城ヶ崎莉嘉「バースデープレゼント」
事務所。
「うーん……」
莉嘉は悩んでいた。姉である美嘉の誕生日が近付いており、どうやって祝おうかと考えていたのだ。
「パーティーは……お姉ちゃん、バースデーイベントあるからなー……」
11月12日。美嘉はバースデーイベントを開催する。
さすがにその日にパーティーを……というのは難しいだろう。時間的に考えてもそうだし、美嘉の身体のことを考えてもそうだ。
時間的に可能であっても、さすがにイベントの後にパーティーをすると美嘉が疲れ過ぎてしまうだろう。
パーティーは開かれる方も体力を使うものなのだ。それくらいは莉嘉もわかっていたのである。
「それじゃあ、プレゼント……プレゼントは……」
プレゼント。
とは言ったものの、あの城ヶ崎美嘉をよろこばせるようなプレゼントなんてなかなか思い浮かばない。
自分の好きなものは美嘉もきっと……なんてことはない。実際、美嘉はカブトムシがあまり好きではないのだから。
なら、化粧品とか……と思ったが、美嘉が知っていて莉嘉の知らないようなものが存在するとは思えない。
「……どうしよー」
うだー、と莉嘉はソファに身体を投げる。適度な反発が肌を押す。
莉嘉は悩んでいた。
大切な大切なお姉ちゃんの誕生日。
その日に自分は何ができるか。
お姉ちゃんは、どうしたらよろこんでくれるのか。
それが、わからなかった。
その時、下から声がした。下を向くと、そこにはプロデューサーがいた。
「あ、Pく……!」
莉嘉は慌ててソファに座りなおす。今日はスカートを履いていることを忘れていた。
「……見た?」
プロデューサーがうなずく。顔に血が上る。
「Pくんのえっち!」
「なんでだよ」言って、プロデューサーが頭を下げる。「だが、すまん。悪かった」
「……もうちょっと、取り乱してもいいのに」
「なんだ?」
「なんでもない!」
プロデューサーの落ち着き払った振る舞いに、莉嘉はもやもやしていた。
アタシだって、もうJCなのに……もうちょっと、慌ててもいいじゃん。
プロデューサーの莉嘉への対応は美嘉へのものと明らかに違う。莉嘉が抱きついたりすると慌ててくれる時もあるが、それが莉嘉を一人の女性として意識しているか……と言えば、そうは思えない。
もちろん、莉嘉も自分と姉が違うことはわかっている。でも、それでも、もうちょっと、大人扱いしてくれてもいいと思うのだ。
「あー……そう言えば、莉嘉。さっき、なんだか困っている調子だったが、どうかしたのか?」
ぷんぷん、とわかりやすく機嫌の悪くなっている莉嘉に困り顔をして、話題を変えようと話し出す。
すると、
「あー! そう! それだよ!」
先程までの様子はなんだったのか。莉嘉がプロデューサーに飛びつくように近付いていく。
「Pくん! アタシ、お姉ちゃんの誕生日、何をすればいいかな?」
「誕生日?」
「うん。何をすれば、お姉ちゃんがよろこんでくれるかな」
莉嘉の言葉にプロデューサーは考える。
「……莉嘉がしてくれたことなら、美嘉はなんでもよろこんでくれると思うが」
「かもしれないけど! ……そうじゃなくて」
「……わかった」
プロデューサーがうなずく。いったい何がわかったのか。莉嘉は首を傾げる。
「莉嘉。美嘉は、莉嘉のことが好きだよ。本当に、本当に大切に思ってる」
「……いきなり、どうしたの?」
どうしてそんなことを言うのだろう。だから、なんでもいいって? それは違う、って言ったのに。
だが、そういう意味ではない。
「莉嘉がすることで美嘉がいちばんよろこぶことがあるとすれば、それはきっと……」
そこでプロデューサーが言葉を区切る。それ以上は自分の言うことではないとわかっているからだろう。
プロデューサーの言葉に、莉嘉ははっとする。そうか。それなら……。
「……Pくん」
莉嘉が言う。
「アタシ、お姉ちゃんに、今のアタシを見せたい」
「そうか」
プロデューサーは言って、莉嘉に手を差し出す。
「なあ、莉嘉。一つ、仕事があるんだが――」
*
11月12日。
城ヶ崎美嘉の誕生日。
イベント会場。
「わあ……!」
そこに集まるファンを見て、莉嘉は声を漏らしていた。
数だけなら今まで経験してきたライブよりも多いわけではないし、むしろ少ないくらいだろう。バースデーイベントというだけで考えれば十分多いが、莉嘉の感嘆はそういう意味ではなかった。
莉嘉が声を漏らしていた原因は、その層だ。
やはり『アイドル』という現場では異性のファンが集まりやすい傾向がある。いくら女性人気が高いとは言っても、現場にまで行くのはやはり異性の方が多いものだ。
しかし、今日の美嘉のイベント……そこにいるのは、同じくらいの数の男性と女性。それも、年齢も様々だった。
美嘉はもともと中高生の女子に人気のある存在だった。同年代にとっての『カリスマ』であり、そういった年代の女子だけならば、まだ驚きはしなかった。
だが、今日集まった顔の中には様々な年代の女性がいたのだ。中高生だけではなく、大人の女性も。それも、ちらほらと見える程度ではなく、数多く。
男性の支持。女性の支持。さらには様々な年代からの支持。
