぞああ?』

リヴァイ「さておき試す価値はある。『獣』が釣れればしばらく奇行種の増援はなくなる。その間にヨイチらに奇行種共を全滅させ、鎧の排除に当たらせる」

ハンジ『これで一手は埋まった。だが残り一手―――――それを、どうするか。こうなれば、巨人どもは何が何でもエレンを確保しようと必死になるぞ』

信長『万事人事は尽くした。後は天命を待つのみ。なぁに、すぐよ。俺の経験上、必ず戦局は動く。

  桶狭間ん時みたいに、意外すぎるモンが噛みあって、意外なところから戦局は動く。必ず機は訪れる。

  足りぬ一手は、しびれを切らして勝手に向こうから手ェ伸ばしてくるだろうよ。必ずな。儂らはその機を逃さず突けばそれで良い』





57: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:14:33 ID:3H7JmZOg

それに、と信長は告げる。


信長『――――案外、与一が『獣』をどうこうするかもしれん。あやつもこの二週間を遊んでいたわけではない。のう、メガネよ、お主らとなかなか怖いものを作っておったらしいではないか』

ハンジ『ああ、アレか。確かにアレはすごい。きっとヨイチにしか使いこなせないだろうけれど…………アレをうまく使えば、もしかしたら』


 ハンジ・ゾエは思う。

 壁内の技術力をもって生み出されたアレを、十全に用いることができたならば。

 それはいかに俊敏な巨人であれ。いかに強き巨人であれ。

 瞬きの間に、その命は奪われることだろう。


エルヴィン『だ、そうだがヨイチよ―――――どうだ。この埒を、君は思うがままに開けてくれるか?』


与一『―――――――――――――御意。『猿』を知らぬ壁内の皆々様方に、彼奴の断末魔を聞かせて御覧に入れましょう』


 そうして源氏の大英雄は、獣の巨人の死を予言した。



……
………





58: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:22:07 ID:3H7JmZOg

………
……


 獣の巨人は、しゃにむに走った。女型の巨人に勝るとも劣らぬ俊敏性で、見る見るうちにシガンシナの壁にまで迫る。

 その背を追う閃影が一ツ。

 馬を捨て立体機動装置を駆る、那須与一だ。

 その速度たるや、まさしく閃光。女型の巨人の最大速力にも匹敵する速度で虚空を踊る。

 次々とアンカーを射出し、地に石壁を生やし、なおも加速を続ける。


獣の巨人「しつこい奴だなあ………」


 獣の巨人もまた、それには気づいていた。

 だが、それは捨て置いた。

 いかに棒火矢の威力が巨人を殺戮せしめるものであっても、そして那須与一の弓術がいかに卓越していたとしても、己の速度に迫るほどの移動中に、安定した射撃を用いることは出来ぬ。

 それがもしもできるのならば――――それはもはや、人間を超えた存在だ。

 故にこそ、獣の巨人は思い至らなかった。否、知る由もない。

 那須与一が、その人間の限界を超えたからこそ『源氏の大英雄』に至ったということを。





61: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:35:48 ID:3H7JmZOg

与一「――――――――――そうだ。欲しかったのは、それだ。ようやく、貴様の『うなじ』が見えた」


 そうつぶやいた時、与一と獣の巨人との距離はおよそ200メートル。

 いかに那須与一といえど、矢が届くはずがない。否、届いたとて当たらぬ矢などいかほどの脅威であろう。

 射程距離外。かすりもしない。仮に届いたとしても、中りはしない。

 あの猿はそう高を括っている。


与一「弱点はうなじ下の「縦一めぇとるに、横十せんち」…………それをそぎ落とさば、巨人は絶命に至る」


 巨人の殺し方をハンジから教授された時、その弱点の大きさを僅かと捉えるか、大きくと捉えるか。与一は後者であった。

 かつて己が射抜いた扇と比べれば、なんと巨大な的であることか。

 しかし、そぎ落とすという点が問題であった。

 矢とは射抜くための武器だ。射抜いただけで巨人は死なぬ。棒火矢による爆発で吹き飛ばすこともできようが、棒火矢には限りがある。

 それ以前に―――――通常の矢では、巨人の目を貫くことはできても、肉の内へと届かない。単純な威力が不足しているのだ。

 故にこそ、壁内の技術において、与一が着眼した点は。

  
与一『―――――しかし良くしなる鉄でありますな、このぶれえどと云うものは』





62: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:40:46 ID:3H7JmZOg

偏に、己の武装の『強化』であった。


与一『もぶりっと殿、はんじ殿。一つ、この与一の願いを聞き届け、骨を折ってくださいませぬか?』


 そして、与一は初めて、己の腕を十全に奮える武器を手に入れた。

 矢の射程距離など精々が数十メートル前後。

 百メートルを超えればもはや恐るるに足らず、二百ともなれば届きもしない。

 それが、今までの弓であれば。


モブリット「与一さん!!」

与一「―――――――――――忝し」


 立体機動の最中、モブリットがすれ違いざまに何かを与一に投げ渡す。

 それは超硬質ブレードの原料である黒金竹を束ねて造った、鋼の弓。

 常道を覆し、奇跡を成すための手段であった。





63: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:41:36 ID:3H7JmZOg

かつて長篠で見せた火縄銃の運用法などが良い例である。戦の様相さえも一変させる発想力こそが信長最強の武器である。

 片や島津豊久は戦術的価値を重視した。

 石壁を射出台として用いる馬鹿げた考えや、石壁をアンカー射出の基点とするという戦のことしか頭にない豊久の恐ろしさはそこにある。

 個々の戦闘における必殺性を極限まで突き詰め、己の命すら度外視して戦闘力の使用方法を引きずり出す。

 しかし与一は、超硬化ブレードのしなりに、ガスの噴出によって放たれるアンカーの速度や威力に―――――その兵装に宿す技術にこそ着目した。

 己の不足を補うのではない。己の持ち味たる長所をより伸ばす。技術の革新は武器を進化させ、兵士の戦法の幅を広げる。

 木々や竹を削って生み出した弓を用いて戦に挑んでいた与一である。巨人の存在するこの壁内の文化に根付く、より強い弾力と剛性を備えた鉄鋼技術は、その知識に疎い与一すら唸らせた。


 ならば。己の限界を超えることができるのではないか?

 より効率よく、より長距離で、より正確に、射殺すための武器が作れるのではないか?


 壁内世界の技術を転用して生み出された、新たな与一の弓。

 古の時代、源氏と平氏が血で血を洗う争いを続けていた戦国の世に生まれ落ち、源氏の大英雄にまで至った弓の名手が、ついに巡り合った至高の魔弓。

 与一が矢を番える。





64: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:43:31 ID:3H7JmZOg

推奨BGM:




 指先に伝わる超硬質スチールを束ね鍛造された鋼弓のしなりが、かつてない威力と飛距離を予感させる。
 

与一「…………」
 

 それは刹那の瞬間である。与一は静かに瞳を閉じた。

 与一の脳裏に浮かぶのは、己のこれまでの生涯だ。

 指先に伝わるのは引き絞られていく弦の感触、この感触を一筋に生きた己の一生を想った。

 射るべき的を想った。

 身と心が、ただ一本の矢へとのめり込んでいく。


『―――――卑怯? 健気なことを言う』


 その思考に、一滴の濁りが生まれる。

 かつての主。

 九郎判官、義経。





65: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:44:37 ID:3H7JmZOg

『なあ、与一。なんだそれは? 卑怯? ひきょうって何?』

『おまえといい兄上といい、そこんところを勘違いしてるよ。

 士道だか源氏の栄だかなんだか知らんが、つまるところ―――――僕たちがやってることは合戦だ。

 いくさだ。人殺しだ。人殺しに正々堂々も何もあるものかよ。言うに事欠いて卑怯? 莫ッ迦じゃねえの?』


 己の主は気狂いの類だ。そう疑わなかった。

 だが。


『ああ、それともアレかな―――――正々堂々だったら、殺してもいいとでも? ああ、それはなかなかに面白い。面白いよ与一。最低で最悪の面白さだ』


 本当に、主は誤っていたのか。


『そいつは道理が通らないだろう、与一よ? 餓鬼一人納得させられないような理屈で、おまえは自分を誤魔化せるのかい?

 大義とか名分とか、建前に過ぎんだろう? まさかそんなモノがないと、おまえは誰も殺せないのか? 殺したくないのか?』


 主が誤っていたのならば、何故正せなかったのか。





66: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:46:04 ID:3H7JmZOg

『莫迦言うんじゃあないよ与一。人殺しなんて出来る輩は、須らくどうしようもない屑さ。然るに、人一倍そいつが得意なおまえは一際に際立ち、極みに極まった生粋の屑だよ』


 何故あの時、己は何も言い返せなかったのか。


『どうしたんだ、顔色が悪いぞ与一? …………なあんだ、自覚がなかったのかい? その無垢な蒙昧さは実に可愛らしいよ。ふふふ』


 五月蠅い。


『そいつを認めたくないんだろ? 武士の誇りやら正々堂々やら謳うことで己の所業が誇るべきものだと、己の心を納得させたいのだろ?』


 黙れ。


『甘っちょろいなあ。甘っちょろい上に浅ましいんだよ、与一。そんなくだらないものはさっさと捨てて開き直っちまえよ』


 言うな。


『いいじゃないか、卑怯だか卑劣だか何だか知らないが―――――楽しめよ、合戦をさ。殺しをさ。面白ければなんだっていいのさ。面白い方がいい。なんであれ面白い方が、面白いじゃあないか』


 やめて。





67: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:47:21 ID:3H7JmZOg

『………はは、なんだよその目は。怯えながら睨みつけたってなんの痛痒も感じないよ? ん?』


 許して。


『おまえは実に素晴らしい殺戮兵器だ。まるで的を射抜くようにばすばすと人を射殺してきたじゃあないか。なかなかできるものじゃあない。本当はおまえだって、好き好んで人を殺してんだろう? 受け入れちゃえよ。そっちの方がずっとずっと面白いぞ? ひどく面白い』


 ごめんなさい。


『それが無理だってんなら、おまえは僕の言うことに黙って従ってりゃあいいんだよ。おまえの言うところの『卑怯』な手段で、主の命だからと言い訳して、嫌々ながらに人を射殺せよ』


 やめて、やめて、やめて、やめて――――――。


『私は悪くないんですって、とても可哀想な人なんですって、涙を流しながら人を殺せよ。私の手柄になってくれてありがとうって念じながら弓を引けよ。あは、あはははは、はははははははははは!!!』


 心の内で獣が嗤う。

 傲岸不遜の四文字を体現したかのような、化け物のような男。

 化け物の方がより人間味があるとさえ思えた、おそろしい主が手招きしている。

 あの源九郎判官義経が、与一の心の内に巣食っている。





68: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:49:54 ID:3H7JmZOg

忘れようと思った。

 忘れたいと願った。

 しかし無理だった。もはや与一の手は血に塗れていて、大勢の人を卑劣な手段で殺して、殺して、殺してしまった後だった。

 なんて様だ。どうしようもない男だ。そんな男が英雄? 源氏の雄? 那須与一?

 そうだ、認めていた。本当は、心の奥で認めていた。


与一「分かっていたさ。私のやっていることなど、所詮は薄汚い外道の所業だと。人殺しの人でなしで、人の皮を被った鬼に過ぎないのだと」


 源氏の大英雄。那須家二代目筆頭。全てはお家のために。源氏のために。武の誇りを。士道を。

 そんなものは虚飾だ。張りぼてだ。己を飾りたて、戦の真実から目をそらすために積み上げた瓦礫の山だ。

 誰よりも与一自身が、それを分かっていた。

 殺すべき人間を選ぶことは『差別』なのだ。

 生きるべき人間を選ぶことは『贔屓』なのだ。

 勇猛果敢に敵に挑むことは『勇気』ではない。

 正々堂々と戦い抜くことは『強さ』ではない。





70:以下、名無しが深夜にお送りします:2015/02/19(木) 23:51:41 ID:3H7JmZOg

与一「だが―――――構わぬ!」


 甘っちょろいと言われても。

 理由がなければ人を殺せない半端者でも。

 それでも、与一は。


与一「ああ、そうだ。私は卑劣だ。私こそが卑怯なのだ。人が死ぬのはいやだ。殺すのはいやだ。だが主の命故にと、己の罪から目を逸らし続けてきた。ただあの方を怖がっていた。恐ろしかった」


 源義経と、向き合おうとしなかった。理解しようとしなかった。

 主の命だからと言い訳して、人を殺した。殺して殺して殺して殺して、最後は主に全てを押し付けた。

 それで結局この様だ。私も、私も主もこの様になった。なんて様だ。
 

与一「だが、だからといって、何もせずにはいられない。同胞を失いたくはない。ただ座して受け入れることはできぬ。それだけは。だから―――――構わぬ。悪鬼、外道、畜生、何であれ構わぬ」


 戦国の世に在り、人心は荒んでいた。武家の子息たちは武士然とした建前と面子を重んじ、平然と兵たちに死を命じた。

 与一には心許せる相手など、誰もいなかったのだ。





71: ◆B2mIQalgXs:2015/02/19(木) 23:58:43 ID:3H7JmZOg

アルミン『僕にも弓術教えてください、ヨイチさん』

クリスタ『ゲンジバンザイ? って言えばいいんですか、ヨイチさん?』

ユミル『非力な坊ちゃんお嬢ちゃんには弓が最適かもな、なぁヨイチさんよ、あんたもそう思うだろ?』

コニー『おいブス、狩人バカにすんなよ! 弓矢はすっげえんだぞ、なあサシャ? ヨイチ!』

サシャ『そうです。私も弓は得意ですけど、ヨイチさんの弓術はホントすごいですよ! だから私に今夜のお肉をば』


 ふと、笑みがこぼれる。

 今は違う――――ああそうだ、今は違うのだ、と。

 己を慕うエルフたちがいる。ずっと遥か先の明日に死ぬため、今日に命を懸ける調査兵団の兵士たちがいる。

 勇敢なる輩だ。

 恐れを知らぬ尊敬すべき兵士たちだ。理不尽を憎悪し、正当なる怒りを胸に、命を懸けて大敵を討ち果たさんとする勇者たちだ。

 それは失いたくないものだ。

 失ってはならぬものだ。





72: ◆B2mIQalgXs:2015/02/20(金) 00:00:25 ID:sPyWai.2

だから。


与一「私は悪鬼でいい。ただ命を射抜くための一矢でいい。五月雨の如く降りしきる矢でいい。慈悲もなく、容赦もなく、冷酷なる非情な一矢でいい」


 私の敵よ、私の心の安寧のために死ね。

 仲間のためにではない。仲間を失いたくないと思う、私のために死んでしまえ。

 私のために、殺されろ。

 私が選び、私が下す。

 黒白の両天秤を司り、羽根と心臓の重きを較べる。

 生き残るべき存在は私が決めて私が生かす。死ぬべき存在を私が決めて、私が狩る。

 それはきっと人に後ろ指をさされても致し方ない悪鬼の所業なのだろう。

 尊大で天上天下唯我独尊を地で往く、あの化け物のような主に勝るとも劣らぬ鬼畜なのだろう。

 後ろ指をさされ、石を投げつけられたとて、腹を立てる理屈はない。

 だが、それでいい。それで良かった。


 ―――――胸を張って、生きられる。





73: ◆B2mIQalgXs:2015/02/20(金) 00:03:12 ID:sPyWai.2

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与一「もはや瞑目の時は過ぎた。私は私の殺意を以って、貴様を射殺そう」


 鷹の目が、獣の巨人の命を視る。


与一「慙愧懺悔六根罪障――――南無三宝日光権現。帰依三宝那須湯前明神。帰命頂礼八幡大菩薩。我が身命、我が魂魄、一筋の烈矢と罷り成る………この一矢、外させたもうな」


 数十間と離れた扇、しかも揺れる船舶の上という不安定な的にも拘わらず、その真中心を見事に射抜いた与一の魔技。

 その身が宙の只中にあれど、悪条件にも入らぬ。

 引き絞り、放つ。

 ひょうと甲高い音が鳴った次の瞬間。



 『獣の巨人』のうなじに、魔弾が深々と突き刺さった。



獣の巨人「……………え?」





74: ◆B2mIQalgXs:2015/02/20(金) 00:05:09 ID:sPyWai.2

未だ見ぬ『獣の巨人』の内に潜む人物が、唖然とつぶやいた。

 胸の中心が熱を放っている。

 巨人の内部、見えぬ者の見えぬ心臓を、正確に射抜いていた。

 どくん、どくん、と。

 心臓の脈動と共に、温かな命の原液がどくりどくりと流れ出す。


獣の巨人「あ、ああ…………あり、えない」


 それが、絶命の言葉だった。

 本体の心臓を射抜いた棒火矢の火薬が炸裂する。中心にある心臓も、本体の肉体も、何もかもを木端微塵に吹き飛ばす。


与一「猿とて鳴かずば撃たれまいに。こともあろうに人様を下に見るとは言語道断。己が分を弁えぬ獣は、射殺されるが運命め(さだめ)――――――六道に彷徨い、畜生地獄へ堕ちよ」


 陰を背負い、陽へと挑む。

 それを人は英雄と呼ぶのだ。


……
………





105: ◆B2mIQalgXs:2015/03/02(月) 23:09:19 ID:0VwxU9vo

………
……


 その時、壁の上から大きな歓声が上がった。

 獣の巨人が崩れ落ち、ぐずぐずと蒸気を上げて消えていく様は、壁上からでも確認は取れていた。


エルヴィン「ッ、ヨイチが、ヨイチがやった。獣をやったぞ!!」

ハンジ「これで形勢はこちらに傾い――――」


 最も厄介な知性巨人も、これで残るは二体。誰もが自軍の勝利を信じようとした矢先のことだった。


信長「否! 足りん! いささか遅かった」

ハンニバル「ウム、遅い。木いちごが、腐っちまった」


 額に汗を浮かべた信長とハンニバルが、苦渋に満ちた表情で吐き捨てた。


ミケ『ッ、どうなっている………!! 『獣』がくたばっても、こ、こいつらッ!!』

リヴァイ「クソが………『獣』の野郎、頑張りすぎだ。奇行種の数が多すぎる」





106: ◆B2mIQalgXs:2015/03/02(月) 23:10:37 ID:0VwxU9vo

猿の呼び寄せた奇行種を相手取っていたエルフ達の持つ棒火矢は、とうに尽きていた。

 遠距離支援を失った彼らに残る手段は、立体機動術による白兵戦のみだ。

 均衡を維持するために、ミケはエルフ達を一度下がらせ、入れ違いの形で調査兵団の兵士たちを送り込み、前線で奮闘していたが―――――それももはや限界だった。

 ガス切れを起こす者。

 ブレードが尽きた者。

 負傷者は数知れず。

 死者もまた同様であった。

 さながら地獄の様相を呈する壁外であったが、凶報は続く。


ハンジ「ッ!!? まずいよノブ!! 奇行種どもが! ウォールローゼ側からも呼び寄せられてる!! しかも、とんでもない数だ!」

信長「あの猿、そちら側からも―――――いや、まさか」

エルヴィン「アニ・レオンハート。女型! 彼女も同じ能力を備えていたとすれば………」

ハンジ「このままじゃシガンシナ区内に巨人が―――――エレン達が!! 鎧の巨人の足止めに精一杯の彼らが、この上で奇行種まで相手取ったら………!!」

信長「――――――――――――ッ」


 どうする、と自問自答する。





107: ◆B2mIQalgXs:2015/03/02(月) 23:11:53 ID:0VwxU9vo

既に答えは出ていた―――――これらの状況は、一度で解決することは不可能だ。

 壁を塞ぐには時間がかかる。現状で行うことはまず不可能。何より今、壁内には『鎧』が、壁外には『超大型』がいる。その気になれば瞬く間に打ち壊されてしまうことだろう。

 恃むべき味方は、この場にはエルヴィン率いる一隊と、満身創痍のリヴァイに、その部下である四人の精鋭。

 いかな精鋭とはいえ、壁外の奇行種は多勢に無勢。かといって鎧の巨人を討滅するには、先ほどのリヴァイが用いた『魔剣』に匹敵する条理外の武を必要とする。

 かといって彼らを真っ二つに分けて、『壁外』と『鎧』へと振り分けるのは悪手中の悪手。中途半端な戦力では、地獄に飲み込まれたまま帰らぬ者となるだろう。

 一分一秒が惜しい。目前の状況は刻一刻と悪化している。

 それでいてかつ要求されるものは、迅速にして正確な判断。

 信長は優先順位を定め、即断した。その間にも、兵士が死んでいくのだ。


信長「エルヴィン! 手勢を率い、チョボ髭の救援に向かえい! 補給隊だ! がすもぶれーどもありったけ持っていけ!! あのしょっぱい髭ヅラを俺の前に突き出させろ!」

エルヴィン「ッ、諒解だ!」

信長「リヴァイ! おまえの班の精鋭どもを呼び戻し、手分けして奇行種どもの足止め! 殺す必要はない。外壁の上に登っちまえばヤツらにゃ手は出せん!」

リヴァイ「わかった。お前の判断に従おう―――――ペトラ、聞いての通りだ。リヴァイ班の精鋭として戦ってこい! そして必ず帰って来い!!」

ペトラ「はっ!!」





108: ◆B2mIQalgXs:2015/03/02(月) 23:14:19 ID:0VwxU9vo

信長「ハンジ! 偵察指示は全て俺がやる。エレンだけでも確保して壁上に連れて来い!!」

ハンジ「分かった! ケイジ! ニファ! 私についてこい!!」

ケイジ「諒解ッ」

ニファ「はいッ!!」

信長「最後に与一ッ! それともぶなんとか! おまえらは殿だ! 髭ヅラ配下の兵士どもとエルフ共を連れて、壁外まで登って来い!!」

与一『御意!』

モブリット『モブリットです!!』

信長「各々の務めを果たした後は、速やかに全勢力を以って鎧の巨人を討伐! 以上、方針!」


 各々の務めを果たすため、兵士たちが壁上から飛び降りていく。そうして壁上に一人きり―――――信長がひとりごちる。


信長「―――――後は鬼が出るか蛇が出るか。かかる一手を埋める鬼札はいずこぞや」


 魔王は神に祈らない。神仏悉くを絶滅せんと欲してきた織田信長が信ずるものは、いつだって己自身だった。



……
………





110: ◆B2mIQalgXs:2015/03/02(月) 23:26:19 ID:0VwxU9vo

………
……



 元第104期訓練兵団出身の新兵達は今、地獄の窯に片足を突っ込んでいた。


ジャン「…………生きてるか、コニーよう。こっちゃガス切れだ」

コニー「おー……ガスは残ってるな。ブレードがねえ。そっちはどーだよ、サシャ、クリスタ、ブス」

ユミル「そっちより最悪だよ、チビ。石壁の符も、ガスも、ブレードも切れた」

クリスタ「石壁の符はいくらかある………ブレードとガスは、もう………」

サシャ「矢も、石壁の符も、ぜぇんぶスッカラカンです。私のお腹みたいに」

ジャン「じゃあコニー、ガス寄越せ。オレに」

コニー「うるせえ。おまえがブレード寄越せよ、おれに」

ジャン「なんでブレードいるんだよ」

コニー「おめーこそ、なんでガスいるんだよ」

ジャン「そりゃあれだ…………一匹でも巨人、ブッ殺さねえとな。こんなかじゃ一番立体機動成績のいいオレがやるのが妥当だろうが、第八位」

コニー「小回り効くおれの方がずっとアシストにゃ向いてるだろ。いいからブレード寄越せよ、エレンの次席」





112: ◆B2mIQalgXs:2015/03/02(月) 23:42:46 ID:0VwxU9vo

ジャン「テ、テメー、言ってはならねえことを………っつーか、頭ッからダラッダラ血ィ流してるおまえが、今更何できるってんだよ」

コニー「ッグ………さあ、な。でも、剣は握れるし、トリガーだって引ける。だったら、まだ戦えんだろ。おめーこそなんだ、その脇腹。血で真っ赤じゃねえかよ。そんなんで剣振れんのかバカ馬」フラフラ

ジャン「ちょっとした腹痛だ。下痢っ腹に比べりゃ、どうってこた………ッ! グフッ、ねえ、よ」ヨロヨロ

クリスタ「だ、だめだよ二人とも! 立っちゃダメ! 動いちゃダメ! 死んじゃうよ、本当に死んじゃうよぉ!!」ポロポロ

サシャ「すいません………私の援護、遅れたせいで、こんな………」ボロボロ

クリスタ「サシャも動かないで!! 腕、折れちゃってるでしょう!?」ヒックヒック

ユミル「ガラにもねえことしたな、馬面、バカチビ。馬面がクリスタを守ったことだきゃ評価してもいいがよ………サシャはともかく、なんで私なんか助けたんだ、チビ?」

サシャ「そう、ですよ………私がヘマしたのに、どうして、どうし、て………」


 ユミルとサシャの問いに、コニーは心底驚いたように目を丸くし、


コニー「…………へ、へへ、へへへへ」


 次いで、血まみれの顔を笑みに歪めた。


ユミル「あ? なんだよ。なんでニヤついてんだ、てめえ」

コニー「おまえにゃバカバカ言われたけどよ、案外おめーこそモノを知らねえんじゃねえか、ブス?」





113: ◆B2mIQalgXs:2015/03/02(月) 23:49:15 ID:0VwxU9vo

サシャ「何? 何を言って――――」

コニー「おれは男だ。男は女を守るもんだ。おれはそう両親から教わってきた。おれがおまえら守るのなんて、そんなの当たり前だろ、バーカ」


 虚勢ではない。満面の笑みを浮かべて、コニーはそう言い放った。


ユミル「…………ッ、そうかよ。それでてめえがくたばっちゃあ、何の意味もねえ。そうは思わねえのか? 家族はどうすんだよ、おまえの家族は!」

コニー「いいよ―――――おまえらがいる。おまえらがきっと、この先を戦ってくれる。壁内の人たちを、おれの家族を守ってくれるさ。

   それにまだあいつらちっちぇえけど、サニーがいる。マーティンがいる。あいつらも立派な兵士になりてえって、そう言ってた。だから、意味はあるんだよ。きっと、きっと、おれがここで戦って、おまえら守ったことは、意味があるんだ」

クリスタ「ッ…………コニー」

ジャン「は、はは………ホント、今日はいいこと言うな、コニー。全く同感だ。女を守れねえ男なんざ、男として認めねえよ」

コニー「へ、へへ。豊久が言ってたろ。女は、いい男捕まえてよ、丈夫な強い子産んでよ、強い兵士にするのが仕事だってさ。おまえら、強い女じゃん? きっと、強いガキができるって………それで、いい」グググッ

ジャン「クリスタよ………サシャとユミル連れて、逃げろ………お前らの側に、絶対に、巨人どもは、通さねえ………」グググッ

サシャ「こ、コニー………ジャン………いや、いやや。死なんといて………うちを置いてかないで………」ポロポロ

クリスタ「ッ、力が、あれば。私に、エレンみたいな力が、あれば! あんな奴等、あんな奴等!!」


ユミル「……………」





114: ◆B2mIQalgXs:2015/03/03(火) 00:02:01 ID:FgE6x3sE

コニー「よ、う。ジャンよ、一つ、提案があんだ」

ジャン「なんだ? 手短にな。あんま余裕がねえ」フラフラ

コニー「おめーは剣を振れねえが、意識ははっきりしてんだろ。ガスやるから、そいつでおれを抱えて飛べよ。お前が立体機動の制御、おれが巨人のうなじをぶった切る。アレだ。役割分担ってヤツだな。合体だ。男のロマンってやつだ、うん」

ジャン「は、は。それしか、ねえか。コニー、おまえマジで冴えてんぞ。それで行こうぜ」

コニー「へ、へへ………やっぱおれって、天才かも」


クリスタ「あ、ああ、あああ………」


 死地へ向かう男二人の背に、クリスタは声をかけられずにいた。

 なんと言えばいい? 頑張って? それがいかほどの力となるだろう。

 行かないで? 共に無駄死にすることを強いるというのか?

