<コレクターとしての原点> ゲームコレクターって以外と他ジャンルも集めてるひとが多い気がします。ファミコンサイト19年目にして初めて告白しますが、何を隠そう僕も、コレクターとしての原点はホラー漫画の巨匠・
楳図かずおの漫画なんですよ!
高校生のときケッタマシーン(自転車)に乗って名古屋の古本屋を巡りまくり、かき集めました。そもそもオロチってニックネームも、楳図かずお先生の「おろち」から拝借してますからね。学校へ楳図の単行本を持ち込んで、たまたま忘れて帰ったら、次の日、担任に全部捨てられてたのは、今ではいい思い出です(笑)
※ オロチの楳図かずおコレクション。担任に捨てられた単行本は後日、必死に探し回って買い直したのは言うまでもない ファミコン神拳のカルロスでおなじみ、とみざわ昭仁さんはそんなコレクター心理を
「整理欲」という言葉で表しました。
僕はなるほどなって思ったんです。つまり僕はファミコンを集めることによって
ファミコンというジャンルを整理したかったのではないだろうかってことに気が付いたんですよ。なんとなく勢いでホームページを立ち上げた僕でしたが、無意識レベルでは、そんな心理が働いていたのかもしれません。
<毎日のように届いた激励メール> ときは1997年――
ホームページ設立当時は、毎日のように激励のメールが届きましたね。
「懐かしいです」
「教えてください」
「ホームページ見ました」
今だと別にメールを出すほどのことじゃない内容も多かったですが、それしか手段がなかったわけです。当時、僕は親がやっていた会社(零細)のメールアドレスを借りていたので、メール内容はわざわざ事務員さんがプリントアウトして僕に渡してくれていました。そんなのどかな時代だったんですよね。
なんと偶然にも、その一部が出て来たので嬉しさのあまりアップします。雰囲気だけでも伝わるかな。
※いちいちプリントアウトなんていう、面倒なことをしていたおかげで、逆に残ってるパターン(笑) 制作に携わっていた方とか、開発者だった方から気軽にメールが届きました。いろいろ裏話が聞かせて頂きましたよ。もちろん、同じくファミコンを集めているという同志の方、かつてファミコンをやっていたというファミコン世代の方、そして、最近やりだしたという若い世代の方からも、本当にたくさんの激励メールを頂きました。
そんなわけで僕は見事に勘違いしたわけですよ……
自分は
皆に期待されてるんじゃないかって!
そう考えると僕は、毎日のように激励メールを送ってくださる
皆の期待に応えるためにファミコンを集めていたということも言えるわけです。なぜなら「コレクションを充実させること=ホームページの内容を充実させること」でしたからね!
しかし、そんな僕のモチベーションは、変な方向へ空回りし始めます。
<ものがダメなら情報だ!> 僕はしだいに限界を感じるようになっていました。ぽつぽつと現れ始めたライバル的ホームページ。やはりコレクターの世界は資金力がものを言うのです。僕のようなフラフラしてるだけの人間が、そのような猛者たちに適うはずがありませんでした。そこで僕が目をつけたのは「情報」だったんです。
ときは2000年代初頭、もはや物理的コレクションでは太刀打ちできない思った僕は
ファミコン攻略リンク集を立ち上げました。要するに整理の対象が情報そのものへシフトしていたったわけです。このサイトは僕の目論見通り、成功し「ファミコン攻略」で検索すれば1番に出てくるサイトにまで成長しました。
しかしそんなファミコン攻略リンク集も、時代の移り変わりとともに陰りが出てきます。
※オロチが管理するファミコン攻略リンク集。今はまったく更新してません!(笑) そこで今度は2006年(正式開始は2007年)。僕は「ファミコンのネタ!!」というファミコン専門のニュースサイトを立ち上げました。それがこのブログです。僕がここをよくある個人的日記にせず、
徹底的にファミコンの話題しか取り上げないニュースサイトにしたのは、どうせ載せるなら価値のある情報じゃないと意味がないと思ったからでした。(今ではレトロゲーム全般を扱うようになりました)
そして気が付いたら僕は
ファミコン集めをやめていたのです。家庭を持ったことも原因のひとつだったかもしれません。いちおう定職には就いてましたが収入はほとんどありませんでした。(それでよく結婚できたな!)
その代りブログは好調でした。アクセス数は伸び続け、記事は何度もバズりました。でもぜんぜん物足りませんでした。もしかしたら僕の「皆の期待に応えたい」という気持ちは
承認欲求に過ぎなかったのかもしれません。
もちろん、僕は完璧な人間じゃないので、見当違いな記事を書いて皆を不快な思いをさせてしまったこともあります。(もしかして今まさにそうかも) 無知をさらけ出してブーメランを食らったこともあります。(これは未だにしょっちゅうある)
しかし僕は止まってられませんでした。そんなとき、とあるオファーが僕のもとへ舞い込んで来たのです。
<ゲーム屋巡りで極めた神業> ときは2010年代初頭。ブログをはじめ、ツイッター、フェイスブックなどSNSが一般的に普及していた時代でした。僕のもとへ舞い込んで来たオファーとは「テレビ番組への出演」だったのです。
知的好奇心のみで突き進んでいた今までの僕だったら絶対に断っていたんですが、色気が出ちゃってた僕は二つ返事でオファーを受けました。(ただし、やっぱり恥ずかしかったのでブログでの告知などは一切しませんでした)
それは名古屋のローカル番組でした。僕はそこで今田さんや東野さん、フットボールアワーのお二人に
「側面だけでファミコンソフトの名前を当てる」という技を披露したのです。
これはどういう技かと言うと、ゲーム屋さんとかに行くとファミコンソフトってたいてい、側面をこちら側に向けて陳列されてるじゃないですか。最初のころはカセットをひとつひとつ、めくって確認していたんですけど、何十、何百というゲーム屋さんを巡っているうちに、気づいたら
めくらなくてもタイトルがわかるようになっていたのですよ。
つまり僕はカセットの色、形状、そしてわずかに見えるラベルの端っこで、すべてのソフトが判別できるようになっていたのです。
すごいね、人体!
※少しめくった状態を再現したイメージ図。
君もチャレンジしてみよう。写真にうつっているソフトの名前を左から当ててみてね。
ヒント1:全部で13本写っているぞ。 ヒント2:側面だけじゃなく上面も見てみよう。
答え合わせはコメント欄で! 全盛期は、それすら極めてしまって、
店に入ったら棚をターって撫でるだけ。「無いな」って言って、帰って行きましたからね(笑)
そんなやつ、見たことあります?
果たして僕はこの一発芸で……
芸能界を生き残ることができるのでしょうか!(なんでやねん)
続きはまた次回のお話。
(つづく)
<なぜ僕はファミコンを集めるのかシリーズ>
・(1) レトロゲームは安い趣味だった!
・(2) 車と情熱とヒマだけはあった!
・(3) 夢の存在、憧れの存在!
・(4) 皆の期待に応えたかった!
・(5) (執筆中)
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