今日、この会場に集まった人々を見ただけでも、城ヶ崎美嘉というアイドルが『そういう存在』であるということは明白だった。
『カリスマ』。その言葉が中高生に対するものだけではないことを――『カリスマアイドル』であるということを示すものだった。
「……やっぱり、お姉ちゃんはすごいなぁ」
莉嘉はつぶやいた。莉嘉のファンにも女性は多い。だが、姉ほどではないだろう。それがわかる。
だが。
「……でも、今日は、頑張らないと」
そう。今日、莉嘉は姉に負けるためにきたわけではないのだ。
姉に『並ぶ』ためにきたのだ。
数多く集まった美嘉のファンに背を向けて、莉嘉は会場へと入っていく。
イベント開始の時は近い。
*
「みんなー! 今日は集まってくれてありがとー!」
会場。
壇上でマイクを持った美嘉が言う。
通常、こういったイベントでは司会役の人がいるが、まだそういった人物は出ていない。だからこそ、いきなり美嘉が出てきたことに会場は最初から驚きと興奮で大盛り上がりだった。
「今日のアタシの服装、どう? 18歳になったことだし、ちょっとオトナな感じにしてみたつもりだけど……え? かわいい? そうじゃなくて、もっと違う言葉、あるでしょ? ……そう! それ! セクシー! 今日は会場のみんなを悩殺しちゃうから、覚悟しててよね★」
パチンッ★ とウィンク。もうそれだけで、ファンの中には目を回してしまう者もいるほどである。
「それで、これからは今日やる色んなコーナーに移りたいところ……なんだけど! その前に、一人じゃ寂しいから、今日司会をやってくれる、この人に登場してもらうよー! みんな、拍手でお迎えしてねー!」
美嘉の言葉に、もちろん会場は大きな拍手で司会を迎えようとする……が、司会役を務めるというその人物が現れた瞬間、会場はどよめき、拍手の音はさらに大きくなって彼女を迎える。
「……はい、というわけで。今日の司会を務めさせていただきます。速水奏です。みんな、今日はよろしくね」
チュッ、と投げキッス。そんな奏に観客席からは「ふー!」という声が上がるが、それと同時に美嘉は「ちょっとちょっと!」と声を出す。
「今日はアタシのバースデーイベントなんだから、あんまり奏が目立たないでよー!」
「あら? 楽しいからいいじゃない? みんなもそう思うわよねー?」
奏の言葉に、観客席からはパチパチパチパチと大きな拍手が上がる。
「うっ……アタシのバースデーイベントなのに、早くも奏に乗っ取られようとしてる……」
美嘉の言葉に観客席から笑い声。そんな声に美嘉も笑い、
「それじゃ、今日は奏の司会でやっていくよー。最初のコーナー。奏、お願いっ」
「はい。では、城ヶ崎美嘉バースデーイベント、最初のコーナーは――」
*
舞台裏。
「……そろそろ、だよね」
モニターを見て莉嘉が言った。
「ああ。準備はいいか?」
「……うん!」
まだ、緊張してるけど。
でも、それ以上に――
「城ヶ崎莉嘉! いつでも行けるよ!」
とっても、とっても……楽しみだから!
そして。
サプライズが始まる。
*
「――それじゃあ、次のコーナーは……ライブのコーナーね」
奏の言葉に、おおっという声が上がる。その反応に美嘉は微笑み、
「それじゃあ、奏。いったん、舞台袖に――」
そうやって奏を舞台袖に送ろうとして、
「――何言ってるの? 美嘉。あなたも、でしょう?」
奏が言った。
へ? と美嘉の口から声が出る。だって、段取りではそう――
「さあ、それでは登場してもらいましょう。曲とともに――どうぞ」
固まった美嘉を引っ張って、奏は舞台袖に下がろうとする。美嘉ははっとして、いったいどういうことかと問い詰めようとして――
彼女の目の前を、金色のしっぽが横切った。
軽快でポップなイントロ。観客が何の曲か察する。歓声が上がりかける。興奮が一気に最高潮まで持って行かれて――莉嘉の掛け声に合わせて、みんな、一緒に!
One.
Two.
One Two.
One Two LOVE!
――【SUPERLOVE☆】
会場の観客はその調子ですっかり莉嘉の世界に飲まれていった……が。
舞台袖。そうではない少女がいた。
「……ちょ、え……アタシ、聞かされてなかったんだけど!?」
奏に向かって美嘉が叫ぶ。奏は「私に言われても困るわよ」とプロデューサーに視線を向ける。
「プロデューサー!」
そうやって美嘉はプロデューサーに文句を言おうとする。
しかし。
「美嘉」
プロデューサーが言う。
「これが、莉嘉のバースデープレゼントだよ。……見なくていいのか?」
……そんな風に、微笑まれて。
「……あとで絶対、文句を言ってあげるから!」
美嘉はステージの方に向き直る。プロデューサーと奏が顔を合わせて微笑む。
ステージの上。
そこでは、莉嘉が歌い、踊っていた。
SUPERLOVE☆
それは曲名通り『愛』の歌だ。
恋の歌というよりは『愛』の歌。
性愛ではなく無償の愛、アガペーに近いと言ってもいいだろう。
とっても優しくて……すべてを肯定するような、そんな歌。
莉嘉がそれをわかって、高尚に歌い上げているかと言えば……そんなこと
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