 何もできない。

 ああ、やはり。


クリスタ(私には、何もできないんだ。死ぬことだってできない。何も、何も、何も―――――)





116: ◆B2mIQalgXs:2015/03/03(火) 00:04:30 ID:FgE6x3sE

悔しくて、情けなくて、涙がとめどなくこぼれた。

 そんな時だ。肉を殴打するような音が、二回響いた。


クリスタ「―――――え?」


 伏せた視線を上げて前を見る。そこには――――。


ユミル「なあ、クリスタ。そんなことねえよ。おまえは強いよ。いい女だ。幸せになれる」


 ジャンとコニーを殴り倒したと思われるユミルが、いつもの皮肉気な笑みを浮かべて立ち、こちらを見つめており、


ユミル「だから――――――おまえ、強く生きろよ」

クリスタ「…………え?」


 どこか慈愛に満ちた、優しさを秘めた瞳。

 それはいつか、どこかで、自分がもっとも欲していたものでなかったかと――――ヒストリア・レイスは、幼い頃の記憶を追想する。


……
………





121:以下、名無しが深夜にお送りします:2015/03/03(火) 12:49:05 ID:GFAhpt7k

ジャンもコニーもカッコええー





129: ◆B2mIQalgXs:2015/03/12(木) 20:34:13 ID:4hMGR1EU

幼き頃、かつてヒストリア・レイスであった彼女は、愛情に飢えていた。

 物心がついて文字を覚えた頃、彼女は多くの本を読み、己が孤独であることを知る。

 自分自身を腫物扱いする祖父母や領民、牧場の労働者たち。

 血の繋がった母に至っては、まるで己に興味を示さない。

 動物たちと接する時だけが、彼女にとって安らぎであった。

 ヒストリアは思う。

 誰からも必要とされない己は、果たして生きる意味はあるのだろうか?

 誰にも聞けなかった。

 聞くことができなかった。

 それでもしも、必要ないと言われてしまったら―――――。


クリスタ「え………?」


 気づけば、そこには人のぬくもりがあった。

 ユミルが己の身体を引き寄せ、抱きしめている。





130: ◆B2mIQalgXs:2015/03/12(木) 21:08:04 ID:4hMGR1EU

回された腕に込められた力は強く、少し震えていた。
 

クリスタ「ユミル?」


 当惑するクリスタの耳元で、ユミルは静かに語りだした。


ユミル「クリスタ。なあクリスタ。クリスタよう。いっつも茶化して聞こえていたかもしれねえけどさ、私にとって、おまえは本当に天使だったんだ」

クリスタ「…………何、何を言っているの、ユミル?」

ユミル「おとついのミカサの言葉を覚えてるか? あいつを真似るわけじゃあないが………私はな、生き返ったんだ。ゆっくりと脳味噌の中身から腐っていくように死に続けていた私は、おまえのおかげで生き返った」


 その言葉に、クリスタはかつて訓練兵時代に、雪山で行われた訓練での出来事を思い出す。


クリスタ「覚えて、るよ。雪山で………だけど、どうして今、そんなことを」
 
ユミル「最後かもしれないからだ」

クリスタ「最後、って………」

ユミル「私には今や何もない。生まれ落ちた故郷も、帰るべき家も、迎えてくれる家族も、何もない。私には何もない。全て喪った。あるのはこの身一つだけだった」





131: ◆B2mIQalgXs:2015/03/12(木) 21:15:19 ID:4hMGR1EU

ユミル「一日を生き延びるのに必死で、そんな日々を繰り返すうちに、どうして自分は生きてるんだって、そう考えるようになった」

クリスタ「け、けど、ユミルは強いでしょ? 雪山で、あの絶望的な状況で、ダズを救って見せた。運命を変えて見せた」


 それは、己にはない強さだと、クリスタは思う。

 第二の人生を、己の名を偽らず、己の生を偽らず、運命に抗うように生きるのだと。

 だが、ユミルは首を横に振る。



ユミル「………孤独ってさ、胸のここんところが痛くなるんだ。寂しいんだよ。どうしようもなく寒いんだ。強がって見せても、笑って見せても、結局は一人ぼっちなんだって思い知るだけなんだ。おまえも知ってるだろ、クリスタ」

クリスタ「…………ッ」

ユミル「そんな中で、おまえと出会えた。いつしかおまえと一緒に行動するようになって、おまえの生き方に触れて――――ああ、私はこのために、おまえに会うためだけに、あの日々を生き延びたんだと、そう思えた」

クリスタ「え………」


 それはきっと、クリスタが欲しかった言葉なのだろう。


ユミル「だから、もうそれだけでいい。おまえの優しさがあった。それだけで、私は立派に生きていける―――――ああそうだ、私はとうとう見つけた」


 なのに何故だろう、とクリスタは自問する。





132: ◆B2mIQalgXs:2015/03/12(木) 21:27:41 ID:4hMGR1EU

ユミル「………おまえが、私の生きた証だ。胸を張って生きてくれ」


 どうして、涙が止まらないのだろう。締め付けるように胸が痛むのだろう。

 ユミルが抱擁を解き、背を向ける。

 その背を掴もうとクリスタが手を伸ばした瞬間―――――クリスタの周囲が、石壁によって覆われた。


クリスタ「え……あ、あれ?」

ユミル「はは―――――隙だらけだったな、クリスタ。悪いがコイツは私が貰っとく」


 壁の隙間から、ユミルの右手が見える。その手には、クリスタが所持していた石壁の符の束があった。

 クリスタは取り戻そうとなおも手を伸ばすが、ギリギリでユミルに届かない。

 気にした風もなくユミルが歩き出し、その背は少しずつ離れていく。


ジャン「て、てめえ………何、しやがんだ、オイ、こら。いきなりグーで殴る、とか、こ、殺す気か、クソが………」

ユミル「堪忍しろよ。私の天使を救うために――――いっちょやってやろうか。そういう話だよ。そのためにゃおまえらがいるとちょっくら邪魔なんだ」


 おちょくるように言いながら、ユミルはクリスタと同様に、サシャの四方も石壁の符で囲っていく。





133: ◆B2mIQalgXs:2015/03/12(木) 21:31:16 ID:4hMGR1EU

サシャ「ユ、ミル? な、何を………」

コニー「お、おまえ、おれのはなし、きいて、なかったのか………役割が、ぎゃ、逆、だろ、バカ」

ユミル「バカはてめえだ、バカ。女がやってやろうっつってんだ。恥をかかすんじゃない。何、どうせおまえらはついでだ。クリスタのついでに助けてやるさ―――――女神様の真似事も、たまには悪くない」


 いつも通り、皮肉気に笑みを浮かべたユミルに、しかしジャンとコニーはなおも食い下がる。


ジャン「ッ、いい加減に、しろ! 無傷のてめえより、死に損なってるオレらが行くのが順当だ!」

コニー「とっととサシャとクリスタ連れて下がってろよ!! そいつはおれ達の仕事だ!!」


 瞳を血走らせ吼える両者は、全くの本気だった。

 ここに来て、クリスタはようやく理解した。

 ―――――ユミルは死ぬつもりなのだと。

 そしてコニーとジャンは、ここで死ぬべきは自分たちであって、決してユミルではないと怒っているのだと。


ユミル「なあ、ジャン。そういう男気見せるなら、好きな奴の前でやれよ。それとコニー? さっきのおまえ、結構カッコよかったぜ。少し見直した」


 言いながら、ユミルは二人の周囲を、壁で包み込む。





134: ◆B2mIQalgXs:2015/03/12(木) 21:37:25 ID:4hMGR1EU

ユミル「即席だが、ないよかマシだろ。誰か助けに来るまで、そこで時間を潰してろ」


 ひらひらと手を振り、ユミルは一度だけ振り返った。


ユミル「ジャン、コニー。おまえら、いい男だよ。本当にいい男だ。頑張れよ。出世しろよ。家族を安心させてやるんだろう?」

ジャン「ッ………!」

コニー「お、おい、ブス………ユミル。やめろ。冗談、よせよ」

ユミル「サシャ。食い気もいいが、そればっかじゃ男が寄り付かん。少しは慎みってのを覚えろ。キースのジジイも言ってたろ?」

サシャ「い、やだ。いやや………あかんよ。それは、あかんよ、ユミル………」


 そして、ユミルはクリスタを見て、笑みを浮かべた。


クリスタ「あ…………」

ユミル「じゃあな。愛してるぜ、天使様」


 再び背を向ける。女性らしい細い背だ。だが、鋼のように冷たく、強い背だった。

 歩みを進める。向かう先は雲霞の如く迫りくる奇行種の群れ。





135: ◆B2mIQalgXs:2015/03/12(木) 21:39:01 ID:4hMGR1EU

ユミル「私を食いたいか、巨人ども」

クリスタ「い、いやだ………いやだッ、ユミル!! 行かないで!! 置いていかないで!!!」


 クリスタにはユミルの言っていることの八割は理解できなかっただろう。

 だが、一つだけ確信できることがあった。

 このままユミルを行かせてはいけない。

 行かせてしまったらきっと、もう二度と―――――。


ユミル「私はな、正直な話、いつ死んだって良かった。大勢の人の幸せのために死んでやったあの日なら。六十年前のあの日なら、あの日なら」


 巨人たちを睨みつけたまま、ユミルは束ねた石壁の符を、背後の地面に叩きつける。

 直後、ユミルとクリスタらとを分断する壁が生まれた。

 それが境界線。

 生と死を分かつ狭間。
 

ユミル「お前たちに喰われてやっても良かった」





136: ◆B2mIQalgXs:2015/03/12(木) 21:41:30 ID:4hMGR1EU

生死のラインに立ち、ユミルは右手にナイフを添える。


ユミル「だが、もはや駄目だ」

クリスタ「だって、ユミル! 貴女、まだ―――――私の、私の本当の名前は――――――!!」


 その言葉は、迫りくる巨人たちの足音でかき消される。

 直後、ユミルが小さく呟いた。

 本当に小さい小さい呟き声。

 なのに、クリスタは。



ユミル「―――――そいつはできない相談だ。さようなら、ヒストリア」



 ユミルの、震えた泣き声が聞こえた気がした。

 ナイフが血の線を引き、直後、稲妻の如き閃光が放たれた。





137: ◆B2mIQalgXs:2015/03/12(木) 21:53:24 ID:4hMGR1EU

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 かくして、第六の知性巨人が姿を現した。

 体躯は3メートル程度と小柄な巨人ではあったが、巨人化時の閃光は、エルヴィンと信長の目にも止まることとなった。


エルヴィン「!!!? ここに来てッ、新たな巨人だとッ!?」

信長「――――いや、待て。少し様子が違う」


 ガチガチと鋸状の歯を打ち鳴らしながら、他の巨人たちと相対するそれは、信長には人間たちを守ろうとしているように見えた。


ユミル(幸運の………女神、は………死せる勇者を………)


 四足獣のように両手両足を地に噛ませ、引き絞るように力を込める。


ユミル(――――――――――――助ける!!)


 弾くように大地を蹴り、ユミルは跳躍した。





138: ◆B2mIQalgXs:2015/03/12(木) 21:56:39 ID:4hMGR1EU

ジャン「ッ、速い!!」

コニー「ユミルッ!!」


 爆散するような音と共に、ユミルから最も近い位置にいた巨人のうなじが一瞬にしてそぎ落とされる。

 
 その双眸は敵を射抜き。

 その挙動は疾風の如く。

 その爪は巨人の肉を引き裂き。

 その牙は巨人のうなじを抉る。


ユミル「――――ッッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 理性の内に秘められた野性を爆発させるように、ユミルは吠えた。

 吼えたて、他の巨人たちを己に引き付ける。


クリスタ「だ、だめ! だめだ、ユミル!!」

サシャ「あかん! 逃げて、逃げてユミルゥッ!!」





139: ◆B2mIQalgXs:2015/03/12(木) 22:00:55 ID:4hMGR1EU

殺到する巨人たちを前に、小柄なユミルの巨人体は、あまりにも頼りない。

 確かにユミルの巨人体は俊敏性に優れてはいる。だが、反面パワーに欠けていた。

 一対多数の状況において、それは致命的だ。一度捕まれてしまえば、後は力押しで潰されてしまう。

 巨大樹の森といった障害物が多く存在する環境下において初めて、ユミルの巨人体は真価を発揮する。

 この場は平野。地の利においては他の巨人たちに分はあると言えよう。

 だが、その不利を、ユミルは覆す。


ユミル「ッシャアッ!!」

奇行種A「ガァッ!?」


 小柄であるということの有利は、何も素早いというだけではない。

 巨人体となったユミルの手指の間には、石壁の符が何十枚と挟み込まれている。


エルヴィン「石壁の符を足場に………!! あのサイズの巨人ならば、それも可能か!」

信長「ッ―――――石壁の符を使いこなしているな。成程、ありゃ他の巨人にゃマネできん」

ハンジ「感心してる場合じゃないよッ!! いや、あの巨人メッチャ解剖したいけど! どうすんの!? 捕まえるの? 倒すの? 援護するの!?」





140: ◆B2mIQalgXs:2015/03/12(木) 22:07:33 ID:4hMGR1EU

エルヴィン「無論、援護だ。そうだろう、ノブナガ」

信長「―――――成程。そうか。これか。足りぬ一手はこれか。否、一手には届かぬ半手と言うべきか」

リヴァイ「オイ、てめえ一人で納得してないで、さっさと指示を出せ」

信長「うむ―――――オイ、チョボヒゲ!! エルフどもに命じろ!! そのハゲネズミっぽい巨人は味方だ!!」

ミケ『了解!! 総員ッ! 負傷者の搬送急げ! あの『爪牙』の巨人の援護だ!!』


 石壁を足場に、壁から壁へと跳躍しつつ、ヒットアンドアウェイの戦法で、ユミルは確実に巨人たちの数を減らしていく。

 だが、符の数には上限があり、未だ巨人の数は膨大だ。

 己の『詰み』が確約された戦いであることは、ユミルとて理解していた。

 風前の灯火の中、それでもユミルは―――――。



……
………





141: ◆B2mIQalgXs:2015/03/12(木) 22:11:31 ID:4hMGR1EU

※みたいな? 感じ? じゃね?

 うん。まあ死亡フラグだよねー。ユミルさん、ガンバンナサイネー。

 続きはね、うん。やったね。今度の日曜だよ! 多分ね!



 ところで余談なんだけど、ついさっき、とんでもないことに気づいたよ。

 コニーって原作の方で裏切りフラグ立ってるよねってこと。

 だってエレンをコニーのかーちゃんに喰わしたら、コニー家族取り戻せるジャン?

 今のコニーの精神じゃやりかねないよね、ははは。



 …………やめてよね。

 いや、ホントやめてよね。諌山てんてー。

 やめてね? ほんと。まじで。ノーサンキュー。コニー好きなんだよ俺。ああいうキャラは報われて欲しいんだよ。ほんと。





148: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 21:30:46 ID:SZvvlLF.

………
……



 暗い。

 暗くて深い闇の中にいる。

 全身の感覚がない。ただ意識だけが暗闇にぼんやりと浮かんでいるような心地。


 俺は、俺はたしか……そうだ、鎧の巨人と……ライナーと闘っていて……。


 ――――負けた。


 負けた。負けた。負けた?

 本当に? 本当に負けたのか?


 …………立たなきゃ。立って、また、戦わなければ。


 なのに、身体がどこかへ行ってしまったみたいに言うことを聞かない。

 どうしたらいい? どうすれば――――。





149: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 21:32:07 ID:SZvvlLF.

そんなことを考えていると、目の前の何も聞こえない空間の奥から、すすり泣くような声が聞こえる。

 悲しみを湛えた声だった。

 無力を嘆く弱者の声だった。

 絶望に屈した敗者の声だった。

 それは子供の泣き声だ。

 誰だ。そこで泣いているのは誰だ。




 ああ。

 あれは。


 俺だ。


 十歳の時分の、エレン・イェーガーだ。





151: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 21:33:41 ID:SZvvlLF.

視界が開ける。無から有へ。闇は光に。

 映し出されるのは、五年前のあの日だ。

 覚えている。

 あの地獄を覚えている。

 ウォールマリアが陥落した日を。

 シガンシナが蹂躙された日を。



 ――――母を失った日を。



エレン(覚えて、いる)


 口の中に鉄の味が広がる。

 ああ、この味を知っている。そうだ。

 これは。


 後悔の味だ。





152: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 21:34:59 ID:SZvvlLF.

エレンは覚えている。

 とてつもない無力感を覚えている。

 耐え難い屈辱を覚えている。

 死をも凌駕する後悔を覚えている。

 五体が引き裂かれるような悲痛を覚えている。

 だからこそ、もう二度と、と………そう誓ったのではなかったのか。


 …………なのに、負けた。


 だが、この現実はどうだ。

 いつだって俺は負けてばかりだ。

 母さんが何か叫んでいる。

 その声が聞こえない。

 その日、母さんが死んだ。

 噛み潰されて、食われた。

 母さんが死んだ。大好きだった、お母さん。かけがえのない人だった。





153: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 21:36:55 ID:SZvvlLF.

――――それだけじゃあないでしょう?




 粘つくような声音が心の内に響く。

 少女の声だ。聞いたこともない声だ。見たこともない少女。顔の輪郭がぼやけて、よく見えない。

 再び光景が移り変わる。

 涙を流す父が、俺を押さえつけて、片方の手には注射器があって………。

 そして思い出す。



 ああ―――――父さんを殺したのは、俺だ。





154: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 21:38:11 ID:SZvvlLF.

父さんが叫ぶ。

 巨人化能力を使いこなさなくてはならないと。戦えと。

 その日、父さんが死んだ。

 俺が殺した。

 巨人になって、食って、殺した。

 父さんが死んだ。医者として多くの人から尊敬される、敬意を示すべき人。その大きな背中を覚えている。

 俺が殺した。

 殺して、食って、忘れていたんだ。

 母は巨人に喰われて。

 父は俺が巨人になって食い殺して。

 全部忘れて、俺は、一体、何になった?



 ああ、やはり。

 俺は正真正銘の人でなしで、真正の化け物だった。





155: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 21:46:20 ID:SZvvlLF.

………
……



ミカサ「エレンにッ、近づくなァアアアアアアアアッ!!」


 裂帛の咆哮と共に、ミカサの身体が宙を踊る。

 防御を固めた姿勢のままに動かぬ『鎧の巨人』の、関節部を狙って次々と斬撃を繰り出し、抉り、削ぎ、斬り落とす。

 だがうなじには届かない。


シャラ「ッくそ………あいつ、巨人の中で回復を待ってるんだ。最低限、俺たちがうなじをフッ飛ばせないように、地面を背に、丸まってやがる!」


 シャラの吐き捨てた言葉の通り、エレンの巨人体から受けた膝蹴りの衝撃は、ライナーの肉体に浅からぬ損傷を与えていた。

 いくつか内臓が潰れ、まともに呼吸すらできない。

 その回復を図るための防御である。

 それを見逃すエルフたちではない。既に棒火矢による集中砲火を敢行したものの、『鎧』の装甲は他の巨人と一線を画す。その装甲に罅を入れるところまでは出来ても、打ち壊すまで至らない。

 与一がいればその点を狙えただろうが、卓越したエルフたちにとっても与一の弓は別格どころか別次元のものだ。そんな芸当を可能とするほどの弓達者は、エルフにすらいない。

 爆発による衝撃も、内のライナーには届いていないだろう。





157: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 21:56:19 ID:SZvvlLF.

アルミン「落ち着くんだ、ミカサ!! 鎧の巨人が回復を図っているのは明白だ!! いたずらにガスとブレードを消費するな! 一度戻るんだ!!」

ミカサ「でも、エレンが………そうだ、エレンは!! エレンは無事なの、アルミンッ!!?」


 ミカサが振り返り、崩れ落ちたエレンの巨人体のうなじ付近に立つアルミンに問う。

 アルミンは高熱を発しながら溶けていく巨人体からエレンを引き剥がしつつ、

アルミン「無事だ!! だけど、だけど、意識がないんだ!! そ、それに――――エレンの下半身が、巨人体が吹き飛ばされた時に、建物の鉄骨の下敷きになって、抜けない!!」

ミカサ「そ、そんな………それは、まるで」


 ミカサは痛みをこらえるように、頭を片手で押さえた。

 五年前のことを覚えている。

 大好きだった義母さん。カルラ・イェーガーが死んだときの記憶が、嫌でも呼び起されるシチュエーションだった。


アルミン「これじゃ、エレンを動かせない…………!! この鉄骨を上げて、エレンを引きずり出さないと!!」

ミカサ「ッ、分かった!!」


 そういって、ミカサがエレンに駆け寄った時だ。

 不幸なニュースは続く。





158: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:00:59 ID:SZvvlLF.

エルフA「ッ、北の内地側から、奇行種が多数接近!! 既にシガンシナに入り込んでるヤツもいるッ!!」

ミカサ「ッ―――――――!?」

アルミン「ッ…………エルフさんたち!! 残った棒火矢で、奇行種たちの足止めをお願いします!! 棒火矢が尽きたものは、すぐに壁上に離脱!」

シャラ「それしかないか! わかった!!」

ミカサ「調査兵の先輩方! 誰でもいい、エレンを引っ張り出す!! 力を貸して!!」

調査兵A「待ってろ! すぐ行く!!」

調査兵B「すぐに出してやるからな、エレン!!」

ミカサ「エレン!!」

アルミン「エレン!! 起きて! 目を覚ましてくれ!!」


 二人が必死に呼びかけるが、エレンの閉じた瞳は開かない。

 たゆたう夢を見ている彼には、囚われてしまった彼には、何も届かない。



……
………





159: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:02:38 ID:SZvvlLF.

………
……



 堕ちる。堕ちる。堕ちる。

 俺の世界が、崩れて落ちる。

 みんな死んだ。死んでしまった。

 俺が弱かったせいで、母さんが死んだ。

 父さんは、俺が食い殺した。

 なのに、立つ?

 立ち上がって、戦う?

 どうして―――――どうして、戦わなくてはならない?


エレン「俺にはもう、家族はいないんだな。は、はは、だれも。誰一人も。おれは一人ぼっちか。一人ぼっちで生きて、一人ぼっちで死ぬのか」


 違う、と心の内で誰かが叫ぶ。

 違う少女の声だ。聞き覚えのある声だ。だけど、誰の声だったのか名前が思い出せない。輪郭がぼやけて、顔が思い浮かばない。





160: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:04:29 ID:SZvvlLF.

世界は戦いに満ち満ちている。

 誰もが皆戦っている。

 何かのために戦っている。

 俺には、何がある?

 守るべき家族を失い、帰るべき故郷を失い、もう何もない。

 なのに、人は戦う。それでも人は戦うのだ。

 なんのために戦う。

 なんのために。

 ライナー・ブラウンは、どんな目的で戦っているのだろう。

 アニ・レオンハートは、誰のために戦っているのだろう。

 ベルトルト・フーバーは、何のために戦っているのだろう。

 俺は間違っていない。正しいはずだ。向こうが悪で、こちらは正義のはずだ。

 なのに、勝てない。

 どうして、負ける。





161: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:06:37 ID:SZvvlLF.

故郷に帰るため。家族を守るため。夢を叶えるため。

 そのためだ。そのために戦っている。彼らの言が正しいならば、その筈だ。


 ――――じゃあ、そのために戦う彼らは悪なのかしら?



 茶化すように、どこか優しげな少女の囁き声。

 過程や方法に差はあれど――――どちらも正しいとしたら。


 善と悪という二極の判断基準そのものが誤りであるとすれば。

 エレンは。


 エレンは。


 エレン・イェーガーという一人の人間の生は。


 ……ああ、そうか。そうだったのか。


 エレンは、一つの答えを得た。





162: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:07:15 ID:SZvvlLF.

―――――この世に、絶対の正義なんてない。


 どちらが正しい。どちらが悪い。

 私欲で動くことは悪なのか。

 大義を掲げれば何をしても善しとするのか。

 どんな理由があろうとも、人殺しは悪なのか。

 どんな手段を使おうとも、人助けは善なのか。

 大義など虚飾だ。

 全く人間とは度し難い。人を殺しておきながら、悪を討った正義の使者だと褒め称えられたいのだ。

 正義のための人殺しならば許されるのだと、言い訳を並べているのだ。


 ――――そうよ。みんなそうなの。誰もが己のために戦うの。


 くすくすと嘲るような少女の声。





181: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 23:34:55 ID:SZvvlLF.

※アカン。抜けがある。>>162>>163の間にこれ


 尋ねてみる――――その先に希望はあるの?


 ――――あるわ。だけど、最後は必ず絶望が勝つの。いつだってそうやって世界は回ってきているのよ。





                    
163: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:09:09 ID:SZvvlLF.

再び問う――――希望は勝てないの?


 ――――勝てないわ。絶対に勝てない。大多数の絶望を糧に、一握りの希望が勝つ。欲望っていう名前の希望がね。

 ――――誰だってきれいごとが大好きよ。だけれども、理想だけじゃあ夢は叶わない。現実には敵わない。だから、いつかは必ず目を逸らすわ。不正を見逃して、己の利益を優先する。

 ――――光の陰で腐敗と汚濁は確かに存在する。誰もがその腐臭に蓋をして見ないようにしているだけなのよ。

 ――――己の思想や信念を尊いものだと信じて、目指す理想が眩いものだと信じて、誰も彼もが夢半ばで、絶望に塗れて死んでいくの。


 嫌だなぁ、そんなのは。


 ――――そうでしょう? 嫌でしょう? 貴方だってそうなりたくはないでしょう?

 そういって、少女は嗤う。ぼやけた輪郭が鮮明に浮かび上がってくる。

 闇に溶ける黒いドレスを身に纏う、美しい黒髪の少女は、言う。





164: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:09:09 ID:SZvvlLF.

再び問う――――希望は勝てないの?


 ――――勝てないわ。絶対に勝てない。大多数の絶望を糧に、一握りの希望が勝つ。欲望っていう名前の希望がね。

 ――――誰だってきれいごとが大好きよ。だけれども、理想だけじゃあ夢は叶わない。現実には敵わない。だから、いつかは必ず目を逸らすわ。不正を見逃して、己の利益を優先する。

 ――――光の陰で腐敗と汚濁は確かに存在する。誰もがその腐臭に蓋をして見ないようにしているだけなのよ。

 ――――己の思想や信念を尊いものだと信じて、目指す理想が眩いものだと信じて、誰も彼もが夢半ばで、絶望に塗れて死んでいくの。


 嫌だなぁ、そんなのは。


 ――――そうでしょう? 嫌でしょう? 貴方だってそうなりたくはないでしょう?

 そういって、少女は嗤う。ぼやけた輪郭が鮮明に浮かび上がってくる。

 闇に溶ける黒いドレスを身に纏う、美しい黒髪の少女は、言う。





166: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:13:00 ID:SZvvlLF.

EASYは、言う。


EASY「だから――――――――――――こちらにおいで。ミズガルズの兵士さん」

EASY「私が貴方を導いてあげる。この絶望に満ちた世界の果ての、希望の在処へ連れて行ってあげる」


 …………『そこ』に行けば、俺は夢をかなえられるの?


EASY「勿論。貴方が望んだだけの希望の数だけ、貴方の望みを叶えてあげる。私ならばそれができる」


 白魚のように白く艶やかな指先をこちらに伸ばしてくる。


EASY「掴みなさい―――――歓迎するわ、エレン・イェーガー」


 俺はいつの間にか感覚を取り戻していた身体に命じた。

 俺はゆっくりと、その手に向かって、手を伸ばして――――。



……
………





167: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:16:33 ID:SZvvlLF.

………
……


アルミン「ッなんとか、エレンを引っ張り出せた、けど………」

シャラ「四方を囲まれた!! 鎧の修復も、じきに終わる。このままじゃ………」


 絶望的な状況の中、ミカサは叫んだ。

 瞳を閉じてぴくりともしない少年に抱き付き、名を叫ぶ。


ミカサ「エレン! エレン! エレン!!!」


 幾度となく、彼の名を叫ぶ。

 彼女は何度だって、何度だって叫ぶ。

 かけがえのない家族の名を。

 最愛の男の名を。

 唯一無二の、自分だけの英雄の名を。


……
………





168: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:20:13 ID:SZvvlLF.

………
……



 戦え。戦え。誰もがみんな戦っている。

 国のため、仲間のため、家族のため、恋人のため、子供のため。

 欲望のため、理想のため、夢のため、復讐のため、自分のため。

 つまるところ、それは自己満足だ。過去未来を問わず、人の営みと共に永劫に続く螺旋の円環だ。誰かのためにと謳ったところで、行き着くところは結局それだ。

 行動したことの結果が多くの人の利益になったとしても、結局のところは自己満足だ。自己満足しか得られない。自己満足すら得られずに死ぬ。

 なんて馬鹿馬鹿しい人生だ。

 そんな人生なんて御免だ。誰だって楽な方へ楽な方へと生きていたい。そうに決まっている。

 そんな時だ。


 ――――エレン。


 また、少女の声が聞こえる。輪郭がぼやけて、誰なのかが分からない。

 だけど。その声は、とても澄んでいて、愛に満ちていて。

 いつまでも聞いていたくなるような、そんな声だった。





169: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:22:05 ID:SZvvlLF.

気づけば俺は――――目の前の少女の、EASYの手を、打ち払っていた。


 EASY「え………?」

 エレン「――――な」

 EASY「何? 何を言っているの?」

 エレン「―――――俺に近寄るなと言ったんだ、売女(ばいた)」

 EASY「ッ………なぁッ!?」


 所詮は自己満足と人は言う。だが、自己満足で何が悪い。

 いつだって人は、広義としての目的は、己の心の平穏のために戦うのだ。

 己の目に映るちっぽけな世界のために、人は戦うのだ。

 世界を改変しようとする意思があれば、世界を維持しようとする意志がある。

 そこに善悪の観念の入り込む余地はない。

 どちらが尊い、どちらが劣るといった価値すらない。





170: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:25:59 ID:SZvvlLF.

大切な十人を生かすために、どうでも良い一人を殺す。

 大切な一人を生かすために、どうでも良い十人を殺す。

 どちらも同じだ。同じ人殺しだ。己の価値観という自己満足を充足させるために行った行動に、善悪や尊厳は一切の介在はしない。

 だが、それでも。


エレン「雌狗が。臭いんだてめえは。負け犬の臭いだ。希望は絶対に絶望に勝てないと? 最後は必ず絶望が勝利すると?」

EASY「ッ、違うとでも? 貴方だって見てきたはずよ。人間は汚い。人間は悍ましい。人間は卑怯だ。

   理想を笑い、意志を嘲り、夢や希望よりも安穏な生活が大事と来てる。そんなヤツらが、絶望に打ち勝てるわけがあるとでも?」


 それでも、尊いものはあったのだ。

 エレンには後悔がある。

 たった一つの後悔は、今もその胸の奥深くで燃えている。

 尊いものを失った日のことを覚えている。


エレン(忘れるものか…………忘れるものかよ!!)


 五年前―――――エレンはたった一つの後悔を、シガンシナ区の生家に置いてきたままだった。





171: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:27:33 ID:SZvvlLF.

覚えている。たった一つの拠り所すら奪われた時の喪失感を。


エレン「与えられるだけの希望に何の価値がある。てめえの手でつかみ取るから、それは尊いんだろうが!!」


 憶えている。忘れもしない。

 絶対に許してなるものか。

 正義も悪もない、残酷な世界で。


カルラ『エレン………生き延びるのよ!』


 只々、息子の命だけを案じ続けた人を、その尊さを知っている。

 失ってしまった物の重さを知っている。

 失うことの悲しみを知っている。




エレン「だから俺は、俺の力を、俺の信じた正義のために使って―――――――――戦う。そう決めたんだ」





172: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:29:59 ID:SZvvlLF.

どれだけ母は恐ろしかっただろう。

 どれだけ母は心細かっただろう。

 どれだけ母は、助けて、行かないで、と叫びたかっただろう。

 どれだけ父の無念は大きかっただろうか。

 最愛の妻を失い、残った幼い我が子に全てを託し、何もかもを押し付けて死ぬことがどれだけ不本意だっただろうか。

 だが、それでも。

 俺は託されたのだ。父と、母に。

 戦えと、生きろと。

 だから。


エレン「俺は絶対にてめえの手を取らない。いなくなってしまった人たちの意志を、踏みにじることはできない。それだけはできない。それだけは」

EASY「ふざけないでよ、この臆病者が。絶望を前に小便垂らしてびくびく戦い続けるだけの人生が、それほど高尚なものだっての?」

エレン「戦うことを放棄して絶望に尻尾を振った負け犬が、偉そうな講釈を垂れるな」

EASY「ッ………こ、このッ、ガキッ………」

エレン「俺は、何が何でも生き延びる。絶望の中だろうと関係ない。泥を啜っても、小便漏らすぐらい怖くてもだ。生きて、生きて、生きて、生きて、生きて―――――」





174: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:32:16 ID:SZvvlLF.

そうだ。生き抜いて、戦い抜いて、夢を叶えるのだ。

 例えそれが誰にも認められない異端であろうと。

 誰かに憎まれて、恨まれて、嘆かれて。

 だけど、それでも。


エレン「そうだろ、アルミン。俺は、俺たちは壁の外へ行くんだ。もう、すぐそこなんだよ」


 俺には、輝くような瞳で夢を語った親友がいる。

 俺は、己の命を投げ捨ててまで、俺に力を託してくれた人の気高さを知っている。

 喪われたことの苦しみは、未だ胸の内で疼痛を放っている。

 もうたくさんだ、と、そう思う。

 けれど。

 されど。

 それでもなお、失いたくないものが、未だその胸の中にあるのならば―――――。





175: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:33:38 ID:SZvvlLF.

―――――エレン。




 誰かが呼ぶ声がする。

 聞き慣れた声。しかし聞き飽きぬ声。いつまでも聞いていたいような心地になる、声。

 誰だ。お前は誰だ。




 ―――――エレン。




 ああ。

 なんだ、おまえか。

 いつだって俺を窘めて。

 いつだって俺の傍にいて。

 おまえは飽きないな。どうしてそう俺の世話を焼きたがるのか。





176: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:35:52 ID:SZvvlLF.

――――戦わなくては、勝てない。



 そうだ。その通りだ。

 覚えてたんだな。

 初めて会った時のことを。



ミカサ「エレン―――――だいすきだよ」



 なあ――――――ミカサ。



 ミカサ。

 ミカサ。ミカサ。ミカサ。

 おれの、かぞく。だいすきな、女の子。





177: ◆B2mIQalgXs:2015/03/15(日) 22:39:51 ID:SZvvlLF.

だから。だからこそ。いつだって俺は。


エレン「俺は死なない。死ぬわけにはいかない。だがそれ以上に、絶望に逃げる事なんざできるわけがない。それはもはや俺じゃあない。エレン・イェーガーではなくなっちまう」

EASY「ッ、お、おまえ、は………」

エレン「お呼びじゃあねえんだ………失せろ、絶望!! てめえなんざ、永劫の果ての明日で、ありもしない出番をいつまでも待っていやがれ!! その時は俺が引導を渡してやる!!」

EASY「―――――――――ッ」


 光が弾け、EASYの姿がその奔流に呑み込まれていく。

 そして俺は、かつての己を取り戻し――――。


ミカサ「エレン! 目を覚まして!!」

エレン「――――――――――ッ!!」



 獣を思わせる、黄金の瞳が見開かれた。



……
………





209: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:08:23 ID:SsOy5vNU

………
……



エレン「―――――――――………」


 空ろな意識が、現実へ向かって浮上する。

 目を開いた瞬間に飛び込んできたのは、必死の形相で己の名を呼ぶ愛しい人だった。

 その向こうには、長年苦楽を共にしてきた幼馴染の親友の顔もある。


アルミン「ミカサ。エレンを担いで逃げて」

ミカサ「アルミン、それは」


 ついと視線を動かせば、瓦礫の街を闊歩する巨人たちの群れ。

 そして更にその向こう側に、今しがた完全に傷を修復した『鎧の巨人』の姿がある。

 エルフたちは大半が壁の上に一時的に退避しており、三人はほぼ孤立無援の状態にある。

 絶体絶命――――怖気がミカサの背筋を伝った。

 その状況で紡がれたアルミンの言葉が意味するところは、つまり。





210: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:09:36 ID:SsOy5vNU

アルミン「トロスト区防衛戦で、僕は、僕は何もできなかった。僕は、弱い。見ていることしかできなかった。僕は臆病で、どうしようもなく無力だ。一人じゃ何にもできない」


 ――――がちがちと歯を打ち鳴らしながら、アルミンはそう言った。

 その震える手に握られたグリップは、なかなかブレードを挟み込んでくれない。


アルミン「だけど、それじゃだめだ。そのままじゃ、だめだ。そのままでいたくない」

ミカサ「アルミン、貴方は………」

アルミン「死ぬのは、怖いよ。だけど、だけど、もっと、もっと怖いことがある。おトヨさんも、言ってただろう?」


 冷や汗の浮かんだ蒼白の顔色で、しかしアルミンは笑みを浮かべた。


アルミン「僕は、君たちの親友でいたいんだ。胸を張って、誇りを持って、そう言えるようになりたい。ここで逃げたら、僕はもう………もう二度と、エレンとミカサを親友だと言えなくなると思う」


 その恐怖を想った時、アルミンの手足の震えは、収まっていた。


アルミン「今度こそ、僕も戦うから。エレンを、君を、守って見せる。だから、逃げてミカサ…………持たすから。死ぬ気で三十秒………いや、一分持たすから。エレンを、お願い」


 その声には断固とした決意が宿っている。両手でブレードを引き抜き、構える。





211: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:11:34 ID:SsOy5vNU

ミカサ「ッ、駄目だ。駄目だ、駄目だ、駄目だ。それは、駄目だ!」


 殆ど悲鳴のようにミカサは叫んだ。

 ミカサは覚えている。

 両親を失った日を。

 新たな家族を失った日を。

 アルミンの両親が、祖父が、口減らしのために死地へ送られた日を。

 自分たち三人の、身寄りが無くなった時の心細さを知っている。

 同じ傷を抱えた者同士の傷の舐め合いで何が悪い。

 エレンとアルミンは、ミカサにとって特別だった。どちらも掛け替えのないものだ。

 それを失うことは、五体を裂かれることよりも痛い。

 己の命よりも、二人の生を。無償の愛を誓ったミカサにとって、それはどんな地獄にも勝る残酷な仕打ちだった。


ミカサ「私が、私が残る。エレンには、アルミンが必要だ!!」

アルミン「人の恋路を邪魔する趣味はないよ。客観的に見ても、君こそがこれからもエレンに必要だ。僕が残る」





212: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:16:15 ID:SsOy5vNU

一刻の猶予もない状況で、なおも言い合いを続ける二人に、



エレン「五月蠅いぞ、ミカサ、アルミン!!」



 一喝する声がある。ミカサとアルミンが驚いて振り返ると、


エレン「ミカサ、おまえはいつもそうだ。危険なことに首を突っ込んで、いちいち物事をややこしくしやがって」

ミカサ「え、エレン………」

アルミン「ッ、気が付いたの、エレン!!」

エレン「ああ―――――最悪の気分だ。アルミンもだ。この意地っ張りめ。いちいち捨て鉢になろうとしやがって」


 吐き捨てながら上半身を起こす。全身をむしばむ激痛に高揚する。


エレン(ああクソ。左腕と右足が折れてんな………)


 エレンが目を開いた先に見える世界は、相も変わらずだった。





213: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:18:33 ID:SsOy5vNU

美しく、儚く、移ろい易く。

 繊細で。残酷で。醜悪で。

 極僅かな希望の光と、どうしようもない絶望の闇に溢れている。



EASY『ね? だから言ったでしょ』


 少女の粘ついた声が、心の内に響く。

 極め付きの絶望という闇の中、一筋の光があったところでなんになる?

 希望?

 愛?

 絆?

 友情?

 勇気?

 それが―――――なんだというのだ?





214: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:21:47 ID:SsOy5vNU

何の役に立つと言うのだ?


EASY『――――無駄よ。無駄なのよ。無為、無益、無意味、無価値。なんのこともありはしない。何をしたところで、結局は闇が勝つのだから』


 闇は消えない。どんな光の中でも闇は消えない。光ある限り闇はある。しかし、その逆は必ずしも真とはならない。

 光がなくても闇は存在する。光が消えたその時こそ、闇は全てを覆い隠してしまう。


エレン(それがどうした)


 それでもなお、エレンは否と断言する。


エレン(誰にだって侵されたくない領域ってのがある………自分の世界だ。残酷で、綺麗なものがある)


 動く右腕で体を動かし、左足を軸に、地を蹴る。

 少しずつ、エレンの身体が起き上がっていく。


エレン(そうだ、俺の見た世界は、残酷だったよ)


 その金色の瞳は、ただ敵を睨みつける。





215: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:26:00 ID:SsOy5vNU

エレン(だけど、美しいものがある。失いたくないものがあるなら、抗うだろ。そういうもんだろ。それの何が悪い)


 食いしばられた歯が、ギリギリと音を立てた。


エレン(ああ、全身が痛え。肋骨も折れてんのか………このまま眠ったらどれだけ楽だろう)


 僅かに身じろぎするだけで体が軋み、みしりと骨肉が悲鳴を上げた。


エレン(挫けそうってのは、こういう状況のことを言うんだろうな)


 それでも、口元に笑みが浮かぶ。


エレン(けど)


 耳をすませば、遠く巨人たちの咆哮と、兵士たちの声。

 悲鳴など一つもない。誰も彼もが、戦気に満ちた声を上げている。


エレン(みんな、戦ってんだよな)





216: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:30:02 ID:SsOy5vNU

視線を遠くに向ける。

 西の壁の向こうには、超大型巨人の姿がある。

 南の壁の向こうから、巨人たちと闘う兵士たちの戦火の声が聞こえる。

 誰も彼もが戦っている。辛い現実と、残酷な世界と、戦っている。


エレン(じゃあ『ナイ』だろ。先に休むなんてのは)


 痛みを無視する。ただひたすらに一念に集中する。

 立つ。立つ。立つ。

 立つのだ。


信長「立て。立て。立て」


 遠目に戦況を判断する信長がつぶやく。


与一「立て。立つのだ。立ちなさい! エレン殿!!」


 壁上より、南の戦地を遠射で援護する与一が叫ぶ。





217: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:32:31 ID:SsOy5vNU

エレン(聞こえてる、よ…………安心しろって、俺は、立つから)


 第六天魔王と、源氏の大英雄。その鼓舞を背に受けているのだから。


豊久「――――――――――立てい、えれん。立つのだ! 立って戦え!」


 十文字を刻んだ赤い背中が、前へ前へと急かすから。気迫のこもった烈声が、まだこの胸の中に響いているから。


アルミン「エレン!」


 唯一無二の親友が、いつだって己の背中を押してくれるから。


ミカサ「エレン!!」


 大好きな女の子が、崩れそうな体を隣で支えてくれるから。


エレン(まだ立てるから)


 父と母がくれた命が、胸の中で熱を発しているから。





218: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:34:58 ID:SsOy5vNU

エレン(立ち上がれたから――――――挫けるのは、また次の機会だ)


 エレン・イェーガーは、あの時のように、


エレン(次の次の次の次の、ずっとずっと先の次の機会だ。戦わなくては、勝てない)


 ――――誰かのために戦うのだ。


エレン「…………行ってきます」


 行ってきます、母さん。

 行ってきます、父さん。


エレン「行くぞ。行くんだ。壁の外へ。あいつを倒して、俺は世界の果てに行く」


 昨日の自分を、誇れるように。

 明日の自分が、今日の自分を誉れとできるように。

 俺とみんなの明日のために。





219: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:38:09 ID:SsOy5vNU

家族を、守るために戦います。


 ――――今日、戦います。


 そして立ち上がったエレンの背に、ミカサは何かを感じ取ったのか、微笑みを浮かべ、





ミカサ「行ってらっしゃい―――――エレン」




 そう、ぽつりと零したのだ。





エレン「そうじゃねえだろ、ミカサ」

ミカサ「え……?」





220: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:39:15 ID:SsOy5vNU

エレンが振り返る。眼光は鋭いままに、口元を獰猛に引き攣らせ、


エレン「行こうぜ、ミカサ。一緒にだ」

ミカサ「――――――っ」


 ミカサが憧れ、焦がれ、どうしようもなく愛した少年の強い意志を秘めた瞳。

 この目だ。この目に、ミカサは惹かれた。

 世の絶対に抗う瞳。

 理不尽を打破する理不尽。

 もがきながらも前へと進む金色の輝き。

 本当の恐怖を知り、恐怖へと挑む者の目だ。

 いつだってエレンは、ミカサにとっての英雄だった。

 ミカサの全身が大きく震えた。

 彼女の感情を占めるのは、圧倒的な歓喜。

 世界中に叫びたい。これがエレンだ。これが、これがエレン・イェーガーだ。

 エレンが己と共に来いと言ってくれた。これほど嬉しいことが他にあるだろうか。





221: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:45:13 ID:SsOy5vNU

ミカサ「…………うんっ!!! 行こう、エレン。何処までも。何時までも!!」


 ブレードを両手に構え、ミカサは眼前の巨人たちをねめつける。

 そんな二人の背を見つめるアルミンは、


エレン「何ボサッとしてんだよ、アルミン。俺は手足。おまえが頭だ。いつだってそうやってきただろう、相棒」


 かけられた声に、思わず泣きそうになった。


アルミン「エレン!」

エレン「アルミン、おまえが案内役だ。世界を旅するんだろ。あの壁を越えて、先へ進むんだ」

アルミン「ッ―――――――ああ! そうだ、そうだとも!!」


 今度こそ涙が零れた。嬉しくて嬉しくて、どうしようもなく涙が溢れて止まらない。

 覚えていてくれた。いつかエレンと約束した。壁の外に出ると言う、途轍もない夢。

 誰もが異端だと、愚かだと蔑んだ己の夢を受け止めてくれたのは、エレンだけだった。

 今、その夢を叶えよう、と。ただそれだけで、恐れることは何もなくなった。





222: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 21:54:45 ID:SsOy5vNU

エレン「――――――ッァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 エレンは叫んでいた。

 赤熱するような咆哮。熱波を孕み、あらゆる音を掻き消して、その声は響き渡る。

 魂の底から、心の臓腑から、絞り出すかのような絶叫。

 それは、己たちに害意を向けるあらゆる存在に向けた、拒絶の声だ。

 不条理を、理不尽を、駆逐せしめる戦いの詩だ。

 荒唐無稽な御伽噺のように、己の存在を世界に指し示す、命の唄だ。


 かくしてその声は。


ライナー(ッ…………!!)ビッ

ベルトルト(っあ………)ビビッ

ユミル(ッ………そう、か。この、声………だから、ライナーとベルトルトは)ビリッ


 そして、御伽噺は実現する。

 誰にも消せぬ希望の光は顕現する。





223: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 22:03:00 ID:SsOy5vNU

信長「ッ…………どッ、どッ、どうなってんだ、こりゃあ………」

与一「これは、たまげましたなぁ………」


 壁上から一部始終を目撃していた信長と与一は、思わず呟いた。


 ――――壁内の奇行種たちが、同士討ちを始めている。


 異変は、壁内だけに留まらない。シガンシナ壁外の南戦場でも、極わずかな範囲であったが、同様の現象が発生していた。

 エレンの『叫び』が届かぬ範囲にいた大半の奇行種たちには無意味であったが、効果は劇的だった。

 100の巨人が90に減るだけではない。減った10が全て味方に回るようなものだ。


エルヴィン「これは………そうか」

リヴァイ「ッ―――――そういうことか」


 いち早く、エルヴィンとリヴァイは、ライナーとベルトルトを尋問した、地下での会話を思い出す。

 エレンの持つ『座標』――――絶対命令権。

 あらゆる無知性巨人を操り、支配し、従わせ、屈服させる。





224: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 22:13:42 ID:SsOy5vNU

ライナー(ッ、短期決戦だ。即座にエレンを確保し、ベルトルトと合流。すぐに外へと離脱する!)


 状況は逆転した。今度はライナーが追い込まれる立場となった。

 エルフ達は退いたが、壁上で棒火矢を補給すればすぐさま追い詰めてくるだろう。

 調査兵団の精鋭たちも、外の状況が鎮火すれば、超大型や鎧の討伐に駆り出されてくる。


ライナー(ッ最悪だ…………よりによって、ここか。この場面でッ………クソッタレ、てめえ、エレン………)


 鎧の巨人の内部から、憎悪を込めた視線でエレンを射抜く。

 全身から蒸気を上げる死に損ないは、それ以上の憎悪を以って、鎧の巨人を睨んでいた。


エレン「駆逐してやる………!!」

アルミン「この世から!!」

ミカサ「一匹ッ、残らずッ!!!」


 そして三名は。三位一体となった彼らは。

 『鎧の巨人』へと、挑む。





225: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 22:21:13 ID:SsOy5vNU

※推奨BGM:




エレン「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

鎧の巨人「ッツァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 先ほどの焼き直しと言わんばかりの乱打、乱打、乱打の応酬。

 明らかに劣勢なのはエレンの側だった。

 エレンは再び巨人へとその身を変じさせてはいたが、体力の消耗と傷の影響もあるのだろう――――現れた巨人は、15メートル級に満たぬ大きさだった。

 むしろあの傷で巨人化を果たしたこと自体が、ライナーにとっては称賛に値すべき事態である。

 エレン・イェーガーでは、鎧の巨人に打ち勝てぬ。

 兵法、戦術、戦略の問題ではない。互いの巨人化能力のスペック、アビリティ、レベルの問題だ。

 鎧を打ち砕く膂力が、耐久が、エレンの巨人体にはない。



 だが、鎧の巨人は此度において、エレンの巨人体を打倒するに至らない。

 何故ならば。





226: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 22:24:43 ID:SsOy5vNU

アルミン「ミカサ!! 行って!!」

ミカサ「諒解ッ!!」


 エレンは独りではない。

 三人だ。

 強き精神力を備えたエレン・イェーガー。

 人類最強に迫る強さを誇るミカサ・アッカーマン。

 いかな難問であれ卓越した頭脳によって正解を導き出すアルミン・アルレルト。

 この三人ならば。

 三人が揃っているのならば。


ミカサ「おッ…………ッつぁらぁぁああああぁああああああッ!!!」


 那須与一のように。

 さながら迅雷。虚空に鋭角を描く立体機動術は、鎧の巨人にその影すら掴ませぬ。

 ひざ裏の靭帯を切り裂き、その体勢を大きく崩させる。





227: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 22:40:16 ID:SsOy5vNU

アルミン「―――――今」

ライナー(ッ!?)


 たたらを踏んだ鎧の巨人の足元で、地面が隆起する。

 完全に軸足を掬われた鎧の巨人の巨体が、仰向けにひっくり返った。

 そこを追撃せんとエレンが迫る。為す術もなく、鎧の巨人の首元へ横なぎの蹴りがブチ込まれた。

 根こそぎ首をへし折らんばかりの威力の籠った蹴りは、巨人の中でも大柄な部類に入る鎧の巨人の巨体を、一区画分ほども吹き飛ばす。

 内部のライナーはその衝撃のあまり意識が飛びそうになるのを、舌を噛んで踏みとどまる。

 ライナーの内心の動揺は著しい。

 ――――なんだ? 今、どうして足元が? 誰が? どうやって? いつの間に?

 巨人体を起こしながら、脳内はパニックを起こしていた。


アルミン「なんだ? 何を呆けてるんだい、ライナー」


 蔑んだ声の主を探せば、そこにアルミン・アルレルトが立っていた。


アルミン「僕がさっきみたいにお行儀よく傍観してやるとでも思ったのか? さっきまでのエレンとの戦いを、何も考えずに見ていただけだと思っていたのか?」





228: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 22:45:30 ID:SsOy5vNU

アルミンはつぶさに状況を分析していた。なんの算段もなく、先ほど足止めの役割を買って出ようとしたわけではない。


アルミン「――――ライナー・ブラウン。君の、鎧の巨人の弱点は分かった。確かに君の鎧は脅威だ。棒火矢の威力を通さない強固な鎧に、並の巨人の数倍はあるだろう膂力。普通に戦ったんじゃあ勝てない。だから」

ライナー(ま、さか…………あ、あれ、は!)


 先ほど足元を掬われた場所の地面を見る。そこには、石壁の符によって顕現した壁があった。


アルミン「調査兵をはじめ、兵士が巨人との戦闘において防御面を捨てるのは、鎧を着こまない理由は、その機動性を重視するが故だ。

     君の巨人体は、力が強くて硬いが、その鎧の分、最高速に達するまでが極めて遅い。行動の『起こり』を見極めて、そこで石壁の符を起動させれば――――」


 パチンと指を鳴らすと、起き上がろうと地面を押していた鎧の巨人の右手が、再び『何か』に掬われる。

 起こしかけていた体が、再び仰向けに倒れる。


アルミン「こうなる。あまり人類を舐めるな」

ライナー(ッ、い、石壁の符の、え、遠隔操作ッ?! な、なんで、どうしておまえが、おまえにそんなことが――――)

アルミン「それを作ったのは誰だ。忘れたのか? オルミーヌさんと、クリスタと、この僕だ。ただ何も考えずにそれを作っていたとでも?

     矢で撃ち込まなきゃ使えないなんて、そんな『欠陥』を、僕が見逃すものか」





229: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 22:53:56 ID:SsOy5vNU

ライナー(―――――――――――)


 心の声を直接聞き分けたかのような冷たいアルミンの声に、ライナーは脳天に氷柱をブチ込まれたような寒気を覚えた。

 ライナーは歯噛みする。

 知らず、侮っていたのだろう。

 アルミンは兵士としては出来損ないの劣等生だと。

 それ故に忘れていたのだ――――その頭脳においては、次席である己はおろか、主席のミカサですら敵わなかったという事実を。


アルミン「後悔を噛みしめる余裕があるのかい? ちゃんと――――エレンを見てないとダメだろ」

ライナー(ッ、し、しまッ………)


 アルミンが言い切るのとほぼ同時、背後から迫っていたエレンの巨人体の蹴りが、うなじへ直撃する。

 一区画どころか、今度は二区画を転げまわることになった。

 先ほどの倍の威力。しかも直接うなじへと叩き込まれた。


ライナー(あ、が………い、いか、ん。ま、また、意識、が、と、途切れ………)





230: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 23:03:04 ID:SsOy5vNU

外界へと繋がるシガンシナ区正門の前で停止した鎧の巨人は、よろよろと覚束ない足取りで立ち上がる。

 ライナーの精神力は、今まさに潰えようとしていた。

 だが、その一方で、


エレン(心臓が…………ば、爆発、しそう、だ)


 既に体力的にも限界を迎えていたエレンもまた、意識をつなぎとめることに精一杯であった。

 割れるような頭痛と吐き気、高鳴り続ける心臓と、足りない酸素。

 少しでも気を緩めれば、僅かでも集中を途切れさせれば、巨人としての本能に意識を乗っ取られる――――そんな恐ろしさがある。

 それは眠気にも似た誘惑だ。気怠く、甘く、揺り籠のような心地良さを感じさせる。


EASY『諦めろ。諦めろ。諦めろ。屈してしまえ。破れてしまえ』


 怨嗟の声もまた、エレンの心を侵すように響き渡る。


エレン(黙れって言っただろ、淫売が……)


 巨人体を鎧の巨人の元へと歩かせながら、心中で毒づく。





231: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 23:09:28 ID:SsOy5vNU

ライナー(ッ…………あの、足取り。アイツも、限界、か………?)


 エレンの巨人体の様子から、もはや走り寄るだけの体力すら残っていないことを、目ざとく察知する。


ライナー(だ、ったら………あと、一押し、だ。一押し、で………)


 ライナーは思い出す。

 そうだ。あと一押しだ。仲間たちと、約束した。

 故郷へ帰るのだ。そのために、戦士となったのだ。故郷へ帰るために。


ベルトルト『必ず帰ろう。僕たちの故郷に』

マルセル『ああ、絶対だ。四人で帰ろう』


 もう、三人になってしまったけれど。だけど、帰らなきゃ。『座標』を連れて。


アニ『帰ろう―――――――――――――――『オルテ』に』


 帰るのだ、故郷へ。懐かしの『オルテ』に。





232: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 23:15:34 ID:SsOy5vNU

そして、エレンの巨人体が、鎧の巨人体の射程距離へと入った。

 それは同時に、エレンの巨人体の射程距離でもある。


エレン「――――――――――」

鎧の巨人「――――――――――」


 巨人体の体格面において、鎧の巨人がやや有利ではある。

 だが、これはもはや互いの巨人体を破壊する、しないの戦いではない。

 どちらが先に、相手の心を折るか――――そんな戦いだった。


エレン「ッ、ガアアアアアアアアアアアアアッ!」


 先に動いたのは、やはりエレン。

 巨人体に取らせた動作は、右上段蹴り。

 再び首筋へと叩き込み、今度こそライナーの意識を断つ狙いだ。





233: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 23:20:28 ID:SsOy5vNU

鎧の巨人「ッルォオオオオオオオオオオオオッ!」


 対するライナーは、右の正拳にて応対する。

 狙いは顔面。巨人体においてもうなじの次に核を担う頭部を破壊すれば、今度こそエレンは意識を刈り取られるだろう。

 このままであれば、後の先を取ったライナーが、僅かに早くエレンの巨人体の頭部を破壊することとなる。だが、


ミカサ「―――――――やらせない」

鎧の巨人「…………ッ!!!」


 既に壁側へと回り込んでいたミカサが、軸足となる左足の腱をそぎ落とす。


アルミン「駄目押しにもう一発!!」


 更にアルミンが右足の側面から石壁を隆起させ、壊滅的にバランスを殺しにかかる。

 結果、鎧の巨人の拳はエレンの巨人体の頭部を大きく逸れた。

 次の瞬間、渾身の力を込めた蹴りが、鎧の巨人の首筋を捉えた。





234: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 23:25:21 ID:SsOy5vNU

信長「―――――――決まった」


 直上の壁から目視していた信長ですら、決着を確信した。

 だが、


ライナー(――――――まダ、だ)

エレン「ッ…………!?」


 既に意識を失ったはずのライナーが、巨人体を動かす。

 空振りした右腕をエレンの巨人体の首に絡みつかせる。一戦目でエレンが見せた動きと同じ、首相撲の形。


ミカサ「ッ、エレ――――――っぐ」

アルミン「ミカサッ!?」


 そして、左手でミカサの立体機動装置のワイヤーを掴み、引き寄せる。

 もはやほとんどの力が残っていないとはいえ、巨人の力である。なすすべもなくミカサは壁へと叩きつけられ、地上へと落下する。





235: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 23:32:51 ID:SsOy5vNU

更にそのままエレンの巨人体へと身体を預けるように寄りかかる。

 蹴り脚を引きもどしていないエレンの巨人体は、そのまま造作もなく倒れる―――――地面と衝突する。


ライナー(オワら、ナイ………おわル、もの、カ…………カエ、ルん、ダ…………コ、故郷、へ!!)

エレン(―――――――こ、こいつ)


 妄執。

 常軌を逸した集中力。もはやエレンに油断はない。だが、警戒してなお、その上を行く。

 恐るべきはライナー・ブラウンの執念であった。

 そして、両者の巨人体は蒸気となって解けて散る。


エレン「っ、は、ハァッ、はッ、はあッハッ………」

ライナー「ぜッ、ゼェッ、ゼッ、フゥッ、ハァッ………」


 対峙するは、生身の人間が二人。

 エレン・イェーガーと、ライナー・ブラウン。





236: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 23:38:46 ID:SsOy5vNU

ライナー「これでッ………終わり、だッ………!!」

エレン「ッ………!!」


 ライナーが拳を振り上げる。対するエレンは身動きが取れない。

 右腕と左足、そして肋骨が粉砕しているエレンにとって、立っていることすら奇跡に等しい。


エレン(ッ、ここで、終わるのか、ここで…………)


 呆然と己の顔面へと迫る拳に、何もできないまま立ち尽くす――――その刹那だった。

 エレンは聞いた。

 確かに、その声が聞こえた。

 ―――――使え、と。

 アルミンの声が。


エレン「――――――!」


 ほぼ無意識の、反射的な行動だった。





237: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 23:40:15 ID:SsOy5vNU

巨人化を行うと立体機動装置が斫れてしまうエレンに残されたのは、隊服のポケットにある石壁の符のみ。

 左手で掴み、発動させる。

 ライナーと己の間を割断するように石壁が展開され、ライナーの拳が阻まれる。


ライナー「ッ!?(石壁の符!? 何故!? 今!? このタイミングで!? 狙いは!? 時間稼ぎ!?)」


 ライナーの思考が疑問で埋め尽くされ、その動きが一瞬硬直する。

 石壁の向こう、エレンはライナーの当惑を鋭敏に感じ取っていた。

 強く、右拳を握る。折れた右腕の骨が軋みを上げ、焼き鏝を当てられたような激痛を発する。


エレン(必要なのは、明確な意思)


 左手を口元へ。

 既に巨人へと変じるだけの体力は残っていない。

 しかし、エレンは覚えていた。





238: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 23:44:10 ID:SsOy5vNU

エレン(思い出せ。リヴァイ班の皆と過ごしたあの時のことを、ティースプーンを拾おうとした時のことを思い出せ)


 かつて巨人化の実験を行った際の事件が、思い起こされた。


エレン(いつだって俺の眼前には壁があった。壁、壁、壁、壁。勝手に打ち壊してくれやがって………)


 今もそうであった。石壁が眼前に在り、その向こうには巨人。そして――――。


エレン(ベルトルトの野郎がぶっ壊した、シガンシナ区の正門―――――外の、世界が)


 そこに、ある。

 だから今度こそ。

 今度こそは。



エレン「この壁をブチ砕いて、てめえをブン殴る!!」



 より明確な言葉として発し、左手を噛み切る。





239: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 23:48:51 ID:SsOy5vNU

紫電に似た閃光がエレンの右腕から迸り、かくしてそこには巨腕が顕現した。


エレン「オラァァアアアッ!!」


 振りかぶり、放たれる一撃――――それはまさしくAttack on Titan(巨人への進撃)。

 壁が砕け、その向こうの怨敵へと突き刺さる。


ライナー「げッばッ…………!?」

エレン「消え失せろ!! 俺の故郷から!! 俺たちの世界から!!」


 振り抜く。紙屑のように、ライナーの身体が宙を飛んだ。

 鼻血と血反吐をまき散らしながら、壁の外へ、外へ、外へ向かって。


エレン「これがッ! この力がッ! 親父がくれた巨人のッ!! 母さんがくれた身体のッ!!」


 振り抜いた拳に確かな手ごたえを感じながら、その背に負う翼を想う。


エレン「ミカサとアルミンが届かせた………俺達の意志だァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」





240: ◆B2mIQalgXs:2015/03/29(日) 23:57:11 ID:SsOy5vNU

その叫びを背に、アルミンは落下したミカサの元へ駆けつけていた。


アルミン「ミカサ、無事!?」

ミカサ「ッ、う…………痛ッ…………アルミン、エレン、は」

アルミン「あまり動かないで! 頭を打ってない!? 骨は?」

ミカサ「だいじょう、ぶ………それより、エレンは? 戦いは、どう、なった?」


 壁に打ち付けられ、したたかに体を打ったミカサではあったが、当たり所が良かったのだろう。軽い打撲以外に目立った傷はない。

 それを確認し終ると、アルミンは満面の笑みを浮かべた。


アルミン「や、やった…………やった、やった!! やったぞ、エレン!! エレンが、勝った!!」

ミカサ「!!」


 全身で喜びを表現するアルミンの身体の向こう、シガンシナ正門の奥に、ミカサは見た。

 ライナーの身体は、シガンシナ区正門から十数メートル吹き飛んだ地点で止まっていた。

 もはやライナーは立ち上がらない。手足を痙攣させ、完全にその意識は飛んでいた。





241: ◆B2mIQalgXs:2015/03/30(月) 00:04:50 ID:7zHYL0Xo

ミカサ「やった、ね………アルミン。三人で、勝った。勝ったんだ………取り戻した、んだ。し、シガンシナ、を………ひぐッ………こ、故郷をッ」


 ぽろぽろと透明なしずくが、ミカサの両目からとめどなく溢れた。

 釣られるように、アルミンもまた滂沱の涙を溢す。


アルミン「う、う…………う゛ん゛ッ!! やっだッ! やったよぉッ!! ぼく、僕、やったよおッ!! おトヨさぁあああん!! ノブさぁああん!! ヨイチさぁあああん!! オルミーヌさぁああん!!」


 泣き声の二重奏が響く傍らで、


エレン「ウォオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 エレンは吼えた。ただ吼えたてた。

 後に、壁内世界に名を轟かせる英雄の産声。


 それはエレン・イェーガーの人生における、初めての勝鬨であった。



……
………





243: ◆B2mIQalgXs:2015/03/30(月) 00:20:59 ID:7zHYL0Xo

※あ、誤字報告。というか誤記。

 エレンの骨折は右腕、左足、肋骨でつ。

 ごめんなさい 許して

 もし許してくれるのなら………



 お豊による閨講座を………(チラッ





244:以下、名無しが深夜にお送りします:2015/03/30(月) 00:26:46 ID:DRHZwdXI

許すよ。乙。展開てきにあついな。ただ個人的には、エレンがもっと苦しむ展開が見たい。





262: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 21:02:32 ID:7BEeQWus

………
……



ユミル(……………何体、殺したっけか。二十体から先、もう、わからねえや)


 『爪牙の巨人』ユミルは、不幸にもエレンの『叫び』の効果範囲外にいた。周囲の奇行種たちはなんら変わりなく、意気揚々とユミルを喰らわんと殺到してきていた。

 エルヴィンが率いる救援部隊が後背から駆けつけてきてはいるものの、ユミルの立つ場は最前線も最前線。

 迫る奇行種たちを殺しては、前へ。

 穿ち、削り、噛み、斬り、抉り、前進、前進、前進。

 それは一方通行の、片道切符だ。奇行種たちを己に引き付け、その背に負った者たちを守るための、儚く燃える流星の輝きだった。

 そして、流星はいつか燃え尽きる。

 その時が訪れようとしていた。


ユミル(やはりここか。私の終わりはここか)


 爪牙の巨人の周囲には、大小さまざまな奇行種たちの死骸が倒れ、蒸気を上げている。

 それでもまだ、殺した数の数倍もの巨人が、ユミルの眼前を覆い尽くしている。





263: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 21:08:10 ID:7BEeQWus

ユミル(クリスタ………ヒストリア、無事かな。きっと大丈夫だろう。団長らがこっちに向かってくるのが遠目に見えた。そろそろ保護されてる筈)


 ついでに芋女と馬面とチビもな、とユミルは苦笑する。

 あいつら怒ってたな、と。

 そうして、ユミルは巨人体を動かす。

 その牙は折れ、爪は指ごと吹き飛んでいる。

 もはや何物を切り裂くことも、食いちぎることもできない。壊れかけのオンボロだった。

 それでも前へ。ただ前へ。前進する。進撃する。


ユミル(…………万策、尽きたな。石壁の符もゼロ。再生も、おっつかねえ)


 策などない。ただの足止めだ。捨て鉢になっていることは理解しても、


ユミル(ばいばい、ヒストリア。ばいばい、サシャ、ジャン…………コニー)


 あのコニーの言葉に、引っ張られている。家族を守ると、大事なものを守ると、何にも疑っていない目で、己に告げたコニーの瞳の輝きを覚えている。





264: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 21:12:16 ID:7BEeQWus

奇行種の一体が、爪牙の巨人の両足にしがみつく。

 身動きの取れなくなった爪牙の巨人に、ぞろぞろと奇行種たちがにじり寄る。


ユミル(…………いよいよか。やっぱこういう死に方か、私は。けど、ま。しょうがねえ。人間、早々は変われねえってことか。誰も彼もがエレンやトヨみてえにゃなれん)


 自嘲しながら目を閉じ――――――そして瞳を開いたとき、


ユミル(ッ――――――――――!?)


 眼前に、有り得ないものが見えた。

 扉だ。ゆっくりとそれは開いていく。

 そして、そこに果たして少女が立っていた。


ユミル(誰だ。おまえは、誰だ)

EASY『女神様』


 冗談めかして、少女は告げる。

 EASYは、告げる。





265: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 21:16:07 ID:7BEeQWus

EASY『ねえ、ユミル。貴女はここで終わるの? こんなところで終わってしまうの? 元はと言えば、全てが全て人間のせいじゃない』


 少女の声は優しい。

 身のこなしが軽やかな曲芸師のように、するりと心の間隙に忍び寄る。


EASY『そんな自業自得の行き着く末に巻き込まれて、貴女もまた愚かで汚い残骸に成り果てるの?』


 少女の声は甘い。

 じっとりとひび割れた隙間に滲む甘露のように、心の闇を侵していく。


EASY『同じ廃棄物になるのならば、とことんよ。私の手を取りなさい。人の世の理を超越した黒の王と、貴方を引き合わせてあげる』


 どす黒い太陽のような、笑み。

 ゆっくりと伸ばされた指先が、爪牙の巨人の鼻先に突き付けられる。

 手を取れ、と。


ユミル(あ―――――――――)





266: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 21:21:46 ID:7BEeQWus

ユミルは思わず、手を伸ばしていた。

 己の半生を思い返す。

 糞のような人生だった。人に尽くして、人を信じて、裏切られ、憎まれ、存在そのものを否定された。

 どうしてこうなったと、幾度恨み言を想ったか。

 幾度人を恨んだか分からない。

 結局は、人間たちのために己は命を捧げ、死んでやった。

 されど。

 それでもなお、あきらめを踏破するのならば。

 その手段があるのならば―――――。


ユミル(私、は――――――)


 爪牙の巨人の千切れた指先と、EASYの指先が重なる――――。


 その寸前の事だった。





267: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 21:27:20 ID:7BEeQWus

ユミル(え?)


 拘束されていた両足が軽くなる。

 直前に、金属をはつるような独特の音が――――ブレードによる切断音が、響く。

 連続して音は響く。己に迫っていた前方の巨人が、どずんどずんと地に倒れ伏し、死の蒸気となって消えていく。

 次いでどすんと、足が軽くなった分、頭に衝撃と重みが伝わる。

 何事かとユミルが視線を上に向ければ、


コニー「お…………追いついた、ぞ。この、糞女ァ………」


 頭に撒いた包帯に血を滲ませ、不機嫌そうな顔でこちらを睨みつける、馬鹿がいた。


ユミル(ば――――――――)


 うなじが裂け、その内部のユミルの顔が露出する。


ユミル「ば………馬鹿だ馬鹿だと思っちゃいたが、大馬鹿の類だったのかてめえ」

コニー「た、助けに来た奴に向かって大馬鹿たぁ………馬鹿が極まってんのは、てめえだろ」





269: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 21:39:27 ID:7BEeQWus

ざしゅ、とまた奇行種のうなじがそぎ落とされる音が響く。

 そこには、


ジャン「そうだぜ………馬鹿はてめえだ糞馬鹿ユミル。てめえみたいなのでも、女だろうが。女見捨てて生き残れだァ!? 目覚め悪ィんだよ、そういうのは! そういうのはどっか、オレの見えねえところでやれ!! そんなん許容すんのは、オレじゃねえんだ!!」


 腹部に撒いた包帯を真紅に染めた、最高に顔色の悪い、馬面がいた。


ユミル「じゃ、ジャン……?」


 ばつんばつんと水気のある球が弾ける音と、巨人たちの絶叫。

 そこには、


サシャ「んが、んぎぎぎぎぎぎ………」


 砕けた右腕に変わり、歯で矢を引き絞るバカ女がいた。


ユミル「サシャッ!?」


 ズガッ、ジャガッと、石壁の符が発動した際の独特の音が響く。





270: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 21:40:47 ID:7BEeQWus

かくして生み出された石壁のとっつきは、多くの巨人たちを転倒せしめる。

 そこには、


ヒストリア「生きてるだけで、幸せになんか、なれるもんか………ここであなたを見殺しにして、私はその後の人生を、どうやって胸張って生きられるのよ、ばか!! ばかユミルッ!!」


 くしゃくしゃに泣きはらした目で、鼻水垂らして、大声で叫ぶ天使がいた。


ユミル「クリス……ヒストリアッ!!


ユミル「ガスはどうした。ブレードどっから生み出した? いや、そんな、こと、より、この、馬鹿野郎!! 馬鹿野郎どもォ!! なんで、なんでエルヴィン団長らと一緒に、逃げなかった!!」

コニー「四の五の言ってるヒマなんざねえんだ。とりあえず逃げる、前にだ」


 コニーは思い切りのけぞり、


コニー「――――キツいの一発、喰らっとけ」


 うなじから露出したユミルの顔面に向かって、勢いよく頭突きを放った。





271: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 21:50:31 ID:7BEeQWus

ユミル「がっ!?」


 痛みにユミルはのけぞった。鼻血も出てきた。

 だが、コニーの被害はそれ以上だ。ぱっくりと額の傷が開き、再びどくどくと顔が血に染まっていく。


ユミル「なんで、パチキくれやがった………なんで、逃げなかったんだ!!」

コニー「うるぜえ!! おまえは、仲間だろうが!!!!!」


 必死の表情で、心の底から全くの本気で、コニーは怒って、叫んだ。


コニー「仲間が戦ってんのに、ハイそれじゃあ見捨てて逃げましょう、なんてこと訓練兵団じゃ習っちゃいねえんだよ! 成績上位に入れなかったバカブス女にゃわからねえかもしれねえけどな!!」

ユミル「…………」

コニー「テメーはおれたちの同期で、同じ釜の飯を食った大事な仲間で、女で、それがたまたま巨人にもなれるってだけだろ!! 何が違うんだよ。おれは馬鹿だけど、何も違いやしねえだろうが!!」


 もはや理屈でも何でもない暴論に過ぎないそれに、ユミルは二の句を告げなかった。


コニー「おれは仲間を守る。同期も守る。女だったら絶対守る。こんだけ理由があんだろ。助けるに決まってんだろ。巨人だったら助けねえなんて、そんな理屈は理解できねえ! おれ、馬鹿だからな!! じゃあ、おまえはどうなんだよ!!」

ユミル「は? わ、私、私は………」





272: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 21:55:13 ID:7BEeQWus

コニー「おまえは、厭味ったらしくて、皮肉屋で、ことあるごとにいちいち俺をチビだバカだと罵ってくる、気に入らねえ女だ。それだけだろうが! おまえはユミルだろうが!!」

ユミル「――――――――――――!!」

ジャン「だったら、助ける。当然だろ」

サシャ「そうや!! 捨て鉢はあかんよ、ユミル!!」

ヒストリア「勝手に、行かないで。そこは、そこは、貴方だけじゃないんだ。私たちも、行かなきゃいけない場所なんだ」


 この時、ユミルは、恐らく二度目。ありのままの己を受け入れてくれた者に、出会えた。

 そしてその衝撃は、やがて、


EASY『…………ユミル?」


 伸ばし、掴みかけた手だったが、ユミルはその手をゆっくりと下ろした。


ユミル「私は胸を張ってここに立っている。私は、ユミルはここにいる。これが私だ。これだけが、これだけが私なんだ。

    安っすいプライドにしがみついて、無様に生きてるのが私だ。てめえなんかいらねえよ、糞ビッチ」


 中指を立てて舌を出す。





273: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 22:02:17 ID:7BEeQWus

EASY『ここで死ぬのに? 廃棄物となって死ぬのに? だったら、こちらの世界で、廃棄物として生きればいい』

ユミル「ハッ………私ともあろうものが、このユミル様ともあろうものが――――ちょっとばかし、おセンチになりすぎたか。満足? 冗談じゃあない」


 不敵で、皮肉で、凄絶で、凄惨な、笑み。


ユミル「臭ッせんだよ、おまえら巨人どもは。気の迷いだ。誰がてめえらなんぞに喰われてやるものかよ、汚らわしい」


 心の底で僅かにくすぶっていた火種が、再び燃え上がる。


ユミル「あの死に急ぎに引っ張られたかよ、あの馬鹿チビの暴論に、惹かれたってのか、この私が…………」


EASY『ッ、チ…………何よ、何よこいつら。どいつもこいつも目ぇキラキラさせて。どうせ死ぬのに。絶望は絶対に勝つのに』

ユミル「知ったことか!! この四人は助ける。私も生き残る。生き残って、帰るんだ。生き延びる。生き延びて見せるさ」


 気が付けば、爪も、牙も、万全だ。

 再生が完了し、体が自由に動く。いくらだって戦い続けられる心地だ。


ユミル「けど、ま」





274: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 22:10:15 ID:7BEeQWus

爪牙の巨人は素早い動きで、コニーを頭の上に乗せたまま、サシャ、ヒストリア、ジャンを手に掴んだ。


ジャン「ぐがっ、ちょ、き、傷が、ひ、開くっ!?」

サシャ「いだだだだだっ!? う、うで折れてんですよぉおおおおお!!」

ヒストリア「ユミル!?」

ユミル「―――――逃げんぞ」


 一転して脱兎のように、奇行種たちから背を向けて、遁走を開始した。

 爪牙の巨人の速度は、軍用馬の最高速をも遥か上回る。およそ120キロ以上の高速移動で、瞬く間に団長らの元へと辿り着いた。


エルヴィン「ッ、よくやってくれた。これで後は、壁の上に逃れる。奇行種たちは追ってくるだろうが、再びエレンの叫びで同士討ちをさせる。それで詰みだ」

ジャン「へ、へへ。それなら、もう、これ以上は」

サシャ「ええ。誰も、死なず、に」

コニー「済む、よな? なあ、ゆみ―――」


 コニーが振り返った先、うなじから上半身を露出したユミルは手を伸ばし、コニーの頭を掴み、そして





275: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 22:15:28 ID:7BEeQWus

コニー「ンぶっ!?」

ユミル「ん……ちゅ」

ヒストリア「え? え? え、え、えええええ!?」


 激しく、深い、口付けを交わした。

 一方的にコニーの口中を舐り、吸い、舌先を絡める、情熱的なキスだった。


コニー「ん、な、な、ななな、なあな、なに」

ユミル「それじゃ足りねえだろ。あのヤローども数多すぎんだから。馬より早えのもいるんだぞ。壁にのぼれりゃいいんだろうが、まだ距離はある。おっつかれたら死ぬ奴出てくるだろ」


 赤面し、混乱するコニーをよそに、ユミルの身体が、再びうなじに埋没していく。ずぶずぶと、巨人へと変わっていく。


ユミル「おまえらだったら、私は嫌だ。見捨てるとか言うな。私は勝つさ。エルヴィン団長、こいつら、お願いします」

エルヴィン「…………分かった。必ず、必ず帰ってきてくれ。決して君を、ミケらを、新兵達を守ってくれた君を、悪いようにはしない」

サシャ「い、いやだ! いやだっ! うちも、ウチもいく!!」

ジャン「てめえユミル、このクソッタレ!! 一人でカッコつけやがって、何様だ! 女版エレンだてめえは!! どうしようもねえふざけた奴だ!!」

ヒストリア「ユミルっ!!」





276: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 22:24:38 ID:7BEeQWus

ユミル「またな、だ。ヒストリア。足止めできて、ころあい見たら帰ってくるよ。ジャン、サシャ、てめえらは傷どうにかしろ。んで、コニー」

コニー「お、おう?」


 巨人体越しでも感じるどうにも熱を帯びた視線に、コニーは顔が熱くなる。


ユミル「さっきのキスは、そういうことだ。戻ったら続きだ。ヤるぞ」

コニー「や、やるって、何をだ」

ユミル「――――閨だよ。おまえの生きざまに、私が惚れた。おまえを好いた。おまえを愛してる。だから、後で抱けよ。私の男になれ。これでもファーストキスだ。責任取れ」

コニー「んなっ!? ちょ、ちょ、て、てめ、い、一方的に――――!!」

ユミル「もう決めた。ヒストリアは私の天使で、コニー、おまえは私の旦那にする。はっ、またな、コニー!!」


 巨人体の中で顔を真っ赤に染めたユミルは、そうして再び奇行種たちに躍りかかっていった。





277: ◆B2mIQalgXs:2015/04/19(日) 22:29:02 ID:7BEeQWus

巨人体の中で顔を真っ赤に染めたユミルは、そうして再び奇行種たちに躍りかかっていった。

 全く人生最良の日だ、とユミルは笑う。戦って、戦って、勝って、生きて、帰る。そしたら天使と旦那様は、私のものだ。私だけのものだ。どちらも可愛がって、絶対に手放さない。

 斬り、抉り、割き、穿ち、潰し、繰り返し、前進、前進、進撃!!


コニー「ユミルゥ! やるんなら、絶対勝ってこい! 勝って、生きて帰って来いよ!! ちゃんと、おれに返事させろ!! いいな、おい!!」

ヒストリア「絶対戻ってきてよ! 言いたいこと、伝えたいこと、まだ、まだ、全然、いっぱい、あるんだから。伝えてないんだから!!」


 その声を聞くだけで、体が軽い。いくらでも切り裂ける。いくらでも食いちぎれる。


紫『――――――――――――――――――――素晴らしい』


 そして、調査兵の大半が壁上に戻った時。

 南側の奇行種らを足止めしていた爪牙の巨人の姿は、どこにもなかった。




……
………





296: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 21:40:29 ID:1qAIvcTU

………
……


ハンジ「で………出遅れた」

ケイジ「奇行種多すぎだろ………一人頭6体ぐらい殺ったんじゃないですか?」

ニファ「死ぬかと………死ぬかと思ったのに………エレンら助けに来たら、なんか叫ぶわ巨人化するわ私ら来た方向に向かって逆走していくわ………また追いついたら、もう勝って終ってるとか………」


 エレンらを救出するために壁内へと先行したハンジらであったが、ケイジのごちた言葉通り、壁内の奇行種らの抵抗激しく、余計な時間を食ってしまっていた。

 奇行種らをようやく殲滅しておっとり刀でシガンシナ中央へと辿り着いた矢先、エレンが復活。鎧の巨人を正門の方向へと何度も蹴り飛ばし、再び距離が開く。

 ひいこら言いながらシガンシナ区正門へと駆けつけてみれば、煙を上げて倒れ伏す鎧の巨人の正体――――ライナー・ブラウンが瀕死の重傷で、門の外に横たわっていた。


ケイジ「生きてんのかなコレ」

ニファ「えい」ツンツン

ライナー「げ…………ぐぇ、が…………」ビクンッビクッ

ニファ「痙攣してますね」

ケイジ「超強烈なヤツで一発やられてんな。前歯全部折れてるし鼻も潰れてる。蒸気でてるし再生中? 内臓もあらかた滅茶苦茶んなってるけど、コレ助かるのか?」





297: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 21:46:55 ID:1qAIvcTU

ハンジ「これは貴重なサンプルだ! モブリット、すぐにスケッチだ! っていねえ!?」

ケイジ「モブリットなら壁外でてんやわんや中ですヨー」

ハンジ「チッ…………ま、いいか。ケイジ、ニファ。鎧の巨人、もといライナー・ブラウンを捕縛し、壁上で待機」

ケイジ「了解」

ニファ「了解です」

ハンジ「さて、私はエレンたちを保護………って、アレ?」


 ハンジ・ゾエ、ようやく異変に気付く。

 鎧の巨人を倒した張本人ら、エレン、ミカサ、アルミンの姿がどこにもない。

 右を見る。廃墟が広がっている。

 左を見る。廃墟が広がっている。

 前を見る。痙攣して横たわる男がいる。かなり理由のある暴力に襲われて虫の息にあるライナーのようだ。

 後ろを見る。廃墟が広がっている。

 上を見る。窒素しかない。


ハンジ「いないんだけど。いないんですけど?」





298: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 21:49:42 ID:1qAIvcTU

ケイジ「ハンジさん」

ハンジ「ん?」

ニファ「あそこ」


 つい、とニファが細い指先を伸ばし、示したのは斜め上。壁上の通路であった。

 体中の至る個所から再生の蒸気を噴きだしている少年を筆頭に、壁上を歩く三つの影がある。

 件のエレン、ミカサ、アルミンの三名であった。


ニファ「―――――超大型のところに向かってます。かなりガンバッちゃってる感じで程よく不審者チックですが」

ケイジ「ついでにその幼馴染のミカサとアルミンも同様です。さながら幽鬼の如き足取りで割と地味に怖ェー」

ハンジ「早く言えよぉおおおおおおおおおおおお!!! 止まれエレン! 止まって! エレンを止めるんだミカサ、アルミン!! 駄目ッ! 君らそっちいっちゃ駄目ッ!!」


エレン「――――――おいてけぇ………ベルトルトォ!! その首おいてけェェエエエッ!! 仇だッ!! 生け捕りなんぞ知ったことかァッ! てめえだけはこの手で縊り殺すッ!!」

ミカサ「ベルトルトォ………お前だ腰巾着野郎………お前に言っているんだッ!! ライナーの次はおまえの番だ! カルラおばさんの無念は、その首で晴らす!! 駆逐だ! 駆逐してやる!」

アルミン「野郎、ブッ殺してやる!! じわじわと嬲り殺しだ!! 両手両足縛って石壁の中に押し込めてやる!! 死んだ後にそっ首落として、シガンシナの壁に吊るして飾りにしてやる!!」


 ハンジの背筋に悪寒が走る。遠目に見てこれだ。近づいて見たならば、さながら血に飢えた悪鬼の様であろう。





299: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 22:01:45 ID:1qAIvcTU

ハンジ「わーい、あの子たちったら聞こえちゃいねえよ!! 一皮むけたね!」

ニファ「化けの皮が? なんか獣の本性剥き出しって感じなんですけど彼ら」コワイ

ケイジ「アレだ。なまじっか敗北続きの人生で急に転機が来て大勝ちしたもんだから、ちょっとハイになってんだろ。分からんでもねえ」ウンウン

ハンジ「冷静に言ってる場合かなあ!! さっさと止めて来い、バカ!!」

ニファ「ハーイ」バシュッ

ケイジ「ホーイ」バシュゥッ

ハンジ「全く………」


 叱責する部下が、しかしどこか浮ついた心地を隠し切れぬ様子でエレンらを留めに行く背を見送りながら、ハンジは少しばかりの不安を覚えた。


ハンジ(ケイジの言う通りかもしれない。エレンらだけに限らない。私たちは、調査兵団は、未だ勝ったことがない。敗北必至、敗色濃厚、絶体絶命が当たり前だった私たちが、ここに来て勝ちの目が見えている)


 死傷者は少なくない。しかし、誰も彼もが満足げに逝った。

 獣を弑し、女型を捕え、鎧を打ち砕いた。この戦果だけでも、今まで散っていた兵たちの無念は晴れるというものだろう。

 確実に前進している。

 だが、しかし。





300: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 22:09:20 ID:1qAIvcTU

ハンジ「勝っていない。そうだ、まだ勝っていないのだ。私たちは。我々は。まだ、超大型巨人が残っている」


 緩みかけた気を引き締めるために両頬を強く叩き、ハンジは両目を鋭く細めた。

 巨人の謎についても未だ解決していない。

 そのために、『巨人の中身』の捕獲は必須だった。ライナー・ブラウンも、アニ・レオンハートも、恐らくは巨人の謎について知っているのだろう。少なくとも調査兵団よりも、深く、広く。


エレン「止めるなァ!! 畜生、畜生、離せよッ! あいつブッ飛ばせねえだろうがッ!!」


 遠くからエレンの激しく抵抗する声が聞こえ、ハンジはふと我に返った。思いがけず意識を己の内に深く埋没させていたことに気づく。
 

ハンジ(いけないいけない。まずはやるべきことをやらなければ。ひとまずライナー・ブラウンは私が確保を―――――)


 そうして、ライナー・ブラウンが倒れ伏していた場所にちらと視線を向け、



ハンジ「―――――――――――――………は?」



 ハンジは、己の目を疑うものを見た。





301: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 22:14:09 ID:1qAIvcTU

何もないはずの空間に、それは突如として現れた。
 

 ――――扉だ。


 地面から僅かに浮かび上がった扉がある。

 半開きの扉の隙間にずるずると吸い込まれていくのは、ライナー・ブラウン。

 あまりにも異様な光景に、ハンジの意識が真っ白に染まる。

 それは十秒か、あるいは一分か。

 その最中、確かにハンジは聞いた。



EASY『―――――――――――くす』


 扉の奥から、人を小馬鹿にしたような少女の嘲笑を。



……
………





302: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 22:20:29 ID:1qAIvcTU

………
……



 エレンが高らかに勝鬨を上げた瞬間、対峙する超大型巨人の相手もそこそこに、豊久は満面の笑みを浮かべた。


豊久「美事………美事!! よか! よかにせじゃ! 勝ち花咲かせたのう、えれん、みかさ、あるみん。よくぞ討ち果たした。よくぞ、よくぞ!! 俺の魂ば震えたぞ!!」


 人の成長に敗北は必至。だが勝利もまた人を変える。

 敗北は意識を塗り替えるが、勝利は己の力を自覚させる。

 豊久がまさにそうだった。初陣で敵の首を獲り、己を抱き上げて喜んだ父の気持ちが理解できた気がした。

 己が見守り、時に背を押した子らが、一人前の兵子となった。

 勝鬨を上げた。

 それがこれほどまでに嬉しいとは。


豊久「―――――幕じゃ。残るは、お前一人」


 故にこそ、己もまた示さなければならん、と。豊久はブレードをより強く握りしめる。





303: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 22:24:44 ID:1qAIvcTU

豊久「与一が殺り、りばいが捕え、三人は美事な勝ち花を咲かせた。なれば、次は俺の番じゃの。俺だけが手柄獲れなんだら、親っ父に顔向けできん」


 口元から笑みが消え、残るは特大特濃の殺意。

 ただただ威力のみを求めるように、左右のブレードを天高く振り上げ、構える。


豊久「そん首、俺の手柄とする――――存分に死合おうぞ」


 そうして、豊久は己の敵を見上げる。

 超大型巨人、ベルトルト・フーバーを。

 しかし、この時。




超大型「……………」



 ベルトルトは、己を見失っていた。否、失った己を取り戻さんと、自問を繰り返していた。

 状況を何度も何度も確認するが、答えは変わらない。

 ライナーが負けた。





304: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 22:26:49 ID:1qAIvcTU

アニは捕えられた。

 『猿』は死んだ。

 残るは己一人。

 唯一人。

 そして、前の前には、満身創痍の敵が一人。



超大型「……………」



 なのに、体が動かない。

 どうしてただ一人の人間が殺せない。

 もはや島津豊久はボロボロだ。全身は擦過傷に塗れ、立体機動装置とていつ動作不良を起こすかも分からない状態だ。

 肩で息をしており、もはや体力も限界だろう。先ほどよりも動きに精彩が賭けているように見えた。

 それでも、豊久の瞳は死んでいない。

 口元は飢えた獣の如く歪み、まるで月無き闇夜の雲間に輝く星々のように、両目を爛々と輝かせている。





305: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 22:29:39 ID:1qAIvcTU

――――かかって来い、と。


 言葉よりも雄弁に、目が語っていた。

 時至っても、事が此処に到っても、ベルトルト・フーバーは、未だ己を見失っていた。

 『猿』は討死に、アニ・レオンハートは捕えられ、ライナー・ブラウンもまた程なくして敵の手に落ちるだろう。

 自分もまた捕えられるのだろうか? そんな弱腰な考えが脳裏をよぎる。

 ベルトルト・フーバーは戦士としては慎重な性格であり、悪く言えば臆病の誹りを免れぬ気質の持ち主であった。

 己を主張せず、ライナー・ブラウンの影に徹し、目立たぬよう目立たぬように訓練兵団で三年間を過ごしてきた。

 だが、決して愚鈍であるというわけではない。その思考が、一つの答えを導き出す。


 ―――――ああ、こいつは、シマヅトヨヒサは、僕を殺すつもりだ。


 もう、既に二人があちらに捕えられたのだ。二人もいるのだ。だったら、もう一人は?

 僕は?

 ぼくは。

 ボクハ。





306: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 22:34:23 ID:1qAIvcTU

それは無意識か、本能か定かではなかった。

 ――――超大型巨人は、豊久から逃げるように、一歩を退いた。ただの一歩である。

 しかし機を見るに敏。こと戦闘においては絶人の域に身を置く島津豊久は、ベルトルトの心中の乱れを容易に感じ取り、


ベルトルト(―――――――――――――ひっ)


 ベルトルトもまた、悟る。

 それは、それだけは、絶対にやってはいけない行為であったことを、今更ながらに悟る。



豊久「――――――――おい、貴様。こんだけのことを、こんだけのことを仕出かしておきながら、まだ己が命ば惜しいんか」



 震える声で、射殺さんばかりの怒気を秘めた視線を超大型巨人に向ける。



豊久「ふざけるなよ、手前。おっ死ぬのは嫌か。弱く小さか民草は殺せても、牙持つ兵子には尻を捲るのか。畜生め。狗畜生めが。いらん。いらねえ。てめえの首なんざいるか」


 豊久の怒りに呼応したように、直下の壁の左右から、与一率いるエルフ隊が、超大型を目指して登ってくる。





307: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 22:39:25 ID:1qAIvcTU

超大型「ヒ…………ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」


 とうとう、ベルトルトは叫んだ。

 戦意向上の叫びではない。ただの悲鳴だ。

 上ってくる与一やエルフの目を見てしまった。

 誰も彼もが、豊久と同じ目をしている。

 それは怒りではない。憎しみでもない。殺意ですらない。

 それはきっと、原初の感情だ。

 未だ言語が確立していなかった時代の、コロシタイとかニクイとかネタマシイとかケシサリタイとかシンデシマエとかココカライナクナレとか。

 そんな言葉すら存在しなかった遥か古代の、敵に抱く感情。



 ―――――純粋無垢な、悪意。



 己の全てを否定する、悪意。


豊久「命だけおいてけ。鴨撃ちぞ。戦ではなか。狩りじゃ。殺せ!! 彼奴を射殺せ、与一!! えるふ共!!」





308: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 22:48:00 ID:1qAIvcTU

超大型は、しゃにむに逃げた。全身から蒸気を噴きだし、右も左も分からぬままに逃げる。

 蒸気に守られているとはいえ、己の周囲からどぉん、どぉんと、火薬の炸裂する音が響くのが、ベルトルトにはただただ恐ろしかった。

 懸命に巨人体に命じ、逃げる。逃げる。逃げる。


 ―――――何処へ? と。そんな声が聞こえた気がした。


アルミン「逃げるなぁあああああああああッ!! 卑怯者ッ! 逃げずに戦え! 戦って死ね!!」


 アルミンの罵声が聞こえる。悪意に満ちていた。


ミカサ「逃げるなァ! ふざけるなよ、貴様!! 首おいていけ! 首おいていけッ、ベルトルトォ!! 首おいていけェエエエエエエエエエエエエ!!」


 ミカサの怒号が聞こえる。悪意に満ちていた。


ベルトルト(来るな………こっちに、こっちに、来るなァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!)


 ここでベルトルトは、虎の子を切る。超大型巨人の切り札、巨人体の炸裂。

 超大型巨人を構成する肉体全てを一気に蒸気と化して炸裂させる、一回こっきりの自爆技だ。





309: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 22:52:02 ID:1qAIvcTU

ベルトルトにとって幸運であったのは、ただ真っ直ぐに超大型巨人を目指していた兵たちの多くがその爆風によって吹き飛ばされ気を失ったことだろう。

 しかし、ベルトルトの表情は、未だ泣きだす寸前の子供の様だった。


ベルトルト「はッ、はッ、はぁッ、はッ………」


 ただの人間体へと戻ったベルトルトは、壁の上をただひた走る。

 逃げる。脇目も振らず逃げる。

 何処へ?

 何処へ逃げる?

 分からぬままに、壁を走る。

 走って、走って、走って、走って、走って。

 息が尽き、足が棒のようになって、もう歩くこともやっとになるほど、絞り出して。


エレン「――――――――――気は済んだかよ」


 なのに、目の前には彼がいた。





310: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 22:59:42 ID:1qAIvcTU

ベルトルト「え、レン…………ああ、エレン。そうだ、君が、キミが、いれば」


 そうだ。逃げるのだ。帰るのだ、故郷へ。

 懐かしのオルテへ。

 よく分からない口ひげの小男に踊らされた人間どもに支配され、巨人らデミヒューマンたちを奴隷化し、或いは遠くへ追いやった。

 あの世界に帰るのだ。故郷を取り戻すために。

 座標がいるのだ。座標さえあれば、巨人族を統制し、軍を編成し、戦うことが出来る。人の意志だって思いのままだ。

 故郷を取り戻して、僕は。僕は。

 英雄に、なるんだ。

 エレンは強敵だ。だが、もはや敵ではない。ボロボロだ。豊久以上にボロボロで、傷だらけで、立っていることさえやっとの様子だ。

 簡単に捕えられる。奪える。座標を。

 ベルトルトの口元がいびつに歪んだ時、エレンは静かに指を立てて、言った。


エレン「…………俺がトヨヒサに教わったことの一つ。それが、おまえには足りない。ハッキリ足りない」

ベルトルト「…………?」





311: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 23:04:49 ID:1qAIvcTU

ベルトルトには、エレンが何を言っているのか分からなかった。ただ嬉しかった。

 これで帰れる。帰れるんだ。胸を張って帰れる。

 そしてエレンに向かってゆっくりと伸ばした腕が、


エレン「ただただひたすらに、目標へ向かって前進すること。それを成す意志だ。断固たる意志―――――プライドが、おまえには欠けてる」

ベルトルト「―――――――――――」


 エレンの侮蔑によって、止まる。


エレン「おまえはクズだ。よりにもよって逃げるとは思わなかった。おまえのようなものと同期であったことを、仲間だと思っていたことを、ただ恥ずかしく思うよ」

ベルトルト「な、な、に………?」

エレン「どこへ逃げる。どこに帰る。故郷とか言ってたよな。そこに帰って、何があるんだ? 家族がいるのか? 恋人がいるのか? 俺を連れ帰ったら、なんらかの栄誉でも授かれるってか」

ベルトルト「き、君は、何を―――――」


エレン「それはおまえが慕っていた仲間の、ライナーよりも、ひょっとしたらアニよりも、大事なものなのか?」


 その言葉で、ベルトルトの心は、完全に罅割れた。





312: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 23:14:18 ID:1qAIvcTU

意識が一瞬で冷え、次いで灼熱の如き感情が腹の内から沸き上がってくる。

 図星を突かれたことを、今更否定するつもりはない。

 だが、やり場のない怒りがある。己に向けるべきそれを、しかしベルトルトは、


ベルトルト「お、まえに………おまえに、何が分かる!! 好き好んで、僕らが、君たちを殺してたとでも、思うのかよ!!」

エレン「嫌々だったら、許してくれると?」

ベルトルト「ッ、そんなことは、言ってない!! 僕は、僕の罪を、分かってる!! 人から後ろ指をさされることをしたんだってこと、分かってるんだよ!!」

エレン「罪を自覚して反省してるからいいだろうっていう、開き直りか? それは?」

ベルトルト「ち、ちが、ちがう………き、気の毒では、あった、けど………でも、でも、それは」

エレン「自分のやったことは酷いことだけど、世界のためには必要で、仕方のないことだったんです? その理屈は、おまえが殺してきた人に言えるのか? 俺の母さんに、言えるのか?」

ベルトルト「あ、あ、あ………あぁあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 エレンの言葉は、粗目のヤスリのようにベルトルトの心を削る。痛みに耐えかね、ベルトルトは拳を振り上げた。

 八つ当たりだった。それはかつてアルミンが幼い頃に言った言葉―――――言葉で否定できないから、安直に暴力に頼る、弱虫そのものであった。

 しかし、振り下ろした拳は、エレンには当たらない。

 エレンの眼前、それを受け止める男の背中がある。





313: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 23:27:20 ID:1qAIvcTU

推奨BGM:



 紅の衣。十字の家紋。腰の二振りの刀に、黒髪から覗く強い双眸。その名を、


エレン「――――――――遅ぇぞ、トヨヒサ」

豊久「応。じゃっどん、間に合うた」


 島津 内務少輔 豊久。

 泣く子も震え上がる薩摩隼人である。


ベルトルト「あ…………」


 もはや、ベルトルトは命運が尽きたことを悟った。

 もう二度と、エレンには届くまい。問答を仕掛けたエレンを無視して捕えていれば。

 有無を言わさず気絶させ、攫ってしまえば。そんな後悔は、


豊久「運否天賦もまた戦の常ぞ。もはやここまでぞ―――――降れ。殺すなと、えるびぃんから説き伏せられた」


 この男の前では、何一つ役立たないことを、身に染みて理解している。





314: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 23:30:01 ID:1qAIvcTU

ベルトルト「なん、でだよぉっ………あと、ちょっとなのにっ………あとちょっとで、故郷に、帰れるのにっ………」

豊久「知らぬ」

ベルトルト「なんで、なんの関係もない、貴様ら、貴様らがァッ………!!」

豊久「知らぬ」


 ぎちり、とベルトルトの拳が悲鳴を上げる。肉が潰れるほどに握りしめ、振り上げる。


ベルトルト「き、きさま、さえ………ドリフターズッ………貴様らさえ、シマヅトヨヒサァッ! 貴様さえいなければッ………っあああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」

豊久「知らぬ!! くどい!!」


 突進して殴りかかるベルトルトを、左手で喉を掴み、握りしめる。

 190センチを超えるベルトルトが、片腕だけでその動きを止められた。


ベルトルト「が、は………」

豊久「そがいなこつ、俺が知るかあ!! 貴様らの事情など知ったことではなか!!」

ベルトルト「シマヅッ……トヨヒサぁあああああああああああああああ!!!」





315: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 23:30:43 ID:1qAIvcTU

なおも暴れ、掴み掛ろうとするベルトルトに対し、豊久は左腕を更に絞る。


ベルトルト「ぃぎゅっ!?」


 呼気が止まったところで、


豊久「ジィッ!!」


 右の掌底による、金的の突き上げ。


ベルトルト「ッッッ~~~~~~~~!?」


 強烈な衝撃が全身を貫くほどの激痛を受けたとき、人体は前のめりに背を丸める。

 その丸見えになった後頭部に――――


豊久「逝けい」


 豊久は、全体重を乗せた肘を打ち下ろした。





316: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 23:32:41 ID:1qAIvcTU

ベルトルトの巨体が沈み、うつ伏せに倒れ伏す。


信長「―――――組手甲冑術……! タイ捨の『雷』かよ。相もかわらずえっげつねぇな」


 豊久の用いる組手甲冑術は、後の世、アメリカ軍隊で用いられるCQCにも似た外道戦法である。

 さらに追撃の一撃を加えんと、豊久が腰の刀に手をかけるが、


エルヴィン「ッ! そ、そこまでだ、トヨヒサ!! 彼は殺すな! 聞き出したいことが山ほどある!!!」

豊久「首ば獲らんのか?」

ミカサ「…………死体がどうやって喋るの?」

豊久「おお、成程。うっかりしておった」ポン

ベルトルト「………ぐぁ、げ、が………ぁ」ビクンビクン

ミカサ(やっぱりこの人はおそろしい。何がおそろしいって、本気で生け捕り忘れて殺そうとしてた)プルプル

アルミン(エレンが成長したらおトヨさんみたいになっちゃうのかなぁ)ガクガク

豊久「いかぬ。頭蓋ば割れちょる。いかぬ。死ぬるぞこれは」

ミカサ(怖いよ………冷静になれた今だから言えるけど、やっぱりトヨヒサはこわい)ビクビク





317: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 23:35:25 ID:1qAIvcTU

倒れたベルトルトの外傷は、一言で致命傷であった。

 股間からは血の混じった小便が滲みだしている。何よりも最後の肘打ちが決まった後頭部。罅割れ、白い何かが覗き見えていた。


アルミン(非道い………股間が真っ赤に………ということは、ベルトルトの『アレ』は………)ゾッ

豊久「どうせ死ぬるんなら首ば獲っても良かか?」ソワソワ

ミカサ「だめ」

豊久「ぐぬぬ」プクーッ

モブリット「いい年した男がそんな顔して、よりにもよって首なんかねだらないでくれます? 純粋に怖いから、ほんと。やめてください?」

リヴァイ「どんだけ首欲しいんだよこの妖怪首おいてけが………今回ばかりは巨人の再生能力とやらに期待だな。割れた頭蓋が治らなきゃ死ぬだけだ」

豊久「おお、そうだった。ではりばい、みかさよ、後は頼む………不甲斐ない話じゃが、俺も限界じゃ。疲れた。立てぬ」バッタリ

ミカサ「わ、わかった」

リヴァイ「ああ。安心して休んでろ………」

ミカサ(頭蓋骨が割れて………その中身がちょっぴり見えている………いくら再生能力があるとはいえ、コレ助かるのだろうか?)ゾッ

アルミン(これ、もう手遅れなんじゃ………)ビクビク

ベルトルト「ぉ…………て、に」





318: ◆B2mIQalgXs:2015/04/29(水) 23:36:48 ID:1qAIvcTU

ベルトルトがうわ言のようにつぶやく。


ベルトルト「ォル、テ、に………かえ………らい、なー、あに………まる、せる………」


 それはきっと現実に敗北した、夢の残滓だった。




……
………





336: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 22:10:48 ID:d1ph5E/s

………
……



 後に『シガンシナの奇跡』と謳われる、調査兵団の最初にして最大最高の戦果と、最大最悪の戦火をもたらした戦は終わった。

 
 調査兵団の三百余名の内、百余名を失うほどの大打撃を受ける一方で、実質シガンシナを含むウォールマリア全域の奪還を果たす。

 25万人を投入してなお果たせなかった悲願のウォールマリア奪還作戦は、四年の時を経て達成されたのだ。

 だが、一方でこの遠征において、調査兵団はただ一点、まさに画竜点睛を欠く失態が存在した。

 後の歴史家たちが揃って首をかしげるその失態は、どのようにして起こったのか。

 それを正しく知る者は、誰もいない。

 誰も。


アニ「…………う、あ」


 アニが目覚めたとき、そこは暗い闇の底だった。

 恐らくは地下に閉じ込められているのだろう。状況を把握したくとも、全身が鉛のように重く、動かない。





337: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 22:14:29 ID:d1ph5E/s

千切れた両手両足の感覚は、戻っていた。だが、ピクリとも動かない。

 肌に食い込む冷たい金属の感触から推測するに、全裸に剥かれたうえで縛られている。呆れた念の入れようだった。

 そうして状況を把握した瞬間、アニの希望は一瞬にして絶望へと変わった。


アニ「ひ、ひっぐ…………ひっ、ひっ、ひぃッ」


 喉の奥から、呼気と共にせり上がってくる嗚咽。目頭が熱を持ち、涙が止まらない。

 戦士としての彼女は、もはや再起不能だった。あの悪魔のような兵長によって、彼女の誇りは根底から破壊された。

 残ったのは、ただのか弱い少女としての彼女だった。


アニ「私は、戦ったのに」


 世界のために、戦ったのに。


アニ「故郷のために、父さんにまた会うために、頑張ったのに。ここまで来たのに」


 ――――もう、終わりなの?





338: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 22:17:32 ID:d1ph5E/s

因果応報だ、と心の奥で、もう一人の自分が嘲笑う。全くその通りだ。負けたのだ。負けた方は全てを失う道理だ。

 『精一杯頑張ったのだから、君にも栄誉を』なんて甘い世界ではない。

 そうしてアニは闇の底に沈む。敗者としての責務を果たした後に、しかるべき報いを受けて終わっていく。

 その筈だった。それ故に。


EASY『やっほ』


 その闇を見逃す、EASYではない。


アニ「あ…………あんた、あんた、は」

EASY「おいで―――――取り残されし君。任務は終わりよ。この『巨人の養殖場』は破棄する。廃棄物にすらなれない産廃以下のゴミ世界」


 白魚のような指先を伸ばし、ドブ川の腐ったような視線で嗤う。


EASY「貴女のお仲間の二人も、こっちで待ってる」



……
………





339: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 22:20:02 ID:d1ph5E/s

………
……



 正史に曰く。

 調査兵団は『超大型』『鎧』『女型』『獣』の内、『獣』を弑し、残る三体を打ち倒し、捕えた。しかし、その三体の巨人化能力者を取り逃した。

 捕えたはずのアニ・レオンハート、そしてベルトルト・フーバー。

 無力化した後に縛り上げ、廃墟と化したシガンシナでも比較的状態が保たれていた建物の地下に放り込んでいた筈の彼と彼女は、忽然と姿を消していた。

 ハンジ・ゾエは述懐する。

 未だ彼女自身も、自分が何を見たのか、見てしまったのか、理解に及んでいないのだろう。己の記憶すら疑っている。

 白昼夢を見たような頼りない声で、ハンジは言った。


 ―――――突然、空間に扉が現れ、そこから何者かがライナー・ブラウンを連れ去った、と。


 アニとベルトルトが消えたのも、恐らく同じ下手人の仕業だろう、と。

 報告を聞いたハンジと付き合いの長いエルヴィンとリヴァイ、そしてミケも、流石にハンジの正気を疑う。

 荒唐無稽すぎる、と。





340: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 22:29:33 ID:d1ph5E/s

しかし一方で、豊久、与一、信長の三名は、その話を信じた。あまりにも心当たりがありすぎる話だ。あの異世界に最初に放り込まれた時に開いた扉と、そこから延々と続く長い廊下。

 そして、眼鏡をかけた男。


信長「あのデカブツを引っ張り込んだ奴の姿は見たか? 眼鏡をかけた男ではなかったか?」


 信長の問いに、ハンジは力なく首を左右に振る。

 むぅ、と眉根を寄せる信長たちドリフターズだったが、


エレン「―――――女の声が、しませんでしたか。若い、俺らと同じぐらいの年頃の、女の声」


 意外なところから、意見が上がった。

 傷が治りきらず、未だ寝台の上で横になっているエレンに視線が集中する中、ハンジはハッとしたように俯いた顔を上げて、こくこくと首を縦に振った。


エレン「黒いドレスを着た、長い黒髪の女では」

ハンジ「す、姿は、見てない。けれど、そうだ………声は聞こえた。確かに、女の子の声だった。間違いない」

エレン「チッ………やっぱり売女の類か。誰彼かまわずか、あの女郎(めろう)」


 舌打ちを一つ。エレンは只々、怒りにその身を焦がす。





341: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 22:38:14 ID:d1ph5E/s

豊久「あの………長い通路ん男ではない、女子の下手人か。信、与一よ、どう思う?」

与一「あの男に誘われた我らが、全て漂流物(ドリフターズ)であることを考えれば、その女子が手引きするは、つまり」

信長「廃棄物(エンズ)か。えれん、お主が此処にいるってことは、盛大に振ってやったのか」

エレン「当たり前だ。あんな性根の腐ったドブスなんぞ、食指も動きゃしねえ」

信長「ふん、言いよる。だがどうする。察するに、巨人の三名は、恐らくエルフらの浮世におる。あ奴らがこちらを好き放題行ったり来たりできるのならば、またこちらへ来るかもしれんぞ?」


 決して、有り得ない話ではなかった。

 信長の問いに、エレン、そしてリヴァイ、エルヴィン、ハンジ、ミケ、そして多くの調査兵たちが、口をそろえて言った。


「「「是非に及ばず」」」


エレン「次は殺す………必ず、殺す」

リヴァイ「捕えられんのなら、殺す。巨人から引きずり出して、巨人どもに喰わせてやる」


 あれほどの戦いの後であるというのに、未だ彼らの戦意は衰えず、戦の焔が燻っている。


豊久「……………よか! ほんのこつ、良き顔ばするようになったのう、お主ら」





342: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 22:53:39 ID:d1ph5E/s

そして調査兵団と、ドリフターズらは、戦後の処理に入った。

 まずは壁の内外に存在する巨人らを、エレンの『叫び』によって遠くへと追いやりつつ、オルミーヌ主導によるシガンシナ内外の壁の封鎖作業が再開された。

 既に夜半に差し掛かってはいたが、その作業は夜を徹して行われる。

 一方で、一時的とはいえ巨人の脅威が無力化された『叫び』の圏内で、調査兵とエルフらによる、生存者の捜索と、遺体の回収作業が行われた。

 今までは失われた命を、亡骸をそのままに見捨てるしかなかった調査兵にとって、その作業に従事できることは望外の喜びであったと言う。誰もが涙を流しながら、遺体を回収した。

 肉片と成り果て、原型をとどめない死体もあった。

 だが、首が残っている死体もある。確かな遺品が残っている。遺族に亡骸を届けることができる。とびっきりの戦果の話を手土産に、決して無駄死にではなかったのだと、胸を張って持ち帰ることが出来る。

 集め、清められた遺骸や遺品を前にした、豊久、信長、与一は、静かに手を合わせ、拝んだ。


豊久「まことの益荒男よ。異世界の兵子どもよ。惑うことなく逝くことば願う」

信長「…………見事。武人とは、兵士とは、かくのごとく在りたいものよ」

与一「願わくば、生き延びた彼らを見守り、支え、後の戦いを共に戦い抜いてくれることを………祈りまする。生ある兵子らの、御剣とならんことを」


 それに倣うように、エルフ、そして調査兵の多くが手を合わせ、同様に拝んだ。彼らにとってなじみのない風習であったが、それがとても神聖なものであることが理解できたのだ。





343: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 22:58:58 ID:d1ph5E/s

新兵の多くは、浮かない表情だった。

 エレン、ミカサ、アルミンの三名は、取り逃がした裏切り者たちを想う。

 エレンは殺意に身を焦がし。

 ミカサは静かに決意を胸に秘め。

 アルミンは、己の往くべき道を定める。

 思いは異なれど、方向性は一致していた。

 ――――次は、しくじらない、と。


 ヒストリア、サシャ、ジャンは、泣いていた。

 集められた遺骸、そして僅かに残った生存者の中に―――――ユミルが、いない。

 いないのだ。

 ヒストリアとサシャは、大声で泣き喚いた。ジャンもまた悲痛な声を上げて、しゃくりあげるように泣いた。

 きっと、欠片も残さず食われてしまったのだ、と。

 しかし、一方でコニーは、笑みを浮かべていた。

 きっと、生きている。どこかでまた、逢える。不思議と、そう思えたのだ。





344: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 23:07:09 ID:d1ph5E/s

夜が明け、日が昇り、再び日が沈んだ頃。


オルミーヌ「お、終わった…………完璧。絶対。もう二度と、巨人なんぞに、この壁は、破れない、はず」


 オルミーヌによる壁の修繕作業が完了した。

 その過程で、壁内の巨大巨人らの存在が発覚したり、符の枚数が絶対的に足りず、突貫作業で製作する破目になった石壁の符の数、およそ五千枚。

 オルミーヌの疲労は、極地に達していた。

 オルミーヌだけではない。重傷者を除く誰も彼もが夜通し、そして昼を通し、ほぼ二徹で作業を行っていた。


信長「終わった?」

オルミーヌ「終わった」

信長「ほんとぉ? ほんとぉに終わったのぉ? ほんとぉにぃ?」クネクネ

オルミーヌ「く、くどい………終わった。終わったんです。もう、私の仕事は終わり。まじで。ほんと」

信長「で、あるか。ならば寝て良し」

オルミーヌ「」フラッ





345: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 23:09:34 ID:d1ph5E/s

崩れ落ちるように、オルミーヌはその場に倒れ伏した。


オルミーヌ「Zzzzzzzz」

ミカサ「限界だったのね」


 そもそも兵士ではない彼女は、他の者達と違い、絶対的に体力不足だ。すぴすぴと寝息を立てる彼女に、近づく影が一つ。

 魔王である。


信長「見よエレン。このオッパイスゲーぞ、あおむけでも横にこぼれんのだ。摩訶不思議。流石はオッパイーヌ。凄まじい乳じゃ」モミモミ

エレン「疲れすぎて脳味噌やられたのか? オイ、誰かあの色情魔を止めろ」

信長「触ってもいいのよ?」モミモミ

エレン「止めんかァーーーーーッ!! このふしだら魔王!」

コニー「おー、すげー。ぽよんぽよんだー」モミモミ

ジャン「ちょ、おま………つ、次オレと代われよ」ドキドキ

アルミン「あっ、そ、その次、僕だからね!」ワクワク

エレン「!?」





346: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 23:12:52 ID:d1ph5E/s

誰もが脳味噌をやられるほどの、疲労であった。

 巨人化能力者であり、傷の回復のために一夜を回復に努めていたエレンだけが、正気を保っていた。


サシャ「こ、これはスゴいですね………おいしそう」プリンプリン

ヒストリア「わー、あやかりたいなぁ。すっごい……ぷるんぷるんしてる」プニプニ

ニファ「うっわなにこのオッパイ鞠玉? 何食ったらこんなんなるの?」モミンモミン

ミカサ「ほうほう………なるほど、なるほどー、なるほどー」ムニムニ

ペトラ「あっ、次私ね。………うわっ、なにこれ羨ましい。ご利益ご利益」ポヨンポヨン

エレン「どいつもこいつもチクショウ!!」


 エレンは叫んだ。そして周囲を見渡す。誰か、誰かこの現状を何とかしてくれる人はいないのか。

 そして悟る――――世界は、残酷だ。


与一「ハーイ男性陣は有料ですヨー。こっち並んでくださーい、最後尾はこっちですヨー。一もみ十銅貨からですヨー」フリフリ

エルド「やあやあ、ありがたやありがたや」ゾロゾロ

グンタ「カラネス区の方から来ますた」ゾロゾロ





347: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 23:14:37 ID:d1ph5E/s

オルオ「ぱいぱいー、パイパーイ、パイパイバンザイー。オッパイバンザイー」ゾロゾロリ

ゲルガー「パイオツの間に酒を注ぐんだッ! オッパイ酒だッ! オッパイ酒だろうがッ!」シャガッ

ミケ「…………」スンスン

モブリット「お願いします」チャリン

ハンジ「はい、十銀貨だから十もみね。おまけで二もみサービスだよ」

モブリット「いつもすいません、ハンジさん……」ニコリ

ハンジ「やだなぁ、私と君の仲じゃないか」ニコリ

エレン「商売が成り立ってる………」ドンビキ


 エレンは涙目だった。誰でもいい、誰か、誰か、正気を保っている人間はいないのか。

 かくして、エレンは当てのつく人間をその視界に捉える。


エレン「だ、団長! 兵長!!」クルッ

エルヴィン「―――――まあ、良い。特にこちらの懐が痛むこともなく、兵士たちの士気も上がる。オッパイーヌさんのオッパイは犠牲になったのだ………」

リヴァイ「ああ。犠牲になったな。尊い犠牲だ。兵士が猛り勇猛になるのであれば………クソが畜生なんというかもうアレだどうでもいい早く帰って風呂入りたい」トオイメ

エレン「ッ………!!!(だ、団長がゲス化してる………兵長がすげえ投げやりに…………ノブナガのせいだ!!)」ウワァ





348: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 23:30:13 ID:d1ph5E/s

そこでエレンは気付く。


エレン「あ、あれ? トヨヒサは? トヨヒサが、いねえ」


 周囲を見渡す。あの薩摩隼人ならば、この狂気に満ちたサバトを打ち砕いてくれると信じたが、どこにもいない。


豊久「ぬ? なんじゃ、こん騒ぎは」

エレン「おお、トヨヒサ!! いいところ、に…………?」


 背後からかけられた声に、エレンは笑顔で振り返るが、豊久が手に持つものに、頬をひくつかせる。


エレン「トヨヒサ、その手にあるもの、なんだ?」

豊久「生簀」

エレン「中身は?」

豊久「無論、魚じゃ。流石は人ん手がとんと入っておらぬ川じゃの。大漁大漁」

エレン「……………」

豊久「食うが?」

エレン「…………なんか、もう、いい。こういうノリも、まぁ、たまには、アリ、か?」





349: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 23:39:04 ID:d1ph5E/s

エレンがある種のあきらめの境地を理解したとき、豊久の来た方向から、更にドタバタと誰かが向かってきた。


リーネ「トヨヒサさーん! 少量だけど塩もあったよー!」

ヘニング「火ィ起こしときました!」

豊久「うむ。塩焼きぞ! 久方ぶりに旨か飯(まま)んありつける」

ケイジ「おぉーい、トヨヒサさーん、酒もあったぞー!」

ナナバ「駐屯兵団の詰所に大量にストックがあったよ。しかも中身は無事。極上品まである。流石は五年前以前のものだね」

ゲルガー「マジでッ!?」

ハンニバル「きいちごは?」

エルフ「あるよ、おじいちゃん」

豊久「うむ、でかした! 宴じゃ!! 飯(まま)じゃ、飯じゃ!! 酒(ささ)じゃ!」


 かくして、宴会が行われる。

 その夜だけは全てを忘れた。

 これまでのことも。失った者も。これからのことも。





350: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 23:41:40 ID:d1ph5E/s

悲しみはある。

 だけど、ただ静かに送るよりは、笑って送りたい。

 そう思い――――誰もが酒を飲み、魚を食った。



……
………





351: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 23:47:11 ID:d1ph5E/s

………
……



 深夜の壁上。

 宴の喧騒が過ぎ去り、誰もが寝静まった頃―――――リヴァイは独り、壁上から月を見上げていた。


リヴァイ「……………」


 ツキアカリだけが地上を照らし、リヴァイのこれからを指し示す。

 これからのこと、これまでのこと。

 リヴァイはゆっくりと、思いを馳せていた。

 そこに、水を差す存在が現れる。


豊久「―――――こがいなところで、一人か」

リヴァイ「…………トヨヒサか」





352: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 23:52:45 ID:d1ph5E/s

ややあって、リヴァイは振り返る。

 眉根を寄せた不機嫌そうな表情に、豊久はむぅと表情を曇らせる。


豊久「すまぬ、邪魔じゃったか?」

リヴァイ「いや………元からこんな顔だ。別に邪魔しちゃいねえよ」

豊久「そうが。されば」


 どすん、と無遠慮にリヴァイの横に腰掛ける。

 リヴァイと同様に、壁上からの月を眺めた。


豊久「…………」

リヴァイ「…………」


 互いに言葉はない。中天に瞬く月が、静かに地上を照らすように。

 語るべきことは、ない。ただ、この光景に浸っていたかった。





353: ◆B2mIQalgXs:2015/05/04(月) 23:55:38 ID:d1ph5E/s

推奨BGM:




リヴァイ「オイ、トヨヒサ。おまえ飲めるか?」


 唐突に、リヴァイがそんな提案をした。リヴァイ自身、どうしてそんな提案をしたのかすら分からない。

 故に豊久の驚愕はそれ以上だっただろう。一瞬だけきょとんと目を丸くし、次いで童子のように笑み、目を輝かせた。


豊久「酒(ささ)か? 飯(まま)ほど飲んど」

リヴァイ「なら付き合え………ああ、そういやおまえ、歳いくつだ?」

豊久「三十」

リヴァイ「!! 同い年か………」

豊久「ほう? 見えんな。どうにもせいようじんとやらん年ばちくと分からん。いささか老けで見える」

リヴァイ「東洋人はどうにも年若く見えるな。おまえもいいとこ二十の半ばぐらいにしか見えねえ。ヨイチに至っては新兵共と同年代………十代半ばぐらいか?」

豊久「あやつは十九じゃそうな。うむ………どげんかして威厳ばつけんといかん! ヒゲば生やせばそれなりに見えとうが?」

リヴァイ「よせ、おまえにゃ似合わん」

豊久「ぐぬぬ」





354: ◆B2mIQalgXs:2015/05/05(火) 00:00:45 ID:KTqdE44g

むくれながらも、豊久は酒を用意する。

 日本の酒と違い、強く、胸を焼くような壁内の蒸留酒だ。


豊久「肴ば用意せんのか」

リヴァイ「夕餉の献立から察して貰いたいもんだ。シガンシナの食糧庫には大漁の酒と、後はショボい缶詰ぐらいしか残ってねえ。今から魚釣りって気分でもねえだろ………」

豊久「仕方ないのう。とっときじゃぞ?」ゴソゴソ

リヴァイ「ん?」グビ

豊久「馬ん干し肉じゃ」

リヴァイ「」ブーッ

豊久「汚い」

リヴァイ「馬? ウマつったかてめえ」

豊久「デカか声で話すな。さしゃがどこやらで聞き耳立てとるかわからぬ」





355: ◆B2mIQalgXs:2015/05/05(火) 00:01:16 ID:KTqdE44g

一方、新兵達が雑魚寝する廃墟の一軒家の寝室で、


サシャ「!! なんだかとても惜しいもとい美味しいものを食べ損ねた気がします」

ジャン「うるせえ、寝ろ」

コニー「次うるさくしたら壁から吊り下げんぞ」

クリスタ「すやすや」クゥクゥ





356: ◆B2mIQalgXs:2015/05/05(火) 00:02:59 ID:KTqdE44g

リヴァイ「おまえんトコの国………世界じゃ、馬を食うのか」

豊久「薩州でん馬ん肉や獣肉ばよく食うど。俺の最後ん兵糧じゃ。特別じゃぞ」

リヴァイ「すげえな異世界。こっちじゃ牛や豚すら食う機会がほとんどねえんだ。馬なんて今やほとんどが軍馬だしな。一般的な民の年収に匹敵するんだぞ」

豊久「うむ。あんだけよか馬ば薩州でん見たこともなか。デカくて速い。あれは食ってはいかぬ馬じゃ。戦んための馬ぞ。大事にせんといかん」


 ※戦国時代の馬はみんなポニーのように小柄であまり速度も出なかったそうな。


豊久「冬ん時期に塩に漬けで干したもんじゃ。風味づけに味噌ん上澄みば使っておる。極上モンじゃぞ」

リヴァイ「こっちじゃ塩すら貴重品だ」

豊久「しみったれておるな。それとこいつと、こいつじゃ」

リヴァイ「ん………? なんだ、これは? これも食いものか? 塩のついた黒い帯と、カサカサのこれは果実を干したものか?」

豊久「昆布と梅干しじゃ。昆布っちゅうんは海ん中に生えとる草ば干したもんじゃ。これまた旨い。梅干しは梅ちう木の実を塩で漬けた保存食じゃ。酸いがウマい。俺の虎の子んもう一つじゃ」

リヴァイ「昆布………う、海だと…………?」


 豊久にとっては当たり前にそこにある食べ物であったが、リヴァイにとっては完全に未知の食物である。この世界に存在するかもわからないものだ。





357: ◆B2mIQalgXs:2015/05/05(火) 00:06:02 ID:KTqdE44g

リヴァイ「要はクソでけえ塩の湖か。ンなところに食材があんのか」

豊久「応、薩州でん昆布ば良く食う。ぬ? そういや此処ん壁ん中には海ばなかか? りばい、お主もしや海ば知らんのか?」

リヴァイ「…………知らん(ひょっとして俺は今、王どころか人類が誰も食ったことのないものを目の前にしているんじゃあないか?)」

豊久「ぬぅ、そうか…………ええい、仕方ないのう。とっておきのなかのとっておきじゃ」ゴソゴソ、ゴロン

リヴァイ「…………今度は何だ? ……待て、マジでなんだこれは。一つが栗だってのは分かるが、こっちのビロビロした奴はなんなんだ。見たことねえぞ」

豊久「勝ち栗と打ち鮑じゃ。鮑は海ん中で採れる貝じゃな」

リヴァイ「………ひでえ頭痛がしてきた」

豊久「四方膳と言う。戦国ん将は合戦の前と後ばこれらと昆布を食し、酒ば飲む。戦に『打ち』『勝』ち、『よろこぶ』っちゅう験を担いだもんじゃ。めでたきもんじゃぞ」

リヴァイ「それを俺に食わせていいのか。とっておきってことは、お前がお前の世界で勝った時に食うためのモンだろうが」

豊久「よか。あの浮世でん海ばある。いずこかで調達すればよか」





358: ◆B2mIQalgXs:2015/05/05(火) 00:07:07 ID:KTqdE44g

一方、新兵達が雑魚寝する廃墟の一軒家の寝室で、


サシャ「あかん! やっぱりウチを誰かが呼んどる!!! 行かねば! 行って食わねば!! きっとウチは死ぬほど後悔する!!」ガバッ

ジャン「寝ろっつってんだろ!! こちとら死にかけの重傷なんだよオラァ!!」ドガッ

コニー「死ね芋女死ね!!」ゲシッ

サシャ「あわび!」イタイ

クリスタ「ん………むにゃ、ん………」スヤスヤ





359: ◆B2mIQalgXs:2015/05/05(火) 00:08:18 ID:KTqdE44g

リヴァイ「しかし馬にしろそのコンブとやらにしろ、食うのは初めてだぞ」

豊久「馬肉ば精がつぐ上、真に美味じゃ。昆布も噛めば噛むほど良か旨みがすっど。たもれ(食べろ)」

リヴァイ「肴としては上等すぎる……ありがたくいただこう」

豊久「おう。たんと食もれ。うんと飲め。壁ん上から外ん世界ば見下ろして、馬肉に梅に昆布に勝ち栗、そんで打ち鮑ば肴に酒盛りじゃ」

リヴァイ「そりゃ王にもできねえ贅沢だな」


 指で干し肉をつまみ、口に放り込む。


リヴァイ「…………旨いな。噛めば噛むほど旨みが出てくる。馬ってのはこんなにも旨いものだったのか」

豊久「よかもんじゃろ」

リヴァイ「ああ、実にいい。旨いな、これは………」

豊久「違う。りばいよ、肉んことではなか。つまみは極上、酒も極上、旨いんは当たり前じゃ。じゃがの、いっとう旨い酒っちゅうもんばある」

リヴァイ「?」

豊久「これが―――――勝利ん美酒っちゅうもんじゃ」

リヴァイ「―――――――――」





360: ◆B2mIQalgXs:2015/05/05(火) 00:10:01 ID:KTqdE44g

豊久「俺たちは、勝ったど」


 いつも不機嫌そうな表情を崩さないリヴァイだったが、その言葉には思わず目頭が熱くなった。

 それはいつの日のことか。リヴァイは己の本心を芥子粒よりも小さい箱に押し詰めて、胸の奥底に封じ込めた。

 巨人を必ず全滅させる。そう誓った時には、気付けばそれは存在していた。

 部下が命を落とす度、その箱の中に感情を押し込め続けた。

イザベル『兄貴』

ファーラン『リヴァイ』

 懐かしい声が、聞こえた気がした。確かに、聞こえた。

 誤魔化すように、グラスに注いだ酒を一気に煽る。

 いつものドブの水を飲んでいるような味はしなかった。

 その味は、きっと、


リヴァイ「そう。そうだな…………ああ、そうか、これが」


 きっとこれに勝る酒はない。





361: ◆B2mIQalgXs:2015/05/05(火) 00:11:08 ID:KTqdE44g

豊久「よかもんじゃろ」

リヴァイ「……………悪くない」

豊久「ここん飯はマズイが、酒はよか。喉が燃えるような強か酒じゃ。旨い。勝ち戦の後ともなれば、尚更じゃな」カハハハハ


 リヴァイの内心の葛藤など知ったことかと言わんばかりに、豊久は笑う。

 その空気を読まない豊久が、今のリヴァイには有難かった。


豊久「えれんは俺にこう言うた。世界を冒険するのだと」

リヴァイ「………フン、そんなことを言ったか、エレンが」

豊久「巨人めらを殺しつくして、世界の果てを見るのじゃと。知っどおか? 世界ば丸くできておること」

リヴァイ「ああ、ノブナガに聞いた。クソメガネがやったら食いついて根掘り葉掘り聞きだしてた」

豊久「山を登り、谷を渡り、海ば越えて、何処へ至る。何を求める」

リヴァイ「…………最初はな、ただの契約みてえなもんだった。ケチのつけ始めは、部下を持つようになってからか、あいつらが死んだときからか…………空っぽだった両手にも収まりきらねえほど、沢山のものを背負っちまった」

豊久「将ん責務ば負った者、誰でん背負う宿命じゃ。いなくなった者たちん夢ば一緒に背負って、戦ば望む。お前もそうであろう、りばい」

リヴァイ「そうだ。そいつらと約束した。必ずや俺が、巨人を全滅させると」

豊久「ならば進め。進んだ先で、戦い、戦い、戦い、必ずや勝て。またこの酒ん味を味わうがよか」





362: ◆B2mIQalgXs:2015/05/05(火) 00:12:58 ID:KTqdE44g

リヴァイ「そうだな。ああ、そうだ……そうだとも」


 グラスに半分ほど残った酒を、一気に煽る。

 かちん、と壁上の床にグラスを置き、


リヴァイ「格別だった。トヨヒサ、おまえと再びこの酒を飲む『次』があることを期待してる」

豊久「おう。いつでん来い。『次』は薩摩ん酒ば馳走してやっど」

リヴァイ「――――――――――はは」


 リヴァイは、堪え切れず笑みを浮かべた。

 顔から険の取れた子供のような笑み。遊び疲れて満足して笑う子供の笑みだった。


リヴァイ「分かった。そん時ゃ付き合え」

豊久「おう。浴びるほど飲むど」

リヴァイ「こっちも極上物を用意しておこう。ああ、いずれ海だって見つけてやる。アワビだろうがコンブだろうが、いくらだって用意してやる。その時は飲み比べだな」

豊久「負けぬぞ」

リヴァイ「負けねえよ」





363: ◆B2mIQalgXs:2015/05/05(火) 00:14:06 ID:KTqdE44g

負けない。

 それはどちらの話か? などと野暮なことは両者とも聞かなかった。

 リヴァイはこの時の酒の味を、終生忘れなかったという。

 島津豊久もまた、異世界の兵子・リヴァイの名をその胸に刻んだ。




 そして、夜が明ける。

 朝が来る。

 始まりの朝が。

 終わりの朝が。

 漂流物との、別れの朝が。





……
………





401: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 00:05:29 ID:q5a8F8D.

エレン「エレンとー」

豊久「お豊のー」


エレン豊久「「らぶらぶちゅっちゅリア充閨講座ー」」



※とは銘打ってみたものの、前提として言っておくが、武家における初夜の心得とかそういうのって私の知る限りでは文献で存在してねーっつーか、あるとしても読んだことない

 一部想像っつーか「お豊ならこうかなあ」という妄想ぶっぱするよ

 それでもおkなら読み進めるがよか





402: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 00:09:53 ID:q5a8F8D.

※時系列:ライナー・ベルトルトを捕縛してシガンシナ区へと向かう壁上道中。

 壁の上に仮設したテントでのお話。


○ウォールマリア壁上・男性テント仮宿舎


エレン「…………し、失礼します。エレン・イェーガーです」

豊久「む? おお、えれんか。閨ん話ば聞ぎん来たか。入れ入れ」

エレン「お、おう。あれ? ヨイチとノブナガは?」

豊久「うむ。えるびぃんらと話をしとる」

エレン「そ、そっか。そんじゃ、えと、その」

豊久「そうしゃっちこばるでない。うむ、では作法ば教えっど――――――お前らも聞きん来たか」

エレン「…………なんでおまえらまでいるんだよ。ゾロゾロついてきやがってよ」

アルミン「えへへ、やっぱり僕も男だし。そう、参考にというか………」テレッ

ジャン「うるせえ!! うらやましい!!」

コニー「いいじゃんか。おれらだって興味あるぞ」





403: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 00:15:28 ID:q5a8F8D.

エレン「だ、だからってなあ………!」

アルミン「まあまあ。だけど君のためでもあるんだよ?」

エレン「何がだよ?」

アルミン「君ってあんまり座学の成績良くないじゃないか。僕が後で要点纏めてあげたほうが、後々失敗しなくても済むだろう?」

エレン「ぐぬ…………悔しいけど、そうかも」

豊久「ぬ? いかんぞえれん。軍略、戦術ば深く学べい」

エレン「うわー、トヨヒサに言われるとなんかスゲー納得いかねえー」

ジャン「い、いいから、ホレ、閨講座だ。本題からズレてんぞ」

コニー「そーだー。閨講座だー」

豊久「それもそうじゃな。良か、では始めるど」


 居住まいを整え、正座でエレン達と対峙する豊久。ごくり、と童貞たちが生唾を飲む。



豊久「廓ん女郎(要は遊女。現代で言う風俗のソープ嬢のこと)が如き粗雑な扱いばできぬ」





404: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 00:23:07 ID:q5a8F8D.

豊久「お前らは女子ん肌膚(きふ)に触れたことばあるか?」

エレン「む………ガキん頃とか。後は格闘訓練の時? とか?」

豊久「違うぞ。乳や尻ん肉を揉んだことばあるか、ときいちょる」

エレン「ブッ………ねえよ、そんなもん!!」

豊久「ではそこからじゃの。柔肌(はだ)に触れる時はそっとじゃ。乱暴にしてはいかぬ。優しゅうしてやれ。女子(おなご)の体は男子とは違うとる。きめ細かく柔い。割れ物ば扱うが如きものと心得よ」

エレン「や、柔らかい………」ゴクリ

ジャン(ミカサの肌ミカサの肌ミカサの肌ミカサの肌)ブッッシュゥウウウウウ

コニー「きぃいゃああああああああ!? きたねええええええ!!?」

アルミン「ああっ!? コニーがまるでかま○たちの夜の登場人物のように赤く染まって!?」

豊久「己ん指や腕を見よ。女子とは違かろ? 太く、節張っちょる。力いっぱいに肌に触れようもんなら、容易く肌は腫れ、血が滲む」

ジャン「ミカサの肌が赤くはれて血が滲む!? コロス! エレンコロス!!」

エレン「おまえもう帰れ!! 近づくなよ怖いんだよ、鼻血吹けよ! 血がついちゃうだろ!!」

アルミン「ジャンうるさいよ。ほんとにつまみ出してもらうよ」

コニー「そーだそーだ」





405: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 00:35:51 ID:q5a8F8D.

豊久「うむ。じゃん、喧しい。帷幕ん外に出ておれ」ポイッ

ジャン「」


 ピシャリとテントの入り口を締め切る。すすり泣くような声がテントの外から聞こえたが、豊久は無視した。


豊久「互いに初夜ともなれば、身体は強張り、反して丹田が熱く燃えるように滾る。焦がれるようにじゃ。その焦れの赴くままん振る舞っては、女子は痛いだけじゃろう」

エレン「? どういうことだ、アルミン」

アルミン「えーっと、要は互いにセックスの経験がない男女だとお互い緊張してるけどこれからエッチなことをするっていう興奮で、暴走しちゃいがちだから抑えましょうって話かな?」

豊久「うむ、流石じゃあるみん。強いて言うならば、逸らぬことじゃ。急いては事ば仕損じると言うど」

エレン「焦らないこと………」メモメモ

豊久「言うなれば、閨は男子と女子の合戦………否、合戦とは真逆じゃの。力押しでは勝てぬ。腹の内ば読め。戦場ん時はただひたすら敵が嫌がることばすれば良か、閨は真逆じゃ。相手の反応ば見つつ、何が嫌で何を欲しておるか察せい」

エレン「相手の様子をよく観察して………してほしいこと、してほしくないことを見極める」メモメモ

アルミン「心理戦ということか………冷静さと観察力、洞察力がモノをいうね」メモメモ

コニー「なるほど、わからん」

豊久「女子の肌に優しゅう触れて、気を昂ぶらせ。襦袢ば脱がせた後は、女陰(ほと)をしとどん濡らしておく。濡れぬままに怒張を突き込んでは痛がらせてしまうど」

エレン「じゅばん? ほと? アルミン、解説」





406: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 00:40:45 ID:q5a8F8D.

アルミン「えっと、じゅばんっていうのは多分着物かな? 要は裸に脱がせた後、緊張をほぐしてあげつつ、その、ミカサの………女の子の、女性器、を、良く濡らさないとダメってこと、かな」ドキドキ

エレン「ッ、そ、そうか。分かった」ドキドキ

コニー「えっちぃなー。なんかドキドキしてきた」ドキドキ

豊久「後は、そうじゃの。終始優しゅう導いてやればよか。まあえれん、お前なら心配なかろ。ありのままでん良か」

エレン「はあ? なんかいい加減じゃねえか、それって」

豊久「いい加減などではなか。みかさは良か女子じゃ。お前を好いちょうがよう分かる。優しか、強か女子じゃ。お前はただ優しゅうしてやることだけ覚えておればよか。みかさはお前を受け入れてくれよう」

エレン「む………」

豊久「幼馴染なのじゃろ? 互いを良く知り、好いちょう同士ならば、自然となるようんなるもんじゃ」

エレン「わ、わかった。頑張ってみるよ………さんきゅな、トヨヒサ」

豊久「さんきゅ?」

エレン「ありがとうって意味だ」

アルミン(うーん。なんだか分かったような分からないような。………あれ? テントの外、人影が………ミカサ!? それに、同期の子たちも! どこへ行くつもりだろう?)



……
………





407: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 00:44:48 ID:q5a8F8D.

………
……


○一方その頃、女性兵士の寝泊りするテントにて


ハンジ「…………あの、ミカサ? それとチミタチ? 今、なんて言ったの?」


ミカサ「お、女の子の、その、そのぅ……………ね、閨の作法というものは、その、ど、どんなもの、でしょう………」

サシャ「私も是非知りたいです!! 将来的に恥をかきたくないですし!」

クリスタ「えっと、その………経験豊富な先輩方なら、きっと知ってると思って、それで」

ユミル「おいクリスタ。その言い方は聞きようによっちゃすげえ暴言だぞ」


 ミカサがただ座して閨の日を待つだろうか。否、否である。

 万が一にもエレンとの初夜に粗相をするわけにはいかぬ。

 なれば、その作法を知らねばならない。しかしミカサは年若く男性経験がない。

 他の同期達も同様であると思われた。

 ―――ならば先輩の女性兵士に聞こう。そういうことになった。





408: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 00:45:31 ID:q5a8F8D.

ハンジ「………」

ペトラ「………」

ナナバ「………」

リーネ「………」

ニファ「………」

オルミーヌ「………」

ミカサ「?」

ハンジ(ぬ、抜かったァーーーーー!? よ、よもやこの手の質問をされるとはッ………!!)←恋愛は投げ捨てるものな処女

ペトラ(し、知らぬ存ぜぬで通すか!? 無理!! 先輩としての尊厳がッ………!!)←優等生として生きてきたが故の処女

ナナバ(…………立ち去らなければ。一刻も早くここから立ち去らなければ)←クールなお姉さまキャラが祟って耳年増なだけの処女

リーネ(そうよそうよどうせ行き遅れよ行き遅れどころかこの歳まで恋人の一人も……)←気が付いたらまだ処女

ニファ(あうあう………どうしよ、どうしよ、どうすれば。男の人とお付き合いしたことなんてないよぉ)←人見知り処女

オルミーヌ(来る日も来る日も石壁の符書いては修行修行の日々に、出張してはドリフの監視ばっかり。たまにいるヤローどももおっぱいっぱいばっかで男の人とお付き合いしたことなかったっけなぁ)←オッパイ処女

ユミル(コイツらのこの反応……ははん)←鋭い





409: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 00:46:23 ID:q5a8F8D.

○現在公開可能な(独自設定)情報

 変人奇人の巣窟である調査兵団の女性兵士は良くも悪くも一途で純粋な者が多く、行動がやや偏向気味になりがちである。

 恋愛経験が豊富? リア充? だったら調査兵団なんか入らねーよksが。

 いつ死ぬともわからぬ兵団に好んで入団する女性など、そりゃ女棄ててますわガチで。

 娯楽の少ない文化圏ではあるが女性の貞操観念はそれなりに高く、婚約を前提としていない婚前交渉は不貞とみなされる





411: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 00:52:11 ID:q5a8F8D.

そんな質問をしたミカサだったが、あれこれ言い訳されてトントン拍子に宿舎を追い出されてしまったのだ。


ミカサ「…………」トボトボ


 自分たちのテントへと戻るミカサの足取りは重い。

 ミカサは泣きだしたい気分だった。このままじゃ、エレンとの閨が上手くいかない。傷つけてしまうかもしれない。

 傷つけられるのはいい。怒られるのもいい。だけど、嫌われてしまうかもしれない。それだけは耐えられない。

 エレンは私に失望して、私を捨ててしまう―――――そう思うと、自然と涙が零れた。


ミカサ「う、うっ、う………」ポロポロ

サシャ「!? ミ、ミカサ! 大丈夫ですよ、まだまだ先の事ですし、ほら! トロスト区なりローゼに帰ったら、一緒に調べればいいんですよ!」

クリスタ「そうだよ! え、えっちのやり方の一つや二つ、絶対分かるって!」

ユミル「はぁ…………泣くほどかよ。しょうがねえなあ。私が教えてやるよ」

ミカサ「っ!?」

サシャ「ユ、ユミル? その言い方ですと、貴女ひょっとして………」

ユミル「アホかっ。これでも清い体だっつーの。作法だ何だと堅苦しい上に難しく考えるから混乱すんだよ。常識的な範疇でやりゃいいんだ」





412: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 00:54:05 ID:q5a8F8D.

ミカサ「じょ、常識的と言われても、私にはそういった知識はないから、その………困っている」

ユミル「やれやれ…………しょうがねえな。テント戻ったら教えてやるよ」

サシャ「私も!」

クリスタ「わ、私も!!」

ユミル「ただしクリスタ。てめーはダメだ。まだ早い」

クリスタ「は、早くないもん! 私だってもう十五歳だよ! あ、赤ちゃんだって産めるんだから!」


 閑話休題。テントへと辿り着き、それぞれの就寝場所である簡易ベッドに横たわる。


ユミル「いいか。まずは前提だ。そこを押さえりゃ自然と何をすればいいかは見えてくる」

ミカサ「前提?」

ユミル「前提だ。閨、つまりセックスだな。裸になって肌を合わせるってことの意味を考えろ」

ミカサ「う、うん」

ユミル「まずは衛生面だな。基本的なところからだ。コトに及ぶとなったら、まずは前準備として身綺麗にしておく必要がある。要は体と髪を洗え。入念にな。臭いとか汚いとか、男女関係なくフツーに嫌だろうが」

ミカサ「!! そ、そうだ。そのとおりだった」メモメモ

クリスタ「おお、基本だね」カリカリ





413: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 00:55:17 ID:q5a8F8D.

サシャ「ふむふむ」メモメモ

ユミル「肌の手入れもしとけ。米ぬかとかで洗うと肌がしっとりツルツルになっていいぞ。爪も綺麗にな。きちんと切りそろえてヤスリかけてピカピカにしとけ。抱き付いたとき相手の肌切っちまったら気まずいだろ?」

ミカサ「ッ、こんな基本的なところを見落としていたとは」カリカリカリカリ

クリスタ「なんてことなの………そうだよ、エチケットだよ!」メモメモメモメモ

ユミル「んで、まあおまえらは体毛薄いからあんまり参考にならんだろうが、ムダ毛があるなら処理しとけ。脇とかすねとか、眉の形整えるとか。抜くなり剃るなりやり方は色々あんだろ。鼻毛とか出てたら萎えるだろ。ちゃんと抜くなり切るなりしろよ」

ミカサ「手抜かりなくチェックする」メモメモ

ユミル「んで、体臭とか気になるなら香水つけるのもいいな。あまりキツいと嫌がられるかもしれんから、微かに香る程度でいい。っつっても、これまたおまえら体臭薄いし、さして気にするほどでもねえだろ」

ミカサ「成程、なるほどー」メモメモ

ユミル「そうそう、必ず忘れず歯も磨け。あとハーブとか噛んどけ。口が臭いとか思われたらイヤだろ?」

ミカサ「!! それもそうだ」メモメモ

サシャ「お肉の臭いとかしてたらイヤですかね? 私はむしろすごくいい感じで」

クリスタ「少数派すぎるからきちんと歯を磨こうねサシャ」

ユミル「あとは身に着ける下着だな」

ミカサ「清潔感のあるものをつければいい?」

ユミル「そりゃ最低条件だな。だがそれだけだとちと弱い。兵団から支給されてる色気もひったくれもねえ下着じゃ、男がガッカリするかもしれねえだろ?」





414: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 00:58:16 ID:q5a8F8D.

ミカサ「そういうものなの?」

ユミル「………しゃあねえな。まあ、無事に壁内戻れたら、下着から服からいろいろ見てやるよ。おまえの勝負服、勝負下着ってヤツだ。金使うからありったけ持って来いよ」

ミカサ「しょ、勝負………そうか。これは戦い。戦いには事前の入念な準備が肝要。戦わねば勝てない………」ブツブツ

ユミル「お、おう」

ミカサ「ありがとう。私はユミルのことを少し誤解していたかもしれない。貴女は優しい人だ」

ユミル「よ、よせや、こっぱずかしい。単なる気まぐれだ、気まぐれ」ヘッ

サシャ「そ、それで? 基本の次はどうすればいいですか! その、いざ男の人とするってときは!」ドキドキ

クリスタ「う、うん! どうすればいいの?」ドキドキ

ミカサ「ッ………」ドキドキ

ユミル「そうだな。心構えとしちゃ、さほど気負う必要はない。ノブナガの言うセリフじゃねえが、万全に万全を期したなら、後は果報を待てってな」

ミカサ「ぐ、具体的には?」



ユミル「―――――極力何もするな。以上」



 想定の遥か向こう側の意見に、ミカサ、サシャ、クリスタは口を半開きのままに呆けていた。





415: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 01:00:34 ID:q5a8F8D.

クリスタ「え? 何も? 何もしないって、え?」

ユミル「言い間違えちゃいねえよ。何もしない。これが最上の手段だ。少なくともエレンとミカサがヤるってんなら、それがベストだろうよ」

サシャ「えーっと、それは、何を根拠に?」

ユミル「男なんてモンは基本的にプライドだけで生きてるよーな連中だ。明日のおまんまより体面が大事だ。自己満足に生きて自己満足に死ぬのが男だ。分かるか? エレンみたいなヤツなら、基本は受け身でオッケーだろ」

ミカサ「………思い当たる節はある」

ユミル「基本的に連中は自分主導だ。そういうタイプじゃあないのもいるし、女に尽くしてほしいってヤツもいる。が、エレンは前者だ。つーかそのまんまの典型だ。何もかも自分でやりたいのさ。トヨヒサも言ってたろ、男が導いてやらねばならぬーとかなんとか。ありゃ男の自分本位な勘違いだ」

クリスタ「そ、そうなの?」

ユミル「そうだ。当たり前だろ。私たちだって人間だ。同じ人間だ。趣味嗜好が違うんだ。男が受け身じゃ腑抜けか? 女がリードしたいと思ったら淫乱か? ひでえ差別だ。けどまぁ、エレンの野郎を見る限り、自分が上手くやりてえって気持ちは強いだろうな」

クリスタ(だよね。エレンだもん)

サシャ(ですよね。エレンですもの)


 納得のエレン・イェーガーである。男性上位に立ちたい、というミカサへの歪んだ劣等感もあるのだろう。



ユミル「けど、そいつは男の単なる我儘に過ぎないってワケじゃねえんだ。不器用なりの男の優しさなんだが、男にとってそれはある種のプレッシャーだ。上手くやりたい。相手に嫌われたくない。拒絶されたくない。

    まあ、男にしろ女にしろ少なからずそういうのはあるんだが………男の場合そいつが強い。そいつはプレッシャーだ」





416: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 01:02:59 ID:q5a8F8D.

クリスタ「なるほど、なるほど」フムフム

サシャ「奥が深い……」ウムウム

ミカサ「ほう、ほうほう。でも私はエレンを嫌ったりしない。エレンがしてくれること、ちゃんと受け入れられる」コクコク

ユミル「それでも、だ。エレンだってミカサ、おまえを傷つけたくないんだ。おまえがエレンを傷つけたくない嫌われたくないと思うようにだ」

ミカサ「む、う……」

ユミル「だからな、おまえはいざコトを起こそうって時、エレンがそういうプレッシャーを感じていたなら、そいつをほぐしてやれ」

ミカサ「ほぐすって………それは、どうやって?」

ユミル「笑顔の一つでも向けて、エレンのやることを受け入れてやりゃいいのさ。男を立てるってのは、そういうことだ。何も全部が全部好きにやらせろってワケじゃない。本気で嫌だったら抵抗してもいい」

ミカサ「エレンを拒絶しろ、と?」

ユミル「だーかーらー、そういう極端でややこしい考え方をすんなっつってんだアホッ。相手の嫌なことはせず、嫌なことは嫌と伝える。簡単だろ? そんなもんだ。難しく考えなきゃあっさり上手くいくんじゃねえの?」

ミカサ「な、なるほど………説得力がある」メモメモ

ユミル「で、だ。それでもおまえがエレンに何かしてやりたいっていうなら、そうだな…………触ってやれ」

ミカサ「! さ、触る!? 何を!?」

ユミル「どこでもいいさ。抱き付いて背中を撫でてもいいし、頭を撫でてやったっていい。腕をさすってやってもいい、頬擦りしたっていい、首筋にキスの一つでもしてやったっていい」

サシャ「お、おお………あだるてぃですね!」ワクワク





418: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 01:06:31 ID:q5a8F8D.

ユミル「人肌ってのは気持ちいいもんだ。それが好きな人のモンならなおのことだろ。相手が嫌がらないところを触ってやりゃいい。こうやってな」

クリスタ「わぷっ」


 そういってユミルはクリスタの頭へと手を伸ばした。ゆるゆると優しく指先を動かし、クリスタの髪を梳る。

 「いきなりしないでよ、びっくりするでしょ」とクリスタは文句を言うが、まんざらでもなさそうな表情で行為を受け入れている。


ミカサ「でも、エレンが嫌がったりしないだろうか………」

ユミル「嫌がりゃしねえだろ。まあ、照れ隠しで嫌がるフリはするかもな。ま、恥ずかしがってるか本気で嫌がってるかは、おまえが判断しろよ。死に急ぎ野郎とは、おまえが一番付き合い長いんだろうが」

ミカサ「う、うん」

ユミル「あんニャロウがテレて拒むようなら、こう、上目遣いで「私がこうしたいの、駄目?」とでもキャワイイ感じに言ってやれ。好き好きってアピールしろ。そんだけで大抵の男なんぞ落ちるわ」

サシャ「おぉー………想像したらすっごくドキドキしますね! ミカサってキレイですから!」

ユミル「おまえがしてやりたいこと、してやれよ。アブノーマルな性癖があるわけでもねえんだろ、主席殿?」ケケケ

ミカサ「そ、そんな特殊な性癖はない………と思う」


 そうして、夜は更けていった。二時間が立ち、日付が変わったころ、ユミルが大きな欠伸を一つ。


ユミル「ふぁあ…………ま、こんなトコだろ。明日も早えし、私はもう寝る」ネムイ





419: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 01:07:34 ID:q5a8F8D.

ミカサ「ええ。改めてありがとう、ユミル。なんだか、少し気持ちが軽くなった」

サシャ「ふわぁあ………なんだか少しオトナになっちゃった気がします」

クリスタ「すごいねユミル。私、感心しちゃった」

ユミル「応。貸し一つな。ま、どんなモンだったか、エレンとヤッたら教えてくれや」ニヤニヤ

ミカサ「ッ………ぜ、善処する」カァァア

ユミル「ケケケ、期待してんぜ? んじゃま、オヤスミ」ゴロン




【ユミルお姉さんの閨講座:完】





420: ◆B2mIQalgXs:2015/06/18(木) 01:08:16 ID:q5a8F8D.

※まあこんなところで閨講座終わり。蓋を開けてみたらユミルの方が二枚も三枚も上手だったというお話。っていうか女の子の方が上手? みたいな?

 っつーか、基本スペックとしてのIQが絶対高いよねユミルって。

 男とか女とかの性差の垣根じゃあなくて、その人間の本質を見極めて、相対する際の対応方針を決めるのが抜群に上手い印象がある。これについてはアルミン以上じゃないかな。

 クリスタ絡むと盲目になりがちなのはチャームポイント。

 ユミルって原作でも人の心の機微とかに鋭いし、観察力も並はずれて高い。コニー気遣ったりとかライベルの表情目ざとく見てたり。

 その気になったら男を立てるとかすげえ得意そう。基本的にドSそうだけどね。

 男ってチョロいわー、みたいな。悪女にも聖女にもなれる女だね。

 こういう女の子を嫁にすると尻に敷かれるだろうし財布のひもも握られちゃうだろうけど、毎日がきっと楽しそう。





423:以下、名無しが深夜にお送りします:2015/06/18(木) 20:14:21 ID:dEDeQUJY

閨講座きた!ヒャッホウ!





440: ◆B2mIQalgXs:2015/07/05(日) 23:21:42 ID:/h9o5Gj2

………
……



 雲一つない蒼天の下、向かい合う二つの軍集団がある。

 一ツは黒白の双翼の紋章を背に刻んだ軍――――調査兵団。

 一ツは赤地に白抜きの轡十字の旗の下に集った軍――――ドリフターズ。

 互いに言葉はない。静かに向かい合っている。多くの者はどこか寂しげに眉をよせていた。

 別れが訪れるのだ。


信長「――――――良いのか、エルヴィンよ。エレンの実家の地下室の調査、我らが同伴せんでも」

エルヴィン「ああ。これ以上は厚かましいというものだ。返しきれないほどの恩を貰った…………この通信水晶球十個………本当に我々に?」

晴明『正味な話をすると、そこのアルミンとクリスタの適性は凄まじい。が、磨かれていない原石に過ぎない。作り方の詳細についてはオルミーヌに纏めさせたから、後で熟読するといい。これからの精進次第でなんとでもなるだろう』

オルミーヌ「目が覚めたらオッパイがやたら痛かった上に大師匠様からレポート作成を命じられた。解せぬ」

アルミン「僕らじゃ多分、一月に二個作れるかどうかってところです」

クリスタ「しかもほぼ不眠不休で。石壁の符はもうバッチリですけど」





441: ◆B2mIQalgXs:2015/07/05(日) 23:25:08 ID:/h9o5Gj2

オルミーヌ「まあ、二人ともすっごく筋がいいです。石壁しか出せない私みたいな偏重型じゃなくて応用もできるし、もう一人前だね」ニコニコ

アルミン「オ、オルミーヌさん……(やばいよすごく綺麗な笑顔なんだけど凄まじい罪悪感だよ。オッパイ揉んでごめんなさいごめんなさい)」

クリスタ「オルミーヌさぁん……(どうかしてた。本当にごめんなさい生きててすいません)」

エルヴィン「………いいのか、本当に?」

信長「しゃーねーだろーが。俺らにゃ晴明がおるでな、これから増やせるが、『これから』に備えて早急に数がいるのはテメーらだろが。そこのアルミンとクリスタに一応作り方は教えたらしーが、何分ここの淫乱オッパイほどの技量はない」

オルミーヌ「いつも貞淑なオルミーヌです。もはや原型すらねえよ」

信長「ま、こっちも立体機動装置の図面と材料、がすの予備もこんだけ貰ってんだしな。そういう約定の下、同盟を結んだのだ。問題なかろう」

与一「私も良き弓を手に入れましたしね」

シャラ「シガンシナの弾薬庫にあった火薬もいただけたし」

豊久「うむ。ドワーフば解放ん行くに十分じゃろ」

オルミーヌ「氷瀑石や黒金竹に変わる資源は『こちら』にもあります。ドワーフさえ味方に付けば、立体機動装置の量産も不可能ではないかと」

信長「と、言うわけだ。手切れと思っておけ」


 からかうように言い切ると、信長は一転して表情を真剣なものに切り替え、右手で水晶球を投げる。


信長「分かってるだろうがな、ヅラッパゲ。コイツは使い方次第じゃ、数の優位なんぞ容易く覆せる。――――数において圧倒的に劣る貴様らがこれを奪われれば、詰みじゃ」





442: ◆B2mIQalgXs:2015/07/05(日) 23:34:51 ID:/h9o5Gj2

エルヴィン「ああ。運用には細心の注意を払う」

リヴァイ「精々気張ってやるさ。国を獲るのはあくまで手段だ。巨人を殺しつくすためのな」

豊久「お主らの国獲りじゃの、りばい。俺らとの国獲りとどちらが速いか、競争じゃな」

リヴァイ「ああ、負けた方が奢りだ。忘れるなよ、トヨヒサ」

豊久「かはは」

リヴァイ「ふふ」


 笑いあう両者に、正確には笑うリヴァイに、兵団の人員たちは―――――特にリヴァイ班の面々は驚いた。


オルオ「わ、笑った………? 兵長が?」

ペトラ「嘘、初めて見た」

エルド「どういう心境の変化だよ………いつもああいう笑い方ならいいのに」

グンタ「あのフルボッコは夢に見るよな………」

エレン「へ、兵長、笑えたんですね」

リヴァイ「馬鹿言え。俺は結構笑う………」

リヴァイ班(嘘だ絶対嘘だ)





443: ◆B2mIQalgXs:2015/07/05(日) 23:43:48 ID:/h9o5Gj2

信長「寡兵にて国を獲るには、まず頭を潰せ。それと明確な大義を広く風聞として流すための手段を確保。後はおまえの軍団指揮の腕前次第じゃがなー。でもなー、おまえら全然なってねーしなー」プークスクス

エルヴィン「」イラッ

ハンジ「そろそろ殴ってもいい? いいよねぇ? これで最後かもしれないし!」ニコリ

リヴァイ「やれ。というか殺ってやる」

エルヴィン「ぶちころしてやるです」

豊久「加勢じゃ。行くぞ与一」

与一「下剋上はまかせろー」

信長「な、何をするきさまらーーーーー! ここは逃げの一手」

オルミーヌ「石壁どーん」バシュッ

信長「ギャーッ!? う、裏切ったな、裏切ったなオッパイーヌ! 勝家と同じで裏切ったな! 俺の気持ちを裏切ったんだ!」

オルミーヌ「うるせえ死ね」


 阿鼻叫喚である。

 いつの間にか信長を殴りにかかる首脳陣に、他の調査兵団が加わり、エルフたちまで巻き込んでいく。

 先ほどのしんみりとした空気はあっという間に霧散した。





444: ◆B2mIQalgXs:2015/07/05(日) 23:58:23 ID:/h9o5Gj2

そんな時だ。

 信長に一発いいのを入れてご満悦の与一の元に、歩み寄る影がある。


与一「ん? 御用ですかな?」

サシャ「は、はいっ! あ、あのう、そのう………」


 サシャ・ブラウスであった。

 頬は紅潮し、瞳がうるんでいる。

 傍にいたエルフ達の耳がぴくりと震える。

 明らかにあれは、恋する乙女の目だ。

 すわ告白か、と耳を澄ませる彼らであったが、


サシャ「ヨイチさん。あのっ、ヨイチさんの弓、す、すごかったです。躍っているみたいに綺麗で、カッコよくて」

与一「はは、お褒めに与り恐悦至極。貴方のように可愛らしい方に言われるのは、悪い気はしません」

サシャ「その、わ、私もいつか、ヨイチさんみたいに――――なれるかなあ。私も、ヨイチさんみたいになれるかなあ」

与一「…………ふむ」





445: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 00:00:18 ID:sVfXL8Ho

血生臭い戦場に生きた、忌むべき技術を、無邪気に凄いと、綺麗だと。

 与一の心境は複雑であったが、心にじんわりと温かなものが広がるのを感じた。

 守りたかった人々に、守った民草に、恐怖の視線を向けられることが常であった彼にとって――――己を眩しいものを見るように見つめてくるサシャこそが、眩く見えた。


与一「弓兵の心得は、心の清澄にこそあり。一矢に己の命を懸け、全身全霊で弦を引き、相手の命を奪う。殺しの業」

サシャ「ッ、はい。私も、私は元々狩人です。命を奪うことの意味は、分かっています」

与一「それが人でも。射てますか?」


 与一の表情から笑みが消え、鷹の瞳でサシャを見る。

 並大抵の者ならば畏れて目を逸らすだろう。だが、


サシャ「―――――怖くないと言えば、嘘になります。だけど、だけど」


 怖いと言いながらも、震えながらも、サシャは与一から視線を逸らさなかった。


サシャ「巨人をいっぱいやっつけるヨイチさんを綺麗だと思った。この気持ちは本当です。私が弓を引いて守れる命があるのなら、私は全霊でそれをやり通して見せたいと、そう思います」

 
 言葉に偽りはない。まっすぐに挑むように、与一の視線を真正面から受け止めて、そう言った。





446: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 00:04:21 ID:sVfXL8Ho

与一「なれば、貴方は道を過つことはないでしょう―――――サシャ殿は、筋がよろしい」

サシャ「ほっ、本当ですか!」

シャラ「世辞は言わない人だよ。本当だ。君は筋がいい。耳短かにしておくのがもったいないぐらいだ」ポンッ

サシャ「ふひゃっ」

エルフC「へへ、ガンバレよ。きっとすげえ弓手になるぜ、君ならな」

サシャ「は、はいッ!」

エルフA「えっへへぇ、サシャちゃん。きいちごあげる」

エルフB「おいしいよ?」

ハンニバル「ウムッ、苦しゅうない。おまえにはきいちごを食う権利をやろう」モチャモチャ

サシャ「あ、ありがどう、ございまず…………ざ、ざようなら、みなざん。わだ、わだじ、ぜ、ぜっだい、わずれまぜんがら………みんなのごど、わずれまぜんがらっ………」ポロポロ

エルフA「泣かないで、サシャちゃん」

エルフB「きっとまた会えるよ。その時はまた、おいしいきいちご食べよ?」


 ぼろぼろと涙を溢し、しゃくりあげながら、サシャはきいちごを食べた。

 今まで食べたものの中で、こんなに美味しいものはなかったと、サシャはそう思った。





447: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 00:18:53 ID:sVfXL8Ho

信長「ち、チクショー、あいつら本気でブン殴ってきやがった………この恨みはらさで置くべきか。焼き討ちじゃ。鴨撃ちじゃ」ブツブツ


 ようやく殴り合いの輪から抜け出してきた信長がぶつぶつと怨嗟の言葉を吐き出していると、


コニー「あー、その、な、えっと、ええと、その」

信長「あん? なんだ、サルじゃねーか。何用か。お主も俺を殴りに来たか」


 信長が身構えるが、当のコニーは何か言い辛そうに、まごついている。


信長「どうした? 文句の一つでも言いに来たのではないのか」

コニー「ちげえっての。むしろ逆で」

信長「逆?」

コニー「その…………あんがとな、オヤカタ様」


 恥ずかしげに頬を掻き、コニーは頭を下げた。

 信長は唖然、と下げられたコニーの頭を見る。


信長「は? いや、いやいやこらサル。御館様っておまえ」





448: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 00:19:46 ID:sVfXL8Ho

コニー「? エライ軍人のこと、そっちじゃトノサマとかオヤカタ様っていうんだろ? トヨヒサから聞いたぞ? じゃあノブナガはオヤカタ様だろ?」

信長「――――――――」


 ふと、信長はコニーの笑みに、かつて己の臣下として、他の誰よりも働き抜いた男の面影を見た。

 目端が利き、人たらしの農民出身の男の姿。


信長「―――――聞いたぞ、猿。前線で美事な啖呵を切り、士気を上げたそうではないか」

コニー「お、おれは、まだ、まだまだなんだ。もっともっとできることがあった筈なんだよ。強くなりてえ………強くなって、家族も、国も、仲間も、アイツも、守れるようになりてえ」

信長「どうにもお主を見ておると、あのハゲネズミを思い出す。目端が利き、やることなすこと小賢しく忌々しいが………どの家臣よりも懸命に勤める、どうにも憎めぬ、あの猿を」

コニー「? よく分かんねえけど、その人はその人だろ。おれはおれだ。やれるだけやってみる」

信長「く、は―――――そうだな。そうじゃな。コニー・スプリンガー。大義であった。これからも精進し、良く皆を助けい。出世しろよ。やらねばならんことが増えるが、その分出来ることが増える」

コニー「!」





449: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 00:21:21 ID:sVfXL8Ho

信長「バカと呼ばれようと、良いではないか。俺とてしょっちゅう尾張の大うつけと呼ばれておった。言わせておけよ。腐るな。それこそバカを見る」

コニー「オヤカタ様ッ」

信長「頭が足りんと言われるなら、他の十倍、二十倍に考えろ。失敗しようと構わん。誰よりも反省し、誰よりも次へ活かせ。そこへ至るまでに何を為しておくべきかを考え、準備せよ」

コニー「ッ………はっ!!」バッ

信長「応。じゃあな、コニー。壮健でな。佳き武将となれば使ってやる。佳き軍師となれば、共に天下布武の計、世へ敷くための形について、語り合おうではないか」

コニー「オヤカタ様も、お、お達者、でっ………」ポロポロ



 泣くことは恥ではない。

 己のために流す涙は恥だが、他者のために流すそれは美しい。

 強き背を惜しみ嘆くコニーの流すそれは、熱い男の涙だった。





450: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 00:29:45 ID:sVfXL8Ho

エレン「!!! トヨヒサ!!」

ミカサ「トヨヒサ!!!」

アルミン「トヨさん!!」


 そして、ドリフターズの総大将と、此度の戦の第一論功たる鎧の巨人を討ち果たした三人が向かい合う。

 別れの言葉だ。三人は言葉に詰まっていた。伝えたい言葉が多すぎる。涙を目いっぱいに瞳に溜めて、ミカサは今にも泣きだしそうだった。


豊久「あるみん」

アルミン「はいっ!!」

豊久「力押しばかりが戦ではなかぞ。搦め手も必要な時、お前の力が役に立つ」

アルミン「え………?」

豊久「お前は賢い。武将たる器ばなかとも、お前は軍神ん大器ば持つ男じゃ。良く気が付き、機転ば利く。突っ込むばかりの俺やえれんとは違か。良く学び、良く考え、良くえれんを助けい。友達、なのじゃろ?」

アルミン「ッ………う、う、う、は、はいっ………はいっ、おトヨさん」

豊久「ただしあそこんうつけのようにはなるな。アレはクズじゃ。駄目の見本市じゃ。ああはなるな。なってくれるな」

信長「え? 呼んだー? オッス、オラ第六天魔王。いっちょ殺ってみっか比叡山焼き討ち。女子供もみなごろし」ウフフ

アルミン「あ、は…………はっ、はははっ。やっぱり、おトヨさんは、ズズッ、すごいや」





451: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 00:33:33 ID:sVfXL8Ho

ミカサ「おトヨさん………」

豊久「お前は良か女子じゃ。よく気づき、よくえれんを助けい。夫婦とは斯様なものじゃ。お家ば守れ。えれんとのお家じゃ。えれんが最後に帰る居場所じゃ。それを守るんが嫁子の務めよ。よう励み、丈夫な子ば産め」

ミカサ「っ、う、うんっ………う゛んっ………い、いままで、あ、ありが、あり、りがどう、ございまじだっ………」ポロポロ

豊久「おうおう、泣くでない。別嬪が台無しじゃ」

ミカサ「だ、だっでッ、ざ、ざびじ………ざびじぃ、よ………いっぱい、いっぱい、良くじで、ぐれだのにッ………まだ、何も、何もッ……」

コニー「ミカサがあんなに泣いてんの、トロスト区防衛戦以来だな。なんつーか意外だ」

エレン「そうか? 案外ミカサは、よく泣くぞ」

豊久「女だてらに見事な武者ぶり。それに加えて、お前はまっこと情に厚か女子じゃの。良き母となろうぞ」

サシャ「やりましたね、ミカサ。トヨヒサさんのお墨付きですよ」

豊久「さしゃ、お前はもそっと慎みば覚えい。そがいなこつだら、嫁ん貰い手が無かぞ」

サシャ「トヨヒサさんまで!?」

クリスタ「あはは、言われちゃったねサシャ」

豊久「くりすた。いや、ひすとりあじゃったか、お前もじゃ。何というか、お前はこう、幸が薄う見える」

ヒストリア「え゛ッ」





459: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 22:37:30 ID:sVfXL8Ho

豊久「そも女だてらに兵子なんぞやっちょうもんなぞ、間違いなく嫁ん行きそびれッど。うむ、間違いない」

サシャ「そんなぁあああああああ!!」ビエエエエエッ

ヒストリア「ひどぃひぃいいいいいいいいい!!」ウェエエエエン

ハンジ「んー、まあ、私たちも、ねえ? 調査兵団ってホラ、死傷率アレだし。そりゃ婚期も逃すッつーか、エレンとミカサが例外っていうかむしろもげろっていうか」オホホ

ペトラ「やめてください一緒にしないでください私まだそこまで女捨ててませんから。ホラ、なんせ私ピッチピチなもんで」ギリギリギリギリ

オルオ「ピッチピチとか言う奴が若いわけねぇだびゅふっ!?」ガブッ

ペトラ「死ね。オルオ死ね。舌おいてけ! 舌噛み切って死ね!」バキッグシャッ

エルド「まぁおっかないこと。俺、無事に家に帰ったら彼女と結婚するんだ」ウフフ

グンタ「死ね。奇行種に喰われて死ね」ペッ


 自然と、豊久の周囲には人が集まった。もはや別れを悲しむ空気はない。『次』に会う時のことを語るものまでいる。


ゲルガー「おトヨさん。そっちの酒、いつか飲ませてくださいよ」

豊久「おう。浴びるほど飲んど、げるがー。おんしの呑みっぷりば実に美事じゃったぞ」

ナナバ「そちらにあるという、ええと、『チャドー』でしたか? 私はそちらに興味があります。そちらも是非」

豊久「うむ、そい言うならば『さどう』じゃな、ななばよ。茶の湯ちうヤツはどうにもこうにも作法作法と喧しく、俺にはようわがんね。が、あれはあれでよかものじゃと、おじ上が好いちょった」





460: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 22:52:07 ID:sVfXL8Ho

モブリット「お元気で、トヨヒサさん、ノブナガさん、ヨイチさん。私の作った弓、役立ててくださいね」

信長「おう」

与一「痛み入る、モブリット殿」

リーネ「忘れられない一月でした。ゲンジバンザイ」

ヘニング「新兵を導いてくれたこと、有難く思うよ」

ケイジ「じゃあ、達者でな」

ニファ「ご武運を」

豊久「うむ。お前らも壮健での」


 各々が別れの言葉を告げる中、エレンは、


エレン「あ…………」


 唯一人、別れを告げずにいた。その胸には語りつくせぬ思いがあった。

 感謝がある。尊敬がある。憧れがある。悲しみがある。

 一月足らずの日々に、確かな思い出があった。駆け抜けた日々を思い返す度に胸が熱くなり、喉が詰まり、言葉が出なくなる。





461: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 23:02:55 ID:sVfXL8Ho

ハンニバル「うー、うー、ぐ、ぐぬー、ぐぬぬー、おのれスキピオー、イベリアをよくもー。クソッタレのアフリカ被れめがぁー」グヌヌ

ハンジ「すっごいお爺ちゃんだけど基本ボケてんだよなあ。でもありがとうね、お爺ちゃん。貴方のおかげで『獣』を倒せたんだから」

ハンニバル「うん? うん、凄いじゃろワシ? そう凄いんじゃよワシは。よろしいオッパイを揉む権利をやろう」モニュッ

オルミーヌ「揉むなッ!! ジジイッ! てめッ、あっ、やめっ、ちょっ、やだこのジジイ無駄に巧いんですけどッ!? やめてくれるッ、マジッ、マジでェーッ!」ヒィイイイッ

シャラ「おい、きいちご持って来い。収拾がつかない」

エルフC「ほーい。お爺ちゃん、新しいきいちごよー」

エルフD「これで元気100バイだよー」

リヴァイ「うまいか、ジィさん?」

ハンニバル「んまい。オッパイとかこの味に比べたらクソだなマジで」モチャモチャ

オルミーヌ「ぶっころしてえ」


 呆れるような馬鹿騒ぎも、これが最後かもしれない。

 だから、何か言わないと――――そう思うのに、言葉が出ない。


エレン「う、あ………」





462: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 23:08:02 ID:sVfXL8Ho

そして無情にも、その時は訪れた。


晴明『―――――お三方。そろそろです。『門』が開きます』

信長「おう」

与一「ええ」

豊久「うむ」


 晴明が告げた次の瞬間だった。

 シガンシナ区の中央に位置する空間が歪曲し、にわかに光り輝きだす。

 ――――別れの時だった。


エレン「あ…………」


 待って、と。言えなかった。行かないで、と。言えなかった。

 彼らには戦うべき場所がある。エレンにも戦うべき場所がある。

 そしてそれは、同じではない。文字通りに、世界が違うのだ。

 赤い背中が、ゆっくりと遠ざかっていく。





463: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 23:13:01 ID:sVfXL8Ho

エレン「ッ、トヨヒサッ!!」


 ―――何か、語るべき言葉を思いついたわけではない。

 だけど、何かを告げなければという焦燥にも似た思いが、エレンにその名を叫ばせた。


豊久「――――――」


 果たしてその言葉は届き、ゆるりと豊久が振り返り、エレンの元へと歩み寄る。


エレン「っ、う………」

豊久「…………」


 ややエレンが見上げる形で、両者は向き合った。


エレン「う、うう………」


 ここに至ってなお、エレンは言葉を紡げない。

 後に悔いを残さぬために何を言えばいいのか、エレンには分からなかった。





464: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 23:23:14 ID:sVfXL8Ho

待てど暮らせど語らぬエレンに、豊久は眉根を寄せて腕を組み、大きくため息をついた。


豊久「しょうのない奴じゃ。武士ば呼び止めておいてだんまりとはの。薩州ん領で斯様な無礼を働かば、無礼打ちにされても仕方なかぞ」

エレン「…………」

豊久「呆れた奴じゃ。鎧ば打ち倒した時んお前は、それはそれは美事であったが、まるで今は借りてきた猫じゃの」


 エレンはもう恥ずかしさに涙が出そうだった。

 恩人に礼の一つも言えない。笑顔で別れを告げることもできない。


豊久「…………なれば、手を出せい」

エレン「え………?」


 反射的に両腕を出す。その両掌に、ずしりと重い何かが乗った。

 目を瞬かせてみれば、それは―――――。


エレン「こ、これ、は………」


 それは刀だった。轡十字と呼ばれる島津家の家紋の入った脇差である。豊久の腰を彩る大小二本のうちの小の一振り。





465: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 23:28:31 ID:sVfXL8Ho

豊久「―――――お前に貸してやる」

エレン「これを、俺に………?」


 武士が刀を預ける。

 その意味は分からなかったが、とても重要なことであることは理解できた。

 遠目に二人の様子を見守る信長と与一が瞠目していることからも、それは明らかだった。


エレン「ッ―――――」


 手が、足が、全身が戦慄く。その脇差はあまりにも、今のエレンにとって重かった。

 取り落としそうになる震えを堪え、ぎゅうと握りしめる。

 力のこもったその両肩に、豊久の両手が添えられる。

 震えが、止まった。


豊久「たかだかひと月にも届かぬ日々じゃったが――――俺が、島津豊久が、確かにこん浮世に在ったことん証じゃ。謹んで拝領せい」

エレン「ッ…………!!」





466: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 23:35:50 ID:sVfXL8Ho

受け取れない、と突っ返すことは、それで不可能となった。

 返すことは、豊久が此処にいたと言う事実を否定することだと、エレンにも容易く理解できた。


豊久「これは俺じゃ。いつでんお前を見張っちょる。お前がこれよりお前の志ば裏切るならば、それで腹を掻っ捌いて死ぬがよか」

エレン「腹を、切る………」

豊久「されど」

エレン「え?」

豊久「―――――お前は言うたな。誓ったはずだ。そん臓腑ん底から、志ば叫んだじゃろう。魂じゃ。そん魂ば裏切らず、己が道ば突き抜けたならば」




 豊久は、笑みを浮かべた。

 人懐っこい悪戯小僧のように笑い、



           ・・
豊久「そん時は、返せ。もはやお前にそれは必要ないということじゃ―――――」

エレン「っ、あ」





467: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 23:38:45 ID:sVfXL8Ho

その言葉の意味を理解した瞬間、エレンは知らず、刀を抱きしめていた。

 宝物を抱くように。強く。


豊久「お前ん国じゃ。お前が獲り返せ。自由が欲しいか、翼が欲しいか。ならば己が手で掴めい」

エレン「トヨ、ヒサ………」

豊久「ここまでじゃ、えれん。俺らがしてやれることは、ここまでじゃ。餓鬼んように強請るだけでは、何もその手ん掴めぬ。此処より先は、お前がやれ」

エレン「あ、ああ、ああああ………」

豊久「語るべき言葉が見つからなんだら、また今度じゃ。これからお前が歩む道程、何を為したか。そいば返す時に、ゆるりと聞かせてもらうど」


 それで語るべきことは語ったということなのだろう。

 豊久は再び背を向けた。

 赤い背中が遠ざかる。きっともう二度と振り返らないだろう。

 泣いても、叫んでも、何をしても、その歩みが止まることはないだろう。


 だから。





468: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 23:46:14 ID:sVfXL8Ho

エレン「俺、俺は………俺はぁ!!」


 滂沱の涙を溢しながら、エレンは叫んだ。

 歪む視界の中に、確かに轡十字を捉えながら、


エレン「俺、もう二度と負けねえから! 絶対、一匹残らず巨人を駆逐してやるから!!」


 決意を叫んだ。生まれて初めて、心の底から尊敬した英雄に。

 魂の底からしぼり出た言葉を、叩きつけるように喚く。

 その『叫び』は力となって、波濤となって、豊久の背を押した。


エレン「そしたら、また会おうぜ!! 必ず、この刀を返しに行くから! 戦って、戦って、戦い抜いて、絶対に勝つ! だから、トヨヒサも負けるな!! 死ぬな!! 絶対だ!! 約束だかんな!! 破ったら許さないからな、トヨヒサ!! トヨヒサぁ!!」

豊久「! ――――――く、はッ」


 歪みと光が交錯する極点へと辿り着く直前、豊久は噴きだした。

 あまりにも似通った、どこかで聞いた叫びであった。


豊久(全く………おじ上と同じ言葉抜かしおる)





469: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 23:49:25 ID:sVfXL8Ho

しかし、と豊久は鼻息を一つ、


豊久「男子(おのこ)が泣ぐな、うつけが」


 一言に伏し、しかしと告げて、


豊久「ぬしが死んでも、友が死んでも、ぬしらの意志ば継ぐ者がおればよか」


豊久「子を成せ。何十年何百年かかるかは知らぬ。じゃっどん必ずぬしば意志を継いじょう者がやり遂げる」


豊久「主らの子が、必ず滅ぼす。全てのだいだらぼっちを。だいだらぼっちのうなじば、全て斬りおとせ。誉ば積み上げい。お家を守れ」



 振り返らず、拳を天へ向かって突き上げる。



豊久「えれん! えれん・いぇーがー! 異なる浮世の隼人(はやと)よ! 然らば!!」





470: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 23:53:14 ID:sVfXL8Ho

豊久「そして兵子どもよ!! 実に美事な兵子ぶりじゃったぞ。いずれまた戦場で。然らば!! お然らばじゃ!」


 豊久の訣別の叫びに呼応したように、兵団から爆発したように歓声が上がった。


ミカサ「さようなら、おトヨさん。さようなら、さようなら! また、必ず会おう!!」

アルミン「百の言葉でも、千でも万でも足りないけれど!! ありがとう! 必ず、必ず、僕は恩を返しに行くから!!」

与一「源氏の勇名は一生語り継ぐように。特にさしゃ殿は筋が良い。私の次に優秀な射手となれることでしょう。何、精進を怠らず、口を開く前と後にゲンジバンザイとつければすぐです。とりあえず立体機動しながらオーギ落としてください」

サシャ「は、はいっ! ウチ、メッチャがんばるから!! ゲンジバンザーイ!!」

モブリット「バンザーイ!!」

ハンジ「ばんじゃーい!!」ヒャッホー

ジャン「無茶振りすぎだろゲンジバンザイ」





471: ◆B2mIQalgXs:2015/07/06(月) 23:58:25 ID:sVfXL8Ho

コニー「またな、オヤカタ様!!」

信長「おう、オルテが終わったら次はテメーらの国な。天下布武の理の元、侵略しに来てやっからよ。精々この土地肥やしておけよ」ヒヒヒ

エルヴィン「抜かせノブナガ。その時こそ、君が目を剥くような策で肝をつぶしてやる」

リヴァイ「てめえが死に際に何をホザくか今から楽しみだ」

信長「人生五十年?」

リヴァイ「今言うんじゃねえよ糞馬鹿………」

ハンニバル「クク、奇天烈にして痛快な日々だったな。また逢う日を心待ちにしているぞ、調査兵団。そして共にローマを滅ぼさん」ククク

オルミーヌ「えッ!? お爺ちゃん、ボケが治ったの!?」

ハンニバル「おちっこ」ジョボボボボボボブリュッ

オルミーヌ「」

シャラ「う○こ出てるぞ爺さん!」

ペトラ「は、ははっ、締まらないなぁ………」

オルオ「それはアレかう○こだけにケツのあびゅあっ!?」ガブッ

エルド「学習能力がねえのかそんだけ舌噛んで痛みを感じて」

グンタ「オルオだからね。ちかたないね」





472: ◆B2mIQalgXs:2015/07/07(火) 00:08:51 ID:EBaORmwU

ミケ「じゃあな、ドリフターズ。また戦場で」

エルフA「その時はまた、肩を並べて戦いましょう」

ヒストリア「みんな、みんな、お元気で! 私、貴方たちの事、ずっと、ずっと忘れないから!!」

エルフB「おー、耳短かの別嬪さんも元気でな!」


 確信があってのことではない。

 しかし誰もが、これを今生の別れとは思っていなかった。

 会える。

 必ず会える。

 一月前の出会いが奇跡だったのならば。

 再び奇跡が起こることは、不思議ではないのだから。


 そして喧騒は消え去り。

 後には荒廃したシガンシナ区と、調査兵団の人員だけが残った。


……
………





473: ◆B2mIQalgXs:2015/07/07(火) 00:11:43 ID:EBaORmwU

………
……



 ――――オルテ国・ドワーフを解放しに向かう道中。

 次元と光の狭間を抜けた先、ドリフターズ達は再びそこへ舞い戻っていた。


信長「しっかしよぉ、豊久」

豊久「ぬ?」

信長「オメー、エレンに脇差くれてやってたが、いいのか? ありゃ小脇差っつっても、島津の家紋入りじゃねーか。そんなモン渡すとはな。いいのか、アレ相当な業物だろ」

与一「平安の宗近あたりと鑑ましたが。本当にいいものです」

豊久「よか。島津ん御家において、脇差とは腹ば召す時に用いるもんじゃ。俺は薩摩に帰るまで、死ぬつもりはなか」

信長「ンな自害刀をやったのかお主は………」

豊久「違う」



 豊久は口元を笑みに歪め、





474: ◆B2mIQalgXs:2015/07/07(火) 00:18:04 ID:EBaORmwU

豊久「俺は、『返せ』ち言うた。腹ば召しては返せん。そういう刀じゃ」





信長「―――――………へっ」

豊久「…………くは」

与一「ははッ」


 三者ともに笑い、示し合わせたように拳を突き出し、打ち鳴らす。


信長「さって――――そんじゃあもう一仕事だ。俺達は俺達の国盗りを始める」

与一「ええ」

豊久「うむ、敵ん城址ば見えてきたど」

シャラ「エルフ弓隊、配置整いました」

与一「よろしい。では手筈通りに」

信長「よし。んじゃあ豊久。号令だ」





475: ◆B2mIQalgXs:2015/07/07(火) 00:25:45 ID:EBaORmwU

飛び交う棒火矢。炸裂する火薬に、粉塵と血飛沫が舞う。

 悲鳴に次ぐ怒号。阿鼻叫喚の地獄絵図を体現する、戦場という名の地獄。

 誰も彼もがしっちゃかめっちゃかな騒ぎの中で我を失う。

 しかし、鉄火場の最前線に島津の英傑はただ一人。



豊久「征くぞ兵子ども!! ひっ飛べ!!」



 吼えたて、猛り、刀を担ぎ、誰よりも先を奔り。

 狂ったように叫ぶのだ。





豊久「―――――首おいてけ!! 大将首だ!! 大将首だろう!? なあ、大将首だろうおまえ!!」





【完?】





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